2010年11月

2010年11月30日

法王のダラムサラ・ティーチングが始まる/ガンデン・ガムチュ(ジェ・リンポチェの命日)

30.11.2010 Dharamsala, D.D. Teaching当地ダラムサラのツクラカンでは、今日(11月30日)から3日間、ロシアグループのリクエストに答えダライ・ラマ法王が仏教講義と灌頂を行われる。

phayul.comによれば参加者は1万人を越えるそうだ。
その内ロシア人が1035人、その他54カ国から4000人以上の外人が参加しているとのこと。

目立つのはロシアに続いて、台湾、韓国、欧米人。
日本人は10数人というところか!
今回はマリア様の通訳がないという事もあるかもしれないが、いつもながら日本人の少なさは異常なほど。







30.11.2010 Dharamsala, D.D. Teachingソビエト時代に弾圧されていたロシアのチベット仏教徒はこのところ見事な復活振りを示している。

その中心はもちろんかつてチベット仏教が栄えていたブリヤート、カルミック、トゥバの3共和国。
その他のロシア人参加者も年々増えているという。
モンゴルからも大勢来ている。

30.11.2010 Dharamsala, D.D. Teachingとにかく、モンゴル人種とロシア人種が混じったような、実に様々な顔が並んでおり、その多様さを観察するのが面白い。

モンゴル系は色白で丸顔、朝青龍のように太った人が多い。
ロシア系ももちろん真っ白で、中にはロシア美人風な若いのもいるが、だいたいは丸々と太った年寄りが多い。

今回のティーチングにはカルミック共和国の前首相とロシア議会の議員3人、それにカザフスタンの経済大臣が要人参加しているという。

さらに、今回はロシア各地から27ものメディアが取材のためにこのダラムサラまで来ているとの事。

ま、何から何まで、日本とは桁違いだ。

30.11.2010 Dharamsala, D.D. Teachingで、ティーチングの方は、法王、朝方1時間ほど、いつものように仏教と他の宗教の違い、チベット仏教の特徴などについて話された。
次に、今回の目玉である「サンワドゥパ(གསང་བ་༷༷འདུས་བ་グヒヤサマージャ/秘密集会)の灌頂への導入部とも言える、ギェセー・トンメ・サンポ(རྒྱལ་སྲས་ཐོགས་མེད་བཟང་པོ་12C、カダム派)の「37菩提行(ラクレン・ソドゥンマ ལག་ལེན་སོ་བདུན་མ་)のテキストに入られ、昼休みを挟み2時間ほどでこれを終了。
その後は明日の灌頂の準備のために俗人に5戒を授けられ、無上ヨガの説明をされた。

「明日の朝方の夢を覚えておくように」と皆にクシャ草が配られ、午後3時過ぎに解散。

30.11.2010 Dharamsala, D.D. Teaching通訳の時間を取らない(同時通訳)ティーチングだったので、いつもの法王得意の素早いお仕事振りが堪能できた。

数人に頼まれるまま、私もへたな同時通訳をやっていたが、タントラに入った頃素人さんには解らない内容だし、、、自分も付いて行けなくなり通訳を中断した。












30.11.2010 Dharamsala, D.D. Teaching












30.11.2010 Dharamsala, D.D. Teaching法王が目の前に来られ、レンズ越しに挨拶。

カメラを下ろすと「タシデレ!トポ・ニンバ(Old Friend)」と声を掛けて下さった。


















ガンデン.ガチュさらに今日はチベット暦の10月25日で、ガンデン・ガムチュ(དགའ་ལྡན་ལྔ་ཆོས་)というジェ・リンポチェ(ツォンカパ)の命日にあたる。

家の下の部屋に、このティーチングを受けるためにドルマ・リン尼僧院から来て泊まっている3人の尼僧たちは、部屋にローソクを立て、この命日の祈りを始めた。

今夜は満天の星空の下、町中に灯明が灯され、とても美しい。

また、この日には必ず丸い小さな団子が入ったトゥクパ(と呼ばれるがむしろ丸いテントゥック)を食べないといけないという。
夕食はもちろんそのトゥクパであった。












rftibet at 21:00|PermalinkComments(7)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2010年11月29日

バリ>クアラルンプール>プノンペン>デリー>ダラムサラ

ジャワ島上空ジャワ島上空で撮影したブロッケン現象。
これは乗ってた飛行機を中心にできた虹。
このタイプは何度も見た事があるが、写真に撮ったのは初めて。

最初この不思議な現象に出会ったのは中国の峨眉山。
自分の陰を中心に、まるで自分が仏になったような光の輪がくっきり現れ驚いた。
その後ダラムサラの裏山でも何度か現れた。
これを目撃するたびに何だか自然から祝福されたような気がする。

世界中の仏や神や聖人には後光があったりするが、その元はこの現象なのではないか?と思う。

で、今日は最近廻った東南アジアの国やダラムサラに帰って撮った写真のいくつかを紹介する。

バリ島バードパークバリ島のバードパークで何年振りかに羽根を広げたクジャクに出会った。
やっぱ、羽根を広げたクジャクに勝てる鳥はいないと、その美しさに感嘆。

このバードパークではもちろん他にも沢山の美しい鳥を撮影した。
自然環境の中で撮影したものではないので、いまいちブログに載せる気がしないという気後れもあるが、その内いつか紹介したい。


白クジャク初めて見た白いクジャク。学名:Pavo cristatus (Domestic)

惜しい事には羽根を広げた後だった。

白孔雀はインド孔雀の白色変種とのこと。

昔、デリー近郊の遺跡を散歩してたとき、突然10数羽の孔雀に囲まれたことがある。
一瞬、この世を離れた感覚に陥ったことを思い出す。

クアラルンプール/ツインタワー
ペトロナス・ツインタワー(452M)

バリ島からカンボジアに向かう途中、マレーシアの首都クアラルンプールに一泊した。
夜着いて、次の日の昼のフライトまでの短い滞在だったが、このタワーや中華街を歩いて、もう十分と思った。
だいたい、この首都、20年前にくらべ驚くほど近代化されていて、旅行者にはつまんない町なのだ。

このタワーに登ろうとしたが、待ち時間が長過ぎ途中で断念。
1998年完成のこの88階建てビルは20世紀の高層建築の中では最も高いそうだ。
設計はアルゼンチン生まれのシーザー・ペリ。
日本でも羽田第二ターミナル、国立国際美術館等沢山手がけている。

2本のタワーの内一本は日本のハザマ建設の施工。
イスラム風のデザインがなかなか効いてる。

クアラルンプールマレーシアの女学生たち。
マレーシアは確かにイスラム教国であるが、町でブルカを被ってる女性は見ない。頭をショールで覆ってる女性はいるが目立たない。
このような女学生を見ると反って驚くほど。
中華系(25%)やインド系(7%)住民が多く、マレー系(65%)の中にも様々な先住民が含まれるという複合国家の典型だ。

表向きは仲良く暮らしているように見える。
雑多な宗教や人種が集まり一つの国として栄えるという見本のような国と感じられた。

現在は中東、中国やインドの経済発展の恩威もあり、東南アジアでもっとも経済的に発展した国となっている。

クアラルンプールクアラルンプールの中華街で見かけた雰囲気ある托鉢の老僧。

この中華街ではチベットの僧侶にも出会った。
中華街のそばに各チベット宗派の立派な僧院があるそうだ。
合わせれば、チベット僧の数は200人位とか。
僧院に誘われたが、時間がなく訪問することはできなかった。
それにしても、クアラルンプールにそれほどのチベット僧がいるとは知ららず、驚いた。
施主は台湾系の華僑が中心という。










プノンペンの市場プノンペンの市場。
マンゴスティン、ランブータン、マンゴー、ドラゴンフルーツ、ライチ、ジャックフルーツ、丸柿、リンゴ、ブドウ、ナシ、ミカンにモモ、何でもあって、安い。
果物の乏しいダラムサラに帰ると毎日色んな果物食べてたカンボジアが懐かしくなる。






プノンペンのリキシャマン木陰で眠るプノンペンのリキシャマン










ガンジス上空/ニアミス?バンコクを発ち、インドのガンジス上空を飛ぶころには右手にヒマラヤの連山がくっきり見えていた。
空気が比較的澄んでる秋ならではの楽しみ。

ヒマラヤの写真を撮ってる時、反対側から飛んで来た2機の飛行機が続けざまに二アミスじゃないか!と思うくらい近くを飛んでいった。
すれ違う2機のスピード感(1700~1900Km)はなかなかのものだった。

デリー駅真新しく、清潔で閑散としたデリー空港を後にしてデリー駅に着いた。
夜行列車を待つ間、相変わらすのインド風景を楽しんでいた。

ホームには頭から毛布を被って寝る人あり、到着した列車に我れ先に乗り込むインド人あり。
余りに多くの人が殺到し、罵声が飛び交う。窓から子供を押し込む人あり、サリーを巻くし上げて女性まで窓から入ってた。
もう一杯だとドアを閉められると、残された人たちは外からドアを足蹴にしてた。

