2011年01月

2011年01月31日

ツェワン・ラモの歌「チベット人の心」

f8dbd214.jpg今日もチベット内地のチベットソングを一つ紹介する。
可愛いツェワン・ラモちゃんのチベット愛国の歌「チベット人の心」。

まず以下のyoutubeにアクセス。
歌詞を読んだ後でもいいが、、、
http://www.youtube.com/watch?v=4UkiyX4ZYJ0&feature=player_embedded

@Tentsheさんが書き出して下さったチベット語歌詞と日本語訳は以下。

བོད་མིའི་བླ་སྲོག

ཚིག ཁོ་བསྟན།

དབྱངས། ཚེ་དབང་ལྷ་མོ།

ངའི་ཚེ་སྲོག་གངས་རི་དཀར་པོ་ཡིན༎

ངའི་ཟུངས་ཁྲག་གངས་ཆུ་དྭངས་མོ་ཡིན༎

ངའི་མིང་ལ་གངས་ཅན་བོད་པ་ཟེར༎

ང་བོད་པའི་བུ་ཡིས་བོད་སྐད་བཤད༎

ང་དགའ་ས་བོད་བརྒྱུད་ནང་བསྟན་ཡིན༎

ང་དགའ་ས་བོད་ཀྱི་རིག་གནས་ཡིན༎

ངའི་མིང་ལ་ཆོས་ལྡན་བོད་པ་ཟེར༎

ང་བོད་པའི་བུ་ཡིས་བོད་ཡིག་སྦྱོང་༎

ངའི་མིང་ལ་མཐོ་སྒང་བོད་པ་ཟེར༎

ང་བོད་པའི་བུ་མོ་བོད་ལ་དགའ༎

ངའི་ཕ་རྒྱུད་བྱང་སེམས་སྤྲེའུ་ཡིན༎

ངའི་མ་རྒྱུད་ཤེས་རབ་སྲིན་མོ་ཡིན༎

ངའི་མ་རྒྱུད་ཤེས་རབ་སྲིན་མོ་ཡིན༎

ངའི་མིང་ལ་པུར་རྒྱུད་(པུར་རྒྱལ་?)བོད་པ་ཟེར༎

チベット人の心

作詞 コテン

作曲 ツェワン・ラモ

ぼくの心は白い雪山

ぼくの血は雪解けの清流

ぼくの名前は雪の国のチベット人

ぼくはチベットの子だからチベット語をしゃべる

ぼくが好きなのは仏の教え

ぼくが好きなのはチベットの文化

ぼくの名前は信心篤いチベット人

ぼくはチベットの子だからチベット文字を学ぶ

わたしの名前は高原のチベット人

わたしはチベットの子、チベットが好き

わたしの父は慈悲の化身

わたしの母は智慧の化身

わたしの母は智慧の化身

わたしの名前はチベット人

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2011年01月30日

カルマパ17世の部屋から大金押収の件

カルマパこれを事件と呼ぶべきかどうか、迷うところだが、日本の新聞等でも報道されているし、先ほどこの件に関するカルマパ側の記者会見というものも開かれ、それを聞いて来たので以下、報告することにする。

記者会見にはインドメディアが大勢押し掛けていた。インドの新聞、テレビではこれを大事件の如く報道している。特に、「カルマパは中国のスパイか?」何てスキャンダラスな報道が行われている。これを真に受けて日本の産経と読売もスパイ説を報じている。
日本の報道:産経http://sankei.jp.msn.com/world/news/110129/asi11012922590005-n1.htm
読売http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110129-OYT1T00543.htm
朝日http://www.asahi.com/international/update/0129/TKY201101290245.html

事の発端は先の水曜日にダラムサラから3時間ほど南に下った、ヒマチャル・プラデッシュ州の州境にあるウナという町で現金約2000万円を車の中に持っていたインド人2人が見つかったことから。
そのインド人たちは金の出所をカルマパだ、と言ったらしい、それで次の日カルマパの仮の住まいとなっているダラムサラのギュトゥ僧院に警察官が押し掛け、カルマパの部屋から多量の現金を見つけ押収した。その総額はメディアにより様々だが、今日の記者会見では日本円にして約1億3千万円ほどだったという。そのほとんどはUS$はじめ外国の通貨。
何で金を押収されたかというとインドでは外国の通貨をある程度以上保持しているとそれだけで違法なのだ。米ドル以外にユーロ、日本円、中国元など25カ国の通貨が見つかったという。

スパイ説の始まりはこの中国元であった。その額についてはこれもメディアによりまちまちなのだが、今日の記者会見では総額の約10%というから1300万円ほど。カルマパ側の説明ではこれらは「全て布施」であるとするが、インドのメディアなどはこれがスパイ資金ではないか?という。スパイ説の始まりはインドの外部情報調査局(RAW)の誰かが、「カルマパは中国のスパイかも知れない」と言ったらしいことに始まる。今日RAWの職員がダラムサラに来てカルマパにこの事に関し、聴取を行うと報道されている。

このカルマパ・スパイ説の話がインドのテレビ等http://www.youtube.com/watch?v=sRWOXb0LIxMで報道されるや、亡命チベット人たちは一斉にメディアに対し抗議した。「カルマパの名を汚すとんでもない話だ」というわけだ。

この件に関しダライ・ラマ法王はバンガロールでテレビのインタビューに答え「カルマパは世界中に信者をもっており、彼らから外国通貨の布施を貰う事はあるだろう。中には中国本土の信者もいる。中国元が布施されても不思議ではない。確かにもっと法律を知って、基金等を創設し、正しい管理を心掛けるべきだったと思う。しかし、私はカルマパのことを100%信頼しており、中国のスパイだという話は全く信じられない。私が保障してもいい」とまでおっしゃった。

この「カルマパは中国のスパイかも知れない」と言う話、実は今に始まったことではない、インドの情報局はかねてからそのような疑いを持っていたようなのだ。今回もそうだが、これに何らかの具体的証拠がある訳ではない。この辺のチベットメディアは、「これにはもう1人のカルマパであるシャマール・リンポチェの選出したカルマパ17世タゲ・ドルジェが関わっている」という。
シャマール・リンポチェはダラムサラにいるシトゥ・リンポチェが選び、法王が承認したウゲン・ドルジェに対抗するため、盛んにインド政府やメディアにロビングしているとされる。もう1人のカルマパについては以下のyoutube等参照:http://www.youtube.com/watch?v=Y4iRGSrCgRM&feature=related

30.1.2011ギュトゥの記者会見で、今日の記者会見では、様々な嫌疑に対し、説明が行われた。
説明はカルマパ側の弁護士ナレッシュ・マトゥラ氏とカルマパ基金顧問のカルマ・トプテン氏が行った。

まず、最初にウナで車の中から見つかった2000万について:「これは土地代金としてデリーで売り主の代理人に支払われた金であり、領収書もある。それを彼らがダラムサラに移送する途中の金である。故に、すでに我々の金ではなかった」

「土地を購入する事はカルマパ基金として申請してあり、違法ではない」

「外国の現金を保持していたことについては、基金として外国通貨を保持する許可を何年も前に申請しているが、未だもって審理中のままだ。
今回は特に先のブッダガヤで行われた、大きな法要に際し、チベット本土から来たチベット人や中国人を含む外国人から多くの布施を頂いた。この布施は一般に封筒に入れられカタとともに差し出されるもので、いちいちその場で開けてどこの通貨とか調べるわけではない。後で会計が開けて分るだけだ。外国通貨保持に問題があると分っていたから予てより正式に申請していたのだ」と言う話だった。

この話を聞く限り、もちろん申請中であり、まだ正式の許可が下りていないといえば違法であるが、努力はしており、悪意は無く、許可を出さないインド政府が悪いだけだ、なんてチベット側は思うわけだ。インドのメディアはどう受け取ったか分らないが、チベットメディア側は全員「なんも悪くないんじゃん」という結論に至ったようだった。

30.1.2011ギュトゥの記者会見最後に「現在まだ、警察の捜査が進行中であり、我々はインド警察を信じ全面的に協力している。早急に全ての疑いが晴れることを待つだけだ」とコメントされた。

ま、常識的に考えて見て、中国がインドにスパイを送るとして、わざわざカルマパのような目立つ人物を送るであろうか?チベットを脱出したとき、彼は16(←14訂正)歳だった。16歳のスパイというのも不思議だ。また、そんなはした金をスパイ活動資金としてカルマパが必要な分けも無いし、現金で手渡すはずも無い。
インドの情報局は何考えてんだか?だし、またそれを真に受けて非常識と思わず日本語の記事にまでする記者も、あまりにカルマパとチベット社会を知らな過ぎる。

カルマパは命がけの亡命以来、法王からの父の如し愛情と信頼を受け、また台湾中心に世界中に信者が増えつつある。
一方、亡命以来、他の派の僧院に厄介になり続け、自分の僧院に住む事ができないままだ。自分の僧院を持ちたいという切実な願いの下に集まった布施を使って土地を購入しようとしている。

インド政府は亡命以来カルマパの監視を続けており、外国への渡航も一度しか許可していない。亡命先でも本当の自由を得る事ができないでいる。その上今度は選りによって「中国のスパイ」と疑われるとは!

カルマパの心中如何に?

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以下、昨日発表されたカルマパ側のプレスリリースを英文のまま掲載する。

2011-01-29, Sidhbari, HP

Spokesperson

We would like to categorically state that the allegations being levelled against the Karmapa and his administration are grossly speculative and without foundation in the truth. Everyone who knows the history of our lineage, our struggle and His Holiness' life is very surprised by the allegations.

We categorically deny having any link whatsoever with any arm of the Chinese Government whatsoever. The Karmapa has a deep affection for the people of this great country of India where he has been practicing his faith for years. We have had a long and positive working relationship with the democratic Government of India that has always demonstrated great tolerance of cultural _expression and diverse beliefs.

