2013年04月

2013年04月30日

獄中24年のロプサン・テンジンが刑期満了前に重病、家族の下に帰される

503cc617逮捕当時のロプサン・テンジン

VOTが29日付けで伝えるところによれば、チベット人政治犯として25年の刑期を受け、もっとも長期間獄中に繋がれていた、ロプサン・テンジンが刑期満了を前に、去年末から「重病に陥った」として家族の下に帰されているということが判明したという。家族の下に帰されるまで彼は24年間獄中にあった。

彼は1988年3月5日にラサで起った大規模デモに参加し、その際、他の5人のチベット人とともに、デモ参加者を撮影していた警官に暴行を加え窓から落とし殺害したとして死刑を宣告された。もっとも、彼やその他5人のチベット人が本当にこの殺害に関与したのかどうかについては疑わしいと思われている。(詳細参照>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51697401.html

死刑はその後、国際人権機関の強い圧力により無期懲役に減刑され、さらに1994年にその時点から18年に減刑された。今年解放される予定であった。

彼は逮捕されたとき、25歳(22歳との情報もあり)、ラサ大学の学生であった。刑務所内でも抗議デモを先導したり、刑務所を訪れたアメリカ大使に「政治犯リスト」を渡そうとした。そのような抵抗姿勢を見せる度に、もちろんその後激しい拷問を受けている。度重なる拷問と虐待により、彼の健康は損なわれ、腎臓を患い、糖尿病にもなりほぼ盲目状態、足も痛め、立ち上がることも困難な状態と伝えられていた。

刑期終了前に家族の下に帰されたということは、相当悪い状態と思われ、心配されていが、詳しい現在の容態は伝えられていない。

参照:29日付けVOT中国語版http://vot.org/cn/?p=24876


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2013年04月29日

ウーセル・ブログ「北京はなぜ工作組を派遣し、僧侶の携帯電話を検査するのか?」

ウーセルさんは4月13日付けのブログで、「ラサで主な僧院に携帯電話専門家の特別チームが派遣され、全僧侶の携帯電話がチェックされている」というニュースを取り上げ、これはチェックや脅迫の意味だけでなく、同時に全ての個人情報や通話情報を監視するためのバックドア的アプリを仕込むことにより、携帯を「監視役の警察」に変えようとしているのではないかと推測する。このようにして、チベット人にとって携帯電話は「恐怖の化身」になり、「手で触れるだけですぐに災いをひき起す」道具となる。「これは明らかに国家のテロ行為」と言えるものだと批難する。

原文:http://woeser.middle-way.net/2013/04/blog-post_13.html
翻訳:@yuntaitaiさん
◎北京はなぜ工作組を派遣し、僧侶の携帯電話を検査するのか?

_23中国中央テレビ(CCTV)は2カ月前、チベット人焼身に関するプロパガンダ番組を放送した。番組の中では、連座したチベット人の多くがQQやWeChat、電話などのために当局に把握されていた。画像はスクリーン・ショット。




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少し前のRFAの報道(http://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/dz2-03112013155708.html)によると、北京は携帯電話専門家の特別チームをラサに派遣し、3月8日からデプン僧院やセラ僧院、ジョカン、ラモチェ、ガンデン僧院で、全僧侶を対象にした携帯電話の検査を始めた。ほかの僧院でも数ヶ月以内に順次検査する。携帯電話の中に「国家の安全を脅かす」情報や写真が見つかれば措置が取られ、ひどい場合は逮捕される。

つまり、北京から来た携帯電話検査工作組は、今もラサで僧院ごとに僧侶の携帯電話を調べているということだ。見たところ、こうした大々的な検査方法を幸運にもかわせる僧侶はほとんどいないようだ。

これほど大げさに動いて、ただ「国家の安全を脅かす」情報や写真があるかどうかを調べるだけなのだろうか?ツイッターでニュースを紹介し、私のこの疑問を打ち明けると、すぐに反応が返ってきた。

あるネット仲間は書いた。「工作組の任務は写真を数枚調べるだけじゃないでしょう。(写真などの)問題がなかったとしても、携帯電話にバックドアを組み込める。数枚の写真だけが目的ならネット封殺で十分だし、これだけ大きなエネルギーを費やす価値がありますか?」

別のネット仲間は書いた。「目の前では検査しないでしょう。たぶん検査後、一部の携帯電話に何か付け足している(例えばスパイウェアとか)。特にアンドロイドのユーザーにはね。携帯電話のセキュリティに詳しくない人にとってはかなり危ないよ」

もちろん目の前で検査することはあり得ない。報道によれば、工作組は各僧院で携帯電話を全て集め、4、5日かけて集中的に検査する。そして、この検査は決して僧侶の前では進められない。更に、工作組の行動時には、往々にして完全武装の軍警が一緒に出動するという。通常、僧侶は一間か、二間の僧坊に住んでいる。部屋中をひっくり返すような捜索はないことではなく、2008年3月以降には度々起きている。

私はまた、携帯電話の検査は脅迫目的ではないかと尋ねた。

ネット仲間は書いた。「脅迫のほか、次の一手のために準備をしている可能性がある。特定の地域の携帯電話は必ず登録が必要で、登録してようやくネットに接続できるというように」

3月15日、中国官製メディアの中国新聞網のニュースは伝えた。「中国インターネット・データセンター(DCCI)のリポートによると、スマートフォンのアプリの66.9%はユーザーのプライバシーに関するデータを取得している。このうち、通話とメールの記録、アドレス帳はプライバシー漏洩の3つの危険地帯だ。34.5%のアプリにはプライバシーについて『常軌を逸した行為』があり、アプリ自体の機能に全く関わりのない状況下で、ユーザーの個人情報を取得している。そこにはアドレス帳や通話記録、位置情報、メールの内容など、非常にプライベートな個人情報が含まれている」

スマートフォンにアプリがいったんインストールされれば、通話やメールの記録、連絡先の番号などのプライバシーが監視される。たとえ通話記録やメールをすぐに削除したとしても効果はない。報道が伝える通りだ。「アプリによる読み取りは書き写しのようなものだ。まずデータを読み取って書き写し、ネットにつながった時点でサーバーに送る。携帯電話内の情報を削除しても、全くプライバシー保護の役には立たない」

つまり、国家権力を頼りに、ある地域のあるグループを対象として携帯電話をまとめて集めるのは、検査と脅迫のためだ。より危険なのは、恐らくどの携帯電話にもアプリをインストールし、ユーザーの情報を集め、事情を知らないうちにプライバシー情報を漏洩させるということだ。このように包囲の網を張り巡らせるやり方は、誰もが持ち歩く携帯電話を監視役の警察に変えるに等しい。

これ以前に中国中央テレビ(CCTV)はチベット人焼身に関するプロパガンダ番組を放送している。番組の中では、逮捕され重い刑を受けたチベット人の多くがQQとWeChatで焼身者の情報を送っていた。このため当局に把握され、「厳しい攻撃」に遭ったという。パソコンであれ携帯電話であれ、QQとWeChatは事実上、国家安全部門の「バックドア」だと早くから分かっている。

