smile2予選決勝戦の対戦相手は、2階級上のUペアだった。
ふつうに闘ったのでは、とても勝てる相手ではない。
しかし、聡史と幸恵のペアは善戦した。車椅子で声援を
送るのは幸恵の夫。ゲームが終わると、彼女の夫は―― 

 短編集・マリアたちへ   第15話 
ボディショット〈15〉

 R18  ※この作品は純文学作品ですが、性的表現を含みます。18歳未満の方は、ご退出ください。
 ここまでのあらすじ  40歳でテニススクールに通い始めた海野聡史。同じクラスに、ライジングショットを得意とする有賀幸恵がいた。ラリー練習でそのショットをボディに受けた聡史は、その球筋にホレ、コーチから「くねくね打法」とからかわれるフォームに魅了された。その有賀幸恵には、夫がいた。それを教えてくれたのは、幸恵夫婦と学生時代からのテニス仲間だという早川亮だった。翌週、ラリー練習で幸恵とペア組んだ聡史は、豪球サーブの持ち主、17歳のショーちゃんペアと対戦した。見事なフォーメーション・プレーで相手ペアを下すと、幸恵が握手を求めてきた。しかし、次の早川ペアとの対戦では、聡史は痛恨の2連続Wフォールト。その日、聡史は変な夢を見た。幸恵がコートから男たちに連れ去られ、ブッシュの中でスコートを剥ぎ取られ、凌辱される夢だった。「オフ会をやるんですけど、参加しませんか?」。その幸恵が、翌週、聡史に声をかけてきた。小山コーチの卒業を祝う会だと言う。そのオフ会の席で幸恵の写真を撮りまくったのは、早川や有賀と同期だという大沢という男だった。大沢は、その写真をおかずに使うと言う。聡史は、大沢をたしなめた。翌週、「ASK杯争奪テニス大会」の実施が発表された。各スクールの予選で2組ずつが選ばれ、本戦でカップを争うという。「海野さんは出ないんですか?」と声をかけてきたのは、有賀幸恵だった。聡史は幸恵とペアを組んでミックス・ダブルスにエントリーすることになり、ふたりでその練習をすることになった。聡史のオフィスのそばにある都営のオムニコートを借りての、ふたりきりの練習。汗をかいた幸恵が「シャワーを貸して」と言い出し、聡史は彼女を自分のオフィス兼居室に招いた。「海野さんは結婚しないの?」と訊く幸恵。「したいと思う人はいるけど」と答える聡史。ふたりの唇は、どちらからともなく、「禁断の距離」を越えた。やがて、「ASK杯」のスクール内予選が始まり、海野・有賀ペアは、初戦を突破した。続く相手は格上のUMペア。12回もデュースを繰り返した熱戦の末、最後のボレーで決着がつくと、幸恵が「ふたりだけで祝勝会しない?」と誘ってきた。「このサービスを決めたら触らせてあげる」と約束した幸恵の尻。酔った幸恵は、それをゆっくり聡史の手の上に下ろしてきた。しかし、それらはすべて亭主公認。幸恵の亭主は脊椎を傷めて車いす生活。もう、彼女を抱けない体になっていた。続く決勝戦のコートに、その夫がやって来て、聡史に言うのだった。「相手ペア、サイドを攻めれば、センターがガラ空きになりますよ」――
※この話は連載第15回目です。第1回目から読みたい方は、⇒こちらから、
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 「善戦を」と有賀伸男にエールを送られたUペアとの対戦だったが、コートで実際にその球を受けてみると、力の差は歴然だった。
 聡史が打ち込んだ渾身のサーブは、簡単にリターン・エースになってしまう。相手が打ち込んでくるサーブは、幸恵のラケットにかすりもしない。
 あっと言う間に、0-5と追い込まれ、聡史が後衛としてレシーブに回ることになった。バックラインやや深めで何とかサーブを拾おうと構える聡史に、幸恵が近寄ってきた。
 「あの人のサーブ、スウィングしてもクリーン・ヒットしないと思う。前に出て、当てるだけにしたほうがいいかもしれないよ」
 幸恵がたまにささやいてくるアドバイスは、聡史も驚くほどに的を射ている。
 ナルホド……と、聡史は思った。
 下がってハード・ヒットするのではなく、前に出て軽打。聡史は、バックラインを越えて、二足分ほどサービスライン寄りにポジションをとってラケットを構えた。
 そこへ相手サーバーのファーストが、サイドへ鋭く伸びてきた。下がって待っていたのでは、おそらく、サイドへ大きく逃げていく球に追いつくことができなかっただろう。しかし、前に出ていた分だけ、何とか足は追いつけそうな気がする。
 聡史は、バックスウィングをとらず、最初からラケットを体の前方に構えて、フェースだけを球の軌道に合わせる打法をとった。そのフェースに少しアングルをつけた。
 手ごたえがあった。
 スイートスポットにヒットした打球は、ショート・クロス気味に、相手コートのネット際、サイドラインぎりぎりに飛んでいく。サーバーがダッシュしてくる姿が見えた。その姿を視界に捉えながら、聡史はセンターのケアに走った。
 聡史がセンターに走るのを見て、幸恵はラインを締めた。相手サーバーは、聡史のリターンに追いつくのがやっとだった。力ない球がネットを越えてくるところに、幸恵がボレーで飛びついた。その球が、相手コートのセンターを抜けていく。
 有賀伸男が指摘したとおり、相手ペアのセンターはガラ空きだった。そのガラ空きのセンターをあざ笑うように、幸恵のボレーはエースとなって相手コートに転がった。
 「やったー」と、幸恵が両手を突き上げ、聡史はその手とハイタッチを交わした。
 その1ポイントでゲームの流れが変わった。続くポイントを連取して2-5。再び、サーブ権が聡史に戻ってきた。

