2013年02月

2013年02月28日

ダライ一味の命を受け焼身を教唆したとして再び5人を逮捕 

cbcdeccd今年1月末に、同じく甘粛省甘南州で焼身に関連し故意殺人罪に問われ7〜12年の刑を受けた6人の裁判。



中国政府の宣伝メディアである新華網(新華社電)は2月27日付けで、甘粛省警察が「ダライ一味の画策、煽動に乗り、連絡を取り、甘南で3人の焼身者を死に至らしめた」として5人のチベット人を逮捕したと発表した。(元記事http://news.xinhuanet.com/politics/2013-02/27/c_114827053.htm

今回逮捕された5人とはダルギェ、サムテン、タシ・ギャンツォ、テンペー・ギェルポ、テンサンという。

3人の焼身者とは、去年10月23日にサンチュの警察署近くで焼身、死亡したドルジェ・リンチェン(57歳、詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51766632.html)、去年10月26日にサンチュ県サンコク郷で焼身、死亡したトゥプワン・キャプ(23歳、詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51767074.html)、去年11月10日にツゥ市ルシュ郷ルシュ僧院内で焼身したゴンポ・ツェリン(18歳、詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768943.html)とされる。

ダルギェ、サムテン、タシ・ギャンツォの3人はこれら焼身者3人の写真と関連情報を外国に伝えることで民族間の分裂を助長し、社会に危害を及ぼしたという。特に主犯とされるダルギェ(21歳、僧侶)はダライ一味である海外のチベット独立組織TYC(チベット青年会議)のメンバーからの指示を受け、焼身者候補を選び、「焼身者は英雄」と彼らを唆したという。また、アメリカのメディアVOA(ボイスオブアメリカ)のアムド語放送(本当はVOAにアムド語放送なんてものはない)とも連絡を取り、焼身を組織、画策、煽動、教唆し、人民を殺害したとされる。

TYCが中国当局により焼身を教唆、煽動するのに関わったと批難されるのはこれが初めてではなく、これまでに何度も名前が上げられている。(例えばhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51773653.html
これに対し、TYC議長のツェワン・リクジンは「根拠のない、全くの偽りである」と関係性を完全に否定し、中国の指導者たちは、そのような「不毛な試み」を捨て「焼身者たちの要求である、チベットの自由とダライ・ラマ法王のチベット帰還について真摯に考えるべきだ」とコメントしている。(詳細:http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=32858&t=1

VOAもすでに、去年末に中国が政策した焼身に関するプロパガンダビデオの中で名指しで焼身を教唆したと批難されている。これに対し、VOA代表のDavid Ensor は、この批難は根拠のない「全くの偽り」であり、焼身は「チベットの弾圧を象徴する悲劇である」とし、ビデオを発表したCCTV(中国中央TV)に対し撤回を要求している。(詳細:http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33011&t=1

今回名前が上げられた3人の焼身者の内ドルジェ・リンチェンについては、すでに当局による救出を妨害し、遺体を家族の下に届けたとして6人のチベット人に7〜12年の重い刑が言い渡されている。(詳細:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51778710.html

ダラムサラベースのTCHRD(チベット人権民主センター)は、中国当局が焼身抗議を犯罪化し、「殺人罪」を適用することは、政治的目的のために法律を利用する「批難されるべき行為」であるとコメントする。

国連、EU、アメリカ、カナダ、イギリスは何度も声明を発表し、中国がチベットの状況を悪化させていることを批難し、チベット人の苦しみを認識し、これに答えることを要求している。

中国当局はチベット人の焼身抗議を自分たちの弾圧の結果と認めようとはせず、原因をダライ一味に着せることにより責任回避している。そして、そのシナリオに沿った偽の告白を拘束者への拷問により引き出す。このような当局の態度はチベット人の焼身を抑制する効果をもたらさず、反ってチベット人たちの反感を強め、火に油を注ぐ結果になっている。

今回正式に逮捕されたという5人にも、重い冤罪の刑が与えられると思われる。

その他参照:27日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7383
27日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33107&article=China+arrests+five+more+Tibetans+on+self-immolation+charges

rftibet at 16:57|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2013年02月27日

<続報>24日チャキュン僧院で焼身したパクモ・ドゥンドゥップ 病院に向かう途中両親共々拘束され行方不明 焼身の背景

535424_10151554140785337_1000642017_n井早智代さんが、24日焼身のパクモ・ドゥンドゥップと25日焼身のツェスン・キャプに捧げるために描かれた絵。

RFAとVOTが伝えるところによれば、2月24日にアムド、ツォゴン地区バイェン県(青海省海東地区化隆回族自治県)にあるチャキュン(ジャキュン、བྱ་ཁྱུང་དགོན་པ་、夏琼寺)僧院内で焼身したパクモ(ラモ)・ドゥンドゥップは、その後すぐに現場に呼ばれた両親に連れ添われ、西寧にある病院に向かった。

彼は車に運び込まれる前、まだ意識がある時、回りの人々に対し「もしも、私に情けをかけるなら、殺してくれ、殺してくれ」と重ねて懇願したという。車には両親と兄弟の1人が乗り込み西寧の病院に向かったが、その途中で軍と警察の車に止められ、パクモ・ドゥンドゥップは両親、兄弟、運転手とともにどこかに連れさられ、その後行方不明となった。一部のチベット人は彼は今、西寧の軍病院に収容されているという。

彼は短い遺書を残していた。その中には「チベットは独立し、自由になるべきだ。ダライ・ラマ法王をチベットに」と書かれていた。

当局は地域の住民たちが焼身者の家族の家に慰問のために向かうことを禁止し、僧院の内外、焼身者の村に続く道には部隊が配備され厳重な警戒が続いている。

b4058ce1-b46e-43f3-a579-eb1cea1490ee焼身事件の後、チャキュン僧院に集まった警察車両。

パクモ・ドゥンドゥップが焼身抗議を行うに至った背景としては、チベット人全体への弾圧がもちろん考えられるが、これに加え、この地域特別の事情も加味していたと思われる。

2008年3月、チベット全土に抗議デモが広がった時、このチャキュン僧院の僧侶や付近の村々の住民も抗議デモを行った。この時以来、僧院と今回焼身を行ったパクモが暮らす村を含む付近の村々は当局の特別の監視対象とされていた。

去年6月中には、この僧院の会計係であった僧ダクマル・ペルギェ(43)が金目当てに押し入った警官に殺されるという事件があった。マと呼ばれるその警官は僧侶を殺した後、遺体を派出所近くの穴に投げ捨てていた。このことを知り、大勢のチャキュン僧院僧侶と地元のチベット人が派出所に詰めかけ、原因を明らかにするよう求め、小競り合いが起った。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51752238.html

昨年からチャキュン僧院には愛国再教育チームが度々訪れ、僧侶たちに法王批難と共産党賛美を強要していた。特に昨年終わり頃から僧院や村には政府の役人が来て反焼身教育を行っていた。VOTによれば、「僧院のすぐ傍にあったパクモが住むサカル・ゴンワ村には県と郷の役人が来て緊急会議を招集し、村の民衆に対して、法律を守り社会の安定を維持し焼身に反対するよう要求した、もし焼身が起こったら焼身者とその家族を厳罰に処し焼身者の子どもは学校から退学させ関係する親戚を逮捕する、と警告した」という。

また、チベット歴の正月を前に当局は僧院に対し、正月を盛大に祝うよう命令していた。これに対し、僧侶や住民たちは、今年の正月は喪に服す正月として、焼身者たちを供養するために宗教的儀式のみを行うことを決めていたという。

彼が住んでいた村は僧院に近く、常に僧院と連帯した行動を取っていた。また、この村は標高が高く、水に恵まれないこともあって、特に貧しい村だった。村で窓にガラスが入っているのは、一番裕福な一軒の家だけという。焼身したパクモも貧しい家の次男だったという。

参照:26日付けRFA中国語版http://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/d-02262013150748.html
26日付けVOT中国語版http://www.vot.org/?p=22755
26日VOTチベット語放送分http://www.vot.org/wp-content/uploads/2013/02/tib_26_02_2013.mp3

rftibet at 20:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月26日

法王ジャータカ・ティーチング

DSC_0818昨日はチベット歴正月15日、モンラム・チェンモ(大祈祷会)最後の日ということで、恒例のダライ・ラマ法王によるジャータカ(仏陀前世譚・本生譚)ティーチングが行われた。嘗てはこの日から法王は2週間あまり続く本格的なティーチングをされていたが、最近は午前中だけの簡単なティーチングをされるだけとなっている。

