女イメージ4ジャンヌに率いられて連戦連勝のフランス軍。
しかし、ついにその身が捕えられる日がやってきた。
「異端審問」にかけられたジャンヌは、イギリス軍の
牢獄につながれた。それには、理由があった――


 R18   ロマン派 《H》 短編集 
 第26話  囚われのジャンヌ〈2〉

このシリーズは、管理人が妄想力を働かせて書いた、
Hだけどちょっぴりロマン派な、官能短編小説集です。
性的表現を含みますので、18歳未満の方はご退出ください。



 ここまでのあらすじ  日本の鎌倉時代から応仁の乱前夜の室町時代にあたる14~15世紀、イギリスとフランスは、「百年戦争」と呼ばれる長い戦乱状態にあった。そんな中、オルレアン候・シャルル7世を助けて、フランス王位につけ、国土を統一しようと立ち上がったのが、ジャンヌ・ダルクだった。しかし、そのジャンヌは囚われ、異端審問にかけられて火刑に処されることになった。紅蓮の炎に包まれる「オルレアンの乙女」。しかし、その火は、ジャンヌの衣服が焼け落ちたところで、いったん止められた。焼けただれた裸体を公衆の目にさらすためだった――。
⇒この話は、連載2回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
  前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。


 あの女がオレたちの前に姿を現したのは、1429年5月4日のことだった。
 その頃、オレたちはオルレアンを包囲していた。臆病者のジャン・ド・デュノワ(注・オルレアン公シャルルの異母弟で、オルレアンを守備するフランス軍を指揮していた)は、城門を閉ざして閉じこもり、いっさい、積極的な攻撃を仕掛けてこなかった。
 フランス野郎は、どいつも、こいつも腰抜けだ。
 オレたちは、正直言うと、連中をなめきっていた。
 ところが、そこへあの女がやってきた。
 あの女は、「イングランド軍を駆逐して、王太子シャルルをフランス王位につけよ!」という啓示を受けた――と、シャルルを説き伏せ、自分に軍の指揮を執らせてほしいと願い出た。
 あの女は、甲冑に身を包み、自ら旗を手に軍の戦闘に立って城門から撃って出た。
 女がオルレアンに到着したのは4月29日だったが、その5日後の5月4日には、オルレアン郊外のサン・ルー要塞を攻め落とし、その翌日、5月5日には、放棄されたままだったサン・ジャン・ル・ブラン要塞を占拠した。
 何だ、あいつは?――と、オレたちは思った。
 あいつが、旗を手に先頭に立つようになってから、フランス軍は勢いづいたように見えた。まるで魔物にでも取りつかれたように、遮二無二、オレたちの部隊に突進してくる。
 イギリス軍が占領していた拠点は、次々と、勢いづいたフランス軍に奪い返されていった。

       バラ

 あいつが、実は、女である――ということを知ったのは、捕縛したフランス軍の兵卒の口を通してだった。
 あの女は、進軍中も兵士たちと寝食を共にし、兵士たちと藁の寝床で雑魚寝することもあったという。甲冑を脱いで夜の支度を整える女の、形のいい乳房を目にしたこともあった――と、その兵卒は証言した。
 その女が、旗を振って、部隊の先頭に立つ。しかも、その女は、「フランスを救え」の啓示を受け、神の加護を受けている存在だ。
 そいつが、年頃のいい女で、美しい胸を甲冑に押し込んで、死をも恐れず部隊の先頭に立つ。そりゃ、男たちは奮い立つわなぁ――と、オレは思った。

 その後も、ジャンヌ率いるフランス軍は、連戦連勝を重ねた。
 オルレアンを解放すると、6月12日にジャルジョー、6月15日にマン=シュール=ロワール、6月17日にボージャンシー……と、オレたちが占領していた領土を、次々と取り戻していった。
 6月18日には、パテーの戦いで、イングランド軍とフランス軍の主力同士がぶつかったが、この戦いで、オレたちのイギリス軍は壊滅的な打撃を受けた。
 7月3日には、イギリスと同盟関係を結んでいたブルゴーニュ公国軍が降伏を申し出て、ついに7月16日、ランスはフランス軍に城門を開いた。
 シャルル7世の戴冠式が行われたのは、翌17日だった。
 女が神の啓示として受けた「シャルルをフランス王位につけよ」は、これでかなえられたことになった。
 その後、イギリス軍とフランス軍は数か月間の休戦協定を結んだが、その協定が失効すると、再び、戦闘が再開された。
 あれは、戦闘再開後の1430年5月23日のことだった。
 あの女が捕虜になった――という知らせが、オレたちの元に届けられた。
 コンピエーニュ包囲戦で、援軍として同地に向かったジャンヌが、ブルゴーニュ公国軍の捕虜となってしまった、というのだ。伝えられた話によると、ブルゴーニュ公国軍に6000人の援軍が到着したことを知ったジャンヌは、兵士たちに撤退を命じた。
 この撤退作戦の中で、あの気丈なフランス娘は、自らの意思でしんがりを務めたという。撤退作戦のしんがりというのは、タフな任務だ。場合によっては、死を覚悟しなくちゃならない。
 その役目を自ら買って出たのはいいのだが、ブルゴーニュ軍に退路を断たれ、包囲され、一矢を受けて落馬したところを取り押さえられた――というのだった。
ジャンヌ・ダルク捕縛 知らせを聞いたオレたちは、歓声を挙げた。
 八つ裂きにしても飽き足りないほどのあの女が、とうとう捕まった。これで、フランスの連中も、意気消沈することだろう。
捕えられるジャンヌ。パリ、パンテオンの壁画。

       バラ

 ふつうなら、こういう場合、捕虜の身内が身代金を払って、その身柄を引き取るところだが、シャルル7世はジャンヌを見殺しにした。シャルルに代わって身代金を払い、その身柄を引き取ったのは、ブルゴーニュの同盟国・イングランドだった。
 その目的は……?
 オレに言わせれば、憎しみ余るあの女を、地獄へ叩き落とすため――としか考えられない。
 イングランドの捕虜となったジャンヌは、イギリス寄りの司教、ピエール・コーションの手で異端審問にかけられることになった。
 この異端審問では、さまざまな証言がイギリス側に都合いいように改ざんされた。しかし、ジャンヌは、頭のいい女だった。それを認めず、最後まで「異端ではない」と主張し続ければ、「改悛の情なし」として死罪を免れないところだったが、ジャンヌはあっさりと「異端」を認め、改悛の意を示した。
 教会の定めから言って、改悛の意を示し、二度と異端を犯さなければ、死罪を科すことはできない。
 そこで、コーションたちは一計を案じた。
 異端と断じられたことの中には、ジャンヌの「男装」があったが、コーションたちは、ジャンヌに「二度と男装しない」ことを誓わせ、女装に戻した上で、その身柄をルーアンの城に監禁した。
 異端審問中の被告は、ふつうなら、教会の修道院などに収容される。それを、イギリス兵がウジャウジャいる城の中に幽閉し、二度目の審問までの期間を過ごすように命じたのだ。
 その監視役を仰せつかったのが、オレたちイギリス兵士だった。
 その結果、どういうことが起こるか?
 当然、コーションは予測していたはずだった。
 オレは、いまでもハッキリ覚えている。
 初めてオレたちの城に幽閉されたあの女が、どんな姿で牢獄に放り込まれ、どんな形で鎖につながれたか?
 それは、まるでオオカミの檻に、子ウサギを放り込んだようなものだった。(続く)


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