2013年07月

2013年07月31日

ダライ・ラマ法王はラダックで政治目的を伴った瞑想修行に入られる/来年のカーラチャクラ法要・灌頂の日程

1009808_638152482863234_754013951_n沿道、ラダックの人々に迎えられるダライ・ラマ法王。

ダライ・ラマ法王は7月29日の朝、北インドのチベット文化圏ラダックのレーに入られた。空港にはラダック出身の第102代ガンデン・ティパ、リゾン・リンポチェやジャム・カシミール州の観光局大臣初め、多くの地元の人々が出迎えた。

法王は瞑想場である、レーから10キロほど離れたチベット人キャンプ、チョクラムサールにあるシウェーチャル宮殿に直接向かわれたが、沿道には大勢のチベット人たちが列をなして歓迎の意を示した。

法王はラダックに到着されたあと、「今回は3週間、チベット問題解決を願う厳格な瞑想修行を行う」と語られたそうである。

法王は南インドで、今回のツァム(お籠もり。瞑想修行)の間、一般の信者も毎日『オンマニペメフン(観音菩薩の真言)』を1000回、『般若心経』を2回、『観音賛(འཕགས་བསྟོད།観音菩薩を賛嘆するお経)』を一回唱えることを勧められている。

チベット内地のカム、カンゼの僧院においても、この法王のお言葉に従い、「チベット問題解決」を願うためにこれらのお経が唱えられ始めたという。この動きは内地で広まる可能性が高いと思われる。

595967ac去年ブッダガヤで作られ、灌頂後に壊されたカーラチャクラ砂マンダラ。

カーラチャクラ法要の予定

来年の7月にこのレーで行われる「カーラチャクラ法要」の詳しい予定が発表された。期間は来年7月3日から14日までの12日間。

3日から5日までは灌頂への準備のために砂マンダラが作られ、読経などが唱えられる。
6日から8日までは前行としての法話。
9日にはナムギェル僧院の僧侶たちによるチャム。
10日から13日まで、カーラチャクラ灌頂。
14日には長寿灌頂(ツェワン)とダライ・ラマ法王の長寿を祈る法要(テンシュク)が行われ、終了。

法王によるカーラチャクラ法要・灌頂は今回で33回目。第1回目は1954年にラサのノルブリンカで行われた。去年1月にブッダガヤで行われた法要には約20万人が集まった。今回の参加者数の予測は10万人という。

日本人も参加したいと思われている人が多いかと思われる。宿泊所が満杯になる事は目に見えているので予約は早めにされる方がよろしいかと。

参照:7月30日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33804&article=The+Dalai+Lama+arrives+in+Ladakh+for+meditational+retreat

rftibet at 21:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月29日

チベット国境に向かい 消えた活動家

3f0a56dd今年3月10日、徒歩でダラムサラを出発するリンツァ・ツェテン・ドルジェ。右手は去年ネパールまで一緒に歩いた母親。

去年に続き今年もダラムサラを起点にチベット帰還行進を行い、6月8日シッキムの僧院から消えたリンツァ・ツェテン・ドルジェの安否が気遣われている。すでに50日余り消息が途絶えたままだ。

彼は去年3月10日ラサ蜂起記念日にダラムサラを出発し、チベット問題を訴えるための帰還行進を行った。この時には母親と姪が一緒に歩いた。数ヶ月かけネパール国境に辿り着いたが、ネパールに入ったところで警察に拘束され、彼だけ5年の刑を受けた。その後、人権団体等の圧力により彼は9ヶ月後に解放された。

解放された彼は今年の3月10日、今度は1人で再びダラムサラを起点にチベットへの平和行進を始めた。今回は途中から自転車に乗りながら3ヶ月後に中国国境に近いシッキムのカリンポンに辿り着いた。そして、6月8日、携帯を含む、ほとんどの荷物を最後の宿泊地であった僧院に置き去りにしたまま、突然消息を断った。

993361_448533261911406_471905036_n仮の宿泊場。

今回、RFAが彼が最後に録音したというビデオメッセージを手に入れ、発表した。それによれば、彼は「チベットに入った瞬間から、私の平和的闘争が始まる」「闘争すべき場所はチベット内地だ」と宣言し、チベットに潜入し何らかの行動を起こすという強い意志を示している。

「もしも、チベット潜入に成功したならば、起こり得ることは次の3つであろう。完全に消え去り、2度と消息は知られない。または、裁判に掛けられ獄に繋がれる。または、拷問を受け死亡する」と語り、続けて「私はこれらの状況を覚悟している。チベットの自由を獲得するためには、強い決意と大きな犠牲を覚悟しなければならない」と決死の覚悟を語っている。

もしも、チベット(中国)国境を越える前にインド側で国境警備隊に拘束されていたなら、すぐに分かるはずなので、彼は国境を越えたと思われる。中国側に拘束されているのならば、何らかの情報が入っても良いようなものだが、それもまったくない。

彼は発見されるのを避けるために、通常の国境越えの峠を通らず険しい山越えを試みた可能性が高い。その場合には事故もあり得る。無事チベット側に入る事に成功し、現在潜航中なのかもしれない。

何れにせよ、家族をはじめ多くの人たちが非常に心配している。彼の母親は先のサカダワの期間中、息子への連帯を示すためにハンガーストライキを続けていた。

参照:7月22日付けRFA英語版 http://www.rfa.org/english/news/tibet/vanished-07222013150101.html

rftibet at 19:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月28日

法王が「チベットは間もなく解放されよう」とお告げ!?