会場となったダラムサラ・ツクラカンは満杯で、6千人余りの僧俗チベット人、日本人数十名を含む外人が詰めかけ、法王の教えに耳傾けた。

今回も法王の写真を多めに載せる。気に入った写真はクリック拡大されることをお勧めする。

DSC_0874朝8時過ぎにツクラカン前庭の玉座に座られた法王は、テキストに入られる前に、いつものようにまず仏教一般に関する話をされた。

まず、このような特別に吉祥な日には釈迦牟尼仏陀の教えを思い出すべきだと言われ、「みんな仏教に対する『信』は持っている。そのような者として、仏陀の教えを知り、それを守ろうと心がけることが大事だ。日々、己の心に注意することが大事だ。仏教の心髄は正しい行いをすることだ。正しい行いの元は善なる心だ。我々仏教徒は単に仏教を守ろうと思うだけでなく、仏陀が説かれた教えを守ろうと思うことが肝要なのだ。」と説かれた。

_DSC8712チベット語の仏陀はサンゲと言うが、この語意を分かり易く説明された。この地球には70億人の人間がいて、みんな問題は起こしたくないと思いつつも沢山の問題が発生している。これらのほとんどは人間自身が作り出したものであり、それも『不知(知らないこと、気付かないこと)』が原因であることが多いので、日々己の心に気を付け、間違った心からサン(自由になる)する智慧を得ることが大事と説かれた。

_DSC8926「悟りなどと遠い話をする必要はない。自分たちの今の心に気を付け、悪しき心を避けるべきだ。例えば、ボーとしてる人を見て、こいつは騙せるなと思って騙すのではなく、今日はあいつを騙してやったぜと喜ぶのではなく、正しい心と共に正直に接っするならば、日々苦しみからサンすることができる。『サン』とはこのことだ。人を騙せば自分に不利なことが起る。人に嫌われる。自分の幸不幸は他の人に依っているのだから、人に嫌われれば自分に害が及ぶ。人に辛く当たれば不善をなすとかいう話じゃない、人に辛く当たれば自分に害が及ぶという話だ。人を助ければ、自分にも良いことがあると考えて行動すべきだということだ。」

_DSC8764また、仏陀が2600年前に説いた教えは、今の21世紀にも人々に福利を与える力があると確信し、仏陀の教えを学ぶことが大事と言われ、「仏教の教義は心の科学として、この21世紀においても必ず人々を利する力がある。このためには自分たちがこれに興味を持ち、勉強すべきなのだ。どちらかというとチベット人の方が仏教に興味を持つ者が少なくて、外国の人、特に科学者の中にこれに興味を持つ人が多いという傾向があるように思える。自分たちは今更外国語を学ぶ必要もなく、仏典はチベット語で書かれている。カンギュル(教典集)、テンギュル(論書集)が揃っている。これに対するチベット人学者たちの解説は溢れるほど存在している。これらは我々の宝だ。高僧の伝記とかは別だが、(哲学的)見解について解説されている論書は貴重な宝だ。だから、普通の人々もこれらを勉強することが大事なのだ。私が言いたいことはこのことだ。教典を見るのは僧侶がやることだと思わす、僧俗、男女を問わず教典を勉強することが大事だと私は繰り返し強調している。ただ、仏壇に飾って置くだけでは何にもならない。」と繰りかえされた。

_DSC8754各地のチベット人同士を結びつけ、そのアイデンティティーの核となるものは仏教とそれに基ずく文化であると言われ、「チベット人の命の基は仏教教義だと言える。歴史的にはチソンデツェン王の時代にチベットはもっとも強大だったと思われる。その後政治的には様々なことが起ったが、その後もチベット全土、ウツァン、カム、アムドが一体感を保持し続けることができたのは政治的な要因ではなく仏教と文化の要因に依るものだったと思われる。過去もそうだったし、現在においてもチベットの命は知識や精神的なものの中にあるのだ。だから、すでに存在するものを大切にすることは非常に大事なことなのだ。」と力を込めて説かれた。

_DSC8788その後、ジャータカのテキストに入られた。今回はその(チベット版テキストの)第29章「ブラフマーアルカから来た人」が講じられた。と言っても内容は特に解説する程のことではないと思われたのか、ほぼ読飛ばされた。ジャータカには色んなバージョンがあるので、私の持っている中村元さんのジャータカ本にはこの話は入っていない。

お話のあらすじは「ブラフマーアルカという欲望に満ちた俗界にアルカディーラという邪見に惑わされた王がいた。来世を信じず好き放題し、国民も苦しんでいた。ある時王が木影で休んでいると、菩薩の姿をした釈尊と出会う。菩薩の美しい姿に王が話しかける。菩薩は来世を信じない王に、目に見えないものも存在することを示し間違った考えを諭す。王は邪見が取り払われ菩薩に帰依し、富を徳を積むよう使い国が富むよう誓うという物語だ。この物語からも先ほどのお話しと同様に邪見を無くし智慧を育むという事が語られている。」<以上ティーチングに参加されてた田中 嘉則の要約。

_DSC8945ジャータカは前2、3世紀ころから成立し始めた仏教説話であり、仏陀の死後、仏陀が祭り上げられるに従い、このような偉大な仏陀の境地はただの一生だけで成し遂げられたはずはないと、その無数の前世を想定し、これを仏陀の菩薩時代とし、古代インドで伝承されていた説話等を元にして作られたのである。

ところで、その中に「菩薩太子、身を捨てて飢えた虎を救う(捨身飼虎)」という一章がある。これは、7匹の子を生んだばかりの雌虎が飢え、このままでは自分の子供を食べれしまいそうだと思った(仏陀の前世である菩薩)王子が、自らの身をこの雌虎に捧げることにより母子の虎を救ったというお話である。この話はチベットにおいても特に有名であり、去年1月8日にゴロで焼身、死亡したソパ・リンポチェ等は、その遺言の中で自らの焼身をこの仏陀の前世である王子の行為になぞっている。

_DSC8921その部分を以下に記す:「この行為は自分1人のためになすのではなく、名誉のためになすのでもない、清浄なる思いにより、今生最大の勇気を持って、(ブッダのように、子トラたちを救うために飢えた)雌トラに身を捧げるようになすのだ。私のようにチベットの勇者・勇女たちもこのような思いで命を投げ出したに違いない。しかし彼らは実行の際、怒りの感情と共に死んだ者もいるかもしれない。そうであれば彼らが解放の道を辿れるかどうかは怪しい。故に、様々な悟りへの道を思い出させてくれる船頭のような導師と、このような供養を捧げる善行の力に依って、将来、彼らを含めた全ての有情が全智至上の仏の位に到ることを祈願しながら行うのだ。また、内外のラマ、トゥルク全ての長寿と就中ダライ・ラマ法王をポタラの玉座にお迎えして、チベットの政教を司ることができますようにと祈願する。」(遺言の全文は>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51729748.html

このティーチングが行われた日にもチベット本土では2人が焼身抗議を行った。

_DSC8880ティーチングの最中、みんなが集まったテントの上や中で沢山の猿が追いかけっこをしているのを見られた法王は「今日は天気が良くて、猿も元気なようだわい。ただ1つ、下におしっこをするのだけはやめてほしいがな、ははは、、、」と。




_DSC8862テントの上を走る、その猿たち。











DSC_0884












_DSC8871モンゴル人と思われる。












_DSC8874












DSC_0870












DSC_0855アマ・アデさん。












DSC_0844


rftibet at 21:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

<速報>25日 2人目の焼身 ンガバで若い僧侶が

_ンガバ、ディプ僧院。

ダラムサラ・キルティ僧院の内地情報係り僧ロプサン・イシェと僧カニャク・ツェリンによれば、昨日2月25日、現地時間午前10時頃、アムド、ンガバ州ンガバ県(མདོ་སྨད་རྔ་པ་四川省阿壩チベット族羌族自治州阿壩県)のンガバ市内から南に延びる幹線上で1人の若い僧侶が中国政府のチベット弾圧に抗議する焼身を行った。

