2014年07月24日

青蔵鉄道 ラサ〜シガツェ間開通 8月初めより

10526117_10202312293159670_1552971756649619929_n試運転中の車両。

RFAが人民日報を引用し伝えるところによれば、青蔵チベット鉄道会社は今月22日に敷設を終えたラサ〜シガツェ間の鉄道上で試験走行を行い、来月8月初めから商業運転を開始すると発表した。

中国は西部大開発の目玉プロジェクトとして2006年7月、青海省のゴルムトからラサまでの全長1956kmの鉄道を完成させた。チベットにとってこの鉄道の影響は莫大であり、北京からラサまでの大動脈ができたということで、人と物と武器の移動が自然と増大した。漢民族移民と鉱物資源搬出が加速され、武器や軍隊の大量移送が簡単となった。ラサ周辺は漢族の観光客で溢れる状態となった。チベット支配強化に貢献著しい鉄道である。

この青蔵鉄道初の延長線であるシガツェまでの全長253kmの路線は2010年9月に着工され、ことし10月の完成予定であった。海抜3600m〜4000mの高地で、たった4年間でそれも予定より早く完成させたことで、中国はこの鉄道完成に深い意義認め、強い意志を示したことになろう。

10462492_10202312293279673_5810547632536239252_n新たに作られたラサ南駅。

ラサ〜シガツェ間の列車は平均時速120km/hで運転され、途中駅の数は13カ所、所要2時間という。当局は「環境に配慮した設計と工事を行った。南西チベットに住む人々に多大な利益をもたらす」と宣伝する。これに対し、地元のチベット人たちは「漢族の移民と鉱物資源の略奪が加速されるだけだ」と嘆く。

ラサに次ぐチベット自治区第二の都市、シガツェ市の人口は約70万。ラサに比べまだまだチベット人率が高く、その90%以上がチベット人である。鉄道の開通により、今後人口比率も急速に変化することであろう。

27d7b76f-80ec-4431-b214-a3df704f0140青蔵鉄道内の漢族。

シガツェには中国が選んだパンチェン・ラマが座主であるタシルンポ僧院もある。つい先日も11世パンチェン・ラマとされるギェルツェン・ノルブがこのタシルンポを訪れ、法要を行っている。宗教支配のもう1つの拠点にもなるであろう。

インド国境にもっとも近づくこの鉄道路線がインドを刺激しないはずはない。中国の辺境鉄道の最大の目的はつねに戦略的なものであるからだ。それでなくても、インドは中印国境関係だけでもその兵力は半分以下である。「この鉄道延長により、兵員と武器を速やかに移動させる戦略的能力を得たことになる」とインドのメディアなどは憂慮を示している。

この路線はさらにネパールのカトマンドゥや、果てはインド国境沿いのルンビニまで延長されるという計画がある。今のところインドの圧力でネパール政府はこれを認めていないが、この先はわからない。

参照:7月23日付けRFAチベット語版
その他

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2014年07月19日

寒村から突然僧尼の兄弟等連行

66ad0010-08e7-49eb-9670-4e2237aaa6bd左:ギェルテン・ペルギェ、右:ゲディ。

7月9日早朝、カム、ソク・ゾン(チベット自治区ナクチュ地区ソク県)の村に大勢の警官が押し掛けチベット人3人を連行した。その後の消息は知れず、食料や衣服を届けようとした兄弟もソクに向かった後失踪した。

連行されたのは、ソク県ロンウォ郷第13村(སོག་རྫོང་རོང་པོ་ཡུལ་ཚོའི་གྲོང་ཚོ་༡༣།)カルツァ家の兄弟である僧ギェルテン・ペルギェ(རྒྱལ་བསྟན་འཕེལ་རྒྱས།29)と尼ゲディ(དགེ་སྡིས།52)、及びアムツォ家のチュダッ(ཆོས་གྲགས།59)と伝えられる。

彼らが拘束された理由を当局は明かさず、地元のチベット人たちも、推測することができないという。

彼らの兄弟の1人が、食料や衣服を届けるためにソクの街に向かったが、その後、彼の消息も途絶えたままだ。

事件の後、村と特にカルツァ家の回りは大勢の警官により囲まれ、彼らは行き交うチベット人たちを検査し、厳しく尋問しているという。

参照:7月17日付けRFAチベット語版
7月17日付けTibet Times チベット語版
7月18日付けphayul

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2014年07月18日

中国の僧院弾圧に抗議しチベット人僧侶自殺

bbea147c-5353-41ee-adb6-bda9e3e50875僧タプケ。

7月17日付けRFAによれば、アムド、サンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)にあるラプラン・タシキル僧院の若い1人の僧侶が、中国政府の宗教弾圧、特に僧侶の数を制限する等の僧院に対する規制に抗議する目的で自殺したという。

7月9日、僧タプケཐབས་མཁས、24歳は僧院を前にした森の中(RFA中国語版では「僧坊」)で首を吊った姿で発見された。

ある現地のチベット人は「彼は5歳の時からラプラン・タシキル僧院で学び続けていた。しかし、当局の僧院における僧院数制限という政策の下で、彼は僧院が行う法要に参加することができなくなっていた。他にも僧院に対し様々な制限が課されているが、これを苦にして自殺したのだと思う」と話す。

自殺する直前に僧タプケは友人に思いを語っていたという。「自分は5歳の時にラプラン僧院で僧侶となり、これまで19年間、精一杯勉強に精進し、慎ましく暮らし、おとなしく規則に従ってきた。しかし、当局は僧侶の数を制限し、これにより自分は法要に参加できない。中国はチベットの僧院に自由を与えず、様々な仕方で規制をかけ、弾圧している。僧院数制限に反対し、チベットの宗教を破壊する政策に抗議するために自分は1つ仕事をするつもりだ」と。

