March 26, 2007

卒業式〜さようなら、また会う日まで

今日無事に卒業式を終えた。

いままで当たり前だった面々が急にいとおしく思える。

幻想だ。今までどおりの顔が網膜に映り今までどおりに脳に入力される。

愛おしく感じる情報が視覚情報に入り込む余地などないように見えるはずなのに。

6cの教室は今日、最後の一人が部屋を出た瞬間に誰のものでもない教室に変わり、あるいは別のクラス番号が割り当てられる。

何が起ころうと決して変わることのない歴史と過去と伝統

数百年に一度の天変地異でも起こらぬ限り変わらぬ立地環境

数十年に一度の今年のような建てかえのない限り決して変わり行くことのない校舎

数年に少しずつ変わるが大きく変わることのない学校職員の構成

毎年絶え間なく変わっていく生徒

そしてその上には

現世の物理法則が破綻しない限り続く青い空と白い雲

そう、つまり県で随一の変人小学生たちが中学入試を突破し六年間勉強するという制度は38年間、高田というがっこうは135年間つづいてきた

田園の中心に存在する、コンクリートに覆われた無機質なゾーン

かつては純白だったであろう少しくすんだ校舎の壁

善人と悪人、変人と凡人、恩師と悪師のあつまった組織

わたし、わたしたち、われわれ、ぼくら、そして、かれら、やつら

そしてその上には

蒼穹と綿雲が鎮座している

その中で六年間学び、笑い、奔り、騒ぎ、誑かし、騙され、陥れ、謀られ、闘い、許し、協力し、離反し、楽しんできた

それもきょうでおしまい

家に帰って第三帝国の茶シャツ隊のような制服を脱げばもう二度と人生で制服に腕を通すことはない。

まぁ軍人になれば別だが。


六年前に校舎の門をくぐった自分がいまでも昨日のように思い出せる

もう二度と、生徒としてこの後者に足を踏み入れることはできない。

だからさまざまな場所をデジタルカメラに収め友人とも写真を一葉とった。

10年後の自分に手紙を二葉認め教室の前の茶封筒に入れる。

大宰府のメモ帳に書いた文も入れたからかなりの質量だ。

ここまではもう一年間顔を合わせることになった友人たちとおしゃべりしながらやっていた。 

DVDとその他を回収(?)するために文藝部室にいった。鍵を開け電気をつける。いつ入っても心地よいように空調が効いている。

我は文藝部にとっては部外者だが木馬の執筆協力や映画作成の幹部であったため殆どの人間が我のことを文藝部員だと思っている。愉快なことだ

スチール製の戸棚を空ける。これはかつての生物室の秘密基地にもあったから太古の昔に学校が一括購入しそれぞれの部室に割り当てたのだろう。我がかつて見たのは一様に同じ古さであった。

DVDを回収したほか、木馬をいくつか持って帰ることが許されていたので我が入学する以前に発行された木馬’55号を探しているとモロゾフの磁器の器に見慣れた青い小瓶が…

実はこれ映画中で我がN村を尋問中に遣う予定だったオレンジピールである。

そのときはうまくスチロール(?)がとけなくて劇中には登場しなかった。

その磁器にはほかに鉛の容器とプラスチックと金属からなる容器が合って鉛のほうには青い油性マジックで下手な字ながら「放射線源」と書いてある。O川が水入れたペットボトルにマジックでガソリンって書いたようにこれも映画で使う予定だったのかなとおもいつつもう一つの容器を開けると鉛の容器と同じようにかなり劣化したゴム栓で栓がしてある。

そっとゴム栓を抜いてみるとゴム栓に刺さった針金の先端に金属の小さい塊がついていた。不思議に思ってもう一度栓をして元の場所に戻した。

怪しげな鉛壜を栓を開けたら同じように針金の先に小さな円筒状の金属の塊がついている

この瞬間化学の教科書の放射性同位元素の写真がフラッシュバックして慌てて封を閉めた。

そう、セシウムの同位元素などの写真を資料集で見たらわかるように棒の先端にセシウムの入った容器がつるしてある形となっている。

当初は1立方メートルほどのセシウムの写真だと思っていたが実際はゴマ粒程度の体積だった。
まさかこんなに小さいものだったとはな。

・・・・被爆してしまった、というのが正直な感想である。

もっとも化学フリークの文学青年が仕掛けたいたずらの可能性も無きにしも非ずだがそんな容器をどこから持って生きたのだろうか。

んで、工事中や生徒のまだ入っていないエリアの写真とって、まだ学校いた先生には挨拶して回って学校を出たわけさ。

帰り道は数年前に自分がよく使っていた道を通って帰った。

不思議と今の自分がそのときの自分と重ね合わせになっているような奇妙な感覚があった。

そのときあった踏切が廃止されて行き止まりになっていたり、道沿いの民家が近代化されていたり、気のせいかもしれないが舗装されている道の割合が増えたような気がした。そして行きよりだいぶ増えた荷物とともに家に帰った。

これで、ほんとの、おしまい


いままでこのページを訪れたり、本家ページを閲覧してくれたすべての皆様に感謝いたします。

今までの応援本当にありがとうございました。

また会う日まで、、、いや、さようなら。

rex_phenomana at 16:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!短信電報 | 軌跡

