2008年07月

2008年07月31日

言論の自由

b4dc4869.JPGTCHRD(チベット民主人権センター)
7月30日付のリリースより。

http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080730.html

オリンピック祝賀会に反対したチベット人4人が逮捕される

青海省北東部ナンチェン県のジュクンド地区ではオリンピックに向かって開かれる5日間の夏祭りのために一家族のうち最低一人が参加することを強制した。
25日にはそのリハーサルがあった。
歌われる歌はチベット文化を高揚するようなものとか、ダライラマ法王あるいはカルマパを讃える歌詞が含まれていないかを事前に念入りにチェックされたという。

祭りの3日前7月26日
アサン・ベサツァン21歳、ゴスー・コンキャップツァン35歳、ジャンセンとカドの4人が準備のために集まっていた大勢の地方役人とチベット人の中で
次のように叫び始めた、

今年は祭りをするような年ではない。大勢のチベット人が殺された。むしろ弔いと祈りを捧げるべき年だ」
「我々は自由を求める!」
「ダライラマ法王よ!チベットにお帰りになられよ!」


同時にパンフレットも配った。

その時はそのまま彼らは村に帰ったという。
それを見たチベット人たちは祭りのためにテントを張るのをやめ、全員テントをたたんで引き揚げて行ったという。
残ったのは中国政府のテントだけとなった。

その夜彼ら4人はドショ地区で逮捕された。
現在ナチェン県公安拘置所に拘置されている。
この逮捕を知った地区のチベット人たちは28日、公安に対し「4人の即時解放を要求する。解放されるまでチベット民衆が後ろについている」という手紙を送ったという。














rftibet at 21:24|PermalinkComments(1)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年07月30日

僧院解体、闘争集会、ネパールでも死のハンスト

1b0b280b.jpgいよいよ中国側は僧院の完全解体を始めたようだ。
「闘争集会」という文革時代の恐怖を代表するような言葉も出てきた、
言葉以前にもちろん50年間この実態は続いているのだけど。


連帯委員会リリース 2008年7月29日Y女史訳
http://www.stoptibetcrisis.net/pr290708.html

僧院制度及び僧侶人数制限規定

状況の進展に詳しい情報筋によると、四川省チベット族自治区カンゼ県の人民行政府は先ごろ、「問題ある僧院および僧侶・尼僧への厳格な対応に関する指令原則」と題した12項目を含む法令の公式発表を行った。

例えば、特定の僧院にて10〜30%の僧侶・尼僧が抗議行動と関わりがあると発覚した場合として、この法令では次のような広範囲にわたる権限、罰則が規定されている――自宅軟禁、拘束警察による手入れ、捜索、容疑者の即時逮捕、宗教行事の制限、僧侶・尼僧の僧院からの外出制限等

民主運営委員会(僧院内における共産党指定の監視役)のメンバーに任ぜられた僧侶達が関わっているのが発覚した場合、彼らは直ちに「改革・矯正reformed」させられる。

法令ではさらに、僧院を「清掃」しようとする当局の指令に従わない者は直ちに僧院から追放されるべきであり、その精神的な人物としての権利は消滅させられて、宿泊施設も破壊される、と述べている。

また、僧院における僧侶・尼僧の数を大幅に減らそうという意向も示している。

もし僧院の所属者が抗議活動等に関わったために僧院が閉鎖される場合、民主運営委員会などの僧院指導達自身が責任をとらなければならない、といった脅迫じみた文言もある。

法令はさらに、高僧や僧院長、トゥルク(転生者・活仏)への掌握を強め、彼らに一般の僧侶を監視・統制するよう要求している。
さもなくば愚鈍で非協力的な者と見なされ、二面性のある行動をとった場合は、僧侶の集会で自己批判のための「闘争集会struggle sessions」(タムジンという言葉を使ったかどうかは不明)を義務付けられ、自分の「過ち」を文書化して認めなければならない。


民主運営委員会に任ぜられたトゥルク(転生活仏)やゲシェー(仏教博士)らが抗議を行った者の活動を支持・協力していたことが発覚した場合、彼らは厳格な処分を受け、中国人民政治諮問委員(CPPCC)や仏教徒協会の一員としての地位を剥奪される。また、その時点以降の宗教活動を禁じられ、転生の権利も失う、とその法令では規定している

チベット域内の安定を保つために施行されるというこれらすべての施策を注意深く検討すれば、上記のような僧院「清掃活動(cleansing)」の目的は、僧侶の数を減らすことで僧院のコミュニティを統制下に置き、最終的には歴史あるチベット仏教文化を完全に消滅させることにあるのは、明らかである。

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それにしても何という言葉使い「粛清」は「清掃」、脅迫により嘘を強要することに成功すると「改革」が達成されたという。
唯物論とはよく言ったものだ、まるで人を平気で「物」として認識するらしい。


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続き:
最近入った情報によると、カンゼではチベット人の若者によって、3つの抗議行動が行われた。
それらの日付と抗議した者の名前は次の通り。彼らは全員、治安部隊に逮捕され、その場で長い間殴打されたという。

6月22日:ニマ・タシ(36歳・ジダ村出身)とその仲間ニル(35歳・ギュルガ村出
身)
6月21日:ニマ・タシ(16歳・ジダ村出身)
6月14日:ジャンパ・タシ(24歳・ツァンカ村出身)
また、6月一週目頃には、ガワン・タシというもう一人のチベット人が別の容疑で
逮捕されている。

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29日、カトマンドゥでも死のハンガーストが始まる

29日付のphayul.comによると、
http://phayul.com/news/article.aspx?id=22135&article=Released+Tibetans+begin+fast-unto-death+in+Nepal

7月29日、
<中国共産党指導部とダライラマ法王の直接対話の即時開始>及び
<チベット人に対する弾圧の即時停止>
の要求を掲げ、
9人の尼僧、17人の僧侶が
<無期限ハンガーストライキ>に入った。

場所はカトマン市内から数時間のラリっト市にあるチベット難民キャンプの中。

彼らは先日チベット帰還行進を中国国境を目前にして逮捕されたグループにいた者ばかりだ。
彼らは釈放された数時間後に、この<死のハンスト>を始めたという。
いずれ彼らはチベット帰還行進を決心した時点で死を覚悟していたのであろう。

法王と中国との対話を要求するとともに、

極端な政治教育とチベットの宗教に対する介入を止めてほしい。これらが今のチベット問題の元凶なのだから」

「チベット人に対するすべての弾圧を、不当逮捕と拷問を止めてほしい」

「直ちに国際調査団をチベットに派遣してほしい」

と訴えています。

記事の中このハンストは水も断つのかどうか?については書かれていません。

と言うことは今のところ水は飲んでくれそうです。

しかし、今のネパール政府は再びお先真っ暗状態。
警察は中国の金でいくらでもチベット人を殴る。
せめてこのまま静かに水を飲みながら、(数年間)続けられることを祈ります。









rftibet at 19:23|PermalinkComments(4)TrackBack(0)ダラムサラニュース 

2008年07月29日

続死のハンガースト1/ ラサの現状

db80dc13.JPG

TYC launches indefinite hunger strike without food and water in New Delhi
<チベット青年会議(TYC)、水も摂らない「無期限ハンガーストライキ」をニューデリーで開始>
Y女史訳