何年も前、「チベット人の恐怖は手でも触れられる」と形容した人がいた。現在では、携帯電話は恐怖の化身になり、手で触れるだけですぐに災いをひき起こせる。これは明らかに国家のテロ行為だ。国家的な計略に基づいて悪徳ソフトを利用し、更にチベット人を支配するのだ。

2013年3月16日 (RFAチベット語)


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2013年04月28日

ゴールデン・ウィーク チベット関連イベント

休みが少ないことで有名な日本では、もうすぐゴールデン・ウィークと言うものが始まるはず。みなさん、色んな計画を立てておられることと思うが、東京周辺のチベット好きの人にはよだれ垂れそなイベントが沢山行われるようである。

今日は、そのGWのチベット関係イベントを紹介する。

護国寺












まずはダライラマ日本代表事務所・チベットハウスが護国寺の全面的協力を得て主催する

<チベット フェスティバル トウキョウ>

タシルンポ僧院を中心に24名もの僧侶が来日して砂マンダラ、チャム(仮面舞踏)、タンカ展等々様々なイベントと通じチベットを総合的に紹介するそうだ。

日時: 2013年5月1日(水)〜6日(月)10:00〜19:00 場所: 大本山護国寺 入場無料

目玉の「チャム」は有料。

詳しくは>>>http://www.tibethouse.jp/tibetfes/index.html

以下のイベントはこのメインイベントに相乗りする形で企画されたようなものだが、、、

まずは、我らがルンタ・プロジェクトが準備したというか、東京事務所のうらるんたさんがすべて企画、実行して下さる:

<映画「チベット・イン・ソング」日本公開>

チベットインソング





護国寺で開催される「チベット・フェスティバル」に合わせ、ンガワン・チュンペー監督のドキュメンタリー映画「チベット・イン・ソング」(2009年)を日本初公開(自主上映)することになりました。
ンガワン・チュンペー監督も初来日します。
チベット人が自身の眼でまのあたりにしたチベットの現実を体感できる映画です。音楽に興味のある方、チベットをもう一歩深く知りたい方、ぜひお越しください。

日時 2013年5月4日(土、祝)/5月5日(日、祝)
13:00開場 13:30開始

いずれもンガワン・チュンペー監督トークインあり
場所 「天風会館」4階
東京都文京区大塚5-40-8(護国寺隣接)
東京メトロ有楽町線「護国寺」駅1番出口すぐ
チケット 1500円

詳しくは>>>http://tibetinsong.info

是非、参加して頂きたいと思います。

次はSFTJとルンタ・プロジェクト相乗りという。

<もっと知りたいチベット>

【日時】2013年5月3〜6日:毎日13時開場/13時30分開演
【会場】護国寺 隣「天風会館」(東京メトロ有楽町線「護国寺」駅2番出口直結)
【参加費】5月3日・6日:500円 5月4日・5日:1500円

5/3(祝)13:30〜 対談「チベットの眼 中国の眼」
石濱裕美子教授×ライター麻生晴一さん
天風会館102号室
参加費:500円

5/4(祝)13:30 〜・5/5(祝)13:30〜 映画「チベット・イン・ソング」日本初公開
映画上映+ンガワン・チュンペー監督トークイン
(ゲスト解説:石濱裕美子教授ほか)
天風会館406号室
チケット:1500円

5/6(振休)13:30〜 スライド&トーク「TIBET MOTHERLAND」
フォトジャーナリスト野田雅也さん
天風会館102号室
参加費:500円

詳しくは>>>http://www.sftjapan.org/nihongo:motto2013


もう一つ、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所が主催する、

main0<チベットの仮面舞踊(チャム)を知ろう!>

■講座概要■
 講師:カチェン・ロサン・シェーラプ(タシルンポ僧院管長代理)
 通訳・解説:三浦順子(翻訳家)
 司会:星泉(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
 使用言語:チベット語(日本語通訳付き)
 主催: 言語の動態と多様性に関する国際研究ネットワークの新展開プロジェクト/LingDy2(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

■当日のご案内■
◎日時:2013年5月4日(土)14:00-16:00(13:30開場)
◎場所:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所3階 304室
◎参加費:無料(要予約)
◎申し込み方法:本ページメニュー欄の「お申し込み」をクリックしてお申し込みください。

詳しくは>>>http://kokucheese.com/event/index/85695/

追加:<チベット音楽の夕べ>

パッサン・ドルマさんの美しく自在な歌声に耳を傾け、チベットの豊かな音楽世界に触れるチベット音楽の夕べに、ぜひお越し下さい。

講座タイトル:チベット音楽の夕べ
歌:パッサン・ドルマ(歌手)
伴奏・解説:トシクガ/空閑俊憲(チベット音楽演奏家、文筆家)
司会:星泉(東京外国語大学AA研)
使用言語:日本語・チベット語(日本語通訳付き)
申し込み:(学外の方のみ)
主催:言語の動態と多様性に関する国際研究ネットワークの新展開プロジェクト/LingDy2(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
協力:ヒマラヤ・チベット言語文化研究サークル(東京外国語大学)

■当日のご案内■
◎日時:2013年5月7日(火)18:00-20:00(17:30開場)
◎場所:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所3階 303室
◎参加費:無料(学外の方は予約をお願いします)
◎申し込み方法:本ページメニュー欄の「お申し込み」をクリックしてお申し込みください。

詳しくは>>>http://kokucheese.com/event/index/87898/


最後に一言。チベットハウスの護国寺イベントも24人もインドから僧侶を呼んでいるので、ひょっとして収支が厳しいかと思われる。そして、我らが「チベット イン ソング」の方は監督招聘や日本版制作に相当出費がかさんでいるので、もう赤字覚悟のイベント。だから、少なくともこの2つにはとにかく是非参加して頂きたいと思うのであります。お願いしま〜す。

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2013年04月27日

テンジン・デレック・リンポチェの孤児院教師をしていた2人の僧侶が失踪しすでに11年

Tenpa-Rabgyal-Choedor-nyakchukha写真:右手僧テンパ・タルギェ、左手僧チュトル。

2002年4月に成都で起ったとされる爆発事件の嫌疑を掛けられ、裁判で最初死刑を宣告され、その後地元のチベット人や国際機関の強い圧力により2005年に終身刑に減刑され、現在も収監され続けているカム、ナクチュカの高僧テンジン・デレック・リンポチェは今も無実を主張し続けており、チベット支援団体が行う政治犯解放キャンペーンにおいても中心的存在である。

テンジン・デレック・リンポチェは地元で僧院、尼僧院、学校、病院、孤児院、養老院を建て、これを運営し、地元では絶大な影響力を持っていた。当局はそのような高僧を共産党の邪魔者として消し去るためにこの爆発事件も仕掛けられたのであろうと推測されている。

2010年に刑務所でリンポチェに面会することができた2人の妹は、「彼は非常に衰弱している」と報告している。また、ウーセルさんの報告によれば彼が建てた学校は養鶏場や屠殺場と化しているという。

今回、新たに彼が運営していた孤児院の教師をしていたオト僧院の2人の僧侶、テンパ・ラプギェ(35)とチュトル(45)が2002年に当局に拘束された後、今も行方不明であることが明らかにされた。この事実は最近インドに亡命した親戚により伝えたものである。

