2008年10月

2008年10月31日

少年がチベット人を鼓舞するために自殺、アメリカ、ノルウェー、チベットは大雪

法王は今日の朝成田に到着されたのですね、昨日1日か?といい加減なこと言ってすみませんでした。

チベットは大雪!一メートル以上のドカ雪で家屋倒壊等により7人死亡とCNNが先ほど報じていました。

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「チベット・中国会談」を睨み、ワシントンは中国に対し「チベット政策の変更」を要求してくれています。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23107&article=US+Asks+China+Review+Tibet+Policies


ノルウェーは嘗てよりチベットを強力に支援する国であるが、11月9日から17日まで、議会副議長を始めとし7人の議員がチベットの現状視察のためラサ、シガツェ、ギャンツェを訪問するという。三月以降初めての外国政府視察団がチベットにはいることになる。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23105&article=Norwegian+Delegation+to+Tour+Tibet

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緊急委員会のプレスリリースが再開されたようです。

以下、Y女史が翻訳してくださいました。

物乞いに疲れ行き倒れる僧侶、アムド、チベット、写真・野田雅也
「チベットには自由も基本的人権もない」――このように訴えて、一人の少年が自殺した。
http://www.stoptibetcrisis.net/pr281008.html

October 28, 2008

信頼できる情報筋によると、2008年10月18日午後4時ごろ、青海湖に近い、黄南チベット族自治州チェンツァ地区の中学校に通う一人の生徒が、チベットには自由も基本的人権もないことを訴えるため、自殺した。

タシ・ナムギャル・ツァン氏の子息である17歳のルンドゥブは、3階建ての学校の屋根から飛び降りて自殺した
ルンドゥブはチェンツァ地区に一年間住んでおり、二年後には高校へ進学する予定だった。非常に礼儀正しく、クラスの中でも最優秀グループに入っていた。

自殺する前、彼は両親や先生、友達に宛てたメモを残している。
その中で、自分が自殺する理由について、「個人的な理由で自殺するのではない。世界の人々に、チベット人は自由と基本的人権を奪われていることを証明するために自殺するのだ」と、はっきりと記している。
また、「チベット人が自分達の自由を獲得するために、毅然として戦い抜いていくことを望んでいる」と述べ、先生やクラスメート達には「私達の母語であるチベット語を守っていくために、一生懸命がんばっていってほしい」と付け加えている。

2008年3月、ルンドゥブはカンツァ地域の小・中学校から中国国旗を降ろして燃やし、その代わりにチベットのスカーフを国旗のポールに結びつけるという行為に加わった。
現時点で、この学校は厳戒な監視下におかれている。

この情報の提供者は、「チベット域内外のすべてのチベット人に、ルンドゥブの犠牲について知ってほしい。
そしてチベットの正義のために勇気の炎を保ち続けてほしい」と述べている。



現在も続いているチベット域内における危機的な状況に鑑み、我々は国連および国際社会・国際機関に対して、以下の点を大至急要請する:

1. チベット域内に、独立した国際事実調査使節団を大至急派遣すること
2. 中華人民共和国政府に対して、自由な報道機関がチベット全域に無制限にアクセスできる許可を出すよう、圧力をかけること
3. 中華人民共和国政府に、チベット全域における残虐な殺戮をやめるよう、圧力をかけること
4. 逮捕・投獄されているすべてのチベット人を即刻釈放すること
5. 負傷したチベット人達に大至急、医療措置を施すこと
6. 人々の自由な移動を許可し、生活必需品が手に入るようにすること




rftibet at 16:40|PermalinkComments(4)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年10月30日

ダライラマ法王特使北京に出発、法王の発言

12465177.jpg昨日ダライラマ法王はダラムサラを離れられ、一路日本に向かわれた。
日本への到着は11月1日ですよね?

ちょうど<チベット・中国第8回会談>のためダライラマ特使のギャリ・リンポチェとケルサン・ギェルツェン氏も30日北京に向かった。
福岡と北京は目と鼻の先、法王は北京を睨みつつ日本のファンに説教をするというわけです。

日本発の情報を世界が注目することでしょう。
日本の皆さん情報教えてくださいね。
法王が会談の後に東京で記者会見をされることを期待します。

今回の会談については、中国側が初めて会談の前に、この会談について発表しています。
今までなら、特使がダラムサラに帰り記者会見を開くまでは、中国は何も発表していませんでした。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23103&article=Tibetan+Envoys+to+Hold+Eighth+Round+of+Talks+with+China+Soon今回は特に「会談のイニシアティブを取ったのは中国であり、法王側ではない。
今回も会うし、次回もあるであろう」とオープンな姿勢をアピールしています。
ここは法王のこの前の「対話はうまくいっていない。期待できない」を意識しての発言でしょう。

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何かと、注目を浴びた「ダライラマ法王のTCVでのスピーチ」がまだ抜粋ですが、phayul.comに英文になり掲載されていました。

Y女史が相当長い文章を訳してくださいました。

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http://phayul.com/news/article.aspx?id=23103&article=Tibetan+Envoys+to+Hold+Eighth+Round+of+Talks+with+China+Soon
His Holiness' Remarks on Tibet Misquoted: Office
Phayul[Wednesday, October 29, 2008 12:19]
法王の発言をめぐる誤った引用について: 法王事務所
パユル 10/29/2008

【ニューデリー 10月29日】 ―
ダライ・ラマ法王事務所は昨日、10月25日に行われたTCV子供村設立48周年記念式典における法王の発言に関して、補足説明を発表した。
法王事務所のサイトでは、いくつかのメディアの報道でダライ・ラマ法王の発言が文脈を無視して引用された、と述べている。

法王事務所は、以下のように説明している。
「ダライ・ラマ法王の発言では次のように述べています。『チベット問題に関して、チベット側は長い間、チベット人にも中国人にも受け入れられるような解決策を導き出すために、努力を重ねてきました。
こうしたチベット側の姿勢は、各国の政府を含む国際社会から幅広い支持を受けています。
さらに重要なことに、大勢の中国の知識人達からも支持を得てきました。』」

「法王はさらに、次のように続けています。
『残念ながら、中国指導部はこれまでのところ、私達の提案に対して前向きに応えようとはしていませんし、この問題に現実的な方法で取り組む意志ももっていないように見受けられます。
今年の3月から、ラサやその他の多くの伝統的なチベット人居住地域では、一連の抗議行動とデモが発生しています。
それらは明らかに、50年以上も続いてきた中国共産党による抑圧的な支配に対して、チベットの人々の中に深く刻み込まれた憤りや不満が、自然発生的に表われ出たものでした。』」

「中国政府が、ダライ・ラマ法王がチベットにおけるこれらの抗議活動を扇動した、と非難して以来、法王は中国政府の主張の真偽を完全に実証するよう求めてきました。
ここインドにおけるチベット亡命政府の文書や記録さえも調査していい、と申し出てさえいたのです。
にもかかわらず、これまでのところ法王の提案はまったくとりあげられず、チベットにおける状況は日ごとに深刻さを増しています。
したがって法王は、現在の中国指導部が真実、理性、常識をかえりみない現状のままでは、その重責を背負い続けることは困難である、と述べたのです。
中国指導部から建設的な返事が得られない状況にあって、法王は、双方が納得できるようなチベット問題の解決策を粘り強く求め続けてきたけれども、その努力が実を結んでいるかのようなふりをするわけにはいかない、と感じているのです。」