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=22029&article=TYC+to+launch+second+%E2%80%9CTibetan+People%E2%80%99s+Mass+Movement%E2%80%9D%2c+vows+protests+during+Beijing+Olympics

Phayul[Monday, July 28, 2008 15:42]

By Tenzin Sangmo
Phayul 2008年7月28日 テンジン・サンモ

ニューデリー、7月28日】――チベット青年会議(TYC)は、北京五輪に反対し、チベット占領状態への抗議を示す「チベット人による大規模運動」第二段を打ち出した。
オリンピックを見据えて続行するキャンペーンの一環として、TYCは本日、「チベットのための無期限断食――水・食糧断ち」を、ジャンタルマンタルにて開始した。
この大規模運動は昨年8月8日、2万5000人のチベット人が世界中からインドの首都に集まり、中国による夏のオリンピック開催に反対するデモを実施した時から始まっている。
昨年8月には、14人のチベット人が33日間「死の無期限ハンガーストライキ」を行った。

今回は、中国がTYCの要求を聞き届けるまでとして、6名のチベット人が食糧も水も絶ったハンスト要員に志願した。
彼らの名前とプロフィールは次の通り:
シツェル・ニマ(37歳)、ソナム・ダクパ(ソダク・31歳)、テンパ・ダルゲ(25
歳)
(以上3名は南インドのセラ僧院ジェ学堂テホル僧房所属)、
ツェリン(23歳:ムンゴッドのデプン僧院ロセリン学堂所属)
ジャンチュプ・サンポ(28歳:ダラムサラのマクロードガンジ在住)
ワンデュ・プンツォク(31歳:ダラムサラのノルブリンカ在住)


ソナム・ダクパは、今年実施されたチベット人蜂起運動の一つ「チベットへの行進」の中心メンバーでもあった。
「私達が北京五輪に対して抗議を行っているのは、中国が人権を向上させるという自身の約束を守っていないためだ。
彼らは法王を分離主義者として非難し、TYCをテロ組織呼ばわりしている。
私は中国に対して、自分達の批判を実質的な証拠をもって示すよう、真剣に要求する」

状況が深刻な様相を帯びているのは、水だけは摂取してきた従来のハンストと違って、今回の6名のうち5名の僧侶は、食物を絶つだけでなく一滴の飲料も摂らない、と言っているからだ。
多くの医師は、健康な人であれば食物を摂らなくても水さえあれば生き延びることができる、としている。
だが、水無しでの生存と食糧無しでの生存は、大きく異なっている。
ある程度健康な状態であれば、極度な暑さや寒さにさらされない限り、人は水を飲まなくてもおよそ3日〜5日間は生存できる。
より健康であればあと一日、もしくはそれ以上、生き延びることができるかもしれない。
けれども、食糧と水の両方とも摂取しないというのは致死的であり、医療の観点からは、人は水を飲まない状態では、けっして一日以上過ごしてはならない、とされている。

TYCによると、ハンストに入った6名は、世界中に散らばっているチベット人600万人の苦境を代表している、という。

この日のメイン・イベントの公式スタートを記念する儀式ランプを点灯したのは、主賓として招かれていたチベット全党国会議員連盟(All Party Parliamentary Forum for Tibet)議長シュリ・バシスト・ナライン・シン国会議員。

特別来賓の『ティバト・デシュ(Tibbat Desh)』誌編集者であり卓越したジャーナリストのビジャイ・クランティは、次のように述べた「『オリンピックは植民地主義国家の植民地利益のために濫用されるべきではない』と、立ち上がって世界に訴える――少なくとも、それが私達の責任だ。
断食というイベントの開始に立ち会うのは、個人的にはまったく喜ばしくないと認めざるをえない。
だが自分自身の意見を表明する非暴力な手段というのは、時として本人には非常に冷酷な状態をもたらすことになる」

「けれども、特定グループの政治的な意見を表明するために爆弾を用いて、政治問題とはまったく関係ない人々を巻き添えに殺傷するよりは、こちらの手段の方が遥かに上等、とも認識している


TYC議長のツェワン・リジンは報道陣に次のように述べた。
「チベット青年会議は、中国共産党政権による残虐な弾圧の下、チベットでは人々が甚大な苦しみにあえいでいるという深刻な状況ゆえに、本日、このハンガーストライキを開始した。
3月10日以降、チベット域内のチベット人達による歴史的な蜂起に続いて、チベットは実質的にまったく自由のないまま封鎖されている状態だ。
私達の活動を通じてチベット問題を国際舞台に訴え続けること、そして中国政府にできるかぎり圧力を与えること――これらが亡命チベット人の果たすべき責任であると、私達は考えている」

TYCは8月7日にも、ガンジーの非暴力と「サッティヤグラハ」(真実の主張)の原
則に基づいた「大規模デモ」を計画している。


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コメントで教えて頂いた、ラサの状況を知らせるフランス人特派員の記事


2008-07-28 23:55:55
支配下にあるチベット(Obsの記事)【1】

« On ne dit plus rien, sauf aux amis très sûrs...»
Le Tibet sous la botte


絶え間ないパトロール、絶えず繰り返される身分証の点検、市街地での密告者、監視カメラ、盗聴マイク。チベットの反乱から4ヵ月後、中国の国家権力はラサで猛威を振るう。ジャーナリストは追放されたラサで、スターリン的な最悪の抑圧を思い出させるパラノイアを、我々の特派員ユルシュラ・ゴティエUrsula Gautier が確認した。


ラサでは、タクシーの運転手は殆ど全て中国人であり、輪タクはほとんどすべてチベット人である。それこそチベット人を歯軋りさせる、社会的地位の不平等の最も目立つ徴候の一つである。しかし3月14日の反乱の制圧と事実上の戒厳令実施の後、ほんの少しの不満も聞こえない。声を上げるためには、気が狂うか、無意識でなければならない。あるいは酔っ払うか。叛乱から3か月後、6月のある日にタクシーに乗った若者の事件にあてはまる。この青年は「チベットの良家」の出であり、ほろ酔いで多分、横柄だった。確かに、党の幹部である父親の如才なさを信用し過ぎていた。征服された国でのようにチベットで振舞う中国人に対する罵倒を繰り広げた。平時なら運転手は、この父親がかりの息子が免許証を取り上げるのを恐れて、低姿勢をとっていただろう。しかし時代は変わっていた。四川省出身の庶民的なタクシー運転手は、最初の交差点で停車し、街の至る所にいるのと同じようにそこで配置された兵士に訴えようとした。軍人たちは酔っ払いに襲い掛かる。ノーメンクラトゥーラ出身のgolden boy にふさわしい身なりにもかかわらず、彼が中国語で叫んだ父親の名前にもかかわらず、兵士たちは彼を舗道に投げつけ、足蹴りにして襲い掛かった ― 結果として死に至るまで。激しい恐怖に麻痺した大群衆は、その全光景を、一言も発せず、身動き一つせずに見守るだけだった。

 任務は完了した。全てのチベット人は今後、序列の上から下まで、中国の国家権力に対する不敬がほんの少しでも疑われたら死の危険を冒すことになると知ることになる。中国の銀行の金属製格子を引き抜きながら興奮の叫びを上げ、軍のトラックに投石し、中国人商店に放火し店員に暴力を振るった、若者の群れの、危険な大胆さをラサは忘れなければならない。これら混乱と叛乱の日々の驚くべき映像を一通りテレビに流した後、国家権力は今、心に恐怖を植えつけようとしている。

