チベット内地情報

2013年11月23日

焼身抗議に関連しザムタン・チョナン僧院僧侶に4年半の刑

ホルツァン・タムディン11月22日付けTibet Timesの中、在ダラムサラのツァンヤン・ギャンツォが伝えるところによれば、最近四川省ンガバ州ザムタン県の裁判所はチョナン僧院ツァンパ学堂の戒律師ホルツァン・タムディン(ཧོར་གཙང་རྟ་མགྲིན།)に4年半の刑を言い渡した。

ザムタンでは2012年中に6人が相次いで焼身抗議を行っている。僧ホルツァン・タムディンは焼身者の葬儀が行われる度に指導的役割を担い、焼身者たちの遺言である「チベット人団結」を訴え、これを提唱する人たちは「雪山チベット人が讃えるべき人々」であると言ったという。このような言動から中国当局は彼を「祖国分裂を煽動し、チベット独立を唱えた」と見なし、4月24日に彼を拘束していた。

僧ホルツァン・タムディンはザムタン県バルマ郷ツァンデ村の出身。彼はチョナン僧院ツァンパ学堂の戒律師であった。

彼は「慈悲基金」という協会を創立し、地域の身体障害者、孤児、病人、貧困者などを援助する活動を行っていた。この協会の宣伝、資金集めのために中国本土各地に赴き講演会等も行っている。

foundation_for_a僧ホルツァン・タムディンが大連に行き慈悲の心を奨励する集会を行っているという写真。

また、彼はタンカ(チベット仏画)の絵師でもあり、中国本土でタンカの展覧会を何度か開いていた。さらに、彼は著作も行い、「3月10日(蜂起)記念日への思い༼གསུམ་བཅུའི་དུས་དྲན་ཉིན་གྱི་སེམས་ཚོར་༽」という詩の中で「今日は3月10日(蜂起)記念日だ。心に受けた痛みを思い出す。身体に受けた傷を思い出す。亡くなった同胞の苦しみを思い出す。解放軍進撃の音を思い出す。年輪を重ねた苦しみを思い出す」と歌う。

「ラサへの思い༼ལྷ་ས་དང་སྦྱར་བའི་སེམས་ཚོར་༽」という詩の中では「ラサはどこにあるのか?ラサは危険な場所にある。ラサはどこにあるのか?ラサは他人の手の中にある。ラサはどこにあるのか?ラサは憂慮すべき場所にある。ラサはどこにあるのか?ラサは武装警官の手に落ちた。ラサはどこにあるのか?ラサは監視される場所。ラサはどこにあるのか?ラサは涙の中にある」と歌う。

ザムタン僧院ザムタン僧院。

ザムタンでは焼身に関わったとして、これまでに40人ほどが拘束され、様々な拷問を受けた。その内20人ほどは数ヶ月拘禁された後解放されたが、依然20人ほどが拘束されたままと言われる。ただ、ザムタン全域に渡りすでに8ヶ月以上ネット等の通信手段が遮断されたままであり、拘束者の氏名等の詳細は伝わっていない。

焼身が続いた後、ザムタン僧院には大勢の武装警官隊、警察隊が常駐し、僧侶たちに対し様々な嫌がらせを行い、「僧院で新たな仏像を作ってはならない。最近造った仏像は壊せ」という命令も出ているが、高僧たちが役人に掛け合い、この事態は今のところ回避できているという。

また、当局は「チョナン派は亡命政府により差別され続けて来た。だから、もう目を覚まして中国政府に付くべきだ。それに比べ、先代のパンチェン・ラマはチョナン派を正当な宗派として公平に扱った。このことを思い出し、僧院は今の(中国が認定した)パンチェン・ラマ11世をお迎えすべきだ」と言うが、僧院側はまったく耳を貸さないという。

その他参照:11月22日付けTibet Express チベット語版
11月22日付けRFAチベット語版
同英語版
11月23日付けphayul

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2013年11月15日

ディルでチベットの自由を求めるビラが張り出され 3人連行

10月初め以来緊張が続くチベット自治区ナクチュ地区ディル県で10月12日にチベットの自由を求めるビラを張り出したという容疑で3人が連行されていたことが判明した。

連行されたのはディル県シャクチュ郷出身のソナム・ドゥンドゥップ(19)、ツェリン・タシ(18)、チョクサル。ある情報によれば、張り紙には「チベットは独立すべきだ。中国人は出て行け。チベットには人権が必要だ」と書かれていたという。

家族等は彼らへの面会が許されていない。全部で170戸と言われるシャクチュ村には事件以来80人以上の武装警官隊が常駐し、厳しい警戒を行っているという。

ディルでは10月初めに当局が中国国旗掲揚を強要し、これを地元のチベット人住民たちが拒否、国旗を川に流して以来、緊張が続き、これまでに2カ所で部隊による発砲事件が起こり、4人が死亡し、大勢が負傷している。また、これまでに数十人が拘束されている。

