RERAのウイスキーブログ

40過ぎのおっさんが、ジャパニーズ、スコッチを中心にウイスキーを飲み、独断で評価していきます。

カテゴリ: マッサン

ついに12月に入りましたので、2015年のウイスキーにまつわるニュースを振り返ってみます。

1.「マッサン」ブームでニッカが大ピンチ

2014年10月から2015年3月まで放送された、ニッカウヰスキー創設者の竹鶴政孝をモデルとしたNHKの連続テレビ小説「マッサン」が平均視聴率で20%を超えるヒットとなりました。

これによってハイボールで火のついていた日本のウイスキーにさらなる人気が重なり、特にモデルとなったニッカの売上が急上昇しました。特にブレンデッドモルトの竹鶴ピュアモルトでは前年比で3倍以上の売上を記録しました。
さらにドラマのロケ地にもなった余市蒸溜所は10月下旬の時点で 80万人が訪れ、過去最高の入場者を記録した1991年の47万人を大きく上回りました。
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しかし、あまりにも大きすぎるブームの波に、ニッカが大ピンチを迎えました。
人気の高い竹鶴、余市といった長期熟成のボトルが飛ぶように売れたために原酒が枯渇しかかる危機的な状況に陥っています。大波に乗ろうと思ったら、やってきたのは大津波で大惨事になってしまったといえるでしょう。

また、今年もWWAで竹鶴17年が金賞を、ISCでフロム・ザ・バレルがトロフィーを獲得したことで海外でもジャパニーズウイスキーの人気がさらに高まって販売数も増えていることもダブルパンチとなってしまいました。

そして8月を以って、余市と宮城峡の年数表記ボトルを始めとした大半の商品の販売を終了、余市と宮城峡は新しいノンエイジのみのラインナップとなりました。
それ以外の商品についても、ブラックニッカを除いて殆どが値上げとなりました。特に竹鶴17年は元々バーゲンプライスだったものの、3割近い値上げとなりました。
さらに蒸溜所限定ボトルもシングルカスクだけでなく、樽別にラインナップされた余市12年もノンエイジに変えられて販売するそうです。

長期熟成が必要とされるウイスキーは人気やブームに乗れない宿命がありますが、このことが大きな水差しにならないことを祈ります。

2.ジャパニーズウイスキー 新商品が続々

前述のマッサンによる人気もあってか、今年はいくつかの新商品が出ています。

bn_deepまずニッカは、1~3月にかけて、初代のブラックニッカ、ハイニッカ、スーパーニッカの復刻版を1ヶ月毎にリリースした後、4月にブラックニッカ ディープブレンドをリリースしました。
ディープブレンドは、アルコール度数を45度にした辛口で、香りもピートが強く感じ取れるブレンドとなっています。

ドラマにおいて、ウイスキーの持つスモーキーさに視聴者が興味を持ったことを受けてのブレンドといえます。

9月には余市、宮城峡の新しいノンエイジをリリース。どちらもディープブレンド同様に辛さとスモーキー感を強めたヴァッティングに変更されました。

ハイニッカはラベルのみ、スーパーニッカは2004年のモデルチェンジ以前のデザインに近いボトルとラベルに切り替えられました。

hibikiJH一方でサントリーは、3月に響 JAPANESE HARMONYを、9月にグレーンウイスキーの知多と、トリスクラシックをリリースしました。

響 JAPANESE HARMONYはフラグシップといえる響のノンエイジボトルで、サントリーらしい穏やかでスムーズなブレンドに仕上がっています。

知多はグレーンウイスキーとは思えないほどの香りと味わいを持ち、トリスクラシックは安価な価格帯の中でもウイスキーとして最低限の香りと味をもったボトルになっています。

地ウイスキーにおいても、長野県に蒸溜所を持つ本坊酒造のマルスウイスキーも、ブレンデッドモルトとして越百をリリースしました。
福島県郡山市にある笹の川酒造は、6月にブレンデッドウイスキーとして山桜 黒ラベルをリリース。
埼玉県秩父を拠点とするベンチャーウイスキーは、「イチローズモルト秩父ザ・ピーテッド2015カスクストレングス」をリリース。1万円近い価格であったものの殆どが売り切れ、12月時点で5倍以上のプレミア価格がついています。

