コーヒーと女 連載   ローズマリーの詩   3 
40年間、歌い続ける歌
破産して家の離れに間借りするおじと、出戻りの私。それぞれの愛の物語。

おじがいつも口ずさむ
『スカボロー・フェア』という曲。
CDを買ってきて聞いてみた。
それをおじに見つかった。
「なぜこの曲を?」という質問に
おじが返した答えは――。



 ここまでのあらすじ  会社を倒産させ、破産したおじがわが家の離れに住むようになって1年になる。私は、進めていた結婚話が破談になって、家に出戻って来た。おじも、私も、母にとっては「厄介者」だった。そのおじが住む離れから、時折、ギターで弾き語りするおじの歌が聞こえてくる。そのもの悲しげなメロディが、なぜか、心に響く。私は、その歌の内容を知りたくなった――。
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 次の日、「新星堂」に寄ってCDを探した。
 ネットでダウンロードしてもいいのだけど、それじゃ、曲が作られた時代の空気感がつかめないような気がした。
 ジャケットも見たいし、ライナーとかも読んでみたい。
 「サイモン&ガーファンクル」のコーナーを探すと、『Parsly,Sage,Rosemary&Thyme』というタイトルのアルバムがあった。
 これだ――と思って、買って帰り、CDプレーヤーにかけてみた。

 サイモンとガーファンクルの曲を「聴こう」と思って聴いたのは、それが初めてだった。
 微音で奏でられるふたりのハーモニーが、雨とともにやって来た秋の空気に、しっとり溶け込んでいく。
 何度も何度も繰り返される、「パースリー・セージ・ローズマリー・アンド・タイム」というフレーズが、どこか心の奥深いところに染み込んで、何かを呼びかけてくるような気がした。
 でも、それが何かは、わからない――。
 『スカボロー・フェア』のもの悲しいメロディは、それが元々、イギリス民謡だったからだ――とわかった。「蛍の光」とか「スコットランドの釣鐘草」とか「ロンドンデリーの歌」とか「グリーンスリーブス」のような、親しみやすく、もの悲しい旋律は、イギリスの北東部、スコットランドやその近くで生まれたものが多い。
 何世紀も歌い継がれてきたその民謡を、1960年代の民謡歌手、マーチン・カーシーがアレンジして歌っていたのを、さらに、サイモンとガーファンクルがアレンジして、ヒットさせたのだ――と、ライナーには解説されていた。
 しかし、何度聴いても、いくら解説を読んでも、なぜ、パセリとセージとローズマリーとタイムなのかは、わからなかった。

    クローバー

 長い雨が上がって、空が深い青色に染まった日曜日、iPodに落としたアルバムの曲を聴きながら、ベランダに置いたスツールに腰かけて足をブラブラさせていると、おじがマグカップを持って、離れから庭に下りてきた。
 マグカップからは、真新しい湯気が立ち上っていた。おじは、いつも、朝になると、ペーパー・フィルターでいれたコーヒーを飲みながら、狭い庭をうろつき回る。いつもの日課だった。
 iPodを耳に当てている私を見ると、「おや?」という顔をした。
 いけない。音がもれているか――と、ボリュームを絞った。
 ちょうど『スカボロー・フェア』を聴いているところだったが、その曲を聴いていることをおじに知られるのは、ちょっと恥ずかしかった。しかし、おじの鋭敏な耳は、その音を拾ったようだった。
 「気に入ったの、その曲?」
 「つか……」
 「何だい?」
 「おじさん、いつも歌ってたでしょ?」
 「ああ、あれ……かぁ。別に理由はないよ」
 「なんだ、理由ないのかぁ……」
 「バイトして、やっとギターを買ったときに、初めて弾き語りしたのが、その曲だったからね」
 「そんな理由?」
 ちょっとガッカリした。おじの青春の挫折とか屈折とか……そんな話でも詰まってるんじゃないか、と思ったのに、少し拍子抜けだった。
 「ま、ギターを買ったのは、その曲を弾き語りしたかったから――ではあったんだけどね」
 「どうして、その曲だったの?」
 「そんなの、理由はないでしょう。いい曲だと思った。ただ、それだけだよ」
 「でも、いまだに歌ってるじゃない」
 「進歩がないからじゃないか。むずかしい曲は弾けないし……」
 「ほんとに、それだけ?」
 「それだけ、それだけ。40年間、それだけ……」
 おどけた調子で部屋に戻ろうとする背中が憎らしくて、ちょっと、意地悪な質問を浴びせた。
 「True love of mineも、それだけ?」
 おじの背中が、ちょっと、ビクッ……となった。

    クローバー

 その日の夕食は、チキンの香草焼きだった。
 日曜日の夕食は、おじが作ることが多い。ふだんは魚料理が多いのだが、本人によると「きょうは鶏のもも肉が安かったから」という理由で、チキンになった。
 皮はこんがりと、肉はジューシーに焼き上げられている。切り分けてひと口頬張ると、口の中に、ハーブの香りが広がった。
 「なんか、漢方臭いわね」という母を、チラと見やったおじが、ニヤッ……と口を緩めた。
 「お客さま、それはハーブの香りでございます。気になるようでしたら、レモン汁をかけてお召し上がりください」
 冗談めかして言うおじが、私には、母をからかっているように見えた。
 「おじさん、これ、何と何を使ったの?」
 「当ててごらん」
 「エーと、上にかかってるのは、パセリよね。この、ちょっと強めなクセのある香りは、もしかして……タイム?」
 「あとは……?」
 「エッ、まさか……セージとローズマリー?」
 「ビンゴ!」
 親指を立ててにんまり笑うおじを、母が怪訝な顔で見ている。
 その横で、父がボソッと言った。
 「お義兄さん、これ、うまいですね」
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