ソク県で外国と連絡を取ったとして1人拘束

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同じナクチュ地区、ディル県の北隣にあるソク県で11月11日、トゥプギェル(又はトゥプテン・ギェルツェン)27歳が当局に連行され、その後行方不明となっている。

連行されるとき警察は理由を明かしてないが、地元の人たちは彼が外国のチベット人と連絡を取ったからではないか、と話している。

トゥプギェルはソク県チュンパ・ギェルツェン郷第5村の出身。父の名はテンペー・ギェルツェン、母の名はトゥプテン・チュジン。彼は普段商売をしていたという。

中国国旗掲揚台を破壊

最近、カム、カンゼにおいても中国当局は中国国旗掲揚を強要しているが、そんな中、カンゼ県ドンコル郷内数ヵ村の集会場の前に掲揚されていた中国国旗が掲揚台ごと何度も壊されるということが起った。壊される度に役人が来てまた作り直しているという。いまのところ逮捕者はでていないようだが、これから捜査が始まると思われる。

その他、カンゼでは最近尼僧約200人が集まり、焼身抗議者を弔う法要を行ったと言われる。

参照:11月13日付けRFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/posters-11142013164812.html
11月14日付け同チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/tibet/thupten-gyaltsen-from-sog-county-was-arrested-by-chinese-police-11142013094746.html
11月14日付けTibet Timesチベット語版http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=8276
11月14日付けTibet Express チベット語版http://www.tibetexpress.net/bo/home/2010-02-04-05-37-19/11240-2013-11-14-09-38-55
11月14日付けphayul http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=34226&article=A+Tibetan+arrested+in+Sog+County

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2013年11月12日

昨日焼身した僧ツェリン・ギェルが亡くなる 内地焼身死亡者105人目

12.11.vigil

Tibet Timesによれば、昨日11月11日に青海省ゴロ州ペマ県で焼身したアキョン僧院僧侶ツェリン・ギェルは午後10時頃西寧の病院に転送される途中で死亡した。これで内地焼身者122人の内105人が亡くなったことになる。

昨日中に伝えられた追加情報を昨日のブログに<追記>してある。

遺体は夜中の12時頃にアキョン僧院に運び込まれた。今回は当局は病院への同伴者も承諾し、遺体もおとなしくチベット側に引き渡したようだ。アキョン僧院には現在近くの僧院僧侶や地域のチベット人が大勢集まり法要が行われているという。当局も部隊を街や僧院に派遣し警戒を行っている。

00255アキョン僧院

彼はペマの街の中心にある八葉蓮華モニュメントの近くで焼身し、政府庁舎に向かって10歩ほど歩き倒れたという。その時「ダライ・ラマ法王よ思し召しあれ!རྒྱལ་བ་བསྟན་འཛིན་རྒྱ་མཚོ་མཁྱེན།」と叫んだと伝えられる。

同じ場所で2012年12月3日、僧ロプサン・ゲンドゥン(29)が焼身している。

00175彼は焼身の前に遺書を残していた。この遺書を手書きで写したというものが外に伝わった。焼身の目的は「内外のチベット人が再び一緒になれるためだ」と書かれていた。これにはもちろんダライ・ラマの帰還が含まれている。




以下その全文訳:
私が今日焼身を行うのは内外のチベット人が再び一緒になれるためだ。チベット人同士団結し、チベット語(会話)と文字、慣習、伝統をしっかり守ってくれることが私の望みだ。そうすれば内外のチベット人が再び再会できると信じる。


00330慰問のため僧ツェリン・ギェルの実家にチベット人たちが集まる。











1Map_TsampaRevolution_20131111_EN_sans内地焼身抗議発生地等地図(Tsampa Revolution制作)。画像、写真をクリックすれば何れも大きくなる。












1452060_692745797404104_1682022250_n内地焼身者顔写真(Gurbum Tibet Gyalo制作)



















1463929_10152091417640337_1789130944_n僧ツェリン・ギェルに捧げる井早智代さんの絵。

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2013年11月09日

続く五星紅旗掲揚強要

中国国旗
チベット民家の上に掲げられる五星紅旗。カム、デルゲ県コルロド郷(写真RFAより、日付不明)。

今日から北京では第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)が始まった。先進国を中心に海外ではこの会議で「政治改革」について話し合われるのではないか、というほのかな期待も持たれている。8日付けロイターによれば、このような期待をあざ笑うかのように中国共産党は8日付け人民日報を通じ、「中国は党の指導の下でのみ繁栄できると指摘。『中国の特色ある社会主義』の道を歩み続けると表明し、党による統治を脅かしかねない欧米式の政治システムを模倣することはないとの認識を示した」という。さらに政治改革を求める内外の個人、組織、国を「敵対勢力」と呼び、彼らは「中国共産党の執政党としての地位を否定するために党を悪魔化している」と敵対感、警戒感、嫌悪感を露にしている。

ダライ・ラマ法王は習近平政権に期待を寄せ、「中国は良き方向に向かうであろう、より現実的になるであろう、私は将来について楽天的だ」とおっしゃるが、現実はまさに逆方向に向かっているようにしか見えない。