他の現地の人は「現在当局はラプラン・タシキル僧院の僧侶の数を999人までと決めている。僧侶は根本のラマ(ダライ・ラマ法王)の写真を持つことも許されない。いろんな困難に遭って僧侶を辞める者もいる。僧タプケが自殺したのは、チベット人と特に僧院に対する宗教弾圧が原因だ」という。

僧タプケはサンチュ県ンガクパ村の出身。父の名はジクチェ・キャプ、母の名はデキ・ドルマ。

参照:7月17日付けRFAチベット語版
同英語版
同中国語版

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2014年07月15日

ディルで尊敬を集める僧侶拘束/外国のニュースを聞けば冬虫夏草採取権利剥奪

去年秋頃から、弾圧が強まっている自治区ディル県でこんどは、地元の人々からチベット愛国者として深い尊敬を集める1人の僧侶が拘束され、それを契機に弾圧がさらに強められた。

8978C47C-1772-僧テンジン・ルンドゥプ。

現地からの報告によれば、「今年5月のラカルの日(*1)に、ディル県レンチュ郷(འབྲི་རུ་རྫོང་བརླན་ཆུ།)にあるゴム・ゴンサル僧院(འགོམ་དགོན་གསར་དགོན་པ།)の僧テンジン・ルンドゥプ(བསྟན་འཛིན་ལྷུན་གྲུབ།)はシャクチュ町に講演のために招待された。演題は地区の人々の要請に従い『民族と言語の現状』であった。その講演中に彼は警官により連行されたのだ」という。

シャクチュ郷出身の僧テンジン・ルンドゥプは他の僧院も廻りながら仏教学を深く修め、僧院では教師格の僧侶であった。また、彼は僧院内だけでなく、付近の村人たちにも呼ばれるがままに、仏教だけではなく、普通の道徳を説き、菜食を勧めていたという。彼の人徳が見込まれ、村人同士の争いの仲介役にもなっていた。されに、彼はチベットに対する忠誠心の強い僧侶としても知られ、地元の人々から篤い信頼を得ていたという。

9FA79DA2-50E2-427B-9B8D-706C3CDBEF24ナクラ鉱山開発に抗議した人々を祝福するためにカタを与える僧テンジン・ルンドゥプ。

去年5月、ディル県にあるナクラ・ザンバラと呼ばれる聖山の麓で鉱山開発が始まろうとしたとき、地元のチベット人が数千人現場に集まり抗議を行ったということがあった。この後、この抗議集会に参加したチベット人の多くが逮捕され刑を受けている。この時、僧テンジン・ルンドゥプは参加者たちを祝福するためにカタを与えるという役を行っていた。そして、この時から当局は彼をマークし続けて来たという。

D7AA2207-A55B鉱山開発に抗議し、彼により祝福された人々。

彼が連行された後、ゴム・ゴンサル僧院は部隊に囲まれ、彼の部屋が捜査されたという。その時、あるチベット人が警官に拘束の理由を尋ねたところ、警官は「彼は今日の出来事だけでなく、何年も前からいろいろと問題があることが分かっていた。特にナクラ鉱山開発反対運動の中心的人物だ」と答えたそうである。

彼の消息は現在も途絶えたままという。また、彼の拘束を契機にディル県の警察はディルの弾圧強化を宣言する公示を張り出した。それによれば、ディルのチベット人はその移動、言論、宗教の自由が制限され、特に僧侶に対しては「噂を広めないように」と警告されているという。命令に従わない僧侶は僧籍を奪われ、僧院から追放され、福祉支援を受ける権利が剥奪されるとされる。

一般チベット人に対しては、「チベット独立を求める歌を歌ったり、中国政府の政策に異議を申し立てたり、国家機密を外国に流したり、亡命チベット人社会が発するニュースを聞いたりしたときには、その人の冬虫夏草を採取する権利とすべての福祉支援を受ける権利が剥奪される」と公示されたという。

*1 ラカルの日:ラカル<白い(聖なる)水曜日>とはダライ・ラマ法王の誕生曜日が水曜日だったということで、この水曜日を特別な曜日と見なし、この日、間接的抵抗を示すために宗教、文化に関する様々な特別の行動を行う個人や団体がある。この情報を伝えた人は「5月のラカルの日」としか覚えていないらしく、日にちは未だ特定できていない。

参照:7月14日付けTibet Expressチベット語版
7月14日付けTCHRDリリース
7月14日付けRFAチベット語版


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2014年07月12日

リタン:共産党のやり方でなく西洋的やり方で問題を解決したとして拘束

a058744aカム、リタン。

最近、カム、リタン(四川省カンゼ・チベット族自治州理塘)で地域の代表的僧侶や村の代表者6、7人が県の警察により拘束され、その内数名は後に解放されたが、4人が今も拘束されたままという。

当局は拘束の理由を明らかにしていないが、地元の人々は彼らが「共産党のやり方に従わず、西洋的やり方で問題を解決したからであろう」という。

また、「彼らは普段からチベット人の連帯を説き、チベット人同士の問題とか、牧草地などの土地争いを解決する役を担って来ただけで、何の罪も犯していない。しかし、これを当局は民衆を誤った道に導いたというのだ」と話す。

ダライ・ラマ法王の誕生日辺りからこのリタンでもネットや電話が遮断され、されに軍隊が大勢、街に配置され警戒態勢が強化されているという。このせいもあり、拘束されている4人の現状を知ることができないままという。

