2012年10月

2012年10月31日

警察署長がデモ参加者を十分逮捕しなかったとして免職 住民は彼を讃え、抗議方法へのアドバイスを聞く

tibet-police-chief-305元ペマ県警察署長ペル・トップ

ゴロ州ペマ県では今年1月中に何度も僧侶や一般人による平和的抗議デモが連続的に行われた。(詳しくは例えば>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51727379.html

これに対し地元の警察は6人を逮捕しただけだった。逮捕者が少な過ぎると判断した州当局は県の警察署長に対し、「3ヶ月以内にデモに参加した者をもっと多く逮捕しろ。そうしない場合はお前を解雇する」と言い渡した。これに対し県の警察署長であるチベット人のペル・トップ(དཔལ་སྟོབས་)は「解雇されようと、これ以上誰も逮捕しない」と答えた。そして、言葉通りそれ以降誰も逮捕しなかった彼は7月1日に解雇された。

この事情を聞きつけた地元のチベット人たちは、彼の家を尋ね、「よくやった」と彼を英雄扱いし、祝福の印にカタを捧げ、仕事を失いお金に困っているだろうと、お金を差し出す人も多かったという。また、1月に多くの僧侶がデモを行ったアキョン・チョナン僧院は彼を特別に招待し、ここでもカタとお金が差し出された。さらに、僧侶たちは「これからの抗議活動は如何に行うべきか?」と彼に質し、アドバイスを請うたという。(残念ながらアドバイスの内容は書かれていない)

8月1日には、近くの聖地に呼ばれ、チベット服を着た彼が焼香と共に、演説を行うということがあった。その時には彼の家からその場所まで300台の車が伴走したという。

RFAにはこの件に関するロバート・バーネット、コロンビア大学教授のコメントが紹介されている。「ペル・トップの今回の行動はチベットの警察組織の中で特異な現象と言えよう。チベットでは警官の昇進と報酬は、どれだけ反体制派を弾圧したかに依るからだ。少なからぬ(チベット族の)警官たちが、どうすべきかについて迷っている。他に方法はないのかと考えている。しかし、これは表立った議論には決してならない。システムがそうさせないからだ。恐れ、黙って従うしかないのだ」と。

参照:22日付けTibet Expresshttp://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19
26日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/hero-10262012094500.html?searchterm=tibet


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2012年10月30日

iPhoneを持ってるだけで、連行、逮捕の対象に

compare_hero世界中で今、爆発的に売れてるiphone、だがチベットではこれを持ってるだけで逮捕の原因となるという話。

Tibet Timesによれば、10月23日、チベット自治区ナクチュ地区ソク県で1人の僧侶がリンゴ印の携帯を持っていたとして連行、逮捕されたという。チベット語ではapple製品のことをཀུ་ཤུ་རྟགས་ཅན་(クシュ・タクチェン、リンゴ印)と呼ぶ。リンゴ印の携帯とはiphoneのことである。

僧侶の名はタシ・ノルブ(བཀྲ་ཤིས་ནོར་བུ་)、19歳。ソク県の隣のシン県にあるウーセル・ドゥプデ・オゲン・ダムチュ・リン(འོད་གསལ་སྒྲུབ་སྡེ་ཨོ་རྒྱན་དམ་ཆོས་གླིང་)というニンマ派の古刹僧院に所属していた。

この地方一帯(ソク県、シン県、ディル県)は08年以降、厳しい弾圧が続いていることで有名である。特に最近、共産党十八大会を控え、さらに厳しい警戒の下にあるという。至る所に検問所が設けられ、身体検査が行われ、特にリンゴ印の携帯を持っていることが見つかれば、連行され、wechat等を通じ外国と連絡を取った経歴がないかどうかをチェックされるという。

今回逮捕されたという、僧タシ・ノルブはiphoneを持っていただけで逮捕されたのか、外国と連絡を取ったことが判明し、逮捕されたのかは、記事中に書かれていないので分からない。

iphoneだけはチベット語がプレインストールされており、チベット語でメール等を書き、直ぐに外国に送る事ができる。もちろん写真や映像も送れる。中国には偽iphoneが沢山流通しているらしいが、偽物であろうと工夫すればチベット語が打てるようになるという。焼身の情報や写真など、最近亡命側に送られて来たものの多くはiphone経由だった可能性は高い。だから当局も警戒しているというわけだ。

25日に2人が焼身したディル県もこの近くである。厳しく弾圧される地区だからこそ焼身も起ったということであろう。

参照:30日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6829

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2012年10月29日

ウーセル・ブログ「行方不明のラマ、ゴロク・ジグメ」

ドゥンドゥップ・ワンチェン(刑期6年)がドキュメンタリー「ジクデル(恐怖を乗り越えて)」制作のために様々な人にインタビューすることを手伝った僧ゴロク・ジグメは、これまで何度も拘束され、拷問を受けている。そして、また9月20日に消息を絶ったまま、今も行方不明のままである。

ゴロク・ジグメと直接会ったこともあるウーセルさんは10月17日のブログで、彼の人柄や、失踪するまでの経緯を報告し、「迫害を受けている彼らの運命にどうか関心を持ってほしい」と訴える。

原文:http://woeser.middle-way.net/2012/10/blog-post_3969.html
翻訳:@yuntaitaiさん

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ラプラン・タシキルの僧侶ジグメ・ギャツォ。ゴロク・ジグメともいう。撮影場所は彼の僧坊。

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9月初めの夜、ゴロク・ジグメの僧坊はサンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)のある組織に取り壊された。

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ゴロク・ジグメの背後に見えるのは、彼が長年にわたって修行しているラプラン・タシキル。

