キグド

2010年05月15日

被災地でラルンガル僧院の僧侶が撮影した40分記録ビデオ

47a3d156.jpgウーセルさんの5月14日付けブログの中で、ビデオが一つ紹介されている。

ケグドで地震が発生した翌日の4月15日、地震の報を聞いたカム、セルタ(色達)ラルンガル僧院の僧侶たちは被災者救援のためセルタを出発した。

このビデオはラルンガル僧院の僧侶が撮影したものである。

ラルンガル僧院からは数千人が現地に向かい、救助活動を行った。

ビデオは40分と長いが、中に複数の被害者等へのインタビューもあり、貴重な資料の一つであることは間違いない。

以下に紹介するサイトにアクセスすることができ、ビデオを開けた人は素早くダウンロードすることをお勧めする。
最近は中国当局はこまめに、あらゆる「政府に不都合な情報」を消しゴムで消すことに専念している。
「このビデオもいつ消されるか判らないので、早目にダウンロードして下さい」とウーセルさんがおっしゃっています。
http://www.tudou.com/programs/view/BlEku3KEyXk

中国語を解す人も多いだろうから、このビデオに関するウーセルさんのエントリーを以下そのまま転載する。

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玉树地震一个月,救援僧侣被“喝茶”……

玉树地震一个月,救援僧侣被“喝茶”……

今天,5月14日,是4·14玉树地震整整一个月,也是藏历4月“萨嘎达瓦”(藏地佛教节)第一天。

然而获悉一些消息,让人喟叹。

色达喇荣五明佛学院,位于四川省甘孜藏族自治州色达县,从4月15日起,有数千名僧尼赴玉树灾区救援民众。并给灾民发放救助资金,据《色达喇荣五明佛学院赴青海灾区救援》记录:

“因为政府方面的救援人员比较忙碌,在发放救灾物资方面难以及时安排,4月19日,救援队的主要工作是发放救援物资和钱款。上师仁波切介绍,救援队的具体计划是:

早上7点开始念经,而后,700多人分头行动,发放15辆货车的救灾物品。为了不遗漏一个受灾群众,他们将走遍全城,把物品发到一个个帐篷、一家家灾民手中。与此同时,还将安排150人分发钱款。他们将组成15个小组,每组10人,由学院法师和管家带队,把学院僧众和菩提学会为主的四众弟子、爱心人士捐来的310万人民币,一一送到困难的灾民手中,解决他们的燃眉之急。”

可是,最近两日,政府有关部门派有关人员到色达喇荣五明佛学院,许多参加过玉树救援的僧侣被谈话(或者说被“喝茶”)。

据悉,被调查的主要有两方面内容:

1、色达喇荣五明佛学院自作主张,向灾民发放救助资金310万元人民币,而不把救助款交由政府发放,这被认为是向政府示威;

2、色达喇荣五明佛学院僧侣拍摄救援过程,采访救援人员和灾民,剪辑成40分钟的纪录片《色达喇荣僧人玉树地震救援纪实》,传送到网络上(如http://www.tudou.com/programs/view/BlEku3KEyXk,请及时下载,或可能很快被删),并制成光盘流传,这被认为也是针对政府的抗议行为。纪录片中,不止一位现场人员谈到地震遇难者上万,因与政府公布的死者人数相差数倍,尤被追究。

目前尚不知更多详情。

也还不知其他救援寺院是否遇到类似调查。

更不知结果如何。

吁请关注。

2010年5月14日,唯色记录

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2010年05月14日

明日、お時間のある方は護国寺へ<5月15日  特別祈祷法要のご案内>

ca40494b.jpg4月14日、中国西部の青海省玉樹(ケグドゥ)チベット自治州で大地震が発生したことにより、死者が約2,000人以上に達し、負傷者も10,000人を超えており、多くの命が失われたことを深く悲しんでおります。
 ダライ・ラマ法王をはじめ、多くの僧侶と一般チベット人がインドのダラムサラの寺院で、この地震で突然の死を迎えた人々のために、4月14日と27日、5月4日の3回、特別祈祷法要を行いました。4回目の特別祈祷法要も、ダラムサラをはじめ、世界各国にいるチベット人とご支援者を中心にそれぞれの地域で祈祷法要を予定しております。
 私たちチベット人と日本のご支援者の皆様でも、5月15日(土)、午後2時〜4時の間、お亡くになられた方々のため、下記の通り特別祈祷法要を行いたく、在日チベット人とご支援者の皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
代表 ラクパ・ツォコ



■日時:平成22年5月15日(土)午後2時〜4時

■会場:大本山 護国寺 大師堂
東京メトロ有楽町線 「護国寺」駅 1番出口すぐ

■主催:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所(チベットハウス)
東京都新宿区新宿5−11−30第五葉山ビル5階
電話03−3353−4094
http://www.tibethouse.jp/

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/


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2010年05月13日

白い道へと死者を導きたまえ、、、

以下に紹介するビデオは4月17日に中国系のテレビ局が撮影した映像。
中国人にはこの女性が泣きながら口に出している言葉が理解できず、「ダライ・ラマ法王」と連呼しているのをそのまま流している。
この映像は最近開設された、亡命政府のテレビ局でも何度も流された。



この女性が何を言ってるのかをできるだけ聞き取り、訳してみた。
もっともキグド方言で、私には聞き取れない部分もある。
だいたい、以下のようなことを言ってる。

オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン
オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン
オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン
オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン

オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン・リ〜
パクパ・チェネレジ(観音菩薩)よ

ラマ・タング(この地域の有名なラマ)お越しください
ギャワ・テンジン・ギャツォ(ダライ・ラマ法王)
ギャワ・タムチェ・ケンパ(全智の法王)
ケ・ナンバニ(お二人の)、、カティン・ニンボ(加持(恩)の精髄の力により)
ラム・カルポ、、、、、、(白い道へと死者を導きたまえ)

ティンチェン・ツァワェーラマ(恩ある根本のラマ(ダライ・ラマ法王))
ティンチェン・ツァワェーラマ

ギャワ・テンジン・ギャツォ
ギャワ・テンジン・ギャツォ

ティンチェン・ツァワェーラマ
ティンチェン・ツァワェーラマ
ティンチェン・ツァワェーラマ

中国人のインタビューアーが聞く「誰が亡くなったのか?」
彼女「私のお母さんだ、、、」

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ダラムサラで地震後、結成された「4.14キグド地震慈善協会(4-14 Yushu Earthquake Charity Committee)」のホームページができた。
まだ構築中だが、直接寄付したい人のために銀行口座のお知らせもあるし、他のビデオも紹介されている。
是非、ビデオだけでも見てほしい。
ここへの寄付は代表事務所も受け付けておられる。
http://www.yushusolidarity.org/

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昨日、最後に未確認情報として「キグドでデモ・逮捕」という話をした。
これは、昨日私がRFAを聞いてたとき、というか途中から聞いてた時、キグドから電話を掛けて来た男性が「聞いた話では、寄付金の給付について抗議した者が捕まったという。」と言った。
これは、(単に)その人一人が、他人から聞いた話ということで、「未確認情報」と書いたのだ。
今日になっても、このことは特にニュースになっていないので、これは未確認情報のままだと思う。

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追記:

今日からサカダワ(チベット歴の4月)だ。
明日が一日だが、サカダワは今日からという。

チベットでは、サカダワの中日(15日)に、ブッダ・シャカムニが生まれ、悟り、涅槃に入ったとされ、この一カ月を特別の月とみなす。

この月に行った善行も悪行もその効果は十億倍(一説)になる!?とされる。
だから普段、悪いことばかりしてるチベット人たちも、この月だけは神妙に巡礼したり、お経を上げたりする。
この月に籠って修行に励むものも多い。
僧侶たちは戒律をこの月、特に厳格に守る。

この辺のチベット人はこの月だけ肉を断ったりするものが多い。
特にこの月、虫を殺すなど、生き物を殺生しないよう細心の注意を払う。

マントラ、コルラに精出し、寺に行き五体投地を始める人も多い。

一カ月は長すぎるという人は、月の初めの二週間だけ頑張るという人もいる。

私も今日から、特に「口」に気を付けて暮らすようにしたい。


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戻って助けたい、、、

b15e96f9.jpg以下、毎日新聞の藤田さんの記事。
休暇でダラムサラに来ていたはずの藤田さんと二人で「ユシュ地震慰安協会」を訪ねた時の話。

それにしても、同じことを書いて、どうしてこうも文章に差があるかね、、、。
私は話を聞いたその日、忘れないうちにできるだけ沢山書いておこうと思い、長々とレポートした。だが、案外そのレポートへの拍手は少なかった。

それに引き換え、藤田さんの文章の上手いこと、短くてもちゃんと話を聞いた人たちのこころが感じられるし、ダラムサラの様子も伝わってくる。
やっぱ、プロは違うね。

というか、チベット人への愛情の深さに関係するのかもしれない。
藤田さん、ごくろうさまでした。


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中国地震:発生1カ月 亡命チベット人「家族の安否は」−−インド・ダラムサラ 
◇戻って助けたい…

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20100513ddm007030058000c.html

 中国・青海省地震では多くのチベット族が犠牲になった。チベット亡命政府のあるインド北部ダラムサラには、政治の壁に隔てられた地で、家族の安否を気遣う亡命チベット人の姿があった。【ダラムサラ藤田祐子】

