2014年02月

2014年02月27日

骨と皮に成り果て死を待つ政治犯が解放される

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ゴシュル・ロプサン

甘粛省の刑務所が、文字どおり骨と皮に成り果てた一人のチベット人政治犯を解放した。明らかに拷問や虐待の結果そうなり、刑務所内で死なれるのを避けるために解放されたと思われる。

RFA等によれば、2010年5月に逮捕されていたゴシュル・ロプサン(43)は去年のチベット暦(ホルダ)10月27日に家族の下に返されたという。やせ衰えた彼を写す日時不明の写真が伝わっている。食物を自力で取ることができず、生きる望みは少ないと見られている。

甘粛省甘南チベット族自治州マチュ県ペルペン郷出身のゴシェル・ロプサンは、2008年の春、マチュで起った抗議デモの扇動者の一人とされ、指名手配された。その後逃亡生活を余儀なくされ、2年ほど後にマチュで逮捕された。最初の5ヶ月間をマチュの拘置所で過ごした後、蘭州の刑務所に送られたという。

彼の兄弟、在オーストラリアのデムジョンによれば、「(拘束中)彼は手かせ足かせをはめられ、激しい暴行・拷問を受けた」「蘭州の刑務所に送られた後も虐待が続いた」という。

「彼の容態が悪化したとき、当局は何らかの薬を与えたようだった。しかし、それは効き目がなかった」「結果、彼は骨と皮状態になり、もう生きられないと判断され、2013年10月27日に解放されたのだ」と続ける。

ゴシェル・ロプサンは1992年にインドに亡命し、ダラムサラ近郊のスジャスクールで学んだことがあり、妻と2人の子供がいる。

ゴシェル・ロプサンが正式に刑期を与えられていたのかどうかについての情報はない。また、現在の容態、このニュースが伝わるのになぜこれほどかかったのかも不明である。

参照:2月26日付けRFA英語版
2月24日付け同チベット語版
2月25日付けTibet Timesチベット語版

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2014年02月24日

「チベット独立」を訴えるビラを張り出したとして僧侶4人逮捕

77555845ソク県ティド郷あたりの風景(Google Earthより)。

先の2月8日付け当ブログで「凍った川の上に 砂で『チベット独立』と描き 15〜20歳の若者6人拘束」されたということを伝えた。彼らの消息は現在も不明のままだ。

ところで彼らが拘束された前日である2月2日に、同県同郷にある由緒ある僧院から4人の僧侶が連行されていた。このことは、先のブログの最後に詳細不明として少しだけ触れていた。最近この4人の僧侶についてより詳しい情報が入ったのでお知らせする。

2月12日付けTIbet Timesによれば、チベット自治区ナクチュ地区ソク県ティド郷(ནག་ཆུ་སོག་རྫོང་ཁྲི་རྡོ་ཡུལ་ཚོ།)ドワ・シャルツァ僧院(རྡོ་བ་གཤར་ཚ་དགོན་པ།)の僧侶4人が2月2日、警官に連行され、その後行方不明となった。

連行された原因は「地域内に『チベット独立』を求めるビラを40枚ほど張り出した」「中国当局が僧院側に渡した表札をなくした」「僧院内に常駐する部隊施設のドアや窓に石を投げつけた」ことによると伝えられる。

4人の僧侶とは:ツルティム・ケルサン(20)、ロプサン・イシェ(15)、ケルサン・ジャンパ(22)、ケルサン・ドルジェ(23)。

ドワ・シャルツェ僧院は1422年にシャンシュン・チュワン・ダクパにより開山されたゲルク派最古層の由緒ある僧院と言われる。

この4人の僧侶たちも若い者ばかりだ。彼らが連行された次に日に6人の若者が凍った川の上に砂で「チベット独立」という文字を描き連行されている。6人は前日に4人の僧侶が連行されたことを知っていたのかもしれない。

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2014年02月23日

逮捕されようとしたチベット人が警官の前で抗議の自害

61410751-9a9f-4f5d-9d27-aac8050d56c6チャムド、マルカム県内のある村(写真RFAより)

2月21日付けRFAによれば、チベット自治区チャムド地区マルカム県で20日、タシ・ツェリンというチベット人が中国の警官に逮捕されようとしたとき、自殺した。

タシ・ツェリンはかつて2008年チベット全土蜂起の際この地区で行われた抗議デモに参加していた。警官は今回、このかつての「罪」を理由に彼を逮捕しようとしていたという。しかし、タシ・ツェリンは警官たちの目の前で刀により自害した。

何らかの抗議デモに参加することは本来罪でも何でもない。彼が抗議の意図とともに自害したことは明らかであろう。それにしても、このような話しを聞くのは初めてである。

同じマルカム県ではこの5日前である2月15日にも、ケンパル僧院の僧侶20人が、同じく2008年の蜂起に参加した疑いがあるとして連行され、その後21日に全員解放されたという。

地区によって当局は3月10日の蜂起記念日を前に、6年前の出来事を蒸し返し、予備的拘束を始めているのかもしれない。

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2014年02月22日

「放生」は違法? ヤク300頭を放生したとして僧侶3人逮捕

photo49ガンシャル僧院。

「放生」とは仏教用語であり、一般には捕らえた魚や鳥を自然に放してやることをいう。まさに殺されようとしている屠殺場に送らた家畜を救うことも含まれる。もちろんこのことはチベット仏教でも徳を積む行為として奨励されている。

