2005年04月03日

99年11月3日/国立

そうなのだ。
その瞬間を僕は見逃していたのだ。
後半終了間近になって、僕は総立ちの観衆の中
ゲート27の壁にもたれ掛かり、うずくまって
溢れそうになってくる涙をこらえていた。

93年11月16日にJリーグ昇格が見送りになり
柏にだけ降ってしまった秋の冷たい涙雨のことや
翌94年10月23日、川越でカレッカの決めた一発を守りきり
昇格を決めたその日の夕焼けのことを思い出していたのだ。

よくやった。
本当によくやってくれた。
国立でのファイナルに、僕をよく連れてきてくれた。
充分だった。
僕にとっては、それでもう充分だった。

1点のビハインドだったが、負けてはいなかった。
少なくともサポーターの力では、相手側を完全に凌駕していた。
スタンドは熱く黄色に燃えていた。
圧倒的なパワーだった。
93年・94年の昇格を目指していたあの二年間と同様の熱気だった。

心が昂ぶっていた、心が泣いていた。

「ファイナルだぜ。ファイナルまで来たんだぜ」
チームに大きなものを残して
黄色のユニホームを脱いでいってしまった
たくさんの思いで多い選手たちに言いたかった。

心が奮えていた。
指先までもが震えていた。
深く息を吸い込み、大きく吐いた。
そして、何かに感謝するため、静かに目を閉じた。

それゆえ、僕はその瞬間を見てはいないのだ。


「残り1秒」
柏レイソルのナビスコカップ優勝を伝えるとともに
渡辺毅の同点ゴールを、翌朝の新聞はそう報じていた。



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2005年02月18日

GLORY OF REYSOL

試合当日の報道陣が300人を超えていたように、10月23日から1週間、各報道機関がレイソルを、カレッカを様々な形で報道した。市民にとってはなんとも誇らしい1週間だった。

全市民がレイソルの試合結果に一喜一憂した。何度か、歩行が困難になるほどの虚脱感に襲われたこともあった。しかし、それも終わったことだ。後は待つだけでよかった。11月15日の正式発表の日を。至福の日々の始まりだった。

4月24日、同じくNTT関東との開幕戦でカレッカの右足からの1点で幕を上げた「柏」の「第3回ジャパンフットボールリーグ」は、カレッカの、今度は右足からの1点で幕を降ろした。いずれも1-0の僅差だった。両試合がこの季の1年を象徴する試合だった。
長い1年、いや、長かった2年がこうして終わった。

93年5月30日、「第2回ジャパンフットボールリーグ」開幕戦の前半11分、大熊裕司が上げたゴールから、数えて123点目のゴールだった。

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1994.10.23 川越

【週間ポスト】
<前略>10月23日の川越運動公園陸上競技場は、ホームチームのNTT関東のサポーターを片隅に押し込め、イエローのレイソルカラーがスタンドを埋め尽くす。その数約7000名(この日の観衆は7403名だった)。「レイソル研究所」をはじめとするサポーター軍団は、この日の秋晴れがレイソルにとって日本晴れになることを信じ、「いいかー、試合中は絶対にグラウンドにはいるなよー、試合中はなー」と、キックオフの2時間以上も前から、お互いの士気を高めあっていた。つまり、試合終了後には、勝利、そしてJリーグ入りの喜びを、カレカやレイソルイレブンとグラウンド内でともに味わおうという魂胆がみえみえだったわけなのだ。全員アマチュアのNTT関東にてこずりはしたが、1対0の勝利を得て、彼らは試合前からの(本当は2年前からの)予定通り、グラウンドになだれこんでいった。芝生のグラウンドに寝転ぶだけが目的のようだった親子。右手に丸めたスポーツ新聞を握って、お呼びでなさそうにタッチライン際に立ち尽くすおじさん。そんな場違いな風景(JFL的ともいえるが)も数カットあったが、あとはまるでワールドカップで優勝したブラジルと見まがうばかりの歓喜のシーンを現出してくれた。もちろん、その中心にいるのは、やはりカレカだ。というより、この男がいなくては、レイソルが成り立たないのだ。元ブラジル代表で34歳。ジーコのあとの世代のスーパースター。レイソルをJリーグに引き上げるためにやって来た男なのだから。だから、Jでプレーして当然。目立って当然。さあ、これでやっとカレカのプレーが、Jリーグで見られるんだなあ。


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2005年02月17日

1994.10.23 川越

【誌名不明】
Jリーグ昇格を告げる試合終了のホイッスル。紙吹雪が積もるグラウンドの隅に、喜びをかみしめる女性を見つけた。レイソルの広報スタッフ、服部麻子さん。昨年11月、昇格が認められなかった日に、「だめでした」と目をはらしてバッテンマークを見せた人だ。裏方の仕事は楽ではない。服部さんが試合毎にチーム状態を付けて来たノートはボロボロになった。「この1年、早くJリーグでプレーして欲しいという思いだけでした。だって、選手が年を取っちゃうんですよ。桧舞台に立つ時間が短くなるでしょ」。イレブンのウイニングランが終わって、不意にスタンドから「服部コール」が飛び出した。今度は嬉し涙がこみ上げてきた。「やっと笑顔のマル印ができますね」。そう声をかけられて、「はい」と照れながら両手を頭上に持ち上げた。


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1994.10.23 川越

【週間文春】
日本シリーズに目を向けられていた10月23日。もう一つ注目すべきJFLの勝負があった。カレカ率いる柏レイソル対NTT関東の試合。Jリーグ昇格へあと1勝のレイソルサポーターは、川越運動公園陸上競技場を真っ黄色に埋めつくした。柏在住のお天気キャスター森田正光さんも応援に駆けつけるし、「バカヤロー(レイソルに勝ったら)電話はずすゾー」と叫ぶ酔っ払いのオヤジがいて、競技場内は異常なほど盛り上がったのである。<中略>試合終了のホイッスルが鳴ると、興奮したレイソルサポーターが次々に競技場になだれ込んで、最大の功労者カレカを取り囲んだ。この瞬間、カレカは「第二のジーコ」になったのである。


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1994.10.23 川越

【読売新聞】
試合が行われた埼玉の川越運動公園陸上競技場は、地元・柏から約60劼睥イ譴臣蓮しかし、2年越しの念願となるJ昇格当確の瞬間を見ようと、この日は前夜からの徹夜組みを含め5000人を超える市民サポーターが詰め掛け、駐車場も「習志野ナンバー」の乗用車で満車状態。レイソルカラーの黄色一色となったスタンドで、柏市柏、大学生斎藤さんは「まるで柏からスタジアムごと移動したみたい。レイソルのおかげで市民が一つになった」と試合開始前から興奮気味。午後2時キックオフ。前節でよもやのPK負けを喫し「背水の陣」のレイソルは前半34分カレカのゴールで先制。しかし、その後は、選手の硬さが目立つ苦しい展開。それでも「Jリーグ、Jリーグ」というスタンドからの絶叫が続く中で何とか自陣ゴールを死守しタイムアップ。勝利の瞬間、メインスタンドからは紙テープ紙吹雪が乱れ飛び、多数のファンがグラウンド内になだれ込んだ。試合後、「みんなの応援のおかげ、ありがとう。さあJリーグだ」というカレカの叫びにスタンドからは割れんばかりの歓声。スタンド最前列に陣取った柏市豊住、会社員丹波さんは、スタジアムに通ううちに知り合ったという約150人の仲間たちと「去年は悔しい思いをしたが、今年はこれで文句なし」と感激にひたった。役所にレイソル担当職員を置き、今年度から支援予算を計上するなど全面的なバックアップを続けた柏市関係者もほっとした表情。観戦した本多晃・柏市長は目頭を抑えながら「多くの市民が一つになってレイソル昇格を願っていた。大きな関門を突破できたし、あとはこの熱意をJリーグに汲み取っていただくだけ」と関係者の握手攻めにあっていた。一方、選手たちは、午後9時過ぎ、地元柏に凱旋。柏駅東口ダブルデッキでは、選手を迎え待ちに待ったJリーグ昇格を祝って「柏レイソルJFL終了報告会」が行われた。会場には、悲願の昇格を待ち望んだ市民、それにゲーム後駆けつけた熱烈なサポーター約2000人で埋まり、チームカラーの黄色一色。報告会では、カレカ選手ら主力選手が特設ステージに並び、まず、主催の柏レイソル市民の会を代表して本多市長が「夢が達成されました。大きなスタートの第一歩です」とあいさつ。その後、選手を代表して原動力となったカレカ選手が「Jリーグに入ったら優勝を目指します。どうもありがとう」と日本語を交えて、市民の応援に感謝した。


