2009年11月

2009年11月10日

ラモ・ツォさんに会って日本での上映会のことなど報告しました

11月10日 ラモ・ツォを笑わせる今日ラモ・ツォさんに会って、チベット女性協会が作ったビデオの日本語版「ラモ・ツォ、悲しみの湖をわたって」が日本で上映されたこと、会場でも多くの人がドゥンドゥップ・ワンチェン氏の解放を訴える手紙をオバマ大統領や日本の首相宛てに送ったこと、世界中で解放運動が盛り上がっていることなどを報告しました。
もちろん喜んで何度もうなづいていました。

写真はその報告のせいで笑っているのではなく、笑わせてくれる連れの岩佐監督以下4人の日本人を見て笑っているところです。

岩佐監督、くうくう殿、鈴木さん、田嶋さんがダラムサラに来られた日からこの季節にはあり得ないことに天候が荒れ、冷たい雨が降る日が続いています。
今日は4人に「朝8時にバス停でラモさんに会うから集合してください」と前の日に言っておきながら、朝雨が止まないので自分がバイクに乗りたくないというだけで勝手に「きっとこの天気ではラモ・ツォさんもパン売ってないだろうからラモさんは明日にしましょう」と言った。

11月10日 家に帰るラモ・ツォ10時ごろ他の人に会うためバス停に行くと、なんとラモさんはちゃんとパンをまだ売っていた。
いつもなら9時には全部売れて家に帰れるところを天気が悪くて売れ行きもよくなく10時近くまで座っていたのだ。
そうか、こんな寒い日にも構わず朝から座っていたのか、、、と私とはまるで根性が違う、というか環境が違うと痛感した次第です。

残りのパンをみんなで平らげ、その後ラモ・ツォさんの部屋にお邪魔して、いろいろ雑談をしてきました。
ドゥンドゥップ・ワンチェン氏が最近獄中で書いた手紙のことももちろん知っているとのことでした。

ソナム・ワンモ部屋に帰るとビデオにも登場する姪のソナム・ワンモが待っていました。
くうくう殿は彼女の写真を撮りまくっていました。







岩佐監督とラモ・ツォ最後のおまけ写真は監督がラモ・ツォの手を握り、というかメロメロ状態で彼女の手に依りかかっておられるところです。
丁度偶然、何かおめでたいことがあったかのように、二人の背後には「Apple Wine」の特大ボトルが置かれていました。
監督はきっとこれでいい映画を作って夫の解放運動に助力してくださることでしょう。





rftibet at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ダラムサラ町の出来事 

法王のタワン訪問をめぐって

法王のタワン法話会 C/R AP現在法王はインド東北端アナチャル・プラデッシュ州にある標高3500mのタワンを訪問中です。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=25913&article=Dalai+Lama+visits+town+near+Tibetan+border

http://phayul.com/news/article.aspx?id=25917&article=After+Dalai+Lama's+rebuke%2c+China+breathes+fire

http://phayul.com/news/article.aspx?id=25920&article=Dalai+Lama+draws+huge+crowds+on+visit+slammed+by+China

http://phayul.com/news/article.aspx?id=25923&article=India+limits+media+on+contentious+Dalai+Lama+trip

タワンは法王が50年前にチベットから脱出しインド国境を越えた峠のすぐ麓にある町です。
ここには400年の歴史を誇る巨大なゲルク派の僧院があり、法王もかつて逃避行による心身の疲れをこの僧院の温かい接待に依り癒されたという因縁のある地です。

位置的にブータン国境にも非常に接近しており軍事的な要所でもあります。
1962年の中印戦争のときにもこの町に大勢の中国兵が押しよせ、非常な混乱を引き起こしたという。
結局圧倒的な兵隊数の差により、この時インド軍は大敗した。

そこで、今回の法王のタワン訪問に対しもちろん二重の怒りをあらわにして、インドを脅し続ける中国ですが、昨日付けの人民日報の中で
「インドは1962年の教訓を忘れたようだ。ダライ・ラマを使ってこの国境問題をあおるなら、何れインドが望む通りの結果が待っているであろう」と、その辺のチンピラ君が誰かを脅す時のような言い方を恥ずかしげもなくしております。

インドは一応最初は中国が恥をかくようなニュースが世界中に発信されないようにと外人記者の取材を許可しなかった。
しかし、結局BBC以下ほとんどの外信が現地の記者たちを通して、この法王のタワン訪問を大きく報道した。
最初の日(日曜日)に法王に食い下がりインタビューをとることに成功したインドの記者が法王から「中国の私に対する非難には根拠がない」という政治的とも受け取れるいつもの発言を引き出したが、これがインドの新聞の一面を飾ったりした。
中国はさらに怒りを募らせ、上記のような発言に至った。

インドは今度はじゃ現地の取材係りも規制してあげようと昨日からは現地のジャーナリストの取材も制限され、特に法王には一切質問しないようにと命令したという。
さらに、最初法王が到着されたときには沢山のチベット国旗もインド国旗とともに人々によって振られていたが、このチベット国旗を掲げることも今日から禁止されたという。

法王の法話を聞くために会場には25000人を超える人が集まった。
ブータンやシッキムから何日もかけて歩いてきた人も多いという。
もちろんチベットからも、国境近辺の人たちはこの機会に法王に会えるなら国境を越えたいと思う人も多かったであろう。
でも、現在このあたりの国境線には中国軍とインド軍がにらみ合い状態で張り付いており、危険過ぎて越えてくる人はいたのかどうか?不明です。

この地はかつてダライ・ラマ6世を生んだ地でもあり、地政学的にも重要な地域であるということで、実は次のダライ・ラマ15世はこの辺りに出現するのではないか、、、?とのうわさが最近高まっているのです。

法王は11月8日に亡命の旅について聞かれ「感情を揺さぶられる多くのことが起こった。1959年亡命したとき、私は心身ともに非常に弱っていた」
「中国は私の後を追わなかった。しかしインドに入った後私を非難し始めた」
と回想されたという。