かつてチベットにはラサなどの大きな街以外には屠殺場というものは存在していなかった。チベット人は商業的屠殺を嫌い、ラサの屠殺場はイスラム教徒たちに任されてきた。遊牧民たちももちろん肉を得るために屠殺を行うことがあるが、それは常に必要最低限に止められている。しかし、最近、チベットの至る所に屠殺場が出現している。中国人が経営する屠殺場である。ヤクの肉は加工食品として中国内地で売り出されている。

放生は中国人仏教徒たちも行うが、チベットでは最近この「放生」を行った僧侶3人が逮捕されたという。チベットでは「放生」は違法な行為というわけだ。

当局は300頭のヤクを放生したとして、今月6日、青海省ゴロ州ペマ県キカル郷にあるガンシャル僧院の3人の僧侶:ユトゥク(51)、リンボ(50)、セルシェ(43)を逮捕した。当局は放生は違法であるという。彼らは現在ペマ県の拘置所で尋問をうけている。

彼らは屠殺場から300頭のヤクを買い取り、その後放ったと言われる。

3人の内、僧リンボは僧院の責任者、僧セルシェは僧院の会計係である。この3人は僧院を代表する僧侶たちであり、地元の人々にも慕われているという。地元の人々は、人望篤い彼らに嫌がらせするために、罪もないのに今回当局は彼らを拘束したと見ている。拘束が長引けば、地元の人々が何らかの行動にでる可能性が高いと思われている。

ガンシャル僧院はニンマ派の僧院であり、現在100人ほどの僧侶が在籍する。

RFAによれば、地方当局は中国人経営の屠殺場を支援するために、時には遊牧民たちに強制的にヤク等の家畜を「寄付」することを求めることもあるという。いなくなったヤクが屠殺場で見つかったという話しもある。

チベット人たちはこの屠殺場を仏教に反する、中国人侵入の象徴と見なし、様々なやり方で抗議を行って来た。

参照:2月19日付けRFA英語版
月21日付けTibet Timesチベット語版

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2014年02月19日

レゴンで有害食品焼却キャンペーン ゾゲで武器焼却イベント 2つの微妙な動き

最近フェースブック等に大きな炎を囲むチベット人たちの写真が何度か上がり、また焼身ではないかとハッとしてよく見ると、そうではないらしいということが分かるということが続いた。その一つは青海省黄南州レゴン県一帯で最近行われている「有害食品」を食べないようにしようキャンペーンであり、もう一つは四川省ンガバ州ゾゲ県で行われたいつもの「武器焼却」イベントであることが分かった。

どちらの地区もここ数年焼身抗議も多く発生し、中国政府に対する抵抗運動の盛んな土地柄ということもあり、目を引く動きと思われた。

レゴンで有害食品焼却キャンペーン

レゴンの方は、最初ある大学生グループが「微信(ウィーチャット)」を通じ、政府が食品の健康被害について無関心であり、このままではチベットの未来を背負う子供たちに有害な影響がでる恐れがあるとして、有害と認められる食品の破棄を訴えた。これから県内の各地でこのキャンペーンを行うとも書かれていたという。

1911871_543240395774025_1520320881_n左の写真は、2月12日、レゴン県ギェルポ・ルチュ村で行われた有害食品焼却イベント。

このときは各自がそれぞれ商店に行き、有害と思われる加工食品を買って集まり、それらを焼却したという。

フェースブックのコメント欄には「もっと他にやりようはないのか?」「どういう基準で有害食品と判断するのか?」とか、ある日本人からは「かえってダイオキシンが出て有害そう」という意見も出たりして、やり方については否定的なコメントも見かけられた。しかし、中国に有害食品が多いことは世界的に有名ということで、この新キャンペーンに賛成するという意見が大多数であった。象徴的な意味はいろいろあると思われる。

1622859_543468395751225_1717204330_nこのレゴン地区は2008年にも大規模な抗議デモを行い、ここ数年間で12人が焼身抗議を行っている。当局の厳しい統制にも関わらず焼身者の葬儀は大々的に行われることが多かった。

2010年には教育機関における漢語優先政策に反対して各地で中高生を中心に「民族平等・言語自由」をスローガンとした大規模なデモが続いた。2012年には同じく学生たちが「民族平等・チベットの自由・ダライ・ラマ法王帰還」を訴える大規模なデモを行った。もちろん当局はこのレゴン地区を要警戒特別地区として厳しい抑圧政策を行っている。

たとえそれが食品・健康に関わるイベントであろうとも、チベット人が集まって中国の食品を焼却するというキャンペーンが広まれば、これを当局は、環境破壊に対する抗議等と同様、恣意的に政治的動きと判断する可能性もあると思われる。

参照:2月18日付けTibet Net

ゾゲでチベット人団結を示すために武器焼却

1902710_545730852191646_288133409_n左の写真は、最近、四川省ンガバ州ゾゲ県アキ郷第三村で行われたという武器焼却イベント。

この「武器焼却イベント」というものは2008年以降、カムやアムドの各地で行われている。大方はダライ・ラマ法王の「非暴力主義」への連帯を示すために各地の僧院が呼びかけ行われることが多い。本来ならチベット人たちが集まって率先的に武器を焼却するという、この世界に稀なる現象は中国政府にとっても好ましいことではないかと思われるわけではあるが、政府はこれを「毛皮焼却キャンペーン」同様、「ダライの言いつけに従う政治的行為」と見なすこともあるのである。

1902843_545730842191647_439562979_nゾゲでも多くのチベット人が焼身抗議を行い、政府もこれに対し厳しい連座制を敷いているという最中である。今回のゾゲ、アキ郷のこのイベントには「チベット人の団結を示すため」という説明が付けられている。屈強そうなチベット人が集まり武器を焼却しているという写真には、なにかチベット人の新たな誓いを感じさせるものがある。

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2014年02月18日

家族が焼身者のために灯明一つ灯すことも禁止/焼身は無駄な行為なのか?

