2011年11月

2011年11月30日

ウーセル・ブログ「僧尼12人の焼身抗議に向き合って……」

1111041246473V写真はウーセル・ブログより

原文:29日付けブログhttp://p.tl/bQEN
翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん

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◎「僧尼12人の焼身抗議に向き合って……」

文/ウーセル

「チベット人の焼身抗議は何の効果も無いのでは。どう思いますか」。あるフランスの記者が冷静に質問してきた。私は心に刺すような痛みを感じ、かろうじて涙をこらえながら答えた。「きっと効果は無いでしょう。でも人には尊厳があります。焼身抗議したチベット人が求めていたのは民族の尊厳なのです……」

焼身抗議の件で初めて取材を受けた時、私は感情をコントロールできなかったが、記者は当然このように問い詰めてきた。

ベトナムのサイゴン(現ホーチミン市)で1963年、「仏教と民衆の権利を守るため」に高僧が焼身抗議し、何人もの僧尼が後に続いた。もし記者ですらこのことを知らないとすれば、12人ものチベット人が焼身抗議を起こしたことを国際社会や市民に理解してもらえるだろうか?無理解の広まりにはとても不安を覚える。

実際、仏教徒であれ他宗教の信徒であれ、歴史上大きな災難が降りかかる時、自分の身を犠牲にしようという殉教者が常に現れている。近現代の中国でも同じだ。辛亥革命では、清朝の軍隊による攻撃を止めさせるため、武漢の帰元寺の僧侶が焼身抗議で殉教した。西安の法門寺の僧侶は文化大革命初期、紅衛兵による寺院破壊を止めさせるために焼身抗議し、塔を守った。

記者はまた、「なぜ若いチベット人ばかりが焼身抗議するのですか?」とも聞いてきた。これは多くの人に共通する疑問だろう。しかし、私は言いたい。若さは軽率や盲従を意味するとでも言うのか?フランスの聖女ジャンヌ・ダルクも若かったのではないのか?農家の少女がフランス軍を率いてイギリス軍と戦った。火刑を受けた時、彼女はまだ19歳だった。それでもフランス人には「自由の女神」として語り継がれている。

ツイッターである人が書いていた。「エジプトの独裁者ムバラクが退陣した時、大量のニュースのうち最も感動的だったのは50、60歳の父親の話だ。『私の世代の人間が永遠に見ることがないと思っていた民主化を子どもたちが実現した。子どもたちが希望と夢を与えてくれた。人生をもう1回生き直そう』。もちろん中国はまだ民主化していない。圧迫を受けるチベット人は燃え盛る炎の中、命がけで『チベットに自由を』『ダライ・ラマの帰還を』と叫んでいる」

少なからぬ人たちはまだチベット人の焼身抗議を自殺とみなしている。これは完全におとしめた見方だ。高僧ゲシェ・チャンパ・ギャツォ(台湾の「ダライ・ラマ チベット宗教基金会」初代仏法教師)も明らかにしている。「チベット人僧俗の焼身抗議は仏教の不殺生の教義に全く反していない。仏法の見解にも反していないし、戒律に背いてもいない。焼身抗議の動機と目的は私利私欲に染まっておらず(中略)仏法を守るため、チベット民族の民主と自由を勝ち取るため」であり、根本的に「利他のために自らを投げ打った菩薩行」だ。

a1ca11741989年の民主化運動で学生リーダーを務めたウルケシ(ウアルカイシ)の言葉を必ず、そう必ず引用しなければならない。尼僧パルデン・チュツォの焼身抗議映像が公表された夜、ツイッター上に連続して書かれた言葉だ。

「チベット人僧俗12人の自殺に向き合い、どうか合掌し、敬意を抱き、反省し、道徳意識を新たにしてほしい。これはパソコンの前で簡単にできることだ。これこそが深い苦しみを受けた命に向きあうたった一つの正しい態度だ」