以下は、10月25日の法王のスピーチを抜粋・英訳したものです。

<中国・チベット関係および11月の特別会合に関するダライ・ラマ法王の発言
−10月25日のチベット子供村設立48周年記念式典における法王のスピーチより抜
粋>


先ごろよりチベットは、危機に直面しています。
チベットの伝統的な三つの地域全土にわたって、チベットの人々は勇気をもって、中国政府に対する不満を表明し、長い間抑え続けてきた憤りを噴出させました。
これは僧侶や尼僧のコミュニティに限られたことではありません。
党員、学生、中国本土で学んでいるチベット人学生さえも含めてあらゆる世代にわたり、仏教信者であるか否かを問わず、大勢の人々が、不満や憤りを表明したのです。現実問題として、中国政府はこの時、事実を無視するわけにはいかず、現場で起きていることに対して適切な方策をとるべきだったのです。
けれども、中国政府はそうしませんでした。
チベット人の心からの願いを完全に無視し、抗議行動を行ったチベット人達に「分離主義者」「政治的反抗者」などといった様々なレッテルを貼っては、弾圧し続けたの
です。

チベット域内の大勢の兄弟姉妹たちが甚大な犠牲を払っているこの危機的な状況にあって、自由な世界に住んでいる私たちが、まるで自分の国に起きてきた事柄を忘れ果てたかのように沈黙を守り、何もしない、というわけにはいきません。

今にいたるまで、私たちは、チベットと中国の両方に利益をもたらすよう尽力する、という立場をとり続けてきました。
そのため、インドを含む世界中の多くの国々から賛同を得てまいりました。とりわけ、中国の知識層の人々の間でも、私たちのアプローチは支持を広げつつあります。こうした現象は、じつに私たちにもたらされた勝利といえます。
チベットの中に好ましい変化をもたらすことは、単に私たちの根本的な義務であるにとどまりません:これは、私たちの究極の目標でもあるのです。
けれども、悲しい現実として、私たちはこの目標を達成することができずにいました。
そこで私は、1988年にストラスブルグで、ヨーロッパ議会での最初の発言の機会において、「チベット問題に関する究極的な決定は、チベットの一般人によってなされるであろう」と言明したのです。

1993年に、中国政府と私たちの間の直接交渉は終わりを告げました。
私たちは再びチベットの一般の人々と、可能と思われる最上の方策について協議しました。
そうして、以前と同じ方針を続けるという決定がなされたのです。

チベットに共通する利害・要因は、チベット人全体の福祉に関わっています。
それは私個人の問題ではまったくないのです。
ですからチベットの人々全体がチベットの公(おおやけ)にとっての善に基づいてこの問題を熟慮し、それにしたがって決定する必要があるのです。
別の角度から見れば、私たちはまさに最初の時点から、自分たち自身で純然たる民主主義の途をたどってきた、ともいえます。
過去には、チベットは民主主義を標榜せず、王制主義を採用していた時代もありました。
ですが、今という深刻な分岐点にあっては、チベット一般の人々のどのような提案や見方、意見であってもとりあげて、十分に議論しなければなりません。
これは、特定の政党のイデオロギーや政策を賞賛したり、異なる政治的な立場を明確にするためではなくて、私たちの根本に関わる大義を実現させるうえで最上の方法を検討するために、なされなければならないのです。

すべてのチベット人は、一般人であれ僧籍の者であれ、私たち国家のアイデンティティを堅持するために努力しなければなりません。
概して、チベット国家のアイデンティティの維持は、地球上の他の国々や国民のものとはかなり異なっています。
もしチベット国家のアイデンティティがよく保たれるのであれば、その価値システム―愛と慈悲という仏教の信条に基づいています―は、世界全体にとって有益となる資質を内在させている、といえます。ですから、真実を求める私たちの闘いは600万人のチベット人に利益をもたらすだけではなく、全世界にある程度の善をもたらす私たちの能力と密接に結びついているのです。
このように、私たちの真実の闘いは、その背後に理由があるのです。将来、もし真実を希求するチベット人の闘いが平和裏かつ適切に解決すれば、それは確実に、中国を含む何百万人もの人々の助けになることでしょう――人々が精神・肉体両面における幸せを保ちながら、より健全で有意義な人生を送るための新しいビジョンを発見す
るために


一方、もしチベットが、中国によってチベットの宗教と文化を―その根底にあるのが慈悲ですが―完全に抹消されてしまうことによって、物質的な利益だけを追求する社会に変貌してしまうなら、それは中国の人々の利益になるどころか、彼らの未来の喪失につながることでしょう。
したがって、私たちのこの闘いは実のところ、関わっているすべての人々のためになるものなのです。
これを実現するために、私たちは自分たちにできうる限りの手段や方法をよく考えて、話し合わなければなりません。私は皆さん全員に、そうすることをお願いしています。
なぜなら、これは私たちチベット人すべてにとっての善に関わる問題だからです。


中国政府は、最近のチベットの不穏な状況を扇動したとして、私を非難しています。私は、中国政府に対して直接意見を表明すると同時に、北京はこの件に関して詳細な説明を提示するべきだ、と公にもアピールを行なってきました。
これらの意見表明やアピールにおいて、私は、中国政府は調査チームをダラムサラへ派遣して私たち亡命政府や役所のファイルを調べてもよい、と述べてきました。
私のスピーチや最近チベットから到着した者たちの証言を記録したテープを調べて
もよい、とも提案しました。
ところが、今にいたるまで、調査隊はこちらに派遣されてきていない。にも関わらず、中国は私への非難を投げ続けているのです。

こうした経緯を考慮するにつれて、私自身が現在の立場を保ち続けることは、チベット問題の解決を促しているというよりも、むしろ障壁を生んでいるように思われてまいりました。
それゆえに、チベットにとって共通の善に関する問題は、チベットの人々によって決定される方がよいのでしょう。
この問題において、私が干渉する必要はないのです。


9月11日、私は、自分にはこれ以上、この問題について責任を負うことはできない、と決意するに至りました。
自分がこの責任を負い続けていく、有益な目標を見出せないのです。しかしながら、もし中国指導部が誠実に話し合いに向き合うのであれば、私はまた、この責任を背負う立場に戻るかもしれません。
その時になれば、私はまた彼らと真摯に関わるでしょう。誠実でない人々と関わっていくことは、たいへん難しいものです。ですから、ここで、報道機関を代表する皆様にはごく率直に述べたいと思います。
私は、中国の人々を信用し、信頼しております――しかしながら、私の中国政府に対する信用と信頼は、小さくなりつつあります。

