2012年02月

2012年02月29日

「葬儀を上げる僧院がなくなった。お前たちが葬儀を上げろ!」と遺体を庁舎に持ち込む ディルの現状

cbc17b38cbe51c6097ddd8d3ディル・ゾン(写真は百度百科より)

以下、主に29日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/bomb-02292012000629.htmlを参照。

ディルの位置は(グーグルマップ)http://p.tl/Mz9p

----------------------------------------

チベット自治区ナクチュ地区ディル(འབྲི་རུ་རྫོང那曲地区比如県)では最近当局の弾圧を避けるために僧侶たちが僧院から逃げ出し、空になってしまった僧院が沢山あるという。

今週に入り当局は「僧院や尼僧院に帰らない僧侶や尼僧は逮捕する」と脅した。これに対し僧侶たちは「僧院から中国の役人たちが引き上げるなら帰ろう」と答えたという。

現地と連絡を取った在インドのあるチベット人は、「僧院は空で宗教的儀式は葬式を行う場所が無くなった。僧院には代わりに大勢の中国の役人が住んでいる。これが僧侶たちが僧院を去った原因だ」という。

「チベット人の中には家族の遺体を政府庁舎の前に持って行き、葬式をしてくれるラマも僧院も無くなった。この遺体をどうすればいいのか?」と声を上げる者まで現れたと、亡命議会議員ケルサン・ギェルツェンが伝える。
(この部分、あるツイッター情報によれば「僧侶たちが遺体を庁舎の前に持って行き、お前たちのせいで葬式を上げる場所が無くなった。だから、お前たちが葬式を上げろ!」と抗議の声を上げた。という)

「政府はチベットの習慣を全く尊重しない」とケルサンはコメントする。

中国当局は最近再びナクチュ地区の僧院に「工作隊」を送り込み、「愛国再教育」を行っている。

「去年の11月からチベット自治区政府は、約2万人の役人を様々な村や僧院に送り込み愛国再教育を進めている。その結果多くの僧院が閉鎖された」とTCHRD(チベット人権民主センター)の副所長であるジャンペル・モンラムはいう。

火曜日(28日)政府系チベット・デイリーは自治区主席ペマ・チュリン(又はペマ・ティンレー)が「緊張が高まるであろう3月の間、政府幹部は持ち場を離れず、如何なる問題も起こさないよう、監視を強化せよ」と述べたことを伝えた。<この部分参照28日付サーチナ(日本語)http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0228&f=politics_0228_017.shtml

今月8日の「世界一斉行動日」には、このディルでも大きなデモがあった。

かつてディル・ペカル僧院に属していた10人の僧侶が丘の上で葬儀を行った。「その帰り道、彼らは政府庁舎の前で立ち止まり、チベット独立、法王帰還、僧院とチベット人の自由を求めるスローガンを叫び始めた」と現地と連絡を取った在インドのチベット人が伝える。

「700〜800人の地元チベット人が彼らの抗議に加わった」
「彼らは1時間半ほどの間、行進しスローガンを叫び続け、解散した。その時には誰も逮捕されなかった」

「次の日、5台のトラックに分乗した武装警官隊がディルに来て、言う事を聞かない場合は発砲するぞ、と脅した」



rftibet at 19:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月28日

中国の役場に爆弾を投げ込み、自分も死んだと

岔岔寺 拷贝写真はロサに焼身抗議を予告するチラシが貼ってあったというカルマ・カギュ派ツァツァ僧院

以下、28日付Tibet Timesチベット語版より。
http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=5629

先週金曜日(24日)カム、デルゲ県ネンゴル郷レクバ村(སྡེ་དགེ་རྫོང་གཉན་སྒོར་ཞང་རེག་པ་གྲོང་ཚོ་)のタシ(བཀྲ་ཤིས་)というチベット人が中国の役場に爆弾を投げ込み死亡した。

昨日、デルゲ県で1人のチベット人が焼身抗議を行ったというニュースを流したが、その後、本人は焼身したのではなく爆弾により死亡したということが判明した。

24日の早朝3時50分頃、カム、デルゲ県ウォントク郷ギュルダ村(དབོན་ཐོག་ཞང་འགྱུར་མདའ་གྲོང་ཚོ་)出身のダセ(ཟླ་སེ་)又はタシ、32歳がネンゴル郷レクバ村(རེག་པ་གྲོང་ཚོ་)とワパ村(ཝ་པཱ་གྲོང་ཚོ་)の間にある中国の役場に爆弾を投げ込んだ。役場は大破し、同時に彼も死亡した。彼の遺体は駆けつけた県の警官により持ち去られた。その後僧侶たちに渡され昨日27日の朝、マニケゴ(མ་ཎི་ཀེ་མགོ་)と呼ばれる場所で軍隊の監視下、火葬されたという。

昨日Tibet Timesは在ダラムサラのデルゲ出身者パチェン・フンドゥップから2度話を聞いた。最初に話を聞きすぐに記事を出した後、彼は再び事務所に現れ以下のように話した。

「27日の朝早く、台湾にいる同郷の僧侶から連絡が入り、ダセというチベット人が焼身抗議を行ったと伝えられた。すぐに本土に電話を掛けたがまったく通じなかった。状況ははっきりしなかったが、1人のチベット人が抗議を行い死亡したということは確かと思えた。緊急で大事な情報と思ったので自分はすぐにメディアに報告した。その後、中国にいる知り合いに電話が通じ事の成り行きがさらに明らかになった。ダセは焼身したのではなくレクパ村にある中国の役場に爆弾を投げ込み、自分も死んだということだった。その時に彼はガソリンが入った大きなポリタンを持っていたという。これは、彼が爆弾を投げた後、自分も焼身しようと思っていたためだろう」

さらにビル・シェラップリン(ダラムサラから約2時間の場所にあるチベット人居住セトルメントにある僧院)の僧侶ソナム・チュデンは以下のように話す、「死亡した彼と自分は同じ村の出身だ。親戚でもある。彼は以前ダセと呼ばれていたが、ネンゴル郷レクパ村に婿養子として行った後には名前をタシに変えた。24日、爆弾とガソリンを用意して中国人のいる役場に行って爆弾を投げ込んだようだ。同時に彼も死んだ。役場がどれ位壊れたのかは知らない。県の警官が大勢やって来てかれの遺体を運び去った。その後、自分の家族や親戚が県の警察署に行って遺体を引き渡してほしいと懇願したが、引き渡しては貰えなかったという」

今日、さらにチョントラ(ダラムサラから同じく2時間ほどの所にあるセトルメント)にあるゾンサル僧院僧侶ンガワン・サンポに連絡を取った。彼の話は以下。「タシが死亡した後、遺体は持って行かれたが、その後、地域の僧院の僧院長始め僧侶7人と親戚合わせて11人が再び警察署に行って遺体の引き渡しを願った。そして遺体は引き渡されたが、村に持ち帰ることは許されなかった。仕方なく、27日の早朝デルゲとネンゴル郷の間にあるマニケゴという場所で遺体を火葬に付した。葬儀の間中、中国の軍隊が周りを囲っていたという」