We have followers in a large number of countries who have placed their trust and faith in us and, through their individual donations, enable the sect to undertake substantial programmes of public service that have benefitted many thousands in India and abroad.

Monasteries across the world receive offerings from devotees in various forms - there is nothing surprising, new or irregular in this. A representative of HH the Dalai Lama's office underlined this yesterday. The cash in question under the current investigation by the police is offerings received for charitable purposes from local and international disciples from many different countries wishing to support His Holiness' various charitable activities. Any suggestion that these offerings were to be used for illegal purposes in libellous.

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追記:忘れてたこと。
記者会見の後、亡命者社会政府外5団体は連署で「メディアが全く根拠なく、カルマパが中国政府と関係している、という報道をする事を非難する」という声明を発表した。

phayulの関連記事は以下
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29014&article=Karmapa+Office+refutes+%E2%80%9Cspeculative+allegations%E2%80%9D


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2011年01月28日

チベット人強制移住計画・自治区だけでもすでに143万人

遊牧民強制移住村写真は野田雅也氏

<チベット自治区だけですでに30万家族が「新地方(僻地)」プログラムにより移住させられた>

TibetanReview.net, Jan18, 2011
http://www.tibetanreview.net/news.php?&id=8156

新華社が1月17日、TAR(チベット自治区)主席ペマ・チュリンの発表として明らかにしたところによれば、自治区政府は2006年に始まった「新地方」プログラムの下でこれまでに約30万家族、143万人のチベット人遊牧民と農民を新しい定住セトルメントに移動させた。

この数字は現在ラサで開催中の自治区人民会議の席上、この5年間の成果として主席が報告したもの。

彼は2013年までに、さらに185、500家族が移住する(させられる)予定だと述べた。

一方、この政策に対し国連の食料権利特別調査員であるOlivier De Schutter氏は昨年末12月15~23日に行った現地調査の結果として「中国政府がチベットや内モンゴルで行っているこの政策は、遊牧民を家畜を売り移住するしかない状況に追いやっており、これは彼らの食料権利を侵すものである」と報告している。

遊牧民強制移住村アムドの遊牧民などは特に、「強制移住させられた最初の年にだけ政府から貰える補償金が尽きると、その後には空っぽのブロック製の家しか残らない。ほとんどの家族は生活の方法がない」と苦境を訴えている。

農民に対する新住居プログラムにも多くの問題がある。まずそれは強制的であり、農民は新しい家のために負債を抱えることになる。その新しい家も外観は良さそうにみえるが、中身は至って安普請である。このプログラムの目的は(環境を守るということより)チベット人をまとめてコントロールし易くすることと、プロパガンダに利用するためだけであるように思われる。

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これはチベット自治区のみの数字だ。
本当なら驚くべき数であり、自治区のほぼ全ての遊牧民と農民が移住させられたことになる。

このチベット人強制移住の問題については、
参照、過去ブログ:
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51256612.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51146681.html
ジェクンドではこの安普請の定住村の建物の下敷きになって多くのチベット人が死んでいる。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/tag/%E9%81%8A%E7%89%A7%E6%B0%91

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2011年01月27日

デキ・ツェリンのラップ曲「༄༄།།འབོད་གཏམ།། 呼びかけの言葉」

デキ・ツェリン 「呼びかけ」今日も昨日に引き続きチベット人歌手デキ・ツェリンのラップの曲を紹介する。

今日は私が苦労して翻訳したもの。

歌の題は「འབོད་(呼びかけ)」であったり「འབོད་གཏམ་(呼びかけの言葉)」であったりするが、これは明らかに「བོད་(チベット)」との掛け言葉であると思われる。
実際彼のライブ映像を見ると、彼は「བོད་(チベット)」と書かれた鉢巻きをして歌っている。

この歌により、チベット人にチベット人としてのアイデンティティーを促し、聖なるチベット人の土地を守ろうと訴えている。

ウーセルさんもかつてこの歌を称賛され、歌詞の中国語訳を掲載されている。http://woeser.middle-way.net/2009/05/blog-post.html

残念ながら、どうしたものかこのところこのブログにyoutubeが直接アップできなくなった。
とにかく、まず最初に以下youtubeのURLをクリックして、彼の歌を聞いてほしい。

曲の中ではチベットの伝説の英雄、リン・ケサル王の名が度々叫ばれる。
リン・ケサル(ゲサル)王については例えばウィキペの
http://ja.wikipedia.org/wiki/ケサル王伝
とかを参照してほしい。

最初の方は彼のライブステージで、この方が迫力はある。
http://www.youtube.com/watch?v=nnCYx2fswQQ&feature=related

次は同じ曲のMV版で、チベット語の歌詞とその下に中国語訳が付けられている。
http://www.youtube.com/watch?v=CRXdU1OUqtk&NR=1

以下はチベット語からの参考程度の稚訳に過ぎない。

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デキ・ツェリン 「呼びかけ」<འབོད་གཏམ།། 呼びかけの言葉>

作詞:カシ・ケルタン
作曲:ツァンギュル
歌:デキ・ツェリン


(金剛薩�券菩薩百字真言)

オーム、吉祥とならんことを
高き雪山に囲まれし聖域
神々の座、高き雪山、蓮華生大師仏伝の地
恩師トンメサンポ創りし文字広がる地
リン・ケサル王降臨の地
ソンツェン・ガンポ王駆け巡りし戦場

高く聳えるチョモランマ
黄金の仏塔の如く悠々高々
長江、黄河青く滔々と流れ
めでたい歌声楽しげに広がる

馬宝羊が自然に現れ
草原の花々のただ中に美し
ケサル王の白馬が馳せ飾る地
ケサル王の金の玉座輝く

この地の由来を知らないというならば
ここは父なる菩薩の最上の地と知れ

デキ・ツェリン 「呼びかけ」純白のツル、ケサル王
翼を我に貸したまえ、ケサル王
遠くへは行きませぬ、ケサル王
リタンを廻って帰って来ます、ケサル王は飛び立った

雪山に囲まれし聖域
この世の高み
遠く離れた寂静の町中で
人々は一喜一憂

仏法は月の満る如し
ラマと僧は夜空の星の如し
六道有情を我が子の如く見守る
菩薩はこの地を喜ぶ、喜ぶ

仏法に背を向ける嘘つきが一部
口で六字真言を唱えしも
心に金のこと思う
悪習に染まるは悲し、悲し

赤い頬したチベット人として
生まれし男女は喜ばし、喜ばし
清き仏法を信じない
そんな世俗の人は悲し、悲し、悲し


デキ・ツェリン 「呼びかけ」COME ON OH FRIEND ARE YOU READY

有能で正しき役人が
地域に福をもたらすは喜ばし、喜ばし

COME ON OH FRIEND ARE YOU READY

無能で悪しき役人が
汚職で民を損なうは悲し、悲し

COME ON OH FRIEND ARE YOU READY
COME ON OH

大学者トンミサンボータが生まれ
チベット語を創作したは喜ばし、喜ばし
口でチベット人と言いしも
母語を知らぬは悲し、悲し

大学にまで進む
多くの若者がいるは喜ばし、喜ばし
作家や知識人となる者
されど少なしは悲し、悲し

リン・ケサル王の如く
知恵と勇気を供えるは喜ばし、喜ばし
チベット人であることを忘れ
兄弟が争うは悲し、悲し

古よりの習わしを忘れず
チベットの服を着るは喜ばし、喜ばし
環境を守る意識乏しく
獣の毛皮を羽織るは悲し、悲し

金等の宝が眠る
山河渓谷は喜ばし、喜ばし
目先の利己的利益に走り
破壊されし風景は悲し、悲し

先祖代々の霊漂う地
馬、宝、羊が豊かなるは喜ばし、喜ばし
悪しき心の屠殺者に
売り渡されるは悲し、悲し

デキ・ツェリン 「呼びかけ」インドの東のクジャク、ケサル王
コンボ地方のオオム、ケサル王
異なる地から来るが、ケサル王
集まる場所は法域のラサ、ケサル王は飛び立った

オー ラッソー!!!

雪山の子どもたちは
長き歴史の転換点にて
頭の隅の鼻で嗅ぎ
小さな目は遠くを観る

宝の如し人の身と有暇を得
無駄に人生を過ごし
父の地を息子が守らねば
白法の父の地は失われよう

良き息子よ目を見開き眠るなかれ
財宝は草の端の露の如し
命は風に晒される灯明の如し
知識こそ如意宝珠

年を重ねた白髪の白き心と
白い歯で三つの言葉を話せる若者と
白い心の科学を学ぶ子どもたち
この三つが集まった歌声により

デキ・ツェリン 「呼びかけ」吉祥祈願を繰り返す
吉祥祈願を繰り返す



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2011年01月26日

Tibetan Rap Apha (お父さん) By Dekyi Tsering.