2c03dad7-fcee-46e9-a7de-ab1664a08b4fパクモ・サムドゥプが焼身した後レゴン地区を巡回する部隊。

パクモ・サムドゥプの焼身に関わったとして5人拘束 家族が灯明一つ灯すことも禁止

中国当局はいつものように焼身関係者と見なしたチベット人の拘束を始めた。2月17日付けTibet Timesによれば、2月5日にレゴン地区ツェコク県ドカルモ郷でパクモ・サンドゥプが焼身・死亡した後、当局は彼の焼身に関係したとして5人を拘束し、家族や地域の人々が彼の葬儀や法要を行わないよう厳しく監視しているという。

パクモ・サムドゥプの焼身後、当局は彼の弟である僧ギャンツォをはじめパド、サミ、ペマ、ツェテン・ギェルの5人を拘束した。この内ツェテン・ギェルを除く4人は尋問を受けた後、数日して解放されたがツェテン。ギェルは依然拘束中という。

焼身後パクモ・サンドゥプの家は部隊に囲まれ、一部は家の中にまで入り込み、家族がパクモのために灯明一つ捧げることも許さないという。また、家族の下に追悼法要のために一人の僧侶であろうと訪れるなら、その僧侶を逮捕するとともにその僧侶が所属する僧院を閉鎖すると脅し、家族を見舞おうと訪れた地域の人々や他地域の人々を一歩も家に近づけさせないようにしている。地区の通話やネットは依然厳しく監視され、住民の移動も厳しく制限されているという。

数日前にレゴンを訪れようとした日本人旅行者の話しによれば、レゴンに外国人が入ることは禁止されているという。

以下はチベットの焼身に関するコラム。

中国政府は「焼身者」と「焼身関係者」への対応を様々に変化させて来た

当局は当初、とにかく焼身の事実を隠すことに全力を尽くした。情報封鎖を行い、関係者に箝口令を敷いた。しかし、これは完全には不可能であると知った。だから今もこの情報封鎖は行われているものの、今は隠しきれないであろうことを前提にその伝達期間をできるだけ遅らせる努力を行っているのみと言える。

次に、焼身者たちは犯罪者、エロ坊主、精神異常者であるとした。これは焼身を政治的なものと認めないためであると共に、焼身者とその家族を誹謗するためである。焼身者が若い既婚者で子供がいる場合などには、当局は残された配偶者を脅迫又は買収により「焼身は夫婦仲が原因」という証書にサインすることを求めたりした。これは焼身者を単なる自殺者と認識させようという努力である。もっとも、このような話しに乗った配偶者は一人もいない。去年8月にンガバ州ゾゲでクンチョク・ワンモが焼身した時には、最初その夫に「妻の焼身は夫婦喧嘩が原因であると言え」と命令した。これを拒否した夫であるドルマ・キャプはその後妻殺しの罪をきせられ死刑を宣告された

また政府は焼身者をテロリストと呼び、焼身関係者弾圧を強化する口実とした。遺体を僧院や家族の下に運び込んだり、葬儀を行ったり、参加したものを逮捕し、刑を与えた。もはや、焼身の事実を隠すことはせず、自らも彼らを国家分裂を企てた犯罪者として発表した。さらに、中国政府は何本かの焼身に関するプロパガンダビデオを制作、発表した。その中では焼身はダライ一味の陰謀であるとされた。

最近では、さらに焼身関係者への連座制を強化し、焼身が起った場合にはその家族だけに留まらす、僧侶の場合はその僧院に、俗人の場合にはそのコミュニティー全体が制裁を受けるということを制度化している。多くの関係者が逮捕され、刑を受けている。言わばこれは家族やコミュニティー全体を人質にとるというやり方である。連座制自体は中国の憲法に反するものだが、これが平気で実施されるというのが現在の中国である。

焼身抗議は効果が期待できない、無駄な行為なのか?

人は愛するもののために自分を犠牲にしようとする。母が子に対するように。状況しだいでは、子供のために自分の命さえ差し出すこともある。その行為が成功するかどうかなど考えもせず。

焼身抗議など無駄だ、効果は期待できないと否定的なコメントをする人も少なくないが、少なくとも焼身者たちが焼身を決心したとき、彼らにその行為の結果に対する確証があったとは思えない。その行為はなにか緊急な心の要請に従う行為であったのであろう。母が自分の子供が川に流されるのを見てまず大きな叫びを上げ、人に助けを求め、自らも川に飛び込もうとするように。

その行為の善悪について、ダライ・ラマ法王は「その焼身をいう行為が正しかったかどうかはその動機による。利他的動機によりなされたなら善なる行為であり、怒り等の否定的動機によりなされたならば悪なる行為であろう」という。そうして「私にはその人のその時の心を知ることはできないので私からその行為の善悪を判断することはできない」と続けられる。仏教では行為の善悪はその動機によるということは常識である。チベットの人たちもこれをよくわきまえている。

ここでしかし、その行為の善悪を判断するにはまずその対象の善悪が問題になる、世俗では悪者を助けることは悪であるとされるからだ。仏教的には本当は善悪ももちろん「空」であり、実体があるものではないが、世俗においては確かに認められる。人をより幸せにし、その環境をより良くする行為が善とされる。良心に従うとか、人の道に従うとか表現されることもある。チベットを助けることがはたして良い行為かどうかはそれぞれの判断に任せよう。この場合立場上の意見と本心が異なるという人もいるであろう。