ウイグル人、チベット人に対しても増々締め付けを強化している。その一環であろうが、最近当局は「愛国再教育」と共に「五星紅旗掲揚強要」という新しいいじめ、嫌がらせをチベット各地で初めている。他民族に「五星紅旗掲揚」を強いることは、つまり彼らに「中国共産党に完全に降参していることを示せ」ということである。

これはまずチベット自治区のチャムド地区で始められた。これに逆らった僧院や村落が厳しい弾圧の対象となっている。今年10月始めには同じく自治区ナクチュ地区ディル県でこの「強要」が行われ、これに反発した村人たちが与えられた五星紅旗をすべて川に投げ捨てるという事件が起こり、これを契機に住民と部隊が衝突し部隊の発砲により、4人が死亡し50人以上が負傷している。ディルでは今も住民の抵抗が続き、多くのチベット人が逮捕されている。

10月13日にはアムド、チェンツァの村で五星紅旗掲揚強要が行われたが、300戸の内15戸のみがこれに従ったと報告されている。

11月8日付けRFAによれば、新たに今週カンゼ州カンゼ県とジェクンド州ザトゥ県でもこの国旗掲揚強要が行われたという。もっとも、両方ともこれに従った人は皆無と伝えられる。

カンゼ県ドンコル郷の住民が木曜日、RFAに伝えたところによれば、「昨日か一昨日からドンコル郷の役人がドンコル郷の住民を集めて、それぞれの民家の上に中国国旗を掲揚することの重要性を説いた」、「しかし、集会に参加した住民は、過去に中国国旗など一度も掲げたことなどないといい、これを強く拒否した」という。

これに対し、役人たちは「他の地域の住民はすでにこれに応じている。従えば、政府からの援助が得られるであろう。拒否すれば、その結果は自分たちにも分からないようなことになるぞ」と答えたという。

鉱山開発を巡り、住民の抵抗が続くジェクンド州ザトゥ県では県政府から「チベット人の家や僧院の上に国旗を掲揚せよ」とう命令書が出されたという。

「これまでは、政府に抗議するデモに参加したチベット人たちの家に国旗を掲げることが強要されただけだった。これからはすべてのチベット人にこれが強要されるのではないかと人々は心配している」「政府職員の家庭や政府から援助を得ている家庭はこれを率先して行うようにと言われている」「しかし、だれもこれに従う者はいない」と現地の住民は報告する。

このままこのキャンペーン?が広がれば、また衝突の原因になることであろう。これも一種の「踏み絵」なのであろうが、ほんとうに問題を増やすのに熱心な共産党である。

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2013年11月03日

ウーセル・ブログ <チャムド:「採掘を妨害するなら、僧院を閉鎖し、村人を逮捕する」>

ウーセルさんは6月24日のブログで、チベット自治区チャムド地区の例を上げ、中国当局が如何にチベット人の意志と権利を無視した環境破壊を行っているかを報告する。その他、宗教自由の否定、経済活動規制の実体も報告されている。

原文:昌都:“如果阻拦开矿,寺院关闭,村民要抓”
翻訳:@yuntaitaiさん

◎チャムド:「採掘を妨害するなら、僧院を閉鎖し、村人を逮捕する」

ウーセル1

2007に撮影したチャムドの玉竜銅鉱

ウーセル2

現在の玉竜銅鉱(写真はネットから)

現地住民からの報告によると、チャムド地区はあらゆる団体の職員・労働者、小中高生、学生、退職者のコルラや巡礼を禁じた。宗教的な祭日になると、管理は更に厳しくなる。少し前のサカダワ(チベット仏教でもっとも聖なる月。チベット暦の4月)では、当局は事前に会議を開き、仏事を禁止する通知を出した。小学生は学校と教師から「僧院へお参りに行ってはいけない、スンドゥ(高僧から加持を受けたひも。中国語:金剛縄)を身に着けてはいけない、さもなくば厳罰を受ける」と警告された。各学校のチベット語教育の水準は低く、チベット語で日記をきちんと書ける生徒はほとんどいない。

チャムド県カールプ鎮のある学校の校庭には、古代の高僧タントン・ギャルポの塑像が以前から立っていた。しかし、学校の規模が絶えず拡大したため、校舎が塑像のところまで広がってきた。チャムド地区委書記のノルブ・ドゥンドゥップは昨年、「共産党の学校はタントン・ギャルポとは関係がない」と述べ、ショベルカーを出して塑像を撤去し、川に捨てさせてしまった。地元の住民は皆、「文化大革命の再来だ。役人は紅衛兵よりもずっとひどい」とののしった。

チャムド地区もラサと同様に、大々的な土木工事で「都市建設」を進めている。今、1950年の「チャムド戦役」を記念する「解散広場」を整備しており、解放軍がチャムドを「解放」する姿を表現した彫刻もつくるという。

チャムド地区では鉱山開発と水力発電所建設が広がっており、非常に深刻だ。ジョンダ県チュニド郷の玉竜銅鉱は10年近く採掘を続けており、銅の埋蔵量は「中国で2番目」だと考えられている。(地区内で鉱山開発を手がける)大型の中央企業には中鑪鉱産資源有限公司などがある。