現場には直ちに部隊が駆けつけ、消火器で焼身者の火を消し、ンガバ市内の病院に運び去った。その後しばらくして他の地域の病院に転送されたという。

焼身者の名前はサンダ、年齢についてはVOTが昨日19歳と報じているがキルティ僧院のリリースには書かれていない。彼はンガバ県トツィク郷ドワ村ダルコ家(རྔ་པ་རྫོང་སྤྲོ་ཚིགས་ཡུལ་ཚོའི་རྡོ་བ་སྡེ་བའི་དར་ཁོ་ཚང་)の出身、ディプ僧院(དྷཱི་ཕུ་དགོན་པ་普寺)の僧侶である。

現在、彼の生死は不明であり、彼が焼身時にどのようなスローガンを叫んだかも不明である。

事件が発生して直ぐにンガバ一帯に武装警官隊が大勢出動して厳戒態勢が引かれたが、まもなくして表向きは何もなかったかのように部隊は引き揚げたという。

ディプ僧院の正式名はディプゴン・ゲレック・テルズ・リン(དྷཱི་ཕུ་དགོན་དགེ་ལེགས་གཏེར་མཛོད་གླིང་)、サキャ派の僧院である。現在約500人の僧侶が在籍している。

内地焼身者109人目。サキャ派の僧侶が焼身抗議を行ったのはこれが初めて。

参照:26日付けTibet Times チベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7376
26日付けVOT中国語版http://www.vot.org/?p=22748&utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e8%25a5%25bf%25e8%2597%258f%25e9%2598%25bf%25e5%25a3%25a9%25e8%2587%25aa%25e7%2584%259a%25e6%258a%2597%25e8%25ad%25b0%25e4%25ba%258b%25e4%25bb%25b6%25e7%25a2%25ba%25e5%25ae%259a%25e7%2599%25bc%25e7%2594%259f

rftibet at 17:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月25日

<速報>ルチュで 今日新たな焼身 内地108人目

mmexport13617970今日2月25日、現地時間午後1時半頃、アムド、ケンロ、ルチュ(མདོ་སྨད་ཀན་ལྷོ་ཁུལ་ཀླུ་ཆུ་甘粛省甘南チベット族自治州碌曲県)にあるシツァン僧院(ཤིས་ཚང་དགོན་)の本堂前でツェスン・キャプ(ཚེ་གཟུངས་སྐྱབས་)27歳が中国政府のチベット人弾圧に抗議するために焼身、その場で死亡した。

ツェスン・キャプはルチュ県シツァン郷チュコル村の出身。父の名はツェリン・ドゥンドゥップ、母の名はタムディン・ツォ。

彼は昨年12月8日に同じくシツァン僧院本堂前で焼身、死亡したペマ・ドルジェ(23、http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51772211.html)の母方の従兄弟という。

581869_484840498245412_1707773510_n(26日追加)ツェスン・キャプ生前の写真

今日2月25日はチベット歴1月15日に当たり、この日はモンラム・チェンモ(大祈祷会)の最終日であり、僧院には大勢のチベット人が集まっていた。大勢のチベット人が囲み、遺体は中国当局に奪われず、家族の下に運ばれたという。

参照:25日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7370
25日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33092&article=Breaking%3a+Two+fiery+protests+in+as+many+days%2c+Tibetan+self-immolator+passes+away

rftibet at 19:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

<速報>ジェ・ツォンカパ大師が出家した僧院で新たな焼身 107人目

cs200811120046焼身があったチャキュン僧院

昨日2月24日、現地時間午後8時頃、アムド、ツォゴン地区バイェン県(青海省海東地区化隆回族自治県)にあるチャキュン(ジャキュン、བྱ་ཁྱུང་དགོན་པ་、夏琼寺)僧院内で1人の俗人チベット人が中国の圧政に抗議し、焼身した。

焼身者の名前はパクモ・ドゥンドゥップ(ཕག་མོ་དོན་གྲུབ་、ラモ・ドゥンドゥップと伝えるメディアもある)、20歳前後。僧侶たちが直ちに病院に運んだというが、未だ生死は不明。僧侶たちが彼のために祈祷を行っている。事件後4、5百名の部隊が僧院に押し掛け厳重な警戒を行っているという。

db31f8b4-3355-4e74-a7ab-14956b04c63bパクモ・ドゥンドゥップ(4月16日になり伝わった彼の写真)

パクモ・ドゥンドゥップは僧院近くのバイェン県ツァプック郷サカル・ゴンワ村(བ་ཡན་རྫོང་༼དཔའ་ལུང་རྫོང་༽ཚྭ་ཕུག་ཞང་ས་དཀར་གོང་བ་སྡེ་བ་)出身。父の名はシャボ。

追記:4月15日になり、彼の死亡が確認された。

塔尔寺15酥油花节昨日のクンブン僧院

彼が焼身した、昨日2月24日はチベット歴1月14日に当たり、この日は釈迦牟尼仏陀が異教徒の挑戦を受けこれに対し神変(神通力)の数々を示したと言い伝えられる日である。チベット各地の僧院では神変大祈願祭と呼ばれる弥勒菩薩を招聘する法要が行われる。

アムドの大僧院である近くのクンブム僧院やレゴンのロンウォ僧院、サンチュのラプラン・タシキル僧院でも大規模な法要が行われ、大勢のチベット人が集まった。しかし、これに対し当局は大量の部隊を送り込み儀式を妨害し、威嚇した。(この部分参照:ウーセル・ブログhttp://woeser.middle-way.net/2013/02/blog-post_25.html等)

IMG_6296-4昨日のラプラン・タシキル僧院

昨日焼身事件が発生したチャキュン僧院は1349年に創建された古刹であり、アムド地方でもっとも古い僧院の1つである。また、ゲルク派の創始者ジェ・ツォンカパ(1357〜1419)が出家した僧院として有名である。ダライ・ラマ法王の生地にも近い。

RFAやVOTによれば、この僧院では昨年末から反焼身愛国再教育が強化されており、これに対し僧侶たちが反発していたという。
(この部分参照:http://www.canyu.org/n68458c12.aspx
http://www.vot.org/?p=22001

青海省海東地区での焼身はこれが初めて。内地焼身者107人目。

参照:14日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/burning-02242013160717.html
同チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/lhamo-dhondup-self-immolated-near-jakhyung-monastery-02242013134658.html
25日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7369
24日付けVOA英語版http://www.voanews.com/content/tibetan-man-burns-himself-protesting-china-policy-in-tibet/1609906.html

rftibet at 17:04|PermalinkComments(2)

2013年02月24日

ウーセル・ブログ:「生態移民村」の「マニ石」

「生態移民」と中国で呼ばれる「遊牧民強制移住」はチベット文化の根幹とも言える遊牧生活を根底から覆す中国政府の悪しき政策である。これにより、チベットの遊牧民たちは先祖代々受け継がれた牧草地から引き抜かれ、家畜を売り払うことにより生活の基盤を完全に失う。それだけではなく代々彼らの生活を律して来た野山の精霊、神々から引き離され、村々の中心となっていた僧院とも離別しなければならない。

ウーセルさんは1月31日付けブログで自身が訪れた1つの移住村について報告されている。その村の人々は遠く離れたチベットの草原の中でも特に美しいと言われる、3大河川源流域からゴルムト近くの砂漠地帯に送られたのだ。そんな砂漠の中でも、チベット人たちは何とか嘗ての宗教的環境を取り戻そうと涙ぐましい努力を行っているという話である。

間違いなく焼身抗議とこの生態移民とは関係がある。焼身者の半数は遊牧民家庭出身と言われている。実際この生態移民となった人たちも大勢いる。

原文:http://woeser.middle-way.net/2013/01/blog-post_31.html
翻訳:@yuntaitaiさん

000


001-2


02ウーセルさんの写真へのコメント:RFAチベット語に送ったこの文章は、昨年8〜12月に北京からラサに帰っていた時期に書いた。ラサまでの道中にゴルムドを通り、「曲麻莱(チュマルレプ)県3大河川源流域生態移民村」を訪ねた時の見聞を記した。元々はビリヤード台だったものに経文が書かれ、マニ石としてタルチョの群れの下に置かれていた。これは私に強い印象を残した。