東南アジアのどの国よりある意味、インドは遅れてると思えない事もない。

ダラムサラの自宅前ダラムサラの小さな自宅に帰ると、窓の前の桜が満開だった。

懐かしい、小鳥たちも沢山集まってた。
ダラムサラはほんにいいとこだ。





フクロウくん歓迎のフクロウくん。

























ラモツォダラムサラに帰るとすぐに、某通信社の人がアフガンから来たカメラウーマンと供にラモ・ツォを取材に来てくれた。

この女性記者は世界の「Love ストーリー」を連載しておられる。
もちろんただの「Love」ものではなく、政治的、階級的問題により愛し合う2人が引き裂かれるという話が中心。

今回はラモ・ツォと獄中の夫ドゥンドゥップ・ワンチェンの話を中心にチベット問題を描いて下さるというわけだ。

ところで、ラモ・ツォがこうして町でパンを売る姿はもう今は見られない。
パンの売れ行きが悪くなり、このままでは生活できなくなりそうだというので、今度は美容師になるといって、その勉強のためにデリーに下りて行ったからだ。

ラモ・ツォ/ドゥンドゥップ・ワンチェンの次男と長女TCVに行って、ラモ・ツォとドゥンドゥップ・ワンチェンの子供3人に会ってきた。
写真は次男と長女。

長女は日本からのお菓子を貰って満願の笑み。
次男はドゥンドゥップ・ワンチェンに瓜二つ!

恥ずかしがって何も話しをしない次男とちがって、長女はしっかり者。
ちゃんとお父さんの思い出などを話てくれた。












TCV Baby RoomTCV、Baby Roomの子供たち。
ここに集められてるのは孤児や、親が貧し過ぎて子を育てられないという境遇の子供たち。

中庭でお茶の時間を待ってる間に、みんな勝手に歌や踊りを始めた。
流石、みんな小さい時から超明るいチベット人!





































































rftibet at 16:50|PermalinkComments(1)TrackBack(0)その他 

2010年11月27日

ウーセルさんの最新ラサ・レポート

ウーセル女史ウーセルさんが拘束されそう!
という話が今月初めに世界を駆け巡った。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-11.html?p=2#20101101
その後、しばらく連絡が途絶え、みんなが心配していたが、約一週間後には
当局の監視の目も弛み、外部とも連絡できるようになった。
世界中のチベットサポーターたちは安堵した。

ウーセルさん、その後無事北京の自宅に帰られ、順調にブログやツイッターをされていたが、また最近、当局の悪さにより、ブログ、ツイッター、メールがハックされ、使用不可能に陥った。
今は再びブログは再開され、ツイッターも復活した。
もっとも、今日も「自分のメールを使って、ウイルス拡散の危険あり!」との警報を流されていた。

中国当局のウーセルさんへの嫌がらせは執拗に続いているようだ。

そのウーセルさんのラサ滞在中のレポートが写真付きでブログにアップされていた。

さっそく、その11月25日付けブログの翻訳をいつもの@yuntaitai(雲南太郎)さんに依頼した。

ウーセルさんの目を通して見た、現在のラサの状況を知る事ができる。

原文:http://woeser.middle-way.net/2010/11/blog-post_25.html
写真はすべて2010年10‐11月、ウーセルさん撮影。
太字化tonbani.


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ラサで目にした現状/回到拉萨之目睹现状
文/ウーセル


11月25日付け、ウーセルさんのブログより写真1/アムドのアバから五体投地で来た若い男女。向こうにいるのは日夜銃を持って
いる軍人。

10月初め、私は北京からラサに帰って家族を訪ね、1カ月余り滞在した。この間、敏感な日や週、月が来るのに伴い、顕著であれ微妙であれ、ラサの情勢に絶えず変化が起きているのを見聞きした。こうした変化は街のあちこちで見つけられた。

たとえばラサに戻ったばかりの数日で、変化を見つけた。雪新村路の入り口に2年前設置されていた歩哨がいなくなっていた。深夜にバルコルを1周する時には、背中合わせで見張ったり、銃を持って巡視したりする軍人約60人を見た。策墨林(ツェモリン)路から青年路の入り口までに巡視の軍人約30人にぶつかったけれど、3月にあちこちで見た無数の武装軍人は実際かなり少なくなっていた。

11月25日付け、ウーセルさんのブログより写真2/大勢の旅行者が群がって五体投地のチベット人を撮影する。近くの屋上には銃を持った軍人が立っている。


しかし、ラサの空気はすぐにまた緊張してきた。雪新村路の入り口の歩哨が復活しただけでなく、ルカン(ポタラ裏の龍宮公園・魯康)の周りにも軍と警察が隙間なく配置されていた。バルコル一帯やカルマクンサンなどのチベット人居住区は言うまでもない。ラサ人の言葉を借りると、そこはバグダッドだった。

1週間ほど、太陽が昇るころ、数機の軍用ヘリがラサ上空を行き交った。本当に超低空飛行で、轟音を響かせゆっくりとかすめていくのを2階の窓から見ることができた。私たちはこれが威嚇だと知っている。これほど大がかりな行動で抑えつける対象は恐らく少数の人ではなく、明らかに「自分たちと同類ではない」一つの民族全体に向けられたものだ。

ある日の午後、私と(夫の)王力雄は魯固北巷の入り口からバルコルに入り、策墨林路、北京東路、ルカンと歩き、至る所で歩哨に立つ軍と警察、特警、公安、保安、私服を見た。大雑把に見て数千人以上いる。バルコル派出所を通り過ぎる時に中を見ると、数十人の若い武装警察が2列縦隊になり、ボクシングや格闘を訓練していた。「やっつけろ!」という掛け声が響き、頭上には「軍民団結、和諧共建」という真っ赤なスローガンが掲げられていて、かなり風刺が効いている。

その時、たくさんの旅行者が足を止め眺めていて、驚きの表情を浮かべた西洋人もいた。王力雄は「西洋人旅行者がこの情景を見れば、間違いなくチベットは植民地だと思うだろう。でも中国共産党はいま自分を強大だと思っているから、隠す隠さないなんてどうでもいいんだ」と話した。

当然、ポタラ宮から西はまったく違う風景で、ラサ人に「漢区」とからかわれ、レストランは繁盛し、料理の香りが漂っている。徳吉(ドルジェ)路と天海路はラサの有名なグルメ街だ。物価は北京とほとんど同じぐらい高く、公金で飲み食いする恐ろしい腐敗街になっており、食事時間になると路上にモーター・ショーのような名車が集まってくる。

もっと派手な腐敗は隠されている。聞くところによれば、地方や軍の官吏がよく集まるレストランの一つは、ラサ飯店近くの「湘鄂情」で、99%は公金支出だ。有名な高官の味の好みを把握し、好みに合わせて料理を出すことができ、ややもすれば1回の食事が数千元、1万元以上になるとまで服務員は話している。

11月25日付け、ウーセルさんのブログより写真3/9頭の龍を彫った壁と赤い灯籠の背後に見えるポタラ宮。

ラサでの予測できない日々で忘れられないのは、夕暮れ時にツェコル(ポタラ宮ふもとの右遶道)を回ったことだ。昼間に供えられたお香の残り香が漂っていて、あの信仰の香りは人の心をリラックスさせてくれる。ただ惜しいのは、あれだけ大きなルカンが漢族地域の公園のように改造されてしまったことだ。池の上にはもう何重ものタルチョは掛けられておらず、9頭の飛龍を彫った壁が正門に立てられ、漢文化建築の気風が充満している。

どんな角度から見てもこの上なく美しいポタラ宮を眺める。「最も反動的で、最も暗黒で、最も残酷で、最も野蛮」という汚名を着せられた「旧チベット」が築いたのだ。「最も先進的」と自らを誇る中国共産党はチベットを51年統治しても、ポタラ宮に匹敵する建築物をまったく建てていないし、うまく何かをしようとして逆にひどいことをしている。

11月25日付け、ウーセルさんのブログより写真4/ポタラ宮前の石畳はたびたび交換される。

例えば、天安門広場を模倣したポタラ宮広場で今年、まったく余計で豪華な地下道が2本増えた。しかしポタラ宮前の巡礼路では、敷いてから数年の石畳がでこぼこになっていて、役所と民間に大々的な土木工事のチャンスを与えている。この機会に儲けさせてやればいい。心が痛むのは、ポタラ宮に面した何枚かの粗い石畳が無数の信徒の五体投地で平らになり、光っていたことだ。保存するかすぐに記念写真を撮るべきだったのに、もう廃材として持ち去られ、消えてしまった。










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2010年11月26日

2年半に渡り拘置所に収監されていた尼僧が骨折と重い健康障害の下、開放される。

4030a83d.jpg写真はタシ・ヤンツォ(RFAより)

