京都秘封探訪

「秘封倶楽部」を中心とした、東方Project関連の覚え書き。

2014年07月

鴨川を歩く

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 梅雨も明け、暑い日が続く7月の京都。今年も祇園祭の山鉾巡行が無事に終わり、ますます本格的な夏の訪れを感じる今日この頃。

 京都は周囲を山で囲まれた内陸の土地であるため、湿気が溜まりやすく、夏は非常に蒸し暑い気候となる地です。そんな京都に住まう者たちが涼を得るために訪れる場所と言えば……やはり鴨川(かもがわ)でしょう。

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 古来より京都の街を縦貫する鴨川。その水源は京都市北部の鞍馬山中であり、およそ31kmに渡って北から南へと流れた後、京都の西北より流れ来る桂川と合流。さらに滋賀県の琵琶湖から流れ来る宇治川、そして三重県名張方面よりの木津川と合流した後、淀川となって大阪湾へと向かうこととなります。

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 鴨川の川幅はおよそ50m。そして京都中心部においては、さらにその両岸の河川敷には自転車と歩行者のみが立ち入ることの出来る遊歩道が整備され、誰もが自由に鴨川のほとりを散策することが出来ます。

 自転車とランナーたちがせわしく行き交い、老若男女問わず、京都人たちの憩いの場となっている鴨川河川敷。ここは、春には桜、秋には紅葉が見られる他、様々な動植物の姿を楽しむことが出来ます。

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 四条大橋より北方を眺める。奥に見えるのは鞍馬の山々。写真には写っていませんが、その右手には比叡山が聳えています。

 写真の左手。鴨川の西側には、みそそぎ川と呼ばれる鴨川の分流が流れています。これは加茂大橋で鴨川おより分岐し、五条大橋のあたりで鴨川に再合流する人口の水路であり、大正時代に作られたものだそうです。

 そしてこの五月から九月までの時期。みそそぎ川四条近辺には有名な「鴨川納涼床」が設置され、舞妓さんを呼び、川辺で京都の夜風と夜景を楽しみながら食事を楽しむことが出来ます。と言っても、かなり早くに予約が埋まる上、お値段もそれなり……なので、あまり一般人には縁のない場所でもあります。

 また、この付近は京都屈指の繁華街である祇園が存在することもあり、京都随一のデートスポットでもあります。さすがに夏場日中には見られませんが、春や秋の河川敷には、川辺に腰掛けるカップルが点々と連なってゆく光景を見ることが出来ます。

 ちなみに、この様子を見た京都大学の学生が「鴨川等間隔の法則」というものを提唱。さらに実際に調査を行って、カップルとカップルの間の長さを測り、レポートにまとめた……という実話が存在します。

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 ですが、鴨川随一の憩いの場と言えば……やはり「鴨川デルタ」でしょう。京都大学のすぐ近く、出町柳駅の側に位置する鴨川デルタ。高野川と賀茂川の合流して鴨川となる場所であり、鴨川の中でも最も有名なスポットなのではないでしょうか。最近だと、賀茂川で天然記念物であるオオサンショウウオが川辺に上がっているのが目撃されて話題になったりも。

 向かって右手が高野川、左手が賀茂川。そしてそれらに挟まれる形になるのが鴨川デルタです。川の両岸、そしてデルタを繋ぐ形で飛び石が設置されており、ご覧の通りこの時期は川で遊ぶ子供たちでいっぱい。また、夕方以降は近隣の大学生たちのコンパ会場となる場でもあります。

 何かとフィクションの舞台にもなる地であり、「けいおん!」の第一期OPや、「たまこまーけっと」の劇場版。京都大学を舞台にした「四畳半神話大系」の第一話……などなど多くのアニメにも登場する場所ですね。

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 ついでながら、この鴨川デルタを少し下った辺り。東側の川端通り沿いには、こんなものが……

