2008年12月

2008年12月31日

年の終りに。 シャーンティデーヴァ「入菩提行論」第六章「忍耐」

5f08786e.JPGとうとう、今年も今日が最後。時は去り、セーヌも流れ去り、私は残る、です。

年の初めにはまさか、今年がこんな年になるなどとはつゆ知らず、さて今年は何しよう、、、???去年は上座部系仏教とヨガに凝った一年だったので、今年はも一度密教かな?長年念願のミラレパでも訳そうぞ、と思ったりしてました。
相変わらず本業のことは何も考えてない。

しかし、3月、突然、チベットが騒然となりました。
もちろん少しはその前から、今年は何か起こるかも知れない?との雰囲気はありました。

それにしても、あまりにも衝撃的な始まりでした。ラサで続いてアムド、カムで一斉にチベット人が蜂起した。町の至るところに、銃弾に倒れた人々の大きな死体写真が張り出されました。

亡命チベット人たちは朝から夜遅くまで、毎日声を張り上げ、中国に対する抗議のデモと集会を繰り返す。ここでデモしても中国の兵士が来るわけではないのですが、みんなその顔つきは戦争がはじまったかのごとく本気でした。

そんな状況のただ中にあり、一方に相変わらずチベットに関しては、正確な情報不足、中国寄りの報道が目立つ日本の状況を思い、はじめは<裏るんた>を通じてダラムサラ通信をはじめました。

というか、私も「忍」が切れ、怒ったのです!
ギリシャでのオリンピック・トーチの点火式を見ていて、私の心にも久しぶりに火が点いたのです。

図面は少しは描けるが、文章の方はまるで苦手の素人である私が、突然なぜかレポーターごっこを始めたというわけです。
自分でブログを作ることを、そのころダラムサラにいたフリー・チベット仲間の辻井くんに教えてもらい、その日から、今日までほぼ毎日更新し続けてきました。
昔から日記が書けない人で、書いたこともないのに、不思議です。

オリンピックまでは一日に3,4回もアップしてたようだ。数人から「あんまり多いとついていけません」と言われたりして、回数はそれから減らしました。とにかく忙しかった。それだけいろんなことが起こっていたのです。

チベットのいたるところで、たくさんの人々が行進し、殺されていく。
悲しい話がたくさん毎日届けられました。
なぜかチベットの話はみな悲しいものばかりのような気がする。

長年虐げられ続けてきた、チベットの貧しい農民や遊牧民が追い詰められ声を上げる。
それを情け容赦もなく、殴りつけ、撃ち殺す。
逮捕された者たちは、恐怖の見せしめのために、できるだけ残酷な仕方で拷問される。

確かに、チベットだけではない、世界中でこんなことは起こっている。
でも、チベットは少なくとも私には特別の意味がある。このチベットの教えと文化だけはなくならないでほしい。
未来への大切なメッセージを含む、真の精神的世界遺産だと感じるから。(遺産にしてはいけませんが)
この文化が消滅することは世界から「大切な心」が一つなくなることだから。

法王も「チベットが自由になることは、自分たちの最終目的である<人類への精神面での貢献>を効果的に果たすために必要なことだからだ」とおっしゃっています。

だから、みんなもその気で来年も<フリー・チベット>・<フリー・チャイナ>のために頑張ってみてください。

ーーー
31,12,08ルンタレストランの皆
ルンタ・レストランも昨日が今年最後の営業日でした。今日は大掃除の日です。
この一年間、沢山の日本人現地滞在者、旅行者、チベットアクティビスト、報道関係者、学者、仏教修行者、ヨガ行者、子供等がおいで下さいました。
御ひいきにして頂きありがとうございます。

今日からルンタ・レストランは来年3月1日まで二ヶ月間お休みです。
来年もまた、ルンタ屋上ヨガクラブは参加者のいる限りできるだけ行うつもりです。
ヨガ好きの方はおいで下さい。

冬休みの間ここのチベット人たちは温かいインドの平野部に、セーター売りに出かける者、巡礼に出る者が多く、町はほぼ来年のロサまで空っぽになります。

法王は年明け1月8日から14日までヴェナレスの近く、ブッダ初転法輪の地サルナートにて一週間の仏教講義を行われます。
テキストはカマラシーラの「ゴムリン・バルワ 修習次第中編」及びシャーンティデーヴァの「チュンジュック 入菩提行論」であります。

これを目当てに大勢のチベット人、外人がこのころヴェナレスに集まることでしょう。

さて、私は1月半ばより南インド、ネパール、日本を訪れ3月10日前にはまたここに帰ってくる予定です。

このブログいつまで続くやら、、、来年はチベットにとって、また大きな一年なのだから、来年もできるだけ続けようと思っています。ですからアクセスお願いしますね。

今年最後に、なが〜〜〜い文章(経典)を付録に載せさせていただきます。
興味のない方はパスされて結構です。

「シャーンティデーヴァ」と聞いてふと思い出したのです。
「入菩提行論」は法王の一番のお気に入り講義でもあります。

毎日、かつて10年間ここの図書館の仏教講座に通っていたころ、授業の始めに唱えるお経の一節に

 その御名の光のほんの一片でも
 幸運な者の耳に至るやいなや
 その者の心の闇を照らし去る
 そのようなシャーンティデーヴァの御足に敬礼し洞察を請う

というのがありました。
チベットの監獄に届くことを心より願う。


嘗て、もう10年前ごろに試訳した、
シャーンティデーヴァの「チュンジュック 入菩提行論」第六「忍耐」の章です。

すでに三浦さんだったか?の翻訳本が日本でも出ていると聞いてます。さらに興味のある方はその本をお読みください。

まず、本文のみの訳、次に法王がかつて解説された講義録のはじめの方だけ掲載します。(と考えていましたが、列を揃えることが難しいとわかりましたので、今日はとりあえず本文のみとします。縦列がそろわなくて読みにくい点は御勘弁を)。

これからの世の中、チベットだけじゃない、世界中が益々困難な状況に向かおうとしています。
まずは明るく耐えるしかない。智慧と慈悲を鍛えるしかない。

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  (1)  数千劫かけて積んだ  
      布施や仏への供養による徳も    
      善行のすべても    
      ただ一度の怒りにより、台無しとなる  

  (2)  憎しみほどの悪業はない   
      忍耐ほどの苦行はない     
      ゆえに、忍耐を常に心し     
      様々の方法にて修習すべし

  (3)  悲痛なる憎しみが心に巣くう時    
      心静まること知らず     
      喜びも幸せも見い出せず    
      眠ることあたわず、心散ぢに乱れる
 
  (4)  その生活や尊敬に対し    
      恩ある召使でさえ    
      怒る主人には    
      殺そうと襲いかかる

  (5)  友や親内の者は悲しくなる    
      施しにより(人を)集めてみても、頼ってもらえない   
      このように、憎しみのあるところ     
      喜びもない

  (6)  憎しみと言う敵は、かくの如く
      様々な苦しみを創りだす     
      努めて憎しみを打ち破る人は    
      今世と来世の幸せを得る 

  (7)  望まぬ行為と   
      望みを邪魔されることによる   
      心の不幸に煽られて     
      憎しみは増し、わたしは破壊される
 
  (8)  では、まずわたしはこの敵の    
       食料を完全に取り上げよう     
       この敵はわたしを      
       害するばかりの故に

  (9)  どんなことが起きようと    
       わたしは喜びの心を乱すまい    
       不機嫌になって、思いが叶うわけでなし   
       ただ、善行の衰えるばかりがゆえに

  (10) もし、治る当てがあるのなら 
       不機嫌に何の用があろう    
       もし、治る当てがないのなら   
       不機嫌に何の利があろう

  (11) 私や私の友人に対しては   
       苦しみ、不名誉、陰口など    
       どんな不快も望まぬが    
       敵に対してはまるで逆とは

  (12) 幸せの因が起こることは稀   
       そして、苦しみの因にはこと欠かぬ    
       でも、苦しみがなければ、出離もない  
       だから、心よ、堅固であれ  

  (13) もしも、(ドゥルガー教徒の)苦行者やカルナータカさえも、
       意味無に、焼かれたり、切られたりすることに耐えるなら                     彼岸のためというのに、    
       どうして私はこんなに臆病なのか?

  (14) 慣れにより簡単にならない   
       ことは何もない      
       だから、小さな害に慣れて  
       大きな害を耐えることを学ぼう

  (15) 蛇に噛まれ、蜂に刺され     
       飢えや渇きや      
       痒みなど     
       意味ない小さな苦痛も無視せず慣れよ
 
  (16) 暑さ寒さ、雨に風    
       病や縛られ、打たれたり   
       でも短気は起こすまい    
       害は増すばかりのゆえに  
 
  (17) ある者は、自分の血を見ると
       勇気がさらに湧く     
       ある者は、人の血を見ると   
       卒倒し、生気を失う
 
  (18) この違いは、心の    
       強さ、弱さから来る  
       だから、苦しみを気にせず   
       苦しみの影響を受けまい

  (19) 賢人に苦しみが生じても  
       心を清く保ち、濁らせてはならない  
       煩悩と戦場に戦い合う時     
       多くの傷を受けるは当り前

  (20) すべての苦をもろともせず   
       怒り等の敵を下す      
       これが真の戦士     
       普通の戦士は死体を殺す者のごとし

  (21) ほかに苦しみの利益は  
       悲しみにより驕りがなくなり   
       輪廻するものに対する慈悲を生み   
       悪を恐れ、仏に近づく

  (22) 肝炎等の苦しみに遭ったとて
       病気に怒ることはないのに   
       心持つものたちにはどうして怒るのか?  
       それもこれも条件(縁)により生起したのみ

  (23) 例えば、望んだわけではないのに   
       病は(条件が揃えば自然に)起るように  
       望んだわけではないのに   
       逆らい難く煩悩は起る

  (24) 病もうとしたわけではないのに  
       人は心ならずも病んでしまう   
       怒ろうとしたわけではないのに  
       人は心ならずも怒ってしまう

  (25) すべての犯罪、様々な悪行  
       これらすべては     
       条件の力により生起した(のみ)  
       自立して存在するものではない

  (26) それら寄り集まった条件たちには   
       私が生もう、との意志はなく 
       それらにより生まれるそれ(苦しみ)にも  
       私は生まれしめられた、との思いがあるわけではない

  (27) (シャーンキャ学派の)根本元素と呼ばれ主張されるもの                アートマン(梵我、我)と名付けられたもの
       これらは、(創られたものでないゆえに)生じようと意図し              (害を与えようと)生じたものではない

  (28) 不生にして存在しないなら  
        生じようという意志も  
       対象に常に従うゆえに   
       止められぬこととなろう

  (29) もしも、我が不変であるならば    
       明らかに空間のごとく、無為であろう
       他の条件に出会っても   
       不変なものにどうして作用(影響、行為)が生じよう

  (30) 作用(影響)されても、不変ならば   
       作用(影響)を与えて何になろう    
       この我に対し、この作用はあったと   
       どうして、関係付けることができるのか

  (31) かくのごとく、すべては他に拠ってある  
       他に拠るがゆえに、独立して存在しえない  
       このように知って、幻のごとき     
       すべての現象に対し、怒るまい

  (32) 「では、誰が何を抑えるというのか  
        抑えるということ自体、不理となろう」(と、反論するならば)                       抑制により様々な苦しみの流れ    
       尽きるゆえに不理ではない

  (33) だから、敵であろう、友であろう  
       不当な行為を見るときは    
       これは、条件に拠り生じた   
       と知って、喜びの心を失うまい

  (34) もし、選択の自由があるのなら
       誰も自ら苦しみたい者はいない   
       すべての命ある者に     
       苦しみの生じることもなかろうに

   (35) 気が狂ったうように、自分から  
       とげに刺されるなど、害をつくり   
       女などがほしいとて    
       おかしくなり、食を断つ者もいる

  (36) ある者は、首を吊ったり、崖から飛び降りたり   
       毒や変な(不健康な)ものを食べたり    
       不徳なことをしたり等して   
       自分を害する者もいる

  (37) 煩悩の力のままに   
       愛する自分さえも殺すなら   
       どうして、他人の身体を   
       害さないと期待できよう

  (38) 煩悩の生起により、私を  
       殺そうとするすべての者に  
       慈悲を起こすことができないまでも  
       少なくとも、怒を持つことはないように

  (39) もしも、他人を害することが   
       子供っぽい人の性向ならば    
       怒ってはいけない     
       燃えて当り前の火に怒るようなものゆえに

  (40) たとえ、普段温厚な人が  
       時に間違いを犯しても   
       怒ってはいけない    
       空に煙が上ったからと怒るようなものゆえに

  (41) 棒で打たれたとて     
       打つ人に怒ってはいけない   
       その人は怒りに命令されただけゆえに  
       怒りに怒るが道理   

  (42) 私はかつて、有情を  
       同じようなに害した   
       有情を(このように)害した私が  
      (この)害を受けても当り前

  (43) (私を害する)武器と私の身体
       二つともに苦しみの原因   
       武器と私の身体が合うとき  
       どちらに向かって怒るべき

  (44) 腫物のような私の身体   
       触られただけでも耐え難い苦しみの性  
       そんなものに強く執着するとき  
       誰に対して怒るべき

  (45) 子供っぽい者は苦しみたくないのに  
       苦しみの原因には執着する      
       自分が起こした害なのに    
       他を怒って何になる  
  
   (46) 例えば、地獄の鬼や  
       剣の葉の森のように    
       己の業が生んだものならば    
       誰に向かって怒るべき

   (47) 私の業に誘発されて  
        私を害する人が生起した  
        その悪業の故に相手が地獄に落ちるなら  
        私が相手を害したことにならないか

  (48) 害する人に対する  
       忍により私は多くの悪業を浄化する   
       私に因って相手は    
       地獄に落ち長く苦しむ  
 
   (49) 私が相手を害し      
       相手が私を利するなら  
       反対なのに、どうして   
       不当な心よ、怒るのか  
 
  (50) もしも、私に思いやり(忍耐)の  
       徳があるならば、地獄に落ちることはない  
       私はこうして守られるとて    
       相手に徳が生まれるわけではない

  (51) では、(相手に徳を積む機会を与えるためにと)仕返しをするならば                            耐えたことにもならず  
       自分の善行も衰え  
       難行を全うできぬ

  (52) 心はからだを持つものではないので   
       誰からも、何によっても害されようがない   
      「でも、からだに執着するから     
       からだが苦しみで害されれば怒ろう」(と反論するならば)

  (53) 悪評(中傷)や暴言や    
       面白くないことばは    
       からだに害を与えるわけでなし   
       心よ、どうして怒るのか

  (54) 他の者たちが自分を好きでない  
      (からといって)そのことは今生でも来生でも  
       自分を害するわけでなし  
       どうしてそれが嫌なのか

  (55) (世俗の)利益の障害となるから  
       いやなのだ(というならば)   
       自分の利益は、いやでも今生で捨て置かねばならぬもの                           (一方)悪業はいつまでも付きまとう

  (56) 今日にも死んだほうがましだ   
       汚いやり方で利を得て長生きするより    
       自分など長生きしたところで  
       いずれ、死の苦しみは越えられぬ

   (57) 夢に百年の喜びを味わって  
        夢, 覚めてしまった者    
        夢に一瞬の喜びを味わって  
        夢、覚めてしまった者

  (58) いずれも覚めてしまえば  
       その喜びは、もう二度と戻って来ない
       長生きしようがしまいが
       死ぬ時には記憶のみ

  (59) 多くの富を得て  
        久しく幸せを享受したにせよ
       強盗に身ぐるみ剥がされるごとく
       裸で、手に何も持つものなく死に行く

  (60) 「富にわたしは生かされて
        罪を清め、徳も積めるのだ」(ともし反論するならば)                                   富のために怒るなら
        徳を壊し、悪業を積むばかり

  (61) もしも、そのために自分が生きる
       目的そのものを破壊するならば
       悪なる生業のみに
       生き延びて何になろう

  (62) もしも、自分の徳を害するから
       自分を中傷する者に対しては怒る理由がある(と反論するならば)                               では、他の人を中傷する人自分に対して
       どうして怒らないのか(徳が害されるのは同じなのに)  

   (63) それは相手に従って不信は引き起こされただけと
       (第三者の)不信に対し寛容でおれるなら
       (自分を害する相手の中傷も)煩悩に従って生じたのみゆえに                         中傷になぜ耐えられないのか  

    (64) 仏像、仏塔、仏法を  
         貶し、破壊する者に対しても
        怒るは不理なこと
        ほとけ等は害されることを離れているゆえに

  (65) ラマや親族たち
         友人に害を与える者に対しても
        前に説いたごとく、(すべては)条件により
        生起したと見て、怒りを治めよ

  (66) 身を持つ者に対し、心持つ者と
       心持たないもの二つからの害が起こる時
       心持つ者にだけどうしてそんなに怒るのか
       二つともに許すべき   

   (67) ある者が無明がゆえに害をなし
        ある者が無明がゆえに怒る時  
        いったい誰が悪くて
         誰が悪くないと言うのだろう

  (68) 他の者が私を害するは
       以前の(私の)業の故
       すべてが縁起により生起する時
       どうして私は(相手に)怒るのか

  (69) かくの如く見て
       みんなが互いに愛し合えるよう
       私は一心に  
       福徳を積むことに励もう

  (70) 例えば、一つの家の火事の火が
        隣の家に移ろうとする時
        藁など燃えるものは
        そこから取り除かれるべき

   (71) そのように、あるものへの執着故に  
        怒りの火が、燃え上がる時  
        福徳の燃えることを恐れ
        それをそこからすぐにも捨てよう

  (72) ある死刑囚が手を切られただけで
        もし、解放されるなら、何という幸運
        もし、人の苦しみに耐え
       地獄の苦しみから解放されるなら、何という幸運

  (73) 今のちょっとした苦しみさえも
       私は耐えられぬなら  
       地獄の苦しみの原因となる
       怒りをどうして捨てられぬ

   (74) 欲のために、身を焼かれる等
        地獄を無数に味わえど
        私は自分の意も  
        人の意も満たせない

   (75) それに比べれば小さな苦しみで  
        大きな果を得ることができる故
        すべての命ある者の、苦しみを払う苦しみを
        喜んで受け入れよう

   (76) もし、ある人が(敵の)徳を賛え
       喜びを得るならば
       心よお前もなぜ  
       そうしないのか  

   (77) お前のその喜びの徳は
        喜びを生み、罪なきと
        徳ある者たちにより説かれた
        また、人心を得る最良の方法でもある

   (78) 敵が褒められ喜ぶことが  
        もし、いやだと言うのなら
       (使用人の喜ぶ)給料も払わぬべきか  
        かくて、現世と来生(の喜び)は衰えるばかり

  (79) 自分が褒められる時には
        その人にも喜びを願い  
        人を褒める時には
        自分には喜びは要らぬとは

  (80) すべての命ある者の幸を願い
       菩提に心を起こし(た私が)
        命ある者が自分で(小さな)幸せを得たとて
        それをどうして憎むのか

  (81) 三界に賛えられる仏位へと
       すべての命ある者の昇ることを願う時
       相手が世俗の名声を得ただけで
       どうして心沈むのか

  (82) 私の養育すべき
        親戚の子が
       自分で独り立ちしたならば
        怒るどころか喜ぶべき

   (83) それさえ願わぬと言うならば
       誰の菩提を願うのか  
       他の人の幸運を憎む人の
       心のどこに菩提心があるのか

  (84) もう(敵が)それを得たか
       まだ、与える人の手にあるか
       どちらにせよ、自分の手にはない
       故に、嫉妬は理に合わぬ

  (85) 福徳や信頼などの利点を
        なぜ自分から捨てるのか
       利得の因を守らぬ
       自分に向かい、なぜ怒らぬか

  (86) お前は自分の(過去の)悪業に対し
        後悔の念がないばかりか
        徳を積んだ相手と  
       競い合おうと願うとは

  (87) ある敵が気に入らないとて
        その不幸を喜ぶとは何たること
        いずれお前の望みだけでは
       相手が害される因とはならぬ

  (88) お前の欲する苦しみが相手を
       襲ったとて、喜ぶとは何たること
       もし、満足とでも言うならば
       それよりひどいことはない

  (89) 煩悩という漁師が仕掛けた  
       この針は鋭く耐え難い
       捕まれば地獄の鍋で
        地獄の鬼が私を煮るは必常

 (90) 称賛や名声は
        徳にもならず、延命にもならず  
       力が増すわけでなく、病を避けることにも役立たぬ
       身を楽にもしない

  (91) 自分のためと言い
       心に楽しみだけほしいなら
       賭け事や酒によるべきものを

  (92) 名声のために富を投げ出し
        (戦場に)自分を殺す者もいる
       ただのことばに何を望むのか
        死んだ後に誰を喜ばせるのか?