大手が極端な売れすぎによって失速している一方で、地ウイスキーメーカーが躍進する可能性も出てきました。

3.厚岸蒸溜所 建設開始

昨年11月に発表された、北海道の南東部、厚岸町で稼働予定の厚岸蒸溜所が8月から建設を開始しました。
操業を目指しているのは、東京にある貿易業、堅展実業で、同じ8月には公式サイトがオープンし、その概要も明らかになりました。

ポットスチルは初溜釜と再溜釜が1基ずつ、従業員もたった4人ととても小規模。樽はミズナラの新樽とバーボン樽、シェリー樽の3種類を使う予定です。

順調に行けば来年4月で竣工、8月には蒸溜所が完成し、10月から蒸溜を開始するそうです。
最初のボトルも2019年でリリースしたいとのことです。 

次回は、今年私が飲んだ中でうまかったボトルを紹介していきます。 

シルバーウィークのど真ん中に、行くべき場所も見つからず、また余市に足を運んでしまいました。

ある意味、ラインナップの大幅変更と価格上昇で、ウイスキーブームに冷や水がかかってないかという興味もありましたけどね。

蒸留所の紹介は前にもやっていますので、気になったことだけピックアップします。

(1)ポットスチルが新しくなった
蒸留棟にいくつものポットスチルが並んでいますが、一番奥のものの胴体部分が明らかに光沢をもった新しいものに変わっているのが見つかりました。
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ただ、形状こそ以前のものと同じく、他のポットスチルよりも釜の部分が大きくなっていますし、口の部分は以前のものを流用しています。
最初は全く新しいポットスチルを入れて、新しい原酒づくりをするかと思いましたが、単に古くなって更新しただけかもしれません。

(2) ウイスキー博物館にて
ウイスキー博物館には、ニューポット、5年熟成、15年熟成の原酒が、アクリルになった窓から見える展示があります。
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以前は上にふたがあって、香りの違いを楽しめましたが、9月に来たときは封印されていました。
おそらくは外国人観光客が異物を入れていたずらされたのか、それとも子供が多く訪れたことでアルコール類をあまり嗅がせるべきではないという配慮があったのかのいずれかに思えます。
ただ、熟成されたウイスキーの香りがかげなくなったのは残念です。

(3)蒸留所限定ボトルの激減
5月に訪れた時には、シングルカスクが販売中止され、 代わりに2000's、1990's、1980'sという年代別に仕込まれた原酒でまとめられたシングルモルトが売られていましたが、いずれも販売終了!
さらにはシングルモルト余市の ピーティ&ソルティ、シェリー&スイートも販売終了し、ウッディ&バニラが寂しく残っているだけでした。あとはブレンデッドの北海道ニッカウヰスキー余市蒸溜所くらいでした。
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有料試飲所でも、限定ボトルは2000'sとウッディ&バニラ、あとは宮城峡シェリーカスクだけ。無料試飲所になると、ウイスキーは竹鶴のノンエイジとスーパーニッカとかなりランクダウンしていました。

原酒不足が深刻であることはわかっていたものの、それが蒸留所であっても例外ではないことを痛感しました。
ウイスキーのできるまでなどを探訪するにはいいかもしれませんが、お土産は期待しないほうがいいです。 

ニッカウヰスキーはブランデーも作っています。しかし他社とは異なる大きな特徴を持っています。
それは「リンゴ」ワインベースのブランデーということです。 

ニッカは「大日本果汁」という社名で創業し、当初は余市町のリンゴを使ったジュースを販売していました。
しかし品質にこだわったために高価だったことと、ペクチンなどの成分を除去しないそのままの白濁したジュースを出していたことで、まだ透明なリンゴジュースしか知らなかった消費者から不良品だと返品が相次いだそうです。

それを打開するために、イギリス留学時代の知識を以て、リンゴジュースを利用してアップルワインを醸造していきました。
そしてポットスチルが完成すると、ウイスキーとともにアップルワインも蒸留され、ニッカブランデーとして誕生しました。

現在はアップルワイン、シードル、ブランデーは青森県の弘前工場で作られています(私が中学生の時の修学旅行で見学させていただきましたが、現在は非公開だそうです)。

nikkaBvsop現在のニッカブランデーはV.S.O.P.白、V.S.O.P.デラックス、X.O.の3種類があり、さらにボトル形状も様々です。2014年には、30年物のブランデー、「リタ」も発売されました。
今回は一番下になるV.S.O.P.白を飲んでみます。

