2013年03月

2013年03月31日

ギャマ鉱山の悲劇は「自然災害」か?

306004_591714490841050_1884252215_n現場で救出作業中という写真。

新華社によれば、29日早朝、ラサの東、約70キロにあるメルド・グンカル県ギャマ郷(མལ་གྲོ་གུང་དཀར་རྒྱ་མ་ཤང་)にある鉱山で大規模な地滑りが発生し、83人が生き埋めになったという。昨日になり、やっと1人の遺体が発見されたそうだ。83人の内チベット人は2人だけ。女性という情報もある。後は全て漢人出稼ぎ労働者である。痛ましいニュースだ。中国では鉱山、炭坑事故で毎年5000人以上の人が亡くなっている。経済優先、人命軽視の見本である。

チベットにおける鉱山開発は、最近急速に数と規模を増している。嘗ては中国も中央から遠く離れたチベットの鉱山を開発するだけの、技術も資本も移送手段も持ち合わせていなかった。しかし、鉄道がラサまで敷かれた今、事情はすっかり変わった。このギャマ鉱山はラサに近いということもあり、今ではチベット内でもっとも大きな鉱山に成長した。その銅の埋蔵量においては中国でも有数の規模で10年以内に中国でもっとも銅産出量の多い鉱山になるそうだ。銅の他に、モリブデン、金、銀、鉛、亜鉛を産する。

政府系中国黄金集团傘下の鉱山会社がカナダのContinental Minerals社の資本参加も受けて開発中である。中国政府は2012年に、この鉱山を「国家緑色鉱山開発のパイロット計画」と位置づけ、「国家の団結と発展を促進するためのモデル計画」であり、「人民優先」「安全生産」をモットーとする「鉱山と地元コミュニティーの調和、社会福祉の責任を負う計画」であると宣伝している。

mine-landslide-tibet-2013もちろん、中国はいつものように、口先、表面上はこのような立派なことを唱えているが、他の鉱山と同じように、ここでも、元々の住民の意志を無視した乱開発により、これまでにも多くの問題が発生している。地元のチベット人たちは耕作地や草原を勝手に略奪されたと思っている。2009年には川の汚染により、多くの家畜が死に、健康被害が起きていると政府に何度も訴えたが、金を握らされてる役人たちは全く耳を貸さず、最後には暴力的衝突が起こり、これに対し部隊が投入されたことにより3人のチベット人が負傷している。

_7@badiucaoの漫画(ウーセルブログより)

全体の開発面積は145、5平方キロにも及び、その内現在約半分で実際の採掘が行われているという。今回土砂崩れが発生し、埋まってしまった面積は4平方キロという。これだけでも相当大きな規模で一つの谷を埋め尽くすほどの土砂崩れである。しかし、全体からみればまだほんの一部が崩れただけとも言えよう。そこら中の山を崩し、山に穴を開けて掘り出していれば、崩れてもなんの不思議でもない。それをただの「自然災害」と言い切ってしまうのが中国である。もちろん、責任回避のためだ。

実際に生き埋めになってしまった人の数は83人より多い可能性も多いと言われているが、とにかくその内2人しかチベット人が含まれていないということは、地元のチベット人たちは労働力としても雇われる事なく、耕作地と草原を奪われ、公害を受けるだけで、ほぼ何も経済的見返りを享受していないということは確かのようである。チベット人にとっては泥棒行為意外のなにものでもない。

1999年に始まった西部大開発の主な目的は西の資源を東の経済を維持するために活用するというものだ。この政策に従い、チベットの各地で鉱山開発やダム建設が開始された。チベット人たちは先祖代々回りの自然を神々の住まいと認識し、できるだけ自然を破壊しないよう努めて来た。地域ごとに聖山というものがあるが、中国人はそのようなことはまったく意に解さず、聖山であろうがなかろうが、お構いなしに山に穴をあけ、山を崩した。このことが地元のチベット人の怒りをかい、チベット人たちは各地で鉱山開発に抗議し、時にはデモを行った。鉱山開発会社のバックは軍であることが多い。鉱山開発に反対するデモが起れば会社は直ぐに軍を呼び、軍は発砲も辞さず、衝突で銃殺されるというケースも続出している。

56c59cd0石油を含むチベット内鉱山地図。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51755231.html

この鉱山開発に抗議したと思われる焼身が同じ場所で2件起っている。2012年11月20日、現地時間午前8時半頃、アムド、サンチュ(བསང་ཆུ་རྫོང་甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)アムチョク(ཨ་མཆོག་阿什合曲郷)ギャガル草原にあるゴン・ンゴン・ラリ金鉱山開発場の入り口付近でツェリン・ドゥンドゥップ(ཚེ་རིང་དོན་གྲུབ་)、34歳が抗議の焼身を行い、その場で死亡した。彼は3児の父であった。また、一週間後の11月26日には、ほぼ同じ場所でクンチョク・ツェリン、18歳が焼身し同じくその場で死亡している。この金鉱開発は地元の人々が聖山と崇める山をえぐるように進められており、住民の飲み水が汚染されたり、草原が荒れたりという問題が発生しているという。これに対し、地元のチベット人たちはこれまでに何度も地元政府に対し、開発を中止することを求める陳情書を提出したり、抗議デモを行った。しかし、政府はこれを無視し続けていた。

ツェリン・ドゥンドゥップとクンチョク・ツェリンはもちろんチベット全体に関わる中国の圧政に対し抗議するという意図もあったと思われるが、焼身した場所がこの金鉱山の入り口付近であったということで、特にこの金鉱山開発に抗議する目的で焼身したと思われる。

このまま、中国が内地の貪欲な資源需要を満たすために、チベットで乱開発を続けるならば、このような「人的災害」やチベット人との衝突等の悲劇は増えることはあっても決して減ることはないであろう。

参照:31日付けウーセルブログ、ギャマ鉱山の写真が沢山ある:http://woeser.middle-way.net/2013/03/blog-post_31.html
30日付けTibet Net http://tibet.net/2013/03/30/landslide-in-gyama-mine-natural-or-man-made/

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2013年03月30日

ウーセル・ブログ:焼身したチベット人の遺族は言う――「これでは、あと何人失うのか?」

ウーセルさんの3月27日付けブログ前半を、うらるんたさんが解説付きで訳して下さったので以下それを女史のブログ(http://lung-ta.cocolog-nifty.com/lungta/2013/03/20130325.html)から転載させて頂く。

[訳]ウーセル・ブログ:焼身したチベット人の遺族は言う――「これでは、あと何人失うのか?」

このコラムに関する次のやりとりも合わせてどうぞ
きょう(3月25日)また焼身が起きた!
http://lungtaprojectjapan.tumblr.com/post/46428373754/tsepa-voa

焼身したチベット人の遺族は言う――「これでは、あと何人失うのか?」

看不見的西藏:自焚藏人的家人说:就这样,还会有多少人离去?(2013年3月27日)

原文:http://woeser.middle-way.net/2013/03/blog-post_671.html

(ウーセルさんの前書き)