 「けいおん!!(第二期)」に登場したホームセンターですね。中身はちょっと違うのですが、外観はこのケーヨーD2がモデルとなっています。

 ……これらに見られるように、鴨川近辺には様々なレジャースポットが存在するわけですが、もちろんそれだけではありません。太古の時代から京都の街と共にあり続けた鴨川……その近隣には実に多くの歴史的名所が存在するのです。

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 有名なのは、やはりこれでしょう。鴨川にかかる橋のひとつである五条大橋。ここは牛若丸と弁慶が出会い、戦った場とも言われています(フィクションだろうけど……)

 それにちなんで、五条大橋の西側には、このような石像が建てられています……が、当時の五条は、これよりも北にあり、現在の松原橋が、当時の五条の橋となります。

 なお、この道を奥へ向かうと国道一号線の東海道へ抜けることとなり。また、写真奥の山の上には有名な清水寺が位置しています。このことから最近、京阪電車の五条駅は「清水五条駅」という名前に変わりましたね。

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 同じく五条大橋の袂には、「扇塚」と呼ばれるものが建てられています。なんでもいわゆる「扇」は、平安時代初期の頃、この五条大橋の辺りで初めて作られたものだったとかなんとか。

 真偽の程は不明にせよ、この近辺には数多くの扇工たちが集ったことだけは確かなようです。

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 四条大橋の東側。ここには歌舞伎の始祖と言われる出雲阿国の像が建てられています。

 安土桃山時代。出雲大社の巫女であった阿国は、出雲大社の勧進のため、全国を旅することとなり。慶長8年(1603年)の春、京都の四条河原において踊りを披露した所、それが大変な人気となり、これが後の歌舞伎へ繋がっていったと言われています。
 
 この四条大橋のすぐ側には、有名な京都四條南座(※誤字にあらず)が建てられているのも、これとは無縁ではありません。そしてこの南座は現在でも数多くの芸能の演目が上演されており、日本最古の劇場と言われています。

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 明治以降。近代に入ってからも、鴨川は様々な歴史の舞台となりました。これは三条大橋東側に建てられている駅伝の碑。

 大正6年(1917年)4月27日~29日にかけて。日本で最初の駅伝である「東海道駅伝徒歩競争」が開催されました。これは三日間に渡って京都から東京までを走破するものであり、そのスタート地点となったのが、この三条大橋だったそうです。ちなみにゴール地点は東京上野の不忍池だったそうな。

 ついでながら。この三条大橋を東へ向かうと、平安神宮、そして京都勧業館みやこめっせの辺りに出ることになりますね。

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 まさに橋の数だけ憩いと歴史あり。京都の街と京都人たちに潤いをもたらし続けてきたとも言える鴨川ですが……その歴史は決して美しいものだけではありませんでした。

 日本史上における様々な権謀と術数、そして多くの戦の数々……それらの中で、この鴨川は幾度も幾度も血の赤に染め上げられることとなりました。

 特にこの三条河原は鴨川屈指、いや日本屈指の処刑場として名を馳せた場所であり、有名な盗賊、石川五右衛門の油による釜茹が行われる他、豊臣秀吉によって謀反の疑いをかけられた豊臣秀次の一族が晒し首になったのも、ここ三条河原。石田光成や近藤勇が晒し首となったのも、同じく三条河原です。

 11年にも及んだ応仁の乱では、鴨川の河原が死体置き場になったとも言いますし。また、六条河原(つまり上記の五条大橋の辺り)では、石田光成が斬首が行われたり。織田信長に反逆した荒木村重の妻子が処刑されたのも六条河原。さらに下流の七条では平将門の首が晒し上げられた……という血生臭い歴史で満ち溢れています。

 それだけでなく。今でこそ穏やかな流れを見せる鴨川ですが、古くから何度も何度も氾濫を繰り返し、京都の町を破壊し、街の者たちを飲み込んで来たという歴史もあります。

 平安時代末期、時の権力者であった白川法皇は、自らの意のままにならないものとして「賽の目(つまり賭博)、山法師(比叡山の僧兵)、賀茂川の水」を上げています。大都市に流れる河川としては、急勾配である鴨川。その勢いは強く、一度暴れれば手のつけようがなかったのです。 