ゲルツェンというそのチベット人は「彼らが行方不明になってすでに10年以上経った。親戚たちが総出であらゆる手を尽くして探しているが、まったく消息が掴めない。もう当局により殺されてしまったのではないかと思われ始めている」といい、「2人は、2002年4月3日に起ったとされる成都の爆弾事件に関わったとして4月7日に成都で逮捕され、その後死刑を宣告されたロプサン・ドゥンドゥップと成都で同じ宿に泊まっていた。彼と別れ、ラプラン僧院に向かう途中で当局に拘束されたと言われている」と失踪の経緯を説明する。

「2人は、1998年にナクチュカのゲシェ・ルンパという場所でテンジン・デレック・リンポチェが始めた300人以上の孤児や貧しい家庭の子供たちが学ぶ学校の教師をしていた。しかし、後に当局はこの学校を強制的に閉鎖させた」という。

参照:VOT26日放送分http://www.vot.org/#
27日付けTibet Post http://www.thetibetpost.com/en/news/tibet/3364-two-senior-buddhist-teachers-disappeared-in-tibet-since-2002
テンジン・デレック・リンポチェについては:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51316419.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51349180.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51339141.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51464483.html

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2013年04月26日

老若男女を問わずめった打ち

52655523ナンチェンの街(写真:グーグルアースより)

以下、25日付けTibet Expressより。

4月22日、ジェクンド(玉樹)州ナンチェン県バーポ地区(ཡུལ་ཤུལ་ཁུལ་ནང་ཆེན་རྫོང་དབའ་པོ་གྲོང་སྡེ་)で突然7人のチベット人が連行され、その後彼らの解放を要求した大勢の村人たちがボコボコにされ、重体となる人も大勢出たという。

7人が連行された理由とは、「政府が与えようとした僅かばかりの草と土地の金を受け取らなかったから」と書かれている。記事にはこれだけしか書かれていないので、その金がなんのためだったのか?それを受け取らないからといってなんで連行されるのか?といった疑問が湧く。考えられることは、その金は何かの補償金のようなものであり、それを受け取る事により、代わりに政府がその土地を自由に使えるようにするためのもの、或は、強制移住に伴う補償金、ではないか?それを受け取らないということは政府の意向に同意しない事を表明したことになるので、それで政府が怒って連行したのではないかと推測される。

で、仲間のチベット人たちが連行、拘束されたことを知った村人たちは彼らが拘束されている公安事務所に話し合いのために向かった。どれ程の人数が集まったのかは書かれていないので分からないが、とにかく、公安の前に行くと、話し合いが始まる前に、彼らは大勢の武装した警官に囲まれ、老若男女を問わす様々な武器を使いめった打ちにされ、催涙弾も打ち込まれたという。その結果、大勢のチベット人が「命に関わる状態に陥った」という。現在、現地の通信網も遮断されているそうだ。

中国当局のマフィアよりもすごい、いつもの暴力的性格が露にされたチベットではよくある事件と思われる。話合いの姿勢はまったくなく、とにかく逆らうやつはめった打ちにするという訳だ。相手が丸腰の年寄りであろうと、女性であろうとまったく意に介することはない。

参照:25日付けTibet Expressチベット語版:http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/10460-2013-04-25-08-47-54



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2013年04月25日

囚われのパンチェン・ラマ11世 24歳の誕生日

305863_576575072376574_1427400002_n今日はパンチェン・ラマ11世、ゲンドゥン・チュキ・ニマ(ジェツン・テンジン・ゲンドゥン・イェシェ・ティンレー・プンツォック・ペルサンポ)の24歳の誕生日だ。彼は1995年5月14日にダライ・ラマ法王により正式に故パンチェン・ラマ10世の生まれ変わりとして認定された3日後に、家族共に中国当局により連れ去られ、未だ確実な消息は全く得られていない。連れ去られた時、彼は6歳だった。それから18年が経った。

チベット亡命政府や支援団体はもちろんのこと、多くの外国政府や国連が中国に対し、ニマ少年の消息を明らかにするよう重ねて要求しているが、中国はこれまで一度も証拠を伴った回答を行っていない。中国高官のニマ少年に関する最後の言及は2010年3月、チベット自治区主席ペマ・ティンレーが外国レポーターの「今、ニマ少年はどこにいるのか?」という質問に対し「ゲンドゥン・チュキ・ニマは家族と共にチベットで普通の市民として幸福に暮らしている」と答えたとされるものだ。もちろん、この時も何の証拠も示されなかった。

ほとんどのチベット人たちは、先代のパンチェン・ラマ10世は中国当局により毒殺されたと信じている。これと同じように、11世も家族もろとも既に殺されているのではないかと考えるチベット人は多い。ニマ少年を探し出したタシルンポ僧院の高僧チャドル・リンポチェもニマ少年の拘束と同時に行方不明となり、その後6年の刑を受けた。刑期が終了したはずの今も彼とその他捜索に関わった人々の消息は途絶えたままだ。最近、チャドル・リンポチェは「死亡した。毒殺されたのだ」という噂が流れたが、真相は不明だ。

中国当局はニマ少年を消し去ったその年に、共産党幹部の子であるギェルツェン・ノルブという少年をパンチェン・ラマ11世として選出した。宗教を否定し、仏教に対し何の信も持たない政府が生まれ変わりを見つけたというのだ。彼は今、政治局員にされ、ことあるごとに中国政府の手先として利用されるしかない運命に陥っている。ほぼすべてのチベット人はダライ・ラマ法王が選んだニマ少年を本物のパンチェン・ラマと信じ、中国政府が選んだパンチェン・ラマを偽物と呼ぶ。

チベット人はダライ・ラマを太陽、パンチェン・ラマを月と喩え、命を守るなくてはならない存在と見なして来た。夜の暗闇を照らす月であるパンチェン・ラマは中国により消されてしまったままである。

最近、前9−10−3の会会長のガワン・ウーパルが現地から得た情報として「彼の家族は拉致されたとされるチベット自治区ナクチュ県ラリ郷の自宅で自宅監禁されている。回りには部隊が展開し、だれも近づけない状態だ」と伝えた。真偽は確認できないが、これが本当だとすれば、少なくとも家族はまだ生きているということになる。

焼身者の内の幾人かは、最後の言葉として「パンチェン・リンポチェを解放せよ!」と叫んでいる。内地のチベット人にとってもダライ・ラマ法王が認定したパンチェン・ラマ11世はダライ・ラマ法王に継ぐ希望の星であり、彼を捕らえ続ける中国政府への抗議の気持ちは強く、解放への願いは強い。

下のビデオは囚われのパンチェン・ラマ11世への帰依を表明し、解放されることを願うという内地の歌手ソナム・タシの「パンチェン・ラマ」と題された歌。




以下の写真は昨日24日にダラムサラで行われた、子坊主や小学生によるパンチェン・リンポチェ解放デモと解放要求署名活動。(写真はRTYC:地区チベット青年会議)

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<速報>24日 ゾゲ、タクツァン・ラモ・キルティ僧院僧侶2人が焼身・死亡