 玉樹チベット族自治州から03年に亡命したゲンドンさん(30)が握りしめた携帯電話は、数回の呼び出し音の後に切れた。「3日前は、入院中の叔父の家族になんとかつながった。その後容体は良くなっただろうか」と気をもむ。インド各地に散住する亡命チベット人のうち、玉樹出身者はダラムサラだけで200人近いという。

 両親が玉樹出身で、レストランを営むクンガさん(35)は「チベット人は仏教の輪廻転生(りんねてんしょう)を信じる。きちんと供養できて初めて、残された家族は安心する」と話す。クンガさんはインド生まれだが、被災した親類も多い。レストランは情報を求める玉樹出身者の寄り合い所のようになった。義援金の申し出も相次いだ。「現地に届ける方法はある。家族も家も失った人たちを助けたい」と話す。

 玉樹に住む長兄を亡くした男性(25)の両目は真っ赤に充血していた。08年12月に亡命し、ダラムサラ郊外の就学年齢を超えた難民向け教育施設で学ぶ。姉妹3人兄2人の6人兄弟で、長兄以外は家を出ている。長兄は、年老いた両親を支える一家の大黒柱だった。

 戻って家族を助けたいが、亡命した身で中国に戻って「逮捕されるのも怖い」。男性は「でも、両親や義姉、めいやおいも心配だ。どうしたらいいのか」と途方に暮れた様子で話した。

 道沿いには、被災地からメールで届いた写真が拡大コピーされて祈りの言葉とともに張り出され、足を止めて見入る僧侶や、うつむいて数珠を繰る人の姿も。ダラムサラのチベット仏教寺院では、初七日、二七日(ふたなのか)、三七日(みなのか)と、地震から7日目ごとに法要を開いてきた。三七日の法要があった4日は、午前7時半から数百人が経を上げ、地震発生の7時49分に黙とうした。


毎日新聞 2010年5月13日 東京朝刊



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2010年05月09日

慰問金270万元(3716万円!?)、1200人に一時救済金400元

jyekundo現地は悪天候が続いているそうだ。
でも、火事になるとかで、テントの中で火を焚くことは禁止とか。
火が焚けるヤク・テントが懐かしかろう。

昨日の続き。

RFAを聞いてると、昨日、一昨日 ダラムサラの“玉樹地震慈善基金会”(ウーセルさんの中国語訳/私は最初“ユシュ地震慰安協会”と訳した)で聞いたような話しが出ていた。

昨日、「配給票・住民票」を持ってない人は救済金も食糧も貰えない、という話をした。
配給票のある者には一人当たり「450元」が支給されたと、昨日聞いたが、RFAに話していた人は「400元」と言ってた。
その上、これはキグド町の住民だけに限られ、周辺の村には今後も全く救済金は配られないという。

昨日協会で聞いた情報によれば、震源地から半径50km以内にあった村は、大概破壊され、家は残っているが危険で住めない、人々は自分たちのテントで寝起きし、蓄えのツァンパで生き延びている、という状況がほとんどだ。

キグドにいても、「配給票」を持っていない年寄りとか、「配給票」などガレキの下に埋まって見せることのできない人は貰えないという。

胡錦涛氏はキグドを訪問したとき、「地震で家族を失った遺族への見舞金として8000元(約11万円)、震災孤児や養ってくれる子供を亡くしたお年寄り、重い障害が残る負傷者に対し毎月1000元(約1万3500円)の給付を決めた。」ということはすでにお伝えした。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-04.html?p=2#20100418

これが支給されるとして予算はたったの6億円ほど。

救済金について、中国国際放送局は5月3日に以下のようなレポートを出している。

http://japanese.cri.cn/881/2010/05/03/144s158199.htm

<青海地震>救済金の支給、全面的にスタート2010-05-03 13:42:01

 青海地震被災地の被災統計作業がこのほど終了し、現在、救済金の支給が全面的に行われています。
 1日までに、青海地震による被災人口は22.3万人に達し、玉樹チベット族自治州総人口の6割以上を占めています。
 2日12時現在、民政省は地震で亡くなった人たちの慰問金270万元(約3716万円)、1200人余りの被災地住民に50日間の臨時手当、1.7万人余りの住民に連日0.5キロの食糧を支給しています。(翻訳:ooeieiチェック:丹羽)

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「救済金の支給が全面的に行なわれています」の後に、慰問金270万元(3716万円!?)、、、を支給しています。
と言ってる。
まずこの270万元!?だが、胡錦涛氏の話はどうなったのか?もちろん増えたならいいのだが、その増え方が異常だ。

もしも、これが本当ならこの慰問金だけで予算818億円ということだ。
いくら募金が温泉のように湧いてくると言えども、この数字はおかしいのではないか?
四川地震の被害者はいくらもらったのか知らないが、これほど貰ったとは思えない。知れば怒るであろう。

もっともまだ誰かこんな大金を貰ったという人の話は伝わってこない。

「その次の1200人余りの、、、、臨時手当」というのが、キグドで最近配られたという400〜450元の事と思われる。
しかし、何でたったの1200人なのか? 50日後にはどうなるのか?

次、「1.7万人余りの住人に連日0.5キロの食糧を支給しています」
被災者は22.3万人と自分で言っておいて、その中のたった1.7万人にしか、それもたったの1日0.5キロしか与えてない。
そんなことを自慢話でもするように、平然と書いていることが信じられない。

他に、最近当局はもしも被災地のガレキを漁り泥棒するものは、その場で銃殺される、と発表したとか。

このことを伝えたチベット人は「中国の軍隊や救援隊は泥棒し放題で、家財や犬など盗んで行くのに、誰も罰せられない。それで、チベット人が泥棒したら、銃殺だという、、、」と不満をぶつけていた。

アムドやカムの至る所から被災地に寄付金や食料を届けようとトラックがキグドを目指すが、そのほとんどは追い返されているという。

周辺の村々を支えていた僧侶たちも追い出されたそうだ。

その他、子どもが中国に連れて行かれる話、キグドの町全体が移転される話などが出ていた。

遊牧民が強制的に住まわされた家は鉄筋が全く入っていないブロック・ハウスばかりだったという。
そしてテントを追われた多くのチベット人がブロックの下敷きとなり亡くなった。

政府は計算通り、というだけで済ますのか?


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<内部告発>

中国で有名な歴史家が、毛沢東を真っ向から批判する映像講義を行い、波紋を呼んでいる。

「日本は歴史教科書を歪曲しているが、中国ほどではない。中国の歴史教科書の記述内容に、真実は5%もなく、あとは完全な虚構」と主張した、そうだ。

http://www.chosunonline.com/news/20100508000036
http://www.youku.com/playlist_show/id_1807031.html



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2010年05月08日

4.14玉樹地震慈善基金会

jyekundo写真は最後を除きウーセルさんのブログより。

長いこと、キグド(ジェクンド)のことを書かなかったが、もちろん忘れてたわけじゃない。
毎日、被災地のことが気になってしょうがない、状態の人はこのブログを読んでいて下さる人達の中にも大勢いらっしゃると思う。

そこで昨日と今日、地震後、キグド出身者たちによりダラムサラで結成された、「414イシュ・サヨン・ドゥンセル・ツォクチュン(4.14ユシュ(=キグド、ジェクンド)地震慰安協会/4.14玉樹地震慈善基金会)」の寄り合い場に行ってみた。
事務所のようなものがあるわけではなく、建設中のレストランが会合場になっているらしい。
最初、相手は二人だったが、その内一人また一人とそのロフトに集まりはじめ、最後は5,6人がああだこうだ状態で色んな情報を聞かせてくれた。

日本の代表事務所が義援金を募っておられるが、そのお金も、この会を通じて現地に贈られることになっている。もちろん日本だけでなく世界中の代表事務所から集められた募金が一旦この会に集まるのだ。
つまり、今や大変大事なお金を預かる、責任の大きいオフィシャルな救援団体になったのだ。

jyekundoその始まりは、地震が発生した4月14日の朝だという。
ダラムサラの街の中には、キグド出身者が以前より溜まり場とする「Tibetan Kitchen」というレストランがある。
14日の朝早くからそこに、近所にいるキグドの仲間たちが集まり始めた。
みんな現地の親兄弟に電話を掛け続け、情報を交換し合った。
しかし、中々通じない電話がたまたま通じても、相手は動揺が激しく、まともに話ができない人が多かったという。
次々に親、兄弟、親戚、知人の訃報が入る。みんな夢を見ているようだったという。
その内の一人ゲンドゥンは「朝方通じた電話も午後には通じないことが多かった。きっと充電が切れたためだろう。15日の11時頃だったか、妹に電話が通じた。ちょうどそのときまた地震があった。キャーという叫び声が聞こえ、辺りの人が叫んでいる声が続いて聞えて来た」という。

14日にはそのレストランに14,5人が集まったという。
ダラムサラ近辺にはキグド出身者が200人ほどいる。
その内の半数はTCVスジャ・スクールとソガ・スクールの生徒、ダラムサラのTCVにも若干のキグド出身の子どもがいる。

次の日、15日にはそこに70人が集まったという。

jyekundo以下レストランのオーナーであり、この会の中心人物であるクンガの話を紹介する。

「みんなお金を持ち寄ったが、それで最初は犠牲者を供養する法要を行なおうと思っていた。
実際そのためにもお金は使ったが、その内ダラムサラの色んな個人や団体から寄付したいという話が来るようになった。それで、まずは会というか協会のようなものを作った方がいいんじゃないか、という話になった。それはもう15日に出た話しだったが、正式には17日に発会式を行なった」