 軍の存在は圧倒的であり、身分証の検査は絶え間ない。自らの書類を持たないことは直ちに逮捕されることになり、時には最終的な死亡につながる。なぜなら、3月の動乱の原因である「犯罪的成分」に対する闘いは終わっていないからである。捜索中の暴動参加者のリストが常に公共の掲示板に貼り出されている。監視は特に、赤銅色に染めた長髪の、手首にロザリオを身に着け、首にトルコ石、あるいは金歯の大男に向けられている。高原からのチベット人、3月の反乱者の主要部分を担った人々である。「大部分は彼らの出身地に送り返された」、匿名のラサの住民がため息をつく。「近くでも遠くからでも、反乱に加担した人々は逮捕され、拷問され、強制収容所に送られた。中国人の女友達は、事件の数週間後に列車に乗ったとき、怪我をして足を引きずり、汚い包帯を巻いた、手錠をかけられた、何百人もの人々が西寧Xining行きの列車に乗せられるのを見た。そこから、彼らは新疆Sinkiangに送られ、中国で最悪の強制収容所に入れられる。遊牧民あるいは文字の読めない農民の家族は、説明を求めようとしない・・・」

 この容貌に基づく狩猟により、祈祷輪を回す、宝飾品で身を飾った印象的な遊牧民がラサの街からいなくなった。中国の主人に対して敢えて立ち上がった誇り高きカムパスKhampasと似たあらゆることを追い出すこと。ラサの流行の最先端を行く若者たちの間で通用する「民族的」流行を追い出すこと。「もう誰も肩にかかる髪をしていない、危険すぎるからだ」、ある音楽家が苦笑とともに説明する。「誰もが、中国人として通用する廃れた髪型に甘んじた・・・」 どこにでもいる軍服からの疑いを招かないように祈りながら。

 どの交差点でも、どの公共の建物、目立つ、あるいは象徴的な地点(ガソリンスタンド、郵便局、銀行など)の前でも、兵士のグループに出くわすことなく3歩も歩くことができない。陰険な雰囲気で、扇形に展開した、指を引き金にかけて銃を外側に向けた兵士である。全ての大通りと小路では5分毎に、硬い表情で、迷彩服を着て白い手袋をした、軍のパトロール隊が足音を鳴らして分列行進する。緑青色のトラックが大通りを通る。ヘルメット、盾、警棒、銃器で完全武装した武警wujing(武装警察)という積荷を見せびらかしながら・・・ 街を囲む数多くの兵舎は、これらの部隊の流入に対して不十分ではないだろうか?その磨き上げられた乗り物、最新型の装備とともに四川省から来た軍の部隊は、その後来訪者に対して閉ざされたチベット博物館、チベット図書館をこれ見よがしに占領している。

(つづく)


URSULA GAUTHIER


出典

LE NOUVEL OBSERVATEUR 2281 24-30 JUILLET 2008

http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2281/articles/a380361-le_tibet_sous_la_botte.html



rftibet at 19:30|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダラムサラニュース 

死のハンガーストライキ

c46e2b5d.jpg予想はしていたがいよいよ<死のハンガーストライキ>がデリーで始まってしまった。

今回の参加者は6人、内5人は僧侶だ。
今回は普通のハンガーストではない。
水も飲まないのだ!!

40度にもなる今のデリーでこれを始めたのだ。
一週間以内に最初の一人が死ぬであろう。

嘗て1990年代の終わりにあった同種のストでは確か58日だったか?
続けた時、インドの警察隊が強制退去を強行した。
それを見た、第二次グループにサインしていたツプテン・ゴドゥップ氏は
このとき多量の石油を浴び、焼身自殺した。

巨大な炎に包まれながらも「法王に長寿を!チベットに自由を!」と叫び走った。
最後は合掌の姿勢をとりつつ崩れ落ちた。

このままでは、オリンピック開始までには全員死亡していることは確実だ。

法王は止めるのか?









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2008年07月28日

真理の言葉のマネ

実際、、

己の宝の如き、唯一の、儚い心を守るようにチベットの心を守るべきなのだ。
己の宝の如き、唯一の、儚い身を守るようにチベットの大草原を、雪山を、大河を碧い湖を守るべきなのだ。
さもなければ、例えば、それは最愛の人が消え去り、二度と帰って来ないが如し。

己も最愛の人もチベットもダライラマ法王もチベットの獄中の拷問も、
実体なく、幻に過ぎないのだけど、
仮にも、現象としては存在するのだから。

チベットの空と星とダライラマ法王の教えとその拷問を知らない者には
本当のチベットの苦しみの深さ、その消滅の量り知れぬ、
掛けがえのなさを知ることはできないであろう。

私は幾夜と知れず、チベットの満点の星降る夜空の下で眠った。
洞窟と廃墟がお気に入りの場所だった。
でもチベットの監獄で中国人に拷問されたことはまだない。
想像しただけで、自分の小さな苦しみは消え去る。


ーーーーーーーー

半年ぶりに広島の空っぽの実家に帰ってきた。
この家は海のすぐそばにある。

電気と水道はすぐに開通!
ここはインドの山奥じゃないんだから。

まるで海も家も何も変わらぬまま

チベットのことなどなかったと言われれば
そうなのかと思ってしまうような、、

今年のチベットのことは果たして、
起こって良かったのか
悪かったのか
まだ判らない

それにしても、実際
チベット人の勇気は計り知れず、
その質は特上だと思う









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2008年07月27日

チベットの夏、デブン僧院

昨日のブログはほんまにさぼりで済みませんでした。

昼新宿、夜東中野とトークが続きましたが、野田君と一枝さん、それにチベットの親友のお陰で内容もある良いトークができたと思います。野田君の準備ばんたんな話を聞きながら、自分がいつも話しの前に何も準備してないことを反省しました。

雲南の爆破事件。
犯行声明に「ジハード」の言葉が出たことに少なからず衝撃を受けました。
これに対抗する為に「鳥の巣」付近にミサイルを配備した中国。
こんなオリンピックは前代未聞。

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私の代わりにダラムサラに居てくれてるY女史が
この前のスペインの「チベットジェノサイド裁判」でも証言したバクド氏にインタビューしてくださいました。

以下にアクセス:
http://epea.exblog.jp/

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連帯委員会リリース 2008年7月26日
http://www.stoptibetcrisis.net/pr260708.html
Y女史訳

<デプン僧院、現在も危機的な状況下に>


信頼できる情報筋によると、チベット全域にある僧院――特に最近、平和的なデモに関わったとされる僧院――は、いまだに厳しい統制下に置かれている。
中国当局は現在もそれらの僧院で愛国教育を強制しており、僧侶や尼僧に甚大な精神
的苦痛を与え続けている。

中国政府は「ラサ市内と周辺にある僧院はすべて一般人に公開されている」と述べているが、実際のところ、デプン僧院はまだ閉鎖されており、デプン僧院の下方に位置するネチュン僧院は中国軍に包囲されているため、一般の人々がこれらの僧院の中に入ることはおろか、付近を歩くこともできない。
武装警察は、いかなる通行人も見つけ次第つまみ出している。
加えて、デプンとネチュンの両僧院の僧侶達の行動は厳しく監視・チェックされており、彼らの状況に関する情報を入手することは不可能となっている。

