花火1 R18 
本作品は性的表現を含みます。
18歳未満の方はご退出ください。


「死」を決意した少女と、
「死」を宣告された老人。
ふたりの旅の行き着く先は――?


 連載・遅すぎた花火   終章 

知美と唯美。ふたりが上げる
花火の煙に送られて、
篠原の魂は海へと流れていった。
その帰り道、知美が言い出した。
「私、この子の里親になれないかしら」
後日、知美から封書が届いた……。





クローバー この話は、連載19回目です。最初から読みたい方は、⇒こちら から、
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 ここまでのあらすじ  14歳の少女が姿を消した。同じアパートに住む65歳の男も姿を消した。少女は男に連れ去られたのではないか? そんな報道が飛び交い始めた頃、県境の河川敷で少女が保護された。男はすでに死んでいた。その男、篠原明彦は、生活保護受給中の身、しかも末期がんに冒されていた。そんな男がなぜ? 疑問に感じた『週刊リベラ』の宇田は、連れ去られた少女・八潮唯美とその母親、篠原明彦が住んでいた「コーポ松鶴」の管理事務所を訪ねた。しかし、そこで聞いた話は、「そんな人には見えなかった」という篠原に関する評判と、八潮一家についての黒い噂だった。宇田の部下・上村は、八潮唯美の中学校を訪ねた。そこで聞いたのは、唯美の母親・香奈のモンスターぶりだった。そして、もうひとつ気になったのは、唯美と仲がよかったという野上ユキの口から出た「唯美のバイト」という言葉だった。翌日、夕刊紙がスッパ抜いた《連れ去り少女、人気デリ嬢だった》の記事に、宇田は、八潮一家のアパートに飛んだ。その住人たちから語られたのは、唯美の父親が娘の体に手を伸ばしていた、という話だった。母親は、そんな娘をかばうどころか、「泥棒猫」となじった。行き場を失くした少女に、やさしく声をかけていたのは、連れ去り犯とされた篠原明彦だった。そんなとき、夕刊紙がスッパ抜いたのは、唯美が人気デリヘル嬢だったという情報だった。事情を聴くために、里見は唯美の友人。野上ユキに接触を試みた。ユキの口から語られたのは、唯美が母親に夜のバイトを強要されていた、という事実だった。一方、亡くなった篠原明彦の遺骨は、引き取り手のないまま、無縁墓に葬られることになるだろうと言う。だれか、生前の篠原とつながっていた人間はいないか? 宇田は、かつて篠原とともに会社を切り盛りしていた平野知美という女性を探し当てる。篠原の遺骨の話をすると、知美は、自分が引き取ると言い出した。翌日、野上ユキに連れられて、八潮唯美が宇田たちの前に現れた。唯美の口から語られたのは、彼女に「デリバリー」のアルバイトを強要し、その体に虐待を加える親たちの行状だった。こんな家にはいられない。家出を決意した唯美がアパートを出ようとすると、篠原明彦が声をかけてきた。「家出か、いいなぁ」と言う篠原は、自分も家を出ようかなと言う。「家出」ではなく「夜逃げ」。唯美は、「自殺」を考えていたが、篠原は医師から「死」を宣告されていた。希望のない逃避行。篠原は、「富士に行こう」と言う。しかし、「公開捜査」となったふたりは、公共交通機関が使えない。歩いて富士を目指すうち、篠原の体調は、目に見えてわるくなった。茅ヶ崎に着くと、海岸の松原で野宿することになった。「海に入ろう」と言い出したのは、唯美のほうだった。泳げない篠原を渚に残して、沖へ、沖へと泳いでいく唯美。このまま遠い世界まで泳いでいこうか。ふと、そんな考えが頭をかすめた唯美を、「ユーイーミー!」と必死の声で呼び戻したのは、篠原の声だった。戻った唯美の体を抱きながら泣きむせぶ篠原。ふたりは、塩水にまみれた体を海岸のシャワーで洗った。石鹸を手にした唯美は、「私が洗ってあげる」と、泡立てた手を篠原の体に伸ばした。その手が篠原の下半身へと下りてくる。篠原はその手を拒んで言うのだった。「自分を粗末にしてはいけない」と。悪化していく体調と闘いながら、国道を西へ向かう篠原が、二宮の手前で唯美の手を引いて国道を逸れた。やがてふたりは、酒匂川にたどり着いた。河川敷では、家族連れが花火遊びに興じていた。「私には、ああいう時代はなかった」。寂しそうにつぶやく篠原を見ているうちに、唯美は突然、「ちょっとここで待ってて」と、河川敷を駆け上がり、コンビニに走った。残り少ない金で買えるだけの花火を買って「おじさーん」と河川敷に戻った唯美。しかし、橋脚に寄り掛かった篠原は、ノートに何かをしたためようとした姿のまま、息絶えていた。篠原の死因は、脳内出血だった。宇田たちの取材に応じた唯美は、そのノートを広げて見せた。「死んではダメだ、生きろ!」と綴った326文字。宇田は、それを記事にすることを決めた。「リベラ」の記事が出ると、他の新聞や雑誌、TVもそれを後追いし、唯美の親は「鬼畜」と報じられて、検挙された。そんな中、平野知美から編集部に電話がかかってきた。篠原が残したノートを遺品として受け取りたい、と言うのだった。唯美にそのことを連絡すると、自分も篠原の墓に参りたいと言う。かつて篠原を愛した男と、その死に立ち会った少女。少女は言った。「おじさんに見せてあげる予定だった花火を見せてあげたい」と。ふたりの女は、酒匂川の河川敷まで行き、男の魂に手を合わせて花火を上げた――。