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1994.10.23 川越

デイリースポーツ】
待ちわびた勝利を告げるホイッスルは祭の合図だった。柏イレブンが感涙を流すと同時にスタンドからはサポーターがどっと乱入して1年間の苦難を分かち合う。勝利インタヴューでカレカが「やったぞ、Jリーグだ」と雄叫びを上げると歓声とともに無数の黄色い旗が揺れた。天国と地獄を何度も行き来した今季を象徴するように、30試合目のラストゲームの決着もハラハラドキドキの連続だった。前半12分、ただ一人フル出場の沢田が鼻骨骨折で病院送りにされると、途端に攻撃がかみ合わない。それでも34分に加藤の左CKを石川がヘッドで流したところに飛び込んだカレカが押し込んでゴール。「すべての対戦相手が柏に200佑領呂鮟个靴討る。W杯の気分で試合が出来る。先制できたが、2点目を取れないままいった」とカレカ。NTT関東の鋭い攻撃に浮き足立って何度もヒヤリとさせられ、その度にスタンドからは悲鳴が上がった。DF陣の踏ん張りとGK土肥の攻守で無失点に切り抜け、長い長いロスタイムの末に1年間の苦難はやっと報われた。なんと13試合ぶりの今季19点目がJ昇格を決める虎の子ゴールとなったカレカ。緑色の主将の腕章を巻いて臨んだ最終戦は「緑は希望の色なんだ」と漏らす。そして「長いリーグ戦で今日の90分で1年の仕事が決まるのは残酷な仕事だ。負けたら何も残らない」とホッとした表情さえ浮かべる。前半戦で3敗を喫して暗雲が漂ったあと、日立製作所の金井務社長は「昇格失敗?そんな仮定の話はしたくない」と語ったが、柏のフロント、選手ともに今季昇格失敗なら廃部の覚悟で臨んだ。水面下ではカレカ争奪戦が繰り広げられることもあった。しかし、これでカレカは「来年はJリーグでいいプレーを見せたい」と、大いなる希望を口に出来た。


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1994.10.23 川越

【東京中日スポーツ】
太陽のスポットライトを浴びて、カレカが叫んだ。「ビバ、ジェイ・リーガ」。長かったシーズンの終わりを、そして新たな始まりを告げるホイッスルが高らかに鳴り響いた。五色のテープ、紙ふぶきがカレカに容赦なく降り注ぐ。長い長い呪縛から開放された体を付き抜ける感動に、今にもクラッと倒れそうだ。「希望の色だから」と、緑のキャプテンマークを巻いた腕を突き上げると、支えあうように抱き合った。レイソルの黄色い旗を握り締め、泣き叫んでいるサポーターにユニホームを投げ込むと、今までに見たこともない極上の笑顔を浮かべてそれに応えた。最後の最後まで綱渡りの冷や冷やゲームを演じた。12位のNTT関東に何度も決定的なチャンスを作りながら得点機を逃す。そんなチームのムードを一蹴したのは、やはりカレカだった。前半34分、左CKから強風に乗ったボールはGKの頭を超えて逆サイドにいたカレカの前にポトリと落ちる。「今日の90分で全てを失うのはあまりにも残酷じゃないか」。カレカは渾身の力で左足を振り抜くと、無我夢中でメインスタンドに向かって今までに一度だって見せたことのないダンスをした。1年前の出来事が、まるで昨日のようにカレカの頭を駆け巡った。昨年、昇格が見送りになったとき、有賀業務部副部長をこんな会話を交わしていた。「他のチームでプレーをしてもいいんだぞ」「いや、まだ来年もこのチームでやらせてくれ。皆と一緒にJリーグに行きたい」。カレカはこの約束を果たした。もちろん来年だってJリーグで大暴れするつもりだ。「後の事は来年考えるよ。とにかくJを楽しみたい」。想像を絶するプレッシャーの中での試合は終わった。カレカのファッチマ夫人も「家族みんなでこの1年間、頑張ってきました。胸がいっぱいで何もいえないわ。家に帰ったら、ブラジル料理でお祝いします」と、ニッコリ微笑んでいた。
決して許される行為ではない。でもその気持ちは痛いほどわかる。試合終了の瞬間、柏市から駆けつけた約6000人のサポーターのうち、2000人以上がグラウンドになだれ込んだ。まるで黄色い津波。喜びを一気に爆発させ、カレカを、セルジオ監督を包み込む。一度はスタンドに引き揚げたが、カレカを先頭にビクトリーラン(2位だけど)が始まるとまた大混乱。あちこちで選手の胴上げが始まった。川越競技場のスタンドが低く、フェンスも簡単に乗り越えられる構造だっただけにこの騒動になったが、昨年涙を流したサポーターたちだけに感激を抑えることができなかったのだ。試合前から異様な雰囲気に包まれた川越競技場は、7403人の観衆で超満員。試合2時間以上前から競技場周辺は大渋滞し、柏イレブンを乗せたバスが遅刻しそうになった。やむなく反対車線をストップさせ、強行突入して間に合わせた。


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1994.10.23 川越

【日刊スポーツ】
午後3時48分40秒だった。昨年11月17日、昇格落選が決まってスタートした長い戦いが、ようやく終わりを告げた。「ワシーワ、レイソル、カシーワ、レイソル」。6000人近い柏サポーターの大音響に、砂川主審の笛も聞こえない。紙ふぶきと、黄色いテープが投げ込まれ、サポーター2000人がなだれ込んでくる。前半34分に決勝点を挙げたカレカはその瞬間、天を見上げて十字を切り、セルジオ監督はガッツポーズをするや、ベベットコーチを抱き合ったまま、しゃくりあげる。二人のベテランは、胴上げの輪から少しはなれて、笑顔で若手を見守っていた。戸塚哲也は「スライディングもヘディングもしちゃつたよ。久々にココが熱くなった」と心臓を指さす。柱谷幸一も「シビれた、4割くらいしか、力を出せなかったね」と、苦笑した。「どうもありがとう。長い1年を支持してくれた皆さん、Jリーグでまた戦おう」。世界中の修羅場をくぐってきたカレカが目を赤くし、お立ち台で絶叫する。「負けたら全て消える残酷な一戦」(カレカ)を決めたのは、やはりエースのシュートだった。警告による出場停止で3試合欠場。大事な終盤戦に臨む前の心の安らぎを求めて、カレカは教会で祈ったという。「まるでW杯のような気分だった。準優勝は残念だが、来年もある。シャンパンないの?」と、スタッフに笑顔で注文を出した。昨年の落選後も、カレカは柏残留を選んだ。子供たちを地元の公立小学校へ入れて地域に溶け込み、チームでは主将としてリードを続けた。「レイソルも我が家も一体となった。家族の勝利です」と、観戦したファッチマ夫人は涙ぐんだ。5敗という思わぬ誤算。エースの3試合出場停止。さらに監督の出場停止など、多くの苦難を乗り越えられたのは、確かに現場やクラブ関係者、サポーターたち「家族」力だったのかもしれない。「本当に長い1年だった。でも、そう浮かれちゃいられない」と、セルジオ監督は言った。
歓喜に沸くJR柏駅前では、午後6時過ぎから「柏J昇格」を伝える日刊スポーツの号外が配られた。すでに柏の勝利を知っていた人は昇格までの道程をつづった記事を目にし、感慨深げ。中には号外を手にして初めて昇格を知る人もいて「本当、やった」と大騒ぎ、屈辱の1年でレイソルの存在が市民に根付いたことを証明した。号外は8000部用意されたが、30分足らずであっという間にさばけてしまった。柏イレブンは午後9時20分、柏駅前に凱旋した。「1994年柏レイソルJFL終了報告会」と、あくまでも昇格をうたってはいないが、実際は昇格祝いのよなもの。決勝ゴールを決めたカレカは、自らタンバリンを手にして「レイソール、レイソール」と叫んで2000人を超すサポーターと喜びを分かち合った。選手を乗せたバスは駅前通りを即席パレード、沿道を埋めた大サポーターの歓声に応えた。


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1994.10.23 川越

【スポーツニッポン】
試合終了と同時にサポーターがグラウンドになだれ込む。異様な雰囲気の中で、カレカですら興奮を抑えることはできなかった。「Jリーグ、オーレ」約2000人のサポーターと報道陣にもみくちゃにされながらカレカが雄叫びを上げた。JFLの優勝はならなかったが、この日の勝利でJ昇格条件の2位確保。ついに最大の目標「Jリーグ」が現実のものとなった。嬉し涙にくれる選手とサポーターに胴上げされたセルジオ監督も「今日は長い1年を代表する試合。神様にお礼を言うしかない」と語尾を震わせた。「負ければ2年連続昇格は見送り」というプレッシャーの中で、勝利を決めたのはやはりカレカだった。加藤の左CKがゴール前で混戦になり、こぼれた所をカレカが執念でねじ込んだ。NTT関東に何度となくチャンスを潰され、嫌なムードが漂い始めていた矢先のゴール。カレカが歓喜のダンスを踊れば、スタンドからも耳をつんざくばかりのカレカコールが響き渡った。長い道のりだった。昨年は平塚、磐田とともに準会員として戦ったJ1リーグで5位。川渕チェアマンの「Jリーグ杯でベスト4に残れば…」の救済策にも応えられず、3チーム中唯一、昇格を見送られた。選手、スタッフを含め、柏の落胆ぶりは想像を超えた。だが、カレカは技術的にも精神的にも、常にチームの支柱として夢を追いつづけた。今季、出場した25試合ではチームNo1の19得点を上げ「得点した試合は負けない」のカレカ神話を作った。試合に負けてイレブンががっくりしていれば「まだ、終わったわけじゃない」と励ましのカツを入れた。カレカはまさに、柏の救世主だった。J昇格が正式に決定するのは来月15日。「Jリーグでもいいプレーを披露する」。元ブラジル代表のエースストライカーは、自信いっぱいに胸を張った。