ブランデーですので、ストレートで飲んでいきます。
香りは確かにリンゴの甘い香りがメインで、奥からは樽熟成によるウッディな香りも漂ってきます。
味はアルコールによる辛みが少々あるものの、全体的にはリンゴの甘さ、酸味が生かされたものになっています。同じアルコール度数のウイスキーと比べても、ストレートで飲むにしてもさほどのきつさを感じさせません。

価格は720mL、40度で2300円ほど。高級感のあるボトルですが、比較的手軽な価格かと思います。
一般的なブランデーとは異なる味わいを楽しむにもいいですし、リンゴの香りを生かしたフランベに利用するのもいいでしょう。 

「マッサン」の影響でウイスキーがとても売れていますが、これからの余市編でもキーとなるリンゴを使ったニッカブランデーもお試しください。

ちなみにアップルブランデーは、フランスのノルマンディ地方において、カルヴァドスという名前で知られています。また、アメリカやイギリスではアップルジャックという名でも知られています。

<個人的評価> 
・香り B: リンゴの香りがメイン。後から樽熟成のウッディさも追いかけてくる。 
・味わい B: リンゴならではの甘味、酸味が引き立つ。アルコールの刺激は意外に少ない。
・総評 B: ストレートでも飲みやすい。普通のブランデーとは違った発見をしたい人におすすめ。


最近では、NHKの朝の連続テレビ小説「マッサン」の影響で、ウイスキーを飲んでみようという人が増えているようで、実際にウイスキーの売り上げが伸びており、特にニッカでは竹鶴ピュアモルトが7割以上のアップに達していて、生産が追い付かない、さらには原酒が足りなくなっているというほどになっています。

一方でサントリーにおいても追い風が吹いており、加えてシングルモルト山崎が海外でも売れていることで、こちらも原酒が足りなくなる状況になっているそうです。

さて、いざウイスキーを飲んでみようと思っても、種類が多すぎて何を買えばいいのかがわからない人が多いかと思います。
そこで、マッサンの劇中にも出てくる銘柄、あるいはモデルとなった竹鶴政孝にちなんだ銘柄をいくつか紹介します。 

サントリーホワイト
white2元となったのは、サントリーウイスキーの第1号である白札です。
ただし現在のブレンドでは、マッサンの劇中で語られるようなスモーキーなものではなく、ある程度抑えつつもそれなりのスモーキーさとレーズンなどの甘い香りも楽しめるブレンドとなっています。
また、数量限定で、当時の白札のラベルが貼られたボトルもまだ売られているようです。
価格は1100円ほどですが、酒屋さんでないと手に入らないかもしれません。






サントリー角瓶
kakubin01竹鶴政孝が現在のサントリーを退職後、創業者の鳥井信治郎が日本人向けでありつつもある程度のスコッチらしさを追求した銘柄で、初のヒットを記録しました。
また、当時の日本海軍にも納品され、当時の軍人を通じて普及をしていきました。
今やハイボールブームによって広く飲まれている銘柄です。
2015年初頭には、当時のブレンドを再現した復刻版の発売が予定されていますので、こちらも試すといいでしょう。





ハイランドパーク
hp「マッサン」で、亀山政春が目指していたウイスキー、「ハイランドケルト」のモデルになったと思われるウイスキーです。
スコットランド北部にあるオークニー諸島にある蒸留所のシングルモルトで、燻製のようなスモーキーさが特徴となっています。
値段は張りますが、劇中で語られるスモーキーなウイスキーを体験したいのであればぜひとも試していただきたいと思います。










シングルモルト余市
single_yoichi01竹鶴政孝が目指したウイスキーを作った成果として、どういうものができたのかを知りたいのであれば、シングルモルト余市を飲むのがいいでしょう。

ピートからくる強めのスモーキーさと、石炭を使った直火蒸留ならではのガツンと来るボディ、そしてバニラのような香りとクリーミーな味わいを堪能できるでしょう。
さらに熟成されたものを飲みたいのであれば、10年、12年、15年、20年があります。5年経過するごとに価格は倍になります。




ハイニッカ
hinikka晩年の竹鶴政孝は、単にウイスキーづくりにこだわるのではなく、多くの人が手に入れる安い価格帯のものであっても、ウイスキーとして妥協しない味づくりを目指していました。
その最たるものがハイニッカです。

以前は酒屋さんでも手に入りにくい銘柄でしたが、ドラマの開始に伴って比較的手に入りやすくなっています。
1000円以下のウイスキーの中では、トリスやレッド、ブラックニッカクリアに比べても香りや味わいが1段以上上に感じられるでしょう。

