京都秘封探訪

「秘封倶楽部」を中心とした、東方Project関連の覚え書き。

2014年03月

京都大学


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 京都とは日本を代表する「歴史の街」であり、同時に「科学の街」でもある。そんな京都には、もう一つの側面が存在する。京都の持つまたの顔、それは「学生の街」である。

 古くからの歴史はもちろんのこと、芸術や文化を育み、後世に伝承し。さらには新たな近代文化と科学技術も積極的に研究し、取り入れてきた京都。そんな京都に数多くの「学校」が建てられたのは決して不思議なことなどではない。大学だけを数えてみても、京都には実に39に上る大小の大学が存在しており、全国から京都に集った若者が街中に溢れ返る日本屈指の学生の街が広がっているのである。

 ……そんな京都を代表する大学と言えば、もちろん京都大学であろう。

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 京都市北部、鴨川の東側に本部を置く京都大学。その発祥は非常に古く、幕末に設置された長崎養生所にまで遡るという。長崎に置かれた、幕府直属の医療施設である長崎養成所。その理化学部門は明治維新後、大阪に移転され、理学校となる。さらに理学校は第三高等中学校に改編され、京都市吉田町に移ることになる。

 そして、この第三中学校こそが京都大学の直接のルーツとなるものであり、第三高等中学校初代校長である折田彦一は、現在も京都大学キャンパス内にて銅像が立てられ、その功績が顕彰され続けている(イラズラで有名な、折田先生像である。なお、本物の銅像は、別所にて保管されている)。

 やがて第三高等中学校は、日本で二番目の帝国大学となる「京都帝国大学」となり、第二次世界大戦終結後の1947年に、「京都大学」となる。

 東の東京大学、西の京都大学として、日本の教育機関の双璧を成す京都大学。文学部、教育学部、法学部、経済学部、理学部、医学部、薬学部、工学部、農学部、文理混合の総合人間学部と、文系理系の学部を揃えた、関西では珍しい総合大学となっている。

 入学試験の傾向は、基礎の積み重ねに忠実な東京大学とは少し異なり、応用的な問題が数多く出題され、いわゆる天才タイプの学生が数多く在籍することとなっている。加えて、折田彦一以来の「自由」というモットーも相まって、非常に独特でユニークな校風が醸成されている大学である。

 そんな校風からは、日本初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士を始め、5人のノーベル賞受賞者を輩出するほか、近年では再生医療の最先端であるヒトiPS細胞の樹立の成功と、その研究において、世界中にその名を轟かせている。


 そして……秘封倶楽部の二人が通っている大学の最有力候補とされているのが、この京都大学である。蓮子は、超統一物理学を、メリーは相対精神学を専攻しているという。現在、京都市内には29の四年制大学が存在しているが……文理ともに幅広い学部を有するのは京都大学と同志社大学の二つのみである。そして、物理学……ことに超統一物理学とよばれる学問の素地になりそうな宇宙物理学のコースを持っているのは、京都のみとなる。(相対精神学の元であろう心理学については、文系理系両方に跨る学域である)

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 キャンパスは、吉田・宇治・桂の三つが存在し、最も有名なのが京都市吉田町に位置する吉田キャンパスである。上記の写真は、吉田キャンパスの本部構内図であり、これのさらに北側に北部構内、南側に吉田南構内。東大路通りを挟んだ西側に西部構内、西部構内の南には医学部構内、薬学部構内、京大付属病院……と、非常に広い敷地が展開されている。

 蓮子が在籍するであろう理学部は、北部構内。メリーが在籍するであろう文学部は本部構内に、人間総合学部ならば、吉田南構内にある。

「二人は大学の設備の噴水のある池の辺に腰掛けた。」

 「大空魔術」の10曲目である「向こう側の月」の一節である。京都大学の吉田キャンパス本部構内、文学部東棟の中庭には噴水が存在“した”。過去形なのは、現在は水が止まっており、遺構が残っているだけだからである。

 なお、この噴水は池や湖と形容するほどには大きくはない(今のところ、このブログ内に写真はありませんが、ネット上で検索すれば画像が出ます)。現在も京都大学の噴水で現役なのは、宇治キャンパスに存在しているが、宇治キャンパスは工学部系の実験施設が数多く置かれている場所であるため、二人の専攻とは異なる場所となる……

「ここのカフェは構内でも割とオシャレで美味しいわね」

 同じく「大空魔術」において、大学構内のカフェテラスにて、新作ケーキを食べながら、二人は月面ツアーについて期待を膨らませる。

 京都大学構内にはいくつかカフェが存在し、最も有名なのは西部構内に存在する「ルネ」である。だが、最もお洒落なカフェと言えば、本部構内にあるカフェレストラン「カンフォーラ」であろう。

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 京都大学の吉田キャンパスの本部構内。正門をくぐって、すぐ左手にあるのが、このカンフォーラである。カンフォーラとは、“Cinnamomum camphora”、つまり楠の学名であり、京都大学のシンボルとなっている樹木である。

 営業は、年末年始を除く年中無休。大学が休みである土曜日曜祝日でも営業されている。また、京都大学は学外の人間にも開かれた学校であり、外国からの観光客なども数多く見受けられる。もちろん、このカンフォーラでの飲食も自由である。

 カンフォーラは、大学生協によって運営されるカフェであるが、よくある「生協の食堂」という一般的なイメージを完全に覆すかのようなデザインと空気が特徴である。ここが「科学世紀のカフェテラス」であると言っても差し支えはないであろう。

 なお、カンフォーラの名物と言えば合成苺と合成卵のケーキ……ではなく、あの有名な「総長カレー」である。

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 これは、京都大学24代総長であり、カレー好きであった尾池和夫の監修によって考案されたメニューである。小麦粉は使用せず、香味野菜と9種?類の香料とトマトで仕上げたソースに、リンゴ・バナナで甘みを、ココナッツミルクでコクを加えたものだそうで、元はと言えばこのカンフォーラでしか食べられなかったのであるが、現在はレトルトカレーとなって広く販売もされている。

 だが、いくつかバリエーションのある総長カレーの中でも、このステーキカレー(787円)だけはそうはいかない。噂では「カレーとステーキが一度に食べたい」という総長の言葉の元に作られた……らしいが、見ての通り、カレーにステーキが乗っているというものである。