次にその効果、結果についてだが、法王等は「その結果は疑わしい」という言い方で間接的に焼身に否定的な見方を示している。これはもちろん現時点で立場上もっとも妥当な言い方と言えよう。本心はいざ知らず、本物の炎の中で自分の名前を叫びながら、自分に助けを求め死んで行く人々をみて深く悲しまれていることだけは間違いないところだ。

結果はどこで区切って話をするかによる。短期的、中期的、長期的な見方からいろいろな意見がでることであろう。行為の結果が熟す期間はその後の環境に依るところ大であり、不定だ。また、その結果への見方によりその原因の解釈も左右される。原因と結果はお互いに依存しあっている。

ただ、私はチベット人の自由を求める要求には正当なもとがあるとみとめ、またチベット文化が慈悲の文化であるということを加えて、この政治的な非暴力に基づいた利他的焼身がいつか必ず他のチベット人のためになると信じたい。

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2014年02月17日

13日ンガバで焼身のロプサン・ドルジェの死亡が確認された

1662608_10152229343994802_921160012_nロプサン・ドルジェ焼身中のビデオが亡命側に伝わった。左の写真はそのキャプチャー。

15秒ほどのこの短いビデオには座り込んだ姿勢で激しく燃え上がるロプサン・ドルジェが中央、交差点の向こうの道の真ん中に見える。回りからチベット人の雄叫びが聞こえる。

手前を僧衣を着た、まだ幼い感じの僧侶が「お父さん、焼身だよ。離れなきゃ危ないよ」と言ってるかの如くに、父親と思われる大人の袖を引っぱりながら焼身現場から遠ざかろうとする。

計4人の武警と警官が消火器を持って次々現れ、火を消す。回りの人々はもっと焼身者に近づいて守りたいと思いながらも、当局への怖れによりそれ以上近づけないというように見える。

録音されている男性の声は私には「ギャワ・テンジン・ギャンツォ・ケン」と繰り返されているように聞こえる。もしもそうならば「ダライ・ラマ法王よ思し召しあれ」という祈りの言葉である。もっとも、訛りもあり私にははっきりとは聞き取れないのではある。

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ダラムサラ・キルティ僧院の内地連絡係僧ロプサン・イシェと僧カニャク・ツェリンがそのリリースで明らかにしたところによれば、2月13日にンガバの街中で焼身抗議を行ったロプサン・ドルジェが16日中にマルカムの病院で死亡した。

家族の強い要望にも関わらず、遺体は家族に手渡されることなく、当局が火葬し、これが遺灰だというものが家族に渡されたという。

当局の厳しい規制にも関わらす家族はロプサン・ドルジェの追悼会を行い、ンガバのチベット人たちは彼と残された家族への連帯を示すために、3日間商店・飲食店を閉め、僧院等にお参りに行く人が多く、家族の下に香典を持って参じる人もいるという。

正月開けのモンラムが続くンガバ・キルティ僧院では、参拝するチベット人の中に私服警官が大勢混じり、スパイ行為を行い、街頭には大勢の部隊が示威行為を繰り返すという、硬軟会わせた警戒が続いているという。

内地焼身者127人の内、彼を含め110人の死亡が確認されたことになる。
外地焼身者5人、内死亡3人と合わせ、2009年以降のチベット人焼身者の数は132人、内死亡113人となった。

参照:2月16日付けRFAチベット語版
2月16日付けTibet Timesチベット語版


チベットの焼身についてより詳しい背景や分析、焼身者リスト等に興味がある方は自著「太陽を取り戻すために/チベットの焼身抗議」を参照お願いします。

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2014年02月15日

続報:ンガバで13日焼身 25歳の元僧侶 今年2人目

15d3cbddダラムサラ・キルティ僧院の内地情報係である僧カニャック・ツェリンが13日の焼身についてリリースを発表した。それによれば、焼身したチベット人の名前はロプサン・ドルジェ(བློ་བཟང་རྡོ་རྗེ། )。年齢25歳。ンガバ県チャルワ郷チュクレ・ゴンマ(上チュクレ རྔ་བ་རྫོང་གཅའ་རུ་བ་ཡུལ་ཚོའི་ཕྱུགས་ལས་གོང་མ།)村の出身。父ツェパック、母ナメ・キの息子。彼を含め兄弟姉妹は5人。両親は数年前に離婚(又は別居)している。

目撃者によれば、彼は炎に包まれながらも何か叫んでいたというが、その内容は聞き取れなかったという。駆けつけた部隊が火を消し、バンの中に押し込み黒い布を掛けた。「彼はそのときまだ死んではおらず、頭をもたげ両手を合わせた。しかしすぐに倒され、車は走り去った」と伝えられる。生死と収容場所は依然不明のままだ。

ロプサン・ドルジェは幼少時ンガバ・キルティ僧院に入り僧侶として数年過ごした。その後還俗し、最近は母親、弟と共にゴロ州ダルラ県で洗車の店を開いていた。彼は数ヶ月前から父親のいるチュクレ・ゴンマ村に帰っていた。ンガバ・キルティ僧院ではこのところロサ(新年。この地方はラサ辺りの暦と異なる)開けのモンラム(祈祷会)が開かれており、13日はその14日目であり恒例のチャム(仮面舞踏)が行われ、大勢のチベット人と警備隊が集まっていた。彼は午前中このチャムを観た後、午後6時半頃焼身抗議を行った。