25日のVOTチベット語放送http://www.vot.org/#
23日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/a-nun-in-kham-suffered-severe-beating-under-detention-and-receives-treatment-11232010192827.html
及び25日付Phayul.com(英語)によれば、
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28618&article=Nun+set+free+from+jail+in+%22serious%22+health

先の11月19日、2008年の抵抗運動に参加した尼僧が重い健康障害の下、拘置所から外に出された。
これは南インド、セラ僧院の僧ペマ・ツェワンが確かな事実としてVOTに伝えた情報。

2008年5月20日、カム、カンゼ、ダルゲ・ニャゲ尼僧院(དར་རྒྱས་དགོན་པའི་ཉ་བརྒྱད་བཙུན་དགོན་)の尼僧タシ・ヤンツォ(བཀྲིས་དབྱངས་མཚོ་、通称タガ)は他の2人の尼僧セル・トゥック(གསེར་ཕྲུག་)とジャンパ・チュキ(བྱམས་པ་ཆོས་སྐྱིད་)(この2人の尼僧の名はVOTとphayulではアチュとソチュとなっている)と供にカム、カンゼの市中で中国政府のチベット政策に対する抗議を示す平和的デモを行った。
3人は間もなく逮捕され、その後四川省の省都、成都付近の拘置所に収監されていた。
情報によれば、3人は拘置所で激しい拷問を受け、セル・トゥックとジャンパ・チュキの2人は重体に陥った。
拘置所で死なれるとまずいというので先にこの2人は開放された。

タシ・ヤンツォはそのまま2年半も拘束された後、今年11月19日、外に出された。
拘置所から開放された時、拷問により彼女の右腕は2カ所骨折しており、右耳の聴力もほとんど失われていた。
さらに、結核を患い、呼吸器系の障害を抱えていたという。

タシ・ヤンツォは現在、成都の病院で入院治療をうけている。

カンゼ地区では、同じ2008年5月、ダカル尼僧院の尼僧12人、パンリ尼僧院の尼僧55人、さらにガンデン・チュリン尼僧院の尼僧数名が逮捕・拘束されている。

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中国の拘置所や監獄内での拷問は後を絶たない。
尼僧が拷問に晒されるという話には特に痛ましいものを感じる。

中国の拘置所での拷問は日常茶飯事と化している。
特に2008年以後、どれだけの人々が惨い拷問に遭ったことか。
彼女と同じようにデモの後拘束された尼僧たちもみんな同じような拷問に晒されたに違いない。
2年半の裁判も行われず、拘束されるという事も異常だ。

拷問の末、死にそうになると外に出すということも、昔から全く変わっていない。
死刑の判決を言い渡されなくとも、80年代末からだけでも少なくとも数十人が獄中で拷問の故に死亡している。
もちろん解放後すぐに死亡した人も多い。

この悲惨極まりない悲劇はいつまで続くのか。






















rftibet at 15:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)チベット内地情報 

2010年11月24日

法王が完全引退?

d9c69ce6.jpgダライ・ラマ法王は今日の朝11時頃、無事ダラムサラに帰って来られた。
沿道にはいつものように、法王の労をねぎらい、無事の帰還を喜こぶ大勢のチベット人が出迎えていた。

今回の外遊は特に長く、さぞお疲れのことと思われた。
先月はアメリカとカナダに3週間。
その後、数日だけダラムサラに帰られた後、すぐに日本に2週間弱。
インドに帰られた後もデリーで1週間様々な講演やイベントに出席されていた。

ダラムサラの自宅でしっかり静養して頂きたい。
次の行事は一週間後の今月30日から3日間ロシアグループのリクエストに答えてティーチングを行われる。
今回のテキストは「ゲルセー・トクメー・サンポ(カダン派の導師)の37菩提行論」。
おまけにグヒヤサマージャの灌頂も行われる。

もちろん、一般の人々も参加自由。
私も行くつもり。
ティーチングはいつものようにhttp://dalailama.com/のウエブで見る事ができると思う。

で、今日は最近話題になっている、法王完全引退の話をしたい。
法王は先月の北米ツアーの頃から度々この話をされている。

例えば、昨日のAFPの記事。

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<ダライ・ラマ、チベット亡命政府トップを引退へ>
http://www.afpbb.com/article/politics/2776538/6506727

【11月23日 AFP】チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世が来年、チベット亡命政府の指導者の立場から引退する意向を示した。仕事量や儀礼的な役割を減らすことを検討しているという。ダライ・ラマの報道官テンジン・タクラ(Tenzin Taklha)氏が23日、AFPに語った。

 チベット亡命政府は1960年にインド北部ダラムサラ(Dharamshala)に拠点を移した。2001年には初めて亡命中のチベット人による投票で主席大臣を選出した。

 タクラ氏によれば、投票以降、ダライ・ラマはいつも「半分引退した状態」と述べていた。また最近は「亡命政府議会に将来の引退について相談していた」という。

 タクラ氏によると、ダライ・ラマが「引退」するのは、決議への署名などの政府トップとしての儀礼的な役割からであり、宗教的指導者としての立場や、チベット人のリーダーとしての立場から引退するわけでないと強調した。

 タクラ氏は、「(ダライ・ラマが)政治的なたたかいの指導をやめるわけではない。彼はダライ・ラマだ。いつだってチベットの人びとを率いる存在なのだ」と述べた。(c)AFP

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この辺のチベット人はこれを聞いて特に驚く人もいなかったと思われる。
法王は何年か前から、「自分も年だし、人間として<引退>の権利があると思う」などと発言されていた。
2001年以降は、「私はチベット人のスポークスマンに過ぎない」とも言われていた。

実際、2001年以降はほぼ政治的決定は議会に任せ、最後の承認のハンコを押されていただけ、というのが現実だ。

もっとも、この引退も「議会などと話し合ってから決める」とおっしゃっている。
議会の誰かが「じゃあ、引退してください」なんて言うとは到底思えない。
従って、いやいやながらも亡命政府の代表を続けることになると予想される。
ただ、法王としては、何れは本当の老い、そして死という現実が待ち構えていることを自覚され、それを一般のチベット人にも自覚させ、自分なしでもちゃんとやっていけるように、今からしっかり準備せよ、と言いたいのだと思う。

来年の春には新しい首相と議員が選出される。
今までも、独立派を中心に「法王が政府のトップという、今の体制は本当の民主主義ではない」という意見もあったので、できれば若い者たちにすっかり任せたいのかもしれない。

対中国においてもその方がやりやすいと思われているのかも知れない。

何れにせよ、ダライ・ラマ法王はお亡くなりになるまで(お亡くなりになっても)チベットの人々を見捨てるはずもなく、またチベット人の信頼も揺らぐことはない。
影響力は全く変わらないであろう。





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2010年11月23日

ジョンダ(江達)で2人の僧侶に重い刑期

605fc3e7.jpg写真1枚目:カルマ・パッサン、
2枚目ミパム・ゲレック(Phayul.comより)

今日(11月23日)付け、Phayul.comより。
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28608&article=2+Tibetan+monks+sentenced+to+lengthy+prison+term+in+Jomda+county

10月25日、チベット自治区チャムド(昌都)地区ジョンダ(江達)県の中級人民法院はジガル僧院に所属する2人のチベット人僧侶、カルマ・パッサン(26)とミパム・ゲレック(22)にそれぞれ9年半の刑期を言い渡した。

ミパム・ゲレックチベット蜂起51周年記念日に当たる今年3月10日、2人が政府車両に火を放ったからだという。
最初、次の日の3月11日、県当局はジガル僧院のカルマと他の2人の僧侶を逮捕した。
3人は県の拘置所に収監されたが、カルマ以外の2人は後に開放された。
その後、ゲレックが逮捕され、カルマとともに収監されていたという。

この事件の背景には2009年に、2008年以降の中国政府の弾圧に対する抵抗の印としてチベット各地で行われた「耕作拒否運動」がある。

この地区では去年5月、この運動を行っていたツェリンという男性が警官に拳銃で撃たれ負傷し、他の3人、パガ、ラダル、サンガが激しく撲打された後拘束されるという事件が起こっている。

中国政府は彼等を懐柔し、耕作を続けさせるためにトラクター等の耕作機械を与えようとした。
しかし、地元のチベット人たちはこれらの贈り物を受け取る事を拒否した。
情報によれば、彼等が火を放った車両とはこの時政府から支給された車両であったという。

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耕作拒否運動については:過去ブログ
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51197307.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51410215.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51186148.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51185213.html
等。






rftibet at 17:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)チベット内地情報 

2010年11月22日

RFAより、最近ラサで起こった事件。

4fffb9ca.jpg写真は最近のラサ:ブログ「天葬臺」より。

チベット内地からは最近、大きな衝突のようなニュースは入っていないが、だからといって中国のチベット人に対する弾圧が緩められたという訳ではない。

最近RFAに内地から伝えられた、ニュースをいくつか紹介する。

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<ポタラの裏、コルラの最中に抵抗の声を張り上げたチベット人がめった打の末逮捕される>

