2014年07月

2014年07月24日

青蔵鉄道 ラサ〜シガツェ間開通 8月初めより

10526117_10202312293159670_1552971756649619929_n試運転中の車両。

RFAが人民日報を引用し伝えるところによれば、青蔵チベット鉄道会社は今月22日に敷設を終えたラサ〜シガツェ間の鉄道上で試験走行を行い、来月8月初めから商業運転を開始すると発表した。

中国は西部大開発の目玉プロジェクトとして2006年7月、青海省のゴルムトからラサまでの全長1956kmの鉄道を完成させた。チベットにとってこの鉄道の影響は莫大であり、北京からラサまでの大動脈ができたということで、人と物と武器の移動が自然と増大した。漢民族移民と鉱物資源搬出が加速され、武器や軍隊の大量移送が簡単となった。ラサ周辺は漢族の観光客で溢れる状態となった。チベット支配強化に貢献著しい鉄道である。

この青蔵鉄道初の延長線であるシガツェまでの全長253kmの路線は2010年9月に着工され、ことし10月の完成予定であった。海抜3600m〜4000mの高地で、たった4年間でそれも予定より早く完成させたことで、中国はこの鉄道完成に深い意義認め、強い意志を示したことになろう。

10462492_10202312293279673_5810547632536239252_n新たに作られたラサ南駅。

ラサ〜シガツェ間の列車は平均時速120km/hで運転され、途中駅の数は13カ所、所要2時間という。当局は「環境に配慮した設計と工事を行った。南西チベットに住む人々に多大な利益をもたらす」と宣伝する。これに対し、地元のチベット人たちは「漢族の移民と鉱物資源の略奪が加速されるだけだ」と嘆く。

ラサに次ぐチベット自治区第二の都市、シガツェ市の人口は約70万。ラサに比べまだまだチベット人率が高く、その90%以上がチベット人である。鉄道の開通により、今後人口比率も急速に変化することであろう。

27d7b76f-80ec-4431-b214-a3df704f0140青蔵鉄道内の漢族。

シガツェには中国が選んだパンチェン・ラマが座主であるタシルンポ僧院もある。つい先日も11世パンチェン・ラマとされるギェルツェン・ノルブがこのタシルンポを訪れ、法要を行っている。宗教支配のもう1つの拠点にもなるであろう。

インド国境にもっとも近づくこの鉄道路線がインドを刺激しないはずはない。中国の辺境鉄道の最大の目的はつねに戦略的なものであるからだ。それでなくても、インドは中印国境関係だけでもその兵力は半分以下である。「この鉄道延長により、兵員と武器を速やかに移動させる戦略的能力を得たことになる」とインドのメディアなどは憂慮を示している。

この路線はさらにネパールのカトマンドゥや、果てはインド国境沿いのルンビニまで延長されるという計画がある。今のところインドの圧力でネパール政府はこれを認めていないが、この先はわからない。

参照:7月23日付けRFAチベット語版
その他

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2014年07月19日

寒村から突然僧尼の兄弟等連行

66ad0010-08e7-49eb-9670-4e2237aaa6bd左:ギェルテン・ペルギェ、右:ゲディ。

7月9日早朝、カム、ソク・ゾン(チベット自治区ナクチュ地区ソク県)の村に大勢の警官が押し掛けチベット人3人を連行した。その後の消息は知れず、食料や衣服を届けようとした兄弟もソクに向かった後失踪した。

連行されたのは、ソク県ロンウォ郷第13村(སོག་རྫོང་རོང་པོ་ཡུལ་ཚོའི་གྲོང་ཚོ་༡༣།)カルツァ家の兄弟である僧ギェルテン・ペルギェ(རྒྱལ་བསྟན་འཕེལ་རྒྱས།29)と尼ゲディ(དགེ་སྡིས།52)、及びアムツォ家のチュダッ(ཆོས་གྲགས།59)と伝えられる。

彼らが拘束された理由を当局は明かさず、地元のチベット人たちも、推測することができないという。

彼らの兄弟の1人が、食料や衣服を届けるためにソクの街に向かったが、その後、彼の消息も途絶えたままだ。

事件の後、村と特にカルツァ家の回りは大勢の警官により囲まれ、彼らは行き交うチベット人たちを検査し、厳しく尋問しているという。

参照:7月17日付けRFAチベット語版
7月17日付けTibet Times チベット語版
7月18日付けphayul

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2014年07月18日

中国の僧院弾圧に抗議しチベット人僧侶自殺

bbea147c-5353-41ee-adb6-bda9e3e50875僧タプケ。

7月17日付けRFAによれば、アムド、サンチュ(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)にあるラプラン・タシキル僧院の若い1人の僧侶が、中国政府の宗教弾圧、特に僧侶の数を制限する等の僧院に対する規制に抗議する目的で自殺したという。