以下の写真は、同じ暦に従うアムド地方クンブン僧院とレゴンのロンウォ僧院で、モンラム中僧院が厳重な警戒態勢下にあるというものだ。ンガバでも同様にモンラム中はいつもにも増し大勢の武装した部隊がチベット人を取り囲んでいたことであろう。ロプサン・ドルジェはこのチベットの今を象徴的に示す日に、「勇者の道」の上で焼身した。

前回のブログで報告したように、ンガバ県は焼身者の家族に対し厳しい連座制の罰則を与えるとしている。今回、焼身者を出した家族も土地や就労機会を取り上げられることであろう。

参照:2月14日付けTibet Timesチベット語版
2月13日付けRFAチベット語版
2月14日付けRFA英語版


1779901_10152224742044802_1888796178_n2月14日のクンブン僧院。














1901433_431037836999633_2089047469_n同上。























3313モンラム中のレゴン、ロンウォ僧院。












Map_TsampaRevolution_20140213_EN_XXL_sansチベット内、主な抵抗運動と焼身抗議発生地図(Tsampa Revolution制作)。

ンガバでの焼身は31人目。



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2014年02月14日

5日焼身のパクモ・サムドゥプ死亡確認 焼身に厳しい連座制で答える当局

imageゾゲ県人民政府が発行した16項目に及ぶ焼身に関する規定通知書(チベット語版)。

RFAによれば、2月5日にアムド、ツェコク県ドカルモ郷で焼身したパクモ・サムドゥプ(29)の死亡が確認された。パクモ・サムドゥプはおそらくその日の内に死亡し、当局により火葬された後、次の日に家族に遺灰が渡されたという。当局は家族に遺灰をマチュ川に流すよう命令した。

パクモ・サムドゥプが焼身して8日後の昨日2月13日にはンガバでドルジェが焼身した。このように連続して焼身が起るのは半年ぶりである。これから3月10日にかけ焼身が増えなければ良いがと懸念する。

当局がこの焼身抗議に対する対策として昨年中に発表していた、焼身者を出した家族や僧院、村に対する罰則を定めた2種類の通告書の存在が最近亡命側に伝わった。

一つはンガバ州ゾゲ県の人民政府が発行したものであり、昨年4月8日頃より県内各地に張り出されたという。この情報は最近インドに亡命したタムディン・キャプによりもたらされた。ゾゲでは2012年11月から2013年7月の間に9人のチベット人が焼身抗議を行った。当局はさらなる焼身を防ぐ方法は彼らの訴えに耳傾けるのではなく、さらなる弾圧強化あるのみと判断したらしく、厳しい連座制を導入している。立憲国家の内、紛争地帯以外で、この21世紀になっても連座制を敷く国を私は他にしらない。

The-Notice-against-Self-immolation中国語版。

16項目からなるこの通告者は漢語とチベット語で発表された。漢語はウーセルさんのブログに書き出されたものがある。チベット語はTibet Timesが書き出している。ここでは、その内容の要旨をお伝えする。

まず焼身者を出した家族を直系家族:父母、配偶者、子供、兄弟姉妹と規定し、彼らは「政府援助の機会、就労機会を奪われ、如何なる公職にも就けない」という。さらに「これまで受け取った政府援助は3年遡ってこれをすべて返さなければならない」。これは焼身者を出した村に対しても同様で「焼身者を出した村は3年以内に政府から得た援助金を返納しなければならない」。また家族は「耕作地その他の土地を取り上げられ」「外国やラサには3年間行けない」とされる。

焼身者を出した僧院には「厳しい再教育が課され、宗教行事が制限され、1万元から50万元の罰金が課される」。またその僧院の「管理委員会の職員は昇進の機会を失う」と規定される。

一方で最後の16条には「焼身を計画している者やその他焼身に関係する情報を当局に伝えたものには2千元から50万元の報酬が与えられる」とし、「秘密は守られる」と付け加えられている。

もう一つの通告書は昨年12月19日、甘粛省甘南州サンチュ県アムチョク鎮の路上で僧ツルティム・ギャンツォ(43)が焼身抗議を行った後、当局が張り出したというものである。

2712b2これは「四つの厳禁事項」と名付けられており、こちらは連座制を規定したものではなく焼身時やその後にやってはならない項目を上げ、そのようなことを行った者は罰せられると定めるものだ。

1、焼身現場に集まり、遠巻きにしてはならない。
2、僧侶は焼身者のために追悼会や祈祷会を行ってはならない。
3、焼身者を出した家を弔問したり、香典を持って行ってはならない。
4、焼身者の遺体を一般人が運んだり保持してはならない。

習近平政権はチベット人の命を掛けた焼身抗議に対しても、全く時代に逆行する非人間的な厳しい連座制をもって答えることしか知らない。伝統的葬儀さえ禁止している。焼身者の訴えを完全に無視し、力で押さえ込む政策は、一時的に焼身の数を押さえる効果が有るかも知れないが、短期的にも長期的にも、チベット人の政府に対する不信感、反感、憎悪を増長するばかりであり、亀裂は深まり、問題は大きくなり、チベット人をさらに極端な道に追いやるものである。

習近平政権はチベット人だけでなく、ウイグル人や穏健派漢人知識人さえも、共産党に逆らう者すべてを恣意的に、容赦なく処罰している。国内の緊張は高まるばかりであろう。共産党はすでに力のみに頼るという末期的症状を呈している。





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<速報>ンガバで新たな焼身 内地127人目

1779793_430698287033588_527368818_nチベット独立宣言101周年記念日であった昨日2月13日、ンガバで一人のチベット人が焼身抗議を行った。