ーーーーーーーーーー

状況が今ひとつはっきりしないせいもあり、なぜ彼らが拘束されたのかについて納得するのが難しい。今回拘束された人たちはすべて地元のチベット人たちが自発的に、自然に問題解決を頼んだ人々であろう。そして、彼らは期待される役割を担い、問題を平和的に解決して来た。このある種の民主的村落自治を当局が犯罪と判断したと見ることもできそうだ。

この人たちは共産党よりも人々から尊敬と信頼を集め、頼りとされて来た。彼らは道徳を説き、チベット人同士が仲良く、団結することを説いた。また、問題を解決する手段として暴力を使わず話合った。これは共産党のやり方ではなく、西洋風のやり方であり、故に犯罪行為というわけだ。

参照:7月11日付けTibet Timesチベット語版
7月10日付けVOT中国語版


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2014年07月11日

カム、セルタで僧侶が1人デモ

106bcf78-e08f-4db4-99ce-6e0e9d63f3b7僧シェルキャプ

7月10日付けRFAによれば、7月9日現地時間正午頃、四川省カンゼチベット族自治州セルタ県セルタ(སེར་རྟ། 色達)の中心街で1人の若い僧侶がスローガンを叫びながらチラシを撒き、その場で逮捕されたという。

この僧侶の身元はセルタ・ヌプセル僧院のシェルキャプ(ཤེར་སྐྱབས།)20歳と判明した。現地からの報告によれば、「彼は街の中心にある金馬広場で『ダライ・ラマ法王はチベットに帰還されるべきだ!チベットには自由が必要だ!』と叫びながら、沢山のチラシを撒いた。5、6分後、大勢の警官が駆けつけ、彼を逮捕した」という。

fe31574b金馬広場

また、「セルタ県警察署に連行された後、どうなったかは分からない。今、セルタ地区のネットは遮断されている」という。

僧シェルキャップは最近セルタにあるラルンガル僧院(五明仏学院)で学んでいた。ヌプセル僧院はセルタから20キロ離れており、この僧院には500人の僧侶が所属していることになっている。しかし、実際には外で学ぶ僧侶が多く、現在僧院には100人ぐらいの僧侶がいるだけという。

5d8660052012年2月のデモの際、部隊に荒々しく引きずられるチベット人。

このセルタの、特に金馬(セルタ)広場では2008年以降様々なチベット人による抵抗活動が行われている。2012年2月には大規模な抗議デモに対し部隊が無差別発砲したことにより、少なくとも2人が死亡し、大勢が負傷した。

2012年11月にはワンギェル(20)がこの広場で焼身抗議を行い、死亡した。その前2012年3月には17歳の中学生がこの広場で焼身を企て、多量のガソリンを飲んだ。が、飲み過ぎたのかその場で意識を失い倒れ、連行されたという事件もあった。

ちょうど昨日、カンゼ辺りを最近旅行したという1人の日本人旅行者が現地の様子を知らせてくれた。先のブログで当局が、7月6日の法王誕生日や現在ラダックで行われているカーラチャクラ法要に対する警戒感からネット等を遮断しているということを伝えたが、実際にそこにいた日本人は次のように話す。
カンゼですがネットと国際電話が遮断され、携帯電話も一部不通になっています。ついでに外国人は公安の渉外担当に見つかると、ホテル確認されて次の日に出て行くように言われ、もっと居させてと交渉するとビザ取り上げることになると言われます。私はずっと台灣人の友達と居たのですがずっと平気でした。しかし先日来た日本人のおじいさんで引っかかってしまい結局出ることになりました。玉樹やセルシュの方には行くなとも言われました。今日バスで離れましたが途中軍事演習が各地で行われており、とくにターゴンの軍事演習場にはかなりの数の軍隊兵隊が見かけられました。タウの町は前回行った時よりかなり強化されていました。町の入口出口には公安でも武警でもなく軍隊が銃を構えていました。


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2014年07月09日

むやみやたらと暴力を振るう中国当局 /ウーセルさん夫婦自宅軟禁

1137月7日、四川省ンガバ州ゾゲ(ゾルゲ)県ペンユル地区(སི་ཁྲོན་མཛོད་དགེ་རྫོང་བན་ཡུལ་སྡེ་བ།)の住民10数人が警官隊にめった打ちにされ、その内1人は重傷を負い成都に緊急搬送された。

この日ペンユル地区の国道上にある料金所で、地区の仏塔を造るための資材を運んでいたトラックが止められた。地区の代表と年長者たちが政府の仏塔建設の許可証を持って料金所に集まり、トラックを通過させてほしいと懇願した。

26すると警官隊がやって来て、彼らに激しい暴力を振るった。その結果、10数人の村人がゾゲの病院に担ぎ込まれ、内一人は重傷を負い成都まで緊急搬送されたという。












25
















996104_10152153226330759_1199307157668760255_nウーセルさん自宅軟禁

この事件をフェースブック等でいち早く伝えていたのは北京在住のチベット人作家ツェリン・ウーセルさんだったが、彼女は7月8日の夕方から夫である王力雄氏と共に自宅軟禁状態にされているという。この日、内モンゴルの旅から帰っていた直後、2人の監視員がマンションに現れたという。

この軟禁の理由を当局は明かさないが、ウーセルさんは現在北京を訪問中のアメリカのケリー国務長官と関係があるだろうという。彼女はアメリカ大使館から夕食会への参加を招待されているという。ケリー長官が人権問題を忘れていないことを示すためにウーセルさん等を招待したのであろうが、この情報を得た当局がそうはさせまいと取った処置であろう。

