smile2満は、ひとりで真奈美の部屋に通っているらしい。
それを祝福したい気持ちもある。しかし、祝福すれば、
ふたりを失うかもしれない。悩む心のまま、城山に登った。
暮れなずむ街。真奈美の部屋に明かりが灯った―― 

 短編集・マリアたちへ   第14話 
明かりが窓に灯るまで〈終章〉

 R18  ※この作品は純文学作品ですが、性的表現を含みます。18歳未満の方は、ご退出ください。
 ここまでのあらすじ  ボクは15歳で家を出て、下宿生活を始めた。受験校として知られるA学園に通うためだった。A学園は男子校だった。同じクラスに及川満という、目のクリッとした少年がいた。おたがいの部屋を行き来するうち、ボクの心は、この少年に惹かれていった。ある日、満がボクの下宿に泊まっていった。ひとつ布団で雑魚寝するうち、ボクの体は満の体の変化に触れて、つい、手で触れてみたくなる。満とボクと満の中学時代からの友人だという西田。それに森本が加わった4人で、ボクたちは、夏休みの直前、40キロほど離れたS市のK川にキャンプに出かける。「砂金採りに行こう」という目的だったが、結局、「砂金」は、ガセだった。その夜、テントで眠り込んだ満の股間に、西田が手を伸ばした。帰り道、満は、怒ったように自転車を飛ばし、分かれ道に来ると、ボクを部屋に誘った。「おまえ、自分でやることあるんか?」と尋ねる満。ボクが「ああ…」と答えると、満は「やって見せてくれ」と言い出した。ボクと満は、おたがいの体にそっと手を伸ばした。そんな満が、「もっと近くにおったらええのに」と言う。ボクは引っ越しを決意した。飛び込みで見つけた下宿には、S女学園の女の子が、2人いた。部屋に遊びに来た満は、「S女の子たち、呼べよ」と言い出し、美奈子と美代子を部屋に呼んで、ボクたちはトランプに興じた。美奈子はそれからも、理由をつけてはボクの部屋を訪ねてくるようになった。満が来ていると知っても訪ねてくる。男ふたりの間に腰を下す美奈子の体は、満のほうに傾いているように見えた。そんなある日、満が西田たちを連れて来た。西田は、たちまち美奈子に目をつけた。やがて、西田はひとりでも下宿を訪ねてくるようになった。西田は、ボクにとっても、美奈子にとっても、招かれざる客だった。そして、ある日、美奈子の部屋から男の声が聞こえた。ボクの留守中に、勝手に美奈子の部屋を訪ねたの声だった。救いを求める美奈子の目を見て、ボクは西田を彼女の部屋から連れ出したが、西田は、それからも強引に美奈子の部屋を訪ねるようになった。そんなある日、彼女の部屋から争う声が聞こえた。ボクは「外へ出ろ!」と西田の腕をつかんだ。「もう、ここへは来るな」。西田の体を押さえつけてドスを利かせたつもりだったが、ボクが力を緩めた瞬間、西田の鉄拳が頬に飛んできた。しかし、それで西田の美奈子へのつきまといが終わったわけではなかった。ある日、美奈子がボクに告げたのは、「私、ここを出る」のひと言だった。美奈子の引っ越し先を、ボクは満と一緒に訪ねた。窓を開けると、城山の天守が望める部屋。「いつでも遊びに来てね。ひとりでもいいから」と美奈子は言う。それをだれに向かって言ったのか? ボクはひとりでは行けなかった。しかし、満は――
※この話は連載第13回目です。第1回目から読みたい方は、⇒こちらから、
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妻は、おふたり様にひとりずつ (小説)



 「な、及川」

 翌週、学校の駐輪場で、帰ろうとしている満を呼び止めた。

 「たまに、ワシんとこ、来るか?」
 「すまん。きょうは、ちょっと予定があるんよ」

 満はほんとにすまなそうな顔をして、自転車にまたがった。
 軽く手を上げて走り去る満の後姿を見送りながら、ボクの頭の中には、ある映像が浮かび上がった。

 そこは、斎藤真奈美の部屋。
 カーテンが閉められた部屋の中で寄り添う満と真奈美。
 満が何か言うたびに、笑い転げて、満の腕に肩をぶつける真奈美。
 その肩をやさしく抱き寄せる満……。