◎行方不明のラマ、ゴロク・ジグメ

 「ゴロク・ジグメが捕まったかもしれない」。1週間前、チベット語のアムド方言を話す見知らぬ人が電話であたふたと伝えてきた。ちょうどその時、私は(ラサの)ラモチェ前を歩いていて、数人の特殊警察がチベット人の若者2人を取り囲み、身分証をチェックするのを見かけたところだった。「いつの話ですか?」と私は声を大きくして聞き返した。だが、近くの商店から流れてきた中国語ヒット曲の音量の方が大きかったため、何を言っているのかはっきり聞き取れないまま電話は切れてしまった。

 すぐさま私はゴロク・ジグメの携帯電話に連絡したが、聞こえてきたのは「電話はお止めしています」という音声案内だった。

  ゴロク・ジグメはゲルク派6大僧院ラプラン・タシキルの僧侶だ。フルネームはジグメ・ギャツォといい、今年で43歳になる。出身地は四川省カンゼ・チベット族自治州セルタ県。この地は伝統的に「ゴロク・セルタ」と呼ばれ、遊牧業を中心とするゴロク地方に属している。寺院内には同じ名前を持つ僧侶がとても多い。例えば、何度も逮捕され、刑罰を受けようとしている前寺院管理委員会副主任のラマ・ジグメだ。彼の法名もジグメ・ギャツォという。だから区別のためにそれぞれが違う呼び名を持っている。ゴロク・ジグメとは、ゴロク・セルタから来たジグメという意味の呼び名だ。

 ゴロク・ジグメは2008年と2009年の2度逮捕されている。農民出身のドゥンドゥップ・ワンチェンによるドキュメンタリー映画「恐怖を乗り越えて」の撮影を手伝ったことが主な理由だ。これは本土のチベット人が初めてチベットの真実と証言を記録したドキュメンタリー映画だ。取材を受けたチベット人にはゴロク・ジグメの父も含まれており、涙で声にならない様子でダライ・ラマ法王への思いを訴えていた。ドゥンドゥップ・ワンチェンはこの映画制作を理由として、国家政権転覆罪で懲役6年の判決を受けた。ゴロク・ジグメは残酷な刑罰をたっぷりと受けて病気を抱えるようになり、私が昨年初めに会った時には寒さで全身が痛み、歩けないほどだった。

 ゴロク・ジグメがまた牢獄につながれたとは信じたくなかった。彼は先月、何か困ったことはないかと電話で私に聞いてきたばかりだった。実際、彼はいつもそんな調子だ。友人の安否を気遣っても、自分のぶつかっている困難には全く触れない。性格は明るく、声は朗らかで、丸い顔にいつも笑みを浮かべていた。ゴロク・ジグメに会ったことはあっても深く理解していない人にすれば、責任感あふれる彼がかつて残酷な刑罰で九死に一生を得ていたとはまるで想像できない。ちょうどその時期、彼の父は心労のため病気になり、彼が釈放されてまもなく亡くなった。

 2日前、ゴロク・ジグメに関する情報が私たちの共通の知人から寄せられた。計り知れない危険に満ちており、憂慮に堪えない話だった。

 この情報によれば、9月初めの夜、ラプラン・タシキルの地元サンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)のある組織が突然ショベルカーを出し、ゴロク・ジグメの僧坊を取り壊した。彼らは所属先を全く明かさず、取り壊しは政府の都市建設と関係があるのだと話すだけだった。ゴロク・ジグメの僧坊はとても小さかったし、ラプラン・タシキル全体でほかに壊された僧坊は無かった。彼はショベルカーが迫り来る時に必要な物をあわただしく運び出し、仲間の僧侶の部屋に居候するしかなかった。

 ゴロク・ジグメは幼年時代にこの著名なラプラン・タシキルに来ており、古参の僧侶と言ってよい。僧坊が壊された時、彼は一時的に別の僧坊を借りようと寺院管理委員会に頼んだが、きっぱりと拒否された。彼は9月20日、蘭州(甘粛省の省都)のチベット人家庭に請われてお経を唱えに行き、翌日ツウ(甘南州合作市)で用事を済ませて一晩滞在した。22日、ラプラン・タシキルに戻る途中で行方不明になり、今も消息が途絶えている。

 「ゴロク・ジグメは公安に連れ去られたんじゃないかって話だ。今回捕まった理由は分からないけど、18大(中国共産党第18回全国代表大会)と関係があるかもしれない。たぶん僧坊取り壊しはセットになった動きだし、安否がとても気になる」。情報を伝えてくれた友人はそう話した。

 私は以前、「高僧が残虐な刑を受けたり、失踪させられたりした事件」というブログ記事(http://woeser.middle-way.net/2012/01/blog-post_25.html)で次のように書いた。「彼らは皆、私たちの文化では仏法僧の三宝の一つ、『僧宝』として尊ばれている。私たちにとって、全ての僧侶は深紅の大切な宝物だ。それにもかかわらず、今日では誰もがおとしめられ、憎まれ、肉体的に消されることまである。私たちのリンポチェやゲシェ、ケンポ、ラマ、そのほかの全ての僧侶をこのように扱っているのは、もちろん誰か一人ではないし、一握りのグループでもない。それは一国の政府だ。迫害を受けている彼らの運命にどうか関心を持ってほしい。彼らとほかのチベット人僧侶たちの苦しみは決して偶然のものではないし、決してごく一部のものでもないのだ」

2012年10月11日、ラサにて    (RFA特約評論)



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2012年10月27日

25日、ディル県で2人焼身、1人死亡 2日間に4人

2IMG_3295追加写真、ディルで焼身した2人の内の1人テンジンの生前の写真(8年前のもの。彼が一時所属していたスジャスクールから独自入手)