603045_450130761751656_664152546_nダライ・ラマ法王は南インド訪問を終えられ、7月29日、デリーより飛行機でラダックのレーに入られる。今回法王がラダックに行かれるのは、そこで「ツァム(お篭もり)」をされるためという。おそらく8月1日から21日間であろうと言われている。法王が冬にダラムサラでツァムを行われるというのは毎年のようによくあることだが、夏にラダックで行われるというのは初めての事と思われる。

さて、フェースブック等では今回の法王のツァムにまつわる色んな噂が飛び交っている。曰く「法王は南インドに滞在中に『お告げ』をされた。『チベットは間もなく自由になるであろう』とおっしゃった。ただし、これを助けるために、今回法王がラダックでツァムに入られている間、信者たちは毎日『オンマニペメフン(観音菩薩の真言)』を1000回、『般若心経』を2回、『観音賛(འཕགས་བསྟོད།観音菩薩を賛嘆するお経)』を1回唱えなければならない。それと同時に毎日菩提心と空の智慧について瞑想せよとおっしゃった」というのだ。

これを読んで、私は「法王がお告げ!」とな?前代未聞だと思った。法王はいつも「私には明日のことは分からない。でも明日のことを心配しないですむような教えは知っている」と言われる。法王は自ら予言者ではないことを明言されているのだ。本当だろうか?と疑いながら、話しの出所を探していたが、Tibet Expressがこれに関連する記事を昨日出した。

それによると、法王は南インド、モンゴット・チベット人居留地を訪問中7月25日に一般チベット人や特にここにあるデブン僧院とガンデン僧院の主な高僧たちと面会された。その時、法王は傍に高僧シャルワ・チュゼ・ロプサン・テンジン(ཤར་བ་ཆོས་རྗེ་བློ་བཟང་བསྟན་འཛིན།)を呼び出され、彼に以下のような話しをされたという。

「去年ラダックのシウェーチャル宮殿(ཞི་བའི་ཚར་ཕོ་བྲང།)に泊まっていた時、吉祥の印が現れた。今年もそこに留まり、1ヶ月ほどツァムを行おうと思う。あなた方もその間、毎日『観音の真言(マニ)』を1000回、『般若心経』を2回、『観音賛』を1回、途切れることなく必ず唱えてほしい。これは非常に大事なことである。チベット問題が早期に解決される(བོད་ཀྱི་བདེན་མཐའ་མྱུར་དུ་གསལ་བ་)ことと深い関係がある」と。

これを受け、デブン僧院とガンデン僧院では8月1日から1ヶ月間、これらのお経を唱えることはもちろん、その他の特別な修行も行われるという。

記事には法王が一般の信者に対してもこの3つのお経を唱えることを勧めたかどうかは書かれていない。ただ、これを聞いたチベット人たちの多くが、8月中にこれらを熱心に唱えるであろうことは間違いないように思う。

法王が去年ラダックでご覧になったという『吉祥の印』については、これまたFBに「時ならぬ白い渡り鳥がチベットへ向かうのをご覧になった」という話しが書かれていたりするが、本当のところは明らかでない。

『チベット問題の早期解決』と訳した元のチベット語を直訳すると「チベットの真実が早期に実現する」となる。これは「チベットの自由実現(高度自治の実現)」とも取れるし、「対話再開」とも取れるし、「法王のチベット帰還」とも解釈できるであろう。「独立」でないことは確かである。

法王が何かの吉祥なる印から、直感的な解釈を引き出されて、今回このようなことを語られたのか?それとも何か新しい情報が入ったのでそうおっしゃるのか?は定かではない。

何れにせよ、法王の今回のラダックにおけるツァムには政治的な祈りも込められているであろうことは想像できる。

「お告げ」を信じるかどうかに関わらず、正しい意味を知って、慈悲と智慧を育てるためにマニ等を唱えることは良い事なので、心ある人は、8月中に「オンマニペメフン」だけでも毎日唱えてみては如何でしょう。

「祈りだけでは状況は変わらない」も法王の口癖。「祈りは正しい行動へ心を準備すること」と言われる。

参照:7月27日付けTibet Express チベット語版 http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-35-27/10905-2013-07-27-16-21-41

rftibet at 20:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月27日

北京に行きテンジン・デレック・リンポチェ解放を直訴したチベット人4人が拘束

51269411テンジン・デレック・リンポチェ。

2002年4月に成都で起ったとされる爆発事件の嫌疑を掛けられ、裁判で死刑を宣告され、その後地元のチベット人や国際機関の強い圧力により2005年に終身刑に減刑、現在も収監され続けているカム、ナクチュカの高僧テンジン・デレック・リンポチェ。彼は11年経った今も無実を主張し続けており、チベット支援団体が行う政治犯解放キャンペーンにおいても中心的存在である。

テンジン・デレック・リンポチェは地元で僧院、尼僧院、学校、病院、孤児院、養老院を建て、これを運営し、地元では絶大な影響力を持っていた。当局はそのような高僧を共産党の邪魔者として消し去るためにこの爆発事件も仕掛けられたのであろうと推測されている。

2010年に刑務所でリンポチェに面会することができた2人の妹は、「彼は非常に衰弱している」と報告している。また、ウーセルさんの報告によれば彼が建てた学校は養鶏場や屠殺場と化しているという。

リンポチェの再審や病気を理由とした解放を要求するために、北京に行き直訴するということがこれまでにも行われている。今月9日、再びリンポチェの姉と他4人のチベット人が北京に赴き、関係省庁に直訴を行った。しかし、これを知った地元ニャクチュ県当局は彼らの後を追い、北京で5人を拘束した。そして、7月20日、ニャクチュ県のカラという場所にある刑務所に姉を除く4人を収監したという。拘束された4人の名はRFAによれば、ソクラ・ルリ、アデ、ラモ・チュドゥク、ドゥム・ティンレ。

彼らはこれまでに集めた3万人を越える解放要求の署名と共に、リンポチェの無実を訴え、リンポチェがこれまでに行って来た社会活動は国家を分裂させるどころか、調和ある社会の建設に貢献するものばかりであると主張。地元当局は中央に嘘の報告を行っていると訴えている。