 京都大学周辺には数多くの飲食スポットがあるが、その中でもひときわ珍しいメニューであろう。なお、総長カレーには他にも「ビーフカレー(714円)」「シーフードカレー(682円)」がラインアップされている。

 ……神亀の遷都によって、首都が東京から京都に戻った秘封倶楽部の時代。おそらく京都大学も、東京大学を越える最高学府として君臨しているであろう。

 時は、科学万能の時代。食料もまた「合成」によって作り出すことが可能となっている。……この総長カレーも、秘封倶楽部の時代は合成によって製造されたものなのであろうか……


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大空魔術 ~Magical Astronomy

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タイトル:「大空魔術 ~Magical Astronomy」
サークル:上海アリス幻楽団
作曲・編曲:ZUN
頒布:コミックマーケット70(2006年8月13日)
イベント頒布価格:500円
委託販売価格:700円

永遠の浪漫、車椅子の宇宙
――民間月面ツアーと物理学の共通の最大の問題点とは。
上海アリス幻樂団が奏でる、宇宙的で激しい音楽集第五弾(CD「大空魔術」の帯より)

明るいニュースの号外が舞う
それは、民間人を乗せた月面ツアーのニュースだった
永遠の浪漫、車椅子の宇宙
――秘封倶楽部に新しい目標が生まれる

上海アリス幻樂団の、宇宙的で激しい音楽集第五弾!
「大空魔術(おおぞらまじゅつ) ~ Magical Astronomy」
物理学と民間月面ツアー、共通かつ最大の問題点とは――
秘封倶楽部の非休日のんびり音楽CD。(上海アリス幻樂団の公式ページより)


【トラックリスト】

1.月面ツアーへようこそ
  (オリジナル)
2.天空のグリニッジ
  (オリジナル)
3.東の国の眠らない夜
  (「東方文花帖」Level 6~7・Extra 撮影曲)
4.車椅子の未来宇宙
  (オリジナル)
5.Demystify Feast
  (「東方萃夢想」Stage.5 ボス曲)
6.衛星カフェテラス
  (オリジナル)
7.G Free
  (オリジナル)
8.大空魔術 ~ Magical Astronomy
  (オリジナル)
9.ネクロファンタジア
  (「東方妖々夢」Phantasm Stage ボス曲)
10.向こう側の月
  (オリジナル)

【概要】

 2006年8月13日に開催されたコミックマーケット70の3日目にて、上海アリス幻樂団より頒布されたCD、それが「大空魔術(おおぞらまじゅつ)」である。

 上海アリスの音楽CDシリーズの一つである「ZUN's Music Collecrion」のVol.5であり、秘封倶楽部のCDとしては、2006年5月の第三回博麗神社例大祭で頒布された「卯酉東海道」以来となり、およそ三ヶ月での新作と、早いサイクルでの発表となる。この年には例大祭にて、東方の旧作BGMを中心に収録した「幺樂団の歴史」シリーズも頒布が開始されており、上海アリスの楽曲CDが豊作の年となった。

 C70の頃、東京では2016年のオリンピック誘致を視野に入れた再開発が行われており、東京ビッグサイトでも一部の敷地が使用不能となっていた。また、2日目には大雨が有明を襲い、開業から10年が経過したビッグサイトでは、老朽化の影響もあり、壁からの雨漏りや、地下からの水の噴出等の問題が発生する。他にも、コミケが終了した14日のことではるが、東京で大停電が発生するなどの問題が発生した。なお、3日目の来場者は17万人にも及ぶことになる。

【STORY】

 街中を飛び交う号外、人々の関心を一挙に集めたニュース。それは「月面ツアーが実現する」というものであった。これまで人類の夢であった月面旅行が、ついに一般人にも手の届くものとなったのだ。

 宇佐見蓮子と、マエリベリー=ハーン(通称:メリー)。この日の秘封倶楽部の話題も、当然のことながら月面ツアーについてであった。大学構内のカフェテラスにて、合成卵と合成苺のケーキを楽しみながら、二人はまだ見ぬ月面について想いを馳せる。

 結界とは決して地上のみに存在するものではない。当然のことながら月面上にも存在し、月にも忘れられた世界が……煌びやかな文明と、月の都が隠されているはずなのだ。そして、その世界を開くことができるのは、境界の境目を見る能力を持つメリーをおいて他にはなかった。

 ……だが、大きな問題が秘封倶楽部の前に立ちはだかることになる。それは月面ツアーの“旅費”であった。

「ねえ蓮子。月面ツアーが高くて無理ならば、何か別の方法で月に行けないか考えてみない?」

 噴水の水面に映った月を見ながら、“魔術師”メリーはそう言った。

【補足】

 全10曲が収録されており、そのうち初発表となる曲は7曲と、オリジナル曲の占める割合が多い。その一つである「天空のグリニッジ」は、秘封倶楽部シリーズの中でも屈指の人気を誇る名曲となる。

 ブックレットはいつも通りに12ページから構成されており、ZUN曰く「今回は蓮子中心の会話が聞けます!」とのこと。その言葉の通り、ストーリー内では超統一物理学を選考する蓮子によって、秘封倶楽部の時代における物理学の現状が語られることとなる。

【備考、小ネタ】

・地上の私鉄。京都市内において地上を走る私鉄は、近鉄・京阪電車・京福電鉄の三つがある。
・大学が数多く集う地区あたりに絞れば、京福電鉄 叡山本線・鞍馬線の出町柳駅であり、京都大学もすぐ近くにある。
・スティーブン=ホーキング(実在の物理学者)を超える物理学者は登場していない。
・人類の火星探査は、まだ実現していないし、おそらく実現することもない。
・観測に要するエネルギーが莫大なものとなりつつあり、コストの問題から物理学は事実上終焉を迎えている。
・そして、月面ツアーのコストも高い。
・地上には、もう不思議はほとんどない。
・季節は冬~春?(ツアーの時期として、「夏休み」「今年の中秋の名月」という単語が登場している)
・蓮子の「星を見るだけで時間が分かる能力」は、日本標準時のみに対応している。
・世界の人口は減少へと転じている。
・日本は少子化のデメリットを回避し、選ばれた人間による勤勉で精神的に豊かな国民性を取り戻した。
・……「水面に映る月に飛び込んで、本物の月へ行く」というのは、八雲紫が第一次月面戦争において、月に攻め込む時に採った手法。