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2005年02月16日

1994.10.23 川越

【報知新聞】
褐色の顔を濡らしているのは汗か、涙か。レイソルの大旗を持った汗まみれのカレカがメインスタンドに突進する。たった一つの勝利に世界の大舞台を知る男が誰よりも興奮している。「Jリーグ!」。その口から飛び出した絶叫に近い大声。これ以上の言葉はいらない。「この90分が我々の1年間の全てを決める」。試合前、カレカはイレブンに言った。昨年11月16日の昇格見送りから341日。ついにやって来た運命の日。その腕に巻かれたキャプテンマークの色は「希望」を意味する緑色。「W杯のつもりで試合に臨んだ」という世界的ストライカーの左足がうなったのは前半34分だった。加藤の左CKからのこぼれ球を倒れ込みながら豪快にゲット。初めて歓喜のダンスまで披露した。運命のホイッスルが鳴ったのは午後3時48分。笛の音と共に黄色と黒のレイソルカラーを身にまとったサポーターが次々とグラウンドに乱入。「カレカ、カレカ」。セルジオ監督の胴上げの間もカレカコールが止まらない。そして、カレカの胴上げ。スタジアム全員がヒーローが誰だったのかを知ったいた。「タイムアップの時、日本リーグで初めて優勝した時のように、うれしかった。仕事が一つ終わった感じだね」と汗まみれでつぶやいたのは戸塚。大仕事をやり遂げ、古巣への帰っていく。「この試合が長い1年を代表する試合になった。神様にお礼を言うしかない」と、目が真っ赤の監督がつぶやく。そう、ついにレイソル(スペイン語で太陽王)はプレッシャーと戦い続けたイレブンに、ほほ笑みかけ、柏レイソルの長く苦しい1年間が終わった。


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1994.10.23 川越

【サンケイスポーツ】
カレカと共に太陽王(レイソル)がようやく真の輝きを見せた。タイムアップを告げる笛の音が、歓喜の幕開けだった。2年越しのJ昇格。苦しんだ分だけ、喜びは大きい。セルジオ監督の目は真っ赤。アウェイのスタンドを埋め尽くした柏サポーターはフィールドに乱入。守護神カレカの元に殺到した。「最高だ。負けたら何も残らない状況でよく勝てた。私の長いサッカー人生の中でも最も印象に残る試合の1つだよ」。カレカは深くため息をついた。J昇格を平塚、磐田に譲った昨年の屈辱は忘れはしない。5位に終わったリーグ戦後、J昇格請負人として柏に加入したカレカ。ナビスコ杯ではまずまずの成績を残しただけに落胆は大きく、移籍の噂も流れた。が、「柏のために頑張る」とJ昇格に力を尽くすことを決めた。今季も序盤で3敗。大阪、藤枝に水を開けられ苦しいスタートを切った。そんな時、イレブンを叱咤激励し、引っ張り続けたのはカレカだった。「去年の悔しさを思い出せ、また同じことを繰り返すのか」。
運命の大一番で決めたのもカレカ。出場停止が明け4試合ぶりの試合出場。キャプテンマークをいつもの黒から「希望の色」(カレカ)の緑に変え、並々ならぬ闘志で挑んだ。CKのこぼれ球、体を張ってゴール前に飛び込み、値千金の一発を叩き込んだ。契約期間は2年後の1月31日まで。だが、柏の有賀業務副部長は「本人が希望すればいつまでもいてほしい。彼には特別ボーナスも送りたい」と最上級の賛辞を送った。「Jリーグ、やったぞ」と叫び、サポーターの大声援にこたえたカレカ、「第二のジーコ」となって来年のJリーグを席巻する。


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2005年02月15日

94 レイソル 最終節

10月23日、川越運動公園陸上競技場、快晴。観衆7403人。
午後2時キックオフ。

その時、煌く太陽は選手とサポーターの真上にあった。

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2005年02月14日

94 レイソル 第29節

10月16日、日曜日、日立柏サッカー場。川崎製鉄戦、観衆1万4765人。
その瞬間に立ち会おうと、スタンドは黄色の大観衆で埋め尽くされた。スタジアムばかりではなかった。この日、柏の街は異様な雰囲気が漂っていた。日が暮れると、街はいつも以上に静まり返った。それは歓喜の瞬間のためのものだった。105分後にその時が来るはずだった。30万市民が待ち続けたその瞬間が。30万市民の思いが日立柏サッカー場に注がれていた。
昼に行われた試合で、セレッソ大阪と藤枝ブルックスがそれぞれ大勝していた。ゲーム開始時点で大阪に勝ち星で並ばれ、得失点差は3差まで詰め寄れていた。
そして、円陣を組む選手の輪の中に、チームの柱カレッカはいなかった。カレッカの姿はスタンドにあった。
十分すぎるプレッシャーが若い選手の胸を締め付けていた。
「柏」は草野のワントップで試合に臨んだ。
午後6時、試合開始のホイッスルが鳴った。草野が立ち上がり早々の2分に、加藤からの右コーナーキックを頭で合わせ先制した。さいさきの良いスタートだった。しかし、攻めながらも追加点を奪えないままに前半が終わった。
後半になると気持ちが守りに入ったのか、攻撃の歯車がかみ合わない。徐々に流れが相手側に傾いていった。18分カウンターを決められ同点にされた。その後、草野が、菅野が、大熊が、棚田が、加藤が、怒涛の攻めを見せるが、相手GKが、クロスバーが、ゴールポストが、ことごとくボールを弾き返す。
延長戦でも決着がつかず、PK戦にもつれこんだ。
川崎製鐵が先蹴、1番目がきっちり決める。「柏」の1番目はネルシーニョだった。ボールは左に跳んだキーパーに弾かれた。「柏」2番目は加藤だった。これまた左に跳んだキーパーに弾き返された。3番目の沢田は決めた。相手4人目、福原のキックに土肥は左に跳んだ。しかし、ボールは彼の動きとは逆の方向に飛び込んでいた。試合の決着がついた。
瞬間、スタンドのカレッカは天を仰いだ。1万4765人が凍りついた。スタジアムが、静寂に支配された。
シュートを8本も放ちながら1つのゴールだけに終わった草野が声を上げて泣いていた。加藤、菅野も目を真っ赤に腫らして泣いていた。カレッカは引き揚げて来る仲間の頭を一人一人優しく撫でるしか、すべをしらなかった。
足をいため途中交代した柱谷が「負ける時ってには、こんなもんだよ」ぽつりと言った。「柏」が放ったシュート30本。勝利をものにした川崎製鐵のシュートは6本だった。
最終節NTT関東戦の会場は、川越運動公園陸上競技場だった。
「川越へ行こう」そう思いながら、サポーターはようやく重い腰を上げ、スタジアムを後にした。いつになく長い間灯されていた照明塔の明かりが、静かに消された。


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2005年02月13日

94 レイソル 第28節

10月13日木曜日、コスモ石油戦。三重県営鈴鹿スポーツガーデン、観衆7100人。
この日のディゲームでライバルのセレッソ・ブルックスがともに敗れていた。
ベンチ入りを禁じられていたセルジオ監督は、トランシーバーを片手にスタンド最上段に陣取り、ベンチではフィジカルコーチのベベットが指揮をとることになった。先発FWに戸塚、ロペスが起用された。
午後6時30分キックオフ。前半36分、8試合ぶりの先発出場のロペスがゴールを決めた。しかし、後半28分にはコスモ石油に決められ同点とされた。連戦の疲れからか、あるいは極度の緊張からか、選手の足が止まる。カレッカがベンチの後ろから声を張り上げた。「ロペス、バーモス」。ロペスがかすかに頷いたようにも見えた。34分、「柏」のコーナーキックからの波状攻撃、いったんクリアされたボールを粘り強くつなぎ、交代出場した菅野が頭でシュート。ボールはバーに跳ね返されたが、詰めていたロペスが足で押し込んだ。これが決勝点となり、昇格へ王手をかけた。(台風の影響で試合数が一つ少ないセレッソとブルックスの直接対決が20日に予定されていた)あと一つの勝ち星でJリーグの切符、Jリーグの「エンブレム」を手中にすることができるのだ。そして、その日は3日後にやってくる。スポーツニュースを見終えた柏市民は、言い様もない胸の高まりを感じながら、テレビのスイッチを切り、安らかな眠りについた。
この日警告のカードをもらったロペスと梶野が通算3枚目のカードとなり、次の試合に出られなくなり、戦力が大きくダウンするのは否めなかったが、それを気にする柏市民は誰一人としていなかった。

