2010年12月

2010年12月30日

「処刑されたテンダーを記録する」ウーセルさんのブログより

テンダーこの見るに耐えない写真を見て、思い出される方も多いと思う。
このテンダーという若者は、この後しばらくして、死んでしまった。

彼のことはかつて当ブログでも少しお伝えした。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51181864.html

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51182116.html

ウーセルさんが再び、12月27日のブログに詳しく彼のことを報告されていた。
http://woeser.middle-way.net/2010/12/blog-post_27.html
これを雲南太郎@yuntaitaiさんが翻訳して下さった。

-------------------------------------------------------------------

この文章は先に「民主中国」というサイト
http://minzhuzhongguo.org/Article/ShowArticle.asp?ArticleID=18401
に載って、続いてウーセルさんのブログに転載されたものです。
どちらにも「これは新刊『チベット、この数年』の原稿です」という断り書きがあります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

テンダー◎処刑されたテンダーを記録する

テンダーのむごたらしい死から2年半になった。ここに書くテンダーの物語が本になるのは、彼の惨死から3年になるころかもしれない。

人々はまだ彼を覚えているだろうか?
移動公司で高収入を得ていたあのラサの大きな男性を。元々、2008年に結婚するつもりだったあのラサの大きな男性を。時には友達とバーに集まるのを好み、時には母親に付き添って巡礼に出かけていたあのラサの大きな男性を。彼は28、29歳ぐらい。丸顔でがっしりした体格だった。

ラサに戻りさえすれば、私はいつも「テンダーを知っていますか?
3.14(2008年3月14日にチベットで起きた騒乱)で軍人に殺されたあのテンダーを?」と尋ねていた。誰もが「知らないわけがないだろう、移動公司の彼はひどい死に方をした」と小さな声で答えた。

退職したあるおばあさんはテンダーの母親を知っていた。「この2年、テンダーの家族は厳しく監視されている。みんな彼らに同情しているけれど、敢えて接触しようとはしないね。テンダーのお母さんは精神的におかしくなってしまった。コルラ(右遶)をしている時、心の優しい人が慰めようとしても、怯えたように急いで避けるんだ。テンダーのお父さん、ああ、継父なんだけど、捕まったって聞いてるよ。一緒に親戚が一人捕まったらしい。二人がテンダーの死に際の惨状や鳥葬の様子を撮って、こっそりダラムサラに送り、チベット人が血なまぐさく鎮圧されたことを世界中の人に見せたんだと当局は疑っていたから。ああ、あのビデオがどれだけ大きな危険を冒して送り出されたのか、まったく想像できないよ」。

ある若者はテンダーをよく知っていた。彼はこの事を深く考えたくないという。「テンダーはあの日、あのようにした。自分の身に置き換えてみると、僕もああしただろうと思う。でも、もし僕がテンダーと同じように黙って見ていられず、あの軍人に『やめろ、お年寄りを殴るな』と言ったら、僕も間違いなくテンダーのように痛めつけられて殺されたろう」。彼は少し間を置いて、声を突然かすれさせた。「むしろ、あの場であいつらにテンダーを殺させた方が良かった」。彼は涙がこぼれないよう顔を上に向けた。

2008年3月ラサ3・14後に捕まったチベット人が受けた残虐な暴行を記録した7分の短い映像が2009年3月末、YouTubeにアップされた(http://www.youtube.com/watch?v=Y_QqujR6veA&feature=player_embedded)。その一場面では、全身を殴打されたチベット人、真紅の袈裟を着た僧侶が地面に伏せ、少しも動かなくなっていた……。耳をつんざく打撃音に、武装警察の「伏せろ!伏せろ!」という叫び声、チベット人警官がチベットなまりの中国語で「もういいだろ……」となだめる声、男の子の悲しい泣き声が入り混じる……。そしてもう一つ、テンダーに関する場面がある。

当時ラサにいたチベット人がテンダーの不運を私に書き送ってくれた。しかし、あまりにも悲惨だったのでずっと信じられず、心を引き裂くこの短編映像を見て、ようやく事実だと信じざるを得なくなった。文章はこう書かれていた。

「テンダーは自治区移動公司顧客部のマネジャーだった。3月14日、仕事で出かけた時、彼は数人の武装警察が老人をめった打ちにしているのを見て、我慢できずにやめるよう頼んだ。武装警察は手を振るとテンダーに向けて発砲し、軍車両で連れ去った。

彼の母親はセメント工場を退職した医者で、あちこちで息子の行方を尋ね回り、二十日以上たってようやくチベット軍区総医院で探し当てた。しかし、目の前の光景は悲惨で見るに堪えないものだった。

血だらけになったテンダーはビニールシートのようなものでくるまれ、脚は包丁で切り刻まれたかのようで、皮と肉は裂けていた。尻の肉はえぐられ、腐乱して虫がわいていた。腰は武器で打たれて黒くなり、腐乱していた。背中と顔は傷跡が連なり、タバコによるやけどの跡もあった。一部の傷口の上にはセロテープが張られていた。

軍区総医院はラサで最高の病院だが、まったく治療をしていなかった。たくましかったテンダーは既に痩せこけて骨と皮だけになり、息も絶え絶えになっていた。残酷な刑の実情を話さないよう、なんと喉も切られたという。この間、彼らが一体どんな恐ろしいことをしたのか、誰にも分からない。

悲しみで胸が張り裂けそうになった母親は、急いで息子を自治区人民医院に転院させた。応急手当では、腐乱した大きな肉のかたまりをやむを得ず切り取った。テンダーの傷は重く、回復する力は既になく、デブン僧院近くのセメント工場の自宅で、母親が最後の面倒を見るしかなかった。苦しみは6月19日まで続き、北京五輪の聖火リレーがラサに来る1日前、3カ月以上の責め苦の末、テンダーは死んだ。

彼が死ぬ前、関係部門の者が家族に『四十九日の法要をしてはならない』と特別に警告した。しかし、家族はそれでも法要を開き、数百人のチベット人が哀悼をささげた。多くの人は同情と怒りを抱いた見知らぬ人だった。

2008年3月ラサテンダーの母親は悲痛極まる様子で泣きながら訴えた。『私は息子の死のせいだけで泣いてるんじゃなくて、息子が受けたひどい暴行のせいで泣いてるんです。母親として、私は息子が受けた苦しみや痛みをまるで想像できない……』。聞くところによれば、鳥葬の時、なんとテンダーのかかとから、打ち込まれた釘が見つかった」

私はYouTubeの短編映像からテンダーの生前の写真と惨死前の写真を切り取り、上の文章とともにブログに発表し(http://woeser.middle-way.net/2009/03/blog-post_21.html)、とても大きな反響を呼んだ。あるコメントはこう書いていた。

「今回のチベット大虐殺を記録しなければならない!数十年前、強制収容所の犠牲者を目にした連合軍総司令官アイゼンハワーがその光景を撮影するよう命令し、周囲の村のドイツ人を呼び集め、死者の埋葬を手伝わせたように。この行動の理由は、彼が述べた言葉の中にある。『今これを完全に記録しなければならない。できる限り多くの写真フィルムを手に入れ、より多くの目撃証人を集めなければならない。なぜなら、今後の歴史のある時期に、一部の愚か者がこれらすべての出来事はまったく起きていなかったと言うだろうから』」

案の定、言われた通りになった。

短編映像が公開された後、まず新華社が英文ニュースを発表し、「この映像は違う場所、時間、人物を寄せ集め、昨年3月14日の騒乱で警察を襲撃した『暴徒』が警察に殺されたとの『嘘』をでっち上げたことが専門家によって分かった」と述べた。更に彼について「自宅で裁判を待っている時期に『病死』しており……傷口はすべて偽物」、そして「この映像を出した目的は、『3・14騒乱の真相を隠す』ため」と説明した。
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/newsid_7960000/newsid_7962900/7962915.stm
中国政府はすぐさまYouTubeを遮断した。YouTube上のこの短編映像もいったんは削除された。語るに落ちるとはまさにこのことだ。

では、軍と警察の手により、古代中国のあの残虐な刑で殺されたテンダーという若いチベット人は果たしてラサにいたのかどうか?この2年以上、私は幾度となく答えを求めてきた。だから必ず、「今これを完全に記録しなければならない」。あの短編映像こそ動かぬ証拠だというのに、テンダーの生前の写真が既にネット上にあるというのに、恥知らずの彼らは「これらすべての出来事はまったく起きていなかった」とわめいているのだから。

rftibet at 18:30|PermalinkComments(36)TrackBack(0) チベット内地情報 

2010年12月29日

劉暁波氏の言葉・その3/55歳の誕生日に

e593ba66.jpg昨日12月28日は劉暁波氏の55歳の誕生日だった。

彼は今、極寒の遼寧省錦州監獄に繋がれている。
故に、「お誕生日おめでとう」とは言いがたいが、それでも激励のために、届かなくとも「おめでとう!」と言いたい。

このままでは、まだ10年も厳しい獄中生活を送らなければならない。
彼の妻の劉霞さんも軟禁され、外部との通信を一切絶たれたままである。

かつての獄中生活においては、妻の劉霞さんが月に一度監獄を訪れ面会することも許されていたという。
今回は、全くそのようなこともできない。
中国政府はどれほどの無実の人々を、どれほどまでに苦しめれば足ると言うのであろうか!

再度中国政府に対し、直ちに劉暁波氏を無条件で釈放し、劉霞さんの軟禁を解くことを強く要請する。

以下、3回目になるが、日本語で出版されている「天安門事件から『08憲章』へ/藤原書店」の中から劉暁波さんの言葉を抜粋し紹介する。

写真はhttp://www.dw-world.de/dw/article/0,,14740613,00.htmlより。
この中で劉氏の友人である�危雨氏が彼の誕生日を期し、彼との思い出を語っておられる。

------------------------------------------------------------------

<一人一言の真実が独裁権力を突き崩すーーー言論の自由こそ民主化の出発点>

 言論の自由とは何か
 世界文明の発展史が証明するように言論の自由は、人権保障と社会の進歩にとって普遍的な意義を有するものであり、特に野蛮な社会から文明的な社会への平和的な転換を推進する過程において、言論および報道の自由は、しばしばパイオニア的役割を果たしている。


 中国では、昔から「民の口を防ぐは、川を防ぐよりも甚だし[防民之口、甚干防川]」という古い教訓があり、歴代の王朝は、その多くが専門の「諫官」を設立し、比較的開明的な君主たちも「広く言論発表の道を開く」ようにさせ、かつて漢の文帝の時期には「誹謗妖言の罪」を廃止したこともあった。しかし言論の自由は、剥奪してはならない人権のひとつとして、またある種の政治的原則として中国の伝統に入ったこともなく、言論の自由という制度の構築は、なおさら言うまでもないことであった。


 民主主義に最も重要な言論の自由
 このことからわかるように、洋の東西に関わらず、報道および言論の自由は、いずれも現代文明の重要な成果である。なぜなら人間が人間である以上、これは、重要な印の一つであり、その国家が文明的であるか否かを評価する主要な指標の一つでもあるからだ。野蛮な独裁を固守する政権には言論の自由をおそれないものはなく、まさにこれこそ、人間が人間であるためには言論の自由は少しも欠けてはならないということを証明している。人類の自由の権利の目録において、言論の自由は、しばしば第一の自由と見なされ、言論の自由を失うことは、あらゆる自由を失うことを意味している。まさにアメリカの学者ロジャー・ヒルズマンが、民主制度において「ある種の自由は、必要不可欠のもので、しかも格別に保障しなければならず、それこそが報道の自由である。・・・民主の定義がどのようなものであろうと、報道の自由がなければ、民主そのものが存在し得ないのだ」と指摘しているとおりである。


 毛沢東以後の「民間」の台頭
 特に六四事件の後は、人々を麻痺させる独裁イデオロギーの説教や勧誘の力は、日に日に弱まり、この監獄のモラルの台座は、急速に瓦解し、建物全体にも次第に大きな漏れ穴が生じ、ひたすら経済の高度成長とナショナリズムの幻想という支えを当てにするだけである。このようにして中国共産党による独裁のモラルの合法性は、もはや脆弱になり、虚言のほかには、自分自身を弁護できるものもなくなってしまった。以前は、人々に忠誠を尽くすことを表明することを求めた。甚だしくは、人々が心から信じて賛美するようにさえ要求した。しかし、今では民意を酌みとり、人々のシニカルな態度―――本心は異なるが同意や称賛を見せてくれれば、それで十分なのだ!


