2011年03月

2011年03月31日

ウーセル・ブログ「ジャンペル、あなたが来世で、未完成の絵画を描き続けてくれますように……」

去年9月北京で行われた《烈日チベット――チベット現代芸術展》に作品を出品した、チベット人抵抗画家チュニ・ジャンペル氏が29日交通事故で亡くなってしまった。とても悲しいニュースだ。関連過去ブログ:http://p.tl/1pU5 http://p.tl/BD6t

この芸術展のおり彼に会い、親しく交流したウーセルさんが彼を偲ぶブログを書かれている。
これを@tibet_news_jpn さんが翻訳して下さったので以下に紹介する。
原文:http://p.tl/4Z1G

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曲尼江白1<ジャンペル、あなたが来世で、未完成の絵画を描き続けてくれますように……>

仏龕の前にろうそくの明かりを灯す、ジャンペルのために……無常がこの天才チベット人画家の若き命を奪い去った、何という悲痛!

3月29日(チベット暦1月25日)午前、ラサ市メルド・グンカル県のリド(日多)小学校で教師をしていたチュニ・ジャンペルが、交通事故で亡くなった。享年僅か30歳。彼のために明かりを灯して祈りながら、眼前に浮かぶのは彼が北京で絵画展に参加した時の声音と笑顔ばかり。あんなにも絵画を熱愛し、貴重な絵を描くことができたのに……

ギャワ・リンポチェ(ダライ・ラマ法王)の加持を頂いた銀灯の向こうに供えられたこの写真は、アーティストの白丁(*1)が一昨年リト小学校に行った時、ジャンペルを撮ったものである。白丁はツイッターにこう記している。"……彼が僕に話してくれたことを思い出す、自分の民族と故郷をどれほど熱愛しているか、故郷のために自分の力の及ぶ限りのことをしたいとどれほど強く願っているか。脳裏に浮かぶのは、あの温厚篤実で素朴な浅黒い面立ちばかりだ。去年ラサへ帰る彼を北京西駅で見送ったのが永遠の別れになるなんて、思ってもみなかった。彼のためにサン(お香)を焚くよ。このサンは、彼がチベットから送ってくれたものだ……"

ジャンペル、鳥葬台の鷹鷲に祈ります、あなたを光明の浄土へ連れて行ってくれるようにと。ジャンペル、あなたが来世で、未完成の絵画を描き続けてくれますように…………続きを読む

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2011年03月30日

ザムタンでデモ/ザゴで張り紙/カムに軍増派/ミニャックで僧院管理強化/ンガバで母親が逮捕され赤子が取り残される

チベット内地、特にカムとアムドでは1人の僧侶の焼身自殺をきっかけにまた中国政府への抗議活動が活発化しているようだ。この動きを封じ込めようと中国側も軍隊や保安部隊を内地から大挙送りつけ締め付けを強化している。

最近新たに内地から伝えられてきた出来事をいくつか紹介する。

3月23日午後4時頃、アムド、ンガバ(四川省阿壩県)、ザムタン・ゾン、ナダ・シャン(འཛམ་ཐང་རྫོང་ན་མདའ་ཞང་)のチベット人100人以上が「チベットに自由を!ダライ・ラマ法王をチベットにお招きすべきだ!チベットは(すでに)独立した!(བོད་རང་བཙན་ཐོབ་སོང་)」と叫びながら、町の中心部を3回廻った。これを見つけた軍と警官は現場に駆けつけ、平和行進を行うチベット人たちをめった打ちした。現在判っているだけでも現場で8人が逮捕された。この日から軍は地区に厳戒態勢を引き、町の出入りを禁止している。今も行進に加わった者を捜査し続けているという。(Tibet Times チベット語版 http://p.tl/cTNr
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rftibet at 20:21|PermalinkComments(1)TrackBack(0)チベット内地情報 

