ダライ・ラマ法王

2011年02月23日

ダライ・ラマ法王ムンバイで、エジプトとチェニジアの平和的抗議活動を称賛される

ムンバイの法王2月19日付けphayul.com http://p.tl/q4k2

(写真は2枚ともOHHDL/Tenzin Chojor撮影)

ダライ・ラマ法王は中国が変わる事により、チベット問題が解決されることを期待すると述べられた。法王は先週金曜日ムンバイ大学にて学生と職員を前に「古来の智慧と近代的思考」という題で講演を行なわれた。「中国では一党独裁による全体主義体制が続いている。しかし、この30年間を眺めれば、変化した面も多い。今も、変化の兆しが認められる。世界は変化している」と76歳になるチベット人のリーダーは語られた。

最近TIMES紙により「人類史上もっとも有名な政治的アイコン:25人」の中に選ばれた1989年度ノーベル平和賞受賞者は「近代的大学は、学生に全体的視点を持つよう教育すべきだ」とし、さらに「暴力は如何なる問題に対しても建設的手段とはなり得ない。常にアヒンサ(非暴力)の原則を堅持すべきだ」と勧告された。

「暴力は予測不可能な結果を生み、また非現実的手段だ。アメリカの前大統領ジョージ・ブッシュは・・・彼は非常にいい人で私は好きなのだが、彼のイラクとアフガニスタンに対する戦争政策は良くなかった。民主化を進めるのは常に良いことだが、その手段が良くなかった」と法王。

ムンバイの法王この後、同じ日タージマハール・ホテルで法王は神経外科医が集う会議にも参加された。

法王は「最近のエジプトとチェニジアにおける民衆蜂起は、インド建国の父であるマハトマ・ガンジーのイギリスに対する非暴力闘争の伝統に従うものだ」と語られた。

さらに「ガンジーにより掲げられたこの信条はアメリカの市民権運動を率いたマーチン・ルーサー・キングとアパルトヘイトに反対した南アフリカのネルソン・マンディラに影響を与えた」と述べられた。

さらに「嘗て、フィリピンからチリまで平和的市民運動が多くの変化をもたらせた。今、同じようなことがエジプトやチェニジアで起こった。デモを行う人々が一度も発砲することなしに達成された。このように、世の中は変化している。彼らは非暴力主義に従っている」

「非暴力主義を弱さの印と見なしてはならない。それはむしろ強さの印なのだ」とチベットのリーダーは語られ。「20世紀は血に塗られた世紀だった。原子爆弾を含む、常軌を逸した暴力が行使された。この結果、確かに某かの平和がもたらされたかもしれない。しかし、21世紀は対話の世紀でなければならない。さらに、もっと平和な社会を生み出すために」と結ばれた。


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2011年02月06日

ダライ・ラマ法王13位、TIME「25人のトップ政治アイコン」

a694f613.jpg写真はTIMEから(C/R DAVID MCNEW / GETTY IMAGES)

TIME紙は2月6日、故レーガン大統領の生誕100周年を期し、歴史(現在を含む)の中から「25人のトップ政治アイコン」と名付けた有名人を選出、発表した。この中、ダライ・ラマ法王が13位に選ばれている。
一人一人について説明されているが、その中ダライ・ラマ法王に関する説明を以下に訳す。

元記事:http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,2046285_2045996_2046135,00.html
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無数のチベット人にとってダライ・ラマ法王は精神的リーダーであり、また亡国の首長でもある。しかし、世界中の人々にとって、テンジン・ギャツォはチベット人の権利とチベット仏教の美徳のみならず、宗教間の寛容と平和をも宣揚する最も偉大で最もポピュラーな人物でもある。

1959年に亡命した後、数十年に渡り彼はチベットと中華人民共和国の間の緊張を解決することに努力し続けて来た。そして、先のガンディーやマーティン・ルーサー・キング・ジュニアのように、ダライ・ラマはその手段として非暴力と忍耐を貫いた。この努力により彼は1989年ノーベル平和賞を受賞した。

ダライ・ラマはその謙虚さにより各国の首脳や宗教的指導者に愛され、チベットへの関心と強力な支援への機会を世界規模に拡大することに成功した。

1998年に出版された彼の「The Art of Happiness(日本語タイトル:ダライ・ラマこころの育て方)」はアメリカで150万部売れ、ニューヨーク・タイムスの「最も売れた作家」を2年間維持した。

一方、ダライ・ラマ14世は北京政府からの愛を少しも得られてはいないようだ。北京政府は彼との交渉を拒み、彼を「僧衣を着た狼」と呼び、この偶像的人物が死ぬのを待っているらしいのだ。ダライ・ラマは世界中から慈悲と同情を得たが、彼の永遠のレガシーは悲しく、うなだれた失敗のそれとなるのかもしれない。

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なんて、TIMEは最後に失礼なことを申しておりますが、法王も最近おっしゃった「中国共産党の寿命より、私の寿命のほうが長いと思う。ハハハ・・・」

ま、勝負はまだまだ、最後の奥の手は次のダライ・ラマ15世にバトンタッチというのもあるし。

以下にここで選ばれた25人をリストアップする。が、この中今も生きているのはたった3人、その中で法王はもっともお若いのだ!!!

一番古い人はアレキサンダー大王。彼は2300年以上前の人、つまり、法王は人類2300年の歴史の中から選ばれた著名アイコンの1人なのだ。
もちろん、いい人ばかりじゃない、悪い人も沢山含まれてるが・・・

日本人が選ぶとまた、かなり違ったものになる事は間違いない。日本人が選ぶと法王は入らなそうだ、、、

上位から順番に書き出す。
1:マハトマ・ガンディー、2:アレキサンダー大王、3:毛沢東、4:ウイストン・チャーチル、5:ジンギス・カン、6:ネルソン・マンデラ、7:アブラハム・リンカーン、8:アドルフ・ヒットラー、9:チェ・ゲバラ、10:ロナルド・レーガン、11:クレオパトラ、12:フランクリン・ルーズベルト、13:ダライ・ラマ14世、14:ヴィクトリア女王、15:ベニート・ムッソリーニ、16:アクバル大帝、17:レーニン、18:マーガレット・サッチャー、19:シモン・ボリバル(南米の革命家)、20:秦皇帝、21:金日成、22シャルル・ド・ゴール、23:ルイ14世、24:ハイレ・セラシエ1世(エチオピア帝国最後の皇帝)、25:リチャード獅子心王とサディン(十字軍関連)。

10位のロナルド・レーガンはご祝儀か?

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おまけ:チベットの人気歌手シェルテンがダライ・ラマ法王を讃えて歌う「ལྷ་བྱ་དཀར་པོ། 天界の白い鳥」
http://www.youtube.com/watch?v=7PqpK2rbajs







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2010年12月26日

ダライ・ラマ法王の講演「Peace through Compassion」カナダ、Calgary大学にて その2

ダライ・ラマ講演、カナダCalgary大学写真は当講演会(phayul.comより)

法王の講演はおよそ40分間に過ぎなかった。

今回が後半であり、これですべて。

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 平和は大切なことだ。20世紀の間に、歴史家たちによれば2億人以上の人々が戦争により殺されたという。第一次世界大戦、第二次世界大戦、内戦、、、中国の内戦、その他の様々な紛争、朝鮮戦争、ベトナム戦争等により2億人以上の人々が殺された。だから、20世紀は「血の世紀」と呼ばれるのだ。今、21世紀の始めにおいても、善からぬ事件が起こっている。今も世界のどこかでは殺し合いが行われている。これらの暴力的行動により本当に問題が解決されるのか?ノーだ。

 暴力の一つの側面は不測の事態を引き起こすということだ。例えば、アメリカのように。ブッシュ大統領は尊敬できる率直な人柄の人物で、私は彼が好きだ。人としては好感のもてる人物だ。イラク問題、アフガニスタン問題、動機としては確かに独裁政権を倒し民主主義を確立し平和を求めたのかも知れない。しかし、その方法は暴力だった。従って不測の事態が生じた。

 暴力とはまず第一に、人間性を否定するものだ。第二に、暴力は不測の結果を引き起こす。第三に、今日、現実においては、地球全体が一つの世界のようになっている。以上の理由によってそれは非現実的手段だといえる。全世界が我々の一部と化している。個人の一部となっている。100年前までの「我々」と「彼ら」という概念はすでに存在しない。我々は全世界を自分たちの一部と認識しなければならない。経済の分野でもすべてが緊密に依存し合っている。個別の現象はほとんど存在しない。相互依存している。環境においても、夫々の大陸が緊密に相互依存し合っている。これが今日の現実だ。この現実に従えば、隣人を破壊することは自分を破壊することと同じことだ。だから、戦争という概念は時代遅れだ。

 一方で、人間がこの地球上に居る限り、確かに何らかの衝突、異なった利害、意見の不一致は常に存在する。だから我々はこれらの不一致や対立を解消する方法を持たねばならない。それを解決するために暴力や力を使ったりすることは時代遅れで、非現実的だ。唯一、現実的解決方法は対話による、というものだ。対話を行うには意思の力が必要だ。意思の力を持つためにはまず、相手も自分たちの一部だという認識が必要だ。これは自分たちの(ドメスティック)な問題なのだと。

 ドイツの科学者が「今日の現実に従えば、それぞれの政府に防衛省と外務省は必要ない」と語ったことを思い出す。「この二つの省は『我々と』と『彼ら』の概念を基にして存在する。外務省とは『他の彼ら』と交渉するところだ、なんらかの自分たちとは違う政策をもつから外務なのだ。外部からの危険、攻撃が、『彼ら』から来るから防衛なのだが、これらは今日の現実に則してない」と説明した。だから、全世界を自分たちの一部と認識し、尊重し、違いは対話という人間的方法で解決されなければならない。このためには相手も自分の一部だ、自分の利害も彼らに依っているという明確な認識が必要だ。これが世界レベルの話だ。このレベルにおいても慈悲が非常に大事だ。

 そして、これは家庭のレベルにおいて言えることだ。もちろん、人間であるからには、何らかの不一致は常に起こり得る。ちょっとした違いから、互いに猜疑心を募らせ、不信がおこり、いつか幸せな家庭が破壊される。また個人レベルにおいては、共通体験として、心が静かな時にはより多くの幸せを感じるということを知っている。怒ったり、イライラすれば、その日の終わりに不幸せな気持ちになる。だから、基本的には我々は怒りを良いものとは思っていない。嫉妬、猜疑心、怖れの感情は人を居心地悪くさせる。基本的には人はこれらを望んでいない。

 慈悲に基づいた考え、態度は即座にその場に心地よい雰囲気を生み出す。怒りとは異なった表情を作り出す。自然に不信感を減じることができる。そうだろう。また、慈悲に基づいた態度は、個人の行動を開けっぴろげに、正直にさせる。もしも、これとは異なった嫉妬や憎しみを動機として行動する時には開けっぴろげな、正直な態度をとることができない。偽善的態度を取ると心の中に直ちに不安、居心地の悪さが生じる。現代生理科学においても、つねに不安であったり、憎しみを持っていたりすると、実際にその人の免疫機能が破壊されるという。これを「免疫システムを食い荒らす」と表現する科学者もいる。

 一方、静かな心は我々の免疫システムを維持するのに非常によい要素となる。このことは自分の経験からも言う事ができる。去年、私は手術をした。胆石をほぼ20年間もため続けていたので、数が増え胆嚢がほぼ3倍に膨れ上がって化膿していた。それで、実際の手術が始まって、普通より難しいことになった。一般には15~20分で終わる手術が、私の場合、3時間も掛かった。かなり重症だったということだ。しかし、一週間で完全に回復した。先生たちも驚いていた。年齢の割には驚くほど早く回復したと。これは、先にも言ったが、私のヒーリング・パワーのせいではなく、心の平安さが故だ。これは本当に大きな違いをもたらす。自分の個人的経験からこれだけは言う事ができる。