  (93) 砂のお城が壊れる時
       子供は泣き叫ぶ
       そのように、称賛と名声の衰える時
       私の心は子供のごとし

  (94) 音は心なき故に
        わたしを褒めようとの心なし
       ーわたしを褒めることをその人は喜ぶから
        と、名声を喜びの原因と言うならば

   (95) 他人に対してであろう、自分に対してであろう
        褒める人の喜びが、どうして自分を利するのか?
        その喜びは他人のもの
        わたしはそのかけらも得ることはできない

   (96) 他人が喜べば自分も喜ぶならば
        すべての場合にもそうあるべき
        ではどうして、敵が褒められ
        喜ぶ時、自分は不機嫌となるのか?

  (97) かくの如く、わたしは褒められた  
       と、自分で喜ぶは   
       理に合わず    
       子供っぽいだけ

  (98) 称賛等はわたしの心を乱し
         ついで、出離の心を衰えさせ
         徳高い人に嫉妬の心を起こさせ
        すべての良きものを破壊する

  (99) 故に、わたしへの称賛等を
         破壊するために働く人は
        わたしが悪趣に落ちることを
        守るために存在する如くではないか

  (100)わたしが解放を望む人ならば
        富や名声に縛られたくはないはず
        わたしをその束縛より解放してくれる者に
       どうして怒るのか

  (101)苦しみの門に入らんとするところを
       ほとけの加持の如く
        門を遠ざけてくれる
       そんな人に対しなぜ怒るのか

 (102)ーでも、徳を積む障害となるからー
       それでも、怒るは理にあわず
       忍耐以上の難行はない  
       だから、必ず行ずべし

   (103)もしも、自分のせいで
        敵を受け入れられぬなら
       徳の原因に近づきながら
       自分で妨げをつくったのみ

  (104)(敵が)いなければ(忍耐の徳も)生じない
       いるから有り得る
       それがその原因のとき
       どうして、それを障害と呼べるのか

  (105)施しの心起こるとき
        乞食は施しの障害とはならず
        戒を与える(導師)は
        僧侶となる障害とはならぬ

  (106)どこの世にも乞食は多いが
        害を与える者は少ない
        つまり、やり返さなければ
        害される機会は少ないもの

  (107)それが来れば、労せずして
        家に宝が現れた如し
        菩提行の友となる
       わたしの敵を愛すべし

  (108)敵とわたしがいて(忍耐の行が)成り立つ
       ならば、忍耐の果(菩提)は
        敵にまず捧げられるべき
       かくの如く、敵は忍耐の原因である故に

 (109)「忍耐を成り立たせよう、との心を持たないから
       敵は称賛の対象とはならない」と、もし言うならば
       成就の原因となる   
      (同じく意志のない)正法をなぜ賛えるのか  

  (110)「(そうでなく)敵は害そうとの  
       心を持つから、賛えるわけにはいかない」と、言うならば                   (みんなが)医者のように助けることに努めるなら   
        わたしは忍の行をいつ成就できるのか

   (111)かくの如く、憎しみに燃える心に  
        因って忍の行が生起するなら
        それは忍耐の原因ゆえに
        正法の如く賛えられるべき

   (112)ゆえに『有情の福田は
        勝者(仏)の福田』とほとけが説かれた
        これを信じて多くの人が
        善なる彼岸に達した

   (113)有情とほとけと
         ほとけの法を成就する(因として)は似たもの
         ほとけを尊敬するように
        有情を尊敬しないのはなぜ

   (114)心の質を比べて言うのではない
        結果から言えば同じように
        有情にも徳はある
         このようにして、二つは平等

  (115)愛する心を持つ人を賛える(福徳)は
        有情の偉大性のお陰
        ほとけを敬う福徳は
        ほとけの偉大性のお陰

   (116)仏法を成就する(因の)部分を担う点で
        二つとも平等と認められる
       (しかし)無量の大海の如き福徳を持つ
       ほとけたちとは(心は)比べものにならぬ

  (117)至上の徳を集めた(ほとけ)一人の
        徳のほんの一部分でも
        現れるなら、これを賛えるには
        三界のすべてを捧げても足りぬほど

  (118)ほとけの至上の法を生む、その一部が
        有情にある時
        その部分に似合うだけでも
        有情を敬うのが理

   (119)また、不動にして、しかも友となり
        無数の福利を与えて下さった仏たちに
        有情を敬うこと以外
         他の何をもって恩返しできよう

   (120)そのために、身を捨て地獄に落ちようとも
        有情の恩を返すためならば
        彼らがひどくわたしを害そうとも
         常に良き敬心をもって接しよう

   (121)もしも、わたしの敬うほとけ自身
         そのためには身を捨てることも厭わない時
         その理を知らず、わたしは
         奢りが故に、人の召使にはなれぬとは

   (122)彼らが喜べば仏たちも喜ばれる
         彼らが害されれば喜ばれない
         彼らを喜ばせれば仏はみんな喜ばれる
        彼らを害するは仏を害すること

   (123)もしも、我が身のすべてが燃える時
       どんな欲の対象も心喜ばすことはできない
        同様に、有情を害する時
        大悲の人々を喜ばすことはできない

   (124)では、わたしが有情を害したことで
        すべての大悲のお人の心を悲しませた
        悪業をすべて隠さず、今日、懺悔いたします故に
       どうか、わたしの不徳を忍ばれたまえ  

    (125)如来たちを喜ばせるために
        今日より、確かに心を制し、世の下部となり  
        みんなが寄って集ってわたしを打とうとも
        踏みつけようとも、やり返さず、世の王(仏)を喜ばせん

   (126)すべての有情を、大悲の心は平等に
        我がことの如く感じるは確か
        このような有情の(真の)姿を見るとき
       それはほとけと代わらない、どうして敬えないのか

   (127)これが、如来を喜ばせる行為
        自分の利を良く成就させるもこれ
        世の苦しみを払うのもこれなのだ  
        これを知り、わたしは常にこれに努めよう

   (128)例えば、王の家来の一人が
        多くの人を害すれど
        遠くを見る目を持つ人は  
        害されど、やり返すことはない

   (129)これは、(敵は)一人ではなく
         王の軍力と伴にあると、知るからだ
         同様に、害をなす小さな有情も
         決して見くびってはならない

  (130)それは、地獄の鬼と
         大悲の仏たちが彼らを守る故に
         そうであれば、平民が怖い王に仕える如く
         すべての命ある者を敬おう

   (131)一人の王が怒っても
        有情を敬わなかった果として
         味わうこととなる
         地獄以上のことを為せようか

   (132)王だけを敬っても
        有情を敬うことで
        得ることができる
        仏位は貰えまい

   (133)有情を喜ばすことで
         いつの日にか仏位を得ることができ
        今生においても、栄光と
         名声と喜びを得ることをどうして見ないのか

   (134)輪廻においては忍より美貌等と
         健康と名声を得
        長寿をまっとうし
         転輪王の大楽を享受する


入菩提行論より、忍耐を説く第六章を終わる。                             

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2008年12月30日

チベットの隠された真実.・資源編

26a101e9.jpgまずは以下に新華社の伝える中国側のチベット投資記事を紹介します。
その後にこれに対する反論の一つとして、今日ちょっと頑張って訳したオーストラリア人?の発表した、チベットの資源に関する資料を紹介します。
皆さんの判断は如何に?

ーーー

<中国の対チベット投資が過去最高に、新華社>
2008年12月29日 01:02 発信地:北京/中国
http://www.afpbb.com/article/economy/2553002/3638186

【12月29日 AFP】中国国営の新華社(Xinhua)通信は28日、3月に発生した騒乱で経済に深刻な影響を受けたチベット(Tibet)自治区に対する中国の今年の投資額が過去最高の160億元(約2100億円)に上ったと伝えた。

 新華社がチベット発展改革委員会の統計を引用して報じたところによると、一連の騒乱の影響で2008年上半期のチベットの工業経済成長率は11%、固定資産投資は10.3%、それぞれ前年同期比で減少した。チベット経済下支えのため中国政府は7月、観光やインフラ(社会基盤)整備などを対象にした特別助成・奨励制度を実施する意向を示した。

 チベット発展改革委員会は、投資額の増強は実を結び、自治区の総生産額は前年比10.1%増の392億元(約5200億円)となる見通しだと述べた。チベットを抑圧しているとの非難に対し、中国政府は2008年のチベットへの投資額は1951年以来最も多かったとして反論している

 今年3月14日に自治州の中心都市ラサ(Lhasa)で騒乱が発生し緊張が頂点に達した。騒ぎは同国西部のチベット人居住区に飛び火した。

 一連の事態を受け、中国政府は6月末までチベットへの外国人観光客の立ち入りを禁止した。この影響で、今年1月から6月までにチベットを訪れた旅行者は前年同期比で110万人も少ない34万人にとどまった。(c)AFP


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<チベットの隠された真実>

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23525&article=Tibet%3a+The+Hidden+Facts

出典:
http://woodsmoke.wordpress.com/2008/08/22/how-china-is-plundering-the-natural-resources-of-tibet/
には、資源の話だけでなく、核施設、ミサイル基地などについての報告もあります。

Australi.to News[Monday, December 29, 2008 15:14]
by Partha Gangopadhyay



チベットは一級の戦利品

アメリカのエリート達はそれを知っていた。中国人もそのことを知っていた。
封建制であろう、プロレタリア独裁制であろう、(USやUKのごとくの)民主封建制であろう、そこに住む人々に関わる政体のことなど誰も本気に気にしてなどいない。

チベットは素晴らしい戦利品だったのだ。今も一級の戦利品であり続ける。中国がそこに居続けている、25万MWeの電力を生むことができるが故に。
私は先頃、中国のヒマラヤ搾取計画に関する詳細な地図を含む、エネルギィー関連研究をまとめた。

他の資源としては:

中国の土地・資源省はチベット全土に渡る記録的な新たな資源発見について報告した。この発見は1999年から4、400万US$の予算で始められた、秘密の7年計画の調査による成果である。千人を超える調査員は24のグループに分かれ青海・チベット高原の至る所に散り、最終的にチベット全土の地質学地図を完成したのだ。

この調査により、銅、鉄、鉛、亜鉛、ウランその他の鉱物を含む、1,280億US$(約14兆円)相当の大きな16ヵ所の新しい鉱床を発見した。しかし、これらの発見はこれまでに判明している126種の鉱物、例えば世界的な埋蔵量を誇るリチウム、クロマイト、銅、ボラックス、鉄に上乗せさせられたにすぎない。中国の地質調査局局長のメン・シアンライは嘗て一度<資源欠乏が中国経済の急所だ>と発言したことがある。チベットにおけるこの新しい発見は<中国が直面する資源問題を軽減する>ことは確実である。

チベットの銅の埋蔵量は4千万トンに昇り、中国の鉛と亜鉛の総埋蔵量4千万トンの3分の1、そして10億トンを超える良質な鉄鉱石が眠る。
今回の新発見の中でも注目に値するのは、ニクンと呼ばれる鉱脈だけでも5億トンを有するという、上質鉄鉱石の供給確保が挙げられよう。これだけでも中国の鉄鉱石輸入の20%削減を可能にする。新しい銅鉱脈の発見の方も大きい。チベットの環境保護の視点からは重要な地域である、ヤルツァンポ渓谷にそって400kmの鉱脈が発見された。そこにあるユロンと呼ばれる鉱山は、国営新華社によれば、すでに中国第二位の埋蔵量と言われ、1,800万トンを誇り、増え続ける電力、電線需要を満たすことを可能にするという。中国は今まで銅鉱石を主にチリから輸入していたが、これで世界第7位、世界の銅の5〜6%の埋蔵量を持つことになった。

近い将来チベットから中国が「絞り出すことのできる<富>のために」と言う方が、中国がチベットに注ぎ込んでいるという補助金に対し、中国が「チベットの近代化を進めるために」と空疎な宣伝説明をするより余程すぐれた説明になるであろう。

事実、中国政府の公式ウェブ上に「かつて静寂に包まれていたチベットの北方地域は俄かに活気付き、興奮さえそそる場所になっている。政府の西部開発計画に応え多くの国内企業が進出した。北チベットには28種類の鉱物を含む200の鉱山があり、石油と温泉が豊富なのだから」と書かれている。

中国国営星石油公司と中国国営石油・天然ガス開発公司はルンポラ盆地で初めての油田を掘り当てた。推定埋蔵量300万トンと算定される。この油田は毎年100万トンの原油を産出するアムド油田群に加えられる。さらに中国はナクに2か所の金鉱山を開いた。ラサには宝石加工プラントを建設した。ナク県の役人ソナム・ドルジェは「北チベットの金、石油、アンチモン等資源開発のために内外資本の投資を歓迎する」と語っている。
これはまだまだチベットへのインフラ投資が必要であることを示している。その豊かな地下資源以外にもチベットは世界一の経済大国を目指す中国の要となる資源をたくさん有するのだ。

チベットからこれまでに運び出された木材の価値一つをとっても、それは優にこれまで中国がチベットのインフラ整備に使った金を上回る。1949年チベットの原生林面積は221,800sqkmであった。1985年にはおよそ半分の134.000sqkmに減少した。大部分の森林はチベット東南部の低地帯にある、人の通わない、河沿いの急峻な斜面にある。森林のタイプとしては熱帯、亜熱帯山岳地針葉樹林帯。主な種類はトウヒ、モミ、松、カラ松、西洋ヒノキ、カバそれにカシである。チベットの森林は古く、平均樹齢は200年とされる。平均森林密度は272立方mt/ha。ウ・ツァン(中央チベット)にある針葉樹林地帯の密度は2,300立方mt/haに昇り針葉樹林帯として世界一である。
一たびこれら原生林に中国の手が入るや、チベットの山々は広範囲に渡り丸裸にされて行った。1985年までに総計24億4、200万立方メートル、1949年の森林量の40%、金額にして約6兆円が持ち去られた

自治区コンボ地区では、森林伐採が雇用の最大のものだ。そのうえ2万人以上の兵士や受刑者が木材の伐採、運搬に使われている。アムドのアバ地区には1949年には220万ヘクタールの森林が広がっていた。その材木量は3,4億立方メートルであった。1980年には117万ヘクタール、材木量は何と1,8億立方メートルに減少した。同様にチベット自治区のカンロ地域から1985年までに644万立方メートルの木材を持ち去った。
新しい道路が益々チベットの奥地へと伸びていく、搾取のために。


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このことで思い出すのは、この夏にルンタで自費出版した「証言集」の中心人物である、ジャンパ・プンツォク氏から聞いた話だ。

「自分が子供のころは周りの山には沢山木が生えていた。森だった。沢山のきれいな鳥や鹿などもいたものだ、それが長い監獄生活の後故郷に帰って見て、驚き、がっかりもしたことには、山からすっかり木が消え小鳥も動物も夢のように居なくなっていたことだよ」












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2008年12月29日

続アイキャンプ

70cee976.JPG左の写真は今日が最後のアイキャンプ、手術後の診察です。

リーダーの籠谷先生が今診察されている患者さんはハンセン病に罹っています。

ダラムサラには昔からハンセン病の人たちが道端の乞食として多く集まってきます。
チベット人のいるこの街は他のインドの町より住みやすく、見入りもいいのでしょう。20年来の友達?もいます。

日本では普通の込み合った、病院の中でハンセン病患者の人が普通の人と同じように診察を受けるということは考えられないのでしょうが、ここでは普通です。

しかし、この女性もさすがに普通の手術代は払えなかったことでしょう。
このようなただで手術を受けられる機会など、この日本人たちが来なければ無かったことでしょう。
また目が見えるようになって本当によかったです。

そんな先生がこんな話をされました。
「昔ネパールで盲目の乞食に手術をした。
すると乞食の元締めやら乞食の仲間に<どうしてめくらの乞食に手術をしたのだ。
これでもやつは食えなくなるかもしれないじゃないか!
めくらだから見入りもよかったのに>と言われたよ。
だからこちらがいいと思ってやったことでも、そうならないこともあるんだよ」と。

これはでも、私の思うに、その乞食さんは自分で目が見えるようになりたいと思ってきた訳だし、その人は目が見えるようになってその後乞食を脱したかもしれない。
だから、やっぱい、良かったのです。

グループの皆さんは最後の診察を終えられて後、ダライ・ラマ法王に謁見されました。2000年から毎年来られていましたが、法王に会われたのは今年が初めてだそうです。

29,12,08 ノルブリンカ アイキャンプのメンバー
写真はノルブリンカを訪れたアイキャンプのメンバーたち(全員ではありませんが)。









rftibet at 20:05|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2008年12月28日