◎「生態移民村」の「マニ石」

(2012年の)8月半ば、友人の車でラサに帰った時、歴史の浅いゴルムドという人工都市に1泊した。

 2007年にも私はここに泊まったことがある。郊外のゴビ砂漠に住んでいるチベット人たちを訪ねるためだ。「住んでいる」と言うのはあまり正確ではない。彼らは「立ち退かされた」移民だ。「黄河第一県」と呼ばれる玉樹チベット族自治州曲麻莱(チュマルレプ)県から200〜300世帯が移り住んできて、兵営のような移民村を割り当てられた。過去には牛や羊を放牧していた多くのチベット人遊牧民が、今ではいわゆる現代的な環境へと強制的に適応させられている。言葉や食事、生活スタイルの全てが激変した。更に問題なのは、この環境には宗教信仰のためのわずかな空間もないことだ。彼らがこうした「適応」をどれほど望まず、どれほど苦痛に感じるかは推して知るべしだ。

 こうしたチベット人移民との感傷的な会話を私はずっと忘れられないでいる。「ここに引っ越してきて、故郷の山の神も一緒に来たんですか?」。私が尋ねると、安価な洋服を着た彼らはうつむいて答えた。「どうやって?僕らは神を捨ててしまったんだ。牛や羊を捨ててしまったんだ。(政府が10年限定で支給する)毎月の500元のためにね」

 祖先から受け継いできた故郷と神をこのチベット人たちが捨てたのは、実はこれっぽっちのお金のためではない。中国政府は2003年、数千年続いてきた遊牧民の生活がチベット高原の草原減少をもたらしたとして、かつてない規模の大型プロジェクトを始めた。長江と黄河、瀾滄江(メコン河)の源流域の遊牧民を都市や町の周辺に移住させるという事業だ。草原を休ませるという聞こえの良い言い方をしているが、チベット人の文化の中でとても重要な遊牧文化を滅ぼす結果になるだろう。

 報道によると、このプロジェクトの名前は「3大河川源流域生態移民プロジェクト」。1万6129世帯の8万9358人が移民し、青海省の10以上の市と県、自治州に関わってくる計画だという。この大量の移民はもちろん、全てチベット人の遊牧民だ。「馬の背と羊の群れから離れる」とニュースで描写されたチベット人たちは、都市周辺に住む「よそ者」になった。

 07年当時、新しくできたばかりの移民村で特にもの寂しく感じたのは、チベット人が仏事を執り行えるマニ車堂やチョルテンすらなかったことだ。心にすき間のできた移民を仏法で救う僧侶も住んでいなかった。

 だから、再び移民村に入った時、以前はがらんとしていたゴビ砂漠にテントのようなタルチョのかたまりが出現しているのに気付いた。タルチョは膨大で連綿と続き、夕暮れ時の風に吹かれ、音を立てて激しくはためいていた。すぐそばには赤い建物があった。きっと中には巨大なマニ車があり、人々に安らぎを与えているのだろう。更に前方を見ると、移民住宅の列と道を隔てた空き地に、僧院のような建築物が建てられていた。

 通りがかった男性を引き止めたところ、彼はここに6年住んでいるが、まだ慣れないという。各世帯は毎年5000元を得るだけで、全く足りない。彼はたまたま工事現場の力仕事を見つけたが、日当は20、30元だけだ。闇に溶け込む赤い建物を眺め、彼は「僧院ができてホッとしたよ」と言った。「自分たちで寄付金を集めて建てたんだ。今は政府が認めるかどうかが心配だよ。たぶん同意するだろうけど、分からない、分からない」。彼は全ての可能性を口にした。私は同情で胸がいっぱいになった。

 ある家庭を訪ねると、チベットの民族衣装を着た女性が3人の子供を連れていた。3人は学校に通っていて、中国語を話せた。ラマがくれたお守りを首にかけていることを除けば、服装は都市の漢人の子供のようだった。女性の話では、夫は車を運転できるが、まだ肉やバターは買えず、マーガリンでお茶をいれるしかないという。

 移民村を離れる時、私はあの大きなタルチョのかたまりを再び見つめ、ある事に気付いて驚いた。タルチョの下に置かれた大きなマニ石は本当の石ではなく、横倒しにしたビリヤード台で、巨大な6文字の真言はテーブル部分に彫られていたのだ。これは一体どういうことなのか、すぐに分かった。とても長い間、移民は何をすればいいのか分からず、酒やギャンブル、ビリヤードで日々を過ごすしかない苦境に陥った。だが、今ではビリヤード台はなんとマニ石になった。これは恐らく、教えを説きに来たラマたちが諭したことと関係があるのだろう。更には、故郷と神を捨てざるを得なかったチベット人たちの信仰と関係があるのだろう。そして最も重要なのは、生命の活力がよみがえり、信仰が滅びずに続いていくだろうとこの「マニ石」が告げていることだ。

 2012年9月27日、ラサにて (RFAチベット語)


rftibet at 20:25|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2013年02月23日

「国際母語デー」にチベットでは

602224_403253603106152_1992326493_nゴロ:チベット語による詩の朗読会

先日2月21日は「国際母語デー」であった。「国際母語デー」とは言語と文化の多様性、多言語の使用、そしてあらゆる母語の尊重の推進を目的として、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)が1999年11月17日に制定した、国際デーのひとつである。世界的に英語その他中国語等の圧倒的な隆盛の中で消滅したり、消滅の危機にさらされる言語が後を断たない状況の中で、世界各地の母語の重要性を思い出し、これを維持することを訴えるという意義深い日である。

チベットにおいては、中国当局の漢語強要政策により日増しに消滅の危機が増している文化の基底であるチベット語の重要性を再認識し、これを守ることは今や緊急の課題となっている。近年、アムドを中心に教育メディアからチベット語が排除されることに反対する学生デモが頻繁に行われている。中国当局はこれらのデモに対し暴力的鎮圧を繰り返している。

どうにかしてチベット語を子供たちに教えたいという親たちの意向を受け、僧院や村の寺小屋で行われるチベット語クラスさえ当局はいちいち潰そうとしている。また焼身者たちの多くが最後の遺言として、チベット人としてのアイデンティティーを守るために純粋なチベット語をはなすことを同胞に求めるている。

そして21日、チベット内地では当局の厳しい監視にも関わらず、この「国際母語デー」を記念する行事が各地で行われたというニュースが伝えられた。

image1「2月21日国際母語デー」、チベット語を守ろうと訴える張り紙

RFAによれば、アムド、ケンロ(甘粛省甘南チベット族自治州)のマチュやルチュをはじめ、その他各地でこの日に合わせたチラシが張り出された。その中には「純粋な母語よ永遠に」「母語を死守せよ」「(中国語との)混合語を捨てよ」等と書かれていたという。(チベット語では母語と言わず父語ཕ་སྐད་と言う)

また、アムド、ゴロ州チクディル県ザユルの遊牧民地帯ではこの日を記念して、地域の有志が組織した「言語保護協会」の主催により、ダライ・ラマ法王の写真を掲げ、地元の作家、詩人、学生たちがそれぞれチベット語による詩の朗読を行うというイベントが開かれた。

中国当局はこのようなチベット人が自らの言語を守ろうとする運動を、民族の統一を妨げる分裂主義者の政治的運動と見なし、主催者を逮捕するということも行っている。また、中国側のこのような硬直した態度が、チベット人をしてデモを行ったり、法王の写真を掲げるという行動に走らせるのである。

参照:22日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/international-mother-language-day-02222013160145.html

574628_403254426439403_1837792585_n同じくゴロのチベット語による詩の朗読会






















312316_403254236439422_1258270834_n























563128_403253943106118_324800046_n

rftibet at 16:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月22日

チベット歴正月の前日チャムド地区の2カ所で抗議デモ 合わせて12人逮捕/ラサで携帯に焼身者の写真 2年の刑

imageマルカムで僧侶たちが決起 6人逮捕

ロサ(チベット歴正月)前日の2月10日、チベット自治区チャムド地区マルカム県ポンパ郷ダクディプ僧院(སྨར་ཁམས་རྫོང་སྤོམ་པ་ཤང་བྲག་རྡིབ་དགོན་པ་芒康县莽岭乡扎丁寺)の僧侶たちが「ダライ・ラマ法王のチベット帰還とチベットの独立を求め」抗議デモを行った。当局は直ちに部隊を派遣し、デモを行った僧侶全員を拘束した。