「僧尼の焼身抗議は多くの人たちを震撼させている。震撼の次に激しい憤りを覚えるが、私はまず失われた命に敬意と悲しみを抱くよう呼びかけたい。これこそが人間性であり、共産党の中国で私たちがゆっくりと失ってきたものだ」

「僧尼12人の焼身抗議に向き合っても嘆かず、反省せず、敬意を抱かない民族は道徳をひどくねじ曲げて失ってしまった民族だ!」

「この僧尼12人の死に直面すれば、客観的な態度や冷静さ、知恵なんて全て冷酷に見える!」


そしてウルケシの次の問いは、別の意味において焼身抗議を「無用」とする答えになっている。「強大な大英帝国に対してインド独立運動は成功を収めた。聖者ガンジーの唱えた非暴力不服従の抵抗運動がイギリス人の誇る道徳的優位を徹底的に揺るがし、打ち砕いたからだ!イギリスの誇るものが道徳的優位だったからだ!僧尼12人の焼身抗議は中国人の良心を揺さぶることができるだろうか?」

これについて私に言えることは無い。

2011年11月23日
(初出はRFA)


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2011年11月28日

両手のみで亡命を果たした僧侶が語るチベットの現状

DSC_0052僧カルマ・ゲトゥン・ギャンツォཀརྨ་ངེས་སྟོན་རྒྱ་མཚོ་は10代の時、両足が麻痺する病気に掛かった。彼は両手だけを使って、最近カイラス山経由でネパールに入り、インドへの亡命を果たした。

彼の人生やチベットの現状についてTibet Timesの記者がインタビューした記事(チベット語)http://p.tl/ujx2を以下要約してお伝えする。

彼はラサの北ダムシュン・ヤンパチェンའདམ་གཞུང་ཡང་པ་ཅན་の出身。13歳の時僧侶となり地元の僧院に入った。しかし、丁度そのころから両足が立たなくなり始めたという。仕方なく家族の下に帰り、5年間治療を続けたが足の麻痺は治らず、足が曲がったままになった。その後再び僧院に復帰したが、当局は僧侶の資格を与えず、ついに去年2月当局により完全に僧院から追い出された。

彼はそれから両手だけを使い巡礼の旅に出た。各地を巡った後、最後にマパムユムツォ(མ་ཕམ་གཡུ་མཚོ་マナサロワール湖)とカンティセ(གངས་ཏི་སེ་カイラス山)に辿り着いた。そこからラサには帰らずに、南に下りネパール西北の国境を越えカトマンドゥの難民一時収容所まで辿り着くことができた。今月17日、ダラムサラの収容所に到着した。続きを読む

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2011年11月27日

中印国境交渉無期延期:中国「ダライが出席する仏教会議を中止させろ。さもなくば行かない」!?

以下、中国の非常識外交を象徴するような出来事の報告。中国は外国からその人権状況等について批難されるとすぐに「内政干渉だ、黙れ!」と言うが、他の国に対しては露骨、時に滑稽な内政干渉を当たり前のように行う。

26日付phayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=30421&article=India+puts+off+border+talks+with+China+over+Beijing’s+Dalai+Lama+remarks より。

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インドの主要テレビ局が伝えるところによれば、北京がダライ・ラマ法王が出席しスピーチを行う事になっている仏教会議を中止せよと要求したことを受け、インドは同時期に予定されていた重要な中国との国境決定交渉を無期限延期することを決定した。

NDTV(インドのテレビ局)の報道によれば、中国は来週インドの首都ニューデリーで行われる仏教会議においてダライ・ラマ法王がスピーチを行う事に抗議した。理由は同じ時期にインドと中国の会議が行われるからだと。

「中国側はこのイベント自体を中止せよと命令した」とNDTVは伝える。

インドと中国は来週の月曜日と火曜日に特別代表による第15回国境確定交渉を行うことを予定していた。

インド側はこの中国側の要求を「著しく良識に反する侮辱的な要求」と表現した。このような形で会議が延期されたのは今回が初めてだという。

中国側の特使戴秉国がインドの特使Shivshankar Menonと会談するためにデリーに来ることになっていた。前回の会議は北京で2010年11月に行われた。

ニューデリーではシャカムニ・ブッダ悟道2600年を記念し、27日から30日までの4日間世界仏教者集会が行われる。主催者によれば、世界32カ国から宗教、精神、政治指導者と共に、800人の学者、オブザーバーが集まる予定という。

