錬堂日記

錬堂の出来事を掲載

シャスタだあーその3

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VOL3
プルトケーブの精霊・・・ちょっと大きめ・・・アメリカサイズかあ

本当にはっきりしていて・・・・でっかい

あはははは、何でこんなーーー

沖縄のセーファー御岳はもっともっと大きかったけど・・・

不思議なのはどこの国の精霊達も色とか・・・大体4色

かたち・・似てんだよねえ・・・不思議だ 人類より精霊たちの方が

国を越えて仲が良いのかも

アレッ・・・俺っていつから・・・精霊を呼べるようになってんだろう

不思議だ・・・・そう言えば・・・何処に行っても精霊を呼んでるぞ

あはははは・・・何、やってんだろうねえ・・・

俺って・・・呼び屋です・・精霊の・・・そんな商売あるのかい

その後 シャスタの町に和食を食べにVIVIHI 

通りを歩いてみると レインボウ エンジェルが

還暦の祝いに赤フンくれた穴口恵子の店が・・・あったーー

店内に入り・・・・まあ可愛い・・・俺だって可愛いと思う事あるんだよ

壁に穴口恵子の写真が・・・・いやらしく並んで写真を撮っちゃった

シャスタだあーーその2

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VOL2
ドクタール―に会って気分を良くした・・・あまりに素晴らしい女性だったので
我々4人・・・実は今回のツアーは4人連れなのだ・・・贅沢な
はPLUTO CAVES プルトケーブと言う聖地・・洞穴の聖地?
に行こうと言う話になって、国道99号線を古いジープで北に向かう。
古いと言ってもレンタカーで、実はこのジープ・・・1週間で保険込みで・・・・言う事聞かないナビ付き・・・・言う事を聞かない?
なんだあーー?・・・・で450ドル・・・安いーー・・・なんで??
右のカーブを曲がって行く時に音がする・・・・キ―――ツ
なんでーーーー?
あまりにも問題点が多すぎて・・・・言うの止めた
ガイドの陽子が「でも・・・走るからいいじゃない」
何となく「いやいや??納得・・・・せざるを得ない状況・・なのだ」
まあ・・そんな感じでプルトケーブに着いた
まあ、その洞窟の臭い事・・・ともかく臭い・・・コウモリのクソと小便の臭い・・・・くーー臭い---
でも何となく・・精霊がいるような感じ
口琴を奏でる・・・臭いけど奏でる
その時・・突然・・・出たあーーーー精霊だああーーー

シャスタだあー その1

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シャスタに着いた。今日は午前中にドクター「ル―」に会いに行った

彼女はサンタバーバラのジャックの紹介で

「錬堂の施術はシャスタのル―に会ったら、広がるよ」と言われて

それでは会いましょうと話がまとまり、シャスタに来る事になった

シャスタは日本のテレビでパワースポットとして取り上げられて、

今やレストランなどに行くと日本人が3割を占めているほどだ

ル―は一目で「あーーっ、この人、良い人って」判る笑顔の素晴らしい女性だ

アンチエージングを中心に統合医療をシャスタから西海岸やハワイに広げている

早速、オーディションの様なカウンセリングを始めた

アイヌモシリであきちゃんと

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2年目のアイヌモシリに参加するために8月15日レンタカーで札幌から二風谷へと向かう

平取の二風谷から更に奥に車を走らせていくと道路の脇に「アイヌ1万祭」と書いた看板が立っていて、その看板に付いたビニールのリボンがヒラヒラとなびいて「早く来い、早く来い」と呼んでいるような気がして思わずアクセルを踏みこんでしまった。

今年は雨が降り続いて駐車場も車のわだちでまるで田んぼの様な畑の様な感じでドロドロだ
とりあえず、混んでいるドロドロの駐車場は避けて離れた駐車場へと車を停め、会場へと向かう
去年と同じ会場の設定でまるでタイムスリップした不思議な感じがした。

まずは・・・・・「あきちゃん」を探した
あきちゃんは去年、友達になった・・・・・司法試験を目指した
全身入れ墨をした元○○○の人・・・頑張って司法試験の一次を突破したらしい
探したけど・・・・・見つからない、何処にいるんだろう?