 心が平静ならば、外的状況にそれほど左右されなくてすむものだ。心が平静ならば、敵対的状況の中でもその影響を最小限にとどめることができる。そうでなく、心が落ち着かず、不安が多い場合には、たとえ親友に囲まれ、最高に便利な生活に囲まれていても、幸せな人にはなれない。私は多くの裕福な家庭を知っている。中には億万長者もいる。非常に金持ちで有名人でもあったりする。しかし、その人は一人の人間としては非常に不幸な人だったりする。だから自分の幸せのために心の平静さは大事だ。そして、友情。我々は社会的動物だ。真の友情や心からの笑顔は幸せの源だ。これらはすべて愛情から来る。これらが真実だ。世界レベルでも、社会レベルでも、家族レベルでも、個人のレベルにおいても、心の平安は非常に有益なものだ。落ち着かぬ心は実利的にも非常によくないものだ。

 では、次の問題は、如何にこの内的平安を育てるかだ。内的平安は自信と関係が深い。慈悲深くなれば人は自然に自信を増すことができる。これは明らかだ。慈悲深い態度には何も隠すものがない。憎しみの心には偽善が付きまとう。

 では、次に我々は慈悲を育てる事ができるのか?答えはイエスだ。我々はみんな母親から生まれた。我々の人生は母親の限りない愛により始まった。このようにして我々は人生を歩み始めたのだ。生まれたすぐ後から母親はできる限り子どもの世話をやく。子どもの側は、まだ思考が発達していないので、その世話をやいてくれる人が誰であるのかを認識していないが、生理的反応として完全にその人に頼ろうとする。

 そして相互に緊密な絆を築く。これは宗教とは全く関係なく、自然にそうなるのだ。生理的要因による現象だ。この経験をすべての人が共有している。だから、我々の血の中に慈悲の種は存在していると言えるのだ。そのことに対し、どれほどの注意を払うかどうかの違いがあるだけだ。普通、我々はそのようにして人生をスタートさせている。しかし、次第にその価値を忘れ、他のことに目を向け始める。

 一方で、人間には生存のために攻撃的な性格も備わっている。怒りとかの性格も生存のために必要なのかも知れない。しかし、怒りと慈悲を比べると、生きるためには慈悲の方が基本的で支配的な要素だ。攻撃性も時には必要かも知れず、そのような時にはこの基本的な価値を忘れてしまうこともあろう。ほっておけばその二次的な性格により多くの注意を払うようになる。すると、人間の知性までも攻撃性のために使われるようになる。知性を暖かい心のために使わなくなる。だから、若い人たちには特に、私は人間性への覚醒の大事さについて話すのだ。

 だから、どうかもっとこの内的価値について注意を払ってほしい。これが大事だ。先生たちも、教授たちも、もっとこのような心の価値に対し、もっと注意を払ってもらいたい。そうでなければ、今の世の中で、問題を起こす多くの人たちも、頭脳の点、教育の点では素晴らしいのかもしれないからだ。しかし、その明晰な頭脳を憎しみに操作されるままに使用している。例えば、9月11日の事件を引き起こした人々だが、頭の悪い人たちがあのような事件を計画し、実行することはできないであろう。頭が良くて、すべてのプロセスを綿密に計算し、計画し、そしてあのような、考えられないような破壊的行為を実行したのだ。このように知性自体は時に非常に有害なものだ。

 もっと心の暖かさに注意を払うことにより、はじめて知性がより建設的なものとなるのだ。このことをあなたたちに言いたい。先生や生徒、それに父兄たちも、どうかこの暖かい心に対しもっと注意を向けてほしい。これは宗教とは全く関係ない。

 ある人たちは言う、道徳は必ず宗教に基づくべきだと。またある人たちは言う、道徳は宗教的信心によらず、人類の普遍的価値であると。私も後者であると信じる。もちろん様々な宗教も道徳を支える潜在力を持っている。しかし、私は宗教に関わらぬ、普遍的価値としての道徳を信じる。つまり世俗の、宗教的でない道徳のことだ。

 ある人は世俗とは宗教の否定だと言う人もいる。しかし、インドでは世俗とは宗教の否定ではなく、すべての宗教に敬意を払いつつも、特定の宗教には属さないと言う意味だ。同等に敬意を払うのだ。また、現代の現実に照らし合わせてみて、宗教を持たない人々にも敬意を払うべきだと思う。だから、ここで言う世俗とは非常に広い範囲を含む。私が世俗の道徳観というときに、これを宗教の否定だと捉えないでほしい。そのように感じないでほしい。

 若い生徒さんたちよ、あなたたちは21世紀に属する人たちだ。私の世代、教授とか学長とか、ハハハ、は暴力の世紀に属する者たちだ。あなたたちは21世紀に属する。どうか、平和について真摯に考えてほしい。内的平和に基づく平和について。慈悲に基づく内的平和について。慈悲は生理的にすでにみんながその種を共有していると。その種について、さらにありのままを分析し納得し、確信を得て、慈悲は本当に有益なものだという自覚を養なってほしい。ひとたび慈悲はすべてのレベルにおいて有益なものだ、という認識を得るならば、時間とともに、その慈悲の力は次第に強くなって行くであろう。反対の心である怒りは、それに従って次第に弱くなって行くであろう。これが道だ。

 若い人たちは、まず自分たちの人生でこれを実験してみることだ。実験と分析を繰り返し、一旦最終的納得に至ったならば、それからこれらの価値を実行に移すのだ。よろしいかな。

 おわり


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2010年12月25日

ダライ・ラマ法王の講演「Peace through Compassion」カナダ、Calgary大学にて その1

法王前回、この講演の後に行われた質疑応答の部分を紹介した。
今回は本体の講演部分を翻訳紹介する。

この講演は2009年9月30日、カナダのCalgary大学で、2万人の聴衆を集め行われた。

まず最初に大学側から法王へ「名誉博士号」が授与された。

以下法王の講演前半部分。

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 総長、教授、生徒の皆様。この名誉博士号をこの立派な大学から頂いて光栄であります。

 しかし、一つ言っとくが、私は至って怠惰な学生だ。5、6歳の時から勉強はしている。チベットでは若い時には根本教典と言われるものを暗記しなければならない。それが、千年以上前からのチベットの伝統だ。これに対して私は全く熱心でなく、興味も無かった。それでも覚えなければならなかった。その当時はお兄さんと一緒に勉強していたが、私が熱心でなかったので、教師は2本のムチを用意していた。その一本には黄色いカタが巻いてあり、それは聖なるムチで、聖なる生徒用であった。ハハハ。
しかし、そのムチが使われた時に、痛みが聖なる痛みになることはなかった。ハハハ・・・
私の勉強はこのようにして始められた。怠惰であまり勉強しなかった。
それでも、今じゃこんな博士号を頂くようになった。
だから、特別の感謝を示そう。ハハハ。

 こんな博士号を頂いたのだから、その権威に対し、ここで2つの約束をしたい。
一つ目は「人間的価値=慈悲を促進させる」こと。
もう一つは「宗教観の調和を促進させること」。
両方ともに教育、啓蒙が鍵となる要素だ。だから、私は残りの人生のすべてをかけ、人間的価値と宗教間の調和を教育と啓蒙活動により促進していくことを誓う。そうすることで今回の名誉博士号が無駄とならないように務めるつもりだ。ハハハ・・・ありがとう。ありがとう。

 私はこうして人々と交流することを非常に嬉しく思う。暗くて全体はよく見えないが、少なくとも目の前には若く、熱心で真摯な目をした人たちがいる。だから、この交流を嬉しく思う。

 まず、はじめに短く要点を話し、その後、質疑応答に入りたい。質問はいかなるものでもいい。制限はなにもない。ただ、大事なのは、質問はまじめなものであることだ。時に質問があまりに馬鹿げていると、私も苛つくことがある。ハハハ。だからまじめな質問がいい。私にとっても考えさせられる質問が来ると、それは自分の考えを深める助けにもなる。ある事について全く考えていなかったことを質問されると、驚き、自分の頭脳も刺激され、考える機会を得られて有益だ。

 多くの人に話をする時によく話すことだが、、、この中には好奇心から来ている人もいるであろう。ダライ・ラマが何を話すのかな?と。それもいいだろう。中には多大な期待と共にここに来ている人もいるであろう。それは間違いだ。私は特別な話を提供することはできないからだ。だから、そのような人は失望するかもしれない。ある人はダライ・ラマには何らかのミラクルな力(神通力)があると思って来る人もいるかも知れない。これはナンセンスだ。また、ある人はダライ・ラマには何かヒーリング・パワーがあると思っている人もいるかもしれない。私自身、ヒーリング・パワーがあると言ってる人はちょっと信用できないと思っている。私はそんなことは信じない。自分にはヒーリング・パワーなどないと広言している。去年、胆嚢を切除する手術をした。このことが私にヒーリング・パワーがないことを証明している。ハハハ・・・

 さて、今日の話題「Peace through Compassion(慈悲による平和)」に入ろう。
まず、「平和」とは何か?「平和」とは単に暴力の不在ではない。「平和」とは暴力の不在ではなく、積極的に暴力から身を引くことだ。強い決心の力と共にだ。そのような仕方で暴力や破壊がなされない状態。これが本当の「平和」だ。ヨーロッパ大陸では冷戦の時代に、ある種の平和が存在していたように見える。しかし、その平和は恐怖心<恐れと怯え、威圧>から来る平和だ。双方には戦闘を前提とした核爆弾を含む攻撃的武器が用意されていた。だから、双方は恐怖心から戦火を交える事をあえてしなかった。この種の平和は真の平和ではない。真の平和とは意識的に身を引く事だ。相手側の生命、権利を尊重するという基礎に立って、相手を害することを禁止することだ。これが真の平和だ。

 これを実行するには、まず心の中に自信に基づいた強い意志が要る。これなしに抑制する事は難しい。心が乱れていると往々にして暴力を振るう。暴力とは怒りや憎しみの行為だと言えよう。一方、平和とは慈悲の行為だと言うことができる。だから、真の平和は慈悲を通して実現される。言い換えるならば、外的永続的な平和は内的平安によりもたらされると言えるのだ。

 怒りに満ちている人には平和は不可能だ。暴力と非暴力の区別は最終的にはその動機、感情によって分けられる。他人を利用しようと目論む人が優しい言葉を使うということがある。抱きしめて、贈り物などを渡すこともある。その行動は非暴力だが、その動機が故にその行為は暴力と呼べる。逆に、時に親がその子どもの悪い行為、危険な行為を止めさせるために、その子のために、厳しい態度を取ることもあろう。相手への配慮からきつい言葉を使う時、それはちょっと暴力的に見えるかもしれないが、本質的にはそれは暴力ではない。動機が相手への配慮、真摯な慈悲、愛情であるからだ。このように、暴力・非暴力は内的態度によって区別される。慈悲による平和は論理的で事実に基づく。