ーーー

6月13日、カム地方テオ郡の中国警察官らが、テオのバルジ・シャンに住むツェワン・リジン(55歳)を逮捕した。
彼はテオ地域での最近の抗議行動に関わり、抗議行動中に写真を撮ったという容疑を追求されている。
ツェワンと同時にもう一人のチベット人が逮捕されているが、彼の名前は明らかになっていない。

最近入ってきたもう一つの情報によると、5月15日、マルカム地域ガルド・シャン出身のチベット人ソギャル(35歳)が平和的なデモを行った。
同地域では6月初旬にも、ギュルメイ・ワンダクというチベット人遊牧民が似たような抗議行動を行っている。2人とも逮捕され、マルカム地域刑務所に収監されていたが、後にチャムド地域刑務所に移送された。


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私の通訳した24日のパルデンさんの講演の内容を名古屋から来られた宇宙人さんがノートを取って発表してくださいました。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=882323346&owner_id=1909245

宇宙人さんいつも大量のチベット、中国関係の情報を集めてくださっていますね。
有難う!
会場でお会いしたかったです。

今日ポレポレ座では昼、夜と二度の映写会が開かれます。




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2008年07月26日

今日は二度のトーク

今日は新宿と東中野のポレポレ座、二度のトークがあります。
http://tibet-free-tibet.com/

会場に私とトークするために来てください。

時間がないので今日はこれで失礼!


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2008年07月25日

パルデン・ギャツォ氏証言会、中国当局、隠遁場を破壊し宗教美術品を押収

4305d840.jpg昨日のポレポレ座におけるパルデン・ギャツォさんの証言会、狭い会場に目一杯の約100人ほどが集まってくださいました。

狭苦しい状態と、つたない通訳で申し訳有りませんでした。

しかし会場が狭い分、パルデンさんを間近に感じられ良かったかも?

パルデンさんも終始リラックスされた様子で話しを続けてくださいました。
しかし内容が内容なので、途中会場で聞かれている方の中には余りに凄惨な拷問の描写を聞き涙ぐまれておられる方も多かったようです。

パルデンさんも一度、

同房の衰弱し切った一人の仲間に水を請われた時、
「水は全くないので、これしかないと言って自分の唾液を何とか絞り出し、口移しに与えた」
それを飲み込んだ彼が
「(監獄を出て、もしも外国に逃れることができたら、この状況をみんなに)知らせる仕事をしてくれないか、、、」
と言ったあと息絶えた。
と、この話をされたとき思わず涙ぐまれた


これには私も涙をこらえるのが精いっぱいだったが、会場の多くの人たちが涙した。

77歳になるパルデンさん。
こうして無念の内に死んで行った多くの仲間のことを思い出しながら、チベットの惨状を世界に訴え続けることを自分の使命と心に強く決心していることが感じられました。

パルデンさんは日本の後すぐにまたアメリカに渡り、シカゴからウィスコンシーのマジソンまで行進されるそうです。おそらく200〜300キロはあるでしょう。
夏の炎天下を77歳の身体を持って歩かれることは大変な負担になるはずです。
無事に歩き通されることを祈ります。

昨日の夜皆で打ち上げで集まっていた時、携帯にパルデンさんからメールが入りました。
「今日は本当に気持ち良く話ができ私も嬉しかったです」
と。


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連帯委員会リリース 2008年7月24日
Y女史訳
http://www.stoptibetcrisis.net/pr240708.html


Authorities Destroy Retreat Centre and Confiscate Religious Artifacts:
<中国当局、隠遁場を破壊し宗教美術品を押収>

信頼できる情報筋によると、12年ほど前、中国のウタイ・シャン(五台山)で長年隠遁生活を送っていたツェジンと呼ばれるチベット人ヨギーが、後援者より10万元の寄付を受けて新しい隠遁小屋を10件ほど建て、ペマ・ゴンと名づけられていた。

これらの小屋は特に、隠遁生活を送っていて住みかの問題を抱えているような僧侶達の悩みを軽減するために、建てられていたものだった。

ツェジンはゴロ・ポンコル・メマ出身で、その慈善的な態度により、この仏教の聖地に巡礼に訪れたり隠遁生活を送りにくる僧侶達によって、大いに尊敬されていた。

しかし、チベットにおける平和的なデモの拡大に続いて、中国政府はウタイ・シャンで隠遁生活を送っていたチベット人僧侶達に、その場から立ち去るように、と命じた。
続いてツェジンも出身地に戻るよう強制された。

立ち去る前に、ツェジンは一人の中国人僧侶にペマ・ゴンを託したが、あいにくこの中国人僧侶も2008年7月19日に中国当局によって強制退去させられてしまった。

10体ほどの貴重な仏像や仏教の尊格を描いた10枚の絵画(タンカ)を含む、ペマ・ゴンのあらゆる財産は没収された。

その翌日には、療養所は跡形も無く完全に破壊されたという。




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2008年07月24日

爆発事件に関する疑惑

f5311c70.JPG連帯委員会リリース 2008年7月23日
http://www.stoptibetcrisis.net/pr230708.html
Y女史訳

Qualms over Derge Gonchen monastery blast
デルゲ・ゴンチェン僧院爆発事件に関する疑惑


国営新華社通信の7月22日の報道によると、四川省当局がデルゲにあるゴンチェン僧院の爆発事故に関するプレス・リリースを発表した。
この爆発では2名の僧侶が死亡し、4名が負傷している。
省政府当局によると、爆発の起きた現場は古美術品や宗教儀式道具の保管庫で、爆発の原因は宗教儀式のために不法に黒い粉(火薬?)を保存していたことにある、とされた。
この黒い粉によって電気がショートし、保管庫内の粉に引火して爆発を引き起こた、という。

この報告では、当局は716キログラム以上の粉を同僧院のほかの場所から発見し、政府の管理下に移送した、としている。
さらに、この僧院は宗教儀式に使う古い型式のライフル銃を29丁以上、当局に手渡した、という。これらの点について、次のような疑いが持たれている:


1. 爆発事故は7月12日に起きているのに、当局による報告はなぜこれほど遅れたのか

過去10日間、爆発の実際の原因について多くの異なる説明が国際メディアで報道されている。
当局は爆発の真の原因を隠すために、このリリースを発表したのではないか?


2. 通常、仏教儀式においてはこうした類の粉や火薬は用いられない。
それなのに、なぜ当局はこれほど大量の火薬がこの僧院に存在していたと報じるか?


3. 報告によると、これらの粉は1994年以来、同僧院に保管されていたという。
その年から現在に至るまで、政府は定期的に実施された「愛国再教育」運動に加えて、同僧院の中を幾度となく捜索してきている。
その間、なぜ政府職員は粉の存在に気づかなかったのか?

4. チベット人が、貴重な宗教美術品や儀式の道具を、そのような粉と同じ保管庫に保存するなどということがありうるのか?

5. この爆発で死亡もしくは負傷した6名の僧侶は、僧院の倉庫管理人で、爆発が起きた時には昼食をとっていた、という。
電気的なショートが起きて粉に引火したとき、なぜ6名の僧侶達はその現象に気づかなかったのか?

