将棋の元名人、永世棋聖で日本将棋連盟・米長邦雄会長(68)が14日、東京・渋谷区の将棋会館でコンピューター将棋ソフト「ボンクラーズ」と対局し、後手の米長が113手で敗れた。「第1回将棋電王戦」と題した今回の対戦。引退しているとはいえ、男性プロ棋士が公の場でコンピューターに敗れるのは史上初めて。米長は「(15世名人の故)大山康晴と指した感じ」と、かつて目標とした大名人を引き合いに出して完敗を認めた。

 終局直後は真っ赤だった顔も、次第に冷静な表情に変わった。完敗を認めた米長は、コンピューターの実力を「大山康晴と指した感じです」と評した。名人18期など、歴代1位のタイトル獲得数80期、受けの棋風で一時代を築いた伝説の棋士の名前を挙げ、賛辞を贈った。




昨年12月21日、持ち時間15分の早指しで行われたプレ対局では完敗。持ち時間が3時間に伸びたこの日は、負けられない一戦だった。

 コンピューターのサーバートラブルで21分間も対局開始が遅れる事態にも動じず、最初の一手は、プレ対局でも採用した△6二玉。いきなり自玉を動かす、セオリーにはない指し方。現役時代は、粘っこい指し回しで「泥沼流」と呼ばれた68歳は、あえて前例の少ない手から始めることで、コンピューターの思考回路を混乱させようとした。

 奇襲戦法は成功し、序盤は優勢に進めた。しかし、どこまでも正確かつ冷静なコンピューターの受けを攻め切れず次第に劣勢に。逆に攻め込まれてからの終盤は一方的な展開となった。「万里の長城を築いたが、穴が開いて攻め込まれてしまった。私が弱かった」

 昨年10月に対戦を発表してから、連盟会長の仕事をする傍ら、若手の研究会にも顔を出すなど、1日6時間の研究に没頭してきた。酒も断った。一昨年、コンピューターに敗れた経験を持つ清水市代女流六段と会うと「敵を取ってやるからな」と約束した。しかし、勝負の世界は非情だった。女流名人位戦の前夜祭で米長敗戦の一報を聞いた清水は「引退されて長く、激務の中で挑戦を受けられた心意気がすごいです」と勝負を受けて立った68歳をたたえた。

 コンピューターの次の標的は、現役のプロ棋士だ。「ボンクラーズ」開発者の伊藤英紀さん(49)は「究極的には渡辺(明)竜王ら最強レベルの棋士を目標にしています」。1997年にチェスの世界王者がコンピューターに敗れて15年。将棋界も、ついに人間のプライドが試される時期に突入した。

 ◆棋士VSコンピューター(肩書は当時)
  ▼2005年3月 棋士として平手で初めて対局した橋本崇載五段が特別公開対局で「タコス」に大苦戦するも126手で辛勝。「『人間敗北』という見出しが頭をよぎった。棋士人生15年で、こんなに頭が真っ白になったのは初めて」
  ▼07年3月 渡辺明竜王が「ボナンザ」と大和証券杯ネット将棋棋戦の特別対局で激突。序盤は苦戦を強いられたが、後半で渡辺竜王が貫禄を示し112手で勝利。「機械ではなく、まるで人間と指しているようでした」
  ▼10年10月 清水市代女流王将が「あから2010」と対局し、大激戦の末に86手で敗れた。「やっぱり悔しい。次、機会があれば研さんを積んで臨みたい」

 ◆棋士VSコンピューターの今後 来年行われる第2回将棋電王戦は、5人の男性棋士と5つのコンピューターソフトによる一斉対局で行われる。棋士は船江恒平四段(24)以外は未定。渡辺明竜王(27)は「次の段階で指名されたら私はやりません」としながらも「現役の棋士が順番に下から倒されていって、誰がどう見ても上がやるしかない状況になれば仕方がない。物事の順序として」と語った。

 ◆ボンクラーズ 東京都の会社員・伊藤英紀さんが開発した将棋20+ 件ソフト。1秒間に1800万手を読む。昨年5月の第21回世界コンピュータ将棋20+ 件選手権で優勝した。2007年に渡辺明竜王を追いつめた「ボナンザ」を基礎とした複数のコンピューターを並列につないだもの。名前は「ボナンザ」と「房」を意味する「クラスター」から。トップ棋士と同等の棋力があるとされる。

 ◆米長 邦雄(よねなが・くにお)1943年6月10日、山梨県生まれ。68歳。63年、棋士に。「泥沼流」と呼ばれる棋風で活躍し、73年には初タイトルとなる棋聖を獲得。93年、史上最年長の49歳11か月で名人に。2003年引退。05年に日本将棋20+ 件連盟会長に。通算タイトル獲得期数19は歴代5位。永世棋聖。