2009年11月23日
21日大阪市立美術館で「一水会」の絵の展覧会があった。友人が毎年出品
案内状貰ったので出掛けた。
「二科展」から20日ほどで公園はすっかり秋模様、住友家本邸の庭園「慶沢園」を見て館内へ。
二科展と異なって油絵・水彩画のオーソドックスな絵画がすべて、知識のない私にも何となく意図がみえた。
芸術の秋、ほか小野竹喬展・独立展とで混み合っていました。
2009年11月19日
中学校の同窓会の案内状が届いた、もう出席やめようと思っていたが幹事役の
AS君からお誘いのコメントが、三井にいる幼稚園からの同級生i君に電話で
どうすると聞いたら、元気で出席出来る内に行っておかないと行きたくても行けな
くなるよと言われ出席することにした。
三年前は50名ぐらいの出席だったと思うが今回は30名足らず、さみしい集まりと
なった。返信の欠席者のコメントも体調崩している、病気療養中とかが多く後期高
齢者ともなるとやもうえないのかと思う。
隣に座ったT君学校時代からひょうきんもので通っていたが、近況聞くと老人会
会長・福祉協議会理事とかで活躍、もう一つの名刺は自称私設タイガース応援
団長、年間外野指定席を持っておりもっぱら甲子園通いとか。
なにか動いている人は若々しい、見習わなくちゃと思った。
来年は卒業60周年お互い元気で再会できればと思い早々に引き上げた。
2009年11月13日
11月12日皇居前広場で天皇即位20年を祝う式典が開かれた。
あれからもう20年が経過したのですね。
1983年名古屋に勤務していました、この年中日ドラゴンズが優勝しましたが、
昭和天皇のご容体がわるくパレードも自粛、街もネオンの規制などで暗い様相
を呈していました。
翌年1月7日ご逝去された。
昨日の式典テレビで見ましたが、奉祝曲には「EXILE」の「太陽の国」が歌われ
寒い中陛下・皇后はじめ国民祝典には芸能人・スポーツ選手など出席、エグザ
イルファンも詰めかけ、かってなかった祝賀会ではないでしょうか。
朝一番にyou tubeみると既に昨日の「太陽の国」が掲載されていた、天皇・
皇后もお元気な姿がみられ、つくずく時代は変わったなと感嘆しています。
2009年11月11日
ご冥福お祈り申し上げます。
9日恒例となった枚方宿JAZZ STREETが行われているので聞きに行った。枚方といえば枚方パークの菊人形だったのが取りやめとなり、枚方市が「花と音楽にあふれた街」として10月から11月まで町を挙げての秋の枚方を楽しんで貰おうと始めた菊花展とジャズ演奏を十数カ所で行われています。
市とまちづくり協議会と市民が一体となり定着してきたように思いました。
2009年11月09日
2009年11月04日
秋の長居公園に出掛けました。カメラを変えたのでテストかねて
撮影しましたがはたしてどんな絵になるのか。
2009年10月31日
![20091022092723[1]1](http://image.blog.livedoor.jp/rensan3/imgs/4/5/453f9284.jpg)
![20091022092840[1]2](http://image.blog.livedoor.jp/rensan3/imgs/7/1/716c83e8.jpg)
昨年より滝井のk医大に膝と五十肩で通っていましたが、まだ完治ではないが
後は自己管理でリハビリでと一応終わりました。
行くたびにお年寄りの多いこと(自分も含め)高齢者医療費も高くつくのもわか
ります。
写真のように機械化されまず受付で診察券入れ予約確認、先生はパソコンで
治療経過をながめ問診、終わっての支払いは銀行同様機械に投入、年寄りに
は難しい世の中の流れです。
2009年10月29日
教室も11月29日迄休み、久しぶりにのんびりと思っていたが、映画「沈まぬ太陽」が封切られていたので見に行った。山崎豊子の原作 1985年の日航機墜落事故と歪み切った会社の体質に主役渡辺謙ふんする組合長の立場で、人の生命預かる
航空会社の社会倫理を問う作品(3時間22分)の大作。
フイクションとあるが今問題になっている日本航空再建策と重ねて当時と全く変わっていない様に思う。
半官半民の会社の体質、当時と同じ組合がいまだ8組合もあり、赤字にかかわらず多額な企業年金の負担など前途多難。
こんな会社に公的な資金注入などもってのほか、映画と現実とが入り交じり久しぶりに考えさせられた作品だった。
2009年10月23日
先日リバイバル映画「慕情」が放映されたので懐かしく当時を思い起こしてみていました。
ウイリアム・ホールデン ジェニフアージョーンズの悲恋映画で見られた方も多いと思います。
冒頭に1955年の香港の風景が映し出された。(左端)ふと思い出したのが香港行った際撮った
写真があるので並べててみた、次のB/wの写真は1964年に海外渡航が始まって間もない頃の
写真です、まだ大きな建物もないまだ「九龍城」がありました。
時は流れ次の写真は1997年香港が返還された年です、高層の建物がずらりと建ち並び昔の面影
は全くありません。
最後の写真は一昨年の香港の夜景です、昔は香港島から対岸を見る日本企業のネオンサインが
ステータスとして目立っていたし、世界一着陸の難しい空港としてビルをかすめて降りていた名物の
啓徳空港が閉鎖、ランタナ島沖に1998年に国際空港として開港された。
現在の中国の発展振りから、北京オリンピック、来年の上海万博でどんなに変わるのか此方の方も
見てみたいと思っています。
慕情の音楽でも聴いてください。 