私は、選挙によって選ばれたチベット人の指導者たちに、特別会合でこうした点を議論するよう要請しました。
この問題は、緊急会議の召集によってすぐに解決できたりはしないと感じています。しかし、重要な点は、すべての人々が責任を負うべきである、ということです。私たちの大切な目標を実現させるために、すべての人々がこの問題に鋭い関心を保ち、実施可能な行動を起こすと同時に、この問題を解決するための手段や方法を真剣に考え出さなければならないのです。
言い換えれば、すべてのチベット人は、人々の長期的・短期的利益を十分に考慮に入れながら、私たちの目の前の問題を、共同責任の精神のもとで議論し、取り組んでいかなければなりません。最終的な、実際の決定は、チベットの人々によってなされるべきなのです。



rftibet at 16:01|PermalinkComments(4)TrackBack(0)ダライラマ法王関連 

2008年10月29日

BBCラジオ「チベット問題討論会」

27日BBC ラジオ放送において「果たして闘争を諦めるべき時はあるのか?」という
議題で50分にも及ぶチベット討論会が開かれた。

中心はロンドンの法王事務所代表のツェリン・タシだが世界中から、例えば同じく民族のアイデンティティーのために戦うバスクや、アイルランドの闘士、グルカ、ブルガリア人、中国人、権利獲得のためのキャンペーンという戦いのみではあるがエイズ、ゲイ活動家も登場していた。

ただ、最初から法王の発言された「私は諦めた」の御言葉を正しい文脈において捉えずして、「チベット問題解決にかかわることを諦めた」と捉えて一般論的話題にしたようだった。

正しくは、「対話における、中道(譲歩)路線は(中国から全く肯定的反応がないので)諦めた」と取れるのみなのですが。これはチベット人の中でも解釈が分かれるところです。
そのうち法王自身が明らかにされることでしょう。

BBCでは「正当な戦いを諦めるべき時は有るのか?」
「この時期に法王がこのような発言をされた意味は?
果たして正しい時期と言えるのか?」が主題でした。

もちろんほとんどの活動家は「正義の戦いに終わりはない」と答え、
「諦めることは決してないが、壁にあたって方針転換をするということはある」とか「以前の武力闘争路線はもうやめた」とか。
中には「まるで不可能と判ればあきらめることもあるだろう。人生だってそうだし」
という人もあった。

時期については「今、世界中は経済危機の話ばかりだ、チベットの事などとっくに忘れられている。
この時機にもう一度チベットを話題に乗せるための方便なのか?
それとも中国の経済破綻を見越しての大胆な政策変更なのか?」とその効果に疑問を呈する人いた。

いずれにせよ、時機については29日からダライラマ特使と中国側の話し合いが開かれるとのことですから、「苛立ち」を示すことで、中国を牽制したことは確かでしょう。
「今なら、こんなに譲歩しているのだし、話は簡単だ。正しくチベットの現実に向き合ってほしい。問題は確かにあるではないか。私と直接話をするなら問題は必ず解決する。今回もだめなら、あとは知らないぞ!」と言ったところでしょうか?

これまでの「中道路線」について、「中国共産党に対してのみは成功しなかったが、外国や中国の知識人に対しては大いに成功した政策だったと思う。中国は嘘を言い続けることしかできなかったのだし」というのもあった。



rftibet at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)その他 

チベット完全独立トーク

以下昨日書いたものですが、昨日はlivedoor.blog自体がダウンしていてアップできませんでした。

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a6c435f4.JPG

ダラムサラでも昨日午後2時から、TIPA(ドラマスクール)のホールにてチベット青年会議主催の「独立トーク」というのが開かれた。

突然、所謂「独立派」、今までは法王に盾つくごろつき、と一般的には後ろ指をさされ続けてきた人々が勢いを得始めた感がある。

檀上に上がっているのは、立って開会の基調演説をする左手が現チベット青年会議議長ツェワン・リンジン、座っているのが左よりルガル・ブンという最近の活動家、次は司会のラジオ自由アジアのカルマ・ゲンティ、その右にセルタ・ツルティムという独立系議員、その右が9−10−3の会の書記プンツォック・ワンツック。

三人の話は、議員は過去の完全独立してた歴史の話。活動家は未来独立したらこのように中国人は扱われるだろうという夢の話(会場の笑いを取っていた)。元政治犯はチベットでも「独立」と叫んで捕まって拷問された、ここでも独立以外に要求はない、という話でした。

後の質問でもあったが、結局みんなが一番知りたがっている「じゃ独立を求めるとして、これまでと違った革新的な新しい戦略はあるのか?」については煮え切らない討論が続いただけとの印象でした。

結局、首相のサムドゥ・リンポチェも明言されているように、「法王がいらっしゃる間は非暴力路線には絶対変わりはない」ということだし、
これは過激なジャミヤン・ノルブやラッサン・ツェリンも現実的には認めているのだから、そんなに急に新しい方策が出てくる訳もないのでしょう。


28.10.200ドラマスクール「ランツェン・トーク」
討論会の最前列には身を乗り出してノートを取るラッサン・ツェリン、この会議の最長老顧問といえる元首相のソナム・トプギャル、この二人は元チベット青年会議議長でもある。
その手前に現在の議長ツェワン・リンジン。
ラッサンとかは法王に盾ついたとして「処刑」の張り紙を街中に張られたこともあった。今も彼のことを気違い呼ばわりするものは多い。

会の始まる前にソナム・トプギャル氏に「やっと貴方の時が来たんじゃないですか?まだ元気はありますかな?」と聞いたが「うん、うん、そうだ、そうだ、そういえば今、家を造ってる。今度一度見に来てくれ」と何だか私の顔を見ると建物の話に癖で入ろうとした!

ラッサンは休憩時間に一人寂しく立っていたので、近づくと「おれには戦略がある」と呟く。
でもいつもと違い何だか緊張していた雰囲気で話を続けようとはしなかった。
例の「やぶ蚊作戦」のことかな、、、?と思うが、きっと彼のささやかな抵抗作戦も採用されるとは思えなかった。

演説の勢いと現実の行動計画の間にはチベットに関しては、誰しもギャップが大きいのだ。
独立系活動家一の理論家ジャミヤン・ノルブでさえ、ラジオ自由アジアのインタビューの中で、
「私のチベットの若者へのアドバイスは暴力と爆弾のことは忘れろ、だ。
我々にはそんなことをする能力がない。だが弱点を狙い撃ちすることはできる」

「ただチベット問題を生かし続けよ。
中国を悩まし続けよ。中国は世界に大国として認めてもらいたいと願っている。
ここが最大の弱点だ。ここを攻めることは爆弾より効果がある」

「いずれ短期的解決法は皆無だ。道は険しく犠牲者もでるであろう。すべての困難を、避けずに受け入れよう。
中国は世界に大きな力がある、チベットは小さい。
しかし、誰でもこのゲームを続けることができる。
いつか出口を見つけるまで。
みんなには大きな期待を持たないように、と言ってる」

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20年以上も前、ラッサンやジャミヤンと飲んだりすると、すぐに爆弾の話が始まっていたことを思い出す。

みんな年を取ったな〜〜と、年のせいにしたりして、ハハハ。


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予定に通りなら、今日から「第8回会談」が開かれているはずなのですが、
全く状況は雲の中です。
中国側の発言では、もう始まっているとも、いないともはっきりしません。

ただ、中国側は法王の25日の発言を受けて「ダライラマは第7回会議で約束した、独立運動に加担しない、ということを守るべきだ」と要求してきてる。

今まで散々「独立運動を先導している」という根も葉も無い言い掛かりをつけておいて、今から「独立運動に加担するな」というのは論理的に矛盾してないでしょうか?