昨夜書いたブログでVOAが伝えた情報を元に「1日に4人焼身」と書いたが、今日になり、ディル県の焼身は26日ではなく25日に起ったものと判明した。訂正、謝罪し「2日間に4人」と言い直す。

今日付けTIbet Times 等によれば、25日現地時間午後4時頃、カム、ディル・ゾン(チベット自治区那曲地区比如県)ぺカル郷ナクロ・タンパ村(བན་སྒར་ཤང་ནག་རོག་ཐམ་པ་གྲོང་唐巴村)で2人のチベット人若者が抗議の焼身を行い、内1人が死亡した。

焼身したチベット人はツェポ(ཚེ་སྤོ་)20歳とテンジン(བསྟན་འཛིན་)25歳。2人は従兄弟同士であり、一緒に焼身した。場所はナクロ・タンパ村第2地区にある学校付近(Free Tibet によれば、政府庁舎の前)。2人は焼身しながら「チベットに独立を!ダライ・ラマ法王をチベットに!チベット人は全員兄弟のように団結してほしい!」と叫んだという。ツェポは病院に運ばれる途中、死亡。テンジンは部隊に連れ去られ生死不明と。

2人は地元ナクロ・タンパの出身。ツェポは父ブチュン、母ガガの息子。テンジンは父ニマ、母ルクゲの息子。テンジンは2008年にインドに亡命し、ダラムサラのソガ・スクールで1ヶ月間だけ学んだことがある。

ディルは2008年以降、抗議デモが続き、常に厳重な統制下にあった。これまでに多くの者が逮捕され、刑期を受けている。特にディル出身の作家グドゥップが10月4日にナクチュ(那曲)で焼身した後には弾圧はさらに激しくなり、このナクロにも大勢の部隊が派遣され、携帯電話が取り上げられたり、拘束される者が出ていた。
例えば>「ディルでチベット語・文化を擁護した若者中心に1000人以上拘束される」http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51758862.html

焼身後、情報網が遮断され、情報が非常に入りにくくなっているという。

チベット自治区内の焼身抗議者はこれで7人となった。内地焼身抗議者64人、内死亡確認53人。

10月20日から26日までの1週間の焼身抗議者は7人。20日にサンチュでラモ・キャプ(28)、22日にサンチュでドゥンドゥップ(61)、23日にサンチュでドルジェ・リンチェン(57)、25日にディルでツェポ(20)とテンジン(24)、26日にサンチュでラモ・ツェテン(24)とツェパック・キャプ(21)。

参照:27日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6820
27日付けTibet Expressチベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/9510-sss
27日付けFree Tibet英語版http://freetibet.org/news-media/pr/tibetan-cousins-call-independence-they-set-fire-themselves-6th-and-7th-self#.UIvx0kJFky6


2009年以降、焼身したチベット人67人(内地64人、外地3人)のリスト:10月28日更新分
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51757842.html


d6f097ed追記:テンジンの写真は29日に、私が世話しているスジャスクールの子が送って来たもの。学校の記録から探したとのこと。その子はこの焼身した2人と同郷、村まで一緒である。

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<速報>今日再びサンチュで1人焼身! 1週間に7人!

579207_377662958燃え尽きるトゥプワン・キャプ

インド時間26日の午後9時半頃、VOAのツェリン・キさんが「今日さらにサンチュで1人、カムで2人が焼身抗議した」とツイッターに書かれた。「まさか!誤報であってほしい」と固唾を飲んで続報を待った。

そして、午後10時すぐにVOAが「カム、ディル(チベット自治区ナクチュ地区ディル県)のパンカル僧院の近くで2人が焼身した」と伝えた。TCHRDはその内の1人が死亡したというが、詳細はまだ分かっていない。<(追記)27日になり、焼身があったのは25日の間違いだったと判明。

また、Tibet Timesが現地時間午後8時頃、サンチュ県サンコク(桑科)郷の旧クンヘバス停(བསང་ཁོག་ཞང་ཀུང་ཧྲེ་རྙིང་པའི་རླངས་འཁོར་འབབ་ཚིགས་)でトゥプワン・キャプ(ཐུབ་དབང་སྐྱབས་)という23歳の若者が焼身し、その場で死亡したと伝えた。彼の遺体は家族の下に運ばれた。彼にはドルジェ・ドルマ(18)という奥さんがいた。2人は1年前に結婚したばかりだったという。

A6bJXj5CUAEacUc生前のトゥプワン・キャプ(10月30日追加)

トゥプワン・キャプはサンコク郷ルミン村ルモ・キャプの息子であるが、後にセルティ村ゴンポ・キャプ家の養子となっていた。

これで、内地焼身者の数は64人となった。

詳細が分かり次第、追って追記する。

追記:トゥプワン・キャプは焼身しながら「ダライ・ラマ法王をチベットに!」と叫ぶとともに、「パンチェン・ラマを含む政治犯を解放せよ!」と叫んだという。夜遅くであり、その時、辺りには警官がおらず、しばらくして警官が駆けつけたが、チベット人たちが回りを囲み、警官が中に入るのを防いだという。その後、遺体は家族の下に届けられ、祈りが続けられていると。<RFA英語版

参照:26日付Tibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6816

26日付VOAチベット語版http://www.voatibetan.com/content/second-self-immolation-protion-protest-in-labrang-today/1534151.html

26日付RFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/amdolaytsen/amdo-stringer/tsewang-kyap-from-amdo-labdrang-committed-self-immolation-for-tibetan-cuase-10262012132945.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter 

重要追記:10月30日付けTibet Timesチベット語版は、実の兄弟の話から、焼身者の名前をそれまでに発表されていたツェパック・キャプではなくトゥプワン・キャプであると報じた。年齢も21歳ではなく23歳と。これに従い、このブログにおいても氏名、年齢を変更した。
参照:http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6830