「最初は供養のために集めたお金だったが、周りからの寄付が集まるようになって来たので、寄付金を現地の救援金として使おうということになった」

私:「中国は今回の地震の犠牲者は2200人ほどと言ってるが、本当は何人ぐらいと思うか?」
クンガ:「ダラムサラ周辺のキグド出身者の親戚だけでも合わせて2000人が亡くなってる。いま、キグド出身者が多いデラドゥンでも調査している。まだ重複分のチェックが終わらないが、あちらは4000人と言ってる。南インドでも今調査が進んでいる。その内、亡命側で調査した数字がでるだろう。

葬儀は至る所で行なわれた。身元が判る者はそれぞれの家族が檀家となっている僧院に運ばれた。遠くナンチェンやカンゼまで運ばれた遺体もある。周辺の村々ではそれぞれの寺が葬儀を行なった。遺体を水葬にした僧院もあった。
それぞれの僧院は遺体の数を記録しているはずなので、もう少し落ち着けば集計されると思う。
地元の人たちは少なくとも1万人は死んだといってる。ある僧院などは1万5千人という。
私は少なくとも6〜7000人ではないかと思う。

中国政府はキグドに配給票(住民票)がない人の数は入れてない。配給票はそこに5,6年いないと貰えない。キグドには昔から商売のためにカム、アムドのチベット人が沢山集っていた。
その人たちは死んでも数に入れられてない。
普通に昔から住んでる人でもこの配給票をもっていない人が沢山いる。
例えば、親戚のおばさんはこの配給票を持ってないがゆえに、今、緊急食糧の配給を貰うことができないと言ってた。

また、この数はキグド市内だけの話で、周辺には小さいが沢山村があり、ゴンパがある。これらの村での死者は数に入ってない。地震後、まだ、食糧やテントはおろか、一人の役人も軍人も、もちろん医者も来たことのない村が沢山あるのだ。」

jyekundo私「キグド周辺の被害状況や救援状況は?」
クンガ「まず、周辺と言えないぐらいのキグドから数キロしか離れていない、チャジャニ、シンジェと呼ばれる地区の話だ。
これらの地区には沢山の遊牧民強制移住住宅が建っていたが、壊滅状態だ。
その上、私ははっきり言えるのだが、地震後最低10日間、全く中国の救援隊はこの地区に入ることはなかったのだ。
この地区の人たちを救ったのはすべて僧侶たちだった。ガレキの下から生存者を救い出し、食糧を与えたのは僧侶たちだった。
キグドの西、10〜15km離れたタングの村も壊滅した。タング・ゴンパの僧侶31人と、村人40人が亡くなったという。
40kmぐらい離れたルンボ村については、中国側の情報がある。家屋の80〜90%が倒壊し、死者42人、負傷者809人と最近発表された。
バンチュ村は被害が少なく、バンチュ・ゴンパの僧侶200人の内、亡くなったのは一人だけ、村人も7人だけが亡くなったという。
その他、ドンダ村、ラップ村の周辺には小さな集落や村が沢山あるが、くわしい被害状況は分かっていない。
今も、テントや食料が支給されない村もある。

jyekundo村に中国の食糧やテントが届いても、それは最初から十分な数や量ではない。トラックは村の中心の僧院の前などに止まって、その辺にいる何家族かに適当にそれらを配って帰ってしまうそうだ。
ラップ村にいる親戚のおじさんは、ラップでは最近一人当たり12kgの小麦の配給があったと言ってた。
でも、全員に配られたわけではないそうだ。次、いつもらえるかも判らないという。」

私:「中国は義援金を配るといってるが、もう被災者たちは政府から金を貰ったのか?」
クンガ;「数日前にキグドの住民に一人当たり450元が配られたという。これは一月分という。一日当たり10元で一カ月300元、今月はプラス150元が特別に上乗せされたとかだ。
それにしても、一日10元(135円)じゃ多くないよな、、、
中国はお金はやるやると言ってるばかりで、本当にはこんな程度だ。
ニュースによれば義援金は(円換算)1000億円近く集まっているという。
それが本当ならその半分でもいい、被災者全員に配ってほしい。
どんなに素晴らしい家が建つことだろう。」

jyekundo私:「寄付はどうやって現地に届けるつもりか?どこに寄付するのか?秘密なら応えなくてもいいけど」
クンガ;「自分たちは何も隠さない。中国の高官が、、名前は忘れたが、言ったじゃないか、“海外にいるキグド出身は家族のことを心配して、里に帰りたいであろう、だから、そういう人たちは家族を慰問するためにキグドに行ってもよい”と。だから我々は堂々とキグドに行く。そして、できるだけ本当に援助を必要としている人々に配るつもりだ。
中国はただ口先だけで、そう言ったのかどうかが、これで判るだろう。」

私:「私の知り合いのキグド出身者は、お金を持ってキグドに到着したが、あまりに大勢の武装警官が至る所にいて、それを見ただけで怖くなってそのまま何もせずに次の町に行ってしまったそうだ。そう簡単に行くかな、、?」
クンガ:「チベットに入ると慣れない者は怖くて何もできなくなる。緊張からおかしくなるものもいる。
でも我々は違う、いざとなれば手段はいくらでもある。あの辺の大きな僧院など誰がお金を出したと思う。みな、外国に行ったチベット人たちがお金を出して建てたのだ。アメリカやヨーロッパにもキグド出身者は沢山いる」

私:「他に何か現地の人たちからの声はないか?」
クンガ;「この前、法王が死後第三週目のモンラムを行なわれたが、これが、現地ではなぜか“法王はダラムサラでキグドのためにカーラチャクラの潅頂を行なわれたという噂がたっているようだ。カーラチャクラの法要がインドで行なわれるときはチベット中のチベット人が特別の有難さを感じて、肉を絶ったり、寺に参ったりする。法王に来てもらいたいという気持ちがあるので、それがそんな大げさな噂になったのかもしれない。

家族を失って、気がふれた人も多いという。
地震の後は、負傷者が優先されて普通の病人は医療を受けられない状態が続いているとも聞く。病院は無くなって、持病を持つ者たちは薬ももらえないらしい」

私:「両親が亡くなり孤児となってしまった子どもたちを、政府は中国内に送っていると聞くが」
クンガ:「自分たちが今までに確認できたのは15人だけだ、今からもっと送られるだろう。もちろん政府は子どもたちは勉強のために学校に送られるといってる。しかし、チベット人たちは信じていない。中国の金持ちたちにもらわれるか、ただの使用人にされるのではないか、と心配している。それでなくとも、中国に連れて行かれたら、チベット人じゃなくなってしまうという心配が一番だ。
みんな今までのように、地元で子どもをチベット人として育てたいのだ」

私:「政府はキグド再生計画を発表したが、その際、今のキグドを移転するという話もあるが」
クンガ:「その事を現地の人たちも非常に心配しているという。まだ、どうなるか決まってないと思うが、そうなったら、今までの土地の所有権はどうなるのかを心配している。
キグドはチベットの中の大きな町の一つだが、その内でも一番チベット人が多数を占めるチベットの町だ。
これを機会に中国はこのチベットの町を中国の町に変えようとしているのだ。
観光の見世物の町にしようとしているのだ」

と、ここまで。

他の人たちからも話を聞いたが、それは省かせてもらい、次に、今日、話しを聞いたソガ・スクールのドルジェ25歳の話を紹介する。

jyekundo彼は2008年の冬、国境を徒歩で越えネパール経由でインドに亡命した。
キグドでは一度も学校に行ったことなかったという。
大人になり、勉強の大事さを自覚し、どうしても学校に行きたいと思い亡命したそうだ。
兄弟は男3人、女3人の6人で、その内二男はインドの僧院、三男である本人もインドに亡命している。
一人残って一家を支えていた長男が今回の地震で亡くなったという。

私:「最初にキグドで大きな地震があったことを知ったのはいつか?学校でアナウンスとかがあったのか?」
ドルジェ:「午前中は授業が始まっていたので、誰も地震のことは知らなかった。昼の休憩時間中に地震の話が生徒の間に伝わった。自分もすぐに家に電話したが、通じなかった。次の日の朝やっと電話が通じ、兄が亡くなったことを聞いた。
その後また、5.6日の間、掛らなかった。西寧にいる親戚とは連絡できたが、かれらも現地に電話が通じないと言ってた。
それから後にはまた通じるようになった。
兄は地震が起こった時にはまだ寝ていたようだ。
兄は落ちて来た天井スラブの下敷きとなり、即死だったという。
父も崩れた柱に挟まれ、上半身が埋まってしまったというが、みんなに助け上げられたという。」

私:「お父さんは何の仕事をしていたのか?」
ドルジェ:「父はもう年だから何もしてない。家のことはすべて長男がやってた。畑があって農業もやってたが、今は主に兄が軽トラックで運送業のようなことをやっていて、兄が家族全員を養っていた。
もう、家にはちゃんと働けるものがいない、これから大変だと思う」

私:「そうなら、今家族は君を必要としているのじゃないかな?帰ろうと思わなかったのか?」
ドルジェ:「確かにそうだ。もちろん、帰れるものならすぐに帰りたいと思った。でも、俺は歩いて山を越えてインドに来た。帰るとなるとまた隠れて山を越えないといけない。キグドに帰っても見つかれば逮捕される恐れがある。そう簡単に帰る決心はつかないよ。」