会場に集まった人々に対しては「慈悲と平和というこの二つの言葉を皆さんに覚えていてほしい」と語られ、

「我々はカルマの概念を実際に利他的行動を起こすことだと解すべきだ。そして言動と行動において正直であれ。現代科学と調和する21世紀の仏教徒になるよう努めなければならない」と説かれた。






rftibet at 19:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ダライラマ法王関連 

2009年11月09日

バンガロールの野鳥

White-breasted Kingfisher 28cmWhite-breasted Kingfisher 28cm
電線に止まる大型のカワセミ。

昨日は日曜日で、野鳥の日でしたが、一日中2口のネットアクセスが両方ともダウンでした。一昨日は半日停電だったしで、インドらしい日が続いています。
このインドの電気事情はダラムサラが田舎だからこんなだというのではないらしくて、都会の方がひどいようです。
バンガロールでも夕方、電気が必要な頃になると毎日停電していました。
ダラムサラの方がまだましと思いました。

昨日、日本から「モモチェンガ」の監督岩佐一行4名様が到着されました。新作チベット物のキャスチングのためこれから3週間は滞在されます。
コーディネートに付き合うのでブログも途切れがちになるかもです(言い訳)。

ーーー

そこで今回は、ずれ込んでもしぶとく続ける野鳥シリーズその9、南インド・バンガロール編です。

現場では常にカメラを片手に仕事の話の最中でも、気になる鳥の歌声が聞こえるとさっと居なくなったりして、まるでどっちが目的で現場をうろついているのかわからない状態でした。
でも、だいたいは朝日が昇る前後に敷地内をうろついて撮ったものです。
20種以上の初めての鳥に出会いました。

Tree Duck?Tree Duck?
写真をクリック拡大しないとよく見えないカモ。
カモの一種だけど、この子に特徴的な目と口の間にある白い斑があるカモは私の手元にある図鑑の中に見つけることができませんでした。
この二人はカモにしては小さかったしで子ガモと思われます。
カモは子供と大人では姿や色が変わるのが多いので、図鑑にないのだと判断。

広大な敷地にはなだらかな起伏があり、小川が流れていました。そこで、至る所にせき止め湖を造ったのです。
そこには小さな魚が住み始め、それを狙ってカワセミやサギ、カモが寄り付き、水辺を好むセキレイなどの小鳥が集まっていました。
造ったころは野鳥などにはほとんど興味もなくそんなつもりで造ったのでもなかったが、こうなって見れば、おまけなのに「やっぱ計算通り! 鳥がいなきゃ湖/池じゃないよな、、、」と一人で大満足。

Small Blue Kingfisher 18cmSmall Blue Kingfisher 18cm
もう一種違うカワセミ。
この方が一般的によく見かける種です。
カワセミ、英語で「キングフィッシャー」はインドではある会社の名前として有名です。
この会社はバンガロールのかつての王族が経営し、バンガロール一の大企業です。
ビールで当てて、今ではインド一高級な「キングフィッシャー・エアライン」という航空会社も経営しています。

ーーー

とつまんない話はこのぐらいにして、今日もちょっとだけ、もっとつまんないかもしれない「仏教のような話」の続きを以下、思いつくままに。

「青い鳥」は「幸せの(になる)秘密を知っている」と言い出したのは西洋人だと思うけど、なぜか確かに青い鳥を見かけると一瞬ドキッとする。
追いかけたくなる鳥の一番手です。
その青にも色々あるのですが鳥の羽根の青はすべて抜けるような、つやのある、鮮やかな空色です。
話は飛んで、無上ヨーガ・タントラでは胸の中心に深い黒に近い藍色の種字フームを観想します。これは阿閦如来の象徴で色もその体色に由来します。
もっとも何で阿閦如来の体色が赤でなくて青なのか?については私は無学で知りませんが、おそらく色遊びから来た偶然でしょう。
時代的に密教の初期には大日如来信仰が中心だったので大日如来の体色である白が曼荼羅や胸の中心という時代もあったのです。
だから、必ずしも青が無意識の底の暗喩として最適というわけではない。
何れにせよ密教の色は単なる連想ゲームの印、シンボルでしかなく、背後の意味を味わうことが目的です。
何てことを言うと、「いや直観を重んじる密教においては、この青には深い無意識レベルの意味がある」とかいう人からは馬鹿にされそうですが。

私の場合は、結局、色の中では「青」が好みで「空な色だ」「チベットの蒼穹と天空の湖を思い出す」とか勝手に自分が感心しているだけです。


Purple Moorhen 43cmPurple Moorhen 43cm(左)Solitary Yellow Bittern 38cm(右)
左の青紫の鳥は日本の「バン」の一種。右の茶と白の縞柄の鳥は日本の「ヨシゴイ」の一種。右の鳥はインド亜大陸とその周辺の島々アンダマン、ニコバル、スリランカにもいるが左の鳥はインド亜大陸にしか生息していない。
つまり、まだ海を渡れていないということ。
或いは、島流しにされたことがないということか??

ーーー

大体「青色」と勝手に言うが、世の中に「これが本物の青色」という客観的「青」があるわけもなく、目や脳に障害がおこると同じその青も青色に見えなかったりするわけだ。
ちょっとしたこの波長の差を人間が感じているように鳥たちが感受しているかどうかは定かではない。
第一こんな色を「青色」と呼ぼう何て鳥は考えません。
その対象からの波長が目に届く前に他の物体とかに通過することにより簡単に色を変えて見ることもできます。
青色というのも他の赤等の色があってはじめて青色もあり得るのです。
「青色」は他の色々な色に依ることで「青色」となることができます。
現象は常にそのものに対立し、否定するものにより限定的に成立するし、限定されることに依り始めてそのものも存在し得るというわけです。
青色には独立した「自性、自体が無い=空」というわけですが、また「自体が無い=空」だからいろんな青色も青色に成れるわけです。