2009年10月17日
秋と言えば 食欲の秋 スポーツの秋 紅葉の秋・・・
今日は秋の七草テーマーにスライド作成しました。
写真はインターネットから拝借
音楽はmp3
虫の声・・・ICレコダーで散歩道で録音したもの
以上合成してムービーメーカーとniftyビデオ共有でアップロード
で作成しました。
秋の七草の文字にスライドをリンクさせました。
2009年10月16日
![20091015103232[1]](http://image.blog.livedoor.jp/rensan3/imgs/d/6/d6c4fb14.jpg)
![20091015103715[1]](http://image.blog.livedoor.jp/rensan3/imgs/b/0/b04a9737.jpg)
家から5分の所にこの田んぼがあります、昔はこのあたり一帯が畑で春には
ヒバリが巣を作ってのどかな風景でした。
今日通りかかったら今更珍しくもないが稲刈り機で取り入れ中、茎や葉は刻ま
れ田んぼにばらまかれ自動的に脱穀され横の袋に取り込まれる。
疎開先で農繁期は学校休んで稲刈りの応援に、鎌でひと株ずつ刈り取って束
ねて干す迄の作業3年生から5年生までやりました。
つい昔を思い出しながら見とれモブログで撮りました。
2009年10月13日
2009年10月10日


今日は運動会日和と思って出掛けたが、京都の北では寒かった。
学年別 クラス別の得点で争うので応援合戦も盛んだ。
考えてみれば自分の小学校時代の運動会の記憶が全くない、
入学時が太平洋戦争の開戦、卒業時が終戦時で多分なかったと
思う。
今の子供たちの運動会を見ていると、戦争ってなんだったのだろうか。
平和の有り難さ、こんな事と考えるのは私たちの年代の人だけでしょう。
2009年10月06日
「故郷」とはもともと兎追いしかの山小鮒つりし・・・・と田舎を連想します。
自分にとってはと考えると疎開した四国の田舎を思い出します。
自分の子供にとっては寝屋川しかない40年前の状況浮かべると、川のゴミ水質
など最悪の状態だった。
今の寝屋川は川もキレイで鯉や鮒が泳ぎ、水鳥が飛来し、堤防はツツジなど咲
き乱れボランティアの方々の努力がみのり全国からも注目される町になってき
ている。
子供たちも活気ある町を故郷として誇りに思うようになって欲しい。
2009年10月01日
皆さんのページにも写真・動画で楽しくすごせた光景が伺えます。
趣味とパソコン 徐々にブログに表現されるようになり「ブログ」の
効用が見られ嬉しく思っています。
今日の寝屋川広報に桜木町の時計台公園(小さな所ですが)
町内の皆さんがお世話された、千日紅がキレイにさいている
との紹介が出ていましたので、スポーツジムに行く途中になり
ますで、モブログで撮ってテストしました。
お世話されている女性から少し持って帰られますかと、声をか
けて頂きました、花を愛する人は優しいですね。

2009年09月27日
好天に恵まれた今日花園ラグビー場で開幕戦が行なわれる。
今年の見所・・・昨年51年ぶり復活優勝とげた関西学院対か
たや昨年台風の目となった摂南大学が初戦で対決する。
両チームとも3〜4年前までBリーグで長年とどまっていたのが
学校あげてのチーム強化から、ながねん同志社大・京産大など
の常連優勝校を撃破して躍進。
今日二時のキックオフ普通なら花園まで出掛けるのだがOさん
のコンサート聞きにいく事になっておりあきらめてた。
しかし今朝の新聞見ているとNHK教育で放送されるではないか
早速録画手配して出掛けることにした。
帰るなりビデオ拝見、予想に違わず後半30分まで24−24の接戦
どちらが勝ってもおかしくない激しい攻防がつずく。
関学が昨年優勝校の自信か残り5分でトライ・ペナルティゴールで39
対24の接戦を制した。
敗れた摂南も力一杯闘い、トンガの2名も今年が最後これからの
関西対抗戦で大いに暴れ台風の目になることは間違いない。
寝屋川の摂南大学頑張れ。![2235[1]](http://image.blog.livedoor.jp/rensan3/imgs/0/0/008ec5fe.jpg)
2009年09月24日
2009年09月22日

毎日連休の私なのに混み合う水都2009に出掛けた。大阪市役所にカーネルおじさんが展示されるとのことで一目見て、阪神タイガースの
クライマックスシリーズ進出をまずきめ、あわよくば日本シーリズ制覇めざして祈願
してきた。
昨日は横浜にボロ負けはたして効果は出てくるのか、残る試合も少なくなってきている
が広島・ヤクルトの三つどもえは続くだろう。
水都大阪の応援もいいですが阪神頼みますよカーネルおじさん。

2009年09月15日
9月12日大阪区民会館で上記タイトルで学童疎開体験者昭和6年〜12年生まれの約110名ほどの方が集まった。
大阪では初めての集まりで大阪・兵庫県の対象者が集まり個々の体験談の発表があった、新聞で紹介がある上田博章さんの父が企画立案された思い出話や、自身の疎開体験の時の絵日記などの講演があった。
会としては我々の年代がこの戦時下の体験をいまの子供たちに伝えていかなければならない、今しかないと立ち上げ、学校に「語り部」としての派遣も考えている。
あれから65年ほど経過しておりはたして今の子供たちが少しでも理解して貰うことが出来るのか?
しかし伝えていけるのは私たちの年代しかない,来年3月に再度会が開かれそのときには協力して
やっていきたい。

















