2014年06月

2014年06月25日

ウーセル・ブログ:当局は「通行証」発給を制限し、チベット人の聖山巡礼を禁じた

チベットにある聖山カイラスはチベット人に取って最高の巡礼場所である。12年に一度廻ってくる午年にここを巡礼すれば特別のご利益を得ることができると信じられている。そういうわけで、今年カイラスを巡礼しようと思っている内外チベット人が沢山いるらしい。しかし、ウーセルさんのブログによれば、当局は現在カイラス山を巡礼することを禁止しているようである。その理由は7月初めにカイラス山の向こう側、インドのラダックでダライ・ラマ法王がカーラチャクラ法要を行うことと関係があるという。

原文:唯色:当局限办“边防证”,禁止藏人朝圣神山 
翻訳:@yuntaitaiさん

◎当局は「通行証」発給を制限し、チベット人の聖山巡礼を禁じた

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写真上:チベット仏教とヒンズー教、ボン教、ジャイナ教がともに崇める聖山カン・リンポチェ(カイラス)。

この世界に極めて特別な山がある。それはチベット仏教とヒンズー教、ボン教、ジャイナ教がともに崇める聖地で、世界の中心と考えられている。チベット語ではカン・リンポチェ、サンスクリット語ではカイラスと呼ばれ、ブッダは「精神の極地」とたたえた。遥か遠く、チベットの伝統的な地理で言う「ンガリ3国」に位置する。カンティセ山脈の主峰で、標高は6656メートル。チベットのあらゆる聖山の頂点だ。

005-1聖山の巡礼方法はコルラ(右繞)だ。密教では、カン・リンポチェと巡礼路はそのまま宇宙のマンダラを形作っており、巡礼者のコルラはマンダラを供える儀式に相当すると考えられている。ヒンズー教では、右繞はシバ神のマンダラへの修持と同じだと考えられている。さらに、カン・リンポチェとシャカムニの干支は同じ午なので、午年は聖山カン・リンポチェの年であり、午年の度に必ずコルラしなければならないと仏教徒は考えている。

今年はチベット暦の午年だ。数えきれないほどの信徒がこの機会に、神聖なカン・リンポチェを伝統にのっとって巡礼することを切望する。伝統では、最高の巡礼シーズンはチベット暦の4月、つまり「サカダワ」だ。チベット暦4月15日には、カン・リンポチェのふもとで、タルチョを付け替える盛大な儀式が執り行われる。この場所は巡礼路全体の起点と終点でもある。

しかし、カン・リンポチェを含むチベットの多くの場所へ行くには辺境通行証を取る必要がある。チベット人は元々、通行証を取るのがとても難しかったが、この数年はますます難しくなっている。チベット人の午年のカン・リンポチェ巡礼を当局が禁止するといううわさが昨年流れた時、本当に止められるとは誰も信じようとしなかった。だが、今年の初めからラサの各組織は大小の集まりで、公務員はカン・リンポチェのコルラに行ってはいけないし、家族を行かせてもいけない、さもなければ処罰されると注意した。最近、ほかにも厳しい規定があることが分かった。例えば、チベット当局は9月以前に休暇を取らないよう全ての職員に求め、従わなければ解雇するとした。また、各県はチベット人の僧俗にサカダワ(5月29日〜6月27日)期間中と7月に地元を離れないよう求めたという。

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チベット辺防管理局に関連する通知(新浪微博から転載)

チベットの旅行業に従事する人やチベット旅行に行くネット仲間が4月末、チベット辺防管理局のものとされる通知を新浪微博でリツイートしていた。「2014年4月24日0時以降、チベット自治区はンガリ(阿里)行きの通行証の手続きを受け付けません。各位は戸籍所在地の公安局の戸籍接待室で申請してください」。ネット仲間は「基本的にラサではンガリ地区行きの通行証を取れないということだ」と書いた。これはつまり、ラサのチベット人はンガリ行きの通行証を取れないし、カン・リンポチェ巡礼もできないということだ。

あるチベット人のネット仲間は「でも、4省のチベット・エリアのチベット人は地元でも全く辺境通行証を取れないよ」と書いた。ある漢人観光客はこう書いた。「今、外国人観光客とチベット族同胞のンガリ地区行きが制限されている!僕らは本当にラッキーだ」「あちこちのコネに頼ったけど、チベット族の友人の通行証は結局取れなかった。どんなチベット族にも通行証を出さないよう要求している文書があるからだそうだ。要するに、カン・リンポチェ周辺地域の住民以外は誰も合法的に巡礼に行けないんだ」。極端な場合、「チベット族のガイドはンガリに行ってはいけない!」という。