最初の話は今月であるが、日付は判っていない。

ラサのポタラをコルラ(右遶)することは、今でも多くの信心深いラサ市民や巡礼者の日課となっている。

ある日の夕方、ポタラの裏あたりをコルラしていた一人の男性が、突然両手を振り上げて、「チベット独立!ダライ・ラマ法王に長寿を!」と声を張り上げたという。

同じくコルラを行っていたチベット人たちはこの姿を見て、驚き、中には涙を流す人もいた。

しかし、数分もしないうちに警官隊が彼を囲み、すぐにみんなの見ている前で彼を滅多打ちにした。
それは凄まじい暴力であり、周りのチベット人たちは声を上げ非難した。

彼は半死状態となり、引きずられて車に乗せられ、どこかに連れ去られたという。

(昨日のRFAチベット語放送より)

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<五体投地の巡礼者を助けるチベット人、排除しようとする警察>

チベットは冬に向かい、農閑期となったカムやアムドの田舎からラサに巡礼に来る人が増えている。

その中でも何ヶ月もかけて五体投地を続けながらラサまでやって来た巡礼者に対して、また、その中でも大地震に見舞われたケグド(ジェクンド 玉樹)からやってきた巡礼者に対し、ラサのチベット人たちは彼等を篤くもてなし、家に泊めたり、食料を与えたり、マニリブ(法王が加持を与えたとされる小さな万能丸薬)を与えたりしているという。

しかし、ラサの公安や警察はこのような巡礼者に対し、分けもなくつらくあたり、ジョカンの周りを五体投地するものを見つけるとすぐに追い出すという。

最近、ジョカンのパルコルでそのような巡礼者を労っていたチベット人を見つけた警官が彼等を乱暴に追い払い、その巡礼者の写真を撮っていた台湾人を捕まえどこか連行していったという。

http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/khamlaytsen/kham-stringer/tibetan-on-annul-pilgrimage-to-central-tibet-being-harrassed-by-chinese-security-11112010155845.html

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<カンゼ出身の3人のチベット人が連行される>

最近、ラサで露天商を営んでいたカム、カンゼ出身の商人2人と僧侶1人が、突然その店に現れた警官に拘束され、連れ去られたという。

それを目撃したチベット人がRFAに伝えたものだが、彼はおそらく彼等はグツァ拘置所に送られていると思う、と話ているが、はっきりとした行方は不明のままだ。
また、なぜ彼等が連行されたのかも判っていない。

http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/khamlaytsen/kham-stringer/china-police-arrested-three-tibetan-without-any-reason-11132010115148.html












rftibet at 17:30|PermalinkComments(3)TrackBack(0)チベット内地情報 

2010年11月20日

チベット人に執行猶予付き死刑・2008年の抗議活動に参加したとして

5ff527a8.jpg写真は死刑宣告されたソナム・ツェリン23歳
(CTA Websiteより)

11月20日付け、チベット亡命政府ウエブ・ニュース。
http://www.tibet.net/en/index.php?id=1993.&articletype=flash&rmenuid=morenews&s&tab=1#TabbedPanels1

チベットの首都ラサの裁判所は、2008年の平和的抗議活動を先導したとして、1人のチベット人男性に対し2年執行猶予付き死刑を宣告した。

ダラムサラ:中央チベット政府(CTA,チベット亡命政府)に寄せられた報告によれば、チベットのカム地方、デルゲ、ペユル(སྡེ་དགེ་དཔལ་ཡུལ་རྫོང་ 白玉県)出身のソナム・ツェリン(བསོད་ནམས་ཚེ་རིང་ 23)に対し、ラサ中級人民法院は、今年5月頃執行猶予付き死刑を言い渡した。

罪状は2008年3月14日ラサで行われた中国政府に対する抗議活動を先導したというもの。

2008年3月の抗議活動の後、公安当局は賞金を掛けソナム・ツェリンの行方を追っていた。

報告によれば、2009年10月に逮捕されるまで、ソナムはラサ周辺で愛国的チベット人たちに匿われながら隠れ続けていたという。

現時点で、彼がどこに収監されているのか、はたして彼はまだ生きているのかどうか不明である。

同法院は、彼を匿ったとして7人のチベット人に様々な刑期を言い渡した。

7人の氏名と刑期は以下の通り。
ツェワン・ギュルメ(ཚེ་དབང་འགྱུར་མེད་ソナム・ツェリンの兄弟)に刑期5年、ペユル出身のタシ・チュドゥン(བཀྲིས་ཆོས་སྒྲོན་་)に7年、マルカム出身のドルヤン(སྒྲོལ་དབྱངས)に4年、コンボ出身のカヤン(ག་གཡང་)に7年、ラサの尼僧イェシェ・ツォモ(ཡེ་ཤེས་མཚོ་མོ)に5年、ラサ出身のタヤン(བཀྲ་དབྱངས)に5年、ラサ出身のパサン・ツェリン(པ་སངས་ཚེ་རིང་བ)に1年。

2008年3月10日以来、チベット全域でチベット人たちは中華人民共和国のチベットに対する失政を訴えるために立ち上がった。
平和的抗議者たちはダライ・ラマ法王のチベットへの帰還とチベット内地のチベット人に対する基本的人権の尊重を訴えた。

それに対する中国政府の野蛮な弾圧により、概算227人のチベット人が死亡し、6810人が逮捕され、その内510人に刑期が言い渡された。

最近出版された、2008年のチベット蜂起に関するUN、EU及び中央チベット政府(CTA)情報国際関係省人権デスクの詳細な報告書によれば、「死亡の原因は、或は抗議デモ最中の当局による無差別発砲によるもの、或は逮捕、尋問、拘留中の激しい撲打や拷問によるもの、或は弾圧や脅迫の積み重ねによる自殺によるものである」とされている。

さらに、これらの報告書によれば、「これまでに合計7人のチベット人が死刑を宣告された。その内、即時死刑を求刑された2人はすでに刑を執行され、5人は現在死刑猶予中または2年の執行猶予中である。
25歳のロプサン・ギェルツェン、同じく25歳のロヤックは2009年10月20日に死刑執行された。
他の死刑猶予中の5人とはテンジン・プンツォック(27)、カンツック(22)、ペンキ(21)、ペマ・イェシ(28)、ソナム・ツェリン(23)である。
これらの死刑宣告にいたる法的手続きはすべて、公平な裁判に欠け、独立した合法的代理人も付けられる事もないものであった」という。
















rftibet at 22:00|PermalinkComments(3)TrackBack(0)チベット内地情報 

中国、「つぶやき」も抑圧 反日デモ皮肉り拘束

47NEWSより。
http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010112001000156.html

 【ロンドン共同】国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は19日までに、短文投稿サイト「ツイッター」に尖閣諸島付近での中国漁船衝突事件をめぐる中国の反日デモへの皮肉ともとれる書き込みをした中国人女性が警察に拘束され、「社会秩序かく乱」罪で1年の労働教育処分を受けたことを明らかにした。

 アムネスティは、女性はツイッターでの「つぶやき」で「良心の囚人」となった初の中国市民かもしれないと指摘し、インターネット上での表現の自由の抑圧を批判。当局に釈放を求めた。

 女性は「反日デモで日本製品を壊すなんて何年も前にやった。何の新味もない。刺激がほしいなら、上海万博で日本館を壊せばいい」と、婚約者の男性がツイッターでつぶやいたのを引用。「怒れる若者よ、突撃だ」との題を付け、10月17日に書き込みをした。アムネスティは「(反日デモをあおっているのではなく)明らかな風刺的発言」としている。

 女性はその10日後の結婚式当日に行方不明になり、労働教育の収容所に送られたことが最近分かった。女性はこの数年間、中国の反体制派を支持する書き込みもしていたという。

2010/11/20 09:22 【共同通信】

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今までは中国でもツイッターは安全と思われていたのに、暇人の多い中国、ここまでやるかの話。

雇用対策に監視人と五毛党を増やす事しか考えない国なのか?