続く


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2010年12月01日

ジェ・ツォンカパの命日/灯明祭

自宅のガンデン・ガムチュ(灯明祭)今夜が本当のジェ・リンポチェ(ジェ・ツォンカパ)の命日、灯明祭だった。

「昨日は間違ってすまない」と下のアニラ(尼さん)たち、今夜は色とりどりのキャンドルをもっと沢山灯して、お経を上げていた。

今日は夕食に珍しく肉が入ってた。
私「はは~~、今日はツクラカンでみんな500Rsづつ貰ったからだろう。見たぞ!」
アニラたち「そうよ。ロシア・グループはすごいよ。お経やノートも配られたし。こんなの滅多にないよ。この前の台湾グループはちょっとしかなかった。ベトナムの時はまあまあ多かった」と、やっぱお布施が多いと嬉しいのだ。

この辺の僧侶や尼僧が現金を手にするのはこんな法会の機会しかない。
最近、この辺の僧院や尼僧院はどこも肉なしのベジタリアン食になった。
外に出た時にはやっぱチベット人は肉を食べたいらしい。

1.12.2010ガンデン・ガムチュ(灯明祭)家から見えるキルティ・ゴンパは電気灯明で飾り立てている。

チベット本土では、キャンドルや豆電灯を灯明代わりにする事は決してしないで、ちゃんと本物のヤクバターの灯明を灯すそうだ。




2008年のラサ灯明祭左の写真と下2枚は2008年のラサ灯明祭。
@yuntaitai(雲南太郎)さんが撮影されたものだ。

ジョカン前に恐ろしいほど沢山の保安要員が配備されているのが判る。





2008年のラサ灯明祭2008年ラサの灯明祭/ジョカン前。@yuntaitai
こんな事になっちゃった自分の命日を見たら、ジェ・ツォンカパは何て思う事だろう。








2008年のラサ灯明祭2008年ラサの灯明祭/ジョカン前。@yuntaitai

先ほど、アニラがラサにいる親戚に電話した。
その親戚は、ちょうどその時ジョカンを巡るパルコルを歩いているところだった。

アニラ「パルコルはどんな?」
親戚「ああ、人が一杯でまともに歩けないほどだよ。みんな一周することしか許されない。途中何度も警官に止められるよ」
アニラ「見張りの人は沢山いるの?」
親戚「ああ、いっぱいいるよ。道端の出店もみんなかたづけられた」
アニラ「昨夜は風で灯明が消えてしまったって聞いたけど、今夜はどう?」
親戚「今夜は風もなく、周りの家々の窓ベリに沢山灯明が灯ってて本当に綺麗だよ」


法王ダラムサラのツクラカンでは昨日に引き続き、今日も法王による秘密集会タントラの灌頂が行われた。

写真は昨日撮ったもの。

最近法王の玉座の上にエアコンが取り付けられたらしい。
法王、そのエアコンを調整されていた。



法王





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2010年11月24日

法王が完全引退?

d9c69ce6.jpgダライ・ラマ法王は今日の朝11時頃、無事ダラムサラに帰って来られた。
沿道にはいつものように、法王の労をねぎらい、無事の帰還を喜こぶ大勢のチベット人が出迎えていた。

今回の外遊は特に長く、さぞお疲れのことと思われた。
先月はアメリカとカナダに3週間。
その後、数日だけダラムサラに帰られた後、すぐに日本に2週間弱。
インドに帰られた後もデリーで1週間様々な講演やイベントに出席されていた。

ダラムサラの自宅でしっかり静養して頂きたい。
次の行事は一週間後の今月30日から3日間ロシアグループのリクエストに答えてティーチングを行われる。
今回のテキストは「ゲルセー・トクメー・サンポ(カダン派の導師)の37菩提行論」。
おまけにグヒヤサマージャの灌頂も行われる。

もちろん、一般の人々も参加自由。
私も行くつもり。
ティーチングはいつものようにhttp://dalailama.com/のウエブで見る事ができると思う。

で、今日は最近話題になっている、法王完全引退の話をしたい。
法王は先月の北米ツアーの頃から度々この話をされている。

例えば、昨日のAFPの記事。

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<ダライ・ラマ、チベット亡命政府トップを引退へ>
http://www.afpbb.com/article/politics/2776538/6506727

【11月23日 AFP】チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世が来年、チベット亡命政府の指導者の立場から引退する意向を示した。仕事量や儀礼的な役割を減らすことを検討しているという。ダライ・ラマの報道官テンジン・タクラ(Tenzin Taklha)氏が23日、AFPに語った。

 チベット亡命政府は1960年にインド北部ダラムサラ(Dharamshala)に拠点を移した。2001年には初めて亡命中のチベット人による投票で主席大臣を選出した。

 タクラ氏によれば、投票以降、ダライ・ラマはいつも「半分引退した状態」と述べていた。また最近は「亡命政府議会に将来の引退について相談していた」という。

 タクラ氏によると、ダライ・ラマが「引退」するのは、決議への署名などの政府トップとしての儀礼的な役割からであり、宗教的指導者としての立場や、チベット人のリーダーとしての立場から引退するわけでないと強調した。

 タクラ氏は、「(ダライ・ラマが)政治的なたたかいの指導をやめるわけではない。彼はダライ・ラマだ。いつだってチベットの人びとを率いる存在なのだ」と述べた。(c)AFP

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この辺のチベット人はこれを聞いて特に驚く人もいなかったと思われる。
法王は何年か前から、「自分も年だし、人間として<引退>の権利があると思う」などと発言されていた。
2001年以降は、「私はチベット人のスポークスマンに過ぎない」とも言われていた。

実際、2001年以降はほぼ政治的決定は議会に任せ、最後の承認のハンコを押されていただけ、というのが現実だ。

もっとも、この引退も「議会などと話し合ってから決める」とおっしゃっている。
議会の誰かが「じゃあ、引退してください」なんて言うとは到底思えない。
従って、いやいやながらも亡命政府の代表を続けることになると予想される。
ただ、法王としては、何れは本当の老い、そして死という現実が待ち構えていることを自覚され、それを一般のチベット人にも自覚させ、自分なしでもちゃんとやっていけるように、今からしっかり準備せよ、と言いたいのだと思う。

来年の春には新しい首相と議員が選出される。
今までも、独立派を中心に「法王が政府のトップという、今の体制は本当の民主主義ではない」という意見もあったので、できれば若い者たちにすっかり任せたいのかもしれない。

対中国においてもその方がやりやすいと思われているのかも知れない。

何れにせよ、ダライ・ラマ法王はお亡くなりになるまで(お亡くなりになっても)チベットの人々を見捨てるはずもなく、またチベット人の信頼も揺らぐことはない。
影響力は全く変わらないであろう。





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2010年11月08日

11月5日デリー、第6回ITSG全体会議におけるダライ・ラマ法王のスピーチ その1

法王先の11月5日から3日間、デリー郊外でITSG(国際チベット支援団体)の第6回全体会議が行われた。

会議には世界の56カ国から260人が参加し、これからのチベット支援全体の方針に関する話し合いが行われた。
法王は日本訪問を前に、風邪を引かれておられたにも関わらず、この開会式に出席された。

開会式で行われた法王のスピーチのすべてがYouTubeにアップされていたので、それを訳してみた。
http://www.youtube.com/watch?v=BLkZvUPtZd8

今回は全体の1/3位まで。

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風邪を引いたせいで、ジャイナ教の僧侶になっちゃった。ハハハ・・・。
アドバニ氏(元インド副首相)、そして私の兄弟姉妹の方々。
ここに来れた事を、私は非常に嬉しく思っています。

ここにおられるほとんどの皆さんは、もうご存知のことと思うが、私は全く形式ばらない話し方をする。
また、フレンドリーに話す。
くだけた話し方をするのは、一つには、英語が下手だからだ。ハハハ・・・
だから、ただ話すだけだ。
感じるところを話すだけだ。それだけだ。
すべてのスピーカーたちがそれぞれのフィーリングを伝え、我々の大義に支持を与えてくれたことに感謝する。
ありがとう。

また、世界のあらゆる場所から多くの国の代表たちが来られている、、、何と言うか、、、個人も国を代表することができると思う。
必ずしも政府である必要はない、人々も国を代表することができるのだと思う。
多くの人々が、ここに来て、チベット問題を解決するために何らかの貢献をしようと思い参加されている。
だから、これを心より評価する。

まず、最初に言いたい事はーーいつも言っている事だがーーチベットを支援してくれる人たちの内、ある人たちはチベット問題というと、それは単に人権の問題だ、と思うことについてだ。
もちろんこれもチベット問題の一部だ。
しかし、他の側面もある。

いま一つの側面は環境だ。
中国人を含めた何人かのエコロジストは「チベット高原は(地球の)第三極だ」と言っている。
それは、温暖化に関する影響という点で北極、南極と同じぐらいに、チベット高原は重要だと言う意味だ。
だから、第三極と呼ばれる。
地球温暖化に大きく関係しているのだ。

また、10億人もの人々に関わると思われる大河の問題もある。
これらの(アジアの)大河はチベット地域を源流とする。
パキスタンから中国まで、主な大河はチベットから流れ出る。
私の思うに、10億人以上の人々の生活が、これらの大河に依存している。
特に、このインド。プラマプトラ等の大河はチベットから来ている。
源流は他の国にあるが、その主な利用者は数百万のインド人だ。
だから、あなた方はチベットの環境に対して発言する権利がある。
その源がチベットにあるのだから。
これが(環境という)一つの側面だ。
実際、これは政治とは何の関係もない。

幸いヂュー・ロンチー(朱 鎔基?)の時代になって、初めて森林保全の重要性について認識されるようになった。
その前には環境について共産党は考えもしなかった。
ヂュー・ロンチーの時代に、ある地域でそれ以上の森林伐採を禁止することが決定された。
でも、汚職がゆえに、森林伐採は今も行われている。

だから、例えば、最近ゴロ地域で洪水が起こり、被害が出た。
これに対し、ある中国人はこの洪水は自然災害ではなく人災だという記事を発表した。
この地域は数十年前まで深い森に囲まれていた。
しかし、この森林は伐採により完全に消え去った。
だから、彼はこの災害は本質的に人災だと結論づけたのだ。
チベットの環境保全は結局多くの中国人を守る事に繋がっているのだ。
これもチベット問題の一つの側面なのだ。

もう一つの側面はチベットの文化に関するものだ。
仏教が伝えられた後にチベット文化は大いに進展した。
ある時モラルジー氏がインドの首相になった時(77年)就任祝いの手紙を送ったが、その返事の中に彼は
「インド文明とチベット文明は1本の菩提樹の2つの枝である」と書いて寄こした。
何れにせよ、インドは私のグル(師)だと常に言ってる。
「グルジ〜(お師匠様)」と言ってる。ハアハアハハハハ・・・

例えば、一人の仏教学者であり行者でもあるチベット人が、次のように表現し、書き残している
「インドの光がチベットに届くまで、雪の国はーー雪は普通には白く輝いているものだがーー暗いままだった」と。
インドのチェラ(弟子)だと言っている。
自分はインドの古代から続く思想のメッセンジャーだとも言っている。
「アヒンサ」。
これはインドからもたらされた。
インドの思想だ。

アヒンサは行動だ。
行動はすべて動機に依存する。
正しいアヒンサの行動を起こすための鍵は慈悲の心だ。
慈悲を宣揚する私の努力は、結局アヒンサの宣揚でもあるのだ。
これも、インドのメッセージだ。

そして、「宗教間の調和」。
すべての主要な宗教が混在しているのはインドだけだ。
(アドバニ氏を指差しながら)あなたとかつて論じたことがあるが、、、あなたはチャルバーカ(古代インドの無神論者:無神論者も古代インドでは弾圧されず思想家として尊敬されていたという話)について話された。
多くのことを学ぶ事ができる、とても有益な対話だった。
ヘヘへ・・・