7月9日、僧タプケཐབས་མཁས、24歳は僧院を前にした森の中(RFA中国語版では「僧坊」)で首を吊った姿で発見された。

ある現地のチベット人は「彼は5歳の時からラプラン・タシキル僧院で学び続けていた。しかし、当局の僧院における僧院数制限という政策の下で、彼は僧院が行う法要に参加することができなくなっていた。他にも僧院に対し様々な制限が課されているが、これを苦にして自殺したのだと思う」と話す。

自殺する直前に僧タプケは友人に思いを語っていたという。「自分は5歳の時にラプラン僧院で僧侶となり、これまで19年間、精一杯勉強に精進し、慎ましく暮らし、おとなしく規則に従ってきた。しかし、当局は僧侶の数を制限し、これにより自分は法要に参加できない。中国はチベットの僧院に自由を与えず、様々な仕方で規制をかけ、弾圧している。僧院数制限に反対し、チベットの宗教を破壊する政策に抗議するために自分は1つ仕事をするつもりだ」と。

他の現地の人は「現在当局はラプラン・タシキル僧院の僧侶の数を999人までと決めている。僧侶は根本のラマ(ダライ・ラマ法王)の写真を持つことも許されない。いろんな困難に遭って僧侶を辞める者もいる。僧タプケが自殺したのは、チベット人と特に僧院に対する宗教弾圧が原因だ」という。

僧タプケはサンチュ県ンガクパ村の出身。父の名はジクチェ・キャプ、母の名はデキ・ドルマ。

参照:7月17日付けRFAチベット語版
同英語版
同中国語版

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2014年07月15日

ディルで尊敬を集める僧侶拘束/外国のニュースを聞けば冬虫夏草採取権利剥奪

去年秋頃から、弾圧が強まっている自治区ディル県でこんどは、地元の人々からチベット愛国者として深い尊敬を集める1人の僧侶が拘束され、それを契機に弾圧がさらに強められた。

8978C47C-1772-僧テンジン・ルンドゥプ。

現地からの報告によれば、「今年5月のラカルの日(*1)に、ディル県レンチュ郷(འབྲི་རུ་རྫོང་བརླན་ཆུ།)にあるゴム・ゴンサル僧院(འགོམ་དགོན་གསར་དགོན་པ།)の僧テンジン・ルンドゥプ(བསྟན་འཛིན་ལྷུན་གྲུབ།)はシャクチュ町に講演のために招待された。演題は地区の人々の要請に従い『民族と言語の現状』であった。その講演中に彼は警官により連行されたのだ」という。

シャクチュ郷出身の僧テンジン・ルンドゥプは他の僧院も廻りながら仏教学を深く修め、僧院では教師格の僧侶であった。また、彼は僧院内だけでなく、付近の村人たちにも呼ばれるがままに、仏教だけではなく、普通の道徳を説き、菜食を勧めていたという。彼の人徳が見込まれ、村人同士の争いの仲介役にもなっていた。されに、彼はチベットに対する忠誠心の強い僧侶としても知られ、地元の人々から篤い信頼を得ていたという。

9FA79DA2-50E2-427B-9B8D-706C3CDBEF24ナクラ鉱山開発に抗議した人々を祝福するためにカタを与える僧テンジン・ルンドゥプ。

去年5月、ディル県にあるナクラ・ザンバラと呼ばれる聖山の麓で鉱山開発が始まろうとしたとき、地元のチベット人が数千人現場に集まり抗議を行ったということがあった。この後、この抗議集会に参加したチベット人の多くが逮捕され刑を受けている。この時、僧テンジン・ルンドゥプは参加者たちを祝福するためにカタを与えるという役を行っていた。そして、この時から当局は彼をマークし続けて来たという。

D7AA2207-A55B鉱山開発に抗議し、彼により祝福された人々。

彼が連行された後、ゴム・ゴンサル僧院は部隊に囲まれ、彼の部屋が捜査されたという。その時、あるチベット人が警官に拘束の理由を尋ねたところ、警官は「彼は今日の出来事だけでなく、何年も前からいろいろと問題があることが分かっていた。特にナクラ鉱山開発反対運動の中心的人物だ」と答えたそうである。