強制移住計画、 子供の洗脳計画

8fc942a6.jpg写真は野田氏が今年、チベットの強制移住村を訪れたときのもの。

<中国は今年30万人のチベット人を強制移住させた>

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23524&article=China+relocates+over+300%2c000+Tibetans+in+2008%3a+Report

12月27日付の新華社は
「今年、さらに57,800世帯の農民、遊牧民312,000人が政府の生活向上を目的とする補助金付き住宅計画に基づき、みすぼらしい家を捨て頑丈なブロックの家に移り住んだ」
と誇らしげにこの最悪の詐欺強制移住計画について報告している。

次にさくらを出して、
「私は新しい家のために18.000元(US$2,647)しか払わなかった。残り40.000元以上は全部政府が払ってくれた」とラサ近郊ヤムダのドルカが語ったそうだ。
ドルカの村の208世帯は、すべて今年新しい家に移住したという。

現在までに17万世帯の農民、遊牧民86万人が(強制)移住させられたと報告されている。
2006年に始まったこの計画は5年間に22万世帯を移住させるというもの。
つまり、2010年にはチベット自治区の80%の農民、遊牧民が移住させられることになる。


チベット自治区以外の四川、甘粛、青海省に於いてはこの強制移住は2000年からすでに始められており、2003年より本格的に実施されている。

ーーー

生活改善なんて、大ウソで、一番の目的はすっかり空になった広大な土地を自由に開発しようというものだ。
それと、管理、監視し易くするためだ。

チベットの強制移住村、写真野田雅也
多くの場合、強制的に道路沿いの区画の中に、自費で家を建てることを求められる。
字が読めない遊牧民の多くは騙されて書類にサインさせられ、後で借金返済を迫られる(これは野田氏の報告)。
お金のために所有していたヤク等の家畜を処分する(チベットからヤクが急速に消えていってる!)。家が建っても土地も家畜もいなければ仕事がない。半分チベット人でなくなる。収入もなくなる。

アメリカ・インディアンやアボリジニの居留地と同じようにアル中と浮浪者、都市流入組が増える。

最悪の最終的侵略計画だと私は思います。

チベット人総乞食化計画です。


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次は今さらでもあるが、子供の洗脳計画について。

<中国、民族団結教育を強化へ 「独立阻止」を学校で指導> - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081227/chn0812271736001-n1.htm

2008.12.27 17:30

 【北京】中国政府は、「民族団結」「少数民族の独立阻止」を目標にした学校教育を来年から全国で本格的に実施する。今年に発生したチベット族の騒乱やウイグル地域で相次いだ警察などへの襲撃事件を踏まえ、独立に反対する意識を少数民族に植え付けるのが狙いだ。
 教育省がこのほど出した「学校での民族団結教育の指導要綱」は、基本原則として「民族団結を増強し、祖国の統一を守り、民族分裂に反対する意識を確固として樹立する」とその目的を掲げ、「正確な祖国観、民族観を培い、『3つの結束』(漢族は少数民族から離れず、少数民族は漢族から離れず、少数民族どうしも離れられない)という教育を行う」と指摘する。

 授業は「党と国家による民族政策の優越性」を基本に、小・中学生には年10−12時間、高校生には年8−10時間実施。「民族問題の原因やその状況」「党の民族政策の重要性」などを理解させるのが目的だ。

 「民族団結」教育では、史跡などを活用するよう指示も出ており、無料開放されている歴史施設や博物館など「愛国主義教育基地」を参観する教育も今後強化される。






rftibet at 19:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)内地よりの電話 

<チベットの真の自治のためのメモランダム>全文

dcce2a6a.jpg12月25日付でDIIR(情報相)を通じて亡命政府首相サンドン・リンポチェからNew YearのGreetingメールが送られてきました。

これは、この前の「チベット支援国際会議」の出席者全員に送られたものと思われます。

参加者への(遅れて済まないという)感謝のあいさつの後、内閣府としてTSG(チベット支援グループ)に対し、特に以下の二つのことに対し緊急に行動に移されんことを希望する:

1、中国人と交わること(Reaching out to the Chinese people)。

2、亡命政府が中国政府に提出した<チベットの真の自治のためのメモランダム>を広報すること。


とありました。

そこで、以下にダライ・ラマ法王日本代表部事務所が12月17日に翻訳された
<メモランダム>を転載させて頂きます。
http://www.tibethouse.jp/news_release/2008/081116_autonomy.html

少々長いのですが、重要な資料ですので、プリントアウトなどされてじっくりお読みください。もちろんもうすでにお読みの方も多いかと思います。その方々はさらなる広報にご協力ください。


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<全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案>

ダライ・ラマ法王特使による中国統一戦線工作部提出資料

2008年11月16日    チベット亡命政府


1. はじめに
2. チベット民族の単一性に対する尊重の必要性
3. チベット人の希望
4. チベット人の基本要求事項ならびに自治の必要性

1. 言語
2. 文化
3. 宗教
4. 教育
5. 環境保護
6. 天然資源の使用
7. 経済発展ならびに商取引
8. 公衆衛生
9. 治安維持
10. 地域における移民制限の条令の制定
11. 諸外国との文化・教育・科学・宗教的交流活動の 許可

5. 中華人民共和国内のチベット民族の統一の必要性
6. 自治とその基本的な骨組み
7. 将来的な立場



1、はじめに

 2002年、中華人民共和国の中央人民政府との直接連絡ルートが再開して以降、ダライ・ラマ第14世法王の特使と中央政府の代表者との間で協議が行われた。当方より、チベット人の要求事項を明確に伝達した。双方に有益な中道的構想こそが、中華人民共和国憲法の主旨に反さない、チベット民族にとっての実質的な自治を得るための方法であり、それはチベット・中国の双方にとって、暫定的な観点からも、長期的な観点からも、相互に利益をもたらす基礎となるものである。我々は分離独立を争点としないことを明確に約束し、名実を共にする自治が行われることで、チベットにおける苦悩や騒乱を回避することを目指している。これは中華人民共和国憲法に示されている自治に関する趣旨に完全に合致するものである。チベット民族ならびにその文化を総じて保全することは、すべての人類にとって、特にチベット・中国の両民族にとって有益なことである。

 去る2008年7月1日・2日、第7回目の会談が行われた。その席で、中国人民政治協商会議副主席、杜青林・中央統一戦線工作部長は、ダライ・ラマ法王側がチベットの安定と発展のためにどのような前向きな構想を持っているのか、それを示して欲しいと仰った。また朱維群・中央統一戦線工作部常務副部長は、我々が主張している自治の範囲およびその形式に関する具体的な要望を明言し、中華人民共和国の憲法に反さない地方自治に関する見解を伺いたい、と仰った。

 これを受け本草案では、我々がもっている自治に関しての実質的立場、中華人民共和国憲法の自治の主旨に対する我々の理解、その立場での政策施行が、チベット人の要求を満たすことが可能であることを明らかにしたい。ダライ・ラマ法王は、チベット人の基本的要求事項は、中華人民共和国の内部で実質的な自治(実質的自治とは何を意味しているのかについては後述する)を行うという方向性で実現可能であると確信なさっておられる。

 中華人民共和国は多くの民族が集合した国家であるがゆえに、諸外国と同様に、少数民族に対し自治権を与えることで民族自決権を付与している。中華人民共和国憲法では、自治または独立行政自治に関しての基本原則が定められている。それらの目的はチベット人の要望に合致したものである。民族による地方自治を行う目的は、大漢民族主義と地方民族主義との両者を排斥することで民族弾圧と民族分裂の両方を回避し、各居住区域における自治権を享受させることを通じて、少数民族およびその文化の保護を保証することにある。

 我々の理解では、憲法で定められる自治の本旨の範囲内で、チベット人の要求事項は基本的に実現可能である。憲法では、特定の重要事項については、特定の国政機関が自主的に管理し得る特別な権利を与えている。チベット人に固有の特徴に見合う名実を共にした自治が続行されるためには、これらの特別な権利を行使する必要がある。それを行使する際に、チベット民族の需要ならびに特性に合致させるため、いくつかの自治に関する法令を改正もしくは修正しなければならない可能性もあるだろう。しかしながら双方がより高い志をもって望むのであれば、憲法に示される自治の本旨により、現在の問題は解決可能なのであり、そのようにすることで、国家の統一、安定、チベット民族と他の民族との間での友好な関係を構築することが可能となるのである。


2、チベット民族の単一性に対する尊重の必要性

 現在の行政区分とは無関係に、すべてのチベット民族は一つの少数民族に属している。チベット人を単一のものとして必ず尊重していただくよう要請する。これは憲法に示される、民族の地方自治という思想、目的、基本方針であるだけではなく、すべての民族を平等に扱うという発想の基本となるものである。

 チベット民族は、言語、文化、思想的伝統、風俗風習の点からも単一民族なのであり、単一の主体性を持っているという事実については、いまさら論じるまでもまい。
 チベット民族が共通の歴史をもち、過去において政治ならびに行政上分断された時代が存在しなかったことを考慮しなくとも、宗教、文化、教育、言語、生活習慣、土地環境の点からも、連続した単一性を保有し続けてきたのである。居住地域の観点でも、チベット民族は、チベット高原のなかで分断なく遍在的に居住してきたのである。数千年前からチベット人は、チベット高原に居住している。つまり、チベット人はチベット高原の原住民である。憲法で示される民族地方自治の本旨に合致した事実として、チベット人は、単一民族としてチベット高原全域に遍在して居住しているのである。

 これらのことを根拠として、中華人民共和国は、チベット民族を55の少数民族の一民族であると認定しているのである。


3、チベット人の希望

 チベット民族は、独自の歴史、文化、精神文化を豊富に保有している。それは人類の貴重な文化遺産の一つである。チベット人は、祖先代々伝わってきたこうした遺産を保護することを望んでいるだけではなく、21世紀に求められるものに対応するため、自らの精神文化や風習をより発展させたいと望んでいる。

 多民族国家である中華人民共和国の一部分として共存することで、チベット人にとっては、著しく発展しつつある国内経済や科学技術の恩恵を享受することができるのであり、我々はこの発展過程に参画し、統一結束することを望んでいる。同時にチベット民族の有する固有性、文化、本質を失わないようにする必要があり、古来チベット民族が集落を形成してきた失われやすいチベット高原の自然環境を危機的状況に陥らせぬ対策を施すことを望んでいる。

 チベット民族の状況が、特殊な性質をもっているという認知は、既にこれまでにも存在しているものである。17ケ条の協定をはじめ、歴代の中華人民共和国国家主席の談話やいくつかの政策にもそれが示されてきたのであり、その通りにチベット人が行使できる自治の状態ならびに枠組みを保証する原則を遵守していただきたい。憲法でも、少数民族の特性ならびに要望に相応しい柔軟な対応をとるべきという、基本的な考え方が定められている。

 ダライ・ラマ法王は、中華人民共和国という枠組みのなかで、現在のチベット問題に対する解決策がもたらされることを望んでおられ、そのことをはっきりと断言なさっておられる。ダライ・ラマ法王のこのお立場は、トウ小平前国家主席が“チベット問題に関しては、独立以外のすべての事項について協議することで解決できる”と強調されたことに完全に合致したものである。我々は中華人民共和国の領土保全を尊重しているからこそ、我々の希望として、中華人民共和国のなかでのチベット人の統一と実質的自治権が中央人民政府によって承認され、それが全面的に尊重されることを希望しているのである。そしてこれは、我々との間での見解の相違を解決する基盤であり、中華人民共和国の民族団結と調和と安定がもたらされる礎となるものである。

 チベット民族の独自性の発展には、世界各国また特に先進国の歩調に見合った経済・社会・行政の発展計画が、チベット人自身の特性を尊重保護することを通じて行われる必要がある。そしてそれが実現するためには、チベット人による行政ならびに自治の行使権が認められなければならない。しかもそれがチベット人自身の需要、特性、優先順位に合致するためには、チベット民族が集まり居住している全域に及んだ施行がなされる必要があるのである。

 チベット民族ならびにその文化は、チベット人自身以外の他の何人によってもそれを保護する術はない。したがって、チベット人自身が互いに助けあい、自らの発展を自己責任にて行い、自治行政運営を行うべき部分と、中央政府・省・区の側から、チベットに対して利益をもたらす支援や指導を行う部分とに、均衡なバランスを構築することが重要である。


4、チベット人の基本要求事項ならびに自治の必要性1、

言語

 言語は、チベット民族とは何かを定義する最も重要な特性である。チベット語は、チベット人の会話の言語の中心であるだけではなく、我々の文学、宗教的著作物、歴史書、逸話、さらには科学に関する著述といったすべてのものが、その言語で記されている。チベットの口語ならびに文語は、サンスクリット語と同等な高度な文法学的規則を有しているだけではなく、サンスクリット語からチベット語に翻訳する際にも、語意を誤ることなく、正しく翻訳することが可能な唯一の言語である。だからこそ、世界のなかでも最多かつ最良の翻訳文献であるだけではなく、最も豊かで多くの文献を保有するものであるという説を唱える学者もいる。憲法第4条には、すべての民族が独自の口語ならびに文語を使用し発展させるための自由と保証がなされているのである。

 チベット人が自らの言語を使用し発展させるためには、チベット語すなわちチベット人の口語と文語を公用語とし、それを尊重する必要がある。同様に、チベット民族の自治地域の公用語には、チベット文字を使用する必要がある。この考え方は憲法第121条で柔軟に認められており、「民族自治地方の自治機関は、当地で通用している一種類あるいは数種類の言語や文字を使用する」と定められている。民族区域自治法第10条でも「当該地方の民族はすべて自己の言語を使用し発展させる自由があり、それが保証されている」と明記されている。

 チベット民族の地域での公用語をチベット語とすべきであるのと同様、民族地域自治法第36条では、自治区域の行政機関には、教育に関して、教育で使用する言語および学級制などの決定を行うことのできる権利が定められている。これらの意味するところのものは、教育を行う際に使用するべき言語としてチベット語が使用されるという原則が認められているということなのである。

2、文化

 民族区域自治を行う基本的な目的は、少数民族の文化を保護するためにある。そのために、中華人民共和国憲法第22条、第417条、第119条、ならびに民族区域自治法第38条では、文化を保護するべきことが定められている。チベット人の文化とは、チベット人の宗教、伝統、言語、民族と密接に関係しているのであり、現状ではその文化は様々な形で重大な危機に瀕している。チベット人は多くの人口を抱える中華人民共和国と共存しているのであるからこそ、憲法に定められるものに相応しい形で、チベット人の固有の文化が保護されなければならない。

3、宗教

 宗教はチベット人の基盤となる重大な関心事であり、仏教は、我々そのものと密接な関係にあるものである。宗教制度と行政制度とを区分することが重要であることは、我々も認めるが、それを理由に、宗教に対する信仰を有する人々の自由と宗教生活を毀損しないようにしなくてはならない。チベット人にとって信教の自由や思想の自由がないということは、その限りにおいて、個人もしくは民衆としてのそれ以外の自由については考えることすらできないのに等しい。憲法では、宗教そのものおよび信仰に入るかどうかの入り口を保護しなければならないことの重要性を確認している。第36条においては、国民すべてに宗教信仰の自由権が保証されており、如何なる者であっても、個人に対して、宗教を信仰したり信仰しなかったりすることを強制してはならないこと、すべての宗教に如何なる差別もしてはならないとしている。憲法のこの考え方を国際的な標準に照らし合わせて述べるのであれば、信仰の仕方や実践の仕方というものもまた、宗教信仰の自由の範囲内にある。この自由のなかには、宗教的伝統に基づいた僧院の運営および僧院教育の実施、出家者の僧侶・尼僧の人数・年齢を宗教上の教義に基づいて入門・在籍させることができることや、大衆に対する説法会や灌頂会などが行われる場合に誰でも自由にそれに参加できる、といったことも含まれている。したがって、宗教の一般的な事項である、師弟関係、僧院の運営、化身ラマの認定といった領域内部まで、国家が干渉すべきではない。

4、教育

 中央政府教育部と連携し、チベット人自身の教育制度を構築する必要と、それを運営する必要がある。このチベット人の要求は、憲法に定められた教育に関する主旨に裏付けされている。科学技術の発展のためにも、協働参画する必要性についても、また同様である。現代の国際社会における科学の発展に対して、仏教における精神分析哲学や理論、宇宙観、認知論などが大いに貢献することは徐々に広く認知されており、我々も同様に考えている。

 憲法第19条では、国民に教育を与える援助の責務を国家が果たすべきこと、また第119条では民族自治地域機関が当該地域の教育方針を自主的に決定しなければならないことが定められている。民族地域自治法第36条でも同主旨である。

 これらの決議の方法について自治権の行使範囲が不明確であると強調しておきたいが、チベット人にとってはチベット民族の教育に関して、名実を共にする自治権の行使が必要となる。そしてそのようにするべきことは、憲法に示される自治の本旨に合致している。

 科学技術の発展には協働参画したいということもまた、憲法第119条、ならびに民族区域自治法第39条で、自治地域における科学技術を発展させるべき権利が明白に確認されているものである。

5、環境保護

 チベットは、アジアの主要な大河川の水源である。同時に、世界最高峰の山や、人類がいまだかつて触れたことのない鉱物資源、森林資源の豊富な広大な土地であり、世界で最も標高の高い場所でもある。

 そのような環境を保護してきた伝統は、チベット人たちが人間と動物とを区別することなく、すべての生物を害することなく、暴力を振るうことなく、他の生物の命を尊重してきた伝統によってもたらされたものである。チベットという独自の自然環境を消費してしまわないようにすることは、重要な課題である。

 今日では、チベットの往古の環境は、取り返しのつかないほどに破壊されてしまった。その影響は、草原、農地、森林、水源、山岳動物などにはっきりと及んでいる。

 このようになったからこそ、民族地域自治法第45条ならび第65条の下で、チベット古来の環境を保護する伝統に合致した環境保護政策を作成し、それを施行するための権利を付与する必要がある。

6、天然資源の使用


 憲法ならびに民族地域自治法では、自然環境や天然資源の保護管理に関しては、自治地域の自治体組織が部分的に担当するべく信託されている。(民族区域自治法第27条、28条、45条、66条、ならびに憲法第118条では、民族地域自治の利益を考慮すべきことが認められている)民族区域自治法は、自治地域において草原および森林を保護し増加させるべきことの重要性を確認し、(第27条)「法に依って自地方の天然資源を管理、保護し、法律の規定と国の統一的計画に基づいて、自地方が開発できる天然資源を優先的かつ合理的に開発、利用する。」と定められている。(第28条)