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以下、ダラムサラ・キルティ僧院リリースより。4月24日、現地時間午後6時40分頃、アムド、ンガバ州ゾゲ県にあるタクツァン・ラモ・キルティ僧院(སྟག་ཚང་ལྷ་མོ་ཀིརྟི་དགོན་པ་)の僧侶ロプサン・ダワ(བློ་བཟང་ཟླ་བ།20歳)とクンチョク・ウーセル(དཀོན་མཆོག་འོད་ཟེར།23歳)がタクツァン・ラモ・キルティ僧院本堂右手で一緒に中国のチベット圧政に抗議する叫びと共に焼身を行い、2人ともその場で死亡した。

遺体は僧院内に運ばれ、現在追悼会が行われている。これを知った当局は明日の朝葬儀を行えと命令しているという。

Lobsang%20dawa%2001僧ロプサン・ダワ

僧ロプサン・ダワはゾゲ県サル郷サル・ドクパ・メマ村の出身。父の名はドルジェ・カンド(62)、母はすでに死亡。6人兄弟の末っ子。

僧クンチョク・ウーセルはゾゲ県メチュ郷キルティ・カチュカ村の出身。父の名はツェリン・ノルブ、母の名はサムドゥプ・ドルマ。3人兄弟の真ん中。

2人とも幼少時タクツァン・ラモ・キルティ僧院の僧侶となり、現在まで勉強していた。2人とも人格、勉学ともに申し分なかったという。タクツァン・ラモ・キルティ僧院は1748年創建。現在約700人の僧侶が在籍する。

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タクツァン・ラモ・キルティ僧院では昨年12月8日、僧クンチョク・ペルギェが焼身、死亡している。ゾゲ県での焼身はこれで9人目。内地焼身116人目と117人目。

参照:24日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7607







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386175_10151662315895337_166313732_n追加:井早智代さんが描かれた僧ロプサン・ダワと僧クンチョク・ウーセルに捧げる絵。彼女の英語のコメントと共に。

For Konchok Woeser 20 yr old and Lobsang Dawa 22 yrs old.

Both are monks from Taktsang Lhamo Kirti Monastery. They self-immolated together beside the main prayer hall on April 24, 2013 in Zoege, Amdo, Tibet.

In the picture arrived in the Tibetan-in-exile community, snow could be seen on the logs and stones around their burning site.

On such a cold day you passed away, surrounded by
other monks.

I dream a country where no more of you have to do this.


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2013年04月24日

チベット人たちは地震被災者への愛を示す

4月20日に発生した四川省雅安地震の現在のところ犠牲者約200人、負傷者約1万数千人と深刻な被害となっている。中国政府は地震の規模をM7.0と発表しアメリカ発表のM6.6と大きくかけ離れている。被災地の映像を見ると、地震が大きかったというより、とにかく脆弱な建物が多かったように思えた。

6c6a6579-770b-4bf6-81d4-a079eba93753現地では支援物資到着の遅れに抗議し、水よこせ、食べ物をよこせ、テントよこせデモも各地で起っているという。写真左は宝興県で23日に行われたその手のデモ。「寒いぞ、腹減った」等と書かれている。





40c33ddeまた、同じく住民たちが「『M8.0耐久』だと言われて大枚はたいて購入した家やマンションが今回の地震で損傷し使い物にならなくなった」と開発業者に金を帰せと要求するデモが起った。目撃者によれば2千人が集まり、これを阻止しようとする部隊との間に衝突も起ったという情報もある。


119f93aa-f6e3-4a57-8ee5-7d73cd79593f被災地芦山県に入り、救援物資を配るチベット人僧侶たち。

そんな中、チベット人たちは僧侶を中心に地震発生後直ちに支援物資を満載したトラックを用意し、集めた義援金とともに現地に向かった。中国では災害発生時には軍隊と警察が出動するが、チベットでは誰に命令されなくても、僧侶たちが出動するのである。2010年のジェクンド大地震の時も周辺の僧院から僧侶が大勢駆けつけ、直ちに救助活動を行った。後から来た部隊はしかし、手柄を僧侶たちに持って行かれては大変だと、僧侶たちを強制的に追い出し、高山病でまともに動けない部隊をTVに映しまくった。

Tibetan-monks-donating-money-and-goods-to-support-victims義援金を集め、同じく芦山県に入り物資等を手渡す僧侶たち。

今回、どこの僧院が動いたかははっきりしていないが、カンゼ州のゾクチェン僧院とラガン地区の僧院が物資をトラックで運び現地に入り、物資を配ったり、炊き出しなどを行ったことは確認されている。その他、RFA によれば、ンガバ州バルカム県の昌列寺(中国語ソースしかなくチベット名不明)も物資を運び込むことに成功したという。

また、ジェクンド(玉樹)からも物資を積んだトラックと僧侶が現地に向かったが、こちらは途中で軍隊と警察に追い返され、現地に入ることができなかったという。当局はその時「個人の救援物資は受け付けない」と言ったという。また、同じく被災地に救援物資を届けようとしたチベット人僧侶は途中で止められ、「誰が派遣したのか?誰が許可したのか?政府が許可しない救援物資を被災地に運ぶことは許せない」と警官に言われ、「仕方なく、引き返した」という。

今回も当局はチベットの僧侶が救援活動を行うことを歓迎していないことは確かなようである。

Tibetan-monks学校で義援金を集めるチベット人生徒たち。

また、各地の僧院では被災者への連帯を示す祈祷会が行われた。同時に各地の僧院、学校、村々で募金活動も行われているという。

参照:23日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/china/among-04232013152835.html
同中国語版http://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/dz-04232013150255.html

prayers-in-Tibetan-monasteriesカンゼ州セルタ県ラルンガル僧院で行われた、被災者への連帯と安寧を祈る法要。

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2013年04月23日

僧侶が拷問後病院へ、その後家族の下へ/僧侶作家2人長期失踪

hhhシルカル僧院僧侶が拷問の末、刑務所から病院にその後自宅に

去年9月1日、ジェクンド州ティンドゥ県にあるシルカル僧院に突然大勢の部隊が押し掛け、5人の僧侶を連行した。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51760361.html)連行の理由は明かされず、その後、彼らは刑期を受けたが、罪状等は明らかになっていない。おそらく去年2月8日に大規模なデモを行ったことに関係しているであろうと思われている。

この5人の内、僧ソナム・イクネン(45)が、1ヶ月ほど前に、刑務所から西寧で一番大きな病院に移され、その後、家族の元に送られたということが最近判明した。彼は非常に衰弱しており、尋問中や刑務所での拷問が原因と思われている。

彼は2年の刑を受けていたという。家族が1ヶ月毎に許される面会のため3月に刑務所を訪れたとき、彼はそこにいなかった。刑務所側は居所を伝えなかった。その後、彼が西寧の病院に収容されているということが判明し、家族が向かったが、面会は許されなかった。そして、最近突然彼は家族の下に送られたという。彼の容態は非常に悪化しており、家族はこれからまた彼を病院に入院させ、治療を続けさせるというが、回復したとしても、また刑務所に連れて行かれるであろうと心配されている。彼は逮捕される前、非常に健康であり、衰弱した原因は拷問であろうと思われている。