彼の消息は現在も途絶えたままという。また、彼の拘束を契機にディル県の警察はディルの弾圧強化を宣言する公示を張り出した。それによれば、ディルのチベット人はその移動、言論、宗教の自由が制限され、特に僧侶に対しては「噂を広めないように」と警告されているという。命令に従わない僧侶は僧籍を奪われ、僧院から追放され、福祉支援を受ける権利が剥奪されるとされる。

一般チベット人に対しては、「チベット独立を求める歌を歌ったり、中国政府の政策に異議を申し立てたり、国家機密を外国に流したり、亡命チベット人社会が発するニュースを聞いたりしたときには、その人の冬虫夏草を採取する権利とすべての福祉支援を受ける権利が剥奪される」と公示されたという。

*1 ラカルの日:ラカル<白い(聖なる)水曜日>とはダライ・ラマ法王の誕生曜日が水曜日だったということで、この水曜日を特別な曜日と見なし、この日、間接的抵抗を示すために宗教、文化に関する様々な特別の行動を行う個人や団体がある。この情報を伝えた人は「5月のラカルの日」としか覚えていないらしく、日にちは未だ特定できていない。

参照:7月14日付けTibet Expressチベット語版
7月14日付けTCHRDリリース
7月14日付けRFAチベット語版


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2014年07月12日

リタン:共産党のやり方でなく西洋的やり方で問題を解決したとして拘束

a058744aカム、リタン。

最近、カム、リタン(四川省カンゼ・チベット族自治州理塘)で地域の代表的僧侶や村の代表者6、7人が県の警察により拘束され、その内数名は後に解放されたが、4人が今も拘束されたままという。

当局は拘束の理由を明らかにしていないが、地元の人々は彼らが「共産党のやり方に従わず、西洋的やり方で問題を解決したからであろう」という。

また、「彼らは普段からチベット人の連帯を説き、チベット人同士の問題とか、牧草地などの土地争いを解決する役を担って来ただけで、何の罪も犯していない。しかし、これを当局は民衆を誤った道に導いたというのだ」と話す。

ダライ・ラマ法王の誕生日辺りからこのリタンでもネットや電話が遮断され、されに軍隊が大勢、街に配置され警戒態勢が強化されているという。このせいもあり、拘束されている4人の現状を知ることができないままという。

ーーーーーーーーーー

状況が今ひとつはっきりしないせいもあり、なぜ彼らが拘束されたのかについて納得するのが難しい。今回拘束された人たちはすべて地元のチベット人たちが自発的に、自然に問題解決を頼んだ人々であろう。そして、彼らは期待される役割を担い、問題を平和的に解決して来た。このある種の民主的村落自治を当局が犯罪と判断したと見ることもできそうだ。

この人たちは共産党よりも人々から尊敬と信頼を集め、頼りとされて来た。彼らは道徳を説き、チベット人同士が仲良く、団結することを説いた。また、問題を解決する手段として暴力を使わず話合った。これは共産党のやり方ではなく、西洋風のやり方であり、故に犯罪行為というわけだ。

参照:7月11日付けTibet Timesチベット語版
7月10日付けVOT中国語版


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2014年07月11日

カム、セルタで僧侶が1人デモ

106bcf78-e08f-4db4-99ce-6e0e9d63f3b7僧シェルキャプ

7月10日付けRFAによれば、7月9日現地時間正午頃、四川省カンゼチベット族自治州セルタ県セルタ(སེར་རྟ། 色達)の中心街で1人の若い僧侶がスローガンを叫びながらチラシを撒き、その場で逮捕されたという。

この僧侶の身元はセルタ・ヌプセル僧院のシェルキャプ(ཤེར་སྐྱབས།)20歳と判明した。現地からの報告によれば、「彼は街の中心にある金馬広場で『ダライ・ラマ法王はチベットに帰還されるべきだ!チベットには自由が必要だ!』と叫びながら、沢山のチラシを撒いた。5、6分後、大勢の警官が駆けつけ、彼を逮捕した」という。

fe31574b金馬広場

また、「セルタ県警察署に連行された後、どうなったかは分からない。今、セルタ地区のネットは遮断されている」という。

僧シェルキャップは最近セルタにあるラルンガル僧院(五明仏学院)で学んでいた。ヌプセル僧院はセルタから20キロ離れており、この僧院には500人の僧侶が所属していることになっている。しかし、実際には外で学ぶ僧侶が多く、現在僧院には100人ぐらいの僧侶がいるだけという。