(数秒YouTubeの音が消えている)
もちろん、中には悪いやつがいる。これはいつでもあり得る。理解できる。
しかし、一般的にはすべての主な宗教が2000年前から共存している。
これは他の国の良い見本となりえる。

昔はそれぞれがある程度隔離されていただろう。
でも今はすべてが緊密に依存し合って存在している。
多くの社会が、複合文化、複合宗教の社会となっている。
だから、もちろん問題も起こり得る。
インドを見るべきだ、インドから学ぶことは多いと思う。
だから、自分はインドの古代思想のメッセンジャーだと言っているのだ。

2年前に中国のグループと会った時。
ある人が質問した「あなたは『私はインド人だ』と発言したそうだが?」と。
私はそれに対し「私の頭脳の一つひとつの細胞はナーランダ思想に染まっている。また、この身体は、この50年間インドのダル(豆)とインドの米によって維持されて来た。だから自分はインド人のようなものだ」と答えた。
彼はそれで、分かったみたいで、もうそれ以上質問して来なかった。ハハハ・・・

何れにせよ、チベットの文化的伝統はインドの宗教間調和の精神、相互に尊敬し合う精神に影響されていると言える。

この明らかな証拠として、次のような話がある。
今から3、4世紀前にイスラム教徒の一群が商人としてラダック方面からラサに来て、その内、住み着いた。
ダライ・ラマ5世は彼等にモスクを建てるための土地を与えた。
私が子供の頃、ある縁起のいい日に、数人のイスラム教徒たちがポタラにやって来た。
私は「どうして彼等がこの日にポタラに来るのだ?」と(側近に)訪ねた。
「彼等はこの日に役所から貰える縁起が良いとされるプレゼントを貰いに来ているのです」という。
これは、他の宗教も尊重していた証拠だと思う。
もちろん、イスラム教徒は別だという人もいるだろう。
確かにそうだが、尊重し合うことが大事だ。

また、仏教はインドから、それも主にナーランダ(僧院)から来たのだから、その主要なメッセージは教義としての「縁起(相互依存)」にあると思うべきだ。
これは量子物理学の理論に似る。
相対性理論だ。
この考え方は非常に有益なものだ。
今日の世界にも通用する考え方だ。

行動(行)の面では慈悲、無量の慈悲。
この故にチベットの社会は、、、一般的にベジタリアンではないが、、、その生活は慈悲の精神に裏付けされている。
だから、私はチベットの文化は「平和の文化」だと言うことができる。
「慈悲の文化」だと。

中国人を含めて多くの考える力のある人たちが一度でもチベットを訪問するならば、チベット人たちがより明るく、より平和的で、より慎み深いことに気づく。
それに比べ、中国人はどこでも、近づけばゾーラ(走了)、ゾーラ、ゾーラ、あっちへ行け、あっちへ行け、、、ハハハ、そんなじゃないか、ハハハ・・・
人は気づくのだ。

多くの中国人たち、、、2年前に中国の学者、作家に会った時の事を思い出す。
その中の何人かは本土から来ていた。
彼等が言うには、中国本土では、数千年間守られ続けて来た、人間的価値、道徳観が意図的に破壊されてしまったと。
その結果、汚職に満ち、不正に満ち、社会全体は非常に不幸な状態に陥っていると。
金の事しか考えないと、マニー、マニー、マニー、それだけだと。
彼等は目に涙を浮かべながら、独裁政権は遅かれ早かれ何れ変化すると言った。
このまま残る事はできないと。

しかし、この数千年守られて来たが失われてしまった道徳観を、再び生き返らせる事は非常に難しいと。
この方が時間が掛かると。
この分野で、彼等はチベットに期待しているのだと。
チベット人が助けることができると。
慈悲深い道徳観を取り戻すために。
中国の知識人たちから、このことを聞いた時、私は更なる責任を感じた。


続く。


































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2010年10月15日

3月10日法王記者会見(2009年) その一

749a7339.jpg再掲/2009年03月14日分


BBCが、昨日北京で行われた温家報宝首相の記者会見の様子を昨夜から何度か流している。
大きな会場は一杯でメディアの数は500を越えていると思われた。
彼の記者会見は年に一度だけとか。

コメントに「質問者は事前に選択されており、質問内容もその答えも大体決められている。質問できなかったものは一年待つしかない」と。

しかし、どうしたものか?意図的であろうが、チベットに関する質問があった。

もちろんそれに対し温家宝は「チベットは発展しており、全体的には安定している。政策が間違っていない証拠だ」と答えた。

ダライ・ラマとの対話については「厳しい状況下でダライ側の要求に応じて3回行った。実質的な成果を得るにはダライ側の誠意が鍵になる」といつもの逆論理。

―――――――――――――――――――

以下、3月10日、ダラムサラのツクラカン、カーラチャクラ堂で行われたダライ・ラマ法王の記者会見の一部をお知らせします。(続きは追って)

こちらのメディアの数は200人ほど。
去年の3月行われた法王の記者会見には100人ほどのメディアが集まっていた。
今年はその倍。
恐らくダラムサラにこれほどのメディアが集まったことは嘗てないことでしょう。
北京と違ってダラムサラでは質問は誰でも自由、内容もまるで自由。

中には「法王はご自身の死をコントロールできると聞きました。いつお亡くなりになるおつもりか?」という、突拍子もない質問まで出てくる始末。
もっとも、いつも法王はどんな下らない質問に対しても、それを逆に使って面白くて意味のある答えを返して下さるという、そこが面白いので、馬鹿な質問でも許されるのだ。

まずは日本の共同通信社の質問とそれに対する法王のお答えから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

共同:

中道路線についてです。法王はステートメントの中で、この路線の継続に対しより大きな確信を持っている、とおっしゃいました。しかし、中国側からは如何なる肯定的反応も返ってきていない。
では今、中国に対し何か新しい、秘密の方策とかでもお持ちなのか?


法王:

我々に国家機密というものは何もない。ハハハハハハ、、、
いつも透明だ。

ステートメントにも明記したことだが、我々は最悪の事態に対しても準備すべきだ。
だが、同時に希望を捨ててはいけない。
この希望には多くの理由がある。

まず第一に、チベット人の精神と決意は非常に強いことだ。

すでに(チベットが中国により侵略されてから)50〜60年の歳月が流れた。
世代は完全に変わった。
しかしこの若い世代の者たちは前の世代と同じチベット精神を持っている。
この精神の歴史は古い。これは明白な事実だ。

共産党は様々な方法、例えば洗脳、情報操作、金を与えること、昇進そして暴力、監獄の拷問等を使ってこの精神を破壊しようとしているが、この精神は決して無くならない。

例えば、私の良く知っている、チベット人で共産党に1930〜40年台に入党したものがいる。
彼らは共産党員だったが、そのチベット人としての精神には変わりがなかった。
そのせいで、1957年頃彼らは共産党により投獄された。
あるチベット人は、あまり宗教的精神は強くないが、そのチベット人としての国家意識は強いという者もいる。

これが第一のポイントだ。

第二番目には、中国人の中に益々チベットの現状に対する認識が広まってきているということだ。

中国は偉大な国家、最も人口の多い国家だ。
だから、中国人がこの地球上においてより積極的な役割を担うためには、中国は他の世界の人々からの尊敬と信頼を必要とする。
故に、この問題に対処するための政策はこの点から見て非常に大事なことだ。

中国内の知識人の多くが現政府のチベット政策を全面的に批判している。
私の知る限りこれに関し、去年の3月からすでに300を超える記事、文章が中国語で発表されている。中国本土でこれらは読まれているものだ。
すべてこれらは中国政府の政策を非難し、チベット人との連帯を表明するものだ。

これももうひとつの肯定的要因だ。

第三番目には、中国人の中に益々仏教徒が増えて来ているということだ。

私は常に中国を仏教的長兄として尊敬している。
我々チベット人はブッダの若い生徒だ。
私は中国人に対し仏教を説く時には、いつも最初に長兄に対する尊敬を示すことにしている。彼らは仏教に関してはシニアであり我々はジュニアであるからだ。

でも、時にはジョークとして、ジュニア生徒の方が知識力においてはシニアに勝ることがあるが、、、と言ったりする。へへへへへへへ、、、、。
ま、とにかく、益々多くの中国人がチベット仏教に対する真摯な興味を示しはじめた。
彼らはチベットの伝統から仏教を学ぼうとしている。
チベット仏教の修行法に従おうとしている。
これも一つの肯定的傾向だ。
実際、政府の高官やその家族の中にも仏教への強い関心を示している者がいる。
多くの者が家に仏像を置いていると聞く。

中国はこの60年間、中華人民共和国が成立して以来、一党独裁の下に置かれ続けてきた。
私はよくこれを、四つの時代に分けて考える。
毛沢東の時代、小平の時代、江沢民の時代、そして今、胡錦涛の時代だ。

よく観察するならば、変化は大きいことに気付くであろう。
毛沢東の時代にはイデオロギィーが第一であった。故に他の価値は犠牲にされた。
小平の時代になり、大事なものはイデオロギィーではなく「金」だということになった。
共産党が資本主義党になったということだ。
だから、外国の友達なども、「今はもう中国に共産主義はない、あるのは独裁資本主義だけだ」と言っている。ハハハハハ。
だから、小平の時代には大きな変化があった。

この新しい現実の中で、中国には今までいなかった中流階級が増え、億万長者もたくさん生まれた。
貧富の差、沿岸部と内陸部の格差が生じた。
かつては国の主人と呼ばれた労働者階級の人々は今、苦境にある。
共産党はすでに労働者階級の人々のための党ではない。

この状況を見て江沢民は「三つの異なる提示」という概念を作った。
「共産党は労働者階級のための党ではなく、すべての階級の人々のための党だ」といった。

今、この格差や様々な新しい問題に対処するために胡錦涛は「調和ある社会」の重要性を強調している。
これらの事は共産党独裁政権も、少しは新しい現実に即して政策を変えていく力があるということを証明している。

「調和」と言うことは本当に大事なことだ、世界のいかなるレベルにおいても大事なことだ。鍵だ。
「調和」「連帯」のためには「信頼」が欠かせない。「信頼」がないならば真の「友情」も「連帯」「調和」も起こり得ない。
「信頼」と「恐怖」は相反するものだ。胡錦涛は民衆の前でかっこよく「調和ある社会」の促進の話をするが、願わくば、そこに至る方策が論理的、科学的なものであることをだ。

まずは透明性が求められる。すべてをオープンにすべきだ。
秘密をなくすことだ。
メディアに対し完全に開かれていなければならない。
このようにすれば、信頼は次第に獲得されよう。

同時に軍隊と警察を縮小すべきだ。
この二つは「恐怖」を生みだすだめのものだから。
「恐怖」がそこに或る時、如何にして「信頼」が育ち得るのか?
親子の間においても、もしも父親が子供に対し暴力的であったり厳しすぎるときには、子供は反抗する。
これはまったく当たり前のことだ。
人間の自然な心理的反応だ。

もっと開けた、大きな心を示す時、親近感は生まれる。親近感は信頼に繋がる。信頼から連帯、統一が生まれ調和が実現される。
そうではないかな?
だから、胡錦涛が「調和ある社会」を作るために、いずれ「科学的方法」を取ることを望む。

もうひとつの側面、国際関係についてだが、中国はいつも我々がチベット問題を国際化していると言って非難する。
みなさんも御存じのように、よくよく現実を分析してみれば、このチベット問題を国際化しているのは中国自体だということが解るであろう。
私が行く先々で抗議を行う、国に対し、大学に対し、個人に対してまで圧力をかける。
このことがメディアの注目を引く。
この方法により中国はチベット問題を国際化するために大いに貢献してくれているのだ。
だから、この点で我々は中国政府に感謝しなければいけない、、ハハハ。

