コーヒーと女 連載   ローズマリーの詩    
ふたりの落ちこぼれ
破産して家の離れに間借りするおじと、出戻りの私。それぞれの愛の物語。

雨の音に混じって、
庭の離れから、また、
あの声が聞こえてきた。
静かな夜、心に沁みてくる
おじのギターの弾き語り。
私は、その歌の意味を
知りたくなった——。




 絹のような雨が、庭に植えられた紫蘇やナスの葉を濡らしている。
 不意にやって来た秋の空気が、半袖からむき出しのままの腕をひと撫でして、ブルッと震わせる。
 何か羽織ろうかと思っていると、離れからギターの音が響いてきた。
 雨に溶け込むような、3拍子のアルペジオ。
 前奏に続いて、ささやくような声が、聞こえてきた。

 おじさん、また、歌ってる――。
 また、あの曲だ。

 どこかで聞いたようなメロディなのだが、何という曲かはわからない。
 こういう雨の日とかになると、おじさんは決まって、この曲を、ギター片手に歌い始める。

 パースリー、セージ……。

 何となく、そこだけ、歌詞が聞き取れる。
 どこか哀愁を帯びた、フォルクローレっぽいメロディのその部分だけが、何度も聞くうちに、頭に染み込んでしまった。

 それ、何て曲……?

 一度、聞いてみようかと思うのだが、なんだか、おじさんの心にズカズカと踏み込むような気がして、遠慮している。
 しかし、その曲を聴いていると、ちょっとだけ、気持ちが落ち着く。
 夕方を、ああ、夕方だぁ――と思うような、そんな気持ちになる。

       クローバー

 「おじさんが、会社つぶしちゃったのよ。しょうがないから、うちの離れに住ませてやることにしたから」
 母の口からその話を聞いたのは、去年の冬のことだった。
 「住ませてやる」と言われたおじは、段ボール30箱分の本とCD、衣類を詰めた衣装ケース、夜具一式、それに机とパソコンとステレオとギターケースを引っ越し便で運び込んで、離れの住人になった。
 別に、居候というわけじゃない。
 家賃4万円に食費として2万円を、月々、母に収めている。元々は、納戸代わりに使っていた庭の片隅の8畳ひと間のプレハブ。小屋と呼んだほうがいい部屋にしては、ちょっと高い。それでも、母は、「住ませてやっている」と言う。
 「好き勝手なことやってきて、最後はこの始末なんだからね。まったくいいメイワクだわ」
 母がどんなメイワクを受けているのか、私にはわからない。
 しかし、おじは、そうして悪態をつく母を、いつもフッ……と笑って見ているだけだ。その顔は、「相変わらず世知がらいやつだ」と達観しているようにも見えた。

       クローバー

 私が出戻って来たときも、母はそういう態度だった。
 正確には、「出戻り」でもない。
 26で人並みに結婚を決意して、部屋を借り、男との新生活の準備を始めたのだが、いよいよ式の日取りを――となったときに、不意に、すべてがイヤになった。
 相手は、北関東の、元は庄屋だったという家柄の長男だった。
 「本家の跡取り」ということで、結婚となると、向こうの家とのやりとりなどが、何かと面倒だった。
 「本家に入るんだから」と、彼は、私をひと通り、親戚中にあいさつに連れて回ると言い出した。
 「別に、家に入るんじゃないよ。私は、和久さんと結婚するんだからね」
 21世紀に結婚する女として、しごく当たり前の発言をしたつもりだったが、彼から返ってきた言葉は、「結婚は、そんなものじゃないだろう」だった。
 男らしくて、筋が通っていて、頼りになる――と感じていた彼の美点が、そのひと言で、オセロの駒のようにひっくり返ってしまった。
 「結婚するってことは、相手の家に入るってことだろ? それくらいわかれよ」
 違う。この人、違う!
 そう感じた瞬間から、彼が発する言葉が、何も耳に入らなくなってしまった。
 そういう私の変化を見て、別れは、彼のほうから切り出してきた。
 「おまえは、うちの嫁にふさわしくないって、オフクロとかも言い出して……」というのが、その口実だった。
 この男と、これ以上、話してもムダだ。
 そう感じたので、新生活のために用意していた部屋をキャンセルし、運び込んでいた家具などもすべて処分して、家に帰って来た。

       クローバー

 「もう、何、考えてるの?」と、声を荒げた後で母が発した言葉が、いまでも頭の隅にこびりついている。 「お母さん、退職金の半分はたいて、あんたの嫁入り道具、揃えてやったんだからね」

 エッ、そういう問題……?
 娘の心の問題とか、気にならないんだ……?

 その後で、母は、向こうの親にねじ込んだ。
 「この結婚準備のために、うちがいくら使ったと思ってるんですか? 新居の敷金とか礼金も、全部、うちで出してるんですからね」
 結局、母親にとって、娘の結婚は経済問題だった。
 すったもんだの挙句、部屋の入居資金だけは先方から取り戻して、母は溜飲を下げたようだった。
 「まったく、あんたたちのおかげで、私の血圧は上がりっぱなしだわ。何のために、ここまでガンバってきたのか、わからない」
 「あんたたち」の中には、私も、そして、きっとおじも含まれている。
 ⇒続きを読む


※3つのランキングに参加しています。
この小説をもっと読んでみたいと思われた方は、応援ポチ、よろしくお願いいたします。

にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(愛欲)へ  オンライン小説ランキングへ

「ローズマリーの詩」の目次に戻る  トップページに戻る