RFA(ラジオ・フリー・アジア)チベット語放送局の記者パルデン・ギェルは一昨日(3月25日)彼自身のブログに短いコラムを寄せた。VOA(ボイス・オブ・アメリカ)チベット語部の記者ツェリン・キが中国語に翻訳し、ウーセルが校正した。パルデン・ギェルは焼身者の家族だ。2012年11月15日、彼の姪である23歳のティンジン・ドルマは、村のなかのマニ堂で焼身の犠牲となった。ティンジン・ドルマはアムドのレゴン(レプコン)、現在の青海省黄南州同仁県扎毛乡果盖里仓村(ツェンモ郷ゴゲ村)の人で、父親の名はプロ、母親はタシ・ドルマ。

ツェリン・キもまた焼身者の家族であり、今年(2013年)1月12日、彼女の甥である22歳のツェリン・タシが放牧を終えて町まで行き自らを炎とした。ツェリン・タシはアムドのラブラン、現在の甘粛省甘南州夏河県の、アムチョクの牧畜民で、父親の名はドゥッカル・キャプ、母の名はツェリン・ドルマ、妻の名はユムツォ・キ。

_5パルデン・ギェルのブログ原文。

だとしたら、あと何人失うのか?
文:パルデン・ギェル


チベットのアムドで、昨日、2013年3月24日、1人、今日、2013年3月25日、また1人、焼身した。彼らは「チベットに自由を」と叫び、「ダライ・ラマ法王のご帰還を」と叫んだ。しかして中国共産党の焼身者の要求に対する回答はあっただろうか?
チベット亡命政府は中国政府にただ「チベットで実施している高圧的な政策を変えれば、チベット人の焼身は止まる」とだけ表明している。しかし中国政府はチベット政策を路線変更するどころか、更に厳しさを強め、却って強硬的な方法に転じさえしている。
では、チベット人はもっと焼身を続けるべきなのだろうか?

Palden Gyal写真の最前列左から2番目が、パルデン・ギェルの姪で焼身したティンジン・ドルマ。後列中央がパルデン・ギェル。

先日、私は子どもを焼身で亡くした母親に会った。その母親は私を抱きしめて泣いた。数分間泣き続けて、ようやく思い出して「おかえりなさい」とあいさつした。私は彼女を抱きしめ返し、両手で彼女の顔を包み、「泣かないで」としか声にできなかった。それ以上何も話すことはなかった。何も口から出て来なかったからだ。涙も流れなかった。涙があふれ出る彼女の眼の奥に、苦しみ、傷つき、恐れ、疑いが混沌となって見てとれた。
どうしたらいいのか? それは恐ろしくさえあるような感覚だった。焼身の火炎はまだ猛烈に燃え続けるのだろうか? だとしたら、あとどれだけの人を失うのだろうか?

火炎の中でダライ・ラマ法王の御名を高らかに叫ぶ!
くずおれながら民族の自由を呼び覚ます!
これほどあまたの生命とたましいが、火炎のようにたちのぼり、天空から雪の国を見下ろしている……

2013年2月25日

(付記)
中国語翻訳からの二重訳ですご了承ください。
チベット人記者がチベット語で書いたコラム、という点にも興味があって訳しました。
一般に、チベット語でものを書くときには伝統的なセオリーがあり、直接的に表現せず、婉曲表現を使い、回りくどく描写するのが美しい、とされていると聞きます。(中国語も多少その傾向はあり、格調高い文章ほど美辞麗句や故事成語や慣用表現を駆使するように思います)
なるほどなあ、と考えながらコラムを読みました。


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2013年03月29日

<速報>ルチュで6人目の焼身 28歳の僧侶 内地114人目

konchok%20tenzin%200226日に焼身・死亡した僧クンチョク・テンジン。

このところ、また焼身のニュースが続いている。26日の夜焼身があったことが2日後、やっと亡命側に伝えられた。情報網遮断が原因で伝わり難い状態が続いていると思われる。24日、25日、26日と3日連続で焼身抗議が行われたことになる。

3月28日の夜中、ダラムサラ・キルティ僧院がそのリリースで報告するところによれば、3月26日、現地時間午後7時頃、アムド、ケンロ、ルチュ(མདོ་སྨད་ཀླུ་ཆུ་རྫོང་甘粛省甘南チベット族自治州碌曲県)サムツァ郷にあるモクリ僧院(碌曲县双岔乡毛日村毛日寺རྨོག་རི་དགོན་པ)の僧侶クンチョク・テンジン(དཀོན་མཆོག་བསྟན་འཛིན།)、28歳が僧院近くのデンルンドと呼ばれる幹線道路の三叉路で、中国政府のチベット人弾圧政策に抗議するために焼身を行い、その場で死亡した。

遺体は僧院に運び込まれたが、当局が遺体を奪いに来ることを恐れ、その日の夜中、すぐに葬儀が行われた。事件発生後、僧院や近くの村々には大勢の部隊が押し寄せ、厳重な警戒が敷かれているという。

僧クンチョク・テンジンはルチュ県サムツァ郷モクリ村の出身。父の名はラコ、母の名はラモ・ツォ。実家は遊牧民。彼は幼少時にモクリ僧院の僧侶となり、勉学優秀ですでにほとんどの学業を終えていた。

1236%20037モクリ僧院

モクリ僧院サムペル・リン(ゲデン・サンペル・リン)は1780年の創建。最初ギュトゥ僧院と関係が深かったが、後タクツァン・ラモ・キルティ僧院から教師が送られていた。僧侶の数、約90人。

ルチュ県での焼身はこれで6人目、全員死亡している。内地焼身114人目、内死亡確認96人目。
2009年以降、内外合わせ118人目、内死亡確認98人目。

参照:28日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/self-immolation-03282013190858.html
同チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/selfimmolation-03282013163054.html
29日付けTibet Expressチベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/10324-2013-03-29-04-23-12
29日付けTCHRDリリースhttp://twiffo.com/1MMj

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2013年03月28日

ついに亡命政府がラガンで焼身の2人を数に含める

0406-2トゥルク・トゥプテン・ネンダと尼僧アツェ

昨日、ダラムサラのツクラカンでは亡命政府主催で焼身者を弔う法要が行われた。24日にンガバ・ザムタンで焼身・死亡したケル・キと25日にサンチュで焼身・死亡したラモ・キャプを弔うことが中心であったが、センゲ首相はスピーチでついにラガンで焼身したトゥルク・トゥプテン・ネンダと尼僧アツェの2人を焼身者の中に含めると正式に発表した。

「最近アムド、ザムタンでケル・キとアムド、サンチュでラモ・キャプが焼身抗議を行い、死亡した。他にもチベット内で焼身があったという知らせが複数入っている。以前から亡命政府は以下の焼身について知らせては来たが、ここではっきりと皆さんに断定する。2012年4月6日、カム、ダルツェド県ミニャク・ラガンにあるダクカル僧院のトゥルク・トゥプテン・ネンダ、45歳、及び彼の姪である尼僧アツェ、23歳が焼身抗議を行い死亡した」と。

この2人のケースはこれまで私やウーセルさんが亡命政府に対し、焼身者の数に何故入れないのか、入れるべきだと何度も要請していたものである。この知らせを聞いてウーセルさんは涙を流されたという。

