大きな期待を持って出かけたわけではない晩秋の東京ドーム。解散から22年を経て2度目の再締成、ともなればお金目当ての公演と思われてもしかたがない。それでも足を運ぱせる理由は、彼らがロック史上最大級の実績を持つアーティストだからだ。彼らの代表作「ホテル・カリフォルニア」は、76年発売当時だけで1100万枚売れ、不況にあえいでいた同年の米レコード業押を救った。大ヒットしたタイトル・ソングは、ドシっとうなる低音音絆が革命的だっただけでなかった。自分たちの住まい、カリフォルニアを退廃の牢獄に例え、60年代から続いていた、浮ついた西海岸のヒッピー・ムーブメント幻想に終止符を打ったのだ。そんな彼らも50歳過ぎになった。
オープニング、ドラムのドン・ヘンリーがハンド・マイクでカラオケ屋にいるオヤジよろしく「ロング・ラン」を歌い出した時「こりゃ今日はダメか?」と思えた。それは杷憂だった。2曲目に、ドンはホームポジションのドラムに戻り、美しい「ニュー・キッド・イン・タウン」を今度はグレン・フライが歌い出し、少しずつバンドは体勢を固めていった。バラしてしまったジグソーパズルを、迫憶をたぐり再び組み合わせていくかのように。ソフトな曲を中心にした第一部は、イーグルス本体の代表曲中心の70年代的サウンド。思いのほか、心が引き込まれる。40歳代以上を中心とした、高齢ファンの興奮ぶりもじょじょに増していく。休憩をはさんで、問題は第二部。9・11事件にインスパイアーされた新曲をアカペラで披露した後、ハードな後半戦が始まった。解散以降の80年代ソロ曲中心である。イーグルスは、成功したと思われているが、実は挫折したバンドでもある。究極の成功を「ホテル・カリフォルニア」で収めた後、それを上回る成功を得ようと3年問も試行錯誤した彼らは、79年「ロング・ラン」を発表するが、野望は果たせなかった。押し寄せるコンピューター音楽とガキのパンクロック旋風の中、大人のバンド音楽で生き残ることができなかった。無念だっただろう。それは当時多くのベテランバンドに起こった災難だった。
リズムの強い曲で構成された第二部はズバリ「イーグルスを、80年代にもし続けることができたら、こんな風にやりたかった」といえるような内容だった。リーダー格、ドン・ヘンリーの80年代ソロ曲を中心に、才人ギタリスト、ジョー・ウォルシュの曲も多かった。それはジョーが「イーグルスの志村けん」だったことを示している。彼は、バンドをファンキーな時代に適応させるため「ホテル・カリフォルニア」から補充された強力助っ人。しかしドリフターズと違うのは、その後ほどなくバンドが壊れてしまったから。コンピューター音楽も一巡したような2004年、イーググルスは、お互いの齟齬を温かく振り返る余裕ができ、自らの歴史を、幻想の中に再構成しているように見えた。それを可能にしたのは、チームワーク。感傷を擦りあう喜びがメンバーの表惰のやり取りに感じ取れ、楽しそうだった。のびのびしたハーモニーと自然体の演奏が、アメリカンロックの醐醐昧を感じさせた。無理な再生というイメージはなかった。バンドは面白い。絆さえ残っていれば、時計の針を戻し、失ってしまった宝探しを、再び演奏の中で行うことも可能なのだから。(サエキけんぞう)

大阪公演の様子
横浜アリーナ公演の様子
札幌公演の様子

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