smile240歳で始めた聡史のテニスは、有賀幸恵の
ボディショットを受けて、燃え上がった。コーチに
「くねくね打法」とからかわれるそのフォームも、
魅力のひとつだった。その幸恵には、夫がいた―― 

 短編集・マリアたちへ   第15話 
ボディショット〈2〉

 R18  ※この作品は純文学作品ですが、性的表現を含みます。18歳未満の方は、ご退出ください。
 ここまでのあらすじ  40歳でテニススクールに通い始めた海野聡史。同じクラスに、ライジングショットを得意とする有賀幸恵がいた。ラリー練習でそのショットをボディに受けた聡史は、その球筋にホレた。そして――
※この話は連載第2回目です。第1回目から読みたい方は、⇒こちらからどうぞ。



 テニスを始めたのは、40歳になってからだった。
 ふつうなら、そろそろ激しいスポーツは止めようか――と思い始める歳になって、聡史は生まれて初めて、ラケットを手にした。
 住んでいるマンションからほど遠くないところに、インドアの「ASKテニス・スクール」がオープンしたのが、そのきっかけだった。
 カマボコ型の体育館のような建物の中から聞こえてくる、スコーン、スコーンという打球音が、聡史の体の奥に長い間眠っていた何かを揺り起した。
 スポーツが好き、という子どもではなかった。
 プールに行こう、スキーに行こうと誘われても、一度も心を動かされたことがなかった。そんなことに時間を割くぐらいなら、本を読んだり、映画を見たり、絵を描いたりしているほうが楽しい――と感じる子どもだった。
 しかし、ボールだけは別だった。
 動くボールを見ると、無意識のうちに体が反応しそうになる。
 「やっぱり、おまえは戌年だねェ」
 母親には、いつもそう言って笑われた。
 そうなのかもしれない、と聡史は思った。
 自分の体の中には、犬のDNAが組み込まれているのかもしれない。
 プールやスキーにはまったく動かなかった心が、「野球しよう」とか「卓球しに行こう」と誘われると、喜んで飛んでいった。
 しかし、そうしてボールと戯れる機会は、高校を卒業してからは、まったくゼロになってしまった。
 貧乏学生だった大学時代には、金のかかる運動系のサークルに所属する余裕などなかった。卒業すると、雑誌のレイアウトなどを手がけるグラフィック系のデザイン会社に就職したが、いきなり、猛烈なスケジュールで仕事にのめり込むことになり、どこかで球技を楽しむなんていう余裕はなくなった。だいいち、一緒にプレーする相手が、聡史の周囲にはいなかった。
 20年以上、封印されたままだった犬としてのDNAが、新設のテニス・スクールから聞こえてくる打球音に揺り起こされ、かき乱された。