チベット日報の報道によると、2013年3月20日にチャムド地区で鉱業発展大会が開かれた。チベット自治区党委の常務委員で、チャムド地区委書記のノルブ・ドゥンドゥップは「チャムドはカンティセ―ニェンチェン・タンラ鉱床生成帯とバンゴン・ツォ―怒江鉱床生成帯、羌南―ゾゴン鉱床生成帯、羌北―チャムド鉱床生成帯に位置している。既に発見、探査した鉱石は53種、鉱床は714カ所ある」と指摘したという。だが、ノルブ・ドゥンドゥップがこの時に話した別の言葉を官製メディアは報道しなかった。「採掘を妨害するなら、僧院を閉鎖し、村人を逮捕する」

マルカム県のチベット人は長年にわたり、中凱公司の採鉱に反対してきた。聖山での採鉱という問題もあったが、より深刻なのは、鉱石を抽出する化学処理の廃液が川に流れ込んだことだ。毒で魚は全て死に、村人や牛、羊は奇病にかかった。マルカム県ツァンシュ郷では2005年から2009年にかけ、飲料水が原因で26人が病死し、牛や羊の計2442頭が死んだ。2009年4月には、ツァンシュ郷の若者500人がお経を掲げ、昼夜を問わず車道に横たわり、中凱公司が採掘を続けるのを阻止した。当局が軍警を派遣して抗議者を追い払おうとした時、2000人以上の老若男女が一斉に路上に横たわった。

チベット自治区の当時の主席ペマ・ティンレーは軍警の車両計27台に守られて採鉱現場に行き、抗議者に「水は全く汚染されていない。あなた方は事実を捏造して採鉱を阻止し、党中央の西部開発政策に逆らっている。この結果はとても重大だと分かっていますか?」と話した。その時、ある老人が1杯の水を差し出し、「あなたにこの水を飲む勇気があるのなら、私たちは争うのをやめます」と言った。ペマ・ティンレーは怒って水をひっくり返し、机をたたいて「お前たちは造反したいのか?」と脅した。村人は「ペマ・ティンレーをやっつけろ!命がけで聖山を守ろう」と叫んだ。ペマ・ティンレーは慌ただしく立ち去るしかなかった。

この数カ月後、中凱公司は採鉱を一時停止するよう迫られた。しかし、後になってまた採鉱を始め、環境汚染を引き起こし続けた。昨年8月には、現地の1000人近いチベット人が鉱区に集まって抗議し、軍警の発砲で鎮圧された。ニマというチベット人が銃弾を受けて死亡したほか、6人が負傷した。

ゾガン県ブルトック郷では昨年7月3日、採掘に抗議したとして、9人のチベット人が逮捕された。チャムド地区ダヤップ県では、山を爆破して採鉱したため、放牧用の通り道がふさがれ、広大な耕地が汚染された。牧畜や農業に従事する住民たちは何度も関係部門に採鉱停止を求めたが、誰も取り合わなかった。

カルマパ17世の故郷、チャムド県ラトック郷で今、金鉱を中心とした採掘計画が進んでいる。メンダ郷には鉛と亜鉛が埋まっており、同じように採掘計画がある。

チャムド地区は11県を管轄している。チベット日報の報道によると、地区内では2012年末の時点で、建設中のものも含めて水力発電所が計99カ所、太陽光発電所が89カ所あった。この数字は小水力発電の数を含んでいない。中国電建集団が設計、施工した重要なエネルギー略奪プロジェクト、果多水力発電所はチャムド県ツェルべ郷のザチュ上流にあり、チャムド地区で最大の水力発電所だ。ちょうどチャムドに行ってきた漢人学者は「大小の水力発電所がとてもたくさんある。水が濁り、環境がひどく破壊されている」と私に話した。

ウーセル3

チャムドの水力発電所(写真はネットから)

チャムドへの漢人移民はますます増えており、冬虫夏草の採集についても漢人が地盤を奪っている。冬虫夏草の取引を手がける漢人幹部も多い。チベット人は移動を制限されているため、冬虫夏草を採っても現地で売るしかない。よその土地から冬虫夏草を買いに来た漢人や回族の商人の示す低価格を受け入れざるを得ず、損害を被ってもなすすべがない。

2013年6月22日 (RFA特約評論)


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2013年10月25日

焼身者の救助を妨害したとして3人に4〜5年の刑

ノルブ・ドルジェ、グルゴン
刑を受けた左ノルブ・ドルジェ、右グルゴン。

在インドの元政治犯ラモ・キャプが現地と連絡を取り明らかにしたところによれば、四川省ンガバ州キュンチュ県の中級人民法院は3人のチベット人に対し、焼身者の救助を妨害し、焼身者を死に至らしめたとして4〜5年の刑を言い渡したという。