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ネット仲間が陝西省で取ったンガリ地区の交通証(新浪微博から転載)

旅行業に従事するネット仲間は微博で、通行証をどう取るかを観光客に伝えていた。「身分証を戸籍所在地に送り返してください。もし戸籍がチベットにあるなら、どうしようもありません」「今年の管理は少し厳しく、あらかじめ中国の内地で取っておくのがいいでしょう」。ある内地の観光客は「ここでは手続きできる所がない。私は広州で取ってきたので良かった」と喜んだ。また、「8月末まで厳しい管理が続くのでは」「今年ずっとかもしれない」と漏らす観光客もいた。

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写真上:ダライ・ラマ法王は7月3〜14日、ンガリと接するインド北部ラダックで、第33回カーラチャクラ灌頂大法会を執り行われる。

ンガリ地区行きの通行証を制限する規定は、明らかに今年の午年、伝統に従ってカン・リンポチェを巡礼するチベット人に向けられている。チベット人のネット仲間は「どうせこれは聖山巡礼を制限すると同時に、ラダックで7月3日に開かれるダライ・ラマのカーラチャクラ法会に参加するのを阻止するためだ」と書いた。そう、ダライ・ラマ法王は7月1日、ンガリと接するインド北部ラダックに到着され、3〜14日に第33回カーラチャクラ灌頂大法会を執り行われる。前回のカーラチャクラは2年前、仏教聖地ブッダガヤで開かれ、本土の各地から参加したチベット人信徒は1万人以上いた。しかし、故郷に戻った時に落とし前をつけさせられ、強制収容所のような当局特設の「学習班」で精神的に痛めつけられ、パスポートも没収された。

匿名の人物が4月末にカン・リンポチェのふもとで撮った写真には、既に多くの軍車両と警察車両が集合し、各種の軍警が集まっているのが写っていた。まさに観光客が「巡礼路はどこも兵士のお兄さんとチェック・ポストばかりだ」と話していたように。最近伝わってきた情報では、聖山カン・リンポチェは既に治安維持の重点区域になったという。

元々故郷に戻るのが難しい国外のチベット人にとっては、これで更に聖山巡礼の可能性がなくなった。統一戦線部で働くあるチベット人は国外のチベット人に注意を促した。「今年家族を訪ねて帰省する同胞はビザ申請時、家族を訪ねる理由だけを書き、コルラに行く理由を書かないでください。国外の中国大使館には通行証を出す権限はないので、ビザを拒否される理由にしかならないからです。チベットでは、もう現地のチベット人への通行証発給が止まりました。同胞は必ず同胞を通じて申請しなければいけません。取れるかどうかは未知数です」

6420スイスで長く暮らしている亡命チベット人を私は知っている。60歳を過ぎて体調は良くないが、一生に3回カン・リンポチェを巡礼したいと以前から願を懸けていた。彼はたとえ巡礼路で命が尽きたとしても最大の解脱になると考え、6月13日、つまりチベット暦4月15日のコルラを強く望んだ。彼の家族も手伝う準備を済ませた。しかし、彼は願いを達成できるのだろうか?

2002年に聖山カン・リンポチェをコルラし、約20時間で50キロ以上の巡礼路を歩き終えたことを思い出す。カン・リンポチェの不思議な山容が突然現れた時、まるで具現した仏教の象徴、マンダラを目の当たりにしたかのように思えた。私は微博に書き留めた。「とても悲しい。12年前、カン・リンポチェを巡礼して1周した時、私は『次の午年が来たら絶対2周目を歩きたい』と祈り願った。どうやら私の願いは実現できそうにない。本当にとても悲しい」

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2014年6月 (RFA特約評論)



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2014年06月24日

アムドで僧院弾圧続く 愛国再教育 監視・管理強化

536b6735チャキュン僧院。

6月19日付けRFA等によれば、アムド、ツォゴン地区バイェン県(青海省海東地区化隆回族自治県)にあるチャキュン(བྱ་ཁྱུང་དགོན་པ་、夏琼寺)僧院を中心に地域にある20以上の僧院で、最近、愛国再教育が続き、当局により強制的に僧院の責任者が僧侶から共産党の役人にされつつあるという。

「チャキュン僧院、ディツェ僧院、タシゼ僧院等、地域にある20以上のすべての僧院に政府の教育班が押し掛け、僧侶に対するいじめや嫌がらせが増している」「共産党を賞賛し、ダライ・ラマを非難することを強要している」と現地の人は伝える。