タシ本人を知る僧ンガワン・サンポがさらに話すには「彼は正直者として通っていた。彼が爆弾を投げ込んだという役場はレクパ村とワパ村の両方を監督するために2つの村の間に作られていた。最近作られた役場だが、これが作られる時、村人たちは反対したが、それを無視して作られた。彼は役場を破壊するために爆弾を投げたのだが、爆弾の威力は彼の頭と胴がバラバラになる程強かったという」

ダセ又はタシはウォンタク郷ギュルダ村に生まれた。父の名はドワ、母の名はペマ・ワンモ。彼は17歳の時レクパ村のヤンキという女性と結婚し娘が2人いる。11歳の長女の名はケルサン、次女は5歳。

------------------------------------------------

ということで、昨日のブログは削除させて頂いた。
特にこの爆発により、他に負傷者が出たと言う報告はない。早朝ということで役場には誰も人はいなかったと思われる。

追記:VOT中国語版によれば、彼が爆弾を投げ込んだのは共産党委員会議庁舎という。また、24日この事件の後、チュンガという彼の友人が逮捕された。その他この地域では最近政府関係の建物が壊されたり、放火されるという事件が続いていた。

チベットの正月ロサには近くにあるツァツァ僧院内に「チベットには自由がない、チベット人には焼身の選択しかない、ダライ・ラマ法王のチベットご帰還とこれまでに焼身したチベット人への連帯を示すためチベット暦新年に我々は焼身をはかる」と書かれたチラシが貼り出され、当局は大勢の軍隊警察を派遣してこの寺を全面的な軍の監視下においていたという。


rftibet at 23:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月26日

リタンの有名な噺家アタルが連行され行方不明

「2週間程前の夜、突然、頭に黒い布を巻いた大勢の中国の警官が彼の店に現れた」とチベット亡命議会議員のアンドゥック・ツェテンは現地からの報告を伝える。

「彼らは店の中を捜査した後、彼を連行した」

「アタルの親戚がリタン県の警察署に行き、彼のことを尋ねたが、『アタルを連行して行ったのは重大な政治的犯罪者を取り締まる上層の特別警察だ。俺たちは何も知らない』と言われ、行方を知る事はできなかった」という。

アタル(ཨ་ཐར་33)はカンゼ州リタン県では有名な噺家(ཁ་ཤག་སྒྱུ་རྩལ་བ་漫才師/風刺作家)であった。彼はチベットの現状を知らせるためのビデオを準備していたという。去年11月彼を尋ねた在アメリカの友人に対し、彼は「もしも自分が当局に拘束された時には、このビデオを公表してほしい」と言ってビデオを一つ預けていた。

参照:24日付けRFA英語版http://p.tl/_k_A

そのビデオがRFAにより公表された。以下がそのビデオ。




彼のカム訛りのチベット語をソナム(@Kakusimpo)さんが全て書き出して下さった。そのチベット語原文は>http://kakusimpo.tumblr.com/post/18235231240

ソナムさんはさらにこれを日本語に訳して下さった。
(ソナムさんの原訳に私が少し手を加えたところもあるので、文責は@tonbaniということで)

アタル<心からの言葉>

親愛なる皆さま、いま再び私は映像を通じて、国内外に住む大勢のチベットの同胞たちに、私の心からの話をしたいと思います。

私には生まれつき知恵もなければ、後天に学んだ知識もないので、皆さまに満足いただける話ができないかもしれません。理解不足や勘違いもあるかも知れませんが、お許しください。あなた方の大切な時間を少しいただき、私の話に耳をお貸しください。嘘偽りのない、白いミルクのような、心からの話をあなた方に捧げたいのです。

私たちは菩薩である素晴らしき父なる猿の先祖から慈悲と慈愛を、母なる羅刹女の先祖から利他の心を受け継ぎ、愛に育まれ、高地の世界で何千年もの歳月、喜怒哀楽を共に生きて来た「愛しき」チベット人なのです。それが今、どんなことになっているか……

私たちの空は、厚い黒い雲が広がって覆われてしまっています。その雲のせいで、碧い空も、太陽(ダライ・ラマ)の光も、月(パンチェン・ラマ)の輝きも、星々(その他のラマたち)が織りなす天の都もまったく見ることができません。太陽のない曇り、月のない暗闇、星の姿すら見えない黒い雲の下で、とても狭い場所で楽しみが消え、沈黙の日々を過ごすばかりなのです。

さらに悲しいことには、数え切れない金の馬が略奪され、銀の剣を持つ何千何百の戦士が殺され、血肉骨で結ばれている同胞たち何万人もが、生きる場所を失い、帰る日の見えない異郷での亡命生活を続けているのです。世界の人々は文明のなか進んでいるのに、私たちは挫折して、今のような現状になっている。

しかし、世界ははっきりと知っています。心と知恵のあるたくさんの人々が、私たちのために涙を流し、助けたり、支援しようと様々な方法で活動されているのです。

それにもかかわらず、私たちの社会には不善で無意味な行為や争いが少なくありません。例えば、競馬の賭け事、金銀宝石の装飾を競ったり、車やオートバイを買い争ったり、カードゲーム賭博、カムだアムドだウツァンだと地域を区別して争ったり、宗派と教義の争い、土地争い、水争い、道争い、冬虫夏草の奪い合い、男女差別、わけもなく無茶をする人、親族間の争い、良くない神を奉ったり、占いや迷信を信じることなどは、得は一つもなく自分たちの力を削ぐ悪病のようなものです。

今はもう、そのような自らの敵を利するだけの愚かな行為を捨て、(カム・アムド・ウツァン)三つの地域の人々皆それぞれが責任ある行動をとり、地域と宗派を超えて一致団結して、文化と技術で競いあい、正しい母語を話し、自らの固有の文化をまもり、環境を保護し、慈悲と友愛をもち、男女平等を獲得しなければなりません。そのために捨てるべきものもありでしょう。とにかく、私たちにとってもっとも重要なものは民主主義と自由と平等です。お腹いっぱい食べ、欲しい物が手に入り、貯金ができたくらいで満足しているのは恥ではありませんか。

私が訴えたいことは、もはや衣食の苦労がないだけで満足している場合ではありません。自らの宗教と文化、言葉と文字、伝統と風習などを、口先だけではなく実際の行動に移し、世界のほかの人々と同様に、自らの利益と権利を完全に行使できるときに初めて、人間の部類に入ることができると言えるのではないでしょうか。