IMG_0022マンション内の監視員。

参照:7月9日付けTibet Timesチベット語版
7月9日付けウーセル・ブログ
7月9日付けAP

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2014年07月07日

ダライ・ラマ法王79歳の誕生日 ダラムサラ、レー、本土

10525752_585146111602477_6962502184638872413_n昨日はダライ・ラマ法王の79歳の誕生日であった。法王は1935年の7月6日、チベットの北東部、アムド(青海省西寧市湟中県)のタクツェ村で父チュキョン・ツェリン、母デキ・ツェリンの9番目の子供として生まれた。幼名はラモ・ドゥンドゥップであった。

実家は普通の農家だった。ただ、この農家の長男トゥプテン・ジグメ・ノルブ(タクツェル・リンポチェ)はその地方でもったも有名なクンブン僧院のリンポチェの転生者として既に選ばれ、彼が優秀であることは広く知られていた。このことが後にラモ・ドゥンドゥップ少年がダライ・ラマ13世の転生者として選ばれるきっかけの1つになったと思われる。

ともあれ、3歳になったばかりのころにラサから来たダライ・ラマ捜索隊により13世の転生者と認められ、5歳の時、チベットの指導者として正式に就任した。写真は4歳の時という。

_DSC3627_400この日、世界中で大勢のチベット人とその友人たちが、チベットの命である法王がこの世に現れたことを喜び、末永くこの世に留まられることを祈願した。法王自身は今、北インドのラダックでカーラチャクラ灌頂を受けようと集まった10万人以上を前に説法中であるが、昨日は説法の前に短いお誕生日セレモニーが行われたようである。その際リチャード・ギア氏もスピーチしたという。

ここダラムサラではツクラカン前の広場で朝9時から亡命政府主催の誕生日セレモニーが行われ、その後子供を中心にした歌と踊りの祝賀会が行われた。

以下写真を中心に昨日のダラムサラのセレモニーの様子と、ラダックのセレモニーの様子、内地の様子等をお伝えする。

_DSC3478_382セレモニーの主賓は左手のカルマパと右手のセンゲ首相に挟まれているインド人だったが、彼はダラムサラが属するヒマチャル・プラデッシュ州の運輸・食料・流通大臣であるSri G S Bal氏という。この式典に州知事からの祝辞を伝えるためにわざわざ出席されたようだ。インドでは最近支配政党が国民会議派からインド人民党(BJP)に変わったばかりである。亡命政府側もインド政府側もお互いにこの機会を利用して信頼関係を確認し合うことは重要なことというわけだ。

大臣はスピーチの中で、「ダライ・ラマ法王がダラムサラから他の地に移住されるのではないか?という噂が巷に流れているが、ヒマチャル・プラデッシュ州は決して法王を他の土地には移住させないと約束しよう」と話し、州の意志は法王がダラムサラに居住され続けることであることを明らかにした。

その他、大臣は「下ダラムサラからマクロードまでの道の整備に3千万ルピー(約5千万円)拠出する」ことを約束し、個人的に「TCVに10万ルピー(約17万円)を寄付した」そうだ。また、運輸大臣らしく細かい話だが、「チャンディガール・ダラムサラ間にボルボバス(豪華バス)が新しく投入された」ことを誇らしく語った。

_DSC3516_388ロプサン・センゲ首相はこの日のスピーチの中で「内閣が今年2014年を、法王がチベット問題と世界の平和と宗教間の調和と人間性向上に貢献されたことに対する感謝の意を示すために、『偉大なるダライ・ラマ14世の年』と設定し、年間を通じ世界中で様々なイベントを行っていると報告した。

また、「ダライ・ラマ法王の賢明な指導により、中国の支配下にありながらも現在のチベット人は地域や宗派の違いを超え、鉄の玉のように団結している。このような団結力は、近世には見られなかったことであり、それは3人の仏教王(ソンツェンガンポ王を代表とする吐蕃王朝時代、7、8世紀)がチベットを支配した時期に例えられるほどである」と語った。

さらに、センゲ首相はもう1つ「中道路線キャンペーン」というものを行っているといい、中国政府が頑に「ダライ一味は分裂主義者」と主張することに対抗し、世界に対し改めてダライ・ラマ法王と亡命政府が「独立を求めず、真の自治を求めるという中道路線」を標榜していることを知らしめるために様々なイベントを展開中であると報告し、「何れは、中国政府もこの中道の道が相互利益の道であること悟るであろう」と述べた。(声明全文はここ

_DSC3648_402セレモニーの後は地元の幼稚園から高校までの生徒によるこの日を喜ぶ歌と踊りが披露された。









10426883_10152211845867616_4012169326352532604_nPhoto/Manuel Bauer 

ダライ・ラマ法王自身はこの日、ラダックのレーで誕生日を迎えられた。レーにはこれから法王を導師に行われる第33回カーラチャクラ灌頂を受けようと現時点で10万8千人が集まっているという。灌頂が始まる頃にはもっと増えることであろう。

セレモニーの席上法王は最初に「ラダックの人、チベット人、外国からの参加者たちが私の安寧を願い祈りを捧げてくれている。ここにはいないが、特に私と特別の関係を持つ、その多くは私に対する信心や支持を表明できないチベットの人々とあなた方は結びついている。あなた方すべてに幸あらんことを。ロシアでもモンゴルでも台湾でも、そして内地チベットでも祝賀会が行われていると信じる」と語られた。

2014-07-06-Kalachakra-G02ハリウッドスターのリチャード・ギアはこのカーラチャクラ法要の常連であるが、今回も4千人の外人を代表しスピーチを行った。彼は法要の間中、壇上一番目立つところに座らされている。「33年前に初めてダラムサラで法王と出会った後、ラダックを訪問し、世界で一番美しい場所と感じた」そうである。また、「法王と同時代に生き、法王のことを知るという機会に恵まれただけでなく、こうして直接に教えを聞くことができることをこの上ない幸運と感じる」と述べた。