私:「ソガ・スクールにはキグド出身の生徒はどのくらいいるのか?」
ドルジェ:「27人だ。家族の内のだれかが亡くなっていないという者は少ない。親が亡くなった者、或は親代わりが亡くなったもの、兄弟、親戚、沢山亡くなってる。みんなできるだけ亡くなった親戚や知り合いの名前を記録するようにしている。

例えば、自分が住んでいたディニンゲ地区だけで300人が死んだ。これは名前が判っている者だけだ。自分がその内の50人を調べた。何で名前を記録しているかというと、49日目に大きなモンラムをダライ・ラマ法王が行なわれるが、その時のために集めているのだ。その日に犠牲者の名簿を法王にお渡しして、祈ってもらうためだ。」

私:「ディニンゲ地区には家が何軒ぐらいあったのか?」
ドルジェ:「400〜500軒ぐらいか、、、」

私:「400〜500世帯で300人死んだのか、、、10人に1人ぐらいかな?
被災者10万人なら1万人死んでてもおかしくないか、、、?」

ドルジェ:「残された兄の子供二人も中国に連れて行かれるかもしれないと家族は心配している。子供の母親はちゃんといるのに、政府は子供を教育のために中国の学校に送ってやるといってるらしい。」

私:「それは断ることができる話なのか?」
ドルジェ:「向こうが連れて行ってやるというのは命令と同じようなものだ。
断るのは難しいと思う。
中学、高校の授業は始まったが、小学校はまだほとんど再開されてないと聞いてる」













































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2010年04月23日

地震はそんなに大きかったのか? ジェクンドの建築物の耐震性等について

ジェクンド色んな写真やビデオで被災地のガレキの山を見ていると、もちろんその下に今の埋もれたままになっているであろう犠牲者のことも思うが、自分が建築に関わる者なので、その壊れ方を観察することも多い。

今回は被災地の建築物の種類やその強度について気が付くことを書いてみたい。

丘の上から撮った写真を見ると、中心地のビル街の建物は形を残しているものが多く、南や特に西の住宅地は全滅に近いことが分かる。
最初のころは建物の9割程度が破壊されたと言われていたが、今では当局は61.7%が倒壊されただけだと発表している。

ジェクンド、14.4.2010まずは地震の規模と震度の話だが、私は結論的に言って、この地震はそれほど大きなものではなかった、震度でいえば、6弱であった可能性が高いと思う。

規模についてはアメリカの地震局が6.9と発表したのに対し、中国は7.1と主張する。
マグニチュード2は1の32倍ということはご存じと思う。
アメリカと中国の差はたったの0.2だが、この間には約2倍のエネルギーの差があるのだ。
違いは小さくない。中国はアメリカ発表の2倍の強さの地震だったというのだ。
震源地の深さをアメリカは33kmと発表した。それに対し中国は最初10kmだったが、後から33kmと言いだした。
震源地に一番近い地表とジェクンドの街の距離は30km。

ジェクンド、14.4.2010ちなみに、阪神大震災はM7.3、震源の深さ16km、震度は7の激震だった。

地震による建物の倒壊はマグニチュードではなく、もちろん現地の震度が基準となる。
中国はジェクンドの震度を9強と発表した。
http://j.peopledaily.com.cn/94475/6955989.htmlもちろん震度については国ごとに基準が違うので何とも言えないが、中国が9強というのはおそらく10段階方式に基づく話と思われる。
最大級の地震だったと言いたいのだろうが、日本人にはよく解らない数字だ。

とにかく、中国は今回の地震は学校も倒壊してあたり前の大地震だったと言いたいらしい。

ジェクンド大地震実際、学校の倒壊状況はどうだったのか?

サーチナの記事によると
http://www.excite.co.jp/News/china/20100415/Searchina_20100415093.html

「結古鎮には、学校・大学4カ所がある。他の写真と総合した結果、第二民族中学校では、主校舎前の平屋建物3棟が倒壊したことが分かった。
三完小学校では平屋建物4棟が倒壊、玉樹広播電視大学は平屋建物4棟が倒壊し、2階建て以上の建物も1棟が倒壊した。玉樹衛生職業中級専門学校は、すべての建物のうち4分の3以上が倒壊したことが分かった。」

また、その学生の犠牲者はというと、17日、同じくサーチナに掲載された記事によると
http://www.excite.co.jp/News/china/20100417/Recordchina_20100417004.html

「玉樹県の70%の学校が倒壊し、現在判明しているだけで少なくとも生徒66人、教師10人が死亡した。生徒数3000人余りの玉樹県第3完全小学校では建物の80%が倒壊し、救出された生徒61人のうち34人が現場で死亡。200人以上ががれきの下に生き埋めになったままだという」。
さらに、
「08年5月12日に発生した四川大地震では、大量の校舎が倒壊、多くの生徒や教師が犠牲となり、手抜き工事や建築資材のごまかしなどが指摘された。これを受けて中国政府は各地区の小中学校、特に辺鄙な地区の小中学校に対し、地震に対する強度検査と補強工事の徹底を求め、マグニチュード7の地震に耐えられるような校舎づくりを指示した。しかし、今回玉樹県で発生した地震はマグニチュード7.1で、中国政府が求めた耐震基準を超えており、当局がこれを校舎倒壊の理由にする可能性が懸念される。四川大地震による校舎倒壊の初期調査時、四川省教育庁は中国教育部に対し、倒壊原因の1つとして地震の震度が強すぎることを挙げていた」そうだ。

ジェクンド大地震しかし、現地の人の話によれば四川地震後に建て替えられた学校は一つもないという。
であるならば、地震が強すぎたわけではなく、設計耐震強度が最初から十分ではなかったという疑いが濃い。

私は今回の地震はそれほど大きくはなかった、日本の震度でいえば6弱ではなかったかと推測する。
実際には現地に行かないとすべて、はっきり言えないのだが、学校の建物がもともと震度6弱にも堪えられぬ、おから建物であったことは写真からも推測できる。

今、大事なことは、倒壊した学校の建物が証拠隠滅のためにすっかりかたずけられる前に、ちゃんとした外国の調査団が現場を見ることだ。
見れば、一目でわかる。写真を残しておくことも大事だ。
(倒壊した学校の写真はあるのだが、今ブログに載せられるものが手元にない)

ジェクンド私もインドの山奥で学校の設計などに長らく関わって来たので、他人事とも思えないところがあるのだ。
もしも、ダラムサラに大きな地震が来たらどうなるか?
自分が設計した校舎や寮、ホールの下敷きになって子どもが死んだらどうする?
おそらく自殺したくなることであろう。

この設計強度は最大の関心事ではあるが、じゃ自分が設計した学校が震度7に耐えられるかというと、それは無理と分かってる。
今の日本の世界最高の耐震基準を下回っていることは十分承知している。

低開発国の建物の予算の中では、鉄とセメント代がそのほとんどだ。
人件費はただのように安いが、鉄とセメントは高い。
どうしても予算を合わせるために、この両方をできるだけ削らないといけないという場合もある。
というか、日本級に設計すると施主も現場も驚いて冗談と思い作ってくれない可能性が高い。
私はこれを「難民仕様」と勝手に呼んで、自分を納得させている。
それでも、周りの建物よりはよほど強く作ってある。
いくら大きな地震が来ても真っ先に倒れることだけは避けたいからだ。

デラドゥンにある60mの仏塔とダラムサラTCVのホール、ツクラカンの拡張部分だけは日本基準に限りなく近い数値で設計されている。


ジェクンドここに来て、もう25年近くなるが、その頃にはまだ鉄筋を使わずに家を建てる人が周りにはいた。
しかし、それはまれで、こんなインドの田舎でも鉄筋を使わずに家を建てると地震の時危ないと人々は知っていて、だいたいは柱の中には鉄筋を入れていた。

10年ほど前からはインドでもやっと構造基準ができ、基準を満たさない建物は建てられないことになっている。
もっとも、これは建前で、多くの建物はこの基準を守っているとは思えない。
それにしても鉄筋を入れない建物が建てられることは、今では皆無にちかい。

インドの山奥のダラムサラの建築事情と中国の山奥のジェクンドの建築事情を比べるというのは簡単ではないが、
壊れ方を見れば、近代化を売り物にする中国の山奥はダラムサラより、余程ひどかったことは一目でわかる。
もっとも鉄筋の入った建物の強度についてはダラムサラと似たり寄ったりと見受けられる。

ジェクンドその仕様は3〜4階建では柱と梁に16〜20mm筋が4〜8本。柱の太さは30cmX30cmが標準といったところであろう。
平屋や二階までなら柱と梁に12〜16mm筋4〜6本、柱の太さ25cmX25cmほどか。
実際、この程度では震度6弱でも倒壊して不思議はない。
外壁や間仕切り壁に中空セメント・ブロックを使い、床にプレキャスト・コンクリート板を使っているのも強度を落とす元になっている。

6強ではそれぞれの耐震性に従い、半分程度は倒壊するであろう。
今回の地震はこの程度だったと思う。

ジェクンドもっとも、今回問題にしたいのは、お金がある人たちが作ったRCC造(鉄筋コンクリート)の建物ではない。
もちろん学校が倒壊し、多くの子どもたちが亡くなってしまったということは悲惨なことだ。当局は当然責任を取るべきと思う。