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2005年02月12日

94 レイソル 第27節

10月9日、日曜日。日立柏サッカー場、観衆1万3162人。
前節のレッドカードでカレッカと大倉が出場停止のため、FWには横山と戸塚が起用された。相手はNEC山形。前期7-0の大勝をしている相手だった。何の問題もない相手だった。実力の違いがはっきりしている相手だった。それを一番知っているはずのセルジオ監督だった。そんな相手だったからこそ、前半を0-0で折り返したことが、彼の苛立ちを高めていた。そしてその監督がキレた。後半16分、沢田がオーバーラップしてペナルティエリアに入った、直後山形のDFに足を掛けられ転倒した。1万3000を超す観衆はPKを確信した。しかし、高田主審の笛は鳴らなかった。その瞬間、監督は右手に持っていたペットボトルを思い切り地面に叩きつけた。赤いペットボトルはピッチに飛び込んでいった。ボトルはピッチ内20辰鯏召って止まった。それでも主審は気づかず試合は継続されていた。1分後の17分、戸塚・柱谷と同時期に横浜フリューゲルスから移籍し、途中交代した草野が得点し、試合が止まった。予備審判から事実を告げられた高田主審は、直ちに監督に対し退席を命じた。退席した監督はスタンドの最前列からベンチに指示を送ろうとし、慌てて柏フロントがこれを制止した。試合はその後、39分ネルシーニョ、41分再び草野が得点し、3-0で終了した。終わってみれば、監督が退席するという予想外の展開意外は、なんの変哲もない試合だった。

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2005年02月11日

94 レイソル 第26節

10月5日水曜日。博多の森競技場。観衆3754人。その中に柏からのサポーター40人がいた。その一角だけが黄色に揺れていた。選手には絶対負けられないというプレッシャーが襲っていた。
午後7時1分、試合開始のホイッスルが会場に響き渡った。その余韻が消え止まぬまま34秒後、「柏」DFが隙をつかれ、PJM森にゴールを決められた。苦手意識が「柏」イレブンの胸に去来する。プレッシャーが加速度的に増大された。焦りが選手の動きを完全にぎこちなくさせていた。焦りを感じる時間帯ではなかったはずだ。しかし、全選手が何かに憑かれてしまっていた。そして、23分ウーゴ・マラドーナにPKを決められ0-2とされた。直後の25分、相手DFの執拗なマークに思わずカレッカが肘を使って応酬、カレッカに近づいた梅本主審が掲げたカードの色は赤だった。残り65分を10人で戦わなくてはならなくなった。44分、森に追加点を許し、試合は決まった。
追い討ちをかけるように、前半ロスタイムには、大倉にもレッドカードが出され、博多の森競技場のピッチに「柏」のフォワードは一人もいなくなった。
試合終了を告げるホイッスルが悲鳴のように聞こえた。痛恨の4敗目だった。
「点を取られて苛立ちがあった。相手よりも自分に負けた」最悪の34歳の誕生日になってしまったカレッカは肩を落とした。昇格へようやく手の届くところまで到達した。それが、逆に空回りとなってしまい、気負いとなつて表れた。世界の大舞台を経験し尽くしたカレッカでさえ、例外ではなかった。「PJMが良かったわけじゃない。自滅だよ」監督が言葉を吐き捨てた。
残り4試合。悲願の昇格へ、最大の正念場がやって来た。

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94 レイソル 第25節

9月29日、日立柏サッカー場。25節の対戦相手は本田技研だった。
首位にたって初めての試合に、木曜日にも関らず1万1987人が集まった。しかし、天候は曇り一時雨、不吉な雨が絡んでいた。
18時30分のキックオフ。不安を拭うように、前半34分にネルシーニョが直接フリーキックを決め、1-0で前半を終了した。後半に入り、一方的に攻めながらも追加点が奪えない。試合は動かず、そのまま守りきったかと思われた42分、本田のMF大中に決められ、延長戦に突入した。延長前半11分にカレッカのセンタリングを大倉が決め、どうにか勝利をものにした。
21本のシュートを放ち一方的に攻めながらも得点ができない試合内容に監督は試合後、怒りをあらわにした。「FWに点を取る意欲が感じられなかった。ファイトを持っていたのはカレッカだけだった」。当のカレッカも10本のシュートを放ちながら、この日もゴールは決められなかった。7試合連続で得点を上げることが出来ていない。
しかし、結果的には連勝を13に伸ばしていた。首位も守っていた。「幸せをつかむためにも負けられません」。大倉が全選手の気持ちを代弁したが、肉体的にも精神的にも疲れはピークを超えていた。まさに薄氷を踏む勝利だった。その連続だった。

次節は、前期PK戦で負けたPJMだった。

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2005年02月09日

94 レイソル 第24節

西京極、京都パープルサンガ戦。9月25日。
前日の24日には首位のセレッソが東京ガスに延長前半にVゴールを決められ、3敗目を喫していた。「柏」は勝ちさえすれば得失点差で初めて首位に立つという試合だった。セルジオ監督はこの状況を逆に心配していた。「緊張と気合がごちゃまぜになった状態だった。普通の状態になれるのかなと思っていた」。そんな心配も杞憂に終わった。
前半14分、右サイドからのネルシーニョのセンタリングをカレッカが頭であわせた。相手GKのこぼれ球を大倉がゴールした。チームは一気に波に乗った。後半になって、戸塚に代わって、棚田がピッチに立った。交代6分後の28分、その棚田が2点目を決めて、食い下がる京都の息の根を止めた。
「やっとここまでたどり着いた」初めての首位に、カレッカは笑顔を見せた。前年の新人王、棚田は「今は実感がないけど、明日になれば」と極上の笑みを浮かべた。

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2005年02月08日

94 レイソル 第23節

9月18日、日曜日。藤枝ブルックス戦。セレッソ大阪戦を上回る1万4890人のサポーターが再び日立柏サッカー場に集結した。絶え間のない声援が今回も続いた。勝利を目指してピッチとスタンドは完全に一体化していた。熱気がスタンドに充満していた。その熱気はピッチにまで押し寄せていた。ややもすれば、気負いで硬くなる一戦だった。
その力みを解いたのは24歳の加藤だった。立ち上がりからの藤枝の猛攻にたじたじとなっていた前半36分、カレッカのセンタリングを胸でワントラップ、落ち着いて右足でシュート。ボールはゴール右隅に決まった。貴重な先制点だった。
後半も藤枝の猛攻は続く。5分、18分、35分。ヘジス、「ミラクル洋一」土肥がしっかりと守った。全員で守りきった。
「内容は最悪。でも結果は最高。こういう試合をモノにすることで、チームが成長していくんだよ」移籍後初めてのFWを努めた戸塚が胸を張った。目の上のたんこぶ、藤枝を倒して、2位に浮上した。「約束」である2位に。「昇格」はすぐ目の前にあった。

1万5000の観衆の誰しもが、栄光のカウントダウンが始まったと思った。

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94 レイソル 第22節

東京ガスとの戦い。9月15日、祝日の江戸川競技場は横殴りの雨だった。東京ガスは後期に入って6連勝中。前夜から降り続いた雨で水を含んだ芝生は、ボールを回してチャンスを作る「柏」の攻撃パターンを完全に封じてしまう。「柏」にとっては最悪のコンディションだ。平均年齢23歳の若手中心の東京ガスには勢いがあった。「柏」より4歳若いチームだった。試合の主導権は常に東京ガスが握っていた。4900人の観衆のほとんどが柏サポーターだった。黙りこくった観衆の後ろから、わずか10人足らずの東京ガスのサポーターの怒号ともいえる激しいヤジが、容赦なく柏選手に飛ぶ。しかし、それに反発する気力もない。黄色のサポータの肩に雨は降り続いていた。二度と来たくないスタジアムだ、そう思った。苦しんだ試合だった。アウェイとはこんな試合なんだと今更ながら思い知らされる試合だった。が、歓喜の時はやって来た。
0-0で迎えた後半36分、柱谷のコーナーキックを東京ガスのキーパー堀池がパンチングでクリアする。ボールはネルシーニョの目の前にこぼれた。彼は難なく左足でダイレクトに押し込んだ。
柏サポーターの歓喜の前に、10人の東京ガスサポータは沈黙した。
連勝を10に伸ばした。