今年1月18日ンガバ州キュンチュ県ダチェン郷の広場で2人の父ツェリン・プンツォク(別名ドゥプチョク)28歳が、中国のチベット政策に抗議するため焼身、その場で死亡した。

ツェリン・プンツォクツェリン・プンツォクの焼身。

現場に集まったチベット人たちは彼を囲み、祈りを上げながら燃え尽きるのを見守った。裁判所によれば、この時、現場に駆けつけた警官が消火器で火を消そうとしたが、それを3人のチベット人が妨害し、消火器を取り上げたという。

3人とはキュンチュ県出身のグルゴン、ソナム・ヤーペル、ノルブ・ドルジェ。3人とも1月22日に拘束されている。7月半ばに行われた裁判にはキュンチュ県内の各郷の役人と、それぞれの被告の家族が2人づつ傍聴する中で行われたという。その結果、グルゴンとソナム・ヤーペルに4年の刑、ノルブ・ドルジェに5年の刑が言い渡された。

ツェリン・プンツォクツェリン・プンツォク。

チベット人たちは焼身抗議を目撃したとき、本人の意志を全うするために、彼らが死ぬまで手を出さず、見守ろうとする。死ぬことなく、当局の手に落ちれば、その後行方不明となり、苦しみも多く、家族と面会でない可能性が高い。病院で死んだ時には遺灰のみが家族に渡され、葬儀を行うこともできない。また、命を繋いでも当局のプロパガンダ用に使われる可能性が高く、それは本人の意志ではないことがはっきりしているからだ。

2009年以降、これまでにチベット内地で122人が焼身抗議を行っている。その他、インドとネパールで6人が焼身し、焼身抗議者の合計は128人である。間近の焼身者は9月28日、ンガバ州ンガバ県ゴマン郷 で焼身したシチュン(41)。

中国当局は焼身者をテロリストと呼び、関係者を多数拘束し、懲役刑を与えている。

参照:10月23日付けRFA英語版
チベット語版
10月23日付けTibet Times チベット語版
10月23日付けphayul

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2013年10月21日

ディルで再び4人拘束 国境なき記者団とアムネスティが非難

ディルで逮捕
新たに連行された左よりダワ・ルンドゥップ、僧ジャンパ・レクシェ、僧ケルナム。

中国国旗掲揚強要で死者や拘束者が続く自治区ディル県で再び4人のチベット人が連行された。このディル弾圧に関連し、国境なき記者団は当局が情報を流したとしてチベット人を逮捕することを非難、アムネスティ・インターナショナルも抗議者に対する暴力的対応を非難する声明を発表した。

10月15日、ディル県シャムチュ郷ヤルディン村から19歳のダワ・ルンドゥップと20歳の尼僧ジャンパが警官により連行された。2人が連行された理由は、秘密の情報を電話やネットを使い外部に伝えたからと言われる。

2人が連行された後、村の長老たちが県の警察所に赴き、無罪の彼らを早く解放してほしいと懇願したが、取り合ってもらえなかったという。

10月17日にはディル県シュクディン僧院の僧ジャンパ・レクシェ20歳と僧ケルナム25歳がラサ市内で拘束された。彼ら2人も外部に情報を流したという理由で拘束されたと思われている。2人とも出身はディル県シャムチュ郷ヤルディン郷。

TCHRDによれば、アムドやカムでも当局は僧院内にディル県出身の僧侶や尼僧がいないかを調査し、彼らを尋問しているという。

先月末から続くこのディル県のチベット人に対する弾圧に関し、アムネスティ・インターナショナルは10月6日付けで「中国:チベット人抗議者に対する警官の『非道な』暴力を止めよ」と題されたリリースを発表した。

この中でアムネスティ・インターナショナルの中国研究員Corinna-Barbara Francisは「平和的集会に向かって警官が発砲することは非道である。この間近の事件は中国当局が保安部隊が過剰な力を使用することを全く抑制せず、チベット人の自由に平和的な集会を行う権利を全く尊重していないことを如実に示している」と語り、「重傷者が治療を受けることも妨害している」と強い口調で非難する。

また「チベット全域に渡り、状況は緊迫したままであり、中国当局はチベット人のもっとも基本的な人権をも否定し続け、全く状況を改善しようとしていない」とコメントする。

国境なき記者団は10月16日付けで「連続する逮捕により、チベットの孤立は増すばかり」と題されたリリースを発表している。

その中で、当局が、ディル県の弾圧状況を外部に伝えたとする多くのチベット人を「社会の安定と祖国の分裂をもくろむ政治的行為を行った」との口実の下、恣意的拘束を行っていることに憂慮を示し、「チベットの劇的な状況を同胞や外国に知らせようとしたチベット人を逮捕することは、地域の孤立・隔離をさらに深めることになる」と述べ、「チベットを情報のブラックホールにしようとする代わりに、中国当局はそのような恣意的逮捕を止め、直ちに拘束者たちを解放すべきである。我々は国際社会に対し彼らの拘束を強く非難すべきことを要請する」と続ける。