       クローバー

 まさか、Uのペアを相手にほんとうに勝てるとは、思っていなかった。しかし、なんとかいい勝負には持ち込めそうだ。
 その希望に、聡史は奮い立った。奮い立ったぶん、少し肩に力が入った。
 ファーストを打ち込む腕に、少しだけ打ち下ろそうとする気持ちが加わって、ボールはネットにかかり、フォールトとなった。
 いかん、いかん。力、入りすぎだろう。
 そう思って深呼吸し、天井を見上げた。その目に、窓ガラス越しにコートを見下ろす車椅子の人物の姿が見えた。有賀伸男だった。
 聡史と目が合うと、伸男は、「やあ」というふうに手を挙げ、それから、両方の肩をくるくると回して見せた。どうやら、「力を抜け」と言っているらしい。
 聡史は、自分でも肩をグルッと回して、セカンドのためのトスを上げた。しかし、今度は力を抜きすぎたのか、そのトスが低い。これじゃ、打てない。トスのやり直しだな。振り上げようとしたラケットの力を緩めたとき、聡史の目には、相手コートのレシーバーの動きが映った。構えたラケットを下ろし、フッ……と体の力を抜く様子が見えた。
 そのときだった。
 聡史の頭の中に、突然、ひらめいたものがあった。
 そうか。アンダーがあった!
 落ちてくるトスのボールに向けて、聡史はアンダーからラケットを振り出した。ボールとラケットが当たる瞬間、聡史はラケットのフェースをやや上向きに変えて、思いきりボールにバックスピンをかけた。
 ラケット面がシュリッという音を立て、ボールはふわっと浮き上がってネットを越えていく。相手コートのレシーバーがあわててダッシュしてくるのが見えた。しかし、間に合わなかった。
 聡史のセカンドは、まるでドロップ・ショットのように相手コートのネット際に落ち、しかもバックスピンがかかった球は、ほとんどバウンドせずにコートに落下した。
 ケガの功名と言えば、言えなくもない。しかし、そのサーブは、卓球で言う「投げ上げサーブ」のようなものだ。力で勝る相手に力で対抗しようとしても、とてもかなわない。
 そうか、この手があった――。
 聡史のアンダーハンド・サーブは、相手の守備陣形を混乱させた。
 続く2本目では、聡史は、フェイントをかけた。トスアップした球を強打するフリをしながら、その球が腰のあたりまで落ちてくるのを待ち、再び、アンダーハンドで打った。打つと同時にネットにダッシュした。
 今度は、拾われた。相手の後衛が拾った球は、ネットすれすれを越えて聡史のサイドに飛んでくる。しかし、ネット・ダッシュしていた聡史は、その球に間に合った。相手の前衛は、聡史が拾った球をボレーしようとネットに詰めている。
 そのまま強打したのでは、そのボレーの網にかかってしまう。
 聡史は、落ちてきた球を強打するフリをして、インパクトの瞬間にラケット面を開き、ボールを下側からこすり上げた。聡史の打球は、トップスピン・ロブとなって、前衛の頭を越えた。越えた球が、相手コートのコーナーに向けて飛んでいく。
 落ちろ! 聡史はラインを固めながら、念じた。
 相手の後衛が懸命にフォローに走っていくが、それより早く、聡史のロブは相手コートのバックラインとサイドラインが交差するあたりに落ち、そのままエースとなった。
 駆け寄ってきた幸恵が、ガッツポーズを作った手で、聡史の手とハイタッチを交わした。
 上を見ると、ガラス窓の向こうで、伸男も拳を振り上げていた。