 独裁の維持は、恐怖に依存し、恐怖の維持は、暴力と嘘が互いに支えあうものにすべて頼り、嘘で粉飾していない暴力統治は、維持することもできないのだ。勇気をもって公開された自由な発言で、制度的な嘘と恐怖に反抗する個人が引き続き多くなれば、一人一言の真実によって、どんなに暴虐な制度であろうとも、その効力を失うだろう。嘘を拒否するわずかな積み重ねは、暴政に反抗する民間の大きなうねりとなり、嘘で塗り固めて維持している独裁は、風雨で揺れ動く孤島のように非常に不安定になり、存続は困難になる。したがって、独裁政権の崩壊は、暴力的な方法を取る必要はなく、大規模な街頭での政治運動さえも必要ない。民間の社会で勇気をもって情報の封鎖と言論のタブーを突破することさえできれば、大胆に言論の自由という権利を獲得し、自由な発言の唾だけを頼りに、いかなる独裁政権をも溺れさせることができるのである。


 したがって、民と官とに関わらず、大陸において報道の解放と言論の自由を推進することは、実際には、中国社会の安定的転換という最も重要な目標を推進することなのである。政党結成禁止の緩和について一歩遅れるとしても、言論の禁制を解くことは一刻の猶予もない。言論の禁制が開放されれば、自由な中国は必ずや訪れるのだ!

 二〇〇六年三月二七日、北京の自宅にて







rftibet at 17:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0) その他 

2010年12月28日

リチャード・ギアとチベット

30f960a3.jpg写真は12月11日、ニューヨークで行われた劉暁波支援集会におけるリチャード・ギア(phayulより)

インドのメディアTWA(Trans World Features)が最近カイロでリチャード・ギアにインタビューした。
http://www.indiablooms.com/BollywoodDetailsPage/bollywoodDetails221210e.php

以下はそのインタビュー記事からの抜粋。

-----------------------------------------------------------------

質問:仏教への改宗について何か話してほしい。

リチャード・ギア:途中で退学したが、大学で哲学を専攻した(*1)。
その後も哲学好きは続いていた。
私はバークレー司教(*2)を中心とする西洋哲学を読んでいた。
初めて仏教に出会ったのは、非常に不幸であった20代初めだった。
そのころエバンス・ウエンツ(*3)のチベット仏教に関する本が私に大きな衝撃を与えた。
ダライ・ラマ法王に出会う前の4、5年間、私は禅の熱心な生徒であった。
佐々木承周老師(*4)が私の師であり、彼から禅の瞑想を教わった。
両親はメソジストだったが、1978年にブラジルの画家シルビア・マーティン(*5)と共にネパール旅行をした時から、私の仏教に対する関心は本物になって行った。
ダライ・ラマに会った時から仏教を行じている。
作曲家のフィリップ・グラス(*6)と共にチベット文化保存のための「チベットハウス」を創設した。
私はチベット独立運動のために常に働き続け、チベットの人権擁護を持続的ミッションとしている。

質問:最近、あなたは劉暁波にノーベル平和賞を与えるなという中国の態度についても多く発言されているが、これについてのコメントを。

リチャード・ギア:私は1978年より、チベットが中国から独立すべきとの主張を擁護し続けて来た。
チベット・ハウスの共同創設者であり、ICT (the International Campaign for Tibet)の委員長でもある。
この会は中国支配下にあるチベットの人権を擁護するNGOだ。
今月(12月)ニューヨークで他の10団体と共に、この獄中の活動家を讃える集会を行った。
我々のこの連帯が明らかにしたかったことは、野蛮な力では、内的で普遍な自由への、表現の自由への、共同体への欲求は結局押さえられないということだ。
劉暁波氏へのノーベル平和賞授与は我々も(世界)共同体の一部であるという表明でもある。
中国政府は心を少しだけ入れ替えることで、ノーベル平和賞受賞者である劉暁波氏をプライドをもって尊敬と共に受け入れることができるし、そうすべきなのだ。

-------------------------------------------------------------------

* 1:リチャード・ギアはマサチューセッツ大学に入学し哲学を専攻したが、中退し俳優を志した。

* 2:ジョージ・バークレー(1685 –1753)はアングロ・アイリッシュの司祭であり哲学者。彼の哲学は非物質主義、或は主観的観念論と呼ばれる。彼によれば、個人は対象の感覚と観念(ideas)のみを認識し、事象のような抽象を認識できないという。また、観念はそれを知覚する意識に依る事により初めて存在できるとする。(仏教に似ている)
サンフランシスコのバークレー地区は彼の名に由来する。

* 3:Walter Yeeling Evans-Wentz (1878 –1965)。アメリカの人類学者、作家。チベット仏教研究のパイオニア的存在。1919年、ダージリンで最初にチベット語テキストに接した。「チベット・死者の書」(1927年)とか「ミラレパ伝」(1951年)を最初に西洋に紹介した。

* 4:Kyozan Joshu Sasaki(1907~)1962年からアメリカに住む臨済宗の僧侶。カルフォルニアのBaldy山に禅道場を開き103歳になる今も現役で教えを行っている。彼は多くの弟子を育て、アメリカとヨーロッパでもっとも影響のある禅の導師と言われている。

* 5:Sylvia Martinsブラジル生まれの女流画家。

* 6:フィリップ・グラス (Philip Glass, 1937年~)についてはhttp://ja.wikipedia.org/wiki/フィリップ・グラス

---------------------------------------------------------------

追記:リチャード・ギアの映画ファンのために最後の質問をおまけに訳しておく。

質問:あなたの新しい映画「Double」について何か語ってほしい。

リチャード・ギア:この映画はシナリオライターであるMichael Brandtの監督デビュー作だ。
Brandt はDerek Haasと共にシナリオを書いた。
スパイ・スリラーもので、ずいぶん昔に死んだと思われていたソビエトの暗殺者によりワシントンの議員が殺されるというシーンから始まる。
私は引退したCIA諜報員の役で、若いFBI職員と無理やり組まされ、その殺人者を探すというわけだ。




rftibet at 18:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他 

2010年12月27日

獄中死回避のためか?衰弱しきった僧侶4人、刑期終了前に釈放

解放されたマンラ、ルツァン僧院の僧侶たち





写真左より:ルントック・ギャツォ、スパ・ギャツォ(26)、ケルサン・ギャツォ、スパ・ギャツォ(21)(phayulより)

12月27日付けphayul.comより。
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28828&article=China+frees+4+Mangra+monks+ahead+of+jail+term+in+%22poor%22+health

The Voice of Tibetラジオhttp://www.vot.org/#によれば、
青海省海南チベット族自治州マンラ(མང་ར་、貴南)県にあるルツァン僧院་ཀླུ་ཚང་དགོན་པ་の僧侶4人:ケルサン・ギャツォ(སྐལ་བཟང་རྒྱ་མཚོ་23)、スパ・ギャツォ(བཟོད་པ་རྒྱ་མཚོ་26)、ルントック・ギャツォ(ལུང་རྟོགས་རྒྱ་མཚོ་24)、スパ・ギャツォ(བཟོད་པ་རྒྱ་མཚོ་21)は最近、刑期終了を待たず、釈放された。
彼らは、2009年2月25日、チベットの正月(ロサ)一日の夜、同じ僧院の僧109人と共にマンラの県庁舎前まで抗議のキャンドル行進を行った。

この早期の釈放は、彼らが獄中で受けた拷問により死に瀕したが故ではないかと思われている。
「情報によれば、彼らは今家族の下に帰されたが、4人とも非常に衰弱している」と現地と連絡を取った亡命中のロプサンはVOTに語った。

109人の僧侶たちは、その夜ラモ・ヤンジン・ポダンからマンラ県庁舎までキャンドルを掲げ無言の抗議行進を行った。
その後109人の僧侶たちは全員近くの学校に連行され、そこで厳しい再教育セッションを受けさせられたという。
その後この4人を除く残りの105人は解放された。

4人は後にマンラ中級人民法院により、この抗議デモを先導したとして、それぞれ2年の刑を言い渡された。

この時の彼らのデモは、内外のチベット人たちが、2008年の一斉蜂起により殺された人々と、獄中にいる良心の囚人たちへ敬意を示すために、ロサを祝うことをボイコットするという抗議活動の一環であった。

---------------------------------------------------------------

拷問により死にそうになった政治犯を外に出すという事はチベットの監獄では常に行われている。
家族の下に返された後、しばらくして死亡したというケースは、これまでにも沢山報告されている。

今年も内地のチベット人たちはロサを祝わないという人が多いらしい。
これを阻止するために、当局はロサを祝う人に報奨金を与えるとまで言っている。
派手に楽しげなロサを演出し、チベット人は何の問題も無く、こんなに楽しくやっていると国内外に宣伝するためにだ。

RFA:http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/china-releases-4-lutsang-monks-in-qinghai-12282010202320.html







rftibet at 21:30|PermalinkComments(1)TrackBack(0) チベット内地情報 

2010年12月26日

ダライ・ラマ法王の講演「Peace through Compassion」カナダ、Calgary大学にて その2

ダライ・ラマ講演、カナダCalgary大学写真は当講演会(phayul.comより)

法王の講演はおよそ40分間に過ぎなかった。

今回が後半であり、これですべて。

-------------------


 平和は大切なことだ。20世紀の間に、歴史家たちによれば2億人以上の人々が戦争により殺されたという。第一次世界大戦、第二次世界大戦、内戦、、、中国の内戦、その他の様々な紛争、朝鮮戦争、ベトナム戦争等により2億人以上の人々が殺された。だから、20世紀は「血の世紀」と呼ばれるのだ。今、21世紀の始めにおいても、善からぬ事件が起こっている。今も世界のどこかでは殺し合いが行われている。これらの暴力的行動により本当に問題が解決されるのか?ノーだ。

 暴力の一つの側面は不測の事態を引き起こすということだ。例えば、アメリカのように。ブッシュ大統領は尊敬できる率直な人柄の人物で、私は彼が好きだ。人としては好感のもてる人物だ。イラク問題、アフガニスタン問題、動機としては確かに独裁政権を倒し民主主義を確立し平和を求めたのかも知れない。しかし、その方法は暴力だった。従って不測の事態が生じた。

 暴力とはまず第一に、人間性を否定するものだ。第二に、暴力は不測の結果を引き起こす。第三に、今日、現実においては、地球全体が一つの世界のようになっている。以上の理由によってそれは非現実的手段だといえる。全世界が我々の一部と化している。個人の一部となっている。100年前までの「我々」と「彼ら」という概念はすでに存在しない。我々は全世界を自分たちの一部と認識しなければならない。経済の分野でもすべてが緊密に依存し合っている。個別の現象はほとんど存在しない。相互依存している。環境においても、夫々の大陸が緊密に相互依存し合っている。これが今日の現実だ。この現実に従えば、隣人を破壊することは自分を破壊することと同じことだ。だから、戦争という概念は時代遅れだ。

 一方で、人間がこの地球上に居る限り、確かに何らかの衝突、異なった利害、意見の不一致は常に存在する。だから我々はこれらの不一致や対立を解消する方法を持たねばならない。それを解決するために暴力や力を使ったりすることは時代遅れで、非現実的だ。唯一、現実的解決方法は対話による、というものだ。対話を行うには意思の力が必要だ。意思の力を持つためにはまず、相手も自分たちの一部だという認識が必要だ。これは自分たちの(ドメスティック)な問題なのだと。

 ドイツの科学者が「今日の現実に従えば、それぞれの政府に防衛省と外務省は必要ない」と語ったことを思い出す。「この二つの省は『我々と』と『彼ら』の概念を基にして存在する。外務省とは『他の彼ら』と交渉するところだ、なんらかの自分たちとは違う政策をもつから外務なのだ。外部からの危険、攻撃が、『彼ら』から来るから防衛なのだが、これらは今日の現実に則してない」と説明した。だから、全世界を自分たちの一部と認識し、尊重し、違いは対話という人間的方法で解決されなければならない。このためには相手も自分の一部だ、自分の利害も彼らに依っているという明確な認識が必要だ。これが世界レベルの話だ。このレベルにおいても慈悲が非常に大事だ。