「このようなあからさま情報の自由に対する侵害に対し、口を噤むことは如何なる意味においても正当化されない。中国政府はチベット人に対して行っている抑圧的で差別的な政策を非難される時、常に『主権尊重』を持ち出すが、これも口を噤むをことを正当化させるものでは決してない」とコメントする。

参照:10月19日付けTibet Timesチベット語版
10月19日付けTibet Expressチベット語版
10月19日付けVOT中国語版
10月20日付けphayul

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2013年10月17日

ディル県出身の主婦が路上で突然警官に連行され失踪

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RFAその他によれば、10月11日午前11時頃、チベット自治区ナクチュの高原路にある���琼旅館(མཐོ་སྒང་ལམ་བདེ་འབྱང་མགྲོན་ཁང་།)の入り口付近で地元警官によりディル県ツァラ郷(རྩ་ལ་ཤང་། 比如县扎拉乡)第一村出身のケルサン(སྐལ་བཟང་།)と呼ばれる女性が拉致された。

これを知った彼女の親戚、友人たちが警察所に行き、何故彼女が連行されたのかを尋ねた。しかし、警察側は彼女がどこにいるのかを知らせず、また捜査が終わるまで何も話すことはないと突っぱねた。

彼女は3人の娘を持つ、主婦であり、特に政治的な活動はまったくしていなかったという。ただ、彼女のことをよく知る人の話しによれば、彼女は「we chat」の中でディルの状況について話しをしたり、ダライ・ラマ法王の写真を載せたりしていたという。また、携帯の中に当局により政治的と思われているチベット人の歌をダウンロードしていたとも言われており、これらが連行された理由ではないかと思われている。

中国ではwe chat等のソーシャルサイトはすべてチェックされており、ほんのちょっとした反政府的言動、または情報流布により、誰でもいつでも逮捕される可能性があるということである。逮捕されればその後拷問を受けることはほぼ間違いない。

参照:10月16日付けTibet Expressチベット語版
10月17日付けTibet Timesチベット語版
10月16日付けRFA中国語版

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2013年10月15日

ペユル(白玉):拘束された僧侶の解放を求め公安前に数百人

photo(4)510月12日、カム、カンゼ州ペユル僧院(དཔལ་ཡུལ་བཤད་གྲྭ)の僧ケルサン・チュダル(སྐལ་བཟང་ཆོས་དར།)が拘束された。これを知った当僧院の僧侶が全員彼の解放を求め公安の前に集まった。その内、他の僧院僧侶、尼僧、一般人も集まりその数は400〜600人になったという。僧侶1人と尼僧1人が負傷し病院に運び込まれたというがその原因は不明。

僧侶たちは夜中過ぎまで声を上げ続け、「今後何かことが起れば、それはすべて公安の責任だぞ!」と叫んだ。これに対し、公安側は「すでに僧ケルサン・チュダルは成都(別の情報ではチャムド)に移送され、ここにはいない」と答えたという。

kalsang_chodar_2僧ケルサン・チュダルは最近緊張が高まっているナクチュ地区ソク県の出身であり、2004年からこのペユル僧院で学んでいた。公安は彼がディル県の情報を海外に流したとの嫌疑の下に拘束したのではないかと思われている。

ペユル辺りにも最近チベット自治区からのスパイが多く、12日にはペユル僧院に僧衣を来たチベット人ともう1人の年配俗人が来て、僧ケルサン・チュダルのことを聞き出そうとしていたという。彼を拘束したのもチベット自治区の警察と言われている。

僧ケルサン・チュダルの拘束は、先のブログで報告したディルの作家ツルティム・ギェルツェンの拘束と関係があるように思う。ツルティムがディルで拘束されたのは11日であり、ケルサンがペユルで拘束されたのは次の日の12日である。ツルティムは2001年から2009年までペユル僧院に在籍しており、同郷のケルサンは2004年から同じ僧院にいた。ケルサンも著書がある作家である。2人が知り合いでなかったはずはない。ツルティムがケルサンにディルの弾圧の情報を伝えた可能性はある。当局は情報を流したという嫌疑だけでなく、彼らが影響力のある知識人が故に制裁を加えようと思ったのではなかろうか。

参照:10月13日付けTibet Times チベット語版
10月14日付けTibet Expressチベット語版
10月13日付けphayul
10月14日付けRFA中国語版
同チベット語版
同英語版

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ディル:作家と元警官が連行される

66e19457-0a7a-4dcb-8b1e-9072114db3e9連行された作家ツルティム・ギェルツェン

当局の弾圧により緊張が続くチベット自治区ナクチュ地区ディル県で、若い作家と元警官である彼の友人が連行された。

10月11日の夜中1時頃、ディル県の警官数人がシャムチュ郷テンカル村に現れ、作家ツルティム・ギェルツェン(ཚུལ་ཁྲིམས་རྒྱལ་མཚན།27)の自宅に押し入り、彼を連行した。次の日の早朝には彼の友人であった元警官のユルギェル(26)も自宅から連行された。