居た!!居たあーーー 思わず走り寄って・・・・抱きついてしまった
元気で良かったあーー!!  嬉しくて嬉しくて・・胸にこみ上げるものがあった。

俺、あきちゃんの事・・・・何故か??・・好きかも・・・・
相変わらず、上半身は裸で、「もんもん」を見せている。
アイヌモシリではの事だ。あははは、楽しくなってきた・・・アイヌモシリ万歳

12時間耐久護摩焚き

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12時間耐久 護摩焚き
広島太光寺の副住職 東和光さんが
原爆投下の8月6日8時15分に向かって前夜の8時から12時間の護摩焚きをする
そりぁーー、大変なんだろうなあと人ごとの様に思っていた

広島は海上自衛隊の18歳の時に縁して、その後、杉村ミポリンの主催するワークで何回かセミナーをしていたし
第1回のシャーマンの集まりの参加するきっかけを作ってくれたのも広島だった
今年2月 行者山の太光寺で開催した仏舎利展をきっかけで強い縁となって7月の中旬には天城流湯治法の指導者育成も開催する事になり、深く広島と結ばれた

原爆投下・・・・20数万人の犠牲を出した悲惨な事は歴史の勉強などで知ってはいたが・・・
いままでは対岸の火事の様な感覚だった
でも「広島、長崎の原爆投下の犠牲が無かったら、もっと戦争は長引いて日本はどうなっていたのか判らない」・・・・そう思った

12時間の護摩焚き・・・・お手伝いをしたいです
うっかり、口に出してしまったのである

広島には8月2日に入ってきた、田中ちえさんがいくつかのセミナーを開催してくれて広島までの交通費の負担をかけまいと考えてくれたのである
「今年の原爆慰霊祭はいつもの年と違う」広島の人達の何人かはこんな話をするのである
そんな年に参加できるとは感激だ

5日の午後8時ジャスト、最初は比叡山の最高責任者・・・・の読経があって、護摩焚きは始まった
参列者は100人近くいただろうか・・・・こんなに人がいるなら
辛くなったら休めばいいなと心の中で思った

護摩焚きは不思議なエネルギーを呼び込む
護摩を焚く人の持っているエネルギーで降りてくるものが明らかに違う

まして長時間続けていると、その間に焚く人のエネルギーが疲れ、眠気などでエネルギーが落ちてくると降りてくるものがまた違ってくるのである
極限の状態の時に勝負が始まる
邪魔にならない程度でなるべく護摩の火の傍に近づいて、熱さを感じられるところまで前に出た
2時間経過、「アレッ」周りを見たら人がぐんと減っている・・・
十数人になっちゃてる・・・・ヤバイ

4時間経過 人数はもっと減ってスタッフ以外は7、8人になっちゃった
・・・・どうしよう??

半分の6時間経過、夜中の2時「魔の焼夷の時間」雨の様に魔が降ってくる時間帯、眠気と同時に頭痛がする
和光さんの顔は真っ赤になって、まるで御本尊さんの不動明王になっちゃって鬼気迫る迫力だ
人はさらに減って、私以外は2〜3人、それも入れ替わり立ち替わりで
どう考えても・・・・この場から消えてしまうのは無理な感じ・・・・
更に頭痛が強くなって・・・・眠いせいか? それとも・・・・
ネガティブな考えが次から次へと出てきて・・・・
「もう半分はやったのだから・・・目的は達成・・・お手伝いと言っただけだから・・・・もう十分・・・・」頭は割れそうに痛い

午前3時 護摩焚きから離脱・・・・風呂に行く事に決めた
重い足を引きづりながら宿舎まで歩いていく、空を見上げると東の空にはオリオン星座が光り輝いて夜明けが近い事を知らせている
熱いシャワーを浴びて部屋に戻る、部屋はクーラーが利いていて気持ちがいい
椅子に座ってボ―ッとしていた。このまま部屋で寝転がってしまったらどんなに気持ちがいいだろうか・・・・
自分との闘いが始まった・・・・「クソ!!和光さんは、この時間も頑張ってる」
少しだけ強い自分が勝って、護摩焚き会場へと向う決心をした

熱いシャワーのおかげで頭痛も治まって外に出たら、もう空は明るくなり始めていた
時間は4時を回っていた・・・・あと4時間だ 護摩焚きの傍の石の床に座る
和光さんと目が合う、小さくうなづいてくれた・・・根性ある人だ・・スゴイ

ピッコロ大魔王参上

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6月に開催した北海道の指導者育成を皮切りに各地で開催

7月は広島、鹿児島で開催 なんだかんだと言って弟子が200人を超えた

何でだろう??  あはははは  なんか・・・いいんだろうねえ

その広島での出来事 セミナーが終わって晩飯を食べている時

突然、その席に参上したのが・・・ピッコロ大魔王だあーーーー

このセミナーの特徴で・・・・中身は結構、真面目にかつアカデミックにやっているのですよ

何かが・・・必ずやってくる  人間でない何かが・・・不思議だ

お知らせ

シーレイ


私の大事な友人のシー・レイが
5月15日に浜松でコンサートをする
彼の妖美な揚琴は人の心と身体に深く浸透し癒す
東海近辺の人にとっては朗報です
また遠方の人もこれを機会に彼の演奏と共に浜松に訪れてみる事もいいかも