 土地の所有権は、天然資源や税ならびに収益を拡大させるための基礎である。しかるに国有地以外のすべての土地に関して、合法的な賃借権もしくは譲渡権が自治地域民族のみに限定的に付与されることは極めて重要なことである。また同時に、国家の発展計画に応じて、自治地域における自律的な発展計画を建て、それを実施することができる権利が付与されることも必要である。

7、経済発展ならびに商取引

 チベットの特定地域の経済発展は確実に必要である。経済面でチベット地域は中華人民共和国の中で最も後進している一地域となっている。

 憲法では、自治地域において地方の特性と需要に適した経済発展がなされるべきことを重視すべき見解が確認されている。(憲法第118条、民族区域自治法第25条)同様に、通貨規制や保護をもなすべき自治の考え方も認定されている。(憲法第117条、地域区域自治法第32条)それ以外には、特定の自治地域の発展を促進するために、国家による財政支援と援助を行う必要があることも確認している。(憲法第117条、民族地域自治法第22条)

 同様に民族地域自治法第311条では、チベットのような他の国家に隣接している自治地域は、外国との交易や、国境を商用で往来可能であることが明記されている。他の国家と文化、宗教、民族、経済の面で共通した特質を有しているチベット人にとって、この考え方は極めて重要なものである。

 中央政府およびいくつかの省の支援が行われることは暫定的には有益であるが、長期的にみると、チベット民族単独では生活できず他者に依存しなくてはならないことになる。そうなればその欠点は大きなものとなる。よって、チベット民族が自分自身で生活できるようにすることも、自治の重要な目的である。

8、公衆衛生

 憲法では、保健ならび医療に関する医療施設の整備を国家が担うべきことが示されている。(憲法第21条)憲法第119条では、それは自治地域機関にその責任が付与されている。民族地域自治法(第40条)では、地域民族自治の自治体は、自らの決定権によって、当該地域の保健ならびに医療に関する計画、ならびにその発展を行う計画を作成することについて、現代医療ならびに民族の伝統的な医療を発展させるべき権利を確認している。

 上記の法令の主旨のもと、地域自治体の行政府には、チベット人すべての健康に関する要求を満たす施設と能力が必要である。同時に伝統を混在させるのではなく、伝統的なチベット医学および暦学の実践を普及し発展させ得る権利を有していることが必要なのである。

9、治安維持

 民衆の治安に関しての重要な決議ならびに治安維持は、当該地域の伝統ならびに風習に通じている者をより多く配備することを尊重することが極めて重要である。

 自治ならびに自治行政運営を行う者の重要な務めとして、民衆に施行される条令ならびに自治区の安全を考慮しなくてはならない。憲法第120条および民族区域自治法第24条で「民族自治地方の自治機関は、国家の軍事制度ならびに当該地域の実際の需要に照らし合わせて、国務院の批准を経て、当該地域の社会治安を維持する公安部隊を組織できる」と自治区域の治安維持を行うための権限ならびにその部分的行使の重要性を確認している。

10、地域における移民制限の条令の制定

 民族区域自治法の基本目的は、少数民族とその文化・言語などを保護し、自らの居住地域を自主的に管理させることにある。しかしもし、少数民族の居住地域に漢族やその他の多数民族を大量に一気に移住させたり、移住を促すのならば、それは民族地域自治法の目的ならびに主旨を無きものとすることになるだろう。これらの人口移住は、地域における人口比率に大きな影響を及ぼし、それによりチベット族は、漢族と団結一致するのではなく、その代わりに自らの独自の文化や民族を徐々に絶滅させてゆくことを通じて、チベット人を大漢民族に融和同化させている。同時に、チベット民族の居留区域に、漢族ないしは他の大量の民族を移住させることは、民族区域自治を行使するべき必然性に対して根本的な変化をもたらすものである。何故ならば、“少数民族の集合地域”と呼ばれて示されている自治が行使されるべく憲法で定めている地域の基準は、人口移住によって変化し、かつ無視されるからである。もしも、こうした人口移住を制限せずに、今後もその政策が継続されるのならば、チベット民族は、将来的には、“集合”している状態ではなくなり、そのことによって憲法が基盤としている民族地域自治の権利が無きものになる。このようなことを行うならば、民族問題に関する憲法の構想を直接破棄してしまうこととなる。

 中国国内でも地域住民の往来ならびに移住を制限した先例はある。自治機関には移民を制限するための権利は、極めて僅かなものが与えられているのみである。我々の考えでは、自治の原則を尊重し、その施行が有益なものとなるためには、特定の自治機関には、中華人民共和国の他の地域からチベットへの移住に関して、居住者、一時的な居留者、就労者、経済活動の追求などに関しての条例を制定する権利が必要であり、それは極めて重要なことである。

 これらはチベットへの永住、長期滞在を行っている者を、他の地域へと排除したいという動機によるものではない。我々が懸念しているのは、漢民族をはじめとする他の民族の大量移住を促すことによって既存の社会が変化し、チベット人が少数派となり、極めて失われやすい自然環境に危機を及ぼしているというこれらのことなのである。

11、諸外国との文化・教育・科学・宗教的交流活動の許可

 自治の主旨にもとづいて、文化、芸術、知識、科学、公衆衛生、スポーツ、宗教、環境、経済などの分野について、中華人民共和国の他の民族ならびに自治区および主要な省との交流や提携などをすべきことが極めて重要であることは言うまでもないが、外国とも相互に交流する権利が有ることは、民族区域自治法(第42条)で認められている。


5、中華人民共和国内のチベット民族の統一の必要性

 以上述べてきたチベット人の基本要求についての自治の施行を、チベット人に共通する民族、文化、宗教的な伝統を保護し発展させることを通じて発展させるために、現在の中華人民共和国によって自治地域として与えられているチベット民族の区域すべてを単一の自治機関の下におく必要がある。

 現行の自治区分は、チベット人を中華人民共和国の区および複数の省のなかで運営させるものであるが、それによって分断されており、地域の発展にも格差の原因を生み出している。同様にチベット人の共通した民族性、文化、宗教的な伝統が保護され、発展してゆく可能性を低下させているのである。この政策は、民族の単一性を尊重する代わりに、民族を分裂させ、チベット民族の単一性そのものを障げる原因となっており、自治の主旨を顧みずに無きものとしているのである。少数民族のなかでも主要なウイグル族やモンゴル族は、大多数はそれぞれ一つの自治区内で運営を行っているけれども、チベット族は、単一の少数民族ではない多民族であるかの如く扱われているのである。

 現在の異なった自治状態の下にあるチベット族をすべて一つの運営体に帰属させるべきであることは、憲法第4条に示される主旨に完全に一致するだけではなく、民族区域自治法の第二条でも「それぞれの少数民族が集団生活を行っている特定区域が区域自治を実行する」と述べられている。民族区域自治法では、民族地域自治制度は、民族の重要事項を決定するために共産党が決定した基本政策であり、また、 民族区域自治とは国の統一的指導の下で、各少数民族が集まり住む地方が区域の自治を実行し、自治機関を設立し、自治権を行使することである。民族区域自治の実行は、国家が少数民族を尊重しその権利を保障し、各民族がその内部の事務に関する権利を有するという精神を具現するものであり、国家が各民族の平等、団結、共同繁栄の原則を堅持することを具現するものである。『民族区域自治法』序文 と制定されている。

 中華人民共和国のなかで、チベット民族の自治を行使する権利がすべてのチベット民族に有るのならば、有意義な実質的な自治がもたらされることは明らかである。

 民族区域自治法には、民族自治の区域に変更を加える必要が有り得るという見解が確認されている。憲法で示される自治の基本構想をもとに、チベット人の単一性を尊重しなければならないというこの要求は、完全に合法的なものであるだけではなく、そのために運営体に変更を加える特別な必要性もまた憲法の主旨に違反することはないし、実際にそのようになされた先例もあるのである。


6、自治とその基本的な骨組み

 このような名実を共にする自治が現在行われていないこれらの事項は、チベット人が、自治ならびに自主的行政の自主運営を行うための如何なる基準、方法を享受するかどうかに依存している。それゆえ検討しなければならないことは、チベット民族の特殊な性質と基本要求に見合った自治に関する法令を作成し、それを施行することにある。

 実質的な自治権の行使には、チベット人に対して、その需要と特性に見合った地域行政府や行政機構を設置できる権利が有るということも含まれる。自治区の人民代表大会には、すべての地域の事項 (既に述べた自治の内容)に関する法令を制定できる権利が必要であるし、その他の特定の自治行政機関にはその行使権ならびに、自由裁量権が必要となる。中央政府の国家計画に関する各決議の際に代表者が参加可能であり、それらの重要な決議の一部を担えることもまた自治に含まれるものである。自治が組織的に実行されるためには、意見をまとめるプロセスが、相互に一定の能力をもち、相互関係し、共通の利益および関連事項については、中央行政府と地方行政府の両者が均衡状態を保ちながら決議を行えるという手法が採用されている必要がある。

 名実を共にする自治に最も必要な条件は、憲法ならびに関連法令で定められる地方自治権ならびにその責任を、どちらか一方が一方的に無視したり、改変することができないことを保証することにある。それはつまり、中央政府と自治地域行政機関との双方が、いづれか一方の承諾を得ることなしに、一方的に特定の自治の基本条件について変更することが許されないということを意味している。

 チベットならびにチベット民族の特徴、需要に見合った実質的な自治が施行される範囲ならびに、その特性については、憲法第116条 (民族区域自治法第19条にも定められる)で示されている条件をもとにした、自治の実行に関する条例に詳しく定めなければならない。可能であれば、そのために別途法令を定めることもできる。憲法第31条をはじめとする憲法では、国家の社会・経済・政治機構を鑑みて、チベットのような特殊性をもったものには、その特殊性に見合った柔軟な対応をしなければならないという項目が定められてもいる。

 憲法第3章第6節では、民族地域自治機関は、自治行政権ならびに立法権が有ることを確認している。そしてそれに基づいて、憲法第116条(民族区域自治法第19条にも示される)では、当該地域の民族の政治、経済、文明の特性をもとに、自治法令を裁定することのできる権利について記載されている。それに対応して、憲法では、多くの事項についてその運営は自治によって実行するべき権利 (憲法117条から20条まで)ならびに、自治機関は地域の需要に合致するために、上位の中央政府ならびに国家機関の法令ならびに政策に関して、各地域の実情に見あう柔軟な対応をするべきことが確認されている。 (憲法第115条)

 これらの法令で定められる条件により、自治機関の裁量権を脅かす決定がなされる場合があったとしても、憲法では、自治機関には、地域の需要と見合った法令を制定し、政策を決定しなければならないという主旨が認められているだけではなく、それらがそれ以外の中央行政機関による決定とは異なる場合も可能であるということが明示されているのである。

 我々がはっきり述べるように、チベット人の要求は、憲法で示されている自治の構想と柔軟に合致したものである。しかしながら実際の実行に関してはこれらの構想が実現するために、今日さまざまな問題がそれを妨げ、不可能にしているのである。

 実質的な自治を実行するためには、たとえば権力を分散し、中央政府と自治地域行政機関との両者にここの事項についてそれぞれ明確な責任分担をすることが必要である。現在はそのように明確でないだけではなく、自治地域の条例を制定権の範囲が定まっておらず、大きな障害が継続的に存在している。それゆえ、一方では、憲法で自治地域に多くの事項について法令を制定できる特別な需要を認めているにも関わらず、それらを憲法第116条の下で、最高の中央行政機関である全人民代表会議による批准を得る必要が有るので、それがこうした自治の主旨を実行するための障害を生み出しているのである。事実そうした批准を必要としていると定められているのは、自治区の人民代表大会だけである。中華人民共和国の各省の(自治地域以外の)通常の人民代表会議にはそのような批准は必要ではなく、制定する諸条例は、全人民代表大会で記録するために、単に報告する義務が課せられているのに過ぎない。(憲法第100条)

 自治の実施に関しても、憲法第115条の下に、多くの法令や条例に合致しなければならないように定められている。いくつかの法令は自治地域の自治の強い障害となるものも制定されており、またいくつかの法令は相互に矛盾しているものも有る。それゆえに、自治権の本来の基準が一体何なのか明確ではないし、何らの規定もなされてない状態となっているのである。何故ならば、上位国家機関が法令や条令を制定し、最終的には政策変更した等といった一方的な変更が為されている。中央政府と地方政府との間で、自治の範囲ならびにその実行範囲について見解が相違しているのならば、それらを決定する手段や協議調整する方法は全くないことになる。実際的な状況について明瞭な規定がないというこのことは、地方の権利を担当する者がその業務に責任を負うために障害となっているのであり、現在チベット人にとって実質的な自治を行使する際の障害を生み出している。

 現在の状況で、我々はこうした事項や実質的な自治を行使するために、チベット人の抱えている苦難を詳細に説明したいとは思わないが、将来的な協議を行う際には、状況に則した決定がもたらされるために、これらのことを一例として申し上げたのである。我々は今後も継続して、憲法と関連法令を学んでいきたいと考えているし、しかるべき時期になれば、我々が知る限り研究した結果を提供申し上げるつもりである。


7、将来的な立場

 この草案の冒頭に明記したように、我々チベット人の要望しているものは、中華人民共和国の憲法に定められる自治の主旨と合致していることを確信している。我々の目指すものは、これらの需要が中華人民共和国の枠組みのなかで何故実現できていないのかということを協議するというこのことにある。ダライ・ラマ法王が繰り返しおっしゃっている通り、我々には隠蔽工作など何もない。実質的な自治を行うことのできるどのようなシステムが構築されようとも、それは中華人民共和国から分裂しようとするための階梯として利用するということを目指すものでは決してない。

 亡命チベット行政府は、チベットの民衆の利益とチベット人の実際の要求を代弁するためのものであり、我々との間で上記の諸項目に関しての制度が整えられれば、それ以降は無用となるので、即刻解散することになっているものである。事実、ダライ・ラマ法王は、未来において政治的な名分を何ら受託しない旨を既に決意されていることを何度も強調なされておられる。しかしながら、ダライ・ラマ法王は、そうした制度を享受することを必要としているチベット人が支援を得るために、法王ご自身の個人的な能力すべてを使われる御積りでいらっしゃる。

 これらを確約し、本草案の次なる一歩として、本草案に明記した事項について、有意義な協議を開始できるよう信じているし、その意思を共有することを望んでいる。そのための我々双方が信頼するに足り得る方法、そのプロセス、タイムテーブル案を添付するので、今後の協議で最終結論に達すことが可能となるよう強く望んでいる。


※チベット語より全文を直訳、再掲いたしました(2008.12.17)





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2008年12月26日

盲人に光を与えるアイキャンプ。その他

7ffbaab3.JPGアイキャンプの話の前にいくつかのニュースを先に書きます。
写真はすべて今回のアイキャンプです。

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新華社の「デマを流し、民族間憎悪と暴力を扇動したかどで59人のチベット人を逮捕した」という報道に関しphayul.comに補足情報がありました。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23501&article=China+detains+59+over+'Tibet+rumours'

罪状の中には「<反動的>歌をインターネットがらダウンロードし、チベット人に広めた」というのが含まれているそうです。

「3月の暴動の後、ある者たちは、ダライ分裂一味を鼓舞するという隠れた陰謀のもとに国際的にデマの噂を流し、チベット人の民族意識を挑発することにより、国家と人民の安全を脅かした」

「警察はラサのマーケットで<反動歌>をインターネットからダウンロードし、それをコンパクトデスクやMP3ホーマットにして売っている者たちを捜査していた」

「彼らはラサの政治的安定を脅かすために、暴力の爆発を望んでいたのだ」
と新華社はおっしゃっています。

ラサの警察副長官キン・ユアンミンは「3月より48の<デマ流布>ケースを取り締まった。逮捕者は59人だ」とChinatibetnews.com上にコメントしている。

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結局この逮捕者は最近の新しいケースではなく3月以降の総計の話でしょうか?
今一つ、はっきりしません。

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<チベット亡命社会も<08憲章>への支援と劉暁波氏解放を訴える署名活動を始めた>

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23508&article=Tibetans+Support+%22Charter+08%22%2c+Join+Call+for+Liu+Xiobo's+Release

本日12月26日から始まったというこの署名活動、チベット亡命社会政府外4団体により発案され始められたようです。
4団体とは9−10−3の会(グチュスンの会)、チベット女性協会、SFT、チベット民主の会です。
青年会議は入っていないとか?(ここのところは確認中です)

グチュスンの会会長ガワン・ゥーパル氏は「中国内における民主改革のための画期的な運動であり、基本的人権の尊重を唱えるこの<08憲章>を承認、支持するとともに、劉暁波氏の即時解放を訴えるキャンペーンを我々は開始した。
中国人市民の言論の自由を擁護し、中国の政治的改革のために働き、劉暁波氏はじめ今回の憲章に関わり逮捕されている人々の解放を要求することを国際的に広げることが大事なことだ」と語っています。

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中国人以外(亡命チベット人は外人?)も署名できるなら私もできるのでしょうかね

別枠ということなら日本でも始められたら如何でしょうか?
ペンクラブだけではなく。


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もうひとつ<08憲章>関連です。
時事ドットコム:
<メディアの取材禁止か=「08憲章」で中国党宣伝部 >
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008122500630

 【香港25日時事】米政府系の自由アジア放送(RFA)は25日、中国共産党宣伝部がこのほど、国内メディアに対し、民主派の学者らが同党に人権擁護を要求した声明「08憲章」に関する取材禁止などを指示したと報じた。

 RFAが中国の国営メディア幹部の話として伝えたところでは、宣伝部は「08憲章」署名者への取材のほか、署名者の原稿掲載を禁止。自ら署名した一部の記者は既に上司から「やり過ぎるな」と警告されたという。

 ただ、あるメディア関係者は「08憲章は支持者があまりに多く、完全に統制するのは不可能だ」と話している。(2008/12/25-17:34)

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この元記事は
http://www.rfa.org/english/news/china/charter-12242008115743.htmlですが、ラジオで伝えてる内容は相当長く詳しいです。
英語になってるのもが上記の記事です。お時間のある方はお読みください。

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27,12,08アイキャンプ
さてと、やっと最後に辿り着いて報告できます。
本当は一番見出しで最初に載せるべきことなのですが、、、、

<毎年恒例のアイキャンプが今年も始まった>

一昨日の夜、日本より総勢8名の眼科医グループがこのダラムサラに到着。
さっそく昨日から診察に入られ、今日から手術が開始されました。
明後日まで、朝から晩まで大勢の人々に光を与えるために多量に手術をこなされます。
皆さん自己負担分10万円を出してのボランティアです。