ありがとうございました。


2月に入りすでに3人の作家や文化人が当局により拘束され、行方不明となっている。チベット人に対する言論弾圧の見本である。彼の話を読めば分る事だが、確かに彼は「空を覆う雲」とか「敵」という言葉を使い「中国」により押さえつけられているチベットの現状を語っている。しかし、話の趣旨はあくまでチベット人の団結であり、人権要求である。これだけのことを語るのにどれほどの勇気がいる事か。今、彼が拷問を受けていることは間違いない。

2008年以降すでに50人以上の作家、知識人、文化人が拘束されている。

ちなみにチベット人の人口を約600万人、日本人の人口を約1億2千万人とすれば、その差は20倍となる。50人というのは日本的には1000人ということになる。日本で1000人の作家、知識人が拘束、逮捕、懲役刑を受けたと想像すべきだ。これと同様、焼身抗議者を23人とすれば、日本的には460人だ!08年以降中国により殺された人は少なく見積もっても250人。これは5000人ということになる。59年以降中国の侵略の犠牲になったチベット人の数を120万人とすれば、これは日本的には2400万人ということだ。


rftibet at 17:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月24日

ロサにも本土で抗議デモ/ゴロのトゥルクたちの願い

チベットの正月、ロサ当日にも本土では抗議デモが行われた。今回はまず、亡命側に伝えられたロサの抗議デモを報告し、その後、RFAが制作したゴロのラマへのインタビューと映像を、最後に同じくゴロのラマであるシンザ・リンポチェがNYの国連前で無期限ハンストに入ったという話を紹介する。ソパ・リンポチェの焼身抗議の影響もあるのか、ゴロの人たちやラマがこのところ頑張っているという印象だ。

<ゴロ、ペマで抗議デモ>
RFAチベット語版
http://p.tl/WSqE
その他によれば、22日ロサ1日にアムド、ゴロ(青海省果洛チベット族自治州)ペマ県にあるチョナン・ツァムダ僧院に朝8時から夕方5時まで約300人のチベット人が集まりダライ・ラマ法王の長寿を祈り、焼身抗議者への連帯を示す祈りの儀式を行った。
同じくこの日、ペマの街中では数百人のチベット人僧侶と俗人が宗教の自由等の人権を求める抗議デモを行った。部隊が出動し、デモ参加者の内僧侶1人と俗人7人が拘束されたという。

<セルタでトゥルクが抗議デモを率先>
同じくRFAの英語版
http://p.tl/Khk9
その他によれば、22日ロサ1日にカム、カンゼ(四川省カンゼチベット族自治州)セルタ県ニチュ郷で朝6時頃、まずセラ僧院のトゥルク・テンギャムが他5人を引き連れニチュ郷の政府庁舎の前で抗議デモを始めた。これに合流する形で最終的には60人程がデモに参加し、チベットの国旗を掲げ、焼身抗議者の名前を記した横断幕をもって数時間抗議活動を続けた。

デモの最中には直接当局による拘束等は行われなかったようだと伝えられるが、その後電話等が切断され情報は伝わっていないという。

------------------------------------------------------------

<ゴロのトゥルクへのインタビュー>
下のビデオはRFAが制作したもの。ゴロを中心に活動するケサル王物語保存会を率いるトゥルク・ツルティム・ナムギェルに対するインタビューを中心に、2月8日(世界一斉行動日)にゴロで行われたラカル活動等の映像が紹介されている。




RFAの質問「ゴロではトゥルク・ソパが焼身抗議を行ったが、その後の状況はどうか?」
トゥルク・ツルティム「今、至る所に中国軍がいる。まだ、殺された者はいないが、彼らはその気だ」

RFA「チベット内部にいる人として、あなたはなぜ焼身する人がいると思うか?」
トゥルク「我々は仏教の僧侶であり、祈るのは当たり前だ。しかし、中国政府は祈る事も禁止する。これが焼身の原因の一つだ。中国政府はチベットの僧侶たちはチベットの軍隊だという。彼らはその事を出版物の中でも説く。だから中国人はチベットの僧侶を怖がっている。チベット人はこの言い方が好きではない。中国政府が軍隊という僧侶たちに対し、チベットの人たちは帰依し、信じ、師と仰ぎ、仏教の教えを聞き、祈るからだ」

RFA「焼身抗議により状況は改善されていると思うか?」
トゥルク「状況は良くならない。日々軍隊が増強されるばかりだ。焼身後悪くなっている。焼身を契機にチベットの状況について外国の国々が関心を持つならば、状況の改善も期待できるかも知れない」
「焼身を行った人たちは外国からの注目を得るために命を捧げたのだ。外にいる人々がこの焼身を広報しないなら彼らの犠牲は全くの無駄と言えよう。外にいるチベット人たちは中にいるチベット人たちが何をしているかを知っていることがとても大事だ。同時に、共に活動すべきだ。そうでなければ、内地の犠牲は無駄になる」

その他、トゥルクは外の人も中の人も宗派や出身地の違いを越え共闘すべきことを説く。また、首相ロプサン・センゲ氏の下に一団となり内外のチベット人や支援団体が力を合わせて闘うことを求める。

---------------------------------------------------

120223082529IX<NYの国連前で無期限ハンスト>
ニューヨークの国連前では3人のチベット人が、ロサ1日からチベットの現況改善のために国際機関が介入することを求め、無期限ハンストに入った。

その内の1人シンザ・リンポチェ(32)はゴロ、ラギャ僧院の僧院長であり、ゲルク派の祖師ジェ・ツォンカパの母親の生まれ変わり(トゥルク)でもある。
参照:23日付けPhayul:
http://p.tl/m5ue


---------------------------------------

<8日焼身抗議の元僧侶が死亡>
今、入った情報によれば、2月8日にンガバで焼身抗議を行った元僧侶リクジン・ドルジェ(19)が21日死亡したという。リクジン・ドルジェの焼身について詳しくは>
http://p.tl/t5fL

これで、確認された焼身死亡者合計は16人となった。


rftibet at 20:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

BBCがチベット正月の真の姿を伝える

BBCは昨日<Calls for Tibetans in China to boycott celebrations (中国内のチベット人は祝いをボイコット)>と題されたレポートと映像を放映した。世界中の多くの人々がこれを見たはずだ。
以下でこのニュースを見る事ができる:
http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-17134560

内容を日本語にしてみる。

まず、チベットの僧侶たちの正月の儀式を映し、レポーター:「これが中国が世界に見せたいチベットの正月の姿だ」とコメント。

次にアムド、ラプラン僧院が映し出され、広場で経を上げる僧侶たちをアップしながらレポーター:「しかし、北京から遠く離れた中国の西のこの僧院では、僧侶たちは静かだが断固とした決意で正月をボイコットし、中国の弾圧に対し抗議すると話す」