今回の旅

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今回の旅は
実に不思議な旅だ
神仏とのコンタクト 旅の始まりは島根の出雲から始まった
出雲は現地の吉儀さんの案内で出雲大社から神魂神社を含む数か所の神社の訪問
岡山の「わらべ」の座敷童の家
広島の行者山の太光寺
九州の佐世保に入って行者に所縁を持つ黒髪山 福岡の背振山、桜井神社
各所で法螺貝を吹く、ホーミーを奏でる、竹口琴を鳴らす
降りてくる・・・・確かに何かが降りてくる 何か解らないけど・・・何かが降りてくる
なんだあ??  何でもいいかあーー 気持ちが良いから

蔡焜燦(さい こんさん)と言う人

さいさん

蔡焜燦(さい こんさん)はどんな人かと言うと
ホテルの2階のレストランに案内される時に そのレストランの従業員の全ての人が蔡さんを知っていて挨拶をするのである
それも最上級の対応で・・・・・・
蔡さんは司馬遼太郎の台湾紀行にも出てくる歴史的人物だったのである
どれほど有名なのか知るために夜、ホテルに帰ってインターネットで引いてみたら
蔡焜燦 - Wikipedia
蔡焜燦(さい こんさん)は台湾人の実業家。2007年現在、半導体デザイン会社「偉詮電子股分有限公司」会長。知日派(当人は「愛日家」と自称)として知られる。司馬遼太郎の著書『街道をゆく−台湾紀行』では案内役として老台北(ラオ・タイペイ)の愛称で登場する
戦後、蔡さんは台湾と日本を結ぶ活動しながら、台湾の経済界に影響を与え続けた人物で
また愛日家でも有名で日本の武士道と言うべき精神が大好きで著書に
「台湾人と日本精神」があり
今でも、もっと「日本人は日本人らしく」してほしいと願っているらしい
経済界で言えば昔の松下幸之助ぐらいの人である
その蔡さんの電話を何とか調べ、私に会わせようと考える 中村光里も恐ろしく大胆な女だが・・・・会った事がない私に何故そのような人がわざわざ会って下さるのか・・・うーーん判らん
席に着くなり蔡さんは「あなた方は運がいいよ、今日だけ空いていた」
それはそうだよ、こんな事がどうして起きているのか、こっちだって知りたいよ
その蔡さんがまず話した事は「戦後この台湾にシナ人が入って来た時から・・・・」
お金を幾ら積んでも聞けない話を始めた
戦前から日本が台湾にどんな事をしてくれていたのか 感謝と畏敬の念をもった話が次から次へと出てくる
約2時間もの話で、台湾の多くの人が日本の事を大好きで日本語をしゃべれる人もすごくいて日本人に対して好意的だから日本は台湾の事をもっと愛してほしいと思っている事
蔡さんの迫力ある話でその気持ちが充分に伝わってきて 思わず涙が出そうになった
台湾の為に何かしようと思う
今回、蔡さんが私に会ってくれた事は後になって深い意味が待っているのかもしれない
初対面でしかも突然、その日の朝の電話で見知らぬ私に蔡さんのような有名な人が会ってくれて、食事をご馳走してくれて、本までくれてサインまでしてくれて果たしてその意味とは何だろうか? 

会った台湾の偉人

今日、会った台湾の偉人
中村光里さんの強烈な思いつきと行動力で・・・・・
突然、訳が判らないまま
蔡焜燦(さい こんさん)と言う親日家と会う事になった、
さい こんさん??・・・・・誰? だれ? ダレ??
滞在している北投駅から20数分のところのホテルで会うと言う
私の旅は人と会う事、一般的なサイトシーイングに興味が無いとは言っているものの 初っ端にこういう展開なのか? とその起ってきている現実を受け入れるのには・・・・・こんな私でも時間がかかる
いつもの感じで「まあいいかあ・・なんでも」
そのホテルの玄関口のロビーで待つ事、30分位・・・・
ロビーの玄関のソファーに寄りかかって 人観察の始まりだあーー
最高の時間だあーーーー
ホテル内で歩いている人をじっと見ていると、色々な人種の違いがあって実に面白い、 大声で話しながら、せかせか歩いてゆく人達
まるで言い争いをしているように話している 笑っているから喧嘩ではなさそうだ、  どこぞの国の人だなと思う
ぼーーっと見ているとあっと言う間に時間が過ぎていく
突然・・・そう突然 ・・・・いつも、こんな感じで何か察知する
左の後頭部にチリチリと何かを感じて振り返った
杖をついて薄いサングラスをかけて肩口に小さなバッグを背負った一見
普通っぽい田舎のおじいちゃんの風貌・・・・・・だが・・・・・・・恐ろしいぐらいのオーラを放っている
蔡焜燦(さい こんさん)その人だった
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