世の中メリクリだとかお正月と言って、酒浸りにのんびりするのが当たり前と思われてるこの時期に、世界のド田舎ダラムサラまで来られて、三日間に何と70人以上の人に一級の手術を施し帰られる
こんな人たちもいるのですよ、、、、

これがほんとのクリスマス・プレゼントというわけです。
考えさせられますね、、、

実は、この先生方達はもう8年前より毎年年末ここに来られ、平均400人の患者を診察し、そのうちの70人以上に白内障を中心にした手術をされてきたのです。

正式な団体名は<NPO法人 アジア眼科医療協力会(AOCAアオカ)>でして
Website:http//www.aoca.jpです。
そのすばらしい活動を良く知るためにぜひアクセスしてみてください。

この団体はネパールを中心に活動されてきました。
そのパンフレットの中のあるコピーに
「ネパールには ヒマラヤの国に生まれながら ヒマラヤを見られない 20万人の盲人がいます。そのほとんどが手術で 光を取り戻せるのです」というのがありました。

最初のころは患者のうちチベット人が半数ほどでしたが、年々ローカルのインド人の数が増え去年はインド人80%、チベット人20%の割合だったそうです。
27,12,08アイキャンプ
隊員の皆様の構成はドクター4人(以下敬称略)
隊長の名執刀医籠谷保明、柏瀬光寿、岡田明、浅野宏規

ナース二人、
川邨夫美子、藤原直美

写真記録班、
安嶋郁子、安嶋理人

それに現地調達の通訳はもちろん
小川康


このうちの柏瀬先生は、もうかれこれ7,8年前だったか?
一年間ここのデレック病院の眼科医医師としてダラムサラの住人をやっておられたことがあるのです。
我々の親しい仲間の一人だったのです。そしてそれから毎年来られています。
27,12,08アイキャンプ
ところで今日先ほどその柏瀬先生が手術されるところを間近に、ブログ用写真撮影のため拝見してきたところです。
いや〜〜〜初めて見る目の手術、なんとも言い難いシュールな感覚に陥りました。(ダリの映画の連想か?)
それにしても集中力のいる手術を長時間こなされる先生方には感服です。

興味深い話を聞きました。
患者の中に政治犯としてかつてチベットの刑務所に入っていたという25歳の僧侶がいたという。
この人は若いのに白内障を罹っていた。
おかしいなと思い話を聞くと、拘置所、刑務所内で何度も拷問に遭い、電気棒によるショックも何度も味わったという。

そこで先生は、日本では雷に打たれた人が発症するケースが報告されるという<電撃白内障>という診断を下された。
その人の手術は(もちろん)無事成功し、今ではすっかり視力を回復したとか。

電撃白内障>、高圧電気ショックで目玉が目玉焼き状態になるのでしょうか!?

残酷な国です。


rftibet at 21:10|PermalinkComments(3)TrackBack(0)ダラムサラニュース 

2008年12月25日

拷問死、地下協会

b3563642.JPG以下は12月22日付、チベット亡命政府公式ウエブ発表としてphayul.comに掲載されていた情報です。いつものように要訳です。

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<一人だけの抗議デモ、拷問死>
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23493&article=Report+confirms+two+arrests%2c+five+tortured+to+death+in+Tibet

チベットからの情報によれば、
11月20日午後5時頃、ラサ市内において20歳ぐらいと思われる若者が一人
「チベット独立!」とスローガンを叫んだ。

ほどなくして、若者はその場で公安警察にかこまれ兇暴な撲打を受けた後、連行されていった。

他の情報として、
11月28日カム、マルカムにあるウーセル僧院の僧院長ジャンパ・ギェルツェン師が公安当局により逮捕されたという。詳細不明。

亡命政府は今年の死亡者リストの中に新たに5人の名前を確定し付け加えた。
何れも死因は拷問、撲打とその後の治療が拒否されたことによるものだ。

5名の氏名は:
ソナム・プンツォとその妻(氏名不詳)、
ジャンパ・ラモ45歳チャムド出身、
テンジン・ノルブ ラサ出身、
ガワン・ツェリン マルカム出身。

以下に5名の現在までに判明した消息を記す。

1、ソナム・プンツォ: カム、チャムド県マルカム地区メパ・チャソ・テンパ村出身。彼は3月14日のラサのデモに参加したとして兵士、警官隊に過剰な暴力を受けた。

盲目の彼の妻はその場で泣き叫び、夫を殴らないでくれと懇願した。
しかし、武装警官はしがみつく彼女の頭を棍棒で撲打した。
彼女は意識を失いその場に倒れた。夫が連行された後、彼女は死亡した。

3月18日、ソナム・プンツォは拘置所内で他のチベット人と共に
「チベット独立!ダライ・ラマ法王に長寿を!」と再びスローガンを叫んだ。
その結果彼らは監視人により極度の拷問を受けた。
ソナム・プンツォはこのとき電気棒により何度も頭部を強打されたことにより死亡した。
同様の状況で多くのものが死亡している。

彼とその妻は20年ほど前より ラサ、ラモチェ僧院の門前で物乞いをして暮らしていた。彼らが亡くなり、彼らの9歳と7歳になる息子二人の面倒を見る者は誰もいなくなった。

2、ジャンパ・ラモ:45歳、カム、チャムド県キュンポ・テンチェン出身。
出身はカムであるが彼女はラモチェ僧院地区に長年暮らしていた。
3月29日に逮捕されて以後、拷問を受け続けた。
解放されたとき彼女は衰弱しきっていた。病院で治療を受けたが回復することなく11月28日自宅で死亡した。

3、テンジン・ノルブ:ラサ近郊メド・クンガ出身。
彼はラサとペンボの平和デモに参加したとして、逮捕され、拷問を受け死亡した。
フンドゥップ地区の警察から死体が、妻と一歳から七歳までの三人の子供の待つ家族に渡された。

4、ガワン・ツェリン: チャムド県マルカム地区メパ出身。
彼は3月13日病院に入院した(原因不詳)。
医者は輸血が必要だと告げた。
しかし、続く14日騒乱が起こった後中国当局は「軍隊のために優先的に輸血は確保されねばならない、いかなるチベット人にも輸血を与えてはならない」との通告を発した。
その結果、彼は輸血を得ることなく死亡した。

以上

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例えば3月14日にいったい何人の人が本当に撃たれ、殴られて死亡したのかははっきりしない。
100〜300人であろう。個別の確かな情報が伝わるには時間がかかる。
情報を外部に漏らしたというだけで、発覚すればスパイ罪となり長期の刑期を受ける。
最近伝えられたワンドゥ氏(無期懲役)以下6人が10年から15年の刑期を受けたのはこの例だ。
外国に隠された情報を流しただけ、それも電話やメールでそれとなく伝えただけでも重罪となるとは、そんな国が中国なのだ。
どれほどの恐ろしいことを隠れてやっているのかな?と興味は増すばかりというのが普通の反応でしょう。

一ついつも思うことがある。
中国の有名反体制知識人なら逮捕されても拷問にあったり、長期の刑期を受けることはまずない。外国が注目するということもあるが。
しかし、チベット人の場合は地方では少し有名であろうと何の問題もなく拷問を受け、長期の刑を言い渡される。
乞食で盲目ならばその場で殴り殺される、、、

例えば、天安門のデモを先導した学生たちは、外国に亡命もし、有名にもなった。
しかし、天安門事件の起こる2年前に、文革以来初めてラサで数千人規模のデモを先導したデブン僧院の僧侶たちは今まで何の保護も受けることなく、世界に発言する機会もないままだ。
この差はどこからくるのか?

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続いて新華社電より、

「デマ流布」と59人逮捕 中国チベット自治区
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081224/chn0812242303004-n1.htm

2008.12.24 23:03
 24日の新華社電によると、中国チベット自治区ラサ市の公安当局は23日、3月14日に ラサで起きた大規模暴動に関連し、デマを流して国家の安全を害したとして、59人を逮捕した と発表した。

 当局によると、59人はラサでの暴動後、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の支持 者と協力し、共産党や政府に対するデマで民族主義をあおったとしている。(共同)


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短い記事なので詳細不明です。
中国では<真実>は<デマ>、<デマ>が<真実>が常識です。


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最後にクリスマスのお話。北京の何とも言えないクリスマスの様子です。

それにしても信者が7000万人というのは本当なら信じがたい数字です!
これから暗い世が始まり益々信者は増えることでしょう。
この時期にチベット仏教がもしも布教可能なら、大変な数の信者を獲得できるのは確実でしょう。


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<北京の地下教会ミサ 緊張の聖誕節 若者・インテリ層にも信者拡大> - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081224/chn0812242152003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081224/chn0812242152003-n2.htm

2008.12.24 21:49

【北京】聖誕節(クリスマス)ムードに包まれた北京市内のマンションの一室でこのほど、中国政府に公認されていない“地下教会”のミサがひっそりと開かれた。50人を超す参加者の多くは20代、30代の大卒者。約半数は女性だ。共産党の指導を拒否し、信仰の自由を求める地下教会が、高学歴層や知識層にも広がっていることをうかがわせた。



 天井と壁を十字架が彩っていた。信者名義の3LDKマンションは教会組織が資金を出し、借りている。女性のピアノ伴奏に合わせて合唱し、牧師(33)が「心の平安をどう保つか」を説いた。一見何の変哲もないミサにみえるが、どことなく緊張感が漂っていた。

 地下教会には、牧師の政府批判などを把握するため、当局側の人間が潜り込んでいるといわれてきた。コンピューター関連企業に勤める30代の女性は「中国共産党の指導やかかわりを拒否したい。でも、政府のやり方はわかっているから、心の中では緊張している」と不安を隠さない。

 著名な反体制派作家で、ブッシュ米大統領に面会したこともある余傑氏の顔がみえた。共産党による一党独裁体制の廃止を求めた「08憲章」に署名した男性もいた。

 もともと公認のキリスト教組織に属していた、ある民主活動家(47)は、聖職者が信者の言動など詳細な状況を当局に報告し、それを受けて信者が拘束されたことを知り脱退。1993年からは地下教会で活動してきた。人権擁護活動に携わって以降、職も失った。「今に至るまで当局に監視され続けている」と小声で話した。

 地下教会の信者数は、共産党の指導を受ける公認組織の信者数をはるかに超える。貧困層の農民から富裕層まで、約7000万人と推定されている。

 ある大学教授は「社会の急激な変化や道徳の低下、拝金主義の中で、精神的よりどころを求める人が増えた」と分析する。知識層や企業家への信者の広がりは、寄付金の拡大にもつながっている。社会情勢の変化次第では、政権に幻滅した勢力とともに党の求心力をそぐ組織になりうる−との見方もあり、中央政府が警戒する理由もここにあるとみられる。

 2006年7月には、杭州の教会建設現場に多数の警官隊が押し寄せ、暴力を振るう事件が起きた。このような露骨な弾圧こそ少なくなってきたが、最近、北京の民主活動家が計画した地下教会のミサは「当局が場所を提供した施設に圧力をかけ、中止に追い込まれた」といわれる。電気・水道を止めたり、マンションのオーナーを通じて退去を迫ったりするなど、見えない圧力が増している。






rftibet at 16:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)内地よりの電話 

2008年12月24日

メリー・クリスマス! Team 08

over Himalaya
今夜はクリスマス・イヴ、
皆様に Merry X'mas !!!

残念ながら、ここダラムサラではほぼクリスマスは無視されます。
クリスマスを煽るような商業的インフラも全くありませんしね。

それでもルンタ・レストランでは子供も多いことだし、何かパーティーのようなものがあるかもしれませんが?

それにしても暖かいクリスマスです。
朝方10度、昼間は20度ぐらいです。
羨ましいでしょう。

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「唐蕃会盟碑」について ー <専門家をなめないで>

日本が世界に誇るチベット史の権威(褒め過ぎじゃないですよ)、石濱先生のブログ12月19日版にラサのジョカンの目の前にある、いわゆる「唐蕃会盟碑」について「中国大使館のホームページ」に反論する形で解説されています。

この石碑はわざと、ちゃんと読めるほどには近づけないような柵で囲まれています。

チベット史に興味のある方はぜひお読みください。
http://shirayuki.blog51.fc2.com/blog-date-20081219.html

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以下<08憲章>関連です。

署名者のひとり、香港誌『開放』編集長・金鐘氏に突撃インタビューを試たヒット記事。
47a6378c.jpg
写真はブログ「日々是チナヲチ。」より、1994年、劉暁波氏(左)と金鐘氏(右)


【※注】この記事はブログ「日々是チナヲチ。」
http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/の了解を得て同ブログより転載したものです。
なお以下はインタビュー部分のみです。


中国観察 / 2008-12-12 02:30:25


◆インタビュー:「08憲章」が中国を変える!――香港誌『開放』編集長・金鐘氏
http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/d022f6abde81c9ba344723aead791837

■格段に進化した「民主化綱領」

 ――「08憲章」は事実上現在の中共一党独裁体制を否定し、一方で民主的国家の成立を目指すと宣言したものとみていいか?

「その通り。中国を日本のような民主国家にするというものだ。ただ(「08憲章」の文面では)『一党独裁』という言葉は避けているが」

 ――「08憲章」は長期的ビジョンとしての提案なのか、それとも切迫感に満ちた「檄文」とみるべきか?

「中国の民主化は長期的な目標。『08憲章』が主張しているものの多くは短期間で実現できるものではない。だが『08憲章』の発表に踏み切ったのは切迫感によるもの。中国社会の人権、法治、両極分化などといった不公正が、社会における様々な対立をエスカレートさせている。『時代遅れした現行の体制はもはや改める他ないことを、災難のような収拾のつかない状況が明示している』と『08憲章』の前言にある通りだ。憲政制度改革への着手は待ったなし、ともいえる。官民ともにそういう共通認識を持つべきだ」

 ――1989年の民主化運動〜天安門事件当時と比べて、「08憲章」の主張する内容には相違点や進歩した点はあるか?

「1989年の学生運動(民主化運動)は、北京の大学生が官僚による汚職蔓延への反発や胡燿邦の再評価を求めたことに始まり、それが報道の自由、トウ小平引退を求めるという、国内はもとより世界の民主化運動を震撼させる圧倒的な動きに発展した。鎮圧されてはしまったが、その意義は極めて大きい。だがあの運動は、全体主義体制を根本から全面的に改造するという大方針を最後まで打ち出すことはなかった」

「当時の天安門広場のリーダーたちは結局のところ、政治的・思想的にまだ未熟な大学生だったからね。だが今回の『08憲章』はほぼ形の整った中国改造の民主化綱領で、ここ百年の中国における無数の志士たちの心血と夢が凝縮されている。だから内容についていえば、『08憲章』は明らかに1989年の学生運動よりも遥かに高い見地に立ち、とても成熟したものになっている」


■切迫した危機意識が生んだ「08憲章」

 ――中国国内の知識人たちが「08憲章」を発表した動機は?

「動機は3つあると思う。まずは現実的な切迫感。歪んだ形での発展が、根深く広範で際限のない悪影響を中国にもたらしているという点だ。それが良知ある知識人の心に重くのしかかっている」

「第二に、ここ20年近くの中国の『国民社会』の発育と成長が、『皇帝への上書』といった伝統的な考え方から知識人を解放し、社会に直接訴えかけるスタイルを生み出した。それが今回、わずかな時間で300名以上もの、しかもその大半は知名度も活動分野もバラバラな人たちの署名を集め得た要因だ」

「第三点は、外国の経験に学んだこと。チェコの劇作家ヴァーツラフ・ハヴェル氏が1977年、ヘルシンキ宣言に織り込まれた人権擁護を当局に対し求めた『憲章77』が、1980年代のチェコや東欧の民主化に歴史的貢献を果たした。これは中国の知識人たちにとって忘れることのできない啓示だ」

 ――「08憲章」の起草作業はいつごろから?

「『08憲章』の起草作業が始まったのが具体的にいつごろかは,私も知らない。ただ、来年の『六四』20周年と今年の世界人権宣言60周年という二つの節目を迎えるにあたって、発起人たちの間で話し合いが行われたとは聞いている。結局12月10日の世界人権デーに今回の文書を発表することにした訳だが、執筆にはあまり時間をかけていないようだ」

「執筆者の中心的存在である劉暁波氏は、海外の中文メディアでよく知られている政論家。この20年来北京に居を構えて、中国社会と政治に対する鋭敏な観察者というスタンスを貫いている。1988年に北京師範大学で博士号をとり、過去に中国独立作家ペンクラブの会長を務めたこともある」

 ――わざわざこの時期を選んで「08憲章」を発表したことに何か含みはあるのか?国内の経済・社会状況に混乱が出始めたというタイミングとの関係は?

「『08憲章』の出現が中国社会の悪化と危機に関係していることは話した通りだ。だが今日(12月10日)発表したのは、単に世界人権デーに合わせただけのこと。もちろんこれは非常に良いタイミングだ。チェコの『憲章77』も人権擁護の名の下に発表されたことを忘れないでほしい」


■保護者なし。投獄覚悟の孤独な闘争

 ――中国国内で「08憲章」のようなものを発表するというのは政治的リスクが極めて高いものと考えるが?

「そう、リスクがある。12月8日の夜に、劉暁波氏は『国家政権顛覆煽動罪』で『刑事拘留』された。劉氏は『08憲章』を起草するに際して、投獄に備えてちゃんと用意をしていたそうだ。ハヴェル氏も当時、日用生活品を整えていつ逮捕されてもいいようにしていたというが、これは全く常人には理解できない、崇高な使命感を有した人の覚悟だ」

 ――発起人をはじめ署名した知識人たちは何を拠りどころとしているのか?後ろ盾はあるのか?

「彼らに後ろ盾がいるかだって?人に聞かれたことがあるよ。戊戌の変法の康有為ら六君子には光緒帝がいて、1989年の民主化運動には趙紫陽がいたが、いまは誰が『08憲章』のメンバーを保護しているかってね。私の知識と分析でいえば、『08憲章』には保護者の存在が全く見出せない」

 ――1989年の民主化運動のときは、党中央にも趙紫陽のブレーンなど民主化を支持する開明的なグループがいたが、現在はどうか?いまの中国に「08憲章」を支持あるいは保護する政治勢力は存在するか?