59826314サンチュ県サンコク(桑科)郷(グーグルアースより)

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2012年10月26日

<速報>今日、再び焼身 サンチュ県で1週間に4人目 内地61人目 死亡51人目

B2A5F795-8892-47FE-8001-3752A0C672A3_w640_r1_s_cx20_cy7_cw34生前のラモ・ツェテン氏。

現地時間午後2時半頃、アムド、サンチュ(མདོ་སྨད་བསང་ཆུ་རྫོང་甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)アチョク郷(ཨ་མཆོག་阿木去乎郷)でチベット人の若者が中国政府に抗議する焼身を行い、その場で死亡した。

若者の名前はラモ・ツェテン(ལྷ་མོ་ཚེ་བརྟན་)、年齢24歳。焼身の場所は軍駐屯地と裁判所が並ぶ道の上。直ぐに大勢の軍人が現場に出動したが、回りにいたチベット人が遺体を確保し、家族の下に届けたという。

ラモ・ツェテンはアチョク郷ケ村の出身。父の名はツェリン(49)、母の名はズンドゥ・キ(50)。妻の名はツェリン・ラモ、2歳になるニンモ・キという女の子がいたという。

B2A5F795-8892-47FE-8001-3752A0C672A3_mw800_s奥さんのツェリン・ラモさんと共に。

このアチョク郷は22日、23日と焼身が続いたサンチュの近くではなく、ツゥ(ツォエ合作)に近い。10月20日にラモ・キャップが焼身したボラ郷の隣である。彼が焼身した後、この辺りは警戒が厳重になっていた。

また、このアチョク郷では今年1月、1人のチベット人が警官に撃たれ死亡するという事件が起っている。事件の後、大勢のチベット人が派出所に押し掛け、抗議のデモを行った。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51724075.html

その他、写真や詳細が伝わり次第追記する。

追記:VOAによれば、ラモ・ツェテンは焼身しながら「チベットに自由を!ダライ・ラマ法王をチベットに!」と叫んだという。遺体は街から15〜20キロ離れた自宅に運ばれ、現在アチョク僧院の僧侶たちが自宅に駆けつけ追悼法要を行っているという。

また、アチョク郷には近くのボラ郷に待機していた大勢の部隊が押し掛け、厳重な警戒下におかれていると。

追記:RFAによれば、ラモ・ツェテンは倒れた後にも、両手を合わせスローガンを叫び続けたという。

参照:26日付けTibet Express チベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-35-27/9504-2012-10-26-09-07-07
26日付けTibet Net英語版http://tibet.net/2012/10/26/5th-tibetan-self-immolates-in-sangchu-county-amdo/?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
26日付けVOT中国語版http://www.vot.org/?p=17770

26日付けVOA英語版http://www.voatibetanenglish.com/content/article/1533881.html

252320_391446084266340_230635377_n燃えるラモ・ツェテン








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2012年10月25日

ビデオ「チベットから国連への嘆願」

Tibet Justice Chanelというチベット支援団体が10月15日にアムド、ラプランから送られて来たというビデオを発表した。この1分間ほどの短いビデオは「チベットから国連への嘆願」と題されている。

映像のほとんどは、8月7日にツゥ(ツォエ 合作)のツゥ僧院仏塔前でドルカル・ツォが焼身したというニュースを聞き、サンチュ(夏河)にあるラプラン僧院の僧侶がツゥに向かった時のものである。この時、当局は僧侶たちがツゥに向かうのを阻止した。仕方なくラプランの僧侶たちは路上に座り込み祈りを上げたのである。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51756880.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-08.html?p=2#20120808
また、布が掛けられた遺体の前で僧侶たちが祈っているシーンがあるが、これは10月13日に同じくツゥ僧院仏塔前でタムディン・ドルジェが焼身したときのものである。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-10.html#20121013

このビデオが作られた後にも、ツゥで1人、サンチュ自体でも2人と相次いで焼身抗議が行われ、全員死亡している。この悲痛な訴えが国連に届くことを願う。



以下、日本語訳:
煙が昇る 世界の頂の空に煙が昇る
泣き叫ぶ声と共に昇る

ああ 国連よ よく見てほしい
煙は 薪や乾燥した糞から昇るのではなく 火山の噴火でもない

見よ それは尊い人の命が自ら燃え上がったもの
見よ 耳傾けよ 調査せよ 国連よ


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2012年10月24日

TCV第52回創立記念祭 チベットBefore・After

_DSC4558ダラムサラでは昨日、10月23日から3日間、TCV(チベット子供村、チベット難民学校)創立記念祭が行われている。

今年で創立52年目。TCVは1960年に51人の子供を預かる保育園として始まった。最初はダライ・ラマ法王のお姉様であるツェリン・ドルマ女史が責任者であったが、彼女が間もなく亡くなられて後は法王の妹であるジェツン・ペマ女史が長い間、責任者であり、その間に大きく発展した。今では学生と職員を含め16000人以上の組織である。長年主にチベットから新しく亡命して来た子供たちの面倒をみていたが、2008年以降、亡命できる子供の数が激減し、最近はその代わりにヒマラヤ南麓地区の子供たちを多く受け入れている。

写真奥のバナーの真ん中には焼身するチベット人の姿が描かれている。今年のイベントはとにかく焼身一色であった。

_DSC4601昨日のイベントの目玉は子供たちが演じる「チベットBefore・After」であった。校庭の真ん中に人垣によりチベットが描かれ、中国に侵略される前と後の様子が演技によって表現された。この劇については、後で詳しく紹介する。