チベッタン・ラップ/デキ・ツェリン Dekyi Tsering

まず以下のyoutubeへ
http://www.youtube.com/watch?v=IYYL-hseIRE&feature=player_embedded

ここで呼びかけられる「お父さん」とはもちろん「HHDL」のこと。


ཨ་ཕ།ཚིག
རུ་ཤུལ། ཤེས་རབ་སེང་གེ
དབྱངས། བདེ་སྐྱིད་ཚེ་རིང་།
ཁྱིམ་ཚང་ཞིག་གི་ཐབ་ཚང་ནས་གཟིམ་མ་མྱོང་པའི་མར་མེ་ཚེ་འབར་ལགས།
དྭ་ཕྲུག་ཁྱུ་ཡིས་རེ་སྒུག་གི་འདུན་མ་བཅངས་པའི་སེམས་ཀྱི་ཡབ་ཆེན་ལགས།
ངས་ཁྱེད་ལ་ཞུ་འཕྲིན་སེམས་ཀྱི་མཆོད་པ་ཕུལ།
ཞོགས་པའི་ལྷ་བསངས་གཏོང་དུས་རླུང་རྟ་དགུང་ལ་མཆོད་ཡོད།
ཀི་བསྭོ་ཡིས་བསྟོད་པའི་དུ་སྤྲིན་ལ་གསོལ་འདེབས་ཀྱི་སྨོན་ཚིག་ཁྲི་འབུམ་བསྐུར་ཡོད།
ཡུན་རིང་བྲལ་པའི་རྒྱང་རིང་གི་སེམས་གྱི་ཡབ་ཆེན་ལགས།
ཁྱེད་རང་སྐུ་ཁམས་བདེ་ལགས་སམ།
རང་ཁྱིམ་དྲོད་ཀྱིས་སྟོང་བའི་གཞི་གྱེས་ཀྱི་ཕུ་ནུ་མིང་སྲིང་ཚོ།
ཁྱེད་རྣམ་པ་ཕུང་ཁམས་བདེ་མོ་ཡིན་ལགས།
རྩ་ཐང་འཁུག་གིས་བསྡམས།
སྦྲ་གུར་རླུང་གིས་བསྐྱོད་པའི་ཕ་ཁྱིམ་ན།
བདག་མེད་ཤུལ་ལུས་ཀྱི་སྤུན་ཟླ་མིང་སྲིང་ཚོ།
སྡུག་བསྔལ་གྱི་མིག་ཆུ་ཁྲོམ་ཁྲོམ་ལས་བདེ་སྐྱིད་ཀྱི་འགོད་སྒྲ་ཐོས་མ་མྱོང་།
དྲན་གདུང་གི་ཤུགས་རིང་ནར་ནར་ལས་ལྷན་འཛོམས་ཀྱི་སྐལ་བ་རྙེད་མ་མྱོང་།
ཉིན་རེ་ནས་ཉིན་རེ་ཟླ་རེ་ནས་ཟླ་རེ་ལོ་རེ་ནས་ལོ་རེ་དབྱར་དགུང་གི་དུས་ཚོགས་རེས་སུ་
མཁོར་ཡང་ང་ཚོའི་ཡུལ་དུ་བུ་ཡུག་རྐྱང་རྐྱང་འཚུབ།
མཁྱེན་ནོ་མཁྱེན་ནོ་བླ་མ་མཁྱེན་ནོ།
འོང་ཀྱང་ཨ་ཕ་ལགས།
ཁྱེད་རང་ཐུབ་སེམས་སྐྱོ་མི་དགོས།
འུ་ཚོང་གི་ཁྱིམ་དུ་བདེ་སྐྱིད་དེ་འདྲ་མེད་ཀྱང་ཨ་ཕའི་གདམས་ངག་སྔར་བཞིན་དྲོད་ཁོལ་ལྡན།
ཕ་ཤུལ་བུ་ཡིས་འཛིན།
ཕ་ཆོས་སེམས་ཀྱིས་སྒྲུབ།
ཕ་ཡིག་སྦྱོང་ལ་བརྩོན།
ཕ་སྐད་གཙང་མ་བཤད།
ཕ་སྲོལ་རྒྱུད་ཀྱིས་འཛིན།
ཕ་ཟས་རྒྱུན་དུ་རོལ་ལ་ཕ་ཁྱིམ་སྙིང་ནས་བརྩེ་བཞིན་ཡོད།
ཨ་ཕ་ལགས།
ངས་བརྗེད་དཀའ་བ་ནི་ཁྱེད་ཡིན་ལ་དྲན་སླ་བ་ནི་ཁྱེད་ཡིན།
ཁྱེད་ནི་བརྩེ་བའི་ཕ་ཡིན།
བྱམས་ལྡན་མ་ཡིན།
སྐྱབས་པའི་ལྷ་ཡིན།
རེ་སའི་དཔོན་ཡིན།
ཁྱེད་ནི་ཕ་གཞིས་ཀྱི་བདག་པོ་ཡིན་ལ་བུ་ཚང་གི་རེ་བ་ཉག་ཅིག་ཡིན།
ཨ་ཕ་ལགས་ཉིན་མོ་སེམས་སུ་འཁོར་ཡང་མཚན་མོ་རྨི་ལམ་ནང་ནས་མཇལ།
ཨ་ཕ་ལགས་ཞོགས་པའི་ཉི་གཞོན་གྱི་གཟི་བྱིན་དང་འགྲོག་ནས་རང་ཡུལ་ཕྱོགས་སུ་སླེབས་རོགས་
ང་ཚོའི་ལོ་ཟླ་སོར་རྩིར་བགྲང་ནས་ཁྱེད་ལ་རེ་ཞིང་སྒུག་བཞིན་ཡོད།
སླད་མར་ཁྱེད་ཉིད་སྐུ་ལུས་གསེར་གྱི་ཉི་མ་ལ་སྤྲིན་ནག་པོ་གཡོར་བ་མེད་པ་རྟག་དུ་བརྟན་ཞིང་
ཕ་བུ་འདི་ནས་གྱེས་ཀྱང་སླར་ཡང་འདི་རུ་འཛོམས་པའི་སྨོན་ལམ་ཡང་ཡང་ཞུ།
ང་ཡི་རྩ་བའི་བླ་མ་་་་
ང་ཡི་བླ་མ་་་་



『アパ』
作詞 ルシュル・シェーラップ・センゲ
作曲 デキ・ツェリン
家の中で休むことなく燃え続ける灯明
みなしごの群れが待ち望む心の中のお父さん
ぼくからあなたに心の歌を捧げます

朝に神々に祈るとき、空にルンタを捧げます
キキソソの声とともに雲の中へ、幾万もの祈りの言葉を捧げます
長いあいだ離れ離れの遠い遠いお父さん
あなたはお元気でいられるでしょうか
暖かい我が家を離れたきょうだいたち
あなたたちはお元気でしょうか

風に吹き飛ばされた草原の黒テントに残されたきょうだいたち
苦しみの涙が流れ続けて 幸せな声は聞こえない
思い出してはため息ばかり 集う機会は見つからない

毎日毎日毎月毎月毎年毎年
春も冬も
ぼくらのところにはいつでも嵐が吹き荒れる
ラマよ、ラマよ、ご照覧あれ
でもお父さん 悲しむことはありません
ぼくらの家に幸せはないけれども
お父さんの言いつけを守って
お父さんの跡を子が継いで
お父さんの法の教えを心に持って
お父さんの文字を学んで
お父さんの言葉をきちんとしゃべって
お父さんのしきたりを守って
お父さんの食べる物を食べて
お父さんの家を心から愛しています
お父さん
忘れ難くて思い出すのはやさしいあなた
あなたは愛する父
慈愛ある母
守護する神
希望の主
あなたは所領の主 
子どもたちのたったひとつの希望です
お父さん、昼には心を巡り 夜には夢でお会いします
お父さん、朝日の輝きとともに あなたの国へお戻りください
ぼくらは月日を指折り数えて 
あなたをお待ちしています
あなたは金の太陽 黒い雲に覆われることなく、いつも変わることはない
別れ別れになっていても、いつか会えますようにと
いつもいつも祈っています
ぼくのラマ……
(訳 from @Tentshe @10Qwaka )

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2011年01月24日

中国当局の脅迫が僧侶を自殺に追い込む/若者がチャットを理由に2年の懲役刑

1月19日付けphayul.comより。http://bit.ly/dMqFU3

VOT放送に、現地から連絡を受けたダラムサラ在住のチベット人が伝えた情報によれば、昨年11月15日、チベット自治区ナクチュ地区ソク・ゾン(索県)で1人のチベット僧が僧房で首つり自殺したという。

ティド郷、ダデル僧院の僧ロプサン・パルデン(48)は11月15日僧房で天上の梁に紐を掛けて首をつり、死んでいるのが発見された。

彼は2007年にインドを訪問し、その時ダライ・ラマ法王の謁見を受けていた。地区の宗教局の役人はその事で何度も彼に嫌がらせと脅しを繰り返していたと、現地からの匿名希望のチベット人は語る。中国当局はチベット人指導者ダライ・ラマ法王のことを「分裂主義者」とか「僧衣を纏った狼」と罵っている。

情報によれば、彼の死の数日前宗教局の役人は彼を4、5時間尋問したという。
さらに、「彼は役人から僧院から追い出すぞと脅されていた。僧侶たちが遺書を見つけた」と伝える。

ロプサンは僧院と町の発展、啓発活動の幾つかを先導していた。そのこともあり、彼は地元のチベット人たちから愛され、尊敬されていた。ロプサンの死は地元のチベット人たちを驚かせ、彼らはその死を深く悼んだという。

ロプサンの事を良く知る地元のチベット人によれば、彼は僧院の中でも特に皆から非常に愛され、尊敬されていたという。ティド郷の幾つかの家族が率先して彼の葬式を行った。

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もう一つ、同じ情報元が明らかにしたところによれば、同郷の若いチベット人が、中国政府がいうところの「外の分裂勢力」との関係により2年の懲役刑を受けたという。ケルサン・ノルデンというこの若者は2009年に中国の人気チャットウエブサイトであるQQ.comを使ったとして「分裂主義者的行動を取った」として逮捕されていた。彼がコンテンツの中に中国政府が禁止しているダライ・ラマ法王の写真等を載せていたかどうかは分っていない。

2009年10月には、同じソク・ゾンで3人のチベット人がQQ.com上のプロフィールの中にダライ・ラマ法王の写真とスピーチを掲載したとして逮捕されている。


rftibet at 16:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0)チベット内地情報 

2011年01月23日

証拠写真が示す、金で買われた胡錦濤歓迎

胡歓迎のため金で雇われた中国人証拠写真:左手の焦げ茶のコートを着た女性が金を配るための名簿を持ち、右手の男性が札束を握っている。C/R Lisa Fan/The Epoch Times