また、「僧院には監視カメラが設置され、すべての僧侶が昼夜監視されている。僧侶たちは1人づつ呼び出され、すべての指の指紋を取られ、身体的特徴を調べられ、写真を撮られる。家族の状況もすべて調べられる」という。

さらに、「僧院の責任者は伝統的に僧侶の中から選ばれるが、最近チャキュン僧院の責任者が共産党の役人に替えられた。これは危惧すべきことだ」といい、「僧院の会計、行事その他すべてその責任者の承認を得なければならなくなり、非常に困難な状況になっている」と続ける。このように僧院の責任者が共産党の役人にされるということがこの地区に広がっているという。

「政府は僧院の改築や増築をすべて自分たちが援助したものだと宣伝している。本当はすべて地元のチベット人が布施したものだ。政府はこのように外に対し嘘をつき、自分たちはこのように弾圧されている」という。

このチャキュン僧院では、去年2月24日にパクモ・ドゥンドゥップという20歳の若者が焼身抗議を行い、死亡している。チャキュン僧院は2008年以降様々ないじめを受け続けている。(詳しくはここここへ)

チャキュン僧院は1349年に創建された古刹であり、アムド地方でもっとも古い僧院の1つである。また、ゲルク派の創始者ジェ・ツォンカパ(1357〜1419)が出家した僧院として有名である。ダライ・ラマ法王の生地にも近い。

甘粛省甘南チベット族自治州内の133の僧院内に警察署新設

1406211236331N新設される警察署の看板を取り付ける警官。

甘粛省当局は先週、僧院監視強化の政策に従い、州内133の僧院内に新たに警察署を設けると発表した。多くの焼身抗議が発生したサンチュ県内の僧院には既に24カ所の警察署を配置し終わったとも発表した。

ワシントンベースのICT(International Campaign for Tibet)は6月20日付けリリースで、「この一連の警察署の新設は、2008年に中国政府が決定した『すべての僧院を政府の直接管理下に置き、チベット地区の市街地、農牧畜地帯双方において共産党の存在感を強化する』という政策に従ったものである」とコメントし、「このような監視強化は更なる緊張を高めるばかりである」と非難する。



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2014年06月21日

チベット人作家2人解放される

10395179_653762924710743_4974956927304102064_n刑務所前で祝福のカタを受けるブダ。

昨日6月20日、反中的文章を書いたとして、それぞれ4年の刑を受け服役していたチベット人作家2人が刑期を終え解放された。2人は四川省のメンヤン刑務所に収監されていた。

解放されたブダとザンツェ・ドゥンゴは2010年10月に「国家分裂煽動罪」により4年の刑を受けた(裁判の詳細はここへ)。2人とも『シャルドゥンリ(東方のホラ貝の山)』という雑誌に2008年のチベット全土蜂起に関する記事を発表していた。これは隠された真実を広く知らせるという趣旨で書かれたものだが、これが当局により「国家分裂を先導する文章」と見なされたのである。

『シャルドゥンリ』の編集者でもあったブダは医者である。2010年6月26日に逮捕された時も病院で勤務中であった。ザンツェ・ドゥンゴは著作以外に、地元ンガバ州キャンチュ郷に友人と共に地元で高い評価を得るデイケアセンターを運営していた。

10457538_653762854710750_135547902518561067_nザンツェ・ドゥンゴ。

同じく『シャルドゥンリ』の編集者であり、4年の刑を受けていた作家タシ・ラプテン(筆名テウラン)は今年3月29日に解放されている。

2008年以降、チベット人アイデンティティーや文化を称揚する歌手、作家、芸術家、ラマ等を当局は弾圧のターゲットとしている。

このところ、2008年以降に政治犯として逮捕され、収監されていたチベット人が続々解放されている。元政治犯との付き合いが多い私だが、彼らのほとんどは辛い刑務所暮らしや拷問が故に「観念しもう政治には関わらない」ことにしたという人ではない。解放された後も何らかの政治的活動を本土でも続けたという。「拷問されればされるほどに抵抗の意志は固くなっていった」という。

10460457_653762971377405_8816530398498095443_n_327参照:6月20日付けTCHRD(チベット人権民主センター)リリース
6月20日付けTibet Timesチベット語版
6月20日付けRFAチベット語版