ところで、セレモニーの最中、人だけでなくチベットの神々も法王の誕生日を祝すために参加したようである。リチャード・ギアが話をする直前に1人のトランス状態となった地元の女性が法王の前に進みでて足下に頂礼したという。これはチベットの守護神であるパルデン・ラモが彼女に憑依して法王への祝福を表明したものと解釈された。

また、法王が話をされようとしたときには、これもトランス状態になった1人の男性が進みでて同様の仕草を行ったという。これに対し法王は「これはティソンデチェン王に縁のあるニェンチェン・タンラの神が挨拶に来たに違いない」と解釈されたそうである。

この辺の参照:7月7日付けTibet Net

jpg-largeアムド、ルチュで法王の誕生日を祝うチベット人たち。

本土チベットの話に移る。RFAによれば、中国政府は法王の誕生日とラダックにおけるカーラチャクラ法要に鑑み、一部地域のネットを遮断し、チベット人が祝賀のために集まることを厳しく監視しているという。ではあるが、それにも関わらず、多くのチベット人がこの日、聖なる丘で焼香を行い、ルンタを投げ上げ、新しいタルチョを付け替え、僧院では特別の法要を行い、放生を行ったり、肉を断つ等様々方法で法王の長寿を祈ったという。

今のところ、事件の報告は入っていない。

_DSC3468_381以下この日の祝賀会の写真。












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2014年07月02日

デチェンで鉱山開発に抗議、負傷者、拘束者も

10514868_532867116840882_1358279446_n警官隊を前に土下座し、懇願するチベット人。

雲南省のチベット人居住地区で、聖山を破壊する鉱山開発に抗議したチベット人たちが部隊に暴力を受け、拘束される。

7月1日(*1)、雲南省デチェンチベット族自治州デチェン県ヤマ郷マルタク村(ཡུན་ནན་འཇུས་བདེ་ཆེན་རྫོང་ཁོངས་ཡ་མ་ཡུལ་ཚོ་མར་རྟག་གྲོང་།)にある銅鉱山の拡張工事が始まるのを察知した地元のチベット人たちは、現場に座り込み、これを阻止しようとした。

数年前から始まったいたこの鉱山は地元のチベット人たちが聖山と崇める山の麓にあり、また聖湖の近くであった。水源地帯でもあり、村人たちは水が汚染され、土石流の危険が増しているという。地元の人々は当局に対しこの鉱山開発の中止を何度も訴えたが、まったく無視し続けられていた。

10481786_532867240174203_37408385_nこの日、住民たちが大勢座り込みを始め、現場の職員と言い争いが始まった。現場からの連絡を受けた当局は直ちに100人ほどの警官と武装警官を送った。

部隊は目の前で土下座して懇願する地元チベット人を蹴散らし、暴力的に村人を追い払った。その際、何人ものチベット人が負傷し、その内の1人は病院に運び込まれた。また、9人(*2)が連行されたという。

f0772b7c-8d97-4ca5-a5e4-ca1bbebfd8c1部隊は抗議者たちに向かって「このようなことを続ければ村人全員を逮捕するぞ」とか「お前らを殺していいという許可もでているんだぞ」と脅していたそうだ。これに対し、地元のチベット人たちは「拘束者の全員即時解放と鉱山開発の中止を求め続ける」という。

*1:RFA中国語版では事件発生日を6月30日と伝える。
*2:同じく中国語版では拘束者の数を3人と伝える。

10508428_532867160174211_1660688552_n参照:7月1日付けRFAチベット語版
同中国語版
7月2日付けTibet Timesチベット語版



















56c59cd0その他、チベットの鉱山開発全般については例えば過去ブログ「チベットは一級の戦利品」へ。









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2014年06月25日

ウーセル・ブログ:当局は「通行証」発給を制限し、チベット人の聖山巡礼を禁じた

チベットにある聖山カイラスはチベット人に取って最高の巡礼場所である。12年に一度廻ってくる午年にここを巡礼すれば特別のご利益を得ることができると信じられている。そういうわけで、今年カイラスを巡礼しようと思っている内外チベット人が沢山いるらしい。しかし、ウーセルさんのブログによれば、当局は現在カイラス山を巡礼することを禁止しているようである。その理由は7月初めにカイラス山の向こう側、インドのラダックでダライ・ラマ法王がカーラチャクラ法要を行うことと関係があるという。

原文:唯色:当局限办“边防证”,禁止藏人朝圣神山 
翻訳:@yuntaitaiさん

◎当局は「通行証」発給を制限し、チベット人の聖山巡礼を禁じた

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写真上:チベット仏教とヒンズー教、ボン教、ジャイナ教がともに崇める聖山カン・リンポチェ(カイラス)。

この世界に極めて特別な山がある。それはチベット仏教とヒンズー教、ボン教、ジャイナ教がともに崇める聖地で、世界の中心と考えられている。チベット語ではカン・リンポチェ、サンスクリット語ではカイラスと呼ばれ、ブッダは「精神の極地」とたたえた。遥か遠く、チベットの伝統的な地理で言う「ンガリ3国」に位置する。カンティセ山脈の主峰で、標高は6656メートル。チベットのあらゆる聖山の頂点だ。

005-1聖山の巡礼方法はコルラ(右繞)だ。密教では、カン・リンポチェと巡礼路はそのまま宇宙のマンダラを形作っており、巡礼者のコルラはマンダラを供える儀式に相当すると考えられている。ヒンズー教では、右繞はシバ神のマンダラへの修持と同じだと考えられている。さらに、カン・リンポチェとシャカムニの干支は同じ午なので、午年は聖山カン・リンポチェの年であり、午年の度に必ずコルラしなければならないと仏教徒は考えている。