5d8660052012年2月のデモの際、部隊に荒々しく引きずられるチベット人。

このセルタの、特に金馬(セルタ)広場では2008年以降様々なチベット人による抵抗活動が行われている。2012年2月には大規模な抗議デモに対し部隊が無差別発砲したことにより、少なくとも2人が死亡し、大勢が負傷した。

2012年11月にはワンギェル(20)がこの広場で焼身抗議を行い、死亡した。その前2012年3月には17歳の中学生がこの広場で焼身を企て、多量のガソリンを飲んだ。が、飲み過ぎたのかその場で意識を失い倒れ、連行されたという事件もあった。

ちょうど昨日、カンゼ辺りを最近旅行したという1人の日本人旅行者が現地の様子を知らせてくれた。先のブログで当局が、7月6日の法王誕生日や現在ラダックで行われているカーラチャクラ法要に対する警戒感からネット等を遮断しているということを伝えたが、実際にそこにいた日本人は次のように話す。
カンゼですがネットと国際電話が遮断され、携帯電話も一部不通になっています。ついでに外国人は公安の渉外担当に見つかると、ホテル確認されて次の日に出て行くように言われ、もっと居させてと交渉するとビザ取り上げることになると言われます。私はずっと台灣人の友達と居たのですがずっと平気でした。しかし先日来た日本人のおじいさんで引っかかってしまい結局出ることになりました。玉樹やセルシュの方には行くなとも言われました。今日バスで離れましたが途中軍事演習が各地で行われており、とくにターゴンの軍事演習場にはかなりの数の軍隊兵隊が見かけられました。タウの町は前回行った時よりかなり強化されていました。町の入口出口には公安でも武警でもなく軍隊が銃を構えていました。


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2014年07月09日

むやみやたらと暴力を振るう中国当局 /ウーセルさん夫婦自宅軟禁

1137月7日、四川省ンガバ州ゾゲ(ゾルゲ)県ペンユル地区(སི་ཁྲོན་མཛོད་དགེ་རྫོང་བན་ཡུལ་སྡེ་བ།)の住民10数人が警官隊にめった打ちにされ、その内1人は重傷を負い成都に緊急搬送された。

この日ペンユル地区の国道上にある料金所で、地区の仏塔を造るための資材を運んでいたトラックが止められた。地区の代表と年長者たちが政府の仏塔建設の許可証を持って料金所に集まり、トラックを通過させてほしいと懇願した。

26すると警官隊がやって来て、彼らに激しい暴力を振るった。その結果、10数人の村人がゾゲの病院に担ぎ込まれ、内一人は重傷を負い成都まで緊急搬送されたという。












25
















996104_10152153226330759_1199307157668760255_nウーセルさん自宅軟禁

この事件をフェースブック等でいち早く伝えていたのは北京在住のチベット人作家ツェリン・ウーセルさんだったが、彼女は7月8日の夕方から夫である王力雄氏と共に自宅軟禁状態にされているという。この日、内モンゴルの旅から帰っていた直後、2人の監視員がマンションに現れたという。

この軟禁の理由を当局は明かさないが、ウーセルさんは現在北京を訪問中のアメリカのケリー国務長官と関係があるだろうという。彼女はアメリカ大使館から夕食会への参加を招待されているという。ケリー長官が人権問題を忘れていないことを示すためにウーセルさん等を招待したのであろうが、この情報を得た当局がそうはさせまいと取った処置であろう。

IMG_0022マンション内の監視員。

参照:7月9日付けTibet Timesチベット語版
7月9日付けウーセル・ブログ
7月9日付けAP

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2014年07月07日

ダライ・ラマ法王79歳の誕生日 ダラムサラ、レー、本土

10525752_585146111602477_6962502184638872413_n昨日はダライ・ラマ法王の79歳の誕生日であった。法王は1935年の7月6日、チベットの北東部、アムド(青海省西寧市湟中県)のタクツェ村で父チュキョン・ツェリン、母デキ・ツェリンの9番目の子供として生まれた。幼名はラモ・ドゥンドゥップであった。