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2014年06月20日

盲目の母親の悲願を叶えるため息子がリヤカーでラサまで2500キロ

imageラサから遠く離れたアムド、ルチュ(甘粛省甘南チベット族自治州碌曲)に住む85歳になるペマ・ツォは、日長一日観音菩薩の真言であるオンマニペメフンを唱え続けている。ペマ・ツォの悲願は死ぬまでにラサまで巡礼し、ラサのジョカン寺にあるジョオ(仏陀像)に祈りを捧げることであった。しかし、目が見えないことと貧しいが故にこれまで、この願いを叶えることができなかった。

今、彼女はこの悲願を達成しかけている。58歳になる息子のゴンポ・タシが母親のこの悲願を叶えてやろうと、母親をリヤカーに乗せ、ラサまで途中、数へ切れぬほどの峠や川を越え、2500キロの苦難にみちた道を進み続け、今ラサまで200キロのコンボのギャンダに到着しているという。

f40fb3f74一生に一度はラサまで巡礼に行き、ジョカン寺のジョオ像を拝観したいという思いは、特にアムドやカムの人が持つほぼ普遍的な思いだ。イスラム教のメッカ巡礼に似ている。

これは巡礼であるので、お金があるからといって簡単に車を使って行くのはご利益の少ないやり方と思われている。最高のやり方は五体投地でラサまで向かうというものだ。今でも少なからぬチベット人が実際これをやっている。このリヤカーで行くという人もたまにいるらしいが、盲目の母親を乗せ2500キロはおそらく初めてだろう。

とにかく、親孝行この上ないチベット人がいるということで、無事ラサに到着し、ペマ・ツォの悲願が叶えられることを祈る。最近は当局がチベット人のラサへの巡礼を厳しく規制していると聞く、ちゃんとジョカン寺まで辿り着けるように。

参照:6月19日付けRFAチベット語版

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2014年06月19日

チャプチャ:環境破壊に反対し多数拘束

image前回のブログでチベット自治区チャムド地区ゾガン県において、鉱山開発に反対した地元のチベット人60人が拘束された、と伝えたばかりだが、今度はアムド、チャプチャ(青海省海南チベット族自治州共和県)で地元の採石開発に反対したとして27人が拘束されているという。

6月18日付けRFA英語版によれば、今月初めに当局は地元の大理石採石場開発に反対したとしてカルセル村のチベット人27人を拘束した。

「彼らは自分たちの土地と環境を守るために開発に反対することを表明した」と地元の人が伝える。

「そして6月6日と7日にチャプチャから県の警官が村にやって来て、村の代表2人と27人のチベット人を連行していった」
「内4人はその後解放されたが、23人は今も拘束されたままだ」という。

この採石場は1989年から大理石の採掘を始めた。そして「今年、採掘の契約は切れたはずなのに、それにも関わらずさらに拡張されている」という。

また、ここもチベット人が聖山と仰ぐ山の傍であり、チベット人たちはこの採石が神々を怒らせると危惧している。

「鉱山の近くには聖なる場所がある。地元のチベット人たちはそこで地元の神々に対し、供物を捧げ、タルチョ(祈りの旗)を掲げ、香を炊く」「鳥葬場もすぐ近くにある。今では、もう鳥葬場が飲み込まれそうになっている」「カルセル村で始まったこの採石は今隣村のギャラとの境界まで達している」と地元の人は訴える。

特に抗議デモを行ったとかの情報もないし、この27人が何の容疑で連行されたのかは不明である。今も拘束されているという23人の状況も、「何人かが頭を剃られた」という話が伝わっている意外不明である。資源獲得はそれが例え大理石であろうと、中国政府の重要政策である。これに反対すれば、すぐに痛い目に遭わされる。

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2014年06月16日

投身抗議のあったゾガンで新たに60人拘束

image投身抗議・死亡したパクパ・ギェルツェン

チベット自治区チャムド地区ゾガン県では、今年初め頃より、鉱山開発を巡りこれに反対する地元チベット人と当局の対立が激化している。

5月7日にはパクパ・ギェルツェンと呼ばれるチベット人がこの鉱山開発に抗議するためにビルの屋上で自身を刀で傷つけた後、投身、死亡している。もっとも、彼は飛び込む前に「チベットに自由を!独立を!ダライ・ラマ法王帰還を!」と叫んだと伝えられる。

この事からも、チベットではこのような事件は単なる鉱山開発反対ではなく、もっと根本的な政治問題を含んだものであることを示しているといえる。

彼のこの投身を受け、その後、地元のチベット人たち数百人が政府庁舎前に2週間ほどの間座り込み、鉱山開発の中止を訴えた

そして、今回、この騒ぎが少し静まったころを見計らい、当局は改めて鉱山開発に反対したり、デモに参加したチベット人を中心に制裁を始めたようだ。

「6月8日か9日、ゾガン県の役人がトンバルの町に現れ、ゲワ村の男子と2人の長老を招集した」「インドに行った事があるものも集まるよう命令された」とRFAに現地と連絡を取ったチベット人が伝える。