ダライ・ラマ法王と17世ギャワ・カルマパがこの会議に招待され、法王は基調演説を行うことになっている。

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思うに、中国は最初から国境確定交渉をまじめに行う積もりがあったかどうか疑わしい。話し合いではなく、何れは力で解決する積もりなのではないかと疑う。


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2011年11月26日

中国人作家 慕容雪村:変革への叫び「怪物を檻に入れよう」

111123052416J4中国の人気作家慕容雪村が11月6日ニューヨークのアジア協会でスピーチを行った。

その中で彼は現代中国の社会、経済、法的システムを批判的に分析し、現体制の下で人々がいかに苦しんでいるかを明らかにした。

「怪物を檻に入れよう: 把怪物关进笼子里 Caging a Monster 」と題されたスピーチの中で彼は中国を「強大な怪物」、政府と社会を「腐ったシステム」と呼び、この怪物を檻に入れるために中国人は立ち上がらねばならないと説く。

全文を以下で読める(中国語/英語)http://p.tl/ZuEj。少々長いが、痛烈・痛快この上なのでできれば全文を読んでもらいたい。以下、適当にかいつまんで紹介する。

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中国に住んでいると「巨大な劇場にいるようだ」と彼は言う。「舞台は馬鹿げており、シナリオは信じがたいものだ。あまりに馬鹿げており、あまりに信じがたく、それはあらゆる作家の想像を遥かに越えている。我が国はメラニン入りの粉ミルクを生産し、魚とエビを避妊剤で太らせる(?)。ワインには工業用アルコールが入れられ、人間の排泄物を豆腐保存剤として使う。レストランの排水溝から出た油を再利用して人に供する」
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2011年11月25日

寒さと飢えに苦しむジェクンド(玉樹)の子供たち

2011112311510468写真、最初の1枚はTibet Timesより、その他はウーセル・ブログより。

25日付けTibet Timesチベット語版http://p.tl/nNxNより。

零下10度の寒さの中、カム、ジェクンド(ケグド、ユシュ、玉樹)の小、中学生たちはちゃんとした宿舎もなく、寒さと風に晒される生活をよぎなくされている。

23日付、中国のタワ(ལྟ་བ་見/意見?)ネットサイトによれば、カム、ジェクンドの気温は1ヶ月前から零下10度となり、辺りは凍り付いているという。この寒さの中、地震被災地の田舎の学校では、今も以前のような寄宿舎が建てられることもなく子供たちは暖房設備のないテントで暮らしている。十分暖かい服もなく、また食料も足りない状況だという。

79d6a7e6最近、中国のソシアルサイトである「微博」等にも、ジェクンドの子供たちたちが冬服や食べるものに不足し苦しんでいるという情報や写真が載せられている。ネット名ギャセブンパ(རྒྱ་སེའི་བུམ་པ་)という人の微博上の記事によれば、9月末に新華社電の記者がジェクンドのラチュックショルマ(ར་ཕྱུག་ཞོལ་མ་)の町に行った時、その地の学生1551人が今も寒さと風の中、暖房設備のないテントに暮らしていることを確認し、さらに被災地の他の多くの学校がこれと同じような状況であると書いていたという。

去年7月9日、中国政府の関係機関がカム、ジェクンドの地震被災地への義援金の総額を発表している。それによれば、政府義援金が73億200万元(約876億円:レート1元=12円)。民間義援金が106億5700万元(約1278億円)。微博上には多くの人たちがジェクンドの被災地に義援金が総額179億5900万元(約2155億円)も集まりながら、小さな被災地の学校の寄宿舎も建てられず、子供たちに暖かい服も行き渡らないのは、中国の関係者たちがみんなが寄付した金を着服し、政府の役人たちが政府の義援金を横領したからに違いない、との話を載せている。
(地震が起こったのは1年半以上前の2010年4月14日。多くの被災者が2度目の冬もテントで過ごす)