それでも芸術家はつい「これぞ本物の青」とかを求めたりするものですが、一般的に色ほどあいまいなものもないわけです。

Small Sunbird (Male) 8cmSmall Sunbird (Male) 8cm
空中に止まるという小さな小さなハチドリの一種です。

前回の話を今読み返し、ここはちょっと荒っぽすぎたかな、、、と気になった部分がありました。
その部分とは、
<テキストでは「縁起=空、空=縁起」が解ればすべてのサンサーラの苦しみから解放される、と説かれますが、これは般若心経の「色即是空、空即是色」と同じ意味です。>
とやったところです。
「何か他の現象に依って生じ、成立する現象(縁起生)には自性・自体がない(空)、自性・自体がない(空)が故に現象は他に依ることが可能となり、現象として生じ、成立する(縁起生)ことができる、というのは言わば空性理解への方法を説いているとも言えます。
この次にだから「すべての現象(五蘊)はすべて空(皆空)だ」と知って「私(観音菩薩)はすべての苦しみから解放された(度一切苦厄)というわけです。
もっともこの部分はチベット版「般若心経」では「すべての現象(五蘊)さえも自性が空だと達観した」で一旦切れており、そのあとの「度一切苦厄」は残念ながらありません(この部分は玄奘が足したとの説が一般)。
また五蘊「さえも」と入れることで大乗哲学に特徴的な「法無我」の理解を示していると説きます。もっともチベット版と日本版(玄奘訳の漢語)ではその元になったサンスクリット版に違いがあるだけで、チベット人が後から「さえも(ヤン)」と勝手に入れた訳ではありません。

で、言いたかったのは、<これは般若心経の色即是空、空即是色」と同じ意味です>と言ったが、「色即是空、空即是色」という言い回しは厳密には五蘊の内の一つの「色=色と形を備えた物質的現象」についてだけ言ってるわけで、ここでは「色」により他の精神的現象も代表させたという言い方だったということです。

Purple-rumped  Sunbird (Male)10cmPurple-rumped Sunbird (Male)10cm
この子も空中に止まることができるハチドリの一種。

般若心経の「色不異空 空不異色、色即是空、空即是色」はそのすぐ後に「受想行識亦復如是」とあるように、五蘊すべてに当てはめて「受不異空 空不異受 受即是空 空即是受、想不異空 、、、、、」と順繰りに考え、感じ、体験すべきものなのです。

「五蘊」という仏教用語(漢語)も解りにくいのですが、とりあえず初めは「受」以下は「心・精神的現象」と思っていればいいと思います。
その中で例えば「受」は感覚作用。つまり五感の何れかが何かに反応すれば、そのすぐ後に無意識レベルで快・不快・中性の感覚が芽生えます。その後意識化されることも多いですが、この快・不快・中性という感覚も概念もそれぞれが排他的に規定し合う、相対的な感覚でしかありません。
その時の気分により同じ対象に対しても反応が異なることはしょっちゅうですし、とにかく変化するいい加減なものです。
いい加減だから普通の人が不快と感じるどくろもタントラの聖なる器になることもできるのです(ちょっと極端な例のようだけど、タントラはわざとこの世俗レベルでの反対、それも極端を利用するのです)。

Purple Sunbird (Male) 10cmPurple Sunbird (Male) 10cm
何かの金属でできた偽物にも見えるこの子も本物!?のハチドリ。

何だか、自分でも話が堅くて疲れるなと感じ始めた、、、
大体私は小学校の初めから何だか漢字が嫌いだった。みんな同じか?
今も外国暮らしが長いせいか漢字にはますます違和感を感じ始めた。
法王は先月のダラムサラでのティーチングでベトナムの僧侶の般若心経の読経を聞かれた後、「ベトナム語の般若心経を聞くのは初めてだ。この前はシンガポールとホンコンの人たちが英語で唱えるのを聞いた。大事なことは般若心経は必ず自国の言葉に訳して読むことだ。お経はすべてそこに書かれている意味を思い出し、考え、味わうために唱えるものだ。意味も解らないのにただ唱えても何にもならない。
だから必ず自分たちが理解できる言葉に訳すべきだ」
とおっしゃいました。

日本の昔の人たちは余程中国語に堪能だったのか?結局つい最近まで日本のお経は漢語のままでした。
昔も所謂知識人以外の一般人は常に解らないお経を聞かされていたことでしょう。
今も普通の一般日本人は解らないお経を言うところの僧侶に唱えてもらって、それでなぜかありがたいと感じ、大枚のお布施を手渡したりする。
実際、意味のはっきり解らぬ外国語を聞いてどうしてその読み物が仏教のお経だと解るのか?それを人前で唱える人がどうやって仏教の僧侶になるのか?考えれば不思議なものです。

Bluecheeked Bee-eater 31cmBluecheeked Bee-eater 31cm
中にはちゃんとその後でお経の意味を簡単にでも説明される僧侶もいらっしゃいますが、今までのところ「無常」のお話ししか聞いた覚えがない。
「空」の話は田舎だったからか聞いたことが一度もない。
チベット的には「空」抜きではそれが仏教的お話とは必ずしも言えないというわけですから、話はさらに程遠くなります。

私はダラムサラに来て10年間は全く英語で仏教を教わっていました。
先生や法王のチベット語を通訳が英語に翻訳してくれたものを聞いていました。
実際英語で仏教を勉強する方がよほど単語が解りやすく新鮮で仏教が簡単に思えると感じていたものです。
その後、日本の先生方の仏教書も読むようになったのですが、元の漢語がそのまま仏教専門用語となっているので、最初は慣れるのに英語より時間がかかりました。

何だか、今日は話がとびとびになり終らない。
紹介したい南の野鳥もまだいるが、、、

続きはまた。

















rftibet at 22:30|PermalinkComments(1)TrackBack(0) エッセイ風 

2009年11月06日

「ラモ・ツォ、悲しみの湖をわたって」の話の続き

11月6日ダラムサラの桜ダラムサラの家に帰ると窓の前の桜がほどよく咲いており、
夕映えのピンクの花を涙が出るほど美しいと思いました。

短編ドキュメンタリー・フィルム「ラモ・ツォ、悲しみの湖をわたって」の話の続
きに裏話を少々。

今日皆さんがご覧になったのは実は最終版ではないかもしれないのです。
私は最初英語抜きの日本語版を作るつもりで、チベット語から直接訳しました。
しかし、英語を抜くことができるオリジナルデータを手に入れるのに時間がかかったので、とりあえず11月7日のイベントに間に合わせるために英語併記版を作ったのです。
しかし、そうなると(変な話だが)訳も英語に合せないといけない部分も出て来りした。
それと、読みやすくするためには短くはしょってるところも少なからずある。
だから、言いたいのは字幕がラオ・ツォさんの言ってるすべてではないと断りたいのだ。一種の言い訳だけど。