_DSC4319要人を迎えるのには必須のアチャラモ隊。今回のメインゲストであるギャワ・カルマパの到着を待つ。









_DSC4357朝9時、ギャワ・カルマパがTCV校庭に到着。この創立記念日にはダライ・ラマ法王がお出でになることも多いが、今回法王はアメリカ訪問からまだ帰られていないということで、代わりにカルマパが出席。カルマパは若者代表であり、このような式典にはお似合いというわけだ。



_DSC4390まず鼓笛隊に先導され、各学校の選手団が入場。3日間の内、2日間は各学校の代表選手による運動会なのだ。









_DSC4428全員起立し、焼身抗議者をはじめ、これまでチベットの自由獲得のために犠牲となった人々に1分間の黙祷。その後、チベット国歌等が斉唱された後、最近日本をも巡った「真実のトーチ」が校庭を一周した。





_DSC4470ギャワ・カルマパ。

その後、なが〜い演説が始まる、まずTCVダイレクターのツェワン・イシェ氏がTCVの歴史、概要、会計報告等を行う。ちなみに去年のTCVの出費は512,125,902.49インドルピーだそうである。
約8億円である。16000人を8億円で食わし、教育を与えているのであるからこれは非常に効率のいい話である。歳入の内20%がチベット人社会から、その他80%が外国人の里親制度や寄付によるものという。

_DSC4499次の演説は内閣を代表し宗教大臣が、次に議会を代表し議会議長が、そして最後にカルマパ。とにかくみんな演説が長い、会場が大きくスピーカーの調子もよくないということで、ほとんど聞き取れなかった。というか、みんなあんまり聞いてない。

今回の内容の特徴は、とにかく、内地チベット人との連帯。カルマパも「内地のチベット人はチベット文化や宗教を守ろうと命を掛けている。外の自由な国で教育の機会を得ている我々はひと時の時間も惜しみ勉強に励まねばならぬ。これが亡命した目的と初心であったはずだ、忘れてはならぬ」と訓示。

_DSC4536演説が終わり、TCVダムニェン隊の演奏。











_DSC4586次に今日のメインである。「チベット・ビホーアフター」。

まず、生徒たちの人垣により描かれたチベット全土の地図の中に、中国に侵略される前の「仏教が栄え、自然も豊か、平和で歌と踊りに満ちていた」というチベットが演じられる。


_DSC4608ラサのポタラ宮殿には法王がいらっしゃり、チベット国旗がはためいている。










_DSC4606ツルやら、ヤクやら、猿やらがたくさん人を恐れる事なく遊び、子供たちは様々な遊びに興じ、多くの僧侶たちが仏法を説き、人々は踊り、歌っている。







_DSC4619しかし、このような高天原浄土世界は中国軍のチベット侵略により、突然地獄と化す。1951年、東のカムから侵攻した解放軍はチャムド、ラサを制圧。59年にはついにダライ・ラマ法王がインドに亡命せざるを得なくなる。





_DSC4638ポタラ宮殿には中国国旗が掲げられ、人々は捕らえられ、やがて、文革の地獄がやって来る。

この辺で、これを見ていた多くのチベット人が本当に泣き始めた。





_DSC4645多くの野生動物も毛皮のために殺される。











_DSC4665デモを行い連行されるチベット人。











_DSC4633強制移住を命令される遊牧民たちが、自分たちの生活を奪わないでほしいと懇願する。が、聞き入れられず、逆らった1人が撃たれるの図。








_DSC46421人の遊牧民が涙ながらにチベットの現状を訴え、世界の人々に助けを求めるというシーン。

演技ではあるが、ここの子供たちのほとんどはチベットから最近逃げてきた子供たち。親や友人を本土に残している。連帯なんて言われなくても分かってる。本気で演じているのだ。

_DSC4672逃げるお猿さん。












_DSC4676僧侶たちが拳を振り上げ、抗議のデモを行う。











_DSC4684これを演じているのはTCVに預けられている、ナムギェル僧院の本物の子坊主さんたち。もちろん、デモは武装警官隊により中断され酷い暴力を受け、連行される。







_DSC4695そして、最後の手段にと、ついに焼身抗議者が現れる。











_DSC4696チベットの自由と法王帰還を訴えながら、力尽き、倒れる。

子供が演じるこれらのシーンを見て、涙を流すチベット人はさらに増す。






_DSC4717この日までに判明していた57人の焼身者の顔写真が全て並ぶ。(57人は政府発表。顔写真がなく、名前だけの人もいる。そして、この日もう1人増えた)







_DSC4721祈りのお経を唱える僧侶(小坊主さん)たち。小さくともちゃんと本物の僧侶であるからお経はよく覚えている。









_DSC4746会場を後にする焼身者たち。












_DSC4768午前の最後は可愛い低学年の子供たちの歌。

内容はこれも、焼身者を弔い、団結への決心、チベット自由の誓いを歌うというもの。







_DSC4778



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2012年10月23日

<速報>昨日に続き今日も同じサンチュで焼身 今月6人目 内地60人目 死亡50人目

644022_366442283442810_1890039349_n炎に包まれながら走るドルジェ・リンチェン











2310a1-216x300生前のドルジェ・リンチェン

Tibet Timesによれば、今日10月23日、現地時間午後4時半頃、サンチュ市内(བསང་ཆུ་རྫོང་甘粛省甘南チベット族自治州夏河)ウデン市場の傍にある警察署付近の路上でドルジェ・リンチェン氏(རྡོ་རྗེ་རིན་ཆེན་57)が中国政府のチベット弾圧政策に抗議する焼身を行い、死亡した。