2011年03月29日

僧侶の焼身自殺を受けバルカムの学生がハンガースト/自殺した僧プンツォの兄弟・親戚が逮捕

b8c6e5bd写真は2008年3月16日:ンガバ

ンガバ(རྔ་པ་)のキルティ僧院の僧プンツォが16日焼身自殺したことを知り、少し離れたバルカム(འབར་ཁམས་馬爾康)にある民族師範学校(མི་རིགས་མཐོ་འབྲིང་སློབ་གྲྭ生徒約千人)の生徒たちが僧プンツォへの哀悼と連帯を示すために17日よりハンガーストライキに入ったという。

この情報は現地からの連絡を受け亡命側の数名が伝えたもの。彼らによれば、ストに入ったことを知った当局は軍を出動させ学校を閉鎖。外部との連絡を絶つために、生徒や先生の携帯電話を取り上げたという。故に状況ははっきりつかめていない。ある情報によれば23日にはまだハンストは続けられていたという。逮捕者がいるかどうかは不明。
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2011年03月28日

チベット百万農奴解放記念日/ウーセル・ブログ「2008年、チベット人は抗議すべきだったのか?」

今日は中国が2009年に制定した「チベット百万農奴解放記念日」。昨日チベット自治区のペマ・チョリン(白瑪赤林)主席はこの記念日のためのテレビ演説を行った。その中で彼は「52年前、中国共産党はチベットの各族人民を指導してダライ・ラマ集団の武装反乱を平定し、民主改革を行い、何千年にも及んだ極めて暗黒で、残酷で、野蛮で、立ち後れた封建農奴制を徹底的に打破し、代々搾取にあえいできた百万の農奴を完全に解放した。これよりチベットは暗黒から光明への一歩を踏み出した」と述べ、

さらに「反逆したダライ集団は民族・宗教・人権の仮面をかぶり、『チベット独立』という祖国分裂の反動的な立場に固執し、自国の歴史を知らず、白黒を転倒し、破壊活動を行い、人民政権を転覆させて政教合一の封建農奴制という暗黒統治を復活させようとたくらんでいる」とダライ・ラマ法王のことを痛烈に批判した。http://p.tl/NpaI

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以下に紹介するのはウーセルさんの3月20日付けブログ。
「2008年,藏人该不该抗议?(2008年、チベット人は抗議すべきだったのか?)」
原文:http://p.tl/1obn
英訳:http://p.tl/KZyP

原文からの翻訳:雲南太郎@yuntaitaiさん<感謝!

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_04_12008年3月10日にラサで始まった抵抗運動はチベット各地に広がった。写真は2008年3月15日、アムドのラブラン(現在の甘粛省甘南州夏河県)で圧迫に抗議するチベット人の僧俗。

◎2008年、チベット人は抗議すべきだったのか?

 2008年の血と炎から丸3年になった。多くのチベット人が犠牲になり、多くのチベット人が今も獄中で苦しんでいる。鎮圧者の狙撃主は今もチベット人の頭上に立ち、太陽の光が強く差すたび、銃に反射した光が仏祖に祈るチベット人を突き刺す。これは深い集団的記憶となり、チベット人の心に刻まれることであろう。

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rftibet at 18:46|PermalinkComments(3)TrackBack(0)チベット内地情報 

2011年03月27日

亡命チベット人の子どもたちの楽しみ「メーラ」

DSC_6741昨日と今日ダラムサラのTCV(チベット子ども村)ではメーラが行われた。
メーラというのはヒンディー語で「お祭り」。

お祭りと言っても大したイベントがある訳ではない。ただ、この日は校庭にそれぞれのホームが企画したちょっとしたゲーム屋や屋台が立つ。

例えば、1枚目の写真は輪投屋。一回5ルピーで挑戦。輪が品物に入ればそのジュースやら石けん、筆箱、シャンプー、チョコレートが貰える。
上がりはそのホームの小遣いとなる。

