smile2彼女のラケットから「パーン」と乾いた打球音が響いた。
まさかのライジング・ショット。それがまっすぐ、聡史の
腹部に飛んできた。避けようがなかった。「ウッ」とうめくと、
ギャラリーからクスクスと笑いが起こった―― 

 短編集・マリアたちへ   第15話 
ボディショット〈1〉

 R18  ※この作品は純文学作品ですが、性的表現を含みます。18歳未満の方は、ご退出ください。



 バックラインで、くねっと腰を振る姿が見えた。
 その腰をスウィングすると同時に、トスアップする左手が、頭上に伸びる。
 ラケットを握った右手が、左手の動きにシンクロして、Uの字を描くように振り上げられる。
 肩まで伸びたセミロングの髪が、揺れて頬に張り付く。
 スコーンという打球音。
 振り下ろされたラケットが彼女の左腰に巻きつき、ellesseのスカートが腰の周りで軽やかに揺れる。
 ラケットから打ち放たれた黄色い球がネットすれすれを越えて、聡史のフォア・サイドに向かってまっすぐに伸びてくる。
 フラットな打球は、素直で球筋がいい。
 サービスラインの手前でバウンドした打球は、バックライン上でラケットを構える聡史のひざの高さに伸びてきた。聡史にとっては、いちばん打ちやすい高さだ。
 体をひねって背中の後ろまで引いたラケットを、バウンドした球の落ち際に向かって水平に振り出す。
 心地いい打球音。
 スイート・スポットにヒットしたときの気持ちのいい衝撃が、手のひらに伝わってくる。
 その気持ちよさが好きで始めたテニスなので、スピンはかけない。スライスも滅多に打たない。コーチが何と言おうと、フラットにこだわる。それが自分のテニス・スタイルだ、と聡史は思っている。
 気持ちよくラケットではね返された打球が、相手のフォア・サイドに向かってまっすぐに伸びていくのを確認すると、聡史は前傾した体をそのまま前に送り出し、後ろ足で強くハード・コートのサーフェスを蹴った。

       クローバー

 あの球なら、相手はスルーするようなエースは返せないだろう。ロブを上げられるかもしれないが、そのときはそのときだ。
 ネットに向かってダッシュしながら、相手の動きを見た。
 白いシューズが、サイドラインに向かって駆けるのが見えた。細かいステップが正確に、打球の落下地点に向かう。
 たぶん、追いつくな――と、聡史は判断した。
 しかし、あの位置からだとクロスには打てない。たぶん、ストレートに返ってくる。その球をボレーでクロスに返せば、ゲームは決まる。
 聡史は、ダッシュする足をサイドライン寄りに向けて、グリップをコンチネンタルに握り変えた。
 スカートのすそを翻しながら、打球の落下地点に走るセミロングは、走りながらラケットを体の後ろに引いた。
 あの打球を強打する気だ。
 来るなら来い。
 ネットの2メートルほど手前まで走り着くと、聡史はラケットを体の正面に構えて、ボレーの体勢を整えた。
 相手は、バックラインから少し前に踏み出しながら、聡史の球のバウンドする地点にダッシュする気配を見せている。
 エッ!? ライジングで打つ気かよ。
 思ったときには、すでに彼女のラケットは球の上がり際に向かって振り出されていた。
 パーンと破裂するような音がして、上がり際を叩かれた球がまっすぐ、聡史の体に向かって伸びてきた。
 しかも、ボディかよ!
 あわてて体を逃がそうとしたが、間に合わなかった。
 鋭いライジング・ショットが、ネットを越え、聡史の腹部に伸びてくる。もっとも、ラケットを出しにくい位置だ。
 なんとかガット面に当てようとしたが、ボールはその下をかいくぐって聡史の下腹を直撃した。少し微妙な場所だった。
 「あつっ……」
 思わず声が出た。
 周囲から、くすくすと笑う声がした。

       クローバー

 「有賀さん、ナイス・ショットですねェ」
 コーチの小山真司がからかうように声をかけた。
 「たまたまですよ、たまたま」
 そう言って有賀幸恵は、口元を手で覆ってクスリと笑う。
 「エーッ、たまたまぁ?」
 それを見て、早川亮が「たま」に力を込めて冷やかす。
 「大丈夫ですか、海野さん?」
 腰を屈めるようにしてベンチに戻る聡史に、コーチが声をかけた。
 「たまりません!」
 顔をしかめて見せると、コートの中に笑いの渦が起こった。

 1時間30分のレッスンが終わると、聡史たちは3面並んだ室内コートからクラブハウスに戻る。
 出口のドアのところまで来ると、後ろから追いついてきた有賀幸恵が、「さっきは、どうも」と声をかけてきた。
 「わざとじゃないですよ」
 「なんだ。わざとかと思って喜んでたのに」
 「エッ、喜んでたの?」
 「ちょっとね……」
 「じゃ、今度は、思いきりボディへ打ち込んじゃう」
 「楽しみにしてます」
 「気をつけないと、この人、ほんとにネラいますよ」
 横から口を出したのは、確か、児玉さんとかいう彼女の友だちだった。
 「もォ―ッ、変なこと言わないでよ」
 怒ったように、プイと顔を背けた有賀幸恵は、出口のドアを開けて、さっさっと女子更衣室への階段を上がっていった。
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