「そうして集めた後、役人はそれぞれの家の家長と2人の長老、そしてインドに行った事があるものはこれからゾガンに行かねばならない」と命令したという。

彼らはその後、ゾガン県の県拘置所に収監され続け、毎日尋問を受けていると伝えられる。住民たちの内男性は依然より鉱山開発を中止させるために、現場に3人組の見張りを立てたりしていた。当局はパクパ・ギェルツェンの投身事件を含め、反対運動やデモに関わったチベット人を洗い出し、処罰しようとしていると思われる。

当局はまた、現地で厳しい情報センサーを行い、WeChatをはじめすべての交信がチェックされていると現地の人々は訴える。

参照:6月13日付けRFA英語版
6月14日 VOTチベット語放送

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2014年06月12日

ゴロで銅鉱山が排水を黄河上流に流し続け 家畜が多量に死ぬ等の毒害

1006c2北京在住のチベット人作家ウーセルさん等が証拠写真と共に伝えるところによれば、青海省ゴロ州ペマ県の聖山の麓にある銅鉱山から出る鉱毒を含んだ排水が多量に黄河の上流に直接たれ流されているという。

既にこの鉱毒により、下流域の家畜が死ぬ等の被害が続き、住民はかつてのように川の水を生活用水として使う事ができず、井戸を掘るしかなくなっている。地域の住民たちはこれまでに何度も政府にこの環境破壊と毒害について訴えたが、まったく取り合ってもらえない。そこで、住民たちは最近インターネット上にこの鉱山の公害に関する写真を上げ、街中にビラを張る等して直接世界にこの「黄河に銅毒を流している」という事実を公表したという。

この鉱山は正式には2004年から青海省ゴロ・ウェストラック銅業と言われる私有会社により開発が始められた、2013年9月には品質、環境、職場の安全性という「三標一体」と呼ばれる基準をクリヤーしたと宣伝している。中国国内の銅需要の高まりにあわせ、この鉱山は急速に巨大化していると言われる。

20140609213130-140987この鉱山に関し、この地区出身で現在台湾に在住しているラゲ・ロワン氏は次のように語る。「実際にはこの鉱山は私が小さい頃、80年代から始まっていた。鉱山の規模は次第に大きくなって、今では小さな街もできました。注目すべきは、この(銅を主に産する)鉱山はその毒を含んだ排水を直接、『古曲』(黄河上流の主要な支流の一つ)に流している事です。これにより、多量の家畜が死亡しました。現地の人たちは川の水を飲むことができなくなりました。何度も鉱山会社と関連当局に請願書を出したがまったく無視されたままです」と。

現地の人たちは写真と共にネット上に次のようなメッセージを発表している。「青海省ゴロク州のウェストラック銅業がこれらの毒物汚染水を排出して、高原に残された最後の浄土を破壊しようというのですか? 尊敬する官僚の方々、あなた方はもう十分にその腹を満たしているのではないのですか? 政府の名をつかって一般市民を脅し、一般市民の生きる場所を奪おうというのですか? おびただしい毒汚染水が黄河に排出されようとしています。母なる大河を保護するのは、政府の責任ではないのですか? どうか友人方、これを転送して、鉱山開発企業の悪辣な行為を広く知らせてください。(うらるんたさん訳)」と。

20140609213126-119649同じくこの地区出身で在アメリカのチベット人は「この企業は私営だ。現地の住民たちはこれまでに何度もこの開発を阻止しようとしたが、すべて失敗した。この会社は地方当局や省、さらに中央政府までも買収してやりたい放題だ」という。

参照:6月9日付けウーセルブログ
6月10日付けVOT中国語版

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2014年06月11日

アムドで30万人を集めるカーラチャクラ灌頂 当局厳重威嚇警備

image9日、ツー僧院に向かう大通りの様子。何台もの軍のトラックが並んでいる。

6月9日から4日間の予定で、アムド、ツー(甘粛省甘南チベット族自治州合作市)にあるツー僧院境内でセツァン・ロプサン・ペルデン(བསེ་ཚང་བློ་བཟང་དཔལ་ལྡན།)・リンポチェによるカーラチャクラ灌頂が行われている。参加者は30万人に上ると言われる。