 そして、これは家庭のレベルにおいて言えることだ。もちろん、人間であるからには、何らかの不一致は常に起こり得る。ちょっとした違いから、互いに猜疑心を募らせ、不信がおこり、いつか幸せな家庭が破壊される。また個人レベルにおいては、共通体験として、心が静かな時にはより多くの幸せを感じるということを知っている。怒ったり、イライラすれば、その日の終わりに不幸せな気持ちになる。だから、基本的には我々は怒りを良いものとは思っていない。嫉妬、猜疑心、怖れの感情は人を居心地悪くさせる。基本的には人はこれらを望んでいない。

 慈悲に基づいた考え、態度は即座にその場に心地よい雰囲気を生み出す。怒りとは異なった表情を作り出す。自然に不信感を減じることができる。そうだろう。また、慈悲に基づいた態度は、個人の行動を開けっぴろげに、正直にさせる。もしも、これとは異なった嫉妬や憎しみを動機として行動する時には開けっぴろげな、正直な態度をとることができない。偽善的態度を取ると心の中に直ちに不安、居心地の悪さが生じる。現代生理科学においても、つねに不安であったり、憎しみを持っていたりすると、実際にその人の免疫機能が破壊されるという。これを「免疫システムを食い荒らす」と表現する科学者もいる。

 一方、静かな心は我々の免疫システムを維持するのに非常によい要素となる。このことは自分の経験からも言う事ができる。去年、私は手術をした。胆石をほぼ20年間もため続けていたので、数が増え胆嚢がほぼ3倍に膨れ上がって化膿していた。それで、実際の手術が始まって、普通より難しいことになった。一般には15~20分で終わる手術が、私の場合、3時間も掛かった。かなり重症だったということだ。しかし、一週間で完全に回復した。先生たちも驚いていた。年齢の割には驚くほど早く回復したと。これは、先にも言ったが、私のヒーリング・パワーのせいではなく、心の平安さが故だ。これは本当に大きな違いをもたらす。自分の個人的経験からこれだけは言う事ができる。

 心が平静ならば、外的状況にそれほど左右されなくてすむものだ。心が平静ならば、敵対的状況の中でもその影響を最小限にとどめることができる。そうでなく、心が落ち着かず、不安が多い場合には、たとえ親友に囲まれ、最高に便利な生活に囲まれていても、幸せな人にはなれない。私は多くの裕福な家庭を知っている。中には億万長者もいる。非常に金持ちで有名人でもあったりする。しかし、その人は一人の人間としては非常に不幸な人だったりする。だから自分の幸せのために心の平静さは大事だ。そして、友情。我々は社会的動物だ。真の友情や心からの笑顔は幸せの源だ。これらはすべて愛情から来る。これらが真実だ。世界レベルでも、社会レベルでも、家族レベルでも、個人のレベルにおいても、心の平安は非常に有益なものだ。落ち着かぬ心は実利的にも非常によくないものだ。

 では、次の問題は、如何にこの内的平安を育てるかだ。内的平安は自信と関係が深い。慈悲深くなれば人は自然に自信を増すことができる。これは明らかだ。慈悲深い態度には何も隠すものがない。憎しみの心には偽善が付きまとう。

 では、次に我々は慈悲を育てる事ができるのか?答えはイエスだ。我々はみんな母親から生まれた。我々の人生は母親の限りない愛により始まった。このようにして我々は人生を歩み始めたのだ。生まれたすぐ後から母親はできる限り子どもの世話をやく。子どもの側は、まだ思考が発達していないので、その世話をやいてくれる人が誰であるのかを認識していないが、生理的反応として完全にその人に頼ろうとする。

 そして相互に緊密な絆を築く。これは宗教とは全く関係なく、自然にそうなるのだ。生理的要因による現象だ。この経験をすべての人が共有している。だから、我々の血の中に慈悲の種は存在していると言えるのだ。そのことに対し、どれほどの注意を払うかどうかの違いがあるだけだ。普通、我々はそのようにして人生をスタートさせている。しかし、次第にその価値を忘れ、他のことに目を向け始める。

 一方で、人間には生存のために攻撃的な性格も備わっている。怒りとかの性格も生存のために必要なのかも知れない。しかし、怒りと慈悲を比べると、生きるためには慈悲の方が基本的で支配的な要素だ。攻撃性も時には必要かも知れず、そのような時にはこの基本的な価値を忘れてしまうこともあろう。ほっておけばその二次的な性格により多くの注意を払うようになる。すると、人間の知性までも攻撃性のために使われるようになる。知性を暖かい心のために使わなくなる。だから、若い人たちには特に、私は人間性への覚醒の大事さについて話すのだ。

 だから、どうかもっとこの内的価値について注意を払ってほしい。これが大事だ。先生たちも、教授たちも、もっとこのような心の価値に対し、もっと注意を払ってもらいたい。そうでなければ、今の世の中で、問題を起こす多くの人たちも、頭脳の点、教育の点では素晴らしいのかもしれないからだ。しかし、その明晰な頭脳を憎しみに操作されるままに使用している。例えば、9月11日の事件を引き起こした人々だが、頭の悪い人たちがあのような事件を計画し、実行することはできないであろう。頭が良くて、すべてのプロセスを綿密に計算し、計画し、そしてあのような、考えられないような破壊的行為を実行したのだ。このように知性自体は時に非常に有害なものだ。

 もっと心の暖かさに注意を払うことにより、はじめて知性がより建設的なものとなるのだ。このことをあなたたちに言いたい。先生や生徒、それに父兄たちも、どうかこの暖かい心に対しもっと注意を向けてほしい。これは宗教とは全く関係ない。

 ある人たちは言う、道徳は必ず宗教に基づくべきだと。またある人たちは言う、道徳は宗教的信心によらず、人類の普遍的価値であると。私も後者であると信じる。もちろん様々な宗教も道徳を支える潜在力を持っている。しかし、私は宗教に関わらぬ、普遍的価値としての道徳を信じる。つまり世俗の、宗教的でない道徳のことだ。

 ある人は世俗とは宗教の否定だと言う人もいる。しかし、インドでは世俗とは宗教の否定ではなく、すべての宗教に敬意を払いつつも、特定の宗教には属さないと言う意味だ。同等に敬意を払うのだ。また、現代の現実に照らし合わせてみて、宗教を持たない人々にも敬意を払うべきだと思う。だから、ここで言う世俗とは非常に広い範囲を含む。私が世俗の道徳観というときに、これを宗教の否定だと捉えないでほしい。そのように感じないでほしい。

 若い生徒さんたちよ、あなたたちは21世紀に属する人たちだ。私の世代、教授とか学長とか、ハハハ、は暴力の世紀に属する者たちだ。あなたたちは21世紀に属する。どうか、平和について真摯に考えてほしい。内的平和に基づく平和について。慈悲に基づく内的平和について。慈悲は生理的にすでにみんながその種を共有していると。その種について、さらにありのままを分析し納得し、確信を得て、慈悲は本当に有益なものだという自覚を養なってほしい。ひとたび慈悲はすべてのレベルにおいて有益なものだ、という認識を得るならば、時間とともに、その慈悲の力は次第に強くなって行くであろう。反対の心である怒りは、それに従って次第に弱くなって行くであろう。これが道だ。

 若い人たちは、まず自分たちの人生でこれを実験してみることだ。実験と分析を繰り返し、一旦最終的納得に至ったならば、それからこれらの価値を実行に移すのだ。よろしいかな。

 おわり


rftibet at 19:40|PermalinkComments(3)TrackBack(0) ダライラマ法王関連 

2010年12月25日

ダライ・ラマ法王の講演「Peace through Compassion」カナダ、Calgary大学にて その1

法王前回、この講演の後に行われた質疑応答の部分を紹介した。
今回は本体の講演部分を翻訳紹介する。

この講演は2009年9月30日、カナダのCalgary大学で、2万人の聴衆を集め行われた。

まず最初に大学側から法王へ「名誉博士号」が授与された。

以下法王の講演前半部分。

-----------------------------------------------------------------

 総長、教授、生徒の皆様。この名誉博士号をこの立派な大学から頂いて光栄であります。

 しかし、一つ言っとくが、私は至って怠惰な学生だ。5、6歳の時から勉強はしている。チベットでは若い時には根本教典と言われるものを暗記しなければならない。それが、千年以上前からのチベットの伝統だ。これに対して私は全く熱心でなく、興味も無かった。それでも覚えなければならなかった。その当時はお兄さんと一緒に勉強していたが、私が熱心でなかったので、教師は2本のムチを用意していた。その一本には黄色いカタが巻いてあり、それは聖なるムチで、聖なる生徒用であった。ハハハ。
しかし、そのムチが使われた時に、痛みが聖なる痛みになることはなかった。ハハハ・・・
私の勉強はこのようにして始められた。怠惰であまり勉強しなかった。
それでも、今じゃこんな博士号を頂くようになった。
だから、特別の感謝を示そう。ハハハ。

 こんな博士号を頂いたのだから、その権威に対し、ここで2つの約束をしたい。
一つ目は「人間的価値=慈悲を促進させる」こと。
もう一つは「宗教観の調和を促進させること」。
両方ともに教育、啓蒙が鍵となる要素だ。だから、私は残りの人生のすべてをかけ、人間的価値と宗教間の調和を教育と啓蒙活動により促進していくことを誓う。そうすることで今回の名誉博士号が無駄とならないように務めるつもりだ。ハハハ・・・ありがとう。ありがとう。

 私はこうして人々と交流することを非常に嬉しく思う。暗くて全体はよく見えないが、少なくとも目の前には若く、熱心で真摯な目をした人たちがいる。だから、この交流を嬉しく思う。

 まず、はじめに短く要点を話し、その後、質疑応答に入りたい。質問はいかなるものでもいい。制限はなにもない。ただ、大事なのは、質問はまじめなものであることだ。時に質問があまりに馬鹿げていると、私も苛つくことがある。ハハハ。だからまじめな質問がいい。私にとっても考えさせられる質問が来ると、それは自分の考えを深める助けにもなる。ある事について全く考えていなかったことを質問されると、驚き、自分の頭脳も刺激され、考える機会を得られて有益だ。

 多くの人に話をする時によく話すことだが、、、この中には好奇心から来ている人もいるであろう。ダライ・ラマが何を話すのかな?と。それもいいだろう。中には多大な期待と共にここに来ている人もいるであろう。それは間違いだ。私は特別な話を提供することはできないからだ。だから、そのような人は失望するかもしれない。ある人はダライ・ラマには何らかのミラクルな力(神通力)があると思って来る人もいるかも知れない。これはナンセンスだ。また、ある人はダライ・ラマには何かヒーリング・パワーがあると思っている人もいるかもしれない。私自身、ヒーリング・パワーがあると言ってる人はちょっと信用できないと思っている。私はそんなことは信じない。自分にはヒーリング・パワーなどないと広言している。去年、胆嚢を切除する手術をした。このことが私にヒーリング・パワーがないことを証明している。ハハハ・・・

 さて、今日の話題「Peace through Compassion(慈悲による平和)」に入ろう。
まず、「平和」とは何か?「平和」とは単に暴力の不在ではない。「平和」とは暴力の不在ではなく、積極的に暴力から身を引くことだ。強い決心の力と共にだ。そのような仕方で暴力や破壊がなされない状態。これが本当の「平和」だ。ヨーロッパ大陸では冷戦の時代に、ある種の平和が存在していたように見える。しかし、その平和は恐怖心<恐れと怯え、威圧>から来る平和だ。双方には戦闘を前提とした核爆弾を含む攻撃的武器が用意されていた。だから、双方は恐怖心から戦火を交える事をあえてしなかった。この種の平和は真の平和ではない。真の平和とは意識的に身を引く事だ。相手側の生命、権利を尊重するという基礎に立って、相手を害することを禁止することだ。これが真の平和だ。

 これを実行するには、まず心の中に自信に基づいた強い意志が要る。これなしに抑制する事は難しい。心が乱れていると往々にして暴力を振るう。暴力とは怒りや憎しみの行為だと言えよう。一方、平和とは慈悲の行為だと言うことができる。だから、真の平和は慈悲を通して実現される。言い換えるならば、外的永続的な平和は内的平安によりもたらされると言えるのだ。

 怒りに満ちている人には平和は不可能だ。暴力と非暴力の区別は最終的にはその動機、感情によって分けられる。他人を利用しようと目論む人が優しい言葉を使うということがある。抱きしめて、贈り物などを渡すこともある。その行動は非暴力だが、その動機が故にその行為は暴力と呼べる。逆に、時に親がその子どもの悪い行為、危険な行為を止めさせるために、その子のために、厳しい態度を取ることもあろう。相手への配慮からきつい言葉を使う時、それはちょっと暴力的に見えるかもしれないが、本質的にはそれは暴力ではない。動機が相手への配慮、真摯な慈悲、愛情であるからだ。このように、暴力・非暴力は内的態度によって区別される。慈悲による平和は論理的で事実に基づく。

続く


rftibet at 19:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ダライラマ法王関連 

Merry X'mas & a Happy New Year!!!