目撃者の証言によるとリンポチェは、裁判中に自身の無実を主張して叫んだと言われ、2003年1月の上訴の結果を待つ期間中に、刑務所から極秘で持ち出されたテープの中で以下の主張を行っている。「(当局が)何を言おうと、私は完全に無実だ。チベットのためにチベット人の幸福を守る事に献身的に働いて来たがために、私は罪を着せられたのだ。中国人は私のやる事や言う事が気に入らなかったのだ。逮捕された理由は,その意外にない、、、、私は常に他人に対して手を振り上げるなと説いている。それは罪なことだ、、、私は(爆発現場に落ちていたという)パ ンフレットを作ったこともなければ、配布したこともないし、爆弾を秘密裏に仕掛けたということもない。私はそんなことを考えたこともない。私は他人に害心を抱いたことはない」。

中国には黒監獄と呼ばれる中央政府への陳情者を秘密裏に拘禁するヤミ施設があることは広く知られている。これらの多くは地方政府がマフィアに金を出し運営している事が多い。そこでは暴行、性的虐待、金銭の没収など違法行為が平気で行われる。ここに入れられずに今回のように直接地方政府が直訴者を拘束し、地方に連れ戻すということもある。要は、地方政府に都合の悪い情報が中央に伝わらないようにするためのシステムである。中央政府もこれを黙認している。このようにして、中国では真実を訴える場所はどこにもないという状況が作り出されている。

リンポチェの裁判が正当なものであり、本当にリンポチェが爆弾テロを行ったというのであるなら、地方政府は今回のような直訴を怖がる事は何も無いわけである。

参照:7月26日付けRFAチベット語版 http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/Detention-of-four-petitioners-for-Tulku-Tenzin-Delek-in-Nyagchu-07262013155734.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
7月27日付けTibet Express チベット語版 http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/10902-2013-07-27-06-16-50

rftibet at 20:23|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2013年07月26日

カンゼの峠で独立要求のビラが撒かれる

f3d3f6d6-b7ed-41ba-bf8d-35fc3760ab8c左の写真は2012年9月7日、カンゼ州ザチュカ県ウォンボ郷の小学校校庭に撒かれていた「チベット独立要求」の紙切れ。

RFAによれば、今月22日、カンゼ州カンゼ県ラツェカ峠(དཀར་མཛེས་རྫོང་ལ་རྩེ་ཁ་)に大量のチベット独立要求のビラが撒かれているのが発見された。周辺には大勢の部隊が出動し、捜査が行われている。

ラツェカ峠はカンゼの東16キロの地点、ダンゴに通じる道の傍にある。この日はチベット暦6月15日に当たり、地域の慣習としてこの峠で吉祥を祈願するために焼香が行われ、ルンタ(祈りの紙切れ)が撒かれるという。政治的なビラもルンタに混じって撒かれたものと思われる。

ビラには「チベット独立」「ダライ・ラマ法王に長寿を」「チベット人はチベット国で平和に暮らし、漢人は中国で平和に暮らす」と書かれていたという。

ビラが見つかった後、当局は撒いた者を探すために、峠周辺の村々を捜査し、峠を通過する車両を止めて検問し、カンゼ市内のホテルや僧院、民家等も捜査しているという。

ビラが撒かれた日、車に乗った一団の僧侶が峠に現れたというが、彼らが撒いたのではないかと話す人もいるという。今のところ、ビラを撒いた人は特定されていない。

先の7月6日、ダライ・ラマ法王誕生日に部隊が誕生日を祝う人々に対し無差別発砲を行い、大勢の重軽傷者を出したタウはこの峠から数時間の場所である。

参照:7月25日付けRFA英語版 http://www.rfa.org/english/news/tibet/leaflet-07252013131450.html
同チベット語版 http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/khamlaytsen/kham-stringer/rangzen-pamphlet-distribute-in-kardze-07242013123832.html
同中国語版 http://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/dz-07252013154443.html

rftibet at 18:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月25日

僧侶焼身後 僧俗連行が続く / ダブルスタンダード

1075633_447986631966069_792970556_n7月20日にゾゲ県タンコル郷ソクツァン僧院僧侶クンチョク・ソナムが焼身抗議を行い、死亡した後、現地では僧侶や俗人が次々連行され、これまでに14人が行方不明になっているという。

21日の午後10時頃、ソクツァン僧院僧侶パルデン・ギャンツォ(20)が突然連行され、午後11時頃には僧テンジン・ギャンツォが、23日の午前5時頃には俗人であるサンゲ・パルデン(25)が自宅から連行された。

7月7日に連行されたソクツァン僧院の僧ゲレック・チュンペル、僧ロプサン・チュンジョル、タンコル郷第2地区の俗人ケルサン・イクネンの3人も未だ行方不明のままであり、家族は非常に心配しているという。

焼身、死亡した僧クンチョク・ソナムの先生と母親、兄弟も21日の午後連行され、尋問を受けた。しかし、彼らは23日には解放されたという。

その他、タンコル郷の僧侶、俗人合わせ、これまでに14人が連行され、その後行方不明になっている。

焼身事件の後、当局は地区一帯の情報網を遮断し、現在も大勢の部隊が至る所に配備され厳重な警戒が続いているという。

参照:7月25日付けTibet Timesチベット語版 http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7945
 
zhongxing-konchockダブルスタンダード

アメリカベースのチベット人権団体ICT(International Campaign for Tibet)は7月24日付けリリースで、この僧クンチョク・ソナムの焼身と、同じ日に北京空港内で爆発事件を起こした車椅子に乗った山東省出身の翼中星(34)のケースを比べている。

同じく社会的不正義を訴えるために自殺を計り、自分以外誰も傷つけなかった2人に対する政府やメディアの扱いがあまりにも違いすぎることを指摘している。

翼中星については同情的な扱いをするメディアも多いが、僧クンチョクのケースは完全に無視されている。これは中国政府や中国メディアのチベット人に対する差別的ダブルスタンダードの現れだという。

1人は左手を失い、1人は焼死している。翼中星の親族や友人が連行されたという話しも聞かない。もしも、彼が死亡していたとして、遺体が家族に引き渡されず、その葬儀を当局が禁止したとは思われない。