先月28日に国旗掲揚に反対し拘束されたチベット人の解放を要求し、千人近いチベット人がハンストを行った時、彼ら2人は「分裂主義的活動を行い、社会の安定を乱す噂を広めた」とされたと言われているが、本当の逮捕理由は不明であり、彼らの行方も不明のままである。

連行前にツルティム・ギェルツェンの自宅に、警官が入り、彼の携帯電話、パソコン、書籍等を押収していたという。

IMG_1133『雪域悲歌』

ツルティム・ギェルツェンは筆名ショクディル(ཞོགས་དྲིལ། 朝の鐘)の下に辛辣なエッセイや詩をチベット語と中国語で書く作家として知られていた。2007年に『雪域悲歌 ཁ་བ་ལ་འཁྲེང་བའི་དུང་སེམས་ཀྱི་ཅོང་སྒྲ 』と『雪域運命 གངས་རིའི་ལས་དབང ་།』の2冊を出版し、高い評価を受けた。

ツルティムは故郷のシャムチュ郷で小学校を終えた後、2001年に僧侶となりカンゼ州ペユル僧院に入った。2009年、ペユル僧院を離れデルゲ県のシェチェン僧院、ゾクチェン僧院、ペユル県のヤチェン・ガル僧院、ンガバのキルティ僧院等を転々としながら様々な仏教の教えを学んだ。

2009年、ツルティムは還俗し、甘粛省蘭州にある西北民族大学に入学し中国語を学んだ。在学中に執筆活動を始め、2012年から文学雑誌『新世代 མི་རབས་གསར་པ།』を仲間のチベット人たちと創刊し、後にこの編集主幹となった。彼は中国語のブログも続け、エッセイ、詩、翻訳を発表していた。このブログは現在当局により閉鎖されている。

Fate-of-Snow-Mountain『雪域運命』

しかし、卒業を数ヶ月後に控えた2013年5月、突然彼は大学から追い出された。その原因は彼の政治的意見や著作であろうと思われている。彼は度々大学内で仲間の学生たちを集め討論集会を開いていた。テーマのいくつかは当局により「違法」と見なされるものであったという。

大学を追われ、6月には故郷のディルに帰り「新一代(新世代)賓館 མི་རབས་གསར་པའི་མགྲོན་ཁང་། 」というゲストハウスを始めた。ゲストハウスの仕事の合間に彼は地元のチベット人たちにチベット語と中国語を教えていたという。



ac70f8da-e70c-457a-b994-4a89751a2e86ユルギェル

12日に連行されたユルギェルはツルティムの小学校時代からの友人であり、2005年から7年間公安局に勤務した。2012年、その仕事あまりに政治的なことに嫌気がさし、仕事を止め、商売をはじめた。地元の人の話しによれば、彼が公安局にいる間、地元のチベット人をたいそう助けたという。

参照:10月13日付けTibet Times チベット語版
10月13日付けRFA中国語版
10月14日付けTCHRDリリース

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2011年04月19日

ウーセル・ブログ「ジェクンド住民が語る震災1年」

344008414月16日付けウーセルさんのブログより。

原文:http://p.tl/-5M8
翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん

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 ジェクンド地震から1年になった。胡錦涛は孤児学校の黒板に「新しい学校もできる!新しい家もできる!」と書いた。その言葉は今も耳に残っているかのようだ。黒板はとうに専用車で省博物館に運ばれて保存されている。では、新しい学校と新しい家は?

004 ジェクンドにはもう3年以上行っていない。今でも記憶の中では、花が咲き乱れる夏の草原にさまざまな遊牧テントが並び、各教派のゴンパが取り巻き、多くの成就者が雲のように集まる宝の土地だ。今でも忠実なチベタン・マスチフが家庭を守り、美しいマニ石が祀られている大地……。しかし、私にも分かっている。異郷に長らく亡命しているダワ・ツェリンが震災後、沈痛に書き記しているように。「生まれ育った故郷はもう地震で破壊され、夢にまで見たあの草原はもう貯水池でつぶされた。どこに行けばよく知る故郷を見つけられるのだろう?」
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2011年04月15日

青海草原に消えた亡霊・その1

2009040714582631158アムド、ンガバでは今、キルティ僧院が危険に晒されている。12日には僧侶たちを守ろうと、門前に地元のチベット人たち数百人が集まり座り込んだ。これを排除しようと武装警官隊は彼らに殴り掛かり、また警察犬をけしかけたという。13日付けRFA中文版http://p.tl/yaxAによれば「2人の老人が警察犬に噛まれ死亡した」とある。

この地域に限ったことではないが、特にこのンガバの辺りは50年代終わりに中国軍が侵攻して来た後、凄惨な虐殺に遭っている。過去の人口統計を基にこの虐殺を間接的に証明する論考が中国語で最近発表された。