でも、さらに私は一般のチベット人たちが住まいとしていた家々の、今は見渡す限りのガレキの山を見て、悲しく思うのだ。
これらの家はバラックに毛が生えたほどに安普請だったことがわかる。
外壁は幅20〜30cmほどの中空セメント・ブロック、または幅30cmほどの日干しレンガが積み上げられているだけ。
ジェクンド多くは平屋で屋根は陸屋根か切妻。陸屋根の場合は丸太などの架構の上に小枝と泥が載せてある。切妻は中国式で木造トラスの上に瓦やトタンが載る。
柱と梁がなく、壁は繋ぎがなく脆い。これではちょっとした地震でも崩れる。
今回のような大きな地震にはひとたまりもなく、逃げる間もなく、一瞬にして倒壊したはずだ。
壁のブロックも日干しレンガも木材も瓦も崩れ落ちれば、下にいる人を強打する。
ガレキの堆積には隙間ができにくく、埃が充満し、窒息死し易い。
これに比べ、RCC造の方は倒壊した後、隙間ができ易く、助かる確率は比較的高いと言えよう。

ジェクンド、14.4.2010チベット人はいつから、こんなバラックのような建物に、あたり前のように住むようになったのだろうか?
一般に周辺の民族に比べてチベットの伝統的民家は大きく2,3階建てで、手が込んでいて、立派な家が多かった。




ジェクンド、14,4,2010壁厚も40〜60cmあり、日干しレンガではなく、現場で土を打ち固めたものが多かった。耐震性も悪くはなかったはずだ。

貧しくなったということか?
実際、この地方のチベット人の収入の半分以上は夏場の冬虫夏草採取によっているという。

牧草地を追われた遊牧民は、今ではこの冬虫夏草の採取のみを唯一の収入源とするものが多いと聞く。

結局、多くのチベット人には遊牧民から採集民に落ちるしか生きる道が無くなったということなのか、、、

ジェクンド大地震 C/R  EPSそして、今回、広々とした草原と大きなヤクテントを追われた者たちの多くが、街中でセメント・ブロックの家の下敷きとなり死んでしまった。


















rftibet at 18:45|PermalinkComments(29)TrackBack(0)

被災地で、チベット独立を叫ぶ者に対しては、発砲してもよろしい

bc6f3448.jpg現地には一昨日から雪が降り始め、今日は積雪3cm。
まだ、数日この悪天候は続くとの予報。
寒い日が続く。


RFAチベット語版、4月22日:
http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/tibet-independence-activists-could-be-shot-in-earthquake-zone-04222010222934.html

<チベット独立の声に発砲許可>

被災地のジェクンドでは、兵士は、チベット独立を叫ぶチベット人と衝突した場合、上官の許可なしに発砲してもよい、と言い渡された。

14日に起こった大地震によりジェクンドとその周辺で数千人の人が亡くなり、一万人以上が負傷し、今も数百人が行方不明のままだ。
そんな中、20日にはチベットの各地から集まった僧侶数千人による、初七日の法要が行なわれた。

Epoch Times(大紀元)の記者に現地の兵士が話したところによれば、「もしも兵士が、チベットの独立を叫ぶ者達に突然鉢合せたり、彼らと衝突した時には、直属上官の許可を得ずに、即発砲し、銃殺してもよい」と言い渡されたそうだ。

さらに同紙によれば、現地のチベット人たちの間には、ダライ・ラマ法王が本当に現地に来るという噂が広がるにつれ、法王に会うことができるという期待が膨らんでいる、ということに対し、共産党の幹部たちは警戒心を高めているという。

このような状況の中で、今まで救援活動の中心的役割を担っていた僧侶たちに対し、当局は被災地から出て行くようにと命令を出した。
ロサンと呼ばれるジェクンド出身の僧侶によれば、「地震の後、周辺の僧院から総勢4万人の僧侶が救援のため駆け付けた。20日に当局の役人が2日以内にそれぞれの僧院に帰るようにと命令してきた。その日の午後4時前に出ていけと言われた僧侶もたくさんいる」という。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

jyekundこの僧侶たちを追い出す、という当局の決定に対し、現地のチベット人たちの間に怒りの声が上がっている。
ある現地の人は電話で「これは、自分たちに自由がないという象徴だ!悲しいことだ!中国こそ出て行ってくれ」と涙ながらに
訴えた。

ウーセルさんも「今まだ、ガレキの中に遺体は残っている。これからも葬儀を行なったり、人々を癒すために僧侶たちは被災地のみんなに必要とされている。今、僧侶たちを追い出すというのは間違った決定だ」とコメントしている。

このような状態では、中国が救援物資によりチベット人にありがたがられようとしても、期待通りにはいかないであろう。
チベット人がここで不満の声を上げれば、中国人は「この恩知らずめが」とののしり、最悪銃殺してもいいと言ってるのだから。
チベットのデモ隊に向かって発砲してもいいという命令は、今までの慣例通りであり、驚くにあたらないが、この悲劇の最中にあるチベット人に対してもこれを適用するというところが、恐ろしい。

これが、カンゼなら今頃大暴動が起こっていてもおかしくない。









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2010年04月18日

ジェクンド大地震五日目 死者1706人 不明256人

ae738d77.jpg新華社は死者1706人、不明256人と発表。
胡錦涛主席が片付け作業に入った現地を訪れた。


17日、ニューヨークタイムズには現地レポートとして

「地震後、チベット人は中国の救助に不信感を募らせる」

と題する記事が掲載された。

以下、その一部を訳す。
http://www.nytimes.com/2010/04/18/world/asia/18quake.html?pagewanted=1
http://www.nytimes.com/2010/04/18/world/asia/18quake.html?pagewanted=2


ジェクンド:
僧侶たちが倒壊した職業訓練学校の瓦礫の上で、つるはしと素手でコンクリートの床を動かそうと格闘していた。
突然、叫び声が上がった。
瓦礫の中から明らかに命の抜けた人の手が飛び出した。
しかし、僧侶たちがこの遺体を取りだそうとすると、それまで学校の校庭でのんびり休んでいた軍人の一団が一斉に行動を開始した。
彼らは帽子を被り、僧侶たちを押しのけた。
ビデオカメラを用意し、その前で急いで少女の遺体を取りだした。

僧侶たちは怒りを抑え、下の方に立って、死者のためのお経を口ずさんでいた。

「自分たちが働いている時、カメラなど見たことがない」と僧侶のガ・ツァイは言う。
彼はこの地震のことを知って、直ちに四川省の僧院から駆け付けた200人の内の一人だ。

「我々は命を救いたいだけだ。彼らはこの悲劇をプロパガンダのチャンスと思っている」

中略

政府メディアでは食糧やテントを支給されて感謝しているチベット人や、専門の捜査・救助班が高山病と戦いながら生存者を捜しているという話ばかり流されている。

中略

倒壊した建物から最初に人々を救い出すのはワイン色の僧衣を着た僧侶たちだ。
土曜日の日暮れ、中国の救助隊は作業を中止した。
それでも、僧侶たちは暗くなっても瓦礫の中で捜索を続けていた。

「彼らが全てだ」と57歳になるオズ・ツァイジャは車のトランクを開けた。
そこには妻の遺体があった。
若い僧侶たちがすぐに死者のための祈りを行なった。

土曜日の朝、僧侶たちは1400の遺体を僧院前の広場から街を見下ろす埃っぽい丘の上に運んだ。

そこには廃墟から運ばれた薪が敷かれた二本の長い堀がある。
僧侶たちは遺体を堀に並べ、葬儀の火を放った。

一日中燃え続ける火の丘の下には何百人もの遺族が訪れ、丘の麓で大きな声で読経を上げる僧侶たちのそばで、無言のまま座っていた。

警官や中国の役人の姿は全く見られなかった。

中略

第三小学校では僧侶たちは50人の生徒たちの遺体を壊れた教室の中から掘り出した。
その後、役人や警官が来て、「何人死んだのか?」と聞いた。
警官はその数を半分にしようと言った。

「彼らは外の人たちが大きな被害を知ることを恐れているんだと思う」と23歳のゲン・ガジャバは語った。

中略

さらにもっと強い非難を聞いた。
地震の後、数日間、僧侶たちが救助活動を行なっているところを見つけては軍隊が来て、僧侶たちの活動を妨げたというのだ。

僧ツァイレンは最初の夜、崩れ落ちたホテルを前にいかに僧侶たちが軍人たちと言い争ったかについて話した。
「我々はどうして自分たちに仕事をさせないのかと聞いた。彼らはただ無視し続けた」

その後、彼を含めて100人ほどの僧侶が職業訓練校に向かった。
そこでは、崩れた寮の瓦礫の中からまだ助けを呼ぶ女の子たちの声が聞こえていた。

軍人たちは僧侶たちが瓦礫の山に近づくのを阻止した。
しばらくして、僧院長のガ・ツァイに役人が突っかかった。
「彼は私の僧衣をつかんで道まで引きずって行った」とガ・ツァイは話す。

夜になり、軍人たちが現場を去った後、僧侶たちは現場に向かった。その夜10数体を掘り出したという。

中略

土曜日にはシャベルカーとブルドーザーが職業訓練学校の瓦礫を掻きわけていた。
ここの生徒である16歳のゴンジン・バジは、それを見ながらそばに立ちすくんでいた。

「昨日、重機が不用意にクラスメートの身体を引き裂いた」と彼女は言う。
彼女はまだ、自分の姉が瓦礫の中から生きて掘り出されるのをじっと持っているのだった。

彼女は無表情に「もっと気を付けて作業してもらえないものか、と思う」
「たぶん、自分たちはただのチベット人だから気にしないのだろう」と言った。
























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2010年04月17日

ジェクンド大地震四日目 死者1339人 不明332人

遺体の山、ジェグ僧院前当局は地震の犠牲者数を1339人と発表した。
その他、行方不明者332人、負傷者11849人、その内重傷者の数は500人以上。
被災者の数は10万人。