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2005年02月07日

94 レイソル 第21節

9月11日、日曜日。首位セレッソが乗り込んできた。前売り券は発売開始すぐの6月に完売となっていた。開門を通常より1時間早めた。1万4850人の観客がなだれ込んだ。会場は「熱気」「興奮」とは違う、異様な雰囲気だった。選手はもちろん、サポーターもこの戦いの持つ意味を十分理解していた。
「柏」は15得点を誇るロペスに代え、ディフェンスのヘジスを起用した。守備重視のカウンター攻撃型に戦術を変えたのだ。
午後6時キックオフ。
試合前から続くこの異様な雰囲気を、ベテラン戸塚はむしろ楽しんでいた。カレッカとのコンビネーションは試合を重ねる度に良くなってきている。前半9分、彼はオフサイドラインぎりぎりに位置しながら、カレッカのスルーパスを受けると、強烈なゴールを決めた。20分にPKで同点にされるものの、30分大熊がゴールし、再びリードする。圧巻は38分のカレッカだった。相手コーナーキックのクリアボールを自陣で拾うと、一直線にドリブルでゴールを目指し、左サイドを駆け抜け、そのままトップスピードでDF二人を振り切った。ペナルティエリア内でたまらずセレッソ梶野(弟)が足を掛けてしまう。PKだ。ヘジスがきっちりこれを決めた。ダメ押しの3点目が入った。その2分後大倉が決めて4点目をあげた。4-1前半で勝負は決まっていた。
試合終了のホイッスルが高らかに鳴った。
セレッソに二つ目の黒星をプレゼントした。前期に与えた黒星はPK戦によるものだったが、今回のは完勝によるものだった。勝利差1まで追い詰めた。
スタンドの歓声はいつまでも続いていた。そして、柏駅に向かうレイソルロードは熱い興奮とざわめきに包まれながら、黄色い川となりとうとうと流れ始めていた。
次の試合が楽しみだった。


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2005年02月06日

94 レイソル 第20節 

厚木荻野運動公園、9月4日、対富士通戦。
開始早々の4分、ネルシーニョがゴールし、リードする。出場停止のカレッカに変わって大倉が前にいた。その大倉に22分、加藤からパスが出た。ゴールを背にしてボールを受けた彼は、そのまま数歩下がり、振り向きざまに左足でシュートを放った。右サイドネットを揺るがすボールを、大倉はしっかりと見届けた。12試合ぶりのゴールだった。後半23分にはロペスのセンタリングを右足で決め、とどめを刺した。「負けたくない」気持ちが消極的なプレーを生み、ここ2試合Vゴール勝と苦しんでいるチームを救う、大倉の大活躍だった。次節のセレッソ戦をにらみ、この時点で監督は通算警告2枚のロペスを下げた。
「カレッカがいなくて、みんながまとまった。逆に結束力がでたね」梶野はそう振り返った。

1週間後には首位セレッソを柏に迎え撃つ。

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94 レイソル 第19節

9月1日、甲府クラブ戦、甲府・小瀬陸上競技場。
午後3時のキックオフ。コンディションは最悪だった。ピッチ上の気温は40度を越していた。加えて、芝は10造魃曚┐討い拭A案に「柏」側がJFL実行委員に抗議したが、「県の持ち物だから、手は出せない」と芝の刈り込みを拒否されていた。梶野34歳と、カレッカ、戸塚、柱谷の33歳トリオだ中心の「柏」を予想以上の疲労が襲っていた。16チーム中14位と各下との戦いだったが、体を張ったディフェンス陣の壁を破ることができない。後半24分にはカレッカがPKをバーに当てて外す。0-0で延長戦突入。延長後半7分にカレッカがイエローカードをもらう、「マイボール」と叫んだのを線審に対する暴言ととられたのだ。次の試合に出られなくなった。
苦しい試合にピリオドを打ったのはロペスだった。加藤からの右コーナーキックを頭で合わせた。背番号16が大きく両手を広げた。芝生の観客席から柵を超えサポーターが駆け寄った。
2試合連続のロペスによる、頭でのVゴールだった。

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2005年02月04日

94 レイソル 第18節

8月28日、日立柏サッカー場。1万3124人。前期の戦いで黒星を喫している大塚製薬が相手だった。
前半1分に戸塚がゴールを奪う。楽勝ゲームの思いがサポーターに生まれたが、その後は攻め込みながらもゴールが割れないまま、前半が終了した。そして、後半29分追いつかれた。35分沢田のゴールで勝ち越すものの、43分再び同点ゴールを奪われ、延長戦へともつれ込んだ。
翌朝の新聞には「嫌なムードが漂った」と報道されたが、前節の勝利を体験している選手、そしてサポーターに苛立ちはなかったはずだ。信じて戦うこと、信じて見守ること、延長戦を前にして、日立柏サッカー場はいつになく落ち着いた静けさが漂っていたと思う。
スタジアムを揺るがす大歓声が起こったのは、延長前半7分のことだ。左からのネルシーニョのフリーキックにロペスが頭で合わせてゴール。
「ワールドカップの決勝戦みたいだった」カレッカが語った。
スタジアム全体が大きく黄色に揺れた。

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2005年02月03日

94 レイソル 第17節

8月25日、等々力競技場。相手チームは東芝。
試合途中から雨が降り出していた。17節を迎えていた。やばい相手だった。赤と黒の縦じまのユニホームは嫌な相手だった。前年は2戦して2敗だった。前年15節、ホームで0-5と大敗を喫し、昇格の夢を無残に打ち砕かれたチームだった。加えて「柏」にとっては不吉な雨が降り出してしまった。
前半21分2枚目のイエローをもらった柱谷がピッチを去った。残ったのは10人だった。東芝の怒涛の攻めが続いた。前半35分相手バルディスに先制を許した。44分ラッキーな相手オウンゴールで1-1の同点に。しかし、後半13分再びバルディスのゴールで1-2、またもやビハインドのゲームになってしまった。カレッカの同点ゴールが決まったのは33分だった。一方的に攻められていても、冷静だったのは彼一人だったのかもしれない。試合は振り出しに戻った。そして、その時が来た。延長突入を思い始めた41分だった。加藤の右からのコーナーキックに、ゴール前にいたカレッカが跳んだ。ボールは頭をかすめたのか、微妙にコースを変えたようにも見えた。そして、ゴール右ネットが揺れていた。両手を上げる彼に、同僚が次々に抱きついた。
因縁の試合だったのかも知れない。両チーム対し10枚のカードが出されていた。10人で守るゴールを東芝が絶え間なく襲う。常にリードを許した苦しい展開の試合だった。負ければ自力昇格が絶望的となる強烈なプレッシャーもあった。「負けるなんて少しも思わなかった。気合で勝ちに持ち込むしかなかった」。雨と汗で重くなったユニホームをカレッカはスタンドに放り込んだ。
カレッカコールはアウェイ等々力のスタンドでいつまでも続いていた。

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94 レイソル 第16節

8月21日、後期が始まった。日立柏サッカー場。相手は前半戦を終え最下位の西濃運輸。観客1万864人。
開始1分、戸塚の右からのフリーキックをロペスが頭で決め早くも先制。14分には再びロペスのゴール。21分にはカレッカが決め、3-0とする。23分戸塚のゴールで4-0とすると、28分には柱谷の移籍後初ゴールが生まれた。「もう一つも負けられない。トーナメントの気持ちでいきますよ」試合後、柱谷はそう語った。相手が最下位とはいえ、前半を5-0で終えた。柱谷が語ったように、後半に入っても「柏」は攻撃の手を緩めなかった。後半34分にはカレッカが決めた。終了間際に1点を返されるが、6-1で試合終了。
「柏の戦いぶりが見たくてね。私もこれからはJFLに足を運ぶし、各理事も柏など候補のチームを実際に目で見に来るよう伝えているよ」。スタジアムを訪れた川渕チェアマンは納得の表情でそう語った。
日立柏サッカー場は5000万円かけて、それまでの野芝から国立競技場と同じティフトン芝へ張替えを終えている。そのため前日から続いた大雨にもピッチはベストの状態だった。

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94 レイソル ナビスコカップ

94ナビスコカップはJリーグ12チームとJリーグ準加盟のレイソル・セレッソを加えた14チームのトーナメント方法で行われた。
その1回戦、7月27日、博多の森陸上競技場。
カレッカの先制ゴールも及ばず、マリノスに1-2の逆転負け、初戦を突破できなかった。来日以来続いていた、得点した試合は勝利するという「カレッカ神話」も崩れた。
この日、ゴールキーパーには先発メンバーで最も若い21歳の土肥洋一が起用された。以降、彼はレギュラーの座を守り続け、「ミラクル洋一」と呼ばれることになる。
セレッソも敗退した。

8月16日のJリーグ理事会は、京都パープルサンガとPJMフューチャーズの準会員申請を承認、昇格に向けての4チームによるサバイバルマッチが繰り広げられることとなった。

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94 レイソル 第15節

6月16日、第15節。前期最終節。岡山県営陸上競技場。川崎製鉄戦。
前半33分、相手の先制を許した。しかし、39分、ロペスからのセンタリングを戸塚が同点のゴールを決めると、その3分後には、沢田のセンタリングを相手DFがクリアミス、すかさずネルシーニョがヘッドで叩き込んで逆転に成功。後半21分にはカレッカが駄目押しのゴールを決めて試合を終えた。
前期の戦いを終え、1位、セレッソ大阪14勝1敗。2位、藤枝ブルックス13勝2敗。3位、柏レイソル、12勝3敗。「柏」の得失点差32はリーグトップだった。

