2015年05月24日

ウーセル・ブログ「隠喩としてのチベタン・マスティフ」

ちょうど今日、朝日新聞が『ブーム去り、悲惨な運命たどる中国のチベット犬』と題されたニューヨークタイムズの記事を日本語に翻訳したものをネット上で発信しているのが目にとまった。4月19日付けのこの元記事はチベット関係者の中ですぐに話題となっていた。

このニューヨークタイムズの記事は愛犬擁護的視点から書かれているが、チベット人たちの視点はもっと複雑なものであった。

ウーセルさんは5月6日のブログでこの記事を受け、この悲しいチベタン・マスティフの運命がどれほど今のチベット人の運命と重なっているかということを説かれている。

原文:唯色;作为隐喻的藏獒
翻訳:@yuntaitaiさん

◎隠喩としてのチベタン・マスティフ

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(写真説明)ネットから転載した2011年11月28日のニュース……牛という名の男性は北京の南四環でチベタン・マスティフ基地を経営していると言った。基地内で交配させるため、彼はわざわざ純血種のチベタン・マスティフを探してきた。交配が1回成功するごとに5万元(約98万円)以上が必要だ。ジェクンドからの客人とチベタン・マスティフ2匹をもてなすため、彼は特に美女とBMWを用意したという。


「中国の富裕層はもはやチベタン・マスティフをペットとして飼わなくなった。北京の動物愛護活動家が止めなければ、かつて破格の高値で売り出されていたチベタン・マスティフは5ドル(約600円)相当の安値で処理場に売られ、火鍋の食材やフェイクレザー、防寒手袋の裏地になるところだった」

盛んに議論されているこの4月19日付ニューヨークタイムズの記事を読んだ時、私は全く驚かなかった。故郷から連れ去られたチベット高原のシンボル的動物、チベタン・マスティフにこうした結末があり得ることは、早くから分かっていた。ただ、全ての悲劇のうち最もやりきれないこの結末はあまりにも早く訪れたと言わざるを得ない。ジェクンド(青海省玉樹)の友人は2年前、親戚がチベタン・マスティフを400万元(約7800万円)で河南人の業者に売ったと話していた。業者は先に200万元を支払い、残りの200万元は転売後に支払うという話だった。値上がりを待って転売するジェクンドのチベタン・マスティフも、今では火鍋の中の肉片へと変わり果てたのだろうか?

IMG_8598ジェクンドは純血種のチベタン・マスティフの故郷だといわれる。こうした言い方はジェクンドのチベタン・マスティフを大々的に売買している各地の投機家から出ているようだ。5年前のジェクンド地震後には、「消防救援」のオレンジ色の制服を着た救援隊までもが公然とチベタン・マスティフの子犬を盗み、現場でボランティアに写真を撮られていた。多くの人は今でもこのことを信じようとはしない。救援活動に参加したメディア関係者の文涛氏は当時、ツイッターで「チベタン・マスティフ泥棒は本当だ。自分の利益のために活動している」と書いた。あるチベット人ボランティアは「ボランティアにかこつけてチベタン・マスティフを盗んだ者もいたし、金持ちの財産を掘り返したグループもいた」と暴露した。

ジェクンドだけではなく、ラサを含むチベット全土にいわゆるチベタン・マスティフ基地があふれている。解放軍や武装警察などの軍警組織が設置したものも多く、それらはチベタン・マスティフの飼育や訓練、売買を手掛ける大手だ。規模は大きく、飼育数も多い。私は以前、ラサからクンガ空港に向かう旧道沿いの巨大基地について見聞きしたことがある。武装警察消防部に属する施設で、腐敗は並大抵ではないという。

rdn_4ecafc816b02eチベタン・マスティフ熱の盛り上がりを前に、チベット人のペマ・ツェテン監督は2011年、映画「オールド・ドッグ」でチベット人の悲鳴を描いた。父親はチベタン・マスティフへの感情を大事にし、犬の売買を禁じた伝統を守り続ける。息子はそれを売って金を手に入れようとし、業者は金持ちにペットとして転売しようとする。老いた父は最後、身を切る思いで犬を殺す。