朝方のBBCに、廃墟と化したジェグ僧院前に毛布にくるまれ積み上げられた遺体が映し出された。
午後には僧侶たちが遺体を儀式を行ないながら川に流したり、積み上げられた死体の山に火を放つシーンが流された。

遺体この悲惨な状況の中で法王からの直接の慰めを求める声が上がった。
このような願いは現地からRFAなどにも寄せられていたが、昨日http://www.boxun.com/に法王をキグドに招待することを政府に懇願するという手紙が発表された。

チベット語:http://www.tibettimes.net/news.php?id=2557
英語:http://blog.studentsforafreetibet.org/category/media-coverage/reports-from-tibet/

以下、この手紙を主にチベット語より訳す。

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ジェクンド大地震 14.4.2010 ダライ・ラマ法王被災地招聘請願書
2010年4月16日付

地震被災者より胡錦涛総書記及び温家宝首相へ宛てる手紙

胡錦涛総書記及び温家宝首相におかれましてはますますご壮健のことと存じます。

我々の地方が大きな自然災害に襲われた時、お二人を初め共産党政府が救助のために軍隊を派遣され、社会の様々な団体が力を込めて我々を救ってくださったことに対し深く感謝の意を表します。

しかしながら、我々のコミュニティーは仏教に深く帰依し、仏陀シャカムニの教えに従い、代々ダライ・ラマ法王に対し篤信を抱き続けてきました。今、我々は身と心に強く深い苦しみを受けております。今、我々はダライ・ラマ法王が被災地を訪れられ、すでに亡くなってしまった人々を安寧な来世に導き、我々傷つき残された者たちに情けをかけて頂きたいと願うのです。
今日、胡錦涛総書記及び温家宝首相におかれましては、我々にさらなる慈悲の心を起こされ、被災地の人々の心よりの請願を聞き入れられんことを。
我々一万人を超える負傷者は、お二人を初め共産党政府がダライ・ラマ法王との確執を一時忘れ、我々の心よりの願いをかなえて頂くことを深く請うのです。

我々がダライ・ラマ法王をお招きしたいというのは、ひとえに法王により亡くなられた方々を見送って頂き、残された者達の心を癒して頂きたいという、純粋に宗教的な心情に由来するものであり、他意は全くありません。

今、法王が被災地を訪れられ、祈祷の法要をされ、被災者を慰問されることのみが、我々の傷ついた心を実際に癒すことができるのであって、他に方法はないのです。


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ジェクンド首相のサムドン・リンポチェは昨日、ダライ・ラマ法王は今回の地震について深く憂慮されており、もし可能であるなら是非現地に赴きたいと話されている、と伝えた。
http://tibet.net/en/index.php#
リンポチェは「メディアの報告によれば、現地で耐え難い苦しみの中にあるチベット人たちが、ダライ・ラマ法王の加持を得たいと懇願しているという。そのようなチベット人たちの心を知らされ、我々はあたかも己の心が鋭いもので突かれたように感じた」と語り、

「もしも、状況が許すなら、法王としては、直ちに現地に赴くということに何の躊躇もない」

「しかし、現地を訪問するなど考えるだけでも夢のようなものかもしれない。我々は被災者たちがいつの日か法王に逢うことができますようにと、祈願し、行動するしかない」と続けた。

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以下、現地に入られた日本の共同通信さんの記事を一つ転載。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010041701000124.html

青海省地震発生から72時間経過 重機投入を拡大
【共同】中国青海省地震で17日朝(日本時間同)、がれきの下に閉じ込められた負傷者の生存率が著しく下がる「発生72時間」が経過。被害が集中した玉樹県結古鎮の家屋倒壊現場では、大型重機の投入が目立ってきた。生存者の救助活動とともに、がれきの撤去など復興へ向けた動きも見え始めた。
 結古鎮中心部のコンクリート製建物の倒壊現場では16日、重機数台でがれきを取り除いていた。その作業を見ていたチベット族の女性は「まだ中に人がいるのに」と目に涙を浮かべていた。重機ががれきを持ち上げる中、チベット仏教の僧侶らボランティアが、中に人がいるかどうかを確認し、時折布に包んだ遺体を運び出していた。
 倒壊現場の多くでは夜は作業を打ち切る。標高約3700メートルという悪条件に加え、大型の投光器がないためだ。そのため、救助活動は難航しているが、16日には発生から50時間余りを経た救出劇もあった。
 その一方で結古鎮中心部は16日午後、支援物資を積んだ車両などで渋滞。人民解放軍部隊による炊き出しも増えた。

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ジェクンド大地震 14.4.2010 青海総合放送では相変わらず、温家宝の現地視察と寄付金集め、あとは大型の救援機に物資が積み込まれていくという映像ばかり流しています。
渋滞を抜けてやっと到着した中国の救援隊も高山症状と意志と言葉の問題により、十分には活動できていないようだ。このほど周辺の大学で学ぶチベット人の学生500人を通訳として動員することを決めたとか。

想像してみるといい。もしも、中国が何も要らぬ手を出さず、すべてを周辺のチベット人と外国の救助隊にまかせていたとしたならば、、、、
周辺のチベット人たちは言われなくても率先して同胞を救おうと現地に駆け付けている。

ジェクンド大地震 14.4.2010 もしも、法王が初めから一言チベット人たちに縁援助を呼び掛けていたとしたら、現地は今頃助っ人で溢れ、食糧、医療も今よりは比較にならないぐらい、みんなに行きわたっていたことであろう。
チベット人には高山症状も意欲、言葉の壁も文化の壁もない。

玉樹にはすぐそばに温家宝が乗って来た大型ジェット機も発着できると立派な空港がある。
軍が止めなければ、外国から大型輸送機で質のいい医師、医薬品、食糧等がとっくにバンバン届いているのだ。
中国政府は助けに行こうとするチベット人や外国の支援隊を規制している。

これは天災であると同時に大きな人災である。

父、母を失い取り残された子供たち、大黒柱の夫や妻、子どもたちを失った人々が食糧もなく、傷を癒すこともできず吹きさらしの中、途方に暮れ、廃墟を彷徨っている。


法王は今日次のように語られた。

「物理的な距離が故に、私は今、直接被害者たちの心を癒すことができない。しかし、彼らに伝えたい、私が彼らのために祈っているということを」

キグドではダライ・ラマ法王がいらっしゃるという噂が流れ初めているという。








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2010年04月16日

ジェクンド大地震三日目

ジェクンド大地震 14.4.2010現地にはようやく(高山病に苦しみながら)外国メディアが次々到着したようだ。

現地報告の中、日本以外を読むと、
例えばパユルに掲載されたロイターの中に次のような話が載っていた。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27125&article=Tibetans+mourn+dead+as+China+quake+toll+hits+760

「ケグドの大きな僧院(おそらくジェグ・ゴンパ)がある丘の麓に僧侶が集まり、死体の山を前に真言を唱えていた。
僧侶の一群は、数百体はある死体の山の中を、身寄りを探しに来た人を助けて死体を動かしていた。

“あなたが目の前にしているのは家族がもういないか、まだ家族が捜しに来ていない遺体です。だから、これらの遺体を大事に扱うのは我々の仕事なのです”あずき色の僧衣を着たロプは話した。

“我々はすでに1000体か、それ以上の遺体をここに集めた。
遺体は自分たちで集めたのもある、ここに送られて来たのもある”

ある現地のチベット人は、“政府が発表している犠牲者数760人は信じられない。政府が数えていないだけで、他に多くの人が死んでいる”と語った。

“もうすでに多くの遺体が家族により引き取られていった”とロぺは言う。」


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ジェクンド大地震 14.4.2010 BBCのネット版には現地と連絡が取れたチベット人の話が沢山紹介されている。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/8621565.stm

例えば現在イギリス在住のジェクンド出身のドルマは携帯で現地の家族と話しをすることができた。


彼女はBBCに次のように語った。
「多くの親戚が亡くなった。ある伯父の家族は5人を亡くした。他の親戚が3人とか、4人とか失った。友達も亡くなった。みんな死んでしまった。本当に大惨事だ」

彼女自身の家族は全員無事だった。しかし、家は完全に倒壊してしまったという。

ジェクンド大地震 14.4.2010 兄弟の一人は地震が起こった時、庭にいたという。
「彼はすぐに3歳になる娘の姿が見えないことに気付いた。
そこで、まだ地面は揺れ動き、家は崩れ始めているというのに、彼は幼い子供を救うために家に飛び込んだ」とドルマは伝える。

「小さな3歳の娘は台所のストーブのそばに、何が起こったのかまるで分からず、立ちすくんでいた。
それを見つけた父親はすぐに子どもを抱えて部屋の隅にうずくまった。
その次の瞬間、家全体が崩れ落ちた。

その後、外から他の家族たちが“ああ!お父さんと娘が死んでしまった!”と泣き叫んでいる声を彼は聞いた。
彼は“俺たちはここにいる!ここにいる!”と何度も叫んだ。
その声を耳にして、家族はみんなで瓦礫を取り除き、二人を助けだすことができたという。
幸運にも、彼は最後には娘を救い出すことができたのだ」