政府から許可を得た法要であるにも関わらず、当局は大量の部隊や私服警官を使い、さまざまな威嚇と嫌がらせを行っているという。

photo3この法要はツー市一帯の21の村落が施主となって行われるが、甘粛省やツー市の高官や特に地区の政府で働くチベット人たちの支援により政府から許可を得る事ができたという。

導師であるセツァン・リンポチェがカーラチャクラ灌頂を行うのはこれで4回目である。去年6月四川省ンガバ州ゾゲ(ゾルゲ)で行ったときには30万人が集まったとされる。今回当局は会場が狭いという理由で参加者を20万人までに規制すると発表しているが、今回も四川省、青海省、甘粛省を中心に30万人以上が参加するものと思われている。

1-cvcxセツァン・ロプサン・ペルデン・チュキ・ドルジェ・リンポチェは1938年アムド、レゴンに生まれ、今年77歳。4歳の時5世パンチェン・ラマの系譜につながる転生者と認定され、デブン僧院等で学んだ。中国によるチベット侵略後、1979年まで20年ほどの間、強制労働所等に収監されていた。解放後、今に至るまで各種教育機関で指導的役割を担っている。

参加者の1人は「警官隊や軍隊、私服警官や臨時警備員が大勢日夜を問わず警戒に当たっている。それぞれの県の職員はそれぞれ自分の地区の出身者を監視することが義務づけられている。チベット人は仏教の教えを聞くときにもこのように厳しい監視や嫌がらせを受けなければならない」と嘆く。

photo9セツァン・リンポチェは初日の前行説法の中で「雪山チベットは観音菩薩の浄土であるから、チベット人たちは生活の中で常に途絶える事なく(観音菩薩の真言である)「六字真言(オンマニペメフン)」を唱え、悪行を離れ善行に励み、チベット人同士争わず、盗み等行わず、団結すべきである」と説いたと伝えられる。

ダライ・ラマ法王は今年7月、インド、ラダックのレーでカーラチャクラ法要を行われる。今回の参加者数の予想は10万人という。2011年ブッダガヤで行われたときの参加者数は約20万人だったそうだ。とにかく、チベット人と、チベット文化圏の人は特にカーラチャクラ法要が開かれると聞くと駆けつける人が多い。カーラチャクラ灌頂を受ければ、今までの悪行はすべて浄化され、来生でシャンバラ王国と呼ばれる浄土に生まれことができると信じられている。このシャンバラ王国は未来に起こるとされる宇宙戦争において悪の軍団を打ち砕くとされる。

このような信仰は別にして、このカーラチャクラ灌頂は他の灌頂と違い、歴史的にダライ・ラマ等の選ばれた高僧のみが行い、その目的も仏法を一般大衆に広めると共に、民族的連帯を強めるという政治的意味合いも持つものであった。

_DSC2162_225なお、このツー僧院西側の丘にある仏塔前で2012年8月7日にドルカル・キ、2012年10月13日にタムディン・ドルジェと2人のチベット人が焼身抗議を行っている。

参照:6月9日付けTibet Timesチベット語版
6月10日付けRFA英語版
同チベット語版

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2014年06月10日

中国外相の訪印に合わせ 猛暑の中 チベット人数百人がデリーで抗議デモ

10425432_715008938559874_7776347037404266559_nデリー警察に阻止されたチベット人デモ行進。

正義を求めるデモ

6月8日、中国の王毅外相が2日間の日程でインドの首都デリーを訪問。スワラジ外相等インドの新政府要人と会談した。亡命チベット人社会最大のNGOであるチベット青年会議(TYC)はデリーの2カ所で抗議デモを行ったが、何れも警官に行動を阻止された。

昨日のデリーは最高気温47.8度。62年来の猛暑だったという。炎天下は50度を越えていたことは確かである。そんな中、デモ参加者たちは精一杯声を張り上げた。国連前で行われたデモの様子はビデオ(ここ)で見る事ができる。チベット人たちは「我々は正義を求める!」と声を張り上げた。

デモは最初中国大使館前で行われる予定になっていたが、デリー警察がこれを許さず、デモはデリーのチベットキャンプがあるマジュヌ・カ・ティーラ周辺で行われた。しかし、こちらも行進は警官隊に阻まれ路上で声を上げただけだった。

今回チベット青年会議は初めて中国外相のインド訪問を歓迎すると表明し、モディ新首相に対しチベット問題も議題にするよう求めた。「TYCは中国の王毅外相がインドを訪問することを歓迎する。主な議題は二国間の経済的利益に関するものであろうと推測するが、チベット問題についても是非話合ってほしい」とTYC議長であるテンジン・ジグメは話す。