現場近くにいたチベット人たちが、彼の遺体を部隊により連れ去られる前に、彼の家があるサユ村(ཟ་ཡུས་སྡེ་བ་ 夏河縣九甲鄉灑乙囊村)に運んだ。途中、これを阻止しようとした部隊と衝突し、小競り合いがあったが、結局遺体は無事家族の下に届けられたという。焼身を知ったチベット人たちが大勢家族の下に向かっているが、部隊が橋等を封鎖しこれを阻んでいる。

314113_419212584806950_526666775_n煙が上がる焼身現場。チベット人と部隊が集まっている。

また、焼身を知ったラプラン・タシキルの僧侶たちが、祈りを上げるために彼の家に向かおうとしたが、途中の橋で部隊に阻止され、仕方なく、その場で座り込み、祈りのお経を上げたという。

ドルジェ・リンチェン氏は妻と2人の子供を残した。

追記:彼はサユ村の副村長であり、チベット語と中国語に長け、チベットを思う心が強かったという。

ドルジェ・リンチェン氏の焼身当日の行動についてRFAが伝えるところによれば、「ドルジェ・リンチェン氏は朝早く起き、ラプラン僧院に祈りに行った。数回コルラを行い、家と僧院を3回往復。その後自宅の内外を綺麗に掃除した。そして、警察署に向かいそこで焼身した」という。

参照:23日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6792
23日付けVOT中国語版http://www.vot.org/?p=17644

501_366402386780133_2087006429_n遺体を運ぼうとするチベット人たち。












524883_376496659家族の下に届けられた遺体。













149810_376497135家族写真。妻の名はルタル、長男の名はタボ、長女の名はリクジン・ツォ。その他、80歳になる母親がいるという。








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昨日焼身、死亡したドゥンドゥップ氏のコルラ仲間の話、「ドゥンドゥップ氏は1万回のコルラを達成したばかりだった。常々『最近若者が沢山焼身するが、悲しいことだ、彼らは将来の生命線だ。それより我々年寄りが焼身して死んだ方がいい。喪失感はなにもないだろう』と語っていた」と。<22日付けRFAチベット語版

追加(10月30日):ドルジェ・リンチェンの遺体が自宅に運ばれるときの映像。


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2012年10月22日

<速報>今日、再び焼身・死亡 アムド、サンチュ

318823_513668095312357_949370400_nドゥンドゥップ氏とその家族。妻ドルマ・ツォ、養子の息子リクジン・チュペル。











546807_488803764484943_480162513_n今日、現地時間午前9時40分頃、アムド、サンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県夏河)にあるラプラン・タシキル僧院セルカン・チェンモ(大金堂)近くの路地でドゥンドゥップ(དོན་གྲུབ་)と呼ばれるチベット人男性が中国政府のチベット政策に抗議する焼身を行った。焼身の際、「ダライ・ラマ法王をチベットへ!」と叫んだという。彼は普段ラプラン僧院の回りをコルラしていたという。今回焼身を行った地点もコルラ道の上であった。

駆けつけた部隊が彼を連れ去り、現在、彼の生死は確認されていないという。が、先ほど現地から送られて来た焼身直後の写真を見る限り、黒こげとなっており、その場で死亡したと思われる。ドゥンドゥップ氏の年齢は60歳前後(追記:亡命政府は61歳と発表)と言われる。事件の後、現地への交通網、情報網が遮断され、詳細を知る事が困難な状況である。

2日前に近くのボラで焼身があったばかりだ。今月、すでに5人目。内地焼身者59人目。

今月に入り、甘粛省甘南チベット族自治州における焼身が連続している。

追記:ドゥンドゥップ氏の出身地はサンチュ県ダメ郷上ナムラ地区ホルカキャ村(བསང་ཆུ་རྫོང་གནམ་ལྷ་གོང་མའི་ཧོར་ཁ་གྱ་སྡེ་བ་)。

追記:後に入った情報によれば、ドゥンドゥップ氏が部隊により運び去られるのをコルラするチベット人と僧侶が阻止し、直ぐに僧院付属の病院い担ぎ込んだ。しかし、その時点ですでに死亡していたという。現在遺体はラプラン僧院に安置され法要が営まれている。

内地焼身死亡確認者49人目(亡命政府発表47人目)。

亡命政府は彼の名前をカキェー・ドゥンドゥップ(ཁ་གྱའི་དོན་གྲུབ་カキャ村のドゥンドゥップ)と表記。妻の名はドルマ・ツォ、養子の息子が1人いる。

参照:22日付けTibet Timesチベット語版:上の写真以外の焼身中(直後)の写真あり<閲覧注意>http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6783
22日付けTibet Expressチベット語版 その他。

525956_376072542470361_321521270_n(以下追加写真)焼身現場の写真。焼身の前か後かは不明。











561866_376119422465673_1443644982_n焼身の知らせを聞き、現場に集まるラプラン・タシキル僧院の僧侶たち。













10470_513505158661984_2029357923_nラプラン・タシキル僧院に安置されたドゥンドゥップ氏の遺体。





















_DSC419022日の夜、ダラムサラで行われたドゥンドゥップ氏を弔うヴィジルより。

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2012年10月21日

焼身者供養を行い70人以上の僧侶が強制還俗処分

tibet-monastery-chamdo-305メンダ郷ブヤ僧院

チベット自治区チャムド地区チャムド県メンダ郷(昌都県面達郷)にあるブヤ僧院は、今年3月に焼身抗議者を追悼する法要と、ダライ・ラマ法王の長寿を祈る法要を行った。これ以来当局の弾圧の対象となり、RFA によれば、これまでに2人の僧侶が連行され、70人以上の僧侶が強制的に還俗させられる等、様々な嫌がらせを受けているという。

3月に僧院の読経師である僧ジャミヤン・イシェと僧ドゥプギュが焼身者を追悼し、法王の長寿を祈る法要を先導したとして連行され、それ以来7ヶ月経った今も行方不明のままである。