とにかく字幕の日本語を追ってみて何か気付かれたことがありましたら指摘してもらえれば、次回の最終版にも反映できるのでありがたいです。

英語題名「Behind the Sea」が何で「悲しみの湖をわたって」になったのか?
は、色んな人(詩人とか活動家)の意見からこうなったのです。


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以下瓜子さん=ロンドンの若松さんからのお知らせですが、明日(日本はもう今日)の上映会をご覧になった方もその他の方も是非少なくとも以下の署名活動にはご協力くださるようお願いします。

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<救出嘆願オバマ署名に、ご協力下さい!ドンドゥプ・ワンチェン >


以前、日記にご紹介しました、フリーチベタン ヒーローズ!のウェブサイトに新しくドンドゥプ・ワンチェンの救出について、訪中を2週間後にひかえるオバマ大統領に送る署名運動が、できあがりました。


どうぞ、ご協力下さい!
氏名とメールを入力するだけで、自動的に以下の内容の嘆願書が、ホワイトハウスのオバマ大統領に送られます。
手紙はページに明記されたファックス番号からでも、お送り頂けます。


このアクションは世界各国で同時に行われ、ドンドゥプ・ワンチェン釈放要請の声を最大限にし、オバマ大統領と、各国政府機関を通して中国政府に届けようというものです。



オバマ大統領宛て署名運動のページ;
http://org2.democracyinaction.org/o/5380/t/7424/p/dia/action/public/?action_KEY=1253

携帯から署名ページに飛べない方はこちらから;
フリーチベタン ヒーローズ!ウェブサイトのTake Actionをクリック
http://www.freetibetanheroes.org/


mixiの日記;フリーチベタン ヒーローズ!作動開始
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1283783440&owner_id=8241705



オバマ大統領への嘆願署名

中国により2008年に平和的に表現の自由を行使した結果、逮捕されたチベット人映画制作者ドンドゥプ・ワンチェンの釈放を求める要請をしていただきたく、手紙を差し上げます。

ドンドゥプ・ワンチェン(中国語ピンイン表記Dunzhu Wangqin;中国語名 当知項欠)はチベットで2008年3月26日に北京五輪やダライラマ、チベットにおける中国政府の政策等について一般チベット人のインタビューを撮影し、逮捕されてました。
先日、 獄中にあるドンドゥプ・ワンチェンによって書かれた手紙を、密かに(国外に)持ち出されたものを、 彼の家族が受け取り、それによって彼の裁判が開始されたことがわかりました。
「私の裁判はすでに始まっている。
知らせたい良いニュースは何もない。
刑期が何年になるかまだ判らない。」
もし有罪判決が出されれば、ドンドゥプ・ワンチェンは重刑を受けることになるかもしれません。国際社会の度重なる要請にも関わらず中国政府はドンドゥプ・ワンチェンの裁判に際し第3者の傍聴を許可しませんでした。重ねて、彼の家族が弁護を依頼した北京の弁護士との接見も禁止されており、ドンドゥプ・ワンチェンに対する司法処置について心配がよせられています。
今回の訪中がドンドゥプ・ワンチェンを救うために大変重要な時期と重なったことで、中国首脳陣に対して、(彼を救出するために)必要な圧力を行使する機会に恵まれた大統領に、以下のようにお願いいたします。


-国連の世界人権宣言で保証される表現の自由を平和的に行使したのみの”犯罪”に問われている ドンドゥプ・ワンチェン の即時釈放 。

-ドンドゥプ・ワンチェンの起訴内容と裁判の状態を含む、全ての情報の公開。

-ドンドゥプ・ワンチェン の裁判に傍聴人を許可するとこと、彼の裁判が中国の憲法に守られた公開された完全な裁判であることを保証する。そして彼の選んだ弁護士の弁護が受けられるよう保証する。




rftibet at 21:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他 

「ラモ・ツォ、悲しみの湖をわたって」の上映会は明日

f730bf93.JPG今、ここはニューデリー空港の国内線ロビー。
今までバス停としか見えなかった空港が今年突然普通のきれいな空港になりました。

急いでお知らせしたいことがあるので、ダラムサラ行きに乗る前にここで一発。

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「ラモ・ツォ、悲しみの湖をわたって」の上映会は明日、
<聖地チベットを考える「守りたい天空の至宝」>イベントの一環です。
本邦初公開!
たったの13分だけど、自分でプロデュースし、翻訳したので、反応が知りたいのです。
SFTの方にも手伝って貰いました。

時間が在る方は是非お出かけください。
そして感想を教えてください。

http://tibet-artforum.com/#1

第3回 11月7日 

演目:いまのチベットを知るための3つの映像

『ヒマラヤを越える子供たち』『恐怖を乗り越えて』
『悲しみの湖をわたって』

日 時2009年11月7日(土) 14:00〜16:00

会 場:東京都美術館 東京都台東区上野公園8-36

入場料:無料


定 員200名(先着順)

※講演及び演目は予告なく変更される場合がございます。あらかじめご了承ください。




rftibet at 14:00|PermalinkComments(3)TrackBack(0) その他 

2009年11月04日

ギャワ・カルマパは南インドで世界の大物に出会い、法王は日本で鳥の鳴き声を聞かれてラサを思い出される

最初に昨日の「手紙のひな型」の中で訂正があります。


終わりの方で、
原文: 11月15日から18日にかけて、・・・公平で公開された裁判を可能 にするための司法制度を煽動することを・・・

修正: 11月15日から18日にかけて、・・・公平で公開された裁判を可能にするための司法制度を実行することを・・・

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ギャワ・カルマパは現在南インド各地を訪問中です。

ギャワ・カルマパはダラムサラから出るときには必ずインド政府の許可を取らないといけないのですが、これが中々大変と聞いています。

11月8日にはこの大学にも来られるとのこと。

カルマパは11月4日から7日までマイソールで大きな会議に出席されています。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=25879&article=Karmapa+to+speak+at+TEDIndia+conference
マイソールに本部があるインドのIT企業トップ「Infosys」が「TEDIndia Conference」と名付ける、T=技術、E=娯楽、D=デザインについて話し合う会議です。
今年のテーマは「広めるに値するアイデア」で、カルマパは「Within You, Without You.あなたの中に、あなたなしに」という話をされるそうです。