この焼身に付いてはブログにも何度か書いているが、最初火事による焼死ではないかと言われていたhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51743657.html http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51753150.html。その後、トゥルク・トゥプテン・ネンダ(アトゥップ・リンポチェ)は焼身の直前に家族に電話を入れ「今、これまで焼身を行った人々のために沢山の灯明を灯している。私も彼らの偉業に続く」と話していたこととか、当局は焼身の事実を隠すために家族に一万元を渡していた、という情報が入り、彼らの死は焼身抗議によるものではないかという疑念が深まっていた。

982bb8772人が焼身した家。

そして、私は去年5月中にカムに入った際、ミニャク・ラガンを訪れ、彼が僧院長をしていたニンマ派の僧院を訪れ、火事で燃えたという家も探し出し、写真を撮った(詳しくは:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51747398.html下の方)。そして、焼けた部屋の状況からして、私はこのケースは意図的焼身に違いないと感じた。部屋の一部しか燃えておらず、その部屋はとても小さく、外に出る事ができるドアがすぐ近くにあったからだ。

ウーセルさんは2人は結跏趺坐の姿勢を保ったまま、死亡していたと報告されている。私はウーセルさんとも連絡を取り、写真を提供し、政府等にも写真を見せながら説明し、焼身者の中にこの2人を入れるべきだと要請して来た。ウーセルさんも何度も、彼らの名誉のためにも、必ず2人を焼身者の中に入れるべきだとブログ等で亡命政府に対し要請していた。

しかし、亡命政府は慎重であり、なかなかこの2人を焼身者の数に含めなかった。そして、今回、新しい事実が判明したのかどうかははっきりしないが、とにかく認めたのである。これで、私も一々政府発表の数字との差を説明しなくても良くなり、彼らの死も無駄にならず、正式の法要も行われたということを喜ぶ。

参照:27日付けTibet Expressチベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-35-27/10321-2013-03-27-13-02-08
27日付けRFA中国語版http://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/dz-03272013163627.html
27日付けVOT中国語版http://vot.org/cn/?p=24085
28日付けウーセルブログhttp://woeser.middle-way.net/2013/03/blog-post_28.html

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2013年03月27日

チベット独立要求を本質とする13の違法行為

内地から伝えられたところによれば、最近青海省黄南チベット族自治州レゴン県内の各郷に「チベット独立要求を本質とする13の違法行為」と題された日付不記の政府公報チラシが張り出されたという。以下その日本語訳:

県内の恒久的社会秩序の安定を強く守り、様々な違法行為を厳打するため、ここに「チベット独立要求を本質とする13の違法行為」と題された広報をあなたたちに発表するので、これを県内の職員、民衆に広め、思想統一を計り、チベット独立の行為に対し、意識的闘争を行う助けとする。

1:他人に焼身を教唆、煽動したり、騙して行わせること。
2:焼身が起った後、当局が救助を行ったり、警察が捜査することを妨害すること。機を捕らえ集会を開いたり、遺体を担いでデモを行ったり、違法な行き来を行い、家族を見舞ったり、寄付(香典)を与えること。
3:海外の分裂勢力と関係を持ち、焼身現場やそこに人が集まっている様子等の写真を撮ったり、またそのような写真を探し、状況を聞き出し、分裂勢力に報告すること。
4:海外の分裂勢力と協力し合い、意図的な集会を開いたり、組織すること。
5:チベット独立を支持する違法な組織に参加したり、チベット独立のために組織され行われる違法な行動に参加すること。
6:「母語を保護する」とか「環境を保護する」とかの口実の下に、他人をして路上でデモを行わせたり、抗議の張り紙を貼らせること。
7:分裂主義的言葉を叫んだり、分裂主義的言葉が書かれた絵やCDを作り、販売したり、ネット等を使い広めること。
8:社会活動の口実の下に、コミュニティーから募金を募ること。
9:学校内でチベット独立を擁護する言葉を使ったり、極端な民族主義的思想を広めること。
10:民族愛の口実の下に、罪のない民衆や党職員を脅したり、暴力を振ったり、復讐すること。
11:焼香、読経、放生、灯明を灯す等をして焼身者を弔ったり、チベット独立組織と協力し合うこと。
12:チベットの保安に関する規則を守らず、意図的に抗議すること。
13:海外の分裂勢力の唆しに乗り、チベット内で民族間の軋轢を作り出すこと、等である。

これは地区のフウチューとか呼ばれる政府のボスが役人を集めた会議の席上で発言した内容の抜粋という。重複する項目もあるのはそのせいか?

それにしても、実際には焼身等は海外の独立組織と連絡を取って行われている訳ではなく、彼らが独立を要求しているとは限らない。これは政府の都合のいいシナリオ。「分裂主義的行為」と連呼するが、その定義はつまり政府の弾圧に抗議する全ての行為のようだ。「中道を求める」ダライ・ラマは「分裂主義者」に入らないしだ。統治責任を回避するために、とにかく全て海外の「分裂主義勢力」のせいにするという典型的中国役人思考。亡き人への焼香や読経まで禁止しながら、チベットでは宗教の自由が十分に保証されているという。

チベット人たちは自由を求めて炎と化す。中国はそれを見てさらにチベット人たちを不自由な檻の中に追い込む。

参照:26日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7503

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2013年03月26日

<速報>サンチュで再び新たな焼身 燃え上がる焚き火の炎の中に自ら進み

830焚き火の中で燃え尽きたラモ・キャプ。右手前が頭部か?

3月25日、夜明け前頃、アムド、サンチュ(མདོ་སྨད་ཀན་སུའུ་ཞིང་ཆེན་ཀན་ལྷོ་བོད་རིགས་རང་སྐྱོང་ཁུལ་བསང་ཆུ་ 甘粛省甘南チベット族自治州夏河)県キツァン・メシュル(སྐྱིད་ཚང་དམེ་ཤུལ་ 吉倉)郷でラモ・キャプ、43歳が、中国政府のチベット政策に抗議する焼身を行い、その場で死亡した。

焼身現場はネンペン村の中心集落近くにある大森林の入り口付近という。

現地からの報告者の1人は次のように伝える。「ラモ・キャプはこの日早朝夜明けごろに、乾いた焚き木を積み重ねた上にガソリンをかけ、火を放ち、その後、燃えさかる炎の中に自ら進み入って燃えあがった。(最初の目撃者以外の)地元の人たちが駆けつけた時には、現場には燃え尽きた後の灰と頭部が残るだけだった」。

さらに、別の報告者はRFAに対し、「彼は中国政府のチベット政策に抗議し、宗教を守るために焼身したのだ」と伝える。

483696_10151614211145337_104275052_n井早智代さんがラモ・キャプに捧げた絵

事件後、中国共産党は軍警を派遣して焼身現場を取り囲み、焼身者の痕跡が残る場所に誰も近づけさせず、村から周辺に往来するすべての道路を封鎖し、現場に対して厳戒態勢を敷いているという。

ラモ・キャプはサンチュ県メシュル郷カルマルシュル村の出身。独身で家族はいない。数年前から森林保護員として働いており、ルシュ地区ネンペン村の前にある大きな森林の近くに住んでいた。

内地焼身113人目。内死亡確認95人目。サンチュ県内での焼身6人目。

参照:25日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/111th-self-immolation-in-tibet-03252013130704.html
同英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/burning-03252013111702.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitterRT
25日付け9−10−3の会リリース中国語版http://www.gu-chu-sum.org/chinese/index.php?option=com_content&view=article&id=464%3A2013-03-25-15-15-31&catid=34%3Atibet-news&Itemid=69&lang=zh
26日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7499
25日付けphayul
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33255&article=Breaking%3a+Second+self-immolation+in+24+hours%2c+Toll+rises+to+111