「彼らは『違法に』僧院の外で一般人に対し仏教を説き、この地区で人気が高まっている『チベット語学習』を推進する活動を行ったことに対しても糾弾されている」と報告者は語る。

3月10日には僧院に中国の役人が来て、僧侶たちに中国国旗掲揚を強要した。この時、僧侶たちは「態度が悪い」と判断され、多くの者が酷い暴力を受けたという。

「70人以上の僧侶が強制的に還俗させられ、僧衣を着ることが禁止された。その他、僧院で授業を行う事が禁止され、僧院長を僧院に近づけさせない等の嫌がらせを受けている」という。

例えば、この僧院の上級教師であったトゥガ・リンポチェ(64)が重い病に倒れた時、当局は彼が病院に行くことを許さなかった。そして、リンポチェは治療を受ける事ができないまま8月16日、亡くなってしまった。

また、僧院と周辺の民家には「中国の偉大な指導者たち」というポスターを掲げなければならないとされ、「これに従わないものは、法を犯したものと見なされる」という。

このメンダ郷は、去年の末から弾圧が続き焼身者も出たカルマ郷に近い場所にある。

参照:19日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/punished-10192012154126.html

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2012年10月20日

<続報>先ほど伝えた今日の焼身に関するより詳しい情報

焼身、死亡したラモ・キャプの年齢は27歳、ボラ郷ドクガプマ村(འབོ་ར་སྒྲོག་འགབ་མ་སྡེ་བ་)出身、父の名はトプデン、母の名はニンモ・タルロ。焼身の現場はボラ僧院近くの国道213号線上。

大きな雄叫びと共に「法王をチベットに!」等と叫んだというが、はっきりと聞き取れた者はいないという。

目撃者の話によれば、「彼は炎に包まれながら、僧院に向かって走った。普段僧院を巡回している警官たちが発見し、彼に近づこうとしたが、彼は構わず警官がいる方に向かって走り続けた。警官はこれを見て逆に逃げた。その後、数歩前に進んだところで地に倒れ、その場で死亡した」という。

その後、集まった警官と僧侶、一般人の間にちょっとした衝突があったが、数に勝る僧侶とチベット人が遺体をボラ僧院の集会堂に運び、大勢の僧侶が追悼の法要を始めた。焼身を聞きつけた周辺のチベット人が大勢僧院に集まり、法要が続けられた。法要が一段落したところで、遺体は家族の下に送られた。

残された妻ドルジェ・キは28歳前後、長女ドゥクモ・ツォは10歳、次女ペマ・ツォは7歳という。

参照:20日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6778

jpg-large今日の焼身を含む、チベット内焼身抗議・主な抵抗運動発生地地図+焼身者リスト(Tsampa Revolution制作)

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<速報>アムド、ボラ僧院近くで再び焼身 58人目

553565_154855051327733_789111261_n焼身、死亡したラモ・キャップとその家族

Tibet Timesによれば、今日、10月20日現地時間午後2時頃、アムド、サンチュ、ボラ(བླ་བྲང་བསང་ཆུ་རྫོང་འབོ་ར་ཞང་甘粛省甘南チベット族自治州夏河県ボラ郷)ボラ僧院近くの路上でチベット人男性が中国政府に対する抗議の焼身を行い、その場で死亡した。

男性の名前はラモ・キャップ(ལྷ་མོ་སྐྱབས་)。彼には妻と2人の娘がいた。妻の名前はドルジェ・キ、10歳に満たない長女の名前はペマ・ツォ、次女の名前はドゥクモ・ツォ。

それ以外の詳細は未だ不明。

ボラ郷は最近焼身が続いているツゥ(ツォエ 合作)のすぐ南にある。

今年3月20日ボラ僧院の僧侶100人ほどが抗議のデモを行った。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51736267.html
それ以来、ボラ僧院や付近のチベット人に対する弾圧が強化されていた。参考>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51760361.html

内地焼身者58人目(亡命政府発表56人目)、内死亡確認48人目(亡命政府発表46人目)。

参照:20日付けTibet Times チベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6778

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2012年10月19日

ザチュカ、ウォンポ僧院からさらに7人の僧侶が連行される

3a4a14d69月7日、学校の校庭に掲げられたチベット国旗

ザチュカ(セルシュ 石渠)、ウォンポ郷に突然大勢の部隊が押し掛け、住民を再教育集会に追い立て、5人を連行したという話は昨日報告した。昨日から今日にかけ、ウォンポ僧院僧侶7人がさらに連行されたという報告が先ほど入った。Tibet Timesによれば、15日に連行された5人もウォンポ僧院の僧侶だという。

18日には僧院の機械係りの僧侶1人と、教師2人が連行された。その後、警官がその教師2人の僧坊に踏み込み20点余りの書き物を押収した。また、今日19日の早朝、さらに事務係りの僧侶を含む4人の僧侶を連行、午後には僧侶を2つのグループに分け先月7日校庭にチベット国旗を掲揚し、「チベット独立」と書かれた紙切れを撒いた犯人を特定するために、僧侶一人一人の筆跡を鑑定するということが行われたという。

ba946b63チベット国旗が掲揚された傍に撒かれていた、赤い字で「プーランツェン(チベット独立)」と書かれた紙切れ

筆跡鑑定を行っているということは、すでに何人も連行して、おそらく拷問付きの尋問で犯人(?)を吐かせようと試みるも、未だ特定できていないと思われる。

過去にこのウォンポ郷で起った事件について、昨日書き忘れていたことが1つあった。2008年のことであるが、4月に当局はウォンポ僧院に対し中国国旗を掲揚することを強要した。しかし、僧侶たちはこれを断固拒否した。これに怒った当局は僧院だけでなく、回りの民家にも押し入り破壊の限りを尽くした。その時、部隊がある家に踏み込み、掲げてあったダライ・ラマ法王の写真を地に叩き付け、これを踏みつけた。これを見たその家のトリ・ラモというチベット人女性は「なぜ師の写真を飾ってはいけないのか」と怒鳴り、さらに法王が一日も早くチベットに帰還されますようにとのスローガンを叫び、その後首を吊って自殺したという。関連過去ブログ>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51004000.html

