2016年12月

2016年12月11日

12月8日、マチュで中国政府に対する抗議の焼身を行い死亡したタシ・ラプテンの遺書(日本語全訳)

15325126_10208049325411906_3616981744352674677_o12月8日、アムド、マチュで中国政府に対する抗議の焼身を行い、死亡したタシ・ラプテン。

彼は中国語で遺書を残していた。母語であるチベット語ではなく中国語で書いたのは中国人にも訴えたいという思いが強かったと思われる。「13億人の人権と民主のために吶喊(時の声を上げる<中原注)したいと願うばかりです。」と書かれているから彼の訴えは、チベット人と中国人の違いを明らかにしながらも、中国人の訴えでもあることになる。

文中には日本への言及もあり、「私は日本人が好きです。敬慕しています。」と書かれている。日本人にも手を差し伸べてほしいと思っていたであろう。

すべての焼身者たちの心情をよく代弁する、素晴らしい文章と思う。彼の最後の願いが世界に届きますように。

以下、劉燕子さんのフェースブックから。
原文は最後に。
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燕のたより
(日)ルンタからの情報により、12月8日、マチュで焼身抗議したタシ・ラプテンさんの遺書を日本語に翻訳しました。中原さん、みなさん、筆がふるえながら、祈りつつ……

 12月8日、アムド・マチュで焼身抗議を行ったチベット人の遺書(試訳)。
 
私はチベット人であり、従って、中国人ではありません。でも中国のパスポートを持つチベット人として、13億人の人権と民主のために吶喊したいと願うばかりです。さらに、私は正真正銘のチベット人として、我々自身の母国と自由のために吶喊しなければならないのです!
 今日、私はいよいよこの世から去っていきますが、しかし、私たちチベット人の信仰に一層近づいていくのだと信じています。私たちは、このような方法を用いて、私たちから失われつつあり、私たちから遠ざかりつつある自分自身の母国を探し求め、取り戻すことが運命づけられているのです。私たちは焼身抗議の方法で、隔絶された自分自身の信仰と母国を呼びかけることが運命づけられています。
私たちは尊者(ダライ・ラマ法王)についていくことを願うばかりです。
私たちチベット人はただ平和的な手段で中国政府との間の問題で解決したいのです。1958年のような、中国の軍人による大虐殺や人間性を絶滅する侵略戦争が起きることなど全く望んでいません。
 また、私たちは再び「打砸抢(ダァザァチャン:暴力・破壊・掠奪」の罪をなすりつけられたくありません(2008年3月のチベット抗議蜂起の時に当局が「打砸抢」を繰り返して罪をなすりつけた)。あの2008年、中国国内の漢人以外に、世界では私たちチベット人が「打砸抢」をやったなどと、ほとんど誰も信じていませんでした。
それは、中国内の漢人の大半は既に洗脳されているからです。中華人民共和国の樹立から、彼らはずっとマンド・コントロールの状態に置かれ、偉大なる指導者を思い慕いながら、共産党の革命歌を合唱し、「四つの近代化」を押し進めています。
2008年3月、いったい誰が「打砸抢(ダァザァチャン)」をやったのか? その真相は何か? まさしく中国当局に派遣された武装警察と軍がチベット全域で「打砸抢殺(ダァザァチャンシャァ)」の「政治運動」を繰り広げたのでした。
 昔、中国人は日本人に「三光政策」をされたと非難するが、もしかしたら、作り話にすぎないかもしれない。もしかしたら、本当にあった悲劇かもしれない。その真偽のほどは、私には分からない。しかし、私は一チベット人として、日本人に対して歴史的な憎悪など抱いていません。私は日本人が好きです。敬慕しています。
だが、中国軍がチベット地域、とりわけチベットの各寺院に対してこのような「(三光)政策」を実行したのは本当です。彼らは私たち一般のチベット人から僧侶まで手あたり次第に殴りつけ、仏像を叩き壊し、寺院の文化財を掠奪しました。尼僧や僧侶、若き学生、またラサに向かう巡礼者を虐殺しました。
1958年はチベットの僧院を放火し、今は戦車とブルドーザーで破壊しています。近年、武装警察、および武装警察の制服を着た部隊が派遣され、多くの寺院、および寺院の周りの僧房は戦車とブルドーザーによりことごとく廃墟にされています。
最後にみなさんにお伝えしたい。私が冗談を述べているなどと、決して思わないでください。私は真摯に訴えます。分かってください。私たちチベット人は決して死を恐れません。だが、平和的に解決したいのです。そのため、私も、やむを得ず焼身抗議の方法を選びます。人々に告げ知らせたいのです。私たちチベット人は、思いやりやいたわりを求めています。自分自身の土地で真に人間らしくしっかりと生きていかねばならないのです。
チベット人万歳! ダライ・ラマ法王万歳!
          2016年12月8日、マチュにおいて、火鳥