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日本訪問中は政治的話題が再び注目を浴びることでしょう。
日本人が特に不得意とする中国との関係をチベットを通じて考えるいい機会になるでしょう。


http://phayul.com/news/article.aspx?id=23098&article=China+reacts+to+Dalai+Lama%e2%80%99s+declaration+over+Tibet



rftibet at 10:15|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2008年10月27日

続・TCVにおけるダライラマ法王の発言

886c5fe3.JPG先週土曜日に行われた、TCV創立記念日における法王のスピーチは「中道路線の破棄」とチベット社会にも受け止めら、波紋が広がっているようです。

正確には「対話」における「中道路線の破棄」というべきか?。



2008年10月25日ダラムサラTCV

もっとも法王は「この中道路線は中国の知識人の間にますます多くの支持を得始めているとの確かな認識はある。中国の人々に対する信頼を失くした訳ではないし、引き続き彼らを説得することを諦めた訳ではない」と付け加えられていました。



2008年10月25日ダラムサラTCV,WORLD PEACE INNER PEACE

今月末に予定されている「第8回会談」を前に、
一方で中国政府のこれまでの誠意のかけらもない対応、政策を非難し、
来月の「チベット全体特別会議」を前に
一方でチベット社会に対し「全面的に将来を自分たちで決めろ」
とおっしゃっているようです。


2008年10月25日ダラムサラTCV

見方を変えれば、「中道路線の失敗、行き詰まりを認め、決定を民衆に託した。自分が前に出ていいことはない。両方から標的とされるだけだ。問題はいずれチベット人民の問題だ。だから私は少し引くから、自分たちで決めてみなさい」
ということか。


2008年10月25日ダラムサラTCV御訪問のカルマパ

「中国首脳部からの時機を得た適当な反応は全くなく、ダライラマとしての私の地位は、チベット問題を解決するための助けになるどころか、障害となっている」
と語り、








2008年10月25日ダラムサラTCV
「弾圧による極度の恐怖下においてさえ、チベット人たちは勇気を持って彼らの希望と中国政府に対する深い不満と抵抗の心を示した」
と、立ち上がったチベット人たちの勇気を讃えられた。






rftibet at 15:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダライラマ法王関連 

2008年10月26日

続TCV創立記念日

7a0a3033.JPG昨日のTCV創立記念日では沢山写真を撮りましたし、
法王も他にもまだまだ大事なメッセージを多く語られていました。

法王はこの日「中国との対話」について重要な発言をされた。

「私は長らく中国に対し心から中道路線を貫き努力してきた。
しかしこれに対し、今まで中国が肯定的な反応を示したことはない」
と語り。
個人的にはもう(この路線を)諦めている」とそっけなく言われた。
続けて、
チベットの問題はチベット人600万人の問題だ。私だけの問題ではない
だから、私は政府に対し、真の民主主義を示すためにも、将来の行動計画を決定するために広く多くのチベット人を集めて話合うことを提案したのだ」と話された。

ーーー

今月終わりに「中国との第8回会談」が予定されている。
しかし、まだ実際に行われるかどうかはっきりしていないようだ。
その時期にこのような発言をされたのは、、、、
本当にもう「相手にされないのならもう会っても仕方ない」と諦められたのか?

ーーー

他に学生に対し、「チベットが生き残ることは、チベット人だけでなく世界の人々のためになるのだ。愛と慈悲を中心とするこの文化は世界に貢献できる。だから生き残らないといけない。と、このように思えるようにならないといけない。
中国のように物質的繁栄ばかり求めて、その中で人々の心はどうなって行くのか?
本当の幸せは決してやってこない。
心の教えは彼らにも必ず役に立つ


我々の戦いは真理の裏付け、支えがある。だからその行動には正しい理があり、従って勇気をもって行える。
これに対し、中国のように嘘つき者の行動には理が無い、従って勇気もない


非暴力の戦いには知がいる。仏教的知識だけではなく、特に世俗の知識が必要だ。
心だけでは戦えない


等々語られました。

ーーー

ところで、昨日はTCVまでバイクの後ろに14歳のツェリン・ノルブを乗せて行きました。
ツェリン・ノルブは数か月前のNHKで放映された、「ヒマラヤを越える子供たち」の中でフィーチャーされていた子供です。
スジャスクールから許されて法王を見るためにダラムサラに来たのでした。
今年の冬に亡命してきたばかりの彼。まだまだ全くの遊牧民の子供です。
でも勉強は頑張っているようでした。
今までの試験の用紙を私に見せながら、「最初の試験でクラスで二番、この前のは一番だったよ。もうすぐ最後の試験がある」と顔を紅潮させて話します。

「この前両親と電話で話ができた。二人とも元気だった。今はまたラサを引き払ってナクチュの田舎に帰ったという。自分が子供のころデブンで僧をしていた時、世話になったおじさん(28歳位)が逮捕された。今どこにいるかわからないという。噂で、もう殺されたといわれたこともあったらしい。それで彼のお父さんは心痛で死んでしまったと言ってた。自分もとても心配だ」と、いう。

私は「確かに三大寺の僧侶は1000人ぐらい捕まり、700人ほど解放された。
まだ、帰っていないとしたらアムドにいる可能性が高い。でもまだ誰かが殺されたという話は聞いてない。だから大丈夫だもうすぐ帰ってくるよ」
となだめた。

夕食のとき、兄弟の話になったとき
「本当はもう一人下に女の子が生まれていたけど小さいとき死んだよ」
「病院とか近くに無いのかな?」
「田舎の家から医者がいるとこまでは馬で二時間走らないといけない。
一人の医者がいろんなとこに往診に行くから、見つけるのは大変だ。」
「医者はチベット人なの?中国人なの?」
「チベット人だよ」
「いい人かい?」
「とてもいい人だよ。でも薬はたくさんもってない。いろんなところに呼ばれていつも馬で走って行く」
「手術とかすることもあるの?」
「簡単なのはするけど。大変なのは大きな町に送るよ」

ーーー

田舎の草原を馬で駆けながら、患者を助けるために働いているチベット人医師がいるのですね。












rftibet at 13:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ダライラマ法王関連 

2008年10月25日

TCV(チベット子供村)創立48周年記念日

e4a9bb56.JPG今日はTCV(Tibetan Children's Village チベット子供村)の創立48周年記念日。

手術をされた後のダライラマ法王も御出でになるということで、ダラムサラの住民はこぞって朝早くからTCVへの森の中の長い道を歩いて行きました。

外国からのプレスも大勢集まっていました。

2008年10月25日ダラムサラTCV御訪問のダライラマ法王


TCVは1960年に法王が亡命後初めて孤児院をお始めになったのが始まりだ。

法王は自伝の中でこの時のことを語っておられる。
ある時には120人の子供たちが唯一つの小さな部屋に押し込められていた。
子どもたちは一つのベッドの上に縦に5〜6人が並べられ眠るのだった。
こうして縦にすれば、沢山入るというわけだ。
確かに状況は厳しいものがあったが、私は心に喜びが沸いてくるのを抑えられなかった。
それは、親を失い、貧窮の底にありながらもそこには、自分たちの困難を嘲笑っているかのような笑いと喜びが満ちていたからだ


2008年10月25日ダラムサラTCV「TIBET NEVER DIE」

今では17000人の子供を教育する、亡命社会でもっとも成功した最大の組織となった。
このうち両親が現在チベットにいるものが70%、亡命社会にいるものが30%だ。

実際この学校は中国に対する(知的)戦いの希望を一身に担っているともいえる。

法王がスピーチされました。
以下はその一部分です。

「我々が亡命して、50年が経とうとしている。
人生に例えるなら50年は長い。
私はこんなに長くなるとは思っていなかった。
59年の3月16日にラサを離れた。
我々は帰るという目的のがあって今ここにいるのだ。

