2011年05月

2011年05月31日

ガンデン僧侶、15年の刑期の末、解放され間もなく死亡

-02-2写真は王力雄提供、1991年10月7日に撮影されたガンデン僧院。


5月28日付け、亡命チベット政府オフィシャルサイトによれば、http://p.tl/P1Cu

ガンデン僧院僧侶ジャンパ・ペルサン(བྱམས་པ་དཔལ་བཟང་通称プル)が最近、15年の獄中生活の末、解放されたが間もなく死亡。

彼は1996年に15年の刑を受けダプチ(ダプシ)刑務所(གྲ་བཞི་བཙོན་ཁང་)とチュシュル刑務所(ཆུ་ཤུལ་བཙོན་ཁང་)に服役していた。刑務所内で受けた激しい拷問と非人間的な扱いにより痛ましい死に方をした。
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2011年05月30日

チベット憲章改正完了/ダライ・ラマはチベット国家の守護者・象徴

1105300103031O༼ བདེན་པ་ཉིད་རྣམ་པར་རྒྱལ་གྱུར་ཅིག༽ (真理に勝利あれ)と書かれた政府の新しい印章。

5月28日、亡命チベット議会は正式に憲法に相当する憲章を改正しダライ・ラマ法王の政治権限を亡命政府首相らに移譲する法的枠組みを確立した。
憲章第一条によりダライ・ラマ法王は「チベットとチベット人の守護者にして象徴」と定義される。

第一条を以下試訳:

 観音菩薩の化身であるダライ・ラマ14世はチベット国家の守護者、保護者である。彼は道を照らす案内人であり、至高なる指導者、チベットのアイデンティティーと団結の象徴にして全てのチベット人民の代弁者である。彼の権威は幾世紀にも渡る歴史と伝統、そして何よりも主権を与えられた人々の意思に基づくものである。故に以下の固有の権利と責務を有する。

1. チベット人民の物質的、精神的、道徳的及び文化的福利を守り増進するための助言と激励を与え、チベット問題の納得のゆく解決へ到達し、チベットの人々が心に抱く目標を達成するための努力に引き続き関与する。

2. 法王自らの発案或は要請により、チベット人民議会、カシャ(大臣室)に対しチベット人民の重要懸案について様々な形の指導を行う。これには亡命コミュニティー及びその諸機関も含まれる。


3. 世界の指導者や他の重要な個人や団体に会い、チベットの人々のために語り、彼らの懸念や利害を説明し話し合う。及び、世界中のチベット人の利害に供するためにカシャ(大臣室)が選出した代表と特使を任命する。


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2011年05月29日

大津波を見事に乗り越えたコミュニティーとそのリーダーの話

securedownload2 確かな信頼により繋がったコミュニティーと良いリーダーがいる事はチベットの例を出さずともとても大事なこと。先の大津波の後これを見事に証明した村があった。そこは長洞(ナガホラ)という58世帯、200人余りの集落。

 5月上旬この村に1人のカメラマンが入り、短いが、素晴らしい報告を送ってくださった。
カメラマンとは津村さんという岩佐監督の下で「チベットの少年」という映画を作っている仲間である。

以下彼がメールで送ってくれたその現地報告。
写真は何れも津村さんが撮影した長洞地区の写真。

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 先週の4〜6日、3度目の取材で岩手県の南部、陸前高田へ行ってきました。
人口2万6千余の町は約8割が壊滅し、現在はメインの道路だけが復旧しましたが(瓦礫を退けただけ)、人影は街中には殆どなく自衛隊の車両やトラックが行き来をしているだけでした。見渡す限りの瓦礫の山ですが、市庁舎、病院、博物館、大きなスーパーなどいくつかの建物は辛うじて外観だけが残っている状態です。6階建てのマンションが2棟ありましたが、その6階の窓まで津波が到達しているのには驚きました。
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2011年05月28日