現地から報告を受けた在アメリカのマルカム・ダクパがRFAに伝えたところによれば、「僧院内の民主管理委員会は20人を越える僧侶たちへの政治的再教育を始めた。このことが僧侶たちの生活を困難にさせた。そして、ロサの前日僧侶全員が抗議デモを行い、全員拘束された」

その後「2月13日には、僧侶たちが拘束されたことを知った地域のチベット人たちが、僧侶たちを解放することを求め抗議デモを行った。これにより、6人を除きその他の僧侶は解放された。現在マルカム一帯には大勢の保安部隊が展開し、緊張が高まっている」という。

同じ事件を伝えるVOTは、ダラムサラ在住のマルカム出身の亡命チベット人が現地から受けた情報を伝えているが、その中、「毎年年末には地区の僧院でシャーマンによる踊りと神託が下される儀式が行われるが、今年はこれが当局により阻止された。これに反発して僧侶たちが抗議デモを行い、ダライ・ラマ法王帰還とチベット独立を訴えたのだ」

「このデモは平和的なものであり、基本的には宗教の自由を求めるものだったが、当局は大量の警察と軍隊を派遣し、僧侶はめった打ちにされ逮捕されたのだ」という。情報網が遮断され、現在僧侶たちの姓名や居所は伝わっていない。

VOTによれば、この僧院は地区でもっとも古いサキャ派の僧院で僧侶は約400名という。

マルカムでは去年8月15日に、住民千人ほどが地区の鉱山開発に反対する抗議デモを行ったが、この際当局がデモ参加者に向かって無差別発砲したことにより、チベット人1人が死亡している。詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51758090.html

参照:19日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/arrest-02192013200418.html
20日付けVOT中国語版http://www.vot.org/?p=22488
21日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7359
21日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33076&article=Six+Tibetan+monks+detained+for+pro-independence+protest+on+Tibetan+new+year+eve

ゾガン県で住民が抗議デモ 3人骨折 6人逮捕

同じく2月10日、チャムド地区ゾガン県メユル郷(མཛོ་སྒང་རྫོང་སྨད་ཡུལ་ཤང་)の庁舎前で一群のチベット人住民が「宗教の自由を!」と叫び、また庁舎の壁に「チベット独立」と書かれた張り紙を貼った。

次の日、ゾガン県から大勢の警官と軍隊がメユル郷に押し掛け、デモに参加したとして6人のチベット人を逮捕した。その際、部隊は激しい暴力を振い、2人が肋骨を折られ、1人が腕の骨を折られたという。

追記:RFAによれば、住民デモの原因は当局が正月を前に家々の屋上に中国国旗を掲げることを強要したからだという。住民はこれに反発し、「配られた中国国旗を破り捨て、踏みつける者もいた。懐柔のために配られたソーラーパネルを壊す者もいた」という。

参照:21日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7359
22日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/detain-02222013163235.html

上記2件と19日のンガバにおける2人の焼身を伝える時事通信の21日付け記事:http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013022100800
上記2件を伝える共同通信>産経21日付け記事:http://sankei.jp.msn.com/world/news/130221/chn13022113090006-n1.htm

携帯から焼身者の写真が見つかり2年の懲役刑

去年11月初めに行われた十八党大会を前にチベット全土で当局による警戒が厳しくなっていた。ラサにおいても市内の至る所に検問所が設けられ、携帯等のチェックが厳しく行われていた。

そんな中、10月21日、ラサのモスクの近くで検問されたガワン・トプデン(་ངག་དབང་སྟོབས་ལྡན་20)は滞在許可証等は全て持っていたが、調べられた携帯の中に焼身者の写真2枚とチベット国旗、当局がチベット人に暴力を振っている写真を入れていることを見つけられた。

00-03ngawangガワン・トプデン

彼はまずラサ警察で3日間尋問された後、グツァ刑務所で7日間の尋問を受けた。そして、民族の統一を乱し、政治的デマを流したとして正式に逮捕され、最近2年の懲役刑を言い渡され、現在トゥルン・ションパ・ラチュ近くにある刑務所に収監されているという。

彼はチベット自治区チャムド地区ジョンダ県カルガン郷(བོད་རང་སྐྱོང་ལྗོངས་ཆ་མདོ་ཁུལ་འཇོ་མདའ་རྫོང་མཁར་སྒང་ཤང་)の出身であり、3年前からラサでタンカ(チベット仏画)の勉強を行っていた。

家族は彼が刑期を受けたということは友人から知らされて知っているが、正確な罪状や刑期、裁判がいつ行われたのか、現在の健康状態等は当局から一切知らされていないという。

彼が収監されている刑務所を訪問した他の受刑者の家族によれば、この刑務所には彼の他、チャムドやナクチュ出身のチベット人政治犯が2、3年の刑を受け大勢収監されているという。

参照:21日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/Tibetan-sentenced-for-keeping-photos-02212013144916.html
21日付けTibet Post 英語版http://www.thetibetpost.com/en/news/tibet/3229-a-tibetan-sentenced-to-two-years-in-prison-for-mobile-photos
22日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7358

rftibet at 18:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月21日

ウーセル・ブログ:ここ数年の「ロサ祝賀拒否」を振り返って

526638_141810652646984_1279021131_nウーセルさんのコメント:画像はフェイスブックから。今日はロサ。チベット暦2140年、水蛇年の初日だ。アムドの友人によれば、企業・団体や兵営が派手に爆竹を鳴らしただけで、チベット人家庭は少しも爆竹を鳴らさず、ロサを楽しく過ごす雰囲気はない。僧院で仏教行事に参加したり、家庭で静かに集まったりし、身に着けている民族衣装も無地だという……。

原文:http://woeser.middle-way.net/2013/02/blog-post_11.html
翻訳:@yuntaitaiさん

◎ここ数年の「ロサ祝賀拒否」を振り返って

チベット全土に及んだ2008年の抗議はまさに「ネズミ年の雪獅子の咆哮」だった(ネズミ年は農暦のネズミ年のことで、雪獅子はチベットの比喩)。2008年以降、全てに大きな変化が起きた。水面が静かに見えても地下水はわき返っており、民衆から毎回伝わってくる不服従運動は、より熾烈な炎へと徐々に変わってきている。

2009年のロサ(チベット暦新年)を振り返ってみよう。内外のチベット人は祝賀を拒否し、黙祷して過ごした。当時、アムドやカムなどでひそかに広まったビラには次のように書かれていた。「ラサの3・10事件では、何千もの同胞が逮捕され、迫害を受け、行方不明になった。平穏無事に漫然と生きているチベット人たちよ、もし良心がまだ残っているのなら、もし苦楽を共にするのなら、次の2点をやり遂げてほしい。喜び楽しんで歌を歌わないこと。爆竹や花火を使わないこと。この2点だけだ。亡くなった人たちを思い起こし、生きている者の幸福を祈ろう!」

別のビラには「同じ民族のチベット3大地方(アムド、カム、ウツァン)の兄弟姉妹、僧俗たちよ、私たちは団結し、ともに抵抗しなければならない。故郷を侵略、占領した政権に二度と頭を下げてはならない。3大地方の民衆は苦楽を共にし、射殺された同胞を決して忘れてはならない。彼らは自分の利益のためではなく、民族の自由と正義のために命を犠牲にした。だからチベット人の一人として、ロサを祝うことはできない……」

当局の反応はまず暴力だった。彼らはロサを祝わないことを重大な分裂行為とみなした。例えばラサでは、ロサを祝わないよう伝言したり、ネット上で呼びかけたりした「流言飛語の発信者」を逮捕した。カムのゾゴン(チベット自治区左貢県)では1月20日、街頭でスローガンを叫んだペマ・ツェパクが軍警のめった打ちに遭い、死亡した。

二つ目の反応はチベット人へのロサ強要だ。アムドのレゴン(青海省同仁県)では、地元政府が各家庭に文書を出し、チベット人に署名と捺印を求めた。昨年のような抗議を絶対に起こさないこと、党と政府の指導に従うこと、大々的にロサを祝うことを保証する内容だ。アムドのサンチュ(甘粛省夏河県)やンガバ(四川省阿壩県)などでは、地元政府が幹部や職員に爆竹を配り、正月に打ち鳴らすよう求めた。三つ目の反応は官製メディアに表れた。ロサを祝わないよう本土のチベット人を扇動しているとして、各官製メディアはチベット亡命政府とチベット青年会議を非難した。