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カム、ジョンダ(江達)のブルック氏が拷問死

DSC_6813写真は昨夜行われた追悼キャンドル・ライト・ビジルと集会。

中国の監獄で拷問、虐待を受け床に伏した勇気あるチベット人ブルック(བུ་ལུག་)氏(59)は3月25日ラサの病院で亡くなった。悲しいニュースである。
ブルック氏はカム、デルゲ、ジョムダ(江達)県(སྡེ་དགེ་འཇོ་མདའ་རྫོང་)ジガル郷(འཛི་སྒར་ཤང་)ペマゴンレ・タクチェン村(པདྨ་གོང་ཧྲེ་སྟག་ཆེན་)出身。

2009年6月、当局はジョンダ県のキャプチェ(སྐྱབས་ཆེ་དགོན་)僧院で愛国再教育キャンペーンを行った。教育班はいつものように僧侶たちにダライ・ラマ法王を非難する書面にサインするよう強要した。しかし、僧侶たちは1人もサインしなかった。その上、僧侶たちは僧院から逃げ出し、一ヶ月間僧院は空となった。

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2011年03月26日

チベット中央(亡命)議会は一転、ダライ・ラマ法王の政治的引退を承認

222昨日25日は議会最終日であった。これまで2度に渡り議会は法王が提案された「政治的権力からの完全引退」に対し、NOという結論を出していた。数日前には1人を除き全員が反対していた。法王は法王でこの議会の決定を知らされた後、「もう一度よく考えるように。これは長期的にチベットのためになることだ」と引退の意思を曲げられなかった。
そこで、再び議会で票決が取られたが今度は全員一致でYESとなった。

このプロセスを見ていると、何だか日本でもよくある、人から貰い物を頂く時、「いやいやこんなたいそうな物は頂けません」「まあ、そういわず、受け取ってほしい」「いえいえ」「まあまあ」と品物を畳の上で押し合いながら、最後には「そんなに言われるなら。まあ、頂いておきましょうかね・・・」となる情景を思い浮かべてしまった。
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2011年03月25日

ンガバで3人の若者その他数人逮捕、亡命側選挙の日を祝ってはならないと通達

0023月24日付けPhayulより
http://p.tl/-9fG

僧プンツォが焼身自殺したンガバでは当局によるチベット人の逮捕が続いている。火曜日と水曜日には3人の若者と他数人が逮捕されたと言う情報が現地から入っている。

火曜日の夜遅くロプサンの家にいたロプサン・ジャミヤン、ワンチョックおよびソナムの3人が逮捕された。「中国の警官は、この地方での逮捕ではよくある事だが、真夜中の12時頃突然家に押し入り、何の説明もなく、逮捕状も示される事も無く彼らを引き立てて行った。ロプサンは16歳でンガバのタワ・ゴンマ村の住民だ」と現地からの情報は伝える。

ンガバ当局は亡命チベット社会で首相と議員の選挙が行われた先の日曜日の一日前に、全ての僧院とチベット人のリーダーたちに命令書を送った。その中には亡命側で選挙が行われる日に、これを祝い、喜ぶ印に爆竹をならしたり、焼香を行ったり、タルチョをかけたり、ルンタを空に投げ上げてはならないと書かれていたという。「異常に厳しい制約が課された。思うに3月20日に亡命チベット人たちが選挙を行ったことに対し我々がこれを喜び、支持を示すことを懸念したからであろう」とンガバの住民が水曜日に伝えて来た。

「ンガバのチベット人たちは選挙の日、警戒が厳しくほとんど外に出る事ができなかった。しかし、みんな家の中で選挙がうまく行くことと、チベットの仏教を守り、チベット問題を解決することが本当にできる人が当選してくれることを祈った」と現地と連絡を取った亡命チベット人は話す。