しかし、驚くべきはそのそうそうたるスピーカーたちです。
元アメリカ大統領クリントン、現イギリス首相ゴールデン・ブラウン、元アメリカ副大統領アル・ゴア、マイクロ・ソフト共同創始者ビル・ゲーツ、グーグル共同創始者サーゲイ・ブリンとラリー・ページその他世界的に有名な学者を大勢招待し、連日講演とパネル・トークが行われます。

カルマパがここにスピーカーとして招待されたのはなぜでしょうか?
本来こんなにも大そうな人々が集まるなら法王が招待されてしかるべき、と普通には考えますが、さあどうしてカルマパになったのか?

日本に行くことで会議に出席できなかったか?
中国との商売があるので法王は避けたのか?
でもカルマパを招待するだけですでに中国がいい顔しないのは明らかだが、アメリカにいいとこ見せるために無理したのかな?

良くわからないが、このすぐ近く、二時間ほどのところで今こんなにも世界の指導者が集まっているというのがちょっと不思議な感じがします。
もっとも、インドのIT企業内はもうまるでアメリカナイズされてて、貧しい周りのインドとは別世界です。

ーーー
沖縄の法王、 空の鳥を示し、ラサを思い出される写真はパユルより。
法王が沖縄で空の鳥を示しながら、「ラサを思い出す」と記者たちに話されているところ。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=25885&article=%e2%80%9cWar+is+senseless%2c%e2%80%9d+says+Dalai+Lama+in+Okinawa

ところで、沖縄を御訪問中の法王は戦争犠牲者を供養する法要の間に鳥の声を聞かれて、ラサを思い出されたようです。
そして「祈りを捧げている時に、私はラサで聞き覚えのある、またインドでもよく聞くある鳥の鳴き声を聞いた。この鳥はみんなに馴染みの鳥であるが、心に平安を増し、互いの意見を尊重し合うという人間の能力と知性はすべての人類に共通のものだということを知らせてくれる」
「私たちはみんなすばらしい近しい関係を作り出す能力を持っているのだ」とおっしゃったとか。

鳥の鳴き声が法王にインスピレーションを与えたというわけでしょうか。
何の鳥だったのかな?チベットにもいてインド、沖縄にもいる鳥で鳴き声に特徴があるのは鳶かな?スズメじゃないだろうし、、、判らない。

松山では千人以上の日本の僧侶を前に「もっと勉強し、もっと洞察するように」と勇気づけられたとか。
さらに「すべての問題は無知から来る。そして無知は単なる信仰によって克服できるものではない。あなた方には無知を克服するための智慧と実践から来る知識が必要だ」
と正直に話されたそうです。

かつて法王に誰かがインタビューするのを手伝ったとき、その人が「日本の僧侶についてどう思われるか?」
と質問されたとき、法王は「どうも日本の僧侶の人たちは勉強に興味がないようだ、、、」と答えられたことを思い出します。

チベットの僧侶と比べればということですが、、、
法王は日本の僧侶の方々は信仰中心に信者を導いて来られたことをよくご存じのようです。
とにかく、哲学的質問を自分にしない、儀式のことばかり考えがちな日本の僧侶の方々に物足りなさを感じておられるのかもしれません。










rftibet at 21:40|PermalinkComments(2)TrackBack(0) その他 

2009年11月03日

緊急行動要請;ドンドゥプ・ワンチェン世界一斉行動

バンガロールの現場にて昨日の夜中過ぎにバンガロールの現場に着きました。

この大学の名前変わったことはもう言ったっけ?
<TCV College>から<The Dalai Lama Institute for Higher Education>
になって今度は名前負けしそうです。

ーーーーーーーーーーーーーー

ところで、日本の皆様に是非ともやってほしいことがあります。
ドゥンドゥップ・ワンチェン氏を救うために手紙を書いてほしいのです。
オバマ氏の中国訪問を前に世界規模で進められている運動の一環です。


以下、若松様が手紙のひな型を作ってくださいました。

<緊急行動要請;ドンドゥプ・ワンチェン世界一斉行動>

以下はドンドゥプ・ワンチェンの釈放を求める手紙のひな形です。先日
のニューヨーク タイムズ掲載「ドンドゥプ・ワンチェン獄中か
らの手紙」にあるようにドンドゥプ・ワンチェン自身による報告から、
彼の裁判はもう始まっていることがわかりました。
先日チベッットで起きた処刑執行を考慮すると、これまで以上に緊急な
状態です。
どうぞ、皆様からも、事態の緊急性を訴えてください。


手紙は宛て名等を各自でアレンジして下記3名にお送りください。

宛て先は;

1)岡田外務大臣

https://www3.mofa.go.jp/mofaj/mail/qa.html


2)在中国日本国 宮本雄二 大使
住所; 北京市建国門外日壇路7号
郵便番号post code :100600
電話:+86-10-6532-2361
ファックス:+86-10-6532-4625
メール:keizai@eoj.cn (経済部) *サブジェクトの欄に
「チベット担当の方へ転送ください」と入れてください。


3) 外務省 上田秀明 人権人道大使 
外務省中国デスク;山本様(内線番号 ; 30741) 
住所;〒100-8919
千代田区霞が関2-2-1
代表電話:03-3580-3311
ファックス:03-5501-8239


手紙ひな形


拝啓(議員/大使/大臣の氏名を記入)様


日本政府に対して、中国により2008年に平和的に表現の自由を行使
した結果、逮捕されたチベット人映画制作者ドンドゥプ・ワンチェンの
釈放を求める要請をしていただきたく、手紙を差し上げます。

ドンドゥプ・ワンチェン(中国語ピンイン表記Dunzhu Wangqin;
中国語名 当知項欠)はチベットで2008年3月26日に北京
五輪やダライラマ、チベットにおける中国政府の政策等について一般チ
ベット人のインタビューを撮影し、逮捕されてました。


撮影されたインタビューは "Leaving Fear Behind"「ジグデル;
恐怖を乗り越えて」と名付けられ、ドキュメンタリー映画として、中国
支配下にあるチベット人の生の声をかいま見ることのできるまれな映像
となり、世界30カ国以上で上映され、次のウェブサイトよりインター
ネット上でも公開されています。http://www.leavingfearbehind.com.