卒業の前夜

明日は卒業式。

S高校からの密告による履修漏れ発覚戦役の結果、

本山付き学苑の最高首脳会議において生徒のサイレンとマジョリティを考慮し

卒業式は二正面作戦を強いられることになったからです

卒業式には合唱がつきものだがうちは君が代と校歌しか歌わぬ、

簡素は最善なりをこういうときのみ履行している高校であるゆえ、

卒業式の感慨と言ったものがない。

もっとも一般の高校でも感慨があるとは言い切れぬが。

いま歌マップとyoutubeの窓開いて卒業と名のつく曲を片っ端から聴いている

便利な世の中だ。

勘の良い方ならお分かりであろうが人を泣かせる曲というのはすでに言及した二タイプに大きく分類されうる

すなわち卒業式の場面などで実際に合唱されることの多い前者と
YOUTUBEにPVのあるような卒業のときの心情を歌ったポップミュージックの二つである

前者は卒業と言う事象にはフォーカスされておらずその焦点は旅立ちや思い出というところにある。したがって心情が歌われることは少ない

これを合唱する場合に限ってであるが、これが人を泣かす原因は合唱の練習をした日々をきっかけとして校舎や思い出といった認識される対象、つまりはノエマを想起させる。このため他人の卒業式に臨席していたものが自分のときを思い出して涙を流すのである
一方、卒業と言う事象を主に外部の者が当事者の心情を想像しその心境(ノエシス)と(最近では)その心境の者が感じているであろう風景(ノエマ)を歌っているのが卒業を扱っているポップミュージックだ

ノエマとノエシスがわからない人はフッサールを降霊して訊ねるか自分から霊界訪問してOFF界とかでフッサールに聞いてください

堅い話はこの辺にしてもとの調子に。

よく高校生は「あっという間の一年間だった」とか「三年前が昨日のように思い出されます」とか謂っちゃってるけど

うちの高校は私立、六年一貫だったから「六年間があっという間だった」ね

殆どの老朽化した設備(今年建てかえ工事)と半分の悪い教師と半分の良い教師とまぁまぁ良い友人と結構良い校風にはぐくまれた六年間は無価値ではなかっただろう

H○Lのように人生やり直し機がほしいと思うことがあっても、そして人生をやり直したとしてもきっと今の学校を選んでいただろう。

60%くらいの確率で(爆死

北に森 西に田んぼ 東にグラウンド、民家 南に本山と納骨堂と森という稲作文化とゲルマンの森のフュージョンしたような学校はそうそうないだろうね

良い学習環境のはずだがフィールドワークは殆どなかったという事実を無視すれば。

君が代の代わりとなる第二の国歌を作ろうという動きがありますが賛成です

もちろんそれはナンバー2であって君が代も歌えよ。

不起立問題についても起立するかしないかは良心の自由による選択性にすればいいと思います

もちろん平伏するか起立するかの二択。例外は認めん


国旗も旭日旗にするか日の丸にするかの選択

愛国教育も日本国を愛するか、大東亜共栄圏を愛するか。

まぁこういう二択は長く有効手段であって、

9,11以来「貴国は米国の敵か味方か」という二元論を同盟諸国に迫った大統領もいたくらいだ

しかしノヴァウサギの「微妙」という中道の極意を呟くことで退けられてしまう諸刃の剣

ここでもっと強硬に二元論を迫ると泥沼化するのでさっと引くのがいわゆる大人のマナーであろうか。

もちろん我は子供だから故意に泥沼化させることがたびたびあるが

冒頭の話に戻るけど合唱っていいね。

作曲はできないし、昔いくつかの楽器は演奏できたがもう何年も遠ざかっている。芸術選択はもちろん美術。そんな我が音楽の話をするのは些か門外漢という気がしないでもないが、我は音楽を聴くのだけは好きだ。

合唱曲っていうものは陳腐なものも多い分、すばらしいかしがあったりする。

学校というある意味、洗脳教育の中で強制力を持つのはせいぜい高校まででそれゆえ皆に合唱させることができるのも高校までである

これを過ぎると人生において合唱という機会はコーラスなどのマニアックなものに傾倒しない限り君が代ていどでる。

だからマジな話君が代は起立しなくてもいいから合唱だけはしてほしいね。

まぁうちの学校では国の方針に悉く逆らいつつ法は逸脱しないというスタンスなので

週休二日制無視、ゆとり教育無視、総合学習黙殺、校長裁量の履修軽減措置(のちに役人の陰謀により無効となる)

などを貫いた結果、修学旅行のフェリー上でハイになった連中の合唱を除けば我が最後に合唱したのは中3の合唱コンクールであっただろう。大地賛頌、secret of my heartとWe will rock youの三曲を二曲と称して歌うというものだった。言い忘れないように言っておくとラップの部分歌った9人ほどの中には我もいた。驚かれる方も多かろう。書いているうちに日付が変わってしまった。AM1:50丑の刻に突入する。
中二の水無月に開闢し五年間続いてきたこの(本家の)サイトもそろそろ更新のとまるときかな。このブログもたぶんこの記事が最終回。今までありがとうございました。まさかこんな形で終わりが来るとはね。










これにて本連載rex_phenomanaは終了し
新連載はrex_phenomenaです。
登録時のID入力ミスを何とかせねばって日頃から思っていたのでこれを期に正しいスペルにチェンジ!!!
新連載は皇紀2668年弥生吉日スタート!!!!(爆

ではこのへんでおやすみなさいごきげんよう