参照:http://weblog.savetibet.org/2013/07/24/a-bombing-a-self-immolation-and-a-double-standard/

rftibet at 20:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月24日

ダライ・ラマ写真取り締まり / 作家ケルサン・ジンパ解放

ダライ・ラマの写真を厳しく取り締まり

ダライ・ラマの写真は許可されるどころか、ジェクンド地区では車の中からダライ・ラマ等の写真が没収されたという話し。

RFAに現地チベット人が報告したところによれば、「7月15日、青海省ジェクンド(ケグド、ユシュ、玉樹)地区で全ての車が警察により止められ、ダライ・ラマとカルマパの写真があるかがチェックされ、没収された。護法尊等の写真まで没収された」、「逆らったものはひどく殴られた」という。

在米チベット人であるロプサン・サンゲは「最近、チベット人が乗る車は警官に止められ、ダライ・ラマの写真の有無をチェックされる。もしも、ダライ・ラマの写真が見るかれば、没収される。ジェクンド州チュマレプ県ではこれに抵抗した僧侶2人が連行された」と伝える。

6月中にアムドやカムの一部でダライ・ラマの写真掲揚が許可されたという噂が立った。しかし、中国当局はこれを否定し「噂を広めた者を処罰する」と警告し、中央政府も「ダライに対する政策に変更はない。ダライ一味の祖国を分裂させようとする試みに対し、断固とした態度で闘わねばならない」と明言している。

参照:7月22日付けRFA英語版 http://www.rfa.org/english/news/tibet/photos-07222013170822.html


image獄に繋がれた作家が1人解放される

2008年のチベット人抵抗運動に関する記事を雑誌に発表したとして、2010年末に「国家分裂罪」に問われ3年の刑を受けていたケルサン・ジンパ(筆名ガルミ)が刑期を終え7月18日にメンヤン刑務所から解放された。

そのときの写真が伝わっているが、かつての写真と比べると相当痩せており、迎えの人からカタを贈られたと思われるが、そのカタを厳しい表情ではぎ取るというシーンが写っている。

ケルサン・ジンパは1993年にインドに亡命し、TCVスジャスクールで1年学び、その後ダラムサラのキルティ僧院に入り、1996年チベットに戻っていた。

1aa81472逮捕前のケルサン・ジンパ。

2010年10月28日にバルカムの中級人民法院で行われた裁判では彼を含め3人のチベット人作家が裁かれている。3人とも、雑誌「シャル・ドゥン・リ(東方のホラガイのような雪山)」と雑誌「ドゥラップ・キ・ンガ(時代的我)」に記事を発表したことで逮捕されていた。

1回の裁判でブダに4年、サンツェ・ドゥンゴに4年、ケルサン・ジンパに3年の刑が確定された。裁判の際、裁判長が3人に「国家分裂罪」の罪状を認めるか?と問いただした時、3人は無罪を主張し、雑誌に記事を書いたことが罪になるとは思わないと語ったという。

さらに、ブダは「書いた内容は中国の例えばバンリシュン(ལྦང་ལི་ཞུང་)とかユゼ(ཡུས་ཇེ་)等多くの作家が書いていることだ、しかし彼等は罰せられていない。もしも、我々が少数民族が故に罰せられるとすれば、それは法の下にすべての人民が平等でないことを表すことである」と中国語ではっきりと発言した。

同じくザンツェ・ドゥンゴとケルサン・ジンパも同様の発言をチベット語で行ったが、通訳は内容をすべて伝えていないようだったという。2人は最初からもう一度通訳をし直すことを要求したが、裁判官はそれを許さなかったと伝えられている。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51517896.html、彼らの詳しい経歴はhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-10.html?p=3#20101006、関連するウーセルさんのブログはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51549820.html

雑誌シャル・ドゥン・リの編集者であったタシ・ラプテンは4年の刑を受け、その他、多くのチベット人作家が今なお獄に繋がれているか、行方不明のままである。

参照:7月22日付けTibet Net チベット語版 http://bod.asia/2013/07/རྩོམ་པ་པོ་སྐལ་བཟང་སྦྱི/
7月18日付けRFAチベット語版 http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/writer-kelsang-jinpa-released-after-3-years-07182013114553.html

rftibet at 20:35|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2013年07月23日

続報:ゾゲ 僧クンチョク・ソナムの焼身

968853_486467381439600_2120588087_n僧クンチョク・ソナムの生前写真。

7月20日の朝、ンガバ州ゾゲ県タンコル郷タンコル・ソクツァン僧院の18歳の僧侶クンチョク・ソナムが焼身抗議を行い、その場で死亡した。焼身の状況や直接の原因、遺体がその後どうなったか等について不明のままであったが、数日経ち、ようやく様々なことが写真と共に伝えられた。

999688_486467518106253_1980463884_n僧クンチョク・ソナムが燃え尽きるまで、僧侶たちは傍で経を上げながら見守る。

彼が焼身した場所は、僧院の本堂から少し離れた路上脇であった。何人かの僧侶が彼の焼身を目撃したといわれ、彼らは僧クンチョクが大きな炎に包まれながらも両手を合わせ何か叫んでいたが、その内容は聞き取れなかったという。倒れ、燃え尽きる間にも、僧クンチョクは両手を合われたままの姿勢を崩さなかったともいわれ、黒こげになった遺体もその両手を合掌した姿であった。

148510_486467501439588_1654574792_n合掌の姿で燃え尽きた僧クンチョク・ソナム。

当初、部隊に遺体を奪われないように遺体が川に運ばれたのか、僧院内にあるのかが判明していなかったが、結局遺体は僧院内で数時間追悼会が行われた後、大勢の部隊が遺体を奪いに来たというので、急いで僧院裏手からマチュ川のほとりに運ばれ、そこで水葬されたという。