目の前にはこんなにたくさんメディアの人たちが集まっている。
これはチベット問題に対する関心の高さを示している。
多くの国の人々がアメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパそれに日本でも、チベットに対する真摯な連帯を表明している。
これは肯定的要素だ。我々の希望の基礎ともいえよう。

だが、一方で我々チベット人は決心している。
私たち(隣にいるリンポチェを見ながら)70歳を越えた世代はもういつでもこの世に「バイバイ」(手を振るしぐさ)する用意ができている。
天国とか浄土とかに行くなり、地獄に行く。
そんなことはどうでもいいが、とにかく自然に新しい世代は生まれる。
今日も聴衆の中に沢山の優秀な若い世代の者たちを見かけた。
彼らがチベット問題を担うであろう。

これらが、我々が楽天的でいられる理由なのだ。



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2010年09月15日

ダライ・ラマ法王ラダックのレーで土石流被害者を慰問

ラダック、レー 9月13日ダライ・ラマ法王の水害被害者慰問集会©Tenzin Choejor/OHHDL

9月13日ダライ・ラマ法王は、先の8月5日夜の豪雨により大土石流災害に遭ったラダックのレーの被害者を慰問のため訪れられた。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-08.html#20100813

まず、最初に壊滅的被害を被ったレーのチベット難民キャンプ、チョクラムサルに向かわれ、被害の状況を視察し、住民たちを慰めて回られた。

その後レーのラムドン・スクールの広場で25000人の聴衆を前に犠牲者への追悼式を行われた。
写真はその時のもの。
いつもながらすごい人集りだ!
さらにその他の写真を見たい方は以下へ:
http://dalailama.com/gallery/album/0/84

法王は「災害はそれぞれのカルマの結果だ。私の親が、子が死んでしまった、、、と嘆き悲しんでばかりいないで、前向きに将来のために努力すべきだ」と述べられ、さらに「10万回のマニサガ(観音の真言を唱えること)などを行うこともよいであろう」等の様々なアドバイスをされた。
RFA
http://www.youtube.com/watch?v=aGr4kYOkzkM&feature=youtu.be&a

14日にはカルギル地区のカルギル、ムルベク及びボダカルブを訪問された。

15日にはボダカルブにて観音菩薩の潅頂を一般参列者に授けられる。


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このブログが「ライブドアブログ第1期奨学金コンテスト」に合格した話し。
これもこのブログに日夜アクセスして下さっている皆様のお陰。

数か月まえuralungtaさんのお勧めで、何となく応募したコンテストでした。
が、何と応募者総数1721人の中で合格したのは26人だけという難関に引っかかったのでした。

一般に、合格するための最低基準は月間アクセス数が一万件以上ということだった。
このブログはこの基準にはちょっと足りない。
それなのに何で合格したのか???
きっと審査員の中にチベットファンがいたのではないだろうか?と思ってる。

で、私のブログを宣伝したライブドアさんの歌い文句を読んで、顔を赤らめたというか、意味がよくわからないと思った。

曰く、このブログは「20世紀的ジャーナリズムの極北に位置するブログ。TVや新聞では伝えることの出来ないリアルな情報や感情を伝えるさまは、まさに<個人ブログメディア通信社>」というのだ。
http://scholarship.livedoor.com/recipient01.html(その他合格ブログの一覧表がある)

「20世紀的ジャーナリズムの極北に位置する」はどう解釈すべきなのか?
ある人は、「これは客観的取材(←20世紀?)の対極にある、内側に入り込む主観的取材、ってこと? んで「極北」って北の最果ての誰も顧みない荒野ってこと!」と解釈された。
が、他のある人は:「20世紀的」つまり新聞やテレビ中心の報道ではなくブログという新しいスタイル<−「極北」である、という意味ではないか?とおっしゃった。

私としてはもちろん二番目の意見であってほしいと思うのだが、それにしてもライブドアさんは分かりにくい表現をされるものだ。

月間一万件を超えるとさらにボーナスが貰えるという。
だから私もできるだけ頑張るから、皆さんもせっせと「チベット問題を広めるために」も、これからもアクセスお願いします。

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10月に長野で行われる小川アムチによるチベット医学教室のお知らせ。

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長野でチベット医学を学んでみませんか
小諸在住のチベット医(アムチ)小川康さんを長野にお招きして、チベット医学を通してチベット文化について学んでみませんか?

6人から8人程度の少人数で、チベット医学のバイブルである「四部医典」をテキストにチベット医学について学びたいと思います。

仲 間 募 集!

開催時期 2010年10月13日(水曜)より10月20日、27日、11月10日、17日、24日

時間 午後6時から8時 終了後交流会あり

第一回 10/13 「文化とともにチベット医学」唄 踊り 言葉 歴史 風土
第二回 10/20 「ゆっくり生きようチベット医学」チベット医学の基礎概念
第三回 10/27 「しっかり診ようチベット医学」診断と病理
第四回 11/10 「大地に根ざしたチベット医学」チベットと長野の薬草
第五回 11/17 「心を癒すチベット医学」 医学と仏教
第六回 11/24 「現代に活かすチベット医学」目指せ!ノーベル医学賞

場所   スローカフェ ずくなし 2階
http://shop.asama-de.com/b/zukunashi/
料金   一回 3000円   テキスト代 500円(別途)

申込み・問合せ  ナガノ DE チベット(はらだ)

電話かメールでお申込下さい
090-4158-2085 E-MAIL miyuki.rewa@gmail.com

一回のみの受講もできます。  定員 8名






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2010年08月14日

ダライ・ラマ法王のモンラム(祈祷会)、「世界の被災地に向けて」

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlamドゥ(ク)チュ(舟曲)やレーの犠牲者の数は増えるばかり、、、

今日は朝8時より、ダラムサラのツクラカンでダライ・ラマ法王を導師とし、ギャワ・カルマパも参加され、モンラム(祈祷会)が行われた。

モンラムの対象は始め「ラダックとドゥクチュの土石流災害の犠牲者と被災者」であった。
しかし、法王は法会の最中、短く:

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam「パキスタンやロシア、南アメリカなど温暖化による異常気象のせいで世界中で災害が発生し、多くの人々が亡くなっている。これらすべての犠牲者と被災者のために祈ろう」

「我々の心からの祈りと同情は、どこで起こった災害の犠牲者に対しても同等のものでなければならない」

とおっしゃった。

法王はレーの鉄砲水災害についてはデリーからダラムサラに向かわれる途中のアムリツァールで「レーで起こったことは大変悲しいことだ。これは自然災害だ。
我々にできることは犠牲者のために祈り、残された家族の人たちを慰め、被災者が立ち直るために募金などを行うことだ」
と語られた。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27956&article=His+Holiness+saddened+by+cloudburst+tragedy+in+Ladakh

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam法王庁のホームページに今日のモンラムに関する声明も発表されている。
http://www.dalailama.com/news/post/570-his-holiness-the-dalai-lama-prays-for-the-loss-of-lives-in-the-floods

この中で法王は「専門家によれば、これらの前例を見ない洪水やロシアの大火災は、未曾有な地球温暖化その他の環境破壊に起因する、より深い病の症状の現れであるという。
従って、みんなが共有する壊れやすい環境を守る方法を考えるために、国際社会の協調的努力が必要とされる」

とコメントされている。

実際、世界中で相次ぐ今年の水害、熱害のニュースを聞いていると、誰しも、「いよいよ終りが始まりそうだな、、、」との嫌な予感を感じることであろう。

もちろんすべてを温暖化のせいにする訳ではない、中国などの場合には人災の側面も大いにあると思う。

だが、根本要因は温暖化と言えよう。科学者たちは温暖化による洪水と干ばつの多発を兼ねてより指摘し続けている。
温暖化ー>ジェット気流の異常蛇行ー>洪水、熱火災、異常寒波と言うわけだ。

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam今、ちょうど四川テレビで四川省の水害について報じられている。
洪水地帯はさらに広がり、四川省のチベット側は至る所で相当の水害被害を被っているようだ。犠牲者も益々増加している。
先の四川大地震で被害に遭った地域を中心に大雨が降っているようだ。

チベットに向かう幹線道路も至る所で寸断されている。

この長江(揚子江)上流の大水はこれから三峡ダムに向かう。
大丈夫かな?と心配になる。

中国のテレビでは災害(というより救助活動)の報道もされているが、恒例の募金大会の様子も盛んに映されるようになった。
「中国政府は災害に充てる予算が不足している」なんて言ってるようだが、どういう意味なのか私にはよくわからない。

中国でも追悼活動が始まったというニュース:
「北京共同」http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010081401000315.html


14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam以下、今日のダライ・ラマ法王、その他の写真。





















14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam後記:前回のコメントでもお知らせしたが、

ラダックの洪水に関する募金:

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所も募金活動を始められている。
http://bit.ly/bwK0QN

こちらもよろしく。












14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlamウーセルさんのブログにドゥクチュ(舟曲)のチベット人たちの民族衣装などの写真が沢山掲載されている。

http://woeser.middle-way.net/2010/08/blog-post_13.html





14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam












14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam













14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam

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2010年07月21日

法王を乗せ、ヌブラに向かった飛行機が、、、!

ヌブラ渓谷




ダライ・ラマ法王は昨日ダラムサラを発たれた。
先のブログでカルギル方面に行かれると書いたが、それは延期になったとのことで、その次に予定されていたヌブラ(ヌップラནུབ་ར་西の峠)の谷へ直接飛ばれたようだ。

これから、一週間ほどラダックの北、パキスタンと中国国境がすぐ目の前というインドの最北の地、ヌブラの谷で法話等を行なわれる。

以下スケジュール;http://dalailama.com/teachings/schedule
今日と明日:スムル村にあるサムテンリン・ゴンパ(ゲルク派、僧70人)で法話。
23日:サムテンリン・ゴンパの対岸にあるヤルマ・ゴンボ・ゴンパ(チャラサ・ゴンパ)で「金剛般若経」の伝法。
25日:ディスキット・ゴンパ(15世紀創建、ゲルク派)でマイトレーヤ(弥勒菩薩)像の開眼法要。
26日と27日:デェスキット・ポタン(今回の訪問用に新築された小パレス)でゲシェ・ランリ・タンパの「心を調える八偈の教え(ロジョン・ティク・ゲマ)」とジェ・ツォンカパの「菩提道の三要素(ラムツォ・ナムスン)」の講義。

ヌブラ渓谷案内図私も、このまさに最果ての地と呼べるこのヌブラの谷に行ったことがある。
ここに行くにはレーの北にある、世界一高い自動車道とインドの言う5606mのカルドゥン峠を越えないといけない。
普通の人は高山病になる。
この北側は夏でも雪が多く、道は積雪を切り裂いた狭間を抜ける。
ヌブラの谷は広々としており、風景は抜群だ。
この地はある本によれば、かつて、といって紀元前からチベットと東トルキスタンを結ぶ交易路として栄えていたという。
今は北の中国、東のパキスタンとの国境が閉ざされているので、静かなただのチベットの田舎である。
ただ、国境最前線である北のシチュアン氷河を守るためにインド軍の大きな駐屯地がある。