(文中:敬称略)

京都と言う名の科学都市

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 西暦794年。桓武天皇によって、山背国乙訓郡にあった長岡京から、山背国愛宕郡~葛野郡付近へと都が移される。この遷都によって誕生した都は平安京と呼ばれ、以降1000年以上に渡って日本の首都が置かれ続けることとなった。

 その長きに渡る時間の中で、平氏の手によって都が一時、福原へ移される他、幾度かの戦乱や内乱に巻き込まれることとはなったものの、京都は日本の中心地として、現代に至るまでの日本の歴史や宗教、文化や教養が育まれることとなった。そして今でも、首都である東京に対して、「京都は日本随一の歴史的・文化的な都であり、日本人の心のふるさとである」との認識が定着するまでとなっている。

 「京都は、日本の古き歴史が現代に保存・継承されている古都」。これが一般的な京都に対するイメージであろう。だが、それはあくまでも京都の持つ側面の一つであり、京都の本質ではない。確かに京都には、古い時代からの寺社仏閣や、文化財、遺産、有職故実などが1000年の時を経て伝承され続けている。その一方で京都は、日本を先駆ける科学都市としての側面が存在しているのである。

 その機転となったのは明治維新である。1868年、明治天皇が江戸へと移ることとなった。遷都令は出されてはおらず、また、あくまでも「天皇が東京へ行幸する」という形態ではあったものの、これは実質的な日本の首都の東京移転であった。

 これに慌てることとなったのは、もちろん京都である。「首都が東京に移ることによって、京都は衰退してしまうのではないか」。事実、かつて日本の中心地として栄えた奈良の都は、京都に遷都されてからというもの、もはや見る影もない……。それと同じ道を京都が辿ってしまうのではないか?1000年に渡る繁栄も、これで終焉を迎えるのではないか?」。、そんな危機感を、京都人たちは覚えずにはいられなかったのである。

 「奈良にはなるな」。当時の京都の議事録には、こう記されている。そして、京都が明治の時代を生き残る方法の模索が開始されることとなった。そして……京都が選択したのは、「近代科学の導入によって、京都を工業と産業の町として発展させる」という道であった。

 文化都市から工業都市への変革。その第一歩として進められた事業が琵琶湖疏水の建設であった。

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(※京都市内を流れる琵琶湖疏水。左手に見えるのは京都市動物園)

 京都を近代化し、産業と工業を育む為には大量の水が必要不可欠であった。隣県である滋賀には琵琶湖という日本最大の湖が存在したが、京都は太古の昔から治水には頭を悩まされ続けてきたという歴史があった。そして1881年(明治14年)、京都府知事である北垣国道の主導の元、琵琶湖よりの疎水を建設する計画の検討が開始されることとなった。

 まだ、建設機械など存在せず、土木技術も未成熟な時代。琵琶湖疏水は、京都と滋賀の県境に跨る丘陵地帯にトンネルを掘り、京都へ琵琶湖の水を導くというものであった。

 滋賀県大津市の取水口から、京都市伏見区まで……間に掘られるトンネルの長さは2436m、疎水の総延長は19968mにも及ぶ、壮大な計画であった。

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(※琵琶湖疏水記念館に展示されている、琵琶湖疏水の図)

 建設の指揮者に任命されたのは、工部大学校(後の東京大学工学部の前身の一つ)を卒業したばかりの技師、田辺朔郎。田辺は、まだ21歳という若さでありながら、この難事業に身を投じてゆくことになる。

 建設費用は、当時の京都府の年間予算の10倍以上。作業は全て日本人の手によって行われることとなる。最も困難を極めたトンネルの掘削には、日本で初となる竪坑を設置する形態の工法が採用される。何度も計画の変更や見直しなどが行われ、1885年より琵琶湖疏水の建設が開始されることとなった。

 ……そして5年近くが経過した1990年、数多くの犠牲者を出しながらも琵琶湖疏水は遂に完成する。これによって京都への安定した大量の水の供給が可能となり、京都の町は琵琶湖の水によって潤うこととなる。

 琵琶湖疏水は、生活用水として用いられるだけでなく、水運にも用いられることとなる。高低差のある場所では、ケーブルカーによる船の移送システムであるインクラインや、パナマ運河に見られるような閘門が設置されることとなる。

 
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(※琵琶湖疏水におけるインクラインの模型)

 このインクラインは総延長およそ582mであり、世界最長のインクラインである。現在は水運自体が消滅しているが、インクラインは現代でも静態保存が行われ、レール上を自由に歩くことが出来るようになっている。

 そして、この琵琶湖疏水は他にも大きな副産物をもたらすこととなる。それは、琵琶湖疏水を用いた水力発電の実現であった。

 もともと琵琶湖疏水には水力発電を行うという計画は盛り込まれていなかった。だが、建設途中の1888年において渡米した田辺が、米国の水力発電施設を視察したことがきっかけとなり、琵琶湖疏水を用いた水力発電事業が行われることとなった。

 琵琶湖疏水の水路上に、蹴上(けあげ)、夷川(いがわ)、墨染(すみぞめ)の三つの発電所を設置。一つの疎水で三回の水力発電が行われるようになる。
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(※現代にも残されている、第二期蹴上発電所)

 インクラインのすぐ傍に佇む蹴上発電所。この蹴上の発電所は、日本初の水力発電所として稼動することとなった。

 蹴上発電所は1891年より試験的に運用が開始されるようになり、1892年には正式な運用が認可される。そして1897年より、発電機を増設しての本格稼動が開始されることとなる。

 さらに、この発電所が生み出した電力によって、日本初の市電となる京都市電の運行が開始されることとなった。

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(※愛知県明治村に保存されている京都市電。この画像は「Wikipedia」より、お借りしています)

 1895年より営業が開始された京都市電は、1978年までの83年にも渡って営業がなされることとなる。この市電は、現在では京都市バスに取って代わられることとなっているが、愛知県の明治村において、車両は現在も動態保存がなされている。