「歴史を振り返る必要があるね。あのとき趙紫陽派が学生運動の後ろ盾だったかどうかはともかく、少なくとも学生運動に同情的で武力鎮圧には反対していた」

「1980年代を通じて行われた中国共産党上層部の権力闘争というのは、国家も国民をも滅茶苦茶にした文化大革命を経て反省の念を深めた胡燿邦や趙紫陽ら第二世代の指導者と、トウ小平に代表される保守的・伝統的観念の元老派というべき第一世代との間に発生した調和しようのない衝突といっていい」

「この衝突は元老派が学生運動を武力鎮圧したことで終わった。以後現在までの20年間、中共当局は銭ゲバな経済路線を強力に推進して、社会をまるごと、カネこそ全ての世界にしてしまった。様々な利益でエリートの大半を縛り上げて、国家の命脈、中枢部そして痛点を掌握したんだ」

「権力者とエリートが利益共同体となって、貧民たる庶民を圧制の下に置いた。そうなると1980年代のような党上層部内の対立はもう起こらない。連中はどんな反体制的な動向に対処するにせよ、共通した立場にあるからね」

「つまり、党中央には『08憲章』を支持する政治勢力が存在することはない。たとえ内心では同情していても、ひとつの勢力を形成するには至らない。民主派・自由派知識分子で党員になっている者は『08憲章』に間違いなく共鳴するだろうが、その程度の支持で上層部を動かすのは困難だ」


■大学生より庶民に期待

 ――現在の大学生は質の面で1989年当時より大きく劣り、社会的な問題意識も希薄なように思えるが?

「その見方には全く同感だ」

 ――では「08憲章」が大学生の間で広く支持されると思うか?

「大学生の政治への情熱は20年前とは比べようもない。だから『08憲章』を支持する学生はいるとしても限定的だろう。内心では支持していても名乗り出る度胸はないだろうね」

 ――「08憲章」を発表することで学生運動の再現を期待するという意図はあるのか?

「1989年の学生運動を再現するには、『08憲章』ひとつだけでは足りないな」

 ――「08憲章」は広範な庶民の支持を得られるか?

「一般社会での支持度は大学生や知識人たちよりも高くなると思う。特に基本的な権利すら侵害されている底辺の民衆やネットユーザーあたりだね。でも彼らの意思表示の方法は制約を受けるだろうな」

 ――「08憲章」は海外の中国人たちの間で、また国際世論に広く支持されるか?

「海外の中国人は中国本土や香港、台湾よりも強く支持するだろう。国際世論からも一定の支持を得られると思うが、もちろん1989年のように熱烈なものにはならない。(『08憲章』は)ただ一片の文書に過ぎないし、それが運動にも発展していないからね。世界的な経済危機にあって、多くの国が中国経済の支援に頼っているという側面もある」


■当局は強硬姿勢、対話より暴力か

 ――中国当局は「08憲章」についてどういう形で対処するか?

「中共当局は強硬な態度で臨んでくる、というのが私の見方だ。劉暁波氏を『刑事拘留』したのは不吉な前兆といえる。2009年は中国の『政治の年』だ。天安門事件20周年、チベット暴動50周年と、いずれも『多事多難の年』になることを感じさせる」

「治安系統を統括する周永康(党中央政治局常務委員)は江沢民系の保守的な人物で、独裁の威力の信奉者だ。劉暁波氏の逮捕を『2009年の鎮圧を控えたお掃除』だなんて言う者もいる」

「『蘇東波』(ソ連・東欧社会主義政権の相次ぐ崩壊)は中共にとっての悪夢。連中は『08憲章』が『憲章77』になることを決して許さないだろう。ネット上の規制を強化して『08憲章』が広まるのを封殺するだろうね」

「ただ翻って考えれば、強力な鎮圧はより大きな抵抗と社会の動乱を招くだけだから、賢明な対処法は暴力ではなく対話に他ならない。そのどちらを選ぶかについて中共上層部では意見が分かれるかも知れないが、賢明な意見が大勢を占めるのは難しいと私はみている」

 ――あなたが「08憲章」に署名した理由は?

「私が編集長を務める『開放』が創刊以来22年間、一貫して守ってきた政治的理想と原則が,『08憲章』と完全に一致したからだ。それに劉暁波博士は長年にわたる寄稿者であり、私たちの友人でもある。彼は『開放』に数多くの素晴らしい政治評論を書いてくれたし、言行一致で深い内省力を持った尊敬に値する人物だ。だから『08憲章』の推敲中の原稿が私のところに回ってきたとき、公に彼を支持しようと決意した」


■暁闇に包まれて結実の日を待つ

 ――現在、中国の経済・社会状況は坐視できない混乱した状況に陥りつつあるようにみえるが、今回の「08憲章」の発表は中共政権に対する致命的な一撃となるか?中国に平和的変革による民主化実現を促すものとなるか?

「それこそが『08憲章』の起草者,署名者と数多くの署名していない中国人の願いだ。差し当たってどういう運命をたどることになろうと、『08憲章』は長期的な影響力を有していると私は確信している。それは1989年の民主化運動のような勇壮なものではないかも知れないが、種として密やかに中国人の心に入り込んで根を張り、いずれ花を咲かせて実を結ぶことだろう」

「新時代の理性は必ずや暴力に守られた邪悪に取って代わる。アジアにおいて初めての共和国を成立させた民族は、必ずその栄光を取り戻すだろう」

「しかし、私たちはいま少し黎明を控えた暁闇に耐えなければならない。著名な余英時氏(米プリンストン大教授、『08憲章』署名者)からは、死に際の猛虎の凶暴さを見くびるな、と忠告されたよ」

「確かに中国共産党による統治は強大で多種多様であるだけでなく、その手段も極めて巧みで手が込んでいる上に,より緻密なものになりつつある。これが『08憲章』の前に立ちはだかる現実なのだ」(2008年12月10日 / 聞き手:河井森太郎)

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■金鐘氏プロフィール

 1980年に中国本土から香港へ転居。1981年に中国情報月刊誌『七十年代』編集者となり、1987年に中国情報月刊誌『開放』を創刊、編集長として現在に至る。

 1997年からは開放出版社の編集長職も兼任し、『毛澤東鮮為人知的故事』(2006年)、『趙紫陽軟禁中的談話』(2007年)などのヒット作を刊行。著書に『小平的中國』『中國的演變』、編著に『共產中國五十年』『紅朝宰相周恩來』。『趙紫陽軟禁中的談話』と『紅朝宰相周恩來』は和訳版が日本で発売されている。

 1994年に台湾誌『中国通』の特集企画「華人の中国問題専門家はこの10人」の一人に選ばれる。「08憲章」発起人の中心人物・劉暁波氏は20年来の知己。1988年に行った劉氏へのインタビューが後に中国当局による劉氏批判の主要根拠となり、香港はもとより中国国内でも話題を呼んだ。香港の政論家としては中国政府によって入国を禁じられている唯一の人物(1996年〜)。


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もう一つ、天安門事件の後日本に留学、今は日本に帰化している石平氏の寄稿です。

「08憲章」歴史的意味と中国の今後 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081223/chn0812231821006-n1.htm http://sankei.jp.msn.com/world/china/081223/chn0812231821006-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081223/chn0812231821006-n3.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081223/chn0812231821006-n4.htm


2008.12.23 18:18

 中国の学者や弁護士ら303人が公表した「08憲章」の原文に接したとき、昔の天安門民主化運動にかかわったことのある私は、久しぶりに血がわくような思いをした。民主化の夢は再び、かの国の大地で蘇ってくるのか。

 「08憲章」の示した民主化の理念と構想は、私たちの時代の単純な「理想論」と比べれば、実によく成熟して高次元なものとなった。

 それは、中国の現状に対する冷徹な分析と、民主化の障害となる諸問題に対する深い洞察の上、政治・経済・教育・司法・宗教などの多方面における変革の構想と問題解決の道筋を提示し、中国民主化のための総合的なガイドラインを打ち出したものである。

 その中で、たとえば「軍の国家化」の主張はまさに現体制の核心部分を突いた鋭い切り口であり、「連邦共和制」の構想はまた、「中国のような巨大国で民主化が実現可能なのか」という長年の難題の解消に方向性を示した歴史的な突破である。

 発起人の多くが天安門民主化運動の中心人物の生き残りであることからすれば、今の成熟は過去の運動の挫折に対する反省の結果であると思うが、完成度の高い「08憲章」の発表自体は、民主化運動の一歩前進を示した画期的な出来事である。

 そして何よりも注目すべきなのは、天安門事件から19年目の2008年に、この「08憲章」が発表されたタイミングの重大な意味である。

 天安門事件以来の19年間、中国の民主化運動が低潮期に入ったことは事実だが、その最大の原因はやはり、1990年代から始まった市場経済への本格的な移行と、その結果としての高度経済成長にある。

 つまり、時代のパラダイム(思考の枠組み)が「政治」から「経済」へと変えられていく中、この国のエリートと民衆が富と豊かさを求めて市場経済の波に呑(の)み込まれていくと、民主化の理想と欲求が徐々に忘れ去られる。そして高度成長のもたらす経済の繁栄はまた、共産党の一党独裁に新たな正当化の根拠を与えて政権安定の基盤を作った。

 その結果、党と政府の思惑通りに、十数年にわたる「繁栄と安定」の時代が「めでたく」出現したわけである。

 しかしその半面、政治的一党独裁と経済的市場化との矛盾が棚上げにされたままの経済成長は、やがて腐敗の蔓延(まんえん)や貧富の差の拡大や農村の疲弊などの問題を生み出し、経済が繁栄しながらも年間に数万件の暴動が起きるようないびつな社会を作り出すに至った。

 そして運命の2008年から、肝心の経済繁栄も陰りを見せ始めた。特に08年後半に入ってからは、「急落」、「減速」、「減産」、「リストラ」、「倒産」などの不吉な単語が毎日の新聞記事に登場してくる中、十数年間の高度経済成長はその終焉(しゅうえん)を告げようとしている。

 今まで経済の繁栄によって覆い隠されていた社会的諸矛盾が一気に噴出してきて、経済の後退がもたらす失業の拡大が社会的不安をさらに増大させる事態の発生が必至だ。つまり今度は、「繁栄と安定」の時代に取って代わって、衰退と混乱の時代が再びやってくるのである。

 そうすると、中国はどこへ向かうべきか、という忘れ去られていた根本問題が再び浮上してきて、変化と改革を求める声は再び時代のパラダイムとなってくる。

 したがって、このような歴史的な節目に堂々と登場してきた「08憲章」は、まさに中国の直面する難局を打開し、国づくりの新しい道を切り開こうとする民主化運動の「再出発宣言」となるのである。

 インターネットが発達し、市場経済の広がりが党の直接支配の及ばない自由空間を作り出したこの時代、彼ら民主派知識人や人権活動家を中軸に、いびつな経済繁栄から取り残された農民工や都市部労働者、経済衰退の中で生活破綻(はたん)をきたしていく中産階層、卒業しても職にありつけない大学生、そして「中華帝国」の支配に反発するウイグル人やチベット人などが、自由・人権・民主の普遍的価値を掲げた「08憲章」の旗印の元に結集してくるのであれば、それが間違いなく、中国の行方を決定する大きな流れを作り出していくのであろう。

 問題は、共産党政権がどう動くのかである。おそらく彼らは、「08憲章」の発表を「中国の発展を阻害しようとする外国勢力の陰謀」だと決めつけ、「08憲章」の「連邦共和構想」を「祖国を分裂させるたくらみ」だと断罪した上で、いわば「愛国主義」の大義名分において民主化運動をつぶしにかかってくるのであろう。

 それでも事態の収拾がつかなくなる場合、国民的なナショナリズム情念をもう一度たき付け、対外的な危機を人為的に作り出すことによって、内部統制を強化して生き延びていくというのは、政権にとっての魅力的な選択肢の一つとなってくるはずである。

 そうなった場合、日本がどう対応すべきかこそはわれわれにとっての大問題であるが、とにかく、08年12月から、巨大隣国・中国の変革と激動の時代がいよいよその幕を開けようとしていることを、まず認識しておくべきであろう。



 ■天安門事件 1989年6月、中国政府が軍隊を出動させ、民主化を求める学生らを弾圧した事件。4月15日に急死した中国共産党の改革派指導者、胡耀邦氏の追悼を契機に、学生らが北京の天安門広場でデモを繰り返し、党の腐敗を批判する大規模な民主化要求運動を展開。トウ(登におおざと)小平氏ら指導部は運動を「動乱」と断じ、6月3日夜から4日未明にかけて、軍を動員して広場を制圧し、少なくとも数百人の死者が出た。



 ■せき・へい 1984年北京大哲学科卒。88年に来日。89年の天安門事件で母国と「精神的に決別」。95年神戸大大学院で博士課程修了。2007年日本に帰化し08年拓殖大客員教授。「私は『毛主席の小戦士』だった」(飛鳥新社)など著書多数。四川省出身。46歳。



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2008年12月23日

世界のノーベル賞受賞者、学者、作家が胡錦涛に手紙、カンゼ刑期確定

9983f1cd.jpg<世界のノーベル賞受賞者、学者、作家が中国の反体制派の釈放を要求する>

23日付phayul.com、
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23479&article=Nobel+Leaureates%2c+Intellectuals%2c+Writers+Call+for+Chinese+Dissident's+Release12月23日、世界中の作家、学者、法律家、人権活動家が胡錦涛国家主席宛に拘束中の作家劉暁波氏の即時無条件解放を要求する手紙を送った。

「中国国家主席胡錦涛氏、あなたは国家主席として自身しばしば中国の法システムの強化を約束されています。
特に最近<法治は調和社会の実現、促進、安全のために重要なことだ>と発言されていらっしゃる。
だから故に、我々は社会に対する意見を平和的に表明した市民に対する市民権をあなた自身の言葉に従い守られることを要請する」

「さらに、中国中の裁判所は国家転覆罪を適用し、劉暁波氏のような平和的批判を行った者を処罰することを中止すべきだ。
劉暁波氏は速やかに無条件で解放されるべきだ」等、記されている。

1996年9月30日、劉暁波氏は江沢民主席宛にチベット人の自治権擁護及びダライ・ラマ法王との対話要求の共同嘆願書に署名したとして、3年間の労働改造キャンプ送りとなった。
彼はチベットのために声を上げ刑期を受けた最初の中国人なのだ。

この胡錦涛宛の手紙の署名者の中には中国の権威的学者、法律家、作家が含まれ、ノーベル賞受賞者としてはSalman Rushdie, Umberto Eco, Nadine Gordimer, Seamus Heaney, Carlo Ginzburg, Wole Soyinka, and Hari Kunzru.氏が名を連ねている。

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法王はこの中には入っていらっしゃらないようですが、別口で正式に何度も同様の要求をすでにされています。
日本人は、、、と思ってると、ちゃんと日本のペンクラブも声明を発表しました。

<劉暁波氏の拘束解除を要求 日本ペンクラブ>
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/206877/

日本ペンクラブ(阿刀田高会長)獄中作家・人権委員会は22日、中国の著名作家で民主活動家の劉暁波氏が拘束されたことについて、中国政府に対して速やかに同氏の拘束を解くよう求める声明を発表した。

 劉氏の拘束は、世界人権宣言の採択60周年に合わせて発表された「〇八憲章」に署名したことが理由とされており、声明は「基本的人権である表現の自由を国家が侵害しているのではないかと深く憂慮する」としている。


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クリスマスも近く、それでなくとも恐慌を前に楽しいニュースも少なく、中国は台湾にクリスマスのブラックジョークにチベットのパンダを送るし、これ以上暗い話もしたくはないのですが、、、最後は内地からの悲しいニュースです。



<さらにチベット人政治犯に実刑>

ラジオ自由アジア(RHA)及びpayul.comによれば、

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23482&article=More+Tibetans+Being+Jailed%3a+Report

カム、カンゼ地区で先の3月18日に起ったデモに関連したチベット人を中心に、刑期が確定したという数件の情報が最近寄せられた。

一つ目の情報、
「カンゼ中級法院は二人の僧侶ウゲン・タシとテンジン・ノドゥップに3年の刑期を言い渡した。
いっしょにデモを行って逮捕された仲間のロプサンについては行方不明のままだ。
彼の家族は彼が今どこにいて、どんな健康状態かもわからず、大変心配している」とその電話は伝えていた。

二つ目の情報は
3月18日のデモに参加したペマ・デシェ、タシ・パルデン、ゴガ及びサンポの4名がそれぞれ3年の刑を受けたと伝えた。
「彼らはカンゼで拘留されている間の3か月間激しい拷問にあった。その後ニャロン県の刑務所に移され半年ほど拘留されていたが、ここでも撲打されたり、拷問されたりしている。
四人の家族はおそらく彼らはカンゼ県のダルツェド刑務所に送られるであろうと言っているが、中国の大きな刑務所に送られるかもしれない」とも語った。

三つ目の情報によれば、
「カンゼ地区では今年中に連続的に起きたデモの参加者のうち200人以上のチベット人が逮捕された。
20人ほどは解放されたがその他はまだ拘束されたままだ。
そのうちの70%はすでに長短の刑期を言い渡された」という。

四つ目の情報、
「カンゼ中級法院はカンマル僧院の僧侶シェラップに3年、ツェリン・プンツォに2年半、俗人の19歳パルデン・ワンゲルに3年の刑期を決定した。
しかし彼らの刑期は、チベット人が騒ぐのを怖がって、秘密裏に決められたのだ」という。

これらに対し、RFAがコメントを求めてダルツェドの裁判所の高官にアプローチしたところ、
高官はチベット人反乱者の処罰が進められていることを認め、
「ダルツェドの裁判所では特に重大なケースのみ審理されている。
その他のケースはカンゼ地区の其々の裁判所で扱われている」と語った。


rftibet at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)チベット内地情報 

2008年12月22日

ロシア・カルムイキア共和国より代表団来る

4dc831dd.jpg
現在のロシア連邦の中には三つのチベット仏教徒の共和国があります。

東からモンゴルの北、バイカル湖の東側にあるブリァート共和国、同じくモンゴルの北西にあるトゥーヴァ共和国、それにカスピ海の北西にあるカルムイキア共和国です。

すべてもちろんかつてはモンゴル帝国の配下に入っただけでなく、大勢のモンゴル人がそのころから移住していました。
モンゴル帝国の崩壊後も彼らの多くはそのままそれぞれの地に留まったのです。

モンゴル帝国は御存じのごとく、まずは13世紀にサキャ派から仏教の洗礼を受け、その後はもっぱらジェ・ツォンカパが創始したゲルク派の仏教を受容し続けました。
特にゲルク派のデブン僧院ゴマン学堂のもとに、昔より多くのこの地区からの僧侶が集まり熱心に仏教を学んでいます。

