伊勢竜太郎のエロいお姉さんに舐められたい!

元・風俗調査団員だった伊勢竜太郎です。エロいオトナのお姉さんが好きで色々と良からぬ場所に顔を出していました。青春の記録です。


リアリティーとファンタジーの狭間において 2

少し前のスカパーのとある番組(クイズ番組?)
敬愛する溜池ゴロー監督と、カンパニー松尾監督が同時に出ていた。ラッシャーみよし監督も。
これは凄いことだ、レジェンドが3人も勢ぞろいした。

印象的なシーンがあった。

溜池ゴローさんは「熟女モノが流行らない」と言われていた時代、あるシーンを入れた事で大ヒットした。
それは「雑巾掛け」であった。
溜池氏が力説する。「雑巾掛けというのは、エロい体、エロい雰囲気を出すのにとても機能的な作業なんですよ。」
名作AV「義母〜まりな27歳〜」のVTRが流れる。抜ける雑巾掛けにこだわったアングルだ。

しかし、そのとき横に座っていたカンパニー松尾さんが、そのVを見て何やら指摘した。
残念ながら聞き取れなかったが、それに対して溜池さんがハッキリと反論した。
「いいんですよ、ファンタジーですから!」
雑巾掛けという日常のエロスに対して、溜池ゴロー監督は限りないファンタジー性を演出したのだ。

逆に、次のコーナーでカンパニー松尾さんはこう言った。
「溜池さんはファンタジーを追求してらっしゃるのですが、僕の場合はリアリティー。」
現場で「おはようございます」は言わない、「カメラまわりました、よーいスタート」も言わない......。
「いかにガチか」を追究すると。

溜池ゴロー、カンパニー松尾、双方の作品のファンで何本も見てきてる私としては、大いに頷ける1コマだった。

溜池監督の作品は、人妻や熟女に抱く妄想をキラキラ輝かさせて私たちに届けてくれる。
「うわー、主婦ってエロいんだなー」って、エロさを何倍にも膨らませてエロくしてくれる。
ありえないだろうな、でもあったらいいな、ありそうだな、そんな届きそうで届かないレベルのエロスで興奮させる。

反面、カンパニー松尾さんのハメ撮りは、圧倒的な現実を私たちにつきつける。リアルすぎるリアル。
でも現実はエロい。
エロくない部分も含めて、エロい。特に凄いのは、普段輝いている専属のAV女優なんかでも
その輝きを1倍の、等身大のリアルな一女性の倍率にまで戻してエロさを出すところだ。

どちらのスタンスも素晴らしいと思う。

だが私はどっちかというとファンタジー派であろうか。
風俗でも女性には多少わざとらしくともファンタジー性を出して欲しいと思う。
雑巾掛けは出来なくとも、デリヘルで最初にお湯をためる時の仕草など、だ。(人妻店の女性は溜池監督の作品を見て研究すれば客受けがよくなるはず…?)


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【速報】伊勢のボーナスが4万円だった件【年1回です】

ボーナスの支給日でした。

ワクワクしながら明細を見てビックリ。

¥40,000

!?

!!??


あのーーー、
34歳 社会人12年目なんすけど。

ここ最近は仕事を2人分こなしてたんですけど。

イジメか。

あの、社会人2年目だって、もう少しは貰ってましたよ。

一昨年とかは、月収の4ヶ月ぶんくらい出たこともありましたよ。

よんまんえん
って何ですか?!

辞めてやる。こんな会社!

とりあえず、再来週、役員と社長と面談入れました。



それよりマジで生活どうしよう。


…ってことで。

いま某ラブホテルに来ています。

プライベートでデリヘル呼びます!

パーっといきましょう!

もう知らない、
人生なんて知らない。

明日は吉原の高級ソープでも行ってやろうか

伊勢が完全に廃人だった頃の暮らし

ときどき思い出す。

10年くらい前、20代半ばの頃か。

最初に就職した会社を精神を病んで逃げるようにやめて
地元のK奈川県K倉市の山奥に逃げ帰り、築40年のカビだらけでボロボロのアパートを借りた。 
純和室、下水はなくて、井戸があって、土間があって、シャワーがなくて、五右衛門風呂。
でも間取りは広くて、家賃は5万にも満たなかった。

そこでひたすら引きこもっていた。
朝起きたら、まず缶ビールを飲む。
朝といっても、いつが朝だかも分からない生活リズム。
でも酒、酒、酒。とにかくビールや酎ハイをひっきりなしに飲む。1日5リットル、いやもっと飲んでいたか。
ノイズ、環境音楽、メロディとか全くない、病んだ音楽を垂れ流す。
そして哲学書や小説をひたすら読みふけった。

隙間だらけの家は、ムカデ、ナメクジ、ゴキブリ、クモ、あらゆる巨大な虫たちの天国だった。
時には怖くなって叩き潰し、時には仲間だと思って話かけていた。

ときどき呼び鈴が鳴って、宅配業者がネットで買った本や酒、CDを供給しに来た。
部屋には家具というものが一切なかった。
ただ布団が敷いてあって、音楽プレーヤーとパソコンがあって、その周りを
膨大な本やレコード、CD、その他荷物、衣服も食器も床の上にじかに、倉庫のように散乱してた。

その一角には野菜や菓子が積んであって、それが食事だ。
腹が減るとそこから生でボリボリと齧り、胃に入れた。
セロリやキャベツ、チョコレート、パン。メチャクチャな組み合わせだった。
キットカットを矢鱈食っていたのを覚えている。酒がメインで、そのつまみだ。
常に酩酊しているから、時には生肉なども食べていたかもしれない。
風呂なんて入った記憶がない。

アパートの住人は全員ヤバい人たちで、たしか隣の部屋には老婆とその息子が二人で住んでいたが
息子の方は40くらいでも定職に就いておらず、老婆は毎日変な奇声を発しながら草をむしっていた。
ある日、息子から「お前は俺の車に傷をつけただろう」と言いがかりをつけられた。
口論しているうちに何故か気に入られ、部屋に招かれて食事をご馳走になったが
「おふくろの生活保護で食っているんだ」と自慢気に言われた。

自分も10年落ちくらいのトヨタのコルサを持っていたから、たまにはそれで街のスーパーに運転していった。
週に一度くらいメシらしいメシを食べては、でもすぐに家に逃げ帰った。
そして、また引きこもった。
こんな感じでほぼ誰とも会わなかったし、誰とも話さなかった。

性欲なんていうのも全くなかった。おそらく週に1度もオナニーしていなかっただろう。
風俗の「ふ」の字も頭になかった、それどころか最も忌避する対象だった、今思うと信じられない。

そんな生活も、ある日母親が親類10人くらいを引き連れて乗り込んできて、
泣きながら強引に私を説得し連れて帰ったのだ。世間に引き戻された。
そのまま親戚のつてで、S岡県の田舎に就職させられることとなる。

連れ戻されたそのとき、私はアパートで何年も引きこもっていた気がしたが、実は数ヶ月だったことが何とも不思議だった。無限の時間が過ぎていった気がしたのに。

あの数ヶ月は何だったのだろう。よく警察にも捕まらなかった。
しかし、たった10年ほど前のことなのである。今こうして風俗に行っている自分とは、別人の人生のような気がする。人間は変わる。



 
伊勢竜太郎
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