コーヒーと女 連載   ローズマリーの詩   11 
愛のブルスケッタ
破産して家の離れに間借りするおじと、出戻りの私。それぞれの愛の物語。

「この前のパン、おいしかったから」
半分はウソをついて、私は再び、
「千の丘」を訪ねた。
かつておじが愛した人は、
「ほめてくれたから」と、今度は、
ブルスケッタをごちそうしてくれた。
それも昔、おじに作ってあげたの?



 ここまでのあらすじ  会社を倒産させ、破産したおじがわが家の離れに住むようになって1年になる。私は、進めていた結婚話が破談になって、家に出戻って来た。おじも、私も、母にとっては「厄介者」だった。そのおじが住む離れから、時折、ギターで弾き語りするおじの歌が聞こえてくる。そのもの悲しげなメロディが、なぜか、心に響く。私は、その歌の内容を知りたくなった。その曲は『スカボロー・フェア』という曲。おじはもう40年、その歌を歌い続けているという。私はその理由を知りたくなったが、おじは、笑ってごまかすばかりだった。そのおじが「紗世ちゃん、ほんとは、もっと好きな人がいたんじゃないの?」と言う。よみがえった名前があった。鳴尾聡史。大学のサークルの先輩で、いまは、アフリカでポランティア活動に従事している。その鳴尾に「一緒にアフリカに行かないか?」誘われたことがあったが、決断がつかなかった。日本に残って就職した私は、職場で出会った萩原一郎に「ふつうに幸せになりなよ」と言われて、心が揺らぎ、一度は結婚を決断する。しかし、萩原は街でホームレスを見かけるような男だった。「結婚するとは家に入ることだ」と言われて、「この人、違う」と思った私は、結婚をキャンセルすることを決めた。そんなある日、おじに来客があった。尾崎と名乗る初老の客。ふたりの会話の中に「真坂千里」という名前が出てきた。その千里がハーブ・パンの店をやっていると言う。彼女は、かつて、おじが愛した女だった。しかし、ふたりは別れた。青い理想を語るおじは、「ふつうの幸せ」を求める彼女を理解できなかったのだ。私は内緒でその店をのぞいてみたくなった。「千の丘」という名のハーブ・パンの店。その店名は、「七つの水仙」という曲の歌詞から取ったという。そして、その曲を彼女に教えたのは、かつて、彼女が愛した男だった――。
⇒この話は、連載11回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
  前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。



 次の週、私の足は、また草野駅に向かっていた。
 向かいながら、ちょっとだけ思った。

 私って、いったい、何やってるんだろう?
 おじの昔の恋人に、野次馬的に興味があるから?
 それも、ないとは言えない。
 その人から、知恵を聞きたい?
 それも、ちょっとはある。
 何の知恵……?
 そこよね、問題は。

 私の顔を見ると、おじのかつての恋人に違いない人は、「あら…!?」という顔をした。
 「こないだのパン、おいしかったので、また来ちゃいました」
 「ほんと? そう言ってもらえると、うれしいッ」
 千里さんは、ほんとにうれしそうに笑った。笑うと、目尻にシワが寄るが、それでも、笑った顔は、まるで少女のように輝いて見えた。
 私は、「おいしかったから」と、今度はバゲットを2本買い、そして、ガーリック・トーストを注文してカフェに席をとった。
 「ハイ、お待ちどおさま」
 出てきたガーリック・トーストを見て、私は目を丸くした。トーストの上に粗みじんに切ったトマトが載り、みじん切りのバジルが振りかけてある。
 「あの、これ……?」
 驚く私に、千里さんがいたずらっぽい笑みを向けた。
 「おいしいってほめてくれたから、ブルスケッタにしてみたの。サービスよ」
 ひと口頬張ると、口の中にオリーブ・オイルとガーリックの香りが広がった。ヘーッ、バターじゃないんだ――と思っていると、千里さんは「あ、そうだ」という顔をして席を立った。