私ははじめから寺を建てることより学校を建てることに熱心だった。
仏教だけを知っているとか、西洋式の学問だけを学んだものは、半分の知識しかないことになる。この両方を合わせた知識が求めるべきものだ。心を知り外を知るのだ。

今特に、チベット社会には、現実に即した知と意味を知る行動が求められている。

今年チベットでは僧侶のみならず、老若男女、あらゆる職種の人々が、中国に対して立ち上がった。
中国政府は今回も期待はしたが、結局またも現実を認識しようとしなかった。

中国のように口では民主、現実は独裁という嘘はよくない。
チベットは口先ではなく真に民主的でなければならない。
そういう意味でも、近々行われる会議には期待している。

二週間ほど前に手術をしたが、今はいたって元気だ。心配しないでくれ。
胆石を取っただけだ。これは昔からあった石だがもうない。
ダラムサラに帰って来た時には大勢の人たちが迎えてくれてうれしかった。
入院中には多くの人が集まり私のために祈祷してくれたと聞く。
気を使ってくれてありがとう。

、、、」

ーーーー

TCVの母、ジェツン・ペマ
TCVの母ともいえる、偉大な!ジェツン・ペマ女史












2008年10月25日ダラムサラTCV御訪問のカルマパ
カルマパも終始法王のそばに座しておられました。












2008年10月25日ダラムサラTCV

ミスTCV?










rftibet at 18:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2008年10月24日

チベット人への監視、弾圧は続く

bebfad07.jpgチベット人への監視、弾圧は続く

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23068&article=China+keeps+its+tight+grip+on+Tibetans+in+provinces以下、上記phayulの記事の部分です。

チベット人への弾圧の状況はオリンピック後良くなるどころか、悪くなっているようだ。

チベット人は町の中であろうと、移動中のバスの中であろうと、度々身体検査を受ける。
例えば、西寧からラサは車で3日の行程だが、その間には18か所の検問所が有るという。チベット人は徹底的なチェックを受ける。

ラサの町は益々軍人と警官であふれかえっている。もっとも最近はツーリストが来ることもあって、私服でバッグに武器はしまって巡回するタイプが多い。

僧院は反動主義者の巣窟と看做され監視がもっともきびしい。
ある僧侶は強制的に僧院を追い出され、ある者は暴行を受け、ある者は逮捕、その他大勢の僧侶達は恐怖心により自ら僧院を出た。
その結果、いくつかの大きな僧院がほぼ廃寺状態になっている。

状況は非常に厳しく、最近少なくとも8人の僧侶が自殺した。
そのうちの最年長者は70歳を超える老僧だ。

春の動乱の際1000人ほどの僧侶が逮捕されたが、そのうち675人は7月中に解放されたと見られている。
解放された僧侶たちは口ぐちに殴られ、拷問された悲しい話を語った。
残り300名以上の僧侶の消息はほとんど判っていない。

ーーー

先ほどのRFAでのアムドの若い僧侶が自殺したというニュースを伝えていました。

彼の遺書には「私が自殺するのは自分の苦しみを断つためではない。一つには世界中のすべての人々の人権が守られ、幸せに暮らせるようにと願い、二つ目にその内でも特にチベットの同胞の人権が守られますように、幸せが訪れますようにと願い、祈る気持ちの現れであるだけだ」と書かれてあったそうです。






rftibet at 20:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年10月23日

アムドの踊り子

60d4fd7e.JPG最近ダラムサラに日本人団体客様が大勢(約15名)いらっしゃるというので、ある女性が企画され、あるレストランを貸切、アムドから最近亡命してきた3人の楽師を呼んで、一夜のパーティーが開かれました。
参加者約30名。
彼女の名前はヤンモツォです。



rftibet at 21:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2008年10月22日

中国政府職員であるチベット人グループが警官と軍人グループと乱闘

74c7455e.jpg最近のRFA(ラジオ自由アジア)で数人の証言としてチベットから伝えられた情報によると、
事件は10月11日、甘南チベット族自治区のヘズオ市で起こった。

その日、この地区の政府の下で働くチベット人仲間20人が夕食を共にした。
レストランを出たところで、大勢の警官と軍隊のグループと諍いになった。

チベット人たちは「われわれは他のチベット人のように脅しで言うことをきき、黙っているような腰抜けじゃない」といい、言い争いは乱闘に発展した。

結局、一人の中国人の警官と同じく中国人の軍人がかなりの重傷を負い、病院に搬送され、チベット人18人がその場で逮捕された。

その後、ある情報によればほとんどは解放されたという。

この地区では3月の動乱の後チベット人に対する、警官や軍人の嫌がらせ、脅しが続いているという。

ーーー

チベット人は人数的に勝てると思うと、戦おうとするようです。






rftibet at 15:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年10月20日

ダライラマ法王ダラムサラにお帰りになる

7f47162b.JPG今日午後4時頃、ダライラマ法王はダラムサラの自宅にお帰りになった。

初めての手術の後ということもあって、ダラムサラの沿道には本当にお元気なのであろうか?と、確かめるために、一目でも法王のお顔を拝見したいというチベット人で一杯でした。

こんなに法王のお帰りを、お迎えするのに熱心なチベット人を見るのも久しぶりのような気がします。




法王のお帰りを沿道で待つダラムサラの人々


しばらくは、日本何ぞにはビデオでも送って、ダラムサラでゆっくりしていただきたい、、、と少しは思いますが。

日本の講演はいつも短すぎる。
欧米のように、落ち着いてまともな一つのテキストを教えていただく時間が創れない。
時間を創ることが仏教を学ぶ第一歩なのでしょうかね。
ダライラマ法王に関して言えば、日本は世界でも一番時間に余裕のない国の一つです。
チベット仏教に対する熱心さと理解力においてもかなり下のほうです。

これも一つの日本的現象ですから、そのように受け止めるだけですが。






rftibet at 18:13|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2008年10月18日

チベット医学院院長ダワ先生お話(続トゥクダム)

7f90aef2.JPG今日は朝から、チベット人が大勢道路工事に精を出していた。
ダラムサラの道は雨季が来るたびにむちゃくちゃになる。
法王のお住まいのある丘まで登る道はガタガタだ。
手術後のダライラマ法王が車の中で揺れるのを少しでも減らすことができるのではないかと、みんな凸凹に砂利や土を入れ、懸命に道を均すのでした。

ーーー

チベット医学院院長ダワ先生の講義

今日午後3時より、ダラムサラのチベット医学院の一室で、特別に日本人グループのために院長のダワ先生自ら、チベット医学について短い講義をして下さった。
先生はダライラマ法王の主治医の一人でもあられる。
画家としても有名だ。

オーガナイザー兼通訳はもちろんチベット医学院の医師O氏です。

普段私ははっきりいってチベット医学にはあまり関心がないのですが、それでも今日はブログのネタの質問でもしようと出かけてみました。
O氏と一緒に一度ヒマラヤに薬草採集には行って見たいと思いますが、私はダラムサラで普段病気になると西洋医学の病院に行くほうです。

話の内容については、、、まとめて言えば、チベット医学の原理は世界の構成要素である土、水、火、風、空の所謂五大元素のバランスが崩れることによって病気が起るのであるから、このバランスを取り戻すよう外から薬を投与する、ということらしい。