 これらに見られるように、琵琶湖疏水によって京都は産業工業都市として大きな成功を収めることとなる。琵琶湖疏水によって京都府の収入は、琵琶湖疏水完成前と、完成後のピークを比較して、水力使用量は約5倍、運河使用量は約10倍、そしてなんと電力使用量は約25倍にも到達した。

 人口や工業高も、衰退する所か大きな成長を見せることとなり、1990年頃は約30万人であった人口は、1919年には約50万人に。工業高は1000万円程度だったものが5000万円を超えるまでになる。

 こうして京都は、日本でも最先端の科学技術を取り入れた、科学都市として発展してゆくことになる。

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(※東山の将軍塚展望台より、京都市街を望む)

 かつて、桓武天皇はこの高台よりの光景を見て、この地に都を置くことを決めたという……


 ……「歴史の保存」 と「地域の発展」は、しばしば対立する命題である。それまでの歴史を大切にしようとすれば、開発が進まず発展は滞る。発展を最優先して開発を押し進めれば、それまでの歴史は破壊され、失われてしまうことが多い。

 では、そのどちらを取るべきなのか。例えば奈良は「歴史の保存」を重視する傾向にある。その為、奈良では非常に厳しい景観条例や風営法が布かれ、工業や産業はもちろん、観光都市としてすら成功しているとは言いがたい状況になる。

 一方で京都はどうか。京都は保守的な町であり、歴史の保存を非常に重んじると思われがちであるが、実はそうではない。京都において、歴史の保存よりも、地域の発展を重視した開発が推進されることは、よくあることなのである。その象徴たるものが、京都タワーであろう。

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(※京都駅前にそびえ立つ京都タワー)

 1964年に完成した京都タワー。その高さは131mであり、京都市内で最も高い建造物である。その形状は和ろうそくを模しているとされており、その他の地域に見られるタワー群と比較しても、いささか異様な姿をしているとも言える。

 このような近代的で、かつ独特な構築物を京都に建設することには大きな反対もあった。ましてや京都には、日本で一番高い五重塔である東寺の五重塔が存在した。この東寺の五重塔の高さは55mであり、木造の建造物としては日本で最も高いものであった。

 その五重塔よりも高いものを作らないというのが、京都における建築の暗黙の了解であり、不文律であったそして京都は、非常に仏教の勢力が強い力を持つ街である。だが、最終的に京都タワーは建設されるに至ったのである。

 京都大学工学部・建築学教室の棚橋諒教授の主導によって設計された京都タワー。京都タワーは、芯となるような鉄骨は一切使わず、外殻となる特殊鋼板のみによって支えられる応力外皮構造と呼ばれる特殊な構造となっている。建設においても、炭酸ガス半自動溶接機と呼ばれる機械が日本で初めて使用されるなど、多くの点で他に類を見ない「工作物(※あくまで建築物ではない、として)」として完成することとなった。

 また、科学都市である京都を代表する建造物として、京都駅ビルがある。

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(※京都駅の駅舎を北側より見る。内部には、関西には珍しい伊勢丹が入っている。)

 長さ470m、高さ60m、敷地面積38000㎡にも及ぶ京都駅ビル。これは1994年の平安京遷都1200年の記念事業の一つとして計画が開始され、1997年に完成することとなる。 

 京都のまさに玄関そのものとなる、この京都駅ビルも、当然のことながら「京都の景観にそぐわない」として大きな反対の声が挙がったが、これも結局は建設が進められることなり、日本でも有数の規模を誇る駅ビルとして今なお君臨し続けている。


 これらに見られるように、京都は自地域の歴史や文化、景観の保存や体裁以上に、常に発展と成長を視野に入れ、科学的・合理的な判断を優先させる傾向にある都市なのである。

「京都と違って東京は田舎だから、懐かしい物が沢山あるのよ」

 東京に向かう卯酉新幹線ヒロシゲの中で、蓮子はメリーにそう語った。もっとも、秘封倶楽部の時代でいう「懐かしい物」の定義は、現代とはいささか異なっているようではあるが。

 だが、京都は時代の変化に非常に敏感であり、その時代時代の先端の文化や文明を真っ先に取り入れようとする、“常に新しい”街である。これは、1000年の昔から変わらない京都のスタイルなのである……

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仙仏蒐合 (2014/03/09)

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 2014年3月9日。奈良県の橿原市にて、星蓮船&神霊廟オンリーイベントとなる「仙仏蒐合(せんぶつしゅうごう)」が行われたので、参加して参りました。

 関西には、大阪の「東方紅楼夢」を始めとして、「東方鈴仙祭」、京都の「文々。新聞友の会」、「八雲幻想祭」など、大規模なものから小中規模なものまで、様々な東方Projectオンリーが存在しています。また、2014年は、兵庫県で「東方絢文禄 神戸の巻」、三重県で「東方伊勢物語」など、初の開催となる東方オンリーも発表されています。そんな中で「仙仏蒐合」は、奈良県で初となる東方オンリーでありました。

 「仙仏蒐合」は、「星蓮船・神霊廟の聖地 奈良県で初開催」と銘打ち、かなり昔から開催を発表。広報活動も行っていました。初企画からは、およそ一年半が経っているそうで……プチオンリーとなる「こころ仮面舞踏会(ますかれいど)」と併催という形で、遂に2014年3月9日に開催となりました。

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 会場となったのは、奈良県橿原市にある、かしはら万葉ホール。あまり知られてはいないのですが、奈良県でも時折ではありますが同人誌の即売会が開催されていた歴史があり、その定番の会場となっているのが、この橿原市立かしはら万葉ホールです。

 かしはら万葉ホールは、最寄り駅である畝傍御陵前からは800mほどの立地なのですが……いかんせん電車でのアクセスが悪く、京都駅から畝傍御陵前駅だと、1時間15分程度。大阪難波からだと1時間と、少し時間がかかり過ぎる感は否めません。

 かつてのバブルの時代において、近鉄八木駅周辺は大層栄えたそうですが、現在はそんな名残すらもなく……万葉ホール周辺には遊べるようなスポットもなく、若い人が集まる場所とは決して言えません。その為か、ここ何年かは、かしはら万葉ホールで即売会が行われることはありませんでした。