参照:19日付けTibet Times チベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6771
19日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=32303&article=Five+arrested+in+Wonpo+for+raising+Tibetan+flag


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2012年10月18日

ドカル僧院から4人/タムディン・ドルジェの葬儀/シルカル僧院2人刑期8人連行/ザチュカで5人

486864_10151067079130814_1594862209_nドカル僧院僧侶4人、焼身者の遺体を保護し、写真を撮ったとして連行

今月6日にサンゲ・ギャンツォ(27)がツゥ(ツォエ 合作)から10キロ離れたドカル僧院の仏塔前で焼身し、死亡した後、すぐに部隊が出動し、ドカル僧院は包囲され、何人かも僧侶が連行されそうになった。しかし、その時には僧侶と付近の住民が抵抗し、これを阻止する事に成功した。

その後も毎日、警官が僧院内に入り、僧侶の尋問を続けていた。そして、数日前に僧タシ・ギャンツォが連行され、昨日17日には大勢の武装警官が僧院内に押し入り、僧坊から僧院の出納係り僧ジグメ・ギャンツォ、会計係り僧ケルサン・ギャンツォ、僧クンチョク・ギャンツォ、僧タシ・ギャンツォの4人が連行された。

報告者によれば「彼らはサンゲ・ギャンツォの遺体を保護し、写真を撮ったとして連行されたものと思われる」という。

参照:17日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/monks-10172012174610.html
同チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/four-monk-arrested-from-dokar-monastry-in-amdo-10172012134217.html


tamdin dorjee-305厳戒態勢の中、タムディン・ドルジェの葬儀が行われた

昨日17日の朝、13日にツゥ僧院仏塔前で焼身、死亡したタムディン・ドルジェ(50歳半ば)の葬儀が行われた。

葬儀が行われたツゥの丘は部隊により完全に包囲され、この丘に通じる道の傍や建物の屋上には大勢の警官が配備されていた。それでも、この地区一番の高僧の祖父であるタムディン・ドルジェの葬儀に参加しようとする人は後を絶たず、数千人のチベット人が参加し、悲しみを表し、厳粛な追悼の儀式が行われた。

参照:17日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/tamdin-dorje-10172012151701.html

c3d6f314シルカル僧院僧侶2人に求刑、新たに8人連行

ジェクンド(ケグド、ユシュ、玉樹)州ティンドゥ県ガトゥ郷(ཡུལ་ཤུལ་ཁྲི་འདུ་རྫོང་སྒ་སྟོད་ཡུལ་ཚོ་)にあるシルカル僧院(ཉ་འཚོ་ཟིལ་དཀར་བཤད་སྒྲུབ་དར་རྒྱས་གླིང་དགོན་པ་)は今年に入り、特別の弾圧対象となっている。

今年2月8日のラカルの日に大規模な抗議デモを行っている。この時のビデオと記事>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-02.html?p=2#20120211
今年6月20日には、元シルカル僧院僧侶テンジン・ケドゥプ(24)とンガワン・ノルペル(22)が焼身抗議を行っている。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-06.html#20120620
テンジン・ケドゥプはその場で死亡したが、ンガワン・ノルペルは焼身後一旦このシルカル僧院に匿われた。

そして、9月1日には部隊が僧院に押し掛け、5人の僧侶が連行された。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51760361.html

untitled刑期を受けた2人の僧

RFAによれば、最近この内の2人、僧ソナム・シェラップと僧ソナム・イクネンにそれぞれ2年の刑が言い渡されたという。裁判は西寧の裁判所で行われたが、家族にも知らされず秘密裁判であった。罪名も不明である。

さらに、10月1日には僧テンジン・シェラップが、10月10には新たに7人の僧侶が連行されたという。9月1日に連行された残りの3人とともに、彼らの居所は不明のままである。

参照:16日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/Two-Tibetan-monks-sentenced-Xining-10162012150459.html

ザチュカで5人逮捕

423ザチュカ、ウォンポ郷

今月14日、カム、ザチュカ(セルシュརྫ་ཆུ་ཁ་དབོན་པོ་ཞང་カム四川省カンゼチベット族自治州石渠)ウォンポ郷に突然、大勢の部隊が現れ、道路を閉鎖、情報網も遮断された。当局は住民を集会に駆り立て、愛国再教育を始めた。直前に何か事件が有ったわけではなく住民はなぜ突然このようなことが起ったのかと戸惑った。

このウォンポ郷にはゲルク派のウォンポ僧院という名刹がある。2008年3月10日、セラ僧院僧侶15名がツクラカン前でデモを行った。これはラサ蜂起のきっかけとなった。その15人の内8人はこのウォンポ僧院からセラに勉強に行っていた僧侶たちであった。その時からこの僧院は当局の特別な監視対象となり、これまでにも何度も再教育を受けさせられている。

275ザチュカに押し掛けた部隊

また、今年2月4日には学校の校庭に掲げられていた中国国旗が下ろされ、代わりにチベット国旗が掲げられ、チベットの自由を訴えるチラシが撒かれた。9月7日にも同様の事件が起っている。詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51761015.html

15日、このチベット国旗掲揚事件に関係したとして5人が逮捕されたという。

参照:18日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=6767

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