 この鴨川は、近代に入ってなお、人々を悩ませ続けることとなります。

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 鴨川デルタの下流、荒神橋の辺り(京都大学医学部大学病院や、iPS細胞研究所の近く)には、このようなプレートが設置されています。これは昭和10年(1935年)に起きた鴨川の水害の様子を今に伝えるものです。

 昭和10年6月28日から29日かけて、大雨が京都を襲い、それによって鴨川が増水。鴨川にかかる26の橋のうち、実に15もの橋が押し流され、損失したといいます。そしてそれらの橋はコンクリート造りであった四条大橋に引っかかり、川の流れを堰き止めて、四条付近の街中に泥と水が流れ込んだと言います。

 それを機に、大規模な治水工事が鴨川で行われ2mの高さ及ぶ河道の掘り下げ。川の流れの勢いを抑制するための堰の建設や、川幅の拡幅工事などが行われ、今に至る鴨川の形が出来上がったといいます。

 上記のプレートも、洪水対策の一貫で作られた鴨川荒神橋水位観測所のある地に設置されているものです。

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 他にも、鴨川近辺には白川や琵琶湖疏水などの、天然・人工の河川が存在しており、上記の写真の御池大橋すぐ北側にある琵琶湖疏水の放流口をはじめとして、それらの治水施設も鴨川河川敷には数多く見られることがあります。


 京都随一の憩いの場である現在の鴨川。まさにそれは、先人たちの血と汗と涙によって形づくられ結晶でもあるのです。

 1000年に渡って京都の歴史を見つめ続けてきた鴨川。そして今日も鴨川は流れゆく――

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貴船神社

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 ……今日は七夕だそうですね(小並感。というよりも、2014年がもう半分も終わっていることに驚きです。

 最近の精神的支柱だったラブライブ!が終了し、危うく身投げする所でしたが、無事に劇場版制作決定の報が流れたので、もうしばらくは行き続けられそうです。

 今年は4月の頭から色々と作業が立て混んでいて、6月いっぱいはそれに追われていたのですが、ようやくそれも一区切りついたということで、久しぶりの京都散策。と言っても、秘封倶楽部はおろか東方Projectとも関係がないのですが……。いや、行くべき所もいくつかあるのですけど、なかなか手頃な場所がないのですよね……

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 今回、行って来たのは鞍馬方面にある貴船神社。さりげに行ったことなかったのですよね(汗)。鞍馬へは、京都大学の最寄り駅である出町柳駅から、叡山電鉄に乗ることになります。

 また、叡山電鉄と言えば、「けいおん!」や「ひだまりスケッチ」に「魔法少女まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語」。最近だと「ご注文はうさぎですか?」などのラッピング車両を走らせているということで、京都市民以外の間でも知られた存在なのではないかと。

 聞くところによると「きらら」という車両が存在することから、まんがタイムきらら系列の作品とコラボすることが多いそうで……(まどマギ車両が走ってた時、わざわざ撮りに行ったのは内緒)

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 出町柳から貴船へは13駅。およそ30~40分と言ったところです。上の写真は、二の瀬駅~貴船口駅の間にある「もみじのトンネル」。秋は、この辺りは一面の紅葉に包まれる他、ライトアップも行われ、それはそれは壮観な光景となるそうです。確かそのシーズンは、このトンネルを通過する時は、徐行するはずですね。

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 なお、出町柳駅に張られたポスターだと、こんな感じだそうで。もみじのトンネル沿線以外でも、春は桜、夏は緑、秋は紅葉、冬は雪景色……と四季折々の美しい姿を見せてくれるのが、この叡山電鉄なのです。

 また、この叡山電鉄。基本的に車両は1~2両編成であり、なかなかレトロな雰囲気が漂っている電車なのですよね。他にも京都には嵐山電鉄と呼ばれる路面電車が走っている他、まだまだこういった小規模鉄道が残っています。なお、こんな場所でもちゃんと京都市内なのですよ。