2014-06-09T002709Z_2_LYNXMPEA58002_RTROPTP_2_INDIA6月8日、インドのスワラジ外相と握手する中国の王毅外相(写真ロイターより)。

ここ数年、中国軍によるインド国境侵犯がしばしば起こっている。このことを踏まえTYCはモディ首相に宛てた声明の中で「インドだけでなくチベットにおいても直ちに良き変化がもたらされるよう手を貸してほしい。我々はインドの永続的平和と安全保障はチベットが自由になることによってのみ達成されると信じる。チベットから中国軍がいなくなった時に初めてインドは恒常的な中国軍の侵入と理不尽な国境紛争から解放されるのだ」と主張する。

tibetans今回のインド総選挙でモディ首相率いるインド人民党(BJP)が圧勝した原因は、主にモディ首相が行うであろう経済改革への期待からと言われる。今回の外相との会談も経済関係中心であったと伝えられる。インドは対中国貿易において大幅な赤字を被っており、これを如何に解消するかがインドの課題である。チベット問題はもちろん議題に登らなかったらしい。

センゲ首相がモディ首相の就任式に招待される

新政権がチベット問題に対しどのようなスタンスをとるのかは未だ明らかではない。ただ、今回初めてチベット亡命政府首相であるロプサン・センゲが先週行われたモディ首相の就任式に正式に招待された。センゲ首相は「招待はされていたが私は目立たないように会場の後ろの方に座ろうと思っていた。しかし、会場で招待状を見せると『最前列に座ってくれ』と言われた」という。

インドのメディアはセンゲ首相が招待されたことはその時話題にしなかった。しかし、その後センゲ首相がモディ首相の就任式に招待されたことに対し、中国政府が強い抗議の声明を発表したことでメディアの話題となった。中国は「分裂主義者のセンゲ首相を招待したことは二国間関係を悪化させた」といい、「亡命チベット人の存在が二国間関係に陰を落としている」とコメントしている。

新政権はインドの経済発展のために中国との関係を深めたいと思いつつも、今後チベットカードも使う用意があるというサインと見る事もできるであろう。

亡命政府が『中道政策キャンペーン』を始める

image先週木曜日ダライ・ラマ法王に『中道政策キャンペーン』の説明を行うセンゲ首相。

センゲ首相は先週『中道政策キャンペーン』というものを始めた。これはダライ・ラマ法王やセンゲ首相が口をすっぱくして繰り返し「我々は独立を求めておらず、チベット全域の真の自治を求めているだけである」という『中道政策』を標榜しているにも関わらず、中国政府は「ダライ14世や亡命政府の主張する『中道政策』は、偽装独立を求めるものである」と意図的に曲解し続ける状況に対し、あらためて『中道』の真の意味を世界に対し明らかにしようというものである。2010年1月を最後に途絶えたままとなっている『対話』をなんとか再会したいという強い思いの現れと言えよう。

また、このキャンペーンは内外のチベット社会でフラストレーションの高まりから『独立』を求める声が高まっていることに対し、これを牽制しようという意図も伺える。

暴力闘争が続く保証はない?

『中道』とは『弾圧』と『独立』の『中の道』であるとするセンゲ首相は一方で、ファイナンシャルタイムズのインタビューの中で「将来チベットの闘いが非暴力であり続ける保証はない」とも発言している。

これは最近、ウイグル人たちがナイフや爆弾を使った過激路線へと移行したことを受け、「チベットにおいても、完全な非暴力闘争の一形態としての焼身抗議というスタイルに変化している。しかし、弾圧がこのまま続けば先はどうなるか分からない。不幸な事態も起こりえるかも知れない」という警告を中国やチベット人社会、世界に対し発したものであろう。

参照:6月5日付けRFA英語版
6月5日付けTibet Express英語版
6月7日付けTibet Express英語版
6月7日付けTibet Timesチベット語版
6月9日付けphayul
6月9日付けRFAチベット語版
6月9日付けNewsweek 日本語版
6月9日付けNDTV


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2014年06月05日

ドゥンドゥップ・ワンチェン ついに解放される 「心は涙で一杯」と

10256225_596296117135119_2028981038612560310_n解放され故郷のバエン県コツェ村に到着したドゥンドゥップ・ワンチェン。

数日前、当局はドゥンドゥプ・ワンチェンは6月6日に甘粛省のサンチュで解放されるであろうと家族に知らせた。家族や親戚はその準備をしていた。しかし、突然、今日6月5日の午後、現在の実家である妹の家に彼が現れたという。