 

今月17日に、ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝氏の養子で、2代目マスターブレンダー、そして社長、会長を歴任した竹鶴威さんが亡くなられました。

威さんは1924年に広島県に生まれ、1943年に母親の弟にあたる竹鶴政孝氏の養子となりました。政孝・リタ夫妻 が子供に恵まれない中での大事な後継者となりました。

1949年に北海道大学工学部を卒業後にニッカに入社、それから父・政孝氏の薫陶を受け、ブレンダー、職人として活動していきました。

そして政孝氏を継いで2代目マスターブレンダーに就任、1997年に佐藤茂生氏に譲るまで勤めてきました。
1985年に代表取締役社長に就任、1990年には会長となり、2003年まで取締役を務めました。

 父・政孝氏が夢を見ていた本物のウイスキーづくりに対し、本格的なモルトウイスキーの発売や、カフェモルトという新しいウイスキーを実現させるなど、ニッカを世界に名だたるウイスキーメーカーとして成長させる立役者となりました。

奇しくも朝の連続テレビ小説「マッサン」で、間もなく威さんがモデルのキャストが登場するかという中での悲しい知らせとなってしまいました。
心からお悔やみ申し上げます。 

政春とエリーは田中家を離れて新居に引越する。

そこはエリーのことを考えた洋風の家だった。ところが、あらわれた家主が外国人お断りといわれ、ドタキャンされてしまう。

 

途方に暮れる二人が昼飯を食べた食堂で、貸家の張り紙が。その家を見ているときにやってきたのは、アメリカ人の夫を持つ種子だった。

自らも国際結婚の身であったこともあって、政春とエリーに家を貸し出したかに見えたが、実は家主ではなかった。

彼女は家主に話をつけてきたが、家賃は翌月分の前払いという約束で、家主は家の貸し出しを許した。

 

引っ越して間もなく、田中社長の娘、優子がやってくる。またいびられるかと思いきや、引っ越し祝いとして夫婦茶碗を手渡す。

優子は田中社長から事情を聞かれ、改めて二人の幸せを見守ることを誓った。

 

そして住吉酒造ではウイスキーづくりの実験が開始した。しかし、専務は厳しいことを言う。彼は事業の開始のために株主の承認が必要だとし、しっかりとした事業計画書を出せと迫った。

 

エリーは、警官に住所と名前を聞かれ、書いた内容を確認させようとするも、字が読めないエリー。困っているエリーに、警官はとある教会を紹介され、キャサリンという女性を訪ねるよう言われる。

そこにいたのは種子だった。種子はアメリカ人の宣教師と結婚し、キャサリンという洗礼名を名乗っていた。

キャサリンはエリーに日本のことについて詳しく教えていった。

 

ある日、朝早くからの訪問者が。それは鴨居欣次郎だった。

彼は引っ越し祝いとして虎の置物をプレゼントした。風水にしたがって、西に置いて金運を呼び寄せようとした。もう一つは海外の香水だった。

プレゼントを手渡すと、鴨居はそそくさと帰っていた。

 

エリーは飯炊きを勉強するが、なかなかうまくいかない。政春はパンでも構わないというが、エリーはどうしてもうまく炊きたいと努力する。

それを手伝ったのは優子だった。エリーの情熱に負けてしまったのだ。

優子はエリーにスコットランドと日本とどちらが好きかを尋ねる。エリーは日本のほうが好きと答える。

エリーは日本に来ても故郷に来た懐かしさを感じつつ、日本独特の文化に惚れたという。

しかし優子は、日本の女性が男性に尽くすことが当たり前でつらいことを語る。そんな中で、50:50の仲だという政春の言葉にうらやましさを感じる。

 

住吉酒造では、醸造したもろみを蒸留する実験をする。社員がちょっと味見をするが、65度の高いアルコールに喉を焼いてしまう。

その間にも、政春は蒸留所建設のためのコスト計算をし、事業計画書を作り上げる。

 

しかし、経営陣はあまりにもコストがかかり、数年の時が必要なウイスキーの計画にノーを突きつける。コストを削減するよう要求する。

特に問題となったのは、日本にはないポットスチルだった。輸入することを考えていたが、途方に暮れる政春の前で、一つのアイデアが浮かび上がった。

 

一方で近所では外国人の女性が住んだとなって戸惑いが隠せない。

そこにやってきたのはキャサリンだった。

キャサリンは近所の女性を集めてご飯の試食会をさせ、好評を得る。

 