DSC_225326日夜、ダラムサラで行われたラモ・キャプを弔うヴィジルより










DSC_2260












DSC_2215












2Map_TsampaRevolution_20130325_EN_XXLチベット内焼身抗議・主な抗議運動発生地地図(最新版 名簿付き 製作Tsampa Revolution)

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2013年03月25日

父母が焼身抗議により亡くなった子供たちへの連帯を示す子供たちによるデモ

DSC_2057昨日、3月24日にザムタンで4児の母親であるケル・キが焼身、死亡したことを受け、今日ダラムサラでは街の小学生たちが、焼身抗議により父母を失った子供たちへの連帯を示すためのデモを行った。

参加したのは、ダラムサラのマクロード・ガンジにあるニマ・ロプタ(Day School,TCV分校)に通う6〜11歳の子供たち約100人。主催は地区チベット女性協会。

DSC_1984ケル・キの棺を模した箱が子供たちにより担がれ、ニマ・ロプタを出発し、街を3周した後、ツクラカン(メイン・テンプル)の傍にある雄者の塔の前まで歩き、そこで集会を開いた。






DSC_1997「神妙に歩くんだよ。ふざけたり、笑ったりしないように」と言われていたはずだが、もちろん子供たちはお互いちょっかいだしたり、道行く人にちょっかい出したりしながら、それでも大きな声で「発菩提心」の一節を唱えながらしっかり歩いた。




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DSC_2044焼身者の顔写真や焼身時の写真を掲げて歩く子供たち。











DSC_2099勇者の塔の前で最後の集会。












DSC_2100黙祷の後、ものすごく大きな声で「ツェメーユンテン(真理の言葉)」を歌う。










DSC_2114これまでに焼身したチベット人の内、子を持つ母親は8人、子を持つ父親は18人である。例えば去年3月4日にンガバで焼身、死亡したリンチェンには1歳から13歳までの4人の子供がいたが、父親は一年前に死亡しており、残された4人の子供は完全な孤児となってしまった(http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51733091.html)。その他、片親を焼身で失った子供の数はおそらく40人以上と思われる。

残された子供たちは親族により育てられ、地域の人々もできるだけの支援は行っているとは思うが、突然父母を失った子供たちの悲しみは長期に渡り癒やされることはないであろう。

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DSC_2128集会でニマ・ロプタの女性校長さんは「焼身抗議を行ったお母さんやお父さんは、子供たちを愛してなかったわけじゃ決してない。ただ、子供たちのことより、チベット人全ての方が大事と思ったのだ。残す子供たちも、きっと将来チベットを解放するために働いてくれると信じていたに違いない。ここにいるみんなも国を失った子供たちだ。必ず、いつかチベットに帰るために、将来働こうと思わないといけない。分かったね」と話す。

DSC_2136最後に校長さん、拳を振り上げ「プー・ランツェン・ツァンマ・イン(チベットの完全独立を)!」「プー・ギェロ〜〜(チベットに勝利を)!」と勇ましく雄叫びを上げ、子供たちも唱和。

(え、先生、「中道を!」って言わなくていいの?)



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2013年03月24日

<速報>今日4児の母が焼身・死亡 ザムタンで4人目 内地112人目

581703_395620257202707_913332398_nカル・キ、生前の写真。

ダラムサラ在住のツァンヤン・ギャンツォがTibet Expressに伝えたところによれば、今日3月24日、現地時間午後3時半頃、アムド、ンガバ州(四川省アバ・チベット族チャン族自治州)ザムタン(壤塘)県バルマ(中壌塘)郷(འཛམ་ཐང་བར་མ་)にあるザムタン・チョナン僧院(འཛམ་ཐང་ཇོ་ནང་དགོན་པ་)の傍でチベット人女性ケル・キ(སྐལ་སྐྱིད་ケルサン・キの短縮名か?)、30歳が中国政府のチベット弾圧政策に抗議するために焼身し、その場で死亡した。

彼女の遺体は中国当局に運び去られることなく、チベット人たちがチョナン僧院に運び込んだ。現在、僧院では僧侶たちが集まり彼女のための法要を行っているという。

ケル・キはザムタン県バルマ(バルワ)郷プパ家の出身。15歳を筆頭に4人の子供の母。夫の名はドゥペ、父の名はチュデン、母の名はパリ。

733981_231323230347712_1060073157_nケル・キとその家族(少し前のものと思われる)。

ザムタン県での焼身抗議は5件目。焼身場所は何れも今回と同じチョナン僧院傍。
内地焼身者112目、内死亡確認94人目。女性17人目。

参照:24日付けTibet Expressチベット語版 http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/10302-2013-03-24-11-07-48

追記:当局はチョナン僧院に対し、ケル・キの葬儀を今夜12時までに済ますよう命令した。そうでない場合は、彼女の遺体を運び去ると脅迫。現在(インド時間午後7時半)僧院には4000人ほどのチベット人が連帯を示すために集まり、葬儀の準備を行っているという。

74395_10151610480890337_1714452853_n井早智代さんのケル・キに捧げる絵(3月25日)。

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焼身を煽動、国家分裂を企てたとして4〜6年の刑を受けた3人の続報

LOCAL2013031819320005700179554823人の裁判。

先の3月20日付け当ブログで報告した、青海省海東地区で焼身に関係したとして3人のチベット人に4年〜6年の刑が言い渡されたという件に付き、彼らのより詳しい(中国側が主張する)罪状が判明した。

20日のブログでは彼らが関係した焼身とは、海東地区で最近発生した2件の焼身の何れかではないか、と書いたが、RFAによれば、その焼身とは、アムド海東地区とは遠く離れたカム、カンゼ州セルタで起った焼身であるという。

tn_-_Copy_(2)焼身、死亡したワンギェル。

昨年11月26日、四川省カンゼ州セルタ県セルタの中心にある金馬広場でワンギェル、26歳が焼身抗議を行っている(詳しくは>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770800.html)。今回5年の刑を受けたジグメ・タプケは彼の兄弟であったという。

弟焼身その後死亡の知らせを受けたジグメ・タプケは、近くの僧院で死亡したワンギェルのために追悼供養の法要を行った。その際、ダライ・ラマ法王の写真を掲げた。そして、今回6年の刑を受けたケルサン・ドゥンドゥップがそこにチベット国旗も捧げたという。さらに、ケルサン・ドゥンドゥップはその法要の様子を撮った写真と焼身者ワンギェルに関する情報をアザムと呼ばれるチベット人に送った。2日目には写真と情報をRFAにも送ったという。裁判官の言うには、その後、ジグメ・タプケ、ケルサン・ドゥンドゥップ、ロプサンの3人は共謀して焼身とチベット独立について書かれている写真付きのチラシを作成し、これを広めたことにより国家分裂を画策し、地域と国際社会に悪い影響を与えたという。

この判決に対し、北京の有名な権利保護弁護士である滕彪はRFAのインタビューに対し「彼らの行った事は犯罪とは見なされない。憲法で保証される表現、思想の自由を行使しただけだ。数ヶ月の刑期を受ける事も理不尽だが、4〜6年の刑期は如何にも重過ぎる」とコメントした。

参照:23日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/chinese-court-cities-rfa-in-haidong-court-trail-03232013155604.html(この記事に焼身者の写真が掲載されているが、これはセルタで焼身したワンギェルのではなく、同日サンチュ県アムチョク郷で焼身したクンチョク・ツェリンである。何かの間違いと思われる)
18日付け人民网-青海频道 http://qh.people.com.cn/n/2013/0318/c182761-18315231.html
20日付けVOT中国語版http://vot.org/cn/?p=23934

情報を伝えたというだけで、罰せられるというなら、なぜ新華社とかは罰せられないのか?まるで、嘘の情報は流してもいいが、真実を流せば罰せられると言ってるようなものだ。焼身は犯罪というなら、犯罪者の情報を伝えた者は讃えられるべきではないのか?情報封鎖をする意味は何なのか?