元記事
The Epoch Times(大紀元)[Sunday, January 23, 2011 12:04]
By Matthew Robertson
http://www.theepochtimes.com/n2/content/view/49555/

この要約記事が以下に訳したPhayulの記事。
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28985&article=Photo+shows+Hu's+Welcomers+were+Paid

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中国の胡錦濤主席がワシントンに来た時、その歓迎は念入りに計画されていた。
これはホワイトハウスによってのみならず、中国大使館によってもだ。

在米中国大使館は、数千人の学生やその他の中国人を歓迎人として動員するために彼らの旅費と食費を支給した。その額は調査により$20~$80と判明。

The Epoch Times(大紀元)は1月18日付けで、Eメイルやネットの調査、さらに学生リーダー、学者協会(CSSA)と交わした秘密の通話を元にした記事を発表した。

彼らはこの歓迎風景の裏に中国大使館がいることを認めたという。もっともこの事は、歓迎が個々の自由意志による自然なものと映るよう秘密裡に行われた。大紀元は真実の情報を得るため、やむなくこの方法を使った。

さらに、大紀元はこのたび中国大使館が学生たちに金を払って国旗を振らせ、スローガンを叫ばせたという証拠になる写真を手に入れた。この証拠写真は金の受け渡しを目撃したチベット人活動家が、こっそりそのシーンを撮影したもので、これを大紀元とシェアーしたのだった。彼らはこれをすぐにプリントアウトし、中国人学生たちに向かってその写真を示しながら「恥を知れ!お前たちは金で買われた連中だ!」と叫んだそうだ。

フィラデルフィアで皿洗いをしているある中国人男性は「地元のコミュニティーグループに雇われ、ここに来て胡錦濤を歓迎するように頼まれた。$55貰った」と話す。

このような歓迎活動は自然な愛国心の現れと見られることが普通だが、実際には中国の場合、そこにはしばしば強制的要素が含まれるのだ。同じくフィラデルフィアから来たというIT学生は大紀元のレポーターに「$55貰う約束でここに来た.大使館から嫌がらせを受けないためにしかたなく来たのだ。もし来なかったら中国の家族に迷惑が掛かる怖れがあるからだ」と語った。

世界中の中国大使館では歓迎活動を成功させることが重要な政治的責任とされている。こうする事により、一つには、中国の指導者たちに自分たちの国の中国人たちが彼らを支援しているという好印象を与えることができ、二つには、チベット、ウイグル、法輪功など人権グループのデモを威圧することができるからだ。

1月20日、集会が終わった後、歓迎グループの内数人の学生が法輪功グループの下に来て「自分たちは$50で雇われて来たが、でも本当は法輪功を支持しているんだ」と大紀元のレポーターに語ったという。


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チベ系イベント/ITNノルジン・ワンモ解放キャンペーン

これからのお勧めチベット関係イベントとITNからのキャンペーンのお知らせ。
これから東京・横浜では週末ごとにチベット系イベントがある。

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まず、SFTJapanより。

Students for a Free Tibet(SFT)が昨年から欧米各地で開催しているチベット文化再発見プログラム「Tibetan Renaissance Series」(チベタン・ルネサンス・シリーズ)を日本にも紹介することになりました。
SFT本部・米NYからチベット人代表や前代表らを迎えて豪華な布陣での開催です。多くの方のお越しをお待ちしています。

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■「チベタン・カルチャー・ルネサンス」
http://lung-ta.cocolog-nifty.com/lungta/2011/01/20110122.html
近々ここにも載るはず↓
http://www.sftjapan.org/nihongo:news

チベットの文化と芸術に焦点をあて、文学や詩、うたや音楽などの芸術を通じて、チベットのこころを伝える試みです。

【概要】
日時:2011年2月5日(土)18:30~21:00
場所:JICA地球ひろば(東京都渋谷区広尾4-2-24)地下鉄日比谷線「広尾」歩2分
http://www.jica.go.jp/hiroba/about/map.html
主催:SFTJapan

【ゲスト】
SFT代表テンジン・ドルジェさん
SFT前代表ラドン・テトンさん
SFT副代表ケイト・ウォズナーさん
ITNアジア調整員ツェリン・チュドゥプさん(予定)

【参加費・問い合わせ】
一般\1000/学生\500/
SFTJapanメンバー無料/チベット人無料/メンバー同行者及び支援関係者\500
申し込み:不要(会場定員60人)
問い合わせ: sftjapan2008@gmail.com

【参考(ビデオ)】
http://www.youtube.com/watch?v=O9eIH-RSThY
第2回の「チベタン・ルネサンス」の様子
司会はテンジン・ドルジェ(テンドル)さん
http://www.youtube.com/watch?v=XAYFjL21ywg
(テンジン・ドルジェ=テンドル=さん)
http://www.youtube.com/watch?v=ioqyatzUIzQ
(ケイト・ウォズナーさん)

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「申し込み不要」と書きましたが、参加費の設定をみていただく通り、関係者に誘われる形をとると割引になります。
当日までに知り合いになればいいわけですので、周囲に関係の方がいれば声をかけていただくもよし、周囲に知り合いはいないけど関係者料金になりたいという方は、お気軽に問い合わせ先メールsftjapan2008@gmail.com ま で「知り合いになりたい」とメール下さい。
当日、SFTJapanメンバー(年会費1000円)になっていただいてももちろん無料になりますので、加入を考えている方はこの機会にぜひどうぞ。
お待ちしています。

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豪華メンバーだが、日本じゃ通訳が要るだろう。通訳どなたがやって下さるのか知らないが、ご苦労様だ。

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次もSFT関連。

<いつかチベットに行きたい人の「チベット問題」入門>

SFT Japanは2011年2月にJICA横浜国際センターで開催される、よこはま国際フォーラム2011に参加します。

よこはま国際フォーラム SFT Japanセミナー
「いつかチベットに行きたい人の『チベット問題』入門」


日時
2月12日(土)15:00~15:50
会場
JICA横浜国際センター(横浜市中区新港2-3-1)4階 セミナールーム かもめ
参加費・資料代
無料 よこはま国際フォーラム共通の資料代が300円かかります
定員
60名(申し込み不要・先着順)
協力
チベット交流会

2006年に鉄道が開通し、観光ブームに沸くチベット。海抜5072メートルの世界最高地点を越えると、ヤクが草を食む大草原、神々しいヒマラヤの山々‥‥。日本からも毎年多くのツアーがチベットの首都、ラサを訪れています。しかし2008年3月にチベット全土に広がった騒乱の際、この鉄道が武装部隊をチベットに運び、また逮捕された「反乱分子」をチベットから連れ出したことはあまり知られていません。観光開発が進むチベットの本当の姿を、チベットに通い続けたライターの長田幸康さんにガイドしていただきます。

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最後はいつもの濃い学習会。長田さん毎週ご苦労様!立川長老がおいでになると!それに野田くんと貞兼女史が絡むと一体どうなるか!?行って見たいものだ。いつもながら、お知らせするだけで私は参加できないのが残念。

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【イベント】2/19(土)第11回「チベットの歴史と文化学習会」(立川武蔵/野田雅也/貞兼綾子/長田幸康他)

2008年チベット蜂起をきっかけに始まった「チベットの歴史と文化学習会」。
第11回目は「周縁からのチベット」シリーズ2回目。インドに源を発する「密教」、そして、アジア全域を巻き込むヒマラヤの「水」戦争についてのレポートです。


第11回「チベットの歴史と文化学習会」
~周縁からのチベット(2)~
■日時:2011年2月19日(土)13:00~16:10(開場12:40)
■場所:文京区民センター 3-A会議室
    交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分
    都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分
    JR総武線水道橋駅 徒歩13分
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
■参加費:¥1000

■参加のお申込み
 当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただいた方を優先させていただきます。
申込みページ(↓)からお申込み下さい。
 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku11/
※定員になり次第締め切らせていただきます。

■プログラム(予定)

●周縁からのチベット・序言
貞兼綾子 (さだかね・あやこ/チベットの歴史と文化学習会)

●特別講義「密教とマンダラ」
講師:立川武蔵(たちかわ・むさし) [愛知学院大学文学部国際文化学科教授/インド学・仏教学]
http://www.flet.agu.ac.jp/international/teacher06.html
4、5世紀ころからインド仏教は、バラモンたちの儀礼や世界観を受けいれながら自らを変えていった。マンダラもその一環である。講義ではインド仏教の歴史とその中でのマンダラの位置を考えます。

●現地レポート「チベットをめぐるアジア『水』の危機」
報告:野田雅也 (のだ・まさや)[フォトジャーナリスト]
http://www.eye-witness.jp/profile_noda.html
アジアの大河の源流は、“世界の屋根”とよばれるチベット・ヒマラヤ圏に集中している。今、その上流域に次々と巨大ダムが建設されている。自然の恵みである「水」は、分かちあう共有財産なのか、それとも利用する資源なのか。そこにはらむアジア全域を巻き込む新たな争い、「水」戦争。ヒマラヤ最前線から報告します。

●チベット最新情報と質疑応答
長田幸康(おさだ・ゆきやす)[ライター、I love Tibet!HP 主宰]

*発言者・プログラムは都合により変更となる場合もあります。

●主催:チベットの歴史と文化学習会
●お問い合わせ:e-mail: trb.gakusyuukai@gmail.com

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以下ISNからのお知らせ。
翻訳若松えり様。

ノルジン・ワンモ
<ノルジン・ワンモ解放の署名アクション>


Free Tibetan Heores:チベット人政治囚の釈放を求めるキャンペーンサイトで、新しく、ノルジン・ワンモ解放アクションが作動しました。

ノルジン・ワンモは 35歳、四川省ンガバ州キュンチュ県ダチェン郷の出身、キュンチュ県の司法当局職員で、文筆家でもあります。彼女の罪状については明らかにされていませんが、電話とインターネットを使ってチベットの状況を海外に伝えたため、2008年11月3日に5年の刑を宣告されました。

