リストラ失業転職ブログ

元製造業従業員(年齢40代後半)が、リストラによる失業生活を実況しながら、転職活動について調べたこと、感じたことをUPします。

回顧録・内定そして退職へ

求人サイトからの応募を経て、面接の連絡があり、面接の数日後に内定が決まりました。

9ヶ月に及ぶ求職活動中にはなかなか決まらなかった就職先が、働き始めた途端に決まりだす。。。
これは、不思議な気持ちしたが、内定が決まり嬉しかったのと同時に、面倒なことになったと思いました。
現在の会社を辞めなければならないからです。

内定が決まった翌日、上司に退職の意思を告げました。

職場内の人間関係がとても良く、お互いの信頼関係がしっかりしている職場だからこそ、退職の意思表示は、とても気が重いものでした。
でも、これを越えなければ転職できません。
やっとの思いで、上司とふたりきりの空間を作り、退職の意思を告げたのです。
引き止めされたものの結果的には了承してくれました。
ただし、社内規定上退職は1ヶ月後ということで、9月末日までは勤務を続けることになりました。

次は、内定を頂いた会社が、1ヶ月後まで自分を待っていてくれるのかが心配でしたが、会社へ相談した結果了解を得ることができ、10月からの出社が決定したのです。

それからの勤務は、つらいものでした。
辞めると決まってからは、仕事へのモチベーションが下がり、また同僚との良好な関係も壊れないか、不安でした。
しかしながら同僚は良かったと喜んでくれ、否定的な意見や嫌味を言われたりすることもありませんでした。

本気で望めば報われる。
そんな甘いものじゃないこともわかります。
就活の9ヶ月間、私は本気で望みましたが、その願いは打ち砕かれて来ました。
それでも、あきらめずに望み続けて、転職2社目にして就きたい仕事を手に入れたことも事実です。
望むだけじゃ得られないかもしれません。
働きながらでも効率よく情報を集め、日々確認し、応募書類も手を加えました。
なりたい自分になるために、ビジネス書も読みました。
リストラされた会社で働き続けている元同僚、上司や、今まで数度のリストラで辞めていった元同僚との関係も維持しつつ、就活での出会いも大切に関係を築いていく。
時にはプライドを捨てて頭を下げることもあります。
でも、捨てたからには得るものもあると信じるからこそです。

それでも努力が、報われない方々のほうが多いのかもしれません。
でも、私のような事例もあるのです。
希望の業種、リストラ前よりも好待遇。
そこまでのことは期待していなかったにも関わらずです。

例えば、「もう年齢的に無理だろう」と、不採用を受け取り続けるうちに途中であきらめてしまう。
そんな方々もいます。
でも中には、少ないかもしれませんが、年齢に関係なく採用を考えてくれる企業もあります。
現場経験しか無い人を、管理職として採用する企業もあります。

可能性を信じて、行動し続けることが大切だと思う次第です。
望む場所があるのなら、行動できる気力があるのなら、行動するべきです。

何をもってゴールとするのか?
何をもってこの就活を成功とするのか?
就活を始めてから考えてきました。
まだ、ゴールとは言えないでしょう。
3年くらい働いて、そこで見えてくるものだと思っています。
まずは精一杯やるだけです。

このブログも、またしばらく更新しないかもしれません。
皆様方のご検討をお祈りしております。

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回顧録・求人サイトより応募

半月ちょっとの研修を経て、私は新しい職場で働き始めました。
職場内の人間関係やチームワークがとても良く、安心して働く事が出来ました。
しかしながら、ひと月も働くと疑問も生まれたのです。

一生これの繰り返し?