20.7.2010 ヌブラに到着された法王追加写真(パユル):20日ヌブラに到着された法王。

法王はこのところ夏には必ず、インド最北のラダックやスピティのチベット仏教地区を訪問される。
もちろん、常に招待されるということがあるが、他にも色んな理由が考えられる。
まず考えられる理由は、この時期ヒマラヤの南側にあるダラムサラは雨季でうっとうしいので、チベットのすがすがしい夏を楽しむため?
実際、この辺は高度といい、気候、風土といい、まるでチベット本土と変わりない。
集る人々も真っ黒く日焼けした、田舎の信心深いチベット人たちばかりだ。
法王はこんな田舎の人々に仏教を教えるとき、きっと本土に帰ったような気がするのではなかろうか、、、
実際、ここから一山越えればそこは中国領チベットだ。

もちろん、勘ぐれば、政治的な要素もあるかもしれない。
ここは国境地帯であると同時に東のイスラム世界とも接している。
この地域が末永く自由なチベット仏教の砦として機能してほしいと願う気持ちもあるだろう。

それにしても、法王はもう75歳だ。いくらチベット人だと言っても高地に突然ヘリコプターとかで飛べば高山病になるのが普通だ。
実際、随行員たちは高山病に苦しむものも多いと聞く。
でも、法王は全くその様子もなく普通に次の日には法話を行なわれる。
このへんは地震被災地のジェクンドとかに無理して飛んで高山病に苦しめられたという、温家宝とかと比べるとまるで違う。
法王はよほど高地にお強いと思われる。
チベット人はもともと遺伝子的に高地に強いという話もあるが、私の知っているチベット人の多くが、平地生活の後チベットに行って、高山病にかかったと言っている。

ここで、ヌブラと法王に関する、とんでもない話を一つ紹介しよう。

法王は何と40年前、35歳の時にこのヌブラの谷を訪問されている。
でもこの時、法王を運んでいた飛行機は空中で事故を起こし、法王の命も危うかったのだ。

この時、法王をコックピットに迎えた元インド空軍のパイロットであるNestor D Conceicao氏が、法王の75歳の誕生日にちなんだ思いでとして語った、という話がネットに載せられていた。
http://www.bangaloremirror.com/article/81/20100717201007172117062003663aca1/Up-in-the-Air-.html

1970年10月23日、ダライ・ラマ法王がヌブラを訪問されるというので、インド政府がダラムサラに近いパタンコットの空軍基地から小さな軍用機を飛ばしてくれることになった。
Conceicao氏は朝の5時半に空軍基地に現れた法王をコックピットに座るよう促したという。
飛行機が高度5400m、レーまで10キロという地点でトイスと呼ばれるヌブラの軍用飛行場に向かうために左旋回を行なった。

そのとき、事故が起こった。
「突然、大きな爆発音とともに右のエンジンが火を噴いた。
私は直ちにエンジンを切った。
高い山々が目の前にせまり、状況の深刻さを知った。
ヌブラに向かうことを断念し、高度を下げ、レーの空港に緊急着陸することに決めた」
という。
twin-engined Packetこの時乗っていた、双発のパケット機はエンジントラブルで有名だった。
その飛行機は朝鮮戦争に使われたものを中古で購入したものだった。
この事故の後その飛行機はスクラップにされたという。

緊急降下の最中Conceicao氏はダライ・ラマ法王に状況を説明した。
「この間中ラマは高度計をずっと見ておられた。私は命にも関わる重大な問題が発生したので、申し訳ないが、機をレーに着陸させないといけない、しかし、目的地へのフライトもアレンジした、と説明した。ラマはそれを笑顔で受け入れてくれた。ラマは全くパニックになったり、ナーバスになったような様子を示されなかった」と彼は回想する。

「無事にレーの空港に到着すると、大勢のラダックの人たちが白いスカーフ(カタ)を持って飛行機に向かって走り寄った。ラマが機体から出ると直ちに、ラダックの人たちは目の前で地にキスし(半五体投地)白いスカーフを差し出した。私はその中の一人に、どうしてラマがレーに来ることが判ったのか?と尋ねた」

その答えは彼を驚かせた「私たちは法王がとトイスに行かれることを知っていた。でも私たちはここにも来てくれるようにと祈ったのだ」という。
彼は「その時、祈りの力にショックした」そうだ。

法王はこれまでに様々な冒険を楽しまれて来たということだ。
とんだ祈りの力だが、とにかく何事もなくてよかった、よかった。

それにしても、エンジンの爆発、炎上を見の前にして、少しも動ずることが無かったとは、さすが法王!






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2010年06月02日

昨日の法王

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV昨日、法王は午前中に二つの行事を行われた。

ケグド(キグドゥ、ジェクンド、ジェグ、ユシュ、玉樹、何でこんなにいろいろな呼び方があるのかね、、、方言と植民地化の故でしょう)地震発生から7週間目の一日前に当たる昨日、朝8時よりダライ・ラマ法王はダラムサラのツクラカンにて地震犠牲者のため七七日(四十九日、満中陰、尽七日)…「大練忌」法要を取り仕切られた。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV大方の仏教では人は没後、中有という生死の狭間状態を最長49日間彷徨う、と言うことになっている。
その後は、その人のそれまでの生が積み重ねた善悪のカルマの力+中有中にラマや他の人々によって行われた、外からの引きあげる力+自分自身のそれまでの心をコントロールする修練から得た、内からの力等、様々な原因と条件に従い、次の生を受ける(母体に入る)ことになっている。

49日以降にも日本では年忌法要といって一周忌、三回忌、七回忌、、、、、と追善供養の法要を行う(行わなければならない)ことになっている。
チベットでも俗人たちはロンチュと呼ばれる追善供養のような一周忌を行う習慣がある。しかし、故人が僧侶である場合には特別のケースを除いてはこれも行われないと聞く。
もう、次のどこかいいところに生まれ変わったであろうから、心配しない、ということか?

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVま、実際、特にこのような大地震の後には、亡くなってしまった人たちの事をいつまでも心配しているより、残された家族のことを心配した方がいいだろう。
今も、被災地ではテントもなく暮らしている人も大勢いる。
中国政府から支給された、青いビニールテントは、夜冷え込み、昼間は天気が良ければ、温室を越えて暑くなる。
政府はテントの中で火を焚くことを禁止している。
「火事になるから」という理由だ。
遊牧民たちはさぞかし昔の、いくらでも中で火が焚ける、広々として、夜暖かく、昼間は涼しいヤクテント(パー)を懐かしく思い出していることであろう。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVそれでも、元遊牧民は今でもヤクテントを持ってる家庭も多かったのじゃないかと思い、その辺の事情を知るチベット人に聞いてみたが、「街の方に引っ越しさせられた時、大方の家はテントを売ったよ」とのこと。

思うに、今、被災者の内まだ元気なものたちの多くは、冬虫夏草を求めて山に入っているのではあるまいか。
少し離れたまだ遊牧民が残っている地方に散って、懐かしい遊牧民たちのヤクテントに居候させてもらっている人も多いであろう。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV中国政府は一昨日(5月31日)今回のケグド地震の犠牲者数を2698人と発表した。
4月終わりに死者2200人と少し。負傷者12000人と発表した後が今回の発表だ。この間に500人増えたことになる。

その内2687人の身元が確認され、残り11人が未だ身元不明という。

この数字、ケグドに住民票を持っていた者のみの可能性ありだが、確かなことは分からない。
ただ、今も現地の人々は犠牲者の数は一万人を下らないと信じている人が多いようだ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV仮に犠牲者が3000人と少なめに見積もって、ケグドの人口が3万人とすれば10人に1人の割合で死者が出たということになる。
6000人ならば5人に1人だ。
アバウトな比較として、神戸市の人口が100万人として大震災により5000人が犠牲になったとすれば、その割合は200人に1人だ。

如何に、この地震の人的被害率が高かったかが判る。
結局、チベット人の多くは、こんなにすぐ壊れ、人を殺すような家に住んでいたということだ。
そんな家に住んでいるのはもちろんケグドの人に限らない、チベット全土の貧しいチベット人や中国人、特に遊牧民移住村の人々もそんな家に住んでいるのだ。


1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV左の写真に写ってる法王、見方によれば、痛む心臓を押さえ、お顔からも強い苦痛を我慢していらっしゃる様子が見て取れる、と言う風に見えないこともない。

もっとも、手を衣の下に入れておられるのは、その前の写真にある様に、目に脂でもたまったのか、それを白いハンカチで拭われた後、ハンカチを胸に収められたときの仕草だ。
しかし、確かに昨日の法王はこの後も、TCVでも何度もメガネを外されて目から何かを拭われるという場面が見られた。
TCVホールで行われた「学生のための仏教講座」の最後に、法王は「ちょっとこの前、アメリカからインドに帰って来た後、体調を崩して、熱を出した。
少々休まなければいけないかもしれない。
だから、ひょっとして明日の講義は“休まさせて頂くかもしれない”」とおっしゃった。

確かに、昨日の法王は最初から何となく元気がないようにも見受けられた。
仏教講座もいつものようなのりのりの雰囲気ではなく、早目に質問コーナーに入られた。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVしかし、結局法王は今日もTCVにお出かけになり、いつものように素晴らしい講義をなされた。
この講義は以下でライブビデオが流された。
今日以降、いつでも
http://dalailama.com/webcasts/post/110-introduction-to-buddhismに行けば、この講義を英語、チベット語、中国語で見たり聞いたりすることができる。

法王はアメリカ訪問中に病院で精密検査を行われた。
法王自らその結果について「全くどこにも問題はないそうだ。健康だ。何も心配しないでよい」とおっしゃった。

ちょっと前にブログに書いたが、アメリカ帰りの時差ぼけのまま、屋外は50度にもなっていたであろう、パトナのブッダ公園開園式に出席させられたりしたから、体調を崩されて当たり前のような気もする。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV9時前にツクラカンにおけるモンラムを終えられ、法王はすぐにTCVに向かわれた。

毎年二日間TCVホールで行われる、この法王の「仏教紹介講座」は今年で4回目。
TCV発表によれば、ホールに入ることが許されたチベット人学生は、大学生600人を含む2200人という。
これを聞いて、私はちょっと青くなった。
自分はこのホールを最大1500人用として設計したつもりだが、、、
一階には何人詰め込んでもよいが、あんまり二階席に人を載せすぎるのはどうかと思うのだ。
講義の最中、バルコニーを支える柱や梁が気になり、時々目をやったりすることとなった。後は、地震が来ないことを祈るだけ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV法王の講義の前座として、若干の尼僧を含めた俗人グループによる、タクツェと呼ばれる問答会が行われた。
町の年寄りグループと若い女性グループに別れていた。
この中、若い女性グループの中には日本人が1人、スペイン人が1人加わっていた。
加わっていたというより、中の日本人は実質グループを代表していた。
その日本人女性とは山口直子さんという方でもうかれこれ15年目ぐらいから仏教の勉強一筋に頑張っておられる女性だ。
仏教の勉強の仕方にもいろいろあるが、彼女はちゃんとダラムサラのツェンニー・ダツァン(仏教論理大学)に通われ、正式に論理学、哲学を学ばれている。もうすでに7,8年目で「中観」の終わり辺りを勉強されていると思う。
恥ずかしながら、私もこのツェンニー・ダツァンに6年半通ったのだが、もうかなり昔のことで、、、今はそのほとんどを忘れてしまった。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVグリーンのチュバに白いブラウスを着てマイクに向かって答えているのが山口直子さん。


このダラムサラのツェンニー・ダツァンはおそらくインドで唯一俗人の女性でも他の僧侶と同じような階梯を学ぶことができる僧院だ。
もちろん、俗人の男も学べる。
と、いうことで昔から外人が多く学ぶところとして有名だ。