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2013年03月23日

ボドゥナートで焼身した僧ドゥプツェの遺体引き渡し期間が過ぎ...

2213b34cチベット独立100周年記念日に当たる2月13日に、カトマンドゥ、ボドゥナート仏塔傍で焼身し、その後病院で死亡した、僧ドゥプツェ(ドゥプチェン・ツェリンhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51780647.html)の遺体は、度重なる亡命政府やチベット各団体の引き渡し要求にも関わらず、依然ネパール当局が保管し続けている。

ネパール当局は親族や正式な政府機関代理人が引き取りに来る期間を35日間と指定し、それが過ぎれば遺体は当局が火葬すると言明していた。その35日は先の3月20日であったが、情報によれば遺体は今も火葬に付されず、病院に保管されているという。

ネパール当局が出した「親族か正式な政府機関代理人が引き取りに来ること」という条件は、最初から無理難題の条件である。彼の親族はチベットにいて、中国政府がパスポートを発行することは考えられず引き取りに来ることはできない。また、チベット亡命政府は引き渡しを要求しているが、ネパールは亡命政府を正式な政府機関と認めないので、引き渡してもらえない。亡命政府は今、アメリカ等の第三国に代理受理を求めているという情報もあるが、これが認められるかどうかも不明である。

ネパール政府がこのような理不尽な対応を行っているには、中国政府の圧力に屈しているからであろうというのが大方の見方である。チベット人に取って、死者を仏教の伝統的な葬儀に従って来世に送るというのは非常に大事なことである。これは何も、チベットに限ったことではなく、世界的にも死者を送る葬儀は基本的人権の一つとして法律的に認められ、擁護されていることである。

ネパール政府は中国政府の影響の下に、この焼身抗議者の遺体引き渡しを政治化し、チベット人コミュニティーに嫌がらせを行っているとしか思えない。

参照:23日付けTibet Net http://tibet.net/2013/03/23/druptses-body-still-in-nepal-governments-custody/
SFTJによる「遺体返還を求める緊急アピール」http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51783949.html


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2013年03月21日

チベット人焼身抗議者分類グラフ(時系列、地域、人物、生死別)

以下全て、2009年以降の内外合わせ115人の焼身者を対象にしたもの。

1:時系列

月別






















2009年 1人:2009年2月27日に四川省ンガバ チベット族チャン族自治州 ンガバ県(以下ンガバ県)で1人。

2011年 14人(チベット内12人 外地2人):
3月>1人:ンガバ県で1人。
8月>1人:四川省カンゼ(甘孜)チベット族自治州タウ(達日)県(以下タウ県)で1人。
9月>2人:ンガバ県で2人。
10月>6人:ンガバ県で5人、カンゼ県で1人。
11月>3人:タウ県で1人、インド;ニューデリーで1人、ネパール;カトマンドゥで1人。
12月>1人:チベット自治区チャムド地区チャムド県で1人。

2012年 86人(チベット内85人 外地1人):
1月>4人:ンガバ県で3人、青海省 ゴロチベット族自治州 ダルラ県(以下ダルラ県)で1人。
2月>6人: ンガバ県で3人、青海省 ジェクンド(玉樹)チベット族自治州 ティドゥ県(以下ティドゥ県)で1人、青海省 海西モンゴル族チベット族自治州 テムチェン(天峻)県(以下テムチェン県)で1人、四川省 ンガバ チベット族チャン族自治州 ザムタン(壌塘)県(以下ザムタン県)で1人。
3月>11人:甘粛省甘南ベット族自治州マチュ(瑪曲)県(以下マチュ県)で1人、ンガバ県で5人、青海省黄南チベット族自治州レゴン(同仁)県(以下レゴン県)で2人、四川省 ンガバ チベット族チャン族自治州 バルカム(馬爾康)県で2人、インド、ニューデリーで1人。
4月>4人:四川省カンゼチベット族自治州カンディン(康定)県で2人、ザムタン県で2人。
5月>3人:チベット自治区ラサ、ジョカン前で2人、ザムタン県で1人。
6月>4人:青海省黄南チベット族自治州チェンツァ(尖扎)県で1人、ティドゥ県で2人、ジェクンド県で1人。
7月>2人:チベット自治区ラサ市ダムシュン(当雄)県で1人、ンガバ州バルカム県で1人。
8月>7人:ンガバ県で6人、甘粛省甘南チベット族自治州ツゥ市で1人。
9月>2人:北京で1人、ジェクンド州ティンドゥ県で1人。
10月>10人:自治区ナクチュ地区ナクチュ県で1人、甘南州ツゥ市で2人、甘南州サンチュ県で5人、自治区ナクチュ地区ディル県で2人。
11月>28人:黄南州レゴン県で9人、黄南州ツェコ県で3人、青海省海東地区ヤズィ県で1人、ンガバ県で3人、ンガバ州ゾゲ県で2人、カンゼ州セルタ県で1人、自治区ナクチュ地区ディル県で1人、甘南州ツゥ市で2人、サンチュ県で3人、ルチュ県で3人。
12月>5人:甘南州サンチュ県で1人、ルチュ県で1人、ゴロ州ペマ県で1人、ンガバ州ゾゲ県で1人、黄南州ツェコ県で1人。

2013年 13人(チベット内12人 外地1人)
1月>3人:甘南州サンチュ県で2人、ンガバ州キュンチュ県で1人。
2月>9人:ンガバ県で1人、甘南州サンチュ県で2人、ネパール・カトマンドゥで1人、ンガバ州ゾゲ県で3人、青海省海東地区バイェン県で1人、甘南州ルチュ県で1人。
3月>2人:ンガバ県1人、ゾゲ県1人。

・・・2013年についてはまだ何とも言えないが、2011年後半と2012年を見ると焼身発生件数には、明らかな波のようなものがあることが見て取れる。2011年は10月に向かって増え、その後一旦減少。2012年に入り、3月に向かって増え、また一旦減少した後、11月に向かって激増し、11月には28人もが焼身している。その後また減少した後、今年2月に9人、3月に今までのところ2人が焼身している。

