コーヒーと女 連載   ローズマリーの詩   7 
青銅の騎士
破産して家の離れに間借りするおじと、出戻りの私。それぞれの愛の物語。

珍しくおじを訪ねてきた客が、
「軽く一杯、行くか?」と言う。
「お嬢ちゃんも行くか?」と
誘われてついて行った。
そこで話に出た私の元カレを
おじは「青銅の騎士」と呼んだ。



 ここまでのあらすじ  会社を倒産させ、破産したおじがわが家の離れに住むようになって1年になる。私は、進めていた結婚話が破談になって、家に出戻って来た。おじも、私も、母にとっては「厄介者」だった。そのおじが住む離れから、時折、ギターで弾き語りするおじの歌が聞こえてくる。そのもの悲しげなメロディが、なぜか、心に響く。私は、その歌の内容を知りたくなった。その曲は『スカボロー・フェア』という曲。おじはもう40年、その歌を歌い続けているという。私はその理由を知りたくなったが、おじは、笑ってごまかすばかりだった。そのおじが「紗世ちゃん、ほんとは、もっと好きな人がいたんじゃないの?」と言う。よみがえった名前があった。鳴尾聡史。大学のサークルの先輩で、いまは、アフリカでポランティア活動に従事している。その鳴尾に「一緒にアフリカに行かないか?」誘われたことがあったが、決断がつかなかった。日本に残って就職した紗世は、職場で出会った萩原一郎に「ふつうに幸せになりなよ」と言われて、心が揺らぎ、一度は結婚を決断する。しかし、萩原は街でホームレスを見かけると舌打ちし、「結婚するとは家に入ることだ」と言われて、「この人、違う」と思い、結婚をキャンセルすることを決めた。そんなある日、おじに来客があった。尾崎と名乗る初老の客。ふたりの会話の中に「真坂千里」という名前が出てきた。その千里がハーブ・パンの店をやっていると言う。彼女は、かつて、おじが愛した女だった――。
⇒この話は、連載7回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
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 「もう、50年かぁ……」
 尾崎さんが、ため息とともにもらした言葉で、「あれ以来」の「あれ」が、50年前のことだと想像できた。
 「47年!」
 おじが文句ありげ……な声で返した。
 「四捨五入すれば、50年だろうが」
 「すんなよ、そんなもん。あの頃の2年とか3年てのは、四捨五入ですませるようなもんじゃなかったぞ」
 「それもそうだな……」
 ひとしきり、感慨に耽っているふうだったふたりのおじさんたちは、おじの「さて……」という声で腰を上げた。
 「久しぶりに、軽くいくか?」
 おじが、手でグイとやる格好をして、尾崎さんも「いいね」と応じた。
 「エッ……」と思った。
 きょうは、父も、母も、外で食べてくるから――と出かけて行った。
 おじも出かけてしまったら、夕食は、私ひとりになってしまう。
 「おじさん、いま、夕食の準備、始めたところだから、よかったら……」
 言いかけたのを、おじは、手で制した。
 「ごめん、沙世ちゃん。おじさんたち、久しぶりだから、昔の気分で飲みたくなっちゃったんだ。シチュー作ろうと思ったんだよね。それ、よかったら、明日の晩ご飯にいただくよ」
 ちょっと残念な顔をしていると、尾崎さんが、「わるいね」と顔をしかめて見せ、それから、何か思いついたぞ――という顔をした。
 「お嬢ちゃんも、よかったらどうぞ。ま、おじさんたちが飲むんだから、小汚い店だけど……」
 「ムリムリ。この子たちは、パスタとか、パエリアとか……さ、そういうオシャレなものでないと……」
 「そんなことないですよォ」と、つい、声に出してしまった。
 「パスタなんて、そば・うどんの類だし、パエリアなんて釜飯みたいなもんだし、ちっとも、オシャレなんかじゃないんですよォ。それにね、おじさん、最近、私たちがハマってるのは、ホルモンとか焼き鳥とかだったりするんだから」
 「ヘェ!」と、尾崎さんが声を挙げた。
 「ホラな、牧原。おまえは、やっぱり、女心がわかってないんだよ」
 「おまえに言われたくはない」
 「おじさんたち、これから、駅前の赤提灯みたいなとこで一杯やるんだけど、一緒に行くかい?」
 「赤提灯、大好き。ご迷惑でなかったら、ご一緒したいです」
 尾崎さんは、「ホラな」と得意げな顔をし、おじは「まじかよ?」と、少し驚いたような顔をした。
 おじがそんな顔をするのを初めて見たが、いやがっているという感じでもなかったので、ついて行くことにした。