80cbf396その他、11月1日の夜中12時頃、被災者たちのテントが密集している地域で火事が発生し、火は3時半まで燃え続けた。この火事により4000平方メートルが焼け、ベニヤとビニールで作られた家200戸とテント40張りが焼失したという。


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2011年11月24日

ンガバ・キルティ僧院:逮捕と監視は続く

以下、23日に入手した情報として24日付けでダラムサラ・キルティ僧院がリリースしたもの。

securedownload今月21日、キルティ僧院僧侶ギャンツォ(རྒྱ་མཚོ་42)が僧房から警官により連れ去られた。拘束の理由や行方は不明。

彼はンガバ県トツィック郷メシップ村ラクツァ家(རྔ་པ་རྫོང་སྤྲོ་ཚིགས་ཞང་རྨེ་སྲིབ་སྡེ་བའི་རག་རྩ་ཚང་)の出身。幼少よりキルティ僧院僧侶となり、現在最終学級1年生。以前当局により強制的に閉鎖された僧院直営学校の先生でもあった。雑誌や新聞等に記事を度々発表していた。各種のチベット字体と絵画に秀でていたという。








ロプサン・ゲンドゥン10月末にはキルティ僧院カーラチャクラ学堂の元戒律師ロプサン・ゲンドゥン(བློ་བཟང་དགེ་འདུན་48)が拘束され、今も行方不明。

彼はンガバ県トツィック郷カニャック村セゴ家(རྔ་པ་རྫོང་སྤྲོ་ཚིགས་ཞང་ཀ་ཉག་སྡེ་བའི་གཟས་འགོ་ཚང་)出身。幼少時よりキルティ僧院の僧侶となり、現在最終学級4年生。

ンガバの町や周辺には以前にも増し軍隊や武装警官が大勢配備され、至る所でチベット人の身体保安検査を行っている。数日前から自家用車は町の大通りを通行することが禁止され、細い裏道を走るしかないという状況となっている。

20日は地域の暦に従いガンデン・ンガムチュ(དགའ་ལྡན་ལྔ་མཆོད་ཆེན་མོ་灯明祭、ゲルク派の創師ジェ・ツォンカパの命日)ということで僧院では特別の哲学討論会が開かれた。夜、恒例に従えば僧院に大きな飾りのイルミネーションが灯されるが、今年はチベットの自由のために焼身を行い亡くなった人たちを弔うために、僧院に僧侶や一般チベット人が集まり暗い中、灯明だけが灯された。この際にも当局は境内に私服警官を大勢配置し監視を強めた。僧門付近には大勢の軍隊と武装警官隊が集まり、特殊装甲車が10台以上も張り付いていたという。

僧院内には引き続き毎日200人程の監視人が常住し、僧侶の行動を24時間監視している。

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20日のブログでお知らせした、ラギャ僧院の件の続報:

僧院に警官、役人が現れ、集会を強要。その場で「チベット国旗とダライの写真を掲げた者は3日以内に自首せよ。さもなくば、僧院全体が危険な状態になるであろう」と警告したという。


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2011年11月23日

李江琳女史コラム「チベット僧自殺から見る中国共産党『宗教の自由』政策」

_ウーセルさんは11月8日のブログに、李江琳さんが4日付けで発表されたコラムを転載されている。
李江琳さんはニューヨーク在住のチベット現代史を専門とする漢人女性歴史学者である。相継ぐチベット僧侶たちの焼身抗議を受け、李さんは彼らが当局により如何にがんじがらめにされているかを法規、条例の名を上げながら分析する。また、中国憲法に謳われている「宗教の自由」の本質が実は人々を「無宗教に向かわせる」ためのものであることを明らかにしている。