3月にはチベット人に取っては忘れ難い3月10日蜂起記念日があり、この時期、政治的抵抗意識が高まり易い。また2008年3月の全土を巻き込んだ蜂起とその後の残酷な弾圧の記憶も蘇り、これを記念する焼身も起り易いのであろう。秋の10月や11月に多いのは、この時期、国慶節等の中国政府の政治的行事が集中しているという事で、政府に対する訴えや抗議の意味が含まれていると思われる。特に2012年の11月には新指導部が選出される中国共産党第18回全国代表大会(十八大)が開かれたというので、新指導部に対するチベット政策変更を要求する意味を込めた焼身が増えたと思われる。中国のテレビでは連日この十八大のニュースが流されていたであろうから、チベット人の間にも否が応でも政治意識が高まったと思われる。他の要因として秋には農閑期となり、また遊牧民も山を下りて冬の家がある里に下りることが多いので人が集まり易いというのもあるかもしれない。

何れにせよ、各地区で焼身が増えればそれに刺激されてさらに増え、減れば、次第に減るという連鎖反応のようなものが存在するというのは自然なことである。


2:地域

地域別伝統的地域



















チベットの伝統的地域別けに従えば:
内地:ウツァンで5人、アムドで90人、カムで15人。(北京で1人。外地:インドで2人、ネパールで2人。)

・・・圧倒的にアムドが多く全体の78%。次にカムが13%。ウツァンは4%に過ぎない。これは焼身のエピセンターとも言えるンガバ県と北東チベットがアムドに含まれるからである。ウツァンで少ないのは、気質の関係もあるかも知れないが、一般的には監視が長期にわたり特に厳しく焼身さえ実行しにくい環境と言えるかもしれない。


地域別2



















現在の中国の行政区分に従えば:
四川省チベット人居住区51人:ンガバ州ンガバ(阿坝州阿坝)県30人、ザムタン(壤塘)県4人、バルカム(马尔康)県3人、ゾゲ(若尔盖)県7人、カコク(红原)県1人;カンゼ州カンゼ(甘孜州甘孜)県1人、セルタ(色达)県1人、タウ(道孚)県2人、カンディン(康定)県2人。

青海省チベット人居住区27人:ゴロ州ダルラ(果洛州達日)県1人、ペマ(班玛)県1人:ジェクンド(ケグド)州ジェクンド(玉树州玉树)県2人、ティンドゥ(称多)県4人;海西州テムチェン(天峻)県1人;黄南州レゴン(同仁)県11人、チェンツァ(尖扎)県1人、ツェコ(泽库)県4人、海東地区ヤズィ(循化撒拉族自治)県1人、チャキュン(化隆)県1人。

甘粛省チベット人居住区24人:甘南(カンロ)州マチュ(玛曲)県1人、サンチュ(夏河)県12人、ルチュ(碌曲)県5人、ツゥ(合作)市6人。

チベット自治区8人:ラサ(拉萨)市2人、ダムシュン県1人:ナクチュ(那曲)地区ナクチュ(那曲)県1人、ディル(比如)県3人;チャムド(昌都)地区チャムド(昌都)県1人。

北京市1人。
インド2人。
ネパール2人。

・・・同じくンガバ県と最近焼身が増えているゾゲ県が含まれることにより四川省が一番多く、次にレゴン県を含む青海省、甘粛省と続く。甘粛省内のチベット人自治区は面積的には狭いに関わらず人数は多く、ほとんどが最近発生したものであり、その中心は僧侶ではなく遊牧民である。青海省、甘粛省ともに中国人移住者による浸食が顕著な地区であり、色んな意味における危機感が背景にあるとも言えよう。チベット自治区は8人と少ない。最近自治区主席のペマ・ティンレーが「チベット自治区では焼身は全く起っていない」と発言したが、これは彼がウーセルさん言うところの「痴呆症」にかかっているとしか思えず、確かに他の省に比べ少ないと云えども8人が確かに焼身しているのだ。


3:人物

男女別



















男性99人(86%)、女性16人(14%)。


年齢別


















10代32人(28%)、20代59人(51%)、30代11人、40代8人、50代2人、60代3人。
最年長者64歳、最年少者15歳。

・・・10代と20代を合われて91人、全体の79%に達する。圧倒的に若者の焼身者が多いことが分かる。


職業別



















高僧(リンポチェ)2人、普通僧侶30人、尼僧5人、元僧侶14人。
宗派別ではほぼ全てゲルク派の僧俗と思われる(俗人については資料がなく断定できないが)。例外として、ニンマ派の僧侶2人、尼僧1人、サキャ派1人、カギュ派の元僧侶1人、ザムタンで焼身の4人の俗人はチョナン派と思われる。

中学校(中高一貫)生徒3人、作家1人、タンカ絵師1人、タクシー運転手(女性)1人、元政府職員1人、ラサのレストラン従業員2人(内1人はサンチュ県出身、もう1人はンガバ県出身の元僧侶)、1人副村長。

農民・遊牧民59人(ウーセルさんの数字に従う、この中には元僧侶も含まれる)

子を持つ母親8人、子を持つ父親18人。

外地(インド、ネパール)で焼身した4人の内2人はTYCの活動も行っていた青年、内1人はタウ県出身。他の2人は本土から来た僧侶、内1人はカンゼ県出身、内1人はセルタ県出身。

・・・僧侶、尼僧、元僧侶を合わせると51人となり、農・遊牧民と共に、全体をほぼ2分している。この事からも、宗教弾圧政策と農・遊牧民政策が焼身の元凶と言えよう。


4:生死

生死別



















死亡確認95人(内地93人、外地2人)。生存者と思われる20人の内、外地の2人は回復している。内地で当局に拘束されていないのは1人のみ。当局の監視の下病院い収容されていると確認されているもの7人、その他10人の消息は生死を含め不明。

・・・死亡率約83%である。

備考:亡命政府の発表は2人少ない(亡命政府発表の焼身者リスト>http://tibet.net/factsheet-immolation-2011-2012/)が、これはカンディン県ラガンにおけるニンマ派の高僧アトゥク・リンポチェと尼僧アシェを証拠不十分として含めないから。ウーセルさんやVOT、それに私はこの2人を含める。その理由については参照>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51753150.html
なおICT(International Campaign for Tibet)はこの2人をリストに入れるが、焼身者の数には加えていない。

その他、判明している焼身抗議未遂者として:焼身抗議を行おうとガソリンを飲み過ぎその場で倒れ、死亡した者1人。ガソリンを飲み過ぎ倒れ拘束された者1人。焼身が発覚し拘束され、その後当局に殺されたと見られる者1人。焼身を準備していたとして逮捕された者1人。

インド、ネパールでの焼身未遂者5人。

フランスでイギリス人僧侶が1人焼身、死亡したがこれも中国政府に対する焼身抗議の可能性が高い。

これまでに発表されている焼身者リスト
1、亡命政府 http://tibet.net/factsheet-immolation-2011-2012/
2、ICT http://savetibet.org/resource-center/maps-data-fact-sheets/self-immolation-fact-sheet
3、Free Tibet http://www.freetibet.org/news-media/na/full-list-self-immolations-tibet
4、ウーセル http://woeser.middle-way.net/2013/03/115.html
以上の対比表 https://docs.google.com/spreadsheet/pub?key=0Al2LIEgoNIx2dGxUVjBxRUc5VjNNWDhjVGVpYmIxYlE&output=html
5、チベットNOW@ルンタ http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51757842.html と http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781256.html