数年前に私の家に突然一人のカルミック(ここではこう呼ぶ)の若い僧侶が現れ、
デブン僧院から土地をもらったので、150人用の僧房を建てたい、と言ってきました。
私はその数に少し驚いたものです。
いまどきのロシアの若い者達が(その僧にはまだその感じが残っていた)、そんなに沢山こんな遠くにまできて仏教を勉強しているとは!
日本ではもちろん考えられない。

さっそく簡単な図面を描いて渡したが、その後連絡は来ない。
嘗て、ブリァートにもモスクワにも頼まれて図面を送ったがいずれも返事がない。
つい先日もロシアの女医さん(モンゴル系)が大きなチベット仏教のセンターを作りたい、手伝ってほしいと言ってきた。
話は大きい(これがロシア計画の特徴だ)土地も広大。
私は今までの経験からその場のスケッチ以外はつき合わないようにした。

話が横道にそれたが、そのカルムイキア共和国の首相Mr Singleev Vladmirが議会副議長と3人のロシア下院議員+記者団等25人を連れてダラムサラに来ていたのです。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23475&article=China+pressure+apparently+disrupts+Russian+delegation%e2%80%99s+visit
一行は木曜日に到着したのですが、次の日金曜日には突然ロシア政府を通じての中国の圧力により、急遽帰国せざるを得なくなりました。

もっとも土曜日の朝、一行は予定通り法王に会った後帰国したそうです。

首相のSingleev 氏は金曜日の夕食会の席上「私は嘗て三度ここに来ようとして失敗している。今回ダラムサラに来れたことに大いなる祝福を感じる」

「我々は一旦仏教の遺産を失ってしまった。だから再びチベットに助けてほしい。
仏教は我々の発展への希望であるから」と語った。

長老議員のVladimir Matkhanov氏は「法王がチベットにお帰りになり、チベット亡命政府がチベットの政府となることが個人的希望だ。
我々の今回の代表団は公式のものではないが、しかし、ロシアからの代表団であることに変わりはない」と語った。

嘗て、2006年12月にはカルムキアの大統領 Kirsan Nikolayevich llyumzhinov 氏がダラムサラを訪問し「白蓮華賞」と呼ばれる最高市民栄誉賞を法王に手渡している。
写真はその時の大統領と法王。

ーーー

ロシアではこれらの共和国は「国」と名づけられているだけあって、中国よりはよほどましな自治が許されているようです。
大統領とかがいて仏教にとても熱心なのです。
顔つきはロシアが20%混じったモンゴル人とでもいったところです。

もっともロシアもプーチンがこのまま居座るとどんどん危ない国になりそうですね。
中国とロシアに負けず頑張ってほしいです。


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以下は<08憲章>関連です。


● 大紀元日本12月15日

「共産党独裁終結」署名規模拡大、中国知識界が集団抗争

世界人権ディー前日(12月9日)、中国大陸著名な知識人及び人権活動家303人が共同署名した、「中国共産党一党独裁体制の終結、民主政治の連邦共和国への変更」などを要求する「08憲章」がインターネット上に公開された後、国内外で大きな反響を得た。国内の署名者が多く逮捕され、拘束されたにも関わらず、更なる多くの中国知識人が署名に参加し、14日まで4回目の署名人数を入れて合計2493人に上り、現在もなお署名人数が増えているという。今回の「08憲章」は、近年中国民間で高まった当局に対抗する一般大衆の抗争運動に続き、共産党体制内の知識人を含める中国知識界おける初の集団抗争と見られ、あらゆる危機に直面する中共政権にさらなる打撃を与えると見られる。

 知識人の造反

 第二回目からの署名者は、中国の知識人と人権活動家のほか、海外の中国人学者と民衆運動家なども参加している。14日の第四回目の署名は、前3回目の合計とほぼ同じ数になり、知識人のほか、学生や一般市民の参加も増えているようだ。また、署名のコメント欄には、憲章が提案する民主政治の中華連邦共和国の公民身分を申し入れる内容も多く見られた。

 海外在住の著名中国歴史研究者・余英時氏など海外中国人学者ら58人が11日発表した署名声明で、「08憲章」を「中国民間の公民権利意識の目さめ、勇気の高まり及び力の強大さ」と評価した。「署名者は体制内の自由者、体制外の異見者及び民間人権活動家などを含め、近年見られなかった民間発の政治観点の集団伝達である」とした。

 ニューヨーク在住の政治評論家・王華氏は、「08憲章」を大陸知識界から中共独裁政権に対する集団抗争運動として評価した。「長い間、中共政権は、脅迫や利益誘致の両面手法を使い、中国の知識人をコントロールしてきた。今回大陸知識人が公に中共に対立し、知識人の視点から共産党独裁政権を打撃している。現在、社会的弱者層の労働者、農民たちだけが当局に不満を示しただけでなく、共産党体制下で利益を受けている知識人さえも造反しようとしている」と語った。

 米欧政府、拘束中の署名者の釈放を呼びかけ

 中国各地の署名者に対して、当局は監視、逮捕、尋問及び拘束を行っている。憲章の起草者と見られる北京の著名反体制作家・劉暁波氏は8日夜、「国家政権を転覆扇動罪」の疑いで逮捕され拘束されている。各地でも人権活動家たちが相次いで拘束された情報が出ている。体制内の政治学者の張祖樺氏は拘束後されたがすぐに釈放された。貴州人権活動家・陳西氏、申有年氏と杜平和氏の3人、上海人権弁護士・鄭恩寵氏も「08憲章」に関与したことで地元の公安に拘束された。

 また、当局は、中国のインターネットに掲載された「憲章」の削除作業を続けている。

 米国務省は11日、劉氏の拘束について強い関心を寄せ、中国当局に「08憲章」署名者の解放を呼び掛けた声明を発表した。

 10日、ドイツ・ベルリンで行った「国際人権宣言」制定60周年を迎える記念活動で、シュタインマイヤー独外相は、中国の人権問題に関して、特に「08憲章」を作成した劉氏が拘束されたことについて、中国当局は沈黙を保つべきではないと主張した。

 そのほかに、「国際ペンクラブ」のドイツ支部会「ドイツ・ペンクラブ・センター」も中国当局に対し、「独立中文筆会(Independent Chinese PEN Center)」前会長の劉暁波氏の拘束を非難する声明を発表し、直ちに劉氏を解放するよう呼び掛けた。

 チベット精神リーダーのダライ・ラマも同件に声明を発表し、中国のリーダーに、文明的な手段で社会の統一と安定を築くようと促した。


 「憲章」の由来:中国社会の悪化と危機

 署名者の一人、香港開放雑誌編集長・金鐘氏が「08憲章」に関して日本のブログ作家への質門に対する回答を公表し、「08憲章」の由来について紹介した。

 「憲章は、事実上現在の中共一党独裁制度を否定し、同時に中国を民主国家へ変更すると宣言している。それは中国を改造する民主化綱領であり、百年以来中国の有識者の努力と夢が凝縮されている。憲章の出現は、現在の中国社会の悪化と危機に関連している」。

 金鐘氏によると、中国国内知識人が憲章を作り出した動機は三つある。?現実の緊迫感…中国の非正常発展がもたらしたマイナスの影響は広く且つ深く、良識のある知識人に重圧を与えている?20年来、中国の民間社会の形成と成長から、『皇帝への上書』といった伝統的な請願より国内輿論へアピールする精神的基盤が形成された?東欧から学んだ経験…1977年チェコの作家バーツラフ・ハーヴェル氏が同国当局宛へ、人権を守るようと要求する「77憲章」を発表し、80年代東ヨーロッパの共産体制の崩壊へ歴史的な貢献を果たした。ハーヴェル氏もその後チェコ初の民選大統領となった。「77憲章」から中国知識人はインスピレーションを受けたのである。

 「08憲章」の主な内容は、憲法の改正、権力の分散、司法の独立、人権の保障、言論と信教の自由及び使用財産の保証などを含み、民主政治を基礎とする中華連邦共和国の青写真を提起している。
(完)







rftibet at 18:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2008年12月21日

ガンデン・ナムチュ

8e23148f.JPG今夜は夕方、町からツクラカンまでのキャンドルライト・ビジルが行われました。

本来今日は聖ツォンカパ(1357〜1419)の涅槃会ということで、政治的な日ではないのですが、今年は特別に政教一致の日になったようです。

もっとも内容は聖ツォンカパと同様に今年平和的デモの結果亡くなった人たちの事を思い出す日にしようというものでした。


それにしても、聖ツォンカパ抜きにダライ・ラマ法王を語れず、チベット仏教も語れず、仏教自体も語れないかもしれないほどに聖ツォンカパは偉大なのです。

法王は常に「私はジェ・リンポチェ(聖ツォンカパ)の一人の弟子でしかない」とおっしゃってます。
法王のほとんどの仏教講義はジェ・リンポチェの解説を許に行われます。
その哲学の論理的、体系的、包括的性格はそのまま法王に引き継がれています。

ジェ・リンポチェは「顕教・密教すべての仏教教学を中観帰謬論証派の視点から体系化する修道カリキュラムを完成した」と「聖ツォンカパ伝」にコメントされていますが、今もこの厳しいカリキュラムは法王の監視のもとしっかり機能しており、多くの偉大な学者を生んでいるのです。
今の世界に集団で一生哲学論争をしているのはチベット人ぐらいでしょう。
世界遺産?に早く登録されるべきでしょう。
(時々、この知的アクロバット論争アスリート集団の半分でいいから(国際)弁護士を目指すことを夢見ますが、、、)
21,12,08 ガンデン・ナムチュ ツクラカン
第一ジェ・リンポチェのような第一級の学者・行者が14世紀後半のチベットに現れたことも奇跡のようでもあります(失礼)。
もちろんそれまでに彼の出現を用意するレベルの高い学者がすでに少なからずチベットにいたのですが。
それにしてもそのころのチベットの人口密度と過酷な自然環境を考えるとまことに稀な現象に違いありません。

日本人はじめ多くの国ではもっぱら兵士が増産され、剣の果し合いが行われていたころ、チベットでは僧侶ばかりが増え、インド伝来の哲学論争による道場破りが流行っていた。

ただぼーと座るのが仏教ではなく(空の)真理と慈悲を体現するのが仏教だと主張し続けた。
戒律を厳しくし、今に繋がるチベットのイメージ改善に大いに寄与した。
縁起即空を強調されることが多いが、常に空が故に縁起するこの世俗諦を忘れることもなかった。

20年前にはジェ・リンポチェの研究は日本では長尾雅人大教授始め極少数の学者の間の楽しみであったが、今では沢山翻訳も出ているようです。
顕教の主著「ラムリン」も「悟りへの階梯」という題でツルティム・ケサン教授が翻訳を出されています。
是非お読みください。
その後、本気の人は「善説心髄」、「中論」釈の「正理大海」、「入中論」釈の「密意解明」もお読みください。



rftibet at 21:28|PermalinkComments(1)TrackBack(0)その他 

訂正その他


まずは、、、
昨日のブログの前半<EUは「08憲章」に関わり逮捕された者に深い懸念を表明した>の中で重大な誤訳がありました。

EUが懸念を表明しているのは「胡桂」氏ではなく「劉暁波」氏に対してです。
ですから写真も劉暁波氏です。

中国語に弱い私が「Liu Xiaobo」を勝手に勘違いしたのでした。すみません。
昨日のブログは先ほどすでにちゃっかり書き換えました。

ーーー

今日のダラムサラは嵐に洗われた空にまた太陽が一杯です。
21,12,08 moon peak 4810m
写真は今朝、新雪に輝くダラムサラの金剛山、通称ムーン・ピーク(4810m)。

今日はジェ・リンポチェ(聖ツォンカパ)の涅槃会(ガンデン・ナムチュ)です。
町中が燈明やら、ローソクやら、電気仕掛けのネオンのようなものが滝状になったものやらで覆われます。
各ゴンパはこの日の燈明の数を競い合います。

子どもたち(私を含め)にとってはクリスマスのようなものですかね?

詳しくは燈明の写真と一緒に今夜か明日報告します。

まだ、お読みでない方はこの際
石濱裕美子・福田洋一両教授コンビによる
「聖ツォンカパ伝」大東出版をお読みください。


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以下、08憲章関連として産経新聞ワシントン支局長のコメントです。

【土・日曜日に書く】ワシントン支局長・山本秀也
2008.12.21 03:39

http://sankei.jp.msn.com/world/china/081221/chn0812210340000-n1.htm
 ■「一党独裁終結署名」が語るもの

 ≪民主化へのロードマップ≫

 すべての人類の「生まれながらの自由」をうたい上げた「世界人権宣言」は、1948年の採択から12月10日で60周年を迎えた。それにタイミングを合わせて、中国で発表された「08憲章」という文書は、中国共産党の独裁終結を求めるその内容や、人権活動家らによる署名活動によって、米国などでもある程度の関心を集めた。

 注目度を高めたのは、署名活動を進めた作家、劉暁波氏らが中国当局に連行された一幕だ。米国務省は、劉氏の身柄釈放を中国政府に要求。ニューヨークに本部を置く国際人権組織「中国人権」は、中国政府が定める人権改善の行動計画が、この連行劇によって「一片の空文にすぎないことを暴露した」とも非難した。

 採択から60年が経過した同宣言を読み返すと、「生得の自由」の実現に疑問符が付く大国といえば、ソ連の崩壊後は中国だけ、という状況だ。2008年は、同宣言60周年という節目の年で、立憲君主制を目指した清朝末期の「欽定憲法大綱」(1908年)から100周年にも当たる。憲章はそうした点を意識して、国連5大国の地位にふさわしい民主化の実現を中国政府に求めている。

 すでに報じられているので詳説は避けるが、19カ条に及ぶ個別の条文は、三権分立や直接選挙を通じた議会制度の実施など、民主化への「王道」を余さず盛り込む内容となっている。台湾との関係については、「平等な交渉と相互協力の方法により海峡両岸の和解策を模索する」とするなど、民主的な憲政の下で「中華連邦共和国」を建国することを目標に掲げた。

 ≪反体制運動の「穏健化」≫

 完璧(かんぺき)ともいうべき中国民主化のロードマップを描いた「08憲章」だが、中国内外での反響は力強さに欠ける。中国当局から著書の発禁処分などを受けた末に、米国に移った女性ジャーナリストの何清漣氏は、「私も憲章に署名したひとりだが、それは内容そのものが正しかったからにすぎない。当面のところ、この文書が力を発揮することはないだろう」と語る。

 中国国内で、当局による署名者たちの連行やインターネットの検閲が署名活動の広がりを妨げているのは言うまでもない。だが、国内での弾圧が強ければ強いほど、海外での支援の輪が広がるという中国の民主化運動で過去、繰り返されてきた現象まで、今回は勢いが足りなくみえるのは不可解だ。

 その理由について、米国を拠点とする亡命中国人社会では、中国の民主化を求める体制外の動きを「穏健な方向」に誘導しておきたいという、ある種の“思惑”が存在すると指摘する声が強い。ニューヨーク在住の知識人が語る。

 「社会不満を背景にした中国国内の反体制的な活動は、共産党や警察機関の襲撃など、暴力的な傾向を強めている。国内の連行劇とは矛盾しているようにみえるかもしれないが、暴力的な摩擦を抑え、反体制エネルギーを文書で示された平和的な民主化議論に誘導した方が、当局にも好都合なのだ」

 今回の署名運動を進めた民主化活動家に、体制の枠内で活動してきた「穏健派」が多いことも、こうした“思惑一致”という見方を支えているようだ。単なる一致以上の連携を挙げる向きもあるのだが、それは確認しようがない。ともあれ、海外で支援の輪が広がらない理由の一端を、こうした指摘に読み取ることはできそうだ。

 ≪「節目」の年に問われる姿勢≫

 「08憲章」の条項にも、支持拡大を一定範囲で抑える“仕掛け”があるともとらえられている。中台の「平等な交渉」などを記した「中華連邦共和国」の部分だ。

 中台の「国家統一」を前提としている点で、台湾独立派の人々には違和感も与えている。逆に、中華民族主義を共有する普通の中国人からすれば、台湾との対等な連邦加盟の交渉など、「とんでもない」と、大方が拒絶反応を示すことになる。少なくとも、観念的な愛国主義より、「生得の自由」や「政治の民主化」に価値を見いだすインテリたちを除けば、この条項だけは容易にのめないものだ。

 中国と海外の両方で民主化運動にかかわった在米知識人たちの反応から推察する限り、「08憲章」が綱領的な存在となって、中国の民主化運動の花が開いていくという単純な展開は見えてこない。

 年が明ければ、中華人民共和国の建国60周年と同時に、天安門事件の20周年など、「敏感な節目」が訪れる。世界的な景気後退とあいまって、中国の国内摩擦は深まることも懸念される。仮に、思惑や策略含みであっても構わない。中国指導部が、この文書が掲げた民主化を求める声に多少なりとも配慮を示すことができるのであれば、難局を迎えても、国際社会の反応は違ったものになるはずだ。
(やまもと ひでや)



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2008年12月20日

野田雅也氏連載第六回分、その他。

胡佳氏
<EUは「08憲章」に関わり逮捕された者に深い懸念を表明した>

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23461&article=EU+expresses+deep+concern+over+China's+Charter+'08+arrests

EUは12月16日声明を発表し、劉暁波氏を含む最近中国政府により拘束された人権活動家に対する「深い懸念」を表した。

議長国フランスはEU27カ国を代表し中国政府に対し「劉暁波氏の安否及び拘束の理由」を速やかに明らかにするよう要求した。

劉暁波氏が拘束される以前12月11日、少なくとも二人の活動家が貴州省で拘束されている。

Chen Xi 氏と Shen Youlian氏は貴州省の省都、貴陽にて11日人権に関するシンポジュームを開いていたが、その場から二人は警察により連れ去られた。
これに関わっていた他の二人も「行方不明}だという。
四人とも今回の<08憲章>に署名している。

EUはまた「胡佳氏をはじめ他の逮捕者の基本的権利が尊重されなければならないこと、および如何なる状況においても言論自由の原則が守られなければならない」と明記している。


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次は野田雅也氏連載第6回、最終章です。


信濃毎日新聞 文化面 08年12月12日掲載
951c0dbe.jpgチベットの弾圧の犠牲になった人たちのために追悼の祈りを捧げる家族=2008年3月20日 インド・ダラムサラ 撮影:野田雅也


<チベット 人々の祈り> (野田雅也)

