コーヒーと女 連載   ローズマリーの詩   8 
老いた青銅の騎士
破産して家の離れに間借りするおじと、出戻りの私。それぞれの愛の物語。

紗世の恋人・鳴尾聡史を
「青銅の騎士」と呼んだ
おじとその友人。かつて
おじもそうだったのだと
その友人が言う。しかし、
その頃、おじ愛した女と
おじは、別れてしまった。



 ここまでのあらすじ  会社を倒産させ、破産したおじがわが家の離れに住むようになって1年になる。私は、進めていた結婚話が破談になって、家に出戻って来た。おじも、私も、母にとっては「厄介者」だった。そのおじが住む離れから、時折、ギターで弾き語りするおじの歌が聞こえてくる。そのもの悲しげなメロディが、なぜか、心に響く。私は、その歌の内容を知りたくなった。その曲は『スカボロー・フェア』という曲。おじはもう40年、その歌を歌い続けているという。私はその理由を知りたくなったが、おじは、笑ってごまかすばかりだった。そのおじが「紗世ちゃん、ほんとは、もっと好きな人がいたんじゃないの?」と言う。よみがえった名前があった。鳴尾聡史。大学のサークルの先輩で、いまは、アフリカでポランティア活動に従事している。その鳴尾に「一緒にアフリカに行かないか?」誘われたことがあったが、決断がつかなかった。日本に残って就職した紗世は、職場で出会った萩原一郎に「ふつうに幸せになりなよ」と言われて、心が揺らぎ、一度は結婚を決断する。しかし、萩原は街でホームレスを見かけると舌打ちし、「結婚するとは家に入ることだ」と言われて、「この人、違う」と思い、結婚をキャンセルすることを決めた。そんなある日、おじに来客があった。尾崎と名乗る初老の客。ふたりの会話の中に「真坂千里」という名前が出てきた。その千里がハーブ・パンの店をやっていると言う。彼女は、かつて、おじが愛した女だった――。
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 なぜ、おじは、鳴尾のことを「青銅の騎士」と言ったのか?
 青銅のように緑青をふいてしまった「古い記憶」という意味なのか?
 それとも、青銅のように危うく、もろい――と言いたかったのか?
 意味はわからなかったが、ちょっと、その言葉が気に入った。
 「いいね、青銅の騎士か。青い言葉を吐く正義漢だったわけだ、お嬢ちゃんのカレ氏は?」
 尾崎さんが感想を漏らして、なるほど、そういう解釈もあるんだ――と思った。
 「聞きたいなぁ、沙世ちゃんの青銅時代の話を」
 尾崎さんに言われ、おじに目でうながされて、鳴尾聡史とのいきさつを話すと、尾崎さんは「フーン」とうなった。
 「時代は変わっても、青春は苦いんだねェ」
 おじと同じ感想をもらされたことに、ちょっと驚いた。
 「この牧原もね……」と尾崎さんが言いかけたのを、おじは「オイ」と止めた。
 ずるい……と思った。
 人には話させておいて、自分の話はなしかよ――と思った。
 私が、プッとほおを膨らませていると、少し反省したのか、おじが口を開いた。
 「たぶん、沙世ちゃんは、カレについて行かなかったことを心の重荷に感じているんだろうけど、それは、ちょっと違うよ」
 横で、尾崎さんが、フンフン……とうなずいた。
 「人ってさ、若いうちは特に、何が正しいか、自分は何をすべきか――ってことについて、熱く思いをめぐらすもんだよ。それを思想として組み立てる人もいる。でもさ、だれもが、そのプロになるわけじゃない」
 「エッ、プロ……?」
 「ウン。その思想を実践する活動に、職業的に従事する人のこと。カレは、プロとして活動する道を選んだ。沙世ちゃんは、アマの道を進んだ。それでいいんじゃないか」
 「私、別に……何もしてないけど……」
 「別に、何か特別なことをしたりする必要はないよ、アマなんだから。ただね、自分が正しいと信じていることを胸の中に抱き続けて、日々、そのことについて思いをめぐらし、自分の人生や生活をその信条に反しないものにしようと努力する。それだけでいいんじゃないかと思うよ、おじさんは」
 「そうだな」と、横で尾崎さんがうなずいた。
 「大事なことは、考え続けるってことさ。ときには、考えが変わることもあるだろうけどね」
 ちょっとだけ、気が楽になったような気がした。
 「おじさんたちは?」
 「エッ……?」
 「おじさんたちは、いまでも考え続けてるの?」
 おじがゴホッ……とむせて、席を立った。

    クローバー

 そのまま、店の奥へ歩いていくので、トイレに立ったのだとわかった。
 その後ろ姿を見送って、尾崎さんが声をひそめた。
 「沙世ちゃん……だっけ?」
 「ハイ、杉野沙世です」
 「沙世ちゃんも、けっこう痛いところをつくね」
 「痛かった……ですか?」
 「ちょっと、チクッ……ときたんじゃない。あいつ、あれでも繊細なところ、あるから」
 「あの……」と、今度は、私が声をひそめた。
 「チサトさんって、おじの彼女だったんですか? さっき、話してたでしょ?」
 尾崎さんが、ビクッとなって後ろを振り向いた。おじが出てきてないか、確かめるためだった――に違いない。
 「何も聞いてないの?」
 「そういう話、してくれないんで……」
 「じゃ、私も話すわけにはいかないなぁ」
 「私の話はさせておいて、おじさんたち、ずるいですね」
 「わ、わかった。じゃ、私から聞いたってのは内緒だよ」
 「ウン、それは約束しますから」
 「たぶん、彼女は、キミのおじさんが、生涯で愛した唯一の女性だったと思う」
 「エーッ、生涯で唯一……ですか?」
 私が大きな声を出したので、尾崎さんは「シーッ」と指を口に当てた。
 「もしかして、おじは、フラれちゃった……とか?」
 「いや……」というふうに尾崎さんは首を振って、また、後ろを振り返った。
 「ふたりは、私が見る限りでは愛し合ってた。でもね、ふたりが望むものが、少しだけ、違ってた。沙世ちゃん、キミとその青銅のカレ氏との間で起こったような問題が、おじさんとチサトさんの間にも、存在したんだよ。ちょっと形は違うけどね」
 「さっきのプロとアマの違いみたいなこと?」
 「いや、そういう問題じゃない。ふたりが理想とすることは、たぶん、一致してた。でもね、彼女はそれと同時に、女としてのふつうの幸せも求めていた。しかし、おじさんには、それが受け入れられなかった。いや、たぶん、彼女がそれを求めていたことに気づきもしなかったんだと思う。若かったつーか、青かったからね、あいつも……」
 「それって、もしかしたら……」
 そのとき、おじがトイレから戻ってくる姿が見えた。

    クローバー

 「どうした、何かついてる?」
 つい、おじの顔を見つめてしまった私を見て、おじが手で顔をこすった。
 その様子を見て、尾崎さんがクスッと笑った。
 それを見て、おじが「何だよ?」と目を剥いた。
 「青銅の騎士も老いたり……か」
 「そうかぁ……おじさんも、青銅の騎士だったのかぁ……」
 「そりゃあ……」と、おじは頭を掻いた。 「人は、多かれ少なかれ、青銅の騎士なのさ。若いうちはね」
 「若いうちは……かぁ」
 よっぽど「True love of mine」の話をしようか――と思ったけど、止めておいた。
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