       クローバー

 ポイント4-5。
 何とかいけるんじゃないか――と思ったが、サーブ権は相手に移り、サービス・エースを奪われて、4-6。Wマッチポイントを握られた。
 次のポイントは、何とか幸恵がリターンを返し、長いラリーの末に、相手のストロークがオーバーとなって5-6。
 しかし、そこまでだった。
 最後は、幸恵のサーブに相手の強烈なリターンが返ってきた。聡史がなんとか追いついたが、返した球は山なりのチャンス・ボールになった。そこを強烈なスマッシュで決められた。
 幸恵はガックリ肩を落としたが、Mレベルのペアとしては、善戦と言えるゲームだった。
 相手ペアと握手を交わし、ふたりでクラブハウスに引き上げると、有賀伸男が拍手で迎えてくれた。
 「ナイス・ゲームでした」
 「いやあ、もうちょっといけるかなぁ……と思ったんですけどね」
 「惜しかったですねェ。うちのが、もう少し踏ん張れればよかったんだけど……」
 チラと自分の女房を見やる伸男の視線に、幸恵がプーッと頬をふくらませた。
 「エーッ、私のせいなの?」
 「いやいや、幸恵さんは、よくやったんじゃないですか。私が、ちょっと不甲斐なくて……。最後のポイントなんて、中途半端な打ち方してしまったから……」
 「しょうがないよ。あれは、返すのがやっとの球だもん。私のサーブが甘かったんだわ」
 ふたりのやり取りを聞いていた伸男が、ニヤリと笑った。
 「いいペアですね。幸恵が海野さんと組みたがるわけだ」
 「エッ……!?」
 「こいつね、海野さんと組むのがうれしくてたまらないみたいですよ」
 「もォ――ッ、変なこと言わないでよ」
 幸恵は、プイと怒って、車椅子のグリップに手をかけた。
 「じゃ、私、主人をクルマに乗せるんで……」
 車椅子を押されながら、伸男が振り向いて言った。
 「本戦もガンバってください。本戦が終わったら、慰労会でもやりましょう」
 伸男は頭の上で手を振りながら、幸恵に押されて、車椅子ごとエレベーターに消える。
 その姿を見送りながら、聡史は不思議な気分になった。
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