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2010年11月19日

2人のチベット人商人に重い刑が言い渡される。

fc80f9f1.jpg11月11日付けTCHRD(チベット人権民主センター)プレスリリースより。
http://www.tchrd.org/press/2010/pr20101118.html

チベット自治区ロカ(山南地区)の中級人民法院はチベット人商人ソナム・バクドとタシ・トプギェルにそれぞれ15年と5年の懲役刑を求刑した。

ロカの公安当局は2人を2009年8月、政治活動の疑いがあるとして逮捕していた。
逮捕後、裁判にかけられるまで2人の消息は全く不明のままだった。

ソナム・バグドは1965年生まれ、出身地はツォナ県ジョルヤ郷。
中学を卒業後、彼は地区の共産党員となった。
商売に成功し、その資金で恵まれない学生を支援し、彼等の医療費も負担していた。
また地区の僧院への資金援助も行っていた。
彼は地区の人々から愛される模範的商人であり、県から「模範的市民賞」を授与されたこともあったという。

タシ・トプギェル(30)も同じツォナ権ジョルヤの出身。
彼は妻と子供に囲まれ、倹しく商売を営んでいたという。

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写真:TCHRD

今のところ、これ以上の情報は入っていない。

商人といえば、最近逮捕され無期懲役を言い渡されたラサの大商人ドルジェ・タシやカルマ・サンドゥップ(懲役15年)を思いだ出す。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51492769.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51470405.html

懲役15年を求刑されたこのソナム・バグドも商人として成功し、チベット人を助け、人気があった。
彼もまた、体制内で活動していた。
このようなチベット人をターゲットにする、同様のケースではないかと思われる。









rftibet at 18:30|PermalinkComments(3)TrackBack(0)チベット内地情報 

2010年11月17日

アウン・サン・スー・チーさんの開放後最初の演説

57ff0f30.jpg写真AP

2日前に古巣のダラムサラにやっと帰って来た。
今日までネットが復旧せずブログも更新することができなかった。
幸い、この間、チベット本土では大きな事件のようなことは起こっていなかったようだ。

カンボジアを発った14日、ビルマのアウン・サン・スー・チーさんが長かった7年間の自宅軟禁からついに開放されるという嬉しいニュースが入っていた。
BBCでもインタビューに答える元気な彼女の姿を見る事ができ、私は非常に喜んだ。

法王もさっそく彼女の開放を喜ぶメッセージを発表され、ビルマの民主化に対する全面的な支援と連帯を表明された。
http://dalailama.com/news/post/620-message

BBCとのインタビューの中で彼女は何度も自分が目指すものはVelvet Revolution(1989年チェコで行われたビロード革命)だと語っておられた。
「Revolution」という言葉を使う彼女に対し、BBCのインタビュー者も「そのように語る事で再び当局に拘束されるという恐れは無いのか?」と問うた。
「その可能性は否定できないが、私は率直に語るだけだ。私は今の政府をひっくり返すのではなく、その体質、性格が変わってほしいと思っているだけだ」と話されていた。

以下は彼女が開放された後に行った最初の演説である。

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スー・チーさん演説全文
http://www.asahi.com/international/update/1115/TKY201011150042.html
http://www.asahi.com/international/update/1115/TKY201011150042_01.html
http://www.asahi.com/international/update/1115/TKY201011150042_02.html

自宅軟禁から解放されたミャンマー(ビルマ)の民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チーさんが14日に最大都市ヤンゴンの国民民主連盟(NLD)本部前で行った演説は次の通り。

     ◇

 このように集まって支援してくれていることに最初にお礼を言ってから、話を始めたいと思います。皆さんお久しぶりです。しかし、どれだけ会えなくても、(国民と私の間に)お互いに慈しみの心や信頼感がしっかりとあったということを確認できてうれしく思います。とても力になります。

 国民の皆さんが何を期待しているかを私は知っています。期待していることをどうやったら実現できるかを知ることが重要です。私の考えでは、政治とは「習得する」ことです。

 若者たちと話をする時に、私は悪い若者とか良い若者とかといった区別はしません。優等生と劣等生という区別も信じません。習得できる人と習得できない人という区別があるだけだと思っています。私たちの国の人々は習得をできると信じています。

 期待するだけでは何もできません。期待することを実現するためにどうしたらいいか。実現する際にも正しい方法で行動する必要があります。

 正しい方法で行動したいというのはなぜかというと、自分が聖人になりたいからではありません。私の経験から言って、正しい方法で行動しなければ目標が正しいものではなくなってしまうからです。だから、正しい方法で自分が実現したいと思っていることを実現しなければなりません。

 私にたくさん質問をしたいという人がいることを私は知っています。私も人々の声を聞きたいと思っています。難しいのは皆さんが口々に叫べば、何を言っているかわからなくなってしまうことです。私は皆さんの声を聞けるようになることを期待しています。

自宅軟禁に置かれた際にも、私は(ラジオやテレビの)放送をしっかりと聞いて、国民が何を言っているか、国民が何を必要としているか、毎日確認してきました。1日に5、6時間も耳を傾けなければならないのは、つらいことです。しかし、国民のために聞き続けてきました。そのように聞き続け、国民がどのような生活を強いられているかということを理解してきました。

 ただ、すべてはわかりません。私は国民の皆さんにも私に聞こえるように話をしてほしいと思います。それによって、私は何をするべきかを考えることもできます。

 国民が参加しなければ何も実現できません。それは皆さんもわかっていると思います。国民が国民のために民主化を実現する、それは私の国だけではなく世界中に広がってほしいことです。そういう考えに基づいて、私たちは努力します。私が掲げる目標を平和的に正しい方法で実現できると信じています。

 やらなければないことはたくさんあります。行動しなければ何も得ることはできません。

 私たちミャンマー人は、何でも「これは運だ」と考える傾向があります。私は若い世代にも何回も言ってきました。運という言葉の意味を知っていますか。運というのは行動に基づくものです。運と言っても、自分がやったこと以上にはなりません。

 得るべきものがあれば、行動しなければなりません。「実現不可能なことを実現します」と簡単に約束することでは国民をまとめることはできません。

 私たちは努力します。国民が向かうべきところに行く道をみんなで造っていきます。道を前に進めるように努力したいと思います。私たちは民主主義の目標にたどり着く道をみんなで造り、みんなで一緒に歩いていきます。この方法でこそ、私たちの目標は実現するのです。

 ほかの人がしてくれるのを待っていては駄目です。私たちは無理やりやらせるつもりはありません。皆さんが自ら参加することで実現するのです。

 このように皆さんがここに来て支持をしてくれるのは、私に期待しているからだということはわかっています。そのような期待を背負うのはとても重いことです。しかし、私はその責任を恐れません。恐れるのは責任を果たせないということだけです。責任を果たすために努力します。

 その際、国民の皆さんも私にアドバイスをしてください。力を貸してください。指摘すべきことがあれば指摘してください。正しく指摘すること、真心から指摘することは非常に助けになります。指摘してくれることで、私たちと国民が必要としていることを実現するための助けになります。

 ここで私は国民の皆さんにお願いがあります。私たちとは、正直に何も恐れずに接してください。私たちに何を言ってくれても構いません。言いたいことを伝えてください。私と意見が違ったときには私は反論します。これが民主主義の基本である言論の自由です。言論の自由というのは勝手に文句を言い合うことではありません。

 時には少し声を張り上げることもあるかもしれません。しかし、お互いが理解できるよう話すことがとても重要なのです。お互い意見が一致していても、そうしたことを訓練する必要があります。訓練することでできるようになるのです。





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2010年11月13日

中国の人権に関するNGO共同声明 等々

いくつか、お知らせを。

アムネスティー・インターナショナル東京支部は中国の人権問題に関し、外務大臣宛に以下の共同声明を作成し、11月9日外務副大臣に面会し、これを手渡した。

これには内のルンタ・プロジェクトも協賛団体として名を連ねているので、ここに発表させてもらう。

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NGO共同声明:
日本政府が人権を外交政策の柱とし、中国において人権が保障されるよう、APECをはじめとする様ざまな機会に、他国政府とも協力し、行動することを求める


外務大臣 前原誠司 様

 2010年のノーベル平和賞を劉暁波さんが受賞するにあたり、私たちは、中国の人権状況の改善に向けて日本政府が一層の外交努力を進めるよう要請します。

 劉さんは、中国の人権保障や民主化を非暴力的に求めてきました。しかし現在、不公正な裁判の結果、「国家政権転覆扇動」の罪で11年の刑を受けています。そして中国では、劉さんだけでなく、表現の自由という基本的人権を平和裏に行使したというだけで多くの人びとが投獄されています。たとえば、チベット人の映画監督であるドンドゥプ・ワンチェンさんは、チベット人のインタビュー映像を収めたドキュメンタリー映画を制作したことにより、「分離主義を扇動した」として6年の刑を受けました。ウイグル人ジャーナリストのハイラット・ニヤズさんは、香港メディアの取材を受けたという理由で15年の刑を受けました。

 中国での人権問題は、表現の自由をめぐるものに限られません。たとえば民族差別についても、私たちは懸念しています。米国の「中国に関する議会・行政府合同委員会」(USCECC)は、中国政府のウェブサイト上に掲載されている公務員、国営企業、民間企業の求人広告のなかには、漢民族に限定したものがあると報告しています。これは差別的な雇用に中国政府が直接かかわっており、民間における雇用差別を黙認し、雇用差別への防止策を講じていないことを示唆しています。

 新疆ウイグル自治区やチベット自治区などにおける抗議の背景には、宗教の自由に対する規制、実質的には漢人を優遇する開発戦略、漢語以外の使用を認めない教育言語政策など、中国政府が少数民族に対して抑圧と差別を続けてきたことへの積年の怒りがあります。(詳しくは同封の報告書を参照してください。)

 私たちはこれまでも、中国の人権問題についてそれぞれ取り組んできました。このたび劉暁波さんにノーベル平和賞が与えられるのを機に、日本政府が下記の各点につき取り組むよう、要請いたします。