今日は「青海草原に消えた亡霊」と題されたこの論考の前半部分の日本語訳を掲載すると共に、この地域で最近チベット人僧侶により行われたインタビューの一部を紹介する。


「青海草原に消えた亡霊」原文:http://p.tl/vE1h
前半翻訳:@uralungtaさん

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 私はかつて、アキャ・リンポチェからこんな話をうかがったことがある。文革後、青海省(アムド)のチベット人老幹部タシ・ワンチュクは再三再、小平に対し1958年のアムドの「反乱鎮圧」の冤罪者の名誉回復を求めた。タシ・ワンチュクの強い求めにより、青海省政府は各州県の関係資料を調査することになり、ごく秘密裏に、当時の「反乱鎮圧」について再審査を行った。そこで資料から露見した事実は、その場にいた担当者を驚愕で凍りつかせる内容だった――1958
年の鎮圧は、少数民族への累々たる“血の債務(人民殺害の大罪)”だったのだ。資料は再び厳重に封印し直すことが命じられた。「太陽が西から昇ることでもない限り、(あの資料が)一般民衆の目に触れることはないだろう」

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2011年04月14日

ジェクンド(玉樹)大地震一周年/地震を最大限に利用する中国当局

028ジェクンド(ケグド、ユシュ、玉樹)大地震が起こって今日でちょうど一年が経つ。中国当局は犠牲者、行方不明者合わせ約3千人としているが、現地のチベット人たちは1万人を下る事はないと確信している。この数字の差にも現れているがこの地震を経てチベット人の中国政府への不信感は益々深まるばかりである。
中国当局はこの地震を利用して巨額の義援金を国内外から集めたが、結局被災者のために使われた金はほんの雀の涙ほどでしかない。一年経った今も、ほとんどの被災者はテント暮らしを強いられている。

今月初めには数日間に渡り被災者たちが、地震を利用した当局の不当な土地収用に対し抗議の声を上げた。千人以上のチベット人が町の中心にあるケサル広場に集まり「自分たちの土地の復興は自分たちに行わせよ」「不当な土地収用を止めよ」等と書かれた横断幕を掲げ抗議活動を行った。しかし、今回も当局は住民の声には全く耳を貸さず、武装警官隊を出動させ強制排除、40人を逮捕した。今日、ダラムサラにいるジェクンド出身のチベット人に話を聞いた所、「ケサル広場から追い出されたが、住民は今も広場の周辺で寝泊まりしながら抗議活動を続けている」という。

kyegudo-protest-305広場に集まった人々の様子をVOAの以下のニュースビデオの中で見る事ができる。(最初の方)http://p.tl/mZVE このニュースの中で、地震のドキュメンタリーフィルムで最近発禁となった「悲惨の中の希望」の一部も見る事ができる。

追記:共同通信さんが現地に入りビデオレポートを発表されている。14日付け。http://p.tl/yZZj
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2011年04月12日

ザムタンで抗議のチベット人に武警が暴行・1人死亡/キルティ僧院は兵糧攻め、逮捕者続出

2e11f1914月8日、ンガバに接するアムド、ザムタン(壌塘県)ワルマ郷の公安事務所の前で、チベット人約30人が中国政府に抗議しチベット独立を要求するデモを行った。これを鎮圧するために武装警官隊が出動し、デモに参加していたチベット人たちに激しい暴行を加えた。その結果1人が重傷を負い、病院に運び込まれたが、間もなくそのチベット人は死亡したという。これを知った地元のチベット人約千人が再び抗議デモを行った。
(この情報は最初現地と連絡を取ったダラムサラ在住のチベット人がVOTに伝えたもの。後4月11日付けTCHRDのリリースにも発表された)

ザムタンでは3月23日にも約100人のチベット人によるデモがあり少なくとも8人が逮捕されている。http://p.tl/RccX
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2011年04月07日

続・ジェクンド(玉樹)の抗議デモ。参加4千人か?

ae738d77震災一周年を前にジェクンド(ケグド、ユシュ、玉樹)で4月1日に始まった抗議活動に関する続報が入っている。

抗議は3日まで続いたという情報と4日までという情報がある。また、参加人数についても、4日付けのRFAチベット語版では千人以上と書かれ、5日付けの同じRFAの英語版では300人となっている。以下に紹介する6日付けRFA中国語版では3〜4千人となっている。コンタクト先により情報は一定していないようだ。
これから先、温家宝首相が現地入りするらしいが、その前後に外国メディアも現地に入る可能性があるのでそれらの情報にも期待したい。温家宝が来るとなると警備も一段と厳しくなり、緊張は高まるばかりであろう。

以下は6日付けRFA中国語版:原文http://p.tl/T3zQ
翻訳は宇宙犬(@tibet_news_jpn)さんが引き受けて下さった。

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<玉樹の地震被災地区で4千人の被災者がデモ、数十人のチベット人が逮捕され、多数が殴られ負傷>

青海省玉樹の地震被災地区で、4千人近いチベット族村民が、地方政府が彼らの居住地に新しい家屋を建設し、彼らを他郷に移住させようとしていることを不満とし、先週金曜から4日間にわたり抗議。当局が武警と武装公安を出動させた。在外チベット人が(現地からの情報を)RFAに伝えた所によれば、40名余りが逮捕され現在も行方不明、多数が殴られ負傷。現地のチベット人も証言。

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