もう一つの要素として、ルン、ティーパ、べーケンという三体液(漢方に置き換えれば気、血、水)の概念があって、それぞれ執着、怒り、無知から生じるという。
この三つのバランスが崩れることからも病気は生じるとされる。
この三つのバランスがとれていることが健康な状態という。

ーーー
こんなことしか覚えていません。この二つのファクターの関係については説明ありませんでした。

話の途中で先生が「身体はもちろんのこと心もこの五大によって生成される」
と言われた。
これはひょっとして聞き間違い?と思い、講義の後質問した。

「先ほど先生は心も五大により生成されるとおっしゃいました。すると心は物質だと認められるのですね?」

先生「心は確かに微細な五大によって生成される」

とだけ答えられたのではないのですが、結局私の聞きたいことの答えははっきりしませんでした。チベットではタモー(微細)という表現で物質世界と心的世界の境目を超える(ごまかす?)ことがよくあるように感じます。

後、気になったのは三体液のバランス、つまり執着、怒り、無知のバランスがとれていることが健康ということなら、仏教の目的である執着、怒り、無知を無くそうという努力は不健康人間を作り出すことになるのか?
この三つがバランスよく強烈でも健康ということなのか?
、、、
とばかなことは考えないようにしましょう。

質問2「トゥクダムについてチベット医学ではいかなる説明がなされるのか?
最近トゥクダムに18日間止住されていたガンデン・ティパにおいては脳波が観察されたというのは本当か?西洋の医者はどう解説すると思われるか?」

先生「トゥクダムは誰にでも起こるわけではない。本当の修行者にしか起こらない。
<原初(不生、本然、光明)の心>に留まっている状態とされる。私は宗教者ではないのでよくは解らない」

「脳波が観察されたと確かに聞いている。今データはアメリカ送られて検証作業が行われているという。結果を待ちたい」

ーーー
と期待したような面白い答えはなかったわけです。
ところが、講義のあと、今このダラムサラでトゥクダムに入られた高僧がいるという情報を0氏から聞いて。

もの好きにも、さっそく二人でそのリンポチェの家に向かった。
ラプセル・リンポチェと言われるゲルク派の高僧は3日前に心肺停止された。

その亡骸は横たえらえ、周りはカタ(儀礼用チベットスカーフ)の垣根ができていた。
お顔は残念ながら拝見できなかった。

これでは判らない!と思ったがどうしようもなかった。腐臭は確かにしなかった。

ちょうど世話人の一人が知り合いのタンカ画師だったので、彼に様子を聞いてみた。
彼は「顔色は白くなっており、見た感じは所謂トゥクダムの状態ではないと思う。でも確かに腐臭はないが、、、」という話でした。
これは、もしかして勘違いの一つかな?と思い、帰ったのでした。

奇蹟の証人にはなり損ねました。












rftibet at 20:40|PermalinkComments(2)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

フォトジャーナリストの野田雅也の写真展とトーク

7e010d10.jpg今や日本が世界に誇る、チベットの今を追い続ける写真家、野田雅也氏

彼は最近またチベットに潜入し、無事帰国されました。
彼の最新チベット報告会が開かれます。
チベットの現状に関心のある方は必ず参加されたし。

写真は彼が今年6月にアムドの嘗ての原水爆実験場で撮影したものです。

以下彼からのメール、


ーーーーー

先日、チベットから戻ってきました。

 ラサは一見、外国人観光客もわずかに増え、日常を取り戻しているかのように
見えます。しかし町を歩くと、巨大な見えざる眼が支配していることに気づきま
した。チベット人居住区にはカラシニコフ銃に指をかけた兵士が行き交い、監視
カメラや盗聴器がモニタリングしている。私服に扮した兵士や秘密警察が、個々
人の会話や行動、生活の細部まで統制している。そして他者が他者を監視する。
まさにジョージ オーウェルが描いた小説「1984」の世界が、現実のものになって
いました。
 そのなかで、細心の注意を払いながら、人びとの声に耳を傾けてきました。彼
らが語るのは、3月に何が起きたかというよりも、真昼の暗闇で生きるその苦し
さです。仕事を失い、社会から排除され、構造的な力に支配される。そして未来
に恐怖さえ抱いている。彼らは今、人間性が破壊されているのです。

 そんな人びとの生活とは裏腹に、大規模な開発は今も続いています。ラサ市内
には、米国のビバリーヒルズのような富裕層向けの“西洋風高級住宅地”が完成
していました。そして草原では、これまで見たこともない砂丘を何カ所も目にし
ました。タクラマカン砂漠のような“チベット砂漠”が出現していたのです。開
発と環境に加え、今回は元核実験場で生活しているチベット人にも出会ってきま
した。

 これらの報告を10月25日(土)に世田谷区のキッドアイラック・アートホール
にて行います(要予約)。また10月21日(火)〜26日(日)まで、同ホー
ルで写真展「「生命の現場から:序章」(日本ビジュアル ジャーナリスト協会)
も開催しています。チベットの写真も20点ほど展示していますので、ぜひ見に
来てください。

10月18日 野田雅也




【転送 転載歓迎】

日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)写真展&映像展2008
「生命の現場から:序章」
詳細参照→ http://www.jvja.net/2008PhotoJVJA.htm

・期間  2008年10月21日(火)〜26日(日)
・時間  11:00〜20:00 期間中無休 ※ 26日(最終日)は15:00まで
・場所  キッドアイラック・アートホール
    (京王線・京王井の頭線 「明大前」駅下車徒歩2分) 
    東京都世田谷区松原2-43-8 電話03-3322-5564
    http://www.kidailack.co.jp

入場無料 ※期間中のトークショーは入場料が必要です。

・写真・映像展出品者(JVJA会員) 
海南友子 國森康弘 権徹 野田雅也 山本宗補 
古居みずえ 桃井和馬 豊田直巳

主催:日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)
http://www.jvja.net/

【期間中特別トーク開催】10月21日(火)〜26日(日)

予約制/トーク時は入場料1000円(予約先着順・定員 40名)
予約受付:キッドアイラック・アートホール
TEL 03-3322-5564  E-mail arthall@kidailack.co.jp

※予約で定員に達した場合は受付を終了します。あらかじめご了承ください。

▼10月21日(火)18:30〜
「ビューティフルアイランド〜気候変動に揺れる 美しい島の人々」
海南友子 http://kanatomoko.jp/

 南太平洋、北米、ヨーロッパ。気候変動や温暖化によって新たな選択を迫られ
ている、世界の3つの小さな島。もし、気候変動の影響が本格化したとき、消え
てしまうかもしれない美しい島の、人々の暮らしの美しさを見つめます。
来年完成予定のドキュメンタリー映画「ビューティフルアイランド」(監督・海
南友子)の映像を一部上映予定。


▼22日(水) 18:30〜
 「新宿・歌舞伎町」 権徹(ゴン・チョル:韓国出身)×豊田直巳(聞き手)
http://www.wani.com/shouhin_detail.php?shouhin_code=30045

 日本有数の歓楽街、新宿・歌舞伎町。現代日本を象徴するこの町を96年から撮
り続けてきた。そこで外国人ジャーナリストが目撃した様々な事件、交錯す
る人間模様。歌舞伎町から日本の未来像が浮かびあがる。