残された者達も毛布や水、食糧が極端に不足していると訴える者が多い。
骨折したまま路上で呻いているものもたくさんいるという。

ジェクンド大地震 14.4.2010 C/L Arnord Kingその他、RFAなどに寄せられる現地からの情報によれば、救助隊は主に役人の家や政府庁舎から人を救いだしたり、物を運び出すことに、今のところ専念しており、一般のチベット人の壊れた家から人を救いだしたりすることは、ほとんど行なっていないという。

武装警官隊などは街の至る所にいるが、ほとんどはただ警戒のために立っているだけで人を救助することには手を出さない。
それどころか、瓦礫を取り除いて人を救いだろうとすると、止められた、という報告もある。

「軍隊も沢山到着しているが彼らは生存者を救い出すことには関心がなく、ただチベット人たちを集めることばかりやってる」

「ダムが決壊する危険があると言って軍は人々を山に追いやっている。軍人たちもチベット人を助けることより、自分の命を守ることばかり考えてる」という。

ジェクンド大地震 14.4.2010 危険な状況の中にあることを知りながら、一般人を救い出すために働いているのは主に僧侶たちだ。
ケグ僧院から700人、セルジュ僧院から同じく700人、セルタ僧院から500人が現場に駆け付け救助活動を行なっている。
その他の僧院、尼僧院からも大勢駆けつけている。

ただ、当局は現地にボランティアで救助に向かおうとしている外人やチベット人を検問で追い返しているという。
中に入れるのはごく限られた特別の許可証を持つものだけのようだ。
http://www.rfa.org/english/news/china/rescue-04152010161807.html


犠牲者数について、多くの現地のチベット人は政府が被害を少なく見せるために嘘を言っていると主張する。
学校の先生が亡くなった生徒の数が少ないと訴えるケースもある。

ダラムサラにあるチベット国民民主党のプレスリリースによれば、タグ・タンと呼ばれる場所に新たに1000体以上の遺体が積み上げられているのが報告されたという。

このリリースによれば、「中国は実際には多くの救助隊を現場に送っているわけではない。
それは、上流のキグ・ダムが決壊するおそれがあるからだ。多くの住民たちはこのダムが決壊するという話を知って、山の上に非難し始めている」という。

この住民が山に向かっているという話はRFAでも話題になっていた。

ところで、中国は今回の地震の規模をマグニチュード7.1と発表している。
これに対し、アメリカの地震局はマグニチュード6.9と発表した。
http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/recenteqsww/Quakes/us2010vacp.php
さて、どちらが正しい、というか近いのか?
専門家の間ではアメリカの地震局の発表はほぼ間違いないと思われているが、中国のは恣意的であてにならないことになっている。

ジェクンド大地震 14.4.2010では、なぜ中国が今回7.1という強めの数字を出してきたのか?
ある人は「中国では2008年の四川大地震の後、学校倒壊が問題になった。そこで当局はすべての学校はマグニチュード7.0に耐えるよう設計されるべし、という通達を出した。もしも今回の地震がマグニチュード7.0以下であれば、当局は責任を追及される羽目に陥る。だからこれを避けるために7.1にしたのだ」という。
(マグニチュードだけを基準に建築物の倒壊をうんぬんする国は少ないでしょうが)
真相は容易には判りそうにないが、嘘であることは確かのようだ。

青海総合テレビでは温家宝首相の現地視察と、募金活動の様子ばかり流している。
募金しているのはチベット人の僧侶や学生ばかり、不思議な金の周り方だと思う。

捜索犬が列を組んで飛行機に乗せられて行く、という映像は流れていますが、現地では平地から来た犬も高山病でふらふらになり使い物にならないとか。

青海省宣伝部の吉狄马加部長は「特に救援活動とその成果を取り上げた報道が好ましい。震災救援が順調に行っているというニュースは、よい世論形成につながる」と語った。

ジェクンド大地震 14.4.2010この地区の山間部には昔から遊牧民が多く住んでいた。
政府は近年彼らを強制的に道路わきの集合住宅に移住させた。
ヤクを売り、テントから安普請のコンクリート・ブロックの家に移るしかなかった。
地震で倒壊した家の多くは日干しレンガ積み、或は中空セメント・ブロック積みであることがわかる。

ビデオや写真を見ると、なんと驚いたことに、倒れて地面に転がっている中空ブロックの中身はどれも空っぽだ。
普通日本なら中空部分には鉄筋とモルタルがはいる。
鉄筋はあたり前にないとしても中にモルタルも詰めずにどうやって積み上げて行ったのか?不可解でならない。

おそらく注意深く積み上げた後、壁の外側に仕上げのモルタルを塗るだけで済ませていたのであろう。これでは人が足蹴をくらわしても崩れるほどの脆い壁であったろう。
だから、もちろん彼らの家も壊れた。
生き残った者たちには今、少しずつまたテントが与えられているという。
これもまた中国のキツイ冗談の一つだ。


ジェクンド大地震 14.4.2010 すでに、最初の地震発生から三日目に入った。
地震発生から72時間以内が瓦礫の下敷きになっている人たちの生死の分かれ目とよく言われる。
夜中、氷点下まで下がるこの地では72時間は難しかろう。

もしも、日本で、外国の援助を断って、地震の被害者を数日間も放置した、救出しなかったということが起こったならば、政府は即解散だ。

中国に日本級の救助活動を期待するわけではないが、それにしてもこれが日本なら数千人の命が救われていたことは間違いない。

其々の僧院には、地区ごとに集められた数百という遺体が並べられているという。


ジェクンドの明日の天気は、小雨か雪。
風が強く寒くなるという。

首相によれば法王は「できることなら、すぐにでも現地に行きたい」と側近に語られたという。
チベット人は苦しい時には常にダライ・ラマ法王の名を呼び、助けを求めると知っておられるからだ。
もしも、今法王がジェクンドの廃墟の丘に立たれるなら、それだけでチベット人は千倍勇気づけられることであろうに。
















rftibet at 16:15|PermalinkComments(11)TrackBack(0)

募金活動のお知らせなど

ジェクンド大地震 14.4.2010現地からの映像や写真が発表され始めた。

ビデオ: 
http://yushuearthquakerelief.com/

写真14枚: 
http://www.nytimes.com/slideshow/2010/04/15/world/0415-QUAKE_12.html

昨日も追記として紹介した写真36枚:
http://blog.163.com/qhhlzx_007/blog/static/443803201031513017215/


ーーーーーーーーーーー

以下、今回の地震に関するITSNからのお知らせです。(若松さま訳)
募金活動の情報もあります。

SFTについてはSFT・Japanが別途に日本語ホームページで募金活動を行っています。
http://www.sftjapan.org/nihongo:quakeinkham


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皆様

チベットで起きた大地震の悲惨な状況に関して、たくさんのITSNメンバー団体から、どのようなアクションをとることができるかとの、問い合わせをいただきました。
いくつかの団体から、すでに以下のようなわかりやすい要請を発信しましたので、お知らせします。


Students for a Free Tibet では昨夜、震源地に近い地元の団体を通じて募金をする等を含む、役に立つ情報をリリースしました。
また、被災地がチベットである点を強調するための様々なアクションを紹介しています。メッセージはこのメール下部に転送しました。SFT
HQサイトのリンクはこちらです:
http://blog.studentsforafreetibet.org/2010/04/devistating-earthquake-in-eastern-tibet-kills-hundreds/


Taiwan Friends of Tibet からは中国政府に対して、国際救助隊と報道人の被災地への立ち入り許可を認めるよう各団体から要請する提案がありました。


ITSNでは引き続き詳しい状況、特に国際救助隊と報道人の立ち入りに関してモニターしていき、状況の展開に応じてアクションや情報の提供を行っていきます。


それまでに、皆様の団体で行われているアクションや情報を共有するため、ITSNまでお知らせ下さい。
よろしくおねがいします


ITSNセクレタリアット一同より


以下はSFT HQによる緊急メッセージの要請項目


1)緊急救助活動を支援するために、震源地である地元にアクセスのある団体から寄付をする;


Tibetan Village Project: http://www.tibetanvillageproject.org/ (注;FACEBOOKのCAUSESのページからでも寄付ができます):
http://www.causes.com/causes/472609)


Tibetan Relief Fund: http://www.tibetrelieffund.co.uk/
Machik: http://www.machik.org/index.ph

Tibet Foundation: http://www.tibet-foundation.org/news/urgent_emergency_appeal_-_kyekudo_yushu_earthquake/

Thrangu Rinpoche Trust: http://www.thranguemergency.org/



2)被災地はメディアが報道している「中国西部」ではなく「チベット」であることを広める。

FACEBOOKのアカウントを持つ人はステイタスを以下のように変える:Quake in Tibet. Please help. Donate here: http://www.causes.com/causes/472609(Please RT)

日本語訳:『チベット大地震、ヘルプ!寄付はこちらから;http://www.causes.com/causes/472609(転送歓迎)』

* 被災地のチベット人らによるネット上の感動的なブログポストをHIGH PEAKS PURE EARTHのサイトで読む; http://www.highpeakspureearth.com/2010/04/earthquake-in-tibet-initial-reactions.html
* 新聞やメディアにコンタクトする:被災地は中国支配下のチベットであり、ジェクンドはチベットのカム地方にあり現在は中国によって青海省の一部とされています。