 奈良県には、JR奈良駅前に「なら100年会館」と呼ばれるホールが存在し、様々な展示会やコンサート(声優・田村ゆかりのライブ開催実績もあり)も行われておりますし、他にもいくつか文化会館等があるのですが、なぜそちらではなく、橿原という“奥地”(実際には奈良県北部ですが……)で即売会が行われるようになったのかは、少し謎です。

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 ただ、今回の「仙仏蒐合」は東方星蓮船と東方神霊廟のオンリーということでして……。奈良県には、毘沙門天を本尊とする信貴山朝護孫子寺や、聖徳太子ゆかりの寺社仏閣、史跡の数々が存在しています。それらは、信貴や生駒、斑鳩や大和郡山と、奈良県各地に点在しているのですが、神霊廟にも登場する蘇我・物部などのキーワードと関連が深い飛鳥の地は、まさに橿原市のすぐ側に位置しています。飛鳥文化の発掘・調査に大きな功績を挙げている、橿原考古学研究所も、かしはら万葉ホールのすぐ近くにありますね。

 さて。かしはら万葉ホールの案内を見ていると、朝の9時から晩の9時過ぎまで会場を抑えてあるようですが、イベントの開始は12時正午からと、この手の即売会としては珍しい時間設定でした。これは「開場の時間までに、どうぞ聖地巡礼に!」ということで主催側からアナウンスがなされておりました。前日の8日には、有志による聖地巡礼ツアーも行われていたようで……


 会場となったのは、かしはら万葉ホールの5Fレセプションホールと、3F展示ギャラリー。実際の即売会の会場は5Fにて、コスプレ広場や、その他の展示等は3Fにて、という配置でした。また、待機列が形成されたのも3Fの展示ギャラリー(後にコスプレ広場となる場所)で、カタログも待機列に並ぶ際に購入という形でした。カタログは900円で、事前の委託販売などは無かったですね。

 さすがに、早朝・徹夜組の発生などは無かったようですが、12時の開場の頃には、ざっと200人ほどが3F展示ギャラリーにいたかと思います。一部は先行して5Fまで誘導されていたようなので、おそらく300人程度は並んでいたのではないでしょうか。

 即売会会場となるレセプションホールは、即売会によくあるようなコンクリートの打ちっぱなしや、リノリウムの床ではなく、厚い絨毯の敷かれ、空調も利いたとても豪勢なものでした。サークルの募集については100spとのことでしたが、実際の参加サークル数は120を超えていたかと思います。

 いざ入場が始まると、会場は……手狭でした。参加サークルと来場者の数に対して、絶対的な会場の面積は少し狭かったですね……とは言え、例大祭や紅楼夢で見られるような大混雑の大混乱、ということにはなってはおりませんでした。正直に言うと……あそこまで大盛況になるとは予想しておりませんでしたね……!

 星蓮船と神霊廟のオンリーということで、今回が初頒布となる新刊も数多く。参加サークルも、かなりの遠方からの参加も見受けられましたね。京都や大阪ならいざ知らず、まさか奈良の地まで遠征して来られるとは……。いえ、確かに前週に行われた遠野紅楼夢に比べれば、ずっと便利な場所なのですが……

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 今回の即売会で頒布されていた同人誌のひとつ。「奈良県民合同 東方星蓮船&神霊廟イラスト集」。今回の奈良県初の東方オンリーの開催を記念して、奈良県で活動されている18人の絵師さんたちによって製作された画集だそうです。

 フルカラー全24ページから構成されるイラスト集。奈良県は、大阪や京都に比すれば、決して同人文化の盛んな県であるとは言いがたいかもしれませんが……派手ではなくとも、素朴な魅力に溢れた奈良の風土を感じる一冊に仕上がっている一冊でございました。

 同レセプションホール内の壇上では生演奏企画も行われ、4組のサークルさんが、それぞれの様々な楽器で東方アレンジを奏でられておりました。演壇前だけではスペースが足りず、会場のかなり奥の壁際までずらりと観客が並び、皆が演奏を楽しんでいましたね。

 他にも3Fでは、アナログ展示企画なるものが行われ、数多くの絵師さんたちによる手描き・手塗りによるイラストの数々が展示されており、会場内の注目を集めておりました。


 これらのように、今回の仙仏蒐合は、その他の即売会では滅多に見ないような独特の企画に満ちた、非常にユニークなイベントになっていましたね。

 即売会自体は16時で終了。アフターイベントにおいても、数多くの景品が提供され、17時40分頃まで会場内は大変な熱気に包まれておりました。一連の会場の様子を見ている限りでは、今回のイベントは大成功と言っても差し支えはなかったのではないでしょうか。それどころか、もうひとまわり大きな会場で催しても良かったぐらいではないかと思います。


 ……ですが、仙仏蒐合は一度限りの開催ということがアナウンスされており、第二回は行われない模様です。この発表を受けて、一般参加の方はもちろん、サークル参加の方や、スタッフの方の中からも、終了を惜しむ声が何度も何度も聞こえて参りました。東方オンリーに参加するようになって5年。全国あちこちのイベントを回って来ましたが……たった一度のイベントで、これだけ大勢の参加者を惹きよせて、想われるような即売会も初めて見ましたかね……。まさに同人誌即売会の原点であり、エッセンスの濃縮したかのようなイベントでございました。

 またいつの日か、奈良の地で東方オンリーが開催される日を楽しみにしています……!