ラサの盲学校からMerry X'mas!!













昨夜のイブ、残念ながらネットがダウンしてて皆様とイブを共有できず残念!

写真はこのブログでもかつて紹介したことがある、
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51501257.html
全盲のドイツ人サブリエさんの盲学校の子どもたちから送られて来た、最高に可愛いクリスマス&ニューイヤー・カード。



もう一つは中国のサイトに載っていた、

The beatles Merry christam war is over

http://v.youku.com/v_show/id_XMTA2MjUwNTI0.html

Happy Xmas (War Is Over)

Happy Christmas Kyoko
Happy Christmas Julian

So this is Christmas
And what have you done?
Another year over
And a new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Christmas (War is over)
For weak and for strong (If you want it)
For rich and the poor ones (War is over)
The road is so long (Now)
And so happy Christmas (War is over)
For black and for white (If you want it)
For yellow and red ones (War is over)
Let's stop all the fight (Now)

A very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

And so this is Christmas (War is over)
And what have we done? (If you want it)
Another year over (War is over)
And a new one just begun (Now)
And so happy Christmas (War is over)
We hope you have fun (If you want it)
The near and the dear ones (War is over)
The old and the young (Now)

A very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

War is over, if you want it
War is over, now
Happy Christmas

rftibet at 09:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他 

2010年12月23日

ビデオ・ラサを目指しリヤカーを引きながら進むカムの巡礼者たちの群れ

ラサに向かうカムの巡礼者たち一作日ツイッター上でチベット人が教えてくれた映像に心打たれた。
しかし、中国語を理解しない私には何を言ってるのかが解らない。
そこで@uralungtaさんにちょっとだけでいいから訳して見て、と頼んだ。
まさか、67もあるコメントまで全部訳して下さるとは思ってもいなかった。
映像に対する中国人のコメントを読むとまた、いろいろ考えさせられる。

以下、その訳をうらるんたさんのブログから転載させて頂く。
うらるんたさん、翻訳本当にありがとう!
ご苦労様でした!

-------------------------------------------------------------------
投稿ビデオ「衝撃! 五体投地を激写!」
http://lung-ta.cocolog-nifty.com/lungta/2010/12/20101221.html

 (今回もツイッター関連。すみません)
 チベット人がチベット語で「心動かされる映像。彼らはカムからラサへ歩いて巡礼に行く信仰心の篤い人たちなのだ」とツイート(していたのを@tonbaniさんが「必見!列をなし、ラサを目指してリヤカーを引きながら進むカムの巡礼者たち。五体投地の人も。リヤカーの中の子どもたちが可愛い!なんだか泣ける」と引用リツイート)していた映像です。
 中国版YouTube「優酷」(YouCool、とでもいうニュアンスでしょうか)への、漢人辺境旅行好きビデオマニア(たぶん)の素人レポート。「拍客」(アマチュアビデオレポーター)のレポートもさることながら、コメント欄も盛り上がっていて、「どんなことが書いてあるのか訳して」といわれたので粗訳してみました。

 元映像はこちら
【拍客】震撼!实拍最虔诚的朝拜者“五体投地”(【投稿レポート】衝撃! 最も敬虔な巡礼者の「五体投地」 ホンモノを激写)。
http://v.youku.com/v_show/id_XMjMwNzEwMTQw.html

レポーター「私の前方には、巡礼でラサに向かう隊列がいます! リタンからの人たちです」
(タシデレ~、と声がかかる。※「タシデレ」は本土チベットでは、身内相手には使わないヨソ者向けの挨拶言葉。ビデオ撮影者は一見して旅行者とわかる格好やそぶりをしているんだと思う)
レポーター「(巡礼者に)タシデレー」「彼らは既に2ヶ月以上歩いています」(ワンボックスカーがクラクションを鳴らし通り過ぎる)
レポーター「隊列の長さはだいたい200メートル以上あります」(はあ、はあと荒い息)「だいたい2~3人で1台の荷車を引いています」「これが信仰の力です」「2カ月以上、野外炊飯で野宿です」「すべてラサに巡礼するためです」(巡礼者から「ラサに行くよ、ラサラサ」「タシデレ」と声が掛かる)「ハハハ、タシデレ」(「ホーイ」と手を挙げ応える巡礼者)
レポーター「彼らは子どもも連れて行きます」
レポーター(子どもを連れて行くのは)「天への畏敬、神への信仰を子どもたちに培うためです」(荷車の荷台に座る女児もを写す)
カムの巡礼者たちレポーター「お嬢ちゃん、年はいくつ?」(女児、手を振ってにこにこ。荷車を引く父親が代わりに答える)「9歳だよ、もう大きいよ」
レポート「9歳か、学校は行かないのか」
父親「ああ、自習してる」
レポーター「そうか、休学申請*はしたのか」(*「請暇」という単語を使っている)
父親「今年は行ってない」(※学校に行ってない、という意味で、「請暇」は通じてない)
レポーター「そうか、ラサに行ったら何をして過ごすんだ?」
父親「行ったら頭を地面にうちつける」
レポーター「え? ああ、つまり『礼拝する』んだな」
父親「そうだ、『礼拝』する」
レポーター「ラサにはどのくらい滞在する予定?」
父親「あ?」
レポーター「ラサでどれくらい過ごす予定? そうか、3日か。予想ではラサにはあとどれくらいで着く予定?」
父親「いまはー……あー、10日ちょっとだろう、多くても」
レポーター「十数日か、そうか」
父親「そうだ、十数日だ」
レポーター「既に70日くらい歩いてるんだな、リタンから出発して」
父親「おーや(そうだ)」
レポーター「あ~」(荷車の小さな子どもが手を振って「タシデレェ」)「タシデレ」(おっさんが「ニーハオ」)(激しく車のクラクション)
レポーター「歩き続けて2カ月あまり、あと10日ほどでラサに着きます。前方にはまだ標高5020メートルの『ミーヤー峠』を越えなくてはなりません」「ようやく到着してたった3日間の礼拝」(「タシデレ」と声が掛かる)「タシデレ」(後方から巡礼の隊列の荷物を映す。巡礼者の歌声がマイクに入る)(でかい音で中国語の歌がかぶさる。五体投地の老女)
老女「リタン」
レポーター「じゃあ2カ月ちょっと歩いてきたのか」
老女「3カ月ちょっと」
レポーター「3カ月以上歩いているのか、もう」
レポーター「彼らは3カ月以上も旅の途上に身を置いている」
(場面変わり、ラサ)(ポタラ宮の前)
レポーター「私は今、ポタラ宮の前にいます」(舗装された道路の端でチベット人が五体投地を繰り返している)
レポーター「私の前には聖地に礼拝し祝福を求める人たちがいます」「彼らはまず時計回りにポタラ宮の周囲を回るのです」(五体投地する人)(終わり)

 以下、映像に寄せられたコメント。

1. 神聖だ!

2. イイネ! イイネ! イイネ!

3. まったく五体投地には感心するよ!

4. イイネ! イイネ! イイネ! イイネ!

5. イイネ! イイネ! イイネ! イイネ!

6. イイネ! イイネ! イイネ!

7. ひどい盲信だ。彼らは一生で3回しか風呂に入らない。これだけは尊敬できる 

8. なむあみだぶつ!南無観世音菩薩! 

9. 功徳を積む喜びを。南無阿弥陀仏! 

10. タシデレ 

11. タシデレ 

12. タシデレ、ナンマイダ 

13. 信仰は信仰に帰すよ でも風呂には入るべきだろうな 

14. イイネ! タシデレ 

15. 信仰心の大きさ 

16. あまりに忠誠を尽くしてる。信仰心の深さは人を感動させるね 

17. (涙にむせぶ絵文字) 

18. 誰が撮影したかしらないけど、息も絶え絶えだね! たぶん標高がだいぶ高いんだろうね!

19. >>18
……私は車に乗りながら撮影したんだ……

20. こんな一生を送ったら、人類の発展には何一つ貢献しないね 

21. >>20
くだらないことを。中国に貢献しなくても、ほかにすべきことはあるだろ。撮影者に感謝するよ。(イイネ!) 

22. 中国全土でも最も純粋無垢な地域だろうな、、 

23. ここの人たちはなんて素朴なんだろう。 

24. 無知蒙昧 

25. 神や悪魔を信じない私でも、これほど純朴な人たちの姿には本当に感動させられたよ(胸をドキドキさせている絵文字) 

26. 大学院まで勉強したけど、私はなぜだか神や悪魔はいると思えるな。神や悪魔のいる世界もある、と感じてしまう。ハハ、私も無知蒙昧なんだろうな。 

27. >>21
すぐ一つ前のコメントを止めてくれてるけど、あなたのコメントが本当に世の中に必要なことかね! まったく、あなたみたいに物の道理が分からない人がいるから中国からは各種の差別がなくならないんだ! 

28. >>21
あんたの存在こそ中国に何の貢献もしてないんだよ! 

29. 個人的には……一つの国家の人民はやはり、多少の信仰に基づくモラルと道徳規範と礼儀を持ち合わせるべきだと思う。貪欲さは報いを受けると信じてる。善行を積むべきだよ!! 

30. (冷や汗を流してる絵文字)でも、彼らの偉大な活 仏 ダ ライ は亡命し 第二位の活 仏 パン チェン の生まれ変わりは 彼らチベット人の多くには受け入れられていない
※検閲削除を避けるため文字と文字の間に空白がはいっている

31. 信仰は人類の発展になんら貢献せず、彼らは無知蒙昧だって書いてる人がいるけど 聞きたいんだが 貢献していないのは誰? 蒙昧なのは誰? あなたがたは既に知ってるでしょ 永遠に変わらないものなんてありえない 人類に信仰心がなかったら とっくに滅亡していたでしょう かわいそうな人たち 

32. チベットは神秘的な場所だ。第二次世界大戦ではヒットラーも目をつけて、部隊を派遣して研究していた。中国が解放してからは国家分裂問題を起こして世界中の注目を集めている。 

33. >>13
水がないんだよ 

34. どんなにつらくても、彼らには喜びがある。それが満ち足りているってことだ! 

35. 私には彼らが騙されているようにしか思えない。あんなに険しい道を、疲れるでしょ? もし本当に神が存在するなら、あんな様子を見れば心を痛めるはずでしょ? ひざまずいて祈りを捧げる人たちを守ることができるはずじゃない。本当の神様なら、あんなふうに1人1人巡礼して拝ませるようなことを求めないで、人間らしい自分の生活を大切にしろって、、 

36. >>26
世界には何でも起こりえるし、疑ってかかることも必要。ただし最も大切なのは自分の生活をよりよく過ごすことで、自分の生活が過ごしやすくなかったら、信仰なんて誰にも必要とされない。 

37. >>29
この映像の人たちは私には貪欲に思えるけど。だって2カ月も歩いて、たぶん1年分の蓄えも使い果たして、子どものことも考えないで。 

38. >>37
彼らの子どもたちはそんなこと気にしてないと思うけどな。だって両親と同じ信仰を持ってるんだし…… 

39. 珍しいの? 

40. ナムアミダブツ! 

41. 精神の支えだ。(イイネ! イイネ! イイネ!) 