ロサ到来に際し、当局は調和と喜びの虚像を全力で作り出した。例えば西蔵電視台では、中央電視台の春節晩会(年越し特番)を真似たチベット暦新年の晩会があり、予算や規模が最も大きく、審査が最も厳しいとされる。この番組がでっち上げていたのは、春節晩会よりも誇張された嘘だった。一方で、例えば四川省のチベット・エリアに増派した軍隊はロサ期間中、武装警察部隊と中国7大軍区の一つ、成都軍区の部隊を除き、カム北部のタウ(四川省道孚県)と南部のリタン(四川省理塘県)、アムドのメワ(四川省紅原県)などで、大規模な軍事演習を実施した。

実は当時、ロサを祝わないよう最も早く呼びかけたのは本土のチベット人だった。多くの農民、遊牧民、市民、学生や僧侶、極端な例では体制内のチベット人までもが自発的にそうすることを選んだ。これが示しているのは、中国の行政区画で五つの省と自治区に分布するチベット人が苦楽を共にしようという願いだ。当局に迎合せず、当局を持ち上げず、当局に服従しないという姿勢だ。

ロサ初日の2009年2月25日、アムドのマンラ(青海省貴南県)で、ルツァン僧院の100人以上の僧侶が袈裟を頭からかぶってロウソクを持ち、県政府の正門前に座り込んだ。彼らは「分裂主義者と結託した」と非難される危険を冒し、現場の写真をメールで送り、4点の要求などを提出した。「1、中国政府はチベットの僧俗、特に若い世代の望みを理解するべきだ。2、ロサ祝賀拒否という平和的な抗議は昨年の抗議よりも広範囲にわたっている。3、座り込みは内外の全チベット人に向けた新年の贈り物だ。4、『チベット問題』が早く解決されるよう祈願する」。ルツァン僧院ではまもなく13人が逮捕され、4人が懲役2年の判決を受けた。

実際のところ、チベット人は2009年のロサだけでなく、この数年のロサを不服従というやり方で過ごしてきた。2009年以降、内外のチベット人104人が炎に身を包み、中国政府は非人道的なやり方で焼身者の友人や同郷者、僧侶に危害を加え、ひどい場合は並外れたでたらめや穴だらけの非難をでっち上げてきた。2013年のロサ、つまりチベット暦2140年の水蛇年の到来に際し、各地のチベット人はこうした事実に向き合い、依然として祝賀を拒否し、黙祷して過ごすという方法で、命をささげた者への敬意と抑圧者への抗議の意思を示すのだ。

2013年2月10日 (RFA特約評論)


rftibet at 21:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月20日

<速報>19日夜、ンガバで17歳と18歳の若者が焼身、死亡

Renchen_02焼身・死亡した17歳のリンチェン

2月20日付け、ダラムサラ・キルティ僧院リリースによれば、19日現地時間午後9時半頃、ンガバ州ゾゲ県キャンツァ郷(རྔ་པ་མཛོད་དགེ་རྐྱང་ཚ་ཞང་)で2人の若者が一緒に中国政府のチベット圧政に抗議するために焼身を行い、その場で死亡した。

1人はリンチェン(རིན་ཆེན་)17歳。もう1人はソナム・ダルギェ(བསོད་ནམས་དར་རྒྱས་)18歳。

2人ともキャンツァ郷ガルドン村出身。リンチェンの父の名はドゥンドゥップ・ツェリン、母(故人)の名はアドゥン。ソナム・ダルギェの父の名はツェリン・ドゥンドゥップ、母の名はタコ。

2人の遺体はそれぞれの家族の下に運ばれたという。当局の干渉なく葬儀が行われるかどうかが危惧されている。

2人は同じ地元の小学校で学んだ。その後リンチェンはブントゥンの学校に数年通った後、1年前から青海に移り、仕事に付いていたという。ロサ(正月)休みに故郷に帰っていたところだった。

その他の詳細は未だ不明。

内地焼身105人目と106人目、内死亡89人目と90人目。

参照:http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7350

rftibet at 20:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月19日

焼身者リスト最新版(下、5月9日更新) 2009年以降内外合わせ121人 内死亡103人

写真者顔写真117人


























内地焼身者117人の顔写真 VOT Gurbum Gyalo製作


焼身発生地地図






















内地焼身抗議・主な抗議活動発生地地図
(2013年4月25日付け。Tsampa Revolution 制作)


内外合わせ121人(2013年5月9日現在)の焼身者氏名、その他焼身状況概略
それぞれの焼身者の写真等、より詳しい情報は付記されたURLにアクセスすることにより、当ブログの各過去ブログで確認できる。第一報を中心に主な記事のみ表示。番号は発生順。

2009年2月27日のタペーから2012年9月末までの焼身者については>>>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51757842.html

2012年10月以降:

59)グドゥップ:チベット自治区ナクチュ、ディル県出身、作家、43歳、死亡。
2012年10月4日、チベット自治区ナクチュの街中で焼身。その場で死亡。2通の遺書を残す。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51764224.html

60)サンゲ・ギャンツォ:俗人、27歳、2児の父、死亡。
2012年10月6日、アムド、ツォエ(甘粛省甘南チベット族自治州合作)ドカル僧院の仏塔傍で焼身。その場で死亡。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51764472.html

61)タムディン・ドルジェ:54歳、死亡。妻と3人の子供を残す。高僧7世グンタン・リンポチェの祖父。
2012年10月13日、アムド、ツォエ(ツゥ)僧院仏塔前で焼身。その場で死亡。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51765338.html

62)ラモ・キャプ:27歳、2児の父、死亡。
2012年10月20日、アムド、サンチュ県ボラ郷ボラ僧院近くの路上で焼身。その場で死亡。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51766223.html

63)ドゥンドゥップ:61歳、妻と養子の息子が1人、死亡。
2012年10月22日、アムド、サンチュ県ラプラン・タシキル僧院の右繞道上で焼身。その場で死亡。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51766480.html

64)ドルジェ・リンチェン:57歳、妻と2人の子供を残す、死亡。副村長。
2012年10月23日、アムド、サンチュ県サンチュ市内、警察署近くの路上で焼身。その場で死亡。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51766632.html

65)ツェポ:20歳、死亡。
2012年10月25日、従兄弟である(65)のテンジンと共に、チベット自治区ナクチュ地区ディル県で焼身。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51767144.html

66)テンジン:25歳、生死不明。
2012年10月25日、上記の従兄弟ツェポと共に焼身。ダラムサラのソガ・スクールで学んだ事がある。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51767144.html

67)ラモ・ツェテン:24歳、妻と幼い娘を残す。死亡。
2012年10月26日、アムド、サンチュ県アチョク郷にある軍施設と裁判所の前で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51767018.html

68)トゥプワン・キャプ:23歳、若い妻を残す。死亡。
2012年10月26日、アムド、サンチュ県サンコク郷のバス停近くで焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51767074.html

69)ドルジェ・ルンドゥプ:25歳、タンカ(チベット式仏画)絵師、妻の幼い子供2人を残す。死亡。
2012年11月4日、アムド、レゴン県ロンウォ僧院前のドルマ広場で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768108.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768291.html

70)タムディン・ツォ:23歳、女性、遊牧民、夫と幼い息子1人を残す。死亡。
2012年11月7日、アムド、レゴン県ドワ郷ドロンウォ村のケマル草原で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-11.html#20121107

71)ドルジェ:15歳(焼身者中最年少)、ンゴシュル僧院僧侶、死亡。
2012年11月7日、アムド、ンガバ州ンガバ県ンガトゥ・ゴマン郷の警察署前で以下71のサムドゥプ、72のドルジェ・キャプと共に焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768582.html

72)サムドゥプ:16歳、ンゴシュル僧院僧侶、生死不明。
2012年11月7日、アムド、ンガバ州ンガバ県ンガトゥ・ゴマン郷の警察署前で70のドルジェ、72のドルジェ・キャプと共に焼身。部隊により病院に運ばれたというが、その後消息が途絶えたまま。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768582.html