現地時間午後6時半頃、ンガバ・キルティ僧院近くにある、チベット人が「勇者の道」と名付ける路上で、ドルジェ(རྡོ་རྗེ།)と呼ばれるチベット人が焼身した。部隊が駆けつけ彼を連れ去り、生死は依然不明。

焼身したドルジェについては上ギャンブン・チュクラ村(རྒྱ་འབུམ་ཕྱུག་རྭ་གོང་མ།)出身の俗人ということ以外、年齢等詳細は分かっていない。

これまでもっとも多くの焼身(31人目)が発生しているンガバでは普段から警戒が厳しいが、この焼身の後、さらに大勢の部隊が街の至る所に配備され、厳重な警戒が敷かれているという。

詳細が分かり次第追記する。

参照:2月13日付けTibet Timesチベット語版

1619436_543581545739910_1247616825_n焼身現場と思われる路上に集結する部隊。






















1622821_10152310635080337_1695149530_nドルジェに捧げた井早智代さんの絵。

以下彼女がこの絵に添えた英文:
For Dorjee, who self immolated in the city of Ngaba, Amdo, Tibet in the evening on February 13 2014.

News with minimum information says security forces arrived right away, probably like black clouds.

"Do not surround around him
Do not offer prayers at a monastery
Do not visit his family for condolence
Do not carry his body "

People have no right how to feel in their hearts and how to act with their feelings.

Those in black uniforms are stamping on a dead person and people's hearts.

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2014年02月13日

チベット青年会議が「蜂起記念行進」を始める

DSC_7650亡命チベット社会最大のNGOであるチベット青年会議(TYC)は今月8日、「蜂起記念行進」を始めた。ダラムサラからニューデリーまでの約500キロを一ヶ月かけて歩くという。

9日付けphayul によれば、参加したのはインドやネパールのチベットキャンプから集まった亡命チベット人54人とインド人1人。合計55人だが、この数字は、今年の3月10日が1959年から数へて55周年記念日であるからであり、それぞれの参加者が「中国支配の下で過ごした暗く苦悩に満ちた各年」を象徴するという。参加者の内最高齢は72歳、最年少は21歳。

この行進の目的についてTYCは、「内地チベットの危機的現状を訴え、焼身抗議者たちの要求と願いを支持し、内地チベット人への連来を表明するため」という。

TYC会長であるテンジン・ジグメは「ダライ・ラマ法王を自分たちの頭とし、チベットの人々を自分たちの心として、我々はこのキャンペーンを実行する。このキャンペーンは初めてでもないし最後でもない」と語り、「内地チベットの問題が解決され、ダライ・ラマ法王がチベットに帰還されるまで、そして内地チベット人の願いが叶えられるまで我々は一致団結して行動し続けるべきだ」と続けた。

「1949年に中華人民共和国に占領されて以来、共産党はチベットの文化、言語、アイデンティティー、精神的伝統を組織的に破壊または抑圧するために一連のキャンペーンと政策を強化し続けて来た。チベットは今、生死をかけた闘いの中にある」とある若者グループはコメントする。

ナグプールのインド・チベット友好協会会長であり、唯一のインド人参加者である、サンデッシュ・ミシュラは1996年以来、これまでに4度この種の行進に参加している。

「チベットの自由はインドの安全保障だと私は信じる。これまでにチベットでは126人がダライ・ラマ法王の帰還、環境保護、中国人移民反対等を求め焼身している。中国は非難されるべきであり、これらすべての問題を解決すべきである」と彼は語る。

このグループは3月10日の蜂起記念日直前にデリーに到着する。デリーでは集会を開く他、ニューデリーにある中国大使館に「5項目の要求」と題された覚え書きを手渡し、国連や各国大使館に要望書を手渡すことになっている。

「5項目の要求」の中には「すべての政治犯の解放。国際メディアのチベット入り許可。チベット人焼身者の要求を前向きに検討すること」が含まれる。

1959年3月10日、ラサのチベット人たちは中国支配に抗議する大規模蜂起を行った。これに対し中国軍は砲撃で応え、何万人ものチベット人が虐殺され、ダライ・ラマ法王は亡命を余儀なくされた。この3月10日を、世界に散ったチベット人は「蜂起記念日」と呼び、様々なイベントを行う習わしである。

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この行進を伝えるTibet Timesチベット語版の下にある、投稿欄に以下のようなコメントが載っていた。「まず最初に組織団体や参加者たちの努力、勇気、忠誠心を讃える。しかし、先日も(インド・アッサム地方)シロンにおいて法王は『チベットの外で抗議デモ等を行うときには注意が必要だ。外が騒ぐと、中国政府がチベット内で弾圧を強め、多くのチベット人が困難な状況に追い込まれる』とおっしゃったことに対し(TYCが)自らの考えを表明することが大事とおもわれる」と。

法王は去年の秋、日本を訪問されたときにもチベット人を集めた席上、同様の話しをされている。これを聞いた在日本のチベット人たちの中には、その後予定されていたデモを中止すべきかどうかについて悩んだと聞く。

去年以前に法王がこのような発言をされたということを私は知らない。なぜ、最近法王がこのような発言をされるようになったのか明かではない。外で内地チベットの現状を訴え、中国政府に抗議することが内地チベット人への弾圧強化に直接的に繋がっているかどうかについては私には判断しかねる。外のデモは亡命以来、内地の状況に合わせて継続的に続けられて来たことである。世界へ訴えることを止めるなら、世界の人々はチベット問題自体の存在を忘れ去り、問題はないという中国の主張を肯定することにならないであろうか?法王はもちろん、そのやり方を問題視されているのであろうが、TYCでさえ非暴力の闘いをモットーとしている。何れにせよ、法王のこの発言は影響力を持ち、法王の真意を秤りかね、チベット問題喚起イベントやデモへの参加を躊躇する人が増えていることは確かなようである。