第6回 「真実とは何か」問う闘い

一九五九年三月十日。それは、チベットの人々の心に深く刻まれた日だ。

一九五〇年の侵攻以来九年に及ぶ中国の政治・軍事圧力に対し、この日、ラサの民衆が一斉に蜂起した。しかし、ラサを包囲した人民解放軍はこれを圧倒的な武力で押さえ込み、中国がチベット全土を完全支配するに至る。インド・ダラムサラにあるチベット亡命政府は「ダライ・ラマ十四世をはじめ八万人以上が亡命を余儀なくされ、八万七千人が殺害された」と、当時を記録している。

それから四十九年。北京五輪を前にした今年三月十日、ダラムサラからラサに向けて、難民たちの帰還大行進が始まった。それに呼応して、ラサでも僧侶たちが平和行進を起こした。中国の武装警察によって行進が阻止され、僧侶たちが次々と拘束されると、抗議のデモがチベット全土に波及した。ラサでは十四日、怒ったチベット人たちが警察署や漢民族の経営する商店を襲撃し、衝突が一気に激化する。中国は軍隊を導入して徹底的な弾圧を始め、銃撃によって多くの市民が犠牲になった。

三月末、インドの首都ニューデリーで、チベット難民たちによる大規模な抗議デモが起きた。インド生まれの難民二世、ロブサン・シャスティ(27)は、その群集の先頭に立ち、「チベットに自由を」と声を張り上げた。「叫ばなければ、怒りと悲しみで胸が裂けてしまう。中国はなぜ、チベットの国を、宗教や文化を、そして仲間の命を奪うのか。これ以上、私たちの何を奪い取るのか」。チベットで射殺された犠牲者たちの写真を手に、彼は唇を震わせた。

ロブサンの両親は、一九八一年にチベットからインドへ逃れた。彼を妊娠していた母親は、ヒマラヤを越える逃避行の疲労から、出産直後に衰弱死した。やがて父親も病死し、ロブサンは九歳で孤児になった。海外から支援を受けて運営される寄宿舎で育った彼は、奨学金を得て大学まで進んだが、狷駝鵜瓩箸いΧ遇が壁として立ちはだかる。インド国籍がないため、正規雇用の仕事に就くことができず、指定された難民居住区以外に住むこともできない。難民キャンプの小さな食堂で皿洗いとして働き、生活をつないでいる。

「ここには思想、言論の自由も、宗教の自由もある。けれども、難民であるがゆえに社会的権利はない」とロブサンは言う。中国の圧政下で生きる仲間たちを思えば、「耐えるほかないのはわかっている」。けれども、国とは何か、自分は何者なのか、果てしない苦悩が彼を苛む。「チベットの草原はどんな匂いがするのか。空はどれほど蒼いのか。想えば想うほど、故国が恋しい」

ニューデリーの抗議デモに参加した人たちは、杖をついた年配の人から、まだ幼い難民四世の子どもたちまで、世代を超えて「チベットに自由を」と声をあげた。その言葉には、帰郷の夢叶わぬ難民たちの、そして圧政にあえぐチベットの人々の、痛切な思いが込められている。「これは真実とは何かを問いかける闘いなのです。世界の人々はチベットのことを知ってもなお、心の眼を閉ざすのでしょうか」とロブサンは言った。

抗議デモは三月以降、日本を含め世界各地へと連鎖した。それは、半世紀に及ぶチベットの受難の歴史のなかで、人々の祈りの声がようやく世界に届いた瞬間だったようにも私には思える。

チベットは今、大規模な経済開発とそれに伴う漢民族の流入によって狠羚餡臭瓩急激に進んでいる。そして、伝統的な人々の暮らしやそれに根ざした文化も、信教も、この地から消し去られようとしている。自由を、と願うチベットの人々に、残された時間は少ない。







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<チベ夏>会計報告

131d4c1a.JPG遅くなりましたが、以下にこの夏東京、東中野のポレポレ座で
中休みを入れて7月22日から8月24日まで行われた、

<受難と祈りー、チベットを知るための夏>
http://tibet-free-tibet.com/
イベントの会計報告を掲載させて頂きます。

企画者の一人として、改めてここにご寄附を頂いた方々、無理してグッツを買って頂いた方々、参加して頂いた方々、全員無償でトークして頂いた方々、最後に南様、Amemita様をはじめとする実行委員、その他一か月以上に渡りこの企画のためにボランティアをして下さった10名以上の方々に心よりの感謝を捧げます。

会計(最終版)まとめてくださったmini様にも感謝です。

最初のころは赤字が出るかも、と心配しましたが、結果金銭的にも大成功だったようです。

(数字の列が原稿で揃えてもでどうしてもブログでは揃いません。見難くてすみません)

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入金*入場料収益:          1,389,000円
  *書籍&DVD等販売収益:     883,901円
  *グッズ販売収益:          805,036円
  *カンパ総額:           717,269円
--------------------------------------------------------------
入金総額:      3,795,206円


出金*会場使用料&イベント仕込経費: 899,200円
*書籍・DVD仕入&上映権支払等: 1,023,050円
*グッズ等仕入: 392,750円
--------------------------------------------------------------
出金総額: 2,315,000円


             入金総額: 3,795,206円
            ―出金総額:2,315,000円
           -----------------------------------------
          =寄付金総額:1,480,206円


 

ここからが寄付と残金の話です。

私は9月3日に成田出国時にその前の日に渡された1,102,206円を
USドルに両替しました。その時のレートは111.68.今考えるとほんとにバカでしたね。円でそのまま持ってくれば良かったものをです。
その時帰ってきたのは$9,850  はしたに2,158円余ってます。

すでにお伝えしましたが9月中に  

          TCV School 本部に          $3,000
          TCV Day Schoolに           $1,000
          Yongling 保育園に          $1,000
          Reception Center(難民一時収容所)に$1,000
          DIIR (情報省)に        $1、000
--------------------------------------------------
計  $7,000

其々寄付しました。

ルンタダラムサラの手元には $2、850と2、158円が現在残っています。
これは今後の寄付準備金としてまだとってあります。

その他、在日本ダライ・ラマ法王代表事務所に100,000円寄付しました。

               寄付金総額: 1,480,206円
           ーインド持ち帰り分1,102,206円
           ー日本事務所寄付分100,000円
          ----------------------------------------------
278、000円

日本円の寄付金残金278、000円はルンタ日本事務所(うらルンタ)に振り込まれています。
この方の会計はルンタの会計として別口で報告させて頂きます。

以上。



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2008年12月19日

7人のチベット人がスパイ罪で8年から無期の刑、その他中国関連

今の中国の経済的繁栄の基礎を30年前に作った小平氏が、もしも今も生きていれば、これからの数年間に起こるであろう、混乱も「自由化」で何とかごまかしながら緩慢なる民主化が実現されるかもしれない。
しかし、小心で弾圧の癖がついている胡錦涛では、、、?

中国専門家は来年成長率が8%を切り6%になれば社会不安は危険域にはいるであろう、と言ってるが。

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それにしても昨夜のガンバ大阪とマンチェスター・ユナイテットの試合は惜しかった。少しも負けてなかったが、、、
ガンバは日本が誇れるもの。
アメリカもEUも中国に人権活動家の解放を要求している。
日本は人権問題で何かそのような発言をしたことがあるのだろうか?
ニュージーランドの首相は来年12月に法王が訪問されるとき、中国が反対しようと必ず会談するといってる。
日本は?
有り得ないか、、、
何か正義に則った、かっこいいことできないのかね?

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チベットの今年の暴動はダライ一派の仕業と証明するために

<新たに7人のチベット人がスパイとして8年から無期の刑期を言い渡された>


11月8日付「ラサ晩報」及び
http://www.lasa-eveningnews.com.cn/epaper/uniflows/02/20081108/02_30.htm
12月16日付、TCHRD(チベット民主人権センター)によれば、
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20081216.html
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23455&article=China's+Court+Ruling+on+%22Riot%22+Charges+Questioned
ラサ市中級人民法院は7人のチベット人に対し、新たにいわゆる<3月14日暴動>に関与したとして8年から無期懲役の刑を言い渡した。

10月27日に5人、11月7日に2人の刑が確定された。
彼らの罪状は、外国に情報を流すなどの国家反逆行為により国家の安全を脅かせたというものだ。

10月27日に刑期の確定した者は以下。
多くの者は3月14日以降裁判の日まで行方不明であった。
ワンドゥ 
1、ワンドゥ40歳代 無期懲役  政治的権利剥奪無期  罪状「国家の安全を脅かせた」
 彼は嘗て政治犯として服役している。オーストラリアの医療研究、公衆衛生NGO,Burnet研究所の職員であり、HIV/AIDS活動家でもあった。
ダライ一派の防衛省から渡されたチベット独立に関わるCD、パンフレットを配布したとされる。

2、ミクマル・ドゥンドゥップ 刑期14年 政治的権利剥奪5年  罪状同上。
彼はワンドゥの仕事を手助けしたという。

3、プンツォック・ドルジェ 刑期9年 政治的権利剥奪5年 罪状 外国に違法に情報を流した「反逆罪」

4、ツェワン・ドルジェ 刑期8年 政治的権利剥奪5年 罪状 同上
以上の二人はワンドゥを通じて外国に国家機密を漏らしたとされる。

5、ソナム・ダクパ 刑期10年  政治的権利剥奪5年 罪状 同上
彼はダライ一派の「チベット青年会議」に情報を漏らしたという。

11月7日には
イシェ・チュデン
6、イシェ・チュデン50歳代 元保健師 刑期15年 政治的権利剥奪5年 罪状 「国家の安全を脅かせた]
彼女はダライ一派の防衛省の手先として金銭を受け取っていたとされる。

7、ソナム・ツェテン 刑期10年 政治的権利剥奪5年 罪状 外国に違法に情報を流した「反逆罪」
彼は我らの「9−10−3の会」と結託して、国家機密を漏えいしたとされた。

これに対し「9−10−3の会」会長ガワン・ウパル氏は
「情報収集のためにチベット内の誰とも特別な関係は持っていない。
我々は元政治犯のグループとして不当逮捕、法的弁護の拒否、強制自白等の事実を十分認識している。
中国はこれで彼らの言う、ダライ・ラマに先導されて暴動が起こったということを証明したつもりであろう。
しかし、私は裁判が秘密裏に弁護の自由なく行われたことは確実と思う。
刑期も罪状も当局が都合のいいように勝手に決めたものだ」と語った。


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以下北京の共同さんの記事ですが、泣ける話です。

<人権派の元弁護士に実刑判決 中国、「弾圧」と支援者>
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008121801000606.html
2008年12月18日 18時55分

実刑判決を受けた中国の元弁護士、倪玉蘭被告 実刑判決を受けた中国の元弁護士、倪玉蘭被告(共同)


 【北京18日共同】北京五輪関連の土地再開発に絡み、公務執行妨害罪で起訴された中国の人権派元弁護士、倪玉蘭被告(48)の初公判が18日、北京市の裁判所で行われ、裁判は同日中に結審、倪被告は懲役2年の実刑判決を受けた。

 倪被告は自宅の立ち退き問題だけでなく、各地で起きる強制収用に対し立ち退き被害者の権利を守る抗議活動を展開してきた。支援者は「人権弾圧」と批判を強めている。被告は判決を不服として上訴する方針。

 倪被告は4月、自宅を強制的に取り壊そうとした業者に抗議したところ「業者を殴った」として拘束された。その後の警察の調べに対し、拘束への抗議をしたことが「公務執行妨害」とされ、起訴された。自宅は11月に取り壊されたが、補償金は支払われていない。

 この日、公判前に急きょ法廷が変更されたため、裁判所に来た支援者のうち、倪被告の娘だけが傍聴できた。弁護人がいない倪被告は自ら弁護活動を展開したが、やせて疲れ切った様子だったという。


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ダライ・ラマ法王もその解放を訴え続けている中国の人権活動家、胡佳(フー・ジア)氏にEUから「サハロフ賞」が贈られた。
このニュースはRFAでも詳しく報じられています。
本人は獄中で衰弱しているとか。

<人権>「サハロフ賞」授賞式、中国の活動家は服役中で欠席―英メディア
モバイル版URL : http://rchina.jp/article/26839.html
2008年12月17日、欧州連合(EU)の欧州議会は、人権活動に貢献した人物や団体に贈られる「サハロフ賞」の授賞式を行った。受賞した中国の人権活動家、胡佳(フー・ジア)氏は政権転覆扇動罪で服役中のため、出席できなかった。英BBC放送の中国語版が伝えた。

胡氏は中国の環境保護やエイズウイルス感染者の保護活動を精力的に行っていたが、昨年11月に欧州議会の人権委員会で証言したことから、中国当局に政権転覆扇動罪で起訴され、懲役3年6か月の判決を受けた。

欧州議会のペテリング議長は「胡氏は中国やチベットの声なき人々の代表だ」と述べ、「欧州は中国と良好な関係を維持したいが、人権問題は無視できない」と毅然とした態度を見せた。中国政府は胡氏の受賞に「中国の内政干渉」と強く反発している。

胡氏の代わりにビデオメッセージ寄せた妻の曾金燕(ゾン・ジンイエン)さんが「中国の言論の自由は、楽観的に考える要素が1つもない」と語ると、会場の議員は一斉に起立し1分間に及ぶ拍手を送った。胡氏には5万ユーロ(約630万円)の賞金が贈られたが、曾さんは「困難な状況にある人権活動家やその家族のために役立てたい」と語った。(翻訳・編集/NN)
2008-12-19 12:35:19 配信

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以下<08憲章>関連です。
<08憲章>についてはRFAでも中国からの生の声を沢山伝えています。

【ちゃいな.com】中国総局長・伊藤正 歴史的な一石になるか - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081219/chn0812190336001-n1.htm

2008.12.19 03:35

 1989年6月4日午前4時すぎ、北京の天安門広場は緊迫の極にあった。広場の人民英雄記念碑周辺の学生ら千余人は数千の武装兵に包囲され、武力行使の最後通告を受けていた。既に軍は前夜来、北京各所で抵抗する市民、学生を戦車と銃で制圧しており、学生らの最後の拠点へも武力行使の可能性があった。

 この流血の危機は回避された。2日夜から広場で学生支援のハンストに入っていた4人の知識人が軍指揮官とひそかに接触、武力行使の引き延ばしを図る一方、徹底抵抗を主張する学生らを必死に説得し、全員が午前5時半までに広場から退去した。世界を震撼(しんかん)させた天安門事件の最後の一幕だった。

 当時、「もう流血はたくさんだ!」と叫び、学生に退去を迫った知識人の一人が北京師範大学講師だった劉暁波氏だ。今月10日の世界人権デーに合わせ、ネットに発表された「08憲章」を起草、署名運動を呼びかけた中心人物が劉氏と知ったとき、当時の情景がよみがえり、彼の不屈の闘争精神にあらためて敬意を持った。

 民主主義制度の確立を訴える08憲章は、時計の針を20年前に巻き戻した趣がある。当時、市場経済導入によって中国国内で、欧米化が進む一方、ゴルバチョフ改革の影響でソ連・東欧の社会主義が動揺、民主化、自由化は世界の潮流になりつつあった。08憲章がうたう三権分立、司法の独立、報道の自由などは、知識人の間で公然と語られ、89年春の民主化運動の底流でもあった。

 憲章の共同署名者である作家の余傑氏によると、劉暁波氏は来年の天安門事件20周年を意識して憲章を起草したというが、民主化運動再現に期待するほど劉氏は甘くはない。彼は著述の中で、中国現代史で変革の先陣を担ってきた大学生ら青年層が質的に変化、政治への関心を失ったと嘆いていた。

 憲章への署名者は当初の303人が1週間で5000人を超えたが、学生はほとんどいない。2005年春の日本の国連安保理常任理事国入りに反対するネット署名では、数日で200万も集まった。憲章に賛同していても、政治的リスクには敏感なのが、青年層の当世気質なのである。

 天安門事件後、当時の学生指導者や学生支援の知識人の多くは、中国を去るか、実業界などに転進した。劉暁波氏のように、事件で投獄された後も中国にとどまり、厳しい監視の中で、一党独裁批判の評論活動を継続している人は極めてまれだ。

 彼は憲章発表前に身柄拘束されたため、真意は聞けなかったが、その論述から推測すると、米大統領選でのオバマ氏の勝利に強い刺激を受け、一党独裁終結をアピールする時機と判断したのかもしれない。憲章に各級指導者の直接選挙制を盛り込んだのも、米大統領選に刺激を受けた人びとの共感を呼ぶ狙いだろう。

 中国ではいま、世界金融危機が直撃、企業倒産が相次ぎ、失業問題が深刻化しつつある。格差拡大や腐敗問題など諸矛盾にもかかわらず、経済成長が一党独裁を支えてきた。成長が止まったとき社会不安が一挙に増しかねない。

 中国指導部は、憲章のネット情報をほとんど規制しておらず、一党独裁を揺るがすことはないと踏んでいるようだが、署名者が何万にもなったらどうするか。一党独裁への異議申し立てが、歴史的な一石になるか、来年もまた中国は国際的な注視を受けるだろう。

ーーー

以下ほぼURLのみです、時間があって、まだまだ読みたい人はどうぞ。

解説委員室ブログ:NHKブログ | 時論公論 | 時論公論「中国改革開放30年の課題」
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/14691.html#more


やはり現れた、ネット文化革命「08憲章」:NBonline(日経ビジネス オンライン)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081217/180548/?ST=world

(一部)

数回にわたってネット上での中国政府による検閲制度を紹介してきたが、この事件でも中国語のGoogle(谷歌)検索で「08憲章」というキーワードを、単語のセットで検索した時に出てくる記事数は、一時期は521万件を越えたが、見る見る削除されて12月15日の夕方ごろには1万件台に収束していった(「08」でも「憲」でも「章」でも引っ掛かる件数は中国語簡体字で48万件、繁体字も含めると80万件ほど残っている)。なお、ここに示した数値は全て北京においてパソコンにアクセスした時の数値である。北京にいる知人がほぼ3時間おきに知らせて来てくれたものだ。

 当初の件数が膨らんだのは削除が間に合わなかったこともあろうが、もう一つには、増えていく署名者を掌握するために当局がしばらく泳がせておこうと考えたからかもしれない。しかし拡大を抑える方に徹底したのだろうか、12月15日の夕方現在で残っている記事の中には、署名を呼びかけるものはほとんど見られなくなり、「08憲章」を非難するトーンのものが目立つようになった。

 こういった事態が起こることは、私がこの連載に手をつけた頃から予想していた。これまでご覧いただいたように、中国は「民主」の導き手として、官と民(ネット市民=網民)がネット空間における主導権を激しく争っている。だが、民主の土台である「言論の自由」について、中国政府が見せている顔は、検閲をはじめとした非常に厳しいものだ。









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