今年はチベット暦の午年だ。数えきれないほどの信徒がこの機会に、神聖なカン・リンポチェを伝統にのっとって巡礼することを切望する。伝統では、最高の巡礼シーズンはチベット暦の4月、つまり「サカダワ」だ。チベット暦4月15日には、カン・リンポチェのふもとで、タルチョを付け替える盛大な儀式が執り行われる。この場所は巡礼路全体の起点と終点でもある。

しかし、カン・リンポチェを含むチベットの多くの場所へ行くには辺境通行証を取る必要がある。チベット人は元々、通行証を取るのがとても難しかったが、この数年はますます難しくなっている。チベット人の午年のカン・リンポチェ巡礼を当局が禁止するといううわさが昨年流れた時、本当に止められるとは誰も信じようとしなかった。だが、今年の初めからラサの各組織は大小の集まりで、公務員はカン・リンポチェのコルラに行ってはいけないし、家族を行かせてもいけない、さもなければ処罰されると注意した。最近、ほかにも厳しい規定があることが分かった。例えば、チベット当局は9月以前に休暇を取らないよう全ての職員に求め、従わなければ解雇するとした。また、各県はチベット人の僧俗にサカダワ(5月29日〜6月27日)期間中と7月に地元を離れないよう求めたという。

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チベット辺防管理局に関連する通知(新浪微博から転載)

チベットの旅行業に従事する人やチベット旅行に行くネット仲間が4月末、チベット辺防管理局のものとされる通知を新浪微博でリツイートしていた。「2014年4月24日0時以降、チベット自治区はンガリ(阿里)行きの通行証の手続きを受け付けません。各位は戸籍所在地の公安局の戸籍接待室で申請してください」。ネット仲間は「基本的にラサではンガリ地区行きの通行証を取れないということだ」と書いた。これはつまり、ラサのチベット人はンガリ行きの通行証を取れないし、カン・リンポチェ巡礼もできないということだ。

あるチベット人のネット仲間は「でも、4省のチベット・エリアのチベット人は地元でも全く辺境通行証を取れないよ」と書いた。ある漢人観光客はこう書いた。「今、外国人観光客とチベット族同胞のンガリ地区行きが制限されている!僕らは本当にラッキーだ」「あちこちのコネに頼ったけど、チベット族の友人の通行証は結局取れなかった。どんなチベット族にも通行証を出さないよう要求している文書があるからだそうだ。要するに、カン・リンポチェ周辺地域の住民以外は誰も合法的に巡礼に行けないんだ」。極端な場合、「チベット族のガイドはンガリに行ってはいけない!」という。

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ネット仲間が陝西省で取ったンガリ地区の交通証(新浪微博から転載)

旅行業に従事するネット仲間は微博で、通行証をどう取るかを観光客に伝えていた。「身分証を戸籍所在地に送り返してください。もし戸籍がチベットにあるなら、どうしようもありません」「今年の管理は少し厳しく、あらかじめ中国の内地で取っておくのがいいでしょう」。ある内地の観光客は「ここでは手続きできる所がない。私は広州で取ってきたので良かった」と喜んだ。また、「8月末まで厳しい管理が続くのでは」「今年ずっとかもしれない」と漏らす観光客もいた。

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写真上:ダライ・ラマ法王は7月3〜14日、ンガリと接するインド北部ラダックで、第33回カーラチャクラ灌頂大法会を執り行われる。

ンガリ地区行きの通行証を制限する規定は、明らかに今年の午年、伝統に従ってカン・リンポチェを巡礼するチベット人に向けられている。チベット人のネット仲間は「どうせこれは聖山巡礼を制限すると同時に、ラダックで7月3日に開かれるダライ・ラマのカーラチャクラ法会に参加するのを阻止するためだ」と書いた。そう、ダライ・ラマ法王は7月1日、ンガリと接するインド北部ラダックに到着され、3〜14日に第33回カーラチャクラ灌頂大法会を執り行われる。前回のカーラチャクラは2年前、仏教聖地ブッダガヤで開かれ、本土の各地から参加したチベット人信徒は1万人以上いた。しかし、故郷に戻った時に落とし前をつけさせられ、強制収容所のような当局特設の「学習班」で精神的に痛めつけられ、パスポートも没収された。

匿名の人物が4月末にカン・リンポチェのふもとで撮った写真には、既に多くの軍車両と警察車両が集合し、各種の軍警が集まっているのが写っていた。まさに観光客が「巡礼路はどこも兵士のお兄さんとチェック・ポストばかりだ」と話していたように。最近伝わってきた情報では、聖山カン・リンポチェは既に治安維持の重点区域になったという。

元々故郷に戻るのが難しい国外のチベット人にとっては、これで更に聖山巡礼の可能性がなくなった。統一戦線部で働くあるチベット人は国外のチベット人に注意を促した。「今年家族を訪ねて帰省する同胞はビザ申請時、家族を訪ねる理由だけを書き、コルラに行く理由を書かないでください。国外の中国大使館には通行証を出す権限はないので、ビザを拒否される理由にしかならないからです。チベットでは、もう現地のチベット人への通行証発給が止まりました。同胞は必ず同胞を通じて申請しなければいけません。取れるかどうかは未知数です」

6420スイスで長く暮らしている亡命チベット人を私は知っている。60歳を過ぎて体調は良くないが、一生に3回カン・リンポチェを巡礼したいと以前から願を懸けていた。彼はたとえ巡礼路で命が尽きたとしても最大の解脱になると考え、6月13日、つまりチベット暦4月15日のコルラを強く望んだ。彼の家族も手伝う準備を済ませた。しかし、彼は願いを達成できるのだろうか?