私達が日常、普通に行っていることをした結果、不当にも、このような刑を受けているNorzin Wangmoを助けるために、以下のアクションにご協力ください。

キャンペーン映像:Youtube / Free Norzin Wangmo
http://www.youtube.com/watch?v=4T_B8kFH5zw&feature=player_embedded

ビデオにあるリンク:www.FreeNorzin.org
http://org2.democracyinaction.org/o/5380/p/dia/action/public/?action_KEY=5061
から、四川省党書記と中国司法部長そして、言論表現自由の権利の促進保護に関する国連特別報告官(UN)へ宛てた、緊急署名にいくことができます。
署名に、ご協力ください。

どうぞ、このリンクをメールやSNSなどで、多くの方に広めてください。
ノルジン・ワンモを解放してください。

中国共産党四川省:劉奇葆党書記
中国共産党司法部:吳愛英 司法部長
国連 言論表現自由の権利の促進・保護に関する特別報告官:フランク・ラ・ルエ(Frank La Rue)

四川省ンガバ州キュンチュ県出身、キュンチュの司法当局職員で、文筆家でもあるチベット人のノルジン・ワンモ  [中国語: 诺增旺姆(音), ピンイン表記: Nuozeng Wangmu] 35歳について、深く心配しています。
彼女は、言論の自由の権利を行使したために、2008年11月3日に5年の刑を宣告され、拘束中に拷問にあっています。
拘束されてから既に3年近くになるにもかかわらず、彼女の罪状についてや、留置所の住所については明らかにされていません。
ノルジン・ワンモは表現の自由に置ける権利を行使したために犯罪に問われました。
それは、すなわち、世界に置ける中国の地位を損ない、また中国が、憲法で定められている、個人に与えられた言論の自由を保証する権利を尊重していないことの証明です。
ノルジン・ワンモを直ちに無条件で解放してください。
さらに、ノルジン・ワンモの居場所と健康に懸念が挙げられていることに応じて、中国党局はノルジン・ワンモが留置されている刑務所を公表し、中国の法律で、全ての受刑者に保証されている権利にならって、彼女の家族に面会を許可してください。
なお、この手紙のコピーを、国連 言論表現自由の権利の促進・保護に関する特別報告官;フランク・ラ・ルエ(Frank La Rue)氏にも送っています。

以上に賛同する方はFree Tibetan Heroes で署名をお願いします。
http://org2.democracyinaction.org/o/5380/p/dia/action/public/?action_KEY=5061

参照:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51427136.html

       


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2011年01月22日

“故乡在月亮升起的方向……” (故郷は月の昇る方角に...)・ウーセル女史ブログより

先の満月の夜、月の写真を撮った。
その前の日にツイッター上に載せた月の写真をウーセルさんが褒めて下さったので、満月を女史にプレゼントしようと思ったのだった。
ツイッター上に載せた5枚の写真を彼女は次の日ブログに上げて下さった。

題は「故郷は月の昇る方角に...」

もちろん、この思いはチベットを逃れこのダラムサラに辿り着いた、特にニューカマーと呼ばれる新参のチベット人たちのものだ。

しかし、私も東の空を眺める時にはいつもチベットのことが想われる。
元政治犯の人々から、その壮絶な拷問の様を毎日聞いていた頃には、山の向こうから、本当に今も獄に繋がれて拷問を受け続ける人々の叫びが聞こえてくるかのように感じていた。
2008年以後、再び多くの無実のチベット人たちが獄に繋がれている。
山の向こうからの叫びが大きくなっていると感じる。

法王も東の空を眺められる時には、間違いなくチベットの事を思い、あたかも置き去りにして来た我が子の苦しみを想うが如し、ではなかろうか......

満月は観音菩薩の象徴でもある。
チベットの人々は満月が昇ると法王を思い出すという人も多いであろう。

以下、ウーセルさんの昨日のブログ。
私@tonbaniの写真へのコメントはうらるんたさんが訳して下さった。

ウーセルさんは満月を見てダライ・ラマ6世の詩を思い出したという。
その詩の訳は雲南太郎さん。(チベット語が手元になく二重訳を頼んでしまった)

最初に、ツイッター上で日本人と友人になれて嬉しいと書かれている。

元のブログは:
http://woeser.middle-way.net/2011/01/blog-post_21.html
(プラウザによっては中国語が文字化けする。その場合中国語を正確に読みたい人は上の元ブログにアクセスお願いします)

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“故乡在月亮升起的方向……”
(故郷は月の昇る方角に......)



在Twitter上,我有幸结识了几位日本推友:@uralungta、@tonbani、@yuntaitai、@tibet_news_jpn、@hirochiyan,等等。

其实,见过其中一位,去年夏天的时候。

其实,后来才知道,@yuntaitai先生经常将我的博文,译成日文,由@tonbani先生贴在他的博客上,在此深表谢意。

而@tonbani先生,原来已在�甼兰萨拉生活了二十五年,说一口流利的藏语。据介绍,他是一位建筑师,在�甼兰萨拉参与设计了罗布林�柑文化中心、TCV大厅、敏珠林以及其他的僧院和佛塔等,一直支持图伯特的事业。他的博客http://blog.livedoor.jp/rftibet/,名叫“Tibet NOW @Lung-ta――Letter from Dharamsala”,即“当今图伯特 @隆�甼――来自�甼兰萨拉的信”,几天前,我链接在我的博客上了,请看右边的“链接”。

几天前,是藏历十五,�甼兰萨拉的月亮与图伯特的月亮一样圆满、澄明。@tonbani先生特意从他的居所,拍摄了�甼兰萨拉的月亮。当我由Twitter看见图片时,想起六世�甼赖喇嘛仓央嘉措的诗:

在那东方山顶,
升起皎洁月亮,
至诚仁增旺姆,
燃起祝福梵香……

あの東の山の頂に
白く輝く月が昇り
未生の母の御顔に
祝福の香を手向ける……

@tonbani先生回应道:“対流亡的图伯特人来说,故乡在月亮出来(升起)的方向……”

@tibet_news_jpn先生也回应道:“尊者�甼赖喇嘛今天回到�甼兰萨拉了,但也许已经睡了……说不定明天早晨(可以)看到月亮”

我 @degewa也回应道: “看见了�甼兰萨拉的月亮,衮顿千诺!”(尊者护佑)

……
19.1.2011ダラムサラの満月
















@tonbani: ダラムサラの東の山の端から満月が現れようとしている

意为:在�甼兰萨拉的东方山顶,即将升起圆月。


19.1.2011ダラムサラの満月















@tonbani: 満月が顔を出したところ。これをチベットからと眺めるニューカマーもいよう。

意为:明月升起,刚逃来的藏人们,眺望明月,怎不思念东方那边的故乡――图伯特。

Sar-joor(New Comer),藏语,新来的难民。

19.1.2011ダラムサラの満月















@tonbani:満月の日には僧尼は懺悔を行う。功徳が増すとて夜中オーマニペメフーンを唱える者あり。水月は幻と知りつつも、チベットに置きし父母、妻、夫、恋人、子どもを思い出す者多し。

意为:月圆之夜,所有的僧尼拜忏念经,静心修法,功德无量。

有人整夜诵持观世音菩萨六字大明咒“嗡嘛�希叭�軌吽”。正如【大品般若经】:“解了诸法如幻如�撫如水中月如虚空如�技如�墓闼婆城如梦如影如镜中像如化……”

也有许多人,徘徊在月光下,无尽地思念着留在图伯特故乡的父母、妻子、丈夫、恋人、子女……

19.1.2011ダラムサラの満月















@tsunke: くんのためにおまけの一枚。ダラムサラからはチベットも日本も月の出の方向。

意为:@tsunke说:我第一次看到这么梦幻的月亮�休。从�甼兰萨拉看去,图伯特和日本都是月亮升起的方向。

19.1.2011ダラムサラの満月















@tonbani: 月の輪

意为:月轮。

【感谢 @tonbani先生拍摄的照片;感谢 @uralungta对图说的翻译。】

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2011年01月21日

「最後の一息まで、チベット人を見捨てることは決してしない」ダライ・ラマ法王

1月15日サルナート 1月18日付けPhayul. Dharamsala:
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28946&article=Don't+worry%2c+I+won't+abandon+you%3a+Dalai+Lama+reassures+Tibetans+of+his+leadership
(写真は1月15日、サルナート C/R:OHHDL/Tenzin Choejor)

 ダライ・ラマ法王はチベット人に対し、「チベット人たちを導く責任を放棄することは決してない」と念を押された。法王は今週の日曜日(1月16日)仏教講義の後、チベットからベナレス(サルナート)までこの講義のためにやって来た約2000人を特別に集め話をされた。

 「民主主義は我々の政治的発展のために非常に重要なことだ。これは、私が自分の責任を回避したり、放棄するという意味で言っているのではない。私は、最後の一息まで、あなた方チベット人を見捨てることは決してしない。見ての通り肉体的には今76歳で、もうすぐ77歳になろうとしているが、私はまだまだ元気で健康だ。指導者としての責任を捨てるなんて心配せず、安心しておれ」とおっしゃった。
(一節略)

 法王はまた、中華人民共和国の内に留まりつつ「意味ある」自治を求めるという中央チベット政府の中道政策についても解説された。法王は内地のチベット人たちが持ち続けているチベット人としてのアイデンティティーと所属感を称賛された。同時にこの認識は中国人に対抗しようというものではないと言われ、「これは中国人を敵に回すというものではない。中国人は中国人で自分たちは漢民族であるというアイデンティティーと所属感を持っている。これと同様の感覚がチベット人にもあるということだ。中国人だけが自分たちの民族に対するプライドと親愛を持つ事が許され、チベット人には許されないということはフェアーではない」と話され、諸民族の平等は諸民族の間の信頼を築く上に重要な要素だと付け加えられた。「信頼が無ければ、民族間の強調はないであろう。そして調和的社会も存在しないことになろう」と。

