コーヒーと女 連載   ローズマリーの詩   6 
おじが愛した女
破産して家の離れに間借りするおじと、出戻りの私。それぞれの愛の物語。

『卒業』のDVDを借りた翌週、
おじに来客があった。
尾崎と名乗る初老の男。
ふたりの会話の中に
「千里」という名前が出てきた。
どうやら、おじが、
かつて愛した人らしい……。



 ここまでのあらすじ  会社を倒産させ、破産したおじがわが家の離れに住むようになって1年になる。私は、進めていた結婚話が破談になって、家に出戻って来た。おじも、私も、母にとっては「厄介者」だった。そのおじが住む離れから、時折、ギターで弾き語りするおじの歌が聞こえてくる。そのもの悲しげなメロディが、なぜか、心に響く。私は、その歌の内容を知りたくなった。その曲は『スカボロー・フェア』という曲。おじはもう40年、その歌を歌い続けているという。私はその理由を知りたくなったが、おじは、笑ってごまかすばかりだった。そのおじが「紗世ちゃん、ほんとは、もっと好きな人がいたんじゃないの?」と言う。よみがえった名前があった。鳴尾聡史。大学のサークルの先輩で、いまは、アフリカでポランティア活動に従事している。その鳴尾に「一緒にアフリカに行かないか?」誘われたことがあったが、決断がつかなかった。日本に残って就職した紗世は、職場で出会った萩原一郎に「ふつうに幸せになりなよ」と言われて、心が揺らぎ、一度は結婚を決断する。しかし、萩原は街でホームレスを見かけると舌打ちし、「結婚するとは家に入ることだ」と言われて、「この人、違う」と思い、結婚をキャンセルすることを決めた――。
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 次の土曜日、珍しく、おじを訪ねて来客があった。
 父親と母親は、ふたりして、新しくできたショッピング・モールを見に行く――と、昼前から出かけていった。
 誘われたが、私には、そんなところをブラついて、いつ使うかもしれないグッズを買い集める、なんていう趣味はない。
 部屋の中で、ブラブラしていると、ドアホンがピンポンと鳴った。
 玄関に立っていたのは、50代後半か60代と思われる男だった。
 頭には、中折れ帽を被っていたが、私が「ハイ」とドアホンに応じると、その帽子を取って、「あの、私、尾崎と申しますが」と頭を下げる。帽子の下の頭部には、ほとんど毛がなかった。
 「こちらに、牧原哲司さんという方はいらっしゃいますでしょうか?」
 そのよそよそしい口ぶりが、役所か何かの人のように感じられた。もしかして、福祉関係の人? それとも、税務署関係とか……?
 ドアを開けると、その男は、部屋の中をキョロキョロ窺うようにして、「私、牧原クンの学生時代の友人で、尾崎と申しますが……」と名乗った。
 「あ、いま、呼んできますので」
 離れへおじを呼びに行こうとする私に、男は「あの……」と声をかけた。
 「失礼ですが、お嬢さんでいらっしゃいますか?」
 笑って、「いいえ、私は姪ですが」と名乗ると、その人は、「アハハ……」と笑って、「そうですよね、そんなわけないですよね」と、頭を掻いた。

 おじは、ギターを抱えて、いつもの歌を歌っているところだった。
 「おじさん、お客さん。尾崎さんっていう人……」
 おじは、「オーッ!」と、珍しく若い声を発して、腰を上げた。
 離れに案内しようとするおじに、「きょうはだれもいないから、リビング使ったら」と勧めると、おじは「そうだね」と言い、その尾崎というおじの友だちとおじは、リビングのソファで向かい合った。

    クローバー

 そういう年配の男がふたり向き合うと、ちょっと不思議な空気が漂う。
 少しかび臭い、レトロな感じのする空気。
 そういう空気を吸うのは、決して嫌いじゃない。
 ふたりのために、お茶を入れて出すと、「あ、沙世ちゃん、紹介するよ」と言われた。
 「このおっさんは、ボクの学生時代の友人で、尾崎孝則クン。堅苦しい名前だろ?」
 「牧原哲司も、相当、堅苦しい名前ですけど……」と答えると、尾崎さんは、また「ハハ……」と笑って、「どうも」と頭を下げた。

 「ふたりは、サークルとかのお友だちだったんですか?」
 「サークルねェ……」と、尾崎さんがおじの顔を見やった。
 「ああいうのも、サークルっちゅうのかね?」
 「テロリストのサークルか?」
 「そんなカッコよくないだろう」
 「チロリストぐらいか……?」
 「オーッ、それ、いいね」

 おじさんふたりの話は、わけがわからない。
 まともには答えてもらえそうにないので、私は、お盆を持ってキッチンに引っ込んだ。
 夕食のために仕込んでおこうと思ったシチュー作りに取りかかったが、その耳に、おじさんたちの話が断片的に響いてくる。
 その中のいくつかの単語に、耳が「エッ!」となった。
 「官邸詰め」「総理番」「爆弾」「出所」「赤軍」――新聞や雑誌やTVでしか見たことも聞いたこともないような言葉が、日常会話として出てくる。
 このおじさんたち、いったい、どういう人たちなんだろう……?
 私が、耳をそばだてていることも知らずに、その尾崎というおじさんは、「おっ、そうだ」と大きな声を出した。

    クローバー

 「牧原よ、こないだ、彼女に会ったぞ」
 「彼女? だれだよ?」
 「チサト!」
 「エッ……?」
 「だから、真坂千里だよ。おまえの彼女だった」
 「どこで……?」
 「たまたま用事があって行ったんだけど、草野って駅、あるだろ? その駅前に、ハーブ・パンを売ってる店があってさ、彼女、そこでパンを売ってた。フラッと立ち寄っただけなんだけど、どこかで見た顔だ――と思って、食品衛生責任者の名前を見たらさぁ、真坂千里って書いてあった」
 「ハーブ・パンだと……?」
 「やっぱり、おまえ、知らなかったか? 会ってないのか、あれ以来?」
 「ああ……」

 聞いてはいけない話のような気がした。
 しかし、どうしても気になる。
 この話は、絶対、おじの『スカボロー・フェア』と関係がある。
 女としての直感が、そうささやいた。
 シチューの下ごしらえをしながら、私は、片耳だけをおじたちのいるソファのほうに傾けた。
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