今回入手された公式情報によるとドンドゥプ・ワンチェンは2008年
7月に”分裂主義を煽動した”罪と諜報活動の罪に問われ逮捕されたこ
とがわかりました。2009年6月に求刑を受けました。先
日、 獄中にあるドンドゥプ・ワンチェンによって書かれた手紙
を、密かに(国外に)持ち出されたものを、 彼の家族が受け取
り、それによって彼の裁判が開始されたことがわかりました。

手紙の内容は以下のように綴られていました。


「数日前、私は悪夢を見た。
<何か大変なことが家族に起こったのではないだろうか?>
という思いと戦わねばならなかった。
私は年老いた両親のことを心配した。
本気に心配した。
二人の近況を知らせてほしい。
どうか隠し事はしないでほしい。
私の状況についていえば、何も心配する必要はない。
私は自分の運命に向き合う用意ができている。
解放される望みは薄く、今後長期間に渡り獄に留まるであろうと思うと
き、
両親に対し、面倒をよく見る、良き息子であることができなかったなあ
と感じる。
私の裁判はすでに始まっている。
知らせたい良いニュースは何もない。
刑期が何年になるかまだ判らない。」

更に、中国は外国政府機関に対して,今件が”現在、司法手続の途
中”にあると語っており、もし有罪判決が出されれば、ドンドゥプ・ワ
ンチェンは重刑を受けることになるかもしれません。

中国政府は当初、ドンドゥプ・ワンチェンの裁判に際し第3者の
傍聴を許可しませんでした。その結果、ドンドゥプ・ワンチェンの裁判
が秘密裏に行われる可能性が高くなりました。重ねて、彼の家族が弁護
を依頼した北京のGong Xin (共信法律事務所)のLi Dunyong
(李敦勇)弁護士との接見も禁止されています。

2009年10月20日にラサで起きた4名のチベット人の処刑の
ニュースとともに、ドンドゥプ・ワンチェンの裁判が公平で公開された
裁判にならない危惧が指摘されています。
処刑されたチベット人は昨年チベットを覆い尽くした抗議行動に関わっ
た罪で逮捕され、彼等の処刑は政治的な意味を持つと信じられており、
有罪判決を受けた者は公平な司法配慮を受けていないことがわかってい
ます。

11月15日から18日にかけて、中国を訪問する米オバマ大統領にあ
わせ、今こそが、世界中の政府機関よりドンドゥプ・ワンチェンと、全
ての政治囚のの釈放を求め、そして、中国の首脳陣に対して、公平で公
開された裁判を可能にするための司法制度を煽動することを強く要請す
る重要な時期と信じます。

どうぞ、中国に対し以下の項目を要請するよう日本政府に働きかけてく
ださい。

1.ドンドゥプ・ワンチェンの起訴内容と裁判の状態を含む、全ての情報
の公開、

2. ドンドゥプ・ワンチェン の裁判に傍聴人を許可するとこと、
彼の裁判が中国の憲法に守られた公開された完全な裁判であることを保
証する。そして彼の選んだ弁護士の弁護が受けられるよう保証する

3.国連の世界人権宣言で保証される表現の自由を平和的に行使したのみ
の”犯罪”に問われている ドンドゥプ・ワンチェン の即時釈放

なにとぞよろしくお願いします。

敬具

(送り人の氏名を記入)


rftibet at 21:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他 

2009年11月01日

ダラムサラの野鳥・その8

Green-backed Tit 13cmGreen-backed Tit 13cm この子はもう紹介したかもしれません。窓の前の咲き始めた桜を観察に来たところです。


昨日は法王の東京講演に参加された方も多いかと思います。
それで、鳥に混ぜて今日は日曜だから仏教の余談とかも書かせてもらいます。

昨日法王の講演されたテキスト「道の三要素」はジェ・ツォンカパの主著「ラムリン・菩提道次第論」のエッセンスだけを要約したという、全般若経典にたいする「般若心経」のようなものです。少なくともゲルク派の僧侶でこれを覚えていないという人はもぐりとおもわれても仕方がないと言うほどに有名なテキストです。

さて、仏教も他の習い事と全く同じで、聞いて、理解して、(何時も思い出し)、実践して(聞思修)、序々にうまくやれるようになり、そのうち全く自然にできるようになる(資糧道・加行道・見道・修道・無学道)というわけです。

まず、何かのきっかけから興味を持つことです。
仏教は「苦しみを離れ喜びを得る」という習い事ですから、「苦しみ」(最初は三番目の苦でなくていい)を自覚してそれももう十分!本気で捨てたい、離れたい、諦めたいという「出離」の思いが募らないと効果が期待できない。
普通は苦しみの原因は誰かや、何かへの執着と判っていても、中々捨てられないものです。
別に仏教は「別れろ」と言ってるのではありません。
相手はできるだけ捨てなくて(受け入れ)、自分をできるだけ捨てろと言ってるのです。
執着する癖を捨てるなり、少なくすればその分余裕ができて楽しくなれるというのです。
すべて誤解「癖」から苦しみは始まります。

Rufous Sibia(Black-capped Sibia) 22cmRufous Sibia(Black-capped Sibia) 22cm 山の上の方から最近下ってきたらしい鳥。何時も群れをなし、チリチリチリ、、、、と鳴く。