1人の僧侶を僧房に訪ねインタビュー
レポーター:「ダライ・ラマ法王の写真を持ちながら、この僧侶は当局の締め付けに対し恐怖感を抱き、名前を明かす事を望まない」

僧侶:「我々には自由がない。宗教の自由がない。言論の自由さえない。弾圧は厳しく、抗議デモを行えば、発砲される。何もできない」

セルタの「倒れたデモ抗議者を連れ去る保安部隊の写真」が写され、レポーター:「中国は抗議者に対し大規模な弾圧を行っている。そのような状況の中で去年(チベット的去年)20人以上のチベット人が焼身抗議を行った。キャンペーングループによれば数百人が拘束されているという」

(記者会見における)中国外交部スポークスマンの話「このような状況の下では地区当局はチベットの警備を強化せざるを得ない。これは分裂主義者の活動に対抗し、社会の安定を維持するために必要な処置だ」

レポーター:「しかし、中国政府はチベットで何が本当に起こっているのかを見せたくない。本来ならこの時期は祝福の時だ。しかし、今年は暗い日々が続く。正月に何が起こるのかと多くの人々は心配している」


rftibet at 18:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

<閲覧注意>TYC制作新ビデオ 未公開焼身映像を含む

_DSC6295TYCはこのビデオを発表した20日のヴィジルの際、巨大な中国国旗に火を付け燃やした。

最近TYC(チベット青年会議)が制作したビデオを紹介する。約15分の長さだが、最初にこれまでに本土で焼身抗議を行ったチベット人たちの写真とプロフィールが紹介され、次にンガバを中心とした抗議と弾圧の写真やビデオ、終わりの方では焼身やその後の様子がビデオで伝わった4人の壮絶な姿を伝える。

焼身抗議者ビデオの最初は去年3月16日に焼身した僧プンツォが焼身後車に運び込まれたところ。この後、彼は死亡した。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2011-03.html#20110323その他。

次は去年8月25日にタウで焼身、その場で死亡した僧ツェワン・ノルブが燃え盛った後、黒こげになって倒れている。なす術も無く人々がこれを囲む。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51693249.html 

次は去年10月3日、同じくタウの街中で焼身、その場で死亡した尼僧パルデン・チュツォ(チュサン・アカ・チュツォ)が燃え上がる映像。この内、大きな炎に包まれながら立ちつくす姿の部分は有名となった。その後に続く倒れた後の映像を私は初めて見た。アングルも違い、他の人が近くの建物の2階あたりから撮ったものと思われる。倒れた後も燃え盛るチュツォ。足や頭が微かに上下し、まだ意識があるかのようにも窺える。周りにチベット人や警官が見えるが最初の内はどうしていいのか分らない様子。その内チベット人たちが周りを囲い僧侶が黄色い布を掛けようとする。近づく警官たちを追い払おうと棒で彼らを制止しようとするチベット人も映っている。

僧院内で行われた葬儀の映像の中、彼女が最後まで持っていた、半ば燃えてしまったカルマパと法王が一緒に写った写真が映し出される。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51714359.html

次は去年10月25日にカンゼ僧院内で焼身抗議を行った僧ダワ・ツェリンが焼身後僧院内に匿われているところ。彼だけが、焼身後生きたまま当局に連れ去られず今も僧院内で治療を受けている。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51708691.html




rftibet at 16:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月22日

ダラムサラのロサ(チベット新年)

_DSC6714今日はチベット暦のお正月である。朝、ツクラカンで会った友人に「ロサ・タシデレ!(新年おめでとう)」と言うと、微笑みと共に「タシデレ・ヨマレ(おめでたくないよ)」と返って来た。20人以上も焼身抗議者がでれば、「おめでたくない」のは当たり前。

ダライ・ラマ法王は毎年恒例の新年早朝法要を行うために早朝7時、まだ薄暗いうちからツクラカンの屋上に登られた。政府、議会関係者が参加し、ナムギェル僧院僧侶たちと共に1時間半ほど、インドに亡命される前から恒例の法要を行われた。

_DSC6515朝方は曇り空で寒かった。山には雪。











_DSC6690以下、今朝の法王の写真を中心に何枚か紹介する。

























_DSC6636












_DSC6571












_DSC6660

























_DSC6823正月の大トルマの一部。可愛いガルーダ。











_DSC6835以下、密教音楽隊。












_DSC6843












_DSC6872












_DSC6884













_DSC6976屋上での儀式、法要が終った後、法王はツクラカン本堂に入られ、ゲスト謁見やゲシェ・ラランパの討論監督等を行われた。






















_DSC7064












_DSC7118












_DSC7119本堂から出られ、通路傍に控えていた最近来たばかりのチベット人たちに向かって微笑み掛け、挨拶される法王。









_DSC7132この僧侶はヒマラヤを越え最近ダラムサラに到着したばかり。本土では政治犯として投獄されていたこともある。法王を初めて目の当たりにし、涙ぐむ。








_DSC6951ツクラカン前に集まった人々。











_DSC7201この後、亡命チベット議会主催で夕方までのハンガーストライキが行われる。焼身抗議者たちの写真を前にチベットの国歌を歌う、議会議長、副議長、大臣等。

チベットでも、ラサやカムを中心に各地で今年のロサを祝はないという動きが広まっている。これに対し当局はロサを祝うよう強制している。ラサでは政府役人や一般チベット人に対し、ロサの踊りや歌の会を催すことを命令し、従わないものを罰すると脅している。最近拘束されていた、インド帰りの巡礼者の内、年寄りだけをロサの期間のみロサを祝わせるために家に帰した。ロサが終れば、また拘束される。ここでも映る西蔵テレビでは数日前から「共産党のお陰で、チベット人が如何に楽しそうに、ロサを送ることができているか」という番組ばかりを流している。

_DSC7204黙祷を捧げる尼僧たち。

カムのカンゼその他の地域ではロサを祝わせるために1家族当たり500元、1人当たり200元を与えるというのもある。もっとも、この奨励金を受け取る小心なカム人はほとんどいないと言われている。

Tibet Netによれば、シガツェ地区ナムリン県のホディン僧院には当局の工作チームが来て、ロサには僧院に中国国旗を掲げるよう要求したという。僧侶たちは「僧院は政治とは関係ない。持って来るなら仏教の旗をもってこい。そんな中国国旗など、決して掲げない」と答えた。すぐに僧侶5人がその場で逮捕され、強制的に中国国旗が掲げられたという。

_DSC7214今日のハンストにはほとんどの議員と大臣が参加していた。

夕方5時からはキャンドル・ライト・ヴィジルが行われる。

今日は日本はじめ世界各地でチベット人と支援者によるハンストが行われている。

rftibet at 19:37|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2012年02月21日