実家は普通の農家だった。ただ、この農家の長男トゥプテン・ジグメ・ノルブ(タクツェル・リンポチェ)はその地方でもったも有名なクンブン僧院のリンポチェの転生者として既に選ばれ、彼が優秀であることは広く知られていた。このことが後にラモ・ドゥンドゥップ少年がダライ・ラマ13世の転生者として選ばれるきっかけの1つになったと思われる。

ともあれ、3歳になったばかりのころにラサから来たダライ・ラマ捜索隊により13世の転生者と認められ、5歳の時、チベットの指導者として正式に就任した。写真は4歳の時という。

_DSC3627_400この日、世界中で大勢のチベット人とその友人たちが、チベットの命である法王がこの世に現れたことを喜び、末永くこの世に留まられることを祈願した。法王自身は今、北インドのラダックでカーラチャクラ灌頂を受けようと集まった10万人以上を前に説法中であるが、昨日は説法の前に短いお誕生日セレモニーが行われたようである。その際リチャード・ギア氏もスピーチしたという。

ここダラムサラではツクラカン前の広場で朝9時から亡命政府主催の誕生日セレモニーが行われ、その後子供を中心にした歌と踊りの祝賀会が行われた。

以下写真を中心に昨日のダラムサラのセレモニーの様子と、ラダックのセレモニーの様子、内地の様子等をお伝えする。

_DSC3478_382セレモニーの主賓は左手のカルマパと右手のセンゲ首相に挟まれているインド人だったが、彼はダラムサラが属するヒマチャル・プラデッシュ州の運輸・食料・流通大臣であるSri G S Bal氏という。この式典に州知事からの祝辞を伝えるためにわざわざ出席されたようだ。インドでは最近支配政党が国民会議派からインド人民党(BJP)に変わったばかりである。亡命政府側もインド政府側もお互いにこの機会を利用して信頼関係を確認し合うことは重要なことというわけだ。

大臣はスピーチの中で、「ダライ・ラマ法王がダラムサラから他の地に移住されるのではないか?という噂が巷に流れているが、ヒマチャル・プラデッシュ州は決して法王を他の土地には移住させないと約束しよう」と話し、州の意志は法王がダラムサラに居住され続けることであることを明らかにした。

その他、大臣は「下ダラムサラからマクロードまでの道の整備に3千万ルピー(約5千万円)拠出する」ことを約束し、個人的に「TCVに10万ルピー(約17万円)を寄付した」そうだ。また、運輸大臣らしく細かい話だが、「チャンディガール・ダラムサラ間にボルボバス(豪華バス)が新しく投入された」ことを誇らしく語った。

_DSC3516_388ロプサン・センゲ首相はこの日のスピーチの中で「内閣が今年2014年を、法王がチベット問題と世界の平和と宗教間の調和と人間性向上に貢献されたことに対する感謝の意を示すために、『偉大なるダライ・ラマ14世の年』と設定し、年間を通じ世界中で様々なイベントを行っていると報告した。

また、「ダライ・ラマ法王の賢明な指導により、中国の支配下にありながらも現在のチベット人は地域や宗派の違いを超え、鉄の玉のように団結している。このような団結力は、近世には見られなかったことであり、それは3人の仏教王(ソンツェンガンポ王を代表とする吐蕃王朝時代、7、8世紀)がチベットを支配した時期に例えられるほどである」と語った。

さらに、センゲ首相はもう1つ「中道路線キャンペーン」というものを行っているといい、中国政府が頑に「ダライ一味は分裂主義者」と主張することに対抗し、世界に対し改めてダライ・ラマ法王と亡命政府が「独立を求めず、真の自治を求めるという中道路線」を標榜していることを知らしめるために様々なイベントを展開中であると報告し、「何れは、中国政府もこの中道の道が相互利益の道であること悟るであろう」と述べた。(声明全文はここ

_DSC3648_402セレモニーの後は地元の幼稚園から高校までの生徒によるこの日を喜ぶ歌と踊りが披露された。









10426883_10152211845867616_4012169326352532604_nPhoto/Manuel Bauer 

ダライ・ラマ法王自身はこの日、ラダックのレーで誕生日を迎えられた。レーにはこれから法王を導師に行われる第33回カーラチャクラ灌頂を受けようと現時点で10万8千人が集まっているという。灌頂が始まる頃にはもっと増えることであろう。

セレモニーの席上法王は最初に「ラダックの人、チベット人、外国からの参加者たちが私の安寧を願い祈りを捧げてくれている。ここにはいないが、特に私と特別の関係を持つ、その多くは私に対する信心や支持を表明できないチベットの人々とあなた方は結びついている。あなた方すべてに幸あらんことを。ロシアでもモンゴルでも台湾でも、そして内地チベットでも祝賀会が行われていると信じる」と語られた。