「出離」も思いが募り、ある時、強く決心すると言う具合にことは進みますが、本物の「出離」は「空」が解り、出口が見えた時の話です。
まずは、何か捨てやすいものから捨てて、次の「菩提心、慈悲、愛」の気持ちに女々しいなんて思わすに慣れることです。
「愛」は自・他を近づけ、最終的には自・他の境を溶解させるという働きがあります。
たとえば、キリスト教においては「神への愛」一つで完全な忘我、トランス、神秘体験に至る人は多い訳です。
もちろん仏教でも「無我」を説きその体験はひょっとして似てるかもしれないが、仏教はその種の体験を目的にしてるわけじゃない。
たとえば、仏教では第四禅定と言われる禅定の極みに至る必要はないと言ってる。

Variegated Laughingthruth 24cmVariegated Laughingthruth 24cm
「笑いツグミ」の一種。良く笑い声を上げる。
前のと似てるが、顔のデザイン、行動パターンなども違い、<目>も違う。

とにかく心の中にできるだけ温かい愛を増やすことを意識的に訓練する。可哀そうな人や動物を見たら、例えそれがテレビの中の映像であろうと涙が自然に溢れるほどに訓練する
(ちょっと大げさだけど、本当に昔チベット人のお坊さんとテレビのニュースを見ていて、戦闘で傷ついた兵士の映像が流れたとき、「これは何なんだ!人が血を流している。アア、ニンジェ(可哀そうに)、、、オーマニペメフン、、、、、(涙)」という反応に出会ったことがあります)

法王もティーチングの最中に慈悲の話をされるとき、よく涙されます。




Streaked Laughingtrush 19cmStreaked Laughingtrush 19cm
この子はもう紹介済みですが、上の子と同じ「笑いツグミ」の一種です。
家の周りにいつもいて、しばしばペアで踊り合い、笑い合っていつところを目撃します。

捨てるべき感情と受け入れ育てるべき感情の区別を知って、じょじょに人格が利他的に変わることが目的です。
「I,my,me,mine」が減って、ついに自他の境が溶け去る状態を目指します。




Chestnut-crowned Laughingthrush 20cmChestnut-crowned laughingthrush 20cm
同じく「笑いツグミ」の一種。地上や地上近くの木陰をペアで移動することが多い。


と、ここまでは実はどの世界宗教も説いていることであり、共通の道徳に関する話です。

仏教教義の特徴はここから先の話、すべての現象の「空」であることを正しく理解する「智慧」を説くところにあるのです。
「空」を語らなければ仏教にならないということです。
「空」の理解が伴っているかどうかが、その行(行動)が仏教的かどうかの基準になるというわけです。
第一ブッダは「空性」を完全に理解し、体験することにより(自分は)「ブッダになった」と宣言されたのです。
そのコツを教えるから、幸せになりたいなら「みんなも私に続くように」とおっしゃった訳です。

この場合、本気に幸せになりたいと思う「出離」の気持ちが聞く側にないと話になりません。


Scarlet Minivet (Male)20cmScarlet Minivet (Male)20cm
ここからは「般若・空の智慧」と「方便・慈悲の心」を、鳥の両翼の如く、常に一緒に働かせることにより完全な解放に至ることができる、と法王も常に説かれることにひっかけ、
見てくれがまるで似てないので最初は違う種類と思うが実はペアだという3組を紹介します。
(両翼とペアはちょっと比喩としては別物だけど)

この鮮やかなスカーレッド色の鳥は今迄に二度しか見かけたことがありません。
オスは赤でメスは黄色。どちらも鮮やかです。5,6ペアが一緒に木々の間を乱舞しながら素早く通過していきます。これを(実体的に見て)興奮してしまうと、一枚も撮れないことになってしまいます。


最後の「空を正しく理解する智慧」というのもあまり最初から構えて難しいと思うことはないと思います。
解ってしまえば(私でないが)まるで当たり前の常識と思えることのようです。

仏教はつまり、「知らない」ことから「苦しみ」は始まる、「ありのままの現実」を知らない、誤解してるから執着し、怒り、嫉妬するのだと言ってるのです。
人間は知ることができ、考えることができるのだから、その能力を使って真実を知れば、誤解が解け、自然に解放感が味わえるというのです。
現実的に行動すればするほど問題は少なくなるというのです。

Scarlet Minivet (Female) 20cmScarlet Minivet (Female) 20cm
上の子の彼女。

テキストでは「縁起=空、空=縁起」が解ればすべてのサンサーラの苦しみから解放される、と説かれますがこれは般若心経の「色即是空、空即是色」と同じ意味です。

私たちは普通、学校で小学校から算数、物理、化学などを教えられており、因果律を信じない人は少ない。
ある一つの現象はその時その場の様々な原因と条件に左右されながら、目の前に現れ出るものだと知っている。
原因と条件は瞬時に変化するから、現象も刹那滅だと知ってる。
「現象」ということば自体「変化」を前提としているのは明らかだ。
変化するから現象は現象として現れるとこができる。

空は端的には「何かが無い」と言ってるのだけど、何が無いと言って現象には「本質=実体=自性=我=自体=、、、」が無いという。
英語のitself,myselfは本当には無いと言ってる。
しかし、問題はここでいうところの、自分をだましている「実体」が本当には何を指しているのかは「空」が理解されるときにしか本当には解らないということだ。

だから、こういうものは具体的な例で考える方がよい。


Grey-winged Blackbird (Male) 28cmGrey-winged Blackbird (Male) 28cm
「ブラックバード」という曲が確かビートルズの中にあったと思うが、歌詞の中だけだったかな、、、
これはオス、両翼の先がシルバー。

例えばオスはメスを前提に成り立つ言葉、概念であるように、客観は主観を主観は客観を前提に成り立つ言葉で、「純客観性」とかは最初から矛盾してて世俗にしか無い話です。
これをいろんな概念に当てはめると、面白い。
一は多が多は一がなければ成り立たない。相互に依存することにより始めて成り立つ概念であり、どちらか一つだけ分けて取り出すこともできない。
父親と息子、私とあなた、因と果、部分と全体、時間と空間もすべて互いの関係性の上に成り立つ言葉、現象だ。そちらか一方だけでは意味をなさないし、存在できない。