 想像の網膜上に浮かび上がったその光景は、ほほえましくもあり、どこか妬ましくもあった。
 もし、ふたりが想像したような時間を過ごしているのなら――と、ボクは考えた。
 自分は、友としてそれを祝福してやるべきなのかもしれない。
 しかし、その代わりに、ボクはふたりを失う。

 なぜ、「ふたり」なのか――。
 「ひとり」ではないのか――。

 考えているうちに、ボクは城山の麓にたどり着いていた。
 のどかに晴れ上がった空に、天守閣の白い壁が輝いていた。
 久しぶりに登ってみるか。
 ボクは、城山への登り口にある石段の脇に自転車を停めて、登山道に足を踏み込んだ。

       クローバー

 観光のために城山へ登る人たちは、たいていは、ロープウエイを使う。
 ロープウエイを使えば、天守のある山頂までは、ものの2~3分で着いてしまうが、歩いて登ると、その10倍はかかる。しかし、そこで生活しているボクたちにとって、城山は観光のために登るような場所じゃない。
 常緑の椿の、濃い緑が生い茂る登山道を、ボクは一歩一歩、踏みしめながら登っていった。
 時折、ジャージ姿の一団が、掛け声をかけながら、ボクの脇を駆け抜けていく。
 ごくたまに、犬を連れて散歩する近所の住人とすれ違う。
 登山道の脇の小岩が突き出したような場所では、その岩の上に腰かけて、句帳に何かをしたためている人や、スケッチブックを広げて絵筆を走らせている人と出会う。
 会うと、「こんにちは」「ええ天気じゃのう」と声をかけられ、ボクもそれにお辞儀をして返す。
 そうして登っていくにつれて、ボクたちのいつもの生活の場所が、まるでジオラマのように眼下に広がり始める。
 ボクたちのA学園は、彼方の市街地の西の外れに、マッチ箱のような校舎を横たえていた。
 真奈美たちのS女学園は、城山の真下に見えていた。蔦の絡まるレンガ色の校舎と白砂を敷き詰めたようなグラウンド。その上を、何人かの女子生徒が運動着姿で走り回っている姿が見えた。
 満が納屋を勉強部屋に使っている農家は、市街地の南端をうねるように流れている川の向こうにあるはずだ。一面に広がる田んぼの、たぶんあの辺り……と思うあたりに、ポツンと建った藁葺きの家屋が見えたが、それが満の家かどうかは、確信が持てなかった。
 東側には、共学のM高校が見えていた。その正門の前から脇道を一本入ったところに、「松島荘」の屋根と2階に並んだ窓を確認することができた。
 10代半ばのボクたちの物語は、そうして見渡すことのできるこんなちっぽけな箱庭の中で起こっているのだ――と思うと、ボクは少し、自分が大きくなったような気がした。

       クローバー

 山頂の天守閣にたどり着くと、ボクは、天守の周りをぐるりと一周して、北側の街並みが見下ろせる場所で足を止めた。
 北側は、住宅街なので、ほとんど見るべきものはない。
 しかし、ボクには見たい場所があった。
 真奈美の部屋の南向きの窓からは、天守閣の北側の壁が間近に見えていた。
 とすると、だいたい、この方角だ。
 似たような家が立ち並ぶ街並みの中に、周囲を板塀で囲まれたあまり新しくない民家が見えた。中庭をはさんで母屋と離れの別棟がLの形に並んだ民家。
 たぶん、あそこだ。
 とすると、真奈美の部屋は、南向きに窓がついた2階のあの部屋――。
 ボクは、しばらく、その部屋を眺めていた。
 もう、真奈美は、部屋に戻ってきているだろうか――と思った。

 「秋吉さん、ちっとも来てくれん、ゆうとったよ」

 美代子から伝え聞いた言葉が、頭の中を駆け巡った。
 いますぐ、この山を駆け下り、あの板塀の裏木戸を開けて、真奈美の部屋をノックする自分の姿を想像した。
 「やっと……来てくれたんやね」と、顔を崩し、ボクの胸に飛び込んでくる真奈美の無邪気な姿を想像した。
 くすぐったい、そしてどこか苦くて甘い思いが、胸の底から湧いてきた。
 「甘さ」は、初めて真奈美がボクの部屋をノックした日にボクの胸の中に芽生え、日に日に膨らんでいった想いの味だった。
 「苦さ」は、それが及川満に芽生えかけているかもしれない真奈美への想いを妨げ、妨げることによってボクと満の関係を裏切ることになる。その「罪」の味だった。
 もしこの山を駆け下りて、真奈美を得たら、ボクは、満という美しい友だちを失うことになるだろう。
 では、このまま何もせずにいて、満が真奈美を得たら……?
 ボクは真奈美を失う。しかし……それだけじゃない。
 なぜか、満をも失うような気がした。
 たぶん、そうなっても、満はボクの「いい友だち」でい続けるだろう。しかし、「美しい友だち」ではなくなる。その「美しい」は、いずれ滅びるしかない「美しい」なのだ。