彼は焼身前に友人に対し、悲しい顔で「中国の圧政の下に暮らさねばならないことは苦しみの元凶だ」と語っていたという。

998227_486467464772925_546035665_n急ぎ水葬に付すためにマチュ川に運ばれる遺体。

7月7日にはこのタンコル・ソクツァン僧院の僧侶ゲレック・チュンペルと僧ロプサン・チュンジョル、それに俗人であるケルサン・イクネンの3人が理由不明のまま当局に連行され、その後行方不明になっている。このことが、今回僧クンチョク・ソナムが焼身抗議を行う原因の1つになっていたのではないかと、現地の人々は話している。

また、彼が焼身した7月20日の午後11時頃、タンコル・ソクツァン僧院の僧ティンジンが連行された。

74735_486467408106264_1786444951_nマチュ川に水葬される僧クンチョク・ソナム。

現在タンコル郷には千人以上の部隊が動員され、厳重な警戒が敷かれ、緊張が高まったままという。

このゾゲ県は去年末から焼身の中心地となっている。去年11月と12月に合わせて3人、今年に入り7人が焼身、合わせて10人が焼身している。ゾゲ県で焼身が増加したことの責任を取らせられ、チベット人に人気が高かったと言われる県のチベット人党書記テンジン・ヤペルが7月8日、県の環境課の責任者に降格させられている。

参照:7月22日付けTibet Timesチベット語版 http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7932
7月22日付けVOT中国語版 http://www.vot.org/cn/自焚僧人留下遗言对中共压制表达不满/
7月17日付けRFA英語版 http://www.rfa.org/english/news/tibet/transfer-07172013200640.html

rftibet at 20:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月21日

省境の村でチベット人が漢人に襲撃され重軽傷者多数

2007a2青海省(アムド)と甘粛省の省境が現在もチベット人居住区と漢人居住区の境であるという場所も多い。そんな場所では土地の境界線を巡る民族同士の争いが起る事があるらしい。

ダラムサラ在住のアリ・ギュルメが最近彼の出身地で起った事件について報告している。それによれば、7月17日、青海省海北チベット族自治州ドラ県アリ・ダクカル村(མདོ་ལ་རྫོང་གི་ཨ་རིག་བྲག་དཀར་སྡེ་བ་ 海北州祁连县峨堡镇白石崖村)のチベット人30人が、隣村である甘粛省メンリ県ツォメン村(民乐县南丰乡炒面庄村)の漢人たちが1人1000元で雇った暴力団(黒帮打手)約100人に襲われ17人が負傷、内3人は重体という。

アリ・ギュルメが言うには、この2つの村は村境(省境)を巡り、毎年夏になると衝突を繰り返して来たという。しかし、今回のように多くの負傷者が出たのは初めてとのこと。

今回襲われた30人のチベット人は村境を守るためにテントで暮らしていた人たち。漢人暴力団は先に釘等を埋め込んだこん棒を手に襲いかかったという。30人の内10人は逃げて無事であり、残る20人の内17人が負傷。14人が病院に運び込まれた。その内の3人は重体という。

ダクカル村の村長ラプテンは手足全てを折られ、サムドゥプとショオタンは頭と足に重傷を負い甘粛省タンエ市の大きな病院に搬送されたが、現在生命の危険もある重体という。

予てよりこのチベット人と漢人の村同士の争いがあることは分かっているのに、当局は見て見ぬ振り、仲裁に入る事は無かったという。

野蛮暴力国中国では地方政府が土地強制収用のために暴力団を雇うという話しはよく聞くが、今回のように村が他の村を襲わせるために暴力団を雇うということもあるということである。

今回の襲撃を行った漢人等が罰せられることはあるのであろうか?

参照:7月20日付けTibet Timesチベット語版 http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7927
7月20日付けTibet Expressチベット語版 http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/10875-2013-07-20-13-41-56
7月20日付けVOT中国語版 http://www.vot.org/cn/西藏祁连县藏人遭汉人群殴多人严重受伤/

rftibet at 18:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

焼身者の遺体を家族の下へ届けようとし10年の刑

63b476fe2012年12月3日、ゴロ州ペマ県で焼身、死亡した僧ロプサン・ゲンドゥン。

昨年12月3日、ゴロ州ペマ県ペマの中心地にある八葉蓮華のモニュメントの傍でペナク僧院僧侶ロプサン・ゲンドゥン(29)が焼身抗議を行い、その場で死亡した。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51771640.html 及び http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-12.html?p=3

すぐに部隊が集まり、遺体を運び去ろうとしたが、この時回りにいた大勢のチベット人も集まり、「遺体は家族の下に届けられるべきだ」と主張し、部隊が運び去るのを阻止。遺体はペナク僧院に運び込まれた。その後、警察はこの時、遺体を運んだチベット人数人を拘束した。

最近、西寧の裁判所はこの時、部隊と対峙し「遺体は家族の下に届けられるべきだ」と主張したチベット人の内3人に刑を言い渡した。

ペマ県ヤルタン郷のドプトゥク(རྡོབ་ཕྲུག་)、51歳に10年の刑。
ペマ県のウゲン・ドルジェ、40歳に1年9ヶ月の刑。
ペマ県ドゴンマ郷のチュキャプに1年6ヶ月の刑。

参照:7月19日付けTibet Net 英語版http://tibet.net/2013/07/19/china-sentences-one-tibetan-to-10-years-in-prison/
7月19日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/china-sentenced-10-year-imprisonment-for-tibetan-linked-with-selfimmolation-07192013184014.html
7月19日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7921

rftibet at 15:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月20日

<速報>ゾゲで今日 新たな焼身抗議 120人目

photo(1)4焼身、死亡した僧クンチョク・ソナム。

Tibet Timesが伝えるところによれば、今日7月20日、現地時間午前8時40分頃、ンガバ州ゾゲ県(རྔ་པ་ཁུལ་མཛོད་དགེ་རྫོང་四川省ンガバチベット族チャン族自治州若爾蓋県)で1人の若い僧侶が中国政府のチベット政策に抗議し、焼身、死亡した。