当局はしばしば、拘置所や刑務所内の拷問やひどい扱いにより、重体となった者を、どうしようもなくなり死にそうになると病院に送り込む。また、それでも治療が長引き、費用がかかると判断される時や、或はもう望みがないと判断されると家族の下に送られる。その後、しばらくして家で死亡したというケースがいくつも報告されている。彼の詳細は容態は分からないが、この何れかのケースと思われる。

参照:22日付けVOT中国語版:http://vot.org/cn/?p=24695

作家僧侶2人が逮捕後長期間行方不明

ae8f4158-4272-4c2c-8203-3b923140ca68今年1月1日にアムド、レゴン県にあるガルツェ僧院内から僧侶作家として有名なガルツェ・ジグメ(འགར་རྩེ་འཇིགས་མེད་36/37)が突然連行された。原因は彼がその直前に出版した雑誌「王の勇気༼བཙན་པོའི་སྙིང་སྟོབས༽」第二部ではないかと思われている。この中で彼は焼身、抗議デモ、ダライ・ラマ法王、チベット亡命政府、チベット人の権利、環境、少数民族と北京の関係等、チベットの現状についての報告を行っていた。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51776043.html)彼は地区で作家、知識人のセミナーを開いたりもしており、影響力のある作家であった。

RFAチベット語版は彼が4ヶ月近く経った今も行方不明のままであると報告し、家族や友人が彼の安否を非常に心配していると伝える。

参照:20日付けRFAチベット語版:http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/nobody-knows-about-gartse-jigme-04202013150711.html

79f6c453-4da5-4143-a696-e050d6c6c5f9同じくRFAはカム、チャムド、パシュ県出身の僧侶作家ツァワ・ダニュクが2008年3月20日頃に突然僧院から消えた後、現在も行方不明のままと報告している。彼はそれまでに数冊の著書を出版し、その中にはチベットの歴史や政治状況について詳しく書かれていたという。

参照:RFAチベット語:http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/khamlaytsen/kham-stringer/tsawa-danug-disappeared-03062013113523.html

折しも、アメリカ政府は数日前、2012年度の各国の人権状況を纏めた報告を発表した。チベットの人権状況についても詳しく報告され、「チベットの人権状況は2012年度急激に悪化した」としている。http://www.state.gov/j/drl/rls/hrrpt/humanrightsreport/index.htm?year=2012&dlid=204195#wrapper

その中「恣意的逮捕、拘束が増加しているのも問題だ。拘束令状と共に警察は法律上、最長37日間その容疑者を拘束できることになっている。その期間中に正式に逮捕するか、解放すべきである。また、警察は拘束の後24時間以内に容疑者の家族や雇い主に連絡すべき事になっている」と記され、これが全く守られていないと批難している。

中国当局は政治的嫌疑でチベット人を拘束した場合、家族にその事を知らせるということはまずない。それは、長期間に及び、1年以上も行方不明というケースも珍しくない。当局は家族や周辺の人々を不安に陥れ、精神的苦痛を与えるためにわざとやっているのである。

上記2人目のツァワ・ダニュクの場合は行方不明になりすでに5年経ったことになる。他にも2008年に失踪したまま、今も生死も分からぬチベット人が大勢いるといわれている。


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2013年04月21日

チベット各地で暗に焼身者の意志を継ぐ団体が次々発足

昨日4月20日に中国四川省雅安市 蘆山県を中心に起った大きな地震により、大勢の犠牲者が出ている。犠牲者の冥福を祈るとともに、速やかに十分な救援活動が行われることを期待する。この地域はチベット人居住区であるカムへの入り口にあたる山岳地帯である。ここを通るダルツェド、カンゼに通じる幹線道路も閉鎖された可能性が高いと思われる。RFAによればカンゼ自治州一帯も相当に揺れたらしく、これまでにカンゼ県で3人、ダルツェド県で2人の犠牲者が出たことが確認されているという。カンゼでも死者が出るぐらい揺れたとすれば、震源地により近いラガン、タウ、ダンゴ等でも被害が出たと思われるが、詳細な報告は未だ入っていない。

追記:RFAはカンゼで3人と書いているが、中文「四川新聞http://scnews.newssc.org/system/2013/04/21/013765090.shtml」によれば、「カンゼ州で5人死亡、カンディン県で2人、泸定县で3人」となってる。これだと、カンゼ県で死者が出た訳ではないことになる。

今日は最近、チベットの各地に広まっている市民団結運動について報告する。先の4月9日のブログで「カム、ダンゴ県で『雪域非暴力勇者協会』という会が発足し連帯を誓い合った」http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51786184.htmlというニュースを知らせたが、同様の団体の発足を知らせる写真がFBに幾つか流れていた。

554102_559649820721871_98983594_nまず、今年1月7日にはカム、ザチュカにあるランヤク僧院に地域の有志が集まり、同じく「雪域非暴力勇者協会」を発足させたという。この「雪域非暴力勇者協会གངས་ལྗོངས་འཚེ་མེད་དཔའ་བོའི་མཐུན་ཚོགས་」の趣旨はチベットのために焼身した人々の意志を受け継ぎ、チベット人同士の団結、アイデンティティーの保持、盗みや喧嘩をしない事を誓いうというものである。












11058_369584603146757_1321756930_n同じく1月24日付けでアムド、ンガバにあるツィナン僧院で同様の協会発足を知らせる写真が伝わっている。日付からすると、ザチュカが最初のように思われるが、実際にはどこか他の地域で先に同様の協会ができた可能性もあり、どこが最初かははっきりしない。















62635_597443050268194_194897058_nまた、最近アムド、ゴロ、ラギャ僧院でも地域のラマの呼びかけにより、団結を誓い合う協会が発足したという。もっとも、こちらは政治的な色彩はできるだけ排除し、チベット人の良き特質である、慈悲に基づいた助け合いの精神を向上させ、とにかく、悪い行いである、盗みや喧嘩、賭け事を断つことが誓われたという。この集会は地方当局の許可を得て行われたとされ、同様の集会がゴロの数カ所でも行われたという。

image34月18日にはアムド、マチュで環境問題を中心にした「故郷愛護協会」の僧侶たちがゴミ収集等の活動を行ったという。この協会はすでに数年前に発足し、地域のチベット人の団結とチベット語保持、チベット文化保存、環境保全を目的とし、善行をおこない、悪行をさけることが唱えられているという。去年からこの運動に参加する人が増えているという。

このようにして、チベット各地で政治色を前面に出さない団体を組織しようという動きが広まっているということである。この背景には焼身者たちの遺言の反影を見る事もできると思われるが、それを表に出す団体もあるし、そうでない団体もあるということである。当局の反応については報告されていないので不明である。

参照:地震については、20日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/earth-quake-killed-157-people-in-china-04202013154210.html
マチュについては、19日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/environment-protection-in-amdo-04192013111427.html