42. 見聞が狭くなんでも珍しがる奴の典型だな。あんたが見たことのないものなんて世の中にあふれてるんだよ! 何が「衝撃!」だ。こんなのが衝撃だったらあんた衝撃で死ねるよ。 

43. 信仰があるというのは一つの幸福だと思う 

44. チベット人同胞はほんとに素朴で、見ず知らずのカメラマンにも「タシデレ」と挨拶してくれてる あの山のように心の広い人たち 彼らに限りない祝福がありますように 

45. 現代社会のせわしなさ、落ち着かなさの原因は信仰心の欠如だと思う もし小中学生の教科書に仏教学か道徳を加えれば、納税者の税金を使って公共利益を喧伝する必要はなくなると思う 現代社会の変化は早い 指導者らの私利私欲がもたらしたものだ 

46. 私は、信仰心があるのは良いことだと思う。ただし、少なくとも、人に良いことを勧め、よく勉強する習慣を教える必要はあるだろう。こんな風に、学校に通わず、働くこともせず(直訳:畑を耕しもせず)に半年もほっつき歩かせるようでは(もちろん彼らはほかの人たちより信仰熱心なんだろうけど)、邪教と変わりないんじゃないかと思う。 

47. 人間に本当に必要なものは信仰心だ。信仰心を持たない人間は生ける屍のようなものだ。 

48. 格好を見ると徒歩でラサ巡礼をしているんだろうな。私は今年9月に川蔵線(四川―チベット路線)をドライブした。頭を打ちつけてる(※五体投地してる)人がたくさんたくさん。 

49. 信仰心があるのはいいね 

50. 見た感じ、彼らは本当にいいね。オレ達のいわゆる「裕福な」場所なんて、モラルのかけらもないし、信仰心もないから物欲が横行してひどいもんだよ 

51.見たところオレ達のほうがまさに野獣だな 

52. 吉祥如意 

53. 信仰心のある人と金を持っているだけの人を一緒にすると、まさに違いを見抜くことができるよ。西洋人は幼いころからキリスト教の教育を受けている。道理で西側諸国は文明国家ともいえるわけだよ。 

54. 信仰心の大きさ。彼らを尊敬する。 

55. 宗教を信じるかどうかは別にしても、人間は何か信じるものは必要だ。そうでなければ、生きることに何の意味があるのか? 

56. 風呂? ハハハ……、清潔か不潔かでいえば彼らはあんたたちに比べるまでもないけど、彼らの心根、魂は…あんたらの百倍澄んでるよ…… 

57. >>46
あんたに何が分かる? あてずっぽうでいいかげんなことを言うなよ。誰が「学校に通わせず、畑も耕さない」なんて言った? 毎年こんなことをしてると思ってるのか? 彼らは何年ごしに待ち焦がれてようやく巡礼できるんだ。。 

58. >>35
あんたは誤解してる。五体投地は神に庇護を求めるものじゃない。それはあんたらの浅はかな考え方だ。五体投地は自分の信仰心そのものを神に示すもの。彼らが数百元の交通費くらい持ってないわけないだろ。それをなんで徒歩で巡礼するか考えろ。信仰の厚さを示すためだろ。一生に一度、聖地を訪ねて参拝するのは、信仰が育んできた小さな小さな望みなんだ。70日間もかけて歩きとおし、ようやく長年の願いがかなう。あなたが想像するほど、人類が自分で自分を食べさせていくのは難しいことじゃない。信仰があれば、人の心に巣くう悪魔は抑えられるんだ。。。 

59. >>28
あんたこそ、信仰を持たない悪魔だ。「あんたの存在こそ中国に何の貢献もしてないよ」というのは正しい。あんたらは機会をうかがって、あんたのような人たちが機会さえあれば世界を混乱に陥れようとしてるんだ。

60. >>20
あんたのように信仰のないヤツは人類に損害を与えるだけの存在だ。生きていたって、土の中に埋められたゴミのようなものでしかない。

61. >>7
あんたこそ無知だからそんなことを信じるしかないんだよ

62. >>37
あんた自身のことをちゃんとやれよ

63. >>46
学校に行かせない? 働かない? ハ、こんな巡礼の動画を一つ見ただけで、どこからそんな情報が分かるのか、感心するね。それに、邪教と同じようなものだって? あんたが何を分かってるんだ? 仏教が人に勉強をさせないだって? 仏教が人を働かせないだって? あんたのコメントを読んだ奴からそれだけ笑われてよく平気だな。よくもまあ、それだけ意味も理解しないまま、字だけ打ち込むことができるな! 半分水が入ってチャプチャプいってるだけの脳みそで、よくも訳の分からない論評ができるもんだ。ヒマでヒマで罵る相手を探してるだけなんだろ、違うか?

64. >>63
レス先を間違えた。63のレスは47が返信している相手へのレス

65. >>46
信仰心がないってかわいそうだね!

66. >>65
あんたこそ、どうして彼らが学校をサボらせてないって分かる? どうやってちゃんと働いているって知ったんだ? いいかげんにしろよ!

67. >>66
レス番違い 46が返信してる相手に言いたかった ごめん 許して







rftibet at 15:10|PermalinkComments(3)TrackBack(0) チベット内地情報 

2010年12月22日

デブン僧院の受難・高僧に無期懲役

無期懲役を受けたジャンペル・ワンチュックTCHRD<いかなる政治的活動記録もないデブン僧院の指導的学僧に無期等の長期刑>

今回紹介するレポートの一部はすでに以下の過去ブログで報告済みであるが、
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51510375.html
昨日ICT(International Campaign for Tibet)が詳しい関係レポートを発表しhttp://www.savetibet.org/media-center/ict-news-reports/senior-drepung-monk-scholars-“-no-political-record”-sentenced-life-long-sentences-crackdow
これを受けAP(北京)も記事を書いているので
http://asiancorrespondent.com/44168/rights-group-concerned-over-fate-of-tibetan-monks/
主にICTのレポートを使い再び報告する。

----------------------------------------------------------------

クンチョック・ニマ2008年3月、ラサで始まった、中国政府の政策に抗議するチベット人の蜂起活動は一気にチベット全土に広がった。

3月10日、この一斉蜂起の口火を切ったのはデブン僧院の数百人の僧侶たちであった。
この時にも多くの僧侶が逮捕されたが、当局は4月中に何度もデブン、セラ、ガンデンのラサ三大僧院を襲い、多くの僧侶を拘束した。
デブン僧院からだけでも約600名の僧侶が拘束されたという。
その多くはその後ラサから遠く離れた青海省のゴルムドに列車で送られ、軍刑務所に収監された。
当局は後に「彼らは教育のために」送られたのだとコメントした。

4月11日、デブン僧院から多くの高僧たちが引きずり出され、連れて行かれた。
彼らはデモに参加しておらず、政治的活動に直接関わっていた人たちではなかった。
その中、デブン・ロセリン学堂འབྲས་སྤུངས་བློ་གསལ་གླིང་དགོན་པの戒律師དགེ་སྐོས་であったジャンペル・ワンチュック師འཇམ་དཔལ་དབང་ཕྱུག་(55)には今年の6月、無期懲役の判決が下された。

同じ日、ゴマン学堂འབྲས་སྤུངས་སྒོ་མང་གྲྭ་ཚང་の教師དཔེ་ཁྲིད་དགེ་རྒན་クンチョック・ニマ師དཀོན་མཆོག་ཉི་མ་(43)に懲役20年、
ガクパ学堂སྔགས་པ་གྲྭ་ཚང་の教師ガワン・チュニ師ངག་དབང་ཆོས་ཉིད་(38)には懲役15年が言い渡された。


彼らはデブン僧院内だけでなく、ラサのチベット人たちからも尊敬を集める有名な学僧たちであったという。
彼らの消息は途絶えたままであり、ラサの市民たちは彼らの安否について心配している。
あるラサの人は「当局はこのデモを利用して政治的ではない有力なデブンの僧侶たちを逮捕し、デブン僧院の力をそぐつもりなのだ。3人が今どうされているのかが非常に気がかりだ」と話す。

その日、同時に逮捕されたガワン・チョンキ、ガワン・セルト及びギャッパ(でぶっちょ)と渾名されていた料理人の行方も以後不明のまま。

また、僧ギャルポは2009年8月監獄での拷問により死亡したとTCHRDが報告している。
僧ロプサン・ワンチュックは拷問の末ほぼ視力を失った。
亡命政府の発表によればデブン僧院からだけでもその他42人の僧侶に様々な刑期が言い渡されたという。

ガワン・チュニこのICTのレポートでは、その他2008年以降に無期懲役を求刑されたチベット人3人をリストアップしている。
1、ラサで活動していたHIV/AIDS問題を扱うthe Australian Burnet Instituteで働いていたワンドゥは「スパイ罪」で無期懲役。
詳しくは(以下同様)>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51142553.html
2、ドルジェ・タシ、彼は有名な資産家、事業家であり、共産党員でもあった。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51492769.html
3、チャムドの爆破事件に関連し、ギュメ僧院の僧ドゥンドゥップと僧ケルサン・ツェリン。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51112492.html
その他、2008年以前において、カムの高僧テンジン・デレック・リンポチェが最初死刑、後に無期懲役に減刑されている。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51305374.html
2001年には僧チュイン・ケドゥップが独立要求のパンフレットを印刷、配布したとして「国家分裂先導罪」で無期懲役になっている。

写真はICTより、1枚目ジャンペル・ワンチュック師、2枚目クンチョック・ニマ師、3枚目ガワン・チュニ師。





rftibet at 17:44|PermalinkComments(2)TrackBack(0) チベット内地情報 

2010年12月20日

ダライ・ラマ法王のお言葉:カナダ、Calgary大学における講演の後、質問に答えて

b8700e58.jpg今日は法王の言葉をたっぷりお届けする。

今日のチベットTV(今年から始まったCTAのテレビ放送。いくつかはオンラインでも見ることができる:http://www.tibetonline.tv/)で、法王が2009年9月30日にカナダのCalgary大学で講演された時のビデオが流されていた。

演題は「Peace through Compassion」
本体の講演ももちろん素晴らしかったのだが、質問コーナーもなかなか面白かった。

そこで、本体は後回しにして、質問コーナーだけ以下に訳してみた。

法王、この日は特に調子がよいように拝見した。
質問に対する素晴らしい答えに対し、2万人が集まった会場から何度も大きな拍手が沸き起こった。

全部で8つの質問に答えられている。

-------------------------------------------------------------------

質問1「数ヶ月後に息子が生まれるが、息子には様々な宗教を教えたいと思っている。子どもにまず最初に、何よりも大事な事としてどんなことを教えるのがよいと思われるか?」

法王「難しい質問だ、、、まだそんなことを考えるのは早過ぎると思う。
まだ子どもは生まれていないのだから。ハハハ・・・
5~6年後に、子どもが5、6歳になった時、子どもの性格、能力に従ってそのことを考えると良いだろう。この会場にも100人以上子どもがいるだろう、、、子どもにはそれぞれ違った性格があるから一言でいうのは難しい。
ただ一つ言いたいことは、子どもが生まれたら、できるだけの愛情を注いでほしい。最初の数ヶ月、数年は非常に大事だ。医学の専門家も生まれてすぐの数週間は、その子の脳の発達にとってとても大事な期間だと言ってる。
その間の身体的接触が大事だ。その間、できる限りの愛情を示すべきだ。

そして、後は、子どもの前でパートナーと言い争ってはいけない!
何らかの問題が起こった時も、子どものいないところで喧嘩すべきだ。ハハハ・・・


質問2(6歳の子どもから)「いつもその僧衣を着ているの?パンツははいているの?」

法王「ハハハ、、、夜は、インドに来てから、ちょっと西洋化されて、寝るときにはパジャマを着てる。後は、ラサのノルブリンカから逃げる時には、中国の兵隊を騙すために普通の人が着る服で抜け出した。1964、5年長い道のりを辿り中国に行くとき、途中、道が悪くて車もなく何日か馬で進まなくてはならなかった、その時にも民間人の服を着た。」

質問3(高校生から)「今日、法王は名誉博士号を授与された。世界はあなたを尊敬の眼差しで見ている。ご自身は自分のことをどのように見ておられるのか?」

法王「私はいつも言ってるが、自分のことを一人のつましい僧侶だと思っている。
例えば、私は夢の中で『自分がダライ・ラマだ』とか思ったことがない。でも、夢の中で自分が『仏教の僧侶だ』ということは思う。だから僧侶だという自覚は強くある。私に対し、あるものは『生き仏』とか『王者』とか呼ぶ。ある者は『悪魔』だという。どうでもいいことだ、これらは単なるラベルに過ぎない。一番大事なことは『自分は一人の人間だ』という認識だ。
私たちは同じ身体と、同じ心と、同じ感情を持っている。私たちは一緒だ。
このレベルの同一性を大事にすべきだ。これは本当に大事なことだと思う。
なぜかと言えば、多くの、人間が生み出した問題は、この基本的なレベルを忘れていることから来るからだ。