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ヒロシゲ36号と、リニア中央新幹線

 神亀の遷都が行われてから、大量の人間が東京と京都を行き来する必要性が生まれた。旧東海道だけではすぐに交通インフラに限界が来て、政府は急ピッチに新しい新幹線の開発に取りかかったのだ。

 そして完成したのが、京都-東京間を53分で繋ぐ卯酉新幹線『ヒロシゲ』である。この新幹線は、京都-東京を通勤圏内にし、あっという間に日本の大動脈となった。
                                (「卯酉東海道」収録、「53ミニッツの青い海」より)

 秘封倶楽部の第三弾となる「卯酉東海道(ぼうゆうとうかいどう)」では、ヒロシゲ36号と呼ばれる新幹線に乗車中の、蓮子とメリーの“雑談”が描かれている。秘封倶楽部の世界では、神亀の遷都(じんぎのせんと)が行われ、首都が東京から京都に移ったという(※現実世界でも、「遷都令が出ていないので、厳密には首都は京都のまま」という主張もあるにはあるが)。首都移転に伴って、京都と東京を繋ぐ新たな高速交通路が必要となり、その需要に則って建設されたのが「卯酉新幹線ヒロシゲ」なのだという。

 現実世界において、東海道新幹線は京都-東京間を約2時間20分で繋ぐことを可能としている。だが、卯酉新幹線ヒロシゲは、駅は卯東京駅と酉京都駅の二つのみ、さらに直線的に二つの駅を繋ぐことによって、たったの53分間で東京から京都、京都から東京へと向かうことが可能になったという。

 この超高速の新幹線ヒロシゲのモデルになったと思われるのは、現在、JR東海が建設を計画中の「リニア中央新幹線」である。

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(※近鉄奈良駅前に掲示されている、リニア中央新幹線の広告)

 近年になって、にわかに取り沙汰されることが増えてきたリニア中央新幹線であるが、その計画の発祥は非常に古く、1970年代まで遡ることになる。

 1972年(昭和47年)7月、田中角栄内閣が発足する。それに先立つ1972年6月に、田中角栄は「日本列島改造論」と呼ばれるマニフェストを発表していた。この「日本列島改造論」の内容は、新幹線や高速道路、そして大規模な海峡大橋の建設によって、日本中を高速交通網で繋ぎ、地方の産業や工業の発展を促進するというものであった。

 既に1964年(昭和39年)には、東京オリンピックに合わせる形で日本初の新幹線である東海道新幹線が開通しており、東京-新大阪を4時間で繋ぐ東海道新幹線は、東京と大阪を日帰りで行き来することを可能とし、日本の旅客業界と交通概念に大きな変革をもたらすこととなっていた。

 そして、日本列島改造論によって、さらなる高速鉄道の建設が推進されることになる。1970年(昭和45年)に制定された全国新幹線鉄道事業法。それに即する形で1973年(昭和48年)に建設の基本計画が立案されたのは、従来のように電気モーターと車輪によって走行する形式ではなく、磁力によって浮遊走行する超高速のリニアーモーターカー……「リニア中央新幹線」であった。

 策定されたリニア中央新幹線のルートは、東京都-大阪市間を繋ぐものであり、途中経過地として挙げられたのは、山梨県甲府市附近、長野県の赤石山脈中南部、愛知県名古屋市附近、奈良県奈良市附近であった。これは、太平洋岸に沿う形で曲線的に東京と大阪を繋ぐ東海道新幹線と異なり、本州の山地山脈を貫き、ほぼ直線的な路線で東京と大阪を繋ぐものである。

 リニア新幹線の最高速度は時速505kmにも達し、東海道新幹線開業当初の「ひかり」の最高速度である時速210kmの、約2.5倍にもなる。短縮された直線的ルート、そして浮遊型リニアモーターカー由来による圧倒的なスピード。これらによって、東京‐大阪間の所要時間は、わずか1時間と算出された。

 1974年(昭和49年)より、予定されるルート附近の地質調査を開始。1990年(平成2年)には、リニア中央新幹線の走行区間の一部となる山梨県に山梨リニア実験線の建設が開始される。1997年(平成9年)年には総延長18.4kmの山梨リニア実験線が完成し、実際のリニアモーターカーの走行実験が開始され、2003年(平成15年)の実験では、なんと時速581kmものトップスピードをマークすることになった。

 一方で、詳細なルートの策定は難航を極めていた。次世代の超高速鉄道の建設には、数々の利権はもちろんのことであるが、観光資源としても極めて大きな将来が期待できる。特に長野県からの要望と要請の声が大きく、南アルプスをトンネルで直線的に通すか、それともアルプスをΩ状にぐるりと迂回する形で長野県のより中心部へ近づけるか激しい議論が行われることとなる。長野県が強く推したのは後者の迂回ルートであるが、これは当然のことながら、リニアが長野に落とす利益を視野にいれてのことであった。

 あまりに強硬な長野県の態度によって、一時は長野県を通さないルートまでもが検討されるが、さすがに長野県の態度も軟化を見せ始め、2010年(平成22年)には、実質的に直線ルートを認める公式見解を発表することになる。

 2011年(平成23年)11月には、遅々として進まぬ計画に号を煮やしたJR東海が、それまで中間駅設置については各地方自治体が全額負担となっていた所を、JR東海が全額負担で建設することも発表。2027年の東京‐名古屋間の開通と、その後の名古屋‐大阪の着工に向けて、一気に計画が進められることに……なるかに見えた。

 だが、ここで新たな“問題”が発生する。それは“京都”の横槍であった。

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(※京都駅構内に掲示されているポスター)

 元はと言えば、リニア中央新幹線の建設は官民合同での計画であったが、JR東海が独自資金で中間駅を建設すると発表した途端、京都府が「中間駅は奈良ではなく、京都に建設すべき」「東京‐名古屋間の着工と同時に、名古屋‐大阪間の着工も開始せよ」との“チャチャ”を入れてきたのである。

 以前から、京都府内にはリニア中央新幹線の京都誘致を検討・調査する組織が確かに存在した。だが、京都府が声高に京都へのリニア誘致を主張することは、ほとんど無く、だんまりを決め込んでいたのだが、JR東海が自己資金での中間駅建設……つまり、「中間駅設置における、地方自治体の建設費用はない」と発表した途端に、京都へのリニア中間駅設置を極めて強硬な態度での主張を開始したのである。

 
 京都府は、京都ルートの方が奈良ルート以上に経済効果が大きいとの試算を公表する他、「千年を超えて、日本の精神文化や、ものづくり・学術・文化・芸術・宗教等の中心として、国内外の人々を魅了し続けてきた京都を通らないルートは、百年後、千年後、日本にとって大きな損失になる」とまで言ってのけたのである。

 もはや横暴とも言える、この京都の態度に対し、JR東海の山田佳臣社長は強い不快感を示し、「奈良市附近を通るルートは、全国新幹線鉄道整備法に制定されていることだ。法律を読み直せ」と一蹴することになる……