この仕事のどこに価値を見つけて良いのか、わかりませんでした。


その頃、私は就職活動を終えたこともあり、以前登録していた求人サイトの会員登録削除を進めていました。
そんな中で、Indeedというサイトに登録した、キーワードに対するマッチングした求人情報のメール配信サービスだけは、解除せずにいたのです。

理由は、自分の希望する業種の求人が、いつまで停滞しているものなのか、実際に募集が始まるのはいつ頃からなのか、興味があったからです。

そんな中、8月初旬に、とても興味のある求人を発見しました。
それは、私が以前の会社を辞めた時に思い描いていたセカンドキャリアに結びつく、とても魅力的な仕事に思えました。

その求人は、最初、ただの憧れで見ていただけでしたが、繰り返しIndeedからのメールを受信するうち、応募したらどうなるだろうということを考え始め、遂には、応募してみようかという気持ちに変わっていったのです。

約1週間ほど悩んだ末に、以前の応募書類を参考に、求人サイトを通してその求人に応募しました。


初志貫徹というか、そんな思いがありました。
人間、やはり自分に嘘はつけないものです。
嘘をつくしかない環境におかれてしまえば、嘘をつきとおすしかありません。
やがて、その嘘は嘘ではなくなり、自分自身になるのかもしれません。
嘘という表現は、違うかもしれません。
年齢や社会の状況、需要と供給のバランス、ほかにもいろいろ理由があって、自分の夢や希望を心の奥底に沈めたまま、働かざるを得ない人たちがたくさんいます。

順応という言葉があります。
人は、置かれた環境に順応する能力があるのです。
長く働くうちに、その仕事に順応し、何の疑問もなくなるかもしれません。
更に、そんな中から価値を見いだし、発展させることが出来るのかもしれません。


私は、仕事を一日でも早く覚え、戦力になろうと一生懸命努力しました。
しかし、心の奥底では、自分がここにいる理由を探し求めていたのです。
そんな時に自分を偽り、正当化しようと理由を並べてみても、限界を感じました。

これは、新しい環境に飛び込んだときに起こる、一時的拒絶反応みたいなものなのかもしれません。

まだ、自分には出来ることがあるはず。
40半ばであきらめの人生なんて、これから先、自分自身にどう言い訳をすればよいのだろう。
震災のせいにするのか、年齢のせいにするのか、景気のせいにするのか、地方に住んでいるせいにするのか。。。
時代のせいにもできるでしょう。
政治のせいにも出来る。
でも、そんな言い訳など、聞きたくないのです。

順応するまで、仕事を続けるのもひとつの方法です。
拒絶反応なら、一時的なものかもしれません。
でも行動したいのなら、すればいい。
あきらめるのなら、それでもいい。

すべては、自分次第。
なにも、悩む必要、ましてや自分を誤魔化す必要なんてないということに気がついたのです。

そして私は、「応募」という行動に出たのです。

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回顧録・入社日に面接依頼

ご無沙汰しております。

入社3ヶ月が経ちました。
入社以来、求職活動を振り返ることにある意味の恐怖を覚え、また、前向きに現在の仕事に取り組むことに集中したいという気持ちもあり、このブログの更新は避けてきました。

このへんで数回にわたり、就職後の3ヶ月を振り返ってみたいと思います。

今回は、入社日の出来事について。

震災後の混乱で希望の職種に就くことを断念し、現在の会社に就くことになったわけですが、その入社日当日に、震災後に面接を受けた派遣会社からの電話がありました。
仮にA社としましょう。

内容は、「是非紹介したい企業さんがある」ということでした。

震災直後に面接を受けたこのA社は、まさに自分が進みたいと思っていた企業に属する派遣会社で、当初の予定では、系列会社の契約社員としての面接でした。
ところが面接を通して、直接の取引先企業のほうが私のスキルを生かせると考えてくださり、そちらへ打診してみましょうという結果となったのです。
しかしながらそれ以来、しばらく連絡は途絶えていました。

記事としては、
面接終了・18社目
で面接した企業です。

その後、面接から3ヶ月経ったあたりで、近況報告として再度連絡を試みたところ、

「現在は、震災の影響で復興以前の状況です。
通常業務が動き出した段階で、新たな人材が必要になるとの想定はしていますが、現時点ではそれがいつ頃になるかわからない状況です。
何か案件等出ましたら、こちらからも連絡は取らせて頂きたくよろしくお願い致します。」

といった内容のお返事を頂きました。

これを、どう受け取るべきだったか、正直、もっとこのA社の人事の方と連絡を密にとって、あなたを信じて待ってますという信頼関係を構築出来ていたなら、今もっと良い結果になっていたかもしれません。