中国当局の報道による原因を上述のように再検討すれば、爆発の原因について膨大な懸念や疑惑が浮かび上がってくるだろう。

ーーーー

確認された情報によると、中国治安部隊は最近、3名のチベット人を逮捕した。
逮捕された者の名前と日付は次の通り:
7月15日にはセルタ郡のゴチョク遊牧村出身のラギャル、7月5日にはキユル・ゴパ
のテンダル、7月5−6日にはカンツァ・デパのソ・ロ。

ーーーー

6月27日、ケルサン・ラモ(カンゼ地方ドラカル尼僧院の尼僧ツェワン・カンドの母親)が、娘の逮捕・拘束に続いて中国当局から集中的な圧力をかけられて、死亡した。
ケルサン・ラモは執拗な尋問と増大していく圧力によって健康を損ねていた。
また、当局はこの地域に対して厳格な規制を敷いており、大勢が逮捕されたり、殺されたり負傷したりしている。
亡くなったケルサン・ラモは、カンゼのドゥラ村出身。尼僧の娘ツェワン・カンドは5月28日、カンゼ郡役所で平和的なデモを行ったかどで逮捕されている。(詳細は5月29日のリリースを参照)

(以下、いつもの六か条要求)

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この爆発事件については昨日もお知らせしたがその時は「砲弾によるものか?」
と私が勝手に書いたのは間違いかもしれない。
しかし、この僧院の僧侶達に対し発砲したことは確かだ。
銃弾による死亡を偽装した疑いは濃いいと思う。

今までにも中国当局は死亡事件の後あらゆるデマをでっち上げて来た。

なのに今度の事件に関しても日本の報道機関は新華社伝をそのまま伝えているものが多い。

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今日はパルデン・ギャンツォ氏の証言会がポレポレ座で行われる。
パルデンさんは本当に運よく生き残り亡命できた生き証人の一人だ。
命掛けで素手の抵抗を行い、無念の内に殺されてしまった何万人という犠牲者が彼の後ろに立っている。




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2008年07月23日

ポレポレ座オープニングパーティ、チベット人同士の対立を利用する中国

ダラムサラ月曜ごとのキャンドルライトビジル

写真はダラムサラで私の代わりに取材してくださってるY女史から送られてきたもの。毎週月曜日に行われているキャンドルライトビジルです。

ーーー

昨日のポレポレ座のオープニングパーティ、懐かしい人、新しい人沢山来てくださいました。
有難うございました。

大勢の方々に少しづつ話をして頂きました。
話しをしてくださった人たちの名前のみ以下に記します。

まず実行委員会代表の南くんの挨拶ののち
ダライラマ東京事務所のツェワン・ギャルポ・アリアさん。
私。
貞兼綾子さん。
渡辺一枝さん。
岩佐監督。
野田くん。
キムスンヨンさん。

後半はゆかさんのすばらしいチベットの歌。
梅野泉さんの詩の朗読もよかった。

アムドの歌に感動した、日本初のタシくんの話と歌は昨夜一番の感動的なものでした。
最後の方ではソナム氏が先導する踊りでみんなが輪になりチベタンステップ。

実行委員全員の挨拶の後。
最後にはツェメーユンテンをみんなで大きな声で唱え閉会となりました。

今日から長丁場ですが、チベットの子供たちの絵に囲まれ元気づけられ最後まで頑張ります。
みなさん、新しい人をたくさん連れてお越しください。

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チベットでは中国はオリンピックに向け益々
チベット人監視、弾圧を強めています。

http://www.stoptibetcrisis.net/pr220708.html

チベット連帯委員会 2008年7月22日
Y女史訳

China maneuver Tibetan Versus Tibetan
チベット人同士の対立を利用する中国

僧院の監視にまつわる奇怪な事件が増えつつあるなかで、中国当局がチベット人職員とチベット人僧侶の間の対立を利用するというケースに関する情報が寄せられている。
カンゼのダゴ僧院では、郡・地区レベルの最高職員がこの僧院の高位のラマや僧院長達を監視・思想教育する一方で、120人以上もの下級チベット人職員が一般の僧侶達の活動監視や政治的な教育のために動員されるという、新しい施策が推進されている。

新しい布告によると、僧侶が不服従や抗議活動への参加といった罪に問われた場合、担当のチベット人職員は責任を問われて職務から追放されるという。
新しい施策では、こうした形で職員と僧侶の両方に膨大な苦痛と不安の圧力をかけている。

この新しい施策では、もし3割以上の僧侶が抗議行動に参加した場合、その僧院は永久に、または一時的に、閉鎖されなければならない、と規定している。
永久に閉鎖される場合、すべての僧侶は僧院を立ち去らなければならず、その後に僧院施設は国に接収されるだろう、と当局は述べている。


夏のオリンピック開会まであと3週間を切った今、中国はチベット全域において規制を強化しており、特に北京ほか中国本土に住むチベット人達への規制や監視を強めている。

大都市部や近隣地域に住んでいるチベット人職員・学生達は、その多くが州都から立ち去るよう命じられるなど、厳戒な治安監視の下に置かれている。
これは、中国指導部がチベット人を本質的に信頼していないというあからさまな例である。

ーーー

7月15日、若いチベット人僧侶が勇敢にも、カンゼ郡武装警察署の前で、たった一人でデモを行った。
彼がスローガンを叫ぶやいなや約10名の武装警官がこの僧侶に襲いかかったが捕らえそこねたため、少なくとも3発の銃弾(ゴム弾)を浴びせたという。これによってこの僧侶は意識不明に陥って逮捕され、警察車に放り込まれてどこかへ連れ去られた。彼はカンゼのヤルト・ロンパツァ村にあるランナ僧院に所属する僧侶、と伝えられている。


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イベント紹介

来る25日から三日間善光寺のピースウオークのイベントが有ります。
詳しくは以下へ。
http://www.geocities.jp/windoftibet/

rftibet at 13:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年07月22日

デルゲ僧院の僧侶二人が殺される

cf4ff508.JPG昨日は今日からいよいよ始まるポレポレ座のイベントの搬入日でした。
http://tibet-free-tibet.com/

仲間が10人以上あつまり午前中から作業が始まった。
結局よるの10時過ぎまで掛かった。
みんなボランティアなのに本当に頑張ってくれる。
チベット人に代わって、感謝、感謝です。
みんな明るく楽しい仲間ばかり。
きっとこの企画は成功すると確信しました。

私は途中抜け出しパルデンさんの講演会にいきました。

懐かしい人たちに沢山あいました。
中には20年ぶりの人も数名。

最初に一階のエレベーターに乗るとき偶然目の前にペマさんご夫妻を見つけたので、
「ペマさん」と声を掛けると
「あ、中原さん。やっぱり何か中原さんとは縁が有るんですね」
と言われ、、、「ううう、、、そうですかね?」

日本の状況を着くなり見たようで何とも言えませんでした。

何だかハイソな年配の人が多くて、日本のチベットサポーターも少し変わったな、、
と感じました。
もちろんいろんな種類の人たちがいるのでしょうけど。

今日の夕方6時からポレポレ座でオープニング・パーティーが開かれます。
ゆかさんの素晴らしい歌声も聞けます。
みなさん来てくださいね。

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チベットではひどい事件が毎日続いています。
このところ中国側はすぐに銃を発射する傾向にあるようです。

21日付緊急委員会リリースより
http://www.stoptibetcrisis.net/pr210708.html

デルゲ僧院の僧侶二人が殺される

7月12日、カム、デルゲのデルゲ・ゴンチェン僧院で年に一度のチャム舞踏を行おうとしていた僧侶達の集団に対し当局が発砲し、少なくとも二人の僧が死亡したという。
しかし詳細は不明。