セルタで教師・生徒 拘束

Serta 11先月デモ参加者に対する当局の発砲により死傷者が出た、ダンゴやセルタは電話等が遮断されたままなので、あれからどうなったのかを知ることができる情報はほとんど入っていない。そんな中、最近セルタの状況を伝える報告が亡命側に伝えられた。

その報告者は、1月24日のデモの際、当局の発砲により死亡したのはダワ・ダクパと氏名不明のもう1人だと伝え、以前に伝えられた情報が確認された。その他、重傷を負ったのはセルタ、チュトゥのラマ(高僧)とヌップセルのペマを含む4人という。

<チベット語普及に努める教師拘束>

また、その日(24日)の夜9時頃、アガン・ツルティム(ཨ་སྒང་ཚུལ་ཁྲིམས་)という学校教師が連行されたという。次の日には彼の自宅が家宅捜査されパソコンや写真、書籍等が押収された。

彼はンガバの出身であるが、セルタで長年教師をしていた。2008年、教え子たちと共に「来るべき母語の会」という会を作り、夏休み等には生徒を連れて遊牧民を尋ね、「文盲をなくす運動」を行っていた。また経済的な理由で学校へ行けない子供たちを集めてチベット語を教える活動も行っていた。

彼が拘束された後、セルタの地方ラジオ放送は彼の拘束を伝え、「アガン・ツルティムはダライ・ラマや亡命側の組織と関係を持ち、普段から違法な政治活動を行っていた」と報じた。

最近、彼の友人が食べ物を差し入れようと拘置所に行ったが、警官は差し入れも面会も許可しなかった。後に彼はダルツェドに送られたと言われるが、現在消息は途絶えたままという。

<学校や生徒への監視が強化>

さらにその報告者が言うには、最近は僧院だけでなく学校に対しても、その教科書や教師や生徒の言動に対し、当局は監視を強化しているという。生徒がチベット人である場合、彼らが母語擁護、民族意識向上等に関する話をした事が知れると、公安に呼び出されることもあるという。

最近セルタの街中の喫茶店で5人の学校生徒がお茶をしていた時、突然警官が入って来て、彼らの携帯の中に入っている写真をチェック、さらに彼らの首にダライ・ラマ法王の写真が入ったペンダントがあるのを見つけ、全員警察署に連行された。

先月の騒動があった後、セルタの街には5000人程の保安部隊が常駐し、至る所で、検問が行われている。商店も全て夜7時には店を閉めるよう強制されているという。

参照:21日付Tibet Times :http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=5602

rftibet at 21:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月20日

続くチベットの知識人逮捕

ウーセルさんは2008年以来、すでに50人を越えるチベットの作家、芸術家、知識人等が中国当局により拘束・逮捕されているという。報道の自由の擁護を訴える主要な国際NGOであるCPJ(The Committee to Protect Journalists ジャーナリスト保護委員会)は最近中国で現在懲役刑をうけて刑務所にいるジャーナリスト27人の名前を列挙したが、その内の10人はチベット人であった(詳しくは>http://www.tchrd.org/press/2011/pr20120213b.html)。

チベットの緊張が日増しに高まる中、最近再び2人の作家が拘束されたという報告が入っている。


002<セルタで教師・作家ガンケ・ドゥパ・キャップ拘束>

2月15日の夜中11時頃、セルタ県にあるガンケ・ドゥパ・キャップ(གངས་སྐྱེས་སྒྲུབ་པ་སྐྱབས་33)の家に20人程の公安と秘密警察が押しかけ、彼を連れ去った。妻のワンチュック・ラマは、家に押し入り、家の中をむちゃくちゃにしながら捜査する警官たちに対し、「逮捕令状と家宅捜査令状はあるのか?あるなら見せてほしい」と要求した。警官たちはこれに対し、ただ「彼に話が聞きたいだけだ」と答えるだけで、なんの令状も示さなかったという。

ドゥパ・キャップはカンゼ師範学校を卒業した後、カンゼやセルタで教師をしながら、傍ら盛んに分筆活動を行い、著書も多数出版した。筆名はガンメタク(གངས་མེ་སྟག་)、チベットでは有名な作家という。主な著書は「今日の涙(དེ་རིང་གི་མིག་ཆུ། 今日伤泪)」「運命の呼びかけ(命运的呼唤)」「時代の苦しみ(世纪悲伤)」「歳月変色(岁月变色)」等。

彼には8歳になる娘と5歳の息子がいる。連行された後、今どこにいるのかは不明である。

参照:18日付けRFA英語版:http://p.tl/V0tp
18日付けTibet Netチベット語版:
http://tibet.net/tibetan/2012/02/18/རྒྱ་གཞུང་གིས་བོད་ཀྱི་ར/
19日付けウーセル・ブログ:http://woeser.middle-way.net/
19日付け AP:http://p.tl/yM5R


dawa-dorjee-305<ナクチュ地区ディル県の作家ダワ・ドルジェ、ラサ空港で拘束>

ダワ・ドルジェ(ཟླ་བ་རྡོ་རྗེ་23)は成都でチベットの作家、文化人、歌手等を集めチベット文化に関する講演会とコンサートを開催した後、故郷に帰る途中2月3日、ラサ空港で拘束され、その後消息が途絶えた。

ダワ・ドルジェは西蔵大学に在学中に故郷ディル(འབྲི་རུ་རྫོང་)の知識人たちと共著で「道(伝統ལམ་བུ)」という著書を出版した。この本は人気となり現在第5版が出ていると言う。この本の中で彼は民主主義、人権、トゥルク(転生ラマ)のあり方、(チベットの)習慣などについて論じている。

卒業後、ナクチュ地区の政府法律関係研究者となったが、中国人責任者の仕事のやり方、チベット人への差別意識、賄賂横行、法律に従わないやり方等に我慢できず、去年5月仕事を辞めたという。

去年3月には地震被災地であるジェクンドを支援するために20万元以上の義援金を集めジェクンドの子供たちを助けるプロジェクトを始めたが、当局の妨害を受け続けていたという。

参照:18日付けTibet Times: http://p.tl/iMo3
18日付けRFA英語版:http://p.tl/V0tp


rftibet at 20:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

早急な葬儀を強要されナンドルは夜中火葬/焼身抗議者発生地地図と簡単まとめ

177ザムタン・チョナン僧院、僧侶2500人を抱えるチョナン派総本山(写真:ザムタン・チョナン僧院ホームページより)


中国当局の強要と脅しにより、昨日ザムタンで焼身抗議を行い死亡したナンドル(18)の遺体は夜中過ぎに大勢のチベット人僧俗が見守るなか火葬された。

昨日正午(午後2時との報もある)頃、ンガバ、ザムタン県バルマ郷のザムタン・チョナン僧院(サムドゥップ・ノルブ・リン)の傍で焼身し、その場で死亡したナンドルの遺体は、僧院内に安置され、付近の僧院からラマたちも集まり法要が行われていた。しかし、当局はその日の内にできるだけ早く遺体を処分するよう命令し、命令に従わない場合は遺体を持ち去るために僧院内に突入すると脅した。