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2013年03月20日

相次ぐ中国版焼身ストーリー

LOCAL2013031819320005700179554823人の裁判の様子

焼身を唆し、国家分裂を企てたとして3人に4〜6年の刑

チベット系メディアが新華社電を引用し伝えるところによれば、3月18日、青海省海東地区人民中級法院は3人のチベット人に対し、焼身を教唆・煽動し、国家の分裂を企てたとして4年から6年の刑を言い渡した。

3人の氏名と刑期は:
ケルサン・ドゥンドゥップ(སྐལ་བཟང་དོན་འགྲུབ་)に6年の懲役刑、政治的権利剥奪4年、
ジグメ・タプケ(འཇིགས་མེད་ཐབས་མཁས་)に5年の懲役刑、政治的権利剥奪3年、
ロプサン(བློ་བཟང་)に4年の懲役刑、政治的権利剥奪2年。

チベット系メディアにはこれしか書かれておらず、元記事が確認できないので、彼らが誰の焼身に関わったとされたのかは明らかではない。これまでに海東地区におけるチベット人の焼身抗議は2件のみである。昨年11月19日にヤズィ・ゾン(ཡ་རྫི་རྫོང་循化撒拉族自治县)カンツァ・チベット族郷(་རྐང་ཚ་ཞང་岗察藏族乡)のカンツァ僧院傍で焼身したワンチェン・ノルブ(དབང་ཆེན་ནོར་བུ་)(詳しくは:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51770050.html)と今年2月24日にバイェン県(青海省海東地区化隆回族自治県)にあるチャキュン(ジャキュン、བྱ་ཁྱུང་དགོན་པ་、夏琼寺)僧院内で焼身したパクモ・ドゥンドゥップ(ཕག་མོ་དོན་གྲུབ་、ラモ・ドゥンドゥップと伝えるメディアもある)(詳しくは:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781897.html)である。

パクモ・ドゥンドゥップは病院に運ばれる途中家族と共に当局に拉致されたという報告の後、消息が途絶えたままである。生死も確認されていない。状況や時期を考えれば、今回の判決は前者のワンチェン・ノルブの焼身と関係があると思われる。彼の葬儀は大々的に行われ、ダライ・ラマ法王を讃える詩句も大声で唱えられたと言われ、これに対し部隊も派遣されている。

今回刑を受けた3人がパクモ・ドゥンドゥップとどういう関係であったのか、どのような状況で逮捕されたのかについては未だ不明である。

参照:19日付けTibet Times チベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7477
20日付けVOT中国語版http://vot.org/cn/?p=23934
追加:人民网元記事 http://qh.people.com.cn/n/2013/0318/c182761-18315231.html

リンチェンとソナム・ダルギェの焼身を唆したとして在インドの僧侶が国際手配?

同じく新華社電の記事によれば(こちらは全文ではないが日本語にもなっている>http://japanese.cri.cn/881/2013/03/19/241s206066.htm)、四川省警察が今年2月19日にンガバ州ゾゲ県で焼身、死亡したリンチェン(17)とソナム・ダルギェ(18)の焼身を強要した犯人を特定することに成功したという。その犯人とはリンチェンの義理の叔父であり、ダライ集団「独立組織」の「情報連絡グループ」のメンバーであるとされている。また、長期間に渡りこの少年(リンチェン)と連絡をとり「チベット独立」の考えを吹き込み、「焼身者は民族の英雄である」として焼身自殺を強要したと書かれている。そして、「中国警察は関係国に対し、容疑者の調査協力を求めた」そうだ。(この新華社の記事をそのまま伝えたサーチナの記事もある>http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0319&f=politics_0319_004.shtml

日本語バージョンには書かれていないが、元記事にはこのとき焼身を行おうとしていたのは3人で、1人は思いとどまったとされているようだ。

中国がリンチェンの叔父として名前を上げた「旦巴降措」は現在ダラムサラ・キルティ僧院にいる僧侶テンパ・ギャンツォ(またの名はクンチョク・タムディン)であると特定された。これに対し、ダラムサラ・キルティ僧院の内地連絡係りである僧ロプサン・イシェはVOTのインタビューに対し、「我々は中国側の話を完全に否定する。連絡係りは私とカニャク・ツェリンの他にはいない。外部の記者を完全に遮断している状態で、中国側が何を言おうとそれをどうやって信じろというのか?中国が今行っている焼身者を唆したという嘘によってチベット人を裁くというやり方では焼身は決して終わらないであろう。そうではなく、真実に基づいて、政策を変更するというやり方に変えない限り終わりはないと言いたい」と話す。

女性は焼身したのではなく「夫に殺された後、焼かれたのだ」!?

RFA中国語版が中国政府系報道http://www.rfa.org/mandarin/Xinwen/Zanhanshaqi-03192013004024.htmlを引用して伝えるところによれば、四川省ンガバの公安局は「妻を焼身に見せかけて、実は妻を殺した後、ガソリンをかけて燃やしていたという夫を逮捕した」という事実を突き止めたそうだ。

中国の公安は、この事件が発生したのは11日の夜と発表しているようだが、どうみてもこれは亡命側に「2月13日の夜中、クンチョク・ワンモ(30)が焼身抗議を行った」として伝えられている事件のことと思われる。(詳しくは:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51783990.html

こちら側には「焼身があった後、直ぐに部隊が来て彼女は運び去られ、翌日には夫に遺灰だというものだ渡された。そして、当局は夫に対し『焼身は夫婦喧嘩が原因と言え』と脅迫したが、夫はこれを拒否したところ連行された」と言うことになっている。

これまでの焼身に関する当局の作り話については、すぐにそれはないだろう、状況からしてもおかしいと客観的判断ができるものばかりだったが、今回の場合は「ひでえことを考えるものだわい」と思いながらも、このままでは客観的判断を下すことが難しいのではないかということで、早速この情報を現地から受けたとされるRFAの友人に電話して、突っ込みを入れてみた。

質問:目撃者はいるのか?
彼:夜中だったし、いなかった可能性が高い。とにかく今全く現地と連絡できず、確かめようがないのだ。
質問:夫が警察に「原因は夫婦喧嘩だったと言え」と言われ、それを拒否したところ連行されたとなっているが、これはどうやって分かったのか?現場に誰かいたのか?
彼:誰からの情報ということはできないが、現地からの報告だ。夫の兄弟かだれかがその場にいて、その話が伝わったと思われる。警官が彼女を連れ去った時には廻りに人がいたようだ。「まだ死んでいなかった」と言っていた。情報を伝えたチベット人はこれを伝えるためにわざわざその地域を離れ、別の場所から連絡してきたのだ。嘘とは思えない。中国はこれまでにも色んな作り話をでっち上げて来たが、今度のは酷いと思う。
質問:目撃者の話が入ればベストだよね。これから追加情報が入る可能性はあるだろうか?
彼:そりゃ、あるだろうが、とにかく時間がかかりそうだ。今はまったく電話が通じない。
私:まあ、本当に夫が殺したのなら、当局が急いで遺体(?)を火葬にして遺灰だけを夫に渡すというのは、あり得ないことだよな。証拠隠滅したのは当局ということになるな。
彼:嘘に決まってるだろ!