中:12月8日 玛曲抗议自焚的扎西留下一份中文遗书。信息来自隆达。笔者翻译成日文。手指颤抖,不住地祷告……


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2016年12月09日

<速報>アムド、マチュで新たな焼身抗議 152人目 / 2児の父 従兄弟の焼身現場で

5AEC831B-B80E-4906-9C25-BCE0AF695F0C_w987_r1_s昨日、12月8日現地時間午後6時頃、アムド、マチュ(མདོ་སྨད་རྨ་ཆུའི་རྫོང། 甘粛省甘南チベット族自治州瑪曲県瑪曲)の街中の歩道の上でチベット人が焼身した。

スマホでこれを撮影したと思われる映像がフェースブックにいくつかあげられている。その中には焼身者が炎に包まれながら前へ歩く姿や、街路樹のそばに倒れこみ、手を空に向けたままの姿勢で燃え盛る炎の中で動かなくなっている、というものある。

1人の女性が近づき「ダライ・ラマ法王よ照覧したまえ。この方が悪趣に落ちることから守りたまえ。中有においても守りたまえ」と唱えている姿が映っている。子供が近づき、じっと燃えるその人を見つめているというのもある。しかし、かつてよく見られたように、目撃したチベット人たちが焼身者を取り囲み、お経をあげながら見守り、当局が遺体を持っていかないようにする、というシーンは今回は見られなかった。

1日経つが、今の所この焼身者の氏名等の詳細は未だ明らかになっていない。「当局が持ち去り、死亡が確認された」という情報だけ入っている。

ビデオだけでは、この焼身が何の目的で行われたのかは判明しない。しかし、チベットでは2009年から焼身という形で中国共産党のチベット政策に対する決死の抗議が続いている。しかし、今年に入り3月23日に四川省アバ・チャン族自治州ゾルゲ県で、5人の子を持つ50才の女性が焼身抗議を行って以来、およそ8ヶ月半抗議の焼身は発生しておらず、ほとんどの人は「すでにチベット人の焼身抗議は終わった」と思っていたはずである。今回の焼身も中国政府への抗議と思われる。

ほとんどの焼身者は最後に「チベットに自由を!ダライ・ラマ法王がチベットに戻られますように!」と叫んでいる。チベットにおける中国共産党による政治・人権弾圧は続いており、状況は全く良くなっていない。この状況が続く限り、焼身抗議も続くかもしれない。

この焼身は本土チベットで146人目、外地の6人を合わせ152人目となる。

チベットの焼身抗議については私の拙著を参考にして頂ければと思います。 

マチュでの焼身はおそらく2人目であろう。マチュは焼身の多いところではない。ただ、マチュで2012年3月3日に焼身・死亡した19才の女子中学生ツェリン・キが私には特に気になっており、映画『ルンタ』でも取り上げて頂いたし、共同通信さんには本土まで行き、お母さんにインタビューもして頂いた。その時の記事を是非読んでいただきたい。

参照:12月8日付Tibet Timesチベット語版


続報:焼身者の氏名が判明した。タシ・ラプテン(བཀྲ་ཤིས་རབ་བརྟན། 、31歳)。

彼はなんと、上で引用したツェリン・キの従兄弟という。ツェリン・キのお父さんとタシ・ラプテンのお父さんが兄弟とのこと。そして、彼が焼身した場所はツェリン・キが4年半前に焼身した場所と同じという。そこは小さな野菜市場であり、私は何度かそこに足を運んでいる。タシがガソリンを被った場所もツェリン・キがそうしたと言われる野菜市場の奥にある公衆トイレとのこと。

彼は前の道に出て火をつけた。周りの人たちが「ダライ・ラマ法王に長寿を!チベットにご帰還あれ!」と彼が炎に包まれながら叫んだのを聞いた。

今日になり、家族が当局に回収された遺体の引き渡しを求めて警察に行ったが、遺体の引き渡しを拒否され、さらに妻と2人の子供、一緒に行った親戚全員が拘束されたという。

参照:12月9日付TCHRCリリース

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続報その2(12月10日)9日付RFA英語版チベット語版に、新たな情報が含まれていたので追記する。

RFAによれば、タシ・ラプテンの年齢は33歳。子供の数は2人でなく3人という(VOAは2人と)。
出身地はマチュ県トコメマ地区カシュル郷ダクト村(རྨ་ཆུའི་ཁྲོ་ཁོ་སྨད་མའི་བྲག་ཐོ་རུ་ཆེན། )。
父の名はタンペ、母の名はドルカル・キ。

目撃者がRFAに伝えたことろによれば、タシ・ラプテンは焼身中、「チベットの自由とダライ・ラマ法王の帰還」を訴えただけでなく、「パンチェン・ラマの解放」も訴えたという。

事件後、多数の警官と武警が彼の家に押しかけ、家族を詰問し、「タシ・ラプテンの焼身は家庭内の問題が原因であり、中国政府とは何の関係もない」と認めることを強要したという。その後、妻と子子供も警察に連行された。

親戚の何人かが、警察署に遺体の引き渡しを求めるために向かったが、ソナム・イェシェなど数名がそのまま拘束された。

現在、マチュ市内とダクト村には大勢の警官と武警が出動し、緊張が高まっているという。

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参照:12月10日付 VOA

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