他の情報として同じく同僧院で爆発により二人の僧侶40歳代のデレックと20歳代のゲルツェンが死亡し、4名の僧侶が重体であるという。
しかしこの二つの事件が同時に起こったのか?死亡した僧侶は上記の二人のことなのかは不明。


デルゲ・ゴンチェン僧院も他の僧院と同じように、度重なる<愛国教育キャンペーン>を受けさせられ、僧院に中国国旗を掲揚するよう強制されていた。
しかし、他の僧院と同じようにこの僧院はこれら中国側の強要を全て拒み、「僧院は政治的場所ではない、直ちに全ての強要をやめよ」と逆に要求していた。
「全僧侶は死んでも中国側の要求に従わない」と宣言していた。
当局の回答がこの発砲と砲弾だったと思われる。


ーーー

7月11日カンゼではロプサンとドルジェという二人の兄弟が平和的デモを行いパンフレットを配ったりした。
しかし間もなく二人は大勢の武装警官隊に囲まれた。
逮捕の前にドルジェは足に銃弾を撃ち込まれた。





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2008年07月21日

デルゲのゾクチェン僧院の僧侶達を銃撃

01978720.tif連帯委員会リリース 2008年7月19日
http://www.stoptibetcrisis.net/pr190708.html

<中国当局、デルゲのゾクチェン僧院の僧侶を銃撃>


信頼できる情報筋によると、7月18日、四川省カンゼ・チベット族自治区デルゲにて
、ゾクチェン僧院の大勢の僧侶達が治安部隊と衝突し、負傷した。

今年3月10日以降、ゾクチェン僧院に駐留していた大規模な中国軍は、過度な配備で付近のジャングルや山々で向こう見ずな狩猟を展開してきた。
この場所は、地域のチベット遊牧民ベユル・デモ・ジョン(すなわち、ゾクチェン・ルダム・ルン)の人々が、聖人の住んでいる神聖な場所と考えている土地である。
兵士らは自分達の行為の露見を防ぐため、チベット風の民族服を着てまでごまかそうとしていた。

こうした行動はチベットの風習や倫理観に反しており、さらにこの地域の法律にも違反しているため、仏教修行のためリトリートしていた地元の一人のチベット人高僧は、兵士達に狩猟を止めるよう説得しようとした。
だが彼はひどく殴られて、命を失った。

この事件を聞いたゾクチェン僧院の僧侶達は、7月18日午後3時頃、この地域の役所本拠地に不服を申し立てた。
ところが役人らは彼らの苦情を直ちに却下し、それどころか僧侶達を脅迫し始めた。それに続く混乱状態の中で、中国側職員達は僧侶の集団に発砲し、現職のロッポン(師/アーチャリヤ)であるトンタ・ケンポ・ツェリン・サンポを含む数名の僧侶が撃たれた。
大勢の僧侶は腕や脚を骨折した。
亡くなった者もいたかどうかについては不明である。
キャブジェ・ペマ・ケルサンほか、同僧院の高僧達によって事態は収まったが、大規模な中国治安部隊が駐留を続け統制も強化されており、緊迫した状況が続いている。ゾクチェン僧院は二つの支院に800名の僧侶を擁している。

ーーー

カンゼ・チベット自治区では、ダゴ地方にあるテホル・チョクリ僧院、ガンゴ尼僧院、カルセル尼僧院の僧侶や尼僧がしばらく前に一連の平和的抗議を行い、
僧院で推進されていた愛国再教育運動に抵抗して僧院を離れていた。
だが、今や中国当局は、彼らに戻ってくるよう呼びかけている。少数の僧院管理職員や年老いた僧侶達を除いて、僧院や尼僧院は空っぽになっているため、当局は彼らを呼び戻したくなったと考えられる。
当局は今度は年配の僧侶や僧院管理者らに対して、僧侶・尼僧達が各自の僧院に戻ってこなければ責任をとらせて罰を与える、と命じている。
当局の最近の発表によれば、こうした年配の僧侶は、僧侶や尼僧達の振る舞いや活動を監督し、保証しなければならない、という。

ーーー

これに先立つ6月26日には、ダゴ地方ダド地区ミギャグにあるテウォ・パル・ガギュル・ケンダップ・ノルサン・リン僧院の僧侶4名が、ダドの街で平和的な抗議行動を行い、「チベット独立」、「ダライ・ラマ法王の長寿」などを呼びかけるチラシを配布しながらスローガンを叫んだ。
この僧侶達、ケパ、ティンレー・ドルジェ、リンチェン・ドルジェ、ゴンポの4名は、抗議行動の後にうまく逃げおおせて付近の山に隠れており、まだ中国当局の手に落ちていないと考えられている。







rftibet at 10:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年07月20日

シュクデン問題

87a6cd1a.bmp日本に到着。
眠気と灰色の建物ばかりがどこまでも続く風景とで気の抜けたサイダー状態。

ところで久しぶりにシュクデンがNYで法王に対しデモを行った。
シュクデンの説明は長くなるが、、、
法王に反対するほぼ唯一の亡命チベット人グループ。
イギリスを中心に外人信者も多い。

10数年前私の先生でもあった論理大学学長ロプサン・ギャンツォ師を弟子二人と共に虐殺したこともあるグループ。

二か月ほど前、ダライラマ法王とチベット亡命政府に対し「宗教の自由を犯した」としてインドの裁判所に訴訟をおこした。

亡命社会では何度かシュクデン対策の会議が開かれたりした。

中国が後ろで糸を引いてるとみんなは信じてる。


<シュクデンがNYでデモ>
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=21999&t=3&c=1

[Friday, July 18, 2008, Phayul]
パユル 2008年7月18日付
Y女史訳

西欧ドルジェ・シュグデン協会のメンバー約40名が、ニューヨークのラジオ・シティ・ミュージック・ホールの前でダライ・ラマ法王に反対するスローガンを叫
んだ。
メンバーは、ほとんどが西洋人の僧侶・尼僧からなっている。
「『Spirit 心霊』を崇拝するのはダルマ(仏陀の教え、仏法)とチベットにとって有害であり、ダライ・ラマ5世と13世によって推奨されていなかった」とするダライ・
ラマ法王の発言を受けて、「ドルジェ・シュグデンの霊」の信奉者は「ダライ・ラマ法王は宗教の自由を否定している」と主張している。
このことについてティーチング(仏教公開講座)で尋ねられた際、ダライ・ラマ法王は「自分自身も1951年から1970年代までは霊(スピリット)を崇拝していたが、自分が間違っていたと認識してからは止めた」と答えた。
法王は、「自分自身にはダライ・ラマとして『霊』の崇拝者達に警告する責任があるが、人々がそのアドバイスに従うか無視するかについては本人次第である」と述べている。