その夜、田中社長が研究室に飛び込んでくる。銀行からの融資のため、ギリギリの交渉を料亭で交渉していた。

料亭で銀行の頭取に政春が説明する。しかし頭取はお酒をすすめ、心意気を試す。さらに歌も歌わせる。

ところがそこにやってきたのは鴨居だった。鴨居は政春をけしかける。そこで政春はずっこけてしまうが、それが頭取に気に入られた。結局、融資はうまくいった。

 

結局政春は酒をたらふく飲んで、自宅の庭で寝込んでしまう。

翌朝、政春は遅刻寸前で慌てて家を飛び出していく。

せっかく作ったごはんを一緒に食べたいと願うエリーだったが、優子の言葉を思い出し、妻としての自覚を改める。

 

政春は、ポットスチルの製作について、佐渡製作所へと赴く。そこは滑らかな曲面を作る優れた技術を持った町工場だった。

佐渡社長はポットスチルの大きさとコストにしり込みするが、ポットスチルの繊細な先を作るには彼らの技術が必要だと力説するが、なかなか首を縦に振らない。

そこで政春は、佐渡社長にウイスキーを飲ませる。しかし社長は気に入らない。

政春は本物のウイスキーを日本で最初に作りたいと力説し、土下座をする。佐渡社長は日本初の言葉に心を打たれ、ポットスチル製作に協力する。

 

エリーは鴨居商店を向っていくが、人々が外国人の自分を避ける様に涙する。

そこに鴨居が居合わせた。彼は自らの社長室にエリーを迎え入れる。

エリーは一つの瓶をみつける。それは贈られた2つの香水の瓶を合わせたようなデザインだった。

一方で鴨居はエリーの作ったおにぎりを絶賛する。その傍ら、鴨居は政春が必死に努力していることをエリーに伝える。

 

鴨居はエリーを家まで送る。そこでハグをしている様子を、政春は目撃してしまう。

政春は、エリーがほかの男とべたべたすることが気に入らなかった。一方でエリーはずっと残業で一緒に晩御飯を食べない政春に文句を言う。エリーは政春に自分が作ったごはんをおいしいといってくれたかったのだ。

その夫婦げんかに、近所の男が乱入し、乱闘に発展。政春は家を飛び出す。

 

キャサリンは、亭主関白の日本で妻となることが正しかったかを問いかける。

政春は田中家に入り、田中社長と飲む。そこに優子がエリーが日本で努力していることをさとす。政春が2年間、日本へのホームシックを抱えながら留学していたことと同じように。

 

ハッとなり家に変える政春だったが、エリーはいなかった。

エリーはキャサリンの教会で「埴生の宿」をオルガンを奏でながら歌っていた。

政春は、エリーのごはんをいっぱい食べたいと頼み、二人は仲を取り戻した。

 

翌朝、二人はエリーの作った和食を味わう。政春はエリーの炊いたご飯を食べるが、今度は芯が残っていた。

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政春とエリーは、住吉酒造のある大阪へと向かう。

その旅立ちの際、エリーは政春の母親、早苗から箸を受け取る。

そしてエリーは日本人になることを政春に決意する。

 

大阪にたどり着くと、住吉酒造は田中大作社長から全員で帰国を歓迎した。が、政春がエリーと結婚したことは歓迎できなかった。なぜなら、田中社長の娘、優子と許嫁の約束をしていたからである。

 

田中社長は、日本中に模造品レベルの洋酒があふれていた。その中で、本物のウイスキーを日本に広めようと画策し、政春をスコットランドに留学させ、ウイスキーの製造技術をたのである。

 

歓迎会の中でやってきたのは、鴨居商店の社長、欣次郎であった。住吉酒造は、鴨居商店から太陽ワインの製造下請を任されていた。今やそれが大ヒットを飛ばしていた。

彼もまた、本物のウイスキーを売ろうと画策していたのである。

 

エリーとの結婚に未だ反対する優子と母の佳代は、いろいろとエリー、政春といびりを始める。

表向きはエリーとの結婚を認めるが、政春に退社し、ウイスキーづくりをやめさせることを条件とした。

しかし政春はあきらめることを譲れなかった。優子はそんな身勝手な政春が許せなかった。

そしてその矛先はエリーに向け始める。

 