コロンビア大学アジア研究所のツェリン・シャキャ教授は映画評の中で次のように書いた。「この映画は(文化大革命ではなく)中国経済の変化がチベット(あるいはほかの民族)の文化を侵食し、不安定を生み出していることを考察している。(中略)『オールド・ドッグ』は今日のチベットの情景に対するチベット人の見方を紹介している。(中略)この映画には国家による侵犯の大きさを物語るモチーフがあふれている。私有化された経済、土地の剥奪を象徴する金網。都会に行けば犬はより良い暮らしができるのだと言って老人を説得しようとする業者(老人は「それなら都会の人は何を恐れているんだ?」と答えた)。強欲と商業的な日和見主義によってかすめ取られていく貧者の宝」

実のところ、チベタン・マスティフが中国各地に連れて行かれてペットになったことは、いっそう隠喩のようになっている。簡単にいえば、隠喩としてのチベタン・マスティフが明らかにしているのはチベット人の運命だ。私はこれに関連して、2008年3月に起きたチベット全土の抗議がもたらした民族関係の変化について、「もともとペットと人の関係だった」という記事の中で次のように書いた。

「青蔵高原の最も有名な動物で、とても珍しく貴重なチベタン・マスティフと同じだ。中国の大金持ちや見えっ張りは争うように大枚をはたいてペットにし、毎日たくさんの肉を与えている。しかしある日、チベタン・マスティフは突然かんしゃくを起こし、もともと主人ではなかったこの飼い主にかみつき、憤慨されてたちどころに殺されてしまう。中国の新聞にはいつもそんなニュースが載っている。これはまさにチベット人と中国人の関係だ。これこそ中国社会の民族間の基本的な関係だ。チベット人がもしペットの地位に満足するなら、漢人は以前と同じ深い愛情を持ってチベットに接してくれるだろう。好きな猫や犬などのペットに喜んで餌を与えるように、漢人はチベットへの『熱愛』を続けるだろう。しかし人はペットではない。ペットに自分の意志はないが、人には自分の意志がある。チベット人がペットになるのを望まないのは、その結末が自己喪失だからであり、最終的にチベットを失ってしまうからだ。

したがってチベット人がペットの地位に満足しなかったり、ペットの運命を受け入れず、人としてチベット人として勇敢に抵抗したりするだけで、面倒な事態を引き起こしてしまうだろう。実際、もう面倒な事態になっている。例えば逮捕されたり、監禁されたり、虐待されたりし、ひどい場合には虐殺される。これは国家から懲罰を受けるということだ。民間の漢人についていえば、彼らの変わり身の速さも真相を教えてくれる。チベット人は人にはなれないというのが事の真相だ。人になろうとすれば死地に追いやられるだけだ」

IMG_8969(写真説明、中原)チベットの有名歌手シェルテンも以下に書かれてる画像をシェアしているというもの。

隠喩は今も続いている。高値を付けたチベタン・マスティフが今では耐え難い仕打ちを受けているため、教養あるチベット人、特に有名人たちはSNS上で1枚の画像を次々とシェアしている。画像には1匹の黒いチベタン・マスティフの姿と広大な緑の草原が写っており、中国語と英語で「あなたを草原に連れて帰る」と書かれている。実際には、中国各地に売られたチベタン・マスティフを草原に連れて帰るのは決して容易なことではない。長期間にわたって交雑され、シリカゲルで整形されたチベタン・マスティフは姿も性格も変わり果てている。一部を草原に連れて帰れたとしても、チベタン・マスティフの変異を引き起こし、さらに混乱をもたらすのではないか?
詩人のガデ・ツェランが数年前に書いた「チベタン・マスティフの死」の最後の一節こそ真実だと私は考えている。

「私はもともと、陶酔するようにこの物語の中から何かを見いだそうと思っていた。例えばチベット人とチベタン・マスティフの間の感動的な営みだ。最終的に私はこの慈悲の奥底にある裏切りをこれ以上探求しようとは思わなくなったし、現実的な意義を持つ社会的意図をほのめかそうとも思わなくなった。これは思いもよらない結末であり、私が何度も輪廻転生した故郷、チベット高原で起きたことだ。人々は今、確かにチベタン・マスティフを恋しがっている。だが確かなのは、彼らがそれでもこの道を走り続け、両手が空になるまでずっと何かを売っていくだろうということだ!」

2015年5月 (RFA特約評論)



rftibet at 16:22│Comments(0)TrackBack(0)

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