73)ドルジェ・キャプ:16歳、ンゴシュル僧院僧侶、生死不明。
2012年11月7日、アムド、ンガバ州ンガバ県ンガトゥ・ゴマン郷の警察署前で70のドルジェ、71のサムドゥプと共に焼身。部隊により病院に運ばれたというが、その後消息が途絶えたまま。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768582.html

74)ツェギェ:27歳、11月18日にナクチュの刑務所内で死亡。
2012年11月7日、チベット自治区ナクチュ地区ディル県ペンカル郷の政府庁舎前で焼身抗議。警官にナクチュに連行され、刑務所内に治療も受けず、その上拷問も受け18日に死亡と。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768582.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770986.html

75)ケルサン・ジンパ:18歳、死亡。
2012年11月8日、アムド、レゴン県ロンウォ僧院前のドルマ広場で焼身、その場で死亡。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768661.html

76)ゴンポ・ツェリン:18歳、死亡。
2012年11月10日、アムド、ツゥ(ツォエ)県ルシュ郷にあるルシュ僧院内で焼身、数時間後に死亡。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51768943.html

77)ニンカル・タシ:24歳、遊牧民、死亡。
2012年11月12日、アムド、レゴン県ドワ郷の草原で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51769134.html

78)ニンチャク・ブム:20歳、死亡。
2012年11月12日、アムド、レゴン県ドワ郷の街中で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51769203.html

79)ティンジン・ドルマ:23歳、女性、農業、死亡。
2012年11月15日、アムド、レゴン県ツェンモ郷ゴゲ村のお堂の前で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51769511.html

80)カンブム・ギェル:18歳、死亡。
2012年11月15日、アムド、レゴン県ギェルポ・ルチュ草原からロンウォ鎮に向かう途中にあるコンセンド(ཁོང་གསེང་མདོ་穴の開いた岩)と呼ばれる場所で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51769511.html

81)チャクモ・キ:27歳、女性、タクシー運転手、死亡。
2012年11月17日、アムド、レゴン県ロンウォ鎮の税務署前で焼身。「民族平等」「習近平はダライ・ラマ法王と会うべきだ」等と書かれた短い遺書を残す。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51769721.html

82)サンダク・ツェリン:24歳、死亡。
2012年11月17日、アムド、レゴン地区ツェコク県ドカルモ郷の政府庁舎前で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51769823.html

83)ワンチェン・ノルブ:25歳、死亡。
2012年11月19日、アムド、ツォシャル(海東地区)ヤズィ県カンツァ・チベット族郷カンツァ僧院の傍で焼身。先代パンチェン・ラマの故郷。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770050.html

84)ツェリン・ドゥンドゥップ:34歳、死亡。
2012年11月20日、アムド、サンチュ県アムチョク郷ギャガル草原にあるゴン・ンゴン・ラリ金鉱山開発場の入り口付近で焼身。鉱山開発に対する抗議か?
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770091.html

85)ルンブム・ギェル:18歳、死亡。
2012年11月22日、アムド、レゴン県ドワ郷の路上で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770394.html

86)タムディン・キャプ:23歳、元僧侶、現在遊牧民、死亡。
2012年11月22日、アムド、ルチュ県ルチュ川の河原で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770444.html

87)タムディン・ドルジェ:29歳、死亡。
2012年11月23日、アムド、ツェコ県ドカルモ郷の政府庁舎前で焼身。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770518.html

88)サンゲ・ドルマ:17歳、尼僧、死亡。
2012年11月25日、アムド、ツェコ県ドカルモ郷パルコル村で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771010.html

89)ワンギェル:26歳、元僧侶、死亡。
2012年11月26日、カム、カンゼ州セルタ県セルタの金馬広場で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770800.html

90)クンチョク・ツェリン:18歳、死亡。
2012年11月26日、アムド、サンチュ県アムチョク郷ギャガル草原にある金鉱山開発地の入り口辺りで焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770816.html

91)ゴンポ・ツェリン:24歳、3児の父、死亡。
2012年11月26日、アムド、ルチュ県アラ郷にあるアラ・デウゴ僧院の本堂前で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770883.html

92)ケルサン・キャプ:24歳、死亡。
2012年11月27日、アムド、ンガバ州ゾゲ県キャンツァ郷の役場の前で焼身。短い遺書を残している。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770946.html

93)サンゲ・タシ:18歳、死亡。
2012年11月27日、アムド、甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ県サンコク郷で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771006.html

94)ワンデ・カル:21歳、死亡。
2012年11月28日、アムド、甘粛省甘南チベット族自治州ツゥ市の街中で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771147.html

95)ツェリン・ナムギェル:31歳、2児の父、死亡。
2012年11月29日、アムド、甘粛省甘南チベット族自治州ルチュ県サムツァ郷の役場前で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771156.html

96)クンチョク・キャプ:29歳、2児の父、死亡。
2012年11月30日、アムド、ンガバ州ゾゲ県シャクドム郷で焼身。部隊に運びされバルカムの病院に運ばれたが、次の日に死亡。遺灰のみが家族に渡された。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771297.html

97)スンドゥ・キャプ:17歳、1児の父、生死不明。
2012年12月2日、アムド、甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ県ボラ郷ボラ僧院近くで焼身。部隊によりツゥの病院に運ばれた。両足切断の手術を受けたが回復中。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771516.html

98)ロプサン・ゲンドゥン:29歳、僧侶、死亡。
2012年12月3日、アムド、ゴロ州ペマ県ペマの街中で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771640.html

99)クンチョク・ペルギェ:24歳、僧侶、死亡。
2012年12月8日、アムド、ンガバ州ゾゲ県にあるタクツァン・ラモ・キルティ僧院集会堂前で焼身。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51772202.html

100)ペマ・ドルジェ:23歳、死亡。
2012年12月8日、アムド、甘南チベット族自治州ルチュ県シツァン僧院本堂前で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51772211.html

101)ペンチェン・キ:17歳、中学校生徒、死亡。
2012年12月9日、アムド、ツェコ(青海省黄南チベット族自治州ツェコ県)ドカルモ郷で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51772349.html


2013年

102)ツェリン・タシ(ツェペ):22歳、遊牧民、死亡。
2013年1月12日、アムド、サンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)アムチョク郷アムチョクの街中で焼身。http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51776148.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51776361.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51776603.html

103)ツェリン・プンツォク(ドゥプチョク):20歳代後半、遊牧民、2児の父、死亡。
2013年1月18日、アムド、ンガバ州キュンチュ県ダチェン郷(四川省阿坝藏族羌族自治州红原县瓦切郷)で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51776826.html

104)クンチョク・キャプ:26歳、遊牧民、1児の父、死亡。
2013年1月22日、アムド、サンチュ県ボラ郷のボラ僧院内で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51777501.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51777591.html

105)ロプサン・ナムギェル:37歳、ンガバ・キルティ僧院僧侶、死亡。
2013年2月3日、アムド、ンガバ州ゾゲ県ゾゲ警察署の近くで焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51780697.html

106)ドゥプチェン・ツェリン(ドゥプツェ):25歳、セルタ・ギェルチュク僧院僧侶、トゥルク(転生僧の息子)、死亡。
2013年2月13日、ネパール、カトマンドゥ、ボドナート仏塔傍で焼身。その日の夜病院で死亡。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51780647.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51780869.html

107)ドゥクパ・カル:26歳、3児の父、死亡。
2013年2月13日、アムド、サンチュ県アムチョク郷で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51780838.html

108)ナムラ・ツェリン:49歳、息子4人の父、死亡。
2013年2月17日、アムド、サンチュの街中で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781108.html

109)リンチェン:17歳、死亡。
2013年2月19日、(110)のソナム・タルギェと共にンガバ州ゾゲ県キャンツァ郷で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2013-02.html#20130220

110)ソナム・タルギェ:18歳、死亡。
2013年2月19日、(109)のリンチェンと共にンガバ州ゾゲ県キャンツァ郷で焼身。
ttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2013-02.html#20130220

111)パクモ・ドゥンドゥップ:20歳前後、死亡。
2013年2月24日、アムド、ツォゴン地区バイェン県(青海省海東地区化隆回族自治県)にあるチャキュン(ジャキュン、བྱ་ཁྱུང་དགོན་པ་、夏琼寺)僧院内で焼身。病院に運ばれる途中、家族と共に部隊に拉致されその後行方不明。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781897.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51782129.html