2002年に聖山カン・リンポチェをコルラし、約20時間で50キロ以上の巡礼路を歩き終えたことを思い出す。カン・リンポチェの不思議な山容が突然現れた時、まるで具現した仏教の象徴、マンダラを目の当たりにしたかのように思えた。私は微博に書き留めた。「とても悲しい。12年前、カン・リンポチェを巡礼して1周した時、私は『次の午年が来たら絶対2周目を歩きたい』と祈り願った。どうやら私の願いは実現できそうにない。本当にとても悲しい」

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2014年6月 (RFA特約評論)



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2014年06月24日

アムドで僧院弾圧続く 愛国再教育 監視・管理強化

536b6735チャキュン僧院。

6月19日付けRFA等によれば、アムド、ツォゴン地区バイェン県(青海省海東地区化隆回族自治県)にあるチャキュン(བྱ་ཁྱུང་དགོན་པ་、夏琼寺)僧院を中心に地域にある20以上の僧院で、最近、愛国再教育が続き、当局により強制的に僧院の責任者が僧侶から共産党の役人にされつつあるという。

「チャキュン僧院、ディツェ僧院、タシゼ僧院等、地域にある20以上のすべての僧院に政府の教育班が押し掛け、僧侶に対するいじめや嫌がらせが増している」「共産党を賞賛し、ダライ・ラマを非難することを強要している」と現地の人は伝える。

また、「僧院には監視カメラが設置され、すべての僧侶が昼夜監視されている。僧侶たちは1人づつ呼び出され、すべての指の指紋を取られ、身体的特徴を調べられ、写真を撮られる。家族の状況もすべて調べられる」という。

さらに、「僧院の責任者は伝統的に僧侶の中から選ばれるが、最近チャキュン僧院の責任者が共産党の役人に替えられた。これは危惧すべきことだ」といい、「僧院の会計、行事その他すべてその責任者の承認を得なければならなくなり、非常に困難な状況になっている」と続ける。このように僧院の責任者が共産党の役人にされるということがこの地区に広がっているという。

「政府は僧院の改築や増築をすべて自分たちが援助したものだと宣伝している。本当はすべて地元のチベット人が布施したものだ。政府はこのように外に対し嘘をつき、自分たちはこのように弾圧されている」という。

このチャキュン僧院では、去年2月24日にパクモ・ドゥンドゥップという20歳の若者が焼身抗議を行い、死亡している。チャキュン僧院は2008年以降様々ないじめを受け続けている。(詳しくはここここへ)

チャキュン僧院は1349年に創建された古刹であり、アムド地方でもっとも古い僧院の1つである。また、ゲルク派の創始者ジェ・ツォンカパ(1357〜1419)が出家した僧院として有名である。ダライ・ラマ法王の生地にも近い。

甘粛省甘南チベット族自治州内の133の僧院内に警察署新設

1406211236331N新設される警察署の看板を取り付ける警官。

甘粛省当局は先週、僧院監視強化の政策に従い、州内133の僧院内に新たに警察署を設けると発表した。多くの焼身抗議が発生したサンチュ県内の僧院には既に24カ所の警察署を配置し終わったとも発表した。

ワシントンベースのICT(International Campaign for Tibet)は6月20日付けリリースで、「この一連の警察署の新設は、2008年に中国政府が決定した『すべての僧院を政府の直接管理下に置き、チベット地区の市街地、農牧畜地帯双方において共産党の存在感を強化する』という政策に従ったものである」とコメントし、「このような監視強化は更なる緊張を高めるばかりである」と非難する。



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2014年06月21日

チベット人作家2人解放される

10395179_653762924710743_4974956927304102064_n刑務所前で祝福のカタを受けるブダ。

昨日6月20日、反中的文章を書いたとして、それぞれ4年の刑を受け服役していたチベット人作家2人が刑期を終え解放された。2人は四川省のメンヤン刑務所に収監されていた。

解放されたブダとザンツェ・ドゥンゴは2010年10月に「国家分裂煽動罪」により4年の刑を受けた(裁判の詳細はここへ)。2人とも『シャルドゥンリ(東方のホラ貝の山)』という雑誌に2008年のチベット全土蜂起に関する記事を発表していた。これは隠された真実を広く知らせるという趣旨で書かれたものだが、これが当局により「国家分裂を先導する文章」と見なされたのである。

『シャルドゥンリ』の編集者でもあったブダは医者である。2010年6月26日に逮捕された時も病院で勤務中であった。ザンツェ・ドゥンゴは著作以外に、地元ンガバ州キャンチュ郷に友人と共に地元で高い評価を得るデイケアセンターを運営していた。

10457538_653762854710750_135547902518561067_nザンツェ・ドゥンゴ。

同じく『シャルドゥンリ』の編集者であり、4年の刑を受けていた作家タシ・ラプテン(筆名テウラン)は今年3月29日に解放されている。

2008年以降、チベット人アイデンティティーや文化を称揚する歌手、作家、芸術家、ラマ等を当局は弾圧のターゲットとしている。

このところ、2008年以降に政治犯として逮捕され、収監されていたチベット人が続々解放されている。元政治犯との付き合いが多い私だが、彼らのほとんどは辛い刑務所暮らしや拷問が故に「観念しもう政治には関わらない」ことにしたという人ではない。解放された後も何らかの政治的活動を本土でも続けたという。「拷問されればされるほどに抵抗の意志は固くなっていった」という。

10460457_653762971377405_8816530398498095443_n_327参照:6月20日付けTCHRD(チベット人権民主センター)リリース
6月20日付けTibet Timesチベット語版
6月20日付けRFAチベット語版

