March 30, 2008

仙台デザインリーグ2008

(3/9)

今年はNo.48の神楽岡保育園(橋本尚樹、京大)とNo.311の「私、私の家、教会、または牢獄」(斧澤未知子、阪大)の一騎打ちでした。というよりも、問題作の斧澤案を日本一にするかどうか、の議論に尽きたと言って差し支えないでしょう。

今年のファイナル10案を見て、判断の決め手に欠くという意見は複数の審査員から見られました。たとえば、伊東豊雄氏「身体性を持たない案が多すぎる。ウチかソトかという問題では無い。」、貝島桃代氏「見たことがないものが出てきていない。」五十嵐太郎氏「教育者としては、橋本案、クリティックとしては斧澤案。」など。ただし、五十嵐先生の場合、「怖さ。しかも、心底の怖さ。」を感じるという斧澤案を押しているのは明らか。むしろ、どの案をおすかという態度を保留していた貝島先生が、各順位を決める役回りとなった。

終盤、斧澤さんの主張によって、伊東氏が「建築は社会の中で存在する。その中で、謙虚さも必要だ。」と切れてしまうほどヒートアップし、なんだかあっけらかんと橋本案日本一、斧澤案日本二となったような。

いずれにしても、問題作の斧澤案は語り継がれる作品になるでしょう。その、パネルの濃密さ、周到なタイトル、プレゼンテーションの泣きを含めた語り、実際にコンクリートを打った模型(ただしこれ自体は、デンマークでも見られました。そのスタジオの名は「making real」)、など。

日本一01日本一01  

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March 16, 2008

明治45年竣工 旧第二高等学校書庫

080314片平スケッチ
旅に出た際はスケッチすることを旨としているものの、そういう状況にない最近はスケッチブックがしばらく更新されていなかったのですが、贈り物に添えるカードのために久しぶりにスケッチをしました。今回の素材は今、一応計画に携わっている東北大のキャンパス計画室が入っているしょぼいRCの安普請の建物の向かいにある旧第二高等学校書庫です。明治45年竣工。現在は東北大の文学部考古学収蔵庫としてただの倉庫としての機能しか与えられていない少々悲しい建物です。これは、宮城県で最初のレンガ造の建築ですが、内部には木の床組が階を分けており、ずいぶん印象が違うような写真の資料がありました。このように、東北大の片平キャンパスには初物が多くあるらしく、そのような建築を外部的に公開していくことで大学の評価を高めることにも繋がるような気がするのですが、しかし、巨大組織の中で一つのことを決めていくことは一筋縄ではいかないわなと思うこともしばしば。   
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March 06, 2008

1978年以降の建築理論ブックリスト

建築学会が刊行している建築雑誌3月号にて、今月号の特集「レム・コールハース以降の建築理論」のなかの担当ページとして、「1978年以降の建築理論ブックリスト」が掲載されました。1978年とはコースハースの『デリリアス・ニューヨーク(邦題:錯乱のニューヨーク)』が刊行された年です。担当編集者は南泰裕さんでした。12月から、その都度、五十嵐太郎先生と議論というか、つっこみを頂くという希有な体験をしました。「建築に、理論などいらない。」と始まる本特集は、ハード・コアな理論家である南氏だからこその「煽り」的一面もあるのでしょう。その言葉は、「・・・建築は語るものではなく、建てるものである。だから、そこに理論や言葉は不要であるばかりか、むしろ余分であり、有害である。」とまで、言ってのけます。しかし、だからこそ、資本主義グローバリズムの根無し草たるコールハースが活動を始動した1978年を建築理論零年として定め、「建築に、理論などいらないか。」問う意義があるのでしょう。近年、数多くの建築専門雑誌が廃刊あるいは休刊おいこまれるなか、デンマーク留学時代、ビジュアルな専門書と共に、少なくない数の理論書が同時に刊行される欧米の出版事情を見るにつけ、日本との歴然とした違いに考えさせられるものがありましたが、だからこそこの特集の問いかけは重要な示唆を与えるものと思われます。(この辺の事情について、以前オーフス建築大学の図書館に関するレポートを寄稿しました。http://www.japandesign.ne.jp/HTM/REPORT/l_denmark/07/index.html)しかも、『建築文化』無き今、ほとんど唯一といってよい日本における建築理論書『10+1』が次号をもって廃刊(休刊?)になるにつけ、今号の問いかけだけではなく、五十嵐太郎体制による建築雑誌の存在意義が問われてくることは間違いないでしょう。

コールハースがらみでいうと、デンマークでJDSアーキテクツに所属していたとき親分のジュリアンはOMA出身であることが時に人々の自らへの視点にフィルターをかけてしまうことをうんざりしたように語っていました。それだけコールハースの建築界への影響(もちろん期待も)が絶大であることの表れなのでしょうが、しかし、コールハース・チルドレンの活躍を見るにそのような重圧は、むしろ自らへの関心を高めるひとつの材料に過ぎないとグローバリズムを生きる建築家よろしく考えているのでしょうか。

D論の調査も兼ねたコールハース巡りをしていた旅の途中に立ち寄ったパリ(コルビュジェのスイス学生会館・ブラジル学生会館を見るためだけに。滞在時間たったの28時間。その後、バスで17時間かけコペンハーゲンへ戻りました。)で泊めて頂いた松田達さんも、今特集号のなかで『OMAとAMO、拡張された建築家』と題されたテキストを書かれています。  
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March 03, 2008

狩人のような

イメージ表象














空間に立ち現れるイメージを認知科学的に説明する必要に迫られて、建築外の分野の文献から、自らの理論を強化する記述を探し、ひたすら書き留める作業はやがて表象文化論へも広がっていく。(いってしまう)どこかで止めねばなりません。
小林康夫、松浦寿輝、表象―構造と出来事 (表象のディスクール)、東京大学出版会、2000
小林康夫、松浦寿輝、イメージ―不可視なるものの強度 (表象のディスクール) 、東京大学出版会、2000
佐伯 胖, 佐々木 正人:アクティブ・マインド―人間は動きのなかで考える、東京大学出版会、1990
佐伯 胖:コレクション認知科学 1 認知科学の方法、東京大学出版会、2007 など

  
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