ダライ・ラマ法王のティーチングの後、ラジオ・シティ・ホールから出てきた大勢のチベット人や信者達は、西欧ドルジェ・シュグデン協会の代表グループと向かい合って、ダライ・ラマ法王を信奉するスローガンを唱えた。
ニューヨーク警察が両サイドにバリケードを張って、両者が物理的に衝突しないよう防いだが、混乱などの事態の発生は特に報じられていない。
チベット人は、中国が「シュグデン心霊」問題を操作して、その信奉者を炊きつけているのではないかと懸念している。
チベット社会におけるシュグデン信者の数は、年々減少してきている。



rftibet at 14:40|PermalinkComments(35)TrackBack(0)その他 

2008年07月18日

内地よりの電話情報、二か月以内に亡命させた子供をつれ戻せ

20681ab3.JPG昨日少しお知らせした、アバ、キルティ僧院僧侶3人の刑期確定等、

7月17日付委員会リリースより
Y女史訳

http://www.stoptibetcrisis.net/pr170708.html

<不公正な裁判、追い詰められ自殺>

確認された情報によると、7月10日、アパの人民法廷は僧侶3名に対し、13年間の
投獄〜終身刑
を言い渡した。
3名の僧侶はケバ(23歳)、テルゾゥ(25歳)、ツェコ(27歳)で、順に終身刑、15年、13年の投獄が宣告された。3名とも出身はアパのガメ・ロタ地域。
法廷は僧侶達について、3月16日のアパで起ったデモの際に略奪、放火、強打による器物損壊といった行為により有罪であると断定した。
僧侶達には何の法的擁護権も与えられず、また彼らを弁護するための独立した立場の法定代理人もなく、まったく強制された判決だった。

6月29日には、ツェギャル・パルバツァンを含むチベット人4名がチャムドチベット族自治区ジョンダ地区ゲナンで逮捕された。
そこでこの地域のチベット人達が彼らの釈放を求めて6月31日に運動を始めたところ、中国治安部隊が今度はこれに加わった32名のチベット人を逮捕した。
最後に伝えられた報告によると、7名を除いて全員が釈放されている。
まだ拘置されているチベット人7名は、ツェギャル・ペルバツァン(74歳)、ジャミヤ
ン・ツェリン・モモツァン(46歳)、アニョク(41歳)、パルチェン(38歳)、
ツェリン(22歳)、チョダップ(21歳)、ソナム・ダルギャル(39歳)。
チャムドの刑務所側は高齢のツェギャル・ペルバツァンの収監を拒否したので、彼はジョンバ地区刑務所に収監されている。
ソナム・ダルギャルは健康状態が悪化しているにもかかわらず拘留されている。
他のチベット人達の所在や、彼らが投獄されたか否かについての情報は、不明。
当初のチベット人4名の逮捕理由は、冬虫夏草の採取の後に抗議活動を予定していたことが漏れたため、とされている。

6月18日、カンゼチベット族自治区ニャクチュ地区ミニャグにあるダパ・ヤンデン僧院のタンマという名の僧侶が、ダライ・ラマ法王を非難せよという圧力に耐え切れず
に自殺した。
中国当局はダライ・ラマ法王を非難する運動を推進しており、五星紅旗を僧院の上に掲げるよう命じている。
亡くなる前、この僧侶は、ダライ・ラマ法王を非難することは信仰の上で不適切であり自分自身の心の誓いを汚すことになる、と述べて、その代わりに自分の人生を短く打ち切ろうと宣言したという。
彼の死に続いて、僧院にいた工作チームは、この僧侶の死をめぐる状況について外界の誰にも伝えてはならない、と全員に命じた。
当局は、もし誰かが情報を漏らした場合は悲惨な結果をもたらすことになる、と警告
したという。
この僧院が運営していた学校(生徒数30名)も同時に閉鎖された。

カンゼ自治区では自治区政府が、8月以降のすべてのチベット人による屋外活動の制限を命じている。
数日前にはカンゼ本部当局によって逮捕された数名のチベット人の釈放が発表されたにも関わらず、今のところまだ誰も釈放されていないという。
大勢のチベット人達が5日間ほど、希望をもって待ち続けている。一方、チベット
人の多くは、これは当局が更なる抗議行動の発生を防ぐための策略に過ぎない、と考えている。
中国政府はカム地方でのチベット人達の動きを統制しようと、同地方内の多くの地域における石油やディーゼル重油の販売を制限している、と伝えられている。
また、少なくともここ二ヶ月以上の間、電話やインターネットを含む通信機器の使用についても制限・監督下に置かれている実態を示唆する報告も寄せられている。


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<中国政府の下に働くチベット人で子供を亡命させインド側でダライ一味の学校に通わせている者は、二か月以内に子供を呼び返せ>

http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080715.html

TCHRDその他の情報によると、7月14日当局は中国共産党員及び政府に雇われているチベット人に対し、子供を亡命させ、ダライ一味の学校に通わせているものは二か月以内に子供全員をチベットに呼び戻せと命令した。
これに従わないものは厳しく罰せられるであろう、と警告した。

ーーー
これと同じ命令は1994年にも出たことがある。
その時は42名の子供がチベットに帰らされたという。

実際には首になることを覚悟で子供を呼び戻さなかった親が多かったという。
今回も相当数の子供がインドでの勉学を諦め、逃げてき来た遠い道を再び辿ってチベットに帰らされることになるであろう。
そうしなかった親は職を失うことであろう。

チベット人の将来への希望を断つためか?
まともな教育を与えず、亡命した子供の教育までも邪魔しようとする中国共産党
、、、、、


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私はここバンガロールを明日昼ごろ立ち、デリーより夜行フライトで20日の朝成田に到着予定。

22日からは私たちの企画した。

<受難と祈りー、チベットを知るための夏>
http://tibet-free-tibet.com/

が始まります。
最後にもう一度宣伝させてもらいます。

前期 2008年7月22日(火)〜8月10日(日)月曜休み
後期 2008年8月19日(火)〜8月24日(日)
営業時間 火曜〜土曜11:30〜23:00
日曜11:30〜18:00
会場 space&cafeポレポレ坐
JR総武線・地下鉄東中野駅下車1分

tel:03-3227-1405 / fax.03-3227-1406
(毎週・金土日に映画上映会があります)

初日は:
7月22日(火) 18:00 オープニングセレモニー
・川辺ゆか チベット音楽ミニライブ

ゆかさんの歌は迫力ありますよ。
私も出来るだけ会場に居るようにします。
このブログを呼んでくださっている日本のチベット仲間に会うのを楽しみにしております。
みなさんお誘い合せの上会場にお越しください。
もちろん一人でもいいのですよ。


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今日はチベットの祝日<ザンブリンチサン>の日。
直訳すると<全世界へ香供養する日>となるが、これを英語に直し<WORLD PEACE DAY>とした。
世界平和を祈る祝日をもつのはチベットぐらいじゃないだろうか?