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2014年02月12日

法王がドゥンドゥプ・ワンチェンの子供4人に謁見

eb882a8c-e38b-4056-ae85-5db80f1d17252008年の北京オリンピックを前に、オリンピックに対するチベット人の意見を集めたドキュメンタリーフィルム「恐怖を乗り越えて(日本題)」を制作したことで6年の刑を受け服役中のドゥンドゥプ・ワンチェン。

妻ラモ・ツォはこの6年間、世界中を巡り夫の解放を訴え続けている。この2人には4人の子供がおり、全員インドに亡命している。この4人の子供が2月10日、ダライ・ラマ法王に呼ばれ謁見したという。

4人は現在の世話人であるツェリン・トプデンに連れられ、手には2羽づつ折り紙のツルを持っていた。SFTの発案で最近、この折り紙のツル(折り方は猶用指導ではあるが)は「ドゥンドゥプ・ワンチェン解放運動のシンボル」になっている。

法王は側近からドゥンドゥプ・ワンチェンの現状について説明を受けた後、一羽のツルを受け取られた。そして、2人の息子:タシ・ツェリン(20)、テンジン・ノルブ(18)と、2人の娘:テンジン・ダドゥン(16)、ラモ・ドルマ(14)に「よく勉強するように。将来が良きものとなるよう祈ろう」とおっしゃったと伝えられる。

ドゥンドゥプ・ワンチェンの解放は間もなくと思われる。本来なら逮捕された2008年3月26から数へて6年目である、今年3月25日に解放されるべきであるが、中国では拘留中を刑期に含めたり含めなかったりする。情報によれば、裁判所は彼の解放を6月5日と決定したという。

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ドゥンドゥプ・ワンチェンは最近、刑務所内でどのような状態にあるのであろうか?最近ラモ・ツォとスカイプで話しをする機会があった。彼女によるとドゥンドゥプ・ワンチェンの状態は悪くもなく良くもないそうだ。

彼女は現在サンフランシスコにいて、お年寄りの介護の仕事をしながら夫との再会を心待ちにしている。解放されたのち渡米できるよう助けてくれと米政府にすでにお願いしているという。しかし、解放されたとしても外に逃れるのは簡単ではないと思われる。

最近、EU議会の有志議員たちが「恐怖を乗り越えて」の映写会を行い、彼の解放を求める声明を発表したという。その他、ラモ・ツォは今でも様々なチベット支援イベントに呼ばれ、夫の解放を訴え続けている。

私はラモ・ツォにこう言った。「とにかく今はドゥンドゥプ・ワンチェンが無事に解放されることが一番大事なことじゃないだろうか?解放まで、活動を控えて静かにしているほうがいいと思うが、、、」と。ラモ・ツォもそう思っているらしいが、呼び出されると、行かないわけにはいかないのだという。

ダラムサラにいて子供たちの面倒を見ていたラモ・ツォの姪ワンモもオーストラリアに移住してしまい、今はワンモの旦那である今回同席したツェリン・トプデンが面倒を見ている。彼も近いうちにオーストラリアに行く。早く子供たちをアメリカに呼び寄せたいと思っているようだが、資金の問題もありなかなか思うように行かないようである。

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2014年02月10日

ディルで2人に長期刑

最近相次いで拘留されていた2人のチベット人が拷問死したディルで、拷問死したゲシェ(博士)・ガワン・ジャミヤンと一緒にラサで拘束され、行方不明となっていた僧侶と、もう1人、その拘束が大きな解放要求デモとこれに対する当局の無差別発砲という事態を引き起こしたチベット人に長期刑が言い渡された。

チベット民主人権センター(TCHRD)が2月7日付けリリースで伝えるところによれば、去年11月23日にラサで逮捕され、最近拷問死したゲシェ・ガワン・ジャミヤンとともに拘束されていた、タルモ僧院僧侶ケルサン・チュラン(སྐལ་བཟང་ཆོས་གླང་།)に対し、当局は1月中に10年の刑を宣告した。

kalsang-cholin僧ケルサン・チュラン。

僧ケルサン・チュランはディル県ツァチュ郷ウタン村の出身。現地のチベット人たちによれば、彼はおそらく「違法に人々を集めた」という罪をきせられたのであろうという。「僧ケルサン・チュランはチベットの伝統的文化を深く愛し、敬意を示していたことで知られる。彼はいつもチベット文化の保護と異民族間の融和を説いていた」と伝えられる。

dorjee-daktselドルジェ・ダクツェル。

同じく1月中に、俗人であるドルジェ・ダクツェルに11年の刑が宣告された。11年の内、7年は去年5月3日に聖山ナクラ・ザンバラの鉱山開発に反対する抗議デモが行われたとき指導者の1人であったからとされ、3年は喜んで他人に金を貸したからとされ、残りの1年は役人の活動を妨害したからと伝えられる。

しかし、これらの罪状の内、特に2番目の「他人に喜んで金を貸したために3年の刑」というのは、普通に考えると不可解な話しである。「困っている人を助けるために金を貸した可能性もある」とTCHRDはコメントする。詳細な情報が伝わっていないのでこれ以上は今のところ不明である。