▼23日(木) 18:30〜
 「いま話したいこと、いま考えたいこと」
綿井健陽 http://www1.odn.ne.jp/watai/
トークゲスト:森達也(ドキュメンタリー作家/映画監督)
http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/index.html

 死刑・光市母子殺害事件・秋葉原殺傷事件・映画「靖国」騒動・北京五輪…。
今年起きた様々なことを“ドキュメンタリートーク”で振り返る。

▼24日(金)18:30〜
 『乱世に強く! "戦地"の子どもたち』 國森康弘×桃井和馬(聞き手)

http://www.kunimorifoto.net/

  イラク、ソマリア、スーダンなどの紛争地や、カンボジア、ブルキナファソ
、ケニアなどの経済貧困地域に生きる子どもたちをスライドで紹介する。「命の
危険」という目の前の困難な状況に押しつぶされることなく、しなやかさを保ち
、笑顔まで見せる。行く先々で出会ったそんな子どもたちの強さに迫り、学ぶ。

▼25日(土)14:00〜 
 ドキュメンタリー映画「ビューティフルアイランド」
(監督・海南友子)の映像を一部上映。(※上映のみ。入場無料)
    
▼25日(土)18:00〜
 「隠されたチベット」 野田雅也×山本宗補(聞き手)
http://www.jvja.net/tibet.htm

 今年3月、チベット全土に飛び火した抗議デモは、真実とは何か、自由とは何
かを世界に問いかけた。しかし北京オリンピックが盛大に開催されると、軍事封
鎖されたチベットの現状は恣意的に消し去られた。だが今も不安と不満のなかで
良心の声をあげる僧侶たちがいる。心に小さな火を灯し、願い、そして祈り続け
るチベットの人びとの姿を伝えます。
 
▼26日(日)15:00〜
 JVJAトーク 「生命を語る」 写真展出品者(JVJA正会員)
國森康弘 権徹 野田雅也 山本宗補 古居みずえ 桃井和馬 豊田直巳 

 JVJA会員が国内外の取材体験から、私たちを取り巻く「生命」の今について、
主に今回の展示写真作品と、その写真作品の背景を縦横に語り合い、論じ合いま
す(当日のトーク出演者は事情により変更になる可能性があります。あらかじめ
ご了承ください)。

▼26日(日)18:00〜 
開催記念パーティー(参加費別途1000円)

 JVJA会員とそれを支えてくださるスタッフの皆さん、そして写真展、トークシ
ョーなどに参加された皆さんとの懇親の場です。会員の出版した写真集、著書へ
のサイン会も兼ねます。お飲み物と軽いおつまみをご用意してお待ちしておりま
すので、お気軽にご参加ください。

【お問い合わせ】
JVJA事務局 
〒101-0063 千代田区神田淡路町1-21.静和ビル2B
TEL 090-6101-6113 FAX 03-3252-7651
E-mail office@jvja.net

又は
キッドアイラック・アートホール
TEL 03-3322-5564 / FAX. 03-3322-5676
E-mail arthall@kidailack.co.jp

日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)
http://www.jvja.net/


rftibet at 13:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)その他 

2008年10月16日

チベ夏よりの寄付、1988年の話

9ce33215.JPG今日の朝、ダライラマ法王はデリーの病院を退院されました。
後数日デリーに滞在された後、ダラムサラに戻られるそうです。
医者も「もう普段と同じ活動をされてもよい」とグリーン・サインを出したとか。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23001&article=Dalai+Lama+leaves+hospital+fully+recovered

ーーー

亡命政府は「女性の社会進出を促す政策」を発表

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23000&article=Kashag+Outlines+Policies+on+Women+Empowerment

亡命政府は今後社会のあらゆる分野において、女性の教育、地位向上を促進する政策を打ち出した、とか。
別にこれまで男女差別社会だったわけではないが、より女性に働いてもらいたい法王の平和路線にはこれが良い、と法王のお勧めがあったようです。
これまで、伝わっていなかった、尼僧の戒も整えるとのこと。
もっともこの話はむかーーしからあるけど。

大体すでに、女性はチベット社会では弱くない。
海外に行く場合でも奥さんが先に渡航して生活を整えたのち旦那と子供を呼び寄せるケースが多いとか、
一妻多夫制度とか!?は関係ないか、、、

いや、素晴らしいことです。

ーーーーーー

寄付の報告

この夏、東京、東中野ポレポレ座で行った「チベットを知る夏」のイベントの収益金の一部を今日、亡命政府の「DIIR情報外務省」に寄付してきました。

「チベ夏」で上映した英語版の映像はすべてここから譲り受けたものでした。
そのお礼もあってのことです。

ついでに昔の貴重映像のコピーをもらうためでもあったりしました。
これからも手渡した、報道官のサンペル氏にはお世話になるわけですし。

思い出せば、この情報省の庁舎を建てるために23年前、ここに呼ばれ職員にされました。建てた後もこの中に机を与えられ、何だかんだと色んな仕事をやらされました。
数年で安給料で拘束時間は長い、というのでやめましたが。
サンペル氏はその頃からの友人だ。
みんなそのころ下っ端だった若いのが今は政府の中枢で働いている。
だいたい途中でアメリカの大学院に留学させてもらっていたりする。
彼もコロンビア大学の院を終了したはずだ。
それにしてもみんな年取ったよな!(自分も)

考えてみれば一度も政府には寄付したことなかったなと、気がつく。
政府にはお金でなく仕事で奉仕のつもりでしたから。
そういえばルンタプロジェクトのためにもう一つ、
日本の代表事務所にも少ないですが「チベ夏」より10万円寄付しました。

彼についでだから、二つ質問した。

私「10月中に再び特使と中国との対話があるのか?」

サンペル氏「最近行われた、アメリカのハーバード大学での特使ギャリ・リンポチェの講演によれば、10月に対話はある。おそらく10月末に行われると思う」

私「11月17日〜22日に行われるダライラマ法王召集の特別全体会議の議題とかは決まったのか?」

サンペル氏「まだそれは決まっていない。詳しくは国会の方に聞いてくれ」

私「私とか、外人レポーターも入れるのか?」

サンペル氏「最初と最後の日には取材、写真OKだ。前日に登録に来てくれ

ということでした。

日本から取材に来たいという奇特な報道関係の方は早めに連絡を。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


<ガンデン僧院僧侶による、1988年3月5日のデモ先導について、ツェリン・ソナムに2008年10月11日に聞いた話。>

そのころガンデン僧院には約300人の僧侶が在籍していたが、そのうち20〜30人の僧侶が秘密裏に話合いデモの計画を進めていた。

僧院の中には中国当局の監視事務所があったし、全員の僧侶が信用できるわけではなかった。

これに先立つ前年87年10月にも私を入れた、10人ほどの僧侶がラサにデモのために向かおうとしたが、途中で追い返されたことがあった。

その時にも加わり88年のデモでも中心的役割を担っていた8人がその後逮捕され刑期を言い渡された。
1、ゲン・テンパ・ワンダ  14年
2、プンツォック・ゲンツェン12年
3、ケサン・ツェリン    10年
4、ギャダ          9年
5、ツェドゥ・タンチン    8年
6、ツンダ          6年
7、ツェリン・ソナム     4年
8、ガンデン・タシ      3年