    クローバー

 おじたちが入ったのは、海鮮炉端焼きの店だった。
 おじたちの店選びは、私たちが店を選ぶ方法とは、ちょっと違っていた。
 ネットで検索して選ぶなんてことは、まずしない。
 実際に店を見て選ぶのだが、店構えとか、店内がおしゃれかどうか――なんてことにはまったく頓着せず、おじはもっぱら、表に手書きで書き出してある「本日のおすすめ」と、店の中から漂ってくる匂いに注目した。
 尾崎さんは、従業員の勤務態度や客層に注目しているように見えた。そして、たぶん……ではあるが、尾崎さんは、若くて元気のいい女の子がきびきびと働いている店が好きらしい――とわかった。
 おじさんふたりのチョイスは、何度かぶつかり合った。
 結局、最後は、「新さんま、産地より入荷! 刺身で食べられます」の文言に惹かれたおじが「ここにしよう」と言い出し、尾崎さんも、中でジョッキを運んでいる女店員がかわいいと同意して、暖簾をくぐることになった。
 席に着くと、おじは、早速、さんまのさしみとビールを注文した。
 「さんまは足の早い魚だから、よっぽど新鮮でないと刺身にできないんだ」と能書きをたれるおじのそばで、尾崎さんは、「いいねェ、このさんま。お嬢さんの脚みたいにぴちぴちしてるよ」と、ホールの女の子をからかう。
 そういうのを見ていると、ふつうにおじさんなんだな――と思う。
 焼き鳥は、好みで注文しようということになった。ふたりのおじさんたちは、「オレは、なんつってもぼんじりだね」「いや、せせりだろう」「皮も捨てがたい」「やげんも一本ずついっとこうか」と、私が聞いたこともない部位を注文して、「つくね」と「もも」なんていうありふれた注文をした私を置いてけぼりにした。
 焼き物をたいらげると、タイの「かぶと煮」を注文して、ふたりで目玉を奪い合い、「コラーゲンたっぷりだから」と、私に唇とほお肉を取り分けてくれた。
 仕上げは、「季節だから」とマツタケの土瓶蒸しを注文し、それに、おじは「たい茶漬け」、尾崎さんは「焼きおにぎり」と「じゅんさいのみそ汁」を注文して、ふたりして「ああ、食った、食った」と腹をさすって見せた。

    クローバー

 食事の間じゅう、おじたちが話題にしたことは、「アラブの春」はほんとに「春」と言えるのかとか、「規制緩和」はグローバリズムの陰謀だとか、「領土」なんてものに「固有」はない――なんていう話で、私が口をはさむ余地はなかった。
 しかし、そんな話の端々に、おじさんたちの青春時代の話が出てくる。
 その話が、どこかで、NPO活動のためにアフリカに旅立った鳴尾聡史の話と重なって感じられた。
 「おじさんたちは、海外に出て活動しようとか思ったことあります?」
 突然、ぶつけた質問に、おじと尾崎さんは、「エッ!?」というふうに顔を見合わせた。
 「ははァ」と、おじが私の顔をのぞき込んだ。
 「沙世ちゃん、学生時代のカレのことを思い出してるんだね?」
 今度は、尾崎さんが「ホォ」という顔をした。
 「いたのだよ、この子にも、青銅の騎士が……」
 エッ……と思った。
 「青銅の騎士」という言葉が、鳴尾聡史の姿とダブって瞼に浮かんだ。
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