チベットの慣習に従えば、遺体は数日間の法要を経て鳥葬又は荼毘その他が行われる。しかし、僧院は部隊に囲まれており、僧院側も命令に従うしかないと判断し、遺体は夜中過ぎに僧院裏の丘で火葬に付された。

現地と連絡を取る事ができた在印チョナン福祉会のツァンヤン・ギャンツォによれば、ナンドルは遺書を残しており、その中で「私は雪山チベットのために命を投げ出すのであるから、家族や友人たちは私の来世を心配したり、死を悲しまないでほしい」と書かれていたという。

葬儀にはザムタン・チョナン僧院の僧侶のみならず、付近の僧院、尼僧院からも1000人以上の僧尼が集まり、俗人も大勢集まった。これに対し、当局は部隊を派遣し、葬儀場の周辺を取り囲んでいるという。

参照:Tibet Times:http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=5594

---------------------------------------------------------------------------------------

Map_TsampaRevolution_20120219_EN図は<ツァンパ・レボルーションより。09年は含まれない)

以下、これまでの焼身抗議者について簡単にまとめる。

氏名等は「チベット式」http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2012/02/20092-40c0.html を参照して頂きたい。もっと詳しくは過去ブログへ。

2009年2月27日の僧タペーの焼身以来これまでに焼身抗議を行ったチベット人の数は23人。この内死亡が確認された者は15人。
ただし、これは2月3日セルタの3人(内1人死亡)を未確認として入れない数字だ。この3人を入れれば26人、死亡16人という事になる。以下はこの3人を入れない場合の数字。(ただの数字ではないが...)

2009年、1人:ンガバ州ンガバで1人。

2011年、計12人:ンガバ州ンガバで8人、カンゼ州タウで2人、カンゼ州カンゼで1人、自治州チャムド地区カルマで1人。

2012年、計10人:ンガバ州ンガバで6人、ゴロ州ダルラで1人、ジェクンド(玉樹)州ティドゥで1人、ツォヌップ州テムチェンで1人、ンガバ州ザムタンで1人。

アムドで18人、カムで5人。

男性20人、女性3人。最年長40才代前半、最年少17歳。

高僧(リンポチェ)1人、その他僧侶10人、尼僧3人、俗人9人。

死亡確認15人、7人当局に連れ去られ生死不明、1人僧院内治療中。



rftibet at 15:38|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2012年02月19日

<速報>再び今日、18歳の青年がザムタンで焼身抗議、その場で死亡

http_imgloadcajlrbh0写真は今、遺体が安置されているというチョナン派の総本山ザムタン・チョナン僧院

今日(19日)、現地時間正午頃、アムド、ンガバ州(四川省アバ・チベット族チャン族自治州)ザムタン(壤塘)県バルマ(中壌塘)郷(འཛམ་ཐང་བར་མ་)にあるザムタン・チョナン僧院(འཛམ་ཐང་ཇོ་ནང་དགོན་པ་)の傍でナンドル(སྣང་གྲོལ་)18歳が、中国当局のチベット弾圧に対する焼身抗議を行い、その場で死亡。

ナンドルはバルマ・ユルツォ郷チュゼツォワ村出身、父チェンシック、母ニンモの息子(བར་མ་ཡུལ་ཚོ་ཆོས་རྗེ་ཚོ་བའི་སྡེ་མི་ཕ་སྤྱན་གཟིགས་དང་མ་སྙིང་མོ་གཉིས་ཀྱི་བུ་)。

焼身後警官が駆けつけ彼の遺体を持ち去ろうとしたが、同時にザムタン・チョナン僧院僧侶も大勢駆けつけ遺体を取り返した。現在遺体はザムタン僧院に安置され、ポアの儀式と追悼会が行われているという。

-----------------------------------------------------------------------

参照:Tibet Times http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=5593

確認されている本土の焼身抗議者はこれで23人。内死亡15人。

ザムタン県バルマ郷では1月26日に抗議デモに当局が発砲したことによりウゲン(20)が死亡している。>詳しくはブログhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-01.html#20120128 等。

ザムタン県バルマ郷(四川省 アバ・チベット族チャン族自治州 壌塘県 中壌塘郷)の位置は>http://p.tl/Fe50

追記:この情報を伝えた在インドのツァンヤン・ギャンツォによればナドルは遺書を残しているという。内容はまだ伝わっていない。

rftibet at 18:51|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2012年02月18日

続・本土巡礼者たちを待ち構える受難

_DSC2093昨日、日本でも朝日やNHKが最近インドのブッダガヤで行われたカーラチャクラ法要に参加した人たちが、本土チベットに帰った後、拘束されているというニュースを流した。これはHRW(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)がこの件を特に取り上げ中国当局を非難したからだ。


ロイター>朝日:「中国当局がチベット族数百人を拘束、過去30年で最大規模」 http://p.tl/340K
NHK:「チベット族の数百人が拘束」 http://p.tl/8AqE

まず、2つの記事の中で気になった点を指摘し、その後にRFA等が報じるこれに関連したもっと詳しい状況を報告する。

ロイター>朝日のニュースについてだが、これはHRWの言い方にも問題があって、
(1)表題にもなっている「過去30年で最大規模」については、正確には「単なる巡礼者を拘束するのは『過去30年間で最大規模』」とすべきところだ。なぜならば、2008年には5000人以上が拘束されているからだ。また、数百人というなら、去年ンガバでもあったし、今年カンゼ州でも起こっている。このような一時的拘束者以外でもTCHRDによれば現在の政治犯の数は800人以上だ。

(2)HRWはブッダガヤの法要に「約7000人のチベット続が参加することを許可」というが、正確には運営委員会の発表では「約9000人」。ま、これは大した事ではない。

(3)朝日は「東部のチベット族居住地域で起きた暴動が、チベット自治区の区都ラサにも拡大するのではないかとの不安を背景として変化した」とHRWの文章を引用翻訳している。
この原文は"However, that changed against a backdrop of unrest in the eastern Tibetan areas and apparent fears it might spread to Lhasa,">http://p.tl/_Ph0。細かいようだが、「unrest」を「暴動」と訳すのは如何なものか?と思わずにはいられない。「不安定」「動揺」「緊張」ぐらいが原意を汲んだ日本語と思う。

(4)最後に「昨年3月以来、少なくとも15人が死亡したとみられる。」とある。確かに昨日17日にアムドで焼身した僧ダムチュ・サンポの死亡を入れて17日夜時点で判明した、死亡者は計15人になる。が、この記事が発表された時点ではダムチュの死亡は伝えられていないはず。ちょっとおかしい?