1 下記の各点につき、
(1)中国政府へ直接働きかけること。
(2)中国政府に働きかけるよう、各国政府に要請すること。
(3)中国政府に対し、中国の少数民族が置かれた人権状況への懸念を表明すること。

 - 劉暁波さんをはじめ、平和裏に表現・結社・集会の自由を行使したことのみを理由として拘禁されている人びとを速やかに且つ無条件に釈放すること。
 - インターネットやニュース報道の検閲を止め、ジャーナリストを含む独立メディアへ報道の自由を認めること。
 - 市民的及び政治的権利に関する国際条約(自由権規約)、拷問等禁止条約を批准し、実効的に国内で実施すること。
 - 国際人権法および人権基準に基づいて自らの文化を享受し、自らの宗教を実践し、自らの言語を使用する少数民族の権利を尊重し擁護すること。
 -中国が批准する人種差別撤廃条約の第1条に謳われた、あらゆる理由に基づく差別の明確な定義とその禁止を国内法に導入し統合すること。
 - 開発計画に地域共同体を参加させ、それらの計画がすべての民族に平等に利益となることを保証すること。

2 2010年アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議や閣僚会議において、議長国として、優先分野に上げられている人間の安全保障において、その実現に不可欠である人権の保障についても積極的にとりあげること。

2010年11月9日

<呼びかけ団体>
アムネスティ・インターナショナル日本

<賛同団体>(順不同)
アジアと中国の民主主義を考える会
スチューデンツ・フォー・フリーチベット日本
ルンタ・プロジェクト
四方僧伽
中国民主団結聯盟日本支部
民主中国陣線日本支部
ヒューマン・ライツ・ウォッチ

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<ノーベル平和賞受賞 劉暁波氏を支援する会 人権議員連盟>

同じ11月9日、牧野聖修議員、今野東議員も10月21日の院内集会で
決議した決議文を提出された。

これについては以下のYouTubeをご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=E3uWg_2ueY0

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YouTubeついでに:以下はリチャード・ギア氏とかが訴える、ICT作成の人権擁護アピールのショートビデオ。
http://www.youtube.com/watch?v=uFhZ-O6mFTg

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以下は恒例の素晴らしい学習会のお知らせ。


第10回「チベットの歴史と文化学習会」
〜周縁からのチベット〜


■日時:2010年11月27日(土)18:00〜21:20(開場17:50)

■場所:文京区民センター 3-A会議室

    交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分
    都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分
    JR総武線水道橋駅 徒歩13分
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754

■参加費:¥1000

■参加のお申込み
 当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただいた方を優先させていただきます。
申込みページ(↓)からお申込み下さい。
 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku10/
※11月1日お申し込みスタート。
※定員になり次第締め切らせていただきます。

■プログラム(予定)

特別講義(1)「民族と自由 ーモンゴルとチベットー」

講師:田中克彦(たなか・かつひこ) [言語学・モンゴル学/一橋大学名誉教授]

ソビエト連邦の崩壊とともに宗教への禁圧が解け、ロシアの3つの共和国では一斉にチベット仏教が再興した。ダライ・ラマが招かれ、仏像開眼の法要が営まれた。このような仏教再興の動きとその基地となった独立モンゴル国の役割について考えます。
参考⇒『モンゴル 民族と自由』(岩波同時代ライブラリー)

特別講義(2)「ダライ・ラマの外交官ドルジーエフ 〜激動の内陸アジアを駆け抜けたブリヤートモンゴル人」

講師:棚瀬慈郎(たなせ・じろう) [文化人類学/滋賀県立大学人間文化学部教授]

19世紀末から1930年代にかけて、ダライ・ラマ13世の側近として活躍したブリヤート系モンゴル人アグワン・ドルジーエフ(1854-1938)の波乱の生涯を通して、内陸アジアへのチベット仏教伝播を考えます。

参考⇒『ダライラマの外交官ドルジーエフ チベット仏教世界の20世紀』(岩波書店)

チベット最新情報「被災地を訪れて」
報告:渡辺一枝(わたなべ・いちえ)[作家]
司会:長田幸康 (おさだ・ゆきやす)[ライター、I love Tibet!HP 主宰]

ジェグド(ジェクンド、青海省玉樹県)を襲った大地震から半年。最近現地を再訪した渡辺一枝さんの報告と写真から被災地のその後を辿り、前回呼びかけた「わたしたちにできること」を考えます。

*発言者は都合により変更となる場合もあります。

●主催:チベットの歴史と文化学習会

●お問い合わせ:e-mail: trb.gakusyuukai@gmail.com
       



rftibet at 15:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)その他 

2010年11月12日

チベット亡命政府次期首相予備選、若いロサン・センゲ氏が断然リード

a0b93d8c.png亡命政府の次期首相を選出する予備選挙の結果が今日発表された。

今日は日本の故郷である広島で「ノーベル平和賞サミット」が開催されたが、この方のニュースは国内の方に任せる事にして、私はダラムサラや本土チベットのニュースに専念。

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<予備選でロサン・センゲが断然リード>
phayul.com:
http://drichu17.phayul.com/news/article.aspx?id=28545&article=Dr+Lobsang+Sangay+holds+strong+lead+in+preliminary+polls

ハーバード・ロー・スクールの研究員、ロサン・センゲ博士が先月10月3日行われた首相予備選を断然リードした。

彼は2番手を1万票ほど離し、22489票を獲得。

選挙登録者79449人の内、実際に投票したのは47000票を少し越えたほど。
投票率約61%。

この予備選で50%以上獲得した者がいなかったので、規定に従い来年3月20日に上位6人による決選投票が行われる。
(もっとも、ロサン・センゲは約48%を獲得している。)

2位は元首相テンジン・ナムギェル・テトン、12319票。
以下。
3位、前議会副議長ギャリ・ドルマ女史、2733票。
4位、元大臣タシ・ワンドゥ、2101票。
5位、(元ダライ・ラマ法王内務個人秘書官)ロプサン・ジンバ、1545票。
6位、(元首相)コラツァン・ソナム・トプギェル、605票。

選挙管理委員会は同時に、第15期の亡命政府議会議員の予備選結果も発表した。http://tibet.net/tb/2010/11/12/གསལ་བསྒྲགས།-7/

こちら、各3地域(ウツァン/カム/アムド)ごとに50名の候補者、及び4大宗派ごとに10人の候補者の名が発表された。

来年3月に行われる最終投票により第3代目の直接選挙による首相、及び第15期の亡命政府議員が決定される。

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ネパール政府が無理やり奪って行ったネパール在住チベット人の投票箱は結局取り返すことができず、この選挙結果には反映されなかった。
また、ブータンからの票も入ってないというが、これはどういった事情なのか、不詳。

それにしても、こんなにロサン・センゲ氏が圧勝するとは、私にはちょっと予想外。
新しい風を求める若者層がどっと彼に票を入れたと思われる。
私は2位のテトン氏ともっと競ると思ってた。

ほぼ、50%なので本選もこの勢いで当選確実と思われる。

彼はまだ42歳。
彼はもちろん、中道路線を擁護しているが、若者を中心とする独立派の勢いがこれから強くなると思われる。
対中国において、より強行な路線が求められるかも知れない。
長老派との対立も考えられる。

法王は来年には政治的には完全引退すると表明されている。
来年からチベット亡命政府の雰囲気が、がらっと変わるかも、、、?

















rftibet at 20:00|PermalinkComments(5)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2010年11月10日

11月5日デリー、第6回ITSG全体会議におけるダライ・ラマ法王のスピーチ その3

eb29b740.jpg今回で会議における法王のスピーチの訳は、完了。

これが、ダライ・ラマ法王のチベット支援者へのメッセージだ。

なお、これはあくまで私の試訳であってもちろん公式なものではない。
皆さんの参考までにと訳してみただけだ。

元映像は:http://www.youtube.com/watch?v=BLkZvUPtZd8

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さらにもう一つの側面がある。
チベットは中国とインドの間にある。
相互信頼に基づいた良好な関係は、中国とインドに取って非常に重要なことだ。
なぜならば、この二国は最大人口を抱える国家であり、どちらも核兵器を保持しているのだから。
ただの外交辞令的美語だけではない、真の信頼関係を確立する事が大事だ。
真の「ヒンディ、チニ、バイバイ(中印友好)」が必要だ。
真の中印友好のためには信頼が要る。
中印関係だけでなく、中国と他の隣国との関係や世界との関係において、信頼が基本であると思う。
すべてが国家機密である限り、人々はより懐疑的になるばかりだ。
中国の友人やその他の友人にも言っていることは、中国の13億の民は真実を知る権利があるということだ。
そして、中国の13億の民は自ら何が正しくて、何が正しくないかを判断する能力があると。
(拍手)
このような環境の下で、このような現実の下で、監視することは非道徳的だ。
そのようにすれば、自国民の中に懐疑心が増えるばかりだ。
もっと不信が湧く。
それに対する政府の答えは、もっと弾圧することだ。
そして、さらなる恐れだ。
恐れは信頼を破壊する。
信頼がそこに無い時、どうやって真の友情が育つというのか?
それなしに、どうやって胡錦濤氏の強調する「調和ある社会」が作れるのか?