ンガバのキルティ僧院では月曜日から「愛国再教育キャンペーン」が始まり、そこでは僧侶たちに中国憲法と中国国旗の説明が書かれたコピーが勉強のために配られたという。


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2011年03月24日

亡命・チベット伝統医学院50周年記念日

DSC_6601ダライ・ラマ法王は昨日、メンツィカン(チベット伝統医学院)の創立50周年記念式典に参加された。

ダラムサラを本部とし、インドとネパールに55の支部を有するメンツィカンは、法王亡命の後を追い亡命したチベット医学の医師たちにより、1961年3月23日、亡命の地に再建された。

左の写真は法王が昨日の記念展示会をご覧になった時、その記帳簿に直筆で書かれたコメントである。
その要旨は以下:
「チベットの伝統医学は過去の知識というだけでなく、現代においても広く人々を利することができるものである。チベットの伝統的科学文化の偉大さを証明しており、将来的にも大きな期待がもてる。  タレーラマ 11年3月23日」
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2011年03月23日

ウーセルさんブログ「炎の中で自らを犠牲にしたプンツォ:2つの証言、いくつかの思い出」

16日に焼身自殺した僧プンツォについて、ウーセルさんが20日のブログに2つの証言とともに記事を書かれている。

それを雲南太郎(@yuntaitai)さんが翻訳して下さった。

原文:http://woeser.middle-way.net/2011/03/blog-post_20.html

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259265694◎炎の中で自らを犠牲にしたプンツォ:2つの証言、いくつかの思い出……

1枚目の写真……亡命チベット人がロウソクをともし、ンガバの街頭で焼身自殺した僧侶プンツォを追悼する。

2枚目の写真……昨年3月16日、アバ県県庁所在地を走る軍車両に立つ兵士。車両には、「アバ県人民に敬意を表する」と書かれた横断幕が掲げられている。「敬意」とは、チベット人に狙いをつけた銃で示すものだったのか。(写真は初出)


002ウーセル記録

日時:2011年3月16日

場所:アムド ンガバ(現在の四川省アバ州アバ県)

事件:キルティ・ゴンパの僧侶プンツォは3月16日午後、軍と警察に厳しく監視されたゴンパを一人離れ、人通りの多い街頭に行き、突然一塊の炎になった。炎の中から「ギャワ・リンポチェ(ダライ・ラマ法王)の帰還を!」「チベットには自由が必要だ!」「ダライ・ラマ万歳!」という声が聞こえてきた。人々は驚いて見つめた。炎の中の僧侶は倒れ、もがきながら立ち上がり、また倒れ込んだ。武装した特殊警察、武装警察、警察、私服警官がすぐに僧侶を取り囲み、棍棒で打ちつけた。これは火を消しているのか、それとも殴っているのか?

3月17日午前3時過ぎ、プンツォは悲壮な死を遂げた。

彼は1991年生まれでまだ20歳、父母はアバ県麦爾瑪郷の村人だということが分かっている。(注1)
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rftibet at 00:44|PermalinkComments(3)TrackBack(0)チベット内地情報 

2011年03月21日

ネチュンの神降ろし

DSC_6423早朝、夜明けと共に神降ろしが行われた。嘗ては世界中至る所で神降ろしが行われていたが、時代とともに神様の数が減ってきたらしい?。それでも、まだ医者のいない田舎ではアフリカでもアジアでも南アメリカでも治療目的を中心にシャーマンさんは活躍されている。特に我々を含めたモンゴリアンはシャーマンの伝統を長く保ち続けている。その中でもチベットを中心としたヒマラヤの奥地では今も実際大勢のシャーマンたちがいる。

そんなシャーマンの代表格がこのネチュンのシャーマン。とくにネチュンの神はチベットの国家と深く関わり、国と仏教を守り、国の運命に関わる神のお告げを歴代ダライ・ラマ法王等に伝えるという役目を負っている。

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rftibet at 20:02|PermalinkComments(23)TrackBack(0)ダラムサラ町の出来事 