僧侶の名前はクンチョク・ソナム(དཀོན་མཆོག་བསོད་ནམས་)18歳、ゾゲ県タンコル・ソクツァン僧院(ཐང་སྐོར་སོག་ཚང་དགོན་པ་)の僧侶。父ソナム・パルデン、母レントゥクの息子。

僧クンチョク・ソナムは僧院で朝の集会が終わった直後に焼身したという。直ちに警官が出動し、彼の遺体を奪おうとしたが、これを僧侶や地元の住民が阻止し、近くのマチュ川(黄河上流)のほとりに運んだという。

現在、現地の情報網が遮断され、現時点ではその他詳細不明。詳細が分かり次第追記する。

内地焼身120人目。

6月11日にカム、タウで尼僧ワンチェン・ドルマが焼身して以来、1ヶ月以上焼身は発生していなかった。多くの人たちがもうチベットの焼身は終わったのではないかと思っていた。

追記1:遺体はマチュ川のほとりに運ばれたという情報もあるが、他に遺体は僧院内に安置され、現在地元のチベット人約1500人が集まり法要が行われているという情報もある。部隊も大勢動員され、緊張が高まっているという。

タンコル・ソクツァン僧院は別名タシ・テクチョク・リン。1658年ロプサン・テンジン・ギャンツォにより創建される。宗派はゲルク派、ギュトゥ僧院の系列僧院。文革時代に破壊されたが、1983年に地元の人々により再建。現在約300人の僧侶が在籍する。

追記2:僧クンチョク・ソナムは朝の集会の後、路上で焼身した。近くにいた僧侶たちの証言によれば、「大きな炎が上がり、炎の中で彼は両手を合わせ、何か叫んでいた。しかし、はっきりと聞き取れなかった。しばらくして彼が倒れ、近づくとすでに彼は死亡していたが、それでも両手を合わせたままであった」という。

駆けつけた警官が遺体を奪おうとしたが、これを阻んで僧侶と他のチベット人が1つの仏堂の中に遺体を運び法要を行った。その後、大勢の武装警官隊と軍隊が僧院内に入り再度遺体を奪おうとした時、一部の僧侶と俗人が遺体を裏手から密かにどこかに運び去った。部隊には遺体はマチュ川のほとりに運んだと嘘の情報を与えたという。現在どこに遺体があるのかは、他のチベット人にも知らされてないという。

参照:7月20日付けTibet Timesチベット語版 http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7926

photo27

rftibet at 20:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

焼身に関わったとして僧侶に10年の刑

Tsutrim-Gyatso10年の刑を受けた僧ツルティム・ケルサン。

7月12日、西寧の中級人民法院はジェクンド州シルカル僧院僧侶ツルティム・ケルサン(25)に10年の刑を言い渡した。罪状は「故意殺人罪」という。中国側からの詳しい報道がないのではっきりしないが、「故意殺人罪」は焼身事件に関わる事が多く、現地の人々は2012年6月20日にザトゥの街中で一緒に焼身、死亡したンガワン・ノルペル(22)とテンジン・ケドゥップ(24)の事件に関わったとされたのではないかと推測している。

テンジン・ケドゥップはその場で死亡したが、ンガワン・ノルペルは焼身後一旦このシルカル僧院に運び込まれている。ここで、彼は介護する僧侶に話しをしたが、そのときのビデオが後に発表されている。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2012-06.html#20120620 とhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51751064.html)ンガワン・ノルペルはその後、西寧の病院で7月30日に死亡した。

RFAはこの2人だけでなく、もう1人の焼身にも関わったとされたのではないかと言うが、3人目は誰なのかは特定されていない。

Chinese-police-and-armed-forces-僧ツルティム・ケルサンは他4人の僧侶とともに2012年9月1日に連行されている。このときにはシルカル僧院に60台の車両に分乗した大勢の武装警官隊が押し掛け、5人の僧侶を連行すると共にパソコンやCDを押収した。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51760361.html

この時連行された5人の内、身体障害者であった僧ンガワン・モンラムは1ヶ月後に解放された。同じく1ヶ月後に僧ツルティム・ケルサンと僧ロプサン・ジンパも解放されたが、この2人は拷問の結果容態が悪化したので、僧院に返されたという。

ca41eb89残りの僧ソナム・イクネン(44)とソナム・シェラップ(45)は2人とも2年間の労働改造キャンプ送りとなった。

僧ロプサン・ジンパ(31)はその後再び逮捕され、6年の刑を受けたジェクンドの人気歌手ロロの歌詞を書いたとして5年の刑を受けた。(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51783535.html

今回、10年の刑を受けた僧ツルティム・ケルサンは10歳の時シルカル僧院で僧侶となった。学業優秀ということで、2004年からはラサのセラ僧院に入り勉強を続けた。2008年のラサ蜂起の際、他のほとんどの僧侶と共に6ヶ月間拘束され、その後地元に追い返された。

Silkar-monastery-in-Chendo-county-Qinghaiシルカル僧院全景。

彼は冬休みにはザトゥ県とチュマレプ県の大勢の生徒たちにボランティア教師として仏教、歴史、文法、作文を教えていたという。2011年からはシルカル僧院でチベット語の教師に任命され、多くの新しいチベット語教材を制作した。

参照:7月18日付けTCHRDリリースhttp://www.tchrd.org/2013/07/china-sentences-tibetan-monk-to-10-yrs-in-prison/#more-2414
7月18日付けRFA 英語版 http://www.rfa.org/english/news/tibet/court-07182013211500.html
同中国語版 http://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/dz-07182013150646.html
7月19日付けTibet Express チベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/10867-2013-07-19-05-22-03
7月19日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33752&article=China+sentences+Tibetan+monk+to+10+years

rftibet at 19:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月19日

ウーセル・ブログ「チャムド――五星紅旗があふれる僧院と郷村」

中国共産党はとにかくその真っ赤な五星紅旗をどこであろうと立てまくるのが大好きである。征服したぞという印を見たいのであろう。それは被征服者にとっては服従の印、屈辱の印である。