リーグ戦は8月21日からの後期開始まで、しばしの中断期間に入った。

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2005年02月02日

94 レイソル 第14節

カレッカと同じ33歳の二人が、黄色のユニホームを付けグラウンドにいた。背番号46の戸塚哲也、45の柱谷幸一。真新しいユニホームに少し照れた笑いでピッチに立っていた。
6月12日、日曜日。日立柏サッカー場は雨だった。33歳の3人を応援するため、いや、33歳の3人の経験にすがる気持ちで、雨の中1万3348人が集まった。対戦相手は前年J2で4位の成績のコスモ石油(三重県四日市市)だった。
前半の7分だった。柱谷が中盤でキープしたボールを戸塚にパス。丁寧につないで戸塚がゴール前に運ぶ、そして左サイドで待つカレッカへ。カレッカが右足を振りぬいた。ボールがゴールに吸い込まれた。試合開始わずか7分での「33歳トライアングル」の誕生だった。すがる気持ち、あるいは祈る思いで、3人を見つめていたサポーターにとって、それは、あまりにもあっけない夢の現実化だった。
そして、この1点がその後の「柏」の怒涛の攻めの狼煙となった。23分、ロペス。25分、加藤。39分ロペス。41分、ロペス。後半21分、カレッカ。33分、ロペス。前節に続いての7-0の圧勝。戸塚は攻撃的MFとして、柱谷は右サイドのMFとしてディフェンスラインからボールをつなぐ。そして、タメを作ってから最前列のカレッカ・ロペスにボールを送る。単調な縦一本の攻撃から緩急自在の攻めに「柏」のプレーが変身した。トップに専念できたカレッカ・ロペス二人で6点を叩き込んだ。さらに両サイドバックが攻撃参加するという二次的効果も生まれた。いつもはポルトガル語で答えるセルジオ監督は興奮のためか日本語でこう語った。「全然違う。大人のチームになった」。
スタンドで幸一の再出発を見守っていた弟哲二が笑った。「兄貴は素晴らしい。これからのレイソルは何点でも取れるよ」。
レニィデイ、「柏」にとって雨は不吉の象徴だった。けれどもこの日、6月の雨は柏にとても優しかった。

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2005年02月01日

94 レイソル 第13節

6月9日、木曜日。対NEC山形、山形球場。平日にも関らず1万5835人というJFL最多の入場数を記録した。試合前から雨が降り出した。
前半15分加藤、棚田とつないだパスをカレッカが右足ボレーで決め、1点目。29分加藤、2点目。35分棚田、3点目。36分、ドリブルから右足で再びカレッカ、4点目。43分、PKをカレッカ、5点目。カレッカ、ハットトリック。前半が終わった。
1万5835人の中に何人のNEC山形のサポーターがいたのかはわからない、しかし、それ以外の観客にとって、なんとも幸運な前半戦だったに違いない。
後半34分DFネルシーニョ、35分、右サイドからのセンタリングをカレッカ。
しかし、大量得点にもかかわらず、試合後4得点を上げたカレッカは報道陣の前で、自らのプレーについては一言も語らなかった。彼の口から出たのは反省の言葉だった。「前半は良かったが、後半がいけない。若手の気が緩んでしまった」。
この日の7得点で、得失点差を23に伸ばした。首位セレッソの28には及ばないが、同じ3敗のPJM、「京都」とは10点以上の差がついた。
価値ある7-0だった。前節の悪夢を振り払うに、十分な勝利だった。

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2005年01月31日

94 レイソル 第12節

6月5日、日曜日。日立柏サッカー場。この年からホームタウンを浜松から鳥栖に変えたPJMフューチャーズが相手だった。観客1万4798人。
試合は前半39分、PKをウーゴ・マラドーナが決め、先制した。前半44分、相手MFがこの日2枚目のイエローカードをうけ退場となった。実はこの退場劇から混乱の始まりがあったのだ。実際の退場となった44分の3分前に、この選手に2枚目のイエローが与えられていたのだ。本来ならば、当然この時点で自動的に退場とならなければならない。しかし、主審は気づかずプレーを続行させていたのだ。「柏」側が予備審判を通して抗議し、プレーが止まった時点で退場が決定された。この3分間に「柏」は、コーナーキックのチャンスに恵まれたが、得点にはいたらなかった。主審のミスジャッジが、試合の流れを変えるものになった、と言うのは言い過ぎか。
数的有利になった「柏」だが、後半の得点は加藤の1点だけ。延長に入っても得点は上げられなかった。
PK戦はいつものようにカレッカからだった。「読んでました。ブラジル人はあそこに蹴ることが多いんだ」。試合後声を弾ませて、そう語ったPJM加藤竜二の胸に、ボールはいとも簡単に収まった。スタンドから悲鳴が聞こえた。
この時点で「柏」は敗北していたのかも知れない。続くロペスのボールも右ポストに阻まれた。
勝利に歓喜したPJMオーナーが旗を打ち振ってピッチに飛び出し、係員に取り押さえられた。
出口付近で双方サポーターによるトラブルがあり、メガネが割られた。県警パトカーが出動した。
ホーム柏での不敗神話が7で止まった。3敗目、順位も3位と下げた。
肩を落とした1万を超すサポーターの列が不気味な静けさで柏駅まで続いていた。風のない蒸し暑い夜、道は遠かった。

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2005年01月30日

94 レイソル 第11節

6月2日、日立柏サッカー場、対本田技研。木曜日のため、2674人の寂しい観客だった。
5分、8分とMF大熊が得点し2-0、楽勝のはずだった。しかし、その後がいけなかった。攻撃も守備もチグハグになった。後で監督が「楽になるはずなのに、集中力が欠けてしまった」と言うように、精神力の弱さが露呈した。13分、38分と本田技研に得点され、瞬く間に同点とされた。寂しい観客席から、空ろなため息がもれた。その寂しいスタンドから大きな歓声が上がったのは、43分だった。棚田のクロスを相手DFがクリアミス、前線でもらったカレッカが、GKの動きを見て、ボールを浮かした。4試合ぶり、通算8点目のゴールだった。「柏」が息を吹き返した。1点リードで前半戦を終えた。後半9分にはカレッカのアシストを受けた沢田がゴール、本多に1点返されるものの、終了間際にロペスが得点し、本田に引導を渡した。しかし、危ない試合だった。守備陣のミスから3点をも簡単に献上してしまった。勝利の立役者のカレッカも「試合内容が最悪だよ。チームプレーが全然できていない」。
危ない試合を乗り越え、チームは再び2位に浮上した。

翌3日、「柏」はヴェルディ川崎のMF戸塚哲也(33)、浦和レッズのMF柱谷幸一(33)、横浜フリューゲルスの草野修治(24)の3人の移籍獲得を発表した。

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94 レイソル 第10節

5月29日、日曜日。日立柏サッカー場は9戦全勝の京都パープルサンガを迎えた。スタジアムは1万4845人の大観衆で埋まった。文字通り立錐の余地のないスタンドだった。
前半33分カレッカのアシストでロペスが決めたが、後半の21分に「京都」に得点を許し、同点に。試合は延長戦になだれ込んだ。延長後半7分、コナーキックのこぼれ球に追いついたカレッカが痛みの残る右足に最後の力をこめてセンタリングを上げた。後方から攻撃参加して突進するネルシーニョに照準を合わせたのだ。相手DFに競り勝って放ったネルシーニョのヘディングシュートは柏サポーターが見守るゴール右に突き刺さった。カレッカが酷評していたVゴールでの勝利だった。
112分間ピッチを走る続けることで、彼はイレブンを鼓舞していた。得点全てをアシストした。セルジオ監督はこう語った。「代えることも考えていた。我慢してよくやってくれた。彼の頑張りが最後のシュートにつながった」。
全勝「京都」に土をつけた。
首位から1勝差に5チームがひしめく混戦になった。
灯りかけていた「赤信号」が、とりあえず消えた。

スタジアムで「柏」の勝利を見届けたのは柏サポーターばかりではなかった。移籍が内定しているヴェルディ川崎の戸塚哲也がVIPルームで観戦していた。カレッカと同じ33歳の彼だが、セルジオ監督は以前から「カレッカが孤立している。前線にラストパスを出せる有能なMFが必要」としていた。狙ったのが戸塚だった。戸塚はノーコメントで会場をさった。だが、好意は得た様子だった。

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2005年01月27日

94 レイソル 第9節

5月22日日曜日、第9節。藤枝市民グラウンド、藤枝ブルックス戦。
スターティングメンバーにやはりカレッカの名前はなかった。サブメンバーのリストにも。黒のジャケットに同じく黒のジーンズ姿の彼は、スタンドにいた。芝が生えそろっていなく赤土の見える藤枝のピッチに、「こんなひどいグラウンドでは、出せない。次が大事だから」。セルジオ監督は次の京都戦へエースを温存した。
前半23分アイルトンの先制ゴール。だが、28分に藤枝が追い付く。後半15分またもやアイルトンがゴールを決め、1点のリード。20分藤枝の同点ゴールが決まる。28分、34分と相手藤枝にゴールを許した。37分に大熊が決めるものの、試合終了の笛がなった。まさかの3-4。大熊のゴール後、藤枝陣内に深くまで攻め込んだものの、2度のオフサイドを取られ、あと1本が出ず、勢いに勝る相手の逃げ切りを許してしまった。オフサイドの判定にカレッカはスタンド最前列まで飛び出して猛然と抗議、試合終了後にも引き揚げて来る審判団に抗議を繰り返した。
2敗目、4位と順位を下げた。前年の悪夢が甦った。