原文:http://p.tl/KTR8
翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん

最初の写真は「僧院の『愛国主義教育』教材」李さんのブログより。
後の2枚は「ダラムサラで行われた連帯デモの1シーン」ウーセルさんのブログより。

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◎チベット僧自殺から見る中国共産党「宗教の自由」政策

 四川省の甘孜(カンゼ)と阿壩(ンガバ)で最近、チベット人の僧尼10人(8月以降)が相次いで焼身抗議を起こし、これまでに5人が亡くなった。常識的に考えれば、これほど激しい手段の抗議には必ず並大抵ではない原因がある。報道によれば、僧侶は焼身抗議時に宗教の自由を求めて叫んだという。絶え間なく続く死を賭した抵抗は、明らかに中国の宗教状況と関係がある。

 中華人民共和国憲法第36条の規定では、公民は宗教信仰の自由を有する。中国共産党は外部からの疑問に対し、よくこの条文を引用して宗教政策を説明する。しかし、実際には憲法以外にも各レベルの党、政府機関が定めた「宗教事務条例」一式がある。これらの条例を詳しく分析すれば、中国共産党の「宗教の自由」が一体どんなものなのかを理解するのはそう難しくない。
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2011年11月22日

ゴロ、ラギャ僧院の屋上に大きなダライ・ラマ法王の写真とチベット国旗が掲げられる

111122045620L4ラギャ出身の南インド、セラ僧院僧侶ガンケགངས་སྐྱེས་が伝えるところによれば、11月20日の早朝7時半頃、アムド、ゴロ(青海省マチェン県ギュロ地区)、ラギャ僧院མགོ་ལོག་རྭ་རྒྱ་དགོན་པ་本堂の屋上に大きなダライ・ラマ法王の写真が掲げられ、その左右にチベット国旗がはためいたという。これらは非常に大きかったので僧院の外からもよく見えたという。また写真と国旗の下にはスローガンのような文字が沢山書かれていたというが、これらは読む事ができなかったそうだ。

この日はこの地方のカレンダーによれば、ゲルク派の創始者ジェ・ツォンカパが遷化した日として師の偉業を思い出し、家々の外に大量の灯明が灯されるガンデン・ンガムチュ( དགའ་ལྡན་ལྔ་མཆོད་ཆེན་མོ་灯明祭)に当たっていた。おりしも僧院には大勢の僧侶や一般のチベット人が朝から参詣に訪れ、多くの人がこれを目撃したという。

8時頃、これに気付いた警官と役人が僧院の屋上に登り、法王の写真と国旗は彼らが持ち去った。今のところ、この件に関し、拘束者が出たかどうかの情報は入っていない。

参照:21日付けTibet Times チベット語版http://p.tl/ErSe
22日付けphayl

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このラギャ僧院では2009年3月10日にも僧院の屋上に大きなチベット国旗が掲げられ、政治的パンフレットが配られるという事件があった。この時には、その後僧院が軍隊に包囲され、僧侶数人が拘束された。また、拘束された僧の内タシ・サンポ(28)が尋問中に拘置所から逃げ出し、近くの黄河に飛び込み自殺するという事態に至った。

これを知り町のチベット人が大勢抗議デモを行った。この時90人以上が拘束され、後にその内8人に1〜7年の刑が言い渡されている。
参照過去ブログ:http://p.tl/K7ur
http://blog.livedoor.jp/rftibet/tag/ラギャ


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2011年11月21日

<衝撃映像・閲覧注意>尼僧パルデン・チュツォの壮絶な焼身

新たに亡命側に伝えられた映像。今月3日正午頃、カム、タウの街中で焼身抗議を行いその場で死亡した尼僧パルデン・チュツォ(35)。巨大な炎に包まれ、そのまましばらく不動の姿勢に留まる。間もなく、崩れ落ちる。