南モンゴルが燃えている

247208_217356611622714_1000004513_2南(内)モンゴルはチベット、ウイグルと共に中国政府の圧政、弾圧を長年受け続けて来た地域だ。内モンゴル自治区と名のつくものの、中華人民共和国建国以来60年間にわたる漢民族移入により漢民族が人口の80%以上を占めるに至っており、モンゴル人は完全に少数民族に転落している。チベット、ウイグルと同じく、共産党政権による言論弾圧、文化弾圧、政治的弾圧等の差別的人権弾圧の元にモンゴル人たちは苦しめられ続けている。
しかし、モンゴルではこれまで民族が団結した組織的デモが起こることは稀なことであった。今回、一つの事件を契機にこの弾圧への反発がある沸点に到達したかのようである。

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2011年05月27日

カンボジアの庶民的リゾート、美味しいカニが食い放題のケップ

DSC_9878今日はチベットとも人権問題とも全く関係ない、遊びの話。

最近、カンボジアの庶民的リゾート地であるケップということろに遊びにいった。
プノンペンからバスで南に4時間ほど走ると海に出る。ベトナム国境に近いところにかつてフランス人がリゾートしていたケップというビーチがある。海沿いには植民地時代に建てられたフランス人の洒落ていたであろう浜辺の別荘が沢山廃墟となって残っている。


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2011年05月25日

ダライ・ラマ法王、「儀礼的国家元首」要請を受け入れず

217ダライ・ラマ法王は今日、亡命チベット人たちからの「儀礼的国家元首(ceremonial head of state)」として残ってほしいという要請を却下された。

法王の政治的引退表明を受け、憲章改正を話あう「第2回特別全体会議」が昨日まで4日間行われていた。会議は全会一致で法王に「儀礼的国家元首」となることを要請すると決定した。しかし、参加者全員と謁見した法王は、今日この要請を受け入れる事はできないと述べられた。
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2011年05月24日

ウーセル・ブログ「写真記録:ジェクンドのチベタン・マスティフはどこに行ったのか?」

005チベタン・マスティフは中国人富裕層のステータスシンボルとなり、その値段はうなぎ登り。最近ある1頭に何と3億5千万円!の値が付いたという。
チベタン・マスティフは昔からチベットの遊牧民の牧用犬としてチベット全土で飼われて来た。特に去年大地震に見舞われたジェクンドはこの犬の産地として有名である。
地震の後、現地入りした救助隊が人を助けずにこの犬を救助しているというほほえましい事実はかつてこのブログでもウーセルさんのブログを訳しお伝えした。http://p.tl/fzLY

ウーセルさんは今回はあのとき救出された子犬のその後の姿を目撃されたようだ。

以下5月22日付けウーセルさんのブログ、原文:http://p.tl/u50f
翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん

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0006◎写真記録:ジェクンドのチベタン・マスティフはどこに行ったのか?

(1)2010年4月17日、ジェクンド(青海省玉樹チベット族自治州玉樹県)で撮られた写真

この時は地震3日目。私は以前、ブログに「救援隊がチベタン・マスティフを盗む(http://p.tl/bWue)、
「救援隊がチベタン・マスティフを盗む(2)」(http://p.tl/ZG7Q)という記事を載せたことがある。
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2011年05月23日

17箇条の相違;中国による60年間のチベット政策の失敗

L1190438写真はウーセル・ブログより。北京民族文化宮「西蔵民主改革50年展」17条協定締結の場面。

60年前の1951年5月23日、チベット政府は侵略して来た中国との間に「17箇条協定」を結んだ。もっともチベット側はこれは北京に行った代表団が脅迫の下に偽の印字で結んだ条約であると主張している。また、その中で約束された条項もことごとく守られなかったので、インド亡命後法王はこの条約の破棄を宣言されている。この協定に関しては:東京代表部ホームページhttp://p.tl/K4bA

中国はこの日を「チベット平和解放記念日」とし、今日はラサでその60周年の記念式典を行っている。
この日に関する中国側の記事:<チベット60年>団結安定は福、分裂動乱は禍 http://p.tl/jl6p
チベット自治区人民政府主席ペマ・ティンレーの記者会見「中国の60年間のチベット開発がチベットを封建制度から救った」http://p.tl/wo_F

これに対し、世界のチベット支援団体の連絡組織であるITNは、中国側プロパガンダの嘘を暴くために「17箇条の相違;中国による60年間のチベット政策の失敗」という資料を作成している。