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2013年04月20日

最近の亡命者が語るラプラン僧院他内地の現状

8517505335_1542e260ef_b1今年2月、ロンウォ僧院を警備する中国の軍隊。

最近インドに亡命したチベット人がアムド、ラプラン僧院等の現状を報告した。内容からしてラプラン僧院の僧侶かと思われる。

Tibet Timesが彼にインタビューした記事を以下そのまま訳す。

ラプラン僧院僧侶が僧院を追われる

ラプラン僧院の僧侶たちは様々な嫌がらせを受け、今年に入り僧院を追い出された僧侶が多数いるという。

最近亡命し、ダラムサラに到着した匿名希望のチベット人にTibet Timesがインタビューした。

「中国当局は以前よりラプラン・タシキル僧院に対し僧侶の数を制限するよう圧力を掛けていた。屋外で行われる討論の時にも部隊が見張りを行う。2009年以来規制が厳しくなり、他の州出身の僧侶は法要に参加してはならないという書面を発表し、チベット自治区、四川省、青海省から来ていた僧侶170人程が僧院から追い出された」という。また、「当局が僧侶の数を制限する目的は2つある。一つには僧侶の数が少ないほど管理し易いからだ。もう一つは僧侶の数を減らすことにより僧院自体の力を削ぐためだ」と話す。

さらに、「僧侶の数を減らすために、18歳未満の僧侶を認めず、学校に通学した証明書がない者も許可しなくなった。ラプラン・タシキル僧院の僧侶の数を999人までと決め、もしも1000人以上になったときには、それを口実に他の僧侶も大勢追い出すということをやる。この他様々な規制や嫌がらせをして、とにかく僧侶が大人しく勉強することを困難にされている」という。

「2008年と、2009年以降焼身事件が起る度に僧院の中と周辺全てに武装した軍を配備し、僧侶や一般チベット人に恐怖心を起こさせていたが、最近はやり方を変え、僧院内や街に私服警官を大勢徘徊させ、表向きは弾圧していないように見せかけている」。

「最近、ラプラン僧院、クンブム僧院、ンガバ・キルティ僧院、ロンウォ僧院等アムドの主な僧院の中に政府の建物を建設し、政府の役人が僧院を監視するために大勢雇われている。至る所に監視カメラが設置され。僧院付近に住む一般人も厳しく監視されている。外人を家に入れてはならないとされ、また他の土地から来た者に家を貸してはならないと命令されている。学校の生徒も外人と英語で話してはならないと言い渡されている」と報告する。

内地のチベット語の状況を尋ねてみると、「チベットの街はどこもチベット人より中国人の方が多い。街に住むチベット人の若者たちはみんなチベット語より中国語の方が達者だ。チベット語を話す時にも、中国語を混ぜないと話せないという状況だ。遊牧民の言葉の中にも中国語が沢山混じっている。しかし、以前に比べると最近はチベット語が少しだが純化しているように感じる。いろんな地区で純粋なチベット語を話そうという運動が起っている。チベットの3地区(ウツァン・カム・アムド)の学者が集まり「チベット語、漢語、英語新語辞典」という辞書を出版したり、新たなチベット語を普及させるための会議や集会も沢山開かれている。しかし、去年甘粛省ではこのような辞書を発禁にした。本屋もこのような辞書や本を販売すれば政治的罪を着せられることになっている。当局はその理由を説明しようとはしない」という。

焼身抗議について内地の人々がどのように感じているかについて質問した。「焼身がある度に、みんなお互いに携帯電話で情報を送り合うので、すぐに知ることができる。以前なら、焼身がある度に、みんなすぐに僧院に向かい彼らのために祈るということが広く一般的な習慣になっていた。しかし、最近は当局が僧院に行くことを厳しく規制し、阻止することが多くなった。チベット人はみんな焼身する人たちを非常に貴重な存在として大いに尊敬する。民族の勇者、愛国者と認識している」と話す。

個人的な感想を聞くと、「焼身する人たちの中には若い人が多い。17歳とかの若者が焼身したと聞くと非常な悲しみを覚える。自分は内外のチベット人が母語を確実に学び、保存することが大切と考える。若者たちが集まる時には、ほぼ必ずチベット問題についての話が出る。ロプサン・センゲ首相の話になると、みんな身を乗り出して論じ合う。彼がどこの大学を出たとかどんな知識があるとか、どこでどんな話をしたか等について情報を交換しあったりしている」と話した。

参照:19日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7583

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2013年04月19日

2月に焼身したパクモ・ドゥンドゥップの死亡確認 ソナム・ダルギェの生前写真

db31f8b4-3355-4e74-a7ab-14956b04c63b今年、2月24日にアムド、ツォゴン地区バイェン県(青海省海東地区化隆回族自治県)チャキュン僧院内で焼身抗議を行ったパクモ・ドゥンドゥップ(ཕག་མོ་དོན་གྲུབ་)に関する新しい情報が入った。速報では彼は病院に向かう途中、家族と共に当局に拉致され行方不明になったということで生死不明とされていた。

15日付けRFAチベット語版(注1)によれば、彼は病院に運び込まれた後、数日して死亡したという。死亡の日付は明らかにされていない。彼の父親は息子が死亡した後、警察で様々な書類へのサインを強要されたという。しかし、父親は字が読めず、内容は全く理解していなかったという。

僧院では彼のための追悼法要は禁止されていたが、秘密裏に地域のチベット人も集まり法要を行ったという。

また、焼身直後に亡命側に伝わり発表されたパクモの写真と言われていたものは、実はパクモではなかったということも判明した。これが本物のパクモの写真だとして今回伝わったものが冒頭に載せた写真である。

以下、彼の焼身の経緯や背景をおさらいしておく。

2月24日、現地時間午後8時頃、アムド、ツォゴン地区バイェン県にあるチャキュン(夏琼寺)僧院内で1人の俗人チベット人が中国の圧政に抗議し、焼身した。その後すぐに現場に呼ばれた両親に連れ添われ、西寧にある病院に向かった。

彼は車に運び込まれる前、まだ意識がある時、回りの人々に対し「もしも、私に情けをかけるなら、殺してくれ、殺してくれ」と重ねて懇願したという。車には両親と兄弟の1人が乗り込み西寧の病院に向かったが、その途中で軍と警察の車に止められ、パクモ・ドゥンドゥップは両親、兄弟、運転手とともにどこかに連れさられ、行方不明となった。

彼は短い遺書を残していた。その中には「チベットは独立し、自由になるべきだ。ダライ・ラマ法王をチベットに」と書かれていた。

当局は地域の住民たちが焼身者の家族の家に慰問のために向かうことを禁止し、僧院の内外、焼身者の村に続く道には部隊が配備され厳重な警戒が続いた。パクモ・ドゥンドゥップ、20歳前後は僧院近くのバイェン県ツァプック郷サカル・ゴンワ村出身。父の名はシャボ。

パクモ・ドゥンドゥップが焼身抗議を行うに至った背景としては、チベット人全体への弾圧がもちろん考えられるが、これに加え、この地域特別の事情も加味していたと思われる。

2008年3月、チベット全土に抗議デモが広がった時、このチャキュン僧院の僧侶や付近の村々の住民も抗議デモを行った。この時以来、僧院と焼身を行ったパクモが暮らす村を含む付近の村々は当局の特別の監視対象とされていた。