       クローバー

 いつの間にか、辺りは夕闇に包まれ始めていた。
 見下ろす街並みでは、あちらの家にポッ、こちらの家にポッ……と、明かりが灯り始めた。
 天守のある広場は、石垣の上にある。その端は、鉄製の柵に囲まれている。
 その柵に沿って、数メートル置きにコイン式の双眼鏡が据えてあった。
 ボクはそのひとつにコインを入れた。
 カシャリと音がして、双眼鏡のファインダーの中に、拡大された街の姿が映し出された。
 近くの民家は、その部屋の中の様子までわかるほどに拡大される。
 ボクは、その照準を真奈美の下宿に向けた。
 心臓がドクドクと音を立て、耳たぶが熱を帯びてくるのがわかった。
 ファインダーは、真奈美の部屋の窓を捉えた。
 明かりは点いていなかった。
 まだ、帰って来てないのだろうか……?
 窓には、洗濯物がぶら下がっている。「松島荘」に引っ越すときに目にしたのは、確か、S女学園の夏服だった。
 しかし、いまはもう冬。さすがに上着は干してない。干してあるのは、S女の制服である丸襟のブラウスと下着と小さな白いソックス。

 まだ、洗濯物、取り込んでないんだ。
 ということは、まだ帰ってきてないんだ。

 部屋の中が暗いので、中に人がいるかどうかまではわからない。
 諦めてファインダーから目を離そうとしたとき、奇跡が起こった。
 突然、その部屋に、蛍光灯の青白い光がポッ……と灯った。窓いっぱいにあふれる光の中を窓辺に歩み寄る人の姿が、シルエットになって見えた。
 真奈美だ……。
 シルエットなので、顔はわからない。しかし、あの細い体、肩の高さで切り揃えられた髪。その髪を耳の上にかき上げるしぐさ。すべてが、その人が真奈美であることを物語っていた。
 その影は、窓を開けると、ロープに干した洗濯物をひとつひとつ、ピンチから外し始めた。外しては、それを部屋の中に放り投げる。
 そのときだった。
 部屋の中から、もうひとつの影が立ち現れた。
 男……だった。
 タマゴ形の坊主頭、男にしてはほっそりとした体つき。
 満だろうか……と思った。
 窓辺に歩み寄ってきた影は、何か言葉をかけながら、女の肩に手を回した。
 チラリ……と男の顔を見た女が、その肩を男の胸にぶつける。
 いつも、真奈美が満にやって見せるしぐさだった。
 最後の洗濯物を取り込み終えると、女の影は窓の手すりにひじを預けて、暮れ始めた空を身を乗り出すようにして眺めた。
 隣にいる男の影が女の肩を抱き寄せたまま、片方の手で空の一隅を指差している。
 男の手が指し示す方角に、太陽の後を追うように西の空に傾いた三日月が、金色の輝きを見せていた。そのすぐそばで、宵の明星がキラキラと輝いている。
 金星は、まるで三日月のイヤリングのように見えた。
 ボクには、その三日月と金星のランデブーが、満と真奈美のように感じられた。
 しばらく暮れていく西の空を眺めていたふたつの影は、どちらからともなくその距離を縮め、ふたつの影が重なったように見えた。
 女の影は、男の影の顔を見上げ、男の影はその顔を女の顔に近づける。
 動かなくなった影……。
 やがて、女の手が伸びて、オレンジ色のカーテンが引かれた。
 ふたつの影は、カーテンの向こうに消えた。
 カチャリ……と音がして、双眼鏡のシャッターが閉じられた。
 暗くなったファインダーの中に、

 The End

 の文字が浮かんだように、ボクには見えた。

 第14話「明かりが窓に灯るまで」は、これにて《完》です。
お詫び 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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