* HIGH PEAKS PURE EARTH:によると中国のメディアでは被災地を「チベット族自治州、青海省、Yushu (玉 )」と呼び、西側メディアでは「チベット高原」の一部である、中国西部または南西部で「チベット族が居住するエリア」として紹介しています。

* また、BBCでは3河川の源流にある巨大なダムの壁にひびが入り、ダムの決壊を怖れた地元住民が高台に避難するなどした情報を報道しています。当局はダムの壁のひびについての知らせを受けて貯水を放流し、決壊を逃れたとされ、中国政府は地震が起こりやすい、このエリアにいくつもダムを建設する計画があります。

Tibetan Plateau blogでダム計画の地図をご覧下さい: http://tibetanplateau.blogspot.com/2010/02/dams-on-upper-reaches-of-yangtze-mekong.html
* さらにNPRレポートの報告によると市街地の建物85%が壊滅したとし、 the Red Cross ( 赤十字)によると70%の学校が破壊されたと報告してしています。(NPRレポート:http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=125930694)
* この地域は高原の草原にて伝統的な手法でもって生活するチベット人遊牧民や牧民が近年の区画整理のため多くの遊牧民が放牧地と家畜を失い貧しい暮らしを余儀なくされている新興地域です。

4月14日のNewsweek blog postの記事では、中国政府による、ジェクンドの市街地に多く見られるコンクリートでできた、貧しい公共住宅施設への、チベット人遊牧民の強制定住の強化を報告しています。中国政府は今後5年間で青海省の全ての遊牧民を定住させる計画です。

* 中国から届く報道では中国軍による災害救助隊が現地入りと伝えられていますが、震源地の回りの地区でも食料や水が途絶えているとの報告が届いています。あるチベット人から発せられた、今の現状について「車で5、6、キロ、離れたDenmaにいる人まで野外で寝ることを余儀なくされている。ここには食料もなく、軍隊は道路を使えるルートでしか来ないそうなので、救援が届くのに2、3日はかかるだろう。




ジェクンドの人々のためにできることを引き続きアップデイトしていきますので、再度チェックしてください。

以下参考リンク:

青海省玉樹(ケグドゥ)チベット自治州で発生した地震に関するダライ・ラマ法王の声明: http://www.dalailama.com/news/post/520-his-holiness-offers-his-condolences-to-the-victims-of-the-earthquake-in-kyigudo
青海省玉樹(ケグドゥ)チベット自治州で発生した地震に関するダライ・ラマ法王の声明:日本語;http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/100414_eq.html
アメリカ合衆国下院議長 Nancy Pelosi声明: http://www.speaker.gov/newsroom/pressreleases?id=1629
Free Tibet (本部UK ): http://www.freetibet.org/newsmedia/earthquake-eastern-tibet
International Campaign for Tibet (本部Washington, D.C.): http://savetibet.org/
World News Blog (The sensitivity behind the latest Chinese earthquake中国大地震の隠された裏について): http://blogs.channel4.com/snowblog/2010/04/14/the-sensitivity-behind-the-latest-chinese-earthquake/
BBC (China earthquake kills hundreds in Qinghai中国大地震、青海省で数百人死亡): http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/8619593.stm

NPR (Earthquake In China Kills 400; Thousands Injured中国地震で400名死亡:数千人負傷): http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=125930694
New York Times (Strong Quake Kills Hundreds in Western China中国西部で大地震、数百人死亡): http://www.nytimes.com/2010/04/15/world/asia/15quake.html

転送歓迎します!

以下原文略



rftibet at 10:20|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2010年04月15日

ジェクンド大地震二日目

ジェクンド地震ジェクンド(キグド)大地震のニュースは世界中飛びまわっているが、その元は今のところほぼ中国ソースに限られているようだ。
今回も当局は外国メディアが現地に近づくことを嫌がっている。
何を隠すことがあるのだろう。
(CNNとアルジャジーラは今日現地入りしている)

日本政府はじめ各国が有難くも緊急救助隊を派遣したいと申し入れたにも拘わらず、中国政府は、今回一切外国の援助を断ると言ってきた。

ダラムサラでは中国のテレビもいくつか見ることができるので昨日から中国のテレビも見ていた。
昨日は短いニュースがときどき伝えられるだけで、驚くほど無視されていた。
現地との連絡が取れなかったせいもあろうが、報道の仕方を決める会議に時間がかかったとも考えられる。
今日は、青海総合放送を中心にかなりの時間をかけて地震関係の番組は組まれていた。
しかし、そのほとんどは副首相の回良玉が被災地を視察して激励して回るというシーンがその大半。
その他は救援隊がいかに活躍しているか、、、というより今から出かける救援隊の勇ましい姿が映し出される。

ジェその後、やっと現場の廃墟と化した光景やら道端で布団にくるまり寝ているチベット人、頭から血を流しながら医師の診断を待つ女の子などが映される。
でもこれはすぐに終わり、また延々と地震に関する会議や座談会の様子を流す。

全く災害は政府の活動を宣伝する機会でしかないように感じられる。
現場のリアリティーは全く欠けている。
今も大勢の生き埋めになっている人が呻いているであろう、瓦礫をバックに映し出しながら、ただの悲しそうな歌を流している。
過去の悲しい物語を再現しているような冷たい客観性を感じた。

ジェクンド地震チベット人のブログやメールには傷つき助ける者もなく放置されている様子を伝える写真などが沢山で出てるという。

外国の救助隊を断り武装警官隊ばかり投入しているのは、チベット人が救助の遅れに怒り始めたときの準備なのか?

テレビの中で思わず笑ってしまった一場面があった。
副首相がある医療テントの中で4,5人の医師を前に演説している。
そのすぐ前には手術台のようなベッドに裸で横たわった患者らしき身体がある。
医者は長い演説を聞きながらも患者の身体を指で時々つついている。
実に長い間、副首相のお話は続いていた。

まさか、本物の緊急患者を前に医者を直立させたまま長ったらしい演説をぶったとは思えないので、これはヤラセだったと思うことにした。


ダラムサラ14.4.2010周辺のチベット人たちは僧院を中心に、同胞を助けようと私設救援隊を組織して送り出したところも多いと聞く。

死者は今のところ617人というのが中国側の発表だか、中国の犠牲者数は少なめで全く当てにならないことは世界中が知っている。

この数はジェクンド市内だけの話である可能性は高い。
今は冬虫夏草の採集時期なので多くのチベット人が田舎に散っているという。
街から離れた山間部の民家も全壊したとおもわれる。
遠い村の重傷者は死を待つしかないかもしれない。

死者の出なかった家族はないと言われている。
地震が多い地域として有名なのにチベット人の家やゴンパはほとんどが日干しレンガで作られていた。
犠牲者の数は最終的には現地の人々が伝える3000人に上ると思われる。

余震を含め正確な震源地を以下のURLで見ることができる。
地震は広い地域で起っていることがわかる。
http://www.tibet.org/earthquake/



ダラムサラでは昨日も今日も今回の地震の被害者に対するモンラム法要が行われた。

昨日のモンラムの様子とダライ・ラマ法王のお話がyoutubeにアップされた。
http://www.youtube.com/watch?v=a6pB2BtlAsc

直接dalailama.comにアクセスしても見れる。
http://dalailama.com/webcasts/post/101-his-holiness-offers-his-condolences-to-the-victims-of-the-earthquake-in-kyigudo

法王のお話を以下に訳す。
自分で現地に駆け付け、直接苦しむ人々を助けることができないという、悲哀を感じてしまう。

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「今日の朝ニュースによれば、キグドで大きな地震があったという。
朝のニュースでは62人が亡くなったという。
数百人と言う人もいる。
中には2,3千人死んだと言うものもいる。
詳しくは判らない。
酷い地震があった。
大きな地震があった。

何もすることができない、、、モンラム(祈祷)するしかないだろう。
チベットの中で起ったことだ。
宗教・文化省に言って、ツクラカンでモンラムの法要を行なうといいだろう。

ニンジェ(可哀そうに)、、、

我々は仏教徒だ。
幸・不幸、何が起ころうと、主に、それは自らなした過去の業の果なのだ。
地震で命を失ったり、骨折などのけがをしたのは、前世からの業の果が熟し現れたからだ。
だから、これまでに犯した他の有情を害した等の悪業の果から(自分を含めみんな)これで自由になりますようにと祈念するがよかろう。
そうすれば利があるだろう。
自分の心の苦しみを少し減じることができるし、苦しみを逆に徳を積む機会にすることもできる。利がある。

もしも、みんなも災難に遭った人たちと連絡をとる機会があったなら伝えるといい。
不幸な災難はもう起こってしまった。
悲しんでばかりいなで、この時にできるだけ善を積もうと思うべきだ。
マントラ(真言)を唱えたり、ロジョン(苦しみを受け入れる行を中心とする教え)を行じ、他の有情の苦しみを引き受けることができるなら、困難を菩提への道に変えることができる。
それはよいことであろう。
そうじゃないか?

これだけだ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

追記

これを書いてる間にも新しいニュースが入ってきます。
朝日とか日本のメディアも現地に到着したそうです。

ジェクンド地震以下に生々しい写真がたくさん載せられています。
http://blog.163.com/qhhlzx_007/blog/static/443803201031513017215/




rftibet at 18:40|PermalinkComments(1)TrackBack(0)