2014-07-06-Kalachakra-G02ハリウッドスターのリチャード・ギアはこのカーラチャクラ法要の常連であるが、今回も4千人の外人を代表しスピーチを行った。彼は法要の間中、壇上一番目立つところに座らされている。「33年前に初めてダラムサラで法王と出会った後、ラダックを訪問し、世界で一番美しい場所と感じた」そうである。また、「法王と同時代に生き、法王のことを知るという機会に恵まれただけでなく、こうして直接に教えを聞くことができることをこの上ない幸運と感じる」と述べた。

ところで、セレモニーの最中、人だけでなくチベットの神々も法王の誕生日を祝すために参加したようである。リチャード・ギアが話をする直前に1人のトランス状態となった地元の女性が法王の前に進みでて足下に頂礼したという。これはチベットの守護神であるパルデン・ラモが彼女に憑依して法王への祝福を表明したものと解釈された。

また、法王が話をされようとしたときには、これもトランス状態になった1人の男性が進みでて同様の仕草を行ったという。これに対し法王は「これはティソンデチェン王に縁のあるニェンチェン・タンラの神が挨拶に来たに違いない」と解釈されたそうである。

この辺の参照:7月7日付けTibet Net

jpg-largeアムド、ルチュで法王の誕生日を祝うチベット人たち。

本土チベットの話に移る。RFAによれば、中国政府は法王の誕生日とラダックにおけるカーラチャクラ法要に鑑み、一部地域のネットを遮断し、チベット人が祝賀のために集まることを厳しく監視しているという。ではあるが、それにも関わらず、多くのチベット人がこの日、聖なる丘で焼香を行い、ルンタを投げ上げ、新しいタルチョを付け替え、僧院では特別の法要を行い、放生を行ったり、肉を断つ等様々方法で法王の長寿を祈ったという。

今のところ、事件の報告は入っていない。

_DSC3468_381以下この日の祝賀会の写真。












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2014年07月02日

デチェンで鉱山開発に抗議、負傷者、拘束者も

10514868_532867116840882_1358279446_n警官隊を前に土下座し、懇願するチベット人。

雲南省のチベット人居住地区で、聖山を破壊する鉱山開発に抗議したチベット人たちが部隊に暴力を受け、拘束される。

7月1日(*1)、雲南省デチェンチベット族自治州デチェン県ヤマ郷マルタク村(ཡུན་ནན་འཇུས་བདེ་ཆེན་རྫོང་ཁོངས་ཡ་མ་ཡུལ་ཚོ་མར་རྟག་གྲོང་།)にある銅鉱山の拡張工事が始まるのを察知した地元のチベット人たちは、現場に座り込み、これを阻止しようとした。

数年前から始まったいたこの鉱山は地元のチベット人たちが聖山と崇める山の麓にあり、また聖湖の近くであった。水源地帯でもあり、村人たちは水が汚染され、土石流の危険が増しているという。地元の人々は当局に対しこの鉱山開発の中止を何度も訴えたが、まったく無視し続けられていた。

10481786_532867240174203_37408385_nこの日、住民たちが大勢座り込みを始め、現場の職員と言い争いが始まった。現場からの連絡を受けた当局は直ちに100人ほどの警官と武装警官を送った。

部隊は目の前で土下座して懇願する地元チベット人を蹴散らし、暴力的に村人を追い払った。その際、何人ものチベット人が負傷し、その内の1人は病院に運び込まれた。また、9人(*2)が連行されたという。

f0772b7c-8d97-4ca5-a5e4-ca1bbebfd8c1部隊は抗議者たちに向かって「このようなことを続ければ村人全員を逮捕するぞ」とか「お前らを殺していいという許可もでているんだぞ」と脅していたそうだ。これに対し、地元のチベット人たちは「拘束者の全員即時解放と鉱山開発の中止を求め続ける」という。

*1:RFA中国語版では事件発生日を6月30日と伝える。
*2:同じく中国語版では拘束者の数を3人と伝える。

10508428_532867160174211_1660688552_n参照:7月1日付けRFAチベット語版
同中国語版
7月2日付けTibet Timesチベット語版



















56c59cd0その他、チベットの鉱山開発全般については例えば過去ブログ「チベットは一級の戦利品」へ。









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