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 もみじのトンネルを抜けて、貴船口(きぶねぐち)駅へ到着。

 くどいようですが、京都市内です。周りは山ばっかりですが、京都市内です。京都市中心部の喧騒と打って変わって、静観な光景。風も涼しいですよ。なお、鞍馬駅は、これのさらにひとつ奥の駅になります。

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 (雰囲気でてる)

 圧倒的昭和臭……ッ!この日は平日でしたが、やはり京都の中でも有名な観光スポットということで、駅には中高年の方を中心として、少なからず観光客の方々もおられましたね。

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 周辺地図。ここ一帯は洛北(らくほく)と呼ばれる辺りになるようで……。ちなみに京都駅より南側のあたりが洛南と呼ばれる地域になります。

 いわゆる「京都」(※「京都市」とは全く別。これ重要)は今でも洛中と呼ばれるわけですが、それより北を洛北、南を洛南と呼ぶわけですね。洛北はご覧の通り、山・山・山。洛南は非常に治安と風紀の悪い場所です。古来から都の外にあたる地域なわけで……うん、まぁ、色々とあるんですよ……。京都の闇は深いのです。

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 目的の貴船口駅から、貴船神社へは、およそ2km。山間の細い道を登ってゆくことになります。

 なお、この道は平安時代の歌人・和泉式部が恋愛成就を祈願して貴船神社に参拝した際に通った道でもあるそうで、恋の道と呼ばれているとかなんとか。なお、和泉式部は男をとっかえひっかえしまくって、周りから白い目で見られていた人物であることについては触れてはならない(戒め

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 貴船口駅から1kmと少しほど登り、旅館街に差し掛かると、このような光景が見られます。

 「貴船の川床」。道沿いに流れる川面の上に座敷が作られており、そこで川の涼を感じながら食事を楽しむことが出来ます。個人的には鴨川の納涼床よりも、こちらの方が面白そうなのですが……お値段はお察しです。この場所は、ちょっと薄暗いのですが、上流の方へ行くともっと明るい場所で食事が楽しめます。お金があればですが(白目

 また、この近辺には鞍馬寺西門がありまして、鞍馬寺へ抜けることができるのですが、しっかり拝観料を徴収されるので行きませんでした。神社と違って寺社はお金取るのがね……

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 そしてようやく貴船神社に到着。天気は晴れだし山間部だから涼しいのだけど、やっぱり梅雨の時期なので、蒸し暑いのぜ……。

 「貴船」の本来の読み方は「キブネ」なのですが、この神社に限っては「キフネ」と読むのが正しいそうです。この神社は水の神様を祀るため、「濁らない」よう「キフネ」と発音するのだそうな。

 なお。貴船神社は本宮・中宮・奥宮の三つの社がありまして、ここは本宮になります。

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 有名な本宮参道。この赤灯篭が立ち並んだ光景の写真は見たことがある人も多いかと。秘封倶楽部の二次創作イラストでも、時折登場するような……そうでもないような……?

 観光ガイドとかだと、やたらと凄くて荘厳な感じに写ってますが、実際に行ってみるとそうでもないです。比較的こじんまりした短い参道なのです。でもたぶん、貴船神社唯一の見所なのではないでしょうか。かつては中央の手摺は銀色だったのですが、いつの間にか赤色に……(ていうか手摺自体、昔はなかったのでは……)

 これの写真に釣られて、みんなわざわざ山奥までやって来てしまうのですよね。京都の観光地は、こういう「演出」が本当に上手なのですよ。奈良との最大の違いとも言えるでしょう。

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 そしてこちら、貴船神社の境内。ちょうど七夕のシーズンなので、笹がいくつも飾られており、参拝者が短冊を書くことが出来るようになっています(※ただし有料)

 古来より、この神社に祈願する時は馬を奉納する習わしがあったとのことですが、やがてそれは木の板に馬の絵を描いたものを奉納する形に移り変わっていったそうで……。そのことから、この貴船神社は絵馬の発祥の地とも言われているそうです。