以下はその日本語訳である。
英語原文:http://p.tl/-7gR

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17箇条の相違;中国による60年間のチベット政策の失敗(日本語訳:若松えり)

中国軍がチベットに侵攻して以来、60年以上経過しました。2011年5月、中国は事実を醜悪に歪曲した「チベット平和解放60周年記念日」と名づけられた式典を予定しています。チベット人とその支援者にとって、この60年は‘17箇条協定’への調印を皮切りに中国がチベットを強引に武力制圧し実行支配し続けて来た60年でした。‘17箇条協定’とは1951年5月23日に中国政府とチベット政府との間に強制的に交わされた協定で、のち1959年チベット人の蜂起とダライ・ラマの亡命により破綻しました。(a).
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2011年05月22日

ダライ・ラマ法王の政治的引退を受け「チベット憲章改正」を話し合う「第2回全体会議」が始まる

1105210719168M 昨日、ダライ・ラマ法王の政治的引退声明を受け、チベット憲章(憲法)改正を話し合う「第2回全体会議」がダラムサラで始まった。会議は25カ国から集まったチベット亡命社会の代表418人により24日まで行われる。最初の予定では23日までであったが、法王の提案で会期は1日延ばされたという。

 法王は今年3月10日の蜂起記念日に正式に「引退表明」を行われ、議会に対し承認を要請した。これに対し、議会は最初、ほぼ全会一致でこれを拒否した。法王はこれをもろともせず、「私の引退の意思は堅い。熟考の末であり、長期的には必ずチベットのためになる」と述べ、さらに「完全民主化は私の長年の夢。民主化を唱えながら、選挙で選ばれていない私が居座り続けるのは偽善的。人に強制されず、自ら喜んで身を引くのだ。だからといって、これは決してチベットに対する責任を放棄するということではない。私、ダライ・ラマはチベット人として最後の一息までチベットの自由のために責任を果たす」とも言われた。
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2011年05月21日

ウーセル・ブログ「『農奴』再放送でどれだけ洗脳できるのか? 」

_14月10日付けウーセルさんのブログより。

原文:http://p.tl/dMLw
翻訳:雲南太郎さん

参考:今年行われた「農奴解放記念日」については>http://p.tl/lD6N

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重又放映《农奴》,又能洗脑多少?

文/ウーセル

 中国共産党が制定した「チベット100万農奴解放記念日」(3月28日)に、チベット電視台衛星チャンネルでプロパガンダ映画「農奴」がおごそかに放映された時、「赤い悪魔」に強力に洗脳されていた幼少時代に戻ったような気がした。そう、「赤い悪魔」としか形容できない。悪魔は数十年来、「解放者」「大恩人」を気取りながらもチベットをゆっくり丸のみしようとしている。作家として言えば、この映画は権力者がどう歴史を書き換えるのかを研究するチャンスになる。しかし、かつて被害を受けた経験から、画面にあふれるでたらめに耐えられず、嫌悪のあまりテレビから離れてしまった。
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2011年05月20日

ウーセル・ブログ「『カムパ芸術祭』の目障りな毛皮」

6a00e55292e88e883300e553e0c4428834-500wi再びウーセルさんの「チベット毛皮論考」。2007年の記事より。

原文:http://p.tl/703r
翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん

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◎「カムパ芸術祭」の目障りな毛皮

 7月25日、青海省玉樹(ジェクンド)チベット族自治州の政府所在地、結古鎮は渋滞していただけではなく、携帯電話もつながりにくくなっていた。「カムパ芸術祭」開幕式のある草原には無数のテントが並び、各地から駆けつけたチベット人が会場を何重にも取り囲んでいる。カメラを手にした内外の観光客はみな頭を突き出し、つま先立ちになり、すき間に入り込もうとしている。警察と武装警察の数は前例が無いほど多く、各県から派遣されてきた警官もいる。

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無期限ハンスト中断

tyc-breaks-hunger-strike-305写真はTYCがハンスト中断を決定した後、ハンストメンバーの1人クンチョク・ヤンペルが25日振りに欧州議会のメンバーからフルーツジュースを飲まされる場面。この後彼は泣き崩れた。きっと止めたくなかったのだろう。(写真はRFAより)