「調和ある社会」は、ひょっとして動物に対してならあり得るかも知れない、
むちを手にして動物を叩く事により、(追い込んで)お互いを近づけることもできるかも知れない。
しかし、我々は人間なのだ。
10億以上の中国人もまた人間なのだ。
力により「調和ある社会」を作る事はできない。
そうでなく、「信頼」により作られるものなのだ。
そうではなく、「友情」によってだ。
(拍手)
だから、私は1日にして突然中国が民主化されるとは思っていない。
なぜならば、中国の田舎には教育を受けていない人が大勢いる。
経済的にも貧しい。
また、中国はかつて一度も民主主義を経験したことがない。
急激な民主化は非常な混乱を引き起こすであろう。
緩やかな変化が適していると思われる。

みんなも知っているであろうが、私はこの数年来、中国の共産党がかつては何らかの良き貢献をなしたと言って来た。
しかし、今の共産党はもう大義を忘れてしまっている。

私も今、隠居を考えている。だから、もう共産党も次第に隠居するのがよろしいと思う。
潔く、、、そのほうが余程よろしいかと。
(拍手)
そうじゃないかな?
これは決して反共産党的発言ではない。

かつて、はじめて台湾を訪れた時。
台湾の国民党のリーダーたちに、「私は反共産党ではない」と言った。
レンタンだったかな、副議長だったかにそう言った。
すると彼は「私は反共産党だ」と言った。
別にこれは秘密なんかじゃない。
今も社会や経済に関する限り、私はマルキストだ。断定できる。
しかし、私はレーニン主義者ではない。
レーニンの時代からスターリンの時代まで、非常な統制、猜疑、弾圧が行われた。
これに対しては完全に反対する。
(法王のどを詰まらせ)
食事を前に何かがお腹に入ったようだ。ハハハ・・・

毛沢東主席に対しても、初めの頃は私も心からの信頼を寄せていた。
人民の福祉のために献身していた。
労働者や恵まれない人に対して。
特権を持たない人々に対し。
私が中国を訪れた、54年、55年の間に何度か彼に会った。
中国の友人によく話すことだが、私のこの手は毛沢東主席の教えをいくらか受けていると。ハハハ・・・
若い世代の人たちは毛主席に会う機会がないが、私にはあった。

おお、話が長すぎるかな、、、大丈夫かな、、、
ここには大勢の人がチベット問題について議論するために集まっておられる、
だから、私の経験のいくつかを紹介することも無駄ではないかもと思い、、、
(拍手)
(マフラーを取られ、デリー事務所代表のテンパ氏から渡された水を飲まれ、左の耳にぶら下げたままだった黄色いマスクを取られる)

彼の開く会議では党のメンバーからの如何なる批判も許されていた。
ではあるが、聞いている方もなかなか頭が良かったようで、黙ったままだった。
ハハハ。
その場で彼は出身地の一農民からの手紙を紹介した。
不満を示す手紙だ。
これを読んで、「このようなことに考慮し、気をつけて仕事をするように」と言ったものだ。
その夜、その会議の席上、毛主席は私の方を向いて、「あなた方チベット人はかつて非常に強かった。しかし、今は非常に弱くなった。だから、我々が助けて上げよう。20年後には、より幸福で、より強くなっているであろう。その時にはお返しに我々を助けてほしい」。
このように毛主席は語った。

それから、その国旗だ。(会場に掲げてあるチベット国旗を指差す)
ある時毛主席は私に「あなたたちは国旗を持っているか?」と訪ねた。
私は「はい。あります」と答えた。
すると、毛主席は「それは持ち続けるべきだ」と答えた。
「中国国旗と共に」と。

ベルリンでチベット支援組織の代表と会談していた時、彼等がチベット国旗を掲げていたので、私は言った。
この旗を本土チベットで誰かが掲げると、すぐに「分裂主義者」だと言われる。
もしも、中国の役人が来た時に、この旗を掲げて、文句言われたら、「おお、ダライ・ラマ法王は毛沢東主席本人から、この国旗を掲げる全面的許可を受けている」と言うが良い。
(拍手)
我々は毛主席のアドバイスに従っているわけだ。
そうじゃないかな?

また、中国の友人たちに話すのだが、共産主義者である毛主席は「共産主義者は他者からの批判を受け入れるべきだ。自己批判と共に。それなしには水を失った魚のように生き続けることはできない」と度々語ったものだと。
今じゃ、これは実行されていない。
しかし、自分たちはこれを実行している。
(拍手)
また、中国で沢山の町や地方を廻った。
北や南や東の地方を。
どこでも、地方の役人と会ったが、私は本当にその党幹部たちが真剣に奉仕していることに感心したものだ。
民衆のことを心掛けていた。
私は本当に心打たれた。
だから、北京で私の面倒を見てくれていた役人に「自分も共産党に入党したいものだ」と話したことがある。
すると、彼は「ま、待て、待った方が良い」と言った。
多分、彼は何れ党が堕落するということを知っていたのかも知れない。
1956年ごろから、すべては変わり始めた。

数ヶ月前、BBCで「真理の力、銃の力」という番組をやっていた。
全部を見る事はできなかったが、、、
中国共産党はその初期には、この2つ「真理の力と銃の力」を持っていた。
その内、「真理の力」は失われた。
「銃の力」は残った。
これが、自身を堕落させた。
全面的に権力を掌握した者は、その人の中に自己制御能力が無い場合、堕落の力に抗することは非常に難しい。
いずれ、堕落する。
これが起こったまでだ。
ほとんどの独裁政権はこのたぐいだ。

ここで、改めて、あなた方と意見を共有したい。
我々は全力を尽くして、中国をより透明性のある国に変え、弾圧をやめさせるべきだ。
歪められたプロパガンダは必要ないということを解らせるべきだ。
それは、ただ非生産的で、反対の効果を及ぼすだけだ。
これが大事だ、なぜかと言えば、物事が一旦透明になり、言論の自由が保証され、独立した司法制度が確立されるならば、チベット問題は簡単に解決することができるからだ。
これが、一つの側面だ。

だから、チベット問題には3つの側面がある。環境、文化そして人権侵害、それと(中国が)インドや世界と良好な関係を築く事。
最大の人口を抱え、古い歴史文化をもつ中国が世界に貢献するためには
他国の信頼を得ることが非常に重要だ。
これなしに、恐怖を与えるならば、中国は建設的役割を果たす事はできない。だから、我々は狭い心を持った指導者たちにこれを解らせるべきだ。

もう一つの見解を共有したい。
ある指導者、役人は我々チベット人が反中国だと思っている。
全くそうではない。
悪い政策と不正義についてはもちろん我々は反対する。
しかし、我々は決して中国人に敵対することはしない。
(拍手)

だから、今回もより多くの中国人がここに集まってくれている。
私は彼等を買ったわけじゃない。
誰も、ここに参加したからといって、1万ドルとか5万ドルとか、誰かからお金を貰えるわけじゃないだろう。
各自が自費でここに参加していると思う。
航空券はただだったか?ハハハ。
(法王見渡して確かめる)

この数年間、多くの中国人に会って来た。
これらの中国人たちは教育のある人々だ。
知識豊かな人々だ。
また、全員ではないがその中国文化の遺産を心に持っている人たちだ。
中国文化を愛しておられる。
中国人を愛し、中国を愛しておられる。自然にだ。

その心で、今、我々を助けるためにここに来て下さっている。
このことは明らかに、我々の戦いは正義の戦いである証拠だ。
特に、我々のアプローチの仕方は独立を求めず、正しい自治を求めるものだ。この数年間に多くの中国人学者、先生、教授、作家、さらに子供たちに、、、おそらく数百人に会った。
この2年以上に渡り、千部以上の中国人の記事が我々の中道のアプローチを支持してくれた。
そして、中国の政策を批判し、その長期的利益について論じられている。
健全なことだ。
これは明らかに、我々が反中国でなないという証拠だ。

また、ここには多くのヨーロッパの人々が来られている。
チベット問題を多くの機会を捕らえ、国際問題にしてくれている。
いつも言っているが、我々には2つの手がある。
右手が大事だ。
右手で北京にアプローチしている。
もしもこの側に具体的手応えがあるなら、この左手は必要ない。
しかし、右手が空のままである限り。
左手は延ばされなければならない。

多くの人々がチベット問題に関心を示して下さっている。
様々な宗教の人が。
だから、自然に我々はこのような共感、同情、支援とつながるであろう。
もしも、具体的な手応えが右手からあるならば、左手は「OK GOOD BYE」だ。
誰がチベット問題を国際化しているのか?
中国であって、我々ではない。
ま、これはあなた方が、誰がチベット問題を国際問題にしているのかと考えて見るべきだが。