 法王は、チベット人アイデンティティーの存続のためのチベット語の重要性について強調された。亡命チベット人の家族の中には英語に上達するために子どもに家庭内で英語を話させているということを聞いた。「同じ理由でチベットにいるチベット人家族の中にも子どもに中国語を話させているということも聞いたことがある。日常生活の中で他の言語を話さなければいけないという状況であっても、家庭内においては子どもたちに母国語であるチベット語を話させるよう勧めるべきだ」と、明らかに最近の中国地方政府による学校の教育メディアをチベット語から中国語に換えようと言う政策に対する、チベット人学生たちの抗議活動を想起させる発言をされた。

 チベット人たちに対し、できるだけ菜食主義を取り入れるべきだと進言された。「かつては特に遊牧民など、遠隔地に住み肉しか手に入らないという人たちがいる時代があったであろう。でも今は状況が変わったはずだ。だから、思うに、肉の消費をできるだけ押さえるということは非常によいことだ。僧院が完全な菜食に変われば言うことはない」と。また、法王は「家に僧侶等を呼んで法要を行う時もできるだけ菜食にするのは良いことだ」とおっしゃった。

 法王はまた、「チベットや亡命先でチベット人が教育の不足や他の理由によりギャンブルや放浪にはまっていると聞いた。大勢の者がギャンブルや酒を飲むことでただ時間を紛らわし過ごしていると聞いた。ラサで、アムドやカムでもだ。亡命先においても、例えばアメリカでもこのような人がいると聞いた。これは良くないことだ。チベットに帰ったらそのようなチベット人に言うべきだ。私がそう言ったと。それでも彼らが耳を貸さないなら、しょうがない。自分は何でもない」

 最後に、法王はチベットから来たチベット人たちに向かって「中国はいつか変わる。いつの日か内外のチベット人同胞が再び手を取り合う時が必ずやってくる」と断言された。


rftibet at 16:30|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダライラマ法王関連 

2011年01月20日

「心臓の骨」ウーセル女史新刊前書き・後半

チベット語擁護の高校生のデモ、チャプチャ胡錦濤のアメリカ訪問を話題にすべき今日この頃であるが、この方は「Follow me」をクリックして私のツイッターなんぞ見てほしい。

今日は昨日の続き。

原文:http://woeser.middle-way.net/2010/11/blog-post_11.html
翻訳:雲南太郎
写真:去年秋、アムド各地で行われた、学生たちによるチベット語擁護の抗議活動。

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民族と言語の平等を訴えるチベットの高校正たち「心臓の骨」後半

 漢字の改革にも簡体化があったが、相対的に見てずっと慎重だった。標準語の確定についても、元代の『中原音』や清朝の『官話』、民国時代の『国音』までさかのぼった。伝えられてきた『音』は標準語の音と定められ、全面否定すべき『四旧』に属しているかどうかは考慮されなかった。少数民族だけはいつも実験品になった。

 文字は平等なのかどうか。実際これはとても根本的な問題だ。モンゴル語とウイグル語の改革について、私は大学生のころにモンゴル族とウイグル族の友人から聞いたが、詳しい事情はよく知らない。でも『和平里チベット語』は自ら経験していたので、強い印象がある。当時、新しい文法を覚えるのにかなり苦労したし、『和平里チベット語』が引き起こした笑い話もたくさん聞いた。たとえば、チベット語の通訳がとても漢化していて、チベット人が聞き取れない時、どうして『和平里チベット語』みたいに話すんだとからかわれたそうだ。
 
 ある時期、この『和平里チベット語』は人々を苦しめ、結局は消えた。不幸をすべてあっさり忘れ去るチベット人は、少しつらいけれど、笑い話の中で歴史を風に任せて飛ばしてしまう。しかし、いま進行している事態の意図の深さ、手法の卓越ぶりは、目にすれば心が痛くなる。そう、そんな言葉で表現できる。私たちは刃物で切りつけられる時まで徹底的にもてあそばれ、それでも感激に満ち、熱い涙を浮かべ、下手人を菩薩と思ってオンマニペメフム……」

 今では?意図は?手法は?ある年のことを覚えている。私はまだ体制内で仕事をしていて、少数民族文学賞を受賞したチベット族詩人として、雲南で少数民族文芸交流会に参加した。

 少数民族の言葉と文字は発掘し、発揚するべきかどうか。「(全人代の)万里委員長は数年前、『文字の無かった少数民族に文字はいらないし、文字を持つ民族は文字を失わせ、すべて漢字を使わせる』と言った」。盛大な酒宴の席上、北京の太った公務員が遠慮なく話した。「そして私は」。この公務員はテーブルを囲んで耳を傾けている少数民族詩人を見回し、声を響かせた。「彼の意見に大いに賛同する」

 この時、イ族の衣装を着てはいるが、イ族とは限らない舞台上の青年男女が手をたたき、足を跳ね上げ、酒を勧める歌を歌った。「あなたを好きでも飲みたい、嫌いでも飲みたい、好き嫌いに関係なく飲みたい……」

 民族の文字は民族の生命と同じだ。どうしてこれほど軽率に出しゃばられたり、大々的に統一されたりするのか?ゲンドゥン・チュンペー――私がここで言っているのはチベットの巨変の前夜に自暴自棄になった有名な奇才のことだ――彼は早すぎる死の前に遺言を残した。間違って伝えられている「チベットにいたくない。チベットは嫌いだ!」といったせこせこした嘘ではなく、こう言ったのだ。

 「世界で最も尊いラピスラズリの宝瓶は石にたたきつけられ、砕け散た。この先、彼らがこうだと言えばこうなる。好きにさせてしまえ!」

 これはネット仲間のゲンドゥン・チュンペーがわざわざチベット語の伝記から訳してくれたものだ。彼はあざ笑って言った。「度胸もないのに、あの自分勝手なよそ者がこんなにチベットのことを考えていたとはね」

 私と彼は親密な友人になり、血なまぐさい嵐の吹いたチベット暦の土鼠年(2008年)に多くの交流を持った。私は何年も前にラサで書いた詩を探し出した。感謝をささげる言葉のようでいて、誰にささげるのか分からない詩だ。そのうちの2節は次のようなものだ。

ああ、月光の下、彼はもう幻になった
いま寺院を過ぎる
まるで鍵のようにひっそり光を放つ
でももうさびついている
どうすれば私のチベットを開けるのだろう?
……
私はそっと振り返り
思わず息をのむ
突然、一筋の光が斜めに差してくる
はっきり見えない袈裟に降りかかる
ちりが舞う
色がきらめく
チベットが時間の外にあったとは

 ネット仲間のゲンドゥン・チュンペーはそこから何かを見出したようで、感嘆した。「グル・リンポチェは『時間は変えられないが、人は変化する』と言った。大多数のチベット人に言わせれば、『ニンルパ』はまったく変わっておらず、世の中の様子が変わった。だから2008年の出来事は、暗闇は永遠ではない、努力しているのは自分一人だけではない、誰もが報われるんだと人々に突然気付かせた。2008年によって、あなたや私にだけでなく、全世界にも突然気付かせた。思わぬことにこの半世紀の間、まるで大切なものが隅に置かれていたかのように、チベットが時間の外に存在していたと……」

 民謡で歌われている通り、ニンルパはチベット語で「心臓の骨」という意味だ。

 「去年は馬に振り落とされたが、腕も脚も折れていない
 今年は恋人に振られてしまい、心臓の骨が折れた」。

 これはラブソングだが、単なるラブソングにとどまらないと思っていい。



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2011年01月19日

「心臓の骨」ウーセル女史新刊前書き

ノルツェの作品 「チベット文字」


















写真はチベット人画家ノルツェの作品「チベット文字」

今日もウーセルさんのブログより。
去年11月11日付けの文章で、題は「心臓の骨」。
これは近々台湾で出版されるという彼女の新作「チベット、この数年」の前書きである。
この新刊には題名の如く、2008年蜂起のこと、この数年チベットで起こった主な事件、チベット語の問題等について書かれているらしい。

この前書きではチベット語の問題を中心に書かれている。

翻訳は雲南太郎@yuntaitai殿。
少々長いので2回に分けて掲載する。

なお原文には注が沢山後記されているが、訳者は1つを除きそれらを本文中に挿入されている。

原文:http://woeser.middle-way.net/2010/11/blog-post_11.html

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◎心臓の骨 

 数年前、私は北京のネット上にブログを開き、理由も示されないまま半年足らずで閉鎖された。話題が敏感だったことと関係があるのだろう。たとえばチベットでの文化大革命について、私の父が撮影したゴンパ破壊、僧侶弾圧の写真を載せていて、明らかにタブーに触れていた。

 では、「和平里チベット語」も取り上げられないのだろうか?私自身、その先例とは知らなかったが、ブログに新疆(東トルキスタン)旅行記を発表し、新ウイグル語を取り上げたことがある。

 民豊県(ニヤ)を通った時、県庁所在地の中心に立つ記念碑に引き寄せられた。赤い柱で、文革を象徴するヒマワリが基部に彫られていた。柱頭には五星紅旗に囲まれた毛沢東の胸像があり、中央部には漢字とよく分からない文字で「我々の思想の理論を導くのはマルクス主義で、事業を指導するのは中国共産党」という文革語録が刻まれていた。ほかにもう一つ石碑があり、この記念碑について「1968年建立」と書いていた。