 女ふたりが上げる花火は、西の空に向かって火の粉を噴いた。
 赤や黄や青の光が、ゆったりと流れる酒匂川の水面に映って、ゆらゆらと揺らめく。薄紫の煙が、川面に沿って海のほうへとたなびいていく。
 平野知美と八潮唯美の花火に送られて、篠原明彦の魂が、川を下って行くように宇田には感じられた。
 どんぶらどんぶらと下って行く先は、きっと、そんなに悪い世界ではないはずだ。
 八潮唯美が、財布に残っていた千円札2枚をはたいて、篠原のために買いに走った花火は、そうして篠原明彦の送り火となった。
 すべての花火を上げ終えると、ふたりの女は、川辺に腰を下したまま、川の流れに向かって手を合わせた。

 「おじさん、言ってた……」
 「何て?」
 「人の魂はね、水の流れとおんなじだって。最後は海に流れ込んで、世界とひとつになるんだ――って」
 「じゃ、いま頃は、篠原さん、神様になってるわね」
 「……ウン」

 「さて……」と平野知美が立ち上がって、スカートの裾を払った。
 それを見て、隣に座っていた唯美も腰を上げて、パンツの裾を払った。
 わずか半日、行動を共にしただけだったが、知美と唯美の間には、何かしら通い合うものがあったのだろう。その行動がシンクロしているように、宇田には見えた。
 もし、ふたりの間に何かの共調が生まれたとしたら、それは、篠原明彦という媒介によるものだ。

       

 すでに、陽は西の空に沈みかかっていた。
 八潮唯美の外出許可は、午後9時までだった。
 宇田は、ふたりを夕食に誘った。国府津の駅まで戻って、近くのファミレスに入ることにした。
 並んで歩く知美と唯美が、身ぶり手ぶりを交えて、楽しそうに話している。
 その姿は、仲のいい母と娘のようにも見えた。

 ファミレスに腰を下した宇田と平野知美と八潮唯美。
 3人は、見ようによっては、仲のいい親子に見えたかもしれなかった。
 宇田と知美は、何を食べようか――と、メニューを繰った。しかし、唯美はほとんどメニューは見ずに、「わたし、オムライスが食べたい」と言った。
 「あら……?」と、知美が唯美の顔を見た。

 「オムライスが好きなの?」
 「ウン……」
 「お母さん、よく作ってくれたの?」

 知美に「お母さんが」と言われて、唯美は力なく首を振った。
 知美は、唯美と母親の関係をよく知らないようだった。宇田が、「いや、平野さん、この子の家は……」と説明しようとすると、唯美が自分から口を開いた。

 「一度も、作ってもらったことない。わたしのお母さん、そういう人じゃなかったから……」

 唯美の言葉を聞いて、知美は少し顔を曇らせた。

 「そう……。あのね、おばさん、オムライス、得意なんだよ」
 「ウソ! ホント……?」
 「みんな、おいしい、おいしいって、言ってくれるのよォ」
 「みんな……って、子どもとか?」
 「ウウン、おばさんね、子どもいないの」
 「じゃ、みんな……って……」
 「あ、このおばさんね、お弁当屋さん、やってるんだよ。もしかして、オムライスは、お店の人気メニューなのかな、平野さん?」
 「そうなの。あ、じゃ、今度、おばさんが作ったオムライス、差し入れしてあげようか?」