でも私は、返信を受け取ったとき、しばらくは無理だと受け取りました。

結果的に、震災後の混乱の中で、自分の経歴を活かす仕事を断念し、採用される可能性のあるという観点で会社を選び、仕事内容や、転勤等の可能性が無く長く働けるという条件に納得し、現在の仕事に就いたわけです。

そんな中、入社日当日、面接から4ヶ月目にしてA社からの面接の連絡。
当時私の心の中では、もう現在の会社に向けての働く意志が固まっていたので、詳しい話も聞かず、相手も、仕事が決まったのでは無理ですねといった感じで、詳しい説明をすることもなく、会話は終わりました。


この事例からこんなことを考えました。

①過去に面接をして好感触を得た、特に派遣会社の人事の方とは、例えその時に先方企業に不採用になったとしても、近況報告等のメールをたまに入れると良いと思います。
そのメールに対し返事を下さる方とは、適度な間隔で連絡を取り合いましょう。
結局就活とは、人と人との繋がりがあってこそ成り立つものです。
また、採用は、経歴や適性試験の結果で決まるばかりではありません。
人柄や、モラルほか、人物像を評価されて採用となるケースもあります。
普段からの心がけが、再就職にどこでどう影響するかはわかりません。
人材派遣系会社の面接では、面接を単に入社するための試験と割り切るのではなく、人事の方とは、もしかしたら今後も関係が続くかもといった積極的な姿勢で臨むのが良いと思われます。

②本当に自分の望む仕事に就きたいという希望にこだわるのなら、現在の会社を辞める覚悟も必要だったと思います。

③数ヶ月間就活しても就職先が決まらなかったのに、1社内定が決まった途端に、複数の企業から内定をもらう。。。
こういった事例が、元同僚にもみられました。
原因としては、応募書類が応募を重ねる過程で充実してきたことや、面接に対する場慣れやテクニックのスキルアップが考えられるかもしれません。
もしかしたら業界の景気が上向いたのか、採用に力を入れる時期だったのかもしれません。
じゃなければ、本人のバイオリズム等の影響でしょうか?


結局私は、当初のセカンドキャリアの希望を封印し、新しい職場で働き始めることとなったのです。


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このブログについて
私は、田舎の工場で働いています。
業種は製造業。私たちの世代はバブル入社組。
某大手通信メーカーの分身会社として、入社当時は県内でも大企業といわれていました。
もう25年、現場の作業員として製造・検査関連業務で働いてきました。
その間、親会社による海外企業への工場売却、4度のリストラを経て現在に至っています。
2001年時点では800人いた従業員は、2010年7月時点で約400人に減少。
賃金引き下げ、ボーナス減額、残業規制、一時帰休その他の施策も空しく業績不振、赤字経営に歯止めはかかりません。
その結果会社は、抜本的な赤字対策と今後の成長拡大策の双方を短期的に実施するという目的で、2010年7月に4度目のリストラ(特別転身支援制度の実施)の決行を発表しました。
募集人数は100名。
私の場合は、いわゆる肩たたき。
上司との面接において、半ば強制的に「転身支援サービスを受けるように」と説明がありました。
年齢的に上であること、現在の業務が主に赤字を出しているセクションだったということが、選ばれた大きな理由に挙げられます。
現場の業務を外転することで、黒字にしていこうというのが会社の狙いのようです。
でも、今のやり方ではいくら現場の業務を外出しにしたとしても、赤字克服は無理だと思います。
根本的におかしいのは、組織の末端である現場ではなく、もっともっと上流です。
安請負、無駄な作業、何度もある後戻り、この場ではとても言えないもろもろなこと。
それらの原因は、現場が引き起こしているわけでは無いのだから。
このブログはリストラ発表から、再就職を果たすまで(再就職できるとは限りませんが)、もしくは求職活動を停止するまでの期間中に自分の身にあったこと、考えたこと、調べたこと等を記録する目的で始めることにします。
また。何度かアクセスするであろうサイト等はリンク集に掲載し、自分なりの再就職活動のテンプレートとしても活用できるように整備していきたいと思っています。
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