その後、彼の従兄弟であり、ドキュメンタリー「ジクデル(邦題『恐怖を乗り越えて』)」制作にも関わったスイス在住のギェルジョン・ツェリンがドゥンドゥップ・ワンチェンとの電話会話に成功している。

彼によれば、解放されたドゥンドゥップは非常に感情的な言い方で「今、私の心の中にあるすべのものが、涙の海の中にあるように感じる。できるだけ早くもとの元気な身体にもどるようにしたい。収監中、私を支援しつづけて下さった人々に深く感謝の意を示したい。そして、家族と再会したい。」と語ったという。

現在4人の子供たちと共にサンフランシスコに居る妻のラモ・ツォは大きな喜びを示し、「6年に及ぶ不正と、日を数え続けるという苦しみは今日終わった。ダラムサラに残る彼の両親、子供たち、そして私にとって夢のように嬉しい日です。家族がまた一つになることを望んでいます。」と語ったそうである。

Portraitギェルジョン・ツェリンは「依然として彼は当局の監視下にあるが、刑務所を出たといことで、医者を探す事はできるはずだ」と話す。

2008年北京オリンピックを前に、普通のチベット人たちのオリンピック等に対する正直な意見を集めたドキュメンタリー「ジクデル」を制作したとして6年の刑を受けていたドゥンドゥップ・ワンチェンは妻ラモ・ツォの真摯な解放キャンペーンの力もあり、世界的人権擁護団体から常に注目され、いくつかの有名な国際的人権賞も贈られている。

最後に理由不明のまま数ヶ月解放が遅らされたが、ついにドゥンドゥップ・ワンチェンが解放された。妻ラモ・ツォを中心とした彼の解放運動により刑期が短くなるということはなかったが、今はとにかく無事解放されたこと喜びたい。

今後、彼がどうやって家族のもとにたどり着けるか?が焦点だが、まずはしばらくは当局の監視も厳しいことであろう、焦らず当分は健康の回復に全力を尽くしてもらいたいとおもう。

参照:Filming Tibet プレスリリース
6月5日付けTibet Timesチベット語版

恐怖を乗り越えて・日本語字幕付き(ダイジェスト版)







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2014年06月02日

少数民族全面蜂起を想定した徹底弾圧演習

f4705fc6-d3bd-4bc3-b7ab-e12e6b00a2fd5月29日、反テロ粉砕演習

RFAなどによれば、<6・4記念日>を前に5月29日、中国は「共産党指導者のみを崇拝させる」ために少数民族暴動を想定した軍特殊部隊による分裂・テロ破壊行為を徹底的に粉砕するという演習を行い、これをテレビで放映した。

この演習は「大勢の人々が同時に至る所で暴動を始めた時、どのように対応するか」に主眼がおかれており、これをどのように十分コントロールできるかを見せ、「少数民族に恐怖心を抱かせるため」のものであるとRFAはコメントする。デモの群衆に発砲し、暴力的に逮捕するやり方をみせ、デモ参加者への発砲や暴力は当たり前に許可されている事も知らせている。

この全国版演習の3日前である5月26日には、チベットのカム、カンゼ(四川省カンゼチベット族自治州カンゼ)で、「焼身テロ」を含めた違法な行為に対する演習というものが行われた。

カンゼ地区の武装警官隊、特殊警官隊、軍隊が参加し、「焼身」「違法集会」「ハンガーストライキ」「殺人・窃盗」等の違法行為を対象に行ったという。ここでも演習の中でデモ参加者に対しす発砲が行われた。少なからぬ人数のチベット人が強制的にこの演習を見学させられたという。

参照:5月30日付けRFAチベット語版
5月27日付けTibet Timesチベット語版
5月30日付けphayul

最近、中国のテレビを見ていると、チベット人ではなく、大きな刀や出刃包丁を手にしたウイグル人が飛び出したところを、優秀な警官が見事に撃ち倒すという演習のシーンがよく流される。凶悪な国内の敵である少数民族テロ組織を一撃の下に粉砕できるのだというわけだ。どうして彼らがそのような行為を行うかなんて全く問題にされない。彼らは凶悪な犯罪人でしかない。

もう一つよく流されるのが、日本とアメリカの合同軍事演習の様子。これはいかにも明日にでも邪悪な日米が中国に戦争を仕掛けて来るがごとくに映し出される。その後、中国とロシアの合同軍事演習の様子が流され、「外の敵に対しても闘う準備は十分できている」というわけだ。何れにせよ、危機感を煽る事により共産党を中心にした漢族団結を促そうというわけだ。

24以下、カンゼにおける演習。












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