 差し入れ――と言われて、唯美の顔が、複雑な表情を見せた。

 「唯美ちゃん、いまの施設、あんまり、居心地がよくないのかな?」

 宇田が訊くと、唯美は宇田の顔を下から見上げるような視線を向け、口を結んだまま、小さくうなずいた。

 「事件のこととか、うちの家族のこととか、いろいろTVで流されたりしたから……」
 「じゃさ……」と、平野知美が、何かを思いついたという顔をした。
 「おばさんちに食べにおいでよ。おばさん、こう見えても弁当屋のおばさんだから、腕には自信あるんだ。唯美ちゃんに、いっぱい、おいしいもの作ってあげるから」
 「ホント……?」

 唯美の顔がうれしそうに輝いた。
 それは、いい思いつきかもしれない――と、宇田は思った。
 しかし、平野知美の思いつきは、それだけではなかった。

       

 国府津からの帰りの電車の中だった。
 久しぶりの遠出で疲れたのか、八潮唯美は、シートに体をもたれかかって居眠りをしていた。
 その寝顔を見ながら、知美が言った。

 「あの……宇田さん。いま、この子は、児童養護施設にいるんですよね?」
 「そうです。親たちは、児童虐待の容疑で捕まってますし……」
 「私、あんまり詳しくないんですが、そういう場合、だれかが、里親になりたい――って申し出たら」
 「ええ、十分にその対象になりますよ。この子の親は、なにしろ、実の子に対する児童虐待の罪が問われてるんですから、たとえ、里親に名乗り出る人がいなくても、もう親たちの元へは帰されません。親権をはく奪されてますから。それに……」
 「何ですか?」
 「平野さんがこの子を見る目、なんだか、自分の子を見ているようでしたよ」
 「あら……それは……」
 「たぶん、唯美ちゃんも、平野さんのオムライス、ずっと食べられたらいいのに――って思ってるかもしれませんよ。そういう母親が欲しかった――ってね」
 「そうかしら」と言いながら、平野知美は唯美の顔をのぞき込んだ。
 「そうなの? 私がお母さんでもいいの?」

 眠ったままの唯美の頭が、コクリ……と、タテに揺れた。

       

 1か月経って、その出来事は、すっかり、世間から忘れ去られた。
 「少女と老人の50歳差の逃避行」のことも、メディアがこぞって「鬼畜」と報じた少女の家庭のすさまじい虐待のことも、世の中からは完全に忘れ去られてしまった。
 宇田敏明も、上村里美も、自分たちが篠原明彦と八潮唯美の真相を追い回したことなど忘れて、次々にやって来るニュースとその締切に追われていた。
 宇田は、あの後、ほんとうなら、平野知美と八潮唯美の追悼花火大会の記事を『週刊リベラ』で取り上げる予定だったのだが、熟慮の末に止めた。
 その理由のひとつは、平野知美が口にした「里親申請」だった。
 もし申請が通って、ほんとうに知美が唯美の「里親」になったら、唯美の里親が平野知美である――という事実は、どんなことがあっても隠さなければならない重大な「個人情報」となる。
 それは、実の父親である八潮利一や母親である香奈の追及から唯美たちの身を守るためにも、絶対に守らなければならないメディアとしての責務だった。

 そんなある日、宇田の手元に一通の封書が届いた。
 差出人は、平野知美だった。
 文面には、里親申請が通り、自分と唯美が親子として暮らすことになった旨が記してあった。その最後に、ちょっとうれしいコメントが添えてあった。

 《宇田さんも、もしお時間がとれたら、ぜひ、わが家のオムライスを食べにおいでください》

 その脇に、かわいらしい丸文字が書き添えられていた。

 《お母さんのオムライス、チョーおいしいよ!! おじさんにも、ぜひ、食べて欲しい。唯美は、いま、幸せ感じてます!》

 見ているうちに、思わず頬が緩んだ。
 その様子を見て、上村里美が声をかけてきた。

 「何、ニヤニヤしてるんです? ラブレターでももらったんですか?」
 「そう。チョーかわいい母娘からね」
 「まったく、スケベなんだからッ!」

 ほんと、オレってスケベかもしれない――と、宇田は思った。
 取材で出会った人間たちの幸せな報せに頬を緩ませるなんて、ジャーナリストにあるまじきスケベさだわ――。

 連載『遅すぎた花火』は、これにて《完》です。
お詫び最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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