       クローバー

 テニスは、それまで一度も経験したことのないスポーツだった。
 野球は、人数が揃わないとできないし、だいいち広大な広場を必要とする。しかし、卓球やバトミントンではもの足りない。しっかり走ってボールに追いつくという感覚と、ボールを捕えて打ち返す手ごたえのようなものが、不足している。
 テニスなら、コートさえ確保すれば、2人いればできる。打球感も、しっかり感じることができる。
 始めてみて、聡史は思った。
 自分の中の「犬のDNA」に、これほどぴったりとくるスポーツはない。
 初めてということで、とりあえずは「初級=F」クラスからのスタートになったが、ワンクールで「初中級=S」に上がり、さらにワンクールで「中級=M」に上がった。
 この分なら、あっという間に「中上級」⇒「上級」だな――と思った。
 しかし、そこから勝手が違った。
 「中級」まで来ると、若い女の子やご近所のおばさん……という感じのメンバーは、ほとんどいなくなる。たいていは、中高時代からテニスやってましたよ、というベテラン。ラリーになると、女性でもかなりな打球を打ってくる。
 有賀幸恵も、そんなベテランのひとりだった。
 年齢は、30代前半というところだろうか。どこかの役所に勤めているらしい、というところまでは聞いていたが、それ以上の詳しいことは知らなかった。
 「ASKテニス・スクール」の各クラスは、定員が12人になっている。
 聡史が所属する土曜日のCクラス・Mステージは、12人のうち8人が男性で、そのうち5人が30代。あとは、テニス部に所属している現役の高校生が1人、やたらにスライスばかり打ってくる60代がひとり。40代は聡史だけだった。
 女性は、全部で4人。有賀幸恵とその友人らしい児玉なんとかが30代で、あとは現役の高校生がひとりに、生まれて以来ずっとスポーツやってましたというような、真っ黒に日焼けした50代と思われる女性がひとり、という構成だった。
 有賀幸恵は、美形と言えた。
 「M」まで上がってくるくらいだから、テニスも、きのうやきょう始めたのではないらしい――と推測できた。
 打球は素直なフラット系だが、フォームが少し変わっていた。
 打つ前の体のひねり方にクセがある。特に、サービングのときには、体を蛇のようにくねっとさせるので、コーチの小山真司には、「くねくね打法」とからかわれていた。
 クラスのレッスンは、通常、ボレー対ボレーのウォーミング・アップから始まって、コーチの出した球を打ち返す打ち込み練習、サーブ練習、フォーメーション練習……と続いて、最後の30分がゲーム形式のラリー練習に当てられる。
 ラリーはダブルスで行われるが、パートナーの組み合わせや対戦の順番は、クジで決められる。
 有賀幸恵がパートナーになったり、対戦相手になったりすると、聡史は、少しだけ、うれしくなった。そのうち、それは、土曜日のレッスンの楽しみのひとつになっていった。

       クローバー

 有賀幸恵に夫がいる、と知ったのは、早川亮を通してだった。
 幸恵の夫・伸男は、レコード会社で宣伝担当の仕事をしていて、広告会社勤務の早川とは、大学時代からの友人同士。テニスも、元々は、幸恵の夫が始めたもので、有賀幸恵とその夫・伸男、早川の3人は、学生時代からテニスを通して知り合った友人同士でもあった。有賀伸男も、「ASK」のメンバーではあったが、ちょっと体を壊して、いまはスクールを休んでいる、という話だった。
 幸恵に夫がいる、というのは、聡史にとっては少し残念な情報ではあったが、有賀幸恵が魅力的な女性であることに変わりはなかった。
 それだけに、幸恵のボディ・ショットに不覚をとったのは、なんとも悔しくてならなかった。

 翌週の土曜日、聡史は少し早めにスクールに着いた。
 着替えをすませて、ラウンジでコーヒーを飲んでいると、有賀幸恵が児玉某と一緒にやって来て、聡史に目を留めた。
 軽く会釈をすると、ふたりで聡史の座っているテーブルまでやって来て、「早いですね」と声をかけてきた。
 「あ、どうも。家が近くだし、土曜日の朝なんてやることがないもんで……」
 「ジャマだから、とっとと出かけてよ、とか言われたんでしょ?」
 「だれにですか?」
 「奥さんとか……」
 「奥さんって、そんなこと言うんですか?」
 「言われないんですか、海野さんは?」
 「わかりません。奥さんと暮らした経験がないんで……」
 「エッ、独身?」
 有賀幸恵の目に、少し驚いたような色が浮かび、それから、幸恵は、「独身だって」と隣にいる児玉某の腕を突いた。
 「あ、こちら、児玉慶子さん。知ってますよね、同じクラスの……」
 「あ、もちろん。いつも、スピンに苦しめられてますから」
 下の名前、慶子って言うんだ――と、聡史は初めてフルネームを知った。
 児玉慶子の球筋は、幸恵とは対照的なスピン系だった。手元でポーンと跳ね上がる球を打ったり、バウンドした途端にサイドに逃げたり、センターに食い込んできたりする球を打つので、聡史は少し苦手にしていた。
 苦手なのは、球筋だけではなかった。
 少し肥満気味と思える体形も、下ぶくれな顔立ちも、薄い唇も、長めの髪をゴムバンドで留めただけの髪形も、聡史の好みには合わなかった。
 「こちらの児玉さんも、独身なんですよ」
 言いながら、幸恵は児玉慶子の体を前に押し出そうとする。
 そういうの、メイワクなんだけど――と思ったが、もちろん、それを顔に出すことはしなかった。
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