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2014年06月20日

盲目の母親の悲願を叶えるため息子がリヤカーでラサまで2500キロ

imageラサから遠く離れたアムド、ルチュ(甘粛省甘南チベット族自治州碌曲)に住む85歳になるペマ・ツォは、日長一日観音菩薩の真言であるオンマニペメフンを唱え続けている。ペマ・ツォの悲願は死ぬまでにラサまで巡礼し、ラサのジョカン寺にあるジョオ(仏陀像)に祈りを捧げることであった。しかし、目が見えないことと貧しいが故にこれまで、この願いを叶えることができなかった。

今、彼女はこの悲願を達成しかけている。58歳になる息子のゴンポ・タシが母親のこの悲願を叶えてやろうと、母親をリヤカーに乗せ、ラサまで途中、数へ切れぬほどの峠や川を越え、2500キロの苦難にみちた道を進み続け、今ラサまで200キロのコンボのギャンダに到着しているという。

f40fb3f74一生に一度はラサまで巡礼に行き、ジョカン寺のジョオ像を拝観したいという思いは、特にアムドやカムの人が持つほぼ普遍的な思いだ。イスラム教のメッカ巡礼に似ている。

これは巡礼であるので、お金があるからといって簡単に車を使って行くのはご利益の少ないやり方と思われている。最高のやり方は五体投地でラサまで向かうというものだ。今でも少なからぬチベット人が実際これをやっている。このリヤカーで行くという人もたまにいるらしいが、盲目の母親を乗せ2500キロはおそらく初めてだろう。

とにかく、親孝行この上ないチベット人がいるということで、無事ラサに到着し、ペマ・ツォの悲願が叶えられることを祈る。最近は当局がチベット人のラサへの巡礼を厳しく規制していると聞く、ちゃんとジョカン寺まで辿り着けるように。

参照:6月19日付けRFAチベット語版

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2014年06月19日

チャプチャ:環境破壊に反対し多数拘束

image前回のブログでチベット自治区チャムド地区ゾガン県において、鉱山開発に反対した地元のチベット人60人が拘束された、と伝えたばかりだが、今度はアムド、チャプチャ(青海省海南チベット族自治州共和県)で地元の採石開発に反対したとして27人が拘束されているという。

6月18日付けRFA英語版によれば、今月初めに当局は地元の大理石採石場開発に反対したとしてカルセル村のチベット人27人を拘束した。

「彼らは自分たちの土地と環境を守るために開発に反対することを表明した」と地元の人が伝える。

「そして6月6日と7日にチャプチャから県の警官が村にやって来て、村の代表2人と27人のチベット人を連行していった」
「内4人はその後解放されたが、23人は今も拘束されたままだ」という。

この採石場は1989年から大理石の採掘を始めた。そして「今年、採掘の契約は切れたはずなのに、それにも関わらずさらに拡張されている」という。

また、ここもチベット人が聖山と仰ぐ山の傍であり、チベット人たちはこの採石が神々を怒らせると危惧している。

「鉱山の近くには聖なる場所がある。地元のチベット人たちはそこで地元の神々に対し、供物を捧げ、タルチョ(祈りの旗)を掲げ、香を炊く」「鳥葬場もすぐ近くにある。今では、もう鳥葬場が飲み込まれそうになっている」「カルセル村で始まったこの採石は今隣村のギャラとの境界まで達している」と地元の人は訴える。

特に抗議デモを行ったとかの情報もないし、この27人が何の容疑で連行されたのかは不明である。今も拘束されているという23人の状況も、「何人かが頭を剃られた」という話が伝わっている意外不明である。資源獲得はそれが例え大理石であろうと、中国政府の重要政策である。これに反対すれば、すぐに痛い目に遭わされる。

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2014年06月16日

投身抗議のあったゾガンで新たに60人拘束

image投身抗議・死亡したパクパ・ギェルツェン

チベット自治区チャムド地区ゾガン県では、今年初め頃より、鉱山開発を巡りこれに反対する地元チベット人と当局の対立が激化している。

5月7日にはパクパ・ギェルツェンと呼ばれるチベット人がこの鉱山開発に抗議するためにビルの屋上で自身を刀で傷つけた後、投身、死亡している。もっとも、彼は飛び込む前に「チベットに自由を!独立を!ダライ・ラマ法王帰還を!」と叫んだと伝えられる。

この事からも、チベットではこのような事件は単なる鉱山開発反対ではなく、もっと根本的な政治問題を含んだものであることを示しているといえる。

彼のこの投身を受け、その後、地元のチベット人たち数百人が政府庁舎前に2週間ほどの間座り込み、鉱山開発の中止を訴えた

そして、今回、この騒ぎが少し静まったころを見計らい、当局は改めて鉱山開発に反対したり、デモに参加したチベット人を中心に制裁を始めたようだ。

「6月8日か9日、ゾガン県の役人がトンバルの町に現れ、ゲワ村の男子と2人の長老を招集した」「インドに行った事があるものも集まるよう命令された」とRFAに現地と連絡を取ったチベット人が伝える。

「そうして集めた後、役人はそれぞれの家の家長と2人の長老、そしてインドに行った事があるものはこれからゾガンに行かねばならない」と命令したという。

彼らはその後、ゾガン県の県拘置所に収監され続け、毎日尋問を受けていると伝えられる。住民たちの内男性は依然より鉱山開発を中止させるために、現場に3人組の見張りを立てたりしていた。当局はパクパ・ギェルツェンの投身事件を含め、反対運動やデモに関わったチベット人を洗い出し、処罰しようとしていると思われる。

当局はまた、現地で厳しい情報センサーを行い、WeChatをはじめすべての交信がチェックされていると現地の人々は訴える。

参照:6月13日付けRFA英語版
6月14日 VOTチベット語放送

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