これを見た女性が、悲鳴と共に、法王を呼び出す経を唱える声が聞こえる。近づきカタを投げかける女性も。

次のシーンでは尼僧たちが抗議デモを行っている。「チベットに自由を!」「ダライ・ラマ法王に長寿を!」等の叫びが聞こえる。
次は6日早朝、暗い内にニンツォ僧院で行われた尼僧パルデン・チュツォの葬儀と思われる。
大勢のチベット人がキャンドル・ビジルを行う。
僧院の中では追悼会。外では多くのチベット人が遺体にカタを捧げるために列をなす。
明るくなった頃、上の道を武装警官が走る姿も写っている。僧侶たちはこれを気にしている様子もない。
最後に道を走る武装警官隊の車が隠し撮りされている。
関連ブログ:http://p.tl/o8XR

1111211215503Lロイターのレポーターが最近現地タウに潜入取材した記事が20日付で発表されている。>http://p.tl/7pZv

レポーターは尼僧パルデン・チュツォが所属していたガンデン・ジャンジュップ・チュリン尼僧院を訪ね仲間の尼僧にチュツォの人柄等について尋ねている。尼僧院はタウの町から車で1時間程かかる山奥にある。チュツォはこの人里離れた静かな尼僧院の日干しレンガでできた小さな小屋に10年以上暮らしていたという。

「チュツォはもの静かな尼僧だった。聡明でお経によく通じていた。ダライ・ラマ法王を篤く尊敬していた」と仲間の尼僧は語る。しかし、周りの誰も彼女が焼身自殺を行おうとは思ってもいなかった。
「彼女が焼身抗議を行ったと電話で聞いてすぐに何人かが町に駆けつけた。しかし、もうそのときは遅過ぎてどうする事もできなかった。彼女は1/2リットルほどのガソリンを飲んだと聞いた」
「彼女はいつも法王の帰還を夢見ていた」と尼僧院の指導的尼僧は言う。

彼女は焼身を行う数日前に「焼身した人々を本当に可哀想に思う」「ダライ・ラマ法王がお帰りにならない限り何も変わらない」と話していたという。

4074416060写真はREUTERS/Carlos Barria。13日撮影。尼僧院そばでくつろぐ尼僧たち。

このビデオを見てSFT代表のテンジン・ドルジェは「この映像は絶望と同時に、チベット人の全てを掛けても自由を得ようと言う決意を示している」とコメントする。

また同じくSFTのテンジン・ジクデルは「彼らは命をかけて世界にメッセージを届けようとしている。中国のチベット弾圧に対し今すぐに世界が介入しない限り、これを止めることはできないであろう」と。この部分参照:今日付けphayul

追加写真(ロイターより)
article-2064258-0EDF180400000578-997_634x397尼僧パルデン・チュツォが暮らしていた尼僧院ガンデン・ジャンジュップ・チュリン









article-2064258-0EDF180800000578-648_634x366ガンデン・ジャンジュップ・チュリンの尼僧たち









article-2064258-0EE1B2F800000578-344_634x410北京にて。これからチベットに送られる若い兵士たちの壮行会。










<追加映像>尼僧パルデン・チュツォさんの焼身の映像、長いバージョンが発表された。(11月28日)http://www.youtube.com/watch?v=iSx1p63vwfw&feature=player_embedded


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2011年11月20日

デブン僧院長に無期/ラサ周辺の僧院弾圧強化/僧侶作家1年近く拘束

Drepung_monastery-305デブン僧院/写真は何れもRFAより。

RFAに最近現地から伝えられた報告をいくつか紹介する。

<ラサ、デブン僧院僧院長に無期懲役、教師に20年の刑>

18日付けRFAチベット語版http://p.tl/ws47によれば、最近中国当局はペンボ出身のラサ、デブン僧院僧院長ジャンペル・ワンチュック(འཇམ་དཔལ་དབང་ཕྱུག་40)に無期懲役、アムド出身の教師クンチョク・ニマ(དཀོན་མཆོག་ཉི་མ་)に20年の刑を言い渡したという。

特に2008年3月以降、デブン僧院ではラサ蜂起を先導したとして、多くの僧侶が逮捕されたり、追い出されたりしている。しかし、これまで僧院長がこれほどまでの重い刑を受けたという報告は入ったことがなかった。