最近、二ヶ月前、私は一人の中国人に会った。
ちょうどその前に彼はラサを訪問したという。
彼は私に、「ラサのジョカンの前で、いつものようにチベット人は五体投地を信心深くおこなっていた。そのすぐ近くに武装警官と共産軍がしっかり制服を着て軍事訓練行っていた。叫びながら。そして、――チベット人はこのように右回りにジョカンを回るがーー中国の軍隊は反対向きに行進していた」と。彼が言うには、「この中国人たちは本当にわざとチベット人の心の中に反感を作り出している」と。
だから彼が言うには、「本当に緊張を作り出しているのは彼等の方だ」と。
私もこれが本当と思う。

もちろん我々チベット人は、精神的心を持っているが、一方でお金も好きだ。
私は隠す事は好きでない。
カナダ、アムステルダム、アメリカに沢山チベット人の不法滞在者がいる。
これらのチベット人はもちろん、精神性を求めているのではなく、金を求めているのだ。
これらの困ったチベット人のお陰で、我々のデリー事務所は各大使間との信頼関係を失いかけている。
彼等は最初に我々の事務所に来て、必ず帰ってくると言って支援を求める。
問題は、自分の事務所が助ける手紙を与え、一旦その外国に到着すると、すべてを忘れてしまうことだ。
だから、アメリカ大使館を含め、その信頼を得る事が今、難しくなって来ている。
今年、新しい(アメリカ)大使が就任したが、私は自分で彼に謝った。
間違ったチベット人たちの態度について。
これは、明らかにチベット人もお金が好きだという証拠だ。

チベットは物質的には遅れている。
中国の中に留まるという話は、、、物質的発展に関し、これは自分たちの利害を考えての話だ。
しかし、真の自治を与えてほしい。
自分たちのことは自分ですることのできる完全な権利のことだ。

思い出すが、、、86年のことだったと思うが、パンチェンラマが(マーグル?で)決定したことをラジオで聞いた。
「87年以降、自治区内の公的言語はチベット語にすべきだ」と発言したことを。
このようなアイデアがあった。
今は、公的言語どころか、教育において、学校でも、チベット語は減じられて来ている。

これらがあなた方と共有したいことだ。

以上だ、ありがとう!





rftibet at 21:20|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダライラマ法王関連 

2010年11月09日

11月5日デリー、第6回ITSG全体会議におけるダライ・ラマ法王のスピーチ その2

df9168ab.jpg写真は会議の初めにインド式灯明に火を灯す、アドバニ氏と法王(Phayul.comより)。

昨日に続いて法王のスピーチを訳す。
これで全体の半分ほど。

映像は:http://www.youtube.com/watch?v=BLkZvUPtZd8

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一方、西洋では、宗教を信じる人であろうと、信じない人であろうと、宗教に関心を持つ人であろうと、無かろうと、現代社会には道徳教育が不在であるということに同意する。
一般的に道徳教育は何らかの宗教に基づくべきだと思われている。
これが、視野を狭める要因となっている。

仏教や、インドの伝統では、、、、
かつて、この事について論じたことがあるが、、、
(アドバニ氏を指差し)
インドの伝統において、一つの哲学学派であるチャルバカは神や仏の存在、来生の存在など、すべてを否定するニヒリズム思想であり、哲学的には多くの論争がなされ、論難もされている。
しかし、一方で、この見解を保持する人はリシ=聖人と呼ばれる。
つまり、この国には千年以上前から、非宗教、世俗(secular)という理念、主義が存在するということだ。
世俗という理念は、個別の教徒を非難するのではなく、むしろすべての教徒を尊敬するという意味だ。
これには宗教を信じない人も含まれるのだ。

私はいつも言っている。
宗教的なことは、例えば私は仏教徒だか、これは個人的問題だ.
私は仏教国でない土地に行って仏教を宣伝するようなことはしない。
決してしたことがない。
しかし、私はすべての宗教のエッセンス、特に仏教で言う人間の良き性格について意見を共有するようにしている。
これは、世俗という考えに基づいているのだ。
常に、この普遍的価値について語るようにしている。
だから、多くの人々が関心を抱いてくれている。

今、いくつかの重要な研究機関、私の知る限り、例えばウイスコンシン(Wisconsin)大学やスタンフォード(Stanford)大学、エモリー(Emory)大学の3校は「心の訓練」特に「慈悲の訓練」についての研究を活発に行っている。
身体と知能と態度にどのような効果を及ぼすかについて研究を行っている。
既に肯定的研究成果も発表されている。
数日前、私はアメリカにいたが、これらの研究機関を訪れた。
今では多くの科学者が仏教の訓練方法や見解に興味を示している。

科学者との対話を通じて、私は仏教全体を区別するようになった。
仏教科学、仏教哲学、そして3番目が信仰としての仏教だ。
信仰は仏教徒のものだが、仏教科学と仏教哲学は普遍的なものだ。

30〜40年前に共産党の文献の中に「現代科学が発展するに従い、盲目的信仰は自然に消滅する」と書かれていたのを思い出す。
だが、事態は反対に動いているように見えではないか。ヒヒヒ・・・
有名なトップ科学者たちが仏教科学に真摯な興味を示し初めている。
それを通じて、仏教の教え自体にも興味を示しはじめている。

だから、チベット文化の保存とは、単に6百万チベット人だけに関わる利害ではないと思う。
もっと大きなコミュニティーに関わるものだ。
まずは中央アジア、ヒマラヤの北すべてと、さらにモンゴルとロシアの一部も含まれる。
そして、もっと重要な地域は中国だ。
今、ある情報によれば、2億人以上の中国人が仏教徒であるという。
ほぼ毎週のように本土から中国人が私に会いにくる。
ある者は非常な危険を冒してまでもやってくる。 

チベットの仏教文化保存は、、、
わたしは仏教と仏教文化を分けて考える。
仏教は仏教徒だけのものだが、仏教文化は主にコミュニティーに関係するものだ。
だから、例えばイスラム教徒であるチベット人のように、彼等は宗教的にはイスラム教徒だがその生活習慣は、大いに仏教文化に影響されたものとなっている。
幸せな社会を、平和な社会を建設するためにチベットの仏教文化は、ある貢献を果たすことができる。
だから、チベットの仏教文化を保存することはチベット人のためだけでなく、より多くの人々に、特に何千万人もの中国人の若者たちに役に立つ、と私は感じている。

非常に狭い心、たった一つの見方しか持たない、、、そうではないかな、中国共産党の人たちと意見を分かち合いたい。
彼等はただ「どうやってチベット(の占領)を守るか」にしか興味を持たない。
チベット文化とはどんなものか?
チベット文化の価値とは?と考えない。
だから、すべてのチベット独特の考え方や固有のアイデンティティーに対し、彼等は恐怖を抱く。
おお、これは更なる不和をもたらすと。
これは短絡的な見方だ。

今日もあるスピーカーが言及されたが、例えば、言語の問題。
つい最近の動きとしてチベット語使用を制限しようというのがある。
だから、私はこの偏狭な心を持った中国人たちと話がしたい。
どうか、もっと全体を見渡す、大きな見方をしてほしいと。
いろんな視点から、政治的側面ばかりでなく、もっと広い見方で、チベットを見てほしいと。
これが重要だ。

これが、チベット問題の一つの側面だ。

もう一つの側面は人権弾圧の問題だ。
人権抑圧がすべての源になっている。
我々は独自の言語を持っている。
個人的観察と人からの意見に基づき、様々な仏教の伝統の中でもチベット仏教はもっとも完全で豊かなものであると私は思っている。
それがチベット語の中に含まれているのだ。
特に大乗仏教を研究する西洋の学者たちはチベット語の教典を信頼の置ける貴重な資料だと見なしている。
言語を含め、チベット文化に否定的態度を示す者に対して、チベット人は自然に反感を抱く。
これが人権侵害の要因となっているのだ。

ある時、5年以上前の話だが、一人の(本土から来た)チベット人に会った。
彼は医学関係の仕事をしている。
彼が言うには、仕事柄、収入は良い、家も大きい、子供の教育もうまく行っている。何の心配もいらない。
でも、一人のチベット人として、心には常に押さえつけられているという感覚があると。
非常に不幸だと。
こう彼が言ったとき、彼の目からは涙が溢れた。

中国の指導者たちは、ただ、家などを与え、より便利な環境を作ればそれですむと思っている。
これでは、このような問題は解決されない。
(法王、語気が強まる)

チベット文化に配慮し、敬意を示すべきだ。
彼等に文化保存の仕事を続けさせるべきだ。
環境についても同様だ。
資源開発については、その利益の一部を地域に還元すべきだ。
そうすれば、OKだ。
事態は改善される。
(会場より拍手)

もう60年経った。
古いやり方だ。
過去は失敗だった。将来も失敗するであろう。
もっと、理性的な態度を示すべきだ。
これが、皆さんと共有したい私の意見だ。


rftibet at 21:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダライラマ法王関連