 プロレタリアート文化大革命の激しい炎は確実に全国をくまなく燃やし、遥か遠い国境近くの小さな町まで席巻していた。ラサでも起きた「共産テロ」への私の理解によれば、1968年はまさに二つの派閥の争いのピークだった。当時、蔵漢人民は過去にないほどの団結を実現していた。「敵か味方か階級で分ける」から「敵か味方か派閥で分ける」段階へと細分化し、民族問題はどうでもよくなっていた。新疆もそうではなかったのか?
同行したウイグルの友人は1973年生まれで、そのころの歴史をあまり知らず、記念碑のよく分からない文字についてもただ新ウイグル語だと言うだけだった。

 新疆から戻ってネットで調べると、北京は1960年以後、ウイグル語に文字改革を加えていた。昔ながらのウイグル語は科学性が欠けているとして、36個のアラビア文字を32個のラテン文字に置き換え、新ウイグル語を作り出した。何世紀にもわたって使われ、イスラムの背景を持つ文字は廃止された。しかし、ウイグル人にまったく受け入れられず、1982年に伝統的な文字を復活させた。結果として、この20年間に新ウイグル語を学んだ2世代のウイグル人は、一夜にして文盲に変えられてしまった。

 当時、新ウイグル語以外にも新カザフ語、新モンゴル語などが同じ運命をたどっていた。これらはすべて、「わが国が50年来、言語・文字政策で多くの過ちを犯してきた」ことの証拠だと専門家も認めざるを得ない(http://ngotcm.com/forum/viewthread.php?tid=4377)。

 ゲンドゥン・チュンペー(注)というハンドル名を名乗るチベット人は、当時ほかに新チベット語があったと私のブログのコメント欄に書き込んだ。

 「伝統文法の主な虚詞を省略し、一つの虚詞を代用する。これは文法に反している。異なる音が代わる代わる現れる本来の美しさを壊し、同じ音が繰り返される結果になった。聞きづらいし、書き間違いも相次いだ。しかし、文字に改革が必要である以上まったく配慮されず、号令の下に小学校の教科書まで改められた。

 面白いのは、教科書以外で最も被害を受けたのが『毛沢東選集』だということだ。当時、『毛沢東選集』を除いたほかのチベット語の文書はすべて『四旧』(文革で打破すべきとされた古い思想、文化、風俗、習慣)に属しており、出版の栄誉はなかったからだ」
 
 こうして見ると、新チベット語はラテン文字化した新ウイグル語とは違い、繁体字を絶えず簡体化しようとした中国語の文字改革に似ている。最終段階の簡体字を習ったことがあるが、簡体化は笑うべきレベルに達していた。たとえばチベット人(蔵人)の蔵の字は、上の部分が草かんむり、下の部分が「上」の字に変わり、わけがわからず、ただ形として見てもとても格好が悪かった。

 これはしかし、「解放農奴」は四肢が発達していても頭は単純なので、学びやすい言葉を改めて作る必要があったという意味だろうか?「解放農奴」は頭が悪いと皮肉っているのだろうか?実践で明らかになったように、文字改革の効果は狙い通りにはならなかった。新チベット語版の「毛沢東選集」は間違いだらけになり、社会の主役になったと言われたチベット族人民が毛沢東思想を学ぶのにとても不便だった。

 ただ、新しい世代のチベット人の私は、幼いころに新チベット語を学んだことはない。実際のところ、チベットの小中学校は長らくチベット語の授業を廃止していて、私を含む多くの60、70年代生まれを現在でも母語で文盲にしている。当然、新チベット語についても何かを言うことはできい。

 私は引き続きゲンドゥン・チュンペーに教えを請い、彼はまたコメントを残してくれた。

 「これは忘れられた歴史だ。チベット語改革にかかわった人にはチベットの知識人がたくさんいた。もちろん、チベット語の水準がかなり高くなければ、文法を変えることはできない。

 この改革は正式に文書の指示があったわけではないようで、60年代末から6、7年、民族出版社の出版物から始まった。民族出版社が北京の和平里にあったことから、新チベット語は『和平里チベット語』と呼ばれた。文革が終わるまで続き、多くの有名なチベット人学者の反対で、ようやく伝統的なチベット語を復活できた。新チベット語の『毛沢東選集』は増刷を止めるしかなかった。

(続く)

(注)ゲンドゥン・チュンペー……1903~1951年、アムド地方レゴンのチベット人。ラサのデプン・ゴンパで仏教を学び、インドなどに足跡を残した奇僧で、風流な道楽者。近代チベットの著名な画家、詩人、歴史学者、地理学者、性科学者、翻訳家で、20世紀のチベットを代表する自由主義思想家、人文主義者といわれている。






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2011年01月18日

ダラムサラの電話屋:QQ "泣泣”

いよいよウーセル(唯色)さんのブログにこのブログのリンクが張られた。
私にとっては名誉なこと!

そこで今日も「ウーセルさんのブログより」となる。
ほとんど最近はウーセルブログ日本語版になりかけてる。
実際には自分は中国語ができず、常にどなたかの翻訳に頼っているという情けない状況なのである。
現在中国語勉強中。その内自分で訳したいものだと思ってる。

今日は彼女の16日付けブログ分。
記事は私も知っているダラムサラ在住のチベット人が書いたもの。
チベットから亡命して来た人たちが電話を通じ内地に残した家族や友人とせつない交信をするというもの。
彼も最近アムドから来たばかりなので、サンジョル(新参者)の気持ちが痛いほどよく分かるのであろう。

ダラムサラに住む私が、北京経由の記事を訳してもらって載せるというのも妙なものではある。

翻訳は@uralungta様。

元のブログにはyoutubeから「Dreaming Lhasa」という映画のトレーラーが最初に載せられている。ご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=KglKH6J2s5g&feature=player_embedded

なお以下は抄訳。
原文は最後に載せる。

写真は今夕、ダラムサラの東、チベットの方角に昇った月。

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18.01.11 Dharamsala<ダラムサラの電話屋:QQ"泣泣”>

記ドゥユン・ナムギェル

 かつて電話は身一つではるか異郷に暮らすチベット難民にとり故郷の家族につながる唯一の細い糸だった。地元のインド人が経営する電話屋の得意客は、チベットの各地から山を越えてきた訛りの強いニューカマー。ラサ語を話さず、英語もヒンディー語もおぼつかない客を相手に、「トントンパーリウ(0086)*…」と経営者が四川訛りの中国語を覚えてしまうという、皮肉すぎて笑うに笑えず泣くに泣けない現象もおきた。

 ネットカフェはたいてい電話屋も兼ねていて、ガラス一枚で覆われたボックスからは、喜び、気遣い、悲しむ会話が漏れ聞こえてくる。遊牧民や山間部出身のニューカマーは豪放磊落で、「心配するな、ダライ・ラマ法王はお元気だ!ところで今度の3月10日はデモするんか?」などと大声で話して高らかに笑うから、そばで聞いている方が冷や汗ものだ。

 対照的にチベット自治区の都市部から来た人たちは故郷への電話も脅えながら「彼は…」「あのことは…」と“敏感語“を避けて小声で話し、通話も短く切り上げ、はたで見ていても痛々しく胸が詰まる。

 そんなダラムサラのネットカフェで最近、チベット出身の客だと分かると「”号泣(ごうきゅう)”できるよ」と売り込みがかかるようになった。何のことかと思ったら、中国企業テンセントのチャットサービスQQ(きゅうきゅう)だった。

 最近亡命してきたばかりのチベット人がインストールして使っているのを見た商才逞しいインド人が、商売になるとみて即自らの店にQQを導入、専用席のあるネットカフェは大繁盛した。QQのビデオチャットで、声を聞くだけでなく顔や表情を見られるようになったのだ。

 あらかじめ時間を約束し、遊牧山間地区から家族親族友人知人が連れ立ってネットカフェのある町へ降りて、パソコンを使えるチベット人に手伝ってもらい、PCの前に黒山の人だかりをつくって代わる代わる画面をのぞき、ビデオチャット(テレビ電話)で再会を喜ぶ。

 なかには亡命以来半世紀ぶりに家族の顔をみることができた老人もいて、号泣して大笑いしての泣き笑いだ。年寄りたちがQQを正しく発音できずクークー(号泣)と呼んでいるのを、とても訂正する気にはなれなかった。

 泣泣だろうがQQだろうが0086だろうが、離れ離れになった肉親がじかに抱き合い、これまでの辛さや悲しさを打ち明け、心痛と苦しみを分かち合うことはできない。チベットが自由を取り戻すまで、いとしい人と抱きしめ合えるその日まで、決してあきらめない。[終]

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�甼兰萨拉的电话亭:QQ“哭哭”
http://woeser.middle-way.net/2011/01/qq.html

QQ “哭哭”

文/端云南杰

一间�甼兰萨拉的电话亭内,印度老板和一对想往家乡打电话的藏人夫妇、还有一个小女孩挤在一起,一遍又一遍地核对着要拨的电话号码。老板用印度语和英语,加上一点很�犖脚的藏语,喊着、叫着;那一家藏人也同样用藏语夹杂着非常生硬的英语和印度语,叫着、喊着。经过几番较量后,仍然没能弄清楚电话号码。因为话费贵,老板怕藏人们拨错号码而执意要自己拨,可这么僵下去又不是办法,就在小女孩准备求助于纸�剩时,老板急了,冷不丁从嘴里蹦出一句:“洞洞八六……"隐约可以听出点四川口音,竟然还是大陆专用的数字军语。小女孩格格地笑了起来,然后用中文讲出了一串号码,老板神气十足地重复了一遍后,终于替他们拨通了电话,紧接着飞也似的冲到计费器前坐下,开始目不转睛的盯着小屏幕。

这是几年前的一幕,从西藏来的难民是�甼兰萨拉所有电话亭的常客,当时从印度往藏地打直通长途电话一分钟就要三十多卢比,流亡藏人们逢年过节,遇到红事白事时,给家乡的亲朋好友报个平安或是几句问候,虽然很奢侈,但仍是必作不可的事情。印度老板们跟流亡藏人一来二往,多多少少都会几句简单藏语,可三区的藏语腔调不同,这位印度老板竟然干脆从藏人那里学来了带点“川味"的中文数字,真是让人哭笑不得。

如今电话费已经慢慢降成�姶卢比一分钟,藏人们更是三天�姶头往电话亭�煥。这边的网�稀总会附设一个小电话亭,我上网时每遇到同胞在旁边给家乡打电话,都会被他们的表情和音调所吸引,饶有兴趣地观察他们的一举一动。看到他们也许是听到什么恶耗而呜呜咽咽时,我跟着�誓心;看到他们也许是因为听到什么开心的事而放声大笑,我的嘴也不自觉的�貴开。从牧区或山区逃出的藏人大大�貴�貴,毫不忌讳地向着电话那一头用高原特有的豪爽�供门吼着:“�休?什么?�居!不用担心,�甼赖喇嘛尊者身体好着�希,今年三‧一0�胃们那边示威了吗?……"让人在旁边听得直冒冷汗。而那些讲话细声细语的一看就是从藏区城镇逃来的,小心谨慎地用“他"、“那个"来代替各种敏感词,大家何需多说,彼此心照不宣。小电话亭和网�稀间只有一层玻璃,根本没有隔音效果,他们的哭声笑声�技彻每一个正在上网的人的耳际,但没人会表示不满,谁又忍心�希?