以下、5月19日付けphayul.com: http://p.tl/wmUQ

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チベット・ディアスポラ社会最大の独立主張グループ(TYC・チベット青年会議)執行部員3人による無期限ハンストが19日、中止された。ドゥンドゥップ・ラダル、テンジン・ノルサン、クンチョック・ヤンペルの3人は25日間のハンストの後、病院に搬送された。

「EU使節の誠実で執拗な要望、彼らがチベット、特にンガバ・キルティ僧院問題を注視し支持し続けると確約したこと、さらにチベット内地の兄弟・姉妹からの懇願を受け、我々は本日無期限ハンガーストライキの中止を決定した」とTYCはフェースブック上に声明を発表した。
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2011年05月19日

ウーセル・ブログ「ジャンペル!ジャンペル!――亡くなった友を悼む作品展」

001 ウーセルさんが天才チベット人画家と呼ぶ亡きチュニ・ジャンペルはラサの東100キロほどにあるメルド・グンカルという田舎の小学校で数学の教師をやっていた。ここが彼の故郷でもあった。

 ウーセルさんは彼が交通事故により、30歳の若さで突然亡くなったそのすぐ後に「ジャンペル、あなたが来世で、未完成の絵画を描き続けてくれますように……」というエントリーをブログに上げられている。その訳>http://p.tl/4SmZ

 今回は最近開かれた彼の悼念展(回顧展)に付いて報告されている。


 原文、5月17日付けブログ:http://p.tl/CjFe
 翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん

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◎ジャンペル!ジャンペル!――亡くなった友を悼む作品展

 交通事故で3月29日に亡くなった若い画家、チュニ・ジャンペルの追悼展が5月15日、ラサのゲンドゥン・チュンペー芸術空間で始まった。彼の所属していたメロン芸術空間が主催している。生前の作品や芸術仲間が彼の死を悼んで制作した作品が展示されている。
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2011年05月18日

カンゼでチベット独立、法王の帰還等を訴えるチラシを撒いたとして女性拘束

DSC_0402写真はカムの遊牧民テント(撮影J・テンジン)

5月17日付けRFA英語版http://p.tl/vc1Pによれば、5月11日、カム、カンゼ(དཀར་མཛེས་ 甘孜チベット族自治州)市内の2カ所で数千枚のチラシが撒かれているのが見つかった。

匿名希望で現地からこの事件に関する情報を寄せた人によれば「1カ所はタシドと呼ばれるカンゼの中心広場。軍の駐屯地が近くにある。もう1カ所はクンペル・シャンと呼ばれる、人民病院と警察本部に近い場所」であるという。

このチラシを拾い、読んだ学生によれば、その中には最近亡命政府の首相にロブサン・センゲ氏が当選したことへの言及があり、彼の就任祝いをチベット内で行おうという呼びかけも行われていたという。

「地区の警察が後でそのチラシを拾い集めていた。2つの大きな袋が一杯になるほどあった。チラシはすべて印刷されていた」と情報元は言う。
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2011年05月17日

ウーセルさんの記事「今年、まだヒョウやトラの毛皮を着る者はいるか?」

picture3いつもウーセルさんのブログを中心に中国語訳を行って下さっている雲南太郎さんが、当ブログで5月9日に紹介した「写真が語るチベット:虎やヒョウの毛皮を着た…」http://p.tl/OXbmの本編(のようなもの)をウーセルさんの過去のブログの中から探し当て翻訳して下さった。

原文は2007年1月のウーセルさんの記事:http://p.tl/XUpS

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今年有谁还穿豹皮虎衣?

 2カ月前、カム地方南部を旅行し、寒くなってきた県庁所在地や農村、遊牧地を通った。現地のチベット人の服装を特に観察、調査し、次のような結論を得た。今のチベットでは、希少動物の毛皮を使った民族衣装を着るかどうかという問題は、既に意味深長なある種のシンボルになっている。より正確に言えば、このシンボルは過去にあった財産の誇示や見栄とは関係が無いし、自分たちが美しいと思うものへの盲目的な追求とも関係が無い。これはいわゆる政治的な立場につながっており、意味深長なことではないだろうか?
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