彼らが如何なる罪状により刑を受けたのかは不明であるが、あるデブン僧院僧侶によれば「2人は僧侶たちに、度々『ダライ・ラマ法王への信を説き。僧院は法王の教えに従って運営されるべきだ』と語っていたからであろう」という。

2人は現在タプチ刑務所に収監されている。
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2011年11月19日

チベット人僧侶がスラムの子供たちに学校をプレゼント

DSC_6548ダラムサラは今が一番よい季節。至る所に桜が咲いて、空は晴れ渡り、暑くも寒くもない。

日本ではブータン国王が国会に招かれ演説されたようだ。ブータンはチベット仏教を国教とする唯一の国だから、素晴らしく、よいことだ。

ダラムサラでは今日、ダライ・ラマ法王がスラムに住むインド人の子供たちのために、チベット人僧侶が運営する団体により建てられた学校の開校式に出席された。
これまで、道ばたで物乞いしたり、ゴミ集めをしていた子供たちが立派な全寮制の学校で学ぶ事ができるようようになったのだ。それも、チベット人僧侶がイニシアティブをとり、何年もかけ、外人や法王の援助を得て実現したのだ。素晴らしいことだ。
法王も今日は特に嬉しそうにしておられた。

今日は法王を中心に、写真多め。続きを読む

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2011年11月18日

「ジクデル(恐怖を乗り越えて)」の制作者ドゥンドゥップ・ワンチェンの仲間拘束

ladan18日付けTCHRDプレスリリースより。 http://p.tl/gvjb

11月1日、午後3時頃、ラテン(ལྷ་བརྟན་)は息子が通う小学校の中国人女教師からの電話を受け取った。「息子さんを引き取りに来て下さい」と言う。彼が学校に着くと、そこには数人の私服警官が待っていた。彼はそのまま黒い車に連れ込まれた。

ラテンは44歳前後。2008年の北京オリンピックを前にドキュメンタリーフィルム「ジクデル(邦題:恐怖を乗り越えて)」を制作し、国家転覆罪で6年の刑を受けたドゥンドゥップ・ワンチェンと関係を持っていたと疑われたらしい。

ラテンは農民であり、家族の唯一の働き手。妻パッサン・チュドゥンと3人の子と共にラサ地区タクツェ県(སྟག་རྩེ་རྫོང་)、シンツァン村に住んでいた。

突然連れ去られた後、今も彼の行方は不明のままである。

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なぜ、今頃ドゥンドゥップ・ワンチェンに関わっていたとして拘束されるのか不思議ではある。

ドゥンドゥップ・ワンチェンの妻ラモ・ツォは今、夫や他の政治犯の解放を訴えるためにヨーロッパツアー中である。

彼が「ジクデル」の中で話をしているかどうかは今確認できないが、以下のABC Newsの中で顔を出し短い話をしている事は確かだ。2:00〜



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チベットを救うために署名を

相継ぐチベット人の焼身抗議を受け、世界中のチベット支援団体が参加し、今、各国政府と国際人権団体に対し「チベット問題国際介入」を求める「ENOUGH」と名付けられた署名活動が行われている。
12月10日までに署名5万を集めるのが目標。真っ先に、リチャード・ギアやツツ大司教も署名している。
以下は、SFTJが日本語字幕を付けたそのキャンペーン・ショート・ビデオ。



署名は以下へ。名前とEメールアドを入れるだけ。

http://standupfortibet.org/enough/dk-speakup-petition-1/

まだ、署名されておられない方、チベットのためにどうか署名お願い致します。

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2011年11月16日

TIME Magazine:タウ現地レポート「自由のための焼身願望」

world_tibet_1114写真はShiho Fukada for TIME

14日付けTIME Magazine http://p.tl/UC-u より抜粋

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<中国支配60年の後、チベット僧侶は焼身抗議に訴える。彼らの抗議の先にあるものは?>