なお、私は「2月3日、セルタで3人焼身1人死亡の件」は未確認とする。これが確認されるまでは、焼身抗議者の内、死亡が確認されているのは今日時点で14人、焼身抗議者は昨日のダムチュで2009年以来22人目とする。

ついでに、一言付け加えれば、「チベット族」より「チベット人」の方が良かったが。

-------------------------------------------------------------------

_DSC2417カーラチャクラ法要に参加した本土の人たちは、あれからどうなったのか?

先の2月2日付けのブログ>http://p.tl/iDQHにおいて、参加巡礼者たちが国境やラサまでの検問で酷い目に遭い、様々な品物を取り上げられているということ、100人程の巡礼帰郷者がラサから電車に乗せられ、どこかへ連れさられたということをお伝えした。

その後も彼らの受難について様々な情報が伝えられている。
10日付RFA英語版http://p.tl/mfmFと17日付Tibet Express チベット語版http://p.tl/W-EUを中心に以下これをまとめて報告する。

上に紹介したHRWの報告ではラサの状況について「数百人が拘束されている」と言ってる。RFAによれば10日の時点で700〜800人が拘束されているという。彼らは突然家に押し掛けて来た公安に連れ去られた後、拘置所に入れられるのではなく、いくつかのホテルに監禁され、家族との連絡を絶たれ、毎日様々な尋問と政治教育を受けさせられている。そして、そのホテル代と食費も払わされるという。中には病人や80歳代の老人もいるそうだ。この拘束は少なくとも3月中、長ければ5月初めまで続くと思われている。

ダラムサラの友人のお母さんも今回ブッダガヤで法要に参加した。「家族が待っているので帰りたくなくとも帰らない訳にはいかない。もう捕まるのを覚悟で帰る。年寄りを虐めて何が嬉しいかね。酷いもんだ」と言ってた。

ラサ以外のチベット自治区でも各地で今回の巡礼者が洗い出され、連行され拘束されている。地方では拘置所で拘留される場合が多いという。この場合、食料や寝具一切を家族が面倒みることになっているとのこと。

カムやアムド出身の人たちは今でもラサから列車でゴルムト方面に送られている。それでも、最近次第に故郷に帰れている人がいるという。だが、そのまま今も行方不明となっている人も多い。

ネパールから陸路で帰ると国境や途中の検問でほぼ必ず酷い目に遭い、拘束されると分り始めて、お金は掛かるが空路で帰った方が安全ではないかと成都や昆明経由でラサや西宁に入ろうとする巡礼者もいる。しかし、彼らも成都空港やラサ空港でごっそり拘束され連行されたというケースが多く報告されている。

また、今回の巡礼者の中には休暇をとって参加した政府職員も少なからずいた。彼らは今月の15日までに帰らない場合はクビにすると告げられた。

先にちゃんとパスポートを取り、巡礼ビザも取得してインドに来た人たちに対し、このような仕打ちを与えるというのが中国である。

全ての巡礼拘束者を足すならば2000人を越えていると私は思う。

なお、本土の中国人も1500人ほどカーラチャクラに参加していたが、彼らが拘束され政治教育を受けたという話はまだ聞かない。

一つには当局は今度のチベット正月や特に3月10日の蜂起記念日にラサで何か起こるのではないかと極度に警戒しているせいもあると思われる。ラサの人たちは、あまりに警戒が厳しく街中軍隊や武装警官隊だらけなので、買い物に出る事も怖くてできないと話している。


rftibet at 21:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月17日

<速報>再び今日焼身抗議 僧侶死亡 青海湖の西で

Tamchoe Sangpo web edit焼身死亡の僧ダムチュ・サンポ(写真free Tibetより)

以下、Tibet Times: http://p.tl/gDeN とTibet Express:http://p.tl/vseUに先ほど出た記事を合わせて報告する。

今日17日早朝6時頃、アムド(青海省)、テムチェン・ゾン(海西モンゴル族チベット族自治州天峻県)センゲ郷(མཚོ་སྔོན་ཞིང་ཆེན་ཐེམ་ཆེན་རྫོང་སེང་གེ་ཞང་)にあるボンタク僧院(བོང་སྟག་དགོན་པ་正式名称:エーバム・タレ・シェトック・タルゲリンཨེ་ཝྃ་ཏ་རེ་གླིང་)僧侶ダムチュ・サンポ(དམ་ཆོས་བཟང་པོ་)、38歳が僧院内で中国政府に対する焼身抗議を行い、その場で死亡したという。

僧ダムチュ・サンポはセンゲ郷第2地区アルギュル家、父ツェデ・タクラの息子(སེང་གེ་ཤང་རུ་ཁག་གཉིས་པའི་ཨར་རྒུར་ཚང་གི་ཕ་ཚེ་འདས་སྟག་ལྷའི་བུ་)。母は幼少時に亡くなっており名は不明。兄弟の内最年少。1994年から97年にかけ南インドのデブン・ゴマン僧院で学んだ事がある。彼は僧院の元戒律師であり、経学の先生でもあった。さらに中国側が設ける僧院管理委員会の役員でもあった。

このボンタク僧院は数年前から当局の厳しい監督下にあったという。事の始まりは、数年前に地域で銀鉱山開発が始まったことに対し、当僧院のケルサンという僧侶がこれに反対したとして逮捕され懲役刑を受けたことにあるという。それ以来、度々武装警官等が僧院に来て僧侶たちに嫌がらせを行い、「言う事を聞かなければ僧院を閉鎖するぞ」と脅していた。

そして、今年の中国の正月以来(この地区ではチベットの正月も重なっていた)、センゲ郷には警官が大勢配備され、特に、正月の後行われる恒例の祈祷際の時、焼身抗議者への追悼を表す法要等が行われないようにと、ボンタク僧院内には監視のための役人や武装警官が常住するようになっていた。これに対し、僧ダムチュは、出て行ってほしいと要請し、「もしも出て行かない場合は、これから先僧院で何が起ころうと、その責任は全てあなた方にある」と部隊に向かって明言していたという。

彼の焼身後、今、僧院には大勢の部隊が入り、僧房一つ一つに押し入り厳重な検査が行われており、周辺一帯に緊張が高まっているという。

-----------------------------------------------------------

追記:この事件に関する亡命議会の声明(チベット語)>http://p.tl/QnGY
phayul記事(英語):http://p.tl/T-25
free Tibet 記事(英語):http://p.tl/YrT0
RFA英語版:http://p.tl/8Xuk

rftibet at 22:48|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

あなた方の闘いは私たちの闘い:拘束中のベトナムの大僧正がチベット人にメッセージ

thich17日付けphayul: http://p.tl/Q_b1 より。

自宅監禁中のベトナムの大僧正が、ダライ・ラマ法王に送った力強いメッセージの中でチベット人たちの自由闘争に対する支持と連帯を表明した。

ベトナム当局により非合法化された「ベトナム統一仏教会」の代表であるティック・クアン・ド大僧正は2月11日付けの手紙の中で、現在行われているチベットの人権侵害と焼身抗議を「全人間性への挑戦」と呼ぶ。