このうち獄中でデモを行った故に刑期を延ばされた者もいる。たとえば日本にも来たことのあるガンデン・タシはその後6年延ばされた。

デモはモンラム(新年の祈祷祭)最後の日のハイライトである「弥勒菩薩請来」の儀式の最中に始められた。
その日、チベット人が一番大勢集まる日だったからだ。


ツクラカン(ジョカン)の正面で、飾り立てられた軽トラックの荷台に、弥勒菩薩の像が乗せられた。
ゆっくりと右回りにジョカンのまわりをコルラ(右遶)し始めた。
すぐ後ろには自治区委員長のタンイー、宗教関係会議議長ユーカ・ドゥリその他の役人が連なっていた。

自分たちガンデンの僧侶たちの仮宿舎はジョカン裏手にあった。
弥勒菩薩が前を通過した後、続いて歩き始めた。

一周する前ジョカンの南側にある広場でいったん車は止まった。
その時ガンデンの僧侶タシ、パッサン、ソナム、ギャダ達がタンイーとユーカの所に詰め寄り
「チベットは独立国だったよな!またそうなるよな!お前ちゃんとみんなにそう言えよ!」
と話掛けたという。
相手は「チベットの独立は明日くれてやろう!」と答えたという。
(明日捕まえてやるぞ)の意味だとか。

僧侶たちは「チベット独立!」「ダライラマ法王に長寿を!」「中国人はチベットから出ていけ!」と口ぐちに叫び始めた。
周りのチベット人たちも一斉に同調して叫び始めた。
ジョカンに据えてあった、隠しカメラに誰かが石を投げ壊した。
屋上に居た警官目がけて石が飛んだ。

そのままジョカンのまわりを廻り始めた。
益々デモに参加するチベット人は増え、二周したころには後ろは叫び続けるチベット人で一杯だった。

そのころから武装警官隊と軍隊がまず、催涙弾を使って制圧を始めた。
しかし、ジョカンに通じる各道路にはチベット人グループが陣取り、押し寄せる軍隊に対し石で応戦し、容易には中に入れさせなかった。
催涙弾と共に威嚇射撃を繰り返していた。

自分たちはいったん仮宿舎に避難したが、宿舎の中にも催涙弾が撃ち込まれた。
全員涙と咳に襲われた。
屋上に上がったが、屋上でもいたるところで警官と市民が衝突していた。
屋上を建物から建物へ飛び移って逃げる者もいた。

夕方の6時頃僧院の管理委員会の用意したバスに乗りガンデンに帰った。

二日後の7日に十数人、9日にまた十数人拘置所に連れて行かれた。
私も9日にウディドゥ拘置所に連れていかれた。

尋問が始まり、拷問の日々が始まった。









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2008年10月15日

法王のその後、僧侶8人に無期以下の刑期、ダム計画

e117c24f.jpg法王のお様子

法王はデリーで胆石の摘出手術を受けられた後、次の日にも退院という話もあったようです。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=22993&article=No+Need+to+Worry+About+His+Holiness%3a+Secretary
医者は、手術も術後も順調なのでいつ退院してもいい、と言ったそうでうが、
法王は「どうせここを出てもデリーのどこかで数日静養するということなら、ここに居よう」とおっしゃったとか。

この法王の手術についてレコードチャイナは以下のごとく報告しています。
一説に法王の抱えていた胆石の数は数百個だったとか!?

http://www.recordchina.co.jp/group/g24880.html

ダライ・ラマ14世が手術で数百個の胆石を除去―中国紙
モバイル版URL : http://rchina.jp/article/24880.html
2008年10月14日、中国紙「青年参考」は、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(73歳)が長年の過労から胆石を患い、ニューデリーの病院で摘出手術を受けたと報じた。手術は成功し、数百個の胆石が除去されたという。

ダライ・ラマ14世の側近であるTenzinTakhla氏の話として伝えられたところによると、9日に腹痛を訴えたダライ・ラマ14世は10日、ニューデリーの私立病院で腹腔鏡手術を受けた。手術は成功し、一両日中には退院できるほどの回復力を見せている。インド紙「タイムズ・オブ・インディア」によると、手術によって数百個の胆石が除去された。ダライ・ラマ14世は手術前の数週間、痛みで眠れないほどだったという。

記事は、ダライ・ラマ14世は年に数か月も「海外での布教活動」を行っているが、「実はチベット独立運動への支持を訴えるための活動」と批判。体調不良を押してでも、今月末に予定されている7日間の日本訪問は予定通り行うようだ、と報じた。(翻訳・編集/NN)
2008-10-15 12:13:49 配

ーーー

「手術前の数週間は痛みで眠れないほどだった」が本当なら、先日のティーチングではそんなそぶりは少しもお見せにならなかったが、、、あの間もそうだったということでしょうか、、、

ダラムサラに帰られてからまたティーチングをされると記事には書かれていますが、一般公開ではなさそうです。

11月の日本ご訪問の予定に変更は無いとのことです。

もっとも、御容態と関係あるのか、無いのか?来年ロサ明け3月の恒例の長いティーチングはキャンセルされました。
残念です。

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チベット人僧侶二人に無期懲役

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22990&article=China+Court+Gives+Life+Sentence+to+Tibetan+Monks%3a+Update

APがカム、チャムドの担当裁判官から聞いた話として伝えたところによると、
チャムド、ゴンジョ県ガンベの政府庁舎を爆破したとして8人の僧侶が刑期を言い渡された。うち二人は終身刑、その他は5年から15年の刑期だ。
終身刑を受けた二人の僧は、
ギュメ・ドゥンドゥップとケルサン・ツェリン。

裁判官のガン・ウエイライの話では「最初われわれは彼らを祖国分裂罪にしようと思っていたが、最終的には爆発により被害を与えたということにしたのだった」という。

ロンドンベースのフリー・チベット・キャンペーンによると、刑期は9月23日に言い渡されていた、という。中国は発表を控えているとみられる。
ガンは電話では正確な判決の日時について尋ねると「二、三日前のことだ」と答えたという。

この地区では3月に平和的抗議デモがあり武装警官隊と衝突したことがあった。

ーーー

このことについて、先ほどもラジオ自由アジアの放送の中で、その地区に詳しいあるチベット人が「3月に確かにデモはあったが、一般的にはそんなに中国との対峙が目立つ場所ではない。愛国教育集会で不満を示すことぐらいだったと聞く。僧侶が爆弾を作ったり、手に入れたり、爆発させたりするはずがない。戒律にしたがう者たちだ。
第一田舎であってそんな爆弾が作れるはずもない。
まるっきりの作り話としか考えられない」と話していました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

中国はチベット中にダムを計画中

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22992&article=China+plans+dams+across+Tibet
中国当局はチベットの750箇所に水力発電施設を建設するという。

チベット高原は、黄河、揚子江、メコン、イラワジ、プラマプトラ、インダス等の大河に源流として世界の半分の人々に水を供給している。
環境や近隣諸国への影響は大きい。

過去に無謀はダム計画に対し地元のチベット人が反対運動を行ったこともある。
ダムの計画のある、聖なる湖として有名なヤムドック・ユムツォは現在1500人の軍隊によって封鎖されているという。

ナンニンに計画中のロンタンダムは完成すれば世界一高いダムとなる。
この計画のために周辺のチベット住民8万人が強制移住させられるという。















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