2012年6月、この僧院の会計係であった僧ダクマル・ペルギェ(43)が金目当てに押し入った中国人警官に殺されるという事件があった。マと呼ばれるその警官は僧侶を殺した後、遺体を派出所近くの穴に投げ捨てていた。このことを知り、大勢のチャキュン僧院僧侶と地元のチベット人が派出所に詰めかけ、原因を明らかにするよう求め、小競り合いが起った(注2)。

昨年からチャキュン僧院には愛国再教育チームが度々訪れ、僧侶たちに法王批難と共産党賛美を強要していた。特に昨年終わり頃から僧院や村には政府の役人が来て反焼身教育を行っていた。VOTによれば、「僧院のすぐ傍にあったパクモが住むサカル・ゴンワ村には県と郷の役人が来て緊急会議を招集し、村の民衆に対して、法律を守り社会の安定を維持し焼身に反対するよう要求した、もし焼身が起こったら焼身者とその家族を厳罰に処し焼身者の子どもは学校から退学させ、関係する親戚を逮捕する、と警告した」という。

また、チベット歴の正月を前に当局は僧院に対し、正月を盛大に祝うよう命令していた。これに対し、僧侶や住民たちは、今年の正月は喪に服す正月として、焼身者たちを供養するために宗教的儀式のみを行うことを決めていたという。

彼が住んでいた村は僧院に近く、常に僧院と連帯した行動を取っていた。また、この村は標高が高く、水に恵まれないこともあって、特に貧しい村だった。村で窓にガラスが入っているのは、一番裕福な一軒の家だけという。焼身したパクモも貧しい家の次男だったという。

彼が焼身した、2月24日はチベット歴1月14日に当たり、この日は釈迦牟尼仏陀が異教徒の挑戦を受けこれに対し神変(神通力)の数々を示したと言い伝えられる日である。チベット各地の僧院では神変大祈願祭と呼ばれる弥勒菩薩を招聘する法要が行われていた。

アムドの大僧院である近くのクンブム僧院やレゴンのロンウォ僧院、サンチュのラプラン・タシキル僧院でも大規模な法要が行われ、大勢のチベット人が集まった。しかし、これに対し当局は大量の部隊を送り込み儀式を妨害し、威嚇した。

焼身事件が発生したチャキュン僧院は1349年に創建された古刹であり、アムド地方でもっとも古い僧院の1つである。また、ゲルク派の創始者ジェ・ツォンカパ(1357〜1419)が出家した僧院として有名である。ダライ・ラマ法王の生地にも近い。

注1:http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/amdolaytsen/amdo-stringer/jakhyung-monastery-and-locals-offered-prayers-for-phagmo-dhondup-04162013112645.html
注2:詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51752238.html
参照:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781897.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51782129.html

24c5a27b-254c-4530-878d-0838e66dd212焼身死亡したソナム・ダルギェの生前写真が伝わる

同じく今年2月の19日にンガバ州ゾゲ県で焼身、死亡していたソナム・ダルギェの写真が数日前初めて亡命側に伝えられた。左の写真がそのソナム・ダルギェ、18歳。彼は同郷のリンチェン、17歳と共に焼身し、2人ともその場で死亡している。詳しくは過去ブログを参照>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51781390.html

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2013年04月17日

学生デモ参加者8人に実刑判決

996131592012年11月26日、チャプチャ学生デモ。

去年11月には1ヶ月の間に28人が焼身抗議を行った。そんな中でアムドでは大規模な学生デモが何度か発生している。11月26日にはチャプチャ(青海省海南チベット族自治州共和県共和)の衛生学校の生徒1000人以上が街に繰り出し、中国政府のチベット政策に抗議する平和的大規模デモを行った。

これに対し、当局は部隊を派遣し、デモが始まり2時間後には学生たちの行進を阻止し、催涙弾を発射し、威嚇発砲も行い、激しい暴力を加えた。その結果多くの学生が負傷した。負傷者の内20人ほどが病院に運ばれ、この内重傷者4人が緊急治療を受けた。

e178d4b4部隊の暴行を受け病院に収容された生徒。

学生たちは「民族平等、民族自由、言語平等、政権交代」等を訴えるスローガンを叫んだ。また、学生たちはその前日、共産党宣伝部が「民族の言語を学んだり、民族の権利や自由を求めたり、焼身などの行為は愚かでばかばかしい選択である」などという10項目の諷刺と侮辱が書かれパンフレットを学校等に撒いたことに反発し、これがきっかけとなってデモが起ったと言われている。

そして、今月10日にはこのときに拘束され、その後行方不明となっていた学生の内8人に刑が言い渡された。今日付けの中国政府公式サイトであるChina’s Tibet website(http://ti.tibet3.com/news/tibet/qh/2013-04/17/content_457369.htm)によれば、グンホ県の中級人民法院は4月10日に公開裁判を開き、2012年11月26日に「違法なデモを行い、社会の安定を脅かした」チャプチャ衛生学校の生徒8人への刑を確定したという。

サンゲ・ブム(སངས་རྒྱས་འབུམ་)に4年、クンサン・ブム(ཀུན་བཟང་འབུམ་)、ラテン(ལྷ་བརྟན་)、ジャンパ・ツェリン(བྱམས་པ་ཚེ་རིང་)の3人に3年半、ワンギェル・ツェリン(དབང་རྒྱལ་ཚེ་རིང་)、チュキョン・キャプ(ཆོས་སྐྱོང་སྐྱབས་)の2人に3年3ヶ月。その他2人については先の記事には書かれていないが、TCHRDによればこの2人には3年半の刑、VOTによれば3年の刑が確定したという。裁判には100人以上の生徒、各学校の教師が傍聴したとされる。

TCHRDによれば、このデモの際、拘束された生徒のうち、今も行方不明のままとなっている者もいるという。記事には年齢が書かれていないが、本当に実刑を受ける年齢に達していたのかどうか気になるところである。

参照:17日付けTCHRDリリース:http://www.tchrd.org/2013/04/chabcha-student-protesters-sentenced-up-to-four-years/
17日付けVOT中国語版:http://vot.org/cn/?p=24567&lang=zh-tw

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<速報>ザムタンで新たな焼身 20歳 1児の母

547404_630392200309747_977108912_n生前のチュクツォ。

先ほど、Tibet Timesが報じたところによれば、4月16日、現地時間午後3時頃、ンガバ州ザムタン県バルマ郷にあるチョナン僧院の傍で、チュクツォ(ཕྱུག་མཚོ་)と呼ばれる20歳の女性が中国の圧政に抗議するために焼身し、その場で死亡した。

集まったチベット人たちが彼女の遺体をチョナン僧院に運び込んだ。僧院でポアと追悼の法要が行われた後、遺体は家族の下に届けられた。

その後、これまでと同じように家族の下に、役人と警官が押し掛け、その日の内に葬儀を終わらせるようにと命令した。現在、葬儀の準備が行われており、家族の下や僧院には数千人の僧侶、尼僧、一般人が集まり、彼女への哀悼と連帯を示しているという。