有一段时间,一进�甼兰萨拉的网�稀,老板只要看出�胃是藏人,马上会上前介绍�犠台机子有“哭哭",我是很久以后才弄明白他们是在指腾讯的“QQ"。原来有新逃来的藏人在网�稀自己下载安装“哭哭",印度老板们看到有点商机,便让他们多安装几套,那一阵子的生意好不红火。藏人们不但能听到家乡亲人的声音,还能看到他们的样子,每次视讯通话前都要做足准备,先约好时间,让亲朋好友从山区牧区下来到有网�稀的县城上,找个会上网的藏人�辞忙,然后便在计算机这头和那头各挤起一堆人开唠,其中有些老人流亡印度五十多年,半个世纪未跟家人见过面,更少不了一番“哭哭"笑笑。

不少�偕家很久的藏人也称它“哭哭",我最终还是没有纠正他们的发音!“哭哭"也好,“QQ"也罢,或是拨打“洞洞八六",在团聚无望的此刻,也唯有这样才能让分隔�姶地的同胞们互吐辛酸,分担忧苦,彼此打气加油,坚持到藏人重获自由,与亲人相聚的那一天。

【参与首发http://www.canyu.org/n21510c6.aspx






rftibet at 19:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2011年01月17日

チベット・アムドから五体投地でブッダガヤに到る

67047136.jpg1月11日付けRFAチベット語版には短く
http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/amdolaytsen/amdo-stringer/prostrating-all-the-way-long-from-tibet-to-bodh-gaya-01112011154932.html

チベットから五体投地でブッダガヤに到る
アムド、ホダルにあるアチョック・ツェンニー僧院ཨ་མཆོག་མཚན་ཉིད་དགོན་からブッダガヤまで五体投地でブッダガヤに到着。
とだけ記されており、彼へのインタビューが音声のみで伝えられている。

この僧侶ルドゥップ・ウーセルཀླུ་སྒྲུབ་འོད་ཟེར་がアムドからブッダガヤまで五体投地で来たのはこれで2度目とのこと。
これだけでも考えられないほどすごいと思うのであるが、彼は他にアムドから五体投地を初め、中国の仏教聖地である五台山や峨嵋山をも巡ったという。
彼の話によれば、五体投地で進む彼の姿を見た中国人たちは珍しがり、食事を恵んでくれたり、宿を提供してくれたりと色々親切に面倒を見てくれたという。
また、ある時にはアムドからカイラス往復の五体投地も行ったそうだ。

今回は2008年の1月に僧院を出発し、ラサまで1年数ヶ月。ラサでしばらく休息した後ブッダガヤまでまた1年数ヶ月掛かり、結局アムドを出て3年ほどでブッダガヤまで到達したとのこと。
彼は巡礼ビザを取ってインドまで来たが、実際ネパール国境のダムを通過する時には税関の者たちも唖然として見守るばかりで誰も止めなかったという。

ブッダガヤからまた同じく五体投地を続けてアムドまで帰るそうだ。
目的は?と聞かれ、彼は「全ての有情の幸福を祈るため。ダライ・ラマ初めラマたちの安寧と長寿を祈るため」と答えている。

RFAの人の話によれば、他に法王に会うために同じくアムドからダラムサラまで全行程五体投地で来た人がこれまでに3人いるとのこと。
1人はキルティ僧院の僧侶でアムドのキルティ僧院を出発しダラムサラまできた。今もダラムサラのキルティ僧院にいるという。
後の2人はアムド、ゾルゲからきた夫婦だそうだ。

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今日、ちょうど最近友人が日本から持って来てくれた噂の探検物「空白の五マイル」を読んだので、ちょっと思った。
確かに、角幡唯介氏の探検への意欲や危険を顧みない勇敢な精神と努力にはすごいものを感じる。元新聞記者だけあって文章構成も工夫されてて、調査も行き届いている。読み物として面白い。が、こんな言い方は失礼だが、所詮動機は冒険心といくらかの高名心のような気がする。
それで、いいんだろうが、どうもこのような無名のチベット人たちの無私の難行を思うと、少々色あせて見えたりする。
例えば、本の中に、このツァンポ渓谷にある滝を巡って、中国政府が「アメリカ人の発見よりこちらの方が早いのだ。中国人が初めに発見したのだ」と主張するという件があるが、これなどはお笑い沙汰だと思う。
最初に発見したのは現地のチベット人に決まっている。そこは聖地として大昔からタルチョがはためく場所だったのだ。チベット人は中国人ではないと言ってるようなものだ。
書き残されなければ、行ったことにならない、存在しないという奇妙な冒険の世界。

これと似たようなことは、登山でも言える。ヒマラヤ登山でピークを極めたとさも1人でそこに至ったように言う者ばかりだが、彼らはほぼ間違いなくシェルパに荷物を持たせ、ガイドのシェルパに引き上げられ、頂上に至った者ばかりだ。本当は名も無いシェルパがすごいに決まっている。

もっとも、そういう私も若い頃はとにかく人が行ってないような山や奥地に行くことに取り憑かれていた時期があった。挙げ句に何度も滑落、転落し、本気で死にかけた。このまま続けるといつかほんとに死んでしまうと思い、止めたのだった。「死に近づく事で生が見えてくる」という彼の発言にも納得する。
偶然生き残ったという、「おまけの人生」的な気楽さも得られる。
今では、すべて、遠くや僻地に行きたいという、テストステロンのせいだった、なんて思ってる。





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2011年01月16日

巡礼者:ジェクンド地震で家族を失ったダワ

一昨日の夜、ダラムサラは今年2度目の嵐となり、一夜にしてマクロード・ガンジの町には20センチほどの雪が積もった。
当時に停電となり、今も回復しない。
町で唯一開いているネット屋を見つけ、そこからアップしている。

以下、1月14日付けウーセルさんのブログ。
http://woeser.middle-way.net/2011/01/blog-post_14.html
雲南太郎さんはその日の内にこれを翻訳して下さっていたのだが、今までアップできなかった。

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家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ◎巡礼者:ジェクンド地震で家族を失ったダワ

あるブログ(http://blog.sina.com.cn/s/blog_4673c37301017mcg.html)でこの「信仰の道巡礼者の手と荷物」という写真を見て、感動を覚えた。

ジェクンド(玉樹)地震の時、多くの僧尼を引き連れて被災地に入り、苦しむ衆生を救ったケンポ・ソ・ダルゲ(ラルン・ガル僧院長)が後に書いていたのを思い出した。

「仏教の無常観と死生観を理解している人は、生死と向き合っても落ち着いて対処できる。仏法の基礎と観念を備えたジェクンドの人は、災害と死に向き合っても平然、超然とした態度を見せていて、メディアや各界の人々をとても驚かせている……」

有名な在米チベット人歌手Phurbu T Namgyalが犠牲者のために心をこめて歌った「Yulshul In My Heart」をまた転載し、巡礼者ダワのように家族を失った人たちへの慰めとしたい……。
http://www.youtube.com/watch?v=_rWVdH1Jsfc&feature=player_embedded#!
(是非見てほしい。チベット語の歌の題は「顔をまた擡げよ」)

写真の物語:
54歳のダワはジェクンドから来た。両親と妻、二人の子どもを地震で失い、彼は独り取り残された。故郷から9カ月半歩いてようやくラサにたどり着いた。数日後には雲南に向かい、聖山カワ・カルポ(梅里雪山)をコルラ(右繞)するつもりだ。彼の全財産はこの簡単な荷物で、木の枝を組んだ背負子はやはり自分で作ったものだ。

亡くなった家族の話になると、彼は悲しい表情になり、目に涙を浮かべた。でも涙は流さない。

家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ荒々しい手














家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ全財産














家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ五体投地をする時に手を保護するための木の板をぶら下げている



























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ手持ちの現金は100元にも満たず、宿に泊まるお金もなく、夜は軒下で過ごす。ラサの夜はマイナス数度にもなる。

























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ旅の苦労を刻んだ顔






























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ冬に雲南まで2000キロ以上を歩くのはとても寒いだろう。私が「いまは寒すぎるから、チベット暦の正月を過ごし、少し暖かくなってから行ったらどうか」と聞くと、「一番安い部屋でも月300元以上かかるし、そんなお金ないよ」と言う。彼は懐から電灯を取り出し、「夜中に寒くなったら歩けばいい」と言った。

家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ






























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ人ごみの中、彼の後姿はゆっくりと消えていった……。

rftibet at 13:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)チベット内地情報