チベット人居住区の中でも特にチベット自治区はチベット人に対する規制管理が徹底していると言われている。北京在住のチベット人作家ツェリン・ウーセルは6月14日付けのブログで、チベット自治区チャムド地区を取り上げ、チベット人たちがどれほど厳しい規制管理の下に暮らしているかの実体を明らかにしている。それは、文革時代を凌ぐほどの、息苦しい状態である。

原文:http://woeser.middle-way.net/2013/06/blog-post_14.html
翻訳:@yuntaitaiさん

IMG_1609-3◎チャムド――五星紅旗があふれる僧院と郷村

チベット自治区の1700以上の僧院(寺)には、駐寺工作組が駐在している。中国政府が派遣を計画したのは3000人だが、実際には7000人以上もいるという。同時に、チベット自治区の5400以上の行政村にも駐村工作組が派遣されている。チベットの官僚は「2万人以上の幹部が駐村する」とメディアに語った。この数字に駐寺工作組の人数が含まれているのかどうかは分からない。

cms_4b8486e29db444f684acb5bdf42d4f4aチャムド地区の駐寺工作組は2011年末、チベット自治区の「9有」政策(中国の歴代指導者4人の肖像画と国旗、道路、水、電気、テレビ、映画、書店、新聞を僧院に普及させる政策)を貫徹するため、500近い僧院の仏殿と各僧坊の屋上に五星紅旗を高く掲げるよう求めた。駐村工作組も農牧民の自宅屋上に五星紅旗の掲揚を求めた。僧院の全ての仏殿と僧坊、農牧民の家庭では、中国共産党の指導者のポスターを飾り、カタをささげる必要がある。カタをささげなければ政治問題になる。農牧民の自宅に掲げる五星紅旗は有料で、品質に応じて1枚につき3元または6元を支払う。古くなった旗を取り替えるのも有料だが、今年は無料だ。駐寺工作組と駐村工作組はしばしば僧坊や農牧民の家を突然訪問し、検査を実施する。

cms_dc6a05f199db4082995ab65773377440今、チャムド地区の僧院や郷村で見かけるのは風にはためくタルチョではなく、真っ赤な五星紅旗だ。しかし奇妙なことに、中国政府やほかの漢人エリアの役人が視察に来ると、工作組は僧侶や民衆にしばらく赤い旗をしまっておくよう求める。旗は視察団が去った後、再び掲げなければならない。最近、四川省の文化部門の役人が名刹カルマ・ゴンパを見学した。仏殿や僧坊の国旗はあらかじめ取り外されていた。

今年3月、駐寺工作組と駐村工作組は家を1軒ずつ検査し、車やバイクのために僧俗が残していたガソリンとディーゼル油を没収した。もしガソリンなどを買う必要があれば、身分証を示して給油カードを作らなければならない。そうしなければガソリンスタンドで給油できない。もし四川省や青海省など、ほかのチベット・エリアのチベット人がガソリンを買いに来たら、絶対に給油させない。

xin_29303090914301402946612同時に、ある文書に署名と捺印をするよう、子供を含む全てのチベット人に要求した。「焼身者を出した家庭では、公職についている者は除籍され、公職についていない者は全員逮捕される」「焼身者を出した村落では、最低生活保障などのあらゆる福利が取り消され、村人全員が拘束される」「焼身者を出した僧院は閉鎖される可能性がある。僧侶は審査を受ける可能性がある。焼身者のために法会を開いた僧院と僧侶は『殺人罪』の共犯として処理される可能性がある」という内容の文書だ。

昨年からチャムド地区の全僧尼はよそへ出かけることを禁止され、僧院にいるしかなくなった。もし用事があって出かけるなら、駐寺工作組は3日間だけ時間を与える。15日以内なら、所在地の郷の郷長と書記の許可が必要だ。1カ月以内なら、所在地の県の統一戦線工作部と国内安全保衛支隊などの許可が必要だ。これらの手続きはかなり難しい。期限内に戻って来ないのは政府への抵抗に等しく、厳罰に処せられる。聞くところでは、チャムド県では昨年、ラサに行けた僧侶は一人もおらず、今年ラサ入りの許可証を手に入れたのは4人だけだという。

ある僧院や村の人たちが別の僧院や村に行くなら、到着後に必ず駐寺工作組や駐村工作組に報告し、登記する必要がある。そうしなければ、見つかった時に追い出されるだけでなく、罰を受けなければならない。

もし、四川省や青海省など、他地域のチベット人がチャムドに行くなら、少なくとも6枚の証明書が求められる。身分証と僧侶証のほか、村や郷、派出所、公安局などが出す証明が必要だ。

チャムド県のあらゆる道路(空港へ向かう道路と観光路線を除く)にはチェック・ポストが設けられている。チャムドの県城から(訳注:チャムドの北方、青海省との境にある)メンダ(面達)郷までの170キロだけで、大きなチェック・ポストが三つ、小さなチェック・ポストが一つある。バイクは通過できない。このうち徳当チェック・ポストでは、現地の村人や僧院の車は200元を払わなければならない。このチェック・ポストの独自規定のはずだ。荷車もお金を払わなければいけないが、金額は分かっていない。チェック・ポストを通る全てのチベット人は一律に全身を調べられ、荷物と携帯電話も詳しく調べられる。もし携帯電話にダライ・ラマ法王の写真や禁止された歌を保存していたら、その場で拘束される可能性がある。

2013年6月2日 (初出:RFAチベット語>漢語放送)

写真はネットより。


rftibet at 16:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月18日

北京政府がチベットの焚書強化を宣言

a2b42603-5a52-4986-9dc1-fe14d3602cf2中国共産党が、都合の悪い情報をネット等から片っ端に削除するのに熱心なことは周知のことである。例えば、「世界人権宣言」も中国では出版、提示禁止である。