112)ツェスン・キャプ:27歳、死亡。
2013年2月25日、アムド、ケンロ、ルチュ(མདོ་སྨད་ཀན་ལྷོ་ཁུལ་ཀླུ་ཆུ་甘粛省甘南チベット族自治州碌曲県)にあるシツァン僧院(ཤིས་ཚང་དགོན་)の本堂前で焼身。その場で死亡。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781916.html

113)サンダ:19歳、ディプ僧院(サキャ派)僧侶、生死不明。
2013年2月25日、アムド、ンガバ州ンガバ県のンガバ市内から南に延びる幹線上で焼身。部隊が連れ去りその後行方不明。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51782017.html

114)クンチョク・ワンモ:30歳、一児の母、死亡。
2013年3月13日、アムド、ンガバ州ゾゲ県で焼身。夫は当局により「焼身の原因は夫婦喧嘩だと言え」と命令されたが、夫はこれを拒否。拘留される。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51783990.html

115)ロプサン・トクメ:28歳、ンガバ・キルティ僧院僧侶、死亡。
2013年3月16日、アムド、ンガバ州ンガバ県キルティ僧院内で焼身。僧侶たちにより病院い運び込まれたが間もなくして死亡。遺体は当局に奪われた。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51783916.html

116)ケル・キ:30歳、遊牧民、4児の母、死亡。
2013年3月24日、アムド、ンガバ州ザムタン県パルマ郷にあるチョナン僧院傍で焼身、その場で死亡。遺体はチョナン僧院内に運ばれ、4千人が集まり葬儀が行われた。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51784626.html

117)ラモ・キャプ:45歳、森林管理員、死亡。
2013年3月25日、アムド、ケンロ州サンチュ県で燃え盛る焚き火の中に身を投げ焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51784801.html

118)クンチョク・テンジン:28歳、モクリ僧院僧侶、死亡。
2013年3月26日、アムド、ケンロ州ルチュ県サムツァ郷モクリ僧院近くの路上で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51785113.html

119)チュクツォ:20歳、遊牧民、2児の母、死亡。
2013年4月16日、アムド、ンガバ州ザムタン県バルマ郷にあるチョナン僧院傍で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51786937.html

120)ロプサン・ダワ:20歳、タクツァン・ラモ・キルティ僧院僧侶、死亡。
2013年4月24日、アムド、ンガバ州ゾゲ県にあるタクツァン・ラモ・キルティ僧院内で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51787733.html

121)クンチョク・ウーセル:23歳、タクツァン・ラモ・キルティ僧院僧侶、死亡。
2013年4月24日、アムド、ンガバ州ゾゲ県にあるタクツァン・ラモ・キルティ僧院内で焼身。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51787733.html

2013年5月9日現在、2009年以降、内外合わせた焼身者121名の内103人の死亡が確認されている。
内女性18名。
内地117人、内死亡確認101人。
外地4人、内死亡確認2人。

rftibet at 11:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月17日

<速報>今日、サンチュ市内で新たな焼身抗議 4児の父 内地104人目

1-mmexport136110今日、2月17日、現地時間午後6時頃、アムド、サンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河)の街中で1人のチベット人男性が中国政府のチベット弾圧に抗議するために焼身を行った。

先ほど、焼身者の名前と年齢、出身地が判明した。名前はナムラ・ツェリン(གནམ་ལྷ་ཚེ་རིང་)、49歳。ラプラン・サンチュ県ゲンギャ郷リゴン村 (བླ་བྲང་བསང་ཆུ་རྫོང་རྒན་གྱ་ཞང་རི་སྔོན་སྡེ་བ་)の出身。彼には4人の子供がいて、その内の1人は僧侶という。

image_1361101489部隊が駆けつけ彼を運び去ったので、現在彼の生死は不明である。しかし、目撃者は「大きな炎に包まれていたので、彼が生きる可能性は少ないと思われる」と話たという。

その他の詳細はまだ伝わっていないが、写真には道の真ん中で大きな炎に包まれながら、正座の姿勢を保っているナムラ・ツェリンが写っている。











563044_572756186070214_1505752259_nその後、後ろ向きに倒れ尚も燃え続ける。

本土焼身者104人目。

追記:ロンドンベースのFree Tibetによれば、当局が彼の死亡を確認したという。
彼は回りのチベット人からはホバ(ཧྭོ་བྷ་)と呼ばれていた。父の名はサムドゥプ、母の名はスコ、妻の名はツォロ。長男が僧侶。

焼身中のビデオも伝わった>http://www.facebook.com/photo.php?v=416040411813176&set=vb.100002216620002&type=2&theater

参照:17日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7337
17日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33045&article=Breaking%3a+Another+self-immolation+rocks+Tibet%2c+Toll+reaches+102
17日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/burning-02172013112417.html

rftibet at 23:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年02月15日

ボドナート仏塔傍で焼身、死亡した僧侶はトゥルクの息子

3_2_13duptse 2チベット歴の正月3日、ダライ・ラマ13世が所謂「チベット独立宣言」を公布して100周年目に当たる、2月13日の朝、ネパール、カトマンドゥのボドナート仏塔傍で焼身した若いチベット人僧侶は、その夜病院で死亡した。次の日の夕方、彼の身元がようやく確認された。

僧侶の名前は、中国政府が発行する身分証明書によればドゥプツェ(སྒྲུབ་ཚེ་ ドゥプシン・ツェリンའགྲུབ་བཞིན་ཚེ་རིང་の略名と思われる)。年齢25歳。彼はカンゼ州セルタの出身であり先月内地よりネパールに亡命してきたばかりであり、カトマンドゥのチベット難民一時収容所に収容されていた。収容所には名前はルントック・テンジンと記されていたという。

druptse彼は有刺鉄線で身体にコットンを巻き付け、その上にガソリンをかけて火を点けていたという。彼は地区で有名なトゥルク(転生僧)の息子であった。トゥルクである父の名前はトゥルク・サンガク・テンジン、母の名はツェラ。

14日にTibet Expressが現地に電話を入れ、彼を知る人を探し出し、話を聞いたという。それによれば「僧ドゥプツェはカム、カンゼ州セルタ県ヌップスル郷ギェルチュク村(གསེར་རྟ་རྫོང་གནུབས་ཟུར་ཡུལ་ཚོ་རྒྱལ་ཕྱུག་སྡེ་བ་)にあるギェルチュク僧院の僧侶。彼はインドに亡命する前に『これまでに自分はチベット人を利するための仕事を何もできなかったが、これから何かチベット人のためになることをやるつもりだ』と近しい人に話ていた」という。

130214101601TP彼が死亡したということを知り、チベットキャンプでは秘密裏に彼を偲ぶヴィジルを行った。

遺体は15日に警察からチベット難民一時収容所に渡されることになっている。

彼は最初から外地で焼身するために亡命してきたのであろうか?

参照:14日付けTibet Expressチベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-35-27/10124-2013-02-14-17-38-57
15日付けTibet Times チベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7324

582793_559952787350786_984985580_n

rftibet at 18:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

<速報>独立100周年記念日に本土でも焼身 3児の父

チベット歴正月3日、チベット独立宣言100周年記念日に当たる2月13日、アムド、サンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)、アムチョク郷(又はツゥ市ルシュ地区)で3児の父であるドゥクパ・カル(འབྲུག་པ་མཁར་)、26歳が中国政府への抗議の印に焼身し、その場で死亡した。

ドゥクパ・カルは下アムチョク郷ルションキナン村の出身。父の名はタムディン・ツェリン、母の名はタムディン・ツォ。妻との間に6歳、4歳、1歳になる子供3人がいたという。

詳細はまだ伝わっていない。

甘南チベット族自治州では、当局による焼身者の家族、友人等の拘束が続き、1月31日には焼身者の遺体を家族の下に届けたチベット人たち6人に3年から12年の刑が言い渡されている。しかし、このような当局の理不尽な対応により焼身が止まるということはないようだ。2月に入り本土で2人、ネパールで1人が焼身している。

本土焼身者103人目。

参照:14日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/burning-02142013110206.html
同チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/selfimmolation-02142013152257.html
14日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7320
15日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33038&article=Breaking%3a+Tibet+continues+to+burn%2c+Father+of+three+passes+away


rftibet at 11:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)