二次的レベルにおいて、私はアジア人だ、ヨーロッパ人だ、アフリカ人だ、カナダ人だという区別認識がある。宗教的にも私は宗教否定者だ、私はキリスト教徒だ、ユダヤ教徒だ、イスラム教徒だ、、、と違いを言う。
同じ顔をしていても国籍の違いとか、貧富の差、私は上流階級に属すとか、私は下層階級に属するとか、私には教育があるとか、彼らには教育がないとか、、、このような区別を行う。
このよう二次的区別意識から多くの不必要な問題が派生する。このような区別は忘れるべきだ。人としての基本的なレベルに立って、私たちは同じ人間なのだと考えるべきだ。

私は幸福な人生を送りたい。あなたも幸福な人生を送りたい。あなたには苦しみを乗り越える権利がある。私にもある。だから、このレベルにおいて、私たちは交流することができるし、一緒に努力することができる。より良い世界を作るために一緒に働くことができる。この認識が非常に大事だと思う。」(会場から拍手)

質問4(中学生より)「難しい選択を迫られた時にはどうすればよいか?」

法王
「普通、まず自分でそのことについて熟考する。それから、友人や専門家に相談する。どうすべきかについて意見を聞く。そして、私の場合には、それが国家的レベルの決定の場合には、時に国家神託の意見を聞く。ある人はこれについて知っているだろうし、ある人は知らないだろうが、ある種の意見を神託に聞くのだ。また、時には占いのたぐいも行う。この数珠を使って。ほとんどの場合、それらは正しい道を示す。時には分析により、これらの意見を受け入れるのに躊躇することもある。時の経過とともにその意見が正しかったと証明されることもある。

ではあるが、ま、あなたの場合には占いや神託の必要はない。
ただ、まず気をつけてよくよく考えて見ることだ。考えるときその問題について色んな視点から見ることが大事だ。一つのみの視点から見てはいけない。
様々な視点から同じ問題を検討してみることだ。そうすればより全体的(ホリスティク)な見方を得ることができよう。
そのようにして、現実に対する全面的覚醒とともになされた決定は現実的であり、現実的決定が正しく、建設的な決定と言えるのだ。
」(拍手)

質問5(高校生より)「平和を標榜するあなたが、常にボディーガードに守られていることについてどう思われるか?」

法王「一般に私は、相手がどんな役割を担っているとか、どんな階級の人であるかを問題にしない。大統領であろうと、行者であろうと、ビジネスマンであろうと、科学者であろうと、宗教家であろうと、乞食であろうと、ホテルの従業員であろうと、違いは無い。
その人が人間的感情、誠実さをどれだけ示しているかが大事だ。その人が、笑顔で、その眼差しで真摯さを示してくれれば、それで私は十分ハッピーな気持ちになる。
偉大な政治的指導者であろうと、そのような要素が欠けている人の前では居心地が悪いと感じる。


だから、ガードマンについても、、、残念ながら私の行くところにはどこでも招待者側がガードマンを付ける。最初の日には、彼らもとてもフォーマルに振舞う。しかし、2、3日と経つうちに、彼らもうち解けてくる。だから問題はない

どこへ行っても、色んな人に会って、私は笑いかける。
その人も人間だから。ほとんどの場合、私が笑い掛ければ、相手も同じように答えてくれる。自分もハッピーになり、相手もハッピーになる。
でも、時には、イギリスだったか、ドイツだったか、、、私の車が街角を通過するとき、外の誰かが私の方を見たので私はその人に向かって微笑んだ。すると、その人は「なんでこの人が私に笑い掛けるのだ???というシリアスな顔をしていた」ハハハ・・・
特に若い女性に向かって微笑むと、何か下心があるんじゃないかと疑われたりすることもある。ハハハ・・・・
そんな時には私も何気なく顔を背けて知らん顔をする、ハハハ・・・大丈夫、問題ない、、、ハハハ。」

質問6「如何にして人間同士がもたらす堪え難い苦難に耐えるのか?」

法王「私の場合には、仏教が教える、私たちの心は無明に支配されているという理解を納得するので、状況は常に理解可能だ。一人一人の個人がこの無明を減じようとしない限り、この無明がある限り、心に様々なレベルの無明がある限り、常に問題は起こりえる。この理解は私の助けになるし、勇気を持ち続ける助けとなる。このことが解ってないと、ある困難に直面したときに勇気を挫かれる危険もあろう。
一方、人には理性があり、困難を乗り越えようとチャレンジ精神を発揮できる。チャレンジすることで、頭脳は明晰となり、身体と心と感情が総動員される。更なる力を得る。
チャレンジしなかれば、希望を失い、勇気を失い、負けてしまう。
チベットのことわざに「9回失敗し、9回努力する(九転び九起き?)」というのがあるが、これが大事だ。チャレンジなしに困難に負けることが本当の負けだ。だから、常に楽天的でいることが非常に大切な心構えだ。」


質問7「旅行ばかりされているようだが、その間どのように瞑想されているのか?」

法王「毎日、いろんな国を旅行中でも、現地時間の朝3時半に起きる。それから8時半か9時まで、ある種の瞑想を行う。主に分析的瞑想と観想を行う。昼間のプログラムも3時半とか4時、遅くとも5時には終わる。その後1時間か1時間半、再び瞑想する。そして、最高の瞑想はその後の8~9時間の睡眠中だ。これが最高の瞑想だ。完全にリラックスする。ハハハ・・・
もしも、心が明晰な時には、この睡眠中、夢の中である行を行う。分析的瞑想を夢の中で行う時もある。いつもじゃないが、時々だ。ハハハ・・・」

質問8「この会場には約2万人の人が集まっている。生活の中で慈悲の心を実践するために一番肝要なことは何か?」

法王「その前に一つリクエストがある。できれば会場の明かりを強くしてもらえないか?(ステージのみへの照明で会場はほぼ真っ暗だった)
そうすれば、みんなの顔を見ることができるから。
(会場の照明が明るくされる)
おお、いい!すごくいい!
会場の聴衆の顔を見えると、人と話しているという感覚が持てる。
暗いと、時にお化けと話しているような気がするものだ。ハハハ・・・
あるいは独り言をいってるような気になる。
照明を明るくしてくれてありがとう。

あれ!みんなカタを掛けてるみたいだな?、、、
どうも沢山の人たちがカタと呼ばれる白いスカーフを掛けていらっしゃるようだ。
その白いスカーフについて、私は通常、2つのことを説明する。
まず、その「白」という色は、「動機(心)の純粋さ」を表す。
「慈悲」を表している。少なくとも「他者に対し害心がない」ことを表す。次にこのスカーフのしなやかさは、その動機とともに態度が優しいことを示す。これがそのスカーフが表すシンボルの一面だ。


もう一つの面もある。このスカーフを掛けるという風習はインドから来たものだ。インドでは寺院や家族を訪問するとき、尊敬の意味でショールを差し出す。この伝統がチベットに伝わったのだ。
素材は中国製だ。中にはチベット語が織り込まれているものもあるが、これでつまりチベット人がオーダーして中国で作らせたものと解る。そして、この風習、伝統はチベット人により実行されている。このことから、そのスカーフは「調和の象徴」ともなる。

私たちは望む、望まないに関わらず、社会的動物として生まれた。
個人の苦楽は周りのコミニティー全体に依ってある。だから、調和と友愛は非常に大事だ。調和をもたらすためには、真摯な動機と優しい態度が欠かせない。
だから、私の愛すべき友人たち、愛すべき兄弟たちよ、、、
私は幸せになりたいと思う。あなたたちも同じ思い、望みを持っている。
そして、みんな幸せな生活を送る、同等の権利がある。
幸せ、喜びは身体的レベルにもあるが、精神的レベルのそれがより重要だ。身体的レベルの楽は、金銭に依る面が多く、お金持ちは便利な生活をして楽にしているだろう。貧しい人々や失業者はこの面ではきついこともあろう。

しかし、精神的レベルにおいては貧富の差は関係ない。教育のレベルも関係ない。ある場合には、精神的レベルにおいては、ひょっとして貧しい人々の方がより心の平安を楽しんでいるのかも知れないと思ったりする。
非常に頭のいい人は、往々にして、ビジョンが多すぎて、期待が大きすぎて、反ってより多くの恐れや不安を味わうものだ。
内的幸せ、喜び、平安についてはみんな同等の可能性を持っている。このことについてもっと考えてほしい。
より正直な、真摯な、慈悲深い心を持って、互いに助け合うことだ。
特に、助けを必要とする、貧しい人々、病気の人々、老いた人々、囚人も含めて、このような人々を、同じ社会の一員として認め、決して排除してはいけない。社会全体を一つの家族として、楽しい家族のように育て面倒をみること、これが私の望みだ。

ありがとう。ありがとう。」(拍手)


rftibet at 20:00|PermalinkComments(7)TrackBack(0) ダライラマ法王関連 

2010年12月19日

WikiLeaks:2008年、ダライ・ラマはアメリカに対し必死の嘆願を行った。

17f8022b.jpgWikiLeaksは様々な国に様々な波紋を投げかけている。
チベットに関わる米外交文書のリークによりこの狭いチベット亡命社会にも様々な反響が出はじめている。

今までに発表された、直接チベットに関わるリークをイギリスのguardian紙がまとめ、12月16日ネットに発表した。
それは以下の5件。

1、US embassy cables: Dalai Lama made desperate plea to US for help during 2008 unrest
2008年の騒動の際、ダライ・ラマはアメリカに対し必死の嘆願を行った
http://www.guardian.co.uk/world/us-embassy-cables-documents/149327?intcmp=239

2、US embassy cables: Dalai Lama says prioritise climate change over politics in Tibet
ダライ・ラマはチベットの政治問題より環境問題が優先されると語った。
http://www.guardian.co.uk/world/us-embassy-cables-documents/220120?intcmp=239

3、US embassy cables: 'Widening generational divide' between Tibet's leaders and youth
チベットの指導者たちと若者たちの間の「世代間分裂」が広がる。
http://www.guardian.co.uk/world/us-embassy-cables-documents/160094?intcmp=239

4、US embassy cables: Tibetan frustration with the 'Middle Way'
「中道路線」に対するチベット人のフラストレーション。
http://www.guardian.co.uk/world/us-embassy-cables-documents/248429?intcmp=239

5、US embassy cables: Tibet protests put India in awkward spot
チベット人の抗議活動によりインドは難しい立場に追いやられる。
http://www.guardian.co.uk/world/us-embassy-cables-documents/147313?intcmp=239

おおかたの情報は既知のものが多いが、中にはもちろん全くこれまでに公にされていない情報もあり、我々にはやはり興味深い。

2番目のリークなどに対しては、この狭いチベット亡命社会においてすでに少なからぬ反響を巻き起こしている。
TYC(チベット青年会議)を中心に「こんな発言をするとは!」と反発も出ている。
これは「法王の直接の発言ではなく、米外交官のコメントに過ぎない」となだめにかかる者もいる。

出口の見えない中国との話し合いと、アメリカが中国に対し効果的な圧力をかけられないと見限った法王が、新しい切り口を「環境」に見いだそうとしたとも読める。
ま、これなどは法王自身がその内解説されるような気もするので、それを待つのが懸命と思われる。

今日は1番目の「2008年の騒動の折ダライ・ラマはアメリカに対し必死の嘆願を行った。」の中から幾つかの節を紹介する。

2008年の3月、ラサから始まったチベット全土の一斉蜂起に対し、如何に法王が心痛め、何とかしたいとの必死の思いを起こされたかが伝わってくる。
それと同時にその法王の痛ましい親心を利用しようとする、中国の汚い手口もここに明らかにされている。

------------------------------------------------------------------

2008年4月10日 ニューデリー
Thursday, 10 April 2008, 11:51

C O N F I D E N T I A L SECTION 01 OF 02 NEW DELHI 001035
STATE FOR TIBET COORDINATOR DOBRIANSKY
SUBJECT: DALAI LAMA PLEADS FOR U.S. TO PERSUADE CHINESE

<ダライ・ラマはアメリカに対し中国を説得してほしいと懇願する>

1.アクション要請は第7節

2.(C/REL UK, CANADA, AUSTRALIA)
摘要:ダライ・ラマは4月9日、アメリカに発つ数時間前PolCounsを呼び出しメッセージを伝えた:

すべての効果的方法を使って中国政府が彼(DL)との対話に臨む事を促してほしいと。
彼は、最近の出来事によりチベット人の将来についての憂慮が募って来たという。
この際、彼は自身の「中道路線」への誓約を再確認した。
――「中道路線」とは中国政府がチベット人固有の性格を尊重し、彼らの真の地方自治を許す限り独立を求めないというもの。――

ダライ・ラマは北京との行き詰まり打破を求めた。

ダライ・ラマはMulford大使との会話を思い出しーーー中国は力のみを敬う。だからアメリカは北京に対し「インパクトのある」行動を取る事を要請するーーーと語った。

30分間の会談の末に、ダライ・ラマはPolCounsを抱きしめながら、最後の嘆願を口にした。
「チベットは死に絶えようとしている。我々にはアメリカの助けが必要だ」と。

4.PolCounsと会う直前、ダライ・ラマはXXXXに会った。
ダライ・ラマはXXXXは中国の仲介者と連絡があり、以下の取引が可能であると彼に伝えたと語った。

もしも、ダライ・ラマがオリンピック・トーチの平和的チベット内通過を支持するならば、中国政府は3月10日以降に逮捕されたチベット人たちをいっせいに開放するであろうと。

7.行動要請:ダライ・ラマからジョージ・ブッシュ大統領、ライス国務長官、ナンシー・ペロジ下院議長、ハリー・レイド議員へ宛てたイーメイルと書簡には、
アメリカ政府が中国政府に対し、現在行われているチベット人への弾圧を直ちに終わらせるよう、捕らえられたすべてのチベット人を開放し、彼らが適切な治療を受けられるよう要請してほしいと書かれている。
また国際的オブザーバーとメディアグループが、チベット自治区の影響を被った地域に赴き調査することに中国が協力するような助力をお願いする、と書かれている。


rftibet at 17:40|PermalinkComments(3)TrackBack(0) その他 

2010年12月17日

温家宝首相デリー訪問の顛末

デリー、チベット人デモ今日温家宝首相はデリー訪問を終えインドの敵国パキスタンに向かった。
パキスタンは今頃大スポンサーの中国を大歓迎していることであろう。
支援の目玉は核施設建設援助。
見返りは表向きアラビア海への道のみ。
インドは苦々しい思いと供に温さんを見送ったことであろう。

温さんが経済協力強化を全面に出しながら「中印は協力パートナー」といつものにこにこ演技に務める間中、外ではチベット人たちがここぞとばかり中国政府非難の声を張り上げていた。

デリー、チベット人デモこんな時、元気一杯叫び暴れるのがTYC(チベット青年会議)のしきたり。
中国国旗の上で温さん人形に火を付けたりもした。
もちろん暴れ過ぎると見張りのデリー警察に拘束される。
もっとも、デリー警察は中国やネパールと違って彼らを殴ったりはしないし、数日で解放される。
ネパールだと拘束時に逆らえばこん棒で殴られる。
これが本土だとリンチ状態となり、その場でめった打ちにされ血を流し、意識を失う。
拘束後においても、デリー警察は鉄格子の中に1~2日入れとくだけで、もちろんそこで拷問に遭うということはない。
ネパールでも拷問はない。
しかし、本土ではその後何週間も時には何ヶ月もの酷い拷問が待っている。

デリー、チベット人デモ結局この3日間の抗議活動によりTYCのメンバーが26人、SFTのメンバーが5人警察により拘束されたという(計35人との最新情報もあり)。
SFT(Student for Free Tibet)の方はもっぱら目立つ場所に大きなバナーを掲げるという作戦を得意とする。
今回も温さんが会議をしていたビルの反対側にある、建設中のビルの17回に写真のような巨大バナーを掲げた。

チベット亡命政府首相のサムドゥン・リンポチェは「実際、中・印国境というものは存在しない。国境沿いの問題はチベット問題が解決されない限り終わらないであろう」と意味深なことを語った。
さらに「中国はパキスタン・カシミールでパキスタンが進めているミサイル基地建設に手を貸している。これはインド全域への脅威となろう」と語り中国脅威論を煽った。

亡命政府デリー事務所のテンパ・ツェリン代表も、15日にデリーで行われたチベット民間4団体主催の会議で「中国は最近チベットの中に沢山の空港や高速道路、鉄道を建設しているが、そのほとんどは民間用ではない。これらの本当の意味についてインドは考えるべきだ」と中国脅威論をちらつかせた。

デリーにてま、こんな亡命チベット人たちの声がインド政府に届いたというわけではないだろうが、とにかく今回の温さんのインド訪問はお金の話以外には実り多いとは言いがたいものとなった。

最大の変化は共同声明にはこれまで常に中国側の要望に答え入れられていた「一つの中国」という言葉が排除されたことであろう。
この言葉は「台湾とチベットは中国固有の領土である」ということをその国が承認する、という意味を持っている。
この一言を入れるようにという中国側の要求に対し、インド側は「それを入れてほしければ、こちらもカシミールはインドの固有の領土であると中国政府が公式に認めることを求める」と返した。
これを中国は断ったのだ。
実際、中国は最近カシミール地区の住民に対し別個の特別ビザを発給している。

さらに、インドは中国に対し国連の常任理事国入りを支持するよう求めたが、これもやんわり拒否されている。
その他、諸々、結局表面上はにこやかに友好ムードで会談が進んだように見せてはいるが、実は対立は深まるばかりだったのだ。

温さんは400人もの経済使節団と供に飛来し、オバマやサルコジを抜く200億ドル(約1.68兆円)の商談を纏める予定だったが、最終的には纏まった商談は160億ドル程度に留まったようだ。
インドにとって対中貿易は大幅な赤字続き。この改善が十分約束されなかったのが原因と思われる。

中国はパキスタン、バングラデシュ、ビルマ、ネパール、スリランカに軍事援助や経済援助を行って、いわゆる「真珠の数珠つなぎ」政策と呼ばれるインド包囲網計画を進めている。

このまま、中国がこのような政策や国境・インド洋における領土・覇権争いを強気で進める限り、経済交流がいくら進んでも、中・印間の真の信頼関係構築などは残念ながら相当遠い話と思われる。

--------------------------------------------------------------

写真はすべてphayul.comより。

参照:
日本語、http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2010121602000032.html

英語、http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28767&article=No+mention+of+'one+China+policy'+in+India-China+joint+statement&t=1&c=1

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28763&article=Protests+at+Wen's+talk+venue+send+30+Tibetans+behind+bars&t=1&c=1

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28762&article=Senior+leader+of+Congress+snubs+China&t=1&c=1

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28752&article=Disputes+shadow+China-India+PM+talks&t=1&c=1

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28750&article=Five+more+arrested+as+protests+continue+against+visiting+Chinese+premier&t=1&c=1

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28744&article=Exiled+Tibetan+govt%3a+Tibet+central+to+Sino-India+border+dispute&t=1&c=1

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28742&article=7+TYC+activists+arrested+as+Wen+begins+India+visit&t=1&c=1



rftibet at 18:00|PermalinkComments(5)TrackBack(0) その他 

2010年12月16日

劉暁波氏の言葉・その2

c04e6c88.jpg前回の続きとして「天安門事件から『08憲章』へ」(藤原書店)から劉暁波氏の言葉をいくつか抜粋、紹介する。


忘却に対する記憶の闘い(15周年を迎えて)

 15年が過ぎた。あの銃剣で赤く染まった血なまぐさい夜明けは、相変わらず針の先のようにぼくの目を突き刺す。あれ以来、ぼくの目にするものはみな血の汚れを帯びている。ぼくが書いた一字一句はみな、墳墓のなかの霊魂が吐露したものから来ている。
・・・・・・
 人殺しの政権は人を絶望させる。人殺しの政権と殺された者を冷淡に忘れる心をもつ民族は、さらに人を絶望させる。大虐殺の生存者に力がなくて、受難者のために正義を奪還できないことは、なおさら人を絶望させる。
絶望のなかで、ぼくに与えられた唯一の希望は、霊魂を記憶に刻むことだ。

二〇〇四年六月四日夜明け 北京の自宅にて


「天安門の母たち」―――受難が生んだ高貴で堅固な思想
現代中国のおける最も尊い道義性


 草の根の階層の権利擁護の要求に対し野蛮な弾圧を行う政権は、間違いなく民を敵とする政権である。人を殺す政権は、人から唾棄される政権である。偽りの言葉で殺人の弁解をする政権は、人から軽蔑される政権である。人から寄せられた人道的献金を凍結する政権は、非人間的な政権である。しかし、「天安門の母たち」は依然として文明にふさわしい方法で自身の要求を表明することを堅持しており、未だかって過激な要求を提出したことはなく、未だかって過激な行動をとったこともなく、未だかつて激しい憎しみの言葉を用いたこともなく、始終変わらず勇気をもって良心に呼びかけ、慈悲の心で恩と恨みを融合し、善意によって悪意を取り去り、理性によって憤りを抑えている。このような高貴な愛と公明正大な理性、このような持続する強靭な気質と勇気は、まことに社会的良心を実行する際の模範となるものであり、中国の民間社会における最も尊い道義的資源であり、中国を平和裡に秩序をもって転換へと向かわせる健全な力の一つである。
 息子、娘を失った孤独な老人、夫を失った妻、父母を失った孤児、生計をたてる力を失った身体障害者らで構成されるこの受難者のグループは、最初の生きているより死んだ方がましだという気持ちから立ち直り、次第に絶望の憂鬱から抜け出した。生活の苦しみは一言では言い尽くせず、霊魂の煉獄の苦しみは言い表すことができず、威圧の下で沈黙を余儀なくされ、覚醒後の闘いでは危険な状況が続出した。しかし、受難者の家族相互の暖かな心遣いと国内外の良心ある人々の同情に支えられ、「天安門の母たち」はほとんど奇跡のように、誇り高く毅然と立っている。彼女らは極めて困難かつ人身に対する危険がいっぱいの情況の下で、六四の殉教者名簿や証言を収集し、国内外の人道的寄付金を獲得し、終始変わることなく、歴史を明らかにし正義を追求するという要求を堅持している。少しの疑いもなく、六四以後の十六年来、中国共産党に対し罪過を正し、歴史の真相を調査し、人民に公正と道理を返還するように促している民間の権利運動の中で、六四の受難者家族のグループは最も優れた活動をしている。
......

 たとえ独裁者たちが、いかに冷血であり、大衆がいかに鈍感であっても、彼女らは、墳墓の中の死者の霊魂たちのために冤罪をそそぐことにこだわり続け、広大無辺の母性愛によって狭溢な憎しみを取り除き、非凡な勇気によって野蛮な恐怖に抵抗し、永久に続く忍耐心によって長期間待つことに耐え、辛苦をいとわない探訪活動によって強制的な忘却を拒否し、個々の事例を示すことによって偽りと化した生存状態を暴露する。
 まさに『天安門の母たちの言葉』が次のように言う通りである。
「我々、この容易ならぬ苦難の中にある民族は、すでにあまりに多くの涙を流し、憎しみは、すでにあまりにも久しく蓄積され続けた。我々には自身の努力によってこの不幸な歴史を終わらせる責任がある。今日、我々が身を置く環境が依然こんなにも厳しいとはいえ、我々には悲観する理由はなく、ましてや絶望する理由はない。なぜなら、我々は、正義、真実、そして愛の力が、最終的に強権、嘘、そして暴政に打ち勝つに足るものであると堅く信じるからである。」

・ ・・・・・私は常に覚醒しないわけにはいかない。私の文字は無力で、私の声は微弱であっても、私は母親たちの正義を追求し、真相を証明しようとする歩みに従わないわけにはいかない。

二〇〇六年三月三日、北京の自宅にて


文化大革命から天安門事件までーーー中国民主化の挫折
小さな「文革」の連続


 まさに権力の思い上がりのせいで、鄧小平たちは、中国共産党の自己神格化とその独裁権力のみを信じているーーー共産党だけが中国を救い、強大な中国を建設することができるというわけである。権力の思い上がりのせいで、彼らは、民間の知恵を信じず、民意を尊重しない。その上、おおっぴらな民意の表明を大災害のように見なしている。それゆえ、鄧小平と彼の後継者は、文革式の敵対意識を継続し、「民主の壁」を弾圧し、「精神汚染」を除去し、自由化に反対し、六四の大虐殺を行い、民主党と法輪功を弾圧し、改革開放の過程は、政治面では「小さな文革」の連続となっている。

・ ・・・・・中国では、ただ権力の市場化と権貴の私有化という経済改革のみが行われ、中国人には、ただパンのみあって自由のない豚小屋だけがあてがわれているかのようだ。