女性と言えば、昨日法王は、チベットに前例のない女性のゲシェ「ゲシェ・マ」について言及され、「まだ、このゲシェ・マという制度はできていないが、できるだけ早くゲシェ・マも生まれるようにしたいと思っている」と発言された。

それで思い出すのは、私が通っていたころ、同級生であった、1人のドイツ人の尼僧だ。彼女は最初から終りまで優等生だった。
同期の僧侶たちの何人かはすでにゲシェ位を取った者もいる。
はっきり言って、彼女よりできなかった僧侶もゲシェになっている。
もし、この制度ができれば彼女など間違いなくゲシェ・マ・ラランパになれることであろう。それほど、彼女はキレルのだ。
余談だが、彼女はダラムサラに来て尼僧になる前には東京で日本人の男性と暮らしていたとか、、、(過ぎた余談ですみません)

法王は講義の始めに、このタクツェが最近TCVなどの生徒にも教えられるようになったことを喜ばれ、そのうち、学校で教える数学や物理その他についてもの、そのこの証明や検証の仕方にこのチベット式(ナーランダ式)論証法を応用することにまで提案された。

このインド伝統の論証方法は将来的には世界的ブームになるかもしれない、というよな趣旨のことも話された。


1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV法王が指さされているのは「意識の対象」。
意識の対象側に(微かな)実体性を認める中観自立論証派の見解を論破されているところ。








1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV質問に立った、学生のアムド訛りが強くて、法王は何度も聞き返しておられた。
最後にやっと彼の言いたかったお経の名前がわかった時、そのあまりの違いに爆笑の法王。

、、だったと思うが、間違ってたら失礼。とにかく、法王の腹を抱える大笑。



1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV最後に、サカダワの日と同様のおまけ。

またまた、なんでこんな場違いなおまけが付くことになったかと言うと。

講義を終えられ法王がホールの裏のグランドから車で立ち去られた後、
振り向くと、例のダラムサラの自称色男代表ロプサン・ワンギェルがいつものピンクのシャツを着て目の前に発っていた。
「おお、ナガハラ。見てくれ、今年のミス・チベットだ。どうだ、写真を撮るよな、、、」と私を含めた周りいたカメラマンみんなに声をかけ、今年のミス・チベット候補の写真を無理やり撮らせ始めたのだ。

ロプサンね、、、人を集めようと必死なのはわかるけど、今の今までホールの中では「無明から執着、執着から苦しみ、、」という仏教講座をみんなは聞いてたと言うこと知ってるよね、、、と言いたくもなったが、、、とりあえず、目の前に立ちはだかる4人の着飾ったお姉さんたちの写真を撮った。
撮りながら、ロプサンの耳元で「候補は4人と聞いてたけど、本当は1人しかいないじゃん?」と意地悪なことを言った。

今年が何年目だかもう覚えていないが、ダラムサラの名物男でもあるロプサン・ワンギェルは1人で企画事務所を創設し「ミス・チベット・コンテスト」とか「チベッタン・オリンピック」とかのイベントを企画・実行している。
この「ミス・チベット」の企画が最初に発表されたときに、首相のサムドン・リンポチェが「このようなイベントはチベットに相応しくない」と発言したが、このことも、今ではイベントの宣伝文句の一つにしているようなちょっとチベット人らしくない男だ。

もっともこの男のお陰で、こんな田舎の若者たちの楽しみが増えていることは間違いない。

そう言えば、数年前国際コンテストに応募しようとしたが中国の妨害に遭い実現できなかったとかロプサンは言ってた。


1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVしかし、この美人コンテスト、いまいち盛り上がりに欠ける、まず候補者を集めることに毎年苦労しているそうだ。
ロプサンは、「チベットの女の子は恥ずかしがり屋ばかりだ。人前に出ようとしないのだ。この気質を変えないといけない」とか言ってるが、実際はどうだか?
知り合いに、もっと可愛いのいっぱい知ってるのに、、、なんていう人も多いが。

今度の土曜日と日曜日に選考会がドラマスクールで行われる。
全員、歌って、踊る。討論何度もある。

ちなみにこの優勝候補と目される”ヤンチェン・メト”はルンタのアヤちゃんの友達であり、うちによく来るスジャ・スクールのツェリン・ノルブ少年の同級生だったそうだ。

「美人」というも、美人性が客体側に実体的に存在するわけではなく、「名のみ」で「無常」な幻のようなものですが、、、

講義は80%「空」の話だった。






















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2010年05月30日

青い鳥

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Male 15cmVerditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Male 15cm

二三日続いた嵐も止み、今日は朝から真っ青なヒマラヤ晴れの空が広がっている。
山を一瞬真っ白にした雪も消え去った。

今日は日曜と言うことで鳥の日。
と言っても今日はただ一種類の「青い鳥」とおまけのみ。

この鳥は日本的分類でいくとスズメ目ヒタキ科に属すると思われる。
ヒタキ科の青い鳥というと日本では「オオルリ」が有名だ。
この鳥は全身青いが、オオルリは腹が白い。
青色にも違いがあって、オオルリはまさに瑠璃色をしているがこちらは水色に近い。
体型もこちらはスマートだがオオルリは丸っこい。
この鳥の特徴は黒い過眼線があることだ。

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Male 15cm「青い鳥」といえば、チルチルとミチルが追いかけたという「幸福の青い鳥」が思い浮かぶ。

早速Wikipediaで「青い鳥」を引くと:

「『青い鳥』(あおいとり、フランス語:L'Oiseau bleu)は、モーリス・メーテルリンク作の童話劇。1908年発表。5幕10場。

2人兄妹のチルチルとミチルが、夢の中で過去や未来の国に幸福の象徴である青い鳥を探しに行くが、結局のところそれは自分達に最も手近なところにある、鳥籠の中にあったという物語。

普段のキジバト青い鳥はキジバトがモデルとされることが多いが、キジバトは主にアジアに分布する種であるため、作中の青い鳥は一般的なハト科の鳥と考えた方が妥当である。また、この作品に因み、今の自分は本当の自分ではないと信じ、いつまでも夢を追い続ける人、例えば、理想の職を求めて定職につかず転職を繰り返す人や、理想の医者を求めて受診する医療機関を頻繁に変える人や、理想の結婚相手を追い求めていつまでも実在の相手を拒否し続ける人などのことを青い鳥症候群という。」

とある。
何と、今では「青い鳥」はある種の厄介な精神病の症状を描写するための比喩として使われているのだ。

これには、異論ありだ。比喩が当てはまらないと思う。
メーテルリンクの「青い鳥」では、チルチルとミチルは突然現れたお婆さんの頼みにより、病気になった娘を助けるために、青い鳥を探す旅にわざわざ出かけたのだ。
そして、まさに六道輪廻巡りを思わせるような、過去や未来、地獄や天国に行く。
そして最後に天国で最高の幸せは「母の愛の喜び」であると知らされる。
母の待つ家に帰って見ると、前から飼っていたキジバトが青い鳥になっていることを見つける。

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Male 15cm二人の兄弟には、確かに外の世界に幸せを求めて放浪した時期があったが、最後には幸せは身近な所にある、それは自分の心の中にある「愛」だと気付くことになっている。

だから、この精神病?の病名への転用は適当ではないのだ。

もっとも、こうして青い鳥の写真を撮ることに夢中になってる私などの言うことではないかもしれないが、、、

チベットでは心の精髄・光明の基のようなものを胸の中心にཧཱུྂ(フーム)字として観想する。
このཧཱུྂ字の色は濃い群青色と言うことになっている。
私はいつもチベットの空の色を思い浮かべることにしている。

もっともこの小さなཧཱུྂ字も最後には空性の理解を象徴する虚空へと消え去ることになっているが、、、

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Female 15cm同種のメス。
メスの肩から胸、腹にはグレーが混じる。

メーテルリンクの「青い鳥」のちょうどいいダイジェスト版がネットにあった。
http://www.geocities.jp/chiruchirumichiru_duo/bluebird.html

私も物語の内容はよく知らなかったが、読むと中々いい話だと思った。
是非子供がそばにいる方など、自分に言い聞かせるようにして、子供に無理やり読み聞かせてやってください。

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) 15cmこの二羽は番いではなく、父親と息子或いは娘。

作者のメーテルリンクは1940年ナチス・ドイツの侵攻を避けるためにアメリカに渡った。
彼がナチスに殺されると思い書いた遺書には「ドイツとその同盟国であった日本には決して版権を渡さないように」と書き記されていたそうな。


彼はこの作品の大成功のお陰で1911年にノーベル文学賞を受賞した。
その4年前、1907年にはチベットファンにはなじみの深い「少年キム」を書いたラドヤード・キップリングが現在も文学賞の最年少受賞記録である41歳という若さで同じノーベル文学賞を受賞している。

こちらは、インドのスラムで育ったイギリス人の子供がチベットの僧侶に出遭うことにより、彼に導かれ、精神的に成長していくという話だが、最近石濱先生の新刊本により日本のチベットファンの間でもよく知られるようになったと思われる。

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) infant15cm生後間もない幼鳥

この「少年キム」を解説したものの中に面白いのを見つけた。
川上徹さんと言う人がこのキム少年を「二十世紀全体主義運動」と絡めながら解説していらっしゃる。
この中のイギリスを中国と比較しながら読むと中々味わい深いものがある。
http://www.doujidaisya.co.jp/204.html
時間が少しある人はお読みください。

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) infant15cm同じく幼鳥。頭や背中にうぶ毛が残ってる。











Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Male 15cm嘗てこの家を建てた後、軒先に掛けた鳥の巣用の小屋に、初めてこの青い鳥が巣を作った時には「青い鳥が(も)来た!これで幸せゲット!」何て、喜んでいたものだが、その幸せもすでにどこかに飛び去ってしまって久しい。

それでも、青い鳥を見かけると何となく幸せな気分になる様に訓練してきたので、今でもこの鳥を見つけると特別幸運という思いが持てる。


Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Female 15cmメス。

幸せの元と言うことで思いだした。

先のアメリカ訪問中に法王がNYでチベット人に向かって話されたことだ。
その前に法王は中国人との対話をされていた。

以下、こんな感じだったというだけだが、

法王「チベットを守らねばならないということは、政治的な意味だけについて言っているのではない。もっとも大事なのはチベットの文化や宗教を守ることだ。
世界に貢献できる慈悲を根本とする文化と宗教を守ることが大事だ。
悪しき文化とか宗教なら守る意味はない。無くなってもいいと言えよう。

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Female 15cmこの前もある中国人にこう言われた<中国の政治形態は何れ変わるであろう。それよりも問題なのは、この60年間の共産党支配により、すっかり堕落してしまった人々の心だ。道徳は地に落ちた、人は平気でうそを言うようになってしまった。
これを元の正常な人の心に戻すには大変な努力が必要であろう。
このことで私たちはチベット人に期待している。
法王を始めとするチベット人の方々に、この中国人の壊れた心を修復して頂きたいと思っている>と。

彼はこの話をしながら涙を流していた。
ただの中国人ではない立派な知識人である彼がそういうのだ。
だから、我々がチベットの文化と宗教を守るのは中国人のためでもあるのだ」

Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) infant15cm幼鳥













Verditer Flycatcher (Eumyias thalassina) Male 15cm












キジバト最後に本当に「青くなったキジバト」

実はこのエントリーを最後まで書いて、「投稿する」を押したとたん画面が白くなりすべてが消えてしまった。

私はほんとに「青くなった」。

「青い鳥」の事なんか書くからこんなことになっちゃった!
エ、エ、エ、、オマニペメフン、オマニペメフン、、、もう一度同じことを始めから書けと言うの!オオオマニペメフン、、、