 上の写真では隠れてしまっていますが、そのことについて書かれた札と、馬の像が境内には設置されています。昨今では痛絵馬なるものが流行りだそうですが(鷺宮神社とか大洗磯前神社とか神田明神とか)、古人もまさかそんな時代が来るとは思ってもみなかったでしょう(悲哀

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 貴船神社の拝殿。もともとこの神社の発祥は、神武天皇の母である玉依姫が、大阪の淀川から京都の鴨川、さらに貴船川を船で遡ってこの地に降り立ち。そこに水神である高龗神 (たかおかみのかみ)を祀ったことに始まるそうです。そして、その際に使われた船が黄色い船であったことから、この地は「きぶね」と呼ばれることになったとか。

 そしてこの玉依姫は「東方儚月抄」に登場する綿月姉妹の妹である綿月依姫の元ネタであるとされる人物(?)なわけです。ということで、ここも東方Projectの聖地と言えなくもない……?(申し訳程度の東方要素)

 創建当初は現在の奥宮の地に社殿があったそうですが、水害によって流失してしまい、現在のこの場所に本宮が移されたそうです。


 高龗神は水神であり、貴船神社も降雨ないし晴天を祈願の祈願の対象となって来たのですが。いつの間にか縁結びの祈願の神社として知られるようになりました。……そして同時に、なぜか縁切り祈願の神社としても信仰されるようになるという不思議。

 また、この神社に高龗神が降臨したのが「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」であったことから、丑の刻に参拝するのが祈願成就の方法と考えられるようにもなりました。そして貴船神社は……いわゆる「丑の刻参り」の場所としても有名になってしまうことに……

 現在でも、藁人形と五寸釘を持って丑の刻参りを行う女性もおられるようで。本宮には見られませんが、奥宮の方には、五寸釘の痕跡を多数見ることができるそうな。なお、藁人形は観光客の目に触れないよう、神社の職員の方が発見次第回収しているという話を、鞍馬に住む知人から聞いたことがあります。神社の人も大変ですね……

 ついでながら。丑の刻参りは、『白い着物を着用し、髪は乱す。顔に白粉を塗り、歯には鉄漿、口紅は濃く、頭には鉄輪を被り、その三つの足に蝋燭を灯す。胸には鏡をかけ、口には櫛を咥える。そして歯の高い足駄を履く』のが作法だそうで……。これの起こりは、平家物語の剣之巻に登場する「宇治の橋姫」伝説とされています。

 平安の初期、とある公卿の娘が深い嫉妬に囚われた。その娘は自らを鬼と変え、その妬みの相手を取り殺すべく、神社に祈願をかけた。そして娘は神託を得、宇治川に浸かり、鬼となった……というのが、橋姫伝説なわけですが。

 その橋姫が、神託を得たとされるのが、この貴船神社(時代を考えると奥宮。この本宮が出来たのは11世紀)なわけです。そして、この橋姫伝説と言えば。言わずもがなの東方地霊殿2ボスにして、最強の2ボスと名高い水橋パルスィですね。あ、なんやかやで東方につながった(かなりの無理矢理)

 いずれにせよ。神社の方に言わせれば縁切りの神だとか呪詛の神というのは完全に誤った信仰だそうなので、やめたげてよぅ!ついでながら、京都府宇治市内には橋姫を祀る橋姫神社なるものが存在します。


 さて……7月もまもなく中旬に突入。祇園祭も始まった今日この頃。これぐらいのシーズンが一番京都は暑いんですよね。

 また京都の暑い夏がやって来る……(あとコミケ)
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同人サークル:京都秘封探訪です。秘封倶楽部を中心とした東方Projectのあれこれを書き綴っています。8/13のC90夏コミ2日目「l-04a(エル-04a)」にて秘封倶楽部の小説「開闢の物語」を再々販。新刊「月と星から考察する秘封倶楽部の年代」を頒布予定でございます。