・・・・・・
 
 文革に関する発言の禁止から六四に関する発言の禁止に到るまでの状況は、次のことを説明している。つまり、今日の中国の深層社会の危機がいかに厳しかろうと、中国共産党の現政権には、中国の改革を束縛している政治的ボトルネックを打破する考えが依然としてなく、彼らが相変わらず民権を軽視し、民意を敵視しているということである。偶発性の手を焼く事件を処理する場合であろうと、または社会の安定を保持しようとする場合であろうと、中国共産党の敵対的な思考は、本来穏やかだった矛盾を不断にエスカレートさせ、双方を心理的に(現実は往々にして決してそうではないのに、人為的に引き起こされた内心の恐怖がそうさせるのだが)全く退路のない激化した状態に追い詰め、その後には強制力、ひどい場合には暴力を使って一時的に問題を解決しようとするようになる。これは、道徳的に野蛮であり、社会が支払う代価が最大であるばかりか、しかも、その効果も必然的に本末転倒なものとなる。道義性と合法性を持つ、弾圧される側にとってそうであるばかりか、道義的合法性を失った弾圧する側にとってはさらにそうである。

・ ・・・・・つまり、自由民主を追求する民間の力は、急進的な政権の変更を介して社会全体を再構築することを追求するのではなく、漸進的な社会の変化を介して政権の変更を迫る。すなわち不断に成長する国民社会に依拠して、合法性が不十分な政権を改造するのだ。

二〇〇六年六月二日、北京の自宅にて


希望は民衆の自治・共生にありーーー中国民主化への突破口

・・・・・・だから、自由を許さない権力とその制度の力は、見たところ、いかに強大であっても、実際は、人間性の廃墟の上に建てられている幻の城である。人心にまで直接浸透するクリスチャン的な非暴力の抵抗は、まずモラルにおいて専制体制が頼る性向の基礎を崩す。独裁体制は、人の魂の中で腐乱し、一度時期が熟成すれば、専制の御殿が瞬く間に崩壊するビロード革命が出現するだろう。

二〇〇六年一月一六日、北京の自宅にて

続く

rftibet at 18:30|PermalinkComments(3)TrackBack(0) その他 

2010年12月15日

ラサ近郊・ダム建設により強制移住

ポド村付近






ポド村周辺(写真はグーグル・アースより)。この風景も水底に消え去る。

<ルンドゥップ・ダム建設のために数千人のチベット人が強制移住させられる>

AsiaNews 12/11/2010
http://www.asianews.it/news-en/Thousands-of-Tibetans-evicted-to-make-way-for-Lhundrub-dam-20230.html

水力発電所計画に基づき、ルンドゥップ県の3つの川がダムで塞き止められ、数千人の農民が家と耕作地を取り上げられる。
誰も今後どのようにして生活して行けば良いか分からない。
チベットの経済開発において、チベット人の権利は無視され続ける。

ラサのすぐ北に位置する、ルンドゥップ県ポドの4千人以上の住人がこの地域に建設されるダムにより家を追われる。
チベットの経済開発は常にチベット人の損失の上に成り立っている。
チベット人への見返りは少なく、中国の他の地域の利益のためにチベットは犠牲になり続ける。

ポド村下流のダム建設現場現地からRFAに寄せられた情報によれば「中国人たちは川を塞き止めるために橋を建設している」「すでに、中国人たちは工事のために兵舎を建設している」という。

ポドの下流に建設されるダムにより、ポドで合流するラデン川、ラチン川、パチュ川が塞き止められ、ポド村を含む少なくとも6つの村が水没する。

いくつかの世帯はすでに移住させられ、すべての世帯が2011年9月までに強制的に移住させられる。
すでに、当局は住民たちに「耕作と灌漑、収穫を禁止した」。

家を失う上に耕作地も失い、彼等の唯一の収入源となる収穫も禁止された。
新たにどのように祖末な家を得るかも知れず、仕事を失う。
このような不安からポドの500世帯の住民は移転に反対したが、聞き入れられず、様々な収容所に移住させられている。

いくつかの世帯は耕作地のないラサに移住させられた。
これらの農民たちは家財を売って生活するしかない。

現地からの情報によれば「夫々の家族は補償金として1万元(12万5千円)を受け取る事になっているが、この金で新しい家を建てるようにと命令された」という。

中国はチベットの分離主義者と戦いながら、チベットに経済的発展と富をもたらしているという。
しかし、チベット人たちは基本的人権である言論の自由もなく、中国は、僧侶や知識人を始め、亡命を強いられたノーベル平和賞受賞者である宗教的指導者ダライ・ラマについて語るすべての人々を弾圧し、文化的ジェノサイドを行っており、経済的発展は、地域で指導権を握る中国人移民に握られているという。
さらに、この種の計画でおいてはチベットの脆弱な環境に対する配慮は皆無で、ダム計画やその他の大規模開発も環境への影響が事前に調査されることは全くないと非難している。

-----------------------------------------------------------------

ポド村このルンドゥップ県ポドはラサの北、直線距離約60キロにある。
ここを流れる川はラサを流れるキチュ川の上流にあたる。
レティン僧院への道沿いでもある。

グーグル・アースで探すと、ポド村のすぐ下の方にこのダムの建設現場と思える写真が掲載されているのを見つけた。

キチュ川の上流、ポドの下流ディグン・ゾンあたりにはすでに一つ大きなダムが建設されている。
これでキチュ川のダムは2基目である。
これらのダムに、もしものことがあればラサは大損害を被る事は間違いない。
ラサにとっても非常に危ないダムとなるわけだ。

それにしても、家と農地を取り上げ、強制移住されておいてたったの1万元とは酷すぎる。

このような開発には反対運動を恐怖で押さえ込むために常に、多量の軍隊が送り込まれる。
開発会社の後ろには軍隊がいる。
逆らうものへの発砲事件がチベットでは何度も起きている。
最近では8月に、ペユルで起きた開発に反対する住民への無差別発砲により3人射殺されている。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51494238.html


rftibet at 20:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) チベット内地情報 

2010年12月14日

「六四、一つの墳墓」劉暁波

劉暁波氏劉暁波氏の詩や論文、エッセイを纏めた本が日本語で出版されている。
「天安門事件から『08憲章』へ」(藤原書店)

今日はこの本の中から彼の言葉を抜粋紹介する。
特に今回は「詩」を中心とする。
追って論文、エッセイの方も紹介するつもりだ。

この本の序に子安宣邦氏が書かれているように
「当局が恐れているのは、劉暁波が背負う天安門事件の死者たちの声と『08憲章』を書き、それを支持する人々の声とか一つになることである。劉暁波とはこの二つを一つにする人である。」

まさに劉暁波氏は天安門事件の生き証人として、そこで亡くなった人々の霊を良心として守り続けてきた人なのだ。

(写真はウーセルさんのブログより)

---------------------------------------------------------------

劉暁波氏この本のカバーページより:

「一九八九年六月四日以来、ぼくという幸運な生き残りは、常に自分自身に警鐘を鳴らしている。『六四』の無辜の死者の霊魂が天上からずっとぼくを見つめている。『六四』の受難者の家族が地上ですすり泣いている。自分は泰城監獄で本心に逆らい“罪”を悔い改めた。ずっと堅く守ってきた人間として最低限の一線を守れず、“反省書”を書いたとき、ぼくは自分で自分の良心を踏みにじった。自分の孤独、軟弱、エゴ、利己的な処世術、命が惜しくて策略をめぐらし、仮面をかぶったことを自覚し、認識した。この心の奥底に潜在する恐怖や憂慮は、監獄がぼくに与えた恐怖や孤独を遥かに越えていた。限界や弱点がある人間には畏敬や謙虚が必要だ。自分自身が魂に拷問を加えることにより救いと贖いがえられる。これにより自己を解放しなければならない。つまり、監獄の試練よりも、むしろ魂の荒野における試練こそ語らなければならない。」


彼は毎年6月4日が近づくと「詩」を綴った。
そのいくつかを抜粋する。

劉暁波氏記憶(6周年を迎えて)


夜が
鋭い縁にぶらさがっている
何度も目が覚め、見ようとしたが
何度も眠りこけ、深淵に臨んでいるようだった
濃い霧がからだじゅうにたちこめている
そよ風が時たまきらめく
一本の針が血管のなかをさまよい
支離滅裂な言葉をつなぎ合わせる
思考は崩れ落ち
別れた恋人のように
互いに裏切りを責めあう


流刑に処された妄想のためには
簡明で明晰な虚無が必要だ
時間は逆流し時間は飛び去る
血の海のなかの顔が目を見ひらき
ほこりの臭いが漂ってくる
記憶の空白は
モダンなスーパーマーケットのようだ
今日は恋人の誕生日だから
一時間一時間が貴重だ
さっとスマートに
百元札またクレジット・カードに
署名しなければならない

(中略)

我が民族の魂は
墓を宮殿と記憶することに慣れされている
奴隷主が現れるまえに
我々はもう覚えている
どのようにひざまずくのが最も優美なのかを

一九九五年六月三日 北京西北郊外公安局軟禁宅



ぼくのからだのなかの天安門事件(12周年を迎えて)

この日はますます遠くなったようだが、ぼくにとってはからだに残された一本の針のようだ。
子どもを失った母親たちが切れ切れになった夢を縫いあわせたときに忘れた針だ。
この針は母親たちの仕事を引き継ぐ手を探している。
この針はぼくの全身を探しまわり、無数の幼稚な衝動や欲望を刺し殺した。
(中略)

それがからだのなかにとどまっているのは、簡単な理由のためだ。
―――あの手を探し、永遠の道義を確立する。
この針は臆病な神経がぶるぶる震えるのを許さず、先端を良知の見張り番にする。
(中略)

ぼくは待つ。あの手が、切れ切れになった夢を縫いあわせる決心と忍耐をもって、この針を心臓に突き刺すことを。
肉体の悲哀と神経の慟哭が思想を毒したが、しかし詩を昇華させた。

二〇〇一年五月一八日 北京の自宅にて



劉暁波氏六四、一つの墳墓(13周年を迎えて)

権力の標章を護衛する兵馬俑が
世界を驚嘆させる
宮殿より荘厳な十三陵が
また西洋人を驚愕させる
毛沢東の記念堂が
奴隷の心臓の中心に築かれている
我らの悠久の歴史が
帝王の墳墓により光り輝く
だが「六四」は
墓碑のない墳墓
恥辱を民族と歴史のすべてに刻む
墳墓

十三年前
あの血なまぐさい夜
恐怖のために正義を守るべき銃剣が放置された
逃亡により青春を圧殺した戦車が容認された
十三年後
朝はいつもウソから始まる
夜はいつも貪欲によって終わる
金銭により、すべての罪悪が許される
すべては再び包装しなおされる
しかし残忍であることは透けて見える
混じりけなしに透けて見える

「六四」、一つの墳墓
忘れられ荒れはてた墳墓
(中略)

だが墓参りに来ても
亡霊に通じる道が見つからない

すべての道が封鎖されている
すべての涙が取り締まられている
すべての花が尾行されている
すべての記憶が洗い流されている
すべての墓碑は空白のままだ
死刑執行人の恐怖
恐怖によってこそ安寧になる

「六四」、一つの墳墓
永遠に永眠できない墳墓

忘却と恐怖の下に
この日は埋葬された
記憶と勇気の中で
この日は永遠に生き続ける
銃剣に切り落とされた指が
弾丸に打ち抜かれた頭が
戦車に押しつぶされたからだが
阻止された哀惜が
不死の石となり
その石は、吶喊(*1)となることができ
また墓地をいつまでも青々とする野草となる
その野草は、飛翔することができ
心臓の中心に突き刺さる針の先となる
血涙をもって雪のように輝く記憶を取り返そう

「六四」、一つの墳墓
死体で生命を保持する墳墓

だが生きている人は
饕餮(*2)で淫乱で
欺瞞で独裁で
成金で小康で
屈従して物乞いする
人だ
一人ひとりまさに腐りきっている

二〇〇二年五月二〇日 北京の自宅にて

------------------------------------------------------------------------

*1、トッカン。魯迅の著書の表題。敵陣に突撃する時雄たけびの声をあげること。
*2、トオテツ。伝説上の貪欲な怪獣。体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つ。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意である。何でも食べる猛獣。

rftibet at 20:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他