ということであった。

中国も最近は色んなバリエーションをもってストーリーを考え出しているようである。

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2013年03月19日

焼身したソバ・リンポチェの伝記を書いた僧侶作家が行方不明 僧院は弾圧

trit連行された僧侶作家ティツン

3月8日、自らの僧院であるゴロ州ガデ県トンキャプ僧院内で、去年1月8日に焼身、死亡した地域の高僧ソバ・リンポチェ(彼の遺言http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51729748.html)の伝記の出版記念会を開いた僧ティツン(ཁྲི་བཙུན་26歳、筆名ティプタク)は、僧院が休み中であったことでもあり、僧院近くにある自宅に戻り年老いた母親の面倒を見ていた。身寄りは母親だけであった。3月11日、ガデに用があったので街に向かったが、そこで武装警官隊により彼は連行され、その後行方不明となった。

602190_586446714701161_1691502995_nトンキャプ僧院前に停められている警察車両

15日にはトンキャプ僧院に県の役人がやって来て、僧ティツンの本を出版するために金を出した者を引き渡せと命令した。しかし、僧院側はこれを拒否。すると17日には役人や部隊約100人が僧院に押し掛け、これから一ヶ月間愛国再教育を行うといい、本堂を宿舎として提供するよう命令した。しかし、僧院側はこれを拒否。部隊は僧院内にテントを張り、居座っているという。

僧院は完全に包囲され、役人や部隊の数は日増しに増加している。また、彼らは正式な僧侶認定書を持たない18歳以下の僧侶は僧院から追い出すとも言っている。現在僧院には200人程の僧侶がいるが、その内正規の認定書を持つ者の数は100人程度といわれ、半数近くが追放される恐れがあるという。

579001_586748091337690_1659747334_nトンキャプ僧院の小坊主たち。彼らは今回追放されるかも知れない。

僧ティツンは普段地区の私設学校で教師もしていた。彼の書いた<བདེན་པའི་ཁ་རླངས(真理の呼吸)>という本の中にはこのトンキャプ僧院のラマでもあったトゥルク・ソバ・リンポチェの伝記と共に、これまでチベットのために焼身した人々の話も書かれていたという。

拘束者も出ているという話もあるが、詳細は伝わっていない。

参照:TCHRDリリースhttp://www.tchrd.org/tib/2013/03/གྲྭ་ཁྲི་བཙན་ལགས་འཇུ་བཟ/
他、VOTチベット語放送等。

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岩に彫られた法王長寿祈願文が削ぎ落される

削ぎ落された法王長寿祈願文










左写真:上部に法王長寿祈願文が彫られている。右写真:削ぎ落された跡。

青海省ジェクンド(ケグド、玉樹)州ティンドゥ県ザトゥ郷ニャンツォ・カンマル村(མཚོ་སྔོན་ཞིང་ཆེན་ཁྲི་འདུ་རྫོང་རྫ་སྟོད་ཤང་ཉ་མཚོ་ཁང་དམར་སྡེ་བ་)の人々は、先の3月10日、チベット蜂起54周年を記念し、巨大な村のマニ岩の最上部にダライ・ラマ法王の長寿を祈る詩句を彫りつけた。

有名なこの詩句は以下:「གངས་རི་རྭ་བས་བསྐོར་བའི་ཞིང་ཁམས་སུ།། ཕན་དང་བདེ་བ་མ་ལུས་འབྱུང་བའི་གནས།། སྤྱན་རས་གཟིགས་དབང་བསྟན་འཛིན་རྒྱ་མཚོ་ཡིས།། ཞབས་པད་སྲིད་མཐའི་བར་དུ་བརྟན་གྱུར་ཅིག།།(雪山に囲まれしこの浄土の、全ての利益と幸福の源である 観音菩薩テンジン・ギャンツォ[ダライ・ラマ法王]よ、濁世の尽きるまで末永く留まられますように)」

で、これを見つけた当局は「これは政治的陰謀である」と判断し、直ちに軍隊を呼んで崖に彫られたこの詩句を削ぎ落させたという。

現地からの情報によれば、ティンドゥ県では3月10日が近づくと当局は各地で集会を開き、「外国に電話をかけたり、受けてはならない。もしも、そうようなことがあれば、その会話は全て当局が盗聴していると知れ。外国に情報を流した者は厳しく罰せられるであろう」と告知したという。

今回、この詩句を崖に彫ったチベット人たちも連行される恐れがあると思われているが、現地との連絡が途絶え、その後の状況はまだ伝わっていないという。

このティンドゥ県ではこれまでに4人が焼身抗議を行っており、先月25日にはザトゥ郷にあるニャンツォ・シルカル僧院に1500人のチベット人が集まり、焼身者たちへの祈りを捧げている。

参照:18日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/prayer-03182013152012.html
18日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7473

rftibet at 15:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年03月18日

<速報>13日深夜にゾゲで1児の母が焼身・死亡していた 夫拘束 111人目 女性16人目

528fe31c-9a97-4d7a-b2ed-3cd4501a7eef写真AFP>RFA

17日付けRFAによれば、3月13日、現地時間午後11時半頃、アムド、ンガバ州ゾゲ県タクツァ郷(མདོ་སྨད་མཛོད་དགེ་རྫོང་གི་ལྟེ་བའི་གྲོང་ཁྱེར་སྟག་ཚ་གྲོང་བརྡལ་四川省阿坝藏族羌族自治州若尔盖县)中心街の路上で1児の母クンチョク・ワンモ(དཀོན་མཆོག་དབང་མོ་30歳/31歳)が中国政府のチベット人弾圧に抗議するために焼身し、間もなくして死亡した。厳重な警戒が敷かれている時期でもあり、この事実は17日になるまで確認されなかった。

遺体は直ちに警察により運び去られ、次の日には夫に遺灰だけが渡された。そして、当局は夫ドルマ・キャプに対し、「妻の焼身は夫婦喧嘩が原因であると言え」と命令した。しかし、夫はこれを拒否したため連行され、今も拘束されたままという。

クンチョク・ワンモはゾゲ県タクツァ・タワの出身。彼女と夫の間には8歳になる娘が1人いるという。

3月10日前後にはゾゲ県でも僧院を中心に大勢の部隊が配備され厳重な警戒が行われていたが、この焼身を受けさらに警戒が厳しくなり、情報を送るのが難しい状況が続いているという。

内地焼身111人目。女性16人目。

参照:17日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/protest-03172013110949.html
同チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/konchok-wangmo-dies-after-self-immolation-03172013131048.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter

145216_10151599745440337_1145586238_n井早智代さんがクンチョク・ワンモに捧げた絵。

以下彼女のコメント:

For Kunchok Wangmo, a mother of 8 yrs old, set herself on fire on March 13 in the Dzoege region of Ngaba, Amdo,Tibet

News came late on 17th to the Tibet in exile community

Security force took her body.
Llater returned her ash to the family
Police forced her husband to sign the paper
'the reason of her passing is due to their internal dispute'
He denied and was arrested

It is heart breaking
to imagine how you became to determine to give up your life so as your voice and thousands other voices for peace and freedom would be heard. Your Land of Snows is crying.

Truly hope that peace will prevail for your 8 yrs old child and all others left behind. So as no more precious life like yours does not get lost

rftibet at 03:06|PermalinkComments(1)TrackBack(0)