一方で政春は、スコットランドで得た知識を住吉酒造の従業員に講義を始める。そこに鴨居欣次郎がやってきて、その話に半ば呆れつつも、興味津々で耳を傾ける。

そのお返しに、フランス産ワインと自前で手を加えたワインを比較させた。政春はその添加物を見事に言い当てて見せた。

そして欣次郎は政春の情熱に心を打たれた。しかし、政春にはそのそぶりを見せなかった。

本物を追及する政春、日本人向きを目指す欣次郎。それが、彼らの対立へと後々につながる。

 

政春は、スコットランドでの苦労を思い出す。

蒸留所で何度も何度も頭を下げ、やっとのことで入所を許される。そこで政春は給料をもらわず、一心不乱に火のくべ方、熱くなったポットスチル内部の掃除を積極的に行い、施設の様子をこと細かく調べ続けた。それを支えたのはエリーだった。

結婚を決意したとき、エリーの両親は猛反対される。エリーもまた、親に許されないまま結婚したのである。

 

情熱をあきらめられない政春。罪悪感を感じるエリーを政春はなだめる。一方でエリーも、許嫁を反故にした罪悪感を感じる政春をなだめる。

 

翌日、太陽ワインを鴨居商店に出荷しにきた政春。鴨居商店は数々のヒット商品を出していた。

欣次郎は原価計算を知らないことに呆れていたが、そんな彼に「やってみなはれ」とウイスキーづくりをけしかける。

 

一方で優子のエリー対するいびりは本格的になる、味噌汁に大量のしょうゆを入れたり、エリーの手作りの料理に細工をしてまずくするなど、エリーを追い出そうと必死になる。

そして優子は、エリーが親を捨てて勝手に日本にやってきた親不孝者と罵倒する。悲しみに暮れるエリーは田中の家を飛び出す。
 

必死に引き止める政春は、エリーがスコットランドに帰るなら一緒に行くというが、いい加減な政春に激怒する。エリーは、親に会いたい気持ちを秘めつつも、政春の夢のためにすべてを捨てたと改めて告白する。
 

二人は改めて決意を固めるが、その道は高く険しい。

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物語は1971年、ドウカウヰスキー余市蒸留所で1本のウイスキー「スーパーエリー」がスコットランドで受賞した記念式典が行われた舞台から始まる。

そこに、イギリスの駐日大使が訪れ、こう言った。

「スコットランドに一人の青年が訪れて、ウイスキーの技術と一人の女性を盗んでいきました。」

それは、本格的なウイスキーづくりに情熱をかけた亀山政春への最高の賛辞だった。

 

舞台は1920年へさかのぼる。場所はスコットランドからアメリカを経由して日本へと向かう船の中、政春とエリーの姿だった。

スコットランドの蒸留所でウイスキーの技術を学ぶために働いていた政春は、その時にエリーと出会い、楽しい日々を過ごしていた。そして政春はエリーにプロポーズし、結婚したのである。

 

そして二人は政春の生家でもある広島、竹原へとたどり着いた。

しかし政春は、エリーと結婚していたことを隠していたのである。しかも外国人の結婚は言語道断だったのである。

 

亀山家では、政春が杜氏を継ぐことを望んでいた。大阪に修行に行かせても、いずれ3年で戻ってくるだろうという目論見のない憶測であった。

しかし、政春は遠きスコットランドに向かい、その帰りに嫁を連れてきたのだから、全くの予想外だったのである。

喜んでもらえると思っていたエリーにとっては、全くのアウェイの状態に陥ってしまった。

 

何とか日本の文化、亀山家になじもうと努力するエリーであったが、亀山家を守る責任を負った母親、早苗の了解は得られなかった。

一方の政春も、酒蔵を継がず、ウイスキーを日本に根付かせたいという情熱を持ち、父親、政志と対立していた。

 

ついに政春は大阪に行くことを決意する。その前日、政志からエリーを気に入っていると告げた。

そして政春と相撲を取りながら、政春に残された迷いに対して、日本人初めてのウイスキーづくりに情熱をささげろ、と喝を入れた。迷いが吹っ切れた政春は、今まで勝てなかった政志を投げ、迷いを断ち切ったのである。

 

しかし早苗は、日本になじもうと努力するエリーについに涙するが、自らの強い使命を涙ながらにエリーに語り、スコットランドに帰ってくれと訴える。

エリーもまた、自分の母の心と裏腹に日本へ渡ったことを思い出すと、母のためにスコットランドへ戻ろうとする。

しかし、政春は、「エリーは自分のままでいていい」と引き止める。

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