    クローバー

 戻って来た千里さんが手にしていたのは、横文字のラベルが貼られた小さなビンだった。
 「よかったら、お家で使ってみて」
 「エッ!? これ、オリーブ・オイルですか?」
 「じゃなくて、ガーリック・オイル。パスタとかにも使うんだけど、私は、ガーリック・トーストをイタリア風にしたいときは、バターじゃなくてこっちを使ってるの。そのブルスケッタにも使ってるのよ」
 「あ、じゃ……買います。あの……」
 「いいの。それ、売り物じゃないから。こないだ、イタリア旅行したときに買ってきたの。私からのプレゼントよ」
 「ワァ、ありがとうございます。きっと、おじも喜ぶと思います」
 「エッ、おじさん? お父さんとかお母さんじゃなくて……」
 「父や母は、あんまり、そういうことに敏感な人たちじゃなくて……」
 「おじさまは敏感なの?」
 「と思います。こないだのパンも、私がガーリック・トーストにしてあげたら、ウン、うまい。これにはワインが合うなんて言って、私が買っておいたワイン、半分も飲まれちゃったんですよ。あ……私のおじ、いま、家の離れに住んでるんです。ちょっと事情があって……」
 「あら、じゃ、おひとり……?」
 「みたいですよ、ず――っと」
 「ず――っと? いま、おいくつなの?」
 「エッ……と、確か、もうすぐ還暦だとか言ってたんで……」
 「あら。じゃ、私と同じじゃない?」
 気のせいか、千里さんの顔がちょっとだけ、好奇心に輝いたように見えた。

    クローバー

 「あ、そうだ」と、私は、余計なことを言ってみることにした。
 「おじ、言ってましたよ。作ってあげたガーリック・トーストを口にして、なんか、懐かしい味がする――って。昔、彼女に作ってもらったことでもあるのかも……」
 真坂千里は、「フーン」と言ったきりだった。
 おじにガーリック・トーストを作ってあげたのは、もしかしたら、この人じゃないのかもしれない――と思った。
 「そう言えば、私、聴いてみました」
 「エッ、何を?」
 「この前、教えていただいた『七つの水仙』っていう曲」
 「あら……」と、また、顔が輝いた。
 「聴いてくれたの? でも、あなたたちには、ちょっとカビ臭い感じの曲だったでしょ?」
 「いえ、すごく心に沁みて、平和な気持ちになる曲でした」
 「そォ? よかった。いまの子たちには、ああいう曲は、おばさん臭~いって言われるんじゃないかって思ってたんだけど……」
 「それ、よくないですよ」
 「エッ、何が……?」
 「いまの子たちって、ひとくくりにしてしまうの」
 「あ、ごめんなさい。そうよね。私たちの頃だって、こういう曲を聴く人とまったく聴こうとしない人たちって、ハッキリ分かれてたもの」
 「うちのおじは、聴く人だったみたいですよ。おじは、この曲は、反体制の曲なんだ――って言ってました」
 「エッ……!?」
 一瞬、千里さんが何かを思い出した――という顔をした。
 「そんなことを言う男、あっちにもこっちにもいたわねェ。あの頃は……」
 「もしかして、千里さんにこの歌を歌ってくれた人も……?」
 「さぁ、どうだったかしら……」
 首をひねりながら、千里さんは厨房に行ってしまった。
 私、何か……いけないことを言った?
 その話になると、おじも、そして千里さんまでも、口をつぐんでしまう。
 この人たちの「青銅時代」には、いったい、何があったのだろう――と、ますます気になった。
⇒続きを読む


※3つのランキングに参加しています。
この小説をもっと読んでみたいと思われた方は、応援ポチ、よろしくお願いいたします。

にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(愛欲)へ  オンライン小説ランキングへ

「ローズマリーの詩」の目次に戻る  トップページに戻る