何かに依ってある存在には自性がない、実体がないというのもこのようにものは関係性の上だけに存在するのであって、これがその「もの自体」だと指し示すことのできる対象はかけらも無い、というのだ。
逆にそんな固定的なものがあれば変化ということもあり得なくなり、現象は現れることもできない(空即是色)というのだ。
空間があって初めてものが存在できるようなもんだ。

当たり前といえば当たり前だが、これが実際我々には感覚として解ってないのだ。

世の中に本物は確かにあると思いこみ、本物のコーヒー、酒、ワイン、鳥を求め、本物の女、本物のラマ、本物の仏教、真実の悟りとかを求めたりする。

Grey-winged Blackbird (Female) 28cmGrey-winged Blackbird (Female) 28cm
上のメス。

例えば目の前にコーヒーが在ったとする。
日本人は違いが解る民族としてコーヒーにはうるさい。
コーヒーかどうかの基準も厳しい人になるとインスタントはもうコーヒーと呼べないという人もいるであろう。
また、コーヒーというのも目の前に置いてあるだけでは本当にはコーヒーの機能を果たす前なのでコーヒーではない。
口に入れて飲んで味わって、「ああ、これはおいしいコーヒーだ」と思ったときにコーヒーはコーヒーになる。
コーヒーを飲んだことのないチベット人には同じおいしいモカもただの苦い黒い湯だ。
つまり、コーヒーはそのものの側から「私はコーヒーですよ」と言ってるわけじゃなく、こっち側から勝手にこれこれのものをコーヒーと呼ぼうといつかから言い始めただけだ。
中観的には、それは「コーヒー」という名前によって仮に存在するなにものでもない合成物です。
全く自由な発想で何にでも使ってよい何かです。

Blueheaded Rock Trush (Male) 23cmBlueheaded Rock Trush (Male) 23cm
一瞬目の前に幻の如く出現した青い鳥。

一事が万事で、例えば集合体に名づけられた、インドとか、中国、チベット、アメリカ、日本、という国もないし、ルンタという団体もない。
心と体の集合体である「私」も幻想だし、悟りもいろいろあるから空だし、ダライ・ラマ法王も本当にはいません。

昔、(まだ生きていた)うちの母親に「インドに一度ぐらい来てみたらよ、いいとこだよ」というと「そんなとこ行かないよ。汚くて、危ないところだよ」と言って決してインドに来ようとはしなかった。
さて、「インド」は「汚い」のか?色んな場所がある、もちろん山の上はきれいだ。
そんな話でなくても、人はどうせ集合体であるインドの部分しか見ることができないから決してインドを見ることがない。
問題は其々の人が其々の知っているインドとかくうくうさんとかを実際の本当のインドとかと思いこみ、それを基準に行動を決めるということにある。
つまり、だまされているのだが、それに気付いてないことが問題なのだ。

Blueheaded Rock Trush (Male) 23cmBlueheaded Rock Trush (Male) 23cm
弾丸状態で飛び立つ青い鳥


母親もそんなことを思わずに、最後にインドに来ていれば、だいたい信心深い人だったから本物!の仏教にダラムサラで出会えていたかもしれないのに、と思ったりする。もっともどこにも行く必要を感じなかったのだろうから、それはそれで良いことだったとも思える。





Blueheaded Rock Trush (Female) 23cmBlueheaded Rock Trush (Female) 23cm
上の似ても似つかぬメス。


この対象への執着の中でも一番の悪者、すべてのボス、基が「私」に対する誤解だと言う。
実は「私」というほどのものはいいのですが感情的になった時の「我」が問題なのです。すべての問題の基は「プライド」にあると言ってるのです。

禅などではこの「我」の立ち上がる状態をわざと作り出すために弟子を殴ったりするようですが、例えば怒った時とかには対象も対象を見る自分の側も確固としたイメージとして捕えられるものです。
その時、間髪いれずに「その我」を分析できれば空が理解しやすいというわけです。

テキストに「対象の基底が破壊され消え去る時、仏の喜ばれる道に入った者と呼ばれる」というが、禅ではこれを「桶の底抜けて」と表現します。

最初から現象の桶には底が無いのです。
底がなくてたまらないから現象として生き続けられるのです。

Spotted Forktail 25cmSpotted Forktail 25cm
最近暗い所にいてしっぽを盛んに振って私を誘い続けるフォークテールくん。
暗くて、中々ちゃんと撮れないからまた誘われる。

解った時、すべての苦しみの原因も同時に解ったのです。
普通始めてこの事実に気付いた時、人はハッとするものです。

自分を含め、すべての有情は等しくこの無明の暗がりの中にあることが明らかに理解でき、過去の自分を憐れむように、すべての有情に対しても等しく非常な慈悲を感じ、必ず、他の有情にこの大いなる誤解について知らせ、苦しみの大海からみんなを救い出すぞ!と決心する。これが本物の勝義の菩提心です。
菩薩の誕生です。
普通、その人はここで号泣します。

二元の思いが解け去り、山見て我山なり、鳥見て我鳥なり、苦しむ人を見て我その人なり、喜ぶ人を見て我喜ぶという状態になると言います。



不思議な動物生まれて初めてみた不思議な動物。
全長80cmほど。誰かこの子の消息が解る人は教えてください。

最後に、「自分もこのように行じたのだ、息子たちよ、この三つの悟りの要点を理解した者は、静かな場所にこもり、努力して、究極の目的を達成せよ」とジェ・ツォンカパは親心から我々にアドバイスされるのです。

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(追記)上のツクラカンでは今日の朝早くから一日中、500人ほどの僧・尼と俗人500人ほどが集まり、「処刑された4人(2人?)の霊を弔い、すべての犠牲者と今も監獄などで苦しみの内にあるチベット人、及びすべての有情の苦しみを救うという供養と祈りの会」が行われました。
特に3時間ほどかけ「薬師如来」のお経が読まれました。

























rftibet at 17:00|PermalinkComments(6)TrackBack(0) その他