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94 レイソル 第8節

5月19日、木曜日。日立柏サッカー場、対東京ガス。
先発FW、カレッカ・ロペス・谷。
前半8分カレッカのアシストで、ロペスが相手GKの頭越しに先制する。その7分後カレッカに異常事態が起こった。右足の付け根をさすりながら、ベンチに向かってサインを送った。ギブアップサインだ。痛む足を引きずりながら戻ってくる。スタジアムの観客7053人が騒然とする。交代は大倉だ。カレッカが去った「柏」は苦しい試合を余儀なくされた。しかし、後半38分大倉がゴール。続く44分、谷がゴールを決めた。カレッカを欠いたFW陣が何とかふんばりを見せ、3-0の完勝という結果は手にした。
カレッカの負傷個所は5日の大塚戦で痛めたところ。前年から気にしていたところだ。「先制したので大事をとっただけ」とのコメントを残し、勝利を見届けて会場を後にした彼だが、いつもの笑顔は見られなかった。

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2005年01月26日

94 レイソル 第7節

5月15日。注目の準会員同士の対決。6戦全勝のセレッソ大阪との「長居」での戦いだった。アウェイでの戦いだった。1万人の観衆の中でのアウェイだった。スタジアム全体がセレッソピンクで埋まっていた。「柏」、GK・郷士、DF・沢田、梶野、ネルシーニョ、飯田(交代・谷)、MF・下平、加藤、大熊(交代・石川)、FW・カレッカ、ロペス、大倉。
13時3分キックオフ。前半22分セレッソDF川前の先制ゴール、後半6分セレッソトニーニョのゴールで、0-2。
この時点で、長居第二陸上競技場をピンクに染めたスタジアムのサポーターは勝利を確信したに違いない。連勝を7に伸ばしたと。事実一方的に攻められていた。カレッカもシュートを打てなかった。そんな中での後半19分だった。加藤が右サイドから大きく放り込んだボールにカレッカが雄叫びを上げて飛びつく。頭であわせたボールは、ゴール右隅に吸い込まれた。守りに入っていたセレッソの一瞬の隙と突いた一発は、またたくまにゲームの流れをガラリと変えた。「柏」のDFラインは10メートルも上がり、早いパス回しからの波状攻撃が甦った。29分、途中交代の谷がセンタリング、中央からカレッカがシュート、こぼれ球をロペスが右足でゲット。同点に追いついた。そして2-2のまま試合はPK戦にもつれ込んだ。1発目カレッカ成功。セレッソ二人目の梶野弟が外し、「柏」5人目の梶野兄が右隅にきっちり決めて、アウェイでの勝利。
梶野兄、「兄弟そろって外すんじゃ格好悪いですもんね」。ガンバ大阪を解雇され、今春初めての兄弟対決、この試合が初めてのフル出場。ヤンマー時代から関西でならしたベテランが、相手の連勝を6で止めた。激戦で彼の言葉はかすれていた。
カレッカの一発は試合の流れを変え、その勢いはPK戦になっても変わらなかった。「それまではチームも私も、あまりにひどい内容だったね。今のレイソルに欠けている事は、ただ一つ。自分達は強いんだという自信なんだよ。自信さえ持てばいいプレーはできる。宝くじのようなPK戦だって勝てるんだよ」。カレッカは満足そうに語った。
7戦全勝の京都に続く2位に浮上した。

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2005年01月24日

94 レイソル 第6節

5月12日水曜日。日立柏サッカー場、対富士通。観客6981人。
開始早々の3分、富士通の先制を許し、ムードの悪い立ち上がりだったが、4分後にロペスが決めて同点。29分カレッカが沢田の右サイドのセンタリングをヘッドで合わせて逆転のゴールを決めると、ロペス、加藤がゴールを奪い、4-1のこれまた大勝。セレッソ大阪と京都サンガは連勝を6と伸ばしたが、同じく連勝を重ねてきた東京ガスは東芝に延長Vゴールで敗れていた。
爽やかな風の吹く、気持ちの良い水曜日の夜だった。

次の試合はアウェイ、セレッソ戦だ。

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94 レイソル 第5節

5月8日、第5節。甲府戦、日立柏サッカー場、観客1万98人。
前半9分、先制カレッカ。21分大倉。27分ネルシーニョ。この日の「柏」は攻撃の手を緩めなかった。
後半14分ロペスのPK。33分下平。5-0の大勝。
ロペスの起用でカレッカは2列目に下がり、マークを外して自由に動き回れた。ロペス、大倉にアシストパスを送ることができた。
初めてのポジションに、カレッカ「仕事が多くて参ったよ」。

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94 レイソル 第4節

5月6日、第4節。徳島球技場。
……… 敗戦を告げるホイッスルが耳に響いた。うつむきながらカレッカが胸で静かに十字を切った。
3連勝後の痛恨の1敗だった。惨敗だった。試合の主導権を握っているように見えて、シュート数は大塚製薬の10に対し半分の5本。中盤から前の全選手が攻めあがる度に、相手FWのカウンターアタックを簡単に許していた。こぼれ球もほとんど大塚に拾われていた。自陣左サイドを破られ続け、前半30分先制ゴールを奪われた。そして、その後も自慢の攻撃陣は沈黙したままだった。
十字を切ったカレッカは「全員が勝利に対する執着心を持って戦わなければ」。セルジオ監督も「頑張っていたのはブラジル人だけ。先に点を取られる試合はこれからも出てくるし、それを乗り越えなければ」と激しい口調。ちなみに、試合出場のブラジル人選手は、DFネルシーニョ、MFアイルトン、そしてカレッカ。大塚の得点者は、これもブラジル出身のワグネル。母国のスーパースターカレッカを相手の決勝ゴールに「彼から学んだことは多い。でも今日は大塚のお祭になってよかった」。
前年は大塚に対して2戦2勝、たやすい相手のはずだった。昇格失敗の原因となった、前年の「取りこぼし」を連想させる、いやな敗北だった。
昇格を目指すセレッソ大阪、京都サンガと東京ガスは連勝を4と伸ばしていた。

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2005年01月23日

94 レイソル 第3節

5月1日、第3節。日立柏サッカー場は1万2940人の観衆で埋まった。前年ホームで0-5アウェイで0-1といずれも敗れている苦手な東芝との戦いだった。立ち上がりから気合で上回る「柏」が押すが、前半は0-0.いやな予感は後半開始の笛と同時に現実のものとなった。わずか36秒、「柏」GK大橋のキックが流れ、東芝バルデスの絶妙なパスから独走した加藤のゴールで東芝が先制する。1点を追う「柏」が分厚い攻撃を仕掛ければ、東芝はカウンターを狙う。試合は一気に過熱した。
35分、昇格への執念が「柏」の同点ゴールを生み出した。谷のセンタリングが東芝DFのハンドを誘いPK。キッカーはもちろんカレッカ。右足から放たれたシュートは一度はGKに阻まれたが、こぼれ球をもう一度右足でシュート。同点ゴールで流れを「柏」に引き寄せて、試合は延長戦に突入した。延長前半9分その時がやって来た。「触っただけ、ゴッツアンのゴールです」決めた大倉が放心状態でグランドを走る。「無意識の中にいた」ほどの興奮状態の中で、無意識でカレッカに飛びついていた。左コーナーキックからのこぼれ球を右足で押し込んだのだ。大倉のこの試合唯一のシュートがVゴールとなって東芝ゴールを割った。
彼がカレッカに飛びついたのにはわけがあった。カレッカは開幕から2試合ゴールのない大倉の居残りシュート練習に付き添い、センタリング、ワンツウからのパスを何度も繰り返していたのである。「付き合ってくれたんです。それも黙ってね。もう大丈夫」。期待はずれのストライカーのレッテルをぶち破る一発だった。そして、練習通りアシストは「点を取らせたい気持ちはヒシヒシと感じていた」と大倉が語ったカレッカだった。
「柏」、開幕3連勝。

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94 レイソル 第2節

第2節、岐阜・長良川競技場。
西濃運輸が主催する試合は通常800人程度の観客だ。ところが、この試合は2500枚の前売り券が売れていた。そのため、普段は球団運営委員があたっている会場警備も急遽警備会社に依頼し60人体制で行った。
西濃運輸は5人もの厚いDFラインを敷き、さらに常時カレッカに2人のマークをつけた。試合後「マークが厳しくなるのは最初から予測してこと。自分が動いてマークから離れればいいことさ」と話した通り、前半11分アイルトンからのフリーキックを、後半40分にはコーナーキックを相手DFがクリアしたところをいずれもヘッドでゴール。下平もゴールを上げ、3-1で勝利した。
圧勝にもかかわらず、試合後セルジオ監督の表情は冴えなかった。「はっきり言って、醜いゲーム。自分が観客なら、金を払いたくない」。前節同様この試合も「専守防衛」の試合だった。事実、久米JFL総務主事は西濃運輸に対して消極的な試合展開をしたとして、注意処分を科した。前半、「柏」の攻撃を封じるためペナルティエリア内を11人で守備するという消極的戦法の採用に対してだ。ハーフタイムに西濃運輸関係者を呼び、注意をした。JFLは開幕前にも「10人で守るような試合だけはしないように」という意思統一はできていたが、世界のカレッカを前にして、相手チームはその戦法でしか対応できなかったのだろう。