2011年03月20日

チベット中央(亡命)政府の首相・議員選挙が行われた

DSC_6393写真はダラムサラの投票所の1つであるツクラカン前に朝10時半頃現れた、次期首相最有力候補と目されるロプサン・センゲが投票を行うところ。

去年10月3日に行われた予備選の結果、上位6人が最終戦の指名を受けたが、その内3人は辞退した。残る3人の争い。有権者の総数は約8万人、予備選の投票率は61%。
首相候補3人の予備選の結果はロプサン・センゲ22489票、テンジン・テトン・ナムギェル12319票、タシ・ワンドゥ2101票。
ロプサン・センゲがテンジン・テトンに1万票ほどの差を付け1位。

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2011年03月19日

今日の法王/ジャータカの教え、政治的引退について

19.3.2011ダラムサラ ツクラカン 法王ティーチング今日朝8時、ダライ・ラマ法王はいつものツクラカン本堂の中ではなく、ツクラカン前の広場に面する壇上の玉座に座られた。広場には数千人の聴衆が集まっていた。今日は正月から始まったモンラム・チェンモ(大祈祷祭)の最後日に当たる。この日には毎年法王はブッダの前世談(ジャータカ)を少しずつ講義されるしきたりになっている。

今日はジャータカに入る前に法王はたっぷりと仏教全般の説明をされ、さらに法王の悲願である政治的引退について話された。

また、法王は今日も日本の地震、津波について言及され、犠牲者の冥福と残された被災者のために祈り続けるようにと述べられた。さらに、「日本では今、原発の問題が心配されているが、これは少なからず、人が作り出した問題でもある」と付け足された。

困難な状況の中にある被災地はじめ、関東、東北の人たちの中には法王ファンもおられるであろう。そんな人たちは法王のお顔を見る事で少しは慰められるのではないかと思い、今日撮った法王の写真を以下沢山載せる。
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2011年03月18日

続・抗議の焼身自殺/追悼集会

焼身自殺したプンツォ20歳昨日お知らせした、僧プンツォの焼身自殺に関する続報が入っている。

一昨日の時点では彼の死の状況について、様々な情報があり、断定できない部分も多かった。昨日、複数の内地からの情報と共に彼の写真2枚が送られて来た。左の写真がその内の1枚。昨日は彼の年齢は21歳と発表されていたが、再確認された後、年齢は20歳と訂正された。http://p.tl/2Ap8

TCHRDその他によると、彼は昨日の朝3時に運び込まれた病院で死亡したという。
警察が、運び去ろうとしたところを、僧侶、市民が阻止し、一旦キルティ僧院内に運び込まれ、その後、病院に運ばれた。ある情報によれば、病院側は彼の治療を直ちに初めず、治療するには当局の許可が必要だと言った。そこで、仲間の僧侶が当局に掛け合い許可を受けた。しかし「その手続きに手間取り、結局手遅れとなったのだ」と伝えた人がいる。

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2011年03月17日

ンガバの僧侶が抗議の焼身自殺・その後大規模デモ

tapey_fire写真は2009年僧タベーの焼身自殺(ICTwebより)

このニュースを最初に伝えたのはVOTチベット語放送。私はこれを昨日の夕方聞き、すぐにツイッター上で報告するとともに、いつもチベットの事を気にかけて下さっている某通信社に連絡した。その人は北京に連絡し、数時間後には北京発の記事を出して下さった。
その記事は>http://p.tl/2fxl

昨日のVOTではチベット内地からの直接の電話情報とダラムサラのキルティ僧院の情報係僧ツェリンに内地から伝えられた情報が紹介されていた。

その2人の情報によれば、昨日北京時間午後4時頃、アムド、ンガバ(རྔ་པ་ 四川省ンガバ・チベット族チャン族自治州ンガバ県ンガバ)のキルティ僧院の近くにあるホテルの前で、キルティ僧院の僧侶ロプサン・プンツォ(21)が自分の身体に灯油をかけ火を付けた。続きを読む

rftibet at 16:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)チベット内地情報