ドルジェ・ダクツェルは去年10月3日に拘束された。10月6日、これを知った同郷であるダタン郷の住民数百人が彼の即時解放を求めデモを行った。これに対し、当局は約300人の部隊を現場に起り込み、鉄棒、ガス弾、無差別発砲で応じた。この結果、少なくとも4人が被弾し、重軽傷者は60人に上ったといわれる。

「去年ディルで始まった、習近平の『大衆路線』キャンペーンにより、何百人ものチベット人たちが当局に狙われ、逮捕され、行方不明になっている。多くのチベット人たちが無実の罪をきせられている。情報網の規制により多くのチベット人たちが行方不明のままだ」「ナクチュの東部にあるディルを含む3つの県で情報網が完全に経たれ、住民は友人や家族と連絡することもできず困り果てている」と現地の人が伝える。

去年9月に始まったこの『大衆路線』キャンペーンにより、中国国旗掲揚強制等が行われたため、ディルではこれまでに分かっているだけでも、4人が射殺され、2人が拷問死し、大勢のチベット人が恣意的に拘留され、また長期刑を受けている。これら抗議デモの原因は明らかに中国側の挑発と暴挙にある。

ダライ・ラマ法王は「習近平氏は現実的で行動力がある政治家のようなので期待している」とおっしゃるが、はたして本当にそうなのか?ほとんどのチャイナウォチャーは習近平政権になり、この『大衆路線』という如く毛沢東時代のスローガンを持ち出し、増々統制を強める方向に向かっていると見ている。

その他参照:2月8日付けTibet Timesチベット語版

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2014年02月08日

凍った川の上に 砂で「チベット独立」と描き 15〜20歳の若者6人拘束

2月7日付けTibet Expressによれば、ディル県に隣接するソク県で最近6人の若者が拘束され、その後行方不明となった。

現地からTibet Expressに寄せられた報告によれば、今月3日の夕方、チベット自治区ソク県ティド郷第三村(ཁམས་སོག་རྫོང་ཁྲི་རྡོ་ཡུལ་ཚོའི་གྲོང་ཚོ་གསུམ་པ།)から、シスン・ドルジェ(15)、ラクパ、ジャミヤン・ギャンツォ、ドルジェ、アサンとマルゴンというすべて15歳から20歳までのチベット人若者6人が当局に拘束された。

当局がいうには、彼らは凍ったギェルモ・ングルチュ川(རྒྱལ་མོ་དངུལ་ཆུ།)の上に砂で「チベットが独立しますように!(བོད་ལ་རང་བཙན་ཐོབ་པར་ཤོག)という文字を描いたからだという。

この禁止されている文字が川の上に描かれているのを見つけた役人が、これを描いたという6人を拘束しソク県の警察に連行した。その後、彼らの消息は途絶えたままである。

その他、最近同じティド郷にあるドワ・シャルツェ僧院の僧侶4人も拘束されたという情報もあるが、地区の警戒が強まり、詳しい情報は今のところ伝わってないという。

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2014年02月07日

<速報>今年初めての焼身抗議 2児の父・在家修行者

1655845_740257632659853_158173465_nパクモ・サムドップ。

昨年12月19日以来、1ヶ月半ほど焼身のニュースが途絶え、もうチベットの焼身は終わったのか?と思われていたが、昨日再び新たな焼身のニュースが入り、このあまい思いは覆された。弾圧の状況が変わらない限り焼身は続くかもしれない。

焼身が起ったのは2月5日午後9時半頃、場所はアムド、ツォロ(青海省黄南チベット族自治州)レゴン地区ツェコク県ドカルモ郷(རེབ་གོང་ཁུལ་རྩེ་ཁོག་རྫོང་རྡོ་དཀར་མོ་ཞང། 澤庫県多禾茂鄉)にある第二ペンチェン学校の前という。

焼身者の名前と年齢について、RFAはパクモ・サムドゥプ(འཕགས་མོ་བསམ་འགྲུབ།)、29歳と伝え、Tibet Timesはパクモ・サムドゥプと最初に書きながら次にはパクパ・キャプと表記し、年齢は27歳とする。Tibet Timesはさらに、彼は在家の修行者(སྔགས་པ།)であり、結婚し男女2人の父であるとする。

1-22家族とともに。

目撃者の話しによれば、彼が焼身後、間もなくして部隊が駆けつけ、火を消しツェコクの方向に連れ去ったという。また、「火傷の程度ははげしく、生きる望みはないだろう」と伝えた人もいる。

当局はこの事件の後、地域の情報網を遮断し、6日の朝からツェコク県やレゴン県に大勢の部隊を配備し厳重な警戒を敷いている。

今回焼身があったドカルモ郷では2012年11月から12月にかけ、連続して4人が焼身している。今回でこの郷内の焼身は5人となった。

2009年以降の内地焼身者126人目。外地5人を合わせ131人。この内、これまでに死亡が確認されている者は110人。

追記1:ロンドンベースのチベット支援団体Free Tibetによれば、パクモ・ドゥンドゥプはその場で死亡したという(未確認情報)。
追記2:2月9日現在、他のチベット系メディアはいずれもパクモ・ドゥンドップの死亡を報じていない。

その他参照:2月6日付けRFAチベット語版
同中国語版
2月6日付けTibet Post英語版
同中国語版
2月7日付けphayul

2c03dad7-fcee-46e9-a7de-ab1664a08b4f写真:今回の焼身後、黄南チベット族自治州で警戒にあたる武装警官隊(RFAより)。











1800454_10152297090375337_1716954887_n井早智代さんが今回焼身したパクモ・サムドゥプに捧げられた絵。

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