チュクツォはザムタン県バルマ郷の出身、父の名はテンコ、母の名はドンキ。彼女は結婚し、3歳になる子供が1人いたという。

サムタンでの焼身は6人目。すべてチョナン僧院傍である。先月26日には30歳の女性、4児の母ケル・キ(30)が焼身、死亡している。

内地焼身115人目。女性18人目。

追記(17日):VOTが、南インドの僧院に所属する焼身したチュクツォと同郷の僧侶が現地より得た情報として伝えるところによれば、チュクツォの年齢は21歳、2人の子供を残したという。夫の名前はクンチュ、24歳。出身はバルマ郷ツァン村。遊牧民であったという。

参照:16日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7571

555009_10151648809435337_1229200464_n17日追加:井早智代さんがチュクツォを偲び描かれた絵。

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2013年04月16日

ウーセル・ブログ:膨大で高コストの治安維持部隊

よく「焼身抗議はアムド、カムばかりでなぜチベット自治区(ウツァン)で少ないのか?」という質問がでる。これに対する一般的回答は「チベット自治区では当局による監視が非常に厳しく、焼身やデモを行う事も容易ではないからだ」である。ウーセルさんは4月6日付けのブログで、このチベット自治区が小さな村落に至るまで、如何に金も掛け、細かく管理、監視されているかについて「駐村工作隊」の実体を明らかにしながら解き明かされている。これほどまでに全てを監視されるチベット人たちの息苦しさはどれほどであろうかと想像される。

原文:http://woeser.middle-way.net/2013/04/blog-post_6.html
翻訳:@yuntaitaiさん

_多却村で活動するロカ地区商務局の駐村工作隊。写真は「先進的な基層党組織を建設し、優秀な共産党員になり、民衆に利益を与える活動」のサイトhttp://www.vtibet.cn/zhuanti/node_682.shtml

2ニンティ地区の江色寺に駐在する人民警察。











cms_6895b56ba40a4e7ba2f1f780f3a47c38駐村工作隊と駐寺工作組はチベット自治区で、世帯ごとに一人ひとり、僧院ごとに一人ひとり「民間事情檔案」を作り、厳しい警戒網を張り巡らせる。




膨大で高コストの治安維持部隊

北京で昨年開かれた両会(全国人民代表大会と全国政治協商会議)で、南方週末はチベット自治区の人民代表大会常務委員会主任チャンパ・プンツォと主席ペマ・ティンレー(肩書きはともに当時)を取材した。村レベルの工作組と治安維持の関係を問われた時、チャンパ・プンツォは「2012年に自治区全体の5000以上の行政村に駐村工作組を派遣した。(中略)駐村幹部は毎年交代し、3年以内に2万以上の幹部が村に駐在するようになる」と答えた。彼はもちろん、「これは治安維持のためというわけではない。大事なのはやはり経済発展の手助けだ」と補足した。

「治安維持のためというわけではない」。この言葉はうそだ。昨年10月の最終報告書は「チベット自治区の各レベルの駐村工作隊は終始、駐村工作の重要な内容として、社会の安定を守る職務に力を入れていた」と書いている。そのために、「県、郷、村、組、戸の5段階の治安維持情報交換システムや安全防備システム、トラブル調停システム」を整え、「全ての村が砦になり、誰もが哨兵になるという郷村防犯システムを構築した」という。

具体的に言えば、チベット自治区は2011年10月以来、各機関や団体で人を集め、駐村工作隊5453班を組織し、自治区全体の全ての行政村をカバーした。同時に、1700以上の僧院(寺)にも駐寺工作組を派遣した。3万人に満たない牧畜エリアのナクチュ地区ニェンロン県だけでも、駐村工作隊86班と駐寺工作組6班、駐郷工作組10班が派遣された。昨年12月にはポタラ宮広場で、赤い旗を高く掲げ、太鼓を打ち鳴らす第2次駐村工作隊に向けて、漢人とチベット人の党員たちが治安維持活動を続けるよう指示した。

駐村工作隊のここ1年の治安維持状況がおおよそ理解できるので、当局の最終報告書を抜粋しよう。例えば、自治区ロカ地区に駐在する各級の駐村工作隊は、「ダライ集団の批判大会を3866回、重要人物(元受刑者またはお年寄りなど)の支援、更生保護活動を1856回、僧院に浸透して僧尼と本音で語り合う活動1886回、それぞれ展開した」。しかも、「1080班の『護村隊』を組織し、健全な治安維持対策を3346項目実施し、すき間のない治安維持防犯ネットワークを組織した」という。

また、例えばチャムド地区にいる各級の駐村工作隊は、「ダライ批判大会を7107回、(中略)重要人物の支援、更生保護活動を8369回実施し、宗教施設に3234回浸透し、僧尼と5608回話し合った。延べ1万971人分の重点分野、人員管理業務について、村の居民委員会を助け、群衆の陳情1279件と集団抗議事件1321件を適切に解決した」。これらの何千という数字には本当に驚かされる。

チベット自治区の各機関、団体が「6地区1市」(ロカ地区、シガツェ地区、ニンティ地区、チャムド地区、ナクチュ地区、ンガリ地区とラサ市)に駐村工作隊と駐寺工作隊を派遣するほか、公安部の公安辺防総隊と武装警察チベット総隊、チベット公安消防総隊などの軍警組織も駐村工作隊や駐寺工作組を派遣し、団結して治安を維持する。批判大会開催や僧侶との対話のほか、実はより重要なのがいわゆる「民間事情檔案」を作成することだ。世帯ごとに一人ひとり、僧院ごとに一人ひとり、全ての者がファイルに記録される。確かに、当局の言う「三無」、つまり「盲点がなく、すき間がなく、手付かずの部分がない」という状態が実現する。つまり、完全に国家機関によって、チベット人を村ごとに、僧院ごとに監視するのだ。

治安維持はこれほど浸透し、長く続いており、コストの高さは計り知れない。金銭面だけを見ても、駐村工作隊や駐寺工作組のメンバーは給料や福利、財政的な補助のほか、ボーナスや各機関からの補助も受け取る。彼らを辺鄙な片田舎にとどまらせるため、すさまじくカネを支給するだけでなく、将来の出世まで約束する。そのため、「1年間の駐村で家か車を買える」「駐村には理由がある。治安維持はただのスローガンで、金を稼ぐことが目的だ」とチベット人にからかわれている。村に駐在するメンバーにすれば、「上に政策あれば下に対策あり」だ。「民間事情檔案」を作成してしまえば、後は新聞や書類を読むのが通常業務になる。残りの時間は退屈で、こまごましたニュースがあるだけだ。しかし、各地の村民や僧尼たちにすれば、彼らの存在こそが大きな暗い影になる。

チベット自治区でこの治安維持モデルをつくったのは、2011年に区党委書記に就任した前河北省省長の陳全国だ。彼は河北省で、1万5000人の「幹部下郷運動」を実施したことがある。同じように治安維持が主な目的だった。メディア人の北風は以前、ツイッターでこう論評した。「河北省が幹部を村に派遣して駐在させる。これは治安維持政治の顕在化だ。統治と社会変化が最終決戦の段階に入ったことを物語っている。治安維持政治がこれ以上極端な方向に向かったら、残るのは軍事管制への道だけだろう……」

2013年3月12日 (特約RFAチベット語)


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