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94 レイソル 第1節

1994年4月24日、JFL開幕。日立柏サッカー場、晴れ、観客1万2368。
「柏」にとってNTT関東とのこの試合はただの開幕戦ではなかった。3月29日に「柏」の昇格推進派の筆頭、最明一取締役が56歳の若さで急逝。カレッカも横浜での通夜に参加した。氏の魂に捧げる昇格へ向けての開幕戦であった。
NTT関東はカレッカにマーク2人を付け、専守防衛の策に出た。いわば全員ディフェンスのまえに、「柏」自慢の攻撃陣も精彩を欠いていた。しかし、ゴールネットを揺らすことができないまま延長戦突入かと思われた後半43分、アイルトンの右からのセンタリングを、カレッカがゴール正面から右足でボレーシュート。ゴールが決まった瞬間、彼はユニホームを脱ぎ上半身裸のまま、黄色に染まったバックスタンドに駆け寄って行く、気づいた主審が制止し、警告は免れた。彼が無心で喜ぶ姿が、終了2分前ようやくつかんだ1勝の重みを現していた。
終わってみればNTT関東の放ったシュートは1本、いかに守備に徹したのかがわかる。

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2005年01月21日

その26

そう、1993年11月16日、柏の長い一日がそうして終わり、レイソルの93年Jリーグ昇格へ向けての戦いが終結した。敗戦という最悪の形で。

12月5日、鹿児島鴨池陸上競技場。天皇杯全日本選手権1回戦、対マリノス。
前半29分ゴール正面で走りこんだカレッカがゴールを決めるが、結局、1-3で敗退。

レイソルの93年が終わった。



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その25

報知記事(1993年11月)17日付
川渕チェアマンに笑顔はなかった。「出席した理事のほとんどが昇格させてはという気持ちだったに違いない。しかし、心情だけではJリーグは動かない」。温情を捨ててルールに従った決断であることを強調した。3時間にわたった理事会。そのうちの2時間はレイソル問題についての話し合いだった。多数決を取れば10対3(二人欠席)でレイソル昇格の結論は出ていた。しかし、Jリーグではこれまで多数決で下した決定はひとつもなく、この日の理事会も最後まで話し合いで結論を出すことに決めた。レイソルの昇格に最後まで難色を示したのは、西脇成美理事(グランパスエイト常務取締役)・福田浩平理事(ジェフ市原代表取締役社長)・三ツ谷洋子理事(スポーツ21エンタープライズ代表取取締役)の3人だった。「救済措置まで出しており、最初に決めたルールを守るのがJリーグの姿。さらに13チームでリーグを実施することは日程上極めて厳しい。各チームの運営責任者による実行委員会での反対が多かった」と見送りを主張した。結局は反対派を説得する理由が見つからず、賛成派が折れる形となり、当初の予定通りに条件をすべて満たしているベルマーレとジュビロの昇格が決定。成績不振がネックとなったレイソルの昇格は来年以降に持ち越されることになった。
地元デパートが用意した「くすだま」、8斗分の振舞い酒、17辰痢崕縫譽ぅ愁襦廚凌發賈襦∩瓦討無駄になった。「ベルマーレ!」「ジュビロ!」と昇格が決定したライバルたちへ送る応援団員たちのエールが虚しくひびき、柏の長い一日が終わった。

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2005年01月20日

その24

トウチュウ記事(1993年11月17日付)
「心情的には入れたかった」とチェアマンは会議の空気を表現しながら、最後の良識を守った。ごりおしで3チームの誕生となれば「なんだ、Jリーグはそんなものか」と批判は集中する。理事会が心情に流されなかったのは正解なのだ。柏を応援するムードは理事会内部に漂っていたのだから、ここは自滅した柏の姿勢が問われる。10チーム誕生の時は加盟OK寸前だったのに、ホームタウンに、全く収容力がない茨城県・笠松競技場をあてる見通しの甘さで見送られた。実績のない山口監督を起用した失敗が尾を引いた。内向的な山口監督は全勝しようとして選手にプレッシャーをかけ、J1リーグ前半の取りこぼしがひびいた。カレカを呼び、監督をセルジオに変えたのは遅すぎた。レイソルのチーム力なら平塚や磐田に何ら劣るところはないだけに経営陣の判断の悪さが致命的となった。名門・日立の看板を捨てて全員が「プロ柏」に徹しないとレイソルに明日はない。

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その23

スポニチ記事(1993年11月17日付)
柏を巡っての討議が2時間にもおよび、記者発表が30分間も遅れたのはそれだけ柏の昇格を認めて13チームでやろうという意見が多かったからと想像できる。会見で川渕チェアマンが口にした通りに「努力しているし、戦力的にも劣っていない。市民の盛り上がりもあるし、行政の支援も絶大でリーグのマイナスにはならない。ダメという意見はなかった」と、基準は完全にクリアしていることは認めている。世界的なストライカー、カレカを獲得したり、柏市民30万人の署名を集めてJリーグの理念に沿ったチーム作りを実現させたことは評価した。だが、最後まで足枷となったのは「今季の昇格は2チーム」という申し合わせだった。J1で5位に終わったが、9月のヒアリング後、ナビスコでベスト4に入れば、とチェアマンは口にしたがこれも果たせず、原則を押し崩すだけの材料がなくなってしまった。「ダメだという意見はなかった。心情的には入れたいが心情だけではリーグは動かない」チェアマンが言った通りに、スポーツマンとして、柏を入れるためだけに自らが作ったルールを曲げるといいう不透明さを避けた結果となった。

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その22

11月15日、運命の理事会を明日に向かえた「そごう」「高島屋」では、3万人の署名を集めた「柏レイソルを支援する会」の要望を受けて、昇格決定に備えて祝賀会の準備に入った。長さ18辰凌發賈襪業者に発注され、「くすだま」や樽酒が用意された。





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2005年01月16日

その21

93年10月16日。選手達は昇格へ向けての全ての仕事を終えた。
確かに、ナビスコカップベスト4は逃したが、Jリーグ相手の3勝をリーグ側がどう評価するのか。ナビスコカップののみの実績では、昇格が内定しているベルマーレ、ジュビロを上回っている。
観戦した森専務理事は「ベスト4という基準をクリアできなかったので、難しいのでは」と語り、表向きには否定的な見解を述べたが、「世論がどうでるか」との含みのある言葉で締めくくった。
昇格の正式決定がなされるJリーグ理事会は、ちょうど1か月後の11月16日に開かれる。選手のみならず、柏市民にとっては、長い1か月になりそうだった。

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2005年01月15日

その20

10月16日、最終戦の相手はジェフ市原だった。雨の市原臨海競技場、午後6時34分キックオフ。
GK大橋、DFに沢田、曹、飯田、ネルシーニョ、MFに大熊、下平、棚田、アイルトン、そして、FWカレッカに大倉。
前半10分、市原、中西が前線へロングキック、オッツエがフリーで受けた直後、GK大橋が果敢にも前に飛び出してそのボールをパンチング。しかし、その瞬間、勢い余った彼の足は、無情にもペナルティエリアから出ていたのだ。本来ならば、単なるハンドの反則だが、高田主審は、「得点の絡む故意のハンド」と見なし、一発退場を示すレッドカードを右手で揚げた。前試合勝利の立役者「親分」の退場である。監督代行のゼ・セルジオはやむなく棚田を下げ、控えのGK郷司を投入した。残る80分を10人で戦わざるを得なくなった。どう見ても「柏」が不利である。案の定、攻撃のリズムが作れず中盤を支配され、一方的に攻め込まれる苦しい試合展開になっていた。それでも、ネルシーニョを中心とするDF陣がどうにかしのぎ前半を折り返した。後半に入って、ドリブルで攻めあがるカレッカがペナルティエリア内で「市原」DFにファールを受ける。PKである。キッカーは当人カレッカだ。右足で中央左よりに蹴られたボールはGKに弾き返されたが、そのボールを今度は左足で冷静にゴール右隅にシュート、思わぬ展開での先制点が入った。A組2位に入るためには、最後は得失点差の勝負になることは明らかだった。「柏」としては大量得点を狙っていた。しかしあとが続かなかった。
雨の臨海競技場に試合終了のホイッスルが響き渡った。勝つには勝った。10人で勝利を収めた。だが、2位にはなれなかった。
2位に滑り込んだのは広島戦に5-0と大勝したG大阪だった。「柏」は4位という成績に終わった。「川崎」「G大阪」「清水」「横浜F」がベスト4と決まった。
10月16日、冬の到来を思わせる冷たい雨は、依然として降り続き、ピッチの選手とスタンドのサポーターの黄色いユニホームを濡らしつづけていた。

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