実に「忍耐が幸せの元」と自分に言い聞かせながら、こうしてオマニペメフンとともにダブル書きされたのがこの「青い鳥」エントリーというわけなのだ。













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2010年05月24日

中国人との対話/ケグド地震被災者たちが抗議デモ

9df8366c.jpg<ダライ・ラマ、中国政府の検閲とプロパガンダをこき下ろす>

5月24日付 NY Daily
lcroghan@nydailynews.com
(phayul 転載分)
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27362&article=Dalai+Lama+trashes+China+for+censorship%2c+propaganda

日曜日(5月23日)、Hunter Collegeにおけるスピーチの中で、ダライ・ラマは中国政府の検閲とプロパガンダを酷評した。

「言論の公開性と自由が不可欠だ」と、2千万人チベット仏教徒の精神的指導者ダライ・ラマは、230名の中国人とチベット人学生を集めた集会の席上、語った。
「恐怖の下で、警察の監視下で、如何にして調和が育つと言うのか? 銃口による調和、、?、、不可能だ!」

この世界的に著名な僧侶は、中国支配に対するチベット人の蜂起が失敗した1959年以来、インドで亡命生活を送っている。

彼は、超大国中国から完全に離れるのではなく、中国の枠内で「自治」を実現できると信じているという。しかし、明らかに、この考えは天高原での賛同者を得られていないように思われる。

「何人かの中国の役人は、私を悪魔と描写する、、、角が生えてる〜〜〜(ヒヒヒ、、、)」と言いながら、坊主頭の上に左右から二本の指をさし上げる。

あるチベット人が彼に「私は亡命政府があるダラムサラに行くのが怖いのです。ダラムサラには中国のスパイが一杯いると聞いているので、、、」と言った。

「あらゆるスパイが歓迎されている」と彼、「我々に隠すことなど何もない」

「中国政府のプロパガンダのお陰で、多くの中国人の間には<チベット人は野蛮で愚かである>というイメージが創り上げられている」と、このマロン・ゴールド色の僧衣を纏ったノーベル平和賞受賞者は語る。

「中国政府は1980年代に一度、私に祖国チベットに帰るようにと言ってきた。しかし、それはお断りした」

「問題は市民の権利だ。彼らがそれを認めない限り、私の帰還のみに、何の意味もない」と75歳のダライ・ラマは言う。

中国人とチベット人の聴衆は何れも感銘を得ていた。

「彼が入場するのを見て、私は突然畏敬の念に打たれた」と、この学校の学生であるアニー・スー(22)は話す。「感傷的に聞こえるかも知れないが、、、涙が出て来た。彼は尊敬に値する人だ」

アメリカ在住の中国人とチベット人の間の相互理解を促進するために開かれたこの「橋渡し会議」を開催するために尽力した、テンジン・ゲレック(28)は以下のように語る。

「西洋の教育とは、詰まる所<客観性>だ。お互いの立場を理解し合うには、この人種の坩堝アメリカという土地で話し合うのが一番だ」

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この集会の参加者の内訳は中国人50%、チベット人40%、その他10%だったという。
法王の発案で始まった、この「橋渡し会議」は今回で二度目だ。
法王はツイッター上で中国人ネチズンたちの質問に答えたり、この集会で中国人たちと交わるなど、NYでは積極的に一般中国人に語りかけられた。

これに、見習って、我がブログ上でも同様な実のある対話を実現したい、、、、と思う(半ば夢見る)。
よって、このブログをご覧になってる、在日中国人とチベット人の方々、コメント欄を利用して建設的な意見をどしどし寄せてほしい。知り合い、お友達に中国人やチベット人がいる人は、是非このブログに意見を載せるよう勧めて見て下さい。
代筆でもいい。何人かのチベット人がアクセスしてくれてることは知ってるが、意見はまだ来ない。
(あくまで、まともな、良識に則った、コメントという話だけどね。
ブラックジョークばかりじゃ人も飽きるし、、?)

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4.14 ケグド地震もう一つ、地震被災地のケグドからのニュース

<ケグド地震の被災者200人が援助を求めて抗議デモ>

香港のSouth China Morning Post(南華早報)によれば、

http://www.scmp.com/portal/site/SCMP/menuitem.2c913216495213d5df646910cba0a0a0/?vgnextoid=d26c74034e0c8210VgnVCM100000360a0a0aRCRD&vgnextfmt=teaser&ss=China&s=News

昨日5月23日、廃墟ケグドにある中国政府の事務所の前に200人ほどのチベット人が集まり、「食いもの寄こせ! 義援金はどうなった」と声を上げた。

彼らのほとんどは、カンゼなどケグド以外の土地からこの地に移住していた被災者だった。
彼らは「地震発生後一カ月たったが、政府は一切我々にテントも食糧も義援金も渡さない」と訴えた。

昼の12時ごろから14時ごろまで声を上げた後、中国の役人と話し合いが始まったという。
当局は「考慮する」と回答した。
そこで、デモは平和裡に解散した。
もっとも、彼らは「もしも約束が守られなければ、再びデモを行なう」と言ってるそうだ。

ーーーーーーーーーーーーーーー 



すでに先のブログでお伝えしたが、同じ今回の地震の被災者であっても、これまで一切中国政府の援助を得られていない人たちは沢山いる。

基本的にはケグドの配給票(住民票)を持っているもの以外には援助は来ない。
被災者というか、人として認められていないということだ。
この「なにも貰えない」状況は、今回デモを行なったという、最近か或はずっと昔かに他の土地からケグドに移住してきていた人たちだけではない、多くの老人には最初からこの配給票は渡されていないという。
同様に、援助が受けられるのは、ケグドの住民だけであって、周辺の村々の人たちには今までも、これから先にも一切援助は来ないという。

これは例えば、阪神大震災が起きた後、政府が「援助の対象者は神戸市の住民票を持つものに限る」と決定したようなものだ。
周辺の市町村の被災者とか、旅行でたまたま神戸にいた者とかは言うに及ばず、住民登録をしていなかった者(チベットでは役所に行けば住民票がもらえるわけじゃない)なども被災者とは認定されないということなのだ。
政府は皆を煽り、半ば義務的に莫大な義援金を集めておきながらだ。

ーーー

ケグド当局も流石、今回はチベット人の抗議デモに対し、すぐに殴り掛かったり、逮捕したり、発砲したりはしなかったようだ。
目立ち過ぎる、大きなニュースになっちゃうとまずいと思ったようだ。

たまにはこのようにデモに対し普通に対応してみるといい。
その方がずっと問題は簡単に片付くことが学習されるであろう。
冷静になれば、チベット人はただ理不尽を正そうとする、理のある人々であることに気付くであろう。









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2010年05月21日

今夜9時からTwitter上でダライ・ラマ法王が中国人ネットユーザーたちの250の質問に答える

アメリカをご訪問中のダライ・ラマ法王は、いつものように各地で熱烈な歓迎を受けておられるようだ。

毎日法王はいろんな場で大事な話をされている。
今では、そのいくつかを直接聞くこともできる。

チベット語、英語、中国語でよければ19日から今日まで行われているシャーンティデーヴァとカマラシーラの講義をすべて以下で見たり、聞いたりすることができる。(追記、すみません。これは私の勘違い。シャンティーデーヴァのティーチングには違いないがこれは今年3月19〜21日、インドのデリーで行われたものだった。ま、内容は同じと思われるので、効果は同じ、是非お聞きください。法王は簡単な英語で講義されている)
http://www.dalailama.com/webcasts/post/94-shantidevas-guide-to-a-bodhisattvas-way-of-life

昨日行われた、NBCテレビの人気キャスターAnn Curryとの生インタビューショウも短いが、もちろんすばらしい。
http://www.youtube.com/watch?v=N_T-k9wSXns



何よりも注目すべきは今夜、日本時間9時ごろ(今から約一時間後)から始まると予告されている、Twitter上でのダライ・ラマと中国人ネットユーザーとの対話だ。
これを企画し進行させるのはウーセルさんの夫でもある王力雄さんだ。

ダライ・ラマは、どれだけ時間がかかるのか想像がつかないが、とにかく、中国本土のネットユーザー1100人から寄せられ、12000人が選別に関わったという、250の質問に答えるそうだ。

結果はまとめて後で王さんやウーセルさんのブログhttp://wanglixiong.com/にも発表されると思われるが、ライブで楽しみたい人はTwitterにアクセスしてみてください。
中国人の方など是非参加してみてください。(心開けば)意外な発見があるかもですよ。


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お知らせついでに、以下日本の神戸方面で行われる、友人たちのイベントのお知らせ。

<5/30 神戸・岡本でサカダワ・ライブとスライドショー>

チベット暦の4月はサカダワと言って、15日(新暦で今年は5月27日)は、お釈迦様の誕生日と覚りを開かれた日と涅槃に入られた日とされ、チベット人は盛大にお祝いします。
そのサカダワ祭に合わせてチベットの事を知ってもらうために神戸でスライドショー+ライブのイベントを行いますのでよろしければお越しください。

”サカダワ・チベットのライブとスライドショー”

●場所:神戸市東灘区・岡本 『ミドリカフェ』
    http://midoricafe.jp/

●日時 : 2010年5月30日(日) 

・18:00〜 スライドショー「チベットのいま」 出演:風来坊×石島ぱぴ
2009年、チベットを旅行して生の状況を見て、聞いてきた2人がチベットの現在を写真を織り交ぜながらレポートします。  

・19:30〜 チベット民謡投げ銭ライブ  出演:川辺ゆか×中原美和
チベット高原に昔から伝えられてきた民謡を弦楽器ダムニェンに合わせて歌います。

●料金 : 参加費200円+1ドリンク800円

★風来坊
長年リーマンパッカーとして世界各地を旅行していたが、ネパールでチベット人のパワーに圧倒されてチベットに興味を持つようになった。昨年、長年勤めた会社をやめて単独でチベット本土を旅行。現在、チベットの楽器”ダムニェン”に熱中。
GO!GO!TIBET@風来坊 http://www.geocities.jp/gogotibet/

★石島ぱぴ
幼い頃にチベットの苦難を知り、以来里親やチベットサポートイベントの開催など、チベット支援に積極的に参加。昨年は長期にわたりチベット各所を旅行。チベットで見てきた事、知った事を多くの人に伝えたいと奮闘中。

★中原 美和
2000年、ネパールでツェリン・ギュルメ氏よりチベット民謡を学び始める。 翌年ツェリン氏の師ゴンポ・ドルジェ氏を、インド・ダラムサラに訪ね教えを受ける。 以後、インド、ネパールへ定期的に通い、亡命の地でチベット伝統音楽を継承する演奏家たちに師事。チベット各地の伝統音楽、民謡を学んでいる。チベットの音をそのままのカタチで演奏する。 仏画師が、師の線をひとつひとつたどるように。

★川辺ゆか
自らの足で訪れ時間をかけ宝物のように拾い集められた音楽を異国の言葉と美し>いメロディーで表現。 国境を越えて日本、チベット、東地中海、アイルランド等々の歌をうたい、奏でる。関西を拠点にオランダ、オーストリア、ウズベキスタンほか各地で演奏を行う。
川辺ゆかHP http://homepage2.nifty.com/utauaho/

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最後に余談だが、

今日は記念すべき、世界で初めてコンピューターが生命を作りだした日、、なのか?
http://www.47news.jp/CN/201005/CN2010052001001026.html

ゲノム(全遺伝情報)を人工的に合成できるとすると、次はどうなるのか?

これで、来生神話は終わったか?
何て、ことないか?







rftibet at 16:38|PermalinkComments(6)TrackBack(0)