もっとも今日も現場は休みなしだ。






rftibet at 15:15|PermalinkComments(1)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年07月17日

対話 TCV COLLEGE その他

880ba023.JPG中国との対話については、特使の一人ケルサン・ゲルツェン氏が

「中国側に誠意の政治的意欲も感じられない。こんな対話を続けても意味はない」
と発言。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=21972&article=Tibetans+see+little+point+in+more+talks+with+China%3a+envoy

一方中国側はチベットの話をする気はない、ダライラマの処遇についてだけ話してもいいとか。

http://www.web-tab.jp/article/3433

中国、「チベットではなく、ダライ・ラマの未来」に関する協議を希望

【北京 7月15日 IANS】中国側がダライ・ラマ14世と協議したいのは、チベット自治区の未来ではなく「ダライ・ラマ自身の未来」―中国国務院新聞弁公室の高官が明らかにした。

 新聞弁公室の董雲虎氏は次のように語っている。「中国政府は、ダライ・ラマとチベット自治区の未来について議論するつもりはない。話すことは、彼とその支持者たちの未来についてだけだ」。

 中国側のこの立場について同長官は「ダライ・ラマは自身をチベット人の代表と主張しているが、少なくとも1959年以降、われわれはそう思っていない」と説明している。

 北京では7月1-2日、ダライ・ラマ側の特使と中国側の担当者が対話。ラサで発生した3月14日の暴動以降、初の対談となった。この暴動では18人が死亡、数百人が負傷している。

 中国側は先週、ダライ・ラマが中国に戻る「条件」として「暴力行為の停止」、「チベット亡命政府の廃止」、「チベット青年会議による"暴力行為"に関与しないこと」などを挙げている。

 また、董氏は故トウ小平氏の言葉を引用、「ダライ・ラマがひとりの中国国民として中国の発展に協力する意思があるならば」ラサに戻れる可能性があるとしている。

 ダライ・ラマ側との今後の対話について問われた董氏。「優先されるのは、3月14日の暴動などについて相互に理解すること」と語っている。(c)IANS/Pranay Sharma

ーーーー
最初から判っていることではあっても、こんなにはっきり言われたのですから、
もう次回は当分ないと思います。

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<TCV College >

TCV(Tibetan Children's Villages チベット子供村)は1960年法王の意向を受け法王のお姉さんのデキィ・ツェリン女史により創設された。
初めは主に孤児を中心にした学校であった。
間もなくお姉さんが亡くなられた後を受け、妹さんのジェツン・ペマ女史が引き継がれた。
近年難民となりインドに亡命してくる子供が増加するにつれ、TCVは拡張され、現在はインド中に12の分校を持ち、常時15000人の子供を抱える大所帯だ。
亡命チベット社会においては政府をも凌ぐ規模と予算をもつ最大の組織となった。

法王の人気を受け、アマラ(お母さん)と呼ばれるジェツン・ペマ女史が世界を回り募金を集められたという努力によるところが大きい。

そのTCVが初めて大学を創るというのだ。

高校までのTCVを卒業してインドの大学に進む子は年800人ほど。
そのほとんどを全額ではないがTCVは奨学金をだしている。
(卒業時のインド全体試験で60%以上を取った子)

しかし、それまでチベット人だけで暮らしていた子供たちがインド各地の大学に散り、それそれがインドの大学の中で頑張るわけだが、これがなかなかうまくいかないこともよくある。
第一インドの大学はそのシステム自体、お金がないとまともな授業が受けれないというところも多い。所謂ツイッションシステムを取る大学が多いのだ。

理科系はまだしも文系においては大学卒業してもまともに英語が書けないチベット人は多い。
もちろんそのころにはチベット語をちゃんと書くこともできなくなっており、結局大学または大学院を卒業しても英語もチベット語もまともに書けないという子ができたりする。

あとはこのところアメリカ始め外国に移住し子供が大きくなってきたが、まともな大学に行かせる学費は無いというチベット人がインドにチベットの大学があるなら行かせたいという要望もあるらしい。


始めは教育学部から始めじょじょに総合大学を目指すという。
設計は一応Max3000人用となっている。
おそらく10〜15年後にはそうなるかも?

今月の終わりには第一陣として72人の生徒と9人の先生が到着するという。
まだ、寝るとこも、教室も仕上がってない。
毎日頑張ってるが、もちろん突貫工事とかはやらない。
最初はテントでも!?いいんじゃないかと半分本気で言ってるのがチベット人だ。
クーリー(労人)が足りないなら生徒を働かせればいいし、、、木を植えたり、、
とかも言ってる。それってチャイルドレーバーには当たらないよね、、、?

実際インドではいろんな問題が起こってなかなか工事は進まない、例えば一番の問題は土地。これだけ広いと至る場所で土地訴訟が起こる。
事務所のものは毎日裁判所通いとなる。

もともとこのあたりの土地は政府が嘗てアンタッチャブル(ハリジャン、不可触賎民)たちに無償で与えた土地だという。彼らはすぐ敷地の隣に村を作ってすんでいる。
彼らはある仲買人に土地を売った。しかしその仲買人がちゃんとお金を払わない。
そこでかれらは(仲買人のところに行かないで近くの)工事を邪魔しに来る。
時にはポリスを呼んできて現場で働くクーリー(人工)たちを追い出す。
そのあとクーリーを集めるのは難しくなる。
例えばこんな問題だ。

この土地は広大で将来的には大学だけでなく、帰国子女用の高校、仏教大学、一般分譲地、さらにはダライラマ法王の老後の私邸?計画まである。

さて、、、チベットがもしも独立を果たしたなら!?どうするか?
もちろんすぐにすべてを売ってチベットに帰る!

ーーーーーーーーー

連帯委員会リリース 2008年7月16日
http://www.stoptibetcrisis.net/pr160708.html
Y女史訳

<放牧地をめぐる議論がデモに発展>

確認された情報筋によると、7月12日〜13日頃、バタン地域の公安省からの派遣団が、解決済みだったバタンの2つのチベット遊牧民村の間の牧草地問題を調停しようとやってきた。
リンカ・シュード村とガンリ・ルンパ村の間では、地域の村長ジャンパ・ギャルツェンの仲裁によって、すでに議論が収まっていた。
にもかかわらず、公安省の職員らは、紛争を解決する権限は政府だけにあるという理由で、この村長による裁定を違憲であるとし、紛争地をリンカ・シュード村に与える
と決定した。

これが、ガンリ・ルンパ地域に所属する100軒以上の遊牧民家庭の怒りに火をつけた。
彼らは不公平であると異を唱え、また当局はチベット人コミュニティに分裂をもたらそうとしていると非難した。
ガンリ・ルンパ側は政府の決定を拒否し、当局にその地から出て行くように訴え、それが白熱した議論に発展。
当局は群集に対して銃口を向けて地元チベット人たちを脅そうとしたところ、状況はさらに激しさを増すことになった。
腹を立てた群集は、公安職員の手から二つの携帯を奪って壊し、スローガンを叫び始めた。
「ダライ・ラマ法王様にご長寿を!」「チベットはチベット人のものだ!」「チベットは独立している!」
叫びながら、群集は職員の乗り付けた乗用車2台を石で攻撃した。
職員らはその場から逃げ出さなければならなかった。

まもなく、郡長官に率いられて、治安部隊と工作チームの一団が2台のトラックで紛争の場に到着し、抗議行動を鎮圧しようとしたが、その頃には群集の男性達は全員、付近の山々へ逃走していた。
報道のあった頃、中国治安部隊と警察はガンリ・ルンパにキャンプして、逃亡したチベット人達に投降するよう命じていた。
だが現在に至るまで、警察に投降してきた者は誰もいない。

政府による統制の押し付けや、牧草地など遊牧民の土地に柵を立てようという施策が導入されて以降、チベットの遊牧民共同体の間の紛争が著しく増加してきている。
だた、こうした議論は通常、高僧や影響力のある地元の指導者によって、慣習と伝統にしたがって収められていたものだった。
しかし、こうした伝統的な紛争解決方法への政府による介入で、チベット人コミュニティはますます分断される傾向にある。


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昨日の夜、ダラムサラのキルティ僧院の情報係りから電話があった。
「7月10日にキルティ僧院の僧侶三人が刑期13年から無期の判決を受けた」
詳しくはメールで送ると言ってたが送られてこなかった。



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