 さて。リニア中央新幹線が京都を通るには、まずは法律改正が必要となるため、京都ルートの実現は、現時点では不可能であると言わざるを得ない。だが、秘封倶楽部の世界では、首都の京都移転による必要性から、東京と京都を直結する卯酉新幹線ヒロシゲが建設されることとなった。なお、旧の東海道新幹線も残されており、リニア中央新幹線はヒロシゲによって代替されたと見るべきである。さぞかし京都にとっては笑いが止まらないことだろう。色々と。

 リニア中央新幹線は、東京‐大阪間を67分間、東京‐名古屋間を40分間(中間駅に全て停車した場合は72分)で繋ぐ予定となっている。一方、ヒロシゲは東京‐京都を53分間で繋ぐとされているが、現行の技術でもこれは余裕でクリアできるであろう。このヒロシゲの53分間というのは、歌川広重の「東海道五十三次」にちなんだ時間設定であり、ヒロシゲが真の最高速度を発揮すれば、どうやら実際には36分間で東京‐大阪間を走破することも可能……のようである。

 加えて、ヒロシゲは全線を地下に建設された新幹線であり、騒音や天候、横風などの諸問題もクリアできるであろうため、リニア中央新幹線の想定最高速度である505km/hなどではなく、581km/hの実力を遺憾なく発揮できることとなる(たぶん)。なお、実際のリニアも、土地の所有権問題等が絡まない地下40mの領域を活用する予定であり、東京-名古屋間では、その8割が地下を走るという。

 ……となると、京都‐東京間の36分間というのも、現代のテクノロジーで建設が行われても、あながち不可能というわけではないだろう。コミケが捗りますね、その頃になってもコミケがビッグサイトで行われているかどうかは分かりませんが。もう、みやこめっせでいいんじゃないですかね(無理)。

 リニア中央新幹線開通時には、東海道新幹線最速となる「のぞみ」の廃止と、「ひかり」「こだま」のみの運行形体が謳われている。現行の「ひかり」だと、東京‐京都間は2時間40分であり、秘封世界では「旧東海道はのんびりした人しか使わない」と言及されている。

 ちなみに、2010年(平成22年)6月には、リニア中央新幹線の料金は、東京‐大阪間では「のぞみ」の料金に1000円を、東京‐名古屋間で700円の上乗せとなると想定されている。これに則れば、ヒロシゲの料金は東京‐大阪間で14000円程度……と言ったところかもしれない。


 さて。このリニア中央新幹線、東京‐名古屋間の開業は2027年(少し前までは2025年)、名古屋‐大阪間は2045年開業が予定されている。

 2010年の段階では、「2020年頃に神奈川‐山梨間を先行開業させる」との計画もあったようだが、2011年には断念されたと言う。だが、2014年に、2020年の東京オリンピック開催が決定したこともあり、1964年の東京五輪に東海道新幹線の開通を間に合わせたように、先行開業が実現する……可能性もある。ただ、いずれにせよ2020年に東京-名古屋間の開通というのは、ありえないようである。

 他にも問題は色々とある。リニアの場合、各中間駅の停車時間は8分間とされており、停車時間でロスする時間がとても長くなっている。少なくとも全駅に停車すると仮定した場合、東京-名古屋間は4駅停車で72分。すると、東京‐奈良(京都)は、およそ90分。もはやこの時点で、関西と関東を行き来する上では、東海道の、のぞみの方が早くて安い計算になる(東京‐京都の場合、のぞみの途中停車駅は3駅で、停車時間は各1分。だが、のぞみは無くなる)。

 なお、奈良‐京都間は、約50分かかる他、駅も地下30m~40mの大深度に建設されるため、駅から地上に出て、在来線に乗り換えるのに、果たしてどれぐらいの時間がかかるのか?というのも考えなければならない。

 現在、日本で最も深い駅にあると言われる東京都の地下鉄大江戸線は六本木駅。これは地下42.3mに作られた駅であり、地下からは三つのエスカレーターを乗り継いで地上に出ることになる。なお、エスカレーター三つを徒歩で歩き、改札を抜けて地上に出るまでの所要時間は……約6分である。

 さて。ここまで考えた時、どれだけダイヤや運行形体が煮詰められたとしても、果たして関西と関東を行き来するのにリニアを使うメリットはあるのかどうかは疑問が残る点が少なくない。もし、本当にのぞみが無くなるのであれば、1000円割高のリニアを使うほかはないだろうが、そうなると京都に住む者にとっては踏んだり蹴ったりでしかない。得をするのは、一部の岐阜県民と長野県民ぐらいのものであろう……

 ま、JR東海も意地にかけて、何とかうまいことダイヤも料金も調整するでしょう。たぶん。いずれにせよ、京都と東京のみを直結するヒロシゲのある秘封世界では、大阪から東京へ向かう場合は、あまりヒロシゲを使うメリットはないでしょうね。もはや、東京へ行くメリットがあるかどうかも怪しい世界ですけども。

 なお。ヒロシゲが出来たのは、蓮子とメリーが生まれる前のことだそうで。仮にヒロシゲが2045年に開通したとすると、秘封倶楽部は近くとも2070年~2080年ぐらいの話という所でしょうか。非想天則における「お台場ガンダム」のネタを考慮すれば、現行の東方Projectは2008年~2010年ぐらいの話になるので、秘封倶楽部は、それよりも、少なくとも60~70年は未来の物語になるかと。

 「神亀の遷都」と呼ばれる遷都が行われた理由も非常に気になるところ。神亀というのは元号でしょうね。遷都の理由は……関東大震災によって東京が崩壊、地質学的に(もともと関東ローム層の、脆弱な地盤ですし)、いずれまた同様の大災害が起こる可能性があるから、ぐらいしか思いつかないですかね……。いずれにせよ、遷都やヒロシゲ建設における裏と表で展開されたであろう、血と汗と金に塗れた泥沼の政治闘争には興味が尽きないところです。