「私は世界の指導者たちに対し、(中国当局の)暴力を終らせ、焼身抗議の件を調査するための独立調査団を送るために緊急行動を要請する」と、その民主化への努力と人権擁護活動によりいくつもの国際的賞を受賞した活動家僧侶は述べる。(彼はノーベル平和賞の候補にも上がったことがある)

僧正は特に、1月8日に焼身し死亡したチベットのラマ、ソパ・トゥルクの最後の言葉を引用する。焼身の直前にテープに録音されたメッセージの中でソパ・トゥルクは焼身の理由に付いて説明している。「暗闇を晴らし、全ての有情をその苦しみから解放するために、この身を供養として捧げるのだ」と。

ティック・クアン・ド大僧正はベトナムとチベットは仏教徒として焼身抗議に対し同じビジョンを持つとして、「焼身抗議は悲劇であり極端な行為である。できるだけ避けられるべき行為だ」
「しかし、自らの身を暗闇と無明を晴らす慈悲の灯火と化すという究極的行為が唯一の頼みの綱となる時期もあり得る」

thich-quang-duc歴史上もっとも知られる1963年サイゴンにおけるティック・クワン・ドック師の焼身抗議を思い出しながら、大僧正は「だから私は深い共感と理解、そして大きな痛みと悲しみを持って、チベット内地の焼身抗議と中国共産党政権の暴力拡大についての報告を受けたのだ」という。

「私はチベットの人たちの生き残るための勇気ある闘いを全面的に支持し、自由と命の権利に対する要求を共有する。あなた方の苦しみは私たちの苦しみだ。あなた方の闘いは私たちの闘いだ」とこれまで30年間様々な形で拘束され続けて来た大僧正は語る。

「ベトナムの仏教徒は、あなた方の宗教の自由と人権獲得のための非暴力活動の傍に寄り添う」「人権がなければ、人間は決して完全に自由に存在することができないからだ」

-------------------------------------------------

HTQuangDo10法王とチベット人に宛てられた手紙の全文(英語)を読みたい方は以下:


続きを読む

rftibet at 21:15|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2012年02月16日

ウーセル・ブログ「ラサ旧市街を修復した西洋人」 彼はなぜラサから追い出されたのか?

最近若くして亡くなった1人の建築家を偲ぶウーセルさんのコラム:その2
その1は>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-02.html#20120205
この文章は2007年に書かれていたが、アンドレさんの要望もあり、彼の死後まで発表は控えられていた。

原文:http://woeser.middle-way.net/2012/02/blog-post_01.html
翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん

-------------------------------------------------------------------------

163922_488122994794_535949794_5841145_795522_n◎ラサ旧市街を修復した西洋人

 チベット・ヘリテージ・ファンドがなぜ当局の怒りに触れたのか、誰も知らない。彼らは2002年にラサを追い出された。民間の非営利組織で略称はTHF。ドイツ人アンドレ・アレクサンダーとポルトガル人ピンピン・デ・アゼベードが1996年にラサで設立した。彼らは「歴史都市ラサの研究と保護」に活動の重点を置いていた。高僧や一般市民など、ラサ旧市街のチベット人は今でも彼らを懐かしがっている。「古い家をあれほど大切にしてくれた人には会ったことがない。私たちよりも熱心で、ずっと心を痛めていて、自分が恥ずかしくなるほどだった。でも政府はどうして彼らを追い出さなければいけなかったんだ?」

 一説によると、彼らの活動が際立って優れていたため、「人民に奉仕する」と称する当局が引け目を感じたからだという。THFのウェブサイトによると、1996年にラサ旧市街の修復計画をスタートさせて以来、「歴史ある民家12棟と僧院1座を完全に修復▽民家3棟をほぼ修復▽アパート18棟に応急処置を実施▽住民1000人以上の上下水道を改善▽2カ所に公衆トイレを設置▽路地を整備▽仏塔を1基再建、1基補修▽ラサ南部の古い僧院にあった15世紀の壁画を補強――するなどした。以上のプロジェクトの総投資額は80万ドル近くになり、チベット人300人以上に仕事と職業訓練のチャンスを提供した」。彼らは実質的にラサと周辺で計76の歴史的な伝統建築物を救った。

 また、一説によると、彼らは出版物とネット上でラサの古い住宅の実情を明らかにし、「チベット文化をとてもよく保護している」と宣伝する当局のメンツを潰し、怒りを買ったからだという。画集「ラサ・バルコルの歴史的建造物」が説明しているように、「1980年から都市建設の過程で、旧市街の古い建築物と区画は絶えず破壊を受けていた」。主に地元の画家が一枚一枚描いたバルコルの地図上で、古い建築物の欠けた姿やまだら状になった町並みが物語っていたのは、住宅だけでなく民族の生活スタイルまでもが消失しつつあるという事実だった。THFのサイトも「1993年から毎年平均して35棟の歴史的建築物が取り壊されている。もしこのまま続けば、残りの建築物は4年以内に消えてしまうだろう」と指摘している。

 別の説では、彼らはチベット人労働者とひたすら仕事に没頭するばかりで、ラサや全中国で流行している「不文律」に従わなかったからだという。都市建築の修復は間違いなく「うまみのある事業」であり、腐敗官僚は上から下までこの「うまみ」に注目している。だがTHFは一度も彼らに金を包んだことがなかった。それならば腐敗官僚は「うまみ」にありつけるよう、内地から来た下請け企業に工事を回す方が良かった。こうするには体裁の良い理由が必要だ。チベットで最も厳しい処罰は当然、政治と関わりがある。2002年のある日、国家専制機関は彼らをラサ発の飛行機に押しやった。

 私は長らくTHFの仕事に深い敬意を抱いていた。THFサイトの全ての文章と写真をダウンロードし、ラサ追放後の彼らの状況をあちこちに尋ねた。少し前に英語版の写真集「ラサの僧院」を見て、このNGOを尊敬する気持ちが増した。もしチベット文化に対する真の尊重と愛情がなければ、これほどの思いやりの精神と満ちあふれるエネルギーが持続することは絶対になかっただろう。彼らはチベットの伝統文化が中国化とグローバル化の衝撃を受け、保存するにも困難が伴っていることを目撃した。アンドレ・アレクサンダーが感傷的に語っている通りだ。「毎回訪ねるごとに古い住宅は明らかに減っていく。石一つ、レンガ一つ。路地1本、通り1本。犬までも姿を消している……」

(2007年12月執筆)

rftibet at 21:05|PermalinkComments(3)TrackBack(0)