コーヒーと女 連載   ローズマリーの詩   10 
愛と反戦の日々
破産して家の離れに間借りするおじと、出戻りの私。それぞれの愛の物語。

千里さんが焼いたハーブ・パンを、
「うまい」と頬張るおじ。
「そのパンを焼いたのは、昔、
あなたが愛した女だよ」と、つい、
口にしそうになった。しかし、
止めた。代わりに——。



 ここまでのあらすじ  会社を倒産させ、破産したおじがわが家の離れに住むようになって1年になる。私は、進めていた結婚話が破談になって、家に出戻って来た。おじも、私も、母にとっては「厄介者」だった。そのおじが住む離れから、時折、ギターで弾き語りするおじの歌が聞こえてくる。そのもの悲しげなメロディが、なぜか、心に響く。私は、その歌の内容を知りたくなった。その曲は『スカボロー・フェア』という曲。おじはもう40年、その歌を歌い続けているという。私はその理由を知りたくなったが、おじは、笑ってごまかすばかりだった。そのおじが「紗世ちゃん、ほんとは、もっと好きな人がいたんじゃないの?」と言う。よみがえった名前があった。鳴尾聡史。大学のサークルの先輩で、いまは、アフリカでポランティア活動に従事している。その鳴尾に「一緒にアフリカに行かないか?」誘われたことがあったが、決断がつかなかった。日本に残って就職した紗世は、職場で出会った萩原一郎に「ふつうに幸せになりなよ」と言われて、心が揺らぎ、一度は結婚を決断する。しかし、萩原は街でホームレスを見かけると舌打ちし、「結婚するとは家に入ることだ」と言われて、「この人、違う」と思い、結婚をキャンセルすることを決めた。そんなある日、おじに来客があった。尾崎と名乗る初老の客。ふたりの会話の中に「真坂千里」という名前が出てきた。その千里がハーブ・パンの店をやっていると言う。彼女は、かつて、おじが愛した女だった。しかし、ふたりは別れた。青い理想を語るおじは、「ふつうの幸せ」を求める彼女を理解できなかったのだ。私は内緒でその店をのぞいてみたくなった。「千の丘」という名のハーブ・パンの店。その店名は、「七つの水仙」という曲の歌詞から取ったという。そして、その曲を彼女に教えたのは、かつて、彼女が愛した男だった――。
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 お土産に買って帰ったハーブ・パンは、その夜、おじにもおすそ分けした。
 どこで買ったかは、言わなかった。
 おじは、ひと口頬張るなり、「オッ、うまい!」と声を挙げた。
 あんまりうまそうなので、つい、「だれが焼いたパンだかわかる?」と言いそうになったが、それを言う代わりに、残りのバゲットをガーリック・トーストにしてあげた。
 「こういうのを食べると、ワインが欲しくなる」と言うので、自分の部屋で飲むつもりだった赤ワインの封を開けた。
 「なんだか、懐かしい味がする」と、おじが言う。
 昔、パンをそんな風に食べた記憶がある――というのだ。
 たぶん、千里さんが食べさせてくれたんじゃないか――と想像したが、それも言わないでおいた。
 その代わり、ヒントをあげた。
 「おじさん、『七つの水仙』って曲、知ってる?」
 おじは、「エッ……!?」と、少し驚いた顔をした。もしかして、ヒント出しすぎか――と思ったけど、おじの驚きは、真坂千里にまでは行き当たらなかったようだった。
 「だれが歌ってたの?」
 「ヒットさせたのは、『ザ・ブラザーズ・フォー』っていうグループだけど、作ったのは、モダン・フォークの元祖とか言われてた『ウィーバーズ』のリー・ヘイズとフラン・モズリー。後になって、『PPM』がカバーしたりしたけど、やっぱり、この曲を聴くなら、『ザ・ブラザーズ・フォー』かなぁ」
 「それ、全部、知らない……」
 「だろうね。もう、50年近く前の話だもんなぁ。みんな、その頃のフォークソング・ブームを生み出し、支えた開拓者たちだよ」
 「ヘェ、フォークソングがブームだったんだ?」
 「その頃のフォークソングは、反体制派の若者たちに支持されてて、この曲を作ったリー・ヘイズなんかは、アメリカ当局のブラック・リストにも載ってたみたいだよ」
 「反戦フォークとかなら、聞いたことあるけど……」
 「反戦っていうのは、反体制であることのひとつのメッセージとして目立ったというか、突出してたってことだね。当時の体制は、冷戦体制維持、軍拡競争推進、軍需産業中心に強い国家を目指す――っていう勢力で牛耳られてたから、反戦を唱えれば、反体制になっちゃうんだよね」
 こういう話を始めると、おじは、ちょっとだけ饒舌になる。
 そんなおじが、嫌いじゃなかった。

            クローバー

 しかし、『七つの水仙』は、千里さんが教えてくれた歌詞では、どこにも、「反戦」を思わせるような歌詞は出てこなかった。
 それでも、「反戦」と言われるのは、なぜなんだろう? それを口にすると、おじは「ウーム……」とうなって、グラスのワインを飲み干し、ボトルをわしづかみにして、ドボドボとブドウ色の液体をグラスに注ぎ足した。
 それ、私のワインなんだけど――と言いかけて止めた。
 「この曲の歌詞には、確かに戦争はいやだとか、戦争を止めよう――なんていうメッセージは出てこない。でもね、反戦フォークなんて言われている曲には、そんな直接的なメッセージは出て来ないんだよ。政治家の演説じゃないんだからさ。歌ってるのは、ただ、私には、この小さくて静かな平和が大事、という思いだけなんだよね」
 「それだけ……?」
 「ウン、それだけだよ。でもね、戦争を遂行しようとしている人たちは、それでひと儲けを企む強欲な人たちだから、それだけでも、立派にアンチを唱えたことになるわけさ。それに、その頃の戦争は、ベトナムとかの低開発国が、大国の支配から解放されようとして起こっている場合が多かったからね。そういう国で、貧しくても平和な暮らしをしたいと願っている人たちの心情にシンパシーを示す、というモチーフもあったんじゃないか――と思う」
 「フーン」と思いながら、千里さんが「千の丘」の意味を話してくれたときの表情を思い出していた。
 もしかしたら、千里さんは、そこまでは考えずに、おじが口ずさむこの曲を聴いてたんじゃないだろうか……?
 女としての幸せを求めていた千里さんは、ただ、愛する男から「七つの水仙」を見せてほしかっただけ――なんじゃないだろうか?
 つい、おじに聞いてみたくなった。
 「おじさんも歌ってたの?」
 「エッ、何を?」
 「だから……その『七つの水仙』を……」
 「忘れた……」
 エッ――と思った。
 でも、たぶん、それはウソ。
 「忘れた」と言うおじの目は、庭の奥の、そのまた彼方の星空へ向けられていたから。

            クローバー

 翌日、また「新星堂」に寄った。
 フォークソングのコーナーで「ザ・ブラザーズ・フォー」の棚を探して、『七つの水仙』が入っているベスト・アルバムを買った。
 端正な面立ちの、男性4人のコーラスだった。
 シンプルなメロディを淡々とコーラスする、男4人のハーモニーが、スーッと心の中に入ってくる。
 たぶん、この時代には、ビートルズも全盛だっただろうし、ローリング・ストーンズとかも出てきてたはず。でも、おじたちは、こんな静かな曲を聴きながら、世の中とどう闘うか、どうやって生きていくかを語り合ってたんだ。
 私と鳴尾聡史が、そうであったように――。
 おじと千里さんは、どんな話をどんなふうにしてたのか?
 私は、それをもっと知りたくなった。
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