 「人生は短い、だからこそスピードが必要だ」、本田宗一郎は言ったそうな。夢の超特急、リニア新幹線。どうせなら、そのスピードを存分に発揮する光景を見てみたいですね。走路の大半は地下なので、カレイドスクリーンでもない限りは、外からも内からもほとんど何も見えないようですが。

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(※この画像はWikipediaよりお借りしています)

東方鈴奈庵 第二巻

 3月ですかそうですか。もう2014年も1/6が終わってしまったんですかそうですか。


 京都府は少し寒さも和らいで、日の出や日の入の時間帯でも気温は10℃を超えてます。暖かいですよ!昨日からウグイスが鳴いてます。少し前、10年だか20年だかに一度の積雪に見舞われたのが嘘のようです。


 八雲幻想祭を終えた後、ここしばらくは少しバタバタしてたような、そうでもないような。そして、この数週間は東方関連でも色々とあったようで。先週、2月23日には名古屋の名古屋国際会議場で「第二回 幻想郷サミット」が開催されていたようですが、残念ながら参加出来ませんでした。去年も行けなかったんだよなあ・・・・・・


 八雲幻想祭の方も、何やら裏では色々と、うん、まあ。なかなか難しいですよね・・・・・・。ここまで東方というコンテンツが有名になってしまうと・・・・・・ねえ・・・・・・? 希少な関西の中規模東方オンリーです。来年も八雲幻想祭が無事に開催されることを祈ってやみません。


 イベント関連では、3月16日に大阪産業会館で開催予定だった「東方神舞祭」の中止が発表されたりもしましたね。確か、昨年の9月15日に行われた「東方神祭」の第二回にあたる即売会だったと思うのですが、応募サークルが少なかったとのことだそうで。主催団体のコミ×コス自体、まだまだマイナーな団体ですから・・・・・・


 また、明日、3月2日は岩手県遠野市のゆめりあ遠野にて、「東方紅楼夢9.5 遠野物語/夢の世紀 魅知の旅」が行われるそうで。


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 遠野は東方、そして秘封倶楽部の聖地なので、参加できるものなら参加したいものだけど、さすがに岩手は・・・・・・遠すぎる・・・・・・orz


 ただ、参加サークルさんを見ていたら、超有名サークルさんはもちろんのこと、そこそこ名の通ったサークルさんも少なくないですね。聞く所によると、即売会というよりは、サークル同士でのオフ会的なイベントを目指したとか何とか。


 他には、東方Wiki主催の人気投票、それの第10回が2年ぶりに開催されることとなりました。昨年は東方の新作が発表されなかったという理由で開催が見送られたのですが、2013年は東方心綺楼、そして東方輝針城が頒布され、新キャラクター9人を加えての人気投票になりますね。影狼さんかわいいよ影狼さん。


 締め切りは本日3月1日まで。ああ、もちろん投票して来ましたよ?イチオシは当然のことながら早苗さん一択です(真顔)


 何やら当初、今回のアンケートでは某ブラウザゲームに関連する質問が掲載されていたようですが、途中で削除されたらしいですね。詳細は分かりませんが、ただ一つハッキリしているのは、山城さんは僕のお嫁さんということです。でも山城さんはケッコンカッコカリお断り勢ですかそうですか(白目)あ、どうも。舞鎮提督っス。先日、ようやく5-3をクリアして、現在5-4でレア艦掘ってます。てか、五航戦の実装はよ(←いまだ出ない)。


 そして・・・・・・ここ最近の東方で一番大きな出来事と言えば、やはりこれ。2014年2月20日の、「東方鈴奈庵」第二巻発売でしょう。


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 発売日からは少し遅れましたが、バッチリ入手しましたよ! 購入特典が各店舗毎に異なったものが用意されているので・・・・・・ブックカバーのついてくるメロンブックスか、ブロマイドのついてくるゲーマーズで買おうかなーとも思ったのですが、結局はアニメイトで買ってしまったのぜ・・・・・・


 「東方鈴奈庵」は、2012年10月25日発売のコンプエース2012年12月号から連載が始まったのでしたっけね。噂では、連載が始まって一週間後に行われた「文々。新聞友の会」では既に本居小鈴のコスプレイヤーの方が出現してたそうで・・・・・・(汗) そういえば知り合いのベテランレイヤーの人も「設計・材料収集・製作含めて、4日あれば衣装は作れる」って言ってたな・・・・・・コスプレイヤーの方、恐るべし。


 鈴奈庵の作画を担当する春河もえ先生は、連載開始当初、なんと大学の一年生だということで、これまた凄い・・・・・・。そう言えば、矢吹健太郎さんも、週刊少年ジャンプでデビューしたのは高校3年生の18歳でしたっけ・・・・・・。やっぱプロになるような人って、若い頃から凄いんだね・・・・・・。なお、矢吹センセイのデビュー作である「邪馬台幻想記」は神作品でした。いまだに続きを待望してます。それが、どうしてこうなった、どうしてこうなった(悲哀)。ToLOVEる?知らない子ですね・・・・・・



 さてはて、鈴奈庵の第二巻。小鈴ちゃんかわいいよ小鈴ちゃん。AQN元気だよAQN。ZUNさん相変わらず呑んでるよZUNさんって感じですかね・・・・・・。あと、鈴奈庵シリーズは、マミゾウさんがカッコいいですよね!もうお婆ちゃんなんて言わせない・・・・・・ッ!


 他にも、秦こころや、少名針妙丸やらと、東方の新キャラたちも登場する第二巻。なお、個人的には寝間着で弱ってる霊夢さんがおいしかったです。霊夢はパッツンが正義だと思うんだ(力説


 そんな鈴奈庵は、早くも第三巻の発売が決定しており、もう予約も始まっているとか・・・・・・はぇーよ。・・・・・・そう言えば、涼宮ハルヒの驚愕ってのがありましてね(ry


 とりあえず早苗スキーとしては、鈴奈庵に早苗さんが登場することを願ってやまない今日この頃だとさ。はい。


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同人サークル:京都秘封探訪です。秘封倶楽部を中心とした東方Projectのあれこれを書き綴っています。8/13のC90夏コミ2日目「l-04a(エル-04a)」にて秘封倶楽部の小説「開闢の物語」を再々販。新刊「月と星から考察する秘封倶楽部の年代」を頒布予定でございます。