チベットにおいても以前より、特にダライ・ラマ関連の出版物、歌、肖像は厳しい規制対象とされている。

昨日7月18日には、中央政府の国家違法出版物取り締まり局の責任者である李長江がチベットにおける「違法出版物」と「反革命煽動品」の取り締まりを強化せよとの訓示を発表した。

監視対象となるのは書籍、新聞、雑誌、パンフレット、テキストメッセージ、音・映像製品、TV・ラジオプログラム、ネット上の文章等であるという。中国はダライ・ラマ、亡命政府、その他人権NGO関連の出版物等を全て違法としている。

李長江はチベット人居住区の各地方自治体は中央政府の関係省庁と連絡を取りながら、厳しい調査、取り締まりを始めよと命令する。

国家違法出版物取り締まり局の発表によれば、2011年以降チベット自治区内だけで、132万点の「違法出版物、煽動アイテム」が押収されたという。

チベットではこれまでにも、多くの作家、芸術家、歌手等がチベットの真実を伝えたり、ダライ・ラマのことを語ったり、歌ったりしたことで逮捕されている。また、ダライ・ラマの法話のCDを持っていたとか携帯にダライ・ラマの肖像を入れていただけで逮捕された人もいる。

ダライ・ラマの肖像掲示が許可されたかなどという噂が立っていたが、北京政府はそれどころか、規制をもっと強化するぞという姿勢を明らかにしたと言うわけだ。

参照:7月17日付けRFAチベット語版 http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/China-to-intensify-crackdown-on-pro-Tibet-propaganda-07172013140903.html
7月18日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=33748&article=China+vows+to+intensify+crackdown+on+pro-Tibet+materials

rftibet at 20:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年07月17日

続報:タウ発砲事件

1045060_10151743435691678_840169016_n7月6日、ダライ・ラマ法王の78歳の誕生日を祝おうとしていた人々に中国の部隊が無差別発砲を行い、多数の重軽傷者がでたというニュースは先に伝えた>http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51795612.html

事件から一週間以上経ち、漸く事件の詳細が明らかになって来た。同時に、負傷者の数も当初言われていたよりも大幅に増加した。

現地と連絡を取った、在ダラムサラ、タウ出身元政治犯ロプサン・ジンパが、名前を上げて報告するところによれば、現在まで判明した被弾者の数は14人、暴行により負傷した人の数は15人という。頭に被弾した僧タシ・ソナムや8カ所に被弾したウゲン・タシ等は今も重体のままという。暴行を受けたチベット人の中にはヤマ・ツェリンという72歳の老人も含まれ、彼は肋骨4本が折られたという。その他、環境保護活動家として知られるキャソル・ギャンツォも肋骨2本を折られ、デキ・ゴンポは片方の耳が聞聞こえなくなった。さらに、これらの負傷者を含む18人が拘束されたが、彼らは僧侶や住民多数が抗議した結果、次の日の夜中に解放されている。拘束者の多くは負傷していたにも関わらず、拘束中に電気棒等による拷問を受けたという情報もある。

PAP_climbing-down橋の上に集結する部隊と行く手を阻まれたチベット人たち。

部隊がチベット人たちに襲いかかった場所は、最初言われていたマチェン・ポンラの丘の上ではなく、丘の麓にある橋のたもとであった。丘の上での祝賀会が終わり、帰る途中のことであった。まず、ここで2011年にタウで焼身抗議を行い死亡した尼僧パルデン・チュツォの弟である僧ジャンチュプ・ドルジェが運転する車が部隊により止められ、部隊の投石により、車の窓等が壊された。これを契機にチベット人たちと部隊の間で口論がはじまった。チベット人たちは「どうして、尊敬するラマの誕生日を平和的に祝うことができないのか」と主張した。

緊張が高まったので、このままでは大変なことになると判断したニャンツォ僧院の僧院長が仲裁に入り、部隊を指揮していたツェリン・ゴンポに対し「あなたは県武装警官の高い地位にあるのだから、深刻な事態にならないように気をつけるべきだ。このままだと、地域のチベット人の苦しみが増すばかりだ。事態を収めようと思わねば、いつタウ全体がコントロール不能の状態になるかわからない」と警告したという。しかし、隊長のツェリン・ゴンポは僧院長の言葉に耳か貸さず、部隊に発砲を命令したという。情報を伝えたロプサン・ジンパは「この時に隊長が僧院長の話しを受け入れていれば、こんな事件にはならなかったはずだ」と言う。

その日の夕方には約3000人のチベット人がニャンツォ僧院の中庭に集結し、武装警官隊の行動を非難し、拘束者の即時解放を要求した。人々は当局に対し、拘束者をすぐに解放しない場合には、子供たちを政府の学校から引き上げさせ、抵抗のための耕作拒否運動を行い、県内の幹線道路を封鎖すると脅した。その他、タウ市内の8カ所でも同様のデモが行われたという。このとき先頭に立っていたのは尼僧たちであったとも言われる。

Nyatso_Khen_Rinpoche部隊が発砲する前。

県内全域蜂起の恐れを抱いた当局は、拘束者全員を次の日の真夜中に解放した。多くの拘束者はそのまま病院に運び込まれた。また、当局はこのとき合わせて13000元の治療費を出す事を申し入れたが、チベット人たちはこれを完全に拒否。治療費はニャンツォ僧院が全額負担したという。

これに対し現地の1人のチベット人は「中国は不都合な事態や違法な行為もすべて金で解決できると思っている。長年このやり方でやって来た。7月6日に起ったことは残酷であり、違法なことだ。金で解決できることじゃない」と言う。また別のチベット人は「我々には彼らの金は必要ではない。我々は彼らに我々の意志を尊重し、現実を認識し、我々の正当な苦しみを考慮してほしいのだ」という。

参照:7月17日付けTCHRD英語リリース http://www.tchrd.org/2013/07/more-injured-by-gunshots-than-earlier-reported-in-tawu-shootings/#more-2388
7月10日付けTibet Times チベット語版 http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=7879
その他。

rftibet at 21:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)