By: Hannah Beech/Tawu; With reporting by Chengcheng Jiang/Tawu

ツェワン・ノルブが亡くなった現場には、その場を示す花束も供養物も何もなかった。8月15日、中国の僻地、タウに住む29歳のチベット僧は灯油を飲み、身体に可燃油をかぶり、マッチを擦った。町の中心街で燃え盛りながら、ノルブはチベットの自由を叫び、亡命中である精神的リーダー、ダライ・ラマへの愛を絶叫した。2ヶ月半後、夜の闇にまぎれ、私はノルブが息絶えた橋のたもとに向かった。町は封鎖されているに等しかった。街灯には真新しい監視カメラが取り付けられ、すべての動きを記録していた。少し先にはマシンガンを持った数名の警官が立っている。数分ごとに、警察の車から光る赤い光線が、この殉教者の現場を照らし出していた。
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2011年11月15日

米元外交官「チベットの文化ジェノサイドは本当だ」

111115050224Q8写真はジョン・グラハム(phayulより)

15日付けphayul http://p.tl/p9lg

米元外交官であるジョン・グラハム(John Graham)は先月、10日間チベットを訪問し、チベットの文化ジェノサイドは本当であるという証言報告を書いている。

「先月、10日間に渡り、私は中国がチベットで何をしているのかを目の当たりにした……『文化ジェノサイド』と言われる報告は真実である。中国はチベット人たちの思考、伝統、習慣をすべて消し去ろうとしている」とグラハムは‘Goodbye Tibet?’と題された記事の中で述べる。(記事は>http://p.tl/cigp

暗号化した記録ノートを、汚れた靴下と一緒にした食料包装紙の上に書き、この元米外務省の役人はチベットを脱出し、今年3月以来11人の焼身抗議者を出している中国の弾圧政策を暴く洞察に満ちた記事を発表した。

「話を聞かせてくれるチベット人を見つけることは難しかった。それでも、彼らの表情や少ないが聞くことができた話から、彼らが自分たちの国を侵略し、されに意図的に彼らの文化と生活様式を破壊している中国に対し、どれほどの憎しみを抱いているかが分った」とグラハムは書く。

著書も多く、有名な発言者である彼は「ラサはポチョムキン村(*1)」と化しており、全ての高給な仕事は中国人が占有し、チベット人たちは残った低級な仕事に就くしかない、という。

そんな中でチベット人たちが微かな非協力レジスタンスを行っているとしてグラハムは「ラサ中心街の飾り立てた通りから数百メートル離れた場所に、石やセメントブロックでできた小さな家々に住むチベット人たちの一角がある。家の屋上に中国国旗を掲げない事は刑罰の対象となる。しかし、そこの3分の2の家は重い罰金を怖れず国旗を掲げていないのだ」と書く。

チベットの遊牧民と農民の強制移住についてもグラハムは注目し「チベットの(伝統的)家々は次々ブルドーザーで破壊され、即席のガブリニ・グリーン(*2)タイプ(Cabrini Green-type)の高層ビルに移動させられる」という。

「このような強制移住は身体的と言うより精神的に人を飢えさせる。アイデアは、特に若いチベット人たちに、彼らが誰であったかを忘れさせるためなのだ」とグラハムは記す。

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* 1、ポチョムキン村:ロシア帝国の軍人で1787年の露土戦争を指揮したグリゴリー・ポチョムキンが、皇帝エカチェリーナ2世の行幸のために作ったとされる「偽物の村」に由来する。主に政治的な文脈で使われる語で、貧しい実態や不利となる実態を訪問者の目から隠すために作られた、見せかけだけの施設などのことを指す。

* 2、ガブリニ・グリーン:1940年代にアメリカ、シカゴに建設された集合住宅。住居環境をまったく無視した計画により、後に犯罪の巣となった。失敗した集合住宅の象徴。

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彼は記事の初めに、「(このチベットの現状に)我々は注目すべきか?その方が良いと思う。世界の舞台で中国の自信は日増しに強まっている。チベットで中国が何を行っているかは、彼らの力が増す時、彼らがどのような行動を為すのかについて多くを語ってくれているからだ」と記している。


rftibet at 22:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0)